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闇に消えた "the Secret in the Poet’s Heart" : Candida における二人の男

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闇に消えた "the Secret in the Poet’s Heart" :

Candida における二人の男

著者

磯部 祐実子

雑誌名

英米文学

55

ページ

23-38

発行年

2011-03-15

URL

http://hdl.handle.net/10236/10105

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闇に消えた

“the Secret in the Poet’s Heart”

── Candida における二人の男──

祐 実 子

Synopsis:“What is ‘the secret in the poet’s heart’?”

This unavoidable question would occur to us at the end of Bernard Shaw’s Candida. In the love triangle between the poet Eugene March-banks, James Morell, and Morell’s wife Candida, the analysis of the male characters seemed to be neglected behind Candida’s distinctive-ness, a type of the Virgin Mary. Despite their confrontation, some simi-larities and resonance are found in these men, which may imply that Marchbanks is Morell’s shadow. This could be a clue for Marchbanks’s secret and the reason for his disappearance, abandoning his voice.

Marchbanks, roused by Morell and kindled by Candida, disturbs Morell’s confidence by what the poet calls ‘the cry of heart’. The less stable Morell becomes, the closer Marchbanks moves toward him both physically and mentally. Morell, however, rejects the other and clings to the conventional happiness with Candida. This causes the silence of not only Morell but also Marchbanks. Shaw may have intended to warn us against the silence and convention by the very means of the sudden suspense. 「詩人の“secret”とは如何なるものなのか?」 Candida(1885−86)の幕が下りた時,観客/読者はこう問わずにはい られないだろう。舞台に残された Morell 夫妻の抱擁は,絶望と希望が入り 交じったまま走り去る詩人の姿とのコントラストにより,あまりにもメロド ラマ的で,愚かな夫妻の姿に映る。それは,嫌悪感にも近い苦々しい想いを 抱かせるのではないだろうか。それと同時に,この夫婦と夜の闇へと消えた 詩人両者の未来に対する不安,そして詩人と共に闇の中に放り出されたよう な喪失感を掻き立てる。Candida Morell を巡り,その夫で牧師の James Morellと詩人 Eugene Marchbanks とが競い合うという筋立ては,Bernard

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Shawの常套的手法である登場人物達による価値観の対立の一つと言える。 これまでの批評では,淑女らしさが強要されるヴィクトリア朝において,否 応無しに異彩を放つ女性──Shaw 戯曲に当てはまるもう一つの常套的手段 だが──Candida の影に隠れ,Morell と Marchbanks の関係は看過されて きたように思われる。この二人の言動はまるで同一人物であるかのような錯 覚を与えつつ,密接に絡み合い,そして最終的に決裂を迎える。そこで本稿 では,Morell と Marchbanks の二人が心理的且つ身体的に複雑に変化を遂 げる様を辿りつつ,Morell との関係における Marchbanks の存在意義と, 後者の“the secret in the poet’s heart”(

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594)を問い直してみたい。

I.Marchbanks を巡る〈光〉と〈闇〉のコントラスト

“Eugene’s one of James’s discoveries. He found him sleeping on the Embankment last June.”(533−34)Marchbanks はこの六月に出現し, “A fine morning in October 1894”(515)の同日夜,再び疾風のごとく姿 を消す運命にある。十月の London といえば日毎に日暮れが早まり,「霧の 街」というイメージも加わり,肌寒さと共に薄暗さに覆われた陰気な町並み を連想させる。そうした本格的な冬の到来を目前にして,Marchbanks は 立ち去る。言い換えれば,Morell, Candida, Marchbanks が過ごしたこの 短い期間は,イギリスでは太陽の明るい光が溢れる,一年で最も美しく陽気 な季節なのだ。また一日の時間軸で考えると,Marchbanks は正午頃 Can-didaと共に Morell 家に姿を現し,終幕,宵も更けた午後十時過ぎに夜の 街へ飛び出す。Marchbanks を巡る物語が夏/昼から冬/夜へと移行しな がらクライマックスを迎える間,その光に照らされて彼は突如現れ出て,恋 敵の Morell に己の“cry of heart”をぶつけ,また Morell にもそれを要求 する。〈光〉と〈闇〉の対比は,Marchbanks の人物像,そして他者との関 係において切り離せないと言える。Tony Stafford は Shaw の戯曲における 「暖炉(fireplace)」と「炉床(hearthrug)」のイメージを考察したが(23−

