1.はじめに 産業集積の研究は,近年,注目を集めている。その背景は,経営学の分野からポー ターの「産業クラスター」論が提案され,またわが国政府による「産業クラスター戦 略」,「知的クラスター戦略」が施策として実施されていることなどである。 地域中小企業間連携は,一部の広域連携を除き特定地域の産業集積を基盤にしてい ることが多い。地域中小企業間連携を分析するためには産業集積の分析を前提とする 必要がある。産業集積の先行研究では,産業集積がなぜ形成されるのか,なぜ継続的 に成長を続けているのかについては多くの文献が存在する。しかし,強い産業集積が なぜ競争優位を獲得できるのかの研究が十分には行われていないと思われる。 本稿では,強い産業集積がなぜ競争優位を獲得できるのかということを解明するこ とを問題意識とし,産業集積の継続性と競争優位維持のメカニズムを明らかするため の理論的フレームワークの検討を行うことが主目的である。 ネットワーク理論の研究の進展により,産業集積の研究が進んでいるが,近年注目 されているツーサイド・プラットフォーム理論を地域中小企業間連携の研究分野にも 援用し,新たな分析フレームワークの構築を検討する。 2.産業集積論の先行研究 2―1.産業集積のアプローチの系譜 産業集積の研究では,多くの学問領域からアプローチがなされている。既知のよう に学問として産業集積を最初に研究対象として取り上げたのは,新古典派経済学の父
ツーサイド・プラットフォーム理論の適用による
地域中小企業間連携の分析フレームワークの検討
A Framework of Alliance among Local Small and Medium Business
Enterprises based on Two-Side Platform Theory
森 岡 孝 文 Takafumi MORIOKA
と称せられるマーシャルである。マーシャル(1919)の『産業と商業』には産業集積の 概念規定がなされ,マーシャル(1920)の『経済学原理』では「特定地域における特定 産業集積」として産業集積の議論がなされている。経済学の一分野である経済地理学 の立地論からヴェーバー(原著1909)『工業立地論』(1966)での集積促進要因,分散 要因の研究,ウェーバー研究を批判的に発展させたフーヴァー(原著1937)の『経済 立地論』(1968)での「3つの経済」,マージンラインの研究などがある。また,国際 貿易論の領域からは,ウリーン(原著1933)の『改訂 貿易理論―域際および国際貿 易』1980 で「接触の概念」(advantages of easier contact with customers)を提唱して いる。近年では産業の地理的集中を取り上げたクルーグマン(1994)の『脱国境の経済 学―産業立地と貿易の新理論』がある。経営学の分野では,ポーター(1992)『国の競 争優位』で提示されたダイヤモンドモデルから産業クラスター論への理論的発展がみ られる1)。 わが国でも産業集積の研究は,日本経済史,日本経営史,中小企業論,イノベーショ ン論の立場からなされてきた。日本経済史,日本経営史の研究領域では,産地型産業 集積の歴史的形成プロセスを解明する試みがある。織物産地や陶磁器産地等の研究も ある。マニュファクチャーから近代的工業生産への展開の歴史的分析による産地型産 業集積における問屋制前貸し制度の産地問屋の役割や製造業者への金融機能,製品開 発機能の提供等の解明がされている。中小企業論では,セーベル,ピオーレが『第二 の産業分水嶺』で提唱した「伸縮的専門性」の議論やイノベーション論やネットワー ク論からの研究がなされている。特に,ポーターの産業クラスター論の提唱以降,地 域振興や地域活性化という喫緊の問題への処方箋として産業集積の研究がなされてい る。 比較優位説では,比較優位を持つ国が優位とする製品の生産に特化し,国家間で交 易を開始し,国際貿易が成立すると説明される。さらに,その国の中の特定地域に特 定産業が集積するのはなぜか,あるいはこの比較優位説でなぜ現在の国や地域レベル での優位が説明できないかという関心から様々な理論的な検討がなされてきた。更に, 特定地域でなぜ特定産業の集積が起こるのかという関心から,産業集積内の構造の特 徴や産業集積を形成する個別要因の分析がなされてきた。経営学の分野からはある企 業が特定地域に本社をおくことによる競争優位の獲得の検討,個別企業ベースの視点 から産業集積を対象とするアプローチがなされてきたといえる。 2―2.産業集積の定義と類型 わが国研究者の産業集積の定義として,ここでは岡本(1997)と伊丹(1998)の定義 及び橋本(1997)の類型を取り上げる。
