J. S. ミルの宗教論 : 自然・人類教・“希望の宗教”
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(2) . (676). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). あった.宗教文化の違いとともに,マルクス主. あるいは改良派の知識人にとって,この国の正. 義が人文社会科学の世界にヘゲモニーを持った. 統的な教義と自分の主張との距離を確認するこ. 時代があるという,日本に独特の知的状況が,. とは忘れてはならない必須の作業であった.そ. 上述の事情の複雑さを倍加したと言えよう.. の意味で,そうした時代の渦中にいたミルの,. そうした中で,ミルの宗教性の高まりを積極. しかもその宗教論を検討することは,当時の社. 的に評価する立場から小泉仰は,死後に出版さ. 会状況,とりわけイデオロギー状況を理解する. れた『宗教三論』のうちの一つ「有神論」の初. ための格好の糸口になると思われる.. めての抄訳を含む小泉(1988)から,神の存在. ところで,この時代の思潮を考える際,ブリ. 証明に焦点を当てた小泉(1992)を経て,ミル. テンのミル研究者に共通する理解として,現在. が到達したかに見える宗教性の高みをキリスト. 最も総括的なミル研究を行っていると目される. 教への接近として共感を示す小泉(1997: 261─. スコルプスキの以下の説明が参考になる.ミル. 62)へと,一つの一貫した解釈を提示している.. は「啓蒙 の 洞察」と そ の「19 世紀 の 反動」と. また, 『宗教三論』を超越的な「議認」抜きの. の統一を強く望んだ(Skorupski 2006: 4)とい. 人間的完成としての「聖化」を指向する発展的. うものである2).もちろんよく知られているよ. 構造のもとに統一的に描こうという柏(1992) ,. うに,ミルにおいてそれはベンサム主義の科学. さらには想像力という概念によって功利主義と. 精神とコウルリッヂ的ロマン主義との和解とい. 宗教思想が統合したとする田中(2001) ,認識. う,確かにはじめから困難な課題であった.こ. 論との関連でミルの宗教論を主題的に取り扱. の経緯をミル個人の精神史からみれば,18 世. い,人類教を道徳性が払拭された社会改良の道. 紀啓蒙の立場からの教会批判から始まり,“精. 具と割り切る形でミルの宗教論を概括する船木. 神 の 危機”〔mental crisis〕を 経 て コ ウ ル リッ. (2003) ,あるいは,コントとの比較においてミ. ヂの詩的な高みとその美意識への共感を媒介に. ルの人類教の具体的・世俗的特質に焦点を絞っ. した “善きもの”〔goodness〕への指向となり,. た長谷川(2005)などを業績としてあげること. ハリエット・テイラー(Harriet Taylor: 1807─. ができる.しかし,総じてこれらは我が国では. 1858)との生活と死別を契機とした宗教性の高. 例外的な取り組みと言えよう.. みへの接近と思われる段階に至る,ということ. あらためて考えてみると,18 世紀末から 19. になる.忘れてはならないのは,後で見るよう. 世紀後半までのブリテン社会は,一般的な生活. に,この過程において一貫してミルの内部にお. 水準の向上を背景に, 現代につながる消費社会,. いては,いわば “啓蒙のミル” と “反動のミル”. 大衆社会の原型が形成された過渡期であって,. との間での方法的な確執が続いていたというこ. 政治の場面においても少数の土地貴族や名望家. とである.. ではなく,大多数の一般の人々が統治の責任を. つまり,ミルは確かにベンサム主義の粗野な. 担う方向が自明となり始める時代にあった.功. 側面は批判の対象とみなしつつも,快楽主義,. 利主義者 ミ ル が『代議政治論』 (CW XIX)を. 帰結主義,それらを担保する外在的尺度である. 書かなければならなかった所以である.時代の. 幸福という現世的価値を構成要件とする功利主. 思潮としては,“科学の時代” の中で1)1859 年の. 義を固守しようとしていた.それと経験論の立. ダーウィン( Charles Darwin: 1809─1882) 『種. 場からすれば当然にも,ミルは神の存在証明や. の起源』の衝撃はありつつも,依然としてキ. 教会の存在意義を吟味せざるをえなくなるので. リスト教や体制としてのイングランド国教会. ある.そして,経験科学の方法からはキリスト. の 19 世紀ブリテン社会での役割は大きかった.. 教のような啓示宗教は決して容認できるもので. このような知的環境の下,とりわけ開明的な,. はないのは明らかな一方で,それに代わる世俗.
(3) J. S. ミルの宗教論(有江). (677). . 的宗教としてのたとえば人類教が社会の安定と. がそこにあるように思われる.この利点を生か. 幸福増進に寄与する可能性が高いのではないか. して,ミルの宗教論の検討に対して何がしかの. とも,ミルは考えるのである.一筋縄では捉え. 貢献を目指すのが,特に,ミルの宗教理解の特. がたいこうしたミルの宗教思想を考える場合,. 質を見ることを通じて 19 世紀ブリテン知的世. ミルの置かれていた社会状況や知的環境を見直. 界におけるミル宗教論の位置を推測しようとい. すとともに, 『宗教三論』を,その個々の内容. うのが本稿の主たる目的である.. それ自体は目新しいものではないとはいえ,啓 蒙の科学とその反動としてのロマン主義という 座標軸を参照しながら全体を再読することで, 明瞭ではないと言われるミルの意図に接近でき るのではないかと考える.. Ⅱ ベンサム主義的宗教批判とミル 1 ベンサム/グロウトの自然宗教批判 1822 年の夏,16 歳になったばかりのミルは 『自然宗教論』というある特別な書物に大きな. おそらく問題は,多くの解釈者が指摘してい. 影響を受けた.この書物は,ベンサムによる啓. る よ う に, 『宗教三論』第三論文 の「有神論」. 示宗教や国教会についての検討も含めたより一. 〔Theism〕に示されたミルの “宗教性の高揚”. 般的な宗教批判の書物のための膨大な草稿の一. 〔 growing religiosity〕 ( Lipkes 1994: 14) が,. 部のみが,グロウトによって編集され,出版. 上に示した解釈の枠組みに収まるものであるか. されたものであると言われている(音無 1994:. どうか,という点にあると思われる.比喩的に. 362)4).. 言えば,“good” が“god” に飛躍することがあっ. ミルは『自伝』の中で次のように言っている.. たのだろうか,ということである.この点で,. この本は「真理についてではなく,宗教的信念. ミルの宗教論を主題的に検討した近年の 2 著,. の有用性について検証したものであり,…,想. レイダー『ジョン・ステュアート・ミルと人類. 定されるどのような特別な啓示とも無関係であ. 3) 教』 (Raeder 2002) と先のセル (Sell 2004)は,. る」と(CW I: 72).この『自然宗教論』のエッ. 解釈の方向は違うものの,啓蒙の科学の側面を. センスは次の 2 点である.第一に,その徹底し. 消極化しミルの思想体系にとっての宗教性の役. た 経験主義 の 方法 で あ る.著者(達)は そ れ. 割を強調する姿勢を共有している.特に,レイ. により自然宗教の基盤をなす規準を論駁し尽く. ダーの場合,欧米における近代宗教思想の展開. すことを企図している.たとえば,死後の賞罰. の大きな文脈の中に,啓示性が希薄化し博愛主. なるものが経験的に何一つ検証できないことを. 義などの世俗道徳化する 19 世紀以降のキリス. 示すことで,そうした考えの無意味さを整然と. ト教変容の先駆などとして,ミルの試みを位置. 主張している.第二に,社会の道徳性を維持す. づける点に特徴がある.. るのに宗教は必要で現実にも役立っているとい. カルト的要素をはらみながら宗教の社会的影. う,よく行き渡っている見地への攻撃である.. 響力の復権が見られる現在,ミルの宗教思想へ. まず第一の点につき,『自然宗教論』の記述. の関心も再興しつつあるとも言われる.もとも. に即して少し詳しく示しておこう.. と絶対的な価値基準を持たず世俗的世界に内在. 最も典型的には,「経験はこの主題に対して. しそこに完結しがちな心性を特色として持つ,. 何の情報も与えない」(Analysis: 10),あるいは. 東アジアの文化的伝統の中にいる者からする. 「神 は 経験 の 上 に は 存在 し 得 な い」(Ibid.: 96). と,ミルの有神論への拘泥は理解を越えるもの. と断じ,来世や神に関わる知識をとどのつまり. がある.しかし,逆に,啓示的・超越的要素を. は人にとっては「見えない」 「発見し得ない」 「知. 色濃く持つ西欧世界の宗教性一般を,第三者的. り得ない」「理解を越えた」ものと特徴づける.. 立場で冷静に客観的に評定できるという有利さ. 加えて,「偏在」「無限」「永遠」など神の属性.
