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アジ研ワールド・トレンド No.181 (2010. 10)
ਸ਼ؙੵઢফ
●情報の真偽
第一に、情報の真偽を確かめ
ることの大切さである。当然の
ことながら、インタビューで聞
いた情報が、常に正しいとは限
らない。インタビューした相手
が十分な知識を持っていなかっ
たり、勘違いしていたりするた
めに、間違った情報が告げられ
る場合もある。しかし、より困
るのは、相手が意図的に事実と
異
な
る
こ
と
を
述
べ
る
場
合
で
あ
る。とくに、私が対象としてい
るミャンマーでは人々が自由に
発言できない場面も多く、イン
タビューで正しい情報を聞き出
すのは簡単ではない。
ひ
と
つ
の
事
例
を
紹
介
し
よ
う。
少し前にミャンマーとタイの国
境貿易を視察するために、研究
所の同僚数人でミャワディとい
う
町
を
訪
れ
た。
我
々
は
ミ
ャ
ワ
ディ国境貿易局の部長とミャワ
ディ国境商工会議所の会頭に面
談した。その際、国境貿易の管
理・促進において問題点はなに
かと尋ねたところ、二人とも密
輸の横行が最大の頭痛の種であ
ると答えた。確かに、この周辺
の
国
境
線
は
小
さ
な
川
に
過
ぎ
ず、
正式な国境ゲートを通らずとも
物資の運搬は容易である。密輸
の横行は事実であろう。
しかし、彼らがそれで困って
いるということはない。なぜな
ら彼ら自身が密輸に関わってい
る
か
ら
で
あ
る。
私
は
イ
ン
タ
ビューの後、国境商工会議所の
会頭の車に同乗させてもらった
が、会頭にはひっきりなしに商
談
の
電
話
が
か
か
っ
て
き
て
い
た。
ヤンゴンのインスタント・コー
ヒーの大手メーカーからは、タ
イ
の
砂
糖
の
注
文
が
入
っ
て
い
た。
本来、ミャンマーでは国境貿易
による砂糖の輸入は禁止されて
いるはずなのだが、商談はすぐ
に成立した。私がこの点を指摘
しても、
会頭は全く意に介さず、
それどころか私をヤンゴン在住
と勘違いし﹁欲しいものがあれ
ば何でも言って欲しい。すぐに
ヤンゴンへ送る﹂
とのセールス
・
ト
ー
ク
さ
え
展
開
さ
れ
た
の
で
あ
る。つい先程、皆の前で密輸に
頭を悩ませていると言っていた
のが冗談のようである。
さらに、タイ側のメーソット
へ渡って密輸ポイントへ行って
みると、そこでは白昼堂々、多
くのミャンマー人労働者がプラ
スチック容器に入ったパーム油
をトラックから降ろして、ボー
トへと運んでいた。これもまた
規制品である。ボートはすぐ対
岸のミャワディ側へと漕がれて
行き、
積荷は、
ここでも白昼堂々
待機しているトラックへ搬入さ
れる。これらのパーム油は正式
な
国
境
ゲ
ー
ト
を
通
る
こ
と
な
く、
ミャンマー国内へと運ばれてい
く。じつはここは少数民族勢力
が影響力をもつ密輸ポイントで
あるのだが、それにしてもミャ
ンマー政府の黙認がなければこ
の
よ
う
な
ル
ー
ト
は
成
り
立
た
な
い。このように、インタビュー
では情報提供者の言葉を鵜呑み
にしてはいけないことがある。
●相手の立場
第二に、インタビューや視察
を行う際には相手の立場を慮る
こ
と
が
大
切
で
あ
る。
こ
こ
で
も、
ひとつ事例を紹介しよう。
昨年、バングラデシュのミャ
ンマーとの国境の町コックスバ
ザ
ー
ル
に
あ
る
ロ
ヒ
ン
ギ
ャ
難
民
キ
ャ
ン
プ
を
訪
ね
た。
こ
こ
で
は、
ミャンマー軍政の迫害を恐れて
帰還できない約三万人の難民が
暮らしていた。この時、私はバ
ングラデシュ政府からの正式な
