著者
中村 教博, 山内 保典, 縣 拓充, 佐藤 智子, 中川
学, 松河 秀哉, 渡邉 文枝
雑誌名
東北大学高度教養教育・学生支援機構紀要
巻
7
ページ
101-108
発行年
2021-03
URL
http://hdl.handle.net/10097/00131221
1 .はじめに
2020年 3 月11日,世界保健機関(WHO)のテドロ ス事務局長は新型コロナウィルス感染症(COVID-19) が世界的な大流行(パンデミック)に至っているとの 認識を示した(WHO 2020).その後, 4 月16日から 全都道府県に緊急事態宣言が発出されたことに伴い, 大学での教育・研究に関する全ての業務はリモートも しくは必要最小限の対面に限られ, 1 学期の授業はす べてオンライン授業として実施することとなった.東 北大学の基礎ゼミは,「高校での学び」から「大学で の学び」への「学びの転換」を図る科目であり,新入 生のほぼ全員(約2,400名)が履修する科目である. 全学の部局の教員に協力を仰ぎ,文理横断型のおよそ 170ものテーマから構成されている.学生は興味のあ るテーマを選択し,受講する.授業では教員と学生, および学生と学生同士が,少人数でお互いに向かい合 い意見を交換することに主眼を置き,多様な授業形態 (調査・観察・実験・討論・輪読・発表など)を持つ. このような科目の特性上,「密閉・密集・密接( 3 密)」 という条件が重なる可能性が高いため,少人数での基 礎ゼミは非開講となり,オンライン授業に一本化して 実施することとなった.2 .授業内容の検討
基礎ゼミをオンライン授業に一本化して,入学者全 員(約2,400名)を対象として実施するにあたり,こ れから大学での学びを始める新入生にどんな教育が必 要かを,高度教養教育・学生支援機構の有志(教育学・ 教育心理学・教育工学・人文科学・自然科学の専門家 集団)が集まり,検討をおこなった.その結果,「調 べる→考える→表現する」という研究分野に依存しな い学びの基本形態の習得を目指す,いわば「学び方を 学ぶ」科目とすることを主眼とした.この科目を受講 する新入生は,研究型総合大学である東北大学の学生 であり,学術コミュニティーのメンバーであり,社会 を支える市民の一人である.そのことを自覚し,多様 な視点から,大学での学術研究のあり方とそれに携わ る者の姿勢を考えてもらうことは,入学時の今だから こそできることであり,チャンスと考えた.そこで, 授業題目は「大学での学びのいろは」とした. 高校までの総合的学習や探究活動で培ってきた土台 の上に,大学ではどんな自分になりたいかを自分自身 で考え,そのために何をどう学ぶかを主体的に求めて いく必要がある.専門科目の知識を習得することはも ちろんのこと,それ以外にも広く学問領域の見聞を深 めていくことで,大学での学びは充実したものになる. そこで,今回のオンライン基礎ゼミでは,1. 知を扱う【特集・報告】
学び方を学ぶためのオンライン基礎ゼミ
中 村 教 博
1)*, 山 内 保 典
1), 縣 拓 充
1), 佐 藤 智 子
1), 中 川 学
1),
松 河 秀 哉
1), 渡 邉 文 枝
2) 1 )東北大学高度教養教育・学生支援機構, 2 )早稲田大学データ科学センター *)連絡先:〒980-8576 仙台市青葉区川内41 東北大学高度教養教育・学生支援機構 [email protected] 「基礎ゼミ」の学修目標は,高校までの知識等を習得する受身の学習態度から,少人数クラスで,学生が自ら課題 を設定して調べ,学友や教員との討論・発表を通じて主体的に学ぶ態度への学びの転換を図ることである.本科目 は 9 割以上の新入生が受講する科目であるものの,新型コロナウィルスの感染防止のため,開講以来16年目にして 初めて非開講となった.そこで,新入生に学びの転換を体験してもらうため,「学び方を学ぶ」ためのオンデマンド 教材を用意することとした.学び方を学ぶための教育コンテンツは,「知識・理解」「表現・技能」として大学で学 ぶための基礎,「関心・意欲」として東北大学の歴史と専門分野の分野別参照基準,「思考・判断」として倫理観や 科学技術と社会とした.ここでは,オンライン基礎ゼミの概要について報告する.基本スキルを学び,2. 知を受け継ぐものとしての心構 えを持ち,3. 自分自身を見つめ直して「何を,どう学 び,どのようになりたいか」を考えることを目的とし た.
