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翻訳によって詩から何がうしなわれるか : 韻律法を中心に

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Academic year: 2021

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(1)Title. 翻訳によって詩から何がうしなわれるか : 韻律法を中心に. Author(s). 菅井, 隆良; 阿部, 孝士. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. A, 人文科学編, 48(1): 39-49. Issue Date. 1997-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2079. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 北海道教育大学紀要 (第1部A) 第48巻 第1号. 平成9年8月. I fEduca i Se i i i i lofHokka do Un t t t onIA)VO j on( c ver s ourna yo .1 .48 ,No. Au t 1犯s ,1997. 翻訳によっ て詩から何が失われるか -- 韻律法を中心に-- 菅. 井. 隆. 良・ 阿. 部. 孝. 土. 北海道教育大学釧路枝英米文学・英語学研究室. ION 1 I NTRODUCT 小論は, 本学釧路校で平成8年度後期に開いた教養科目の 「外国文学A」 のために, 筆者 (菅井) が 「詩 の翻訳は可能か」 という題目のもとで用意した粗けずりの講義ノートに, 同僚の阿部孝士教官から発音学上 の助言を得て加筆修正を施し, 論文として体裁を整えたものである。 講義は, 1年次から4年次まで専攻分野の如何を問わず, 幅広い学生層を対象にし, 主に律動 (格調) ・ 脚韻・詩脚・音節 といっ た韻律形式において詩が翻訳を通して被る変質あるいは喪失の具体例を, 独仏英日 , それが詩の内容とどのように係わるかを明らかにすることにより, やがて教職 に就く学生の平素の言語行為を刺激し, ひいてはその文学体験を豊かにするための手がかりを与えることを の 4 ヵ 国語でもっ て呈示し. 目的にした。 もとより教養科目の性質上, 学術的な新知見は何も含まれていない。 しかしどの言語の場合で も, 詩はさまざまな技法を駆使して言葉に極度に凝縮された非日常的用法を強制するのが常で, その翻訳に 必然的に伴う変質あるいは喪失を積極的に私たちの意識に上すことは, 言葉に対する感覚を研ぎ澄ます上で 大きな効用を持ち, とりわけ教育の仕事に携わろう とする若い人たちを少なからず神益すると思われる。 韻 律法研究においても作品そのものの解釈においても学術的価値の乏しい講義ノートに手を加え, 敢えてそれ を研究紀要に投稿した所以である。. ロ MATER I ALS AND METHODS 旧 チ ェ コ ス ロ バ キ ア の 作 家 で, 1975年 フ ラ ンス に 亡 命 以 後 パ リ で 創 作 活 動 を 続 ける ミ ラ ン・ ク ン デラ (Mi lan Kundera,1929- )は,現代 にお ける 人 間の 実存 の 新 しい 意 味と 形 を模索 した, 『不 滅』 (L’ 1侃侃o% ) と 題 す る 長 編 小 説 の 第 一 部 で, ザク セ ン・ ヴ ァ イ マ ル ・ アイ ゼ ナ ハ 公 国枢 密 参 事 官 ゲー テ すの1乾,1990 oohann Wol fgang von Goe ) he 1 lmenau t ,1749一1832) が, 1780年初 秋, 当 時公 国領 だ っ たイ ルメ ナ ウ (. に滞在 し, 近郊のキッ ケルハー ン山頂にある狩猟小屋の板壁に記 したとされる詩篇,1 「旅人の夜の歌」 ‘W ndr r N ht ’ ( ) を 取 り 上 げ, そ の 詩 想 と 韻 律 形 式 の 分 析 を 行 っ て いる。 小 論 で は そ の 分 析 を 敷 i a e s ac l ed. 宿し, ゲーテの ドイツ 語原詩1篇, クンデラの翻訳版に拠る原詩のフランス語訳・英語訳・日本語訳それぞ れ1篇, 合わせて4篇を MATBRIALS とし, 韻律形式の変化と詩想との関連について比較論考を進める。. 39.

(3) . 菅 井. 1・. Go効力gs weγ鳶色. 隆 良・阿 部. 孝. 土. Band l : Verlag Gmb日 & Co ‐(Weimar . . ,1987). MATERIAL 1(MI ). le1 Uberal l I Gi e n pf lst Ruh ln a l len 帆′ ln i e pf Sparest dt I Kaum eine1 I Hauch ;. Di e V6gelein Schweigenim wra.de- Wrarte nur balde , Ruhestdu auch‐. 2.. Mi lan Kundera 乙歓鵜例解 郷 励み trad‐Eva B1och(Paris l imard,1990) : Gal . , ,. MATERIAL 2(M2 ). Surtouslessommets C’ lence estiesi , Surlacime detousles arbres Tu sens le A peine un souff ; Les pet i isentdanslaforet ts oiseaux se ta . Prends pat ience ,bient6t Tu te reposeras aussl.. 3.. 1991) Mi 万 lan Kundera ‐Peter Kussi(London: Faber & Faber . , , 喝粥“云餌1り,trans. MATERIAL 3(M3 ). on a l lh i l l t ops Therei s peace ln a l ltreetops You wi l lhear Hardly a breath. Birdsin the woods are si lent . just wait,soon You too wi l lrest‐. 4‐ ミラン・クンデラ 『不滅』 菅野昭正訳 (集英社, 1992年) MATERIAL 4(M4 ). 山々の頂きに 憩いあり 木々の梢に かそげき風の そよぎもなく。. 40.

