© 2020 Japanese Proteomics Society
総説
メタボロミクスバイオマーカー研究において課題とされる
血中代謝物分析に影響を与える要因について
西海 信 *
1,吉田 優
2 *E-mail: [email protected] 1兵庫医科大学疾患オミクス解析学講座:663-8501 兵庫県西宮市武庫川町 1-1 2神戸大学大学院医学研究科:650-0017 兵庫県神戸市中央区楠町 7-5-1 (受付 2020 年 10 月 4 日,受理 2020 年 10 月 19 日) メタボロミクスとは,生体内に存在する低分子代謝物を網羅的に分析する技術のことで,メタボローム解析とも呼ば れる.ガスクロマトグラフ質量分析計や液体クロマトグラフ質量分析計などの質量分析計を用いた代謝物分析手法の開発, 改良が進むにつれ,様々な種類の代謝物が分析できるようになり,また,より低濃度の代謝物も検出できるようになって きた.そして,近年では,メタボロミクス研究が食品分野,植物分野,微生物分野,医学分野など様々な研究分野で活用 されている.医学研究分野では,メタボロミクスがバイオマーカー研究に活用されることが非常に多い.バイオマーカー 研究では,血液や尿などの体液や組織が分析対象試料とされ,その中でも血液が分析対象になることが多いものの,血中 代謝物分析において,その分析結果に影響を与える様々な要因が,近年,報告されている.これらの要因は,代謝物分析 前の検体収集や検体前処理,代謝物分析,分析後データ処理の各プロセスに存在しており,この要因を明らかにすること は,メタボロミクス研究の実用化に向けて非常に重要である.本総説では,この血中代謝物分析に影響を与える要因につ いて概説する. 1 序 論 医学分野,特に,がん分野において,疾患の早期発見や 治療効果判定,治療効果予測などにつながるバイオマー カーは,依然として必要とされており,バイオマーカー探 索研究が,現在も,広く実施されている1).バイオマーカー を測定する分析対象試料としては,血清,血漿,尿などの 体液や,組織,糞便など様々であるが,実際の臨床の現場 のみならず,バイオマーカー研究においては,採取方法が 比較的低侵襲である血液から得られる血清や血漿を活用す ることが非常に多い. 近年,質量分析技術の進歩に伴い,様々な研究分野でメ タボロミクス研究が幅広く実施されている.メタボロミク スとは,生体内に存在する低分子代謝物を網羅的に分析す る技術のことで,メタボローム解析とも呼ばれる.ガスク ロマトグラフ質量分析計や液体クロマトグラフ質量分析計, キャピラリー電気泳動質量分析計などを用いた代謝物分析 手法の開発が進むにつれ,様々な種類の代謝物が分析でき るようになり,また,より低濃度の代謝物も検出できるよ うになったことで,食品分野,植物分野,微生物分野,そ して,医学分野での研究にメタボロミクスが広く活用され るようになってきた2),3).メタボロミクスの対象である生 体内代謝物は,生命活動を営むセントラルドグマの下流に 位置することから,生体内代謝物を捉えることで,細胞機 能をより詳細に把握することができ,生体内代謝物の変動 は,生体の表現型に比較的近いと考えられている(Fig. 1). また,ゲノム情報への影響が少ないとされる環境要因や食 事要因といった外的要因による影響も生体内代謝物によっFig. 1 Central dogma engaged in life activities
The central dogma means the flow of genetic information in life activities. Basically, DNA is transcribed into mRNA, and then mRNA is translated into the proteins as functional products. Next, proteins regulate the metabolites, leading to expressions of phenotypes. The genome is the complete set of genetic information in an organism. The transcriptome means the set of all RNA transcripts. The proteome is the complete set of proteins. The metabolome means the complete set of low molecular weight metabolites.
