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アクターネットワーク論による組織再編の分析─組織再編がもたらす組織成員の行動変化プロセスの分析(PDF:841KB)

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 目 次 Ⅰ はじめに Ⅱ 組織再編と成員の行動変化に関する諸研究 Ⅲ 理論的視座 Ⅳ 組織再編事例 Ⅴ 分析および考察 Ⅵ 結 論

Ⅰ は じ め に

 企業組織等における組織構造とは,「分業と調 整手段のパターン」(沼上2004)である。それは, 成員間の分化と統合の枠組みとしてその相互作用 に安定的なパターンをもたらし,成員の行動の有 り様を決定するものともなり得る。したがって, 組織再編という組織構造の変更は,成員の行動変 化をもたらす可能性を有するが,これに関する既 存研究では,概して成員の社会的あるいは心理的 側面に焦点を当てたものが大部分であったと言い 得る。  しかしながら,現実の人間行動とは関連する他 者の行動のみならず,自然物あるいは道具その他 の人工物などを含む空間内で行われる状況に埋め 込まれた実践に他ならず,それらの影響を無視す ることはできないと考えられる。例えば,岩谷 (2008)や川床(2008)は,作業プロセスに組み込 まれた人工物が人の職務行動を方向づけているこ とを明らかにしているが,人とアーティファクト (道具を含む人の活動を組織する媒体)とは切り離 して考えることができないこと,その両者を含ん

アクターネットワーク論による

組織再編の分析

─組織再編がもたらす組織成員の行動変化プロセスの分析

伊藤 精男

(九州産業大学准教授) 組織構造は「分業と調整手段のパターン」であるが,成員の行動の有り様を決定する大き な要因となる。したがって,組織再編という組織構造の変更は,成員の行動変化をもたら す可能性を有する。本稿では,ある企業組織における組織再編事例を分析し,組織再編に よって成員の行動変化がどのようなプロセスで生起するかをアクターネットワーク論 (ANT)の視座から探求した。社会的事象を様々なアクター(actor)が参加するネット ワークとして理解する ANT の視座から,組織をハイブリッドな実践コミュニティとして 捉える視点が提供された。これによれば,組織再編とは,人的アクターおよび非人的アク ターからなるハイブリッドな実践コミュニティの変更であり,そのネットワークの有り様 を変更することに他ならない。そして,その結節点としての組織成員は,ネットワークの 有り様が変わることによって,結果として,行為可能性が変わり行動変化につながるとい う可能性を指摘できた。これは,組織再編による成員の行動変化を人的アクター(社会的 あるいは心理的側面に焦点を当てたもの)に注視して論ずることが多かった既存の組織論 とは異なり,非人的アクターをも踏まえて一体として考察する新たな分析可能性を示しえ たものと言える。 【キーワード】職業社会,労働者生活,産業・企業

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だ活動システムとして捉えるべきことを示唆する ものである(石黒2001)。主に個人の動機や意図 等に着目してきた既存研究にはこの視点が欠落し ており,人工物等の非人的要素の影響については ブラックボックスのままであり,成員の行動変化 を考えるうえで重要な要因を見逃している可能性 がある。  この点において,アクターネットワーク論 (ActorNetworkTheory,以下 ANT と略記)の視 点は,既存の組織論とは異なる分析可能性を期待 させる。人間,モノ,社会,技術など互いに異質 な存在が,「相互に入り混じりながら,切り離す ことのできない状態で存在しているといった認 識」(土橋・上野2006)を示すハイブリッド概念 を中心に据える ANT によれば,組織とは人・モ ノ・社会的なもの・技術的なものが入り混じった ハイブリッドのネットワーク(hybridnetworks) として立ち現れるものであり,それらを不可分の 統一体として捉える必要があると解釈される。 ANT では,社会的事象を様々なアクター(actor) が参加するネットワークとして理解しようとする が,モノ,社会,技術なども人と同等のアクター であると捉え,ひとつのアクターの変化は全体に 影響を及ぼすものと考える。したがって,組織再 編をこのようなハイブリッドのネットワークのデ ザイン変更であると捉えるならば,人的アクター のみに着目するだけでは不十分である。すなわち, 人という対象もそれが含まれるアクターネット ワークのあり方とともに捉える必要があり,組織 成員の行動変化もその観点から問い直すことが求 められる。これは既存研究とは異なる分析可能性 を示すものであり,非人的アクターの影響をも含 めた新たな解釈への契機を開くものである。  そこで本稿では,ある企業組織における組織再 編事例のアクターネットワーク論的分析を試み, 組織再編によって組織成員の行動変化がどのよう なプロセスで生起するかを ANT の視座から探求 することを目的とする。なお,組織構造の有り様 は,人材育成や戦略創発効果をも有するものでは あるが(沼上2004),本稿では主に生産性の向上 という観点に注視して考察する。もちろん,一事 例に基づく知見は限定的ではあるが,仮説的知見 の提示という意味において有益であると思われる。

Ⅱ 組織再編と成員の行動変化に関する

諸研究

 組織再編に関する既存研究では,組織構造の変 更によって成員の行動変化がどのように生起する かを把握しようとする共通の問題意識を有しつつ も,それが抽象化された次元にとどまっている状 況にあると言える。例えば,NTT の組織再編を 職能別組織から事業部制へと組織構造が変革され た事例と捉える吉田(1994)は,組織構造の変更 だけでは組織の変化を完全に把握することはでき ないとして,組織成員におけるパワー・文化・創 発的ネットワーク等の変化を調査する必要がある とし,同様に NTT の組織再編を取り上げた河野 (1994)も,成員の行動の有り様を規定する組織 マインドに着目してその変化を指摘したが,いず れも具体的な行動変化プロセスまでには分析が及 んでいない。また,企業の戦略変更と組織構造の 変更実態を検証した研究においても(例えば, WhittingtonandMayer1997;上野2004),環境変 化に対応した戦略変更と組織構造の変更に関連が 見られ,そこに多様性が存在することを指摘した ものの,それが具体的に成員の行動変化にどのよ うに反映されたかまでは言及していない。  一方,組織構造の変更と成員の行動変化との関 係を成員の社会的あるいは心理的側面に焦点を当 てて考察する視点も見られる。古川(1988)は, 組織構造が組織成員に及ぼすコントロールの根幹 を成す重要要因であるとして,組織構造がまず職 場の集団過程(例えばコミュニケーション,意思決 定,リーダーシップなど)に影響を与え,それが 個々の成員の反応(モチベーション,満足感など) や職務行動を規定していくという多段階の影響過 程を想定する。このような視点に拠る研究として, フラットな組織構造への変化が成員の心理的側面 に 与 え る 影 響 に 注 視 す る も の( 例 え ば, 横 田 1998),組織再編による人的ネットワーク構造の 変化がもたらす人間関係の有り様の変化や成員間 に流通する情報の質や量の変化に注視し,それが 組織の生産性向上やイノベーション能力に与える