3 .授業形態と評価方法
新入生約2,400名が一斉に受講するために,登録者 上限が1,000名のGoogle Classroomに 3 つのクラスを 立ち上げ,受講生を迎え入れる準備をした.クラスコー ドを知らせることで, 1 年生は特に迷うことなく, Classroomに登録が完了した.授業のポイントや進め 方が一目で理解できるよう,イントロダクションの作 成では,シンプルな内容を心がけた.作成した教材は 次の 3 点:(1)イントロダクション動画(講義ポイン トや学習の進め方を説明),(2)関連資料,そして(3) ミッション(講義内容確認テスト)である.毎週月曜 日13時にGoogle Classroomにアップロードされるパ ワーポイント資料や動画等を視聴し,課題に回答する. これによりオンデマンド教材ながら,時間割に沿った ペースを作ることを心がけた.また,受講生同士のコ ミュニケーションを求める声に応えるために,スプ レッドシードのコメント機能を利用して,学部の枠を 越えて相互に意見交換ができる環境を設計し,学生間 のコミュニケーションをはかった. 毎週授業内容を視聴し,毎週の授業ごとのミッショ ン(14回)と,単元及び授業全体の振り返り課題( 6 回)を各回50ポイント満点とし,簡単なクイズに回答 または400字程度のレポートを作成することを課した. クイズは自動採点し,レポートはTAの応援を得て, 簡単な内容確認ののち採点をした( 1 課題50ポイント ×20回分=1,000ポイント満点).600ポイント以上で合 格(A)とし,それ以下のものは不合格(D)とした. 授業は 7 名の教員が 3 つの授業目的を意識しなが ら,それぞれが教材を作成し,相互に内容をチェック するチーム・ティーチングを採用した.これによって, 教育内容の質保証(各教員が専門に近い内容の教材を 作成し,授業内容や課題の相互チェックする体制)と, 授業運営基盤の安定化(技術的助言やTA管理等を行 う教員の参画)を図った.既存の資料(オンライン教 材や動画)の新規発掘と活用を積極的に進め,コンテ ンツ作成をイントロダクションのみにした.教員の省 力化や多様な知の導入を図りつつ,イントロダクショ ンでは教員の独自性を発揮するとともに,学生に向け た学修支援を行った.主な単元は,「知識・理解」「表 現・技能」として大学で学ぶための基礎,「関心・意欲」 として東北大学の歴史と専門分野の分野別参照基準, 「思考・判断」として倫理観や科学技術と社会とした. 以下では,授業内容の紹介をする.4 .授業内容
4.1 大学で学ぶための基礎 この単元は,第 2 回から第 6 回までの授業から成る. この単元で目指したものは,「調べる→考える→表現 する」という分野に依存しない学びのスキルの基本を 紹介し,他の授業等での学びを支援することである. 具体的には,第 2 回では,学びのスキルが求められる 背景とデザイン思考,第 3 回では問題発見のスキル, 第 4 回では考えるスキル,第 5 回では調べる・議論す るスキル,第 6 回では論理的に書くスキルを扱った. 本単元には,研究者育成を念頭に置いた狭義のアカ デミックスキルにとどまらない内容を含めた.東北大 学ビジョン2030にある「最先端の創造,大変革への挑 戦」は,私たち教員に対して,研究の文脈だけでなく, 教育の文脈においても求められている.授業の中で学 生に「従来のアカデミックな世界にとどまらない挑戦 を能動的に行い,多様な人々から学んで創造力を高め てください.あらゆる創造的な活動をする人から貪欲 に学ぶことで,大学がますます挑戦と創造に満ちた場 になるでしょう」と語りかけたが,教員自身が挑戦と 創造の姿勢を示すことが,将来,様々な領域において, さらには領域を股にかけて,挑戦と創造をし続ける者 に対する,大学からの最初の贈り物として相応しいだ ろう. 4.2 知識基盤社会,学びの転換,デザイン思考 第 2 回授業のポイントは,(a)知識基盤社会におけ る知を扱うスキル,(b)大学における学びの転換,(c) デザイン思考の 3 点である.以下,講義の概要を示す. (a)知識基盤社会においては,どのような職業であっ ても,知識を更新し,活用し,生み出すことが必要である.大学は,知の消費者から生産者に変わるという 大きな転換点にあたり,研究,社会貢献,教育の中で, 知識の更新,活用,生産活動に参加していく.