Proteome Letters 2020;5:46 清中で低値を示した.一方で,Yu ら6)の研究では,血清 と比較して血漿中代謝物の方がより高い分析再現性を示し, 血中濃度に関しては,例えば,リゾフォスファチジルリン 脂質などが,血漿中と比較して血清中で高い値を示した. この傾向は我々の研究7)でも同様で,76 種類の代謝物が 血清と血漿との間で統計学的に有意な差を示した(Fig. 3). さらに,Yin ら8)によって,抗凝固剤の違いが血漿中生体 内代謝物に与える影響が検証され,血漿中代謝物分析にお いて,フッ化ナトリウム,クエン酸ナトリウム,ヘパリン リチウムより,EDTA-K を抗凝固剤として使用する方が好 ましいという結果が報告された.これらのことを踏まえ, 現在,抗凝固剤として EDTA ナトリウム塩や EDTA カリ ウム塩を用いて収集した血漿を,メタボロミクス研究に用 いられることが比較的多い. 採血管を用いて採血した後,遠心分離処理を行うこと で血球と液性成分,すなわち,血清や血漿に分離するが, 我々7)は,採血してから採血管を遠心分離するまでの採 血管の扱いの違いが血漿中代謝物に与える影響について検 討した(Fig. 4).採血管を用いた採血から遠心分離までの 間,冷却した状態で保存する場合と,室温で保存する場合 とで評価した結果,保存時間に従って統計学的有意に変動 する代謝物が 45 種類確認された.変動パターンは代謝物 毎に異なり,例えば,hypoxanthine は,冷却状態でも室温 状態でも保存時間に従って増加したが,pyruvic acid は室 温状態では保存時間に従って増加する一方で,冷却状態で は保存時間に従って減少した.この hypoxanthine の変動は, Yinら8)の報告とも合致する.変動する代謝物の種類に関 しては,親水性代謝物が多く,リン脂質を中心とした疎水 性代謝物の多くは,統計学的有意な変動は示さなかった. 採血後の血液を 4°C で保存していれば,血中代謝物は安定 であるという報告9)もあるが,すべての血中代謝物が安 て捉えることができる可能性もある.さらに,生体内代謝 物は,生体内での酵素反応における基質(反応物)や生成 物になることも多く,タンパク質発現のみならず,タンパ ク質活性情報も包括している可能性が高い.これらのこと から,生体内代謝物プロファイルは,セントラルドグマの 集大成であり,表現型が現れる直前の生体内における微小 な変動の捕捉につながるのではないかと考えられており, この特徴を生かして,メタボロミクスがバイオマーカー研 究に貢献できるのではないかとされている4). 近年,メタボローム解析が広く行われるようになり,そ の結果として,代謝物分析前の検体収集や検体前処理,代 謝物分析,分析後データ処理の各プロセスにおいて,代謝 物分析結果に影響を与える様々な要因が存在することも明 らかになってきている.そこで,本総説では,生体内代謝 物を対象としたバイオマーカー研究をさらに推進すること を目的として,特に,血液を用いた代謝物バイオマーカー 研究において課題とされる生体内代謝物分析に影響を与え る要因について概説する(Table 1)(Fig. 2). 2 採血後血液処理が血中代謝物分析に与える影響 ヒトにおいて,血清や血漿を得るために採血を行う場 合,採血管を使用して肘静脈から採血することが多い.凝 固促進剤などが封入された血清採取用採血管や抗凝固剤が 封入された血漿採取用採血管があり,また,抗凝固剤とし て,EDTA ナトリウム塩や EDTA カリウム塩,フッ化ナト リウム,ヘパリンナトリウム,クエン酸ナトリウムなどが 使用されている.Dettmer ら5)の研究において,血清中生 体内代謝物と EDTA-2Na 由来血漿中生体内代謝物との比 較が実施された.その結果,多くの代謝物については統計 学的有意な差は見られなかったが,乳酸は血清と比較して EDTA-2Na血漿中で低値を示し,その一方,クエン酸は血
Table 1 Factors affecting the analysis of blood metabolites
Factors References
Pre-analytics
Blood collection method 14), 30) Serum or plasma 5)∼ 7), 30) Anticoagulants to obtain plasma 8), 30) Handling blood tubes after blood collection 7), 8), 31) Storing serum/plasma until sample analysis 9), 17), 18) Freezing-thawing of serum/plasma 17) Extraction 32), 33) Pretreatment (derivatization etc) 34) Analytics
Interlaboratory difference 10)∼ 12) Measurement condition 35), 36) Data correction (Internal standard etc) 15), 16)
Post-analytics Peak alignment 37)
3 質量分析計を用いた生体内代謝物分析における施設間 差の可能性 メタボロミクス技術の進歩により,血中成分の網羅的解 析による代謝物バイオマーカー研究が日本全国,世界各地 で行われている.しかし,様々な施設が様々な分析法を構 築しているため,生体内代謝物分析における問題点として, 分析施設が違うと結果が異なることがあるという状況に直 定しているというわけでもなく,代謝物バイオマーカー研 究を進めていく上では,どのような代謝物が,どのような 条件で,どのように変動するのかを確認しておくことは非 常に重要であり,現在,採血後の採血管は,速やかに転倒 混和し,その後すぐに冷却保管すること,また,できる限 り速やかに遠心分離することが推奨される場合が多い.