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影響を探るもの等があるが(例えば,高木・遠山・ 露木2008),これらも組織成員の行動変化プロセ スを具体的に把握できたとまでは言い難い。  一方,組織構造の変更と成員の行動変化プロセ スを具体的に説明しうるものとしての組織ルー ティンに着目した研究もみられる。Miles,Miles andSnow(1998)は,「組織構造は,ルーティン が完全に開発され利用される時,その潜在的能力 を達成する」と指摘し,構造と行動をつなぐ組織 ルーティンの機能に注目する。組織ルーティン概 念は,認知的あるいは行動的側面から捉えられて きたが,行動的側面に注視した場合,標準化され た組織能力と言い得る反復的行動パターンである と捉えられる(CohenandBacdayan1994)。それ は組織行動のあらゆる局面において多様に見ら れ,組織成員の行動規制と認知規制の基盤となっ て成員の行動を方向づけるものと考えられる(大 月2007)。組織ルーティンは行動硬直化メカニズ ムとなりうるとの指摘もあるが(Becker2004), 変化につながる側面も指摘されている(Feldman andPentland2003)。 こ の 視 点 を 共 有 す る 大 月 (2010)は,組織における新たな体制の構築が既 存の体制を維持してきた組織ルーティンの再構築 につながると指摘し,組織ルーティンを介して組 織構造の変更が成員の行動変化へとつながる可能 性を示唆している。ただし,組織ルーティン研究 は,長期間の観察が必要とされることやルーティ ンの可視化が困難である等の理由から概念的ある いは理論的研究に留まっているものが多く,また, その視点も人的アクターを注視したものであると 言える。  そのような中,従来の組織ルーティン研究では 注視してこなかった非人的アクターへの注目を強 調する FeldmanandPentland(2005)は,ANT の視座から組織ルーティンを捉え直すものとして 注目される。この点において,組織ルーティンの 変 更 に 関 し て Lessig(1999=2001)が 提 起 し た 「アーキテクチャ」概念に注目した吉野(2011) の議論は興味深い。「アーキテクチャ」とは,人 の相互行為は規範や威嚇などに拠らず,また,必 ずしも主観化を必要とせずに特定の環境を構築す ることで管理されうること,つまり,行動を方向 づけることが可能であるとするものである。吉野 (2011)は,この概念によって組織成員に一定の 行動パターン,すなわち組織ルーティンを確保す るマネジメントの可能性が切り拓かれることを指 摘し,成員の行動変化を職場のレイアウトを含め た物的環境(非人的アクター)のアレンジメント という切り口からも分析しうるとしている。  既存研究では,組織再編によって組織成員の行 動変化がどのようなプロセスで生起するかについ ては,具体的に説明できたとは言い難い状況にあ ると言える。また,その説明は,概して人的アク ターにおける社会的あるいは心理的側面に注視し たものが多く,一部に非人的アクターとしての物 的環境への言及が見られるものの,アーティファ クトあるいは非人的アクターへの注目は十分とは 言えない状況にあると言える。

Ⅲ 理論的視座

1 異種混交のネットワークと人の行為能力  本稿での分析枠組みである ANT について,分 析に必要とされる範囲内で改めてその考え方を見 ておきたい。ANT には多様な考え方が見られる が,ここでは代表的な理論と事例を提示している ミシェル・カロンを中心に考察する。  ANT では,社会的事象を様々なアクターが参 加するネットワークと捉え,人や自然物,人工物 といった各アクターは不可分なものとして異種混 交のネットワーク(hybridnetworks)を形成して いるとする関係論的な視点から見ることを基本的 立 場 と す る(CallonandLaw1997=1999)。 ア ク ターネットワークは単なる人のネットワークでは なく,人・モノ・社会・技術・自然などを含むも のであり,複数のアクターが相互連関を持って存 在する状態を示す概念である(Callon1986b)。各 アクターはネットワークの構成要素として対等に 扱われる。そこでは,人は自律的なアクターとし て単独で存在するものではなく,常に,人を取り 囲む環境としての自然物や人工物というアクター と関係を結びつつ,それらと不可分のネットワー クを形成しながら行為していると捉えられる。つ

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まり,人は自分以外の人間や自然物・人工物と不 可分に結合した存在である(Callon2004)。例え ば,CallonandLaw(1997=1999)が示す以下の 例はその考え方を端的に説明している。  「有能な研究所の所長アンドルー」と言う場合, 研究所の所長という困難な仕事は「アンドルーと いう個人」のみによって遂行されているのではな く,アンドルーを取り囲む様々な人工物(メモ, レポート,電話,コンピュータ等々)や他の人間(同 僚,秘書等)がアンドルーと不可分に結びつき協 働することで初めて可能となっているとする。つ まり,それは「アンドルー本人+様々なモノや人 工物+他の人々」から成る存在であり,そうした 「集合体として形成されたアンドルー」こそが, 研究所の所長という仕事を遂行しているとする。 ここには,人の行為能力(agency)に関する根本 的見直しが含意されている。すなわち ANT では, 人の行為能力を自分以外の人間や自然物・人工物 と不可分に結合した関係性の中で捉えるものとな る。そこには,「ある個人が発揮する行為能力を, その個人の内側に宿る何か,あるいは個人の内的 属性のようなものとして了解してしまう」暗黙と も言い得る捉え方への異議が見られる(土橋 2006)。  ANT に対しては,各アクターの布置を関係論 的に記述し説明するのみであり,ある事象をもた らした責任を特定のアクターに求めずその全体に あるとする,非決定論的な分析視角であるとの指 摘もある(足立2001)。しかしながら,個人を取 り囲み,その個人と不可分に結びついている非人 的アクターをも含めて人の行為能力を捉える点に おいて,ANT の視座は有益であると言い得る(綾 部2006)。 2 ANT による組織変革の捉え直し