30),ここでは〈火〉とその〈光〉の効果について考えてみたい。

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Staffordが指摘したように,Marchbanks と Morell がそれぞれ Candida に対面する場面が,伝統的に幸福な家庭生活を象徴する「暖炉」と「炉床」 という〈火〉に関連した局地的な特徴をもつのは明らかだ(23)。この場所 を中心に,登場人物達にまつわる秘密が次々に暴露される。Burgess の改 心とその真意,Proserpine の Morell への恋心,Morell の説教の不毛さ。 こうした物事の核心に触れる時には「暖炉」の前が舞台となり,〈火〉の温 もりが心を解し,さらにその〈光〉が隠れていた真実を表面化させるかのよ うだ。また「暖炉」の炎以外にも,この空間を照らし出す〈光〉がある。二 幕で夕闇が迫る頃 Candida は自らランプを準備し,“She places it on the

table near Morell, ready for use”(557)と,Morell の顔を照らし出すよ

うな配置でそれを据える。その〈光〉は Morell に視線を集めると同時に, 彼が見るための光源となるだろう。この灯りが点される中,Candida は次 のように Morell を促す。

CANDIDA.[. . .]Turn your face to the light.[She places him facing

the window]. My boy is not looking well. Has he been overworking? MORELL. Nothing more than usual.

CANDIDA. He looks very pale, and grey, and wrinkled, and old. (561 my underline) 灯りと夕食の準備が一段落した状況から,場面は夜の帳が降り始める時刻を 迎えている。妻の導きで窓に顔を向けて立つ Morell は,その目線の先に刻 一刻と闇が深みを増す風景を目にしているはずである。さらに,それを背景 に窓ガラスにはぼんやりと自分の姿が映っているのではないだろうか。“not looking well”は,Candida には「具合が悪く見える」彼が,「意識的に十! 分!見ていない」状態であることも暗示するように思える。そして Candida は己が見えていない夫にその様子を自らの言葉で,“very pale, and grey, and wrinkled, and old”と描写し,注視させる。ここでは Morell を指して “You”ではなく“He”が使われることで,二つの効果が齎される。まず,

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Morellについて彼自身が見ている(と思い込んでいる)姿と Candida が見 ている姿に生じている,認識のズレを暗示する。さらに彼その人に客観的に 目を向けさせるのみならず,観客/読者に傍白するように,彼女がそう見せ たいと望む Morell の姿を植え付け,想像させる指標となる。まるで Jacques Lacanの「鏡像段階(mirror stage)」(4)のように,Morell はようやく己 を直視する時を迎えるが,薄暗がりの町並みを背景に映る輪郭は曖昧で,彼 の自己同一化が不完全であることを暗示する。なぜなら Marchbanks が “force it into the light”(539 italics mine)と言って明るみに出した事実 により,既に Morell には混乱が生じているからである。その掻き乱された 心が彼の外見に如実に表れ,〈光〉と〈闇〉のコントラストによって浮き彫 りになる。さらに,Marchbanks への「好意がより一層強くなった(fonder and fonder)」(564)という Candida の告白へと続く。妻に心を打ち明け られるということは,看過していた Marchbanks の本心を受け止める事で あり,抑圧していた自我の存在に気づく瞬間でもあるのだ。

Morellがこうして啓蒙されることによって動揺する様は,彼の言葉にも 現れている。

MORELL. Candida: what dreadful! what soul-destroying cynicism! Are you jesting? Or−can it be?−are you jealous?

CANDIDA[with curious thoughtfulness]Yes, I feel a little jealous sometimes.

MORELL[incredulously]Of Prossy?

