<論説>元東京帝国大学法科大学法学教師兼司法省法律顧問イポリット・オーギュスタイン・ルヴィイヨ(1859-1927)について : 日仏交渉史の視点に立って
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(2) 2 (2). 横浜経営研究. 第X 巻. 第 1 号 (1989). 一 を助けるべく 来日したジョルジュ・ヴィクト. Le」ingt, neut‖out[il”uit…ent…inquante-. ル・アペール ") の後任として 東京帝国大学法科. neuf , a@℡*di@par ,devant@nous@Alphonse@Ribot. 大学の法学教師に 招聴されたフランスの 法学者. adjoint. イ ポリット・ オ 一ギ ュスタソ ・ルヴィ イヨ に 関. rempIirles. する調査・研究であ. est@ comparu@. る・. ルヴィ イョ は, これまで イ ボリート・ オ 一ギ ュ. スタン・ルビリ ヨ. リ. ヨット 、 , ), オ. (. ( 1s),. オ一ギ. ュ. スト・. can. ラ 夫人 職 ・. イ. シェル・ルヴォ ン. ( 東京. e d せ l壱ぢ u さ pou 壱Ⅰ. Ⅰ. at.civ , ニⅠ. gさ. detrent<e-unans,domiciIi ㏄t n. garSon. hier. 芭. nous@. un@. ans,@ a. 64-. domicile,@ de@ lui@ et@ de. son@. せ. ⅠⅠ. ・. a@. heures. onze. 差. en. 妊. pouse,. 今. g さe. domicili@e@ audit@ lieu .. ete. present@. et. les. re@u. a. pr@noms@ de@ Hypolite@ Augustin,@ les@ sieurs Hypolite@ Raffin , marchand@. de@ chanvre , ag@. de@cinquante@ans , et@Antoine@Charles ,. 芭. ッ. 奇. L , enfant nous. ポリット. ただ理由は不明であ るが,出生証書 (actede naiss 皿 ce) では 々 ボリットは HyW ㎞ e となっ ており,婚姻証書 (acte de manage), 死亡証 書 (acte de d ㏄ s) と昇 っている. ガ ダラ夫人 作成の系図では Hippolyteと書かれているなど 名前の表記が HippoIyteなのか HWpolite なの かはっきりしない・ 出生証書の Hypolite は 書 き 間違えの印象が 強く,本稿では現在使われて いる Hip 四 lyte 説をとりたい・なお ブ ラ ソス で は HyPpo ㎞ e,Hip 四 lyte とも使われており , よ くあ る名前であ る・. Ⅰ. Fran OOise ぢ 、 Ⅰ Ⅱivo e[, son. de@ trente. オ 一ギ ュスタソ ・ルヴィ イョと 判明した・. これに似た例で、. d,eau,. dame. クニーズ・ ガダ. により正式なフルネームが. de G Ⅰ enob. sieur@ Francois@ Revilliod , fabri ,. du@ matin,@ dans@. 綴りがわかったのは 数年前のことであ る, る ド. e. fonctjonsd,o 伍cierdel,. clar せ qu,un. 正しい呼び方や 氏名の. さらに,子孫の一人であ. Ⅰ. cette@ Ⅴ lle,@rue@de@la@Paix@lequel@. レヒ。. ギ スト・ ル ピリオ,6)などとい. ろいろに呼ばれていた・. 七. Maj. au. ,. ag6. de. ont. せ. quarante. t さ tせ momns. senta ㎡on,. eⅠ. domicilies. ans,. Grenoble. a. desdites d せ6C aration. ontsign. Ⅰ. 芭. ma@on,. et. p Ⅰ伯. ・. le pr sent. avecnous,. 乙由. acte,@ ainsi@ que@ le@pere,@ apres@ lecture@ faite,. ひ 859 年 8 月 29. 日正午戸籍担当責任者であ る グルノーブル 市 助役のアルフォンス・リボ 立会 の下に本市平和通り 居住のフランソ ア ・ルヴィ イョ , 31 歳, ; ネ、 ラル・ウォーター 製造業が出. 顕 し昨日午前 10 時に自宅において 妻 フランソ. 帝国大学法科大学法学教師,司法省名誉法律顧. アーズ・ティヴォレ , 31 歳との間に男児が 出生. 問 ) がやはり出生証書と 死亡証書では 興 った名 前になっている "'.. し,その男児にイ ポリ ソト. 名付けたことを. 届け出た・. ・. オ 一ギ. ュ. スタンと. グルノーブル 在住の. ポリット・ラファソ , 麻 繊維 商 , 50 歳なら ぴ にナ ノトア一%・シャルル ,石工, 40 歳が出生. 々. 2.. 出生・結婚. これまでルヴィ イョ の略歴については 全く不 明であ ったが, ガ ダラ夫人との 接触によりはじ めて多くの情報がもたらされた・ ルヴィ イョ は ブ ラ ソソア ・ルヴィ イョとブ ラ. アーズ・ティヴォレの 嫡子として 1859 年 8 月乃日に グルノーブルの 平和通りに生まれた・ グルノーブル 市役所戸籍 課 所蔵 の出生証書には 次のように記載されている・ ソソ. 証書の申告,嫡子の提示の証人となり 本証書作 成朗読の後,当面吏員,父 ,証人の全員が署名 した.) ルヴィ イョ は 26 歳のと ぎピヱ一ル ・ジャン・ バティスト・. ジネ (PierreJemBaptisteG. 田 et). (M 虹た I 粟 bdle) と 1885 年 6 月にイゼール (Iぬ re) 県 ボーヴォア( の娘のマリー・イザベル ル. ・. ドヴ ・マルク (B ㏄uvo 旺 deM. 匪 c) で結婚. した・. ボーヴォアール・ドゥ・マルク. 町役場の婚姻.
