スポーツキャリア形成過程における
職業社会に通用する付加的能力に関する検討
渡部 厚一(研究分担者)
平田しのぶ(研究員)
キーワード:セカンドキャリア(career transition),社会人基礎力(fundamental competencies for working persons),トップアスリート(top athlete)
Ⅰ 緒 言 スポーツ基本法が成立し,スポーツに対する一層の期待が示される中,スポーツ立 国戦略(文部科学省,2006)でもうたわれている「世界で活躍するトップアスリート が安心して競技に専念できる環境の整備」に資するため,その一環としてトップアス リートのセカンドキャリア問題への関心が高まり,アスリートに対する日本オリンピ ック委員会をはじめとしたスポーツ団体によるセミナー実施や啓発活動の取り組みが 増加している.そこで,キャリアトランジションが円滑に行えるようにするためには, スポーツキャリア形成過程において職業社会にも通用する付加的能力の獲得とそのサ ポート体制の在り方について検討することが今後は必要である.しかしながら,アス リートにおいては自身がスポーツキャリアのなかで培ってきた類い稀なる経験と能力 が,職業社会においてどのような価値があるのかを推し量れずにいると考えられる. 同様に,引退したアスリートの受け皿としての企業側においても,アスリートの能力 をどのように評価したらよいのか,アスリートに何を期待できるのかについて明確な 評価基準を持てずにいるのが実情と考えられる.このように,キャリアトランジショ ンが円滑に進まない原因として,スポーツキャリアのなかで得られた経験や能力に対 して,アスリート側と企業側の評価のギャップの存在が考えられる. そこで本研究は,スポーツキャリア形成過程におけるアスリートの能力のなかで, 職業社会にも通用する能力を抽出すること,および職業社会にも通用する付加的能力 とは何かを明らかにしていくことを目的とした.この目的達成のため,以下の 3 つの 課題を設定した. 1 スポーツキャリアとの関連性が低いとも考えられる職業において現在活躍されて
いる元オリンピアンへのインタビュー調査から,スポーツキャリア形成過程におい て得られた職業社会に通用する能力について検証すること. 2 スポーツ活動に要する経費が最も大きく,スポンサー契約など企業との商業的関連 性が比較的高いと思われるスポーツで活躍するアスリートにインタビュー調査を 実施することにより,スポーツが培う付加的能力の獲得状況について検証するこ と. 3 多くの採用現場に立ち会ってきた経験豊かな企業の採用担当者からみたトップア スリートの能力が,社会でどのように期待・評価されうるのかを検証し,トップア スリートのもつ能力を社会的価値のあるものとして認知されうる評価基準をつく ること.具体的には,学生アスリートと企業側人事担当者との模擬面接試験から, アスリート側が企業側に表出できる能力と企業側が要求するアスリートの能力と の違いを検討すること. 上記課題①~③のうち,①および②について以下のような調査を行った. Ⅱ インタビュー調査 一般的に、スポーツキャリアとの関連性が低いとも考えられる職業において現在活 躍されている元オリンピアンへのインタビュー調査を以下の内容で実施した。 1.目 的 スポーツキャリアとの関連性が低いとも考えられる職業において現在活躍されてい る元オリンピアンへのインタビュー調査により,スポーツキャリアで培われた野経験 や能力がどのように現職に活かされているかを明らかにすることを目的とした. 2.方 法 研究への同意が得られたオリンピアン 3 名を対象に,競技引退から現職に至るまで の経緯等についての半構造化インタビューを行った.質問項目は吉田(2012)による 野沢温泉村のスポーツ資源とスポーツ・ツーリズムの調査で行った「トップアスリー トへの質問事項」9 項目に従ったが,今回は後述するように同じ五輪大会に同じ種目 で出場したオリンピアンを対象としたため,「他業界で活躍されている同期生への評 価」をみるために 1 問(下記⑩)を追加して 10 問とした. ①現役中に,引退後のことについて考えていたか,または考えない様にしていたか.
