<論説>「攻防対象論」について
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(2) 近 畿大学法 学. 第55巻第3号. 刑 訴 法 上 明 示 の 規定 は お か れ て い な い た め,そ の帰 結 は,理 論 的 解 釈 に ゆ だ ね られ る こ と とな る。 この よ うな 問題(の 一 部)に 際 し,我 が 国 の 判 例 及 び 学説 は,従 来 か ら, い わ ゆ る 「攻 防対 象 論 」 とい う理 論 を定 立 し,上 訴 審 裁 判 所 の 調 査 権 限 が 及 ぶ範 囲 に一 定 の 限定 を加 え る こ と を試 み て きた 。 後 述 の と お り,最 高 裁 判 例 に お い て い くつ か の事 例 が 蓄 積 され,そ の よ うな 理 論 が 妥 当す べ き こ と,及 び そ の理 論 が適 用 され る範 囲 に関 して,実 務 上 一 定 の 理 解 が 確 立 し て い る。 も っ と も,そ の よ うな裁 判 実 務 の 動 向 につ いて,そ の 理 論 的 考 察 は ま だ成 熟 して い る とは い えず,そ の こ とか ら具 体 的 帰 結 につ い て も,共 通 の知 見 が得 られ て い る と は いえ な い よ う に思 わ れ る。 本 稿 は,そ の よ うな理 論 状 況 を背 景 に,近 時 の 判 例 にお け る問 題 点 の 分 析 及 び理 論 の発 展 性 を探 求 す る こ とを 目的 と して,「攻 防 対 象 論 」の 検 討 を 深 め る もの で あ る。. 二. 1.審. 攻防対象論の理論的背景. 判対象論. 周 知 の と お り,我 が 国 の 刑 訴 法 理 論 上,審 判 対 象 は 何 か とい う問 題 に つ いて,か つ て は 「公訴 事 実 対 象 説 」 と 「訴 因対 象 説 」 とが 対 立 して い たω。 前 者 は,旧 法 時 代 と同 様,訴 訟 構 造 に お い て裁 判 所 の職 権 調 査 を原 則 と し, 審 判 対 象 の 範 囲 を画 定 す るに あ た り訴 訟 当事 者 で あ る検 察 官 の 主 張(「 訴 因 」)に 拘 束 力 を認 め な い 見 解 で あ るの に対 し,後 者 は,当 事 者 に よ る訴 訟 追 行 を 原 則 とす る訴 訟 構 造 の 理 解 を 背 景 に,検 察 官 の 主 張 に拘 束力 を認. (1)詳 細 に つ い て,辻 本 典 央 「訴 因 の研 究 近 法53巻1号(2005年),同 54巻4号(2007年)参. 「 訴 因の研究一 照。 一34一. 『訴 因変 更 の必 要 性 』につ い て 一 訴 因 の特 定 性 に つ い て. 」. 」近 法.
(3) 「攻 防 対 象 論 」 につ いて. め る見 解 で あ る。 この よ うに,議 論 の背 景 に は そ の基 礎 とす る訴 訟 構 造 の 理 解 に 本 質 的 な 差 異 が あ り,刑 事 訴 訟 法 上 の 基 礎 理 論 に ま で 遡 った 主 張 が,双 方 よ り提 起 され た。 も っ と も,現 在 で は,こ の議 論 は もは や終 焉 を迎 え て お り,学 説 及 び裁 判 実 務 に お い て 訴 因 対 象 説(2}が支 配 的 見 解 と な って い る。 これ に よ って, 我 が 国 の 刑 訴 法理 論 を考 察 す る に あ た り,当 事 者 に よ る訴 訟 追 行 を 原 則 と す る考 え 方,す な わ ち 当事 者 主 義(又. は 当事 者 追 行 主 義)が 基 礎 にお か れ. る こ と とな った の で あ る。 そ して,こ の よ うな考 え方 は,第 一 審 の訴 訟 手 続 だ けで な く,上 訴 審 で の手 続 に お い て も妥 当す べ き もの で あ る。 後 述 す る とお り,本 稿 の テ ー マ とす る攻 防対 象論 に つ い て判 断 を行 っ て き た判 例 にお いて も,そ の 結論 を 基礎 づ け る に あ た り,随 所 に お いて 当事 者 主 義 の 訴 訟 構 造 理 解 が 指摘 され て い る(3)。. 2.控. 訴 審(上 訴 審)の 審 判 対 象. 前 述 の と お り,訴 訟 対 象 画 定 に関 す る考 察 は,上 訴 審 にお い て も当事 者 主 義 的訴 訟 構 造 の理 解 を前 提 と しな けれ ば な らな い。 も っ と も,上 訴 審 に お け る具 体 的審 判 対 象 の範 囲 を画 定 す る にあ た って は,さ. らに 詳 細 な上 訴. 審 固有 の理 論 的 考 察 を必 要 とす る。 (1)上 訴 審 の構 造 我 が国 で は,事 実 誤 認 を 上訴 理 由 とす る控 訴 審 は な お の こ と(刑 訴 法382 条),上 告 審 で も事 実 誤 認 が原 判 決 破 棄 の 理 由 と され て い る こ とか ら(刑 訴 法411条),上. 訴 審 は純 粋 な法 律 審 で はな く,一 定 の事 実 審 査 を 予定 す る も. (2)訴 因 と罰 条 に よ っ て特 定 さ れ た 「公 訴 犯 罪 事 実 」 を審 判 対 象 とす る見 解 も, 基 本 的 に 同 趣 旨 の もの で あ る(鈴 木 茂 嗣 『刑 事 訴 訟 法 ・改 訂版 』108頁(1990 年,青 林 書 院)。 (3)最 大 決 昭 和46年3月24日. 刑 集25巻2号293頁(本 一35一. 文 後述)参 照 。.
(4) 近畿大学法学. 第55巻第3号. の で あ る。 そ れ ゆ え,こ の よ うな上 訴 審 の本 質 を理 解 す る上 で,そ の構 造 は 如 何 な る もの で あ るべ き か とい う点 が,従 来 か ら議 論 され て き た。 上 訴 審 の構 造 モ デ ル と して,① 履 審,② 続 審(継. 続 審),③. 事 後 審(事. 後 審 査 審)の 三 つ が挙 げ られ る の が一 般 的 で あ る。 ① 履 審 と は,前 審 の 審 判 を ご破 算 に して全 く新 た に事 件 につ い て の審 判 をや り直 す 「第 二 の 第 一 審 」方 式 で あ る。 ② 続 審 と は,前 審 に お け る 判 決前 の審 理 手 続 を継 承 して, さ らに新 た な証 拠 調 を行 う 「継 続 的 第 一 審 」 方 式 で あ る。 ③ 事 後 審 と は, 事 件 そ の もの で は な く,原 判 決 の 当否,換 言 す る と当 事 者 の 不 服 申 立 内 容 に理 由 が あ るか 否 か を審 査 す る方 式 で あ る㈲。 我 が 国 で は,旧 刑 訴 法 時 代 に は① 履 審 乃 至 ② 続 審 モ デル が 採 用 され て い た 。 また,民 訴 法 は,296条2 項,298条1項,297条(準. 用156条)な. どの 規 定 が 存 在 す る こ と か ら,現. 行 法 で も② 続 審 の 形 態 を と っ て い る⑤。 これ に 対 し,現 在 の 刑 訴 法 学 説 で は,上 訴 審 を③ 事 後 審 で あ る と理 解 す る見 解 が 支 配 的 とな って い る。 この よ う な事 後 審 的 構 造 か らは,上 訴 審 は,認 定 資 料 を 一 審 資 料 に 限 定 した上 で,そ れ に基 づ く原 判 決 の 当 否 を 当 事 者 の不 服 申 立 の範 囲 に お い て審 査 す るべ き もの と理 解 され る(6)。 も っ と も,こ の よ うに 事 後 審 モ デ ル か らは,原 判 決 に蝦 疵 が あ り(当 事 者 の 申立 に理 由 が あ り),こ れ を 破 棄 す る場 合 に は 原 審 へ の差 戻 が な さ れ るべ き こ と とな るが,現 行法 上,上 訴 審 に よ る 自判 及 び そ の た め の上 訴 審 自身 に よ る証 拠 調 も予 定 され て い る(刑 訴 法400条 但 書)。 そ れ ゆ え,事 後 審 モ デ ル が 徹 底 され て い る わ け で は な く,実 務 上,続 審 化 乃 至 履 審 化 して い る との 分 析 も,早 くか ら見 られ た⑦。 また,被 告 人 に利 益 な方 向 で の み (4)鈴 木(前 掲 注(2))『刑 事 訴 訟 法 』246頁 。 (5)伊 藤 眞 『民 事 訴 訟 法 ・第3版 再 訂 版 』654頁(2006年,有. 斐 閣)。. (6)鈴 木(前 掲 注(2))『刑 事 訴 訟 法 』247頁 。 (7)田 宮 裕 『刑 事 訴 訟 とデ ュ ー プ ロ セ ス』363頁(1972年,有. 斐 閣。 初 出 「上 訴 の. 理 由」 日本 刑 法 学 会 編 『刑 事 訴 訟 法 講 座 第 三 巻 』(1964年))。 一36一.
