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子どものコモンセンス知識

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Academic year: 2021

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1.は じ め に

人工知能は,4 歳児のコモンセンス知識と同等の知識 体系を再現できるだろうか? 空想の人工知能の中で も,手塚治虫が創造した「鉄腕アトム(ASTRO BOY)」は, 人間やロボット家族と社会的やり取りをして,周りの世 界の事物や事象を理解し,自発的に推論して考え,物理 的・社会的状況に応じて行動する「子どもロボット」で ある.しかし,手塚がアトムの誕生年とした 2003 年か ら 15 年が過ぎ,2018 年の今も,4 歳児のコモンセンス 知識の水準に至る人工知能は誕生していない. 他方,チェスや将棋,囲碁でプロに打ち勝つ人工知 能はすでに実現した.「一般の大人には難しいと思われ る数学の問題のほうが,コンピュータにとっては容易で ある」と,AI 研究の先達 Minsky は指摘した [Minsky 09].極めて専門性の高い人工知能のほうが,問題解決に 要するスキルは限定されるがゆえに,実現は容易である が,人工知能にとって難易度が高いのは,一般的な知識 に基づく思考である.4 歳の子どもが,日常生活や遊び で,動作しながら考える過程を再現するだけでも,その 背後で働く暗黙のコモンセンス知識を取り込まなければ ならない. 乳幼児は日常生活や遊びの中で,周辺世界を動き回っ て積極的に探索し,事物や事象の概念を学び,事象と事 象のつながりを推論する [Siegal 08].普段の遊び,生活 習慣を学ぶしぐさ,人とやり取りする視線や発話は,コ モンセンス知識によって,臨機応変に表出された行動で ある.「人間志向のコンピュータ」を実現するためには, 幼児の行動観察から,その認知過程が垣間見える事例を 収集し,現実の子どもの知識の獲得や概念変化の機序を 解明しなければならない. 本稿では,子どもの認知発達研究の理論と方法が人 工知能の知識表現の研究に影響を与えてきた経緯を振り 返り,子どもの認知発達研究を工学的に精緻化する技術 の必要性と,その具体例としての「子どもの行動コーパ ス観察システム」の試みを紹介する.さらに,コモンセ ンス知識の生成モデルに,子どもの愛着形成に基づくコ ミュニケーションや概念変化のメカニズムを導入する必 要性について論じる.

2.認知発達とコモンセンス知識

2・1 発達心理学の認知理論と人工知能の知識 「子どもの行動の観察と実験をもとに,人工知能シス テムを高度化する試み」の端緒は,約 60 年前にある. 子どもの認知発達の過程を巧みな実験を通して記述 し,人間の認識の発生とその構造的な変化を理論化した スイスの発達心理学者 Piaget は,「人間は乳幼児から環 境との相互作用の中で,自分なりの知識・行動の枠組み (schema)を使って,主体的に知識を構成していく」と いう「構成主義(Constructivism)」の立場から,子ど もの思考様式の構造が変化する過程を,階段状の発達段 階のモデルで示した [Piaget 65, Piaget 72].この発達段 階説は,「感覚運動期」や「具体的操作期」などの各段 階の呼称とともに,現在も子どもの論理的操作の発達の

子どものコモンセンス知識

Commonsense Knowledge of the Child

沢井 佳子

チャイルド・ラボ

Yoshiko Sawai Childlabo.

[email protected]

石川 翔吾

静岡大学大学院総合科学技術研究科

Shogo Ishikawa Graduate School of Integrated Science and Technology, Shizuoka University. [email protected]

桐山 伸也

静岡大学学術院情報学領域

Shinya Kiriyama College of Informatics, Academic Institute, Shizuoka University. [email protected], http://kirilab.net/

Keywords:

child, cognitive development, commonsense knowledge, corpus-oriented observation. 「コモンセンス」

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説明に引用される.1950 年代まで心理学において優勢 であった行動主義心理学が,知識の獲得を,「刺激と反 応の連合(S-R モデル)」で表し,その過程を漸進的な 学習曲線で示したのとは異なり,階段状のモデルで表す 発達段階説は,段階の移行において認知の構造的・質的 変化が起きていることを示すものである.この「認知の 構造的な変化をいかに説明するか?」が,Piaget 派のみ ならず,発達心理学者の大テーマであり,人工知能の知 識表現のモデルを検討する,コンピュータ科学者達の関 心と重なるのである. 数学者でコンピュータ科学者の Papart は,1950 年代 からピアジェと共同研究し,MIT に移ってから,Piaget の能動的な子ども観と発生的認識論を受け継いだ「構築 主義(Constructionism)」を唱え,プログラミング言語 LOGOを開発した.「内的な知識を外在化した人工物」 を子ども自身が構築できる環境つくりを目指したのであ る.