②引退の目安や時期について,自分で意識していたか.③引退後の人生について,具 体的な見通しや計画はあったか.④現職着任のきっかけと背景.現職に就くことをい つから考え始めていたか.⑤現役活動中に,現職のためにやっておけば良かったと感 ずること.⑥スポーツ活動を通して獲得できたことは何か.⑦これからの指導者や組 織に対して望みたいことはあるか.⑧これからのアスリートに引退後のキャリアにつ いてアドバイスしたいことは何か.⑨トップアスリートとしての理想の人生があると すれば何か.その障害となっているものがあるとすれば何か.⑩他業界で活躍されて いる同期生への評価. 質問に対してインタビュー中に表出された言語を抽出し,抽出した言語を経済産業 省(2006)が提唱する社会人基礎力の能力要素にあてはめることとし,スポーツキャリ アにより得られる力,職業選択時に推進力となった力,セカンドキャリアへの付加的 能力として備えておくべき力について検討を行った. ここで,社会人基礎力とは,「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために 必要な基礎的な力」として経済産業省が 2006 年から提唱しており,「前に踏み出す力」, 「考え抜く力」,「チームで働く力」の 3 つの能力から構成されている.さらにこの 3 つの能力はそれぞれ能力要素で構成され,前に踏み出す力の能力要素として,「主体性」, 「働きかけ力」,「実行力」を,考え抜く力の能力要素として「課題発見力」,「計画力」, 「想像力」を,チームで働く力の能力要素として「発信力」,「傾聴力」,「柔軟性」「状 況把握力」,「規律性」,「ストレス・コントロール力」を挙げている. なお研究は,筑波大学体育系研究倫理委員会の承認を経て(課題番号第体 24-82 号), 対象者に口頭及び書面での説明をし,書面での同意を得て行われた. 3.結果と考察 3.1 対象者について 対象者は 40 代の男性 3 名(A 氏,B 氏,C 氏)で,18~22 歳時に水泳競技で五輪出 場を果たした.2 名は大学卒業と同時に企業就職,1 名は留学し,24~26 歳で競技を 引退した.現在,会社社長(38 歳時~),議員(39 歳時~),俳優(初舞台は 27 歳時) として活躍している. オリンピック競技種目のなかでも水泳は日本が得意とする種目であり,毎回多くの 選手団を派遣している.また,笹川スポーツ財団(2012)の「青少年のスポーツライ
フ・データ 2012 によれば,2011 年の「10 代の運動・スポーツ種目別実施率」では, 水泳実施率は 16.1%でサッカー,バスケットボール,ジョギング・ランニングに次ぐ 4 位にあり,「4~9 歳の運動・スポーツ種目別実施率」でも 29.9%と「おにごっこ」に次 ぐ 2 位であり,日本水泳連盟への競技登録者数約 227000 人(2011)と我が国において 最も普遍性の高いスポーツ種目のひとつであると考えられる. 一方,日本総合研究所(2009)がまとめている厚生労働省(による「賃金構造基本 統計調査」(平成 18 年)による規模 100 人以上企業における役職者の平均年齢は,非 役職者で 38.0 歳に対し,係長 43.0 歳,課長 47.1 歳,部長 51.7 歳で,40 歳前後で社 会的成功が評価されていくと考えられる.40 歳代がインタビュー対象者としてふさわ しいと考えた. そこで,1988 年の第 24 回夏季オリンピック大会(韓国・ソウル)に出場した日本 代表水泳選手 30 名(男性 14 名,女性 16 名)について,現在の活動状況を調査したと ころ,女性では競技引退後の追跡が難しいものが多かったが,男性では 14 名のうち少 なくとも 9 名は指導者やスポーツ関連企業などで活動していることがわかった.また, 3 名がそれぞれ貿易会社社長,議員,俳優として活動していた.そこでこの 3 名につ いて,スポーツキャリアとの連続性が低い職域にキャリアトランジションして活躍し ているものとしてインタビュー調査を依頼することとした. 3.2 インタビュー結果について 各質問項目について下記回答が得られた. ①現役中に,引退後のことについて考えていたか,または考えない様にしていたか A 氏は引退後のことを考えていないと答え,その理由として 1 名は朝から晩まで練 習漬けで先のことは全く考えられずとりあえず就職してから考えようという状況であ ったと答えた.C 氏は,競技に限界を感じたので引退後を考えるようになったか,他 に何もやることがなく考えるようになったかは不明であるが,競技生活を続けるうえ で,輝かしい成績を残す人生のイメージトレーニングを行っていたため,あえて考え ないようにしていたこともあったと答えた.B 氏は競技とは切り離して自分の力を試 してみようという思いがあり,教員や指導者としての道を選ばず 10 年はサラリーマン を,そのあとは自分の人生をと考えていたと答えた. ②引退の目安や時期について,自分で意識していたか 3 名ともに出場した五輪の次の五輪が引退時期となっており,引退の目安について