 ANT の源流は Callon(1986b)や Latour(1987 =1999)等の科学技術社会論的研究である。その 後様々な分野に広がりをみているが,現状では ANT に依拠した具体的なフィールドワークやそ の社会的実践への活用といった研究事例は必ずし も多いとは言えない。  経営学分野における研究としては,会計学的研 究(Robson1991 など),ナレッジ・マネジメント (Hull1999 など),組織学習(Fox2000;長岡2003 など),技術研究(Orlikowski2000 など),イノベー シ ョ ン 研 究(HarrissonandLaberge2002; 入 江 2006;竹岡・太田2009 など),市場分析(Callonand Muniesa2005 など),情報テクノロジー研究(土橋 2006 など),社会制度分析(BridgmanandWillmot 2006;HardiandMacKenzie2007 など),情報シス テム学(木佐森2009 など),技術経営(木佐森 2010 など)等への応用を見ることができる。なお, 組織論に係わるものとしては組織分析への応用を 検討した LeeandHassard(1999),Czarniawska andHernes(2005)や AlcadipaniandHassard (2010),ANT と実践コミュニティ論を関連づけ て考察した小松(2007)等の論考が見られる。さ らに ANT に依拠して組織変革を考察したものと しては,組織変革を考察するアプローチの一つと して ANT を取り上げた VandeVanandPoole (2005)や,ビジネスプロセス変更の失敗理由を ANT の 視 点 か ら 考 察 し た Sarker,Sarkerand Sidorova(2006),プロジェクトにおけるマネジ メント変革を ANT の視点から分析した Pollack, CostelloandSankaran(2013)等を挙げることが できるが,現状では ANT に依拠して組織再編を 分析した論考は見出せない。  ANT を応用して組織再編を分析する試みは, 主に人的アクターに注視してきた既存の組織論と は 全 く 異 な る 視 点 に 立 つ も の で あ る。Callon (2004)は,人を明確に規定されたアイデンティ ティをもつ存在としてではなく可変的で多様なプ ロフィールを有するものとして描く必要性を指摘 するが,それは,人の行為能力は環境との関係に よって変わり得ること,どのような環境を構想す るかによってその行為可能性を変え得ることを示 唆するものでもある。そこに,組織再編による成 員の行動変化を人的アクターのみならず非人的ア クターをも含めて考えうる新たな可能性をみるこ とができる。 3 ハイブリッドな実践コミュニティの変更として の組織再編  LaveandWenger(1991=1993)によって示さ

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れた実践コミュニティ(communityofpractice) の概念によれば,「実践」とは人々が協同して何 かを生産・創造したり,保守・管理するなどといっ た活動を行うことである。実践コミュニティは, その「実践」を行うために組織化されたもので, ある特定の「実践」を共有することを特徴とす る。それは必ずしも制度的に規定されたものであ るとは限らないが,その概念からして職場を実践 コミュニティと捉えることは妥当であろう。  LaveandWenger(1991=1993)では人的アク ターに注視していたと言い得るが,この実践コ ミュニティは人のみで構成されるものではなく, 人・自然物・人工物などが不可分に結合したハイ ブリッドな実践コミュニティ(hybridcommunity ofpractice)であると捉えられる(Callon2004)。 すなわち,実践コミュニティは,ある「実践」へ 向けて人・自然物・人工物のネットワークが形成 されたものであり,このコミュニティへの参加と は,ハイブリッドなネットワークへの参加に他な らない。したがって,組織再編とはこのハイブリッ ドな実践コミュニティとしての職場の変更である と考えられ,人はそのネットワークの有り様が変 わることによって,結果として行為可能性が変わ り行動変化につながる可能性を有することになる。  先に示した吉野(2011)の指摘もこの視点から 説明することが可能であろう。上野・ソーヤー (2009)は,そのような空間のデザイン変更を実 践コミュニティにおける成員間のアクセスにおけ る「アーキテクチャ」変更であるとして,それが 成員間の社会的分業の組織化を変え得る可能性に 言及している。ハイブリッドな実践コミュニティ としての職場は,人の居場所でもあるが,組織再 編によってそれが具体的にどう変化し,成員の行 動変化にどうつながったかを捉えるうえでそれは 有益な視点となり得る。 4 事例分析の枠組み  「アクターの実践を追う」が ANT の方法論的 原則であるが,その分析方法や記述の仕方におい て統一性は見られない1)。そこで,本稿では組織 成員の行為能力が組織再編によってどのように変 化し,どのような行動変化が生起したかを,前述 した CallonandLaw(1997=1999)によって示さ れた「集合体として形成されたアンドルー」の例 に倣ってネットワークの有り様の変化に注視して 分析を行うものとしたい2)  上記Ⅲ1~Ⅲ3の議論に基いた本稿における事 例分析の枠組みは図 1 に示すとおりである。この 枠組みに沿って分析を進めていく。

Ⅳ 組織再編事例

1 事例の概要  本稿では,具体的事例として S 社における組 織再編事例を取り上げる。S 社は主に清掃用具の レンタルサービスを行う社員数 1500 名ほどの企 業である。そのうち,直接部門である営業部門は, 大別して会社・商店等を担当する業務部門(売上 比率約 80%)および一般家庭を担当するホーム サービス(以下 HS と略記)部門(同 10%),その 他新規事業部門(同 10%)で構成されている。今 回,対象とするのは HS 部門である。  HS 部門は,社外の業務委託者(略称「F さん」; 非社員)が主に顧客と接し,社員が彼らを管理・ 指導する業態であるところに特徴がある。HS 部 門の社員は約 90 名,「F さん」は約 700 名である。 HS 担当の社員は,一人につき平均 10 名前後の「F さん」を担当している。「F さん」の仕事は,一 定地区の顧客を定期訪問し,契約商品の交換・回 図 1 事例分析の枠組み 組織再編 (組織構造の変更) (ハイブリッドな実践コミュニティの変更) (行為能力の変化) 人的ネットワークの有り様の変更 非人的ネットワーク(物的環境等)の  有り様の変更 結節点としての  人的アクターの  エージェンシー変化 人的アクターの 行動変化