そのた め,知を扱うスキルの習得の代表的な場となっている. (b)知を扱うスキルの習得に当たり,学びの転換 をすることが有効である.学びの転換とは,受動的学 びから能動的学びへ,定型的思考から多様な観点から の思考への転換を指す.基礎ゼミは学びの転換を促す ために設置されている.能動的学びと多様な観点から の思考が,知の生産・更新と知の活用に必要な理由は 以下の通りである. 知の生産・更新×能動的な学び:真に新しい知は誰 も知らないため,外から与えられない.勝手に生まれ もしない.自分の頭と言葉で考え,新しい組み合わせ をつくることで,独自の知を創出. 知の生産・更新×多様な観点:アイデアは既存の要 素の新しい組み合わせであり,要素の多様性が必要. 知の活用×能動的な学び:知を活用する文脈に関す る知識(それらは新たに生産,更新される)を学び続 ける.自分の関心に最適化した学びの実現. 知の活用×多様な観点:自分の思考枠組みでは理解 しがたいことの理解. (c)デザイン思考を最初の段階で取り上げた理由は 2 つある. 1 つは,デザイン思考は「共感→問題提起 →創造→プロトタイプ→テスト」(繰り返し含む)と いうステップからなる思考プロセスを指すため,本授 業で掲げた「調べる→考える→表現する」というプロ セスの概要をつかむのに適しているからである.もう 1 つは,アカデミックな領域以外の知恵も積極的に取 り入れるという,挑戦と創造の姿勢を学生に印象付け るためである.具体的には,デザイン思考の概要と, それが求められる背景を理解するために「イノベー ションとデザイン思考」という動画(イノベーション とデザイン思考 2013)を視聴した.加え,挑戦と創 造に向けた心構えを実感するために,デザイン思考と いう言葉を世界に広めた人物の講演動画を2本視聴し た. 4.3 問題発見と創造的思考スキル 第 3 ・ 4 回の授業では,大学で学ぶための基礎の一 つとして,それぞれ「問題発見のスキル」及び「創造 的思考スキル」を扱った.特にこの 2 つに焦点を当て た理由は,「挑戦と創造」と深く関連し,大学での学業・ 研究活動においても重要なものであるにもかかわら ず,中高までの教育課程で取り上げられることが少な いためである.それゆえ,新入生にこれらの基礎や重 要性を伝え,学び方,考え方の転換を促しておく意義 は大きいと考えられた. 第 3 回で扱った「問題発見」とは,「問題解決」の 前にある段階で,「解くべき問題を見つける」プロセス を指す.アートやデザインの領域に限らず,科学研究 やレポート課題においても問題発見は極めて重要であ り,創造的なパフォーマンスを強く予測する本質的な 活動とされる(Getzels & Csikszentmihalyi, 1976).問 題発見の回では,そのプロセスの重要性とともに,問 題発見のためのいくつかのヒントをまとめて伝えた. 具体的には,「まずはよく見てみること」「知識や経験 の重要性」「自分の感情に注目すること」などである. また合わせて,問題発見のスキルを高めていく上で有 効である現代アートについても簡単に紹介した. 続く第 4 回は「創造的な思考スキル」に焦点を当てた. この回では,評価を後回しにし,まずは多量のアイデ アを創出する拡散的思考について説明した上で,「制約」 に着目した認知科学的な知見(例えば,Finke, Ward, & Smith, 1992; 鈴木・開, 2003など)を取り上げながら, 新しい発想をするためのコツを紹介した.その他, TEDのトークを視聴してもらいつつ,「遊び」や「ア イデアを寝かすこと」等の重要性も伝えた. なお, 3・4 回の課題の中で一つ試みたこととして, 約2,400名の受講生に,多様な趣味や経験を持った者 がいることを認識させるとともに,そこから触発を促 すという取り組みが挙げられる.第 3 回の課題では, 自分のこだわりを他者に文章で表現することを求め, それらはスプレッドシートで相互閲覧可能にした.第 4 回の課題では,その中で気になった 2 名と一緒に行 う企画のアイデアを発想するということを課した.受 講生同士の直接的なインタラクションが困難であるオ ンデマンド型の授業の中で,「他者に伝える」「他者を 知る」「他者と協働する」といったことを疑似的に体 験させられる機会になったのではと考えている.