岡本(1997)では,「産業集積とはある狭い地域に企業が多数立地して一定の製品を 共同して生産する『場』である」と定義している。また,多様な財やサービスを生産 する「場」であり,将来生まれてくる製品やサービスの生産を可能にする「場」であ ると定義している。伊丹(1998)では,産業集積とは,「1つの比較的狭い地域に相互 の関連の深い多くの企業集積が集積している状態をさす。関連のあり方は,同一業種 (つまり競争相手),あるいは生産工程上の川上川下の関連であったり,さまざまである。 その集合体としての集積が,全体の個々の企業の単純和を超えた効果・機能をもって いる」と定義している。 橋本(1997)は,わが国の産業集積を4つの類型に分類している。橋本は,産業集 積をまず大企業中心型か中小企業中心型かで分類し,更に各々を2分類している。大 企業中心型は,生産工程統合型の大企業に依存する類型(新居浜,水島),大企業補完 型の「企業城下町」産業集積(トヨタ,日立)であるとし,中小企業中心型は,「産地」 型集積(鯖江,燕,常滑),大都市立地ネットワーク型(東京大田区,東大阪)である としている。本稿のフレームワーク適用の対象は,以上の4類型の中の「産地」型集 積であり,このフレームワークを検討する。 2―3.プラットフォーム概念を使った中小企業間連携分析の先駆的研究 出口(1996)は,コンピュータのクライアント・サーバーの階層関係から着想し,90 年代にプラットフォーム概念を適用して中小企業の企業間連携について言及している。 出口(1993)は,プラットフォーム提供産業を「何らかの装置やソフトウェアや規格を プラットフォームとして,その上で何らかのサービス提供が可能となる産業の一般形 態をプラットフォーム産業と呼び,その中でプラットフォームそのものを提供する産 業を定義している。出口(1995)でプラットフォームを「その上でのサービスの提供者 とサービスの利用者の結び付きを可能とするような基本的なサービスを提供してくれ る設備やシステム,あるいはその規格のことである」と定義している。出口(1996)で プラットフォーム財を「水平的なクライアント・サーバー関係が成り立つために,そ の前提となる垂直的に見て下位のサービスを提供する財やサービスが必要となるとき, これをプラットフォーム財と呼ぶ」とそれぞれを定義して,その定義に基づき中小企 業間の企業間連携を分析している。 出口(1993)では,中小企業間の企業間連携を相互依存のネットワークとみなし, 親企業のようなコーディネイターが存在せず,相互競争と共同受注等による競争的競 合が並存しているとしている。さらにこのネットワークの中で知識蓄積によってネッ トワークのメンバーが互いの技能が評価されるシステムが構築されるとしている。こ のような相互依存関係にある中小企業の工業集積が生きる道は,コスト面での外部委
託,製品・開発面での外部委託に対応する道と,中小企業集積の工業集積としての ネットワークの利用によるネオギルド組織の形成という生き残りの道を出口は提唱し ている。 以上の出口の分析は,クライアント・サーバーというコンピュータ関係から着想を 得たプラットフォーム論による中小企業間連携の分析の嚆矢といえる。 出口(1993)は,ネットワークの外部性についても言及している。ネットワークの外 部性については,ネットワークの利用者にとってのネットワーク規模がもたらす利便 のことを意味する。それは同時に規模の大きいネットワークを形成できた企業の競争 優位も意味する。その意味でこれをシステム規模の経済性と呼んでいるが,この点に おける,サーバーとクライアント,サーバー間の関係についての分析は行われていな い。プラットフォーム戦略論の理論面を検討することによって,ネットワークの外部 経済の分析を含めさらに検討する必要性がある。 3.産業集積分析のための経済性概念の整理 3―1.ダイアド(1:1)ベースの企業間連携の経済性概念の整理と問題点 本稿においては,産業集積の観点に立って,経済性概念の見直しを行う。最初にダ イアド(1:1)ベースの企業間連携の経済性概念の整理と問題点を検討する。 ダイアドベースの伝統的な経済性概念として,「規模の経済性」と「範囲の経済性」 がある。「規模の経済性」と「範囲の経済性」はともに一企業に見られる経済性である と考えられてきた。「規模の経済性」は,単一の企業で生産規模が大きくなればなるほ ど製品一個あたりのコストが低減する効果と定義されてきた。