1990年代以降における中国朝鮮族農村の変容 : チーリン(吉林)省チャンパイ(長白)朝鮮族自治県シーアルタオコウ(十二道溝)村を事例に
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(2) 目 次 frnrn.................................................................................................................................. 1. 中国朝鮮族の概要............................................... 8. 第 1章. 第 1節 第2節. 中国朝鮮族の由来と分布及び移動状 況 .................................................... 9. 1. 中国朝鮮族の由来と分布........................................................................... 10. 2. 移動状 況 .................................................................................................... 11. 第 3節. 第2章. 中国における少数民族と朝鮮族 ............................................................... 8. 中国朝鮮族の移動要因分析...................................................................... 15. 1. ᄉ民쏘社の解体及び土地制度と戸籍制度の変化....................................... 16. 2. 中韓国交樹立による影 響 ........................................................................... 18. チャンパイ 朝鮮族 自治県の概要と 朝鮮族の社会現状.................................. 32. 第 1節. チャンパイ 朝鮮族 自治県の概要.............................................................. 32. 第 2節. チャンパイ 朝鮮族 自治県のᄉ □ 変 化 ....................................................... 33. 第 3節. チャンパイ 朝鮮族 自治県の経済状況....................................................... 35. 第 4節. チャンパイ朝鮮族 自治県の朝鮮族ᄉロの発展過程と変化動向................. 37. 第 5節. チャンパイ朝鮮族 自治県における朝鮮族教 育 ......................................... 38. シーアルタオコウ村の概要と朝鮮族の現状..................................................... 54. 第3章. 第 1節. シᅳアルタオコウ村の概要...................................................................... 54. 第2節. シᅳアルタオコウ村の朝鮮族の出稼ぎ状況............................................ 54. 1. 現地調査の方 法 ......................................................................................... 54. 2. 現地調査結果の分 析 .................................................................................. 55. 第 3節. シᅳアルタオコウ村の朝鮮族小•中学校の実 態 ....................................... 59. 第 4節. シᅳアルタオコウ村の朝鮮族の現状と要 因 分 析 ..................................... 61. 中国の朝鮮族農村の変容と発展対策.............................................................. 76. 第4章. 第 1節. 農村地域における 朝鮮族の変容.............................................................. 76. 1. 農業経営体制の変化と産業構造の変化..................................................... 76. 2. 出稼ぎブᅳムによる朝鮮族農村の疲弊化 .................................................. 77. 3. 朝鮮族ᄉᄆ の 減少...................................................................................... 78. 4. 朝鮮族教育の危機...................................................................................... 78. 第 2節. 発展対策.................................................................................................. 81. 1. 民族経済環境の改善.................................................................................. 81. 2. 民族ᄉᄆ政策の改善.................................................................................. 82.
(3) 民族教育政策の改善.
(4) 図. 目 次. 図序論ᅳ1 本論文の構成図 図 1一1 漢族と少数民族のᄉ口増加図(1953〜2010 年) 図 1ᅳ2 漢族と少数民族の割合と増加率の比較図 (1953〜2010 年) 図 1ᅳ3(1). 中国における 100 万ᄉ以上の少数民族の総ᄉᄆ比較図 (2000 年). 図 1ᅳ3 (2). 中国における 100 万ᄉ以上の少数民族の総시 3 比較図 (2010 年). 図1 4 一. 中国朝鮮族ᄉ 口分布 (2000 年). 図 1ᅳ5(1). 都市部における 中国朝鮮族のᄉ口増加率(2000 年と 2010 年). 図 1ᅳ5(2). 農村部における 中国朝鮮族のᄉ口増加率(2000 年と 2010 年). 図 1ᅳ6. 中国と韓国の総貿易額と増加率(1992〜2010 年). 図 1ー7. 中国対外総貿易額における韓国との総貿易額及び割合 (1992〜2010 年). 図 1ᅳ8 韓国企業の投資現状と分布(上位 10 位まで) 図 1—9. 中国朝鮮族ᄉ口分布(2010 年). 図 2ᅳ1 チャンパイ朝鮮族 自治県の位置 図 2ᅳ2(1). チャンパイ朝鮮族 自治県における男性と女性の割合の変化(1986〜2010 年). 図 2—2 (2). チャ ンパイ 朝鮮族 自治県にお ける女性 100 ᄉ当たり の男性の数. 図 2 —3 チャンパイ 朝鮮族 自治県のᄉᄆ ピラ ミッ ド表示図 (1990 年) 図 2—4. チャンパイ 朝鮮族 自治県のᄉ □ ピラ ミッ ド表示図 (2000 年). 図 2 ᅳ5 チャンパイ 朝鮮族 自治県に おける年齢別の総ᄉ 口変化比較図 (1990 年と 2000 年) 図 2ᅳ6. チャンパイ朝鮮族 自治県におけるᄉ口 自然増加率(1986〜2010 年). 図 2ᅳ7 チャンパイ朝鮮族 自治県におけるᄉ口移動状況(1995〜2005 年) 図 2—8 チャンパイ朝鮮族 自治県における朝鮮族ᄉ ロのᄉ数変化状況(1948〜2010 年) 図 2ᅳ9. チャンパイ朝鮮族 自治県における朝鮮族被教育者のᄉ数の変化状況(1986〜 2005 年). 図 3 ᅳ 1 シ ᅳ ア ル タオコ ウ 村 の 位置 図 3 —2. シ ー ア ル タ オコ ウ村の実際に住んでいる朝鮮族の年齢構造の割合. 図 4 —1 中国朝鮮族の社会現状の模式図 図 4ᅳ2(1). 100 万ᄉ以上の少数民族における小学生の割合比較図 (2000 年). 図 4一2 (2). 100 万ᄉ以上の少数民族における 中学生の割合比較図 (2000 年). 図 4 —2(3). 100 万ᄉ以上の少数民族における高校生の割合比較図 (2000 年). 図 4一2 (4). 100 万ᄉ以上の少数民族における専門学校生の割合比較図 (2000 年). 図 4—2(5). 100 万ᄉ以上の少数民族におけるᄎ学生の割合比較図 (2000 年). 図 4一2 (6). 100 万ᄉ以上の少数民族における大学院生の割合比較図 (2000 年). 図 4一3(1). 100 万ᄉ以上の少数民族における小学生の割合比較図 (2010 年). 図 4ᅳ3 (2). 100 万ᄉ以上の少数民族におけ る中学生の割合比較図 (2010 年). 図 4ᅳ3(3). 100 万ᄉ以上の少数民族における高校生の割合比較図(2010 年). 図 4ᅳ3 (4). 100 万ᄉ以上の少数民族における専門学校生の割合比較図 (2010 年).
(5) 図 4ᅳ3 (5). 100 万ᄉ以上の少数民族におけるᄎ学生の割合比較図 (2010 年). 図 4ᅳ3(6). 100 万ᄉ以上の少数民族における大学院生の割合比較図 (2010 年).
(6) 表. 目 次. 表 1一1 中国朝鮮族ᄉ口発展統計状況表 表 1一2. 中国朝鮮族の地域別分布状況(1990 年と 2000 年). 表 1一3. 中国朝鮮族のᄉ口 変化状況(2000〜2010 年). 表 2ᅳ1 チャンパイ朝鮮族 自治県の行政区画の変化状況(1986〜2005 年) 表 2~2. チャンパイ朝鮮族 自治県における戸籍数とᄉ 口数の変化. 表 2 —3. チャンパイ朝鮮族自治県における産業別の変化状況. 表 2ᅳ4. チャンパイ朝鮮族 自治県におけるᄉ参生産状況表 (1986〜2005 年). 表 2 —5. チャンパイ 朝鮮族 自治県における漢方薬の栽培面積の変化 (1986〜2005 年). 表 2 —6. チャンパイ朝鮮族 自治県における観光業の発展過程表. 表 2—7 チャンパイ朝鮮族 自治県における朝鮮族教育の発展過程表 (1986〜2005 年) 表 2ᅳ8. チャンパイ朝鮮族 自治県朝鮮族幼稚園における幼児数の統計表(1986〜2005 年). 表 2 ᅳ9. チャンパイ 朝鮮族 自治県朝鮮族小学校における児童数の統計表 (1986 〜2005 年). 表 2ᅳ10 チャンパイ朝鮮族自治県朝鮮族 中学校における生徒数の統計表(1986〜2005 年) 表 3ᅳ1 シーアルタオコウ村の行政区画の変化状況表 (1986 年と 2005 年) 表 3ᅳ2. 聞き取り調査内容. 表 3ᅳ3. シーアルタオコ ウ村朝鮮族の出稼ぎ先の分布と割合表. 表 3■-4. シᅳアルタオコウ村における男女別の出稼ぎ• 留守状況. 表 3ᅳ5. シᅳアルタオコ ウ村の出稼ぎ者における出生年代別の教育状況と出稼ぎ年齢の 比較. 表 3 ᅳ6. シᅳ アル タオ コウ村の 出稼ぎ者に おける 男女別 の学歴状況 と出稼ぎ先の状況. 表 3 ᅳ7 登録 ᄂた戸籍数 と実際の戸籍数及び世帯ᄉ数の比較 表 3 ᅳ8. シᅳアルタオコウ村における 134 ᄉのうち年齢別の留守 •外出ᄉ数状況表. 表 3ᅳ9. シーアルタオコウ村中心/J、 学校における教師と児童の状況. 表 3 —10. シᅳアル タオコウ 村の中学校に お ける教師 と生徒 の状況. 表 4一1 朝鮮族農村における人口増減表 表 4—2. リャオニン省のある朝鮮族農村におけるᄉ口増減表. 表 4 —3 チャンパイ朝鮮族自治県におけるᄉ口増加率 表 4一4. チャンパイ朝鮮族 自治県の各行政区における朝鮮族ᄉ口増加率. 表 4ᅳ5 チᅳ リン省スーラン市(舒蘭) における朝鮮族学校数 •学生数の変化表 表 4ᅳ6. イエンピエン朝鮮族自治州の郷村における朝鮮族学校の変化. 表 4ᅳ7 ヘイ ロンチアン省における朝鮮族学校の数の変化 表 4一8. シᅳアルタオコウ村における朝鮮族児童•生徒•教師のᄉ数の変化. 表 4一9. チャンパイ朝鮮族 自治県における小 •中学校の分布調整表. 表 4一10. チャンパイ朝鮮族自治県における幼稚園•小学校• 中学校の総数の変化(1986〜 2005 年).
