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参考図書紹介

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Academic year: 2021

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参 考 図 書 紹 介

養蜂 と-チ ミツ狩 りの世界の歴史

Cl・ane,E:TlleWorld Histol・y OfBeekeeping andHoneyHunting.GeraldDuckworth&Co. Ltd.,London.682pp.1999.ISBN:0715628275 巻頭 に 「この本を ミツバチの研究 を続 けてき た人 々とその記録 に捧 げたい」で始 まるCrane 博士の 「養蜂 とハチ ミツ狩 りの世界の歴史」 と 題す る10部, 54章 と 2編の付録, 53の表 と 525の図,多数 の精選 された引用文献で構成 さ れた大著が出版 された. Crane博士 は,1983年 に実際に見聞 した,あ るいは収集 した資料か ら人間 と ミツバチの関わ り合 い,養蜂の歴史を紹介 した 「古代養蜂」を出 版 した.さらに35年間の国際 ミツバチ研究協会 (IBRA)会長 としての経験 を もとに,1990年 に 発行 した「ミツバチと養蜂-基礎 と応用 ・世界の 資源-」は,ミツバチ科学,養蜂 に関す るデータ を分か りやす く提示 した名著 となっている.本 書 はその続編 と言え るもので

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「古代養蜂」発行 後 に集 め られたデータを取 り入れ,生活の糧 と しての ミツバチの飼育や, その成功 した飼育方 法について,世界の歴史 について紹介 している 第1部 は2章か ら5章で,世界中の蜜を貯蔵す る昆虫の生態 と習性 に関す る基本的な情報 を扱 っている.第2部 は6章か ら13章で,人類の 日和 見的なハチ ミツ狩 りに関す る古代狩猟民族 の内 容である.第3部 は 14章か ら17章で,所有 して いた り,手 をかけて守 って いた巣か らハチ ミツ を採集す る歴史 についてふれている.第 4部 は 18章か ら19章で,アジアの開放空間 にある蜂群 の管理 と飼育 についてであ る. 第5部 は 20章 か ら32章 で,巣箱 を使 った養蜂発展 の歴史 を 解説 している.おそ らく飼 う目的を持 って巣箱 が造 られたのは,紀元前5000年 か ら3000年 の問のエジプ トで,使用 された固定巣板式巣箱 による伝統養蜂の歴史を詳 しく述べている,第 6部 は 33章か ら37章で,伝統的養蜂 と可動巣 枠式養蜂 による養蜂実践の歴史を追 っている. セイ ヨウ ミツバチが土着種 と して発見 されてか ら現在 まで, どの よ うな巣箱であろ うと養蜂 は常 に行 われて きた.33章, 34章 は養 蜂 家 が ハチに刺 され るの を 防 ぐた め の 面 布,燥煙器の変遷 について述べ られ て い る.36章 で は,1600年代 にセ イ ヨウ ミツバチが南北 アメ リカ大陸に導入 され た時の運搬方法, さらにセイ ヨウ ミツパテが世 界中に持 ち込 まれた詳 しい年代が まとめ られて お り,興味深 い.第7部 は 38章か ら40葦で, 1851年 に ラングス トロスが最初 に可動式巣枠 を使 った実用的で,近代的な巣箱 を考案 した歴 史を踏 まえ,巣箱 を用 いた養蜂の発展 を解説 し ている.第8部 は 41章か ら45章で,可動巣枠 式巣箱 による養蜂で,世界中でのセイ ヨウ ミツ バチの管理方法 について述べている.第9部 は 46章か ら51章で, ミツバチ生産物の歴史 につ いてである.-チ ミツは常 に第-の ミツバチか らの生産物であ り,食糧 としてまた薬用 として 用 い られ,多 くの地域ではハチ ミツ酒が生産 さ れた ことなどにつ いて解説 して いる.第10部 は52章 か ら54章 で, ミツバ チが何 を集 め何 を生産 しているか, また ミツバチの生態 につい ての科学的研究の発展 を追 っている. また世界 中の宗教で, ミツバチ,-チ ミツ,ハチロウが 果たす信仰上の役割 に関す ることが述べ られて い る.付 録1で は,紀 元 前 2000年 か ら紀 元 1600年 までの中国 にお ける ミツパ テ,養蜂, ハチ ミツ,-チ ロウに関す る文献,付録2では 29かEgの歴史的 な内容 を含 む養蜂博物館 の リ ス トが掲載 されている. ミツパテがいかに,人類 と密着 して きたかを 感 じさせ る一冊である. (吉 田 忠晴)

