ᄉ数 割含
.9%
.9%
.8%
5.9%
17.6%
5
主:
大学卒業 期大学も含む)
出所: )
说地UI
査より雄者作Jdl
13 l_S8.2%
中字校卒菜
ᄉ数 割合
2.9%
.9%
2.9%
1 2.9%
11.8%
高校卒某 人数 割合
.9%
.8%
1 2.9%
.8%
J 2 0 .SX
大字후菜
ᄉ数
.9X .9%
2.9%
.路
.9%
8.8%
2 6 . 5X
女性
33
小字校卒菜ᄉ数 割合
12.8%
.7%
1 2.8%
10.3%
17 ] 43.6%
中字校卒某 ᄉ数 割合
2.6%
1 2.6%
高校卒菜
ᄉ数 割合
.1%
.6%
2.6%
10.3%
ᄌ字후某
ᄉ数 割合 .6%
A %
10.3X 2.6%
1 2.8%
2.6%
2.6%
.找 16 4 1.0%
表
3-7
登錄ᄂた戸箱数と実際の芦箱数及び世帯人数の比較単位: 戸
« 目 登錄 ᄂ てV る戸薛数 (!« 実際の戸籍数 (%)
空き家或は貨貸住老 0 (M ) 6 (2 0 .0W
1 人世帯 0(0%) 9(30.0%)
2 ᄉ世帯 2 ( 6 .7SS) 9 (3 0 .OX)
3 人世帯 6(20.0%) 4U3.3SS)
4 ᄉ世带 1 2 (4 0 .0!S) 2(6/730
5 ᄉ世帯 4(13.3%) 0(0%)
6 ᄉ世帯 6(20.0%) ocox)
合計 30(100%) 30(100SO
出所) 現地調査より 肇者作成
表 3-8 シ - ア ル タ オ コ ウ 村 に :け る 134ACD うち年 鈴!giJC[)留守 ■外出人数状況表
単 位 : 人
年齡 総ᄉ数 留守A 数と밝合 外出ᄉ致
人故 害!f 合 出稼ぎ人数 その他
1 歳以上 ~ 19 歳未満 11 3 6. 5% 0 8
19 歳以上 ~ 3 Q 歳未満 31 0 0. 0% 24 7
30歳以 上〜 50歳未満 40 7 15. 2% 33 0
50 歳以 上 ~ 7 0 歳未満 42 26 56. 5% 16 0
?0 歳 以 上 〜8Q 歳未満 6 6 13. 0% 0 0
80 歳以上 ~ 100 歳 4 4 8. 7% 0 0
表3-9 シ一Tル タ 才コウ打の中心小字校に:15ける教師と児童の状況
単 位: ᄉ
表3-10 シ브7ル$才コウflCD中 学 校 に け る 教師と生徒の状況
니
単 位: 人
年 区分
ク 7 义数 生徒の状況 教師の状況 (人数) 教師の状況 (学歴)
合計 その 内朝 祥族
男 女 合計
\削羊族
% 女 舍計
m m 再門学校(或 似 下) 大측측(或は以上)
実 (%) 女 ( » 合計 {%) 男 ( » 女 (%) 舍計 « ) 合 I t 朝鮮族 m 合計 朝鮮族 (%)
1930年 ᄀ 6 3 156 152 308 30 1 9 .» 32 2 1 .« 62 20. W 11 20 47 8 29. 故 7 35.0% 15 31 ■故 27 9 33.3% 20 6 30.05!
1991年 7 3 150 148 £98 28 n .7 % 31 20■挑 59 1 9 .없 27 20 47 8 29.6K 7 35. OS: 15 21.2% 27 9 32.3% 20 6 30. OS;
1992年 7 3 148 151 299 30 20. 했 32 21 .找 62 20.7* 11 20 47 8 29.631 7 3 5 .OSS 15 3 1 .9X 27 9 33. 했 20 6 30.0JS
1993年 7 3 158 156 314 32 20.3S( 30 19.找 62 19.7X 25 20 45 8 32.0* 1 35.CK 15 33.3S 27 9 3 3 .3X 20 6 30. OS!