(7) 序論. 中国において少数民族は,総시 !!の 91%を占める漢族1に対する用語であり,漢族以外 の 55 の民族集団を指す0 9%を占める 55 民族は相対的に시 3 が少ないため,少数民族と 呼ばれている 0 その中には시 3 が 1000 万ᄉ以上のチ ワン(壮)族,ホイ (回)族,マン(満)族, ウイ グル(維吾爾)族のほか, ᄉᄆが 500 万ᄉ以上 1000 万ᄉ以下の ミァオ(苗)族,イ(難)族, トウチア(土家)族,チべッ ト(蔵)族,モンゴル(蒙古)族や 100 万ᄉ以上 500 万ᄉ以下の トン (個)族,ブイ(布依)族, ヤオ(瑶)族,ペー( 白)族,朝鮮族,ハ二(哈尼)族,リᅳ(黎)族,カザ フ(哈薩克)族,タイ(儀)族な どが挙げられる20 また,ᄉᄆ は 100 万ᄉ以下ではあるが,こ れらの民族以外に 37 の少数民族がある0 これら の少数民族に対 ᄂて中央政府は民族政策3 を施行ᄂてきた。また 1978 年の改革開放以来中国の朝鮮族の社会に농きな変化が起き, 朝鮮族4農村地域の疲弊化や民族教育の危機などの問題が現れているo 中国の少数民族である朝鮮族の社会に特にᄎきな変化をもたら ᄂた政策は,1978 年の 中国政府の市場経済化の導A と 1992 年の中国と韓国の国交樹立政策である0 中国の朝鮮 族は主に東北のヘイ ロンチアン (黒龍江) 省, チᅳ リン (吉林) 省, リヤオニン (遼寧) 省の三 省に集中 ᄂ,居住 ᄂている。その中でチᅳ リン省の朝鮮族は 100 万ᄉを超える 0 中国の第 五次ᄉ口 普遍調査 (2000 年) によると,チᅳ リン省の朝鮮族のᄉ口 総数は 114.6 万ᄉで, 第四次のᄉ口 普遍調查 (1990 年) よ り3. 8 万ᄉが少なくな り,10 年で- 3. 2%の数値を示ᄂた0 さらに,2010 年の시 =1普遍調査によると,チᅳ リン省の 中国朝鮮族 시 3 は 104 万に減少 ᄂ,2000 年の統計数値より 10 万ᄉほど少ない。この 10 年でさ らに 9. 2%も減少ᄂている 0 このようなᄉᄆ 総数の変化は さま ざま な要因が あるが,特に 92 年の 中韓国交の樹立に よ るᄉ口移動が重要な要因 と考えられる。中国朝鮮族は国內の主要都市におレ、 て朝鮮族料理 店の経営やキムチの行商 (韓,2001) ,また言葉が通じる ことからᄎ都市■沿海都市への出 稼ぎ労働に出るようになった 0 こういった朝鮮族の労働力移動は,国內だけでも 1990 年 から 1996 年の間に 20 万ᄉに達ᄂている (小針, 1998) 0 ところが,朝鮮族の出稼ぎによる 労働力の移動は国内だけに止まらず, 1992 年の中韓国交樹立を契機に国境を越え韓国を 中心と ᄂて拡ᄎ ᄂてきた。出稼ぎを 目的とする朝鮮族のᄉ口移動は朝鮮族社会に大きな変 化を起こ ᄂた。 このよう に大きな変化がみられる 中国朝鮮族に対ᄂては 90 年代から多く の学者たちに 注目され, 研究が始められているo 現在中国朝鮮族に関する研究は主に歴史,文化と社会 の드つの視点からアプロᅳチされている。たとえば, 朝鮮族の移民史, 民族の形成過程, 革命史, 朝鮮族の民俗文化, 言語学, 文学,教育さらに中国と韓国,中国と朝鮮史などの 歴史文化内容が重点である。他にもᄉ口問題,都市化問題, 国際結婚問題などの社会問題 も注目され, 国內だけではなく,国外の多くの学者たちに研究されている。 まず, 中国における朝鮮族ᄉ口移動に関する研究について整理する。 中国朝鮮族のᄉ P 問題につレ、 て取り 組んでV、 る研究者とその代表的な著書•論文をあげ ると, 孫 (2002) の 『中国朝鮮族社会文化発展史』, 黄 •潘 (2001) の 『二H —世紀を踏み出ᄂ た朝鮮族』,黄 (2002) の 『中国朝鮮族社会と文化の再造明』, 黄 (2005) の 『愛の社会学』, 1.
(8) 張 (2005) の 『吉林省ᄉ 口発展戦略研究報告』,朴 (2008) の 『グロᅳバル時代における 中国 朝鮮族労働力移動と社会変化』などがある。これらの著書や論文は今日の中国朝鮮族研究 において基本文献となっている0 修士論文や学術雑誌な どでも 中国朝鮮族のᄉ 口•社会の変化について論述 ᄂた論文が多 く発表されている 0 たとえば, 金 (1993) は,民族ᄉ口学, 民族理論,民族学, 民族社会学 な どの視点から 中国朝鮮族のᄉ口 問題を研究 ᄂた。主に朝鮮族の集住地域である東北드省 の朝鮮族に対ᄂて,その移住歴史から, ᄉ ロの変遷問題について詳ᄂく分析ᄂているo 特 にヘイ ᄆンチアン省とチーリ ン省のイエンピエン地域における朝鮮族のᄉ口構成, 시 =1分 布, ᄉ口発展と分布変化,ᄉ口流動と社会問題, 民族村のᄉ口発展変化などについて詳ᄂ く分析ᄂ,朝鮮族ᄉ口研究の鳴矢と されている。 鄭 •李 (1998) は, 改革開放政策の実施が朝鮮族社会に巨ᄎな変化を起こ ᄂ,朝鮮族の人 口移動に よる著ᄂい問題について明らかに ᄂている。たとえば,朝鮮族の 自然増加率は改 革開放と ともにその低下率を表ᄂ, 朝鮮族農村地域の民族教育の 問題 も 日々厳ᄂくなって いる こと や農村地域における朝鮮族のᄉ 口が大都市へ動き 始めてから農村地域には結婚 難問題が起き ている ことを明らかに ᄂた0 金 •泰 (1993) では,中国朝鮮族発展史上におけるᄉ口流動状況を第一に 1945 年の朝鮮回 復する前までの時期, 第二に 1945 年の朝鮮回復後, 第드に中華ᄉ民共和国の成立から改 革開放以前の時期,第四に改革開放以降の時期等の四つの時期にわけてその特徴を示ᄂて いる。その中で改革開放以降における朝鮮族ᄉ口流動の特徴と ᄂて,시 3 構成的には若い ᄉが多く, 地域的には農村から都市への移動が多いと示ᄂている0 特に東北드省の集住地 域からほかの地域への移動が激ᄂくなり, 飲食業や娱楽業に勤めるᄉが一番多く,貿易や 旅行会社などに勤めるᄉが増加ᄂていることを明らかにᄂた0 また, それらによる留守ᄉ ロの教育問題,老ᄉの扶養問題,結婚難問題,民族同士の矛盾問題な ども指摘 ᄂている 0 林 (2007) では, 移住民族である 中国朝鮮族の移住の初期から改革開放の時期までの中国 朝鮮族の社会変遷について詳ᄂく分析ᄂている0特に改革開放以来中国の少数民族及び民 族地域はある程度の経済発展をもたら ᄂたが, 古い思想問題, 先進国との経済格差問題, 国民教養問題,民族地域の社会安定問題などが強調されているなかで, 中国朝鮮族の立場 に対ᄂて次のように述べている。消極面と ᄂて改革開放以後, ᄎ量の朝鮮族ᄉロが農村地 域から離れ,朝鮮族の農村地域の規模は日々小さくなり,朝鮮族の伝統的文化も 日々衰退 することと ともに, いかに民族経済の持続可能な発展を維持 ᄂていく のか,いかに朝鮮族 とほかの民族との共同発展をもたらすのかなどの問題が最もᄎきな課題となっていると 示ᄂた0 同時に民族教育の危機, 朝鮮族のᄉ ロの減少, 民族幹部の不足な どの問題につい て批判ᄂている0 ところが, 積極的な態度で中国朝鮮族は教育レベルにおいて他の少数民 族と比べると高いレベルを持ち, 環境に順応する能力も高く,国外とのつながりが頻繁的 であると いう 特徴を明らかに ᄂている。 李 (2007) では, グロᅳバル時代における東北アジア地域間の交流と 中国朝鮮族社会発展 の関係について詳ᄂく分析ᄂて い る 0 当論文では,朝鮮族地域の経済停滞は朝鮮族社会で 現れている諸問題の直接的原因であ り, 集住地域の解放度の不足は朝鮮族地域が停滞する 2.