CANDIDA[laughing]No, no, no, no. Not jealous of anybody. Jealous for somebody else, who is not loved as he ought to be.

MORELL. Me?(563)

咄嗟に口をついて出てきた簡潔な一言“Me?”から,Morell が抱く Candida への不信感と,Marchbanks という世間知らずの青年から受けた動揺の程 が窺える。これ以前にも Morell の心理的な脆弱さは,既にその予兆を見せ

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ている。彼は,聖職者には不適切で下品な言葉を衝動的に口走る(527, 539)。Sigmund Freud は,無意識の領域に抑圧されたものが前触れも無く 表面化される現象として,「言い違え(slip of the tongue)」(Freud 53)に ついて論じた。上辺の強さと快活さの影には Morell 自身気づいていなかっ た感情,つまり妻への欲求不満や不安が潜み,そうした心的な不安定さが Morell の言動に影響を及ぼしているといえるのではないだろうか。March-banksが二幕冒頭,タイプライターの字配りを乱すことも,Morell の言語 の混乱を不吉に暗示する。振り返ってみると Morell は説教という言葉,弁 論に長けた人物だが,彼が仕事に没頭できる環境は Marchbanks の存在に 大いに依存していたとも考えられる。“I hardly have one evening a week with you.”(562)と妻が訴えるように,彼は秘書 Proserpine Garnett に 食事の手伝いをさせつつ仕事をする程時間に追われ,妻の不満ももっともだ が,かといって夫婦関係が冷えきっているという訳ではない。久しぶりの妻 との再会のために休みを取って心待ちにする Morell が,家庭を蔑ろにして いる罪悪感を抱いていてもおかしくない。この夫婦は互いの欲求不満の埋め 合わせをするかのように,Marchbanks に引き合わせられたといえるので はないだろうか。Marchbanks は子供の病気静養のために London を離れ た Candida に同行していたと考えられ,女性の貞節さに対して表面上は厳 格な態度を取る時代に,牧師の妻たる女性と行動を共にする。このスキャン ダラスな関係を目にした Candida の父 Burgess は,“It’s goin too fur with it. Lookee ere, James: do e often git taken queer like that?”(559)と驚 きを隠せない。Candida は夫の役目を委譲された Marchbanks という相手 を得て,そして Morell は妻に満足を与えたかのように錯覚し仕事に打ち込 み,一見平穏な日常を送る。そのような Morell の代理を務める Marchbanks は,Morell と共通する理想を持つ。二人は自己に忠実であることを是と し,Morell は“instinct”,Marchbanks は“cry of heart”とその理想を表 現する。さらに二人は“the gift of finding words for divine truth”(543) に恵まれ,Morell は説教,Marchbanks は詩の領域で言葉を極めて自己実 現を目指す人物だ。Morell の影のような存在である Marchbanks は,前者

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の心の闇を揺るがす存在として浮かび上がる。

さて三幕冒頭,Marchbanks が「暖炉」を前に想いの丈を綴った詩を Can-didaに詠み聞かせる時,彼の手元を「読書灯(reading lamp )」(572)が 照らす。その傍らで Candida が握る「火かき棒(poker)」(572)について Charles A. Berstは,「男根崇拝の象徴(phallic symbol)」として Morell の「男らしさ(virility)」を象徴すると同時に,Marchbanks の純潔を守る その二重性を説いた(50

2

−51)。“poker”を手にし,「炉格子(fender )」 (587)に足をかけたりと,さながら守護神の Candida はこの家の主 Morell のために“the gate of Heaven”(576)を守るかのようだ。〈火〉,〈光〉の イメジャリーは Candida を象徴し,且つ父権制や,牧師としての才気が保 護され,滞りなくその権力が機能していることを既成事実に仕立て上げ,煌 煌と照らし出しているのだ。一方,上述したように幕開けは,London に抱 くイメージとはかけ離れた霧の晴れた朝,Morell 家の周辺だけが“oasis” (515)に例えられ,明朗さと晴れやかさで異化されている。しかし,“grey

palings, with bricks and mortar, sky signs, crowded chimneys and smoke

beyond”(516)と,陰鬱で煩雑とした町並みが Morell 家からは視界を遮

られて見えなくとも確かに実在する。それだけ一層 Morell 家の明るさ,つ まり Candida の象徴する〈火〉によって意図的に保たれた一時的で人工的 な〈光〉,そして陰気な屋外から入り込んできた Marchbanks の存在を前景 化する。その Marchbanks は Candida への想いを次のように表現する。