(4) . (678). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). を説明すると見なされる用語も,それら自体が. な信仰は,「知性を無力化し何が真実で何が嘘. 神 な る 概念 が 超経験的〔extra-experimental〕. であるかの規準を破壊してしまう」(Ibid.: 101). であることを証明しているとする(Ibid.: 96) .. とする.こうして自然宗教の有害性が出来する. 「従って,自然宗教の最大の基盤は,ある超経. 過程が示されるわけであるが,こうした見地か. 験的な信念の条項なのだ」と『自然宗教論』は. らすれば,自然宗教がその基礎にあると見なし. 結論づける(Ibid.) .バーマンは, 『自然宗教論』. ていた啓示宗教が5),一層現実社会に有害であ. が信仰や神の定義にかかわるあらゆる言明に対. ると見なすことは論を待たない.. して,そ れ ら が 経験的基礎を持たない「超経 験的」な も の と す る 点 に,K. ポ パーの「反証 不可能性」と の 類似性 を 見 る(Berman 1990:. 2 ミルの自然宗教批判の受容とその特徴:“啓 蒙のミル”. 194) .つ ま り, 『自然宗教論』で は,経験的検. 以上のような強い啓蒙的合理主義の主張に溢. 証ができるか否かをもって科学的言明と非科学. れ た『自然宗教論』に 大 き な 影響 を 受 け た ミ. 的言明を分け,信仰は非科学であって,個々人. ル は,『自伝』の 初期草稿(1853─1854 年執筆). の信念もしくは感情の領域の問題であると見な. の中で次のように述べている.. していると評定できる. 第二の宗教の有用性に関わる論点に対して. 「私が本書を読んでから長い年月が経った. は,信仰 や 神 の 存在が超経験的事象であるこ. が,本書はこの問題について私が読んだそ. と を 基礎 に, 『自然宗教論』第Ⅱ部(Analysis:. の他のどの所論よりもはるかに優れてい. 67─140)において現世における宗教の有害性. て,関連ある重要な諸問題についても教示. を主張している.既に第Ⅰ部の導入部におい. に富むものとして私の記憶に残っている」. て,超経験的信念 は来世について何一つ明ら. (CW I: 73).. かにできず,そうした来世に対する無知は来 世 へ の「恐怖」 「悲惨」 「不安」な 気持 ち を 生. 実際,ミルが多くのところで,また,一貫し. み 出 し,神的存在 を「気 ま ぐ れ」 「暴君」 「恐. て 経験的方法 が 科学 に とって 不可欠 な 二 つ の. 怖」として受け止めることになり(Ibid.: 5─6,. 方法の一つであると表明していることはよく. 15─16) ,そ の 結果,人々が そ う し た 神的存在. 知られている.もっとも典型的にはセント・ア. に対してひれ伏して一方的に服従することに. ンドルース大学学長就任講演(1867)での次の. なるのだと述べていた(Ibid.: 17─20) .第Ⅱ部. 発言である.「真理を発見することのできる道. では,これを敷衍して,経験にもとづく事実. は二つしかありません.観察と推論です.観察. に 合致 す る 確信〔[experimental] belief〕こ そ. にはもちろん実験が含まれます.…数学,およ. が有益な知識であり,そうでない信念=信仰. び天文学と自然哲学へのその適用は推論による. 〔[extra-experimental] belief〕は 人々の 自発性. 真理発見の最も完全な例であり,同様に実験科. を失わせ, 「幸福の増進と苦痛の排除」を阻害. 学は直接的観察による真理発見の完全な例であ. すると見なす(Ibid.: 93) .なぜなら,新たに獲. り ま す」と 述 べ(CW XXI: 234, 234─235),さ. 得された知識をもとに既存の秩序に何らかの改. らにミルは,推論によって得られた結論は観察. 善〔improvement〕を加えることに対して,そ. によって確かめられねばならないと警告してい. うした「信仰」は,神的存在によって打ち立て. る(Ibid.: 235).ここには,『自然宗教論』の徹. られた自然の秩序に介入する反自然的な行為と. 底した経験主義に共通するミルの方法的立場が. して嫌悪と敵意をもって反対することになるか. 示されているといってよかろう.これが神の存. ら で あ る,と(Ibid.: 90─91) .結局,超経験的. 在証明の問題に適用されても,一貫した経験主.
(5) J. S. ミルの宗教論(有江). (679). . 義の認識論が維持されることになる.信仰に関. して,この有益な知識を人々が得ることかで. するカーライル(Thomas Carlyle: 1795─1881). き れ ば,迷信的 な 宗教 と 専制政治 と が 幸福増. への 1834 年 1 月 12 日付手紙では次のように自. 進を阻害してきたというそれらの欠陥を認識. 分の見解を吐露している.. することが可能になるとする(Ibid. 261).さ らに,同じ年には『モーニング・クロニクル』. 「私は次のように考えております. 私にとっ. 紙 に「宗教的迫害 に つ い て」,「言論 の 自由 に. て創造者の存在は信仰や直覚の問題ではな. ついて」と題する論評を発表し,言論の自由. く,証拠 に よって証明されるべき命題で. が真実と幸福の増進に寄与するという立場か. す.それはある仮説に過ぎず,その諸々の. ら(CW XXII: 9─10),制度化 さ れ た 宗教,つ. 証明は,あなたも私に賛成していただける. まりイングランド国教会の宗教的排他性を批. と思っているのですが,完全には確かなも. 判した(Ibid.: 6─8).これらは,当時,トーマス・. のにならないのです.これ以上なく強く信. ペ イ ン(Thomas Paine: 1737─1809)の 神学・. じたいと思っているにもかかわらず,これ. 政治論集を伝記付きで 1819 年に出版したR.. が私の今の状態ですので,その希望は叶え. カーラ イ ル(Richard Carlile: 1790─1843)が,. られないのではと危惧しております」 (CW. キリスト教批判のかどで 1600 ポンドの罰金刑. XII: 206; 下線強調は筆者) .. とともに 3 年間の投獄を宣告されたことに対 する反対の論陣の一環であったという(DNB. この手紙を紹介している小泉が「一種の爆. 1996; 小泉 1988: 30).. 弾的な発言」 (1988: 64 頁)と評しているよう. このようなミルの立場は,聖職者の存在自体. に,涜神罪が残存していた当時の思想状況では. が本来人間の精神が持っているはずの進歩性の. 極めて異例な上記の表明ではあるが,20 代初. 敵 で あ る と い う,ラ ディカ ル な 教会制度批判. 頭の “精神の危機”〔mental crisis〕を経過して. を 表明 し た 未刊行講演草稿(1829; CW XXVI:. ロマン主義に共鳴するようになった後でも,経. 418)にも共通するものである.総じて,『自然. 験論的な科学方法論を堅持していたことが伺え. 宗教論』にある,宗教が現世的幸福増進を阻害. よう.もちろんこれは,後年の『論理学体系』. するという見地に対応するミルの宗教批判,教. (1843: CW VII)や『ウィリ ア ム・ハ ミ ル ト ン. 会批判は,ミル解釈者により程度の差はあれ,. 卿の哲学の検討』 (1864: CW IX)におけるヒュー. 1826 年の “精神の危機” 以降も維持されていた. エル(William Whewell: 1794─1866)やハミル. と見なすことができよう7).. トン(William Hamilton: 1788─1856)の直覚主. これまで見てきたように,経験主義の科学方. 義批判に繋がっていく.. 法論に象徴される “啓蒙のミル” は揺らぐこと. 一方,宗教の有用性に関わっては,ミルは最. なく一貫していると推測される一方で,宗教批. 若年の頃から極めて直截にベンサム主義的な考. 判や教会批判の様相が “精神の危機” 以降,変. えを表明している.1823 年,17 歳の時に行った. 化したのも事実である8).契機の一つは,コウ. 「知識の効用について」という公開講演の中でミ. ルリッヂ(Samuel Taylor Coleridge: 1772─1834). ルは「有益な知識とは,ただ私たちにどうした. の 思想 や ワーズ ワース(William Wordsworth:. ら善いものを追求して邪悪なものを避けるかを. 1770─1850)の詩との邂逅を通じた,外的に加. 教えてくれるものです.要するに,それは人々. 算されうるかに見える単純な快苦より,詩や音. の幸福の総量を増加させられるかを教えてくれ. 楽のような人間の情操面での陶冶や洗練が人間. るものです」 (CW XXVI: 258)と,当時の哲学的. の精神生活の中で大きな役割を果たしているこ. 6). 急進派に共通する功利基準から出発する .そ. との発見である(CW I: 146, 348─349) .これは,.