Fig. 2 The procedure for analyzing blood metabolites and points to be noted in each step Step 1: Blood collection
The examples of blood collection methods are venous blood collection and finger blood collection, and these differences affect the levels of some blood metabolites. The difference between serum and plasma also affect some blood metabolites. Regarding plasma, the differences in anti-coagulants also affect some blood metabolites. Some metabolites alter according to the storage methods of blood collection tube after blood collection, for example cooling and storage time.
Step 2: Centrifugation · Dispensation · Storage
Some metabolites alter according to the storage methods of serum and plasma obtained after centrifugation, for example storage time, storage temperature and freeze-thaw count.
Step 3: Extraction · Pretreatment
After extracting the metabolites from serum and plasma, the pretreatments, such as derivatization, may be required. The derivatization treatments affect some blood metabolites.
Step 4: Measurement
In the measurement process, analyzing conditions affect some blood metabolites. In addition, there are the inter-laboratory/ machine differences in measurements of blood metabolites.
Step 5: Data analysis
The superiority or inferiority of peak alignment treatment affects the accuracy of peak identification, and peak identification affects the results of blood metabolite analysis.
Proteome Letters 2020;5:48 れ以外の代謝物において施設間差が存在することも明らか にしている.様々な研究分野において,各研究機関が,す べての機関で全く同じ前処理を行い,同機種の質量分析計 を使い,同じ分析メソッドで測定を行い,全く同様のデー タ解析システムを用いてデータ解析を進めることは不可 能であることから,Izumi ら11)の研究で得られた成果は 面する場合がある.様々な施設において,同一の前処理方 法を採用する,同一の質量分析機器を使用する,同一の データ評価方法を採用するなど,すべての施設がすべて同 じ手法を実施することは不可能であることから,生体内代 謝物分析による研究成果の実用化に向けて,代謝物分析の 施設間差の検証を行い,施設の違い,分析機器の違い,分 析方法の違いが,代謝物分析結果にどのような影響を与え るのかを明らかにすることは非常に重要である.メタボロ ミクス研究における施設間差の検証の一例として,Siskos ら10)の研究があり,Biocrates 社の AbsoluteIDQ キットを 用いてアミノ酸やリン脂質,アミン類を対象としたター ゲットメタボロミクスが実施された.この分析では,同じ キットを用いることで,全施設同様の方法を採用しており, 血中濃度に対する施設間 CV 値が 20%以内の代謝物は 8 割以上だった.また,Izumi ら11)の研究では,ヒト由来 培養細胞株(ヒト結腸腺がん由来細胞株 HT-29,ヒト膵が ん細胞株 AsPc-1)から得られた生体内代謝物抽出液を日 本各地の研究機関に配布し,その後,各機関で採用してい る手法に従って前処理などを行い,ガスクロマトグラフ質 量分析計,液体クロマトグラフ質量分析計,キャピラリー 電気泳動質量分析計,超臨界流体クロマトグラフ質量分析 計,あるいは,イオンクロマトグラフ質量分析計による生 体内代謝物分析を実施した.この研究では,親水性代謝物 と疎水性代謝物を対象に評価を行っており,かつ,細胞培 養株から得られた抽出液の前処理や代謝物分析は,各機関 で採用している手法により実施された.この研究では,2 施設以上で検出された代謝物のうち,おおよそ 6 割が,ど の施設においても同様に分析できたと報告されており,そ
Fig. 3 Examples of metabolites with the significant differences between serum and plasma
The results of metabolites whose plasma and serum levels differed significantly were shown (paired Student’s t test, p<0.05) are exhibited. The columns represent the serum to plasma metabolite level ratios for each subject. Reprinted from Ref. 7 with minor modifications.