また,「範囲の経済性」 も「規模の経済性」と同様に従来は,単一の企業内で,複数財の生産あるいは複数の 活動を行うことによる業務の補完効果と定義されていた。 根来・森岡(2001)では,企業間連携におけるダイアド(1:1)ベースでの企業間 連携の分析を行い,4つの企業間連携の類型化(水平連携,越境連携,垂直連携,階 層連携)を提示し,それぞれの連携のメリットとデメリットを考察している。この分 析に際し,規模の経済と範囲の経済の外部効果,内部効果という概念を提唱している。 内部効果とは,「企業間連携(グループ)を構成する主体者間で生じる影響・効果」 をいい,連携グループの内部に効果発現のメカニズムが存在するとしている。外部効 果は「顧客との間に生じる影響・効果」をいい,顧客とのインターフェースあるいは 顧客同士の相互作用に効果発現のメカニズムが存在するとしている。また,効果には 「コスト効果」以外の要素も含めている。内部リスクは,「企業間連携(グループ)を構
成する主体者間の連携によって生じる,経営を阻害する影響・効果」とし,外部リス クは,「顧客との間に生じる,経営を阻害する影響・効果」であるとしている。 その他の経済性の概念の検討として,根来・森岡(1999)では,「連結の経済性」と 「ネットワークの経済性」の概念が議論されている。宮沢(1988)によって提唱された 「連結の経済性」は,「一企業の規模の大きさや範囲の広さだけでなく,複数の企業が 連結し,各企業の持つ情報や技術・ノウハウを結びつけることによって,相乗効果を 発揮し,補完効果を高めること」と定義されている。この概念は,「グループとなった 企業の経済性」を対象とするもので,産業の業際化(業界の垣根が低くなること)と情 報化の進展に基礎をおいたものである。「連結の経済性」に対する問題点としては,業 際化を前提にしなくても「インフラ提供者」と「コンテンツビジネス」の連携がもた らす経済性を議論することが出来ることがあげられる。また,特定地域の産業集積で は高度な情報化が進展しなくても連携がもたらす経済性を見出しうることができるこ ともあげられる。 一方,「ネットワークの経済性」概念は,「製品(財やサービス)について,そのユー ザーが多ければ多いほど,またネットワークのサイズが増大すればするほど,その製 品(財やサービス)から受けられるユーザーの『便宜』が高まること」と一般に定義さ れているが,内部効果も存在することが指摘されている。 産業集積では,多くの個別企業が,川上から川下のサプライチェーンで連携してい る場合,特定工程の同業者間の連携も存在する。ダイアド(1:1)ベースの企業間 連携の経済性概念をそのまま産業集積の分析に用いることは出来ない。 3―2.産業集積分析のための概念整理 ダイアド(1:1)ベースの企業間連携に用いた外部効果,内部効果という概念に ついて再度見直す必要がある。根来・森岡(2001)で提唱された外部効果,内部効果 に関係する概念としては,マーシャルが提唱した外部経済,内部経済の概念の検討が 必要である。 マーシャルによれば外部経済とは「産業の全体的発展に由来するもの。ある特定の 地区に同種の小企業が多数集中すること(localization of industry),すなわちふつう産 業立地と呼ばれている現象によって確保されることの多いところ」のものであると定 義されている。一方,内部経済は「従事する個別企業の資源,その組織とその経営能 力に由来するもの」と定義されている。外部経済,内部経済には利益と不利益が存在 し,産業集積に属する外部経済,外部不経済,内部経済,内部不経済がある。各概念 は以下のように定義することができる。
・産業集積の外部経済:産業集積に属する1企業がコストをかけないで,ただで得 る経済的利益 ・産業集積の外部不経済:産業集積に属する1企業の行動が属している産業集積全 体に与える経済的不利益 ・産業集積の内部経済:産業集積に属する1企業がコストをかけて手に入れる利益 ・産業集積の内部不経済:産業集積に属する1企業の行動が自己の企業に与える経 済的不利益 また,同時に産業集積内では「規模の経済性」,「範囲の経済性」も作用することが 考えられる。しかし,産業集積での「規模の経済性」と「範囲の経済性」は単一の企 業に関する経済性を論じる概念ではなく,産業集積全体がもたらす効果を議論するこ とになる。また,効果をもたらす範囲としてはフーヴァー(1937)が提示した下記の3 つ経済の概念の検討が重要になる。