Papartは Minsky とともに,Perceptron のような, ニューラルネットワークでは学習できない領域がある, と指摘するなど [Minsky 69],知識表現についての議論 を MIT の同僚と深めている.その中の一人,Alan Kay は 1968 年に Papart と出会い,Piaget の発生的認識論 を始め,他者との相互作用の重要性を唱えた「最近接発 達領域」の Vygotsky や,「共同注視」や「表象」の分類 など認知に関わる概念を整理した Bruner ら,発達心理 学者の認知理論に触発されて,Dynabookを発案した.「子 どもが自分から解きたい問題を発見し,構造を分析し, 問題解決をする」という Dynabook の構想は,タブレッ ト端末の登場や,MIT メディアラボの Resnik が開発し たプログラミング言語 Scratch の普及によって現実化し つつあり,子ども自身の「思考の表現手段」を増やして きた. では「子ども(発達初期の人間)が内的に行っている 思考の操作を可視化し,根源的な知識の構造を探る」と いう心理学由来の課題は,今のコモンセンス知識研究に おいて,どれほど受け継がれているのであろうか. MITのメディアラボが開発するコモンセンス知識ベー ス ConceptNet は,食事や歯磨きのような日常生活の出 来事を「概念(Concept)」と「概念間の関係(Relation)」 でつないだ「表明(Assertion)」として明示化し,そ れらを意味ネットワークにして,コモンセンス知識を 表現するものである [Havasi 07].AnalogySpace は, ConceptNetで明示化された概念間の類似度を計算して, コモンセンス推論を試みる [Speer 08].しかしこれらは, 確定されたコモンセンス知識のコンテンツを,命題とし て配置する,いわば概念の地図製作であり,歯磨きをい やがる子どもの知識や,素朴な概念が成熟した概念へと 変化する,ダイナミズムを再現するものではない.

同じく MIT の Deb Roy らは人間の認知構造や根本的 な社会的スキルの獲得過程の解明を目指して,Cognitive Machines Projectを立ち上げ,人間の日常の行動を長時 間記録した [COGMAC, Roy 06].10 万時間を超える大 量の映像・音声データを蓄えるコーパスから,言語獲得 に関わる場面を抽出して分析するための,映像(人の動 作と視線),音声(発話)の自動アノテーション技術を 開発したのである. 計算機の高速化と大容量化により,人間の行動を観察・ 記録する各種センシング技術も高度化したため,人間の 行動の自然観察は,膨大なエビデンスをもとに分析が可 能になった.映像と音声の行動記録から認知過程を分析 する心理学的研究が,工学的な技術をもって精緻化され ることで,認知理論に用いられる構成概念の妥当性を検 証することも容易になろう.「概念の複雑な集合体であ るコモンセンス知識」を叙述するには,叙述に用いる心 理学的な概念の厳密な定義が必要となるのはいうまでも ない [Lenat 95].人間行動の事実をもとに,コモンセン ス知識を掘り起こす研究は,認知理論の精緻化と行動観 察の多視点化を要請するのである. 2・2 コモンセンス知識の生得的基盤と愛着形成 生後 30 分の新生児と目を合わせ,大人が舌出しをし て見せると,新生児はおもむろに唇を動かし,舌出しを 模倣する.「他者の顔への注視」と「動作の模倣」とい う認知と行動の能力が,生得的にプログラムされている ことを裏付ける例である.生まれつきの認知的な基盤は, 胎児期から脳内に準備され,その後の爆発的な知識獲得 において中核的な役割を担っていると考えられる. 心の生得的基盤がその後の概念形成に及ぼす,時間的・ 領域的な影響の範囲は,心理学者の間でも見解が分かれ るところであるが,乳幼児の知識の獲得において,生得 的と見られるバイアスや選好はしばしば見られる.少な くとも,新生児に観察される「他者への注視と模倣の能 力」は,乳児がサバイバルして成長発達を遂げるための, 先天的な備えだとみなすことができる. 生まれてすぐに,養育者の顔を見つめ,愛着関係を結 んで保護されることは,生存と思考が保障された安全環 境に入ることである.乳幼児は,自分と養育者と外界の 事物を結ぶ「三項関係」の中で,養育者と一緒に事物を 「共同注視」して,事物についての概念を形成する.また, 愛着ある養育者を模倣のモデルにして,社会的文化的に 望ましい行動を学習する.Minsky は多階層思考モデル の解説において,乳幼児期の愛着形成が,言語発達や社 会規範の習得の基礎となるのはもちろん,子どもの思考 の目標を上の階層へと引き上げる役割を果たすと述べて おり,Vygotsky の最近接発達領域の知見と通底する. 英国の精神科医 Bowlby が,第二次世界大戦後,孤児 院で育てられた戦争孤児に発達の遅れが見られること (ホスピタリズムと呼ばれた現象)を調査し,特定の養 育者の不在が子どもの発達にもたらす問題の深刻さを浮 き彫りにしてから,愛着形成は生涯の認知発達を左右す