(5) 「攻 防 対 象 論」 に つ い て. 職 権 調 査 範 囲 を拡 張 す る見 解 も,有 力 に主 張 され て い る(8)。 こ の よ う に して,上 訴 審 も厳 密 な 意 味 で の事 後 審査 審 で あ るに と どま ら ず,一 定 程 度 実 体 形 成 を 行 うべ き実 体 審(履 審 乃至 継 続 審)と. して の性 質. を有 して い る こ とか ら,そ の 審 判権 限 は如 何 な る範 囲 に及 ぶ べ き もの で あ るか が,検 討 され な けれ ば な らな い。 (2)訴. 訟 係 属(移 審)の 範 囲. 上 訴 審 の 審 判権 限 の 範 囲 を検 討 す る に あ た り,理 論 的 に先 行 す る問 題 と して,そ. もそ も原 判 決 で審 判 さ れ た事 件 が 如 何 な る範 囲 で 上 訴 審 に移 審 ・. 係 属 す るの か が 問 わ れ な け れ ば な らな い。 具 体 的 に は,例 え ば,原 判 決 に お い て公 訴 事 実 の一 部 の み有 罪 と され 残 部 が 無 罪 と され た と き に,当 事 者 の一 方,特. に被 告 人 の みが 上 訴 した場 合,上 訴 審 に移 審 ・係 属 す る範 囲 は. 被 告 人 上 訴 の対 象 と な る有 罪 部 分 に限 定 され るの か,又 は 無 罪 部 分 も含 め て全 体 が そ の対 象 と な るの か が 問 題 とな る。 こ の問 題 につ いて,有 罪 部 分 と無 罪 部 分 とが 可 分 で あ る場 合,一 部 上訴 を認 め る規 定 上(刑 訴 法357条),上. 訴 され な か った 無罪 部 分 は 移 審 ・係 属. せ ず,検 察 官 が 控 訴 しな か った 時 点 で 確 定 す る。 如 何 な る場 合 に双 方 の部 分 が 可 分 で あ るか が 問 題 とな るが,我 が 国 で は一 般 に,一 部 上 訴 は裁 判 主 文 に関 係 付 け られ る概 念 と して理 解 され,併 合 罪 に つ き複 数 の主 文 が言 渡 され た 場 合 に 限 られ る もの と され て い る(9)。これ に よ る と,例 え ば,併 合 罪 中 の 一 部 に つ い て 有 罪 そ の他 に つ い て無 罪 の言 渡 が あ り,被 告 人 の みが (8)こ. の 中 で も,刑 訴 法393条1項. 権 の理 論 』393頁(1983年,成 三九 三 条 一 項 の解 釈 試 論 (1977年))や,383条1号 造 』632頁(1997年,成. を根 拠 とす る 見解(小 田 中聰 樹 『刑 事 訴 訟 と人 文 堂 。 初 出 「控 訴 審 に お け る事 実 取 調 一 『現 代 の刑 事 法 学(下)・. 刑訴法. 平場安治博士還暦祝賀』. を根 拠 とす る見 解(鈴 木 茂 嗣 『続 ・刑 事 訴 訟 の 基 本 構 文 堂 。 初 出 「刑 事 控 訴 審 の 構 造 」 『刑 事 裁 判 の 復 興 ・石. 松 竹 雄 判 事 退 官 記 念 』(1990年))な. どに 分 か れ る。. (9)藤 永 他[原 田 國 男]『 大 コ ンメ ンタ ー ル 刑事 訴 訟 法 第6巻 』36頁(1996年,青 林 書 院)。 一37一.
(6) 近畿大学法学. 第55巻第3号. 有 罪 部 分 につ き控 訴 した場 合 は,無 罪 部 分 は控 訴 審 に移 審 しな い(大 判 大 正15年10月26日. 大 刑 集5巻463頁,最. 判 昭 和28年9月25日. 刑 集7巻9号. 1832頁)。 他 方,実 体 法 上 一 罪 の 場 合(単 純 一 罪,包 括 一 罪,科 刑 上 一 罪)だ な く,併 合 罪 の 場 合 で も裁 判 が 不 可分 の場 合,つ. けで. ま り併 合 罪 科 刑 に よ り全. 体 と して 一 個 の 刑 が 言 渡 され た場 合 は ど うか。 この点,我. が国 の通 説 ・判. 例 は,裁 判 は不 可 分 の もの と して一 部 上 訴 は許 され ず,そ. の結 果,公 訴 事. 実 全 体 が 上 訴 審 に移 審 ・係 属 す る とい う。 例 え ば,団 藤 重 光 ω は,「一 部 上 訴 は,事 が らの性 質上,こ. とに公 訴 不 可 分 の原 則 と の関 係 で,お の ず か ら. 一 定 の 制 限 を受 け る」 と述 べ. ,特 に実 体 法 上 一 罪 の 関 係 に お いて 理 論 上 当. 然 に一 部 上 訴 は 否定 され る と主 張 す る。 裁 判 例 に お いて も,例 え ば,名 古 屋 高 判 昭 和32年12月25日 高 刑 集10巻12号809頁(最 集15巻12号2046頁. に よ って支 持)は,原. 決 昭 和36年12月26日 刑. 判 決 が 観 念 的 競 合 の 関 係 にあ る公. 訴 事 実 の一 部 に つ き有 罪 と し,そ の 部 分 に対 して の み 上 訴 が な され た とい う事 例 に つ い て,「 公 訴 事 実 全部 に つ き移 審 の効 力 を生 ず る もの と解 す る。 け だ し,科 刑 上 一 罪 の一 部 に対 す る上 訴 はそ の 性 質 上 原 則 と して 許 され な い。 従 って,そ の一 部 に対 して 上 訴 を な した と きは 公 訴 事 実 全 部 に つ き 当 然 移 審 の効 力 が 及 ぶ もの と解 す べ きで あ るか らで あ る」(下線 辻 本,以 下 同 じ)と 判 示 し,実 体 法 上 一 罪 の 関 係 にあ る公 訴事 実 に つ い て は 法理 論 上 当 然 に そ の全 体 が 移 審 ・係 属 す る との 見 解 に た って い る。 公 訴 不 可分 原 則 の 妥 当性 は お くと して も,実 体 法 上 一 罪 の 関 係 に あ る事 実 に つ い て は,訴 訟 法 上 一 個 の 手 続,一 一個 の 審 判 の み が 予 定 され,そ の分 割 は否 定 さ れ る べ き もの で あ る こ とか ら(刑 法54条 は 同51条 を準 用 して い な い),上 訴 との 関係 にお いて も不 可 分 性 が 前 提 と され て い るよ うに思 わ れ る。 これ に対 し,学 説 上,た ⑩. とえ 実 体 法上 一 罪 の場 合 で あ って も,包 括 一 罪. 団 藤 重 光 『新 刑 事 訴 訟 法 綱 要 ・7訂 版』511頁(1967年,創 一38一. 文 社)。.
(7) 「攻 防 対 象 論 」 につ いて. や 科刑 上 一 罪 の一 部 の み が有 罪 とさ れ,被 告 人 のみ が 上 訴 した場 合 に は, そ の残 部 は もは や移 審 せ ず,そ. の段 階 で 確 定 す る との 見 解 も見 られ る。 例. え ば,鈴 木 茂 嗣 ⑪ は,「 検 察 官 が 訴 追意 思 を放 棄 す る こ とに よ り,実 質 的 に は黙 示 的 な訴 因 の縮 小 変 更 が行 われ た… … そ うだ とす れ ば,移 審 係 属 す る 公 訴 犯 罪 事 実 も縮 小 さ れ た 訴 因 に 対 応 す る部 分 に 限 定 され る」 と主 張 す る。 ま た,後 述 「新 島 ミサ イル 事 件 」 の 最 高 裁 調 査 官 解 説[千 葉 裕]⑫ も, 牽 連 犯 な どの科 刑 上 一 罪 だ けで な く包 括 一 罪 の 場 合 も各 犯 罪 事 実 は 可 分 の 関係 に あ り,上 訴 さ れ なか った 「無 罪 部 分 が 一 審 か ぎ りで 確 定 す る とい う 考 え方 も十 分 に成 立 し得 る」 と主 張 す る。 もっ と も,こ れ らの 見 解 に よ る と,一 罪 の一 部 確 定 と い う状 態 を 認 め る こ と とな り,確 定 力 の 取 扱 に お い て非 常 に不 安 定 な もの とな る虞 が あ る。 また,訴 因 縮 小 とい う効 果 に と ど ま る ので あれ ば,控 訴 審 に お いて 訴 因 変 更 が 許 され る との 支 配 的 見 解(最 決 昭 和29年9月30日 14号3011頁,最. 刑 集8巻9号1565頁,最. 判 昭 和42年5月25日. 判 昭 和30年12月26日 刑 集9巻. 刑 集21巻4号705頁)に. よ る 限 り,何. ら制 限 と して 機 能 しな い もの とな る。. 三. 攻防対象論の当否及び範囲. 1.攻. 防対象論の当否. 前 述 の とお り,原 判 決 の 有 罪 部 分 と無 罪部 分 とが実 体 法上 の一 罪 性(又 は併 合 罪 科 刑)に. よ り不 可 分 の 関 係 に あ る場 合,被 告 人 の み が上 訴 した場. 合 で も公 訴 事 実 全 体 が 上 訴 審 に 移 審 ・係属 す る とい う支 配 的 見解 を前 提 と した 場 合,上 訴 裁 判 所 は,直. ちに 公訴 事 実 全体 に 審 判権 限 を及 ぼ す こ とが. で き るの で あ ろ うか 。 具 体 的 に は,上 訴 審裁 判 所 は,検 察 官 か らの控 訴 提 ⑪. 鈴 木(前 掲 注(2))『刑事 訴 訟法 』253頁 。. ⑫. 千 葉 裕 「判 例 解 説 」 昭 和46年 最 判 解 刑事 篇87,97頁(1972年)。 一39一.
(8) 近畿大学法学. 第55巻第3号. 起 が な い に もか か わ らず,原 判 決 を破 棄 し,自 判 す る際 に,量 刑 を加 重 す る こ とは で き な い と して も(刑 訴 法402条,414条),事. 実 認 定 を被 告 人 の. 不 利 な方 向 に修 正 す る こ と,つ ま り原 判 決 が 無 罪 と した部 分 を 有 罪 と変 更 す る こ とが で き る ので あ ろ うか 。 まず,そ. もそ も不 利 益 変 更 禁 止 原 則 は事 実 認 定 レベ ル に も及 ぼ され,そ. の 結 果 原 判 決 で 無 罪 と され た 部 分 につ いて は,検 察 官 か らの 控 訴 が 無 い 場 合 に は,上 訴 審 裁 判 所 は これ を 不 利 益 に変 更 す る こ と は禁 止 され る との 見 解 も あ る⑱。 しか し,通 説 的 見 解 は,事 実 認 定 に つ い て 不 利 益 変 更 禁 止 原 則 は適 用 され な い と し,原 判 決 が 無 罪 と した部 分 に つ い て上 訴 審 が 有罪 と 認 定 す る こ と も認 め て い るω。 確 か に,不 利 益 変 更 禁 止 原 則 は,被 告 人 に 上 訴 権 行使 を躊 躇 させ な い た め の政 策 的(消 極 的)側 面 に加 え て,上 訴 審 に お け る当事 者 主 義 の妥 当 とい う積 極 的側 面 か ら基 礎 づ け られ るべ き もの で あ る⑮。 しか し,402条 の解 釈 と して事 実 認 定 レベ ル に ま で本 原 則 の適 用 を認 め るの は,無 理 が あ るよ うに思 わ れ る。 も っ と も,こ の よ うな審 判 権 限 の範 囲 を 当事 者 主 義 的訴 訟 構 造 か ら考 察 す る とい う方 向性 は,第 一 審 の み な らず,上 訴 審 で も支 持 さ れ るべ き で あ る。 本 稿 で テ ー マ と され る 「攻 防 対 象 論 」 は,ま さ に そ の よ うな背 景 か ら 誕 生 した もの とい って もよ い だ ろ う。 こ こ で,攻 防 対 象 論 とは,原 審 無 罪 部 分 を含 め一 罪 の関 係 に あ る全 体 が 上 訴 審 に移 審 ・係 属 す るが,被 告 人 に 上 訴 の利 益 が な くま た検 察 官 か らの 上 訴 申立 もなか っ た無 罪 部 分 につ いて は,当 事 者 の 攻 防 対 象 か ら除 外 され た もの と して,上 訴 審 が この 部 分 に審 G3)小 野 慶 二 「 控 訴 審 の 審 判 に お け る 当事 者 主 義 」「団 藤 重 光 博 士 古 稀 祝 賀 論 文 集 第4巻 』259,270頁(1985年,有 a4大. 判 昭 和2年6月24日. 号1626頁,最 ⑮. 斐 閣)。. 大 刑 集6巻222頁,最. 判 昭和24年8月9日. 判 昭 和23年11月18日. 刑集3巻9号1428頁. 白取 祐 司 『刑 事 訴 訟 法 ・第4版 』431頁(2007年,日 注(2))『刑 事 訴 訟 法 』255頁,田. 刑 集2巻12. 。 本 評 論 社),鈴. 木(前 掲. 宮 裕 『刑 事 訴 訟 法 ・新 版 』469頁(1996年,有. 斐 閣)。 一40一.