(4) . 翻訳によって詩から何が失われるか もだ. 小鳥は森で黙すのみ。 待 てよ か し, や がて は. 汝にも憩い来らん。. I m RESULTS AND DI SCUSS ON. (MI) ] の分析 L ドイツ語原詩 [ 『不滅』 の第一部・第6章では 家庭や職場を含めてパリの街中にあふれる喧騒と独善への女主人公の憎 , 悪 と, 少 女 時代 に, ハ ン ガリ ー に定着 した ドイ ツ 人を祖 父 母 に持つ 父 親 が, ハ ン ガリ ー の ドイ ツ 系 の小 学校. で覚えた 「旅人の夜の歌] をドイ ツ語のままで朗読して聞かせてくれ, そして時には戸外で二人で朗議して 歩いて味わった静寂と孤独への郷愁とが, この世での最後に娘にあるメ ッセージを伝えようと, 父親がその 詩 篇 を 死 の床 に 臥 しな が ら朗 議 する 場 面 を 挟 ん で, ポリ フォ ニ ッ ク に描 写 さ れる。 そ の 中でク ン デラ は, 「森. は眠っ ているし, 汝も眠るだろう」 という単純そのものの詩想に言及した後, 複雑に変化する韻律形式を直 裁簡明に解説して見せる。 labes different Ces vers onttous un nombre desyl ,lestrochees,lesiambes,les dactyles alternent ,le sixieme vers estetrangementpluslong queles autres; et bien quele premieree icale se termine asym etriquement dansle cinqulemLe vers, creant une mをlodie L phrase grammat ’ le partai lleurs que dans ce seuletunique poeme aussisuperbe que par‐ quin existe nul , 2 fai d i i tementor nare .. こ の 解 説 は, ギリ シ ア・ ラ テ ンの 古典 語 の 詩 の 長 短リ ズ ム ( Si lbenmessender Rhythmus) を,3 ドイ ツ ) にそ っ く り 当 て はめ たも の で, 格調 (Met 語の詩の強弱リ ズ ム (Si lbenwagender Rhythmus rum) に関 してク ン デラ の不 備 を補 っ て 図式 化す る と, ‐ v -- } -. 韻律形式 (Metrischesschema). は次 のよう になる。. , Y. len Gipf U n ber al eln. a3(6). lst Ruh. bl 1 2 b 2 ( ). 1さ ‐e 1n 三 11 ln n wi pf へ l sparきs t da. 5 a2 ( ). b2 3 ( ). Kaum einen Hauch;. c2(4). ョ … D発 V6g回申nschwaききnim wa・dる.. d3( 9 ). Wrarte nur , balde. d2(5). Ruhestdu auch.. C2(4). . - y. . ^^. y- -. 《注》. . ] は強音節, [ - ] は詩脚の切れ目, [ … H は弱音節, [ J は欠節, [ ‐ ] は余剰音節を示し,. 行末のアルファベート文字は脚韻, アルファベート文字の右横の数字は詩脚数, ( ) 内は音節. 数を表す。. 41.

(5) . 菅、 井. 隆 良・阿 部. 孝. 土. どのような芸術の領域であっても, 芸術の名にふさわしい作品であれば, 内容と形式は緊密に絡み合って 不可分一体をなしている。 詩の場合も例外ではなく, というよりは, 詩の場合はとりわけ強く内容と形式の ) 0 18 9 5一197 調和が求められ,できあがった作品にそれが顕著に表れ出ている。フランス 文学者の鈴木信太郎( ) の詩 論 を引用 し ) やマ ラ ルメ ( が, ヴ ァ レリ ー (PauI Valery,1871一1945 l larme St ephane Ma ,1842一98 4 て 主 張 する よう に, 内容と形式の他 に, さらに詩には人の心にある種の感動的状態, いわゆる詩的感情を. 自ずから誘発する根元的特性5 が含まれると考え, 詩を単に内容と形式の融合体とみなす習慣に異を唱える. こともできるが, それを認めると して, それでもなお内容と形式が詩の構成の大部分を占めることば疑い得 . (MI ) [ ] が, 一方で鈴木信太郎のいう 詩的感情に通じる深い情趣と味わいを湛えながら, 他方で詩想と 韻律形式との調和の欠如によっ て, 私たちに少なからず当惑を与え続けてきたことば周知の事実である。 1. 行目は Troch負ischer Trimeter(6 Silben),. 2 行 目 は lambischer Monometer(2 S lben i ) , 3 行 目 はJam-. は Trochaischer Dimeter(3 Si bischer Pentameter( lben) 5 Silben) , 4行目 , 5 行 目は Daktylischer は Daktyl i lben) Dimeter( 4Si lben ‐ ) , 7行目 , 6 行目はlambischer und AnaPastischer Trimeter(4 Si. i lben lben 5Si t )と, 脚 韻 がな け れ ばまる で 自 由韻 律 ) scher Dimeter( scher Dime er(4Si , 8行 目 は Daktyl ) と身 紛う ほ どの, 規則 的な 律動 か らの 極度 の 逸脱 の (Fre iga l i e Rhythmen) の 詩 か マ ドリ ガー ル (Madr. ゆえに, 散歩の道すがらこの詩を朗話した 『不滅』 の女主人公とその父親が, 最後の2行を除いて, 詩のリ ズムに歩行を合わせることができなかったのも宜なるかなといえる。 