3つの経済の概念とは,1地点で企業の生産規模 を拡大する結果として生じる,1企業内部での大規模の経済(large-scale economies within a firm),単一の立地における単一の産業の総産出量が拡大する結果として生じ る,当該立地の当該産業の全企業にとっての地域的(局地的)集積の経済(localization economies),単一の立地の経済全体の規模が拡大することによる結果として生じる当 該立地の全産業の全企業に当てはまる利益である都市化の経済性(urbanization economies)である。産業集積の議論を検討するには,地域的(局地的)集積の経済が 対象となる。つまり,産業集積の外部経済に関する規模の経済性,産業集積の外部経 済に関する範囲の経済性,産業集積の内部経済に関する規模の経済性,産業集積の内 部経済に関する範囲の経済性を検討することが必要になる。 4.ビジネスレイヤーの考え方 産業集積の外部経済に関する規模の経済性,産業集積の外部経済に関する範囲の 経済性,産業集積の内部経済に関する規模の経済性,産業集積の内部経済に関する 規模の経済性を検討する際には,ビジネスレイヤーの考え方が有益である。ビジネス レイヤーの考え方は,個別のビジネスの構成をインフラストラクチャー,プラットフォー ム,コンテンツから成立していると考える。例えば,新聞を考えるとインフラストラク チャーは販売店網であり,プラットフォームは新聞紙,コンテンツはニュースの記事で あり,新聞社がこれらの機能を統合し物理市場を形成していると考える。一方,ニュー スの検索ネットを考えるとインフラストラクチャーはパソコン,プラットフォームはプ ロバイダー,コンテンツはニュース記事となる。この場合は,読み手である読者がど
のパソコンを使うか,どの検索エンジンを使うか,どのニュース記事を読むかは読者 の選択と組み合わせにゆだねられる。このような市場を空間市場という。根来・小川 (2001)では,インフラストラクチャーはコンテンツおよびプラットフォームの物理 的・技術的基盤,プラットフォームはコンテンツを提供する場や提供手段,コンテン ツを消費されるモノ・サービス自身と定義している。 産業集積にレイヤー(階層)の概念を持ち込むと,インフラストラクチャーは産業集 積の立地,プラットフォームは同業者組合,および製品製造のコア技術を有する企業, またコンテンツは顧客に提供される「もの・サービス」それ自身と,それぞれ暫定的 に定義することができる。以下ではプラットフォームについての検討を行う。 5.プラットフォーム概念について 5―1.プラットフォームの種類・定義 森岡(2007)では,プラットフォームの概念を紹介している。プラットフォームの分 類として,延岡(2006)のいう業界プラットフォーム,技術プラットフォーム,製品プ ラットフォームの区別と,延岡とは別の根来(2006)の製品プラットフォーム,取引プ ラットフォーム,社会プラットフォームを記述している。また,根来(2007)は,経営 学に関連するプラットフォームを「製品の構造を階層的に捉えて表現する場合や,そ れに対応した産業構造の階層性を前提にして,その多層構造のある条件を満たす階層 (部分)をプラットフォームと呼ぶ」と定義しており,階層とその活動自体もプラット フォームであると位置づけている。 5―2.中小企業施策の地域プラットフォームについて 中小企業施策でもプラットフォームの概念を利用した施策が,従来から実施されて いる。中小企業施策の地域プラットフォームは「研究開発から事業展開に至るまでの 過程で個人・企業が遭遇する資金調達面・技術開発面・人材育成面等の課題に対し て,産学官連携や異業種交流等を初めとする適切なサポートを行う新規事業創出のた めの総合的支援体制」と定義されている。この概念は,中小企業が新製品を開発する ためのフェーズごとに必要とされる支援体制を並列表示しているに過ぎない。問題点 としては,既存の産業集積自体を支援する枠組みが表示されているわけではないこと, プラットフォーム概念を利用しているにもかかわらず,階層性を前提として設計され ていないことがあげられる。