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収,代金回収,帳票類の管理,および情報提供と 若干の営業活動を行うことである。報酬は,取り 扱う商品の売上金額に対する歩合制である。「F さん」の多くは家庭の主婦であり,HS 担当の社 員は「F さん」の自宅を原則週に一度訪問し,担 当する顧客分の商品・帳票類・代金等の回収・補 充を行うほか,「F さん」との同行営業の実施, 担当する「F さん」を集めての学習会の開催など 様々な支援を行う。  業務委託契約解除による「F さん」の入れ替わ りは多く,HS 担当者は,慢性的な募集業務と委 託契約締結後の教育・フォローに追われ,安定的 に業務展開できる体制構築が難しい状態が続いて いた。そして,それが HS 事業の伸長を阻害する 要因の一つともなっていたが,抜本的な解決策を 見出せない状況であった。組織再編当時,HS 部 門は 20 年程度の歴史を有していたが,業績は思 うようには伸びず,その打開策が模索されてい た3)。組織再編前は約 50 箇所ある営業所の所長 の下に業務,HS の両部門が配置されていたが, 営業所長の HS 部門への取り組みは必ずしも積極 的とは言い難い状況もあり,経営陣はそこにも問 題点があると捉えていた。本稿で対象とする組織 再編はそのような中で実施された。 2 分析方法の構図  HS 部門の組織再編は 2001 年 4 月から 2006 年 3 月まで実施運用され,筆者の解釈では,期待通 りの展開が望めないままに再・再編されることと なった,一定の結果が示された事例である。  この事例を取り上げた理由は,筆者の位置取り のユニークさにある。筆者は,かつて S 社にお よそ 20 年間所属した経験を有し,この組織再編 が行われた当時は在職中であった。現在は外部に 出た部外者であるが,この組織再編が行われた背 景とその結果について,内部者としての視点と外 部者としての視点の双方を併せ持つ位置取りにあ る。本稿は組織エスノグラフィーに基づく分析で あるが,内部者による虫瞰図的分析と外部者によ る鳥瞰図的分析の双方を含むものと言える。内部 者は,客観的第三者には観察することが非常に難 しい日常的な様々な知識を有するのみならず,感 情的(emotive)あるいは感覚的(sensory)な次 元においてもそれらを理解することが可能である (Ohnuki-Tierney1984)。筆者は当時,内部者とし て組織内の様々な情報を日常的に知り得る立場に あり,また,何度も HS 担当者に業務同行した経 験を有する。すなわち,本稿における解釈は,彼 らの職務内容および直面している事態について内 部者の日常感覚として実感していたものに基づく ものと言い得る。ちなみに,その日常感覚は当時 多くの組織成員に共有されていたと言えるもので ある。もちろん,反証可能性が保証されていない 点については限界を有するが,内在的な視点に基 づく解釈はその確からしさ(plausibility)におい て客観的第三者によるものと比して高いものと言 い得る。具体的分析に当たって,S 社成員への半 構造的インタビューの内容をも活用するが,それ は 2003 年 10 月,筆者が行ったヒアリング調査の 中で得られたものの一部である。その実施経緯は 次のとおりである。  その当時 , 筆者は人事制度再構築の担当者とし て,それらの現状を含めて幅広く成員の意見を聞 き取るヒアリング調査を実施していた。当時は, 組織再編された HS 部門の運用がなかなか軌道に 乗らないことが組織内で指摘されていた時期にあ たるが,ヒアリング調査においてもそれに係わる 意見は数多く提出されていた。なお,HS 担当者 に対するヒアリング調査はブロック単位で合計 5 回実施した。営業所会議室を使用し,各回 8 ~ 12 名を対象としたグループインタビューを行っ た。一回あたりの所要時間は約 2 時間程度であり, その内容は IC レコーダーに録音された。また, HS 担当者以外の者については,同様の趣旨で個 別にヒアリング調査を実施したものであり,発言 内容は IC レコーダーに録音された。データ分析 にあたっては,インタビュー時に記録した聞き取 りメモを録音内容で再確認しながら聞き取り記録 として要約したうえで,その内容に分析を加えた。 3 「営業所の一員」から「間借り人」への変化  ここでは,組織再編の内容を示したうえで,そ れが当事者にどのように受け止められ,どのよう な変化をもたらしたかについて,半構造的インタ

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ビューの内容(要旨)を提示しながら把握する。 ここで示す言説は,収集されたものの中から,そ の内容が概ね他で示されたものの多くを代弁して おり,かつ筆者が捉えていた実感に近いと解釈し たものである。なお,ここに示す以外の HS 担当 者の業務内容や仕事の手順,「F さん」との関係 性のあり方,使用する帳票類あるいは評価内容等 については変化がないことから,ここでは組織再 編によって変化が生じたものに焦点を当てて見て いくことにしたい。 (1)組織再編のプロセス  再編前の組織構造は図 2 に示すとおり,概ね機 能別組織と言い得るものであった。業務部門・ HS 部門ともに全社的な営業戦略は営業推進部に て策定され,それをライン組織である各営業所に て運用していた。再編前の営業所の組織構造は図 3 に示すとおり,営業所長の下に業務・HS 両部 門が配置され,営業所長がそれぞれの予算・実績 上の成果責任を有していた。HS 部門には係長・ 主任がいないことから,その分営業所長の直接的 関与が求められ負担も大きかったものと言える。  再編された組織構造は図 4 に示すとおり,「一 図 2 S 社組織概要(再編前;一部省略) 図 3 営業所組織構成(再編前) 社長 人事本部 営業本部 管理本部 企画開発部 専務 営業推進部(業務・HS) 営業推進課 営業企画課 営業第 1 部 以下略(第 5 部まで) 営業所(業務・HS) 営業所(業務・HS) 以下略(各部平均 10 営業所) (以下省略) (販売促進・計数管理全般) (商品開発全般) (サービス提供・顧客管理・開拓) (以下省略) ● ▲ ▲ ● ▲ ▲ ● ▲ ▲ ● ▲ ▲ ● ▲ 業務係長 所長 営業専門職 (業務) 主任 ●営業社員(正社員) ▲パート営業社員 業務係長 主任 主任 主任 事務担当 資材担当 HS 担当 業務委託者 (略称Fさん;非社員)