(9) 「攻 防 対 象論 」 につ い て. 理 を 及 ぼ す こ と は,職 権 発動 の 限 界 を超 え る もの とす る理 論 を い う。 最 高 裁 判 例上 初 め て この理 論 が採 用 され た の が,「 新 島 ミサ イ ル 事 件 」(最 大 決 昭 和46年3月24日. 刑 集25巻2号293頁)で. あ った 。. 本 件 の詳 細 は,以 下 の とお りで あ る。 伊 豆 諸 島 中 の新 島 に 防衛 庁 が ミサ イ ル試 射 場 を設 置 す る こ とに な り,こ れ に反 対 す る左 翼 グ ル ー プ と賛 成 す る右 翼 グル ー プ と の 間 で 衝 突 が 生 じた。 そ の うち,左 翼 グ ル ー プ の メ ン バ ー らに よ る住 居 侵 入 罪,暴 力 行 為 等 処 罰 に関 す る法 律(以 下 暴 力 行 為 法) 1条1項. 違 反,傷 害 罪 につ い て,公 訴 が提 起 され た。 一 審 判 決 は,住 居 侵. 入 罪 及 び暴 力 行 為 法 違 反 の一 部(多 衆 の威 力 を示 して の脅 迫)に つ いて 有 罪 と認 め た が,暴 力 行 為 法 違 反 の そ の余 の部 分(暴 行,器 物 損 壊)並. びに. 傷 害 につ い て は無 罪 と した。 そ の際,一 審 判 決 は,右 無 罪 部 分 と有 罪 部 分 とは牽 連 犯(住 居 侵 入 と暴 力 行 為 法 違 反,住 居 侵 入 と傷 害)乃 至 包 括 一 罪 (暴 力 行 為 法 違 反 の 内容 た る脅 迫,暴 行,器 物 損 壊)と の と認 め られ る と して,主 文 で 無 罪 の 言 渡 を せ ず,理. して 起 訴 さ れ た も 由 中で そ の 説 明 を す. る に と ど め た。 一 審 判 決 に対 し被 告 人 側 の み が 控 訴 した と こ ろ,控 訴 審 判 決 は,職 権 調 査 の 結 果,一 審 判 決 に は明 らか な 事 実 誤 認 が あ る と し,原 判 決 を破 棄 して,起 訴 事 実 を 全 面 的 に認 定 す る 旨 自判 した 。 そ こで,被 告 人 側 は,上 告 し,一 審 が 無 罪 と した 部 分 は上 訴 審 の 審 判 対 象 か ら除 外 され る べ きで あ る と主 張 した 。 最 高 裁 は,大 法 廷 にお い て 審 理 し,以 下 の よ うに 判 示 して 原 判 決 の 手 続 を 違 法 で あ る と断 じた(も. っ と も,結 局 の と ころ 控. 訴 審 は単 に控 訴 棄 却 し,原 判 決 が 維 持 され るべ き事 例 で あ り,量 刑 に影 響 が な い こ とか ら,著 反 正 義 は 認 め られ ず,上 告棄 却 と され た)。. 「本 件 公 訴 事 実 中 第 一 審 判 決 に お い て 有 罪 と さ れ た 部 分 と無 罪 と され た 部 分 と は牽 連 犯 な い し包 括 一 罪 を 構 成 す る もので あ る に して も,そ の各 部 分 は,そ れ ぞ れ 一 個 の 犯 罪 構 成 要 件 を 充 足 し得 る もの で あ り,訴 因 と して も独 立 し得 た も 一41一.
(10) 近畿大学法学. 第55巻第3号. の な の で あ る。 そ して,右 の う ち無 罪 と され た部 分 に つ い て は,被 告 人 か ら不 服 を 申 し立 て る利 益 が な く,検 察 官 か らの控 訴 申立 もな い の で あ る か ら,当 事 者 間 に お いて は攻 防 の対 象 か らはず さ れ た もの と み る こ とが で き る。 こ の よ う な部 分 につ い て,そ れ が 理 論 上 は控 訴 審 に移 審 係 属 して い る か ら とい って,事 後 審 た る控 訴 審 が 職 権 に よ り調 査 を加 え有 罪 の 自判 をす る こ とは,被 告 人 控 訴 だ け の場 合 刑 訴 法402条 に よ り第 一 審 判 決 の 刑 よ り重 い 刑 を言 い 渡 され な い こ とが 被 告 人 に保 障 され て い る と は い って も,被 告 人 に対 し不 意 打 を与 え る こ と で あ るか ら,前 記 の よ うな 現 行 刑 事 訴 訟 の基 本 構 造,こ. と に現 行 控 訴 審 の性 格. にか ん が み る と き は,職 権 の 発 動 と して 許 され る限 度 を こ え た もの で あ っ て, 違 法 な もの とい わ な けれ ば な らな い。」. この よ うに,新 島 ミサ イ ル事 件 に お い て,最 高 裁 判 例 上 初 め て攻 防対 象 論 が 採 用 され た。 す な わ ち,牽 連 犯又 は包 括 罪 の一 部 の み有 罪 とさ れ,被 告 人 の み が 上 訴 した 場 合,残 余 の無 罪 部 分 につ いて,「理 論 上 は控 訴 審 に移 審 係 属 して い る」 と しつ つ,な お も当事 者 主 義 的訴 訟 構 造 を理 論 的基 礎 と して 上 訴 審 の 審 判 権 隈 に 限定 を加 え る との判 断 が示 さ れ た。 そ して,本 理 論 は,翌 年 の 「大 信実 業事 件 」(最 判 昭和47年3月9日. 刑 集26巻2号102頁). に お い て,上 告 審 の手 続 で も適 用 さ れ るべ き こ と,ま た観 念 的 競 合(関 税 法違 反 に お け る無 免 許 又 は無 許 可 輸 出罪 と,無 承 認 輸 出罪)の 関 係 に お い て も妥 当 す るべ き もの で あ る こ とが 確 認 され た㈹。 これ に よ って,裁 判 実 務 で は,攻 防対 象論 の妥 当性 が確 立 さ れ た と い っ て よ い。 学説 上 も,2件. の最 高 裁 判 例 の意 義 につ い て,(1)一 審 無 罪 部 分 は検 察 官. が上 訴 しな か っ た時 点 で確 定 し,そ もそ も移 審 しな い と分 析 す る見 解 ⑰, ⑯. 時 國康 夫 「判 例 解 説 」 刑 訴 法 百 選 第5版252頁(1986年),池 説 」刑 訴 法 百 選 第6版210頁(1992年)は,本. 田 眞 一 「判 例 解. 決 定 に つ い て,攻 防 対 象 論 で は な. く,端 的 に特 定 の 訴 因 に つ い て検 察 官 が上 訴 して 有 罪 の 主 張 を 維 持 す る挙 に 出 て い な い こ とか ら上 訴 審 の 審 判 権 限 を 制 限 した もの と分 析 す る。 一42一.
(11) '. 「 攻 防対 象 論 」 につ い て. (2)一審 無 罪 部 分 につ い て 「形 式 的 に は移 審 す る が実 質 的 に は移 審 しな い」 と い う こ と を認 め た もの と分 析 す る見 解 ⑱,(3)当 事 者 主 義(そ れ に基 づ く 検 察 官 の 処分 権 主 義)の 妥 当 ゆ え に,裁 判 所 の職 権 調 査 権 限が 制 限 を受 け る もの と分 析 す る見 解⑲ が 対 立 す るが,そ の 結 論 につ いて は,お お む ね 支 持 を受 け て い る。 も っ と も,2件. の最 高 裁 判 例 に は,そ れ ぞれ 攻 防 対 象 論 の適 用 に反 対 す. る意 見 が付 され て い る。 例 え ば,新 島 ミサ イル 事 件 で は,下 村,村 上 両 裁 判 官 が,有 罪 部 分 と無 罪 部 分 との不 可 分 ・単 一 性 及 び職 権 調 査 の 必 要 性 か ら攻 防 対 象 論 の適 用 に反 対 して い る⑳。 長 部 裁 判 官 も,下 村,村 上 意 見 に 賛 成 し,職 権 調 査 に際 し両 当事 者 に不 意 打 ち とな らな い よ うな 手 続 を 採 る こ とを主 張 して い る(新 島 ミサ イル 事 件 で は,そ の よ うな 手 続 が 履 践 され て い な か った た め訴 訟 手 続 上 の 違 法 が あ っ た とす る)⑳。 大 信 実 業 事 件 で は,岸 裁 判 官 が,新 島 ミサ イ ル事 件 で展 開 され た攻 防対 象 論 適 用 説 に対 し, 「現 行 刑 訴 法 の 当事 者 主 義 化 を 強調 す るあ ま り,『 刑 事 訴 訟 法 の 民 事 訴 訟 法 化 』 の限 界 を超 え て 刑 事 訴 訟 に民 訴 法 の 当 事 者 処 分 権 主 義 を 導 入 した もの と して 反 対 」 す る こ とを 明 言 した 上 で,仮 に 攻 防 対 象 論 適 用 説 を 前 提 と し て も,本 件 は 「自然 的 観 察 にお い て は 単 一 の 事 実 な の で あ って,当 事 者 間 に お け る攻 防 の 対 象 か らは ず され た事 実 とい う もの は存 在 しな い」 と述 ⑰ 一. 千 葉(前 掲 注⑫)「 判 例 解 説 」97頁,平 異 論 の あ る 刑 事 判 例(そ の3)一. 他 編[庭 ⑱ ⑲. 出禾 「牽 連 犯 に 関 す る二 つ の 判 例(下) 」 専 法16号49 ,67頁(1973年),熊 谷. 山英 雄]『 公 判 法 大 系IV』115頁(1975年,日. 本 評 論 社)。. 佐 々木 史 朗 「判 例 解 説 」 刑 訴 法百 選 第3版226頁(1976年)。 小林充 「 判 例 研 究 」 警 研44巻6号112,119頁(1973年),香 説 」 刑 訴 法 百 選 第5版232頁(1986年),光. 城 敏 麿 「判 例 解. 藤景 咬 「 判 例 解 説 」 刑 訴 法 百 選 第6. 版200頁(1992年)。 ⑳. 青 柳 文 雄 「判 例 評 釈 」判 評151号138頁(1971年),横 ト(6)』264,270頁(1973年,有. ⑳. 井 大 三 『刑 訴 裁 判 例 ノ ー. 斐 閣)も 同 旨。. 青 柳 文 雄 ・鈴 木 吉 則 「判 例 研 究 」 法 研47巻1号115,118頁(1974年),青 文 雄 ・西 沢 宗 英 「判 例 研 究」 法 研47巻9号90,94頁(1974年)も 一43一. 同 旨。. 柳.
