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自己喪失の病--"A Rose for Emily"における共依存性について

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Osaka Gakuin University Repository

Title

自己喪失の病− A Rose for Emily における共依存性に ついて

Losing One's True Self : Co-dependency in A Rose for Emily

Author(s) 長谷川 嘉男 (Yoshio Hasegawa)

Citation 大阪学院大学 外国語論集(OSAKA GAKUIN UNIVERSITY FOREIGN LINGUISTIC AND LITERARY STUDIES),第 62 号:1-27

Issue Date 2010.12.31 Resource Type Article/論説 Resource Version

URL Right Additional Information

(2)

大阪学 院大学 外国語論集 第62号

2010年

12月

自己喪失 の病 一“

A Rose for Emily"

にお ける共依存性 につ いて

Losing

One's

True

Self :

Co-dependency

in

"A

Rose

for

Emily"

Yoshio Hasegawa

William Faulknerの

A Rose for Emily"に

関 して は、 従 来 よ り南部 と 北部 の対比、「 時間」 の シ ンボル、語 り手 と「 町

Jの

関係 な どが作 品解 釈 上 の 重要 な鍵 と見倣 され、 また心理学 や フェ ミニズ ム理論 か らの アプ ローチ も試 み られ て きたが、1就中心 理学 的 アプ ローチ (特 に フ ロイ トの エ デ ィプ ス 「 コ ン プ レックス理論 に基づ いた もの

)は

今 日で も有 効 と思 われ る。」ack Scherting は、 この作品の異常 な父娘関係 を この理論 によ って読 み解 こうとす る批評家 の 代表格 で あ る。 しか しなが ら、 この父娘関係 (ひいて は、作品 の中心主題

)を

この視点 だ けで解 き明かす ことがで きるだ ろ うか。Schertingは彼 女 の父 に対 す る

Emilyの

エデ ィパ ル (Oedipal)な 愛 着 を物語 の根幹 と見て、 その論拠 と して、

Faulkner自

身 によ る解説 、 テ クス ト中 の後 景 に追 いや られ た娘 と前 景 に立 ちはだか る父 の “silhouette"を 収 めた “tableau"のイ メー ジ、

2父

の死 の 事実 を彼 女 が頑 強 に否 定 し続 けた こと (123-24),物語 の初 め と終 わ りに言 及

(3)

され る父 の 肖像画 の存在(120,129)な どを挙 げて、 この娘 の父への強 い愛着が 彼女 の

HOmerと

の関係 を完全 に支配す る事実 を力説 して い る。

'Schertingが

挙 げ る論拠 の うちで特 に注 目すべ きは、上述 した

Faulknerの

解説 で あ る。

In this case there was the young girl 、vith a young girl's normal

aspirations to find love and then a husband and a farnily, 、

vho

″αs brο″―bθαιθん αんα た9ριαοωんby her father,a selfish man who αjαれ'ι

″αんι んθ′ ιο ιθαυθ んο “

θ because he M′ anted a house― keeper, and it was a natural instinct Of― ―repressed M′hich――you can't repress it― ― you can mash it doM′ n but it comes up some、 vhere else and very likely in a tragic form,_4(強 調 は筆者)

この解説 を根拠 と して、Schertingは 父 が

Emilyに

彼 へ の エデ ィパ ル な欲 望 を 他 の男 性 に向 けて解 消 す る こ とを禁 じたが ゆ え に、 そ の 父 へ の 欲 望 は

Homerに

対 して父 の代理 の形 を と らぎ るをえ ないのだ、 と言 うので あ る。

F彼

女 が父へ の強 い愛着― それ はエデ ィパ ルな領域 に属 す る と言 って いいだ ろ う一 を抱 いて いた ことは否定で きないであろ う。特 に彼女 の父 の死 の事実 の拒否 は それを支持す ると思 われ る。 しか し、 そ もそ も彼女 はなぜ父 にか くも強 く惹か れ るのか。彼女 は フロイ トが述 べ るよ うに、娘 と して父親 に愛情 を持 つ のか。・ 勿論 彼女 が深層心理 の うちで父 を愛 し、彼 の愛情 を希求 した可能性 は十分 に考 え られ る。 ま して彼女が外界 との接触 を断 たれ、父 に頼 る以外 に生 きるすべを 持 た ない とい う環境 に置かれた ことを考量すれば、 この ことは首肯 で きる。 しか し、

Emilyの

父 へ の執着 に は、 フ ロイ ト的文脈 で見 る以 外 の別 の要 因 が関与 して いるので はなか ろ うか。 そ う した問題意識 を抱 くの は、若 い女性 と して の性 的可能性 を閉ざ して しま った父 に対 して、彼女 は愛情 とは裏腹 に、反 発 や あ る種 の憎 しみを覚 え なか ったのか とい う疑念 に捉 われ るゆえで あ る。 父 の 死 後 語 り手 は 、 彼 女 が 置 か れ た 状 況 を 簡 潔 に説 明 して い る一 “

We

(4)

自己喪失の病 ― “A Rose for Emily"における共依存性 につ いて

remembered all the young men her father had driven a、 vay, and

、ve kne、/that with nothing left,she v/ould have to cling to that、 vhich had

robbed her,as people will"(124)。 この引用 中の “

that which had robbed

her"が

何 を指 す か は議 論 の分かれ ると ころだが、 これが「父 と、 父 の存在 そ

の ものが表す もの

Jを

示 す とすれ ば、父 の死後彼女 に残 された財産 は家屋敷 だ け (“the hOuse was all that was left to her"[123])と い う窮状 の中で は、

彼女 に残 された選択肢 は、 父へ の恨 みや憎 しみ を抱 きつ つ新 しい、別 の人生 を 歩 む よ りは、 や は り父 の思 い出 に縫 って生 きる しか なか ったのか。 しか しそれ に して も、問題 はなぜ彼女 がそれ ほど父 に執着す るかで あ る。私 は、 そ こに は 単 な るエデ ィパ ルな コ ンテ クス トで は解 明 で きない別 の要 因、 彼女 と父 との共 依存関係 が潜在 す ると考 え るが、 この点 を明 らか にす るに は、 テ クス トに戻 っ て この父娘関係 を改 めて洗 い直 してみなければな らない。 I 」effersOnの 町 の住人 で あ ると見倣 され るだ けで、誰 とは特定 で きな い語 り 手 (作者 は主 と して彼 を複数 の一 人称 で表 す

)の

視点 が紡 ぎだす この物語 で は、 主人公であ る

Emily Griersonの

内面 を読 者 は直接 に覗 くことはで きな い (語 り手 が彼女 の語 る言葉 を伝 え るの は、物語 の初 めの部分 の市議会 の代表者 た ち との対決 と、彼女の砒素購入時の薬屋 とのや りとりの二 つ の場面 にお いてのみ で あ る)。 しか し、語 り手 が提供 す る限 られ た情報 の中で、読者 に対 して、 彼 女 と父 の関係 を直接 に、 あ るいは極 めて暗示的 に示 す箇所 が二つ あ る。 その一 つ は、先 に言及 した “tableau"のイ メー ジで あ る。 これ は父娘 の姿 を直接 に写 しだす唯一 の情景 であ るので、 ここで改 めて引用 したい。

We

had long thought

of

them as

a

tableau, Miss

Emily

a

siender

(5)

in

the foreground, his back

to

her and clutching

a

horsewhip,

the

two

of

them

framed

by

the back-flung

front

door.(123)

この情景 が映 しだすの は、適齢期 の娘 か ら彼女 に言 い寄 る男 たちを追 い払 う 父親 の姿 であ るが、 これ は単 に娘 を他人 の男 に奪 われた くない とい う、横暴 で

自己中心 的 な (Faulknerは 彼 を “selfish"と 評 して い る

)父

親 の心 理 を覗 か せ るだ けなのか。 この場面 に関 して、“

[Emily]was brow beaten and kept

down by her father"と 言 う

Faulknerの

言葉 と考 え合 わせれ ば、 これ は娘 を

手離 した くない とい う父親 の身勝手 さを示 すだ けで はな く、 その底 に は父 の娘 へ の虐待7が伏在 して い るのが感 じられ るので あ る。 だが、 ここで「 虐待」 と い うことを持 ちだせば、 その動機 を説明 しなければな らないが、 テ クス トには それ を完全 に解 明す る材料 は与 え られて いない。 ただ、

Faulknerは

長 野 にお い てr、 “[Ellnily's]tragedy、vas,she、 vas an only child,an only daughter"8

と語 ってお り、 この ことがわれわれ に一 つの道筋 を示 して くれ る。 つ ま り、父 は

Emilyを

一 人娘 と して溺愛 した と考 え られ るのであ り、 それ と母 不 在 の事 実 (作者 は この家族 に母 が不在 で あ った理 由 は一切語 って いない。 ただ言 え る の は、