(6) . (680). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). サン・シモン主義における「精神力」 〔pouvoir. ころではある.. spirituel〕重視 へ の 賛同 に も 繋 が る.つ ま り, 人間の感情の領域にある信念や信仰が,仮に経. 3 詩的感動のロマン主義:“反動のミル”. 験的検証に耐えられない事象に基づくもので. 『自伝』を読む者には,コウルリッヂの文学. あったとしても,社会生活に独自の意義を持つ. 的想像力 の 議論 や ワーズ ワース の 汎神論的 な. 場合があることの承認である.ミルは,社会全. 自然賛美の詩が,ミルの “精神の危機” の克服. 体にとって有益な結果をもたらしていると認定. に大きな役割を果たしたことに気がつかされる. できる制度,それがキリスト教の教会制度で. (CW I: 137─151).20 歳になったばかりのミル. あっても,それを消極的ながら認める発言をす. が 抱 え た 憂鬱〔a dull state of nerves〕(CW I:. るようになるのである.. 137)は,感情無きベンサム的人間計算機械を 体現していたことへの疑問とストレスが臨界に. 「私は,間近に迫る貴族階級や国教の没落. 達したことと,そうした思考を押しつけた父ミ. を残念に思っているなどとは申せません.. ルの超自我を超克するというフロイト的通過儀. 私は,立法機関の中に保守的な勢力が存在. 礼が青年ミルには必要であったことによると言. していること,コウルリッヂが自分の『教. われる.これらはミル個人の精神的履歴の画期. 会と国家』の中で概観している国立の聖職. となる経験であったのは事実であろうが,しか. 者制度や知識階級があるべきであることな. し,本稿の主題との関連で重要なのは,詩的な. どが望ましいと,確かに考えております」. 感動,とりわけワーズワースによって憂鬱から. (CW XII: 75) .. 解放されたと,ミル自身が特記していることの 意味である.. これはコウルリッヂ主義者のスターリング (John Sterling: 1806─1844)に宛てた手紙(1831. 「ワーズワースの詩の何が私の精神状態の. 年 10 月 20─21 日付)での発言であり,この中. 治癒薬になったかといえば,詩が単なる外. でさらにミルは,想定される聖職者制度は,社. 面の美のみならず,美の素晴らしさによる. 会の統治と,それに必要な権利や義務の知識の. 感情 の 様々な 状態 や,そ の 感情 に よって. 啓蒙教育などに対して有益な役割を果たすであ. 彩られた思考を表現していたことである」. ろうこと,そこにはキリスト教の信者以外も参. (CW I: 151).. 加できることを述べている.加えて,キリスト 教信仰が義務感の担保機能を持つことから,国. セルはこれに併せて,ミルが父ミルとベンサ. 教会制度の社会的効用を認めている(Ibid.: 76) .. ムとともに滞在した,池のある美しい庭を持つ. どこまでこうした手紙での発言を信用できる. 広大な敷地に建つ壮麗な中世建築のフォード僧. かの問題は残るにしても,こうしたミルの変化. 院9)を「詩的な洗練」そのものと感動したこ. を, 「自分の正反対の立場の中にも真理が潜む. とをもって,「ここにあるのは,ミルがかつて. と 考 え る 柔軟 な 態度 に 変 わった」 (小泉 1988:. その中で育てられた啓蒙的合理主義を埋め合わ. 47 頁)とその精神的成長に擬して彼の「折衷. せる,ロマン主義的な “霊的精神性” に他なら. 主義」を 積極的 に評価するか,ミルの率直さ. ない10).…彼は感じることができる.それはあ. から来る欠陥が「最初の前提と矛盾する状況. たかも霊的な覚醒なのだ.」(Sell 2004: 12)と. を次から次へと承認させた」 (Plamenatz: 1949. 特徴づけている.セルのこうした解釈は,いわ. 123/194 頁)とその方法的な一貫性の欠落によ. ばミルが創造者の作品である自然の美を感じ取. る理念無き妥協とみるかは,見解の分かれると. ることによって,霊感のように美の崇高さを直.
(7) J. S. ミルの宗教論(有江). (681). . 覚したと見なしたと言っても過言ではない.確. 明である.いわば変型デザイン論証〔argument. かに,後で触れる『宗教三論』での「自然」の. from design〕による有神論の一つと言える13).. 酷さの指摘との整合性の問題が残るが,ここ. 以上の点を,“啓蒙” と “反動” の座標軸に即. では,少なくとも自然そのものの崇高さという. して評定してみよう.ミルが直覚主義的な把握. 超越的なものへの感動が,ミルの感情に惹起し. を一つの独立した認識として認めようとするの. たことを銘記しておこう.つまり,セルの読解. は,経験を越えた超越性の容認に道を開くとい. が正しければ,ワーズワースの詩は,ミルに対. う点で啓蒙的合理主義に対する “反動” と言え. して,超越的心性の根拠はある種の,おそらく. る.しかし,人間の感情から出発するという意. カタルシスを伴った覚醒的感情であるというこ. 味 で は,ヒューム と 同様 に 啓蒙 の 人間中心主. 11). とと ,したがってその生起は習慣を伴った観. 義の系譜を十分に踏襲していると言える.かと. 念連合というよりむしろ直覚的であるというこ. いって決定論的合理性に全面化できないのであ. 12). とを教えたと言える . 『自伝』の記述のニュ. るから,超経験的領域に対して蓋然性を媒介に. アンスを筆者も妥当に追うことができていると. して懐疑主義で対応することになるのは,啓蒙. して,筆者もセルのこの点の解釈には賛同した. の合理主義を捨てられないミルとしては極めて. い.. 当たり前の妥協である.. 残る問題は,こうした変化がどこまでどうい. ミルがワーズワースに負ったと表明している. う意味で “反動” か,という点である.たとえ. もう一つの点は,小泉(1988: 38─39, 44 頁)も. ば,直覚的な認識をもって絶対者が存在すると. セル(Sell 2004: 12─13)も指摘している点であ. いう信念の証拠と捉える見方は,もちろん決し. るが,詩による感動によって他者の感情への関. て新しいものではない.最も整理された形では. 心が高まり,結果として社会改良を目指す志向. ヒューム( David Hume: 1711─1776) の『宗 教. に拍車がかかったという変化である.ここには,. の自然史』での,神の信念に至る出発点が希望. 若き選良としてのミルが,特異な閉鎖的環境の. や恐怖などの感情の,ある特定状態にあるとい. 壁を越えて社会に目を向けていくという,彼の. う 主張 や(Hume 1993: 140) ,至高 の 存在 へ の. 社会的な成長を伺わせる純粋で微笑ましいが,. 確信の根拠を示す『自然宗教についての対話』. 同時にかなり高踏的なニュアンスの心性がよく. の「破格な論証」 〔irregular argument〕にそれ. 反映しているところである.セルによればそれ. が示されている(Ibid.: 56─57) .特に後者につい. はミルの以下のような確信〔conviction〕であ. て言えば,ヒュームはクレアンテスに「眼を考. るという(Ibid.).. えてみたまえ,解剖してみたまえ.その構造と 工夫〔contrivance〕を検査してみたまえ.そし. 「私は [ 詩の中から ],すべての人々が共有. て,君自身の感じ〔feeling〕を教えて欲しい.. できるはずの,内的な幸福感の源,共感す. 考案者〔a contriver〕というまさにその表象が,. ることや想像することの快〔imaginative. 興奮の気分に似た迫力で突然に〔immediately〕. pleasure〕の源泉を見いだしたように思っ. 君に流れ込んでこないかどうかを. 」と言わせ. た.それは争いごとや瑕疵から隔絶してい. る.つまり,自然の造形があまりに精妙なた. るものの,人々の物質的・社会的条件のど. めに,それと人の意図による造形との類比が. のような向上によっても豊かになるであろ. 「自明 で 否定 で き な い も の」 〔self-evident and. う」(CW I: 151; 下線強調は筆者).. undeniable〕と受けとめられ,その結果,人を してそれらをデザインした超越的な絶対者の存. ここで特徴的なのは,社会改良への関心の高. 在を否応なしに,直覚的に確信させるという説. まり,あるいは社会的弱者である貧しいものへ.