1394年 7 3 151 148 299 31 20. 때 33 22 ■放 64 2 1.« 27 20 47 8
2
e .6
!S 7 35.0X 15 3 1 .9S 27 9 33.3% 20 6 30. M1995年 7 3 152 14? 299 30 19.75! 29 \2.7% 59 19.행 27 20 47 8 29. 欣 7 35. OS 15 31. 挪 27 9 32.3% 20 6 30. (W
1996年 7 3 135 130 2G5 25 18.5SI 24 18.5SS 49 18■대 26 19 45 7 26. 敗 7 3G.8!t 14 3 1 .IS 11 9 33 ■했 18 5 11,%%
1997年 7 3 128 120 248 24 18.8% 26 i\ .n 50 20.2SJ 26 13 45 7 26.9!( 7 %.%% 14 3 1 . « 27 9 33.3S! 18 5 11.11
1998年 6 3 96 96 192 18 18.8SS 20 20.8SS 38 \ U% 26 19 45 7 26•挑 7 36.8X 14 3 1 . « 11 9 3 3 .3X 18 5 11.1%
1999年 6 3 100 9S 199 19 \ U% 20 20 .태 39 1 9 .故 26 IS 45 7 2 U % 7 36. 14 3 1 .a 27 9 33,3% 18 5 1 1 M
2000年 6 3 113 112 225 20 \7.7% 21 18.8* 41 18■없 26 19 45 7 2B.9* 1 36.8!( 14 3 1 . « 27 9 33. 했 18 5 11.1%
20 이年 6 3 122 120 242 19 1 5 .6X 20 16.7J! 39 16. W 24 20 44 7 29.2JS 7 3 5 .OS! 14 31.8^ 27 e 33.3^ 18 5 11.1%
2002年 6 3 111 110 221 18 1 6 .했 20 18■때 38 17.2S8 20 19 39 7 35. W 7 36.8% 14 3 5 .9S! 27 9 33.3% 18 5 11.1%
2003年 6 3 105 103 208 21 20. M 18 1 7 .5^ 39 18. 했 20 19 39 6 30.0^ 6 3 1 .6S! 12 雙 21 7 33. 했 18 5 2 7 .8S!
2004年 6 3 83 82 170 20 22.7S 13 2 2 M 33 12A% 20 19 38 6 30.0% 6 3 1 .6S 12 3 0 .8S 21 7 3 2 .3X 18 5 11.1%
2005年 6 3 82 76 158 16 19. 때 20 26. 없 36 22.8* 18 18 36 6 33.3!« 5 11,11 11 3 0 .成 18 6 3 3 .3X 18 5 27.85!
2006年 6 3 80 67 14? 14 1 7 .5X 16 23. 故 30 m.A% 18 18 36 5 17 M 5 n 、it 10 27.%% 15 5 3 3 .3X 18 5 11.1%
200?年 6 3 78 72 150 12 15.4X 15 20 ■없 11 18.0* 18 18 36 5 2?.^% 5 l l . l t 10 11.1% 12 5 4 1 .겠 18 5 17.1%
2008年 6 3 73 60 133 7 9.6X 8 13. M 15 11. 했 18 18 36 5 27 M 5 11.11 10 27. Z% 9 5 5 5 .6K 18 5 27. Z%
2009年 6 1 54 54 108 4 1 M 4 7.4SS 8 7A% 18 18 36 5 27.8JS 5 27.8X 10 27.8JS 6 5 83.3% 18 5 11.1%
2010年 6 1 86 81 167 3 3.5!S 2 2.5!t 5 U % 22 28 48 5 I U I 5 19.2!S 10 20. 없 n 5 22.7% 26 5 1 9 .2S
年 22.7% 11 2.2.7%
第
4
章 中国朝鮮族農村の変容と発展対策第
1
節 農村地域における朝鮮族の変容改革開放以降における中国は,計画経済の体制から市場経済体制の転換を実施ᄂ,経済 を中心と ᄂて全社会的に大きな発展をもたら ᄂている
o
ところが,発展ᄂている中でさま ざまな問題が起き,
特に日々成長ᄂている経済の中で,貧富差はますます拡ᄎᄂつつある。少数民族の
1
つである中国朝鮮族社会においても,改革以降ᄎ きな変化が起き,
さまざま な問題をもたらされている。ここでは,
チャンパイ朝鮮族 自治県の朝鮮族社会の変容を中 心に前章までに明らかになった諸点を整理する。1.