Emilyが

適 齢期 の ころには既 に母 はいなか った ことで あ る

)と

を勘 案 すれば、彼が娘 を溺愛 しつつ母 の役割 の代理 を強要 した可能性が浮上 して くる。 具体 的 には、彼女 の「悲劇

Jは

一人娘 だ った ことだ とい う

Faulknerの

解説 は、 父 の娘 に対 す る通常以上 の親密性 を暗示 す ると も取 れ、彼 が娘 に母 親 役以上 の 妻 の役割 を も求 めた蓋然性 す ら紡 彿 とす るので あ る。。 しか し一方 で、父が娘 の求愛者 を退 けたのは名門の一人娘 に相応 しい相手 に不足 したゆえだ と も言 え よ う。・ この見解 にはそれな りの正 当性 はあ るが、 だが、 それだ けだ ろ うか。 この父親 には隠 された個人的な動機 があ ったのであ り、前掲 の、長野 にお ける コメ ン トも含 めた作者 自身 の解説 は、彼が娘 を肉体的 に求 めた ことの証拠 とは 決 して な らないが、少 な くと も彼女 に精神 的 な意 味 で妻 の代理 とな る ことを期 待 して いたも、しも窺 われ、 それ を含 めて娘 に対 す る彼 の態度 を「 虐 待」 と呼 ん

(6)

自己喪失の病 ― “A Rose for Emily"における共依存性 について

で差 しつかえなか ろ う (さ らに言 えば、求愛者 たちを退 けた“

horsewhip"も

、 それが手む暴力的 なイメー ジは娘 への虐待 の秘 かな シンボル と も見 られ る)。

さ らに、父 と

Emilyの

関係 の実 態 を仄 めか す二 つ 目の箇 所 は、彼女 に及 ぼ す父 の影響 の強烈 さを述 べ る語 り手 の次 の言葉 であ る一 “that quality of her

father which had thwarted her woman's life so many times had been

too virulent and too furious tO die"(127)。 これ は、

Homerが

最 後 に姿 を 消 してのち、 お よそ 6ヵ 月間彼女 が外 出 しなか った ことに対 す る語 り手 の コメ ン トであるが、彼女が長期間家 に閉 じこもった ことと父 の支配力 の強 さを結 び つ ける語 り手 の この視点 は、 この二つ を連動 させ るがゆえ に意 味が あ るので は なか ろ うか。 なぜ な ら、語 り手 は彼女 の蟄居 には父親 のいまだに続 く支配 が原 因で あ ると言 うと同時 に、彼女 が「家 の外」 に出 ることがで きなか った ことを 強調 して いるか らであ る。 つ ま り、彼女 は恐 ら く早 くか ら

Grierson家

とい う 自由を奪 われ た環境 の中で過 ごさざ るをえ なか ったので あ り、 その要因 に は名 門 の誇 りによ る孤立 と、南北戦争終結以後 にお ける南部貴族階級 とその後 の社 会変化 の波 を受 けた一般 社会 との乖離

nな

どが微妙 に絡ん で いよ うが、 それ に はや は り、「家 の外

Jに

出 る ことを許 さぬ父 の強 い力 が働 いて いたか らで はな か ろ うか。 その強 い力 とは彼女 を引 き留 め、支配す る彼 の虐待 を も思 わせ る抑 圧 が齋 す もの に違 いな い (引用 文 中 の “宙rulent"と “furious"と い う形 容 詞 [特に前者]は それを指 し示す)。 しか し、 それ に して も

Emilyは

、 た とえ 自由 を奪 われ た環 境 にあ った とは いえなぜ父か ら逃 れよ うと しなか ったのか。 名家 の一人娘 と しての衿持 と義務 感がそれを許 さなか ったのか。そればか りで はあるまい。彼女が父の コン トロー ルに反発 し、彼 か ら逃 れ よ うと しなか ったのは、彼女 が父 に対 して共依存 の関 係 にあ ったか らだ。 共 依 存 に関 して、

Charles L Whitfieldは

次 の よ うに定 義 して い る。

(7)

.¨CO―dependence [is]α

s■j04θ

j72g

αん

a/Or dνs/a726ι jOれ

ι

んαι

s

α

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αι

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α

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ο

れι

んθ

ttθ

θ

α

s

αηα

んαυ

jοr O/

οιんθrs. Co―dependents become so focused upon Or preoccupied 、vith

irnportant people in their lives that they neglect their True Self.12

彼 によれ ば、「 共依 存

Jと

は、大切 な人 の欲求 を中心 に考え、 それ に集 中す る あ ま りに 自 らの真 の 自己を見失 う状況 を言 うのであ る。 さ らに彼 は こう した子 供 の共 依 存性 と親 の生活 態度 との関 りにつ いて、“

The more deprived,mOre

severe, or advanced the parent's and farnily condition, the less the

child's needs tend to be met"(25)と 述 べて、両親 のいずれかが経済 的、 あ

るい は精神的 に問題 を抱 えてい る場合、子供 の欲求 は無視 された り、抑 え られ る傾 向が あ ることを指摘 してい る。続 いて彼 は、 こう した親 の状況 を リス ト・ ア ップ して表 しているが、 その項 目中特 に興味深 い ものは、―

Extreme rigidity,punitive,judgmental,

Non-loving, perfectionistic,.¨

Child abuse― ―physical, sexual, mental― emotional, spiritual(26)

一 で あ る。 こ こに提示 され た、 子供 の共依存 の引 き金 とな る親 の性格 の特 徴 は ま さに

Emilyの

父 に該 当す る。 その「極端 な厳格 さ

Jを

備 え、「 懲罰 的」 で、「 批判 的」 で、「愛情 に欠 けた

J人

間像 は彼女 の父 を紡 彿 とさせ る。 特 に この リス ト │こ「 児童虐待

Jが

加 え られて い ることは、先 に言及 した両 Frielの 説(注7参照) もあ り、

Emilyに

対 して何 らか の形 で父 の虐 待 が行 われ て い た可 能 性 を改 め て想起 させ る。先 に引用 した “tableau"のイメー ジに見 られ る一種 の遠近法 的 表現 は、娘 へ の虐待 の象徴 と捉 え る こと もで きる。 つ ま り、前景 に父 を配 し、 後景 に娘 を置 く構 図 は、 この遠近 の距離感 が一 見父 によ って娘 が庇護 され た状

(8)

自己喪失の病 一 “A Rose for Emily"における共依存性について

7

況 を示すよ うであ りなが ら、実 はそれ は父 に とって彼女 は隷属 と同時 に虐待 の 対 象であ ることを物語 って もいるのだ。 この よ うな父 の支配 に対 して

Emilyが

一 少 な くと も目立 った形 で一 反抗 し なか ったの は、彼女 が共依存 の状態 に陥 っていたか らだ。彼女 が陥 った共依 存 状 態 と共通項 を有す ると思 われ るの に、Whitfieldが提 示 す る次 の臨床 例 が あ る。 それは、慢性的鬱病 の母親 を持 った

Barbara(現

在56歳

)の

ケー スで あ り、 彼女 は長年母親 の鬱 病 と、併 せて、「冷 た」 く、「 自分 と母 か ら距離 を置 く」父 親 に苦 しんで きた 自 らの家庭生活 を、 “I viewed my father's distance and mother's chronic depression as“ ν/aαZι

as long as l can remember,and

l felt a lot of shame and guilt over it"(33) と[ヨ顧ヨし

て いる。ここで E宣 要 なのは、

Barbaraが

両親 の問題 を「 自分のせい」 と感 じ、 そ こか ら恥辱感 と罪悪感を抱いてきたことである。 このように、機能不全家族で育 った子供 た ちの多 くが、

Barbaraの

よ うに一種 の自己否定 に捉われ ることは、 この種 の 家族問題を扱 う他の専門家 も指摘 している。例えば、

Claudia Blackは

、 アル コール依存症の父のいる家庭で育 ったアダル ト・ チ ャイル ドBの一人 であ る

Sharon Rの

告 白を紹介 している。 この中で、

Sharon(こ

の とき22歳

)は

“f

αιωαノs ltlοんαθrθαωんθιんθ′ο′んοι

I″

αs rθsρOれsjbιθ/OrんjS arj72んjんg"と

言吾り、まフt“」んαυθιんjs 2∫Ljθιjο72 ιんαιωんθ ttθυθr ιんθsんgんιθsι ιんれ

gん

αρ― ρθんs l αιltlανs sαν f αれ So sorッ

"(8)と

述 べ て い る。 こう して、 アル コー ル依存家族 を含 む機能 不全家族 で育 った子供 た ちが、前掲 の

Barbaraと

この

SharOnの

よ うに、親 の問題 を「 自分 のせ い」 と思 い込 む ことは、 この事実 を

Emilyと

父 の場 合 に当 て はめて考 え れ ば、 父 の 自分 に対 す る虐 待 を彼 女 が 「 自分 のせ い」 と感 じた ことは十 分 にあ り うる こ とで あ る。 先 ほ どの

