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<海外学界ニュース> ウィーンインド学研究所の近況

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Academic year: 2021

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インド学・佛教学に関する学術雑誌として夙に高く評価され ている︶堂劇慰め。︽︽c謝豐ミN、言、ミ嘗膏雪、Sm民ミミ、曽早 ミ員P営吻曾鈎ミミ堅愚萱ご蒼黄ミミの。意、言。匂§量恥︶誌、及 びこの雑誌の出版事業を推進しているウィーンインド学研究所 の現状について、私はさきに一、二の報告をなした︵﹃大谷学報﹄ 第四十三巻第二号、﹃印度学佛教学研究﹄第十二巻第二号︶。 一九六三年の十月、私はウィーンを去ったのであるが、その 後、フラゥワルナー博士からの二、三の私信によって、インド 学研究所における多少の変動と、現在、各研究員が従事してい るアルゞ︿イトの一端を窺うことができた。以下において、ウィ ーンインド学研究の近況について報告したい・ 研究所の主任教授フラウワルナー博士は、一九六四年三月を もってゥイーン大学を定年退職︵犀○詩切切○H両目:言い︶し、そ の後任として、ユトレヒト︵オランダ︶大学に勤務中だったオ

海外学界二

ゥイーンィンド学

研究所の近況

ユース 弓三 = +ト ア「 昭 羊 '三コ 、︿I︿ンマー氏︵ごH⑦国富ac胃周冨冒日の同︶が就任した。 オーゞ︿lハンマー氏は、既に知られるように、サーンキヤ哲学 特にユクティディーピカー︵惠壽昌司営訂︶に関する研究を発表 ︵学位論文︶し、ご弓国風。︽︽誌にも氏の諸論文がみられると ころである。︵ご恥陛員言書き巷旦暮、讐畠ご頁ミミ自嵐自言ゞ ゆご−日﹄の①○・︾gやきいめ○ミ、R②︽﹄︾、曼忌ご言切当↑ミミミミ g罰廷員へ尋含量.国包.﹃[・︾、、巴Lg忌日・ゞ同胃国、︽ご、皇恥畑震号︸︾ 弓笥as︲埼昌へ鬘ご︸馬苫尋阜ミミの.国旦.罰ゞ目・︶い$l]gごs︶ フラゥワルナー博士は、退官後も従来通りの演習を自宅で継 続している。特に、一九六三年十月以降、カルカッタ大学の、︿ ツタチャルヤ氏︵ロ儲.○○口百日o冒一]国富詐煙呂胃ご国︶が研究 所へ迎えられるに及んで、インド新諭即学︵z四目沙︲畠畠騨︶の 研究に入っている。博士の書翰によれば、一九六三年十月以降 から昨年度にかけて、十二世紀後半の論理学者ガンゲーシャ ︵①昌碗①雷︶の﹄ゞ岸ミ胃尋鳥ニミミ︷︽に関する論文を用意したと 、 ある。又、ゞハッタチャルヤ氏は、:津へ逗ミ崇ミ言国費︵︶ミ︵へミ︽↑に ついて論文を作成しつつあると聞く。なお、。ハヅタチャルャ氏 には、周知の如く、インド街学における神諭に関する近著があ る。︵切言員︽⑮吻畏︺︾シ昏到建国︲﹃含皇詩二訂↑閏菅罵一助ミ.e巴○巨洋國昌@つ旨︶ ● ユトレヒトにおけるオーゞハー︿ンマー氏のポストへは、フ博 士のもとで法称の論理学を研究していたフエッター氏︵胃. 国]日⑳旨︺どの算①H︶がその後任として一九六四年度より就任し た。彼の学位論文こ岡一、曹蓉ミミ急ぎミ、ミ愈守凰里ミ、ミニ雪ミ︽↑ は、一九六四年度にオーストリア学士院より川版された。この 102