(9) 根本的原因であると示ᄂたo 中国朝鮮族社会の経済発展が遅れている最も重要な原因は, 北朝鮮の封鎖, 経済の停滞,朝鮮半島分裂などの複雑な政治的矛盾や地域環境であると示 ᄂ, 中国朝鮮族の社会発展を促進するためには, 朝鮮族 自身より周りの地域環境を変える 方法がもっと意義があると主張ᄂた0 廉 (2008) では,改革開放以降におけるチᅳ リン省スᅳ ラン (舒蘭) 市朝鮮族社会の実態に つ い て 考察 ᄂ, 以下のような問題を明らかに ᄂた0 まず政治的にお い て 建国初期から 80. 年代までは朝鮮族幹部が多かったが,90 年代以降から減少ᄂ始めていると示ᄂた0 当論 文では, 朝鮮族幹部の減少は社会各領域においての朝鮮族の政治権利を弱める ᄂ, 朝鮮族 社会の経済, 文化, 教育発展に悪い影響を与える と主張ᄂた。次にᄎ量の朝鮮族ᄉロが出 稼ぎで外地に移動 ᄂてから,地元の農業生産者は従来の 90%以上から 27%に減少 ᄂ,朝鮮 族の農業生産に影響を与 え て いると同時に出稼ぎで貯めたお金は生産投資に使う のでは なく,享楽にふけ, 浪費を ᄂている と示ᄂた。そ ᄂて,朝鮮族ᄉロの移動によって, 地元 には朝鮮族ᄉ ロの減少と出生率の低下と ともに朝鮮族の民族文化, 民族教育の危機が現れ て い る と示ᄂた0 また, これらの問題に対ᄂて解決策を提案 ᄂて い る 0. 董 (2009) では,ヘイ ロンチアン省における 朝鮮族農村のᄉ口 状況について分析ᄂ,朝鮮 族農村の시 3 流動がもたら ᄂた問題を示ᄂた上で, 新農村の再建について以下のような四 つの提案を示ᄂた0 ①朝鮮族の集住地域を建設ᄂ,朝鮮族と韓国とのつながりをうまく活 躍ᄂて, 朝鮮族地域の経済,教育, 文化な どを発展させる0 ②各地域の特徴に基づいて違 う方策を実施することによって,各地域の優勢を最ᄎに発揮させる。 ③政府の主導作用を うまく発揮するo ④労務収入が少ない対象に対ᄂては貧困補助を与えるなどである。. .. 鄭 •黄 (2010) では, 日々都市化される現実の中で,農村からᄎ都市に移動ᄂた朝鮮族た ちの 民族教育を 受ける 問題に ついて 詳ᄂ く分析 ᄂた0 著者は まず シャントン ( 山東) 省の チ ンタオ (青島) 市が朝鮮族の新 ᄂレ、 集住地域 となり,朝鮮族の集住地域が従来の東北三省か ら山海関以南に移動ᄂていることを明らかにᄂた0 そ ᄂて,朝鮮族の新ᄂい集住地域とな ったチンタオ市には二つの私立の朝鮮族学校が建て られたが, 政府の支援を受けていない と指摘ᄂている0 資金不足のため, 学校の察,施設などが改善せず, 持続可能な発展は難 ᄂい状況にあると示ᄂた0 また,政府の支援がないため,教師の福利や定期的な訓練な ど も不足 ᄂ, 朝鮮族の児童は少数民族教育におレ、 て正常的な教育権利が受け られなᄂ、と示 ᄂ た。 鄭 (2011) では,ヘイ 口ンチアン省における朝鮮族農村地域のᄉ口現状及び朝鮮族農村ᄉ ロの特徴につ い て 紹介ᄂ,この地域の朝鮮族ᄉロの減少, 高齢化, 激ᄂい流動性の特徴が あると 示ᄂた。 そ ᄂて, 水稲生産, 多種経営, 労務輸出な どの方面からヘイ ロンチアン省 の朝鮮族農村の経済社会発展の水準を概述 ᄂ, それと 共に経済,社会, 教育な ど三つの方 面からもᄉ口流動が持続可能な経済発展に与える影響を分析ᄂた。さらにそれらを解決す るための対策を提案ᄂた0 孫 (2010) では, 改革開放以来の中国と 北朝鮮の国境地域の中国朝鮮族ᄉ口 の流出現象に つ い て 明らかにᄂた0 主にチᅳ リン省のイエンピエン地域を例とᄂて取り上げ, 農村の疲. 弊化や女性のᄉ口流動が男性より多いこと,民族幹部の減少などの現象を明らかにᄂた0 3.
(10) そ ᄂて,国境地域の社会安定性の問題については経済的要素以外に韓国からの宗教団体に よる影響がᄎきいと 主張 ᄂている。 これらの研究論文や学者たちの研究対象地域はほとんどチᅳ リン省のイェンピェン朝 鮮族自治州,リャオニン省のシェンヤン(藩陽) 地区, ヘイロンチアン省の朝鮮族地域を中 心と ᄂたものであり, 都市地域が中心である O フィ ᅳルドワᅳクによる農村地域の研究も されているが, 事例的に挙げられる朝鮮族農村地域もまだ限られている。特にチᅳ リン省 のイェン ピェン朝鮮族 自治州を 中心 とᄂて他の地域 も研究 されているが,チャ ンパイ 朝鮮 族 自治県に対する朝鮮族の研究は非常に少なく, チャンパイ 朝鮮族 自治県の農村地域はま だ研究されていない0 近年, 日本においても中国のᄉ口移動や中国朝鮮族社会に関心を持つ日本ᄉ学者たち が増えて きた。日本の教育社会学者の出羽は中国の朝鮮族の民族教育分野の研究を行って いる。例えば出羽 (2007) によると, 中国 •延辺朝鮮族自治州 を研究対象地域と ᄂて社会構 造の変化と 関連ᄂて, 朝鮮族学校の危機を指摘 ᄂている。また, 宫島(2007)や宮島(2011) では朝鮮族の出稼ぎによるᄉ 口 移動やその実態について述べてい る 0紹谷(2002) はエス二 シティの観点から延辺朝鮮族について社会学的考察を行なっている0 そ ᄂて, 小坂 (2011) や小坂 (2008) では中国東北地方の朝鮮族の民俗文化•儀礼について取り上げている。また, 花井(2007)や花井 (2011)ではイェンピェン地域を中心に教育問題を取り上げている0 これ らの研究者は朝鮮族の社会に焦点をあてているが, 農村への関心はまだ少な 、 o 日本では権香淑や韓景旭な どのよう に朝鮮系 あるいは中国系の研究者た ちの活躍がみ られる 0 権 (2010) の 『 移動する朝鮮族ᅳエスニッ ク •マイ ノリ ティ の 自己統 治 』, 韓 (2001) の 『韓国 •朝鮮系 中国ᄉ = 朝鮮族』などが発表されている 0 これ以外に最莉莉,金正淑, 鄭明구,鄭雅英,李明玉, 張英花, 朴貞姬といった研究者の名前が挙げられる0 最 (1994) や最 (1995) では中国朝鮮族の民俗信仰について取り上げ, 金 (2002) は中国朝鮮族における 工ᄌニ ッ ク. .. ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー の 形成と変 容 な ど を 取り上げて い る 。 そ ᄂて, 鄭 (2003). ではイ ェ ン ピェ ン 地域を事例に中国朝鮮族の雇用 問題を取り上げ ている 0 また鄭 (2008) では朝鮮族の労働力の移動に よる諸問題を取り上げ,李 (2004) ,張 (2006) ,朴 (1994) など では中国朝鮮族のアイデンティティᅳの問題, 女性の国外婚出の現象,日本語教育の実態 に関ᄂて取り上げている。総括すると,主に朝鮮族の歴史,エ ス ニ シ テ ィ , 教育,国際結 婚に関するものが多いo 農村地域を事例にする研究もなされているが,チᅳ リン省のイェ ン ピェ ン地域 とへイロ ン チア ン省, リャ 才ニン省での わずかな事例 にと どまっている。 日本における中国朝鮮族の団体と ᄂて は 『中国朝鮮族研究会』や 『天池協会』, ネッ ト 上 で は 『朝鮮族ネッ ト』や 『SHIMTO』がある0 日本における中国朝鮮族の研究は教育を中 心と ᄂて, 民俗,ᄉ口移動などが注目されている0 ᄂか ᄂ, まだマイナᅳな分野に属ᄂて いる といえよ う。 次に韓国においてどんな研究成果があるかを検討する0 韓国における中国朝鮮族の研究はすでに盛んに行われ, 非常に細分化されている。その 研究は,社会学,言語学, 文学, 歴史学,心理学, 民俗学,教育学な どが中心である0 そ のうち社会学においては主に中国朝鮮族のアイデンティティー研究,ᄉ口移動研究, 教育.