ドイ ツ文学者の山口四郎 ( 91 9- ) は, ク ン デラ と 同様 に, 詩 想 を 「Ruhe 以 外 の何 物 でも な い」6 とみ 1 な す が, 韻 律 形式 につ い て は 解 釈 が異 な り, 「Ruhe そ の も の を テー マ に した詩 にあ っ て は, リ ズ ム 的 にも シ ンメ トリ ー な も の がな く て は なる ま い」7 と考え, 2 0世紀に入っ て ドイツで試みられるようになっ た幾つ. (MI ) ] に適用している。 かの新しい韻律法を勘案簡略化した独自の標記法を [ 育bさr1三 きnEG一巻 l 1 1 n. 6 a2 ( ). ^ ^I 誉 t R轟h s. b2 2 ( ). 至n 肇1 壱nIW 一巻 1 l n. 5 a2( ). i sp蚕rさs t dぜ. b2 3 ( ). ^ 1nきn Ha i l K um e uch ;. 4 C2 ( ). 1 h & き f コ w喜 D Evg i dさ l e』 s c w gn m gき -. d3 9 ) (. さn覆r-ba き W盈 l d t r. d2 5 ( ). ^ R轟hきs td杏夏uch ・. 4 C2 ( ). 《注》. ) ] は間 (Pause ‐ x [ ] は, 強弱あるいは長短の区別をしない, 単なる音節, [ , H は. 主強音を示す。 [ - ] は, 従来の韻律法における詩脚の切れ目とは全く概念を異にし, 強音を持つ ) の切れ目を示す。 アルファベート文 音節 ( ) 間の規則的な時間間隔を示すタクト ( Tak He bung t 字の右横の数字はタクト数, ( ) 内の数字は音節数を表す。. ) と して い わ ゆる 詩 脚 こ の韻 律 法 によ れ ば, 1 行 目・ 3 行 目 ・6 行 目 の 各行 頭 は ア ウ フタ ク ト (Auf takt. から外れ, [(MI ) ] は, 6行目を除いて残りの7行すべてが2個のタクトを持ち, 時間的に等価な詩行で構 成 さ れる。 しかも 各行 が [ ] という 脚 韻 の 形に対 応 した シ ンメ トリ ー を獲 得する こ と に よ っ て, abab/cddc. 詩想と韻律形式との調和の欠如は, めでたく解消の運びとなる。 しかし解消といっても, センテ ンスとして 42.

(6) . 翻訳によって詩から何が失われるか. の詩行の文法上の切れ目が6行目にあって, 前半と後半に分かれる4行2組の脚 韻の形と真っ向から対立し たままであり, かつ律動の構成単位は詩脚からタクトに変わるものの, 6行目が相変わらず視覚的にも聴覚 的にも他の行を圧する不均衡 は覆うべくもない。 この6 行目の不均衡について, 「ねぐらに帰っ た森の小鳥 たち は既 に 鳴 き しず ん で はいる も の の, ま だ しきり に動 い て いる 気 配 が感 知 さ れる」 と か, 「森 の 木々 の 梢 8 には, ま だ そ こ は か と な い動き のあ る こ と が疑 い も なく 感 じら れる」 とい っ た 説 明 が与 え ら れる が, 不均 衡は不均衡であ て 詩想を 「R h 以外の何物でもない とみなし韻律形式に Ruhe“ そ の も の と の調 和. っ , ue 」 を求める限り, それは詩全体の芸術作品としての内的統一を乱す外的欠陥以外の何物でもない。 それゆえ小 論では, シンメトリーを求めてかえって不均衡を際立たせる上述のタクト理論には与せず, 詩想と韻律形式. との間に調和を見出す方途を他に求めることにしたい。 ) ] の詩想を単純そのものと断定しているが, その単純さが, 律動を中心として複雑に クンデラ は [(MI 変 化 す る 詩 の 構 成 全 体 と の 調 和 を 欠 い て い る と は 決 して み な して い な い。 詩 の 使 命 につ い て, “La voca‐ ire qu’uninstantde ion dela poesie n’est pas de nous eblouir par uneidee surprel lante, mLais defa t “9 ’ iableet digne d’uneinsoutenable nostalgie l etre devienneinoubl ‐ と 述 べ て いる こ と か ら 分 かる よう. に, その詩想 は, 郷愁を惹起するに足る十分な始動因を備えていなければならず, 単に“Ruh そ のも の で はあ り 得 な い, という の が彼 の言 説 の趣 意 であろう。 そ れで は “Ruh への強い欲求は何を始動因としても た らさ れる の か。 ク ンデラ はこの 問 い に対する 解 答 を, 言葉 による 説 明 では なく, 第一 部 ・第6 章の パ ラ グ. ラフ構成そのものの中に用意している。 すでに筆者が小論の第m章・第1節, すなわちこの節の冒頭で記述 ) ] を挟んで静寂と孤独への郷愁に したとおり, 『不滅』 の第一部・第6章は, 喧騒と独善への憎悪が [(MI 対 置さ れ, 明 白 な ポリ フ ォ ニー を構成 している。 こ の 緊張感 あ ふ れる ポリ フォ ニー の 中か ら, 静 寂 と孤独へ. “そのものへの欲求と完全に重なり その欲求の強さは喧騒と独善への憎悪の の女主人公の郷愁は, 。Ruhe , 強さに依存する, という図式が見えてくる。 クンデラが, 律動を中心とした詩の構成全体の複雑さの中に, 単純そのものの Ruhe“ へ の 欲求 の 始動 因 を読 み取 り, そ の ポリ フォ ニ ッ ク な 図式 を 自 ら の小 説 の構成 の - 部に組み込んだことは明らかである。 