(3) イヨ (1㏄㌻ 1927) について. 証書には次のように 記載されている・ mil@ huit@ cent@ quatre. L , an@. ・. vingt , cinq , le. seize@ du@ matin@ de@ juin@ a@ neuf@ heures@ du matin devan( rempla. an. モ. le. 七. Odette. nous. 玉Ⅰ aiFe. Blaise, adjoln. emp. 1,ざ tat.c;vn de Beauvolr. 合. de. cl ざ ,. o 伍cie Ⅲ. Ⅰ. ⅣⅠ. 屯. de. arc(Isさ re), son. Ⅰ. comparus en maison commune , 1.@ M , Hippolyte@Augustin@Revilliod , pro fession@d'avocat,@docteur@en@Droit,@ne@le@vingtla. ・. hu@@. aout@ mil@ huit@ cent@ cinquante. GrenobIe, domiciIj さ a GrenobIe, legitme. et. p Ⅰ ofession. de. Ⅰ. de@ Mme@. et@. M , J,. de. en. m. Ⅰ. ト elIe. さ. a@ Grenoble@. avec. arie-IsabeIle. de. 査. ルナ. Pont-Ev. a Ⅰ c,. 且. de M . Pierre Jean de ⅣⅠ. propr arc. ニざ. tajre,. de. et. dom;ciIi. N me. ル正. て. 亡. さe. 五. Beauvojr. ゑ. de. d さc ざd ざe ・. projet ont. ざ. 几Ⅰ a c Ies dlmanclles Ⅰ. チ e Ⅰ I @ Ⅰl. proc. q. c@s. de ,. 士. de. SI. X ・ nⅠ a. iX. requis. mahage. 勒 ・. de. n 亡. Ies pubIications de. e Ⅰ I .ⅠⅠ U. n. du. te-d. on. きleY. 斗. さ. entr,euX,. tさ. faites Ⅰ. 克. Tente-un. mai@dernier@et@sept@juin@courant@et@a@Gre , noble@ les@ memes@. jours@. que@. ci dessus@ ・. sans. qu'il@y@ait@eu@ opposition ,. は穏 5 年 6. 月. 16 日午前. 9. 時 ィ ゼール 県 ボーヴ. シュ 知ル クセ な. le@ con. avec@. que. 亡. Ev. Beauvoir. de. 毛. ・. arie Bruyat,. na OX. cent. nous. c ざ l色 b Ⅰ ation. don. さ. 奄. d e. S,e. ddeu. ,et ⅠⅠ り @七 毛. cen. I芭 gItime. e et. 丁. procedant@. さ. h. , ㏄。 珪. du. , ec m. e. Ile m;neu. huit. domiciIi. que,. pro-. de@ son@ pere@ ici@ present, , sa@ mere. LesqueIs Ia. mil. 百名. 台. sans. Baptiste Ginet, profession. ladite@ comparante@ sentiment@. ao. Ginet,. 4.. 来. ルヴィ. 日. イョ. (西堀. 昭). (3). 3. 図イ ス はと 糸 こ穿. solXante-quatre. ledit@ com-. consentimentde. le. fessIon, n ざ e Ie quinze. 丁. Revilliod. Francois. lci pr ざ sents.. re. ㍉Ⅰ. Ⅰ. Bcauvol. Is majeur. Fran@oise@ Thivollet , profession. parant proc@dant 2.. neuf@ @. ier, domicili 芭蓋 GrenobIe. Ⅰ. de@ renti re , domiClie@. ses p 七丁 e e. Ⅱ. ・. で里 誉, 触在 ル一 レ々 乙ノクこ,は郁 ︵ , ド8 ガ. ポリット・オ ーギュ スタン・ルヴィ. イ. は夫人と子供一人を 連れて 1889 年.
(4) 奉 ( Ⅱ. Ⅰ り. ⅠⅠ. ト. O ノ. 自. O. コ. サり. 0. ( の. 目. ((の の(. oz。. モ田. Ⅰ". Ⅰ. j. 口) 、0 之 0 一一∼け つの Ⅰ. 目. 億. --. 乏卸. 卍. 直. Ⅰ. 8つ Ⅰせ せ申 せり ㌔宙 市のu 中@ つ ︵ Ⅰ卜せ尾口 虔乙 七Q 年 ゑu︵ ゅ まて ミ 主 ︶り つの由 中丘 日 害由弓卍甘 ︵ せ Ⅰ屈 ∼︶曲轄 ︵口の 仁卍 卜 せ%Ⅰ目0Ⅰ % ︵ ゅ Ⅰ丘︶名ま括りヒ 目 尾 弍コ口り 已っま ︵ 0 ゅ T尾 d︶ヰ の︵ り タモ ︵coゆ u俺ヰⅠ 凄イ ハⅠ で七 桶% 旺の ︵り 4丁 ︶ % 繋の︵ ゆ局 いま せ目 Q uu u お尾 卸秦 下マ 0% 下た Ⅰ寸. 0ゆ目N 円仁︶. ロぬ. 日ぎ ) @q Ⅱ d モ,ゅ. Ⅰ 仁. Ⅰ せ. 由 Ⅱ キ. (. 仁つ. 守めよⅠ 耳の り0 レ@つ %ゆ 0笘Ⅰ 叩︶宙の おの俺0ト@ り の Jo0% いせ乞田Ⅱ宙 っの よ 三笘 ぷ のの コ 0目つ目 0︵Ⅰシ Ⅰ山 デ口角 市りべ. ロヱ. Qせ 黒コ 串 。(0N6. 篠 哲宕. 00. 目ゆ )つ ). 甘も. 笘. む各. ⅡⅠ. O. 由. 叫つ ⅠⅠ. 一 """. 葉Ⅰ 号 (1989) 第X 巻. 横浜経営研究 4 (4). づり. 卍. 卍. さり 0 Q夕日 0. 目. 括臣口ゆりヨ. Ⅰり目おの 月ポ. の. co.