(12) 近畿大学法学. 第55巻第3号. べ,二 段 階 の 論 理 で 反 対意 見 を 付 して い る。 特 に岸 の見 解 は,そ の第 一 段 階 の 部 分 に お い て,攻 防 対 象論 適 用 説 に対 す る 「批 判 的立 場 を,よ. り簡 潔. に,し か もよ り明確 に 表現 した もの と して,重 要 な意 義 が あ る」⑳。 但 し, 最 高 裁調 査 官解 説[鬼 塚 賢 太 郎]㈱ は,第 二 段 階 の 部分,つ ま り攻 防 対 象 論 は 観 念 的 競 合 に は 適 用 され な い との 批 判 部 分 に つ い て,「 訴 因 を 事 実 面 と 法 律 面 に 峻別 す る こ とが不 可 能 で あ る以 上,… … 『攻 防 の 対 象 か らはず さ れ る』 か ど う か とい う意 味 で の可 分 ・不 可 分 を考 え る と き は,『 自然 的 観 察 に よ る事 実 』 と して可 分 か ど うか とい う こ とで な く,法 的 な評 価 も含 め て可 分 か ど うか,を 判 定 す る のが よ い… … た と い事 実 面 にお いて そ の 一 部 ま た は全 部 が重 な り合 って い て も,な お 『攻 防 の 対 象 か らはず され る』 部 分 に あ た る こ とが あ り うる」 と述 べ,観 念 的 競 合 の 場 合 に も可 分 の 関 係 に あ る と して攻 防 対 象 論 が 適 用 され う るべ き こ とを 説 明 して い る。. 2.攻. 防対象論の適用範囲. 以 上 の と お り,最 高 裁 判 例 上,一 部 の 反 対 意 見 も見 られ るが,攻 防 対 象 論 の 妥 当性 が 確 立 され た 。 も っ と も,新 島 ミサ イ ル 事 件 判 決 が,攻 防 対 象 論 適 用 の 要 件 と して,① 両 訴 因 の 独 立 性,② 各 当 事 者 の 訴 訟 上 の 利 益 を 指 摘 して い る こ とか ら,理 論 の 適 用 範 囲 如 何 とい う問 題 が 新 た に生 じる こ と とな った 。 そ して,右 の よ うな 観 点 か ら攻 防 対 象 論 に 一 定 の 限 界 付 け を 示 した の が,「 船 橋 交 差 点 事 件 」(東 京 高 判 昭 和60年1月21日 1頁,最. ⑳. 決 平 成 元 年5月1日. 刑 集43巻5号323頁)で. あ る。. 鬼 塚 賢 太 郎 ・昭和47年 最 判解 刑事 篇92,138頁(1974年)。 釈 」 判 タ285号94,97頁(1973年)は,岸. 高 刑 集38巻1号. 坂 口裕 英 「判 例 評. 反 対 意 見 に つ い て,多 数 意 見 は 訴 因. 制 度 に 基 づ く刑 訴 の 基 本 構 造(弾 劾 主 義)ゆ え に検 察 官 の 有 罪 主 張 が な い と こ ろ に 裁 判 所 の 職 権 に よ る処 罰 はな い との 命 題 を 示 した もの に過 ぎず,民 訴 の処 分権 主 義 に 基 づ く もの とい う批 判 は 失 当 で あ る と批 判 す る。 ㈱. 鬼 塚(前 掲 注⑳)「 判例 解説 」140頁 。 一44一.
(13) 「攻 防対 象 論 」 につ いて. 本 件 の 詳 細 は,以 下 の とお りで あ る。 被 告 人 は,大 型 貨 物 自動 車 を運 転 中,交 差 点 内横 断歩 道 に お い て被 害 者 運 転 の 自転 車 と衝 突 し,同 車 を転 倒 させ た上,被 害 者 の右 腕 を左 後 輪 で礫 過 して右 上 腕 骨 骨 折 の傷 害 を負 わせ た。 検 察 官 は,被 告 人 に は 自車 前 方 の対 面 信 号 の表 示,横 断 者 の有 無,動 静 及 び そ の安 全 の確 認 を怠 った業 務 上 の過 失 が あ る と訴 因(本 位 的 訴 因) を構 成 し,公 訴 提 起 した。 検 察 官 は,第 一 審 公 判 の 途 中 で,被 告 人 が,「 自 車 の周 辺 を注 視 し,歩 行 者,自 転 車 等 の 有 無 及 び動 静 に留 意 し,そ の 安 全 を確 認 して発 進 す べ き」 業 務 上 の注 意 義 務 を 怠 っ た とす る訴 因(予 備 的 訴 因)を 予 備 的 に追 加 した。 第 一 審 は,本 位 的 訴 因 を 排 斥 し,予 備 的 訴 因 に 沿 う過 失 を認 定 して有 罪 判 決 を 下 した 。 同 判 決 に対 し被 告 人 の み が 控 訴 し た が,控 訴 審 は,被 告 人 の 過 失 を 認 定 す る に は合 理 的 疑 いが 残 る と して, 破 棄 差 戻 の判 決 を下 した。 第 二 次 第 一 審 で は,検 察 官 が 本 位 的 訴 因 及 び 予 備 的 訴 因 の いず れ も維 持 す る 旨釈 明 した と こ ろ,第 二 次 第 一 審 は,本 位 的 訴 因 に沿 う過 失 を 認 定 して 被 告 人 を 有 罪 と した 。 弁 護 人 は,右 判 決 に 対 し 控 訴 し,予 備 的 訴 因 に沿 う過 失 を 認 定 した 第 一 次 第 一 審 に 対 し被 告 人 の み が 控 訴 したの で あ るか ら,控 訴 審 にお い て 本 位 的 訴 因 は もは や 当 事者 の 攻 防 対 象 か ら除 外 され た とい うべ きで あ る と主 張 した。 以 上 の 経 緯 を 経 て,東 京 高 裁 は,以 下 の よ うに 判 示 し,弁 護 人 の 主 張 を 退 けた 。. 「本 件 で 審 判 の 対 象 と され た二 個 の 訴 因 は,本 位 的 訴 因 と予 備 的 訴 因 と い う両 立 し得 な い 関 係 に あ るの で あ って,か か る場 合,訴 因,す. な わ ち公 訴 事 実 に関. す る検 察 官 の 主 張 と して は 二 個 あ る い はそ れ 以 上 存 在 し得 て も(相 容 れ な い事 実 の 仮 定 的 併 列 が 許 され るの は,そ れ が,事 実 そ の もの で は な く,事 実 に関 す る 主 張 に 過 ぎな い か らで あ る。),そ の 背 後 にあ る実 体 的 真 実 は,唯 一 に して 不 可 分 の 存 在 で あ る もの とい わ な けれ ば な らな い 。 そ して,本 位 的 訴 因 と予 備 的 一45一.
(14) 近畿大学法学. 第55巻第3号. 訴 因 とは,唯 一 不 可 分 の 事 実 の 訴 訟 追 行 面 へ の 投 影 で あ る以 上,表 裏 一 体 を な す 不 可 分 の もの と して 取 り扱 わ れ るべ きで あ り(さ き に,両 者 を併 せ て 一 個 の 全 体 と観 念 す る こ とは で きな い と述 べ た の は,同 一 平 面 で の 併 立 が 認 め られ な い趣 旨で あ る か ら,本 文 と意 味 合 い を 異 にす るの は い う まで もな い。),従 って, 被 告 人 の み が 予 備 的 訴 因 に つ い て の 有 罪 認 定 を 不 服 と して 控 訴 した 場 合 で あ っ て も,両 訴 因 と も控 訴 審 に 移 審 係 属 す る と解 す べ きは も と よ りの こ と,検 察 官 に よ る 明示 的 な 訴 因 の 撤 回 が な され な い 限 り,控 訴 審 にお い て,本 位 的 訴 因 が 当事 者 間 に お け る攻 防 の 対 象 か ら外 され た もの と見 る こ と も相 当 で は な い 。 す な わ ち,こ の 場 合 に は,量 的 に 可 分 な 複数 の 事 実 の 一 部 で は な く,単 純 一 個 の 事 実 全 部 に つ い て の認 定 が争 わ れ て い るの で あ るか ら,当 事 者 間 にお い て,訴 因 の一 部 を攻 防 の対 象 外 に お く こ とに よ り,裁 判所 の 自由 心 証 を 制 約 す る こ と を認 め るべ き で は な い し,ま た,検 察 官 に お い て,予 備 的 訴 因 に つ き 有 罪 の 判 断 を得 た こ と に一 応 満 足 して控 訴 の 申 立 て を しな か った と して も,本 位 的 訴 因 に つ い て の 有 罪 裁 判 の 請 求 を 完 全 に か つ 確 定 的 に 放 棄 した も の と は 認 め られ ず,控 訴 審 に お い て予 備 的 訴 因 が排 斥 さ れ た とき に備 え て な お維 持 して い る も の と見 る の が 自然 な意 思 解 釈 で あ る。 現 に,本 件 第一 次 控 訴 審 に お い て,検 察 官 は,答 弁 書 の 中 で,予 備 的 訴 因 につ い て の事 実 誤 認 を主 張 す る弁 護 人 の 論 旨 に反 駁 して い る だ け で な く,本 件 の証 拠 関 係 か らす れ ば,本 位 的訴 因 に つ き 証 明 が な い と した第 一 次 第 一 審 判 決 の認 定 に は到 底 承 服 し難 い 旨 主 張 して い る の で あ っ て(こ の部 分 につ い て,被 告 人 側 が異 議 を述 べ た形 跡 は な く,裁 判 所 も 検 察 官 の 陳 述 を許 して い る。),こ と の 当否 は と もか く,検 察 官 に本 件 本 位 的訴 因 を 維 持 す る意 思 の あ っ た こ と,従 っ て,こ れ を攻 防 の対 象 か ら外 す意 思 の な か った こ と は明 らか で あ る」。. 第 二 次 控 訴 審 判 決 に対 し弁 護 人 よ り上 告 され た が,最 高 裁 は,以 下 の よ う に判 示 し,上 告 を 棄 却 した 。 一46一.