古来, 死はしばしば眠りあるいは憩いに準えられてきた。 『不滅』 の女主人公とその父親も例 に漏れず, Ruhe“ を死に結び付けている。 しかし父娘はそれぞれ自分が経験した生の内実に照らしてそう解釈してい (MI ) ) ] を創作 ] そのものが死への欲求を露わにしている わけではない。 ゲーテが [ るのであっ て, [(MI 2) に招 窮 さ れ, したの は, 1775年 に ヴァ イ マ ル の若 い君 主 カ ル ル・ ア ウ グス ト (Kar IAu t モ犯s , 1757一18 8. 翌年枢密参事官に就任して後4年を経た31歳のときで, この一見して偶発的と思われるヴァイマル移住に絡 め て, ト ー マ ス ・ マ ン (Thomas Mann 18 75一1955 ) は, 自 ら 編 集 した アメ リ カ 版 ゲー テ 選 集 『永 遠 な ,. ) の 序 文 で, ゲー テ の 実 生 活 と 作 品 と の 関係 を 次 の よう に評 釈 る ゲー テ』 (TれePβγ粥α粥 川 Goat毎, 1948 した。. Die Ubersiedelung nach 帆′eimar t tin den Staatsdienstoder vielmehr gleichin ,der Eintri 一一冊 ein zufal l . die Regierung eines kleinen Staates war, von auBen gesehen,reiner zufal , i i d <obere gleichw。hl ,der e nem nneren Lebensplan gehorchte ,die Fu主犯ng essen, Was G0ethe das〈. Leitende} 〉nannte.. Nie naml ich waren eil les Dichters Leben und Wrerkinnigerineinander. b verschrankt , untrenn arer einanderzugeordnet ,so ,daB das 駅rerk ganz Erfahrung, Aussprache ,. L d ih f i h b i f lyrisc hes Bekel lntnis war ,das eben em glec sam pra orm erten,vor er est mmten,aber au 10 best immte 頓′endungen des Lebel l s angewiesenen W′erke di ente ‐. 43.

(7) . 菅. 井. 隆 良・阿 部. 孝. 土. マンに追随し, 詩の中に詠み込まれた旅人を創作者の現実の姿と重ね合わせて, [ (MI ) ] を, 新進の詩人・ 作家として, かつヴァイマルの宮廷人として世の注目を浴びる青年ゲーテの精力的な活動に照らして眺める と, そこには当然ながら憎悪の情念も死のイメー ジもまったく見出されない。 ゲーテがヴァイ マル移住後たびたび訪れたイルメ ナウには, i4世紀以来の荒廃した銀や銅の鉱山があり, 1 1 この 企 て の 結局は成功しなかっ たが, 彼はそれらを復興して公国の財政に役立てようと企てたのである。 中では, 単なる上っ面の視察にとどまらず, 鉱山の奥深く入ることがたびたびあっ たので, 一日の活発な行 動に疲れて宿所に戻り, 彼が心地よい疲労に誘われ Ruhe“ を強く欲求したことは想像に難くない。 この時 の実体験に基づく夜の感慨をゲーテ は, 一日の辛く厳しい, あるいは楽しく感動 に満ちた旅程を終えて山小 屋の宿に着いた, 誰とも知れない旅人の心に仮託して描出したと考えてよいだろう。 その場合 Runざ へ の 欲求の始動因は, 一日の旅程であり, [ (MI ) ] の複雑に変化する構成全体は, その旅程が著しく変化に富ん だものであることを間接的に示しているのである。 かくして, 私たちを当惑させてきた詩想と韻律形式との 不調和は, 実際は調和の欠如などではなく, 静と動とを同時に一個の入れ物に収めるための絶妙にして唯一 無二の方策だったと判明する。 ”に死の影を写すことのなかったゲーテも 身近な親族旧友知己たちの多くが彼より先 創作時には“Ruhe , 己の生命の終わりも近い心中の寂しさのゆえか に鬼籍に入り, , 懐旧の情押さえ難く, 死の前年にかの狩猟 小屋に足を運んだ。 ドイツ文学者で作家の柴田 靭 ( 1935- ) は,‐こ の 時 の ゲー テの 様 子 を 伝 えるイ ルメ ナウ森林顧問官の, 「ゲーテは, 詩句に目を通した。 涙が彼の頬を伝っ た。 彼は焦 げ茶の上着のポケッ トか ら雪のように白いハンカチをゆっくりと引き出すと, 涙を拭い, 柔らかな, 悲哀に充ちた声で言っ た。 くそ う な の だ。 お お 待 つ がい い ほ どなく お 前 も ま た 安 ら ぐだろう --〉 。 そして三十秒ほど沈黙すると, もう一度窓の外の暗い縦の森に視線を投げ, それからこちらに向き直って言っ た。 <さあ, 行こう>」 とい 2 間断なく押し寄せ孤独の魂を苛む人生の俗事を厭い 外界への扉を閉ざし続けた う 言葉 を紹 介 している。1 , 『不滅』 の女主人公の父親とは異なっ て 老ゲーテが板壁に記された [ (MI )〕 を目前に, 様々な分野に及 , んだ多岐多彩な82年の生涯に満足し, その後に続く静寂と孤独の安らかな眠りを確信したのは間違いない。 2. フランス語訳 [ ] の分析 (M2) 詩の形式と内容に係わって前節ですでに引き合いに出した鈴木信太郎 は, 彼の30年余に亘るフランス詩研 究 を 集 大成 した著 書の 中で, 律 動 ( rythme =リ トム) につ い て フラ ンス で 論 じら れてき た16世 紀 以 降の 諸. 