(8) . 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). (682). の共感の契機となったものが,たとえばロンド. 折衷的な折り合いの付け方が,とにもかくにも. ンの都市スラムの劣悪な生活状況といった具体. 後年に至るまで一貫することになるということ. 的な事実の発見ではなく,あくまでも自然に対. である18).. 14). する詩的感動にあることである .そして,人々 がそうした高尚な感動を共有できれば社会は争. Ⅲ 『宗教三論』の宗教論. いごとがなくなるから,それが可能になるよう. 『宗教三論』はミルの死後,義娘のヘレン・. に社会の物的条件や生活環境を改善すべきであ. テイラー(Helen Taylor: 1831─1907)によって. るという, ミルのロジックの推移が見て取れる.. 1874 年に出版された.執筆や編集から出版に. さらに, 「想像的快楽」 〔imaginative pleasure〕. 至る過程でのハリエットの影響と介入の問題が. という言葉を使うことで,ミルが通俗的なベン. あるものの,ミルの最晩年の著作であり,一個. サム 主義 と 見 な す物質的・即物的快楽ではな. 人の最後に到達した心境が綴られたものとして. い,質的な快楽を対峙させようとしていること. 極めて興味深い.この『宗教三論』は,執筆時. が推察される.この心性は,先のフォード僧院. 期の異なる「自然」,「宗教の効用」,「有神論」. に対するかなり無邪気な感動にも共通してい. の 3 つの論考からなっており,最初の 2 編と最. る.“人々の考え方をよくするのが先か,社会. 後の 1 編との間での,啓示宗教としてのキリス. 環境を改善するのが先か” という古くて新しい. ト教への評価,距離感の違いを巡って長く論議. 図式に繋がるエピソードではある15).こうした,. が続いている.ここでは,本稿の課題に鑑み,. 若者特有の観念的な正義感とエリート主義丸出. 「自然」の自然論の特徴,「宗教の効用」の「人. しのミルには,いかに通俗的ベンサム主義者. 類教」の 含意,「有神論」の 宗教性,と り わ け. で は な い ロ ウ バック(John Arthur Roebuch:. 魂の不死性と “希望の宗教” に絞って検討を試. 1801─1879)でも,バイロン評価の違いはとも. みたい.. かく,インド生まれで父親に死なれた後イング ランドに来たもののカナダで教育を受けるな. 1 「自然」の自然論の特質. ど現実の厳しさを知っている年長者としては. ミルが現在の著作集版でほぼ 30 頁分にあた. (DNB) ,ミルの高踏的な感覚と生身の大衆の即. るこの論文(CW X: 373─402)と次の「宗教の. 自的心性との乖離に,おそらく違和感を強く感. 効用」(Ibid.: 403─428)を書いたのは,彼が 40. 16). じたに違いない .また,こうした変化につい. 代中盤の 1850 年から 1858 年にかけてであり,. て,小泉が「コールリッジ主義の思想に接近し. こ の 頃 は 同時 に『自由論』,『功利主義論』と. ていきながら,ミルが次第に保守的な態度に. して後に出版される諸論考の執筆時期でもあっ. なって いった」 (1988: 47 頁)と 早 く も 評 し て. た(CW X: 371).また,1859 年の『種の起源』. いる点は,近代化・産業化・都市化の波を逃れ. 出版直前であったこの時期までのブリテンで. て湖水地方に隠遁し中世への郷愁に耽溺する詩. は,キリスト教護教論としての自然神学が衰退. 人達の心性と17),それに共鳴しつつも驀進する. した大陸とは異なり(Mayer 1991: 55/84 頁),. 産業化自体を考察する経済学者としての自らの. 19 世紀に入ってもペイリー流の自然神学の影. 志向との狭間に立つミルの位置と,その後の推. 響がなお大きく残っている状況があった(松永. 移を考える上で示唆的である.. 1996; McGrath 1999: 99).したがって,キリス. ここで結論を若干先取り的に述べておけば,. ト教信仰の妥当性について考察する知識人に. “精神の危機” の克服の過程での直覚主義批判. とっては,原罪論や贖罪論などの啓示神学では. を企図した “啓蒙” と,詩への感動を媒介にし. なく,ヒュームによる批判やペイリー(William. た美的な直覚主義を受容する “反動” との間の. Paley: 1743─1805)による擁護を念頭に置いた,.
(9) J. S. ミルの宗教論(有江). (683). . デザイン論証〔the argument from design〕を. めには文明や技術や工夫が必要なほど,人間か. 基礎とした自然神学についての検討が避けて通. ら見れば酷く不完全〔imperfection〕なことを. れない課題であったと言える.. 指摘する(Ibid.; 381).「文明,技術,工夫を賞. こ の 観点 か ら す れ ば, 「自然」で の 議論 は,. 賛することすべては,それと同じだけ自然を非. 宗教論としてはミルによる自然神学的護教論の. 難し,その欠陥を認めることである」と(Ibid.;. 批判である.ミルはまず,自然という言葉の意. 下線強調は筆者).これは,全能で慈愛に満ち. 義の確定を試みることから始めているが,そこ. 完全な善たる神のデザインによる人間のための. では当然にも彼の経験主義の科学方法論が前提. 作品である自然という,正統信仰における自然. となっている.ミルは自然とは「あるがままの. 神学的ドグマへの批判にあたる19).もちろん,. すべてを表す集合名詞」であり,また, 「人間. こうした批判は先の自然や自然法の場合と同様. の自発的な介入のない自生的に存在するあらゆ. に,知識人なら誰もが知っているリスボン大. るものを指す名詞」であるとする(CW X: 377;. 地震(1755 年)や『カ ン ディード』(Candide,. 下線強調 は 筆者) .こ の 定義 の 仕方 に 既 に は,. 1759) に か ら め た ヴォル テール( Voltaire,. 人間とは区別された人間の働きかけの対象とし. Francois Marie Arouet: 1694─1778)に よ る 自. て自然を位置づけるとともに,自然や自然法を,. 然神学批判と同型のものである20).ミルの新し. 創造者による創造以降は中立的で自立的な存在. さがあるとすれば,デザインされた世界は欠陥. として捉えるという,啓蒙期以降の理解が反映. があり悪が存在するということをもって,完全. している.その上で,ミルは「自然を正邪や善. な善性や全能を属性として持たない創造者像を. 悪の判断基準としたり,自然に追従,模倣,服. 提示している点であろう(CW X: 388: 下線強. 従することを何らかの仕方や等級で価値づけた. 21) 調は筆者) .. り是認したりする教義が真実であるかを探求す. さらに次の注目点として,先の引用に続けて. る」 (Ibid.)と述べ,現状での自然という言葉. ミルは, 「この欠陥を常に是正し緩和しようと. が最もよく「法測/法律」 〔Law〕とともに使. 努力することが,人間の仕事であり長所でもあ. われていることを示す.そして, 「法測/法律」. る」 (Ibid.: 381)と述べ,人間による自然的秩序. は,重力や運動法則などの「あるもの」 〔what. への介入を積極的に意味づける姿勢を示してい. is〕と,刑法や民法のような「あるべきもの」. る22).ここでも,自然神学の伝統的な「静的固. 〔what ought to be〕との二つの領域にわかれて. 定的 な 生命観・自然観」 (横山 1997: 132 頁)に. 使われていることを紹介する.これは, 『論理. 対峙し,既存の秩序への服従に反対する姿勢が. 学体系』 (CW VII─VIII)で 科学 を 事実命題,. 明らかである.これは明らかに,先に見たベン. 道徳を価値命題とに区分していることに対応し. サム/グロウト『自然宗教論』 (Analysis: 90─91). ている.そして,自然自体は前者において理解. の,神のデザインによる過不足なき現状への介. され,対象的世界として自律する自然の法則と. 入を罪悪視する自然神学的議論への強い批判を. いう把握によって,自然が発揮する力は「自分. 踏襲しており,現状を変えようとする社会改良. の目的に向かって直進し,それが路上で何を踏. 家ミルの面目躍如といったところである.. みつぶすか,誰を踏み倒すかを顧慮しない」 (CW. 併せて,以上を前提して,小泉(1997: 213 頁). X: 389)というミルの大胆な表明に繋がる.つ. が引用・指摘しているミルによる創造論への言. まり,人間の幸福増進に関わりなく驀進する自. 及に触れておこう23).ミルは次のように「ただ. 然は,本来的に「あるべきもの」たる道徳とは. 一つ許容されうる道徳的 “創造論”」の可能性. 無関係であるということになる(Ibid.: 400) .. を紹介している(CW X: 389).. また,次に,自然はその中で人間が生きるた. 「“善の原理” によっては,自然的にも社会.