5―3.エコシステムとプラットフォーム・リーダーシップについて 単一の企業ベースにおいてプラットフォームの概念を利用した研究に,クスマノ& ガワー(2002)の提起したプラットフォーム・リーダーシップの概念がある。プラット フォーム・リーダーシップとは,「自社の特定のプラットフォームのために業界の様々 なレベルでのイノベーションを促す能力のこと」である。 プラットフォームリーダーは,「複数の企業からなる生態系(ecosystem)の中で活動 し,自社の製品だけでなく,それらと組み合わせることで機能する一連の補完製品に も急ピッチのイノベーションを仕掛けていく」としている。マクグラス(2000)では, 自社がプラットフォームを提供し,自社のプラットフォームをベースに自社の製品を 提供することで製品が完結する場合と,自社のプラットフォームに自社製品と補完業 者の製品が提供されることによって製品が完成される場合の2つの場合があるとして いる。補完業者の製品供給を含め製品が完成する場合は,自社と複数の企業からなる 生態系(ecosystem)が成立することになる。クスマノ&ガワーの提起したプラット フォーム・リーダーシップは,プラットフォームリーダーが補完業者とどのような関 係を持つとプラットフォームを利用し,短期間にかつ量産できる体制を確立すること ができるかについての議論である。 5―4.ツーサイド(マルチサイド)・プラットフォームについて ここでは,プラットフォームとそのプラットフォームを基盤として結びつけられる サイドに関してネットワークが構築されるツーサイド(マルチサイド)プラットフォー ムの理論(市場の二面性)について述べる。Eisenmann, T., Parker, A., Alstyne, M.W.V. (2006)はツーサイド・プラットフォーム戦略の中で,プラットフォームを「異なる2 種類のユーザー・グループを結びつけ1つのネットワークを構築するような製品や サービス」と定義している。 具体例としては,クレジットカードでは消費者と加盟店,新聞では購読者と広告主, HMO(健康維持機構)では患者と医療機関,OSではコンピュータユーザーとアプ リケーション開発者をつなぐものがあげられる。プラットフォーム上で2種類のユー ザー・グループが相互に引きつけられる「ネットワーク効果」という現象が生まれ, 複数のユーザー・グループ(サイド)の両方あるいはサイド間でネットワーク効果の働 く市場では「収穫逓増の法則」が享受できる。 プラットフォームでは「市場の二面性」の問題がある。この問題は,プラットフォー ムを利用するサイドには,優遇されるサイドと課金されるサイドが存在するという問 題である。ここでいう課金とは,プラットフォームプロバイダーがサイド側に対して
どれくらい儲けるかという程度のことである。企業ベースでいうならば,ある企業が 一社でツーサイド・プラットフォームすなわち2種類のユーザー・グループを結びつ ける製品やサービスを所有している場合,ユーザー・グループは例外なく,優遇され る側と課金される側に分かれる。一方,複数企業でプラットフォームを共有している 場合は,優遇される側の存在はあまりみられない。 図1.プラットフォームの構成要素とネットワーク効果 5―5.ネットワーク効果について ツーサイド(マルチサイド)・プラットフォームに関する重要な考え方は,ネット ワーク効果の概念である。サイド内ネットワーク(same-side network effects)とサイ ド間ネットワーク効果(cross-side network effects)の2つのネットワーク効果があげ られる。2つのネットワーク効果の内容は以下である。 サイド内ネットワーク効果:ユーザーの数が増えると,そのユーザーが属するグルー プにとって,プラットフォームの価値が向上あるいは下落する現象 サイド間ネットワーク効果:片方のユーザーが増加すると,もう片方のユーザー・ グループにとってプラットフォームの価値が向上あるいは下落する現象 従来の「ネットワークの経済性」は,既述したように「製品(財やサービス)につい て,そのユーザーが多ければ多いほど,またネットワークのサイズが増大すればする サイド間ネットワーク効果 プラットフォーム サイド内ネットワーク効果 構成要素 ―ハードウエア ―ソフトウエア ―サービス 諸ルール ―標準 ―プロトコル ―政策 ―契約 設計思想
Eisenmann_Module Note_Platform-Mediated Networks;Definitions and Core Concepts_H.B.S.Rev.Oct.2.2007 Eisenmann, Parker and Alstyne, Platform Envelopment, Harvard Business School working paper 07-104, May 17, 2007を もとに森岡修正作成
サイド1
(ユーザー1)
サイド2