(5) イ. ポリット・オ ーギュ スタン・ルヴィ. 口. 9). (5) 5 / 乃. ヴ. と. @V. な. ま 0 で、. な. 演 講. 約 6. つ. C ジ,ムナ) 号で香港,上. (西堀. 格い 本て. ティー ム の日 emna. について. でわ のと もこ ョ 二Ⅰ セ れたⅠ さィ 話イ. 2 月Ⅱ日にフランス 郵船メッサジュリー・マリ. イョ (1859 一 1927). 海,神戸を経由し横浜に着いた ,。).. 日本ではルヴィ イョ は東京帝国大学法科大学 の法学教師のほか 司法省の法律顧問を 兼ねた. 具体的には法律顧問としての 仕事については 不. 「すでに度々多くの 人 びとによってフランス 語の完全なる 知識の効用については 語られてい る・次第にフランス 語の効用は注目されるであ. 明であ るが, これは後任の ,ッシェル・ルヴォ. ろうし多分近い 将来,諸君はその絶対的な必 要性を知ることとなろ ・法律という 特殊な視. ン の場合と同様であ. る・. う. ルヴィ イョ は,法学教師と法律顧問の 2 つの. 点 に立ったとしても ,いわばフランス語は深く. 重要な職務を 果たしたほか , 1892 年から数年間. 法学を研究したい 者にとっては 不可欠であ ると. 存続した『仏文雑誌 ㎝ LaR 印比ボⅠ皿 招魂 ぬ テ確 onJ)2 。,の刊行委員としても 短 い 期間活躍し. いうことができよう・. ている.. っ かの理由があ るからなのです・. この仏文雑誌は 在日フランス 人の研究発表の 場 として貴重なものであ ったが,刊行委員には. いてフラノ ス で行なわれていることを 見ていた. 山. ボアソナード・ ド ・フォンタラビコ ル. ・フォルテュ. ヴィ. ェ. ・. 力 、. ネ、. ・. フ一ク. 一ュ・ジロ. フランソ. ,. 一. (. プロスペ ア. ・. グザ. 陸軍士官学校教. こ. う. 言う意見を述べるに. は,すでにかなり古い経験に基づいているいく ラテ ソ 語につ. だきた い ・諸君はその 類似性を理解されるでし ょう・. フランス法を 諸君はあ まりご存知ないで. しょうが, p 一%法の中から , その基本となる. 大部分の原理を 吸みとっているのです・つまり. フランソ ァ ・サラ ザン ") ( 外務省翻訳. フランス法の 初期の段階はローマ 法だからで. 官 ), 木野一郎 ( 外交官 ) 皓 ,梅謙次郎 ( 法学博 士,東京帝国大学法科大学教授 )", などが名を連 ね,仏学会 (soci6% de langue franCaise)潮の 後援を ぅ げていた・. す.それ故 我々の法学校の 教育において 何が生. 官 )",,. る. ルヴィ イョ は, この雑誌の 1S92 年版に「日本. における法律研究のためのフランス 語の知識の 効用」について 発表している・ これほ仏学会の 1892 年 3 月 19 日の講演会の 発表内容であ る・ ルヴィ イョ はフランス法を 学ぶことはフラン ス 語を学ぶことでもあ. ると ラテソ語と ローマ法. との関係を例にあ げ説明している・その 意味で, も 法学校におけるフランス. は無視できない・. 語教師の地味な 働き フランス語抜きにはフランス. 法は考えられないのであ. じるのかおわかりでしょう か ・諸君はそこにお. いて学生にラテン 語の極めて完全な 知識を要求 していることがわかるでしょう.. それは ブ ラ ソ. スマ バカロレアの 試験を受ける 資格のできる 8. 年の学習で得られる 知識です・この. 時はじめて,. 学生は法学研究にしっかりと 腰を落ちつけたと みなされるであ りましょう・そういう 条件を満 たす限りにおいてのみ 学生は講義を 受けること が許されます・その 結果,彼等は法学士や法学 博士の称号を 手にするであ りましょう・ さて諸君, フランスでは ,かなり以前からそ の要求があ ったとしても ,. 日本においてはフラ. ンス語に関してより 厳しい必要性がどの 位 あ る. る・. また, ルヴィ イョ は和仏法律学校、。 ,では講師. のでしょう か. ・. 日本は我が同僚ボアソナード 氏. として経済学を 講義している・なお , ルヴィ イ ョ は, それについてはいずれこの 雑誌で発表す. が彼の持てる 知識により法の 精神のすべてをも った 新しい法で充実しました・ ボアソナード 氏. ると予告したが , 結局それは帰国のため 実現し. の偉大な知識も , それらは諸君に 伝えられまし. なかった.. たが,その源は彼が育ったフランス 法 なのであ. 以下, その講演内容の 要旨を紹介する 何 ,. れはルヴィ. イョ. こ. の仏学会への 別れの挨拶として. ります, 全体としては 貴国の法は ブ. ラ. ソス 法から直接.
(6) 6 (6). 横浜経営研究. 出ているのです・その. 第X 巻. ブ ラ ソス 法はヨーロッパ. のすべての法に 範を求めたということがで. きま. 第 1 号 (1989). 1859 年 8 月四日バルノーブル 生まれ, 前 パリ 市 第一審裁判所所属判事補. イ. ポリ ソト. ・. オ 一ギ. は. 法. 令. 勅 本. つ カ. し. , 行一. を. 令. 2 は さ. はフランスの 判決であ ります. そタ いうわ け で. 執. 学教授ならびに 日本国司法省法律顧問の 職に就 任することを 許可する.. 勅る 桑木 れ. 科学がもっているすべての 光で諸君のテクスト を 満たすでしょう・そして ,その光は 当分の間 多くの時が経てば 経つほど一層必要となるでし ょう・貴国の 判例も又同じというべきで 判決の 執行に必要な 指示を裁判所が 求めるのもその 例. 全. ュスタソ ・ルヴィ イョ 氏が東京帝国大学法科大. 第 直裁 大喝 法に 司業. す・その結果フラ ソス 語の知識はフランスの 法. フランス語の 知識が法学研究に 身をささげる 者. にまず不可欠であ るということができます.そ のために,あ らゆる場合に 一つの大きな 優位性 が諸君のようにフランス 語を理解でき ,. ェ. カルメ. ドアール ドク・ギョ・ デ セ一ニュ. フラン. ヱ. 原本に相違ないことを. ります・. コンセイ ヱ. もし人々がこの 国に立派な法律顧問,司法官 を持つことを 望めば,多かれ 少なかれ近い 将来, 大学で法学部の 講義を受講する 希望者全員に フ ヲソス 語の知識が仏国におけるラテン. パリにて作成. ( 大統領 ). 司法大臣. ス法の解釈や 判決の論文を 利用できる者に 確実 に 与えられているのであ. ㏄ 9 年 2 月 12 日. ・. 証明する・. デタ 29). 民事部長 ハール. 語のよう. に求められることになるであ りましょう・ そのようなわげで ,仝,東京仏学校ならびに 和仏法律学校は 最も重要な要求に 応えているの であ ります・それは 又 ,学校の発展と繁栄に 対 して諸君の寄与と 情熱をささげるための 一つの 力 となるにちがいあ りません.・…Ⅱ フランス語の 問題は単に法学だけの 問題では. ア ペールが明治 21 年 11 同 21 日に契約満了退職. と決まり,文部・ 司法両省は新任者をフランス より正式に招聴することになった・ 新採用につ いて文部・司法両省は 内閣総理大臣へ 9 月 14 日 に請願し,その願いは 9 月 25 日に裁可となった・ この ょう な手続を経た 後,ルヴィ イョ の 招聴が 決った ね げであ る・森有礼,山田顕義市大臣よ り黒田清隆 (総理大臣 ) へ 差し出された 書簡は なく,軍事,技術,教育,思想などにおいても 次のようなものであ る ". その重要性は 同じであ る・横須賀製鉄所,陸軍 三共伝習,生野鉱山の 例を見ればそれが 良くわ かる・ これらはみな 語学校が双提となっている. 帝国大学法科大学法律学教師兼司法省法律顧 ル儀 来 十一月 廿 」 日満期解雇二行 テ " 更二 同大学法律学教師兼司. からであ る・ フランス語を 学ぶと言 う ことはフ ラノス文化を 学ぶことでもあ り,その成果は意. 問 仏国人ドクトル ,. 外 な方面に及ぶことがあ る,. 法省法律顧問トシテ 石代員売名月給銀 貨 四百円 三罷肩菩 青房囲轍甲蕊尋弦薯要守袈テ 鍾ヲ以テ 未明治 廿. 5.. = 年 二月. ト用 契約. アッ ペ一. ョリ 何フ 三ケ 年間 仏蘭 西国 ョリ招 情致. 度此段請 閣議 侯也 ルヴィ イョ の日本赴任に 当り,フランス政府 は次のような デクレ (d cret) を出した,8). る. これに対し「講讃 / 通り」 ") と 裁可があ った.. 内閣よりこの 件について会計検査院及び 大蔵 省 第. t. 条. へ次のような 通牒が出された ,, )..
