要 旨
高体温による脳損傷増悪作用を防ぐため,急性期脳温管理の重要性が広く受け入れられている.本研究では くも膜下出血周術期における体温の患者予後への影響を検討した.対象は当科へ入院となったくも膜下出血患 者 44 例とした.第 4 病日から第 14 病日の期間で体温測定を行った.開頭クリッピング術を行った群(clip 群) とコイル塞栓術を行った群(coil 群),Hunt & Hess 分類にて Grade I∼III(軽症群)と Grade IV∼V(重症群),遅 発性脳虚血(DCI)あり群 と DCI なし群 ,退院時 GOS にて予後良好群(GR, MD)と予後不良群(SD, VS, D)に分 けてそれぞれ体温を比較検討した.clip 群と coil 群間,軽症群と重症群間で有意差は認めなかった.DCI あり 群は DCI なし群に対して,予後不良群は予後良好群に対して全病日で有意に体温が高かった.くも膜下出血 周術期早期からの体温管理が重要と思われた. (脳循環代謝 25:9∼14,2014) キーワード : くも膜下出血,体温管理,遅発性脳虚血,予後,神経集中治療
はじめに
重症脳損傷により ICU に入室する患者の約 1/3 は, 早期より発熱がみられる.ICU 入室 72 時間以内の発 熱は非感染性の発熱が多いとされ中枢性発熱が疑わし い1).これらは,感染でなく前炎症性サイトカインを 放出する病態によって発熱がみられる2).ICU 入室早 期の発熱は,本来白血球機能の促進や免疫応答の促進 など生体防御反応であるものの,その反面として二次 性脳損傷をもたらし患者転帰の悪化に大きく関連す る.高体温による二次性脳損傷の病態としては,グル タミン酸過剰放出3)やカルシウム依存性カスケード反 応亢進4),脳代謝の亢進5),活性酸素や NO 産生の亢 進6, 7)などが報告されている.神経集中治療の分野で は,発症早期の体温管理は非常に大きな役割を担って おり,少なくとも発症後数日間は常温維持が推奨され ている8). くも膜下出血においても,発症後高率に発熱を伴う 病態である1).当然,くも膜下出血急性期の発熱は二 次性脳損傷をもたらし患者転帰の悪化をきたす病態で ある.くも膜下出血急性期の高体温が脳血管攣縮の出 現や転帰不良と関連するとの報告がみられる9, 10).ま た,くも膜下出血の急性期において積極的平温療法を 導入することによりメタボリッククライシスの頻度を 低下させ11),患者転帰の改善をもたらしたとの報告もみられる12).European Stroke Organization(ESO)による
脳動脈瘤くも膜下出血管理のガイドラインでは,高体 温を回避して平温を維持することを推奨している13). 本研究では,当院へ入院となったくも膜下出血患者 について,治療方法や重症度,そして転帰と体温との 関係を検討した.