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る問題として重視されるようになった [Music 16]. 原初的なコモンセンス知識は,生得的基盤の上に,最 も身近な養育者との相互作用によって獲得されるであろ うことを考慮すれば,愛着形成がもたらす感情の分化と 社会的スキルの獲得は,人工知能のコモンセンス知識に おいても,愛着と関連付けて表現されるべきであろう. 人間の発達において,愛着と認知は切り離しがたい関 係にある.親子の相互作用や,他者との協調行動の分析 においては,三項関係に基づくアイコンタクトや身体接 触などの,前言語的なコミュニケーションも,分析の対 象としなければならない.

3.行動観察とコモンセンス知識

3・1 子どもの行動コーパス観察システム § 1 相互作用の場面の抽出と複数の観点による分析 工学的視点から,幼児の行動観察のコーパスを構築 し,認知発達研究の精緻化と人工知能システムの高度化 を目指した研究として,静岡大学の竹林,桐山,石川ら が構築した「CODOMO-Viewer」という子ども行動コー パスがある [桐山 11].プレイルームで遊ぶ幼児の,対 子ども,対おとな,対事物とのインタラクションの映像 と音声を多視点環境カメラで記録し,発話・視線・ジェ スチャといった行動の外面的特徴と,感情・意図・思考 など内面的特徴を表現する記述項目を,分析の観点ごと に設計して多面的な行動観察を行った.マルチモーダル 行動コーパスにおける思考行動モデルの深化を目的とし て,Minsky の多階層思考モデル(図 1)に基づき,長 時間の行動観察記録の中から,子どもの問題解決の仮説 の生成が観察される例を収集・分析したのである.人間 は日常生活の中で,問題に直面するたびに複数の仮説を 生成して,仮説の批判と比較評価を行い,行動を選択す る……とモデル化することができる.実行された行動は, どのような問題を解決するためのものであったのか,と いう行動目標を基軸にして,観察された行動の意味付け を行った. こうして 2 000 以上の子どもの行動事例に注釈を付与 したマルチモーダル子ども行動コーパス(図 2)が構築 されたのである.このコーパスでは,複数の観点による 発達分析が可能で,三項関係分析モード,発話転記モー ド,音声分析モードなどの観点のほか,映像音声記録の 特徴を表現する注釈の構造(記述項目)も自在に設計で きる.注釈データの検索や当日のプレイルームにいた人 や事物の情報なども表示ができ,ほかにもさまざまな観 点の行動観察を支援する,多様な機能が備わっている. § 2 行動コーパス観察システムの実践的評価 CODOMO-viewerを用いたコミュニケーション行動 の分析では,①「発達的変化を多様な観点からとらえら れることの検証」と,②「複数の観点からの観察結果を 統合して内面的特徴の分析ができることの検証」を行っ た. 具体的には,マルチアングル映像・マルチチャネル 音声による詳細な観察から,1 歳児の音韻獲得過程の順 序性を示したり,注視と指差しや身体動作が社会的状況 に応じて変化する様子を記述したりできることを実証し た. また,幼児の指示語の獲得過程を通して,他者との相 互作用を分析した石川の研究では,生後 21 か月で,他 者の視点を考慮した,社会的思考が発現するエビデンス を捉えるなど,日常行動記録の分析が内面の認知過程の 可視化に有効であることを示した [石川 09]. 幼児のモノの取合いの,トラブル場面におけるスキル の分析では,映像と音声記録から,発話以前のジェスチャ 図 1 Minsky の多階層思考モデル 図 3 取合いによる問題解決の発達 図 2 多視点行動観察システム CODOMO-Viewer