(7) イ. ポリット・オ ーギュ スタン・ルヴィ. 別紙文部司法両大臣連署 請議 帝国大学法律学 校教師兼司法省法律顧問仏国人ドクトル. ,. イヨ (185 匹 1927) について. 同三月二 -H セ. (西堀. 昭). (7) 7. ロ 満期解任帰国. アッ. ペール 来 十一月満期解雇二村吏二君代員一名月. ちなみに給与に 関しては前任者の ァ ペールが. ヲ以テ来 二 + 二. 明治 12 年の契約時で 4 ㏄ 円 ,第二回目が450 円,. ヨケ 年間仏国 ョリ 雇人 度トノ件 " 提. 後任者のルヴォ ン は第一回目の 契約時が 5 ㏄ 円. 給四百円. 賈喜臆ず茎摸写産着育子妄評. 年 二月 ョ. リ. であ った・. 出 / 通 決議河相威武閣議 二ニ ス. もちろん, この額はボアソナード・. ドク・フォ ノタ ラビーよりは 若干低いが,一般 の語学教師よりはかなり 高い・. 指令実. また旅費 ( 往. 講義 / 通り なお, 2 月分と. 3. 月分の俸給は 司法省より支. 給することになっていたが ,文部省と司法省の 協議の結果,両省の折半ということに 落ち着い た ・それについて 文部・司法両大臣. よ. 復 ) は ア ペール と 同額であ っ. たが,住居費はルヴィイョ の方が 10 円高くなっ ている.. ところで正式な 雇用契約書が 出て来ないので. り内閣総. 理大臣へ次のような 書簡が送られた③.. ・. ルヴィ イョ の解雇の日付がⅠ 0 日なのか H ロな の か 特定できない・それは 司法大臣秘書官曲木 如. 本年九月十四日 附ヲ以テ 帝国大学 債 兼司法省 傭 仏国人ドクトル ,. アッベール代員仏国 ョリ招. 雇之儀 二村閣議 ヲ請 優書面牛来世 ____ 年 二月三月. 長から内閣書記官長平山成 信に 宛てた明治 25 年 3 月 9 日 附 書簡に 10 日 と記されているからであ る 36, .. 面戸外 二 限り月給全額司法省 ョリ 支給 之筈 記載. 当省雇 法律顧問仏国人ルビリ. 侯処右 " 都合有左相 廃シ右 当月分モ両省 ョリ所. 定 / 分担額 ヲ 支出 候事 二教 侯条此段及 報告優也 明治什一年十一月六日 『司法沿革 誌 』の明治 22 年 2 国人才一ギコスト ,. 月. 11 日の項に「仏. レ ヴィリ ヨドヲ傭脾シ 其期. ヲ 満三年 ト為ス 」とあ るⅥ・. また正式な雇用契約書ではないが ほ ば 伝える別の資料があ る ",.. 契約内容を. ヨ 一儀客月十日. 満期解傭 相成候間此段及 報告優也 ルヴィ イョ の契約更新は 明治 25 年 2 月 12 日 か. 半の短期間であ った が,前回と同一条件で結ばれた・文部大臣秘書 官から外務書記官に 差し出された 文書は次の通 ら. 3 月 31 日まで 約. りであ る 齢. 1 ケ月. ・. 法科大学 雇 教師 明治二 -f.二年二月十二日 ョリ 同二十五年二月 十一日 マデ 三年間 / 期間 ヲ以テ招脾 帝国大学法科大学 仏 南西 法 教師友司法大臣顧. 問 月俸日本一円銀貨四百円 出) 旅費. 釆 帰航 共 銀貨六百五十円. 円司法省支出 宿料. ( 六二百円司法省文. ). 一 ケ 月日本紙幣. 金 四十円. 明治二十五年二月十二日. 進 傭 継続. ( 内 二百六十. 仏国人. 々. ポリート, オ 一ギ. ュ. スト, ルビ. リヨ一. 石 者 本年 .. 月. 十一日雇満期 之処 同十二日 ョリ木. 年三月七一日 進 前条約二依り 雇継候条此段及御 通知優也 明治二十五年二月 廿 九日 文部大臣秘書官 外務書記官 御中. ヨリ 同三月三十一日. こうして 3 月 31 日付でルヴィ イョ の解雇は正.