Sharon

が父 の飲酒 を 自分 の責任 に した よ うに、

Emilyも

妻 の い な い寂 しさを父 が 自 分 に転嫁 す るの は、「 自分 が至 らないか らだ」 と自分 を責 め、 父 を非 難 す るよ り も、あ るア ダル ト・ チ ャイル ドと同様 に “how l could help him"(7)・ と思 い悩 んで きた姿 が想像 され る。

Blackは

また、親 な どによ って虐待 され た者 た

(9)

ちが 自分 た ちを「犠牲者化」 し、彼 らが “…unable to access any anger or indignation that comes with being hurt,_ or even abused"(72) とい う、 虐待 に対 して無反応 な状況 に陥 る ことを指摘 して い る。 さ らに、被 虐 待者 が相 手 の行為 を有害 で あ ると しないの は、 そ うす れば よけいに無力感 を招 くか らだ

(73)と

述 べ て い る。 この よ うに、 機能不全家族 で生育 した子供 たちの多 くと同様 に、

Emilyの

場 合 も親 か ら虐待 されて も責 めを相手 よ りも自分 に向 けた と した ら、 そ うい う こ とが起 こるの は一体 なぜなのか。 この

Emilyの

問題 に重 な る と思 わ れ る、 被虐待者 の虐待者 に対 す る心理 的 メカニズムの問題 に鋭 く迫 って い るの は ジュ デ ィス・

L.ハ

ーマ ンであ る。彼女 は児童虐待 を論 じて、虐待 を受 けた児童 が 抱 く虐 待者 へ の病 的愛着 を次 の よ うに述べて、児童 の追 い込 まれ た心 理状況 を 強調 す る。 … …暴 力的支配 の風土 の中で成長 す る児童 の ほ うが、成人 よ り もなお い っ そ う虐待 し無視す る者への病的愛着 を起 こ しやす く、 さ らに児童 は自分 の 幸福、 自分 の現実、 自分 の生命 の犠牲 を も厭 わず この愛着 関係 を失 うまい とす る。

6(強

調 は筆者) さ らにハ ーマ ンは、被虐待児 は「虐待 を正当化す る意味体系」 を作 り上 げるた め に、「 自分 は生 まれつ き悪 い子」 であ り、「 自分 のほ うのせ いで両親 が 自分 を 虐待 す る」 のだ と自分 に言 い聞 かせ、 そのため に両親 が虐待 す るの な ら、「 も のす ご くがんば りさえすれば、 いつか は両親 の許 しが もらえて」、「 庇護 とケア とをか ち とる こと もで きる」 (160)と 期待せ ざるをえない、悲 しい被虐待 児の ′とヽ情 を明 らか に して いる。 ハ ー マ ンが 描 きだす被 虐 待 児 の こ う した心 理 的 メ カニ ズ ムが どの程 度

Emilyに

適 合 す るか は検討 を要 す る。 第一 に、 彼女 が父か ら虐待 を受 けた と して も、 その時期がハ ーマ ンが対象 とす る児童期 とは特定で きない。 しか し、

(10)

自己喪失の病 ― “A Rose for EmHy"│こおける共依存性 につ いて 彼女が恐 らく思春期以降 に父親 か ら「情緒 的」虐待 を受 けた ことは事実 であ り、 それ によ って彼女 は何 らかの心理的外傷 を蒙 った ことは十分 にあ りうる。 よ し、 その外傷が児童期 に受 けた もの ほど深刻 な もので はな くとも、少 な くと も彼女 の人格 に深 い ダメー ジを与 え た ことは否 めない。 しか し彼女 はその外傷 か らの 回復 の道 を父 に対 して怒 りをぶつ けることに求 めず、 ハ ーマ ンが言 うよ うに、 自分 が悪 いのだ と決 めつ け る ことによ って、「[父]の 悪 を自分 の中 に取 り込」 む ことによ って、「[父]へ の一次 的愛着 を維 持

J(163)し

よ うとす るので あ る。 さ らに、

Emilyが

父 か ら虐待 を受 けて も彼 か ら逃 れよ うと しなか った理 由 が もう一 つ考 え られ る。 それ は、彼女が一種 の監禁状態 に置かれて いた ことで あ る。つ ま り、「 長期反復性 外傷 は監禁状態 とい う条件」下 に起 こ り、「 反復性 外傷 は犠牲者が加害者 の監視下 にあ って逃走 で きない被監禁者 である場合 に限 っ てJ(111、 強調 は筆者

)生

じうる もので あ る。 先述 したよ うに、

Emilyが

母 不在 で あ り、 父 と二人 き りの状 況下 にお け る

Grierson家

とい う自由 を奪 われ た空間 に閉 じこめ られた存在 で あ った ことは、 その実態 は文字通 りの「監禁状 態」 ではなか った ものの、象徴的 には父 による「監禁

J下

にあ った と言 え るの で はなか ろうか。父 に逆 らって家 を捨 て ることは、彼女 にはその育 ち と経済 的 理 由か らで きなか ったので はないか。 さ らに、家庭 内暴力で は「加害者 は被害 者 が 自分 との関係 以 外 の人 間 関係一 切 を断 つ こと ……を求 め る」 (114)と い う ハ ーマ ンの記述 の持つイメー ジの禍 々 しさを抜 きにすれば、 その基本的方 向 は “

We remembered all the young men her father had driven away"と

い う、 語 り手 の情報 の意 味 内容 と一致 す る と言 わ ざ るをえ な い。

Emilyは

、 こ の よ うな家庭環境 の中で父 の支配 を受 けなが ら、父 の愛情 をひたす ら請 い願 わ な ければな らなか ったのであ る。“

(11)

が残 されて い る。 それ は、彼女 の

HOmer殺

害 に纏 わ る謎 で あ る。殺 害 の動機 につ いて は、 さまざまな見解がある ものの、 なお依然 と して不分明で ある。 こ の点 につ いてJudith Fetterleyは、父 の死後

Emilyは

彼女 自身 が「父」 にな り、 自分 に対 す る父 の暴力 を

Homerに

お、り向 けた と論 じる。

r Homerを

何 ら かの形 で父 の身代わ りと した とす る見解8は多 いが、 そ うした見解 もそ うだが、 父 の暴力へ の復讐 とい う視点 を採 る Fetterleyに して も、父 の暴力 が、 なぜ、 どの よ うな経過 を た ど って

HOmerに

転 じたのか が 明 らか に さ吼 て いな い。

Emilyが

生 前の父 か ら虐待 を受 けて も彼 へ の病 的愛着 を保 ちつづ けた ことは 先述 したが、 しか し、父の死後彼女 の父 に対 す る態度 は変化 したのだ ろ うか。 私 は彼女 の父 に対 す る態度 は基本的 には変化 して いな い と考 え たい。 彼女 の態 度 が変化 した と した ら、 それ は

Homerと

の関係が発生 して以降、具体 的 には

Homerと

い う媒体があ って は じめてあ る変化が起 こったので はなか ろ うか。 具 体 的 に述 べ る。語 り手 は、父 の死後長 い間病気 で あ ったの ち再 び 目に した

Emilyの

姿 を、“her hair was cut short,making her look like α gjrι

,with

a vague resemblance to ιんοsθ αんgθιs in colored church windowttsort Of

tragic and serene"(124,強調 は筆者

)と

、 描 いて い る。 この イ メー ジか らは

父 を失 ったあ との彼女 の心境 の変化 が窺 え るが、 それ と同時 にどこか一人前 の 成熟 した女性 らしくない、 あ る種 の「子供 っぽ さ」(“a girl"、 “those angels")

が見え隠れす る。 この時期 の彼女 に付与 された このよ うな「子供 っぽ さ」 は、

Whitfieldが専 門家 によ る共依存 の23の 定義 を挙 げて い る中での、 その一 つ一

``A psychological disorder caused by a failure to complete psychological

autonomy…

necessary for the development of the self, separate from

parents""―

を想起 させ るのであ り、 この ことは この ときの彼女が父 への共依

存、父 へ の心理 的依存性 か ら脱却 で きない、 いや、 む しろそれ に ど っぷ りと浸 か って い た ことを物語 って い るので はなか ろ うか。 つ ま り、

Homerを

殺 す決 意 は、 この依存性が彼 と出会 ってのちに彼 とい う媒体 を通 じてのあ る変化 を契 機 に彼女 の中で生起 したので はないか とい うことで あ る。 だが この点 は、彼女

(12)

自己喪失の病 ― “A Rose for Emily"における共依存性について

11

の彼 の殺害の時期 とその ときの彼女 の容姿 に関 って くるのだ。

読 者 は

Emilyが

砒 素 を購 入 した と き、 彼 女 が “still a slight woman,

though thinner than usual"(125)で

あ った と知 らされて い る。 この と きは 父 の死 後

1年

以上 経過 して いて、彼女 は

30歳

を過 ぎてお り、 い と こたちが訪 れて いた(125)。

Homerの

姿 が最 後 に 目撃 され て(いと こた ちが 出て行 ってか ら、3日以 内に彼 は一旦戻 って いる[127])か ら、彼女 はおよそ6カ月家 に閉 じこ もって いた(127)。 そ して、