説に比較考察を加えて, 詩の律動は, 同一性を保持して無限に連続する音綴( l l sy abes=いわゆる音節) を, 均整のとれた規則的な律動単位へと配分し直し,それらに不同性を与えることによって得られると結論づけ, その配分に必要な三つの基本単位を認めた。 斯の如き配分の基本単位は, 各園の言語の特殊性によって, 如何に分たれるか。 これには三つの相異つ た配分の基本的単位が考へられる。 第一は, 音綴の持細時間によって, 換言すれば, 量によって配分する こ と。 第 二 は, 音 綴 の 中 の或 る も の の 特 殊 な 強 さ によ っ て, 換 言 す れ ば, 張 音 accent によ っ て 配 分す る. こと。 第三は, 音綴の数によって配分することである。 この:っの可能な配分方法の中から, 各民族は各 自の言語に適してゐるものを選んで, 自然と用ひた。例へば, ギリシャ,ラテンの言語は,音綴の持綾時間, 印ち, 音綴に長短の差異のあるその量に撚ってゐる。 第一の場合である。 イギリス, ドイ ツ等の言語は,. 強張替 accent;accenttonique に擦っ て配 分さ れる。第二 の 場 合 であ る。フラ ンス,イ タリ ア, イ ス パ ニ ア, 日本,シナ等の言語は,音綴の数に擦って律動が形成される。第三の場合である。この最後の各園の言語は, 44.

(8) . 翻訳によって詩から何が失われるか. 1 3 その凄吾に於いて, 音綴の量の差が殆 ど捉へられず, 又, 強張音が比較的に弱いからである。 このようにフランス語の詩は, 律動の基礎を音節の 数に依存しているが, もちろん律動単位そのものだけで 律動を形成することができるわけではない。 律動単位の配分を有効ならしめ, それが一つのま とまりとして. 律動と認識される に は, 句切り (cesure). ) の働 き を 必 要 と し, 形成 さ と 律動 強 張 音 ( accentrythmique. れた律動 は, さ ら に脚 韻 ( ime =リイ ム) によ っ て強 化さ れる の である。 r. Sur/tous/les/ som/mets. 5a. Cest/l i/lence, e/s. 4b. sur/l a/ci/me/ de/tous/les/ arbres. ・8 2b. Tu/ sens 、. le A/ pei/ne un / souff ; Les/ pe/ i t t s/ oi/seaux/ se/tai/sent/ dans/la/fo/ret ‐. 4. 12a. / prends/ pa/t ience ,/ bien t6t. 5. Tu/te/ re/pose/ras / au/ssi.. 7. 《注》. [/] は音節の切れ目を示す。 行末の数字は音節数, アルファべ文字は脚韻を表す。. 音節の強弱の組み合わせによる詩脚を基にした格調 (Me t rum) の概念を適用できないこ とは, ドイツ語 の詩をフランス語に翻訳する とき, 原詩の形式と内容を再現するための大きな障壁となる。 当然のことなが ) ] の各詩行 ごと に顕著に変化する格調 が完全に消失してしまっ ている。 この格調 ら[ (M2 )] では, [(MI (MI )] において重要な の変化は, 詩の形式全体でもっ て変化に富んだ旅人の一日の旅程を暗示する上で, [ 役 割 を果 た して いる の で, そ の 消失 は看過 で き ない損 失 と認 め ざる を得 な い。 しか し幸 い という べ き か, い. くつかの音節を均整のとれた規則的な形に配分する ことで詩的律動を作り出すフランス語の詩では, 一つの 連( ) の内に詩行 ごとに音節数が異なる長短の異韻律を交える, 極端な律動の不揃いはきわめて異様 t s anc e であり, 旅人の一日の旅程が尋常一様でないことを暗示する目的からして, 結果的に上述の損失を埋め合わ ) の 形態 [ せ る に 足 る 強 烈 な イ ン パ ク ト を 有 して い る。 し か も 双 生 四 行 詩 (quatrainsgemines abab/ ]14 cddc. を取る [(MI )] と違っ て, 脚韻の形を, 6行目にあるセンテンス としての詩行の文法上の切れ目 と一致させ, 八行詩としては稀ではあるが, 六行詩プラス二重結句という非相称形を取っているにもかかわ 5 全8行の らず, 律動を強化し詩行を形成するためにフランス詩ではとりわけ欠くことのできない脚韻を1 (M2 )] はいわゆる近代的自由詩 (鈴木信太郎は vers libre うち半数の4行で欠落させることによっ て, [ で はな く versl i bere を当 てて いる) の 範曝 に属 する こ と になる。 言 語 学 者 ウ ィ ニ フ レ ッ ド.ク ロム ビー (Wini f red Crombie, 1951- ) は, 自由詩 について次のよう に. 述べた。 onethingthat mustby now be clearisthatfree verseis not verseless poetry:i tis not , iot s words,”thereis no escaPe from metre;thereis Poetry thatlacks metricalstructure- ln E1 ions of lect ions on Vers Li ten presentus wi th ex‐ br ) only masterプ ぐRef .Free versecomPosit. iors tis againstthis backgroundthat we mustset E1 tremely comP1ex metricalarrangements - l ive Verse and り″sZ 1bγβ does notexisr. judgementthat”the division Conservat. From E1 ioビs 45.