4.4 調べる・議論する・論理的に書くスキル 第 3 回,第 4 回に引き続き,第 5 回,第 6 回でも大 学で学ぶための基礎となる内容について扱った.第 5 回では,「調べる」と「議論する」をテーマとした. 前半では,文献探索の際に留意すべき点に言及すると ともに,具体的な方法を紹介した.後半の「議論する」 では,学生同士で話し合いを行う際に重要な点を考え てもらう契機を提供した.第 6 回では「論理的に書く」 スキルとして,論理的な文章とはどういうものかを考 えてもらうと同時に,アカデミック・ライティングの 基本を講義した. 情報探索としては,通常は図書や論文の調べ方を教 えることに終始しやすい.しかしこの時は,授業のオ ンライン化と,コロナ感染拡大防止の観点からの大学 への入構制限もあり,受講生の大半を占める 1 年生が 図書館に立ち入りできない事情があった.そこで,多 くの学生がインターネットから学術情報を入手してい る実態に鑑み,インターネットと情報探索に特に焦点 を当てた内容構成とした.また,特にこの当時は,イ ンターネット上での匿名性の高い投稿による誹謗中傷 が深刻な社会問題となっていた,よって,情報を入手 する側面だけでなく,自ら情報を発信していく際に意 識すべき点についても学生に考えてもらうことを重視 した. アカデミック・ライティングについては,レポート を執筆する段階での基本だけでなく,その前段階とし て必須の,自ら論理的に思考し,それに基づいて学生 同士で話し合いをする際に重要な点についても講義の 内容に含めるようにした.東北大学ではすべての学部 の1学生に初年次学生向けの教材である『東北大学レ ポート指南書』を配布している.引用や参考文献の書 き方についてはいくつかの方式・ルールがあるが,こ の授業では,この教材に準拠する形で内容を構成した. 授業実施後の受講学生からの感想・フィードバック コメントを見る限り,当該内容の扱いについて次のよ うな効果と課題があった.効果としては,時間数とし て十分ではないにせよ,大半の初年次学生が受講する この基礎ゼミにおいて,アカデミック・ライティング の基本に触れ,受講生がその重要性を認識する最初の きっかけとなった点は,有意義だった.一方で,「もっ と早くこの内容を教えてほしかった」という声も見ら れたように,他の授業ですでにレポート課題が出され, 基本を知らないままにレポートを書いていた学生が少 なからずいたことが分かった.実施のタイミングにつ いては検討の余地を残したと感じている. 4.5 東北大学と各学部の歴史 本単元「大学」(第 7 回・第 8 回)では,東北大学 の学生として,東北大学の歴史やそれぞれの所属する 学部の歴史と現在について理解した上で,今後の大学 のあり方を考えさせることを目標とした. 第 7 回の授業では,動画「東北大学へようこそ」・「東 北大学の歴史」を視聴させたうえで,ミニ講義のスラ イドを使って,東北大学の歴史に関する 2 つのトピッ クについて紹介した.ミッションとしては,動画とミ ニ講義の情報をもとに,大学の歴史的特徴や個性につ いて300字程度で記述させた.受講生から出された記 述としては,大学の創立の問題や「門戸開放」「研究 第一主義」といった理念に関するものが目についた. 第 8 回の授業では,キャンパスと学部の歴史を知る ことを目的とした.ここでは,大学の 4 つのキャンパ スに関する動画「ドローンでみる東北大学キャンパス」 を視聴して,オンライン・フィールドワークを体験さ せるとともに,ミニ講義「川内キャンパスの歴史」を 受講させた.そのうえで,動画「各学部・研究科の歴 史」を視聴して,自らの所属する学部の歴史的特徴に ついて学んだ.本回のミッションの 1 つとして,キャ ンパスに関する動画のなかから印象に残った場面を取 り上げて,短歌を一首作ることを課題とした.その際, 歌人の中島裕介氏が本授業のために制作した,「短歌 の作り方」に関するYoutube動画を受講生に提供す ることができた.キャンパスに足を踏み入れて学ぶこ とができない受講生たちは,自らの視点でキャンパス の緑や建物など,様々な光景を捉え,それぞれの思い を歌に詠んでいた. そして本単元の振り返りとして,大学の歴史的特徴 を踏まえて,2030年までに東北大学が目指すべき方向 性を示すキャッチフレーズを作り,それに込めた思い や意図を記述するという課題を出した.受講生からは, 研究や教育,国際化や人材育成などに関する,多様で