農業経営体制の変化と産業構造の変化1)
農業経営体制の変化朝鮮우島から流
A
ᄂてきた中国朝鮮族は,従来から農業生産活動を中心に生活ᄂてきた。朝鮮族において特徴的な農業耕作といえば
,
水稲耕作である。建国の初頭,朝鮮族の農民 た ち は 「互助組」, r
合作社」及 び 「ᄉ民公社」の政策のもとで集体生産を実施ᄂ,
平均 分配され,穏やかに暮らᄂてきた。ᄂか ᄂ, 当時の
r
平均分配」, r
ᄎ鍋飯」などの体制は農民たちの積極性を引き出すこ とができず,
労働効率が低下ᄂ,生産性の低下を表ᄂもたらᄂた0
その後,改革開放政策 のもとで,
特に農業体制が集団農業から家庭聯産承包責任制に変えて以来,朝鮮族を含め,全 中国の範囲におレ、て農村の経済と国民たちの生活は豊かになってきた。家庭聯産承包責 任制の実施により,労働効率も明らかに引き上げられ
,
農民たちの生産積極性を引き出す ことができた。例えば,
ᄉ民쏘社の時代の田植えは二十日もかかったが, 家庭聯産承包 責任制を実施ᄂた以降はᅳ週間で済むことができ,自分の経済利益と密接に関係があるた め,細かい点においてももっと工夫を入れられるようになった0
鄭(1998)
によると,
家庭 聯産承包責任制を実施ᄂた後朝鮮族地区のᄎ部分の水田では, 1
ムᅳ1
当りの生産がは500kg
を超え,
朝鮮族農村におけるᄉたちの平均収入は2, 000
元を超え,1996
年ヘイ口ンチアン省の朝鮮族農村の
1
ᄉ 当たりの収入は3, 014
元となった0
チャンパイ朝鮮族 自治県の農業生産にお い て もᄎきな変化が起きてい る
0 1986
年はチ ャンパイ朝鮮族 自治県で家庭聯産承包責任制を実施ᄂた第四年目であり,
承包戸籍数は9,229
戸,承包面積が5, 966
へクタᅳルであった。2001
年,
土地承包に関する新たな政策のもとで,承包期間が
30
年延長することができ,承包戸籍が9, 247
戸,面積が4,983
へ クタᅳルであった0
農業産業構造の調整においても糧食,
経済作物,
野菜の栽培面積の割合を
59:26:15
に調整ᄂ,栽培構造が優化された。また,
作物の品質の構造も調整ᄂた0
2)
産業構造の調整過去,朝鮮族は農業民族と ᄂて
80%
以上が農業生産をやってきたといわれている。 ᄂか も単ᅳな水稲生産であった0
改革開放以前においては水稲生産が特徴であった朝鮮族たち の生活水準は他の民族と比べると少ᄂ高く,
比較的豊かな生活を営んでいた„
ところが,
76
改革開放政策の実施により,多くの漢族や他の民族たちは出稼ぎによってたく さんのお金 を稼げることができ,従来優勢であった朝鮮族社会もその影響を受け,出稼ぎを目的とす るᄉ口移動が激 ᄂ くなった。その結果
,
水稲生産を中心とᄂた第ᅳ産業の割合が少なくな り,その優勢も徐々に変わってきたのである。そのため,第二,第三産業の比重が日々上 昇ᄂ,朝鮮族社会の産業構造も調整されたo
例えば,朝鮮族がᅳ番多く居住ᄂているイエ ンピエン朝鮮族自治州をみると,国民生産総値を示す第ᅳ,
第二,第三産業の占める比重 が各1980
年の23. 7%, 51. 1%
と25. 2
%より, 1995
年の16. 3%, 42. 2%
と41. 5