方 法
2012 年 9 月から 2013 年 4 月の期間に,山口大学医 学部脳神経外科に入院・治療を行ったくも膜下出血の 患者 44 例を対象とした.全症例において,発症からくも膜下出血の周術期における体温管理の重要性
末廣 栄一,貞廣 浩和,五島 久陽,奥 高行,岡 史朗,杉本 至健
藤山 雄一,山根亜希子,米田 浩,小泉 博靖,石原 秀行,鈴木 倫保
受付日:2014 年 2 月 19 日,受理日:2014 年 4 月 1 日 山口大学大学院医学系研究科脳神経外科 〒 755-8505 山口県宇部市南小串 1-1-1 TEL: 0836-22-2295 FAX: 0836-22-2294 E-mail: [email protected]第 3 病日以内に出血源に対して開頭クリッピング術あ るいはコイル塞栓術を行った.少なくとも第 14 病日 までは,当院救命救急センターにて脳血管攣縮を予防 すべく集中管理を行った.呼吸・循環管理について は,当科の治療プロトコールを厳重に準拠し,全例で 同様な全身管理が行われた.体温管理については, conservativeな方法で 38˚C 以上の発熱がみられたとき は,氷囊による冷却や薬剤による解熱を行った. 第 4 病日から第 14 病日の期間の体温について検討 した.体温測定は腋窩温を用いた.1 日を 8 時間ごと (0 時∼8 時,8 時∼16 時,16 時∼24 時)に区切り,各 時間帯で最も高かった体温を採用した.各症例ごとに 3回 / 日 ×11 日の 33 point での体温測定を行った.こ れらの測定値を用いて,患者群ごとに観察期間全体の 平均体温と各病日ごとでの平均体温について比較検討 した. 治療方法,重症度,あるいは予後に基づいて,以下 のような患者群に分類した.①急性期に開頭クリッピ ング術を行った患者群を“clip 群”,コイル塞栓術を 行った患者群を“coil 群”とした.②入院時の Hunt & Hess分類が grade I∼III であった患者群を“軽症群”, grade IV∼V であった患者群を“重症群”とした.③経 過中に遅発性脳虚血(DCI)を認めた患者群を“DCI あり 群”,DCI を認めていない患者群を“DCI なし群”とし た.ただし,DCI とは他の原因(頭蓋内疾患や全身合 併症)がなく脳血管攣縮による脳梗塞のことである. ④退院時の Glasgow Outcome Scale(GOS)が,Good Recovery(GR)あるいは Moderate Disability(MD)であっ た 患 者 群 を“予 後 良 好 群”, 退 院 時 GOS が Severe Disability(SD),Vegetative State(VS)あるいは Dead(D) であった患者群を“予後不良群”とした. また,統計学的解析には Mann-Whitney test あるいは χ2検定を用い,p<0.05 を有意とした.
結 果
対 象 と な っ た 44 例 の 平 均 年 齢 は,63.7 ± 14.1 歳 (mean ± SD)で,性別は男性が 14 例,女性が 30 例で あった.入院時の Hunt & Hess 分類は,grade I が 0 例,grade II が 19 例,grade III が 13 例,grade IV が 4 例,grade V が 8 例であった.出血源となった脳動脈 瘤の局在は,前交通動脈が 6 例,前大脳動脈が 3 例, 内頸動脈が 13 例,中大脳動脈が 14 例,脳底動脈先端 部が 4 例,椎骨動脈が 4 例であった.開頭クリッピン グ術を行ったのが 19 例,コイル塞栓術を行ったのが 25例であった.経過中に DCI を認めたのは 5 例,DCI を認めなかったのは 39 例であった.退院時の GOS は,GR:25 例,MD:11 例,SD:5 例,VS:2 例, D:1 例であった. 全症例の平均体温は 37.49 ± 0.45˚C であった.病日 別にみると,第 5 病日をピークとして,しだいに体温 は下降し第 14 病日が最低であった(図 1).clip 群の平 均体温は 37.50 ± 0.37˚C,coil 群の平均体温は 37.48 ± 0.52˚Cで 2 群間に有意差は認めなかった.病日別にみ ると,全病日で両群間に有意差はなく,第 14 病日に かけてしだいに下降していた(図 2).続いて軽症群と 重 症 群 を 比 較 し た. 軽 症 群 の 平 均 体 温 は 37.48 ± 0.43˚C,重症群の平均体温は 37.52 ± 0.54˚C で両群間 に有意差は認めなかった.病日別にみると,第 7 病日 までは軽症群の方が体温が高く,第 8 病日から逆転し て重症群の方が高いものの有意差は認められなかった (図 3).DCI あり群の平均体温は 38.09 ± 0.23˚C で, DCIなし群(37.41 ± 0.42˚C)と比較して有意に高かっ た.病日別にみても,第 4 病日から第 14 病日にかけ 図 1.全症例の経日的体温変化 周術期早期の体温が最も高く,周術期の経過とともに, しだいに体温は下降している. 図 2.clip 群と coil 群の経日的体温変化 両群ともに周術期早期の体温が最も高く,その後経過と ともに下降している.両群間に有意な体温差は認めない.て全病日で,DCI あり群の方が DCI なし群と比べて有 意に高体温であった(図 4).この 2 群間における患者 背景(年齢,治療方法,重症度)に有意差は認めなかっ た(表 1).予後良好群と予後不良群を比較すると,予 後不良群(37.90 ± 0.48˚C)は予後良好群(37.40 ± 0.40˚C) に比べ,有意に高かった.病日別にみても,全病日に お い て 予 後 不 良 群 の 方 が 有 意 に 高 体 温 で あ っ た (図 5).この 2 群間で患者背景を比較すると,有意に 予後良好群の方が若年者であった(表 1).治療方法や 重症度では 2 群間に有意差は認められなかった(表 1).