(15) 「攻 防対 象 論 」 につ いて. 「本 位 的 訴 因 の 犯 罪 事 実 も予 備 的 訴 因 の 犯 罪 事 実 も同一 の被 害者 に 対 す る 同一 の 交 通 事 故 に 係 る もの で あ り,過 失 の 態 様 に つ い て の 証 拠 関 係 上 本 位 的 訴 因 と 予 備 的 訴 因 とが 構 成 され た と認 め られ るか ら,予 備 的 訴 因 に沿 う事 実 を 認 定 し た 第一 審 判 決 に 対 し被 告 人 の み が 控 訴 した か ら とい って,検 察 官 が 本 位 的 訴 因 の訴 訟 追 行 を 断 念 して,本 位 的 訴 因 が 当事 者 間 の 攻 撃 防 禦 の 対 象 か ら外 れ た と み る余 地 は な い。」. 以 上 の とお り,東 京 高 裁 及 び最 高 裁 に よ る判 示 に よ る と,単 純 一 罪 で あ る業 務 上 過 失 致 傷 罪 につ い て,そ の過 失 態 様 につ き本 位 的 訴 因 と予 備 的 訴 因 とが提 示 さ れ,い ず れか につ き有 罪 判 決 が 下 され た と き,被 告 人 の み が 上 訴 した場 合 で も,両 訴 因 が 上 訴 審 に移 審 ・係 属 し,裁 判 所 の 審 判 の 対 象 と さ れ る。 もっ と も,最 高 裁 調 査 官 解説[山 田利 夫]⑳ は,本 件 の よ うに複 数 の訴 因が 本 位 的 訴 因 と予 備 的 訴 因 と して 構 成 され る場 合 に も,① 両事 実 が非 両 立 の場 合(Ex.窃 け る供 与or交. 盗or詐. 欺)と,②. 両 立 関係(Ex.公. 付)又 は大 小 関 係 の場 合(Ex。 殺 入or重. 職選挙法 にお. 過 失 致 死)と が想. 定 され,② の 場 合 に はな お も検 察 官 の訴 因 構 成 裁量 権 の 範 囲 内 に あ る もの と して 攻 防 対 象 論 は適 用 され る と説 明 して い る。 学 説 上,本 決 定 につ いて 以 下 の よ うな 分 析 が 見 られ る。 宮 城 啓 子⑳ は, 「新 島 ミサ イ ル事 件 が 公 訴 事 実 の単 一 性 の 問 題 で あ る の に 対 し,本 件 は狭 義 の 同 一 性 の 問 題 で あ る とい う点」 で 区別 され,攻 防対 象 論 の適 用 外 とさ れ た もの と分 析 す る。 河 上 和 雄⑳ は,本 件 は犯 罪 事 実 が単 一 で あ り,検 察 官 の 処 罰 意 思 は上 訴 審 にお い て も両訴 因 に及 ん で お り攻 防対 象 か ら除 外 さ. ⑳. 山 田利 夫 。平 成 元年 最 判解 刑 事 篇121,127頁(1991年)。. ㈱. 宮 城啓 子 「判例 解 説 」 平 成 元 年 重 判191,193頁(1990年)。. ㈱. 河 上和 雄 「判例 時評 」 判 タ705号62,66頁(1989年)。 一47一.
(16) 近畿大学法学. 第55巻第3号. れ て は い な い と分 析 す る。 寺 崎 嘉 博 ⑳ は,「 単 に訴 因 の非 両 立 性 で は な く, 同一 構 成 要 件 に該 当す る訴 因事 実 の一 部 が 非 両 立 で あ る」 点 が 重 要 で あ る と分 析 す る。 土 本 武 司⑳ は,「量 的 に可 分 な複 数 の事 実 の一 部 で は な く,検 察 官 は単 純 一 個 の事 実 全 部 につ いて の 有 罪 認 定 を 求 め,被 告 人 は それ につ い て争 って い る とみ るべ き なの で あ る」,それ ゆ え 「検 察 官 が 上 訴 の 申立 て を しなか った と して も,本 位 的 訴 因 が 控 訴 審 にお いて 当事 者 間 の 攻 防 の 対 象 か ら外 され た とみ る こ と はで きな い。」 と して,本 決 定 を 支 持 す る。 川 出 敏 裕㈱ は,訴 因 の 可 分 性,検 察 官 の 処 分 権 限 を 認 め た うえ で,本 件 事 情 に お いて は検 察 官 の 処 分 意 思 を 認 め る こ と はで きな い,す な わ ち 「訴 因 主 張 の優 先 順 位 を 放 棄 した と い う に と ど ま り,本 位 的 訴 因 につ い て 確 定 的 に 処 罰 要 求 を 放 棄 した と まで い う こ と はで きな い」 と述 べ,攻 防 対 象 論 は 適 用 され な い と い う。 他 方,本 決 定 の 結 論 に反 対 す る見 解 もあ る。 後 藤 昭⑳ は,「検 察 官 は 有 罪 判 決 の 可 能 性 を 予 備 的 訴 因 一 つ に 『賭 けた 』 の で あ り,本 位 的 訴 因 に つ い て は訴 訟 追 行 を 放 棄 した と見 徹 され て も已 む を 得 な か った 」 と主 張 す る。 白取 祐 司 ⑳ は,「 被 告 人 の 防 御 の 利 益,不 意 打 ち防 止 の 観 点 」 か ら,「 本 位 的 訴 因 の 『復 活 』 を 認 め るべ きで は な い 」 と主 張 す る。 能 勢 弘 之 ㈱ は,両 訴 因 間 の不 可 分性 を認 め る こ とは訴 因 制度 に反 す る と批 判 す る。 田 口守一 ㈱ は,両 訴 因 の 不 可 分 性 自体 は肯 定 しつ つ,不 利 益 変 更 禁止 論 との 関係 で疑 問 を 提 示 す る。. ⑳ ㈲ ㈲ ⑳ 勧 ㈱. 寺 崎 嘉博. 「時 の 判 例 」 法 教109号106,107頁(1989年)。. 土本武司. 「判 例 研 究 」 新 報97巻9・10号223,244頁(1991年)。. 川出敏裕. 「判 例 研 究 」 警 研64巻6号66,75頁(1993年)。. 後藤 昭. 「判 例 解 説 」 昭 和60年. 重 判189,191頁(1986年)。. 白取 祐 司. 「判 例 解 説 」 法 セ ミ419号129頁(1989年)。. 能勢 弘之. 「判 例 評 釈 」 判 評324号223,225頁(1986年)。. 田 口守一. 「時 の 判 例 」 ジ ュ リ849号60,61頁(1985年)。 一48一.
(17) 「攻 防対 象 論 」 につ い て. 3.判. 例 理論 小括. 以 上 の 攻 防 対 象論 に 関 す る判 例 理 論 を整 理 す る と,以 下 の よ うに小 括 す る こ とが で き る。 ① 被 告 人 の み が上 訴 した場 合 で も,一 罪 の関 係 に あ る全 体 が 上 訴 審 に移 審 係 属 す る。 不 利 益 変 更 禁 止 原 則 は,量 刑 の みで,事 実 認 定 に は及 ば な い。 ② 無 罪 部 分 と有 罪 部 分 とが可 分 で あ り,無 罪 部 分 につ いて 検 察 官 が 上 訴 しな か った場 合,無 罪 部 分 は両 当事 者 の 攻 防 対 象 か ら除 外 され,上 訴 審 の職 権 調 査 権 限 は及 ば な い。 その 判 断 に際 し,当 事 者 主 義 訴 訟 構 造 に基 づ く検 察 官 の訴 因 構 成 裁 量 権 の 有 無 が 重 要 な 判 断 要 素 とな る。. 四. 攻防対象論の展開(近 時の判例か ら). 前 述 の と お り,裁 判 実 務 にお いて,攻 防 対 象 論 の 承 認 及 び そ の 適 用 範 囲 につ いて 議 論 が 重 ね られ,理 論 と して 確 立 され た 。 そ の よ うな 状 況 に お い て,近 時,攻 防 対 象 論 の 今 後 の 発 展 を 占 う意 味 で,注. 目 され るべ き裁 判 例. が 登 場 した 。 以 下,検 討 を 加 え る。. 1.最. 判 平 成16年2月16日. 刑 集58巻2号133頁. (1)事 案 の 概 要 及 び判 決 要 旨 本 件 事 案 の 概 要 は,以 下 の とお りで あ る。 被 告 人 は,公 園 で 野 宿生 活 を 送 る いわ ゆ るホ ー ム レスで あ るが,パ チ ン コ店 で トイ レを 借 用 した 際,携 帯 して い た 折 りた た み 式 ナ イ フで 同 店 従 業 員 を 脅迫 した と して,示 兇器 脅 迫 罪(暴 力 行 為 法1条)を 月30日 刑 集58巻2号157頁. 理 由 に 起訴 され た。 一 審(福 に掲 載)は,被. 岡地 判平 成13年5. 告 人 の 行 為 は 「兇 器 を 示 して脅. 迫 した 」 との 構 成 要 件 に は 該 当 しな い が,ナ イ フの携 帯 に つ い て は違 法 な 一49一.