[. . .]a boat: a tiny shallop to sail away in, far from the world, where the marble floors are washed by the rain and dried by the sun; where the south wind dusts the beautiful green and purple carpets. Or a chariot! to carry us up into the sky, where the lamps

are stars, and dont need to be filled with paraffin oil every day.

(558 italics mine)

詩のコンヴェンションを盛り込

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み,星の光を讃えた詩的表現で野外への欲望

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を露にし,詩人は文明を象徴する〈光〉とは対照的に自然の〈光〉を切望す る。その彼はエピファニックな瞬間を迎えた時,“his face whitens like steel

in a furnace”(591)と変化する。Bentley

がその役割を「触媒(cata-lyst)」(133)と定義した Candida──彼女の名前もまた「白(blanche)」 に由来する(Morgan 70 note 1)──の魅力としての〈炎〉によって彼の心 は昂揚し,ある真実に辿り着く。“furnace”は旧約聖書において「神の顕 現」(Gen. 15: 17),また抑圧の地 Egypt つまり「束縛」(Deut. 4: 20)を 象徴する。Marchbanks は個人的な幸福を放棄する道を選択したことで, 目の前には苦難の道が敷かれている。それと同時に,熱い志を秘めた彼は自 ら光を放つ。彼の閃きは皮肉にも Candida の〈光〉を拒否し,白熱する鋼 鉄のごとく〈光〉を放って自力で輝く事を選び,星が瞬くであろう夜へと飛 び出すのだ。 ところで Marchbanks の「発光/白光」とは対照的に,混乱の極みに達 した Morell も「蒼白(deadly white)」(566)になるが,それは〈病〉を 想起させる。〈病〉のメタファーは劇中散見されるが,侵入者 Marchbanks を教会=聖域を襲う異物や汚れとして描くという単純なものではない。幕開 けのト書きでは London のスラム街が,“squalid, fetid and airless[. . .]

ugly iron urinals[. . .]a perpetual stream of yellow cars”(515)と,汚 染された空気の停滞,立ちこめる異臭,黄ばんだ血色の悪さを連想させる。 Morell家の明るく清らかな雰囲気を強調する描写でありながら,幕開け冒 頭から不吉にも陰鬱さと汚染のイメージを意識させる。そして,〈火〉と 〈光〉が満ちる Morell 家も,汚れに対して完全な免疫がある訳ではない。

MORELL. Scarlatina! Rubbish! it was German measles. I brought it

into the house myself from the Pycroft Street school. A parson is like a doctor, my boy: he must face infection as a soldier must face

bullets.(521 italics mine)

牧師を医者に喩える Morell が,我が子二人の風疹の原因を自ら作り出して

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しまったとは皮肉に他ならない。彼は Marchbanks の告白を受ける時も, 互いに“patient and kind”(540)でいようと寛大な心を見せるが,“pa-tient”には牧師の言葉に慰め励まされる「病める者」というイメージが重 なる。Morell 家の子供達の発病が,Marchbanks の到来と時を同じくする のも示唆的だ。Marchbanks も自らを“disease”(580)と呼び,Candida も彼の自作の詩で「頭が混乱する(addled)」(573)と言い放つ。その語義 を辿ると“cow-urine”と結びついて上述した“urinals”と呼応し,さらに 「腐敗した卵」(Oxford English Dictionary [OED ]“addle”n. B. 1. a.) という意味から,Marchbanks に病原を押し付ける。しかし Marchbanks をこの家に呼び込んだのは,子供達の風疹同様,Morell その人に他ならな い。さらには Candida を困惑させる機会を与えたのもまた,Morell だっ た。その使命を〈病〉のメタファーで定義する Morell には,子供達の病気, Marchbanksの登場,それがもたらす真実の解明も,起こるべくして起き たと考えられる。Morell に内在する潜在的な〈病〉と脆さが,暗示されて いるのだ。 さて,Marchbanks もまた〈病〉のイメジャリーによって恋敵に応酬す る。彼は,因習的な父権制を無批判に踏襲する Morell を,“Heroics are