(8) 8 (8). 横浜経営研究. 式 のものとなった・. 第 1 号 (1989). 第X 巻. 本人の事情もあ り以後契約. のがあ る.. 更新はなかった・. 本書の主な項目は 大きく分けて 次の通りであ. 文部大臣秘書官から 外務書記官へ 差し出され た書簡には次のように 記され "C いる ").. る.. 0 仏国登記法 0 登記 ヲ経ヘキ 行為. 法科大学僧教師 仏国人. 々. 0 登記 / 欠畝ョリ生 スル結果. ポリート, オ 一ギ. ュ. スト, ルビ. 0 登記 ヲ経 タル行為 / 無効鎖陰 文 " 解除 ヲ 宣. リ. ヨ一. 告スル判決 / 公示 まず登記とは 何かと言う事についてルヴィ. 右 " 客月姉十一日傭満期二村解傭. 明治二十五年四月 廿 六日. 6. 芋. イ. ョは 次のように説明している・. 作. 登記 ハ 法律二 依テ設 ケラ ン タル ーケ / 法式. 二. シテ 其 目的トスル 所ハ 第三者ヲシテ 或 ル行為 ヲ ルヴィ イョ の著作に関する 研究・紹介は 筆者 の知る限りすでに 一点あ る 39). 本稿では横田秀雄 呵が 訳出した『仏国登記法』 ( 和 綴本 ) を紹介する. "). もちろん本書に 関する. 研究はまだない・ ちなみにわが 国の不動産登記法としては ,今 日の登記法の 出発点となっている 明治 32 年 (1899)2 月烈日に「法律第 24 号」として公布さ れ,明治32 年 6 月 16 日に施行されたものがあ る が ,その前に明治19 年に旧登記法があ った・明. 之レ 二対抗スル コトヲ得 ル力 為 メニ ハ必ラ ス英. 行為. /. 登記 ヲ為 スコ トヲ要 スル 所 / 帳 簿 ヲ 参照. シ以テ英 利害二関係 スヘキ 行為 / 存在 ヲ如かコ トヲ得 セシムルニアリ 夫レ 然り 故二 登記 " 必要 / 法式トシテ 左 / 結 果 ヲ生 スル二至 ル 則チ本来 " 充分三有効 二 シテ. 契約当事者間二 " 其総 テノ効果 ヲ生 スル契約. ト. 雄モ第三者二対シテ ハ全ク其 効力 ヲ失 ハシム ル. 是 ナリ 故二 登記ハーケ / 例外的事項 ヲ 組成 シ而 シテ 此 事項 二於テ 一切 / 事皆ナ 厳密 / 解釈 コト. 治 19 年の登記法は ブ ラ ソス 法の影響が大きいと. 浩ニ 従ワ サル 可 カラサルモノト 結論スル コトヲ. 考えられるが ,明治 32 年の登記法は. 要ス "'. 法,. ドイツ法などの 影響があ ると言. ブ ラ う. ソス. ことがで. きる・その根拠は ,起草委員会作成の「不動産 登記法案」 ( 明治 29 年 2 月 6 日 ) (⑱扱 い 二国立公. ルヴィ イョ は初めにフランスの 1855 年の登記 法について「法律 " 生存者問 / 無償名義. ノ. 行為. 文書館資料 ) の参考文献資料として 民法財産 編 , 民法財産取得 編 ,民法債権・担保 編 ,民法草案, 民事訴訟法,享国登記法,独国 登記法草案, 独. ヲ 規定セス 又 臨終意志 / 行為 ヲ モ規定セサリ シ. 逸民法第一草案, 独 逸民法第二草案が 挙げられ. 至 9 羽条及び第 1 ㏄ Q 条 乃至第 1074 条に定められ ている公示規則に 従 う べきものと言ってい. ているからであ. る・. コト 」児を特に付け 加えたいと言っている.. 贈与についてはルヴィ イョ は民法第 939 条 乃. 本書でルヴィ イョ は 1855 年 3 月 23 日施行の フ ランス登記法のあ らましを述べ ,それに解説を. る 44).. 加え,一部に 自分の意見を 述べている・ 故に本 書はいわゆるフランス 登記法そのものではな く, どちらかと言えば 本書は学者・ 学生用解説 書 となっている・それだげにルヴィ イョ 自身の 登記法に対する 考えが随所に 見られ興味深いも. 五年 / 法律. 又 遺贈についてはルヴィ ハ 民法ト一般. イヨ. は「千八百五十. 之 ヲシテ登記 / 法式三. 従ハシメサ リキ蓋シ 論者 ハ此 立法制度 ヲ 弁護ス ル 力為メ 数多 / 理由 ヲ 指示 シタリト雄モ 論理 ョ リ. 観察スルトキハ 到底解 ス可 カラサルノ 事. ス」と主張する 期. ・. ト.
(9) イ. ポリット・オ ーギュ スタン・ルヴィ. 登記をすべき 行為とは生存者間の 行為におい. イヨ (1 ㏄㌻ 1927) について. (西堀. 昭). キ 譲渡 ヲ 追認スル講書. てのみで遺贈は 登記する必要がないと 言うこと. 4. 買戻 訴権 ヲ拠棄 スル謹書. になる.. 5. 得贈定分ヲ 題額シタル贈与減額 スル講書. 1855 年の仏国登記法第一条第一項の「不動産 所有権 又 " 抵当 ト為 スコ トヲ得ヘキ 物権 ヲ移 転 スル行為 " 之ヲ 登記スル コトヲ要ス 」 , 。 ,と言 ノ. ノ辞 葉二プラザル 場合 二限ル. 語 ヲ 周キ 蔓 モ兵範囲 ヲ 制限セス 又其 意義 ヲ 精確 ナラシメス 故二 法律上矩メチンタル 一切 / 所有. 登記をしなくてもよい 場合 :. ノ. 所有権 地下. ノ. 訴権. ヲ. 楓葉. 6. 損失二基ツク 解除訴権 ヲ拠棄 スル謹書 7. 相続 ヲ 講書 但シ 其処 棄 " 条件 附二 シテ絶対的. うこの所有権 とは「法律 " 所有権 ナル広汎 / 言. 権 則チ普通 / 所有権 " 勿論地上. (9) 9. ノ. 所有権 / 如キモ 布尺ク兵十二包含 スヘキ モノト ス」とルヴィ イョ はその 暖味 な表現に対しより. ノ 相続,遺嘱相続又 " 財産共有 ノ拠棄ヲ 載 スル講書 但シ其 楓葉 " 単純三シテ 旦ツ 絶対. 明確な判断を 下している。7).. 的ナルコ トヲ要ス. ルヴィ イョ は登記を必要とする 行為について 所有権 の移転,用益権, 永借 権 を挙げているが ,. 氷借権 は ついては議論の 余地があ ると主張して いる他.. 1. 正当. 2. 取得時効 ヲ 援助スルノ権 利 ヲ 楓葉スル講書 3, 無能力 ノ際二 承諾シタル譲渡二対スル 鎖陰訴 権 / 楓葉 ヲ載 スル謹書. 4. 贈与者 / 相続人二 於テ 法式上無効ナル 贈与 ヲ. 登記すべ き 行為の中でルヴィ 4 ョは売買が最 も重要であ ると述べⅢ当事者が 売買の物件と 其 代金について 合意が得られた 時に 其 謹書を登記 し又 口頭で売買をした 場合にはその 不動産の 買主は権 利を証明する 謹書を作成しそれを 登 記しなければならないと 言っている,9). 婚姻契約と登記の 関係についてルヴィ イョ は,財産の所有形態によって呉 るとし単に財 産共有制の場合は 登記不要,不動産の全部又は 一部を動産と 同一視する場合にはその 婚姻契約. 議論あ るところだとし この条文をそのまま 字 義通りに解釈し 如何なる理由があ ろうとも登. は登記すべぎであ ると述べている。。 '.. 記手続を拒否できないと 言 う説 と登記請求が 適. 地役権 ,使用権,住居権は登記すべき 場合と そうでな い 場合とがあ り次のように 分 げられて. 些 かどうか審査する 権 利ばかりでなくそれを 審. いる。, ).. 登記すべ き もの. 追認スル講書. 5, 所有権 回復 ノ訴二ニ ケル原告 力 英勝訴二席シ タル判決 / 利益 ヲ拠棄 スルノ謹書. 6. 所有権 回復後 / 訴 / 紋下 ヲ載セ タル謹書 仏 民法第 2199 条の「保存 官 " 如何ナル場合 ト 雄モ 財産譲渡謹書 ノ 登記 ヲ拒 又 。之ヲ 遅延ス 「. ル コトヲ得ス 」についではルヴィ イョは ,若干. 査する義務があ ると言う説を 紹介した後で , 自 分としては「登記 " 登記 ヲ為スヘキ 講書 / 全文 ヲ其 原文. :. ノ. 盛二シテ帳 簿上二便 写 スル 二在 リト. ス然レトモ此 言語ハ条 リ二狭キ 意義二 ニ ス ヘ カ ュ. ・承役地 / 所有者. 力 地役設定謹書. 二依 リテ 其 負. 担二席シタル 修繕費 及ヒ 保存 費ヲ免 力 め. 、. 力. 馬兵土地 ヲ拠棄 スル 旨ヲ 記載スル謹書. 2. 互有者 力其 互有者 タ ルノ資格上履行 スヘキ義 務ヲ免 カル、 力為メ 互有権 ヲ拠棄 スル 旨ヲ 記 載スル講書. 3. 暴行錯誤 又 " 詐偽 ノ為メ 鎖陰 文 " 解除 シ得へ. ラス文具 及フヘキ 程度 ヲ 過大ナラシメサルコ. ト. ヲ要ス 政二合着 シ 五二相異 ナク全ク相 独立セル 数値 / 合意力同一. ノ. 謹書中二記述セラレタリ. セシ二 保存 官 。異数値 / 合意中ョ. リ. ト. 当事者二 於. テ 公示 セソト欲 スル合意 ヲ 包含スル部分%分離 シ其 全文. ヲ. 帳 簿上 二 登記スル コトヲ得ヘシ 椰モ. 法律 ニ於テ禁 スル 所ノ モノ ハ 単一 / 謹書中二股.