考 察
1993 年に重症頭部外傷に対する低体温療法の脳保護 効果が発表されて以来14~16),低体温療法の脳保護効果 は注目されてきた.しかし,2001 年に Clifton ら17)に より,この脳保護効果が否定され頭部外傷には低体温 療法は使いづらい状況である.それに代わって 2002 年には,心停止後症候群に対する低体温療法の有効性 が証明され18, 19),日本蘇生協議会によるガイドライン においても低体温療法は積極的に推奨されている20). 表 1.患者背景(DCI あり群 vs. DCI なし群,予後良好群 vs. 予後不良群)DCIあり群(5 例) DCI なし群(39 例) p value
年齢 70.8±6.8 歳 62.8±14.6 歳 0.24 治療方法 clip 群 2 例:coil 群 3 例 clip 群 17 例:coil 群 22 例 0.88
重症度 軽症群 2 例:重症群 3 例 軽症群 30 例:重症群 9 例 0.08
予後良好群(36 例) 予後不良群(8 例)
年齢 61.3±13.7 歳 74.3±11.3 歳 0.02 治療方法 clip 群 16 例:coil 群 20 例 clip 群 3 例:coil 群 5 例 0.72
重症度 軽症群 28 例:重症群 8 例 軽症群 4 例:重症群 4 例 0.11 (mean ± SD) 2001年以降,頭部外傷においては低体温療法の有効性 は否定されたものの,受傷後の高体温の脳への増悪作 用に関して報告21, 22)が散見され受傷後の積極的平温療 法の有効性が報告されている23).2013 年には,心停止 後症候群においても低体温療法と積極的平温療法の脳 保護効果に差がないとの報告があり24),今後増々積極 的平温療法が注目されると思われる.くも膜下出血を 図 3.軽症群と重症群の経日的体温変化 周術期の早期は軽症群の方が体温が高いが,Day 8 以降 逆転している.しかし,両群間に有意な体温差は認めら れない. 図 4.DCI なし群と DCI あり群の経日的体温変化 周術期早期から全病日にかけて DCI あり群の方が有意に 体温が高く経過している.(*: p<0.05) 図 5.予後良好群と予後不良群の経日的体温変化 周術期早期から予後不良群の方が有意に体温が高く経過 している.(*: p<0.05)
含めて脳損傷急性期における脳温管理は神経集中治療 においては重要項目の一つであるといえる. このたび我々は,くも膜下出血の周術期における体 温の患者予後への影響を検討した.これまでくも膜下 出血急性期の高体温が脳血管攣縮の出現や転帰不良と 関連するとの報告はみられるが9, 10),本研究のように 経日的に比較検討したのは初めてである.全症例の経 過をみてみると,術後早期の体温が最も高くしだいに 下降していた.術直後は,手術侵襲による発熱とくも 膜下出血の一次性脳損傷による発熱の両方が重なって いるものと思われる.当初 clip 群と coil 群を比較する と,手術侵襲の高い clip 群の方が体温は高いかと思わ れたが,この 2 群間に体温の差は認められなかった. つまり,周術期早期の高体温は手術侵襲による発熱の 影響は小さく,くも膜下出血の一次性脳損傷による発 熱の影響が大きいと思われる.次に,軽症群と重症群 を比較した.重症群の方が,くも膜下出血による一次 性脳損傷が強いはずであるから結果的に高体温となる と考えられた.しかし,この 2 群間に体温の差は認め られなかった.Suzuki ら25)によると,搬入時に意識レ ベルの悪い重症くも膜下出血の中には,12 時間経過観 察することにより意識レベルが改善する症例が含めら れており,搬入時の意識レベルによる判定では正確な 重症度は区別できないと報告している.