Fig. 4 Examples of significant changes in the plasma levels of metabolites induced by the storage conditions
The results of hypoxanthine, betaine and L-kynurenine whose levels were significantly altered (one-way repeated measures ANOVA, p<0.05) by storage at room temperature or cold temperature are shown. The plots represent the geometric mean ratio of their plasma levels to the levels seen at 0 min at room temperature or at 1 h at cold temperature. Reprinted from Ref. 7 with minor modifications.
漿中代謝物の網羅的解析における施設間差の大規模な検証 が期待される. 4 その他の要因について ヒトにおいて,血清や血漿を得るために採血を行う場合, 採血管を使用して肘静脈から採血することがほとんどであ る.しかし,簡易な採血方法として,指先を穿刺して採血 する方法などもあり,その実例として,例えば,指穿刺採 血による血糖値測定などが有名である.我々14)はこれま でに,同じ被験者から肘静脈採血と指穿刺採血とを同時に 実施し,血中代謝物を比較する研究を行った(Fig. 5).親 水性カチオン代謝物,親水性アニオン代謝物,疎水性代謝 物について分析を行い,肘静脈採血由来血漿代謝物レベル と指穿刺採血由来血漿代謝物レベルとの相関関係を評価し た結果,相関係数(r)が 0.9952(親水性カチオン代謝物), 0.9699(親水性アニオン代謝物),0.9980(疎水性代謝物) となり,2 つの採血方法の間で高い相関関係が確認された. しかし,検出された代謝物の中で,ホスホコリンなど指穿 刺採血で 3 倍以上高い値を示すものも存在した.指穿刺採 非常に重要である.脂質分析に関して,National Institute
of Standards and Technology(NIST)から購入可能なヒト 標準血漿 Standard Reference Material(SRM)1950 中に存 在する脂質の絶対定量値を算出し,その施設間差の検証 を行った Bowden ら12)の研究も存在する.この研究には, プロトコルの標準化は行わない形で 31 施設が参加し,絶 対定量値での比較を行っているが,多くの脂質で施設間差 が存在することを報告している.このような結果に基づき, 分析前,分析,分析後それぞれのプロセスにおいて,脂質 分析に対するプロトコルの重要性が指摘されている13). Izumiら11)の研究では,ヒト由来培養細胞株を用いて生 体内代謝物分析における施設間差の検証を行っている.ヒ ト由来培養細胞株と血清・血漿との間では,共通して存在 する生体内代謝物も多いが,培養細胞株特異的,あるいは, 血清・血漿特異的代謝物も観察される.また,対象の生体 内代謝物の検出に影響を与える因子,いわゆるマトリック スもヒト由来培養細胞株と血清・血漿とで違う可能性も高 い.しかし,この研究成果は,血清・血漿を対象とした代 謝物分析に対しても有益であり,今後,血清中代謝物や血
Fig. 5 Comparisons between the plasma levels of metabolites in venous and fingertip plasma
The correlations between the plasma levels of cationic metabolites (A), anionic metabolites (B) and lipids (C) in venous and fingertip plasma are shown. The correlation coefficients (r) for the cationic metabolites, anionic metabolites and lipids were 0.9952, 0.9699 and 0.9980, respectively. Reprinted from Ref. 14 with minor modifications.