(10) 10. (684). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 的にも,悪の力を直ちにまた完全には制圧. 406),その時の見地を踏襲しつつ新たな知見を. することは端的にできない.また,その原. 加えて敷衍したものといえる.ミルはその際,. 理によって,人類を悪意に満ちた力との絶. ベンサムとコントを利用すると明記している.. え間ない闘争の必要がない世界に置こうと. もちろん,それは前者の『自然宗教論』と後者. 思ってもできないし,その戦いにいつも勝. の人類教である(Ibid.).. 利するようにもできない.そのかわり,人. ミルは,自然宗教,したがってより以上に既. 類が精力的にまた成功が累進的に増進する. 成 の 啓示宗教 が,経験的 に 検証 で き な い「根. ように闘争し続けられるようにすることが. 拠」に基づいていることをもって,現世に対し. 可能であるし,そうなったのである.自然. てまったく利益をもたらさないか,むしろ害悪. の秩序に関するあらゆる宗教上の説明のう. をもたらすと断じた『自然宗教論』から出発し. ち,この創造論のみが自己矛盾せず,それ. ている.また一方で,本来は害悪しかもたらさ. で説明しようとする事実とも矛盾しないの である」 (Ibid.; 下線強調は筆者) .. ないはずのカトリック教会のような制度ですら 「人現精神の発達の特定段階では大いに有用で あっただけでなく,絶対に不可欠でもあり得た. この議論も,一見して,カルヴァン派プロテ. のであり,…唯一の手段でもあり得たという事. スタント神学における予定説と,道徳の主体た. 実」を示すサン・シモン派の歴史把握に賛同も. り得べき人間の自由意志とを調停する,欺瞞理. していた(1829 年 11 月 7 日付けギュスターヴ・. 論もしくは無知の道徳論と特徴づけられる,啓. 27) デシュタル宛手紙 ; CW XII: 41) .後者の見地. 蒙期によく見られる護教論的立論の類型ではあ. については,この「宗教の効用」の最初から,「要. る(有江 1995: 3─4 頁) .い わ ば,“人類 の 困難. するに,宗教はそれが知的に維持できるもので. や試練も神慮のうち” というわけである.ミル. はなくても道徳的には有用でありうる,という. に限らず,当時の聖職者や知識人ならだれでも. ことを想定できる」 (CW X: 405)と認めている.. 示すことのできる標準的な議論であって,こう. 結局,上の二つの立場を同時に満たそうとすれ. した立場をミルが自らの積極的主張として提示. ば,ミルは啓蒙の科学に基づく合理的な分析の. しているとは思いがたい.全能性を制限された. 立場と,人間の心理や感情の役割を認める立場. 創造者像と同様,仮に護教論に立った場合の,. との妥協点を求めることになる.ミルはそれを. 論理的に整合的なあり得る議論の提示と言うべ. 次のような論理で果たそうとする.. きであろう.. ミルはまず,宗教の効用につき社会的な側面. 以上に示された, 『宗教三論』の第一論文「自. と個人的な側面の両面に分ける.「宗教は社会. 然」の自然論の特質は,“啓蒙のミル” の立場で. に何を為し,個人に何を為すのか? 宗教的信. 一貫した宗教批判であると言ってよかろう24).. 仰から…どのくらいの量の恩恵が社会の利益 に加味されるのか? そして,個人の人性の. 2 「宗教の効用」の人類教. 改善と高まりにどのような影響を与えられる. 既に見たように,ミルは 26 歳の頃にはイン. の か?」と(CW X: 406).つ ま り,宗教的信. グランド国教会やカトリックまで含めて,宗. 念 を 公益達成 の 道具〔an instrument of social. 教がある程度社会的に有用である可能性につ. good〕とみなし(Ibid.: 407),それを個人と社. いて認識していた25).48 歳になる直前の 1854. 会との関連において考察することになる.. 年 3 月から 4 月に執筆したと思われるこの第二. 次にミルは,「宗教はそのままの形で,教育. 論文は26), 「宗教の現世での有用性の探求」が. によって繰り返し教え込まれ世論によって補強. 主たる課題であると述べているように(CW X:. されたどのような道徳的義務の体系にも本来備.