つまり,今回 の研究における“重症群”の中には本来は軽症群となる べき症例が含まれていることになる.そのために,今 回は重症群と軽症群の間に体温の差が認められなかっ たと思われた. 本研究にて,DCI あり群ならびに予後不良群におい て有意に体温の上昇がみられた.この結果について は,これまでも高体温が脳血管攣縮の出現や予後不良 と関連があるとの報告9, 26)が散見されており同様の結 果となった.しかし,これまで体温を経日的に測定・ 比較した報告はない.本研究の結果をみると,DCI あ り群ならびに予後不良群で Day 4 を含めた全病日にお いて有意に体温の上昇がみられた.とくに DCI あり群 においては,DCI の出現はほとんどが Day 7 以降であ るため,DCI の出現以前から体温の上昇を認めていた ということになる.つまり,周術期早期から DCI あり 群あるいは予後不良群に関連した因子が作用している 可能性がある.Muroi ら27)は,くも膜下出血患者の Interleukin-6(IL-6)の血中濃度を経日的に測定したとこ ろ,Day 3 以降において予後不良群と DCI あり群で有 意に高値を示したと報告している.頭部外傷でも血中 あるいは髄液中の IL-6 濃度が一次性脳損傷の程度を 示しているとの報告がある28).また,これらの高体温 は誤嚥性肺炎などの全身性炎症により誘起されたと考 慮する必要もある.しかし,静脈採血による白血球数 ならびに CRP の値をみると,周術期の前半は 2 群間 に有意差は認めず,Day 9 以降に DCI あり群あるいは 予後不良群で有意に上昇していた.周術期後半は,全 身性炎症による体温への影響は考えられるが,少なく とも周術期前半においては全身性炎症の関与は少ない と考えられる.これらの結果より,DCI あり群ならび に予後不良群における周術期早期からの体温上昇はく も膜下出血による一次性脳損傷を反映し,IL-6 などの サイトカインの放出により誘導されている可能性があ る. 一次性脳損傷の結果,誘導される IL-6 などのサイ トカインの上昇は,さらに二次性脳損傷の原因とな る29).この IL-6 の放出に対して脳温を下げることによ り IL-6 を抑制し二次性脳損傷を抑制し,予後の改善 が得られると頭部外傷症例にて報告がある30).くも膜 下出血においても,体温管理(積極的平温療法)によっ て予後の改善が得られたとする臨床報告もみられてい る12).本研究においては,単施設での検討であり症例 数も少ない.また,脳損傷の程度や病態を知りえる biomarkerの検討や,積極的平温療法などの治療介入 を含めた検討が必要かと思われる.今後,このような 本研究での limitation を踏まえて,くも膜下出血にお いても体温管理による治療効果に関する多施設無作為 臨床研究の実施が待たれるところである.
結 語
くも膜下出血周術期における体温を経日的に測定し 比較検討した.脳動脈瘤に対する治療方法や重症度に よる体温の有意差はみられなかった.しかし,DCI あ り群あるいは予後不良群において,Day 4 以降全病日 において有意に体温の上昇を認めた.今後,くも膜下 出血の術後早期からの積極的な体温管理が治療成績の 向上に寄与するかもしれない. 文 献1) Rabinstein AA, Sandhu K: Non-infectious fever in the neurological intensive care unit: incidence, causes and predictors. J Neurol Neurosurg Psychiatr 78: 1278–1280, 2007
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