ほど,その製品(財やサービス)から受けられるユーザーの『便宜』が高まること」と 一般に定義されているが,プラットフォームや補完業者,その最終利用者との関係に ついては述べられていない。プラットフォーム論では,この3者(あるいは3者以上) の関係が2つのネットワーク効果として論じられている。 さらにマルチサイド・プラットフォームの場合,最終ユーザー以外の補完業者同士 がどのようにサイド間でネットワークを形成して連携していくかという連携戦略を検 討することも必要になる。このようなネットワーク内ネットワーク効果,あるいは他 のネットワークと連携し,他社サイドと連携して他のネットワークと競争するネット ワー内ネットワーク競争の存在も考えることができる。 6.ツーサイド(マルチサイド)・プラットフォーム理論を考慮した フレームワークの提唱 ツーサイド(マルチサイド)・プラットフォーム理論からサイド間ネットワーク効果, サイド内ネットワーク効果という概念を用いることにより,ネットワーク外部性の内 容がより明らかになったことが判明した。本稿で提唱する分析フレームワークは図2 によって示される。 図2.マルチサイドプラットフォームを考慮したフレームワーク 販売業者グループ 特 定 地 域 A 特 定 地 域 B 地域内aプラットフォーム 地域内bプラットフォーム 地域内プラットフォーム インフラA インフラB 製造業者 製造業者グループ 販売業者 消 費 者 消費者グループ 強い紐帯 弱い紐帯 (森岡 作成)
特定地域A内における特定の産業集積Aがあるとし,これをインフラAとする。イ ンフラAの上に地域内 a プラットフォームと地域内bプラットフォームが存在する。 プラットフォームのユーザーとして製造業,販売業者,消費者が各々のプラットフォー ムのユーザーとして存在する。ユーザーとユーザー間の関係,ユーザーとプラット フォームとの関係がどのようになっているのか,どのように影響しあっているのかを 分析することが可能になる。さらにこの特定地域内でのユーザー同士の連携戦略,機 能別ユーザー間の連携戦略,プラットフォーム間の関係,複数のプラットフォームを ユーザーが利用する際のホーミングコストの問題点など,ネットワーク内ネットワー ク,ネットワーク間競争もこのフレームワークで解明することができる。 ユーザー間の連携戦略については,ユーザーである製造業がお互いの工程別に比較 的大規模なグループを形成し,強い,または弱い紐帯で結び付いている場合,あるい は,個別ユーザーごとが比較的小規模のグループで強い,または弱い紐帯で結び付い ている場合が想定される。このフレームワークによって,個別の特定地域内の産業集 積および内包されている中小企業間連携を分析することが可能になると考えられる。 図3.中核特定地域を中心とした特定地域間ネットワーク間関係 さらに,広域地域の分析を行うために特定地域を分析単位とすることで,中核特定 地域を中心に特定地域間,あるいは特定地域外の地域との関係を分析することが可能 になる。図3はこのことを表した概念図である。ここでは特定地域自体が近接してお り,特定地域間で互いに補完関係,競争関係が成立する場合が考えられる。想起され る問題は,なぜ特定地域間で補完関係や競争関係が起こるのか,時間の経過とともに 特定地域A 特定地域外地域X 特定地域C 特定地域B 中核特定地域 特定地域外地域Y (森岡 作成)
中核特定地域が他の場所に移りえるのかどうか,その場合には他の特定地域にどのよ うな影響が及ぶのか,あるいは特定地域は衰退するのか生き残るのかという分析も必 要となる。 7.事例研究:燕磨き屋シンジケートのステンレスビアマグカップの分析 7―1.ステンレスビアマグカップ 磨き屋シンジケートは,わが国の代表的「産地」型産業集積地である新潟県の燕市 にあるバフ研磨業者を中心とした同業工程業者の中小企業間連携組織である。結成以 来,受注獲得のためNHKあるいは民放の特集番組に積極的に出演し,「何でも磨け る」を合言葉に受注獲得のためのマーケティング活動を積極的に展開してきた。最近 では,iPod の鏡面加工や,ステンレスビアマグカップの売れ行きが好調で話題になっ ている。特に,このステンレスビアマグカップは,クリーミーな泡立ち,ビールの雑 味を取る,ビールがぬるくならないなどの理由から,最終消費者から人気を得ている。 このステンレスビアマグカップは,当初はカタログ販売を目指したが,磨き屋シンジ ケートからの販売申し入れに対してカタログ販売会社が1社のみ応札しただけであっ た。この既存の流通経路に製品を流通させた場合,最終販売価格が高くなり,消費者 に価格が高すぎたため購買されないという理由の結果であった。