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書の内容については、他日、稿を改めたい。同じく、フ博士のも とで論文を作成中だったシュ︽、ツト︿ウセン氏︵厚.F四日g風 のo旨︺拝冨ロ、①ロ︶も、既にご旨邑員ミミミさ、貝②ヨミミs言ヘミ営爵息 重量畠⑮曽畠的。意辱ミミ一員、言い︽↑を完成し、目下印刷中。現在 は大学講師として就職のためのアル。︿イトとしてご言四宮冒勧︲ 耳四国里目巨と閏○悪3国の研究を始めたという。なお、彼に はこ﹃・爵ミミ畠旦畜詩ミミ己呈怠里苛謹烏弓ミミョミーミミ壺守亀 、 ma尋ヘミミ言︽︽c扇唱圏○mgご胃・︶いぢや旨、.ご畠︶がある。 研究所の助手シュタインヶルナー氏︵pH,犀目算陣の旨胃冒5吋︶ は、]﹄園pH的ミミさや房、屋倉二言ミ亀ミ富︼“︽︽の論文︵詞昌厨○団昌 く目・﹄砂巨?]臼畠$︶を発表し、昨年来、ぐ騨己冒冒目四につ いて研究をすすめている。フ博士の主幹によるこの学術雑誌の 編輯事務を扱っている。なお、彼は、さきに︾︾b詩園詩竜ミミ §の登詩貴昌軍忌冒︽︽︵a,園具ぐ・︾い﹄おl]目忌日︶を発表し た。 フラゥワルナー博士の近業は、こ事閃因吻○・︺館七巻の論文 ﹄﹂き萱ミーヘミごミ︲望員§箏菖に引き続いて、その第八巻目にこの 論文の続きが執筆されている。言うまでもなく、博士の研究領 域は広範囲に亘るのであるが、少くとも認識論の問題解明に研 究の焦点があわされていることは疑うべくもない。私のウィー ン滞在中、博士の学問的志向は、唯識・アビダルマ佛教の認識 論の諸問題へ向けられたようであるが、その当時の研究の業績 が、今、この雑誌を飾っている。その後、アゞヒダルマ佛教研究 と並行して、新論理学の方向へと向い、その成果は、多分第九 巻︵一九六五年度︶の雑誌に見られることであろう。すなわち、 、 ︺息息昌吻g、菌罰長音ミミミ艶さニミ昌吻↓︽及び︾﹂z員葛旨雪 、きざ静ヘミ号員ご魯念︽︽等のアルゞ︿イトである。なお、大学退官 後の博士の新しい仕事として、﹁哲学史叢書﹂のインド部門出 版を担当することになっている。 もとより、博士にとって、インド哲学史全五巻︵第二巻まで既 刊︶の完成が希われるのであるがIそしてその原稿は既に用 意されているlその完成のために、目下の如きアルゞ︿イトが 続けられているかに推察される。 博士のこれまでの業績の中、特に佛教論理学関係の業績につ いては、かって京都大学服部正明助教授によって報告された。 ︵﹃印度学試論集﹄一九六○年度閥−1円五頁︶ ﹂豈肉周切○︽↑誌は、一九五五年、オーストリア国が永世中立を めざす共和国として再出発したのを機会に、その前身尋N崗弓 の枠を更に拡げて、新たにPHC巨与”ざH旨呂妨呂。国己○ぬ名巨の の名称が加えられた。そして、インド打学・佛教に関する論文 が、従来より広くとりあげられるようになった。 この学術雑誌は、インド哲学の磧学エーリッヒ・フラゥワル ナー博士が主幹するもので、編輯の細部に亘っては博士自身が これに当り、その事務的な面を助手のシュタインケルナー氏が 担当している。この雑誌の最近の傾向として、印度哲学・佛教 に関する論文が多くみられることが注目される。特に、一九六 三年度︵第七巻︶の如きはその感を深くする。そして、この傾向 は、今後の:弓N丙吻。︽↑誌を特徴づけることになろう。 103

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