Faulknerは

次 に人 々が見 た彼女 の姿 を、“

she had

grown fat and her hair

vas turning gray"(127)

と言己しで

い る。こ こ‐で 問題 にな るの は、 彼女 が いつ砒素 を

Homerに

用 いたか で あ る。 悪 臭 が彼 女 の 家 か ら漂 いは じめたの は、“two years after her father's death and a short time after her sweetheart.had deserted her"(122)で あ る ことか ら して、 彼 女 が砒素 で

Homerを

殺 害 した20のは、 人 々が彼 の姿 を最 後 に見 てか らそん なに長 い時間が経 たない うちに、 つ ま り、砒素購入後数 ヵ月以 内で あろ うと考 え る(Faulknerは 砒素 購 入 を父 の死後

1年

以 上 (“

over a year"[125])経

した と き と規 定 し、 悪臭 の流 出 を死 後

2年

を経 た と きと して い るが、 上 の “over a year"と い う表現 は時間 を曖味 に しか特定 しない)。 従 って、 彼女 が 砒素購入か ら数 ヵ月以 内 に

Homerを

殺 害 した と した ら、彼女 は殺 害 時 に はま だ ほ っそ りと して、 やせて いた と思 われ る(肥 って、髪 の毛 が 自髪 ま じりにな りか けた彼女 が人 々の 目に とま るの は、

HOmerが

最 後 に 目撃 され て か ら約6 ヵ月後 である)。 この よ うに、 私 が

Homer殺

害 時 の

Emilyの

容 姿 に こだ わ るの は、 彼女 自 身 が「父」 にな り代 わ って父 の暴 力へ の復讐 を

Homerの

肉体 にお、り向 け る と い う指摘 の論拠 を、彼女 の変身 (“frOm the slender figure in white to the

obese figure in black whose hair is `a vigorous iron― gray, like the hair

of an active man'"a)に

求 め る Fetterleyの よ うな言 説 に保留 を呈 した いか

らで あ る。彼女が

Homerに

出会 ったの は、 父 が亡 くな った年 の夏 で あ るが、 この ときの彼女 は父への思 い、父への共依存性 を払拭 で きず、共依存 の新 たな

(13)

対象 を無意 識 に求 めて いた と思 われ る。 彼女 に と って は

Homerが

そ の新 しい 対象 で あ った ことは容易 に推 測 され る。 しか し、

Homerは

彼女 が「 依存」 で き る よ う な相 手 で はなか った。 語 り手 は

Homerを

a big,dark,ready

man"と

して、 その性格 の一端 を、次 のよ うに描 出 している。

Pretty

soon he knew everybody

in

town.

Whenever

you

heard

a lot

of

laughing

anywhere

about the

square, Homer

Barron would

be

in

the

center

of

group.(124)

Emilyが

Homerに

惹かれたの は、彼が体現す る、父 と共通す る行動 力のあ る、 男性 的 な そ の側 面 で あ ろ うと思 われ る。 しか し、 語 り手 は、“

Homer himself

had remarked―

he liked men, and it was knO、 vn that he drank 、vith the

younger men in the Elks'Club―

that he was not a marrying man"(126)

とい う彼 の別 の一面 の情報 を提供 して いる。「 自分 は結婚 なんて しな い男だ」 とい うこの彼 の発言 を全面的 に信用 で きない と して も、少 な くと も

Faulkner

は彼 と

Emilyの

関係 の意 味 を読 者 に示 唆 す るつ も りで この情報 を提 供 した こ とは確 かであ る。 彼 は彼女 と結婚 して

Grierson家

とい う徴臭 い空 間 に閉 じこ め られ るよ うな人間で はなか った と言 え る。 従 って、

Emilyに

は、 彼 に父 の イ メー ジを重 ねて彼 に「共依存

Jす

ることは容易 にかなわなか った と思 われ る。 彼女 は父 の「 虐待

Jに

あ って「真 の 自己を見失 つ」 た状態 にあ って も(あるい はそれ ゆえ に こそ)、 父 に「 しがみつ く」″ ことを止め られなか ったが、 それに 対 して

Homerに

「 依存

Jで

きなか ったの は、彼が彼女 に「世話 を焼」 かれ る よ うな タイプで はなか ったか らである。 さ らに、共依存の特徴 の一 つ に「親密 性 か らの逃走

Jが

指摘 され るが、 それ は共依存者 には「対等 で親密 な関係」 の 形成 を避 ける傾 向が あ る とい うもので あ る。 つ ま り、対等 な関係 で は「 相手 に 格別 な弱 みや依存性 が見 当 た らない」

"か

らで あ る。 ゆえに、彼女 は

Homerに

対 して「対等 な関係」 を望 まず、父 の場合 と同様 に彼 に「 依存」 す る ことを望

(14)

自己喪失の病 ― “A Rose for Emily"における共依存性について

13

んだ と思 われ る。 しか し、恐 らく彼 はそれを冷 た く拒否 したで あろ う。カ

HOmerの

殺 害 を

Emilyが

決 意 したの は彼 に「 依存」 す る ことが不 可能 で あ ると認識 した瞬間であ ると思 われ るが、 だが、 この ことにつ いて考察 す る前 に 確認 したいの は、共依存者 の相手 に「依存」す る意思 は、相手 を「 支配J、「 コ ン トロール」 したい とい う欲求 と多 くの場合裏腹 にな って いるとい うことであ る。Schaefは、 共依 存者 の有 す る利 他 性 には 自己中′亡ヾl■が潜在 す る と主張 す る。彼女 によれば、彼 らは相手 の抱 え る問題 を 自分 ですべて解決で きると考 え、 相手 の思考や感情 にす ら自分 が責任 を持 つのだ と思 い こむのであ る。25 schaef が言 うこの自己中心性 を、信 田さよ子 は、共依存者 の抱 え る「 自己否定感、空 虚感 を他者へ の関心 とコ ン トロールで埋 め る とい う関係 の もち方」26と言 い換 えて い る。

Emilyが

HOmerに

「 依存

Jす

る ことが不可能 であ ると実感 した と き、彼女 の′とヽに浮上 したのは彼 を「 支配」 したい とい う欲求 であ るが、 この支 配 欲 は、

HB.と

い う頭文字 を刻 んだ “a man's tOilet set in silver"と 寝 間 着 まで含んだ “a complete outfit of men's clothing"(127)を 彼 に贈 ろ うと したその行為 に顕現 している。父 に対 して 自己の「 空虚感」 をぶ っつ け、彼 を コ ン トロールす る ことでそれを埋 め ることがで きなか った

Emilyは

Homer

を殺害す ることでそれを果 たそ うと した。彼 を物言 わぬ物体 と化す る ことで意 の ままに コン トロール しよ うと した。 それ は、彼が死体 とな ることで は じめて 可能 とな る作業 であ った。彼女 が彼 の死体 と実 際 に添 い寝 したのか、 あ るいは した と した らどの くらいの期間そ う したのか は種 々の議論 のあ るところだが、 添 い寝 して い た と した ら (死 体 の横 の枕 に残 って い た “

a long strand of

iron―

gray hair"[130]は

その有力 な証拠 であろ う)、 それ もそ う した彼女 の ア

ブノーマルな欲求 の表象 と言 えよ う。

と ころで、

Faulknerは

、 物 語 の最 後 に秘 密 の部 屋 に横 たわ る

Homerの

死 体 につ いて次 の よ うに記 述 して い る一 “nOw the long sleep that outlasts

love, that conquers even the grirnace of love, had cuckolded hirn"(130)。 これ は解釈の分 かれ る一文 で あ るが、文 中の “long sleep"は「 死

Jを

表 し、

(15)

Emily自

身 が「死

Jの

代理 とな って、意思 を持 たない

Homerの

肉体 か ら「愛J を奪 い取 っていた ことを暗示す るのではなか ろ うか。従 って、彼女 には、父の 虐待 が遠 因 で はあ って も、父 の身代 わ りと して

Homerに

復讐 す る意 識 は直接 に は な か った と思 わ れ る。 た だ、 彼 女 は父 に よ って齋 され た心 の 空 洞 を

HOmerの

肉体 (死 体)によ って埋 めつ くそ うと しただ けで はなか ろ うか。 だが 彼女 は、父 の ク レヨン画 の 肖像 が物言 わぬ物体 であ って も彼女 の精神 を支配 し つ づ けたよ うに、

Homerの

死体 に宿 り、 それを「 支配」 す る ことによ って逆 説 的で倒錯的 な生 を獲得 した とも言 え るのであ り、彼女 に とって彼 の死体 は自 らの精神的 な甦 りの証 ともな ったのであ る。 Ⅲ これ まで語 り手 の役割 を閑却 したまま論 を進 めて きたが、 ここで この問題 を 取 りあ げね ば な らな い。