Proteome Letters 2020;5:50 採血後の採血管を遠心分離するまでの採血管の扱いが血 漿中タンパク質に与える影響について検討した研究19)では, 採血後血液を,遠心分離処理まで室温,あるいは,冷却条 件下で保存しても,ほとんどのタンパク質は,保存による 変動割合が 0.67 ∼ 1.5 倍の間に収まり,1.5 倍以上に変動 したタンパク質は,溶血に関係すると思われるもののみで あった.この研究では,タンパク質変動と代謝物変動との 比較も行っており,血中濃度における採血後血液処理の影 響は,代謝物よりもタンパク質の方が非常に少なく,タン パク質分析の場合,溶血に関するタンパク質については注 意が必要であると主張している. 同じ被験者から肘静脈採血と指穿刺採血とを同時に実施 し,血中タンパク質を比較した研究14)では,肘静脈採血 由来タンパク質レベルと指穿刺採血由来タンパク質レベル との相関係数(r)は 0.9999 と,非常に高い相関関係を示 した.この研究でのプロテオーム解析では,ヘモグロビン サブユニットが肘静脈採血と比較して指穿刺採血で高い値 を示しており,指穿刺採血は,目視で確認できなかったと しても,ある程度,溶血している可能性を提案している. また,定量プロテオーム解析における施設間差の検証を 行った Collins ら21)による研究も存在する.この研究では,
Sequential window acquisition of all theoretical fragment ion spectra mass spectrometry(SWATH-MS)法に基づいた定 量プロテオームデータに関して,世界 11 施設間で定性・ 定量性能を比較しており,最適な施設間標準化手法を決定 するとともに,ヒト胎児腎細胞由来 HEK293 細胞中の 4,000 以上のタンパク質が,施設間誤差が少なく分析評価可能で あることを確認している. 6 メタボローム解析によるバイオマーカー研究例の紹介 とその実用化へ向けた課題 メタボローム解析によるバイオマーカー研究では,はじ めに,疾患群と対照群との比較解析を実施し,群間で差の ある代謝物を探索する.その分析の際,内部標準物質を用 いた相対補正値を用いて比較解析を行うことが多いため, 場合によっては,代謝物バイオマーカー候補に対して安定 同位体を用いた定量分析を実施する.また,代謝物バイオ マーカー候補が複数存在する場合には,それらを組み合わ せて評価することもある.さらに,その代謝物バイオマー カー候補の検証を多施設で実施し,続けて,実用化に向け た大規模研究での検証へと進めていく.我々は,消化器が んを中心にメタボローム解析によるバイオマーカー研究を 進めており,そのうち,今回,膵がんに関する代謝物バイ オマーカー研究について紹介する. 非常に増殖が速く,転移能も高いという特徴を有する膵 がんは,本邦における 5 年生存率は未だに 10%未満であ り,その早期発見に寄与できる有用なスクリーニング法の 血の場合は,組織液のコンタミネーションの割合が高くな る可能性,また,溶血する可能性も高いと考えられ,これ らの結果は,採血方法自体の違いでも血中代謝物濃度の測 定結果が変わってしまう可能性を示している. ヒトを対象としたバイオマーカー研究では,最終的に, 数百検体,数千検体といった多検体の分析が求められる場 合がある.代謝物バイオマーカー研究でも同様で,多検体 の測定を行った場合でも,安定して分析できるような対策 が必要である.対象代謝物に対する標準物質やその安定同 位体を準備して,内部標準法による絶対定量分析を実施す れば,より安定的に代謝物を分析できる可能性が高い.し かし,メタボローム解析では,1 つの分析で数十から数百 種類の代謝物を検出できることから,すべての代謝物に対 して標準物質や安定同位体を準備することはほぼ不可能で あり,なんらかの内部標準物質を用いて相対値を算出し, 評価に活用することが通常である.さらに,数百検体,数 千検体の分析を考えた場合,質量分析計の日間誤差の問題 などもあり,データの再現性,信頼性,安定性が低くなる ため15),多検体分析のデータを補正するための手法につ いての報告も存在する16). 他にも,血液の遠心分離後に得られる血清の室温放置に よる代謝物レベルの変動17)や,血清の凍結融解の繰り返 しによる代謝物レベルの変動17),−80°C で長期保存した 場合に血漿中レベルが変動する代謝物の存在18)などが報 告されており,血液検体の収集方法のみならず,血清や血 漿に分離した後の取扱いについても配慮が必要である. 5 プロテオミクスにおける同様の検証例 本総説は,メタボロミクス研究に関して概説しているが, 同様な検証がプロテオミクス研究でも実施されており,こ こでいくつかの研究報告について紹介する.Nambu ら19) の研究において,同じ被験者から採血して得られた血液か ら血清,ならびに,EDTA-2Na 血漿を採取し,血清中タン パク質と血漿中タンパク質のプロテオーム解析を実施して, その比較を行った.