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部事業部制」(沼上2004)とも言い得るものであっ た。業務部門はほぼ従来どおりであったが,営業 所長の下には業務部門のみが配置されその成果責 任のみを有することになった。一方,HS 部門は 新設された HS 推進部で独自に展開する体制とし た。HS 事業全般にわたる営業戦略を HS 推進担 当スタッフ(営業推進部から一部分離・移行)が策 定し,それを「HS 長─ HS 担当─(F さん)」の ラインが運用することとした。全社を 10 ブロッ クに分け,ブロックごとに HS 長が配置された。 HS 長は一人につき平均 5 拠点を担当し,そのブ ロックの成果責任を有した。この HS 部門の組織 再編は,HS 部門に対する営業所長の取り組み度 の低さを問題視していた経営陣による意向を反映 したものであった。それは,以下の言説に窺える。 HS は長年やっているけど,なかなか思うように 業績が上がっていない。事業の構造的な問題もあ るけど,売上比率からしても営業所長も業務部門 に力が入っていて,HS にはさほど力が入ってい ないという問題が大きかったと思う。そこで,ま ずは専門的に HS 部門を担当する組織を独立させ て「てこ入れ」するというのが,今回の組織再編 の趣旨。事業部制とまではいかないけど,それに 近い考え方をしている。現状はまだまだだけど, 体制が整ってきたら徐々にその方向に持っていき たい……(HS 推進部長 T 氏;要旨,2003 年 10 月 15 日)  再編時の営業所の組織構造は図 5 に示すとおり である。HS 事業の売上規模から,当面は,1 拠 点につき平均 2 名程度の HS 担当は,業務部門の 各営業所に同居する形で分散して配置され,HS 長がブロック内を巡回する形態で管理していくこ ととなった。それは,HS 推進部長 T 氏の言説に みるとおり,売上規模が拡大して体制が整うまで の「過渡的とも言い得る形態」と言えた。 (2)各アクターの有り様の変化  この組織再編によって HS 担当者の具体的な業 務内容自体が変わることはなかったが,それは, 彼らに多くの変化をもたらした。まず,再編前は 営業所長との間で処理されていた事項が HS 長と の間での処理へと変更された影響は大きかった。 常駐していない形態の HS 長は 1 拠点につき週一 回程度の訪問が精一杯であり,物理的な限界が あった。この「過渡的とも言い得る形態」は HS 長にとって負担が大きいものであったが,HS 担 当者にも HS 長の不在に伴う仕事のやりにくさを もたらすものであった。 以前は,何でも所長に相談して即決してもらって いたけど,HS 長に変わって小回りが利かなくなっ たと思う。特に突発事項に対しては対応が遅れる ……HS 長も忙しくてバタバタしているようで, 図 4 S 社組織概要(再編時;一部省略) 社長 人事本部 営業本部 管理本部 企画開発部 専務 営業推進部(業務) 営業推進課 営業企画課 営業第 1 部 以下略(第 5 部まで) 営業所 営業所 以下略(各部平均 10 営業所) (以下省略) (販売促進・計数管理全般) (商品開発全般) (業務部門;サービス提供・顧客管理・開拓) (以下省略) HS 推進部 HS 推進担当スタッフ(HS 事業推進全般) HS 長  HS 担当(HS 部門;サービス提供・顧客管理・開拓) 以下略(10 ブロック)

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無理が言えないこともわかっている。必要なこと は電話で対応するが,週に一度会える程度だから, コミュニケーションという意味ではちょっとちぐ はぐな感じがする……(HS 担当パート営業社員 J さん;要旨,2003 年 10 月 10 日) 私も毎日ブロック内の巡回でいっぱいいっぱいと いう感じで,特に突発的な事態には十分に対応で きていないと思う。そんなときは,(営業所の) 所長に支援をお願いしているけど,やっぱり遠慮 はある。彼らにとっては直接的なメリットがある わけでもないし……それは正式な役割関係として の支援要請ではなく,あくまでも個人的な人間関 係に頼ったものだから,やっぱり個人的に疎遠な 所長には頼みにくいところもある……(HS 長 N 氏;要旨,2003 年 10 月 14 日)  一方,個人差はあるものの営業所長の方にも戸 惑いが見られ,HS 担当者との距離感を模索して いたと言える。それは,組織図的に示された指示 命令関係と,現場で要求される意思決定のスピー ドや具体的支援といった現実的に必要とされる係 わり方とが不整合を起こしていることを示唆する ものであった。 これまで自分の部下だったわけだし,現在も同じ 営業所の建物の中にいるわけだから,彼らが困っ ている状況を見たら支援してあげたくなるのが人 情……でも,自分の権限を越えてしまうようなこ とはできない。(担当の)HS 長の考え方と違う ことはできないし,結局それで彼らに迷惑がかか るようなことになってもまずいから……目立たな い程度に気遣っているという状況です(営業所長 K 氏;要旨,2003 年 10 月 2 日)  組織再編による指示命令関係の変更は,単に HS 長と営業所長に相互の遠慮を生じさせたこと に止まらず,そこから派生する具体的な仕事のや りにくさを HS 担当者にもたらすものであった。 それは,彼らが再編前には明確に意識していると は言い難かった,業務部門の社員との協働関係の 中で彼らからの支援を受けながら業務遂行がなさ れており,それが仕事の仕方(組織ルーティン) を構成していたという状況を明らかにさせた。 ……業務部門の営業社員からの情報が入ってこな くなった点はマイナスです。それに以前は何かと 業務の社員が私たちを手伝ってくれていたけど, それは明らかに少なくなってきたと思う。随分所 長・係長にも助けてもらっていたけど……(今の 体制になってみて初めて)それまでは業務の人た ちに見えないところで助けてもらっていたんだと いうことを実感する……だからといって予算を落 とすわけにはいかないから,なんとか頑張らない と……(HS 担当パート営業社員 F さん;要旨, 図 5 営業所組織構成(再編時) 業務係長 所長 営業専門職 (業務) 主任 ● ▲ ▲ ●営業社員(正社員) ▲パート営業社員 業務係長 主任 主任 主任 ● ▲ ▲ ● ▲ ▲ ● ▲ ▲ 事 務 担 当 資 材 担 当 HS 担当 ● ▲ 業務委託者 (略称 F さん; 非社員) HS 長(ブロック内を巡回;     成果責任有り) 以下略 (1 ブロック 5 拠点程度) HS 担当 ● ▲ ≪同一営業所内に同居≫ 業務委託者 (略称 F さん; 非社員) (各営業所に分散)