ユニークなフレーズが提示されていた.単元全体とし て,自らの所属する大学・学部の歴史と現在を知ると ともに,今後の大学を考えるきっかけを受講生に与え ることができたのではないかと考えられる. 4.6 専門分野とその周辺 この項目は,自分自身が所属する学部の分野別参照 基準を知ること(第 9 回)と自身の専門分野の周辺を 知ること(第10回)との 2 本立てである.武道の世界 でよく用いられる「守破離」でいうところの,“守(分 野の知識や技能を身につけ得る段階)”と“破(分野 の知識や技能に加えて,他分野の良いものを取り入れ 発展させる段階)”に相当するのであろう.これらは, 学士課程や修士課程卒業時に会得されることになるの であろう.また,“離”は独自の新しい知識や技能を 生み出し確立させる段階で,博士課程卒業時に会得す ることになるのであろう. 第 9 回のトピックの目的は,自分自身がこれから学 ぶ専門分野について,分野別参照基準を読み,どのよ うな知識や技能が求められているかを知ることであ る.分野別参照基準には,以下の 4 つが記述されてい る:(1)その分野の定義・特性,(2)その分野のすべ ての学生が身につけることを目指すべき基本的な素 養,(3)その分野特有の学修方法および学修成果の評 価方法に関する基本的な考え方,(4)市民性の涵養を めぐる専門教育と教養教育との関わり.この分野別参 照基準から,自分自身は今後何をどのように学修して いくべきかの大きな指針を獲得することができる.受 講者が参照基準を読み,まとめた100字程度の感想で は,「自分自身の専門分野の重要性」や「これまで考 えたこともなかった新しい側面を知ることができた」 といった記述が目立った. 第10回のトピックの目的は,自分自身の専門分野に 関わる分野参照基準を知った上で,興味があるものの なかなか自主的に調べられなかった分野や,全く興味 がない周辺分野にも目を向けてもらうことである.新 型コロナウィルスの専門家会議のメンバーを例とし て,専門分野の知識を持ちつつ,関連のない分野との 対話こそがこれからの社会で求められる“答のない課 題”を解決するときに重要であることを認識しても らった.そのうえで,分野別参照基準の要旨集から自 分の専門分野と関連が強い分野,興味がある他分野, 未知の分野を選択して,それぞれの記述に目を通し, なぜそれらの分野を選んだかの理由について50字程度 記述させた.これにより,「広い視野や他分野への興 味」,「他分野との協働が大切である」との記述が多く 見られた. 4.7 倫理 この単元は,第11回と第12回授業から成り,学術研 究に携わる者に期待される心構え,特に倫理的側面に ついて考えることを目的とした.この単元を設計する 際のポイントは,倫理という抽象的なものに対して, 自分とのつながりを感じさせること,倫理的問題を考 えることの重要性や難しさを実感させることであった. つながりを感じさせるために,例えば,限られたリ ソースの配分という構造に着目すると,日常生活の判 断と重大な倫理的判断には共通点があることを示し, 日々の小さな選択が将来迫られる厳しい判断に向けた 練習であることを強調した.また捏造や改ざん,盗用 のニュースに触れながら,知識基盤型社会では,どの 領域でも知の扱い方を間違えれば問題になるため,ア カデミック・インテグリティを大学で学ぶ必要がある ことを伝え,東北大学の学習・研究倫理教材Part1「あ なたならどうする」に沿って,アカデミック・インテ グリティと,それを構成する 6 つの価値(正直,信頼, 公正,敬意,責任,勇気)について説明した. また倫理的問題を考える重要性や難しさを実感させ るために,ロールプレイング型の動画教材を用いた. 第11回では大学の研究者,第12回では企業人の立場に 立ち,何を行うことが,なぜ正しいのか,なぜ善いこ となのかを,具体例に沿って考えさせた. 第11回授業では,米国保健福祉省と研究公正局に よって開発された「The Lab (2007)」という教材を 用いた.The Labはいくつかの場面で「次にどうする か」という質問がなされ,その選択に応じてストーリー が分岐していく.学生は,共著論文でなされた不正に 立ち向かう大学院生の立場で,(教材上での)最善の ゴールを目指した.それに先立ち,The Labにある「倫 理的意思決定過程のチュートリアル」に基づき,倫理