(11) に関する研究,国際結婚の研究な どが中心テᅳマと なっている。例えば, 姜 (2007) はイエ ンピュン地域の概要とそこの朝鮮族社会の生活方式の文化の変容とその変容する原因な どを実態調査を通じて分析 ᄂている 0李 (2008) はグロ ᅳバル時代における東北アジアの経 済発展の中で,中国朝鮮族が 自分の特性文化と ᄂて二重文化機能をもち,非常に重要な立 場に あると 主張 ᄂている。金 (2003) は改革開放政策が 実施 された以降にお ける朝鮮族社会 のᄉ口学的形態変化について分析ᄂ,イエンピエン地域の出生率,死亡率などᄉ口構造を 検討 ᄂたうえ, 朝鮮族のᄉ ロは減少 ᄂている ことを明らかに ᄂている 0 権 •朴 (2004) は朝 鮮族の ᄉ口 移動が 朝鮮族社会 にどんな影響を与えたのかという問いから出発ᄂ,調査結果 朝鮮族のᄉ口移動は共同体の解体を意味するのではなく, 新たな地域に向かって拡散ᄂて いると いう こと, 都市化 される 朝鮮族の社会現象は都市の利益 よ り民族性を元 とする アイ デンティティーを強調することが特徴になっていると主張ᄂた0 韓国では中国朝鮮族の民族教育についても積極的に研究されているo 中国朝鮮族のᄉ口 移動による留守児童の心理学的研究, 幼稚園における教育研究,漢族との比較研究,韓国 との比較研究,教材研究, 道徳教育研究,二重言語の教育な どの研究が多く 発表されてい る0 例えば,金 ほか (2011) では, イ エ ン ピエン 朝鮮族自治州のある農村地域における留守 児童の心理学的特徴を現地調査の もとに詳ᄂ く分析ᄂている 0 崔 (2010) では, 中国朝鮮族 小学校の朝鮮語の教科書を中心に,中国朝鮮族の語* 研究を行っていた0 主に中国朝鮮族 の朝鮮語と北朝鮮, 韓国との朝鮮語の相違点と共通点について分析ᄂている。趙 (2009) は, グ ロ ー バ ル 時代における 中国朝鮮族学校の二重言語教育を中心に, イ エ ン ピエ ン 地域 のイ エ ン チᅳ (延吉) とヘイ ロンチア ン 省のハ ル ビ ン 市の学校を調査対象と ᄂて考察ᄂて いる。朴 (2000) は,韓国と 中国朝鮮族の幼稚園における教育目標, 內容, 方法などについ て比較ᄂ, 分析ᄂている。金 (2003) では,イ エ ン ピエ ン 朝鮮族自治州の幼稚園における運 営管理に対する教員たちの認識と願いの調査を行い, 詳ᄂ く分析ᄂている0 李 (2000) は, 中国朝鮮族の道徳教育に関ᄂて,主に初等学校における道徳教育のかかわり について考察 ᄂている o ᄂか ᄂ,これらの研究もイ エ ン ピエン地域を中心と ᄂて,中国の全般的な朝鮮族社会の 教育問題を中心と ᄂて分析ᄂている ものが多いOこのように教育の関わり となる研究は盛 んに行われているが, イエンピエン地域を対象地域と ᄂて研究ᄂ, 都市における研究がほ とんどで,農村に関する研究は非常に少ない。さらにチャンパイ朝鮮族 自治県を対象地域 とする先行研究は管見の限りにあたらないo 以上のように中国朝鮮族に関する研究は,中国だけではなく,近隣の韓国と 日本におい ても注目されている。これらの先行研究を分析ᄂてみると以下のようにまとめられる。一 つ目は,研究の内容が朝鮮族の包括的研究が多いということである。二つ目は, 시 3移動 による国際結婚, 留守児童研究,民俗習慣, 朝鮮族の教育問題,住宅,エスニシティ,ア イデン ティ ティ ᅳ•などが中心である。드つ 目に研究対象地域は,チ ᅳ リン省のイ エンピエ ン朝鮮族自治州が一番多く, その姐,ヘイロンチアン省,リャオニン省,さらにペキン(北 京) やチンタオなどの地域が取り上げられているo さて,チᅳ リン省•チャンパイ 朝鮮族 自治県は中国の唯ᅳの朝鮮族 自治県である o 農業 5.
(12) を中心に発展 ᄂてきたチャンパイ朝鮮族 自治県は, 政策の変化によって 90 年代から都市 への出稼ぎ,国外への出稼ぎなどが活発に行われるようになった0 地域外での収A と就職 機会の拡大は,著ᄂい労働力の流出をもたらᄂ 朝鮮族農村はᄎきく変動ᄂつつある0 そ の中でもシーアルタオコウ村は筆者のふるさとであり,筆者が小学校の時まで, 村の中は 毎年民族体育ᄎ会や, 朝鮮族人 たちが 主催と なる イベント などに よる 朝鮮族農村の にぎや かな雰囲気に包まれたが, いつの間にが,この ᄉはペキンへ, あのᄉはチンタオへ, また ある人は韓国へ行ったという声が聞こえ始め,現在のシ~アルタオコ ウ村は朝鮮族の若者 の足元をさがすことができなくなり,従来の活気がなくなっている0 このようにチᅳ リン 省チャンパイ朝鮮族 自治県および同県內のシᅳアルタオコウ村においても, 中国朝鮮族に 関する先行研究で指摘された状況がみられる0 ᄂか ᄂながら先行研究においては, ほとん どが チᅳ リン省の イエン ピエン朝鮮族 自治州 地域と ヘイ ロン チアン省地域の 朝鮮族を 中 心と ᄂて研究が行い,他の農村部での実証的な検討は十分に行われていない0 本研究の目 的はチーリ ン省のチャンパイ朝鮮族 自治県の農村であるシーアルタオコウ村を事例と ᄂ て選択ᄂ, 現地調査をもとに中国朝鮮族の農村の変容, ならびに民族教育の諸問題や実態 を明らかにすることである。その成果をもとに, 今後の同地域における朝鮮族社会の発展 の方策を検討する。 本論文の構成は序論と結論以外に4 つの章から成る0 第 1 章では,まず中国の朝鮮族概 要について全般的に説明 ᄂ, 朝鮮族のᄉ口移動が活発になった原因な どを国の政策を中心 に国レベルの分析を行う0 第 2 章では, 中国の唯一の朝鮮族 自治県でfo るチャンパイ朝鮮 族 自治県の実体を主にᄉ口,経済, 民族教育などから把握する。第 3 章では,まず現地調 査を行う研究対象地域であるシᅳアルタオコウ村の概要や朝鮮族の状況について報告ᄂ, 主に出稼ぎ•留守状況や民族教育の問題を中心に分析ᄂ,今日の朝鮮族社会の実態を明ら かにする。第 4 章では,第 1 章から第 3 章において明らかになった問題点を解決する方策 を検討す るo. [注] 1 中国の第六次ᄉ口普遍調査より。 2 具体的には図 1-3(2)を参考のこと0 3 第 1 章の第 1 節の内容を参考のこと0 4 以下, 本論文で出てくる「 朝鮮族」は,特別な説明がない場合は「 中国朝鮮族J を指す。. 6.
(13) 序. 餘 'r. V. 國 第 1章. 第2章. 中国 朝鮮族の概要. チャンパイ朝鮮族 自治俱の. 概要と朝鮮族の社会現状. 第3章. シᅳ アルタオコウ村の 概要と朝鮮族の現状. シᅳアルタオコ ウ村 ^. 移動 状況' ). \. 朝鮮族 学校の現状と分析ノ. 第4章. 中国の朝鮮族農村の変容と発展対策. 스 * 村地域における、 V. ( 発展対策 ). 朝鮮族社会の変 ^. 結. 論. 図序論一 1 本論文の構成図 出所) 筆者作成.
(14) 第 1章 第 1節. 中国朝鮮族の概要. 中国における少数民族と朝鮮族 1. 中国には漢族を含め合わせて 56 の民族がある0漢族以外の 55 民族は相対的に시 =1が少 ないため, 中国では少数民族と呼ばれる0 中華ᄉ民共和国の成立する前から少数民族に対する 民族事務的政策 と制度はあっ た0 ᄂ か ᄂ,民族間の平等を実現する ものではなかった0 中華ᄉ民共和国の成立後, 中央政府は 社会主義の下での国家統合の基礎と ᄂて, 民族平等, 民族団結, 民族自治地域ならびに民 族の共同繁栄•発展を実現する政策を実施 ᄂ,国家と ᄂて少数民族の権利を保障する民族 政策が行ってきた。その中で民族自治地域の制度は, 中国の実況に応じて実施ᄂた基本的 な政策の一つであり, 中国において非常に重要な政治制度である。建国前の 1947 年 5 月 に中国共産党の指導の下で最初の省2級 レベルに 当たる 民族 自治地域一 内モ ンゴル 自治区 を成立ᄂた0 建国後にシンチアン (新疆) ウイグル自治区, コワンシᅳチ ワン (広西壮族) 族 自治区, ニンシアホイ (寧夏回族) 族 自治区,そ ᄂてチベット (西蔵) 自治区を樹立ᄂた0 現在,中国には 155 筒所の民族自治地方がある0 すなわち前述の自治区が 5 篇所, 自治以 外の省内に設置されている 自治州が 30 筒所,自治県 (旗) が 120 筒所である 0 55 の少数民 族のう ち 44 民族がそれぞれの自治地方を樹立ᄂた0 民族地域自治をもつ少数民族のᄉ口 は少数民族の総ᄉロの 70%を超え, また民族自治地方の面積は中国総面積の 64% を占め る。 民族自治地域であっても漢族地域に少数民族の集ま り住んでいる ところがあ り, 少数民 族地域に漢族が居住ᄂ,お互いに混住ᄂている0 このような分布特徴は各民族同士の長期 的な交流や流動の歴史発展の中で形成されてきた0 漢族と比べる と中国少数民族はᄉ ロは 少ないが,非常に広い範囲に分布ᄂている0 具体的にᄎ部分の県3級 レベルの地域には二 つ 以上の民族が居住ᄂている0 主に内 モ ン ゴ ル , シンチアン,ニンシア,コ ワ ン シー, チ ベ ッ ト , 그 ン ナ ン (雲南 ),コイチョウ (貴 洲), チ ン ハイ (青 海 ),즈チョ ワン (四川), 力. ン즈 ( 甘 肅 ) , リヤオニン,チᅳ リン, フᅳナン (湖南), フᅳペイ (湖北),ハイナン (海 南), タイワン(台湾) 省などに分布ᄂている0 その中で民族成分が一番多いのは그ンナン 省で, 25 民族が居 住 ᄂている0 中国政府の少数民族に対する優遇政策と ᄂては, 子供を二ᄉまで認める生育政策や民族 平等, 言語平等な どの政策がある 0 生育政策は「 優生優育」という 中国の計画生育の政策 を実施 ᄂなが ら漢族の 一ᄉ っ子政策よ りやさ ᄂく, 二ᄉ まで法律的には認める という優遇 政策である (図 1-1) 。 図 1-1 は 1953年よ り2010年にかけて中国政府のᄉ口政策による漢族と少数民族の시 3 増加状況を示ᄂたものである。総ᄉロは 1953 年の 5 億 8, 260 万ᄉから 2010 年の 13 億 3,972 万ᄉに増えている0 うち漢族の総시 3 は 1953 年の 5 億 4,728 万ᄉから 2010 年には 12 億 2, 593 万ᄉに増えている。少数民族の総ᄉ口 も 1953 年の 3, 532 万ᄉから 2010 年の 1 億 1,379 万ᄉに増えている0 少数民族の割合は 1953 年の 6. 1%から 2010 年には 8. 5%に増 えている。 8.