(9) . 菅. 井. 隆 良・阿 部 孝. 土. ‘ iveterm sincethereis no suchth ing as freedom,thereis pointofview, free verse ・s a negat 6 1 only 庁ado粥 ルリ侃 something‐. 音節数によっ て限定されない詩行, まったく脚韻のない詩行 (versblancs), さ ら に長 短 種々 の異 韻律 詩行 を 許 容 す る, こ の フ ラ ンス 語 の 翻 訳 自 由 詩 は “versl ibre” に対 して 否 定 的 態 度 を 取 る エ リ オ ッ ト (T.S . ) の 言 説 に対 する ク ロ ム ビー の 鋭 い 反 証 を 裏 づ ける か の よう に, 変 化 に富 ん だ独 特 の律 E1 i ot , 1888一1965. 動でもって, ゲーテが [ (MI ) ] の韻律形式によっ て意図した暗示を見事に再現しているのである。 以上の考察から, [(M2 ) ] はゲーテの詩の翻訳として, 旅人の夜の感慨に 『不滅』 の父娘の人生への感慨 を重 ね 合 わせ, 両者 の “repos” へ の 欲求 の始動 因を 容易 に読 み 取る こ と が可 能 な, レ ヴ ェ ルの 高 い技 法 的成. 功を収めているとみなすことができる。. (M3) ] の分析 3. 英語訳 [ 英語は ドイツ語と同じく音の強弱を特色とする言語であり, 鈴木信太郎も両者の詩的律動の基礎を強張音 ) (MI ] のそれと大 して違わないだろう, との予測のもと に求めていることから, [(M3 ) ] の韻律形式は [ で韻律分析を行ったが, 結果は予想を著しく外れることとなった。 . on a l l l lhi tops. l 4 ( ). Thereis Peace. 3 1 ( ). ln a l ltreetoPS. 1 4 ( ). You wi l lhear. 1 3 ( ). . ・ Hardl y a breath. 、 Birds in the woods are s i 1ent ・ ) - 1 - just wait, soon You too wi 1 l rest.. 2(4) 3(7) 2(3) 2(4). 《注》 行末の数字は詩脚数, ( ) 内の数字は音節数を表す。 1行目と3行目は Anapaestic Monometer(4 syllables) ,. 2 行 目 と 4 行 目 は Anapaest ic Monometer( 3. lables) ic andlambic Trimeter( 7 lables) ic Dimeter(4 syl syl , 6 行 目 は Anapaest , 5行目 は Anapaest lables) syl ,. labl 7行目と 8 行 目 は lambic Dimeter(3syl )と, 格調 ・詩 脚 数・ 音節 数の い ず れ を 取 っ て es. も6行目を除いてきわめて単調平板で, タクト理論を適用した[ (MI ) ]の韻律形式に酷似している。 しかし, もし双生四行詩の形態 [ abab/cddc] を 取 っ た と した ら, 5 行 目 と6 行 目 の 二カ 所 にある セ ンテ ンス と し ての詩行の文法上の切れ目との間で生じる可能性のあっ た矛盾対立は, 脚韻の完全な消失 (意図的と思われ る) に伴っ て解消され, [(M3 ) ] は, 単純そのものの詩想と単調平板な韻律形式との間の表面的調和 を獲 ) 得することになる。 タク ト理論による韻律形式と同様に6行目の問題が残るが, 詩篇全体を統べる格調を考 1 7 ではなく 行首欠節 慮 して, この詩行 を, 暗く て重い情調 が漂う Dactyiic Dimeter(-- - ---…- ) , を な 持 敏 捷 軽 快 情 つ ^^---- ) T で 調 A i dl b i i T i t ( lni i I runcaton 2個を想定し, t napaes c an am c r meter( a 18 ----…う. に韻律分析することで, 詩脚と音節の数の重さは軽減することができる。. こ の よう に して得 ら れた 表面 的調 和 は, しか しな が ら, 旅 人の “resビ ヘ の 欲 求, 『不・陶 の 父 娘の ”resビ 46.