(11) J. S. ミルの宗教論(有江). (685). 11. わっている力の全部を持っている,と考えるの. の「社会的義務の体系」とは,これまた人類教. は普通のことである」 (Ibid.)と,歴史的にも. の伏線と見なせる.また後者の点は,ミルがベ. 現実にも見られる宗教の状況を確認する.そし. ンサムと同様に,当時のブリテン社会における. て,先に示した,社会が改良されるにはその成. 初等教育を中心とした公教育の確立と充実の必. 員である個々人が道徳的に高まっていくことは. 要性を強く意識していたことにも対応している. 28). 不可欠と捉えていたことを踏まえ ,上の状況. のは言うまでもない.. を個々人の道徳性の醸成に繋がる「3 つの要因」. 第 三 に「世 論 の 力」〔 the power of public. (Raeder 2002: 118)として整理する.. opinion〕である.ミルはまず,権威と教育の. 第一 に「権威」 〔authority〕で あ る.大多数. 力と同様に世論の力が宗教とは別個の存在で. の人々は, 場合によっては最高の知識人ですら,. あり,しかもその力は「宗教に結びついてい. 自分たちの信念を,その根拠を独自に確かめた. ようがいまいが,一般に受け入れられるどの. り自分の感覚によることなく, 「権威」によっ. ような道徳的信念の体系にも内在する力の根. て得ると,ミルは言う(CW X: 407) .この場. 源である」ことを指摘する(Ibid.: 410).その. 合の権威とは,広範に容認された通念,常識,. 際,世論は多くの場合受け入れられた道徳が命. 体系ないしそれを体現する何らかの制度まで含. ずることと同じことを命ずるのであり,それに. みうると推測される.ミルはここで幾つかの例. 従って行為する人はその行為が実は世論の力. を挙げ,人間行為にかかわる道徳性を担保する. によることを「一般に気づかず」,それを良心. ものとして,伝統的な意味での啓示宗教的制裁. 〔conscience〕の声に従っていると思っている. と人々によって一般的に受け入れられた信念. のだと,ミルは言う(Ibid.).そして,現実に. 〔beliefs generally accepted by mankind〕の体. は「人々は,低劣な動機に従って行為している. 系とを区別し,人間の自然に発する感情や欲求. のにそれを良心の指示に従っていると,いとも. の強さに基づく後者の優位性を示唆する(Ibid.:. 簡単に自惚れてしまうことができる」かを示し,. 407─408) .もちろんこれは,後に提示する人類. さらにミルは,『旧約聖書』「出エジプト記」23. 教の伏線と見なせる.ただし,この権威と宗教. 章 2─3 節から,いかに人々は「罪を犯す大勢に. の相互関係は必ずしも明瞭ではないと言わざる. つき従ってしまう」かを引用しつつ,「私たち. を得ない.. は,良心に反する世論の力がなんと大きいかを. 第二に「教育の力」である.ミルは,古来,. しばしば見ている」(Ibid.)と言う.その上で,. 幼少からの両親等による早期教育が宗教的信念. もしそうであるなら,人を行動に突き動かす世. や様々な習慣を刷り込むのに極めて有効であっ. 論による動機が,良心と同じ方向を示すという. たことをもって, 「教育の力はなんと途方もな. 本来のあり方を実現しさえするなら,圧倒的な. く 大 き い」と 言 う(Ibid.: 408)29).さ ら に,幼. 力で大多数の人々を適切に動かすこととなる. 児は神からの道徳的命令といわれるものを両親. と,結論する.もちろん,ミルにとって,世論. からのものと受け止める傾向があるので, 「人. から生まれる様々な動機とは人間本性としての. 類が受け入れるかもしれないどのような社会的. 種々の「最強の衝動」 〔the strongest passions〕. 義 務 の 体 系〔 any system of social duty〕も,. のことであり,名誉愛,賞賛,感嘆,尊敬,敬. たとえそれが宗教から切り離されていても,そ. 意,同情愛といった積極的なものと同時に,虚. の傾向と同様の幼少から教えられるという利点. 栄,恥への怖れ,不評や嫌悪への恐怖,といっ. を持つであろう. また, いかなる教義が現在持っ. た否定的なものも含む.後者は人々がお互いに. ている利点よりもはるかに完全な利点が今後は. 必要とする社会的交流や種々の有益な役割を阻. 30). 得られるであろう」という(Ibid.) .ここで. 害するのとされるが(Ibid.: 411),この含意は,.
(12) 12. (686). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 世論の力は人々が望むものを実現するものの,. 中から,大学や税関での「宣誓令」の強制が無. それが社会全体にとって有益であるかどうかに. 視されていることや,罪悪視されているはずの. 31). 対しては中立的であるということである .言. 決闘がいくつかのキリスト教国では活発に為さ. い換えれば,ここに,行為の動機をできるだけ. れていることを紹介するとともに,「不義密通」. 有益な結果をもたらすものに収斂させるという. 〔illicit sexual intercourse〕に 関 し て,そ れ が. 教育の役割があることになる.. 最大級の宗教的罪であるにもかかわらず「多く. 以上を総括して,歴史的には強力な権威とし. の男性はその罪を犯すのに極めてわずかのやま. て世論を形成してきた宗教との関連をミルは次. しさしか感じない」ことをミルは提示する(CW. のようにまとめる.. X: 413).こうして,結局ミルは,世論や教育 を越えるような現世に対する宗教の影響力を認. 「この課題を公正公平に考察するものは誰. めようとはしないのである.. も,次のように考えることが筋が通ってい. その上で改めて,ミルは,絶対的な道徳規準. ると見なすことになろう.一般に,宗教か. を持つかに見える「[ 啓示的な ] 宗教のみが人々. ら直接生み出される動機に帰せられてい. に何が道徳であるかを教えることができる」. る, 以上に見た人間行為への巨大な作用は,. (Ibid. 415)という強力な意見に対抗する.経. ほぼ世論の影響が直接の原因となっている. 験主義の帰納的立場から啓示宗教や自然宗教を. と.宗教はその内在的な力によって強力な. 棄却しつつ,人間の自然な感情に基づく道徳的. のではなく,付加されたより奇跡的な力能. 体系を構想するミルとしては,当然,規範とな. を巧みに行使することによってであった」. るべき道徳性とは何かを提示する必要があるわ. (Ibid.: 411) .. けである.その際,既に示唆したように,ミル が倫理的高みを志向する個人の人格的陶冶を社. このように,ミルは社会的に容認された道徳. 会改良の出発点と見なした時,『新約聖書』の. 的体系と宗教とを区別しつつも,人間の感情や. 福音書に記されたイエスに,窮極の人格モデル. 衝動を通じての宗教の持っている世論への大き. を見いだすことになる32).. な影響力を事実としては認めざるを得ない.し かし,現実の人間行為の是非に対して宗教的制. 「私は以下のことに同意する.『福音書』に. 裁が実際にはどのように有効であるのかという. 記されているいくつかのキリストの教えは. 点をミルが次に検討する際には,ベンサム / グ. ──正統信仰の基礎であるパウロ主義をは. ロウト『自然宗教論』の主張を基本的に踏襲し. るかに凌駕するもので──ある種の道徳的. ている.たとえば,来世での賞罰について「経. 善をそれ以前には決して到達し得なかった. 験はこの問題について何らの知識を与えない」. はるかな高みに押し上げたことを.もっと. (Analysis: 10)という既に見た点に対応して,. も,それに特徴的であるとさえ言われるも. 全くの無知な人間を除いたすべての人々が,現. ののうちの多くが,キリスト教とは無関係. 世は神の罰には関わりがなく,古い啓示宗教は. であると信じられるマルクス・アウレリウ. 没落しており,この世に賞罰に対応する摂理の. ス『自省録』と同様であるのだが.…この. 介入などはなく,来世での応報という中心的な. 便益は…人類の財産であって,今や原始の. 事態は出来しないということを確信していると. 野蛮状態に戻ることで何一つ失ってはいけ. 断言 す る(CW X: 412) .同様 に,現実生活 で. ないものである」(Ibid.: 416).. の宗教的制裁が世論に対して無力な例について の『自然宗教論』の 記述(Analysis: 58─66)の. 具体的には,「互いに愛せよ」,弱者と賢者が.