血清,ならびに,血漿において,2 つ 以上のペプチドを検出でき,そのデータを用いて定量分析 ができたタンパク質は 176 種類あり,そのうち 95.5%(168 種類)のタンパク質に関しては,血清に対する血漿比が 0.667∼ 1.5 倍の間に位置した.血清に対して血漿で 1.5 倍 以上高い値を示したタンパク質は 5 種類で,この中で 100 倍以上の値を示したのでは,Fibrinogen 関連タンパク質で あった.一方,血清と比較して 10 分の 1 以下の濃度であっ たタンパク質は 2 種類で,血小板に関連するタンパク質で あった.Fibrinogen 関連タンパク質の結果は,Zimmerman ら20)の結果とも一致しており,血液凝固に関わるタンパ ク質が血漿中タンパク質と血清中タンパク質との違いに大 きく寄与しているようである.
るバイオマーカーのカットオフ値付近であった場合,その 分析誤差が,陽性陰性の結果に大きな影響を及ぼす可能性 がある.このことから,分析精度はバイオマーカーにとっ て非常に重要であり,RSD%がより小さいことが求められ る.また,今回の総説で述べられたように,血液の取扱い や使用機器によって分析測定値に差が出てくる可能性もあ り,この差は研究開発の中で算出されるカットオフ値にも 影響を与えるかもしれない.このことから,代謝物バイオ マーカー研究を開始する場合には,まず,どのようにして 検体を集めるのか,また,どのようにして分析するのか, どのような評価方法で研究開発を進めていくのかをよく吟 味する必要があり,代謝物測定結果が真の値にできる限り 近くなるように努力することが重要である. 今回の総説では,血中代謝物分析の結果に影響を及ぼす 要因について概説した.メタボロミクス研究における代謝 物分析に関しては,分析精度が高いものとして広く容認さ れた手法である標準基準,すなわち,‘ゴールドスタンダー ド’が存在せず,この点も問題とされている28).これは, ガスクロマトグラフ質量分析計,液体クロマトグラフ質量 分析計,キャピラリー電気泳動質量分析計など様々な種類 の質量分析計を活用して,施設毎に分析手法を確立し,また, 分析用データベースなどを構築していることが原因であり, ‘ゴールドスタンダード’の手法を確立することは困難で あるが,NIST から購入できる SRM1950 の代謝物分析デー タが公表されており29),ある程度の許容範囲のある分析 プロトコルが付随した血漿標準物質の分析結果に基づいて, 各機関における分析手法の確認などができるようになれば, メタボロミクスバイオマーカー研究も,さらに発展してい くのかもしれない. 謝 辞 著者らに開示すべき利益相反状態は無い.本研究は,日 本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業 (課題番号 20ek0109396S0403)の支援を受けた. 文 献
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開発が望まれている.そこで,我々22)は,膵がん患者に 対して血清メタボローム解析を実施し,健常者との比較解 析を実施した.その結果,16 種類の代謝物バイオマーカー 候 補(valine,2-aminoethanol,nonanoic acid,threonine, methionine,creatinine,arabinose,asparagine,xylitol, glutamine,1,5-anhydro-D-glucitol,lysine,histidine, tyrosine,inositol,uric acid)を見出した.次に,これら の代謝物バイオマーカー候補に対して安定同位体を用いた 定量分析系を構築するとともに,膵がんの早期発見が目的 であることから,臨床病期がステージ 0 からステージ IIB までの膵がん患者を対象に検証試験を実施した23).単回
帰分析の結果,histidine が最も高い ROC 曲線の AUC 値を 示し,最適カットオフ値における感度,特異度はそれぞれ 72.2%,86.0%であった.さらに,代謝物バイオマーカー 候補をステップワイズ法に供し,続けて,多重ロジスティッ ク回帰分析により構築した膵がん発見モデルは,ROC 曲 線の AUC 値が 0.830,感度が 70.4%,特異度が 89.5%で あり,同じ膵がん患者において,腫瘍マーカーのひとつで ある CA19-9 値よりも高い感度を示した.この研究では複 数施設での検証も行っている.また,近年では,膵がん発 症の高リスク群を囲い込み,膵がんになる前に治療するこ とが重要であるとされており,我々は代謝物バイオマー カー候補が膵がんの前がん病変を捉えることができるか否 かの研究24)も実施し,いくつかの代謝物バイオマーカー 候補は膵がんの前がん病変の状態でも変動する可能性を明 らかにしている.