(10) 10@ (10). 横浜経営研究. テ其 = 三 / 個所 ヲ 榎田セル姉過 キ サル写書 ヲ 登. 記スルニアリ 原本. /. /. ほ. 全体ニ村キ其式ル 部分 ヲ 撰. さテ之ヲ 謄写 シ 展モ必要ナル 点、/ , ヲ 包含スル. 一種. 第 1 号 (1989). 第X 巻. ついた 朋 . ルヴィ イョ の帰国にあ たり『 LaR. タ. 籠姥 / ヱか. aise ぬよゆ 0 珂は次のように 伝えている・. 抜書ノ如キ モノ ヲ作 ルニアリトス 蓋シ 是. 等 / 投書ハ不完全 ニ シテ 暖昧 二歩 かコ トアルノ ,テラス就中登記スヘ キ講書 / 本質 ヲ 変更スル ノ恐 レアリトス」Ⅱ. 7 と説明を加えている・. 登記がどのような 場合に無効となるかについ. 日本での 3 ケ 年の滞在を終えルヴィ イョ 氏は ョ一 ロッ " に 向かったところです・ 本誌の主要 ノ ン / 三一 の 一人であ ったルヴィ イョ 氏に対し本. て 仏 登記法は言及していないが ,ルヴィイョ は. 誌は心より送別の 辞を送ります・ 1889 年の初めに来日されたルヴィ. 次の. 仕者 ア ペール氏の後任として 招 聴され,東京帝. 4. つのうちどれが 欠けても無効であ ると主. 張している 時 .. 氏は前. 国大学法科大学教授, 司法省法律顧問となられ た・法律の深い. 1. 登記 ハ 登記セントスル 不動産所在地 / 登記 局 ニ於テ之ヲ行フコトヲ 要ス 他 / 不動産. ト. 知識,言葉の洗 錬 された使い方,. 圭一木 な 性格,法解釈の確かさは同僚の 評価と 生徒の尊敬と 思慕の俳をいちはやく 獲得されま. 2. 登記 スヘキ 不動産 ハ 充分 ニ 兵種 ヲ掲ケ総テ 区別スル コトヲ得 セシム ルコ. トヲ要ス. した・ルヴィ. イョ. 氏は間もなく 勅任となり,そ. のことはルヴィ イョ 氏が授業開始して 以来かち. とった評価の 何よりの証拠であ. 3. 不動産二関シテ 処分 / 行為 ブ ナシタル所有 生 / 人別 ヲ掲ケ 人達ナラシム ルコトヲ要ス. 4. 終. イョ. り二 登記 ハ旧 所有生 /. 楓葉シタル権 利. ノ. 性質 及ヒ其 範囲 ヲ 明示スル コトヲ要ス. 日本滞在中,ルヴィ イョ 氏は と 文明を日本に. ります・ ブ ラ. ソス の学問. 広めるために 休みなく働き 続げ. ました・和仏法律学校では 無報酬で経済学の 講. 義もされました・. 仏学会の会員の 一人としては. 全力をあ げて月例会開催のために 積極的に貢献. 但し,不動産性関して設定された権 利の範囲 を縮 少 するだげなら. ,その登記は登記した部分. のみ有効で , 残りの部分は 無効であ るとルヴィ イョ は補足している 即. 簿 ,見世簿 ),. ポぬ ㎎ ばむe. ぬエゆ 。珂. ( 登記簿,受付. 登記場所,開局時間,保存官の 責. 八田化. 刊行委員会委員 Pこも名を. 連られております・ こうしてルヴィ. ・. そのほか保存官の 職務,帳簿. されましたし , ルヴィ イョ 氏は『 La. イョ 氏は, フランス法の 教育. を日本の大学の 若い学生へ引き 続いて行な う後 仕者的に対し 一つの道を完全に 残したのであ り. 任の範囲など 細部にわたって 解説があ る・ 以上がルヴィ イョ のフランスの 不動産登記法 に関する解説であ るが,フランス民法との関連,. ます.. 学説の紹介, 自説の展開,さら日本の登記法成. れることが一時的にしかでぎなかったのであ. 立にどの程度かかわっているかなど 分がまだ多く 残っている・. ます・我々の 考えでは帰国後ルヴィ イョ 氏がそ. 研究する部. 帝国大学はルヴィ イョ 氏の契約更新を 希望し ましたが 鯛 ,. フランスの司法官としての 職を離 り. の職に確実に 復帰することになるであ りましょ う・ルヴィ イョ 氏の話術の特質は , とりわけフ. 7.. 席. 田. ラノ ス での職に. 5. ってつげであ. ります・. 出発に際し , ルヴィ イョ 氏は数知れぬ 尊敬と ルヴィ イョ は約 3. ケ 年の日本滞在を. 終え 1892. 年 3 月 27 日に横浜港発の ブ ラ ソス 郵船サラジー. (Salasie) 号で上海, 神戸を経由して 帰国の途. 友情のしるしを 受 げました・今月の 12 日に和仏 法律学校の教員一同はルヴィ イョ氏 送別の宴を 開ぎましたし 25 日には帝国大学の 教師と学生.