%に変化ᄂた。チャンパイ朝鮮族 自治県においても国民生産総数値を示す第一,第二,第드産業が占め る比重が各
2009
年の21. 3%, 38. 6%
と40. 1
%よ<9 , 2010
年の18. 4%, 41. 2%
と40. 4
%に変化 ᄂている。これは,政府の土地管理の政策や,
改革開放政策などの実施と密接な関係があ ると考えられる0
チャンパイ県の耕地面積をみれば,1986
年には14, 929
ヘクタールであ ったが,1999
年に基本耕地保護制度改善ᄂ,「土地管理法」の要求に応じてr
退耕還林」というᄌ口ᅳガンを掲げて
2000
年の耕地面積が6,643
へクタᅳルから2005
年の5,357
ヘクタールに減っている。また, 2010
年の耕地面積は7,168
へクタᅳルで2005
年の耕地 面積より増えている。ᄂか ᄂ,2010
年の第ᅳ産業の比重は2009
年の比重より少なくなっ ており,第二,第三産業の比重が高く なっている。2.
出稼ぎブᅳムによる朝鮮族農村の疲弊化流入民族である中国朝鮮族は従来から農業生産を中心とᄂて生活ᄂてきた
0
今回の聞き 取り調査によれば,昔のシᅳアルタオコウ村の朝鮮族たちも主に農業生産を中心と ᄂて生 活ᄂてきたo
また,北朝鮮との海鮮物などの交換を通じて,
雑貨などの販売を行い,
徐々 に規模を広げ',民族特色のある飲食店を経営ᄂ始めた。ところが,地元での経営ではなか なか利益を儲けることがなかったと同時に,
徐々に高まる物価や子供の学費などが問題と なり,出稼ぎを求め,
村外に出る状況が現れたのである。特に若い朝鮮族の減少する村の 疲弊化を促進化ᄂている。鄭
•
李(1998)
は,東北드省の朝鮮族たちは1998
年 ごろに地元を離れ,山海関の南側で第二,第드産業に勤めている朝鮮族ᄉロが既に
20
万ᄉに達すると指摘ᄂている0
この数値 は当時の朝鮮族ᄉ数の10
分の1
を占めることで,
朝鮮族の10
ᄉに1
ᄉが出稼ぎをᄂてい ることになる0
特に朝鮮族の農村地域のᄉ口移動が激ᄂくなり,農村部の疲弊化をもたらᄂている
„
そ ᄂて,1998
年 ごろイエンピエン朝鮮族自治州の80
万ᄉの朝鮮族の시3
の中で’ 出稼ぎᄉᄆは少なくとも
7-8
万ᄉはあると指摘ᄂている。また,
ヘイロンチアン省の ある朝鮮族農村におV
、て,外出ᄂた労働力は総労働力の35. 0
%を占めると示ᄂた。さらに,もう
1
っの朝鮮族農村部の280
戸のうち,家族全員が地元を離れた世帯数は79
戸であった。 そᄂて
, 1996
年,
チᅳリン省チウタイ(
九台)
市のある朝鮮族農村の387
戸のうち,50
戸が地元に住んでいないと指摘ᄂて い る0今回の現地調査よりチャンパイ朝鮮族 自治県シーアルタオコウ村の朝鮮族の留守•出稼 ぎᄉ数を年齢構造からみると
,
留守ᄉ数のうち19
歳以上〜30
歳未満の朝鮮族のᄉ数は0
人, 30 歳以上
〜 50
歳未満のᄉ数が7
시^
かいなかった。そᄂて,50
歳以上〜70
歳未満のᄉ数が
26
ᄉ, 70
歳以上〜100
歳のᄉ数が10
ᄉである0
すなわち,結婚年齢に当たる若い 朝鮮族 と実際労働力をもっている朝鮮族のᄉ数は134
ᄉのうちわずか15. 2%
である。3.