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や視線などの行動記述と,対象物の属性と距離関係など の状況記述の項目とを活用して,取合い場面を抽出した. また,発達に伴い,問題解決の方針が自分中心から相手 中心の考え方に推移していく変化を捉え,図 3 のような 問題解決の発達的変化を示すことができた. 3・2 行動観察から見えるコモンセンス知識 CODOMO-viewer子ども行動コーパスは,子どもの 自然な遊びや相互作用の出来事の膨大な集積から,子ど もの思考が行動に現れやすいエピソードを取り出し,認 知過程の可視化を助ける.その一例として,乗り物ごっ こで遊ぶ男女の幼児が「どっちが運転手になるか?」で いざこざを起こし,結局男の子(4 歳)が女の子(3 歳) に運転席を譲る場面がある(図 4).図 4 は運転手役を 巡るいざこざ場面を情報学的に表現している.行動を記 述するためのタームを設計し,そのタームに基づいて場 面を表現することで,一連の場面で何を表現するのか が明確になる [Nagao 12].本場面では,いざこざのプ ロセスを目的が競合して(図 4 Scene 1),謝って(図 4 Scene 2),和解する(図 4 Scene 3)という三つのスク リプトによって展開する抽象的な表現と,それぞれのス テートにおける具体的な行動を表現している. その行動と認知過程の分析を Minsky の思考モデルに 基づき分析する.まず,図 5 は Scene 1 における目標を 表現している.運転手役を演じたいという目標において, 「車を運転する」というコモンセンス知識が両者で適切 に参照され,行動として表出したことによって競合を生 み出したと分析できる.また,図 6 はいざこざを生み出 した男の子の感情的思考を表現している.Minsky は, 感情は脳の状態にすぎず,思考法(思考路)を切り換え るスイッチにすぎないと指摘している.この「思考路の 切換え機構」によって,怒りのスイッチが ON となり, 分別のある思考が OFF になる.感情には平常時の思考 の一部を抑制する機能がある……とみなすモデルで説明 すれば,子どものいざこざ場面における葛藤は,「他の 思考路をどのように,いざこざの解決に適応できるか?」 と別の有効な思考路へ切り換える機会である……と考え ることができる.このモデルは他者との相互作用におい て感情表現が多出する子どもの,発達を理解するうえで 役立つ表現である.また,Scene 2 では,男の子にはこ のいざこざ場面解決のコモンセンス知識があったことが わかる.図 4 のスクリプトで表しているように,謝れば 許してもらえるというスクリプト的理解がなければ,「ご めんねって言ってるじゃん」という発言は出てこない. また,図 7 では,状況と結果の予測(熟考),自分の行 図 4 「どっちが運転手になる?」のいざこざと解決 図 5 目標と常識的知識のリンク 図 6 感情という一つの思考法:怒りはある脳の部位を活性化 させる一方で分別ある思考の働きを抑制する