in-fectious: I caught the disease from you.”(576 italics mine)と罵倒する。 Marchbanksのこの“cry of heart”は,見かけ倒しの「英雄じみた振舞い (heroics)」の無力さを訴える。しかし,ヴィクトリア朝末期の精神風土に 冒された Morell は,Candida を奪うという自己中心的な意図に留まらない 詩人の言葉を,「汚れ(vile)」への嫌悪感を込めて「罵り(reviling)」 (577)と看做す。Morell は明るさと温かさが保たれた居心地のよい空間 で,盲目的に仕事に邁進する。しかしそれを目にした Burgess の表現を借 りれば「避難所(asylum)」(560),つまり「精神病院」(OED “asylum” 4.)でもあるのだ。いずれにせよ Morell は,彼への好意を秘めて健気に働 く秘書と共に,厳しい生活環境から隔離された“oasis”に依存している。 ところが Shaw は諸概念に対して常識的に用いられる意味を覆して,逆の 意味に用いる。秘書 Proserpine の名前からは草花が芽吹く生気溢れる新鮮 30 磯 部 祐実子

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な空気に包まれた春のごとく心地よい空間が彷彿とされ,まさにそこは Mo-rellが目指す“the Kingdom of Heaven”(542)そのものだろう。しかし, それが未来永 劫 続 く 保 証 な ど ど こ に も な い 。 Shaw の 「 超 人 ( Super-man)」の前身である“artist-philosopher”(Adams 121)的な詩人にとっ て,それは同時に怠慢さが蔓延する温床にすぎないのだ。Marchbanks を 〈病〉と結びつける Morell こそ〈病〉にあり,最後のシーンに見る後者の

自己崩壊を引き起こす。

II.交差する Morell と Marchbanks

Candidaの目線に注目した William J. Doan が,この戯曲に散在する睨 み合いのシーンと,視線によって言葉と発話が完遂する点を指摘したが(138 −39),ここでは Morell と Marchbanks の関係を探るために〈手〉の身体 動作を付け加えたい。前述の「暖炉」に〈手〉をかざす他にも,この舞台で 見せる〈手〉の表情は雄弁であ 4 る。存在感を増し始めた Marchbanks に対 して Morell がとった〈手〉の仕草は,“puts his hand on his shoulder

strongly and kindly”(540)である。これは平穏を揺るがす有害物を抑圧

しようとする Morell の願望の現れとは言えないだろうか。他方 March-banksも一幕では,“Let me alone. Dont touch me.[. . .]Let me go. Take your hand away.”(544)と Morell から身を離そうと足掻くが,彼に対す る心理的な変化に呼応して身体的な距離も徐々に縮まり,その〈手〉で Mo-rellの腕に触れるほど近づく(586, 587)。〈手〉はその心理に忠実である。 こうして物理的に近接する Morell と Marchbanks は,これまでの考察か らも,対極的な人間というより表裏一体を成す人物として造形されているよ うな印象を与える。Morell が牧師として大衆を対象として説教するパブリ ックで,社交的,楽観的な自信家である一方,Marchbanks は Candida 一 人を相手にするプライヴェートで,内向的,悲観的な小心者であるが,プロ ットの進行と共にその個性が変容しつつ交差する。一幕では Marchbanks は Candida への想いを言語化し,“the happiest of the mortals”(546)を