(18) 近畿大学法学. 第55巻第3号. もの で あ る と し,「縮 小 認 定 」 に よ り刃 物 不 法 携 帯 罪(銃. 刀 法32条5号,. 22条)を 理 由 に有 罪 判 決 を下 した。 そ の際,示 兇 器 脅 迫 罪 が罪 とな らな い こ と は理 由 中 で述 べ られ て い る に と どま り,判 決 主 文 で は 示 さ れ て い な か った。 一 審 判 決 に対 し,被 告 人 の み が控 訴 を提 起 し,控 訴 趣 意 に お い て 示 兇 器 脅 迫 罪 と刃物 不 法 携 帯 罪 とは併 合 罪 の関 係 に あ り,一 審 有 罪 判 決 は 不 告 不 理 原 則 に違 反 す る(刑 訴 法378条3号. 後 段)と 主 張 され た。 二 審(福. 岡高 判 平 成14年4月16日. に掲 載)は,右. 刑 集58巻2号164頁. 不告不理原則違. 反 の主 張 を容 れ,原 判 決 を破 棄 したが,他 方 で,一 審 が 無 罪 の判 断 を した 示 兇 器 脅 迫 罪 の公 訴 事 実 に関 して は,や は り審 判 請 求 を受 け た事 件 につ い て 判 決 しな か っ た違 法 が あ る(刑 訴 法378条3号. 前 段)と. して,改 め て の. 審 判 を求 めて 原 審 に差 戻 した。 二 審 裁 判 所 は,そ の 際,弁 護 人 か らの 攻 防 対 象 論 の 適 用 に よ り公 訴 事 実 につ いて は無 罪 判 決 を 下 す べ き との 主 張 につ いて,両 事 実 が 併 合 罪 の 関 係 にあ る こ と,原 判 決 の 違 法 の 程 度 が 大 き く是 正 の 必 要 性 が 大 き い こ と,一 審 判 決 の 認 定 判 断 は 検 察 官 の 当 初 の 処 罰 意思 に反 し検 察 官 が 一 審 有 罪 で 満 足 レた(本 件 公 訴事 実 につ い て 処 罰意 思 を 放 棄 した)と 認 め る こ とは飛 躍 が あ る こ とか ら,「攻 防 対 象論 が妥 当 す る典 型 例 とは い い が た い」 と判 示 して い る。 これ に 対 し,被 告 人 の み が上 告 した が,最 高 裁 は,以 下 の とお り判 示 し,原 判 決 破 棄,自 判 し,被 告 人 側 の主 張 を 全 面 的 に 認 め た(公 訴 事 実 に つ い て は無 罪,一 審 有 罪 事 実 につ い て は 公訴 棄 却 と した)。. 「第1審. 判 決 は,罪 数 に関 す る法 解 釈 を 誤 った こ と が原 因 で あ る とは いえ,絶. 対 的 控 訴 理 由 で あ る 同号 前 段 及 び 後段 の違 法 を 犯 して い た の で あ るが,検 察 官 は控 訴 せ ず,被 告 人 の み が控 訴 して,第1審. 判 決には同号後段の違法があ る旨. 主 張 して い た もの で あ る。 被 告 人 は,本 件 公訴 事実 に つ い て は,第1審. 判決の. 理 由 中 に お い て 無 罪 と さ れ て お り,不 服 を 申 し立 て る利 益 が な か った こ とか 一50一.
(19) 「攻 防 対 象論 」 につ い て ら,第1審. 判 決 中の 有 罪 部 分 で あ る本 件 犯 罪 事 実 につ いて の み控 訴 を 申 し立 て. た が,本 件 公 訴 事 実 は,被 告 人 の 控 訴 申 立 て に伴 い,法 律 上 当然 に原 審 に移 審 係 属 す る と こ ろ とな った の で あ る。 この よ うな 訴 訟 の 経 過 にか ん が み る と,被 告 人 の 控訴 申 立 て を 契 機 と して,原 審 裁 判 所 が,職 権 に よ り本 件 公 訴 事 実 につ い て調 査 を 加 え,同 号 前段 の違 法 が あ る 旨指摘 して 第1審 判 決 を 破 棄 す る に と どま らず,本 件 公訴 事 実 を有 罪 とす る余地 が あ る もの と して 第1審 裁 判 所 に 差 し戻 し,あ る い は 自 ら有 罪 の判 決 を す る こ とは,職 権 の 発 動 の 限 界 を超 え る も の で あ って 許 され な い と い うべ きで あ る。」. (2)検. 討. (i)本 判 決 は,攻 防 対 象 論 の 適 否 に つ い て 明 示 で 判 断 を 下 して は い な い が,本 理 論 の 適 用 を 前 提 とす る弁 護 人 側 の主 張 を 全 面 的 に認 め る結 論 を示 した 。 本 件 で 問 題 とな った 両 事実 は,二 審 の罪 数 判 断(現 在 の通 説)を 前 提 とす る と,併 合 罪 の 関 係 に あ り,従 来 裁 判 実 務 で攻 防対 象 論 の適 用 が論 じ られ て き た 一罪 で あ る こ とか らの単 一 性 ・不 可 分 性 は認 め られ な い。 そ れ ゆ え,本 判 決 の意 義 及 び今 後 の議 論 に 向 け た射 程 範 囲 が 如 何 な る もの で あ る か が 問題 とな る。 ω. まず,本 判 決 が破 棄 した原 判 決 の論 理 は,以 下 の と お りで あ る。 原. 判 決 は,一 審 判 決 に よ る罪 数 判 断 及 び それ に伴 う縮 小 認 定 は誤 りで あ り, 刃 物 不 法 携 帯 罪 に よ る有 罪 認 定 は不 告 不 理 原 則 違 反 で あ る と しつ つ,他 方 で,判 断 が 遺 脱 され た部 分,す な わ ち公 訴 事 実 に 関 して は,本 件 の よ うに 被 告 人 の み が 上 訴 した 場 合 で も上 訴 審 に 移 審 ・係属 す る もの と判 断 した。 この 点 につ いて は,例 え ば,最 判 昭 和43年4月26日 い て 「刑 事 訴 訟 にあ って は,民 訴 法195条[現 定 を 欠 き,却. 刑 集22巻4号342頁. 行258条1項]に. って 判 断 遺 脱 の場 合 は 刑 訴 法378条3号. にお. 相 当す る規. に よ り絶 対 的 控 訴 理. 由 の一 と され て い る こ とに鑑 み,併 合 審 理 を経 た数 個 の訴 因 の一 部 につ い 一51一.
(20) 近畿大学法学. 第55巻第3号. て の み実 体 判 決 が な され た場 合 に お い て も,当 該 判 決 裁 判 所 にお いて 他 の 訴 因 に つ き 明示 的 に適 法 な弁 論 分 離 の手 続 が な され て い る等 特 段 の 事 情 の な い か ぎ り,右 判 決 に対 し上 訴 が な され た と き は,併 合 審 理 を 経 た 数 個 の 訴 因 全 部 につ き上 級 審 に 移 審 の効 力 を生 じ[る]」. と判 示 され て い る よ う. に,従 来 か らの裁 判 実 務 にお け る支 配 的 見解 で あ った。 本 判 決 も,「本 件 公 訴 事 実 は,被 告 人 の控 訴 申立 て に伴 い,法 律 上 当 然 に原 審 に移 審係 属 す る と こ ろ とな った」 と判 示 して い る よ う に,こ の 点 につ い て は,原 判 決 の判 断 を支 持 して い る。 ㈹. で は,当 該 判 断 遺 脱 部 分 につ いて,上 訴 審 は,如 何 な る処 理 を な す. べ きか 。 この 点 につ いて,原 判 決 は,攻 防 対 象論 の適 用 に よ り無 罪 判 決 を 求 め る弁 護 人 の 主 張 を 排 斥 し,原 判 決 の不 備 を是 正 させ るべ く一 審 に差 戻 した。 この よ うな 原 審 差 戻 とい う処理 は,「第 一 審 の 判 決 が な い」 との理 由 か ら,実 務 上 支 配 的 見 解 とな って い る鋤。 も っ と も,こ の よ うな 見 解 に よ る と,本 件 の よ う に理 由 中 で無 罪 が説 示 され て い た事 例 で あ って も,一 審 で 改 め て 審 判 され,証 拠 状 況 の変 化 に よ って は有 罪 判 決 が下 さ れ る可 能 性 が 生 じる。 最 高 裁 は,本 判 決 に お い て,こ の よ うな処 理 は 「職 権 の発 動 の 限 界 を 超 え る もの で あ って許 され な い」 と し,は っき り と原 判 決 及 び従 来 の実 務 に お け る支配 的 見解 を否 定 した。 この最 高 裁 の判 断 は,理 論 的 に ど の よ うに理 解 す べ き で あ ろ うか。 本 判 決 に つ い て,最 高 裁 調 査 官 解 説[平 木正 洋]㈲ は,本 件 が 攻 防 対 象 論 の適 用 範 囲 に な い こ とを前 提 に,あ くまで 本 件 の 「訴 訟 の経 過 に か ん が み」 た判 断 で あ る こ とを 強調 す る。 他 方,中 川 孝 博twは,一. 審 が 理 由 中で 無 罪. を 説 示 した場 合 に は不 告 不 理 原 則(378条3号. は あ た らず,そ. 勧. 前 段)に. 藤 永 他 編[原 田國 男]『 大 コ ンメ ンタ ール 刑 事 訴 訟 法 第6巻 』426頁(1996年, 青 林 書 院)。. ㈱. 平 木 正 洋 「最 高 裁 判 所 判 例 解 説 」 曹 時59巻5号202,212頁(2007年)。. ㈹. 中川 孝 博 「最 新 判 例 演 習 室 」 法 セ ミ597号116頁(2004年)。 一52一. も.