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いを内省し,周りの目を気にする男の子の思考,そして 泣く行為を問題解決に利用する女の子の思考を表現して いる.レベルの異なる思考を同時に行い,「うまくいっ た(うまくいかなかった)思考」の起因を特定し,同じ ような状況に対応するための思考路のアップデート(発 達変化)を行っている.そして,最後の和解において男 の子は元々の目標を変更し,女の子に運転手役を譲るこ とを提案するのである. 「どっちが運転手になる?」の子ども達の,モノの取 合いのいざこざの分析からもわかるように,女の子のう そ泣きを見た男の子が,アイコンタクトや身体接触のス キルを用いて女の子をなぐさめ,謝って運転席を譲る過 程には,実に多くのコモンセンス知識が働いていること が,映像と発話から示唆される.感情的に主張を通した 女の子も戦略的で,「運転手」の概念とそれに付随する「先 頭でリードすること」という知識を理解し,交代を要求 する意思表示をした.二人は,車がそこになくても「車 の見立て」の「ごっこ遊び」をし,ともに「車」と「運 転手」を内部に表象し,社会的な問題解決をはかってい る.この表象は,映像的表象,動作的表象,言語的表象 がモザイクのように混じりあったものかもしれない.車 と運転手の概念と「謝る」,「譲る」という因果関係の理 解も要する概念とスキルが,すでに二人の内部にあるこ とは,行動観察からは読み取れるのである.では,コモ ンセンス知識の中身を彩る「表象の形」や「概念変化の 過程」は,どのように分析すればよいのだろうか.

4.素朴思考,概念変化とコモンセンス知識

発達の過程で構成された知識は,複数の領域へと分け られていくと,近年の認知心理学や発達心理学の研究者 は想定している.高次の認知活動(問題解決や理解など) は,認知的経済性のために,問題の現象に最も関連した 領域の知識だけを使い,その領域に特有な因果的理解の 様式を使って,子どもは事物や事象の関係を説明すると 考えられている [Siegal 08].Piaget が,子どもの知識の 構造の変化は領域普遍的に共通だとした見解と異なる意 見が,優勢になっている. MITで子どもの概念変化を研究した心理学者 Carey は,こうした知識の領域は,素朴物理学,素朴心理学, 素朴生物学など,1 ダース程度に分かれ,知識は領域 ごとに別々に獲得されると考えた [Carey 85].こうし た,知識領域の分化がなぜ起こるのかを論じ,素朴生物 学の概念の形成と変化を,幼児への巧みなインタビュー を通して探ったのが,波多野と稲垣の,「子どもの生物 概念の発達と変化」についての研究である [Hatano 00, Inagaki 15].波多野らは,子どもは,素朴生物学を獲得 するための,生得的な領域固有の制約をもっていると考 えた.それによって,知識領域の分化は起こり,4 歳ま でには,身体的機能と心的機能を区別して素朴な生物概 念を形成し,何回かの「概念変化」を経て,科学的理論 の知識体系が獲得されると予想している. この領域分化と概念変化のメカニズムは,「概念」 の概念の明確さも欠いたまま,未解明である.では, ConceptNetほかの,人工的なコモンセンス知識の表現 は,子どもの知識の獲得や概念変化を模すように,知識 を流動化させ,大人の知識へと発達させられるだろうか. ほんものの子どもの認知過程と概念変化を可視化する, 事例収集と解釈のシステムづくりは,ますます重要にな る. マルチモーダル行動コーパスは,人間の行動の大容量 の記録を研究者間で共有するのを容易にし,行動観察か ら得た知識や概念の解釈を,象牙の塔から解き放って, あらゆる学問領域の広場へ開放することも可能にする. 乳幼児期から高齢期までの,自然観察の大容量データを 縦断的に記録することができれば,発達心理学が待ち望 んできた「受精卵から死までの生涯発達」の記録と,認 知発達のエビデンスの集積も,叶えられるはずである. 子ども時代から脈々と続く,コモンセンス知識の鉱脈も, 膨大な生育歴と相互作用の記録の中にあるに違いない. 人間志向の人工知能システムは,人間の知性がつくら れる過程の再現に「発達と開発(Development)」の未 来がある.子どものコモンセンス知識の模倣と再現の課 題は,生涯発達する人工知能を,つくれるか否かの関門 なのかもしれない.子どもと「ごっこ遊び」を楽しむ鉄 腕アトムの誕生が待ち望まれる.