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味わいつつ舞台を後にするが,Morell と立場を逆転するという予想が裏切 られ,二幕では新たに Candida への恐怖を増大させる。一方,先に挙げた 引用で,Marchbanks を想って嫉妬を感じるという Candida の予期せぬ答 えを突きつけられた Morell は,精神の安定を失い,“Dont touch me.” (566)と彼女の〈手〉を撥ね除け,嫌悪感と軽蔑が混在する苦悩を露にす る。この直後,再び居間に集合した皆の前で,Candida は人々のカリスマ 的存在である夫の惨めな姿を辛辣な態度で嘲笑う。この姿から Marchbanks は,Rhoda B. Nathan が定義した鋭敏さを備えた魅惑的な“sphinx” (Wein-traub 33)を見て取り,彼の理想が崩される“poetic horror”に襲われる。 当の Morell は絶望に打ち拉がれて腰掛け,“leaning forward to hide his

face, and interlacing his fingers rigidly to keep them steady.”(566)と, 〈手〉の指を固く組んで震えを押さえて俯いたまま,Candida に“conven-tional”(566)と見下されてもほとんど言葉を発しない。これを目にした Marchbanksは,痛みを感じたかのように「胸を〈手〉で押さえる(presses

his hand on heart)」(567)という本能的な反応を見せる。Candida を願

望していた彼は,“I feel his pain in my own heart.”(567)と嘆きつつ, 彼女に虐げられる Morell に強く感情移入する。Nathan はこれを「男同士 の絆(Male bonding)」(Nathan 101−02)と論じたが,恋敵の苦しみを自 分の身に降り掛かったことのように身悶え,怯える様は尋常ではない。口を つぐんで項垂れる Morell が目を背ける家庭の天使とはかけ離れた女の姿 を,Marchbanks が彼に代わって直視しているかのようだ。自己喪失に陥 った Morell が下した──すでにこの悲劇が起こる前に決意していた事だが ──演説を取り止める決意に皆が驚くのを横目に,彼の苦しみを共有する Marchbanks一人だけが Morell の心中を見通し,冷静に事態を受け止める のも不思議ではない。しかし Morell に「絆」以上のシンパシーを抱く March-banksの言葉からは,予期せぬもう一つの声が聞こえる。

CANDIDA. Youll be just as comfortable at the meeting. We’ll all sit on the platform and be great people.

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5

EUGENE[terrified ]Oh please dont let us go on the platform. No: everyone will stare at us: I couldnt. I’ll sit at the back of the room.

CANDIDA. Dont be afraid. Theyll be too busy looking at James to notice you.(569) Morellへの励ましに Marchbanks が返答するという奇妙なやり取りだが, 後者の内向的な性格からとっさに出た言葉が,Morell の心の叫びを代弁し ているようにも聞こえないだろうか。Marchbanks の感情は Morell の苦悩 と複雑に絡み合っているのだ。しかし Morell は態度を一変させ“heroics” に則り,Marchbanks と Candida を二人にする勇敢さを見せ,演説へと向 かうところで二幕の幕が下りるが,再び幕が上がった舞台には演説する Mo-rellではなく,たった一人の聞き手 Candida を相手に詩を朗読する March-banks の姿がある。前者のスピーチの成功は,同行した Burgess, Lexy, Proserpineの言葉によってのみ知るところであり,真実の程は定かでない。 寧ろすでに Morell の演説が「集まった人々を熱狂へと掻き立てる(rousing the meeting to enthusiasm)」(544)類いだと知らされ,且つ Proserpine の“Much too fast.”(584)という感想から,今夜の成功にも疑いの目を向 けずにはいられない。結局,我々は一度も演壇に立つ Morell の姿を目にす る事はない。Morell が信条を説いているはずのその間,Marchbanks もそ の“cry of heart”を披露している。最もプライヴェートな感情が舞台上で 観客/読者の注意を惹き付け,我々は頭の片隅に Morell の演説の行方を微 かに想像することになる。Morell の沈黙が増大するにつれ,取って代わる ように Marchbanks の姿が際立つ。こうして Marchbanks と Morell の心 理と言動が重なり合った場面を経て,「暖炉」の前で Candida の膝に March-banks が頭を預けるエロティックな姿を帰宅した Morell が目の当たりに し,最初で最後の三人の対話へと至る。

Candidaの冷酷さを目にした Marchbanks は,恐怖心から彼女と距離を 置くような態度を見せる。

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MARCHBANKS[discouraged ]Morell: she’s laughing at us. MORELL[with a quick touch of temper]There is nothing to laugh at. Are you laughing at us, Candida?