Emilyに

つ いての物語 の持 つ意 味 は、語 り手 の存在 な く して は十全 に明 らか にな らない。 この点 に関 して

Isaac Rodmanは

、 語 り手 が「町

Jと

はアイ ロニ ックな距離 を持 していることを強調 し、彼 の声 には 表面上 の語 り(「 町」 の代弁者 と しての側面)と よ り深層 にお ける彼 自身 の、醒 め た、「 町 」 と は孤 立 した声 の二 つ が 含 まれ て い る と述 べ て い る。

'こ

Rodmanの

指 摘 は首肯 しうる もので あ るが、 こ こで それ を吟味 す る前 に、 作 品 にお け る

Emilyが

窓辺 に姿 を現 す場面― 彼女 の「 シル エ ッ ト」 が 映 しだ さ れ る情景― に着 目 したい。彼女 の窓辺 の シルエ ッ トを描 く場面 は作品 に 3ヵ 所 あ るが、 この うちの 2ヵ 所 を引用す る。

O

As

they

[four

members

of

the Board

of

Aldermen]

recrossed the

lawn, a window

that

had

been

dark

was

lighted and Miss Emily

sat

in

it,

the

light

behind

her,

and

her upright torso

motionless

(16)

自己喪失の病 ― “A Rose fOr Emily"における共依存性 について

Now and then we would see

do、 v釘―she had evidently shut the carven torso of an idol in us, we could never tell 、vhich.

her

in

one

of

the downstairs

win-up the top

floor of

the house-like

a

niche,

iooking

or

not looking at

( 128)

"

先 ず② に注 目 した い。 この彼 女 の シル エ ッ トの描 写 で特 に重 要 な の は、 “looking or not looking at us,we could never tell which"と 語 り手 が わ ざ と ら しく付 け加 えて い る点 で あ る(勿論 、屋敷 の “tOp floor"の閉鎖 へ の言 及 によ って「秘密 の部屋」 の所在 を暗示 して い るの も大事 で あ るが)。 なぜ な ら、 これ は語 り手 が

Emilyの

意 識 の所在 に読者 の注意 を意 図的 に喚起 して い ると思 われ るか らであ り、彼女 の窓辺 の「 シルエ ッ ト」 を見 る読者 の心理 には、 「 彼女 はわれわれ を見 て い るのだ ろ うか、 見 て いな いのだ ろ うか

Jと

い う語 り 手 の問 いか けによ って、 自分 たちはいま彼女 の シルエ ッ トを こう して見 て い る が、彼女 自身 は自分 たちのよ うに何か に映 った 自分 自身 の「 シルエ ッ ト」一 つ ま り自己像 ― を見 ることはないのか とい う想念 が同時 に呼 び醒 ま され るか ら で あ る。 こうした彼女 自身 の意識 のあ り方 への関心 は (それ を直接 に示 す記述 が テ クス トに皆無 であ るだ けに)「 鏡」 とそ こに映 った 自己像 との関係 に結 び つか ざるをえないのであ り、 こうな るとここでお、と、本寸上春樹 の短編「 鏡

Jが

想起 され るので あ る。 村上 の『 カ ンガルー 日和』所収 の「鏡」 には、主人公「僕」 が若 い ころに中 学校 の夜警 を して いて遭遇 した体験 が語 られ るが、 あ るとき「僕」 は夜 中 に見 回 りを し、 その ときお、と「鏡」 に映 った自分 の姿 を見て愕然 とす る。 なぜ な ら、 「 僕」 は鏡 の中の「僕」が 自分 で はない ことに気 がつ いたか らであ る。 つ ま り、 ……外 見 はす っか り僕 なん だ よ.……それ は間違 いな いん だ.……で も、 そ れ は絶対 に僕 じゃないんだ ……いや、違 うな、正確 に言 えばそれ は もち ろん 僕 なんだ。 で もそれ は僕以外 の僕 なん だ。 それ は僕が そ うあ るべ きで はな

(17)

16

大阪学院大学 外国語論集 第 い形 での僕 なんだ。(傍点原文)" ここには「鏡

Jに

映 った「僕」が「 僕以外 の僕」 であ ると感 じる ことの恐怖 が描 か れて い るが、 問題 に したいの は、

Emilyに

は この よ うに「 鏡」 を対象 と して「 自己」 を見 るとい うよ うな、 あ るいはそ こに「 自分以外 の 自分」 を発 見 す る とい うよ うな機会 は果 た してあ ったのか ど うか とい うことで あ る。 この ことに関連 して言及 しなければな らないの は前掲① の引用であ る。 これ は男 た ちが

Grierson家

の屋 内 に侵入 して石灰 を撒 く場面 で あ るが、 Fetterleyは こ の箇所 につ いて興味深 い指摘 を している。 つ ま り、 この とき窓 に明か りがつ け られ て

Emilyの

シル エ ッ トが浮 彫 りにな るが、 彼女 が 明か りを つ けた の は 「 彼 女 が 男 た ちの行 動 を見 て い るのが彼 らに見 え るよ うに」(“so that they

may see her watching them"30)そ

ぅ したのだ と述 べ て い る ことで あ る。 こ の 出来 事 が あ った のが 真 夜 中 で あ る こ とか ら、 Fetterleyの 指 摘 の通 り、

Emilyに

は男 た ちを見 る意思 が あ った もの と思 われ、 この部分 は彼女 の意識 の所在 を明示す るテクス トでの数少 ない箇所 の一 つ と見倣 され るのであ り、 こ こか らは彼女 と「町」 の対照 (対立)が 象徴的な意 味合 いを持 って浮 か び上 が っ て くるのだ。 このよ うな彼女 の意識 と「 町」 との対照 は、正 しく、先 の二つの 引用が示 して い る、語 り手 が持 す るアイ ロニ ックな視点 が招来 す るに他 な らな い のだが、 しか しいまよ り重要 なの は、

Emilyに

「 自己」 につ い て の意 識 が あ る と した らそれ は一 体 どの よ うな形 の もの なのか、 いや、 そ もそ も彼女 は 「 自己」 を映す「鏡 」 を持 つ のか、 も しそれが あ るの な らその「 鏡 」 は何 かで あ る。

Emilyに

とって 自己を映す「鏡」 とは「 町

Jだ

ろ うか。勿論、「 町」 が 自分 を どの よ うに見て いるか につ いて彼女が全 く無関心 だ とは思 えない。 しか し、 例 え ば、 市 会議 員 たちが税金 の請 求 に訪 れ た と きの彼女 の言動 や、“with her

head high"(126)と い う姿勢 を持 して

Homerと

馬 車 に乗 って行 きす ぎる と き

(18)

自己喪失の病 ― “A Rose for Emily"における共依存性について

17

ずみであ り、彼女 に とってそれ は何 ら驚 きで も衝撃 で もないのであ り、従 って、 「 田r」 が「鏡」 であ ると した らそ こに映 るの は これ まで と同 じ自己、 よ く知 っ て い る自己に他 な らなか った と言 え る。彼女 に真 の意味で 自己を認識 す る機会 が訪 れたのは、父 との関係が深刻 な意味 を帯 びは じめてか らで あ る。 父 が

Emilyを

虐 待 す るよ うにな って以 降― その始 ま りはいつ とは特定 で き ないが一 彼女が適齢期 に達 した とき、彼女 には兄弟姉妹 はな く、母 も不在 であ り、彼女 にとって真 の意味で 自己を映す「鏡

Jは

父 だ ったので あ る。 しか しそ の「鏡」 に映 った自己は「 町」 を対象 と した ときの誇 り高 い自己 とは異 な って、 ひたす ら父の愛情 に「 すが りつ」 く、惨 めで卑屈 な姿 を呈 して いたので あ る。 この姿 は彼女 に とって、 それ以前 とは異 な った 自分、 村上 が描 いた よ うな、 「鏡」 の中の「 自分以外 の 自分」 と観 じられたか も しれない。 しか し彼女 は、 そ うした「 自分以外 の 自分」 を直視 し、 自 らそ こか ら脱却 しよ うとは しなか っ た。先 に触れたよ うに、共依存者 は相手 への依存性 を失 うのを恐 れ るあ ま りに 相手 との対等 な関係 を避 けるが、 この状況 で は彼 の眼差 しは相手へ の一方 向 に のみ注がれ、 自己に向 け られ る ことは少 ない。 従 って