そのため,ステンレ スビアマグカップは,磨き屋シンジケートで直販した方がいいとの結論になり,その 後,磨き屋シンジケートのウェブサイトに直接掲載を開始した。すると,製品はすぐ に売れはじめ,1ヶ月待ち,3ヶ月待ちの状態になった。さらに,事務局の高野氏が 講演先に持参して販売したり,見本市に展示出品したので,そういう地道な販売活動 が実を結んだ結果であるといえる。 ステンレスビアマグカップは,Lサイズ・容量約480 cc ・価格 16,800 円・月産 50 個 製造と,Sサイズ・容量約200 cc ・価格 11,000 円・月産 50 個製造の2種類があり, 現在Lサイズは2年待ち,Sサイズは3ヶ月待ちの状態になっている。さらに,新し いサイズのECOカップを価格1,800 円で月産 5,000 個の販売をはじめており,ECO カップの方も1ヶ月半待ちの状態になっている。 7―2.ステンレスビアマグカップの加工メンバー 次に,ステンレスビアマグカップの製造メンバーについて検討する。表1 のように研 磨仕上げは,Lサイズ,Sサイズともに各1社,その他の製造工程に関しては7社が
担当している。なおパッケージを担当している(株)ほしゆうは,燕地域の販促活動を 支援する販促屋シンジケートのチェアマン企業である。いずれの企業も中小企業・小 規模企業であり,ほとんどの企業が燕市,あるいはその周辺に位置する企業であるこ とがわかる。また,ECOカップについても磨き仕上げ5社,プレス1社,スピニン グ1社,印刷1社,検品1社の合計9社が担当しているとのヒアリング結果を得た。 このことは,森岡が提唱しているミニクラスターともいうべき中小企業間連携組織が 製造販売工程を担っているといえる2)。 表1.ステンレスビアマグカップの加工業者一覧 7―3.ツーサイド(マルチサイド)・プラットフォーム論から見た 連携構造の考察 燕地域は,洋食器の産地として,わが国を代表する産地型産業集積地である。江戸 時代に起源を持つ和釘製造やキセル等の金属加工品製造の伝統を有し,大正年間,第 一次世界大戦後に戦災で荒廃したヨーロッパに代わり,洋食器製造へと業種転換を果 たし,洋食器産地としての地位を不動のものとした。第二次大戦後も高い技術水準を 維持し,洋食器製造やハウスウェアへの一部業種の多様化を実施してきた。燕地域に 役 割 業 者 名 従業員数・資本金 所在地・その他備考 研磨仕上げ Sサイズ 長谷川研磨工場 2 人 燕市 磨・参 Lサイズ 山崎研磨工場 1 人 燕市 磨・幹 プレス・アッセンブリ 児玉化工 燕市 ラセン 小関研磨工業 2 人 燕市 バレル研磨 (有)徳吉工業 300 万円 燕市 磨・参 レーザーマーキング・腐食 (有)石井腐食 15 人 500 万円 燕市 デザイン 南山肇 東京都 ハンドルろうづけ 関根ウェドル 西蒲原郡吉田町 レーザー溶接・研磨 (有)今井技巧 10 名 1,000 万円 燕市 磨・賛 パッケージ (株)ほしゆう 83 名 3,000 万円 燕市 販・参 ホームページ (株)システムスクエア 8 名 1,000 万円 加茂市 オガナイザー 燕商工会議所 燕市 (注) 磨き屋シンジケート 幹事企業(磨・幹)参加企業(磨・参)賛助企業 (磨・賛),販促屋シンジケート(販・参)と記載 (http://www.migaki.com/brand/goods.html から森岡作成)
は,現在でも昭和期の往時には及ばないまでも中小企業・小規模企業が多数集積し, 新素材を活用してこの地域の活性化を図ろうとする強い動きが商工会議所を中心にし て実施されている。磨き屋シンジケートは,事務局を商工会議所に置き,運営がなさ れている。現在は幹事企業10 社,参加企業 15 社,賛助企業 17 社から構成されている。 また,販売面での支援組織である「販促屋シンジケート」は,財団法人にいがた産業 創造機構の18 年度新連携ゆめづくり支援事業に採用された異業種連携グループであ る。セールスプロモーションやディスプレイ製作・販売を行う燕地域にある企業が6 社中4社をしめる中小企業間連携組織である。階層構造と観点から見ると,商工会議 所を基盤にして,燕地域の多くの企業が参加するインターネット受注企業連携組体の 「つばめプロシアムネット」,バフ研磨による磨き工程の同工程企業連携組織の「磨き 屋シンジケート」,販売促進支援企業連携の「販促屋シンジケート」と「顧客」,「その 他企業」のサイトからなる階層を形成していると考えられる。 図4.磨き屋シンジケートのフレームワーク 今回のステンレスビアマグカップの成功事例をプラットフォーム論から見れば,「磨 き屋シンジケート」の受注増は,ECOカップの製造にかかわる別の燕地域にある中 小企業間連携組織にその受注増をもたらしたことになる。実際にステンレスビアマグ カップが入手できるまでSサイズで3ヶ月,Lサイズで2年も待つより,その間でも 比較的入手しやすい低価格のECOカップを入手したいという購買意欲を持つ消費者 も多いはずである。販売促進活動については,「販促屋シンジケート」がステンレスビ 販促屋シンジケート