CANDIDA[with quiet anger]Eugene is very quick-witted, James. I hope I am going to laugh; but I am not sure that I am not going to be very angry.[She goes to the fireplace, and stands there leaning

with her arm on the mantelpiece, and her foot on the fender, whilst Eugene steals to Morell and plucks him by the sleeve].

MARCHBANKS[whispering ]Stop, Morell. Dont let us say any-thing.

MORELL[pushing Eugene away without deigning to look at him] I hope you dont mean that as a threat, Candida.

(587 my underlines) Marchbanksは Morell に寄り添い,身の安全を確保するかのように二人の 間の距離を限りなく縮め,Morell の袖に〈手〉を添える。さらに彼は Candida に直接自己主張せず,Morell に傍白するように耳打ちを繰り返す。またこ こで使用される代名詞“us”も,二人が一体化する傾向が強まっている様 を反映する。まるで Morell の心の中で葛藤するもう一つの感情が,March-banksによって体現されているかのようだ。しかし,Marchbanks の詩を Candidaが聞き流したように,心の底から訴える詩人の声は“I”に固執す る Morell にも届かず,その〈手〉は二度も振り払われてしまう(586, 587)。Candida を賭けた“bidding”を迎え,Morell は英雄的な強さを差 し出し,彼女に内在する恐怖を直視せぬまま彼女の心を求め,Marchbanks は恐怖を受け止め自分の弱さを差し出す。ここで二人は擦れ違う。妻を取り 戻したという点では Morell は勝者だが,牧師としてこれまで通り使命を達 成できるか疑問が残る。子供用の椅子に座らされて黙り込むその姿からは, 妻とのプライヴェートな時間を選択した彼が彼女に依存する姿が想像に難く な い 。 Elsie B. Adams は Morell を “ a domesticated John Tanner ”

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(26)と呼ぶが,そのような彼を Marchbanks は,“Parson James: I give you my happiness with both my hands.”(594)と呼びかける。ファース ト・ネームを使うことで,二人の関係が対等なものへと変化したこと,さら に敬称“parson”がその音の響きから“person”を連想させ,Morell が 「ただの人」となったことをアイロニカルに暗示する。Marchbanks は私的 な幸福を排し,詩人として生きる道を選択したことで,今後はより多くの 人々を相手として,パブリックな存在となる事が期待される。しかし別れを 決意する前に口にした“you to the east and I to the west”(580)という 言葉は,終幕で暗闇の中へと駆け出したその姿に,〈光〉が遮られた先の見 えない未来と不吉な死の予感を与える。Marchbanks は“secret”という言 葉だけを残し,その内容を言語化できずに去り行くが,賭けの決着がついて 以降,Morell も Candida に身を任せ,たった二度しか言葉を発さない。影 なる存在の“cry of heart”の真意に気づかずに抑圧してしまった男は,“se-cret”と共に伝えるべきことを奪われ,声を失ってしまったかのようだ。

Marchbanksという苗字は「辺境(march)」(OED, march n.3

1. a.)を 想起させ,さらに川と陸を隔てる「堤(bank)」を「歩く(march)」 (OED, march v.2 1. a.)者として,Marchbanks と周縁性を結びつける。 その人物が Thames 川沿いの「堤」を意味する Embankment の路上で覚 醒したのは,偶然ではなかったのだ。眠りから覚めたその男は川と陸地を隔 てた周縁地から内陸へと足を踏み入れ,Candida を象徴する〈光〉を浴び て詩的な感情を熱く高ぶらせる。Marchbanks が生彩を放つと共に,Morell の抑圧されていた感情が掻き立てられ,それまでの空疎な確信が崩れ,Mo-rell が認識していなかった事が次々とつまびらかになる。まるで March-banks は,Morell のもう一つの自我として,無意識/周縁から意識/中心 へと入り込んできたかのようだ。しかし Morell の“heroics”への固執とい う決断により,Marchbanks と彼が得た“secret”は有害物と看做され,再 び闇=辺境へと姿を消す。Marchbanks は,若い頃その進歩性が懸念され る存在だった Morell が,日常生活の中に置き去りにしたかつての希望その