(15) そ ᄂて, 年代ごとの漢族ᄉロの増加率と少数民族の増加率を比べてみると, 1964 年に は漢族の増加率が 19. 0%で, 同年の少数民族の増加率の 12. 9%よ り高い数値を示 ᄂている0 それ以外には,1982 年から 2010 年にかけては少数民族の増加率が漢族の増加率よ り高い 数値を示ᄂている0 この数値は少数民族のᄉ口増加の割合は漢族より高く,生育政策の効 果が読みとれる (図 1-2)0 このような優遇政策の下で現在ᄉᄆが 100 万ᄉを超える少数民族を順番に整理 ᄂてみ ると,図 1-3(1) が示すように中国において 100 万ᄉを越える少数民族は 18 民族があり, うち 1,000 万ᄉ以上を越えた民族は 2000 年にはチワン族と マン族で, 各 1,617 万ᄉ,1,068 万ᄉである。1, 000 万ᄉ〜500 万ᄉ以上の民族は 1 民族でホイ族, ミァオ族, ウイ グル族, トウチア族, イ族, モンゴル族,チベット族である 0 500 万ᄉ〜 100 万ᄉの民族はプイ 族, トン族,ヤオ族,チョウセン族, ペー族,ハ二族, カザフ族, リᅳ族,タイ族など 9 民 族が ある0 さらに,2010 年のデᅳタをみると 1,000 万ᄉ以上を超えた民族はチワン族と マン族以 外にホイ族, ウイグル族 も含まれている 0 そ ᄂて, これら 18 民族のう ち大部分の民族は ᄉ n が増加ᄂている0 ただ, トン族、プイ族,朝鮮族はᄉᄆが減少ᄂている (図 1—3(2) ) 。 中国政府はまた民族平等や言語平等な どの政策を積極的に実施ᄂ, 少数民族は自分たち の言語 •文字の使用と発展において法律的な保障を与えられ,自由に各自の言語 •文字な ど を使用, 発展す る ことができる0 この政策の実施は主に双語教育, 新聞 出版を通じて行われ ている。 さて,本研究の研究対象となる朝鮮族は中国少数民族の一つであるo 中国における第六 次ᄉ口普遍調査(2010 年) によれば, 少数民族のᄉ口総数は約 1. 14 億人であ り,中国総ᄉ ᄆの 8. 5%を 占める 0 その中で朝鮮族の総ᄉ ロは 1, 830,929 ᄉで, 2000 年の 1, 923, 842 ᄉ より約 10 万ᄉの減少を示ᄂている 0 少数民族内の順位も 2000 年の第 13 位から 2010 年に は第 14 位に下がった0 中国の朝鮮族は主に朝鮮우島に接する東北三省のヘイ ロンチアン省,チーリン省,リャ オニン省に居住 ᄂている。中国の朝鮮族の시 コ発展状況を整理ᄂてみると表 1-1 のとおり である0 1953 年から 1990 年までは急激に数値が増加 ᄂている0 ᄂか ᄂ, 2000 年には 1990 年より 3,000 ᄉ ほど ᄂか増えていない 0 さらに,2010 年には 183 万ᄉとなり,中国朝鮮 族は 10 万ᄉ減少 ᄂている 0 その中でも,チᅳ リン省がᅳ番多い0 「 チᅳ リン省ᄉ口現況総 述」によれば, 第六次ᄉ口普遍調查にてチᅳ リン省の朝鮮族は 104 万 100 ᄉで,省内の少 数民族総ᄉロの 47.6%,全国の朝鮮族総ᄉロの約 56. 8%を占める 0 主要分布地域はイエン ピ工ン朝鮮族 自治州 とチー リン市で,イエン ピエ ン朝鮮族 自治州の朝鮮族ᄉ P は省內 の朝 鮮族総ᄉᄆ の 70. 9%を 占め, チᅳ リン市は 13. 0%を占める 0 そ ᄂて,チᅳ リン省 内にはも うᅳつ朝鮮族集住地域と ᄂてチャンパイ 朝鮮族 自治県が ある (1958 年設置)。チャンパイ 朝鮮族 自治県の朝鮮族ᄉP は 13,719 入で, チャンパイ朝鮮族 自治県総ᄉP の 16. 1%を占 め, 省内の朝鮮族総ᄉP の 1.3%, 全国の朝鮮族総ᄉᄆの 0.8%を占める0 第 2節. 中国朝鮮族の由来と分布及び移動状況 9.
(16) 1. 中国朝鮮族の由来と 分布 中国の少数民族の一つである中国朝鮮族は,朝鮮우島からの移民及び彼らの子孫と され, 中国の国籍を有するᄉ々のことである。朝鮮族の歴史をみると,古くは清代初期から当時 の統治階級の圧迫などさまざまな原因によ り中国の東北地域に移住ᄂたᄉ々の子孫が, 朝 鮮北部の農民を中心に, 移民と ᄂて増加 ᄂ始めるのは 19 世紀後半からだとい う見解がᅳ 般的である。 金 (1993) は中国朝鮮族の移住史についてᄎき く四つに分けて分析 ᄂている40 すなわち 第 I 期は朝鮮ᄉが中国に移住 ᄂ始めた時から 1945 年 8 月の北朝鮮の回復する前,第 II 期 は 1945 年北朝鮮の回復後から 1949 年中華ᄉ民共和国の成立する時期,第ffl期は 1949 年 — 1978 年の中華ᄉ民共和国の成立から中国改革開放以前の時期,第IV期は改革開放以後 の時期における시 !!移動である50 金 (1993) は第 I 期についてはさらに① 1910 年以前の段 階,② 1910— 1931 年の段階, ③ 1931— 1945 年の 3 つの段階に分けて分析 ᄂている。以下, 金 (1993) をもとに中国朝鮮族の移住の歴史を概観する。 第 I 期の①, 中国へ移住した朝鮮ᄉは約 26 万人である。彼らのほとんどは自然の災害, または朝鮮国内の統治階級の圧迫などの原因により, 清代末期から ヤᅳルᅳ江 (鴨録江), トゥᅳメン江 (図們江) を渡って中国 (淸) に移住 ᄂ始めた 0 記録によれば, 1881 年 トゥー メン江の対岸の朝鮮ᄉたちは既に 8000 响6の土地を開塾ᄂて,それに依拠ᄂて生活ᄂた朝 鮮ᄉが 1 万ᄉを越えた といわれている 0 1845 年朝鮮平安北道楚山郡の 80 戸農民たちがリ ャオニン省,チᅳ リン省のある地域に移住 ᄂ, 開塾ᄂ農作を行った。また 1862 年から 1868 年にかけてこのように耕作を行う ことによ るᄉ □ 移住の足跡が記載されている 0 1896 年 の 「 中俄密約」により, 東北地域において鉄道を建設する ことになった 0 そ の 労働者と ᄂ. て朝鮮ᄉが徴用された0 この段階において, 中国へ移住ᄂた朝鮮ᄉのᅳ部分は清政府の政 策や李朝政府の要求を強いられ, 朝鮮やロ シ ア 領域の シ ベ リ ア へ 移動 ᄂて い る 。すなわち, この段階においては主に自然災害による移住によって農作をはじめ長期的に住むことに なった場合と, 当時統治政府の政策や圧迫による移住である0 ② 1910ᅳ 1931 年の段階におし、 て中国へ流A ᄂた朝鮮ᄉは 40 万ᄉに達 ᄂた0 1910 年の韓 日合併及びその後の 日本におけ る土地の取 り上げな どの捧取政策に よ り, ᄎ量の朝鮮農民 が中国の東北地域へ移住 ᄂた。1930 年におけるヘイ 口ンチアン省の朝鮮族 시 3 は 44,463 ᄉ7,南満地域 (主に リャオニン省とチャンチュン (長 春 ),チᅳ リン地域) 朝鮮族ᄉ 0 が 171, 871 ᄉ8,イエンピエン地域朝鮮族は 395, 847 ᄉ (1931 年は 406,341 ᄉ) 9になった0 ③ 1931ᅳ 1945 年の間に中国へ移住 ᄂた朝鮮ᄉは百万ᄉを超え,1945 年の中国朝鮮族の 総ᄉロは 170 万ᄉに達する100 この段階に流入ᄂた中国朝鮮ᄉたちの多く は自由流動では なく,日本の植民地政策などによる組織的な移民である0 その政策とは,1931 年朝鮮総督 府が立てた『朝鮮ᄉ移民会社設立計画』(1931 年) ,『 満鮮農事会設立計画』(1932 年 ),『 朝 鮮ᄉ移民政策ᄎ綱』 (1933 年) , 満州政権と協議を結び,共同で制定ᄂた 『在満朝鮮ᄉ指導 綱要』 (1936 年) などである。そ ᄂて, 日本国は 1938 年 7 月 に 『 鮮農管理綱要』など強制 移民政策を制定ᄂている。『 満州統計』によれば,1937 年から 1939 年の間に中国東北部へ 移住 ᄂた朝鮮ᄉは 20, 360 戸, 88, 309 ᄉであ り, 平均 ᄂて毎年 27,103 ᄉの朝鮮族の移住が 10.