朝鮮族ᄉロの減少中国におけるᄉ口普遍調査の統計デᅳタをみると
,
朝鮮族の人口増加率は全国の各民族 の中でᅳ番低い水準にあるo 90
年代以降,
朝鮮族ᄉロの自然増加率は既にマイナス数値 を表ᄂていた0
鄭.
李(1998)
によれば,1996
年イエンピエン朝鮮族自治州の朝鮮族のᄉᄆ 増加率は一1. 1%
を示ᄂ,
ホーロン(
和龍)
市の朝鮮族のᄉ口増加率は- 2. 6%
を示ᄂた0
ヘイ ロンチアン省ニンアン(
寧安)
市 ミンシン(
明星)
朝鮮族村では, 300
戸であるが1981
年の出産数は
42
ᄉ, 1996
年は3
ᄉᄂかいなかったと報告されている。表
4-1
から分かるように,
出生ᄉ数は死亡ᄉ数より少なく,
ᄉ ロの自然増加率は当然下がるはずである
0
表
4-2
はリャオニン省におけるある朝鮮族農村の시I I
増減を示ᄂたものである0 1984
年
〜 1987
年までの出産ᄉ数は30
ᄉほどであったが, 1988
年から急激に減少ᄂ, 1992
年から
2001
年 までは4〜8
ᄉ, 2002
年は2
ᄉᄂか出産ᄂていなかった0
—方死亡ᄉ数は1989
年から
5
〜10
ᄉ程度を維持ᄂ,
この村の朝鮮族の自然増加率はマイナスとなっている0
そᄂて
2010
年のチャンパイ朝鮮族自治県のᄉロの自然増加率と2005
年から2010
年にかけてチャンパイ朝鮮族 自治県の各行政区におけるᄉ口増加率をみてみよう。
表
4-3
を見ると,チャンパイ朝鮮族自治県の戸籍数の増加率と総ᄉ数の増加率は各0. 2%
と
1.5%
で上昇ᄂているが,
少数民族ᄉロの増加率は- 3.8
%,その内朝鮮族ᄉロの増加率が-3. 7%
を示ᄂている。 また,表4-4
をみると,チャンパイ県内における各行政区域の朝鮮族시
3
は2005
年から2010
年にかけてチャンパイ鎮以外に,すべてマイナᄌ増加率を示ᄂている。 このように全国のほかの地域における朝鮮族 시
3
の増加率が下がっていると共に,
チャンパイ朝鮮族 自治県における朝鮮族のᄉ ᄆ増加率も既に下がっている。そᄂて ,第3
章の第4
節で述べたようにシᅳアルタオコウ村の朝鮮族のᄉ数も減少ᄂていると共に出 生率も低下ᄂているo
4.
朝鮮族教育の危機どの国家,どの民族においても,教育はᄉᄆ素質を高める重要な要素であり
,
科学ᄉ材 の養成や優秀な労働者の養成にも大切なものであるo
どの民族にも関係なく,
市場経済の 競争の中で,
ライバルを倒そうとすれば,教育を重視ᄂなければならない0
朝鮮族は従来 から教育を重視する民族といわれてきた。ᄂか ᄂ,
現在の朝鮮族農村地域には出稼ぎなど で教育を受けるᄉ ロが減少ᄂ,すでに朝鮮族教育の危機が現れている。表
4-5
から表4-8
までは他の朝鮮族地域における朝鮮族学校の数や学生のᄉ数などの変 化を示ᄂたものであり,朝鮮族教育は無視できない危機にあるということを示ᄂているo
これらのデᅳ タをみると,朝鮮族学校は