(11) イ. ポリット・オ ーギュ スタン・ルヴィ. 昭). (11) 11 は ブヒ 5@6,,. のさ. 妻 夫. 桜た 観れ. U 招. 口持. 8.. 4 よ. は明治天皇より 謁見を許されました 68). 本誌ほこれらのさまざまな 企画しに対し 賛同 すると共に ,氏と共に常に歩むものであ りま. 月り. % 臣. そして 21 日にはルヴィ イョ 氏. を贈られました・. 年 に. の宮. 治天 明内. 中も. 来も. 氏にとって大切な 思い出となる 芸術品. (西堀. 桧. あ. イ. る日ど. でと. が 日本の祭に招待しました.そのほかルヴィ ョ 氏は ,. イヨ (185 ㌻ 1927) について. 死 ルヴィ イョ は, ボーヴォア( ル ・ドク・マル. す・. なお『仏文雑誌 コ 0 編集委員会は , ルヴィ イョ 氏の後任として 陸軍士官学校のフラノ ソァ氏 。 。 '. を 選出した・. クで 1927 年 11 月 7 日に死去した・ 行年㏄歳であ った・ ボーヴォアール・ドク・マルク 町役場の. 死亡証書には 次のように記載されている.なお 遺体は同町の 墓地に埋葬された。8).. ルヴィ 4 ョは東京に家を 一軒持っていたが ,. 夏の間は日光の 別荘に毎年出かけていた・ 写真 を 見るとルヴィ イョ のまわりには 何時も ブ. ラ. ソ. Le@sept@novembre@mil@. neu@@cent@vingt. a@neuf@heures@Hippolyte@Augustin@. sept. ・. Revilliod,. ス人 あ るいは日本人が 集まっていた・ 帰国後のルヴィ イョ は , 1893 年から 1920 年ま. 0 田村er. de la L さ gion. noble ,. le@ vingt-huit@ aout@. で ブ ラ ソス の県の仕事,つまりブリウード60)f. cinquante , neuf,@ profession@ de@rentier , fils@de. ドル一町, サン・マロ㎝などの 市の副知事をつ. Fran. とめたほか,ギャップ㈹ 市の知事もつとめた。 。 7.. m;vollet,. 1920 年から 2t 年にかけてはルヴィ イョ はオー. 凡Ⅰ a Ⅰ c, au. ストリアのウィー ソ のフラノス公使館付法律顧 問をつとめたが ,. これは. 2. Glnet. 度目の覚国勤務とな. った ⑤.. ぢ. ois Revilllod,. d,honneur,. 合. teau,. さ. est d 芭 c さ d さ en. Dres5 色 le sept. 5on. noVemb. ざs. ゑ. Fran. BeauVol. de Ma. pouX. ゑ. mil@ huit@. d 芭 c る d る et de. d 進 c ざ d ざ e, dom;clli. Ch. ne. Ⅰ. Grecent. ぢ. oIse. Ⅰ. de. le ISabelle. domlc Ⅱe. 亡. e. m Ⅱ neuf. cen. と. vingt ,sept@a@dix-sept@heures@sur@la@declaration. ルヴィ イョ のこのような 活躍に対しフランス 政府は教育功労勲章. ( オフィシェ・ダカ デ 、. 二 o 伍 cier d,Academie). を 1890 年 7. 月 為日. った 。。 '. 勲記には次のような 記載があ. 一. に贈. る・. de@ Jean@ Baptiste@ Bouvard,@ propri@taire,@ cinquante@. ans. , domicilid@ a@ Beauvoir@. voisin@ du@ defunt , qui@ lecture@ faite@a@ sign@ avec@nous@Etienne@Tournier,@ adj int,@officier de l,etat-civⅡ. フランス共和国. de@ Marc ,. d さ faut du Maire de Beauvoir. 五. de ル arc. Ⅰ. 公教育・芸術 省 大臣は,. 日本国司法省法律顧問,東京帝国大学法科大学 教授ルヴィ. イョ. 氏に対し教育功労勲章を 授与す. Ⅰ. 927 年 1 月 7 Ⅰ. 日. 9 時, イ ポリット・ オ + ギュ レジ コ ソ・ドヌール・. ,ンュヴァリエ受章,年金生活者,1859 年 8 月 28 日グルノーブル 生まれ くブ ラ ソソア ・ルヴィ イ. る.. 1890 年 7. く. スタン・ルヴィ イョ氏 ,. 月 28 日. 公教育・芸術者. ョく故 Ⅰ、) とブ. レオ ソ ・ブールジ,ヴィ. の 息子でボーヴォアール・ドク・マルク. ラ. ソソア ・ティヴォレ. く. 故人 ). 在住 ). マリー・イザベル・ ジネ の 天 ) が 自宅で死去し 筆者の調査では ,これまでのところルヴィ. イ. ョ に対する日本政府からの 叙勲の記録は 見い出. せない.多分ルヴィ イョ の叙勲はなかったよう. た.. 1927 年 11 月 7. 9 時に故人の隣人,ジャソ バティスト・フーヴァール ,地主, 50 歳, ボ一 日. ・.