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2003 年 10 月 17 日)  再編前は営業所長が必要と判断すれば,その指 示によって業務係長や業務部門社員が様々な支援 を行うことは日常的に見られることであり,極め て柔軟な対応がなされていたと言える。再編はそ の状況を変えていった。 組織が変わる前は,業務部門の者もそれとなく気 にかけて HS 担当者を手助けしていたと思う…… 同じ営業所の一員だし,営業所としての売上成績 としては共通の目標をもっているわけだから,協 力できるところは協力してやってきた……もちろ ん彼らからも役に立つ情報をもらったりしてお互 い様という意識があった……それに比べると(再 編後の)今は微妙に違う感じになっている。お互 い様という意識がなくなってきた感じ……(業務 営業係長 T 氏;要旨,2003 年 10 月 22 日)  組織再編に伴って,同時に営業所内のデスクの 移動も実施された。これまではオープンフロア内 で机を並べていたが,一応の組織上の区切りをつ けるという意味合いで簡易パーテーションを置い て一定の空間が確保された。しかしながら,それ は意図せざる結果を生じさせた。次に示す HS 担 当者の感想は,組織再編に伴い自らの立場や居場 所感覚が変化したことを象徴的に表現したものと 言える。ここに示された彼らの孤立感とも言い得 る意識は,この組織再編がもたらしたものを示唆 するものと言える。 組織体制が変わったことで,自分たち(HS 担当) の立場というか居場所というのか随分変わったよ うに思う。象徴的なのは,事務所内のデスクの配 置。以前は,業務部門と HS 部門という担当分野 の違いはあっても,同じオープンフロア内で机を 並べていて,同じ「営業所の一員」という感覚で いたが,今は,机もパーテーションで仕切られて しまって,なんか「間借り人」という感覚になっ てしまった……違う組織の人間になってしまった から,仕方ないといえばそうだが,些細なことか もしれないけど,ちょっとしたパーテーションで も仕切られてしまうとなんとなく心理的な壁とい うかお互いに遠慮してしまうようなところもある ……(HS 担当者 T 氏;要旨,2003 年 10 月 31 日)  なお,このような状況下においても,全社レベ ルで見れば HS 部門の業績は低下することなく一 度も予算未達には至らなかった。しかしながら, 当時の筆者の実感からするとそれは HS 担当者の 意地とも言い得る「頑張り」に支えられた結果で あるとも言えた。営業所長・係長や業務部門社員 からの支援が期待できなくなり,かつ不在である ことが多い HS 長による具体的支援が不足する事 態となった HS 担当者は,それらを埋め合わせる べく,以前にも増して自らの行動量を増やすこと で対処していたと言える。 確かに困難な状況だが,担当者はすごく頑張って いると思う。組織が変わったことで予算を落とし たと言われたくないという気持ちが強いようだ ……プライド,意地でしょうね。実際,予算はク リアしているし……(HS 長 M 氏;要旨,2003 年 10 月 23 日)  HS 部門の業務内容は「F さん」との関係性の 構築・指導といったマネジメントの側面が大きく, 組織内では比較的難易度が高いと認識されてい た。したがって,その担当者には職務能力が高い とされている者が配置されるとの認識が組織内で は一般的であり,それは自他共に認めるところで もあった。HS 担当者の「頑張り」は,そのよう な彼らのプライドに拠るところが大きかったと言 える。しかしながら,その「頑張り」は彼らの疲 弊を心配する声も聞かれるほどのものであった。 まだ体制が整っていないだけに中途半端なところ があって,きめ細かい対応ができるか心配です ……私からみると,(HS 担当の)彼らは本当に 頑張っていると思う。でもかなり無理をしている ことも事実。このままでは長続きしないんじゃな いかと心配している……(営業所長 O 氏;要旨, 2003 年 10 月 2 日)

Ⅴ 分析および考察

1 ハイブリッドな実践コミュニティにおける変化  この事例において,HS 業務という「実践」を 共有するハイブリッドな実践コミュニティを構成 する主なアクターは,HS 担当者,HS 長,営業 所長,業務係長および業務担当社員,職務情報,

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空間デザインとしての物的環境(デスク配置,パー テーション)である。いずれのアクターもハイブ リッドなネットワークの一つの結節点として捉え ることが可能である。ANT では人的アクターの みではなく,非人的アクターに着目した分析も可 能であるが,非人的アクターは人に関する環境条 件として取り扱うことが妥当であるとの指摘もあ り(綾部2006),ここでは HS 担当者に焦点を当 てて,そのネットワークが組織再編によってどう 変化しその行為能力を変えていったかに着目した 分析を行う。  組織再編によってハイブリッドな実践コミュニ ティとしての職場は大きく変化した。HS 担当者 は,「本人+様々なモノや人工物+他の人々」か ら構成されるハイブリッドのネットワークの中の 一つの結節点として(各アクターの布置連関のアレ ンジとして)形成されているが,組織再編はその ハイブリッド性を大きく変更させていった。  再編によって,営業所長や業務係長・業務担当 社員は事実上ネットワークから離脱した。これに 伴い,HS 担当者は彼らが有していた職務情報へ のアクセスも不可能となったと言える。さらに, 組織再編に伴い実施された営業所内のデスク配置 変更とパーテーションの実施は,職場のレイアウ トを含めた物的環境のアレンジメント(吉野 2011)あるいは空間デザインの変更(上野・ソー ヤー2009)であるが,それは物的アクターの変更 としてハイブリッドな実践コミュニティの構成に 少なからぬ影響を与え,HS 担当者の職場を大き く変化させるものとなった。すなわち,この組織 再編によって,「支援可能性を有する『営業所長 +業務係長+業務担当社員』+彼らに付随する職 務情報+HS 担当者+オープンフロア空間への配 置」というハイブリッドのネットワークの中の一 つの結節点である営業所の一員として形成されて いた HS 担当者が,「『常駐せず支援可能性に乏し い HS 長』+『HS 担当者+パーテーションで仕切 られた空間への配置』」での結節点としての間借 り人へと変更されたとの解釈が可能であろう。 2 行為能力(agency)の変化  相互構成的な関係性の変更は,結節点の有り様 を変えていく。組織再編によって HS 担当者の行 為可能性は大きく変化していった。自明化してい たとも言える営業所長等からの人的支援や情報提 供がなくなり,かつ HS 長の具体的支援も不足す る状況は,HS 担当者に仕事の仕方(組織ルーティ ン)の変更を余儀なくさせた。HS 担当者は孤立 感を深めつつ,意地とも言い得る自らの「頑張り」 すなわち行動量の増加で対処せざるを得なくなっ ていったと言える。  新たな「HS 長+HS 担当者」ネットワークに は,両者のみで業務遂行が可能であるとの前提が あったと思われるが,再編前には業務部門の支援 を受けて業務遂行がなされていた事実への認識不 足があったと言える。しかも,「過渡的とも言い 得る」形態はそれをさらに困難なものとした。そ の意味では,HS 長と営業所長等とがネットワー クの一員となれず,相互の遠慮を生じさせた新た な組織構造は,以前に比して柔軟性に乏しく,結 果的に HS 担当者に掛かる負荷は大きいものにな らざるを得なかった。HS 担当者から見れば,ネッ トワークを離脱した営業所長等にはアクセスでき ず,また,物理的な限界から支援可能性に乏しい HS 長もアクティブなアクターとはなり得ないも のであった。  また,職場のレイアウトを含めた物的環境のア レンジメントあるいは空間デザイン変更という側 面から見れば,HS 長が常駐しない営業所への分 散配置という形態自体が,HS 担当者に自らの立 場と心理的な居場所感覚に違和感をもたらすもの であったと推察される。デスク配置変更とパー テーションの実施という物理的な位置づけ変更 は,それを更に強化するものと言えた。「日常的 にも行き来が減った」(業務営業係長 T 氏)という ように,この措置は人および情報の流れを分断す るものであった。それは,物理的な実体を伴って HS 担当者に「心理的な壁」(HS 担当者 T 氏)を もたらし,「間借り人」という表現に象徴される 孤立感とも言い得る意識を増幅させていった。 HS 担当者は,職務遂行において営業所長や業務 部門社員へのアクセスができない状況にあった が,この空間デザイン変更は,成員間のアクセス における「アーキテクチャ」変更(上野・ソーヤー