Emilyが

父 を 「鏡

Jと

して「 自己」 を知 った と して も、 それ は彼女 の内部 で は真 の 自己認識 にまで は つ いに至 らなか った と言 え よ う。 こうした彼女 の限界 は、語 り手 が言及 した窓 辺 の彼 女 の外 観 ― “

looking or not looking at us,we could never tell

which"一

が黎 むその眼差 しの不確 か さと曖昧 さによ って象徴 的 に露 呈 されて い るのか もしれない。 さて、

Emilyは

この よ うに「 自己」 を直視 す る ことが で きなか ったが、 一 方「 町」 は彼女 に対 して常 に好奇 の 目を注 ぎなが ら、彼女 を通 じて何 を学 ん だ のだ ろ うか。彼女 に対 す る「 町」 の態度 に関連 して

Rodmanは

、 作 品 の ク ロ ノ ロ ジーの混乱 は「町」 の人 々に とって都合 の悪 い材料 を物語 か ら排 除 しよ う とす る彼 らの意識 を写 して い るのだ と主 張 す る。 その具体 例 と して、 悪 臭 と 「町

Jか

らの

HOmerの

消失 が語 りの ク ロ ノ ロ ジー によ って分 断 され て い る こ とを挙 げ、 そ こには

Emilyを

殺 人者 と して刑 務 所 に送 るまい とす る「 町

Jの

(19)

意 図的な盲 目性が瞥見 され るのだ と論及す る。Л語 り手が構成す るクロノロジー の分 断 に よ って浮 か び上 が る こ う した「 町」 の姿 勢 は、 彼 らが終 始 見 せ る

Emilyへ

の好奇 の眼差 しと通底す るが、 それ はどのよ うな ことか。 「 町」 の人 々の

Emilyに

対 す る好奇心 は、 女性 た ちが彼女 の葬 儀 に参 列 し た理 由 (“out of curiosity")を通 じて物語 冒頭 の第一文で既 に示 されて いた が、彼女 の父が亡 くな った とき彼女 は無一文 にな って、 もうお高 くとま ってい られ ず “

she had become humanized"(123)と

な ったのだか らと彼女 を気 の 毒 に思 った り、彼女 と

Homerが

馬車 に乗 る姿 を “jalousies"(125)の う しろか ら覗 き見 た りす るな ど、彼女 に対す る彼 らの注視 には っきりと見て とれ る。 さ らに、 彼 らは二人 の恋愛 の進展 に応 じて、“they were to be married"と 思 い こん だ り、 また “`They are married'"(127)と 言 って喜 ん で みせ るの だが、 彼 女 の砒素 購 入 を知 る と、 今度 は “`She will kill herself'"(126)と 態 度 を豹 変 させ るので あ る。 この よ うに彼女 にさまざまな反応 を示す の は主 と して女性 たちで あ るが、 しか し女性 ばか りで はない。男性 の中で も、彼女 の行為 に異議 を 口昌え て “even grief could not cause a reallady to forget ηοttθssθ οbιιgθ"

(124)と言 う年輩 の人 たちが いたが、 これ は特 定 の価 値観 を個人 に強要 す る も のであ る。 こう した強要ぶ りは市会議員たちの彼女 の屋敷への侵入 に も通 じる。 彼 らの行為 は、悪臭 に対 す る市民 の抗議 を受 けての一 つの対処 で あ る とはいえ、 個人 の プ ライベ ー トな領域 で あ る屋敷 に無断 で侵 入 す るとい うお、るまい は個人 の権利 を力づ くで侵犯す るものに他 な らない。特 に、 この市会議員 たちの屋敷 へ の「 侵入」 は、物語 の ク ライマ ックスに起 きる

Emilyの

「秘密 の部 屋」 ヘ の「 町」 の人 々の力づ くの「 侵入

Jに

通底 す るとい う点 で重要 で あ る。

2し

か し、 ここで考慮すべ きことは、彼 らはなぜ彼女 のプ ライバ シーを剥奪 す るまで のぞ き魔 にな るのかである。林文代氏 はその優 れた「 エ ミリーに捧 げ るバ ラ」 論 で、「窓 を通 してエ ミリーは見 られ る ものであ り、 町の人 々は見 る ものであ る」33点を強調 しているが、

Emilyが

なぜ常 に「 町」 の人 々に「 見 られ」、 なぜ 彼 らは常 に彼女 を「 見 る」 のか、 この ことに どん な意 味が隠 されて い るのか を

(20)

自己喪失の病 ― “A Rose for Emily"における共依存性について

19

考 え たい。 「 町」 の人 々が

Emilyを

「見」、彼女が「 見 られ る」 とい う関係 が生 みだす 構図 は、両者 の間 に は対等 の関係 が成立 して いな い ことを意 味す る。 ここか ら は明 らか に対象への一方 向の視線 の存在が感 じられ るのであ り、対象 (他者)の 内面 は無 視 され て い る。

Emilyが

「 町」 の人 々 を どの よ うに見 て い るか は、 彼 らには問題 で はないので あ る(語 り手 が窓辺 の シルエ ッ トの場面 で、「 彼女 は われわれを見て いるのか、見 て いないのか はわれわれ には分か らなか った」 と 記 したの は、彼 女の内面 の計 り難 さと同時 に、「 われわれ

Jに

潜 在 す る彼 女 の 内面 に関 るまい とす る姿勢 を示唆す るため と も取 れ る)。 この よ うに、 人 々が 彼女 の内面 を無視 しよ うとす るの は、彼 らが彼女 を 自分 たちの内心 の欲求 を7商 たす対象 としたいとい う願望 を持 つ ゆえであ る。 この ことは、言 い換 えれば、 彼 ら一特 に女性 たち― に とって は、彼女が 日常生活 に存在 す るさまざまな満 た されぬ思 い(欲求不満)を 忘 れ させ て くれ る手段 で あ った とい うことに な ろ う。 彼女 たちの、

Emilyと

HOmerの

恋 愛 の進展 に関 るさまざまな反応 は、 ドラマ の ヒロイ ンに自分 たちの運命 を仮託 して 日ごろの憂 さを忘れ よ うとす る観客 の ぶ、るまいに殆 ど重 な ると言 え る。 さ らに、物語 の冒頭部分 で、彼女 は「 町」 に とって “a tradition"、 “a duty"、 “a care"であ った と規定 され るが、 これ らは 主 と して 「 町

Jの

旧 世 代 の 男 た ち が

Grierson家

に 対 して 背 負 っ た “ hereditary obligation"(119)であ って、 この ことは彼 らの価値観、 南部 の父 権 的世 界観 の維 持 の ため に

Emilyは

欠 くべ か らさ る シ ンボルで あ った と言 え る (新世代 の男 たち も旧世 代 の価値観 を完 全 には否定 で きないで い る。議 員 た ちが彼女 を訪 問 した とき彼女 を「 レデ ィ」 と して扱 うその様子 はそれ を示 して い る)。 このよ うに「 町」 の人 々は、「 町

Jに

お け る自 らの位置や価値観 を確認 した り、 あるいは内心 の欲求 を満足 させ るため に、彼女 を利用 しよ うとす る。 彼 らはそれぞれ に、 自 らの 目的を果 たす ために彼女 の内面 を理解 しよ うと努 め ず、彼女を “an idol"と して祭 りあげることに満足す るのであ る。 「 町」 の人 々 の こ う した

Emilyに

対 す る態度 は、 彼 らの眼差 しが彼 女 に対

(21)

20

大阪学院大学 外国語論集 第

して一方 向に注がれ る点 において「共依存」 の特徴 と董 なるので はなか ろ うか。 先 に見 た よ うに、Schaefは共 依存 に は 自己中心性 が潜 在 す る と指 摘 す るが、

この 自己中′亡ヾ性は当然相手 へ の「支配」 と「 コ ン トロール」 を招来 す る。 この 点 に関連 して さ らにSchaefは次 の よ うに述 べ て い る一 “Since co dependents feel they have no intrinsic meaning of their O、 vn, almost a1l of their

meaning comes from outside; they are ahnost externally referented"

(48)。 このSchaefの見解 は、一見「 町

Jが

Emilyに

対 してみせ る態度 と矛盾 す るよ うに思 われ る。 つ ま り、「 町」 の人 々 はそれぞれ に 自 らの価値観 を持 っ て いな いわ けで はない。例えば、悪臭 に関 して素早 い対処 を求 めた若 い市会議 員 の一 人 に、 “`…will yOu accuse a lady to her face of smelling bad?'"