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待 ちに待 った日本蜜蜂飼育法の書

吉 田忠晴▲ニホンミツバチの飼育法と生態.玉川大 学 出版部 ,東京 135pp.2000,ISBN4-472-40081-2. 定価2000円. 長年,玉川大学でニホ ンミツバチの研究を して きた著者が 日本全国 とア ジアの伝統的な養蜂を参 ・',''FI.・-1'Jrn J 考に,著者 自身 も試行錯 誤 と失敗を繰 り返 しなが ら得た貴重 な経験 に基づ いて書かれた本である. 内容 は, 10章 に分 け られ付録 にセイ ヨウ ミ ツバチの飼育法が付いている. Ⅰ章のニホンミ ツパテの魅力では,「ニホ ンミツバチ」って ?に 答え る形で この蜂 を紹介 し,「人間 との知恵 の 駆 け引 き」 として, 日本の四季に適応 している が この蜂を飼 うことの難 しさを説 いている.Ⅱ 章の養蜂の歴史では, 日本書記 の時代か らの技 術が現在 まで引 き継がれ,アジア各地に共通性 があるという驚 くべき事実が語 られている. Ⅲ 章の生態,Ⅳ章の飼育法 と採蜜では,写真 と図 が多用 されどんな初心者 にも充分理解できる内

養蜂 ・来 た道への郷愁

中村源次郎 :養蜂 来た道への郷愁.(樵)秋 田屋,岐 早.205pp.(自家版) 私が,秋田屋本店に初めて伺 ったのは,昭和 26年8月だ った.岡田一次先生が 「卒業論文を 纏める前 に, 日本近代養蜂の先駆者の方 々のお 話を,岐阜へ行 って聞いてきなさい」 とのご指 示 によるものである. 戦災を免れた秋 田屋本店 は,木造の立派な旧 家だ ったことを鮮明に記憶 している.源次郎氏 は私 より3歳年上で,同志社高等商業学校在学 中に学徒動員で中国に渡 られ,終戦後,新制の 同志社大学 に復学 されていた.しか し,22年お 父様のご逝去 により同志社を中退 して,秋田屋 本店の代表に就任 されていたので,お父様が 日 本の養蜂産業発展のためにご苦労 されたこと, その遺志を継 ぎ頑張 る覚悟を,顔を紅潮 させな 45 容 となっている.また,著者 らが中心 になって 考案 し,すでに多数の飼育者のいる AY巣箱 と 可動式巣枠での飼育 と遠心分離器を用いての採 蜜方法が紹介 されているが, これは,一匹の ミ ツバチを殺致することを も嫌 った著者の恩師で ある故岡田先生のお教え と推測 される.Ⅴ章の 野生の営巣場所,Ⅵ章の各地での伝統的な飼育 と採蜜では, 日本各地でた くましく生 き抜 く彼 らと,特色を持 った飼育 と採蜜の中か ら,特 に 紀伊 と対馬での蜂を殺 さない方法が紹介 されて いるが, これが著者の研究の出発点かと思われ た.Ⅶ章のニホンミツバチの新たな利用では, セイヨウ ミツバチと比 して低温での訪花性 と長 時間採餌活動を生か してのハ ウスへの導入につ いて語 られている.Ⅷ,Ⅸ章では,世界中の ミ ツバチとアジアの養蜂を紹介 し, 自宅の壁 に空 洞を作 り,内側か ら巣蜜の一部をいただ くのを 羨 ま しく思 ったのは私一人だろうか.X章 は, ニホンミツバチとセイヨウ ミツパテの相違点を 述べてお り,大敵のオオスズメバチとの戦いに 勝利する日本丸に拍手を送 りた くなる. 付録セイヨウ ミツバチの飼育法を見て, これ か ら養蜂を始める蜂友の来た らんことを願 うフ リッシュ博士の弟子の一人である.(人見 吉昭) が ら話 していただいたことを思い出 し,感慨無 量で本書を一気 に読 ませて もらった. 本書 は,波潤万丈の半世紀を養蜂一筋に生 き た源次郎氏の 「自分史」であり 「日本養蜂の戦 後史」 とも言える貴重な ものである.正確で, 詳細 な記録をもとに, 日本養蜂の歩み,次々注 目されてきた ミツバチ生産物 (本書では,伝統 的に蜂産品)の様子,新 しい病害虫に苦 しみそ の対策への苦労,数多 くの国際会議への出席 と 国際交流,新養蜂器具の開発, ミツバチとその 産物 の PR,そ して最後 にこれか らの 日本養蜂 について述べ られている. 常 に 「ミツパテへの感謝」の気持 ちを持 って 書 き続 けられた本書の後半 は, 平成 10年 1月 手術の後,体力の衰えを気力で支えなが ら年末 までに書 き上 げ られた由である.平成11年3 月2日他界 された著者 に心か ら敬意を表 し,ど 冥福をお祈 り申 し上げたい. (酒井 哲夫)

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