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2009)として日常的な行き来にも少なからず影響 を与えるものとなった。それは HS 担当者の居場 所感覚を変え,彼らの行動変化を後押しする無視 できないアクターとして機能したと言い得る。 3 組織再編からもたらされた成員の行動変化  組織再編とは,人的アクターおよび非人的アク ターからなるハイブリッドな実践コミュニティの 変更であり,そのネットワークの有り様を変更す ることである。ここでの解釈は必ずしも構造決定 論に拠るものではないが,組織構造は構造的リ ソースとしてアクセス可能なネットワークをデザ インし,「実践」を方向づけるものと言い得る。 この組織再編は,結節点としての HS 担当者に旧 ネットワークによる「実践」へのアクセスを妨 げ,新たなアクセスを誘発する「一定の特殊性を 備えた環境」(土橋2006)をもたらすものであっ たと解釈できる4)  さらに,HS 担当者という人的アクターが,空 間デザインの変更としてのデスク配置変更および パーテーションという非人的アクターと不可分に 結合した存在としてその行動を変化させていった との解釈は,人的アクターの動機・意図という一 要因に還元することなく,ハイブリッドのネット ワーク変更の視点から行動変化を再検討する契機 を開くものと言い得る。成員の行動は,空間やモ ノといった非人的アクターにも多くを負ってお り,それらとの行為遂行的な関係を見る必要があ ろう(足立2009)。HS 担当者の意地を生じさせた 背景も,このようなアクター間の相互構成から考 察できよう。すなわち,HS担当者の新たな「実践」 は,このような関係性の中で生じたものであり, そのひとつでも欠けば結節点としての彼らの行為 可能性は違ったものになったと言い得る。  この組織再編は,HS 担当者に行動変化をもた らし,期待した業績も確保できたとも言い得るが, それは当初の想定とは異なるものであった。すな わち,この「一定の特殊性を備えた環境」は, HS 担当者に疲弊を招く可能性が懸念されるもの であり,安定した高い生産性の継続を期待する観 点からすれば,成功したとは言い難いものであっ たとの解釈も可能であろう5)

Ⅵ 結  論

 本稿の目的は,ある企業組織における組織再編 事例のアクターネットワーク論(ANT)的分析を 試み,組織再編によって組織成員の行動変化がど のようなプロセスで生起するかを ANT の視座か ら明らかにすることであった。  ANT の視座から,組織再編をハイブリッドな 実践コミュニティの変更であると捉え,その結節 点としての組織成員は,ネットワークの有り様が 変わることによって,結果として行為可能性が変 わり行動変化につながるという可能性を指摘でき た。これは,主に人的アクターに着目する既存の 組織論とは異なる,非人的アクターをも踏まえて 一体として考察する新たな分析可能性を示しえた ものと言い得る。もちろん,これは一事例に基づ く仮説的知見であるため,他の事例での考察を必 要とすることは言うまでもない。  ANT では,各アクターは相互に影響を与える ものの独立していると見なされ,その意味では合 目的的な構造が想定されていない。そこに合目的 的なものを導出するためには,人によるアクター 間のネットワークの再編が必要とされるが,それ は,可能性を現実にするための具体的なアクター の布置連関によって,望まれる現実を実現してい く有効な道筋を与えることでもある(土橋2006)。 言い換えれば,それは人的あるいは非人的アク ターの再結合(re-association)あるいは再結集 (reassembling)によって新たなハイブリッドの ネットワークを生成していくことであると言い得 る(Latour2005)。  上記の視点は,実務的にも有益なものとなり得 る。例えば,本稿において組織成員の行動変化を 考えるためには人的アクターのみに注目するので はなく,非人的アクターである空間設計を含む 様々なアーティファクトへの着目が重要な要素と なることが示されたが,この知見は,デスクやパー テーションといったモノの配置によって成員間の 協働やコミュニケーションの有り様が変わり得る ことを示唆するものである。紺野・華(2012)は コラボレーションの場としてのオフィス設計の重