的意思決定過程のモデルや倫理的強度因子について説 明し,それらに注意して,ロールプレイをするように 促した. 第12回授業では,金沢工業大学で作成された「ソー ラーブラインド」という教材(金沢工業大学2010)を 用いた.他社との共同でソーラーブラインドを開発す る中,主人公がリーダーとして担当しているコント ロール・ユニットで原因不明の異常発熱が発生する. 懸命に努力をするも,原因を特定できないまま納期を 迎える.最後に,製品発表の最終確認を行う他社との 会議で,あなたならどうするのかを問うた.それに先 立ち,金沢工業大学を中心に導入と開発が進められた 倫理的判断のセブン・ステップ・ガイド (金沢工業大 学セブンステップガイド2010)を紹介した.特に判断 を倫理的観点からチェックするのに有効なエシックス テストを強調した. 4.8 科学技術と社会 この単元は,第13回と第14回からなり,専門家とし てだけではなく,社会を支える市民として科学技術と 社会の関係について考えることを目的とした.この単 元を設計した際のポイントは,一専門家である以前に 一市民であることを前提に,よりよい社会の実現や, 人類や社会の幸福の実現に,どのように科学技術を活 用するのかという視点に立って,研究や技術開発に臨 む心構えを持たせることであった.東北大学ビジョン 2030の教育のビジョンに掲げられた「大変革時代の社 会を世界的視野で力強く先導するリーダー」は,研究 や技術開発の先にある社会や世界を,常に視野に入れ る必要があろう. 具体的には,まず講義形式で「科学技術を進展させ ることで,新たな問題を発生させるリスクがあるが, 一方で,科学技術を進展させなければ,それらの問題 に対処できない」という状況を伝えた.その上で,科 学技術が社会にもたらす問題のタイプを整理し,それ らの多くは,トランスサイエンス領域にある問題(科 学と政治の交わる領域に位置する,科学によって問う ことはできるが,科学によって答えることのできない 問題)になることを強調した.科学技術と社会の接点 で生じる問題は,文系と理系を問わず分野を超え,さ らには多様なステークホルダーや市民も含めて,取り 組まなければならず,学生自身もかかわる問題である ことを伝えた.続いて,実際にどのように取り組めば よいかについて,テクノロジーアセスメントなどの取 り組みを伝えつつ,影響を受ける人々に支持,納得さ れるような社会的に妥当な決め方は,まだ社会の中で 確立されていない難しい問題であることを,技術官僚 モデルと民主主義モデルを対比する形で,それぞれの 長所と短所を示しながら伝えた. 次に,講義形式では抽象的になるため,第13回では 東日本大震災,第14回では自動運転車,単元のレポー ト課題では持続可能な開発目標という,東北大学ビ ジョンで言及された大変革に関する事例を取り上げ, 科学技術と社会の問題について考えてもらった.第13 回は,マイケル・サンデルの白熱教室@東北大学の動 画(東北大学白熱教室 2013)を視聴し,そこで投げ かけられた問題をもとに考えてもらった.第14回は TEDの動画「自動運転車の倫理的ジレンマ/パトリッ ク・リン」と「自動運転車が下すべき倫理的判断につ いて/イヤッド・ラーワン」を視聴したのち,マサ チューセッツ工科大学のモラルマシン(https://www. moralmachine.net/hl/ja)に回答して考えてもらった. この 2 つは市民の立場で考えてもらったが,単元のレ ポート課題では専門家(の卵)として,持続可能な開 発目標に対し,自身が学ぶ専門がどのように貢献しう るかについて考えてもらった.