さらに,膵がん発症前に収集した血漿検 体を用いた膵がんリスクに関わる代謝物バイオマーカー 研究25),26)も実施して,代謝物バイオマーカー候補のうち 1,5-anhydro-D-glucitolなどが,また,その他にも分岐鎖ア ミノ酸が膵がんリスクを示す血中代謝物候補であることを 見出した. これらのメタボローム解析によるバイオマーカー研究で は,血液検体からの代謝物抽出などを手動処理で実施して いるが,代謝物バイオマーカーを実用化するためには,本 総説で説明している代謝物分析結果に影響を与える要因を 考慮した上で,多検体処理能や分析安定性を上げることを 目的とした検体の前処理から分析までの自動化が必要であ る.実用化に向けた様々な検証が進むことで,代謝物バイ オマーカーの実用化の可能性が高まると思われる. 7 まとめ 質量分析計を用いた代謝物分析においては,分析精度の 指標の一例である相対標準偏差(RSD%)が,ガスクロマ トグラフ質量分析計の場合は 30%以下,液体クロマトグ ラフ質量分析計の場合は 20%以下が受け入れられると提 案している論文もある27).しかし,例えば,ある被験者 のバイオマーカー血中濃度が,疾患の有無を判断基準とな
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Shin Nishiumi*
1, Masaru Yoshida
2*E-mail: [email protected]
1Department of Omics Medicine, Hyogo College of Medicine, 1-1 Mukogawa-cho, Nishinomiya, Hyogo 663-8501, Japan 2Kobe University Graduate School of Medicine, 7-5-1 Kusunoki-cho, Chuo-ku, Kobe, Hyogo 650-0017, Japan
(Received on October 4, 2020; Accepted on October 19, 2020)
Metabolomics, which is an omics technology and is also called metabolome analysis, is a technique for comprehen-sively analyzing the low-molecular-weight metabolites found in the body. Due to the development of metabolomic methods involving analytical instruments, such as gas chromatography/mass spectrometry, liquid chromatography/ mass spectrometry, and capillary electrophoresis/mass spectrometry, it has become possible to analyze various kinds of metabolites, such as hydrophilic and hydrophobic metabolites, and to detect metabolites at lower concentrations. With recent advances in mass spectrometry technology, metabolomic research has come to be widely used in var-ious research fields, such as those relating to food, plants, microorganisms, and medicine. In the medical research field, metabolomics has often been used for biomarker research, and many articles on the topic have been published worldwide. However, various factors that can affect the results of analyses of blood metabolites during metabolomic biomarker research have been reported. These factors can affect the pre-analytical, analytical, or post-analytical phase. Identifying such factors is very important for ensuring the appropriate practical application of the results of metabolomic biomarker research. This review outlines current knowledge about such factors.