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要性を指摘しているが,本稿で示された知見は, そのような点においても応用可能なものとなる。  また,人の行為能力(agency)を人的アクター と非人的アクターが一体となったハイブリッドの ネットワークの視点から考察することは,成員の 組織行動を考えるうえで応用可能性が高いものと 思われ,ANT を応用することによる新たな研究 の可能性を期待させるものと言える。 ※本稿の掲載に至るまで,貴重なご意見をいただいた匿名の査 読者の方々をはじめ,編集委員ほか関係者の方々には大変お 世話になりました。この場を借りてお礼を申し上げます。  1)ANT では,ネットワークを繫げるプロセスに注目する。 代表例は Callon(1986a)による翻訳概念である。これによ れば,ある焦点化されたアクター(翻訳家)が他のアクター をネットワークに取り込んでいくプロセスとして描かれる。 ここでは,ネットワークの形成・変更を問題化,関心付け, 取り込み,動員のモメントから構成されるダイナミックな過 程として捉える。ANT では人,人工物,自然物を対等に扱 うことからここには一種の擬人化が見られるが,それらは存 在論的側面においては等価性を有すると仮定し得ても,行為 的側面に関しては必ずしも等価とは言えず,むしろ非人的ア クターは,人に関する環境条件として取り扱うことが妥当で あるとする指摘も見られる(綾部2006)。同様に,非人的ア クターのみで形成されるネットワークがあるとすれば,それ は誰が記述しうるのかとの疑問も提出される(青山2008)。 しかしながら,非人的アクターを意図を有するという捉え方 ではなく,関係性のネットワークの中で形づけられて行為の 媒体となるものとして捉える視点,それが人の行為可能性を 変え得るものとして評価されている点については注目すべき であろう(ギギ2011)。  2)これは,組織再編における行動変化の当事者を焦点化した アクター(翻訳家)とする分析であると言える。ただし,こ れは必ずしも Callon(1986a)による翻訳の 4 つのモメント にこだわるものではない。松嶋(2006)は,翻訳概念を翻訳 家によって描かれる単線的な図式に見えるとして,多様なア クターが相互に行為能力(agency)を変化させながら関係 性を結んでいく有り様を捉える必要があると指摘する。本稿 はこの指摘を参考としている。  3)S 社は HS 部門に関しては後発企業であった。ここには圧 倒的市場占有率を有する先発企業が存在し,その中での業績 向上はなかなか困難な状況であった。  4)構造,ルーティンなどは,成員の相互作用のためのコンテ キストを与えるが,決定済みのことと未決定のことを並存さ せる即興(improvisation)によって構造などが修正されて いく側面があることが指摘されている(Eisenberg1990; Weick1998)。本稿での議論がそれとどう関係づけられるか は更に考察が必要とされるが,本稿で取り上げた事態が組織 再編がなければ起こりえなかったであろうことを考慮すれ ば,構造的リソースが成員の「実践」へのアクセスを方向づ ける大きな要因であることは指摘されなければならない。  5)本稿で示した状況はその後も改善されることはなく,この 再編は運用に無理があると判断され再・再編された。HS 担 当者の疲弊への懸念は組織内では広く共有されていたが(例 えば,営業所長 O 氏の言説など),それが経営陣に組織の再・ 再編へと決断させる大きな理由となった(再・再編後の筆者 による役員へのインタビュー内容に拠る)。 参考文献 青山征彦(2008)「アクターネットワーク理論が可視/不可視 にするもの─エージェンシーをめぐって」『駿河台大学論 叢』第 35 号,pp.175-185. 足立明(2001)「開発の人類学─アクター・ネットワーク論 の可能性」『社会人類学年報』第 27 号,pp.1-33. ─(2009)「人とモノのネットワーク モノを取りもどす こと」田中雅一編『フェティシズム論の系譜と展望』京都大 学学術出版会,pp.175-193. 綾部広則(2006)「自然・人工物の社会理論を求めて」『季刊 iichiko』第 91 号,pp.6-48. 石黒広昭(2001)「アーティファクトと活動システム」茂呂雄 二編著『実践のエスノグラフィ』金子書房,pp.59-95. 入江信一郎(2006)「社会─技術ネットワークの相互的構成: イノベーションの分析実践を探求する」『科学技術社会論研 究』第 4 号,pp.30-41. 岩谷洋史(2008)「仕事場における資源としてのインスクリプ ションの役割─酒蔵を事例として」『ソシオロジ』第 53 巻 第 1 号,pp.55-72. 上野直樹・ソーヤーりえこ(2009)「実践共同体のマテリアリ ティと構造化された資源─状況的学習論の観点」『組織科 学』第 43 巻第 1 号,pp.6-19. 上野恭裕(2004)「日本企業の多角化経営と組織構造」『組織科 学』第 37 巻第 3 号,pp.21-32. 大月博司(2007)「組織ルーティン変化の影響要因」『早稲田商 学』第 413・414 号,pp.125-146. ─(2010)「組織変革と組織ルーティンのダイナミック性」 『早稲田商学』第 423 号,pp.99-123. 川床靖子(2008)「精密部品の加工実践における多層的ヴィジョ ンの状況的構成」『大東文化大学紀要〈社会科学〉』第 46 号, pp.217-235. 木佐森健司(2009)「経営学におけるアクター・ネットワーク 理論の展開と可能性─情報システム学において再現された 二分法への批判」『日本情報経営学会誌』第 29 巻第 2 号, pp.64-75. ─(2010)「技術経営における『技術と社会』の解明に向 けて─アクター・ネットワーク論を手がかりに」『六甲台 論集 経営学編(神戸大学)』第 56 巻第 4 号,pp.35-52. ギギ,ファビオ(2011)「行為者としての『モノ』─エージェ ンシーの概念の拡張に関する一考察」『同志社社会学研究』 第 15 号,pp.1-12. 河野昭三(1994)「民営化と組織マインド─NTT は変わった のか ?」『組織科学』第 27 巻第 4 号,pp.57-65. 小松秀雄(2007)「アクターネットワーク理論と実践コミュニ ティ理論の再考」『神戸女学院大学論集』第 54 巻第 2 号, pp.153-164. 紺野登・華穎(2012)「知識創造のワークプレイス・デザイン ─『ネットワークが職場』時代のイノベーションの場」『日 本労働研究雑誌』第 627 号,pp.44-57. 高木里実・遠山亮子・露木恵美子(2008)「組織変革と共同発 明関係のスモールワールド化─前川製作所『独法化』『再 編期』を対象として」『組織科学』第 42 巻第 2 号,pp.33-46. 竹岡志朗・太田雅春(2009)「イノベーション研究におけるア クター・ネットワーク理論の適用可能性」『日本情報経営学 会誌』第 30 巻第 1 号,pp.52-63. 土橋臣吾(2006)「インターネットを使い倒す─集合体とし てのユーザーとヘビーユースというふるまい」上野直樹・土

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 学術研究の分野でも,学術誌の電子ジャーナ ル化が進んでいる。編集から印刷製本,発送ま

しかしながら,式 (8) の Courant 条件による時間増分