(10) . 翻訳によっ て詩から何が失われる か. . そ の 因 っ て 来る と こ ろ を 明 ら か へ の 欲 求, そ して 最 後 に ゲー テ そ の 人の “resr へ の 欲 求 を 一 つ に纏 め て,. にする内面的調和 を犠牲にすることに外ならない。 「森は眠っ ている し, 汝も眠るだろう」 という詩句その ものに, 人の心を揺り動 かす詩的情趣が含まれてい ない と はい わ な い が, た だそ れ だ け だ とする と, 『不 滅』 の女主人公の父親はなぜ死の床に臥しながら, 娘にそれを朗議して聞かせたのか, そしてまたゲーテは一体 何のために, 死の前年にキッケルハーン山頂の狩猟小屋で涙を流したのか。 この朗調や涙の原因が読み取れ ] の真の意味を伝え損なった欠陥翻訳だといわざるを得ない。 (MI ) (M3 )] は, [ ない [. ] の分析 (M4) 4. 日本語訳 [ 第2節ですでに述べたとおり, 何の制約もなけれ ば無限に続く音節の連続に, 均整のとれた規則的な配分 を与え詩的律動を生じさせるために, 音節の数を配分の基本単位にしているという点で, 日本語の詩はフラ 9 1 ンス 語 の 詩 と 同 じ範 時 に属 す る。 しか しフ ラ ンス 語 の詩 が, 律動 単位 の配 分の上 に, 句切 り .律動 強 張音 ・. 脚韻という 三つの技法の働きを加えて, より効果的に詩的律動を形成するのに対して, 日本語の詩の場合は, 律動単位 となる音節が, いわゆる五十音図に示されるように, 常に 《1音節=1仮名文字》 という時間的に 等価で強弱の区別のない単純さを保持し, 音節の配分そのものも詩行の終わりも単調平板を免れない。 その ため律動強張音や脚韻の助けをまったく期待できないことから, 結果として一つの連の内で各詩行の音節の 数をほどよく案配するしか詩的律動を生み出す方法を有しない不利な条件を負っ ている。 5/5 10(5/ 5). 山々 の頂き に 憩いあり. 5 . 木々 の 梢 に. 7. かそ げき風の. 7. そ よ ぎ も な く。. 6. 小 鳥 は 森 で 黙 す の み。. 12(7/5). 待 て よ か し, や が て は. 9(5/4). 汝 に も 憩 い 来 ら ん。. 12(5/7). 《注》. / ] は音節数の組み合わせを表す。 行末の数字は音節数, ( ) 内の数字と [. 一見あるいは一読して各詩行の音節数は不揃いに思えるが, 7音節を越える詩 テを分解すると, 7音と5 音の組み合わせとなり, 全体として万葉の昔から日本の詩歌の主流だっ た定形律を形成していることが分か ) があっ て, それぞれ 〈7音〉 〈5音 プラス5音〉 に る。 5行目と7行目には中ほどに明らかに間 ( pause ) ] からは, 音節数の違いから生じる変化の意識に加えて, 和歌や俳 詠むことができる。 したがっ て [(M4 句の定形律がもたらす落ちつきも強く感じられる。 そして同時に, この7音と5音の律動の繰り返しには単 ) は, 明治末にいっ とき日本の文壇を 1886一1 942 調さがつきまとうことも事実である。 詩人の萩原朔太郎 ( 席巻した自然主義運動に抗して, 文壇への挑戦とその啓蒙を企てた著書の中で, 詩的律動という観点から日 本の詩歌の特色を次のように解説した。 日本語には平灰もなくアクセントもない。 故に日本語の音律的骨格は, 語の音数を組み合す外にないの であって, 所謂五七調や七五調やの定形律が, すべてこれに基づいてゐる。 然るにこの語数律は, 韻文とし 47.

(11) . 菅. 井. 隆 良・阿 部 孝. 土. は最も単調のものであり, 千篇一律なる同韻の反復に過ぎないから, その少し〈 長篇に亙るものは 到底倦 , 怠して聴くに堪へない。 故に古来試みられた種々の長篇韻文は, 楽器に合せる歌謡の類を別にして悉く, 皆 文筆的に亡びてしまった。 例へば寓葉集に於いて試みられた五七調の長歌 -- それは多分支郡の定形律か ら暗示されて創形した -- は, 一時短歌と競んで流行し, 丁度明治の新娼詩の如く, 大いにハイカラな新 0 詩 形と して 行 は れた が, そ の 後 いく ばく も なく 膝っ て しまっ た。2. [ (M4 )] は朔太郎のいう長篇でないとはいえ, 変化に富む [ (MI ) ] の韻律形式に鑑みて, 少しでも単調 平板を避けるべく現状以上に各詩行の音節数に凹凸をつ けるなら, 詩的律動がたちまち失われ, 詩行は散文 と化 して しまう であろう。 旅 人の 夜 の Ruhe“ にもっ ぱら対応させ定形律の安定した落ちつきに依存するの 。. が得策というものである。 それでも [ (M3 ) ] と比較するなら, 音節数に格段の変化がある上, 巧テ目・5 行目・7行目の変則律と他の詩行の定形律との緊張した音韻上の対立が功を奏し, [ (MI ) ] の韻律形式で重 要な役割を果たしている格調を欠きながらも, [(M4 ) ] の律動からは旅人の一日の旅程が平坦でないことを 感じ取ることが可能である。 とりわけ1行目と7行目の五五調二句仕立ては, 詩的律動から外れて散文調が 1 これを五七.七五調の定形律と対置させる技法は [ 強く,2 ) ] の自由韻律に劣らない効果を生み出し , (M2. ている。 