(122)と その要 求 を一蹴 して しま う 」

udge Stevensは

南部 固有 の因習 的 な貴婦 人観 を持 ってい る ことは明 らかであ り、 それ はまた、

Emilyと

Homerの

交 際 を矢日つた と き、“`Of course a Grierson would not think seriously of a

Northerner,a day laborer'"(124)と 醒 め た見方 をす る婦 人 たちの意 識 のあ

り方 とも通 じる ものであろ う。 だが、問題 であ るのは、彼 らの価値観 は南部 の 伝統 的 な父権 的文化 にど っぷ りと漬 か った もので あ って、 そ こには自己を見つ め直す本質的 な意味 での「 自己認識」が存在 しない ことであ る。彼 らは この 自 己認識 を欠 いたまま、他者 に対 して 自 らの存在意義 を確認す る契機 を求 め、他 者 志 向性 を強 め るので あ る。

Emilyが

彼 らか ら一 方 的 な視 線 を浴 び るの は こ の ゆえであ る。 この よ うに、

Emilyが

「 町」 の人 々か ら一 方 向 の視 線 を浴 び るの は、 彼女 が「窓 を通 して見 られ る」 ことと無関係 で はない。 つ ま り、「窓 を通 して見 ら れ る」 とは、換言 すれば一定 の「枠(フ レー ム)」 を通 して見 られ ることを意味 す る。 人 々が父 と娘 の “tableau"を目撃 す る場 合 も、「 開かれた ドア

Jと

い う 「 フ レー ム」 を通 してで あ る し、 彼女 と

Homerの

散歩 も「 窓 枠

Jと

い う「 フ レーム」越 しか ら覗 かれ る し、窓辺 の彼女 の彫像 もや は り「 フ レーム

Jを

通 し て 目撃 され る。 このよ うに、「 フ レーム」 を通 して彼女 を見 る人 々の位 置が そ

(22)

自己喪失の病 ― “A Rose for Emily"における共依存性について

21

の「枠

Jを

越 え ない とい う点 で相手 への対面性 に自ず と限界が あ る し、 これ は また相手 の理解 に も限 りがあ ることを物語 っている。 さ らに決定的であ るの は、 この よ うな「 フ レーム」 の内側か ら相手(他者)を 見 る行為 には、他者 との積極 的 な双方 向の視線 のや りと りが欠落す る点 で、 見 る側 にお いて「 自己

Jを

見 つ め る機会が失 われやす い ことであ る。「 町

Jの

人 々が担 うこう した傾 向 は、 殆 ど同 じ理 由で

Emilyに

つ いて も言 え る。 彼 女が「窓 越 し

Jに

一 「 フ レー ム」 の内側か ら一人 々を見 ると した ら、 それ はや は り彼女 が 自己省察 を欠 く理 由 に 繋 が ると考え られ る。彼女 は自分 を見つ め る人々の視線す ら意識 して い るのか、 して いないのか分か らないのであ る。彼女 の視線 が常 に父 に注 がれ、真 に「 自 己」 に向 け られないの は、絵 とい う「 フ レーム

Jに

囲 まれ た父 の 肖像 画 にその 視線 が集 中 し、 父 も「 フ レーム」 を通 して彼女 を見つ め るとい うその構図 か ら も窺われ る。」effersOnの 「 町」 の人 々 も

Emilyも

、共 に 自 らの欲望 の対 象 で あ る他者 にのみ関心 を奪 われ、真 に自己を省み る機会 に恵 まれないの は大変不 幸 な ことであ る。

Faulknerが

A Rose for Emily"に

お いて描 いた

Emilyの

父 に対 す る執 着 と彼女 の

HOmer殺

害 の動機 は共依 存 の重要 な特徴 に重 な る もので あ った。 それ は、Whitfieldや Schaefが基 本的 に指摘 す る、「 自 らの欲望 や存在 感 を確 認 す るために他者 に依 存す る傾 向」 で あ ると言 え る。 こ う した

Emilyの

共 依 存 的性 向 は、彼女が父 を「鏡

Jと

しなが らそ こに映 った 自己像 を彼 へ の病 的愛 着性 のゆえに真 に直視 しなか った彼女 の限界を招致す るが、 それ は、窓辺 の彼 女 の シルエ ッ トが表す よ うに、彼女が「窓」 とい う「 フ レーム

Jを

通 して しか 「町」 の人 々― 外 な る世界一 を見 よ うと しなか ったその閉鎖性 に繋が り、 これ はまた「町」 との関係 において も彼女 が 自己認識 の機 会 を忌避 した ことを告 げ て い る。 一方、「町

Jの

人 々 も自己の欲望 の対象 と してのみ

Emilyを

見つ め、 その対 象 との関係 に対 して真 に注意 を払 お うと しない。 こう した彼 らの傾 向 は、語 り

(23)

手 が読者 に告 げ る、彼女 の死亡 の報 を受 けた人 々が彼女 の家 に「 秘密 の部屋」 が あ るの を知 りなが ら(“

Already we knew that there was one room in

that region above stairs which no one had seen in forty years"[129])、

埋葬 が滞 りな く終了 してか らその部屋 に侵入 した とい う事実 と決 して無 関係 で はない。彼 らが「秘密の部屋」 の存在 を知 ったのは恐 らく彼女 の死亡 を知 って その家 を訪 れた ときであ り、 その事前 ではない と考え られ、一見、彼女 の人権 と尊厳 に対す る配慮 に基づ くと思 われ るこの処置 は適切であると感 じられ るが、 この配慮 には殺人 の可能性 の事実認識 を遅 らせ よ うとの彼 らの意識 が垣 間見え るので あ り、 それ はやはり、先 に指摘 した「町」が担 っている「意図的盲 目性」 と通 じあ うものであろう。

Faulknerは

、 この

Emilyの

物語 を通 じて、 自己 と他者 との関係 にお いて、 他者 を「 鏡 」 と して 自己を直視 す る とい う意 識 を欠 い た状 況 が、

Emilyに

お いて も、彼女 との関係性 にある「 町」 の人 々において も潜在す ることを、 アイ ロニ カルで あ り、且つ客観的な語 り手 の視点 を通 して描 いている。 自己の真 の 姿 は外界 の事象(人と しての レベルで は他者)に映 して しか分か らないのであ り、 この ことの認識が 」effersOnと い うアメ リカ南部 の小 さな町の人 々に欠落 して い る ことを

Faulknerは

暗 に示 そ うと して い るので あ る。 こう した状 況 は、換 言 す れ ば、

Emilyと

共 に「 町」 が一種 の「共依存

Jの

民 に陥 って い る ことを 告 げて お り、 彼 は

Emilyの

物語 を通 じて顕現 した彼女 と「町

Jの

自己認識 欠 落 の傾 向 を、南部社 会が帯 同す る同 じ傾 向の象徴 と して表現 し、 自己認 識 を欠 くことの恐 ろ しさをわれわれ に警告 して い るので はなか ろ うか。 注

1

これ らの視点 による読解 とは別 に、

Emilyと

Victoria女王 との類縁 を指摘 した、

Gary L.Kriewaldの

興 味深 い論文 (“

The Widow of Windsor

(24)

自己喪失の病 ― “A Rose for Emily"における共依存性 について

23

Grierson,"7/1θ Fしαιたれθ′Joしr71αι 19 1[Fa11 2003])があ る。

2 William Faulkner,Cο

ιιθcιθα Sιοrjθ

sげ

7′ιιjα772 Fααιれ θ

r(New

York:Vintage Books,1977)123.以

下 引 用 は この版 に よ り、 括 弧 内 に ペ ー

ジ数 を示 す。

3

Emily Grierson's Oedipus Complex:

Ⅳlotif, lvlotive, and 〕vleaning in Faulkner's `A Rose for Enlily,''' Sι α′jθs ′Sんο Fじθιjοη 17

(Fa11 1980): 399-401.

4

Villiam Faulkner,Fα

じι

たんο

r jれ

ι

んθ

3Ljυ

θ

rsι

ι

ν

r C′

α

ss Cο72/arθ

6θS

αι

ι

/1θ l1/2jυ

θ

rsι

ι

o/ y′rgjんjα 195各

θ

δ

, ed. Frederick L Gwynn and

」oseph L.Blotner(New York:Vintage Books, 1959)185.

5 Scherting 400

6

フ ロイ トは、 女 児が誕 生 以来 性 的成 熟 の さま ざ まな過 程 を経 た の ち思 春 期 に達 した と き、 父 の子 供 を産 み た い とい う無 意 識 の欲 求 を抱 く と指 摘 して い る (Sigmund Freud,“ Beyond the Pleasure Principle,Group Psychology

and Otherヽ

Vorks"7/7θ Sι

αηαα

rα Eα:ι :ο

o/ι

んθ

Cοttρ

ι

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ι

θ

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ο

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終、″

s o/ S″ gれ

α

77α Frθ

αα, vol 18, trans James Strachey [London:

Vintage, 2001], 157)。 Cf. Freud, Sι

αんαα

rα Eα

ι

jο71, vol 19, 179, 256

7

ここで「虐待」 とい う表現 を用 いるが、 これには性 的 な意味 は完全 にりF

除 され て いな い。John Frielと Linda Frielは、 親 と子 の家庭 内 で の境 界 が 弱 い場 合 、 両 者 の 間 に 近 親 相 姦 が 起 こ りや す い と指 摘 して い る (4α αιι

Cん:ιαrθん, 7んθ Sθcrθιs o/Dys/1tんCιιOηαι Fαれιιιθs[Deerfield Beach, Fla:

Health Communications,1988]60)。

Emilyと

父 の場 合、家庭で は母不在 で あ り、 この父娘 の境界が うす くな って い ると思 われ ることか ら性的関係 も可能 性 と して は残 されて い るが、 や は りこの ケースは両 Frielが 挙 げて い る「情緒 的近親相姦」(“emotional incest"[60])(親 が子 を情緒 的 に配偶者 の代理 と見 倣 す場合)と見 るべ きで あ ろ う。

8

ヽVilliam Faulkner, Fα “ ιたんθr αι

ヽQgα んο

, ed Robert A.