燕 地 域
三 条 地 域
燕商工会議所 新潟県工業技術総合研究所 三条商工会議所 燕 の 産 業 集 積 (含要素技術) 三条の 工業集積 製造業者 磨き屋シンジケート 販売業者 消 費 者 消費者グループ 強い紐帯 弱い紐帯 (森岡 作成)アマグカップ及びECOカップの販売に強く関わっているため,ステンレスビアマグカッ プとECOカップの受注増が「販促屋シンジケート」の営業基盤となっていると考え られる。逆に「販促屋シンジケート」は今後,燕地域にある他の企業の販売促進を請 け負う可能性が増えると考えられる。このように,各サイド間でサイド間ネットワー クが働いている。また,各サイドの受注増が,各サイドの評判を高めると同時に消費 者サイドを除いた各サイドの事務局が設置されている燕商工会議所への各サイドメン バー及び他者への信頼が増加することが考えられる。市場の二面性の観点からは,消 費者が「課金されるサイト」であり「磨き屋シンジケート」及び他のサイドが「優遇 されるサイト」となると考えられる。 経済効果の面からは,地域的(局地的)産業集積の長い歴史によって形成された燕 地域という特定地域の企業立地(産地形成)による外部経済に関する範囲の経済性, プラットフォームを仲介した機能別中小企業間連携の相互企業間活動という内部経済 に関する規模の経済性をこの事例から見出すことができる。 なお,図4は磨き屋シンジケートを分析したフレームワークである。 8.まとめ 本稿では,中小企業間連携が内包される産業集積という観点における産業集積の検 討から議論を始めた。産業集積の検討は,経済学,経済地理学,経営学の分野から検 討がされてきた。経営学分野からの産業集積のアプローチは,M.E.ポーターの産業 クラスター論からはじまったといえる。経済地理学へのアプローチは産業集積全体を 視野にした全体的アプローチであり,ポーターを初めとする経営学分野でのアプロー チは個別企業から出発した個別的アプローチである 特定地域の中小企業間連携の分析については,ツーサイド(マルチサイド)・プラッ トフォーム理論のサイド内ネットワーク効果,サイド間ネットワーク効果の概念を援 用することにより,ネットワーク外部性の効果がより明解になることがわかった。本 稿では,2つの概念を援用した地域中小企業間連携の分析フレームワークを提示した。 フレームワークの検証のため新潟県の燕の磨き屋シンジケートを事例としてその有効 性を検討した。 連携を論じるには必ず連携がもたらす経済的効果,つまり連携による経済性に留意 することが必要である。本論文では,マーシャルの提起した外部経済,内部経済を考 慮しながら特定地域における外部経済と内部経済の規模の経済,範囲の経済について 言及した。しかし,産業集積の経済性概念の満足いく検討がなしえたとはいえない。 今後,産業集積の経済性概念の検討を行うにあたっては,経済地理学等の先行業績の
産業集積の文献レビューをすることが必要であることがわかった。また,特定地域間 の補完関係と競争関係の成立の分析から,特定地域の特定産業に及ぼす影響の時系列 の歴史的分析,因果関係の分析が必要となることが判明した。今後の課題としたい。 (謝 辞) 本稿作成に際し,燕商工会議所課長補佐(磨き屋シンジケート事務局)高野雅哉氏からお話を伺う 機会を得ました。お忙しい中,インタビュー調査にご協力頂きました。ここに記して感謝申し上げま す。もちろん,ありうべき誤謬はすべて筆者の責めに帰するものです。 注 1)主要な産業集積論の論点,及び問題点を概説している文献として,山本健皃(2005)『産業集 積の経済地理学』法政大学出版局を参照のこと 2)ミニクラスターについては,拙稿「ミニクラスター形成の考察―ミニクラスター形成のための 理論と提言―」地域活性化ジャーナル第11 号,新潟経営大学地域活性化研究所,2005 を参 照のこと 参考文献
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