(13) J. S. ミルの宗教論(有江). (687). 13. 神に最初に配慮される, 善きサマリア人の譬え,. 像力〔imagination〕を 媒介 に,宗教 へ の 要求. 自分が為して欲しいと思うことを他人に施せ,. を人間本性の中に見いだすのである34).何がこ. など「ナザレのイエスの確証された言葉の中に. の世界をこのように作りそれが将来どうなるの. ある」教えであり, 「これらはすべての善き男. かという疑問の答えを「得ることの希望がわず. 女の知性と感情とに十二分に調和している」 と,. かでもある限りは,考えられ得るどのような知. ミルは指摘する(Ibid.: 416─417; 下線強調は筆. 識よりもそれを熱心に追い求めないものがあ. 者) . 見られるように, ここで示されているのは,. ろうか?」と問いかける(Ibid.: 419).もちろ. 目標としての徹底して完全な道徳的人間として. ん,結果的にたどり着いたこうしたアプローチ. のイエスとその徳目であり,しかも,啓蒙の合. 自体は,知識論の歴史からすれば,知的探求の. 理的知性とロマン主義的感情の双方が受容でき. 心理的契機としてのアリストテレス,トマス,. るものという,ミルの当初の意図に即したもの. あ る い は ス ミ ス に あ る wonder(admiration,. であろうことが推測される.それが証拠に,続. astonishment)論の変形であって,これまた特. けてすぐに,こうして受け入れられる道徳性が. に珍しいものではない.. 超自然的根拠に帰せられることによる「まさし. ミルに独自性があるとすれば,それを宗教論. く真の悪」 〔a very real evil〕の存在を指摘する.. に援用してあくまでも啓示や超越性を基軸にし. つまり,道徳も,経験に基づく知性による論議. ない,個人の内面的感情から出発し,しかも一. や批判に開かれていて初めて,誤った教義が絶. 定の卓越性を有する此岸的宗教の可能性を提示. 対化されることから回避できるというのである. したことであろう(下線強調は筆者).「宗教の. (Ibid.: 417) .ここまで来れば,人類教まで今一. 個人にとっての価値は,したがって,過去にお. 歩である.残る課題は,超越的宗教ではなくと. いても現在においても,個人的な満足と高尚な. も, 「人間本性の中の何が宗教を求めるのか?」. 感情の源泉であることにあって,そのことを疑. ということとなる(Ibid.: 418) .. う余地はない」 (Ibid: 419─420)とミルが言う時,. ミルはこれに答えるためにまず,スターティ. その宗教なるものは,快楽主義的な個々人の卓. ウ ス( Pubulius Papinius Statius: 45?─96?)の. 越した心性に依拠しつつ現世における宗教の効. 33). 『テーバイス』 〔Thebais〕 から神とは最初は怖. 用を実現しうると彼が考える,「人類教」〔the. れ〔timor〕から生まれることを引用した上で,. Religion of Humanity〕なのである(Ibid.: 420─. 宗教は怖れと大いに関係しているが,神々への. 422).. 信仰は怖れから生まれるものではなく,人々の 生活 や 意欲 を,自動する自然の対象物や現象. 「宗教の本質とは,最も崇高に卓越しすべ. にすべて起因させようと探求する心の内発的な. ての利己的な欲求の対象を正しく凌駕して. 傾向から生じるとする.しかもそれは一般性を. いると認知される理想的な目標に,情動と. 持って合理的に説明できるものであって,とり. 欲求を強力に熱心に向かわせることにあ. わけ通俗的で粗野な精神ではなく教養ある精神. る.この条件は,程度が傑出し,高尚な感. を考えれば, 「人間の一定の知識が狭く限定さ. 覚をもつものとしての,また,超越的宗教. れた範囲のものである一方で,知りたいという. の最高の現れとさえ同じように,そしてそ. 欲求に限界がないことの中に十分な説明を見. れらが他のどのような宗教をも遙かに凌駕. いだせるだろう」と言う(CW X: 418) .つま. するものとしての,人類教によって満たさ. り,超越的信仰 を 認 め な い ミ ル は,合理的 で. れる」(Ibid.: 422).. もっともらしい説明としての,未知のものに対 する人間の側の心理的な懸隔と空隙を埋める想. 確かに,この人類教が企図する役割を果たせ.
(14) 14. 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). (688). ば,個々人が卓越した善人になることを通じ,. 馬鹿げている〔absurd〕こと見いだすとともに,. ミルが構想した筋道で社会改良の道に至るかも. その自由破壊的側面を拒絶した」と極めて簡単. しれない.そこで,個人においても社会におい. に一蹴しているスコラプスキの捉え方に筆者は. て も,そ の 両面 で「宗教 の 効用」が 実現 す る. 賛同したい(Skorupski 2006: 14).プロテスタ. のであろう.しかし,人類教は, 「宗教と詩が. ント・イングランドの,しかも幼少時に宗教教. 人間本質の同じ部分に働きかける」 (Ibid: 419). 育 を 受 け ず,当時 の 疑似科学 の 代表 で あった. という主張に典型的に象徴されるように,い. 骨相学〔phrenology〕を 一蹴 で き た 科学的方. かに し て も「比較的少数の裕福な階級の趣味. 法論を持つ知識人ミルの感性から見て36),カト. にとりわけ適合しているように見え」てしま. リック・フランスのコント人類教の細部に,到. う(Balfour 1888: 54) .つまり,既に挙げた権. 底容認できない馬鹿馬鹿しさと英仏二国の宗教. 威や教育や世論がどのように機能しようとも,. 状況の違いを発見することになるのは想像に難. 「[ 人類教が要請する ] 高貴な感情をもつこと…. くない.つまり,コント人類教は,フランス革. は一般に可能であろうか」と長谷川が言うよう. 命期以降のフランスという国における国家と宗. に(2005: 111 頁) ,大多数の通俗的な大衆には. 教関係の大転換という特有の歴史的経緯に強く. ミルの人類教は疎遠なものとしてしか受け止め. 刻印されたものとしてまずは捉え,その上でミ. られないのではなかろうか.. ルとの比較をするべきなのであろう.. 人類教は,したがって,方法的にはミルの啓. 顕著になった「ライシテ」 〔laïcité: 政教分離〕. 蒙的理性の側面と,それへの反作用たる感情の. の 流 れ の 紆余曲折中 の,国事 の 無宗教化,カ. 重視の側面との双方の折衷としてある,構想さ. トリックの非国教化,プロテスタントの信仰. れたある種の疑似宗教と言える(下線強調は筆. の自由と戸籍付与といった大転換の反面,国民. 者) .また,ヒュームのように全面的に感情の. 国家としての統一と安定を考えた時「国民に宗. みに宗教の根拠を求めなかったところに,その. 教は不可欠だという点に関しては,ヴォルテー. 折衷性とミルの位置がよく現れている. しかし,. ルのような啓蒙思想家もロベスピエールのよ. キリスト教世界の外側から評価してみると,キ. うな急進的なジャコバンも一致している」と. リスト教内部からはおそらく混迷しているよう. いう状況にフランスはあった(工藤 2007: 33─. に見えても,既成の宗教から奇跡や啓示的要素. 34 頁).革命期の人権宣言や諸々の儀典が,神. を排除したいわば “道徳教” ともいえる人類教. 聖性を強調したり「完璧な宗教儀式の外観を呈. は,その “上からの善導” というエリート主義. し て い た」(同 : 54 頁)の も,従って,不思議. の図式を含めて極めて単純で “わかりやすい”. ではない.ミルが拒絶したコント人類教の厳格. 35). と言ってよかろう .. な祭式性のルーツについて革命期に戻り,「コ. ここで,ミルが共感を持ったコントの「人類. ン ト の 典礼 は… “理性” あ る い は “最高存在”. 教」 〔Religion de lʼHumanité〕に紙幅の範囲で. 〔lʼEtre Supreme: 人間 の こ と(筆者); 強調 は. 言及しておこう.内外を問わず多くの研究者は. 原著〕に対する革命的熱狂から生まれている.. ミルが,神の代わりに人類を崇拝の対象とす. 1794 年には早くも,“人類” とその後援者を賛. る,キリスト教に代わるコントの人類教に共感. 美する公式祭典があった.」とライトが指摘し. していたことを認める.啓示性からの脱却と公. ているのは,この事情である(Wright 1986: 9;. 益に向かう利他的行為の奨励が,ミルの共感の. 強調 は 原著 ; Sell 2004: 81).ま た,1848 年,2. 2 大要因であることは容易に推察できる.しか. 月革命が勃発すると直ちにコントは「実証主義. し,実質的な内容を考えた時,ミルは共感する. 協会」なるものを設立し,次の年には「人類教. 一方で, 「彼はその〔コント人類教の〕細部が. 教会」をつくって自らその大司祭になっている..