(25)

」elliffe(Tokyol Kenkyusha, 1956)70

9 Faulknerは

長 野 で、先 の 引用 に続 いて、“At the time when she could

have found a husband, could have had a life of her own, there

、vas

probably some one, her father, who said,`ヽも, νοし れasι sιαッ んθ′θ αんα ιαたθ6αrθ

o/麓

θ'"(強 調 は筆者)と語 ってお り、 この言葉 は父 の娘 に対 す る秘 め られた期待 を示唆す るとも考え られ る。

10

テ クス トか ら

Emilyの

生 まれ た年 を規定 す るの は困難 で あ るが、

Gene

M.Moore(“

Of Time and lts Mathematical Progressions:Problems of

Chronology in Faulkner's `A Rose for Emily,'''``A Rose for Emily":

ルι/jιιjα

Faじιたれθ

r,ed.Noel Polk[OrlandO:Harcourt College Publishers,

2000])の

説 に従 って それ を1856年 とすれ ば、 南 北戦争終 結後彼女 が適 齢期 に 達 した ころには名門 の男子 で彼女 に相応 しい者 が少 なか った可能性 は考 え られ る。 あ る歴史書 は、戦争 に賭 ける姿勢 の北部 と南部 の違 いにつ いて、「 北部 で は、地位 や財産 のあ る青年が、立派 な体格 を して いなが ら平服 を着 た ままで い て も、社会的な汚名 を着 るとい うことがな くてすんだが、南部 で は女 たちまで 気 を使 って、紳士 で軍務 を忌避 して いる者が ないよ うに したので あ る」 と述 べ、 南部 の名 門男子 の多 くが 出征 し、 そ して戦死 した状況 を窺 がわせ て い る (サム エル・ エ リオ ッ ト・ モ リソン『 アメ リカの歴史』2巻 、西川正身翻訳監修[集英 社、1971]、 377)。

さ らに、

Danforth Rossは

Emilyが

南北 戦争 の余 波 の うちに成 人 した こ とを前提 に、彼女 の父が青年 たちを彼女 か ら追 いや ったの は、多分8、さわ しい

独 身 者 が戦 争 で死 ん で しま ったか らだ と述 べ て い る (“

From the American

Story," I1/Jιιjαη Fα

“ιんηθ

r:“

A Rose for Enlily,"ed.A/1.Thomas lnge

[Ohioi Charles E Merill,1970]6162)。

11

作 品 の冒頭 に

Faulknerは

Emilyが

死亡 した時点 にお いて、南北戦争 の 敗 北 に よ って

Grierson家

が 蒙 った社 会 変 化 の影 響 を、“…

garages and

(26)

自己喪失の病 ― “A Rose for Ёmily"における共依存性 について

25

that neighbOrh00d"と

語 って い る。

Grierson家

の 屋 敷 は当 時 この 地 域 で は “an eyesore among eyesores"(119)に な って ヽヽた。

12 Charles L

ヽVhitfield, Hcα ιjれ

g

ιんθ Cんjια I1/jιんjれr Djscουθ

rν αん∂

Rθcουθァ/orスααιι Cん′ιαrθん の′Dys/1ZんCιjOれαι Fα

“ ιιjθs(Deerfield Beach,

Fla:Health Cornmunications,1989)28-29

13 Claudia Blackは

、「 ア ダル トチ ャイ ル ド

Jを

ア ル コー ル依 存 症 の親 と 暮 ら した思 春 期 前 期 の子 供 や思 春 期 の若 者 と同 時 に、 成 人 に達 した子 供 た ち を 指 す と規 定 して い る (■ 1ろ′ιιι Attθυθr Hαpp`η ιον θf GroLtljη

gし

ぃ ωιιん スααjcιοん αs y。 “ れgsιθrs, スαοιθscθんιs, Aα “

″ι

s [Center city,

Ⅳlinn:

Hazelden,2002]x)。

14

この言 葉 は、

Sharonと

同 じ く父 の ア ル 中 に悩 ん で い た 少 年 Bill T.の 告 白中 の もの で あ る。

15

ジュデ ィス・

L.ハ

ー マ ン『 心 的外 傷 と回復 』 中井 久夫 訳(みす ず 書 房 、 1999)150

16 Emilyを

共 依 存 者 と規 定 す る と き確 認 しな け れ ば な らな い の は、 共 依 存 者 の 低 い 自 己 評 価(cf Whitfield,″ “ ′jれ

んθCんα 7:ι んjれ

31;Anne

Wilson Schaef, Cο―Deρθ72αθんεθr Mts“ れαθrsιοοα―Mtsι″θαιθα

[New York:

HarperCollins,1986]15)と 彼 女 の高 い沿 持 との整 合 性 で あ る。 名 門Grierson

家 の子 女 と して の彼 女 の誇 りは、市 会 議 員 た ち と彼 女 の対 面 場 面 に窺 が わ れ る。 しか し父 の死 後 困 窮 状 態 に陥 り、 父 の死 の衝 撃 と共 に彼 女 が「 喪 失 感 」 に苛 ま れ た こ とは想 像 に難 くな い。次 の描 写一 “She carried her head high enough

――

even when、

/e believed that she was fallen lt was as if she demanded more than ever the recognition of her dignity as the last GriersOn"

(125)一 は彼 女 に 内在 す る「 恥 辱 感 」 と「 自尊 心 の低 下 」 と、 そ れ らに あ らが お う とす る名 門意 識 との葛 藤 を垣 間見 せ る。

17 Judith Fetterley,“

A Rose for `A Rose for Emily,'"“

A Rose for

Emily"i lι′ιιιιαれ Fαしιたんθr 125.

(27)

18 Homerが

父 の身代 わ りで あ る とい う視点 を と らない見解 で は、 例 えば、

Ray B Westは

Emilyは

Homerが

ず っと誠 実 で あ った と偽装 す るため に 殺害 した と主 張 す る(“

AtmOsphere and Theme in Faulkner's`A Rose for

Emily,'"Tι ′jιιιαれ Fααιたんθrr Fo“r Dθθααθ

s

CrjιjCJS胤

, ed., Linda

ヽVelshimerヽ

Vagner DⅦ

ichigan: Ⅳhchigan UP, 1973]195-196)。 ま た

Hal

Blytheは

Emilyは

Homerが

ホモで あ った と知 った とき、 対面 を保 つ ため に毒殺 した と考 え る (“

Faulkner's`A Rose for Emily,'"Eχ

pι」cαιο

r 47 2

[Winter 1989]:50)。 一 方

Norman N Hollandは

Emilyが

父 と

Homer

を共 にエデ ィパ ルな視点で捉え ると しなが らも、否定 と併合の心理 的防衛 の立 場 か ら、

Homer殺

害 は彼女 が本 当 は結婚 して いな い ことを否定 す るた めの も の だ と論 攻 す る (“

Fantasy and Defense in Faulkner's`A Rose for

Emily,'"″

αrt/oだ Sιααιθs jtt Ljιθκ ι膨″

4 1[1972]:18)。

19 Charles L

ヽVhitfield, Co―αcρθ2αθηccf Heα ιιん

g

ιんθ

“′ηαれ

Cοれαjιιοん (Deerfield Beach, Fla.: Health Conllnunications, 1991)10 '支

が挙 げ る この定義 は、

BK Weinhold and」

B Weinhold,Brθ

αたιηg Frθ θ o/

ιんθ Cο―α9ρθηαθ72Cν Tκり 6Valpole, NHi Stillpoint, 1989)に よ る もの。

20 Terry Hellerは

、(この推測 は突飛 だ と断 りなが らも

)Emilyが Homer

と数 年 間 屋 敷 内 で 一 緒 に暮 ら した可 能 性 も否 定 で き な い と言 う(“

`The

Telltale Hair: A Critical Study of ヽVilliarn Faulkner's `ノ ヽ

Rose for

Emily,'"η

ttθ

rιzο

れα

α

θ

r妙 28.4[Winter 1972]:316)。

しか し砒素購

入と悪臭の流出の時期からして、 この

Heller説

には賛同 じがたい。

21 Fetterley 125

22 Schaef 49

彼女 は共依存 の特徴 の一 つ と して「 しがみつ き関係J(“ a cling―clung relationship")を 挙 げている。

23

斉藤学『魂 の家族 を求 めて一私 のセルフヘルプ グループ論』(/1ヽ学館文 庫、 1998)196-197.

参照

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