(17) 行われた u0 第 I 期の移住は,このように移住の要因とᄂて自然災害, 封建統治, 植民統治があげられ, 特に中国東北部に移住ᄂた0 中国東北部内の環境は朝鮮族にとって非常に厳ᄂ く, 一つの 地域で安定 ᄂて生活する ことができなかったため,一部分の朝鮮ᄉは再び朝鮮に戻った と いわれる 0 第 n 期は 1945 年北朝鮮の回復後から 1949 年中華ᄉ民共和国の成立までである0 1945 年北朝鮮の回復後, 中国東北部などにいた朝鮮族は朝鮮华島へ移 動 니 !台め,その規模は数 十万ᄉに達する。 中国の第一次 시 3 普遍調查 (1953 年) の統計における 中国朝鮮族ᄉ ロは 110 万ᄉでfc った。 第HI期は中華ᄉ民共和国の成立の時から改革開放以前の時期 (1949-1978 年) である。こ の時期の朝鮮族ᄉ □ は, 主に水稲生産が盛んなヘイ ロンチアン省へ流動ᄂていった。中華 ᄉ民共和国が成立後, 朝鮮族を含む少数民族同士は民族平等な どを実現ᄂ, 社会も生活も 安定 ᄂ始め,ᄉ民たちの生活は保障が与えられた。同時,ある程度公民の 自由遷移な どの憲 法 も与え られ, 朝鮮族の流動現象は止まらなかった 0 第IV期の改革開放以来中国朝鮮族は主に改革開放都市, 旅行の名勝都市, ᄎ都市へ流動 L, 内モンゴルと 関内12の地域にも流動ᄂ始めた0 このように中国朝鮮族は歴史的な要因な どによって 100 年以上の流動を経て, 政治面に おいて少数民族と ᄂての地位を獲得ᄂてきた0 このような国籍取得と 民族と しての認定は, 朝鮮族とᄂての法的地位が国家に認められ,また土地所有権取得などにおいて,他の中国 ᄉ と同等の権利を得るようになったという ことを意味する0 換言すれば,中国と ᄂての社 会生活において, 国家を構成するほかの民族と平等な立場,政治的•法的地位が確保され てきたという ことである。 また, 中国朝鮮族の移住過程においては主にヤᅳルー江,トウᅳメン江の沿岸地域を中 心と ᄂて, 徐々に北部と西部方向に披がってきた0 朝鮮族は水田耕作が堪能的な民族であ り, 移住地に水源が ある地域を選択 ᄂ安定 ᄂてきた0 東北のᄎ部分の水田 地域は朝鮮族が 移住した以降に開発されたといわれている 0 このような朝鮮族の分布構成から 見る と以下 のよう な特徴がある o 第一に朝鮮族ᄉ ロのほとんどは東北地域に住み, ᅳ部分のᄉが内モ ンゴルと 関 内各地に住んでいる 0第二に東北地域の農村地域の朝鮮族たちはほ と ん ど 水稲 の灌槪や栽培に有利な江河冲積平原或は河谷盆地及び河谷平原に住んでいる。第드に東北 地域の朝鮮族ᄉ ロの分布は南から北,東から西に至って徐々に少ない特徴を示ᄂている0 第四には東北地域の朝鮮族は他の民族と混住ᄂて雑居と集居の特徴がある。. 2. 移動状況 1) 国内移動 1990 年代以降, グロᅳバ リゼᅳシ ヨンと市場経済化の中で, 中国朝鮮族の生活に大き な変化が起った。従来, 中国東北地域は重工業の国有企業のᅳᄎ集積地であった0 ᄂか ᄂ, そのほとんどは経営危機に追い込まれ,リス トラが強力に推進された0 外資の投資が多い 沿海都市部とは違って,東北地域は経済発展から取り残された0 中国社会科学院は「 中国 11.
(18) の 都市貧民の 4 分の 1 は東北地域にい る 」 と指摘ᄂている130 また中国共産党は, 東北地. 域の経済停滞を重ᄎな国家的問題と位置づけ,旧工業基地の振興政策を掲げたが, 十分な 成果はみられなかった0 こう ᄂた中で, 東北地方に居住する朝鮮族の生活も急速に不安定 化ᄂた。経済的苦境に加え,改革開放政策の積極的な実施による社会変化は, 中国朝鮮族 に急激な시 =1移動をもたら ᄂている0 表 1-2 は 1990年 と2000年における 中国朝鮮族の地域別のᄉ口分布状況を示 ᄂたもので ある0 チᅳ リン省では 1,181, 964 ᄉ (1990 年) から 1,145,688(2000 年) ᄉ と約 4 万ᄉの減 少,ヘイ 口ンチアン省では 452, 398 A (1990 年 )から 388, 458 ᄉ (2000 年) の約 7 万ᄉの減 少があり, リャオニン省では, 230, 378 ᄉ (1990 年) から 241, 052 ᄉ (2000 年) と約 11 万ᄉ の増加がみられる 0 東北三省の中で リャオニン省の朝鮮族ᄉ ロが増えている要因の一つは, シ ェ ン ャ ン (藩陽) とタ ᅳ リェン (: 大連) の経済発展が みられ, 出稼ぎ先と なって いる ことが. 考えられるo そ ᄂて, ぺキ ンの朝鮮族ᄉ口 は 7,689 A (1990 年) から, 20, 369 ᄉ (2000 年) に増加 ᄂた。 10 年の間に約 1 万 2 千ᄉ増えている0 シャンハイ も 1990 年にはわずかに 742 ᄉであった が,2000 年には 5, 120 ᄉ と 5 倍以上増加 ᄂている。また,ティエンチン (天津) の朝鮮族ᄉ 0 は 1990 年の 1,788 ᄉから 2000 年は 11, 041 ᄉに増え,シ ャン トン ( 山東) 省は 1990 年の 2, 830 ᄉから 27,795 ᄉに増えている。10 年の間に朝鮮族ᄉロは従来の東北地域からぺキ ン市,ティエ ン チン市, シ ェ ン ヤ ン 市のような:大都市やタᅳ ! ; エ ン 市 ,シ ャ ン ト ン 省のチ ンタオ市のよ うな沿海都市への移動がみられる0 そ ᄂて, 移動方向をみる と, 東北地域から 東部沿海に向かっている 0 さらに, 2000 年の流動ᄉᄆは 1990 年より増えていることがみ られる。改革開放政策,中韓国交の樹立による就職場の需要が徐々 にᄎき くなっている こ とが考え られる0 さ らに,表 1 -3 をみると 2000 年から 2010 年にかけて中国朝鮮族の시 コ移動状況と各地 のᄉ口増加率を読み取る ことができる 0 増加率が上昇ᄂている地域は 10 である。一番高 いのは シャンハイ 市で 334. 7%, 次にチョーチアン省 267. 6%, シ ャ ン ト ン 省 121. 5%, コワ ン トン省 68. 4%, コワンシᅳ チワン族 自治区 34. 5%, ハイ ナン省 23. 8%である。 一 方 減少 ᄂ ている地域をみると,チア ンシᅳ省が- 68. 1%, カン즈 省 - 64.3%,. シ ャ ン シᅳ (山 西). 省- 63. 4%を示 ᄂている0 中国朝鮮族の移動方向は東北地域や中中部地域から東部沿海地域 へ向かっている。 2000 年における 中国朝鮮族の시 3 分布図 (図 1-4) をみると 東北三省だけではなく, 全国 の 31 省に広く 分布 ᄂている 0 東北드省以外に 1 万ᄉ以上住んでいる省は 6 であり, シャ ン トン省 27,795 ᄉ,内モンゴル自治区 21,859 ᄉ, ペキン市 20,369 ᄉ,ホᅳペイ (河北) 省 11, 783 ᄉ, ティエンチン市 11, 041 ᄉ,コワントン(広東) 省 10, 463 ᄉである 0 シャンハイ とチアン즈 (江蘇) 省は 5, 000 ᄉ以上で, シャンハイ 市が 5,120 ᄉ,チアン즈省が 5, 048 ᄉである0 ハイ ナン(海南) 省, チべッ ト自治区, チンハイ (青海) 省, ニンシア (寧夏) 自治区 を除く 残り の省ではすべて千ᄉ以上の居住がみられる。その特徴を分析ᄂてみる と東北地 域はやはり 朝鮮族の集住地域であるが, ペキン,シ ャ ン ハ イ ,シ ャン トン省,コ ワ ン ト ン 省 な どᄎ都市や沿海都市を中心に南側に向かって増加する傾向がある。 12.