◇ 参 考 文 献 ◇

[Carey 85] Carey, S.: Conceptual Change in Childhood, Cambridge, MA: MIT Press(1985)

[COGMAC] Cognitive Machines Project, http://www.media. mit.edu/cogmac/(accessed 2018/04/04)

[Hatano 00] Hatano, G. and Inagaki, K.: Domain-specific constrains of conceptual development, Int. J. of Behavioral

Development, Vol. 24, No. 3, pp. 267-275(2000)

[Havasi 07] Havasi, C., Speer, R. and Alonso, J.: ConceptNet 3: A flexible, multilingual semantic network for common sense knowledge, Recent Advances in Natural Language Processing, pp.27-29(2007)

[Inagaki 13] Inagaki, K. and Hatano, G.: Young Children’s Naïve

Thinking about the Biological World, Psychology Press Inc.,

East Sussex UK(2002)

[石川 09] 石川翔吾,桐山伸也,大谷尚史,北澤茂良,竹林洋一: マルチモーダル幼児行動コーパスに基づく指示表現の発達分析 とモデル構築,チャイルド・サイエンス,Vol. 5, pp. 68-72(2009) 図 7 多層思考モデルに基づく子どもの心的プロセスの表現

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[桐山 11] 桐山伸也,石川翔吾,北澤茂良,竹林洋一:CODOMO-viewer複数の観点で発達を捉える行動コーパス観察システム, チャイルド・サイエンス,Vol. 7, pp. 44-49(2011)

[Lenat 95] Lenat, D. B.: CYC: A large-scale investment in knowledge infrastructure, Commun. ACM, Vol. 38, No. 11 (1995)

[Minsky 69] Minsky, M. and Papert, S.: Perceptrons: An

Introduction to Computational Geometry, Cambridge, MA: The

MIT Press(1969) [Minsky 09] Minsky, M. 著,竹林洋一 訳:ミンスキー博士の脳の 探検─常識・感情・自己とは,共立出版,東京(2009) [Music 16] Music, G. 著,鵜飼奈津子 監訳:子どものこころの発達 を支えるもの─アタッチメントと神経科学,そして精神分析の 出会うところ,誠信書房,東京(2016)

[Nagao 12] Nagao, T., Fujita, M., Ishikawa, S. and Takebayashi, Y.: Multimodal video description framework for understanding child’s social development, Proc. 11th Int. Conf. on Global

Research and Education in Engineers for Better Life, pp.

201-206(2012)

[Piaget 65] Piaget, J., Inhelder, B.著,滝沢竹久,銀林 浩 共訳: 量の発達心理学,国土社,東京(1965)

[Piaget 72] Piaget, J.著,滝沢武久 訳:発生的認識論,白水社, 東京(1972)

[Roy 06] Roy, D., Patel, P., DeCamp, P., Kubat, R., Fleischman, M., Roy, B., Mavridis N., Tellex, S., Salata, A., Guiness, J., Levit, M. and Gorniak, M.: The human speechome project, Proc. CogSci., pp. 2059-2064(2006)

[Speer 08] Speer, R., Havasi, C. and Lieberman, H.: Analogy-Space: Reducing the dimensionality of common sense knowledge, Proc. AAAI(2008)

[Siegal 08] Siegal, M.: Marvelous Minds: The Discovery of What

Children Know, Oxford University Press, USA(2008)

2018年 4 月 12 日 受理

著 者 紹 介

沢井 佳子(正会員) チャイルド・ラボ所長.静岡大学情報学部客員教授. 認知発達支援と視聴覚教育メディア設計を専門とす る.専攻は発達心理学.1984 年お茶の水女子大学大 学院人文科学研究科修士課程修了.1992 年同大学 院人間文化研究科博士課程単位取得退学.幼児教育 番組『ひらけ! ポンキッキ』(フジテレビ)の心理 学スタッフを経て現職.幼児教育シリーズ『こども ちゃれんじ』(ベネッセ)監修.幼児教育番組『しまじろうのわお!』(テ レビ東京系列)監修.日本こども成育協会理事.本学会「コモンセンス 知識と情動研究会」幹事.日本子ども学会常任理事. 石川 翔吾(正会員)は,前掲(Vol. 33, No. 3, p. 315)参照. 桐山 伸也(正会員)は,前掲(Vol. 33, No. 3, p. 306)参照.

図 7 多層思考モデルに基づく子どもの心的プロセスの表現

参照

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