『不滅』 の父娘もゲーテその人も, [ (M4 ) ] において [(M2 ) 〕 の場合と同様に, 違和感なく旅人の 夜の感慨に己の人生への感慨を重ね合わせることができることであろう。. W CONCLUD I NG REMARKS まず [ (MI )] を韻律形式と詩想との関連から分析した結果, その韻律形式における均整と規則性からの 極端な逸脱は, 一見して単純そのものと思われる詩想が, 単に 《憩い・眠り》 に止まらず, それへの欲求の 始動因をも包含することの反映であると判明した。 次いで [(M2 )] と [(MI ) ] との比較分析の結果, [ )] は, 律動単位の配分法を [ (M2 (MI ) ] )・(M3 )・(M4 と完全に異にしているにもかかわらず, その違いがもたらす韻律形式上の喪失を他の技法で補い, 自由韻律 詩として[ (MI ) ]の上述の詩想の再現に見事に成功していること,[ (M3 )] は, 律動単位の配分法を[ (MI ) ] と同じくしているが, 詩想を皮相的に単に 《憩い・眠り》 と捉えたため, [(MI ) ] の韻律形式上の特徴を完 全に変質あるいは喪失させていること, [ (M4 ) ] は, 言語の音韻的制約のゆえにかなり不利な条件を負って いるにもかかわらず, 伝統的な定形律に依存すると同時に, 変則律をそれに対置することで, 韻律形式上の 大きな喪失を補い, [ (M3 ) ] と比較してかなりよい成果を得ていることが明らかとなっ た。 以上を総じて, 詩の翻訳においては言語内在的と人為的の両面の原因から, 韻律形式上の変質あるいは喪 失が著しく, それらは詩の内容とすべて深く係わりを持っていることが分かる。 しかし人為的原因を努めて 取り除くことによっ て, ある程度までは変質あるいは喪失の補完は可能ではないかと思われる。 月並みなが ら, 翻訳の成否は翻訳者の質の如何にかかっ ていることを, 実例 [ (M2 ) (M4 )] が如実に示している ]と[ のであ る。. Z王 1. 柴田 細 『詩に映るゲーテの生 腕 丸善ライ ブラリー186 (丸善, 1 996年) , 296‐8頁を参照。 Mi la l i l imar ) る 1 IKundera oれれZ“≧ och(Par s :Ga . .Eva B1 .47一8 , PP ,trad , じわ呪銘 ,1990. 青木. 48. 巌 『イギリスの詩 -- 西洋古典詩との比較論 --』 (荒竹出版, 1974年) 3一4頁を参照。 , 17.

(12) . 翻訳によっ て詩から何が失われるか 『 72年) 鈴木信太郎 「フランス詩法」 , 12-4頁を参照。 , 鈴木信太郎全集』 第三巻 (大修館書店, 19 「 5 同書, 13頁, 宇宙の感覚」 という言葉を参照。 82年), 170頁。 6 山口四郎 『ドイツ詩を読む人のために』 (郁文堂, 19 4. 8. 同響, 171頁。 同響, 172頁。. 9. IL Kundera .c ,op. 7. P.47 .. Thomas 1O Cf γ侃α膨れtGo鑑脳, ed‐Thomas Mann(New York:DiaIPress, 1948) , pp‐12-3. ドイ ツ語原文は, T ‐ T庇 Pe よる 9 6 に T 1 5 k i A i V l b G t 脳 Mann P れ ) l 銘 ( 卿 γ o o : c a c a e r a e e o e れ g 。 , , α s. 49頁を参照。 1 1 ユーリウス・バーブ 「ゲーテの生涯」 浜川祥枝訳, 『ゲーテ全集』 第十二巻 (人文書院, 1961年) ,2 2 柴田 撚, 前掲書, 29 6-7頁を参照。 1 13 鈴木信太郎, 前掲書, 39頁。 l 14 See Phi ) l ip Hobsbaum,ル 鑑だ,Rれタ劫粥 αれα Vの聡e F研削 (London & New York :Rout edge ‐ , PP.36一52 ,1996. Sa i teBe 15 鈴木信太郎, 前掲書, 161-4頁を参照。 彼はフランス詩における脚韻の重要性を示すために, サントニプーヴ ( n uve , 1804 を紹介している -69 ) のオ ドレッ ト ( ) 参考までに第一連のみを下に記す de l o eはe 。 。 Rime l l l esl eurssons ,quidol Auxcha l l sons , ’ Rime i l e ,1unique harmol Du vers l l st esaccent s ,qui ,se , Fremi t ssan s , Sera i t muetau genl e ; 16. fred Crombi lm,1987) Wini seαれd Pmsg s夢e (London e 7 :Croom He ‐ .61 , p , F鰯8 ”8. 17 石井白村 『英詩韻律法概説』 (篠崎書林, 1964年) , 29頁を参照。 18 同書, 25頁を参照。 19 鈴木信太郎, 前掲書, 40-1頁を参照。 20 萩原朔太郎 『詩の原 物 新潮文庫7 10 (新潮社, 1954年), 19 4-5頁。 『 - 2 1 坂野信彦 七五調の謎をとく』 (大修館書店, 199 6年) 1 0 9 10頁を参照 ,. (本学助教授・講師 釧路校). 49.

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