5 .オンライン基礎ゼミの利点と欠点,及び反
省点
5.1 2,400名もの学生を対象とした科目における ICT 活用の利点と欠点 本基礎ゼミは約2,400名の受講者を抱えるもので あったが,このような大人数の科目におけるICT活 用の利点として最初に挙げられるのは,科目自体を成 立させられるという根本的な部分であろう.現実的な 問題として,2,400人を収容する教室を用意すること は非常に困難である.空間的な制約を取り払い,単一 のクラスとして,この規模で授業を実施できたことこ そ,ICT活用の最大の利点である.第 2 の利点は,資 料や課題などの教育コンテンツの流通の容易さとスケーラビリティである.資料や課題が電子化されるこ とで,複製の手間や,回収の手間は著しく低減される. そしてその手間は,仮に対象人数が24,000人に増えて も変わらない. 反対に,欠点として挙げられるのは学生のケアの難 しさであろう.ICTの活用により容易に大人数に教育 コンテンツを届けることができるようになったことに よって,教員は大量の学生の学修状況を把握する必要 に迫られるようになった.一人の教員がケアできる学 生の数は限られているため,必然的に,複数の教員や TAが協力して学生のケアを行う体制が必要となる. こうした体制作りが大人数を対象としたオンライン授 業の最も難しい点であろう. その他,大人数の講義では,プラットフォームとな るLMSの限界の影響を受けることもある.今回の基 礎ゼミでは,google classroomが1,000名までしか扱え ないという仕様上の問題から,クラスを 3 つに分けて 運用を行った.ところが,受講者が1,000人近くにな ると,classroomに備わっている成績の集計機能が途 中でダウンしてしまい,google formと連動した各回 の成績の集計をclassroom上で円滑に行えないという 問題が発生した.このため,成績をスプレッドシート から直接集計したり,その結果を学生にメールで通知 したりする必要が生じた.こうした作業は,対象者の 人数の関係から手作業では困難であるため,対応には Google Apps ScriptやVisual Basic for Applicationな どのスクリプト言語を用いざるを得なかった.問題解 決にプログラムの知識を要求される事態は,通常教員 が想定することではないであろう.大人数故にシステ ム的に不測の事態が生じやすく,不測の事態が起こっ た場合も大人数故に対処が難しいというのが,プラッ トフォームが大人数向けに成熟していない状況におけ る,大人数講義でのICT活用の欠点と言えるのでは ないだろうか. 5.2 TA による回答チェックの利点と欠点 基礎ゼミが開始された後の 6 月より,修士課程およ び博士課程に在籍する学生からTAとして 8 名を雇用 した.そのうち 2 名は留学生であった.TAの主な業 務は,1)不備のある回答の抽出,2)自由記述回答に 対するフィードバックコメントの作成・入力,3)授 業資料(情報検索のススメ,東北大学レポート指南書) の中国語翻訳,4)授業内容に対する学生目線での フィードバックであった.なかでも,2)フィードバッ クコメントの作成・入力は,TAを雇用したからこそ 実施できたと考えられる.また,フィードバックコメ ントに対しては,受講者の数名からお礼のメールが届 いた.そのため,フィードバックコメントの実施は, 受講者のモチベーションの維持や向上につながると期 待できる. 一方,欠点としては,TAの勤務管理という新たな 業務が発生したことが挙げられる.具体的には,TA への業務指示や出退勤の管理,TAからの質問への対 応などの業務が発生した.TAを配置することで,教 員は授業の作成などに専念できると期待したが,想定 したほど,教員の負担軽減にはつながらなかった. さらには,TAに十分な研修などを事前に実施でき なかったことから,依頼できる業務が限定的であった ことが挙げられる.今後,「基礎ゼミ」という全学的 かつ学際的な科目でTAを雇用する場合には,教育的 な補助業務(たとえば,受講者の答案への丁寧なフィー ドバックなど)について,それを十分に担える能力や 経験のあるTAを事前に審査して雇用することと,さ らに必要十分な事前研修を行うことが重要である.今 年度は,計画的にそれらを準備する時間的余裕がな かったことから実施できなかった.来年度以降は,計 画的にTAを雇用することが求められる.
6 .まとめ
新型コロナウィルスの感染拡大防止のため,基礎ゼ ミが開講されて以来初めて,少人数によるゼミ型式で はなく,約2,400人の新入生全員がオンラインで学べ る形態の授業を開発し,実施した.授業の内容は,大 学での「学び方を学ぶ」ためのオンデマンド教材であ る.対面かつ少人数で実施されてきた基礎ゼミとは多 くの点で質的な違いを持っており,今回の授業デザイ ンが学生の学びの転換にどれほどの効果を有するのか は現時点では十分に検証できていない.しかし,これ らの教材を視聴することで,すべての新入生が自分自 身を見つめ直し,大学での学びの基本について学修する機会を提供できたと考えている. 参考文献
Finke, R. A., Ward, T. B., & Smith, S. M. (1992). Creative cognition: Theory, research, and applications. Cambridge, MA: MIT Press.(小橋康章(訳) (1999). 創造的認知:実験で探るクリエイティブな発想のメ カニズム 森北出版)
Getzels, J. W., and Csikszentmihalyi, M. (1976). The Creative vision: A longitudinal study of problem finding in art. New York: Wiley.
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