(21) 「攻 防 対 象 論 」 に つ い て. そ も移 審 効 果 を認 め る必 要 は なか った と し,本 判 決 が 移 審 効 果 を 認 め た う え で職 権 調 査 の範 囲 を限 定 す る と した 手 法 につ い て 批 判 す る。 ま た,寺 崎 嘉 博enは,378条3号. 前 段 違 反 が あ る こ とを 認 め た うえ で,第 一 審 が罪 数 判. 断 の 誤 りに基 づ く右 違 反 を しな けれ ば そ の 時 点 で確 定 して い た はず で あ る か ら,あ え て 攻 防 対 象 論 を 持 ち出 す必 要 は な い と主 張 す る。 これ に対 し, 岩 瀬 徹 ㈱ は,本 件 は 「一 罪 の一 部 無 罪 の場 合 よ り も,よ り強 い理 由 で,控 訴 審 が,そ の 判 断 内 容 に職 権 で 介 入 して い くこ と が で き な い 場 合 に 当 た る」 との 理 解 を 前 提 に,本 判 決 は 「攻 防対 象 論 に触 れ る こ と な く,実 質 的 に これ と同 じ結 果 を取 り込 ん だ もの」と して そ の 手 法 を 「十 分 評 価 で き る」 と支 持 して い る。 ま た,松 代 剛枝 ㈹ は,本 判 決 は 「攻 防 対 象 論 の 趣 旨を 読 み込 む こ とに よ り,攻 防対 象 論 適 用 射 程 を限 定 す る趨 勢 へ の 一 種 の 歯 止 め とな る可 能 性 を胚 胎 す る」 と分 析 し,や は り本 判 決 の 結 論 を 攻 防 対 象論 適 用 と 関連 付 け て説 明 して い る。 こ の よ う に,本 判 決 の 理 解 につ いて は,具 体 的事 例 に お け る結 論 を支 持 す る点 で お よ そ異 論 は見 られ な い もの の,そ の基 礎 とな る理 論 的考 察 に お いて は見 解 が 分 か れ て い る。 例 え ば,中 川 や寺 崎 の見 解 は,一 審 で無 罪 の 説 示 が な され た 公 訴 事 実 に関 して上 訴 審 へ の移 審 係 属 を(少 な く と も実 質 的 に)否 定 す る もの で あ る。 この よ うな見 解 は,両 事 実 の可 分 性 を前 提 と す る もの で あ るが,本 件 一 審 判 決 は,そ の罪 数 判 断 に お い て結 果 的 に誤 り が あ った とは い え,「縮 小 認 定」に よ り一 個 の判 決 を下 した もので あ る こ と を考 え る と,直 ち に支 持 しが た い。 仮 に併 合 罪 で あ っ た と して も,併 合 罪 科 刑 に よ り一 個 の判 決 が下 さ れ た場 合 に は不 可 分 で あ る と され て い る こ と 及 び 民 訴 法258条1項. の よ うな規 定 が 刑 訴 法 に は な い こ と を考 え る と,や. (3D寺 崎 嘉 博 「刑 事 判 例 研 究 」 早 法80巻2号155,162頁(2005年)。 ㈱. 岩 瀬 徹 「判 例 解 説 」 平 成16年 重 判204,206頁(2005年)。. ㈲. 松 代 剛 枝 「判 例 評 釈 」 判 夕1222号66,71頁(2006年)。 一53一.
(22) 近畿大学法学. 第55巻第3号. は り,無 罪 説 示 さ れ た部 分 も移 審 係 属 す る もの と理 解 す べ きで は な い だ ろ うか㈹。 そ の上 で,少 な く と も本 件 の 訴 訟 経 過 にお い て 最 高 裁 の 結 論 を 支 持 す る な らば,如 何 な る理 論 に よ るべ きか 。 私 は,最 高 裁 の 判 断 は,明 示 で 表 現 こそ して は い な いが,そ の 基 礎 付 け等 を 見 る限 り,攻 防 対 象 論 を 「直 接 適 用 」 した もの で は な いか と考 え る。 確 か に,従 来 攻 防 対 象 論 の 適 用 範 囲 と さ れ て き た事 例 が 一 罪 性 の 認 め られ る もの で あ り,本 件 の よ うに 併 合 罪 関 係 に あ る場 合 は検 討 の対 象 か ら除 外 され て い た 。 も っ と も,そ の こ とは, 攻 防 対 象 論 が 併 合 罪 の場 合 に は適 用 され な い とい う こ とを 論 理 的 に 帰 結 す る もので は な い。 む しろ,併 合 罪 の 場 合 で もそ の 不 可 分 性 ゆ え に 全 体 が 上 訴 審 に移 審 係 属 す る と い う点 で は,一 罪 の 場 合 と何 ら異 な る と こ ろ は な い。 その 上 で,被 告 人 の 上 訴 の 利 益 の 欠 如 及 び 検 察 官 に よ る処 罰意 思 の 放 棄 と い う観 点 か ら見 るな らば,本 件 にお い て も,従 来 の 攻 防 対 象論 が適 用 され た事 例 と お よ そ共 通 の 訴 訟 状 況 で あ る こ とが 肯 定 され る。 最 高 裁 は, 攻 防 対 象 論 の 理 論 的 基 礎 に当 事 者 主 義 的 訴 訟 構 造 を お い て い るが,そ の 趣 旨 は,一 罪 の 場 合 と併 合 罪 の 場 合 で 異 な る もの で は な い 。 む しろ,岩 瀬 が 主 張 す る と お り,後 者 の 方 が そ の 要 請 が 強 い と もい え よ う。 以 上 か ら,私 は,本 最 高 裁 判 決 は攻 防 対 象 論 が 併 合 罪 の 関 係 に お い て も 適 用 され る こ とを 認 め た もの で あ り,今 後 の 本理 論 の 展 開 に 向 け て 大 き な 一 歩 を 踏 み 出 した もの と考 え る。. ㈹. この よ う に併 合 罪 の 場 合 も不 可 分 の もの と して 一 個 の訴 訟 手 続 の単 位 と さ れ る こ と は,む し ろ公 訴 事 実 の 同 一 性(単 一 性)を 肯 定 す る こ と と親 和 的 で あ る よ う に思 わ れ る(辻 本 典 央 「『公 訴 事 実 の 同一 性 』 概 念 につ い て(3・ 法55巻2号95,157頁(2007年)参. 照)。 一54一. 完)」 近.
(23) 「攻 防 対 象 論 」 に つ い て. 2.東. 京 高 判 平 成15年10月16日 判 時1859号158頁. (1)事 案 の 概 要 及 び判 決 要 旨 本 件 は,被 告 人 が 実 妹 に対 す る暴 行 ・傷 害 を 理 由 に起 訴 され た 事 件 で あ る。 公 訴 事 実 は,被 告 人 は被 害 者 「の 顔 面 を 手 拳 で 数 回 殴 打 し,う つ 伏 せ にな った 同 人 に馬 乗 りにな り,そ の 頚 部 に 右 腕 を 巻 き付 け首 を 絞 め るな ど の 暴 行 を 加 え,よ って,同 人 に加 療 約3週 間 を 要 す る顔 面 打 撲,顔 面 挫 創, 頚 部 挫 傷 等 の 傷 害 を 負 わ せ た 」 とい う内 容 で あ った 。 一 審(前 橋 地 高 崎 支 判 平 成15年6月4日. 判 タ1150号313頁)は,右. 公 訴 事 実 の う ち,暴 行 に つ. い て 左 顔 面 の 殴 打1回 及 び 頸 部 に右 腕 を 巻 付 け る行 為 の み で あ る こ と(暴 行 の 一 部 及 び 首 を 絞 め た 事 実 を 除 外),傷 害 結 果 につ いて 顔 面 打 撲,顔 面 挫 創 は,眉 間 の 創 傷 と左 目周辺 の 発 赤,腫 脹 及 び皮 下 出 血 を 指 す もの で あ る こ と(右 目周 辺 の 皮 下 出 血 及 び 腫 張,頭 部打 撲 を 除 外)と 縮 小認 定 し,傷 害 罪 を 理 由 に 有 罪 判 決 を 下 した。 これ に対 し,被 告 人 の み が,事 実誤 認 を 理 由 に 控 訴 を 提 起 した。 控訴 審 で は,弁 護 人 は,被 告 人 の 暴 行 は 左 頬 へ の 殴 打1回 の み で あ り,そ の結 果左 頬 の傷 害 が発 生 した こ とは認 め るが,そ れ 以 外 の 傷 害 は 被 告 人 の 行為 に よ る もの で は な い(被 害 者 自身 が 門柱 に ぶ つ け るな ど して 生 じた もの で あ る)と 主 張 し,検 察 官 は,原 判 決 は暴 行 態 様 に つ い て事 実誤 認 が あ り,公 訴 事 実 どお り認 定 され るべ き で あ るか ら, そ の 点 に つ い て の 職 権 調 査 を促 す との釈 明 を行 った。 本 判 決 は,以 下 の と お り判 示 し,公 訴 事 実 どお り認 定 し,原 判 決 を破 棄,自. ら有罪 判 決 を下 し. た(な お,被 告 人 側 か ら攻 防 対 象論 の適 用 を主 張 し さ らに上 告 が提 起 され た が,最 高 裁 は,そ の 点 に触 れ る こ とな く上 告 を棄 却 して い る(最 決 平 成 16年2月5日. 未 公 刊))。. 「 本 件 は,被 告 人 の み が控 訴 して い る の に,控 訴 裁 判 所 で あ る 当裁 判 所 が,職 権 調 査 に よ り,原 判 決 が 認 定 した 犯 罪 事 実 よ り も被 告 人 に不 利 益 な態 様 の犯 罪 事 一55一.
(24) 近 畿大 学法学. 第55巻第3号. 実 が認 定 で き る と して,原 判 決 を 破 棄 す る こ とが で き るか,と い う問 題 が あ る の で,こ の 点 に つ い て の見 解 を示 して お く。[原 文 改 行]第1に,本. 件 にお いて. は,単 純 一 罪 で あ る傷 害 に つ き,原 判 決 が 公訴 事 実 の 一 部 を 除 外 して 縮 小 認 定 した の に対 し,当 裁判 所 は 公訴 事 実 と同 旨の事 実 を 認 定 で き る もの とす る もの で あ る。 第2に,本. 件 の事 実 関係 の下 に お い て は,暴 行 の 態 様 と傷 害 の 結 果 は. ま さ し く不 可 分 で あ って,原 判 決 が認 定 した暴 行 の み で は 原 判 決 が 認 定 した 傷 害 の結 果 の多 くを説 明 で き な い の み な らず(こ の点 は,弁 護 人 が控 訴趣 意 で 指 摘 す る と お りで あ る。),公 訴 事 実 の とお りの暴 行 を認 定 す れ ば 原 判 決 が認 定 か ら除 外 した傷 害 の事 実 も当然 に認 定 で き る こ とに な る の で あ る。 第3に,原. 判. 決 に よ る,傷 害 の 結 果 につ いて の縮 小 認 定 は,傷 病 名 や要 加療 日数 の事 実 摘 示 の 表 現 に も反 映 しな い程 度 の もの で あ り,し か も,原 判 決 の よ うに縮 小 認 定 す れ ば,要 加 療 日数 を正 確 に認 定 す る こ とが 困 難 に な る の で あ る。 換 言 す れ ば, 原 判 決 が 除 外 した傷 害 を加 え て 初 めて,原 判 示 の加 療 日数 が正 確 な もの と い え るの で あ る。 第4に,検. 察 官 と して は,本 件 は兄 妹 間 の重 大 とま で は い え な い. 傷 害 事 件 で あ る と こ ろ,原 判 決 も,事 実 摘 示 と して は,公 訴 事 実 と ほ ぽ 同様 の 傷 害 を 認 定 し,こ れ を 被 告 人 の 暴 行 に よ る もの と認 め て,被 告 人 を罰 金12万 円 (求 刑 同20万 円)に 処 したの で あ るか ら,そ の犯 罪 事 実 の認 定 や量 刑 に若 干 の不 満 を 覚 え た と して も,こ の 判 決 が そ の ま ま確 定 す るの で あれ ば構 わ な い と判 断 して,控 訴 の 申 立 て に は 及 ば な か った もの と思 わ れ る と こ ろ,そ の よ う な判 断 は 本 件事 案 に か ん が み 首 肯 し得 る もの で あ る。 第5に,当. 審 に お い て,検 察 官. は,公 訴 事 実 の とお りの 事 実 を 認 め るの が 相 当 で あ る と して,職 権 調 査 を 促 し て お り,当 裁 判 所 の 上 記 の よ うな 判 断 も被 告 人 に と って 不 意 打 ち に は な らな い。 こ の よ うな諸 点 に か ん が み る と,本 件 の よ うな 場 合 に は,職 権 調 査 の 結 果, 上 記 の よ うな理 由 に よ り原 判 決 を 破 棄 す る こ とは 許 され る と解 す るの が 相 当で あ る。」. 一56一.
