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河野泰弘著,視界良好2:視覚障害の状態を生きる

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Academic year: 2021

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.36.35 206 基礎心理学研究 第36巻 第2号

河野泰弘著

視界良好2

視覚障害の状態を生きる

北大路書房,2017

視覚からの情報が無かったら,世界はどのように知覚 されるのか? 聴覚,触覚,嗅覚等の視覚以外の感覚情報が世界を知 覚する上で,どのような働きをしているのか? 視覚からの情報は,他の感覚情報で補償することが可 能なのか? 本書は,先天性全盲の著者が「見ている」(「生きてい る」)世界をまとめた「視界良好―先天性全盲の私が生 活している世界」の続編である。前著は,先天性全盲で ある著者が,風景や色等をどのようにイメージしている か,聴覚,触覚,嗅覚でどのように世界を「見ている」 のかを紹介したエッセイであった。先天性全盲の著者が 絵の描き方がわからない理由を考え,「円筒は正面から 見たとき縦長の四角形として表されます。しかし横から 手を回りこませると裏側まで触ることができる。手で触 れた円筒は丸いので,どうしても長方形として捉えられ ない」と分析するくだりは,視覚と触覚の相違を考える 上で興味深かった。また,「怒り顔ができない」という エピソードからは「表情の認知と表出」について,「夢 の中でも目は見えない」というエピソードからは「視覚 に依存しない知覚世界」について考えさせられた。私に は先天性全盲の知人が多いけれども,自分の知覚世界 を,このような視点で切り取って説明できる人は少な い。著者が知覚心理学者の知的好奇心をくすぐるような エピソードをたくさん繰りだしてくるのは,どうしてだ ろうと疑問に思いながら,本書を読み進めたところ,そ の理由が「あとがき」の部分で判明した。著者は中央大 学で知覚心理学を学んだ経験があったのだった。 第 2作目である本書は,「視覚障害の状態を生きる」 というサブタイトルが示しているように,先天性全盲 で,産まれたときから視覚経験のない著者が,視覚以外 の感覚や知識等を総動員して世界をどのように捉え,生 活しているのかを記したエッセイである。自分が生まれ つき見えないことを知りつつ,見える人達と同じように 行動してきた体験を振り返りながら,自分自身の「もの の見方」や「見るとは何か」に関する持論を展開してい る。 先天性全盲の著者にとって,見える人達が世界をどの ように「見て」いて,どんな情報を使って行動している かは,まさに,未知の世界であろう。第1部では,見え る人達の「目」を通して,見えている人達の世界を垣間 見ながら,見えている人達と同じように行動するため に,視覚以外の情報を上手に利用する方法や工夫等を紹 介している。視覚以外の感覚や道具の活用方法をまとめ た書籍は多いが,本書では「見ること」との関係にこだ わっている点が特徴である。先天性全盲の人にとって 「綺麗」という概念はどう形成されるのか,単独で移動 するためにどんなメンタルマップを構築しているのか, 見えるという経験がない人が見える人の知覚世界をどう 理解するのか,3次元の世界を絵画や写真で2次元に切 り取る際の視点を理解するのが難しいのはなぜか等,興 味深いテーマがたくさん語られている。個人的に,興味 深いと思ったのは,見えている人の言葉を道具として, イメージを広げていくという説明の部分である。この説

The Japanese Journal of Psychonomic Science

2018, Vol. 36, No. 2, 206–207

書 評

(2)

207 中野: 視覚障害の状態を生きる 明を読みながら,自分ならば見えている世界をどんな言 葉で説明するかと考えつつ,果たして見えている世界を 言語で表現できるのかという本質的な問題を考えること ができた。 第2部では,環境問題,不況,紛争などの社会問題を 取り上げ,人としての自分自身やまわりの人との関わり 方,社会についての思いなどに関する持論が展開されて いる。また,視覚障害者のホームからの転落事故や障害 者施設での事件など,社会の中での障害者の置かれてい る状況についても言及している。一見,たわいのない雑 感のように思われるが,その根底には,世界の中の一員 でありたい,世界に関わりたい,社会の中で役割を果た したい(けれども視覚障害であるがゆえに制限・制約さ れている)という思いが見え隠れしている。確かに,今 の日本の社会では,視覚障害者が就くことができる職業 は限られているし,他者から頼りにされる状況は少な い。「まえがき」では「生まれつき視覚のない人はおそ らく多くの不自由を抱え生活上困っていることが多いだ ろう…,といった理解のされ方とはすこし違う,私自身 の生活の楽しみ自体を知ってもらえるのではないか」と 述べながらも,後半の記述を読むと,視覚障害者の社会 参加という観点では課題が多いことを窺い知ることがで きる。 第2部で取り上げられているトピックスは社会問題だ けではない。再生医療に関する研究が進展し「見えるよ うになったら何をするか」という夢の中では,「見える 世界」の楽しみ方が語られている。見えている人にとっ ては,ごく当たり前のことしか書かれていないが,見え ない著者が見えるようになったときに「見たい世界」の 中には,「見ること」の本質が語られているのかもしれ ない。先天性全盲の人が生活の中で困っていることや 「見たい」と思っている事象の中に,知覚心理学者が優 先的に扱わなければならない「生体にとっての知覚の役 割」の本質を解明するヒントが隠されているのかもしれ ない。 (慶應義塾大学経済学部 中野泰志)

参照

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