(15) J. S. ミルの宗教論(有江). (689). 15. 後者の出来事など本人は大真面目なのであろう. 手 が か り と し て,主 に 1860 年前後以降 の. が,ある種の滑稽ささえ感じられるものであっ. ミ ル の 政治活動,経済学,宗教思想 の 推移 を. て,1842 年 の『実証哲学講義』の 完成以降 の. フォーセット(Henry Fawcett: 1833─1884)や. コントの仕事が「狂気の沙汰」と評される場合. ケ ア ン ズ(John Elliot Cairnes: 1823─1875)を. があることにも通じている(清水 1978: 159 頁 ;. はじめとしたミル・サークル〔the Mill circle. 37). Dixon 2005: 201─203) .英仏 2 国 の 宗教事情. 〕(Lipkes 1999: 5) の 動向 を 含 め て 総合的 に 検. の違いも考慮すれば,総じて,大きな枠組みへ. 討するリプクスの総括的評価を,本稿にかかわ. の一時的共感を越えて, 「ミルはコントの “神. る範囲で要約してみよう.彼によれば,「1860. なき宗教” の形式は拒絶したかもしれないが,. 年代までのミル支持者はほとんど完全に経済学. その本質は完璧に保持しており死ぬまでそうで. 者であった」(Ibid.: 4)のであり,当時の彼ら. あったろう」というレイダーような評価には. にとって「ミルは『論理学体系』も『経済学原理』. (Raeder 2002: 40) ,上に示したミル人類教の功. も 1860 年には双方とも 4 版を重ねていた “合. 利主義的特質や人類教という発想に至る経緯の. 理主義の聖者” であった」(強調は原著).とこ. 38). 違いを考えればなおさら,賛同できない .. ろが,「ミルは実際には神学に進出して,1860 年代に宗教思想に特筆すべき転換をし」,「最後. 3 「有神論」の宗教性:魂の不死性と “希望の 宗教”. の 6 年間のミルの経済論考は,[ 後継者とみな した ] ケアンズ…を狼狽させた」.「経済学と宗. 第三論文「有神論」は,第二論文「宗教の効用」. 教的信念とは 2 頭立てで横道にそれ,…,ミル. を書いた 1854 年から 15 年近い後の 1868 年か. は嫌々ながらもよりキリスト教徒らしくなり,. ら 1870 年頃に書かれたと言われている.重要. 同様に,偶発的かつ一貫性なく,かつて自らが. なのは,1858 年 11 月に妻のハリエット・テイ. 大いに復活に力を注いだリカードゥ的前提への. ラーが亡くなってから 10 年の長い孤独の生活. 傾倒が薄れた」という(Ibid.: 6).比喩も例証. を送るとともに,1854 年に結核を告知されて. も事実の観察もなくひたすら論証のみが展開さ. からも 15 年を過ごしていたという,ミルの個. れ,数式 な き 理論 の 書 で あ る リ カードゥ『経. 人的な状況である.ミルは 1873 年に丹毒によ. 済学の原理と課税』(1817)は,それ故に「“科. りアヴィニョンで客死したわけであるから,丹. 学” としての経済学のパターンを作り上げた」. 毒が老人に多い習慣性の強い皮膚疾患であるこ. (Dean 1978: 81/138 頁)と評される.ベンサム. とも考慮すれば,最晩年の肉体的に憔悴し精神. の快苦原理に基づく同質的な経済人を前提とす. 的にも安まることのない相当に困難な条件の中. るこうした形式主義に距離を置くということ. で, 「有神論」は構想され,執筆されたと考え. は,確かに,ミルが個々人に固有の内面や,歴. てよかろう39).. 史的な議論により配慮するようになったことを. 実際, 『宗教三論』の 読者 は 誰 で も, 「自然. 反映していよう.しかし,それにしても,ミル. 論」 , 「宗教の効用」と読み進み「有神論」に至. の忠実な弟子であったはずの「心理学の連合主. ると,そこに以前までとは異なるミルの視点,. 義,哲学の唯物論,倫理学の功利主義を奉ずる」. 姿勢, あるいは心境までを感じ取るに違いない.. (Sell 1997: xlii)ベイン(Alexander Bain: 1818. まずは何故,ミルは改めて神の存在や属性,魂. ─1903;)の『宗教三論』へ の 反応 が,「こ の 主. の不死性について考える必要があったのか?あ. 題について我々が期待したこととは一致しな. るいは,キリスト教に代わる人類教を提示した. い」(Bain 1882: 132),デザイン論証について. 以外に,何を改めて必要とするのであろうか?. は「扱いが短いばかりでなく,極端に不十分で. という疑問を持つはずである.. ある」,魂の不死性については「死後,永続的.
(16) 16. (690). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). に人間を再生することが現実的に困難であるこ. 在論的証明,デ ザ イ ン 論証〔Argument from. とについて,十分には論じたとはとてもいえな. Marks of Design in Nature〕つ ま り 目的論的. い」 (Ibid.: 135─136)などと極めて否定的な内. 証明 の 4 つ で あ る.結論的 に は,ミ ル が 採用. 容である.つまり,啓蒙の合理性の立場に背反. する方法から当然にも,「ア・ポステリオリ」. すると,同時代の人々に受けとめられる主張が. つ ま り 帰納的 な 論証 の デ ザ イ ン 論証以外 の. 『宗教三論』にはあると推察される.. 「ア・プリオリ」つまり演繹的な論証のすべて は棄却される(Ibid.: 434, 435─450)40).. この第三論文は,第Ⅰ部「序論・自然宗教・. 既に本論文<注 12 >の「破格な論証」の説. 神 の 存在証明」 (CW X: 429─450) ,第Ⅱ部「神. 明で指摘しておいたように,精神の危機からの. の属性」 (Ibid.: 451─459) ,第Ⅲ部「魂の不死性」. 脱却過程での直覚主義的覚醒によってロマン主. ( Ibid.: 460─467) , 第 Ⅳ 部「啓 示」 ( Ibid.: 468─. 義に共鳴したミルは,ほぼ創造者の存在の直覚. 481) , 第 Ⅴ 部「総 括 的 結 論」 ( Ibid.: 482─489). 的容認にある程度接近していたと言える.し. の四部構成で, セルが注目しているように(Sell. かし,「神の存在証明」を改めて考慮する際に. 2004: 146) ,魂の不死性にまるまる一章をあて. は,自 ら の 経験主義 の 科学方法論 を 堅持 す る. ているのが眼を惹く.. 限 り,ミ ル 自身 が「本当 に 科学的性格 を 持っ. ミルは第 I 部序論の中で,上述のように, 「宗. た」,「確定された帰納法の規準に従う」と見な. 教問題に対しては歴史的な取り扱いを最大限尊. す議論(Ibid.: 446)による手続きを踏まざるを. 重する」とは言う (CW X: 430) .しかし,同時に,. 得ないのである.それが四つ目の論証の,自然 に中にある秩序〔order〕や動植物が示す見事. 「以下のことは必須である.すなわち,宗. な適応〔adaptation〕から知性を持った設計者. 教課題はそのつど厳密な科学的疑問として. 〔designer〕を類推〔analogy〕する本来のデザ. 検討されなければならず,また,その証拠. イン論証である.ここでの結論は,「現在の知. は自然科学によって導き出されるどのよう. 識の水準では」と条件を付けつつも「自然の中. な理論的結論のための科学的方法やよって. の適応 [ という徴 ] によって,知性による創造. 立 つ 原理 と,同 じ 方法,同 じ 原理 に よっ. を支持するに十分の蓋然性〔probability〕を見. て検証されなければならない」 (Ibid.: 430─. いだす」というものである(Ibid.: 451).しかし,. 431). 自らが後に,「 [ 神の存在の ] 証拠は存在する が証明としては不十分であり,それはただ低い. と宣言する.啓蒙の科学の経験主義そのもの. 程度での蓋然性〔probability〕にすぎない」 (Ibid.:. と言える.ここまで言うなら,ミルも大きな. 481)というように,それは「ただの蓋然性に. 影響を受けたベンサム/グロウト『自然宗教. すぎない」(Ibid.: 451).そればかりでなく,ミ. 論』の 立場 か ら して,宗教や信仰/信念につ. ルのここでの議論の内容に,何一つ新しいもの. いての検討そのものが科学の領域から外れる. は存在しない.ベインが酷評するのも当然であ. と考えてもいいと思われるが,ミルはこのま. る.論証のア・プリオリ,ア・ポステリオリの. ま 従来 か ら の 神学的議論 の 検討 に 入 る.す. 区別,デザイン論証における類比とその批判は. な わ ち,第 一 原 因 論〔 Argument for a First. ヒューム,眼 の 構造分析 は ペ イ リー,そ し て. Cause〕つ ま り 宇宙論的証明,人類 の 一般的. 蓋然性はバトラー(Joseph Butler: 1692─1752). 同 意 論〔 Argument of General Consent of. からの借り物である41).. Mankaind〕つ ま り 権威 に よ る 証明,意識論. 独自の指摘があるとすれば,「有神論」執筆. 〔 Argument from Consciousness〕 つ ま り 存. 中に出版されたであろうダーウィン『種の起源』.
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