(25) 「攻 防 対 象 論 」 につ いて. (2)検. 討. 本 事 例 の よ うに単 純 一 罪 の一 部 が縮 小 認 定 され た場 合 に攻 防 対 象 論 が 適 用 され るか とい う問題 につ い て,こ れ ま で最 高 裁 判 所 の判 断 は示 され て い な い。 高 裁 判 決 と して,以 下2件 が 存 在 す る。 大 阪高 判 昭和58年12月22日 刑 月15巻11=12号1210頁. は,法 人 税 法 違 反 事. 件 に お い て原 判 決 が被 告 人 に有 利 な方 向 で 総 所 得 金 額 及 び通 脱 税 額 を 誤 っ て認 定 した が,被 告 人 の みが 控 訴 し,検 察 官 か ら控 訴 審 にお いて 算 出 額 の 誤 りを 争 点 と した主 張 もな され な か った と い う事 例 に つ い て,「 事 実 問 題 につ い て は 当事 者 主 義 が 機 能 し,検 察 官 が 請 求 した 訴 因 の 範 囲 内 で 当 事 者 が立 証 の責 務 を負 い第 一 審 に お け る 当事 者 双 方 の 攻 防 を 通 じて 実 体 形 成 さ れ た結 果 が 原 判 決 に結 実 す る建 前 で あ るか ら,原 判 決 に対 して 検 察 官 か ら 不 服 申立 が なか った と き は,検 察 官 は訴 追 を 原 判 示 の 認 定 事 実 の 範 囲 に と ど め,そ れ を超 え て 被 告 人 に不 利 益 な 事 実 認 定 を 求 め る こ とを 放 棄 した も の と いえ る し,職 権 調 査 は,事 実 問 題 に関 して は 不 服 申 立 者 殊 に 被 告 人 に 対 し後 見 的 な もの で あ るべ きで あ るか ら,原 判 示 認 定 の 範 囲 を 超 え て 被 告 人 に不 利 益 な 方 向 で の 職 権 調 査 を し,原 判 決 よ り も被 告 人 に 不 利 益 な事 実 につ いて 判 断 を して そ の こ との ゆ え を も って 事 実 誤 認 あ りと して 原 判 決 を 破 棄 す る こ と は許 され な い とい うべ きで あ る。」と判 示 し,控 訴 審 の職 権 調 査 の 範 囲 を 制 限 した 。 他 方,福. 岡 高 判 平 成12年9月5日. 高 検 速 報(平12)号195頁. は,傷 害 致. 死 事 件 にお い て,被 告 人 は 傷 害 の 確 定 的 故意 を持 って 被 害者 に暴 行 した と の 公 訴 事 実 に対 し,原 判 決 は 傷 害 の 未必 の故 意 を 認 定 した と ころ,被 告 人 の み が 事 実 誤 認(過 失 致 死 を 主 張)を 理 由 に控 訴 提 起 した とい う事 例 に つ い て,「本 件 の 場 合 は,公 訴 事 実 と同 一 な い し同 程度 の 態様 の事 実 を認 定 す る もの で あ って,検 察 官 の 公 訴 事 実 の 範 囲 内 で認 定 す る もの で あ る こ と, 検 察 官 と して は 被 告 人 の 弁 解 す る軽 い 態 様 の行 為 が認 定 され,犯 意 も未 必 一57一.
(26) 近畿 大学法学. 第55巻 第3号. の故 意 に と どめ られ た 点 に 不 満 は残 る もの の,量 刑 が実 刑 で妥 当 と考 え た こ とか ら控 訴 ま で は しな か った が,も. し軽 い刑 が宣 告 さ れ て い た な らば,. 事 実 誤 認 を理 由 に控 訴 す る こ と も十 分 考 え られ る事 案 で あ る と認 め られ る こ と,量 刑 に不 服 は な い が,原 判 決 の認 定 す る犯 行 態 様 を前 提 に して 量 刑 す る な らば原 判 決 の量 刑 は重 き に失 す る と して 減 軽 され る お それ が あ る場 合 に は,検 察 官 に お い て必 ず 控 訴 の 申立 て を して おか な けれ ばな らな い と す る の は,事 案 の迅 速,妥. 当 な解 決 の 上 で 必 ず しも相 当 と は い い難 い面 が. あ る こ と な ど の点 にか ん が み る と,本 件 の よ うな 場 合 に は,刑 事 訴 訟 法 第 393条 第2項. の職 権 調 査 が許 され る」 と判 示 し,原 判 決 を破 棄 した 上 で,. 傷 害 の 確 定 的 故 意 を 認 定 した。 この よ う に,単 純 一 罪 の 範 囲 内 で 縮 小 認 定 され た場 合 の 攻 防 対 象論(そ の 用 語 を 使 用 す るか ど うか は 別 と して)の 適 否 に つ い て,従 来,高 裁判 例 にお い て 見 解 が 対 立 して い た が,本 判 決 が適 用 否定 説 に立 った こ とか ら, 裁 判実 務 は,今 後 同様 の 方 向 で推 移 す る もの と推 察 され る。 問題 は,そ の よ うな結 論 の妥 当性 を如 何 に根 拠 付 け るか とい う点 で あ るが,福 岡高 判 平 成12年 及 び本 判 決 が挙 げ る基 礎 付 け を要 約 す る と,① 原 判 決 に お け る事 実 誤 認 を是 正 す べ き必 要 性,② 控 訴 審 に よ る職 権 調 査 後 の認 定 事 実 が公 訴 事 実 の範 囲 内 に あ る こ と,③ 検 察 官 は第 一 審 量 刑 に関 して は妥 当 な もの と判 断 し控 訴 しな か った とい い うる こ とで あ る。 も っ と も,① は,議 論 の 当然 の前 提 で あ る にす ぎ な い。 ま た,② は,第 一 審 の 審 判 対 象 を 画 す る場 合 に 妥 当す る観 点 で あ り,控 訴 審 の職 権 調 査 の 範 囲 を論 じる際 に決 定 的 な 理 由 とな る もの で は な い。 さ らに,③ は,量 刑 も認 定 事 実 との 結 びつ き にお い て 妥 当性 を有 す る もの で あ る こ とか ら,攻 防 対 象 論 の 適 用 外 とす るた め の 検 察 官 に よ る控 訴 不 提 起 の 処 分 性 を 否 定 す る とい う理 解 に直 結 す る もの で はな い。 私 は,こ の よ うな 考 察 を前 提 に,福 岡高 判 平 成12年 及 び本 判 決 の結 論 は, 一58一.
(27) 「攻 防 対 象 論 」 につ い て. 最 高 裁 を初 め とす る裁 判 実 務 の 訴 因 に対 す る理 解 が 強 く反 映 され た もの と 考 え る。 裁 判 実 務 は,訴 因 の 本 質 的 機 能 と して 他 の 犯 罪 事 実 との 識 別 及 び 該 当構 成 要 件 の 認 識 可 能 性 と い う観 点 か らい わ ゆ る 「識 別 説 」 に立 つ もの と理 解 され て い るω。 識 別 説 に よ るな らば,犯 行 の 日時,場 所,方 法 等 の 詳 細 な事 実 は,「 で き る限 り」 特 定 さ れ て い れ ば 足 り,訴 因 に必 ず 記 載 され な けれ ばな らな い事 項 で はな い 。 例 え ば,福 岡 高 判 平 成12年 で 問 題 とな っ た 傷 害 の 故 意 につ いて そ れ が 確 定 的 で あ るか 未必 的 な もの で あ るか とい う 点,本 判 決 で 問 題 とな った 暴 行 及 び 傷 害 の 態 様 の 詳 細 等 は,そ. もそ も訴 因. にお い て 記 載 され る必 要 は な く,ま た 裁 判 所 が 罪 とな るべ き事 実 と して詳 細 に認 定 す べ き必 要 もな い。 この よ うな 観 点 か らは,原 判 決 が単 純 一 罪 に つ い て 事 実 レベ ル で 縮 小 認 定 し,被 告 人 の み が上 訴 した とい う場 合,そ. も. そ も攻 防 対 象 は 被 告 人 が 「人 の 身体 を傷 害 した」,「身 体 を傷 害 し,よ って 人 を 死 亡 させ た」 とい う もの で あ って,原 審 と控 訴 審 とで何 ら変 化 は生 じ て い な い の で あ る。 そ れ ゆ え,控 訴 審 が原 判 決 の認 定 を超 え て公 訴 事 実 の 範 囲 内 で 具 体 的事 実 を調 査 し,認 定 した と して も,識 別 説 を前 提 とす る 限 り,攻 防 対 象論 が適 用 され る余 地 は そ もそ も存 在 しな い の で あ る。 も っと も,必 要 的記 載 事 項 で は な い事 実 も,い った ん訴 因 と して記 載 さ れ た場 合 に は,こ れ と異 な る事 実 を認 定 す る た め に は被 告 人 の 防御 の観 点 か ら不 意 打 ち 防 止 の 措 置 が 必 要 で あ る と され る力鋼,そ. の こ とは,控 訴 審 裁 判 所 の. 職 権 調 査 範 囲 を 限定 す る根 拠 と は な らな い。 これ に対 し,本 判 決 に つ い て 「第1審. が単 純 一 罪 の一 部 を縮 小 認 定 した. す べ て の場 合 に,控 訴 裁 判 所 が そ の縮 小 部 分 につ き職 権 調 査 す る こ とが で き る な ど とい え な い こ とは,本 判 決 を含 む近 時 の判 例 ・学 説 か ら して 明 ら. ⑳. 辻 本(前 掲 注(1))「訴 因 の 研 究 一 「訴 因 の研 究 一. ⑫. 『訴 因変 更 の必 要 性 』 につ いて 一. 訴 因 の特 定 性 につ いて 一. 最 決 平 成13年4月11日. 刑 集55巻3号127頁 一59一. 」参照。 。. 」,同.
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