(12) 12 (12). 第X 巻. 横浜経営研究. 9. 4. とがき. 法制・法学教育関係の. ブ ラ ソス 法学者に関す. る研究は明治法制史研究者. ( 手塚 豊 ,大久保養. 苗氏ほか ) によって以前から 行なわれて来た ,. 筆者の司法省関係の 調査は,ブス ケ, ボアソ ナード・. ルヴィ. イョ. ア ペール, ル. ( 以上法学者. ロール, フ 一ク, アリ ヴヱ. ), ドヴ ・リブ. ( 以上語学者 ). まで. 的な協力により 予想以上に早く 完成した. まず ガ ダラ夫人にお. ネ. L を申し上げる.同夫人との出. 会がなけれ ば ルヴィ. イョ. 研究はかなり 遅れたに. ちがいない. 本稿が日仏交渉 史 ,明治法制史研究に寄与す ることができれば 望外の喜びであ る・. 最後にルヴィ イョ の著作の複写を 許可された 法務省法務図書館に 対し厚くお礼申し 上げる,. る. on. Roches=l8M. 年. 雲等と横須賀製鉄所,陸軍三共伝習,横浜フラ ンス語学所などに 積極的に関与し , 日本の近代 化に少なからず 寄与した. 1809 年 9 月 27 日にグ ルノーブルで 生まれ, 1900 年 6 月 23 日にボルド. 一で死去.最近中山裕史. 氏 (桐 朋学園短期大学 山. 作はフランスの 外交 史 研究上重要. 2) 陸軍三共伝習のため 参謀大尉シャノアース 一行 が 1867 年に来日した.拙稿「シャルル・ スュル ピス ,ジュール,シャノアース(1835 一 1915) 拙. のン の人 月 才 2 王 ・フ ・ ンス ・. 部 ) によって墓が 発見された.『アラブの 32 年』 (1884年 ), 『アラブの 10年 (1㏄ 4 年 ) などの著. ルミフ ㏄ ゼ 蔵りが 前 M ヨ. Jules Marie L. 4 月 17 日来日.幕府新仏派小栗上野介,栗本鋤. ム下 ︵ヴ 桂田 で @ ト.. 注. l) MicheI. 2 9工0 Ⅰ 上 Ⅰ︶ Ⅰ︶︶︶︶ ︶︶︶. 終わった・あ と残るは数人のみとなった・ 本稿は,子孫のドニーズ・ ガ ダラ夫人の全面. 8. ヴオ ン ,. ドヴ ・フォンタラビⅠ. まド 小言 学 リ. る・. 56 7. 本稿は, フランス人法学者を 日仏交渉史の 視 点から総合的に 考察したものであ り・著作につ いては更に将来法制史研究者による 研究が期待 される・本稿がその 導入部となれば 幸いであ. ソ 他阿 研参工部,敦夫. 著 丁日仏文化交流史の 研究』増訂 版 ,駿河台出. 3. @. ヌ ン ヱ︶. チた ェし. 東名 籍署. 声 が. 長に. 理員 代金. のェ. あ. 後な. ︵. 読ニ. 書. 9.. 期ル. ヴォアール・ドク・マルク 在住の届出により 証. 第 1 号 (1989).
(13) を知る ぅ えで貴重な資料. 1892-1895年まで存 続. 21) FranCois Xavier Camille Giraud 三陸軍士官学. ォンタラビーを 迎え,フランス法 研究・教授の. 省帝国大学法律学校教師兼司法省法律顧問仏国 人ドクトル,アッペール 満期二村代員一名仏国 ヨリ招鴉 / 件 」司法大臣連署 ( 国立公文書館所. 蔵 ). 31) Ibid. 32) Ibid. 33) Ibid. 34) 法務省法務図書館所蔵 . p. 109 35) 『欄覚国人教師・ 講師履歴書 第 1 冊中巻, p. 164. 東京大学図書館所蔵 本 資料は庶務課の 作 コ. ・. 成であ るが原本は人事課所蔵 .. 36) 明治 25 年『官吏進退』覚人雇 使 . No g. 「司法 省法律顧問仏国人ルビリョー 解傭 / 件 」. 37) 明治 25 年『官吏進退』覚人雇 使 . No l0 文 ・. 「. 都省法科大学仏国人 イ ポリート,オ ーギュ スト, 『司法沿革訪日 (P. 140) ルビリヨ 一雇継 / 件 では「明治二十五年二月十日期満 チ 仏国人才 一 ギ コスト, レ ヴィリヨ ドノ傭ヲ解ク 」となって 」・. いる.東京帝国大学法科大学との 契約更新につ いて「東京大学百年史・ 部局 史 1 (P. 57.) に 「ルビリョーは 25 年 2 月 10 日契約満了とともに 」. 解雇すべきや ,また本人中出のとおり 4 月末日. 師 仏国人 イ ポリート, オ 一ギコスト,ルビリヨ 一文科大学 傭 教師英国人 ヂエー ムス,メーン, ヂ クソン高等商業学校所教師英国人アレキサン. (13). 大 立学経営学. まで 傭継 すべきやは,外国人教師待遇の 問題な るが故に,評議会に 一 任 (評議会は傭継を 認む とあ る ). 38) 明治 25 年『官吏進退』 N0 24. 「法科大学 傭教. ). 13. ノ e@ り ー @@ 盤 ツ 2 前5. 持つフランスの 重要な法制機関の 一つ. フ ス ケ は 帰国後,ここに入り名誉職員にまでなる・ 30) 明治 21 年『官吏進退口覚人雇 使 . N0 49. 「同. 日召. 表日 裏日 日 。学 ㎎ ョあ p㎝仏山は. 頂点であ った.後の法政大学. 27) IuLa Revue franCaise du JaponJl 1892 年・ p. 1 皿.(東京日仏会館図書室所蔵 ). 28) ガ ダラ夫人提供. 29) Conseil d,EtatⅠ一般に参事院, 国務院などと 訳されているが ,法制局と行政裁判所の 機能を. (西堀. 一塁. 校,陸軍幼年学校のフランス 語教師. 22) F,anCois Sa, ぬ in 二 1838-1906. 東京の青山墓地 に眠る. 外務省語学 所 教師. 23) 後にフランス 公使となる, 24) ボアソナード 民法施行のため 最後まで穂積八束 等の英法学者と 対立した東京帝国大学法科大学 教授. 25) 仏学会は明治期のフランス 学 研究の中心的な 存 在. 26) 和仏法律学校二教師にボアソナード・ドゥ・フ. (1㏄ 升 1927) について. 傭す㎎ 学の 貴る. ポリット・オ ーギュ スタン・ルヴィイョ. レ J 人 B D 人 S 4 ゑ H 書 て 東 委 ィ 円 明 録 義 本 ㈲ も 几 Ⅲ 騰 几 几 騰 騰 几 比 騰 几 匠 比 騰 号 パ p ェ 由 l 註 ヵ % ガ ガ 山 ガ 田 G 3 ︶ ︶ ︶ ︶ ︶ ︶ ︶ ︶ ︶ 9 ㏄ ㎝ ㏄ ㏄ ㏄ ㏄ ㏄ ㏄ ㏄ 9 如旬 何⑰ 俺村 賦 ⑪ 切⑫③ 5 30 4 ゆ切. イ.
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清水 悦郎 国立大学法人東京海洋大学 学術研究院海洋電子機械工学部門 教授 鶴指 眞志 長崎県立大学 地域創造学部実践経済学科 講師 クロサカタツヤ 株式会社企 代表取締役.
ハンブルク大学の Harunaga Isaacson 教授も,ポスドク研究員としてオックスフォード
学識経験者 小玉 祐一郎 神戸芸術工科大学 教授 学識経験者 小玉 祐 郎 神戸芸術工科大学 教授. 東京都
アドバイザーとして 東京海洋大学 独立行政法人 海上技術安全研究所、 社団法人 日本船長協会、全国内航タンカー海運組合会
一高 龍司 主な担当科目 現 職 税法.
析の視角について付言しておくことが必要であろう︒各国の状況に対する比較法的視点からの分析は︑直ちに国際法
この点について結果︵法益︶標準説は一致した見解を示している︒