(19) m 1-5(1) は 2000年から 2010年にかけて都市部14の中国朝鮮族ᄉ口 の増加率を示 ᄂたも. のである0 図からみると,増加率が一番高い数値を示ᄂている省はチョᅳチアン省の都市 部で 297. 4%である0 次にシャンハイ市も 282.0%で第二番目に増加率が高い都市部地域で ある 0 そ ᄂて 100%以上を示ᄂている都市部地域はチアン즈省が 181.7%, コワントン省 が 162. 5%, シャントン省が 153. 9%, ティエンチン市が 111. 5%である 0 それからペキン市 が 93. 6%, コワンシーチ ワン族 自治区が85. 7%, フᅳチェ ン省が 77. 2%, ウンナン省が 36. 3%, アンホイ省が 32. 4%である0 他には増加率が 10%以内を示ᄂているホᅳペイ省, フᅳナン 省,コ ィ チョウ省,ニンシア自治区がみられる0 また,従来朝鮮族ᄉロが集住ᄂていた東 北드省をみると,リャオニン省が 20. 4%,チーリン省が 4. 9%の増加,ヘイ ロンチアン省は 21. 8%の減少を示 ᄂている。 以上の動向から,この 10 年間において,中国朝鮮族ᄉ ロは従来の東北드省から 中国の 東部沿海地域の都市部と直轄市を中心に移動ᄂていることが分かる。具体的にみれば,中 国東部沿海地域であるチョ ᅳチアン省,チアン즈 省 ,シャントン省, コワントン省,コ ワンシᅳチワン族 自治区,フーチェン省などが挙げられる0 そ ᄂて,直轄市あるいは大都 市である シ ャ ン ハ イ 市 ,ペキン市 ,テ ィ エ ン チン市, チョ ンチン市があげられる0 ᄂか ᄂ, 直轄市の中でもチ ョンチン市の増加率が一番低 い 0 これはチ ョンチン市が中国の中部地域 に位置ᄂていることと 関わりがあると考えられる。また, シャン シᅳ省,チベット自治 区, カン즈. 省は減少を示ᄂて い る 0 これはシ ャ ン シー省とチべッ ト自治区は沿海地域ではな. いこと, 経済的に比べても 沿海地域 より発展 ᄂていない というの が主な原因 だと 考えられ る。カン즈省は隣に シ ャ ン ハ イ 市があるため,主に シ ャ ン ハ イ 市を中心と ᄂて移動ᄂて いると考えられる 0 以上のように, 2000 年から 2010 年にかけて,多くの中国朝鮮族ᄉᄆ が沿海地域の都市部へ移動ᄂている0 図 1-5 (2) は 2000 年から 2010年にかけて農村部15の中国朝鮮族ᄉ口 の増加率を示 ᄂたも のである 0 農村部における 中国朝鮮族ᄉᄆ の増加率はシャンハイ 市の 1264.0%, チョᅳ チ アン省の 190.2%, 北京市の 4.0%を示す以外には,すべての地域における農村部の中国朝 鮮族ᄉ 口の減少を示 ᄂている。シャ ンハイ 市やチ ョ一チア ン省な どᄎ都市の農村地域は行 政 レベルが低 くても, ᄉ数的にみる と, 一般的な都市 レベル と同 じ規模を有 ᄂ, 経済的にみ ても就職のチャンᄌが多い0 そのなかで,ペキン市における農村部の増加率は 4.0%ᄂかな い。 というのは, 中国朝鮮族ᄉ□ が移動先を選ぶ際において,内陸における大都市の地域よ り,沿海地域における앗;都市が優先的であるという ことがみられる0 このよう に中国朝鮮族は沿海地域の都市部と農村部に多く住んでいる一方, 内陸地域に おける都市部と農村部ではᄉ口の減少がみられる。特に内陸地域の農村部はほと んど減少 を示ᄂている 0 沿海地域の都市部は改革開放政策が優先に実施され,内陸の都市より 経済 発展が加速化された0 ᄂたがって大量の国内企業や国外企業が投資する優先的な場と選ば れ,労働力の需要も増えていると共に,お金を稼げるチャンスが多く なってきた。それに対 ᄂて,內陸地域においての改革開放政策の実施は遅れ,また交通網の整備も遅れ, 都市の規 模 も沿海地域の都市より 小さく,全体的の経済発展は限られているため,内陸地域よ り沿 海地域の都市部 と農村部に 中国朝鮮族が多 く移動ᄂていると考えられる0 13.
(20) 第五次 시 =1普遍調査の統計に よれば, イェン ピェ ン朝鮮族自治州 の外出ᄉ数は 280, 757 人で, うちイ ェン ピュン境内都市のᄉ数は83, 540 ᄉ,国境鎮 •郷のᄉ数は 12, 031 ᄉである 0 それだけではなく, 多くの朝鮮族は自分の故郷の村を離れ, 韓国企業が多く 投資された^; 都市や,沿海都市に行って生活 ᄂた り, 韓国企業へ就職 ᄂた り, あるいは他の商売を行って いる。2008 年に至る まで, 関内のᄎ都市のᄉ 0 は 50 万ᄉ近づき, シャントン省のチンタオ 市には 18 万ᄉ,ペキン市には 17 万ᄉ,シャハイ市には 8.5 万ᄉ,シェンチェン (深圳) 市に は 6 万ᄉが住んでいる と推計されている (許, 2008)0 以上の内容から国内においての朝鮮族の進出地域は主に北の東北地域から中国の直轄 市や沿海地域を中心と ᄂて移動されていることが分かる0 2) 国外移動 朝鮮族の場合は,中国の国土に接近 ᄂた부島部に同系統の民族に よる独立 ᄂた二つの国 家が 存在するとい う特異的な 地勢状況が ある0 当初 は朝鮮民主主義ᄉ民共和国の みと 交流 がな されていたが (金, 2007),1992 年の中韓国交樹立以降, ᄎ韓民国との交流も活発にな っているo 韓国, 日本,ロシア,北朝鮮などの近隣国はもちろん,米国やリビアなど北ア メ リ力州やアフ リ力州のよ うな遠方の国まで広がっていたといわれている 0進出地域の具 体的な情況をみると, 韓国に居住ᄂている 中国朝鮮族のᄉ数は約 23 万시 6,日本に 5 万ᄉ 以上17,米国のニュᅳ ヨーク地域に 2〜3 万ᄉ以上18,ロシアに 3〜5 万ᄉ以上19というよ うな 統計数値が報告されている。 朴 (2008) によると, 日本は出稼ぎや留学な どにおいて韓国の次と ᄂて選ばれている場所 であると指摘ᄂている 0 中国朝鮮族の日本進出は 1980 年代の末にイェン ピェン地域を中 心 と ᄂて,主に 日本への留学を契機に始ま り,1990 年代末か ら日本企業や在 日運営企業の IT 技術者の募集に よって増加 ᄂた0 了ジア経済文化研究所の調査に よると, 東京地域には 22, 000 ᄉ以上, 横浜 /静岡には 9, 000 ᄉ以上,千葉/培玉には 9, 000 ᄉ以上, ᄎ阪/神戸には 8,000 ᄉ以上, 名古屋/ 愛知/ 三重/岐阜には 3, 000 ᄉ以上, 北陸/北海道には 1, 000 ᄉ以上, 九州/四国には 1, 000 ᄉ以上,計 53, 000 ᄉ以上の中国朝鮮族が 日本に滞在 ᄂている という ことが確認された20ᄋ また,在米ハングル言論の『 韓国メディア』2007 年 10 月 20 日に報告された在米朝鮮族 社会に関する報道によると, 朝鮮族の米国進出は 1990 年代初期から始まり,1996 年には 1, 500 ᄉ〜2, 000 ᄉ程度であったが, 過去 10 年間に急増加ᄂ, 二그ᅳ ヨᅳ クに 2 万ᄉ以上, 全米国では 5 万ᄉ以上に達ᄂている0ᄎ部分の朝鮮族はイェンピェン地域と リャォニン省 のシェンヤン地域,ヘイ 口ンチアン省の地域の出身であ り,その内イェンピェン地域が 80% を占める と指摘ᄂている0 ᄂか ᄂ, 実際的には朝鮮族の進出地域はもっと広い範囲に向かっているという ことが確 認 されている。イェンピュン朝鮮族自治州の쏘安局出入管理処の発表によれば, 2004 年 の上우期まで申請されたパスポᅳ トやビザの申請による出国地域は合わせて 88 ヶ国もあ ったと報告ᄂている2느 そ ᄂて韓国法務部の統計によれば, 2010 年 1 月時点において韓国 に滞留する 中国朝鮮族は 299, 796 ᄉである22ᄋ その中でイ 工ン ピエ ン地域の朝鮮族がほ と 14.
(21) んどであると いわれている。 これらの数値より, 中国朝鮮族の시 3 移動は量的 •質的に非 常に幅広く,大規模のᄉP 移動であったという ことを示ᄂている0 イ エ ン ピエン朝鮮族自治州民生局の統計によれば, 1993 年より 2001 年に至るまで,全. 州において国際結婚登録を ᄂたᄉ数は 18,885 ᄉで,うち韓国ᄉ と結婚ᄂた女性が 18,000 ᄉで総数の 95%以上を占めている ことが報告されている230. 3) 朝鮮族農村のᄉ 口移動 次は朝鮮族の農村地域からの人口 移動に つレ、 て詳細に検討す る。 まずすでに盛んに研究されているイエンピエン地域とヘイ ロンチア ン 省のある朝鮮族 農村地域や リャオ二 ン省におけ る朝鮮族農村地域のᄉ ロの動き にっいての統計資料を整 理ᄂてみよう。 孫 (2010) は,中国と 朝鮮半島の国境地域のᄉ口 流出は主に若者が中心と なってお り, 農 村地域はすでに高齢化現象が現れてい ると指摘 ᄂている0 改革開放以降,ᄎ量の朝鮮族の 出稼ぎが発生ᄂ, 2006 年の統計によれば,ロンチン (龍井)市光新村の全村のᄉᄆは 1, 030 人で,その うち 232 ᄉがすでに村を離れている。また新安村では全村の 728 ᄉの うち, 252 ᄉが村を離れていると 統計された 0 また勝地村の全村の시 コは 1, 037 人で,その內 332 人 が村を離れていると示ᄂた。重要なのは,これらの村を離れた朝鮮族 시 3 の大部分は若い 青年だ という こと であるc また 2006年の年末, ヘイ 口ンチア ン省民族事務委員会に よる314 の朝鮮族農村について 調 査 ᄂた統計数値によると, 調査農村の戸籍に登録ᄂている朝鮮族農村ᄉロは 241,220 ᄉの 中で,国外労務者が 56, 481 人で, 都市進出者が 53, 652 人で総人 口の約半分のᄉ数が村 を離れている240 このようなᄉ ロの減少による朝鮮族の集住地域における民族学校の状況を見てみよう。 朴 (2001) によると,イエンピエン朝鮮族自治州 の場合,1989 年には朝鮮族農村小学が 188 校と 中学校が 19 校あったが, 1995 年には小学校が 77 校, 中学校が 6 校に減少 ᄂている。 ヘイ 口 ンチア ン省の場合,1990年の小学校 382校 と朝鮮族 中学校 77 校が,1997 年には小学 校 256 校と 中学校 43 校になっている0 林な ど(2007) のハルビン朝鮮民族学校の調査によ ると,1996 年は教員 52 ᄉがおり,15 クラᄌあった0 1 クラᄌのᄉ数はだいたい 40〜50 ᄉ であり,当時 650 ᄉの生徒があった。その後, 親の仕事の都合で韓国,日本,カナダ,中国南 部への移動 ᄂた生徒が多く なり, 2007 年には生徒は 180 人’ 教員は 22 ᄉに減少 ᄂ,その内 朝鮮族の教員は 20 ᄉ, クラ ᄌ数は 7 クラᄌで,10 年間で半減 ᄂたこと を明らかに ᄂている 0 これらの数値は農村地域の朝鮮族ᄉP の移動が激ᄂいこ とを証明 ᄂている0 第 3節. 中国朝鮮族の移動要因分析. 中国では, 1978 年の中国共産党 11 期 3 中全会の決議によ り, 改革開放政策が開始され, 従来の計画経済から市場経済へと政策転換が実施された。それを機に,中国の市場経済が 始まり,国外への門戸開放が行われ,中国はグロᅳバル化時代に踏み込んでいった0 改革 開放により, 1980 年以降急速な経済成長を遂げ,部小平 に よ る 「 ᅳ部のᄉが先に富む」 15.