許
可
を
得
ら
れ
て
い
な
か
っ
た
が、
国連難民高等弁務官事務所︵U
NHCR︶コックスバザール事
務所の好意により、この内ひと
つの難民キャンプを視察する機
会を得た。この難民キャンプに
は、国際社会の支援が比較的よ
く行き届いており、生活・衛生
環境は悪くなかった。
しかし、本当に苦しい立場に
置かれていたのは、じつは二つ
の
公
式
キ
ャ
ン
プ
の
外
側
に
住
み、
バングラデシュ政府から難民と
認められず、そのためUNHC
Rをはじめとする国際機関から
も
支
援
を
得
ら
れ
な
い、
非
公
式
キャンプのロヒンギャの人々で
あった。彼らの生活環境は劣悪
であった︵写真︶
。
非公式キャンプは公式キャン
プに隣接している。実際、私は
公式キャンプを視察している時
に、小高い丘の上から少し先に
見える掘っ立て小屋の集落の存
在
を
不
思
議
に
思
っ
た
記
憶
が
あ
る。それは非公式キャンプに他
ならなかったのだが、UNHC
Rのスタッフはそこへは案内し
てくれなかった。
翌日、非公式キャンプに私を
案内してくれたのは、たまたま
イ
ン
タ
ビ
ュ
ー
の
作法
私
は
こ
れ
ま
で、
イ
ン
タ
ビ
ュ
ー
中
心
の
フ
ィ
ー
ル
ド
ワ
ー
ク
を
行
っ
て
き
た。
役
人、
企
業
家、
商
人、
労
働
者、
農
民、
学
者
な
ど、
様
々
な
人
に
イ
ン
タ
ビ
ュ
ー
を
し
た。
未
だに満足できるインタビューができることは少ないが、
それでもいくつかの
﹁心
得﹂
を学んだように思う。
ここでは自身の経験に基づいて、
何点かを紹介したい。
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アジ研ワールド・トレンド No.181 (2010. 10)
コックスバザールへ行く飛行機
で
知
り
合
っ
た
国
際
N
G
O
の
ス
タッフであった。ロヒンギャ難
民の現状を知るためには、非公
式キャンプを見ることが不可欠
であるにもかかわらず、なぜU
NHCRのスタッフはそこを敢
え
て
見
せ
な
か
っ
た
の
で
あ
ろ
う
か。
それは、バングラデシュ政府
の政策に従って活動しているU
N
H
C
R
の
立
場
が
関
係
し
て
い
る。バングラデシュ政府はロヒ
ン
ギ
ャ
難
民
の
流
入
を
嫌
っ
て
お
り、一九九三年以降は一人も難
民
認
定
を
し
て
い
な
い。
非
公
式
キャンプの人々は﹁自然発生的
な定住者﹂と呼ばれ、国際的な
保護の対象となる難民とは認定
されていない。
そのため、バングラデシュ政
府との合意に基づき活動してい
るUNHCRは、非公式キャン
プ
を
外
国
人
に
見
せ
る
立
場
に
な
い。いや、そのようなことをす
ればバングラデシュ政府との関
係
を
悪
く
し
か
ね
な
い
の
で
あ
る。
私を非公式キャンプに案内して
く
れ
た
国
際
N
G
O
の
ス
タ
ッ
フ
は、UNHCRのこうした方針
を批判していたが、少なくとも
現場の事務所の判断で、外国人
を非公式キャンプへ案内するわ
けにはいかなかったのである。
さて、私が非公式キャンプを
訪問したことは、その日のうち
にUNHCRコックスバザール
事務所にも報告されており、担
当官からやんわりと釘を刺され
てしまった。非公式キャンプを
見なければロヒンギャ難民の実
状は分からないから、UNHC
Rの意に反してでもこれを訪問
したのは致し方ないことであっ
た。
し
か
し、
バ
ン
グ
ラ
デ
シ
ュ、
ミャンマー両政府と微妙な交渉
を重ねているUNHCRの立場