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ものだったとも言える。終幕の沈黙する Morell は,言葉を呑まざるを得な かった詩人の“secret”を失い,声を発する力も意思も失った平凡な男の姿 なのだ。ただ,Marchbanks は最後に“The night outside grows

impa-tient.”(594 italics mine)と言い残し,彼が「有害な病的な存在ではな

い」ことを示唆しつつ,先の見えない,しかし星のごとく僅かな光だけが瞬 く未来へと飛び出して行くところに,一縷の望みが残されている。

Candida を完成させた Shaw に対して,当時の喜劇役者 Charles

Wynd-hamがこうした戯曲が観客に受け入れられるには二十五年を要すると言い, 結局初演を迎えたのは執筆二年後の 1897 年だった(Henderson 432)。 Marchbanksの“secret”を思うと何とも皮肉に満ちたものだ。しかしそれ だけに,Shaw の心の叫びが Marchbanks のそれと重なって,聞こえてく るような気がしてならない。Marchbanks が語ることを止めて身を引き, その沈黙は悲観的な空気を後に残す。しかし,芸術にアイデアを多分に吹き 込もうと試みた Shaw が,放棄する行為とそこに追い込んだ社会精神の両 方の危険性に警鐘を鳴らした,雄弁な語りでもあるといえるのではないだろ うか。 注

1 Candida からの引用は,Bernard Shaw.“Candida.”The Bodley Head

Ber-nard Shaw: Collected Plays with Their Prefaces. Rev. ed. Vol.1. pp.513−602に拠 る。引用箇所については頁数のみを表記。

2 Shaw の作品についての精神分析学的考察は,例えば Daniel Dervin が Shaw 自身の生い立ちをふまえ,Oedipus complex を軸に考察している。また Arthur Neth-ercotや Sidney P. Albert, Daniel J. Leary は,Shaw の戯曲における Freud の影響 を検証した。Shaw と Freud は同じ年に生まれた同時代人であるが,Shaw は Freud の「抑圧(repression)」の理論を特に非難していた。ただし Shaw は「精神医学(psy-chiatry)」に興味を持っていた事に違いはなく,それが窺い知れる最も早い記録が, Shawの“A Degenerate’s View of Nordau”と題されたエッセイ(後に“The Sanitary of Arts”の下に収められ,Major Critical Essays として再版)である(Albert 169− 94)。この執筆が 1885 年と Candida の執筆時期と重なるため,Candida のプロッ トも当時注目を浴び始めていたこの分野から,少なからず影響を受けていたのではな いだろうか。

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3 Berst は,Marchbanks と Percy Bysshe Shelley の類似性を分析している (56−57)。

4 Burgess と Morell が互いに和解を求める〈手〉(527, 532)や,Proserpine の仕事に集中しようとタイプライターを打つ〈手〉(550),Candida が Morell の 〈手〉を摩る慰めの〈手〉(562)など,様々な〈手〉の動作が描かれるが,ここでは

Morellと Marchbanks の〈手〉の諸相に焦点を定める。

5 Bodley Head 版と Constable 版(120)では当該箇所のみ“EUGENE”と 表記され,Penguin 版(138)では“MARCHBANKS”となっている。Shaw の意 図か,または誤植かは不明である。その為これ以上の言及は控えるが,本稿の考察で 苗字と名前が入れ替わることによる Marchbanks に対する印象の変化は,小さくな いと言える。

参照文献

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参照

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