(22) との理念の下に, ᄎ都市や沿海地域の経済が優先に発展するようになったのである。改革 開放に よる市場化は,中国全域の均等な発展ではなく, 東部沿海地域にかたよって集中 ᄂ, 経済の地域的な不均衡を広げていった0 ᄂたがって, それに刺激されて內陸から東部沿海 地域へのᄉ口移動が急激に進行することになった0 また, かつてのᄉ民公社が解体され, 農村の余剰労働力の移動が “ 自由” になったこと も背景とᄂて重要である0 「 改革開放」という政策には,「 対内改革」, 「 対外開放J という 二つの意味が含まれており,その後, 中国の経済状況を飛躍的に発展させたのである。以 上のような政策転換の影響で, 低収入の地域から高収入の地域へ, 貧困地域から発展地域 への 地域間移動現象が 発生す ることと なった と考えられる 0 本節では 中国朝鮮族の移動要 因についてᄉ民쏘社の解体や土地制度 •戸籍制度と 中韓国交樹立による影響に注目 ᄂそれ ぞれを説明する。 1. ᄉ民쏘社の解体及び土地制度 と戸籍制度の変化 中国でᄉ口移動を活発化させた政策と ᄂてᄉ民쏘社の解体,土地制度と戸籍制度の変化 があげられる0 まずᄉ民쏘社の解体についてみてみる。 「 ᄉ民쏘社」は中国革命後の農村 のかつての象徴的存在であり,中国共産党の指導のもとに,一定地域内の工.農生産や経 済,文化•教育•行政•軍事などすベての業務を管理する社会的基礎単位であった0 ᄉ民쏘 社は「 生産隊」-. 「 生産大隊」4. 「 ᄉ民쏘社」 という三つの階層組織があり,行政•農耕. 生産•共同生産•教育•民兵訓練などᅳつの国家と同様な広範機能を持つ「 政社合一」の統 一体であり, そ の 規模は平均で約 3,300 戸,15, 000 ᄉ程度であった 0 ᄉ民쑈社には 3 つの 基本的特徴がある。第一は耕地•樹木•家畜•機械な ど生産手段の完全な共有化, すなわち集 団所有制から全ᄉ民所有制 (国家所有) への移行である0 第二は쏘共食堂•託児所•裁縫所な どの組織による家庭労働の集団化 ■社会化の実現である0 そ ᄂて第드には分配の面で半供 給 •뿌賃金(労働点数による分配)制度がと られ, 給食は無料,生活物質は一部現物支給が行 われた0 ᄉ民쏘社の 目的は,生産の集団化,家内労働の社会化, 組織の軍事化であ り,「 能力 に応じて働き, 必要に応じて受け取る」 という共産主義社会の理想の実現に向かって前進 する ための組織と された ( 『地理学辞典』,1996)0 ᄂか ᄂ ᄉ民쏘社は期待された成果が十分あげられなかった 0 例えば朴 (2008) によると, ᄉ民쏘社時期のチャンパイ 朝鮮族 自治県の朝鮮族ᄉ民において一番ᄎきな問題は食糧の 不足であった。 当時食糧の生産は急激に低下 ᄂ,1960 年農村のᅳᄉ当たりの年平均食糧 は 128kg まで下がり, 年平均の食糧が 100kg 以下の地域も出た0 城•鎮居民に対ᄂて も一 ᄉ 当た りの定量は 13. 5kg まで減り, 肉や卵な どの副食品の供給も保障できなかった 0 それ で,1,160 ᄉの朝鮮族ᄉ P が他の地域に移住する事態が発生 ᄂている 0 このように,中国の 経済は厳 ᄂい状況 となり,ついに 1978 年 12 月 に共産党第 11 期 中央委員会で再検討がな さ れ,生産責任制の導入による経済活性化の方針が決定された0 ᄉ民쏘社の最大の欠点は, 農民の労働意欲を高め られなかっ たこと である o そ こで,生産責任制ではᅳ定面積を耕作 ᄂ, 一定量の収獲を国に納めれば, 残りは自由に処分でき ることと ᄂた。働いただけ個ᄉ収 入が増える とともに, 各世帯単位の生活が認め られる ことにな り, 農村には活気がみなぎ 16.
(23) るよう になった。生産責任制は,1980 年代に急速に広が り, ほとんどの農家が何ら かの形 で生産責任制 を行うよう になった0 また政府は 1982 年 12 月, ᄉ民쏘社の行政権限を郷政 府 (地方行政体) に移ᄂ,1983 年には工業部門にも生産責任制を導A ᄂた0 1985 年 ごろにᄉ 民公社はほ とん ど解体され,生産責任制 と小規模個ᄉ企業が認め られ, 総生産額はᄎ幅に 増加ᄂた。農村や都市において, 経営的に成功した個ᄉ企業な ど が 「 万元戸」(年収一万元 以上の世帯) となり, 社会主義制度下での貧富の格差拡ᄎが問題と ᄂて出現 ᄂた0 ᄂか ᄂ経 済発展は全民の要求を満足する ことができなかった 0貧富差も徐々 に大き くな りお金がな いᄉたちは 90 年代にA ってから地元を離れ,出稼ぎ現象が現れたのである0 次にᄉ民쏘社の解体と共に行われた土地制度の変化について検討する。前述のように, ᄉ民쏘社において土地は쏘有であ り, 個別農家に よる 占有権や耕作権は認め られていなか った。1978 年の改革開放以降,土地をめぐる制度は大きく 変化 ᄂ, 農村の変化を促す要因 となった 0 2008 年 12 月 10 日, ペキン師範大学で「 生産責任制から新農村の建設まで: 中 国農村改革の 30 年」という イベン トが開催され,そこでは中国の農村改革を三段階に分け て示ᄂている。80 年代は中国農村の土地聯産承包責任制 (生産責任制を示す) の樹立と 形 成段階である。90 年代は中国農村土地制度或は土地聯産承包責任制の完成する段階であ る。2000 年代に入る と, 中国農村土地制度の改革は市場化の加速化に向かっている段階と ᄂて整理ᄂている0 家庭聯産承包責任制25は 1979 年 アンホイ (安徽) 省 フォンヤン(鳳陽) 県に始まるが, 正式 に中央政府に採用されたのは 1982 年からである 0家庭聯産承包責任制とは,土地の公有制 を原則と ᄂながら も個別農家 ごとの経営を認める こ とであり, 農家は,家族ᄉ □比例 によ って一定の土地を請負い,国及びᄉ民쏘社(生産隊) に税金な どを納める形態である。その 形態も「 包産到戸」と r包干到戸」の 2 つがある0 r包産到戸」とは一定の義務(生産量や 税) が確定ᄂている土地を農民に請け負わせ, 義務に相当する分を生産隊に納めれば, 残り は請負農家の保留分或は生産隊とᅳ定の比例で分配する方法である0 「 包干到戸」 とは, ᄉ 口比例に よ り土地を農家に請負 させ, 農家は契約に よって国家と 生産隊に一定量を納め, 残りは農家の取り分と する 方法で ある (金 •上野, 2009) 。中国では多くの地域において後者 の 「 包干到戸」形式が採用された。この形式は大きな成果をあげ,1990 年代平ばまで継続 されている。チャンパイ朝鮮族 自治県においても 1983 年 か ら 「 包干到戸」を実施ᄂてい た。世帯ᄉ ロの比例によって土地を配分ᄂ, 農村経済成長の契機となった0 具体的には, 第ᅳ期の請け負 う期間は 15 年で, 請け負った戸数は 9,229 戸, 請け負 う面積は 5, 966 へク タᅳルであった0 その後, 2001 年は家庭聯産承包責任制 (生産責任制を示す) を一層安定化 させるため,第ᅳ期の土地の請負期間が終わってから,また党中央の政策の実施によ りさ らに 30 年 も延長 され, 請け負う 戸数は 9, 247 戸, 面積が 4, 983 へクタ ᅳル となっ た0 さて,中央政府は 1980年代の農業生産上昇を受けて,1995年 さらなる農村経済の安定化 のために 土地の請 け負う 期間を 30 年延長す る通達を 出ᄂ, 農民の 土地経営 を保障 ᄂた0金 •上野 (2009) によると, 中国政府は一連の土地制度の実施により, 農村の生産基盤と ᄂての 土地の保全を図ってきたが, 土地請負期間の延長や土地使用権の有償移転, さらに 2003 年の農村土地請負法によって, 農村労働力の域外流出と 土地の流動化を加速させる結果を 17.
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