を理解し、尊重することも大切
なのである。
●迷惑をかけつつ
第三に、なるべく相手に迷惑
を
か
け
な
い
こ
と
が
大
切
で
あ
る。
しかし、実際にはこれはかなり
難しい。どの国でも現地の人々
に多かれ少なかれ迷惑をかけず
には、フィールドワークはでき
ない。とくにミャンマーのよう
な国で調査をすると、時に計り
知れない迷惑をかけてしまうこ
とがある。
例えば、ミャンマーである村
へ行き、何人かの農民にインタ
ビューしたいと当局に申し入れ
たとしよう。この場合、農民が
数十人は集められているのが普
通である。村総出という時もあ
る。しかも、
こちらはといえば、
道路状況が悪かったり、途中で
車が故障したりして、村への到
着時間が遅れがちである。だか
ら少し余裕をみてお願いはする
が、それでも数時間も遅れるこ
とがある。そんな時、集められ
た多くの農民は農作業をするこ
ともできずに、じっと村の集会
所で待たされることになる。申
し訳ないことこの上ない。
我々の訪問が、大ごとになっ
てしまうこともある。つい最近
もある地方の港のプロジェクト
を
視
察
に
行
っ
た
と
こ
ろ、
イ
ン
フォーマルにアポイントをお願
いしたにもかかわらず、結局は
軍
管
区
司
令
官
ま
で
話
が
上
が
り、
政
府
の
各
役
所︵
内
務
省、
警
察、
農業灌漑省、運輸省、林業省な
ど︶が総出で我々を出迎えてく
れることになってしまった。
我々が知らずに、迷惑をかけ
ていることもある。ミャンマー
では地方に行くと、車が不足し
ている。そのため、国軍・中央
政府の偉い人や、我々のような
外国人が訪問する時、地方の政
府機関が民間人の所有している
車を徴用することがある。しか
も、ガソリン代までオウナー持
ち、運転手がいない場合はオウ
ナーが自分で運転することもあ
る。地方の政府機関が用意して
くれた車で、ものすごく不機嫌
な
運
転
手
が
い
た
ら、
そ
れ
は
チョーカー︵徴用された車︶に
違いない。政府の役人はもとよ
り、運転手も徴用されているこ
と
を
外
国
人
に
は
言
わ
な
い
の
で、
お
金
を
支
払
う
こ
と
も
出
来
な
い。
知らない間に、大変な迷惑をか
けてしまう。
●どう発表するか
第四に、得られた情報をどの
ように発表するか、その仕方が
大切である。先に指摘したよう
に、情報提供者はしばしば建前
や虚偽の内容を話すが、彼らが
本当のことを語らないのには理
由がある。だから、隠されてい
た情報を知ったとしても、これ
を公表することは情報提供者の
立場を悪くする可能性がある。
例えば、私がコックスバザー
ルの非公式キャンプの現状をど
こかで発表することで︵これは
既に多くの人が知っていること
で
は
あ
る
が
︶、
U
N
H
C
R
の
現
場の担当者の立場を悪くしてし
ま
う
か
も
知
れ
な
い。
そ
れ
で
は、
わたしを公式難民キャンプへ案
内してくれたUNHCR担当者
への裏切りとなってしまう。
結局、ようやく聞き出した本
当の情報は、再びオブラートに
包まれた文章になって発表され
ることも多いのである。
それでも、様々な人との出会
いとインタビューは、フィール
ドワークの醍醐味である。
くどう としひろ/地域研究センター 東南アジアⅡ研究グループ長
専門はミャンマー地域研究。編著に『ミャンマー経済の実像―なぜ軍政は生き残れたのか―』
(アジ研選書No.12、2008年)、『大メコン圏経済協力―実現する3つの経済回廊―』(情勢分
析レポートNo.4、2007年)がある。
コックスバザール地区南クトゥパロンの非公式
キャンプ(2009年10月16日、筆者撮影)