は 2 年で区切りをつけることや,引退前 2 年間に競技成績の伸び悩みがあったことな どを挙げた. ③引退後の人生について,具体的な見通しや計画はあったか A 氏は就職後も現役をしていたために,仕事面で周囲から遅れをとったことや,職 務内容の選択について迷いがあったと答えた.B 氏は引退時には競技とは切り離した 生活と地域貢献のできる仕事という見通しを持っていたと答えた.C 氏は引退前の留 学中に引退後の何かを探さなくてはならないと思っていたと答えた.このように, 2 名は漠然としていたが,1 名は具体的な計画があった. ④現職着任のきっかけと背景.現職に就くことをいつから考え始めていたか A 氏からはスポーツキャリアとの関連は全くなく職務上の障壁を感じたのがきっか けという回答が得られた.B 氏はスポーツキャリアによるものよりも,前職において 政治との結びつきを感じており,偶然職場内からの推薦があったこと,現職に地域貢 献できる仕事という前職との共通点があったことを指摘した.C 氏からはスポーツと 同様に自分の努力を認めてもらえる舞台としてのミュージカルについて「やりたい」 というよりも「存在に気付いた」こと,ドーピングという事例に接しスポーツへの失 望感があった背景を指摘した.3 名いずれにおいても計画的なものではなく,偶発的 な機会がきっかけになっているようであった. ⑤現役活動中に,現職のためにやっておけば良かったと感ずること 2 名から「語学力」が挙げられた. ⑥スポーツ活動を通して獲得できたことは何か A 氏は,精神力の大きさが最も大きいとしたうえで,努力した分だけ認められるこ とから有言実行できること,相手を思いやる気持ち,海外経験に抵抗がないことを挙 げた.B 氏は楽しいことを教えてもらう感覚からスポーツを始めたため,常に学ぶ姿 勢を得ることができたことや,つながりが得られるがそのためには相手を思いやる気 持ちが重要であることを指摘した.C 氏からも,努力は裏切らずコツコツと地道にや る作業が大事であること,客観的なものの見方や調整力を挙げた. ⑦これからの指導者や組織に対して望みたいことはあるか 特にないようであったが,セカンドキャリアについてはアスリートにたくさんの選 択肢があるということをアドバイスする必要はあるとの回答があった. ⑧これからのアスリートに引退後のキャリアについてアドバイスしたいことは何か
「信念を持ってやること」,「初志貫徹」,「挫折はしたほうがよい」との回答が得ら れた. ⑨トップアスリートとしての理想の人生があるとすれば何か.その障害となっている ものがあるとすれば何か 努力が報われる,ゼロからでも地道にしっかりやっていく,やれば無駄にならない 自分のことを極める職人のような人生であり自己表現の場との返答を得た.これらの 理想の人生を歩むうえでは,受容があるかどうか,理解者をつくること,自分が寛容 になることが挙げられた. ⑩他業界で活躍されている同期生への評価 A 氏は,信念を持ってやっているからこそできているのではないか,やればできる ことを示してくれていると評価した.B 氏は気さくで話しやすい人柄や,ストイック に向き合う姿勢を評価した.C 氏はやさしさや個性,人望の厚さと評価した. 3.3 インタビュー結果に関する考察と社会人基礎力との関連 質問項目①~③により,主に引退前後のキャリアに対する姿勢がうかがえる.引退 時期や理由としては,次期五輪や競技成績の伸び悩みが挙げられており,この時期は 必然的に来るものではあるが 3 氏ともにあまり意識をしていなかった印象であった. また,引退後の具体的計画の有無についても,考えていないものや考えないようにし ているものなど多様であった.この理由の一つとしては,五輪出場時期がバブル崩壊 前後であり就職に比較的有利な状況であったという時代的背景が影響を与えていた可 能性は否定できないであろう. 質問項目④及び⑤は主に現職に関連する質問項目であった.2 名は 30 歳代後半で会 社社長や議員といった現職への更なるキャリアアップを果たしている.④の回答は, 職務上の障壁や地域貢献,スポーツへの失望が契機となっており,現職とスポーツキ ャリアとの関連性が希薄であることが明らかではあった.しかし一方で,地域貢献で きる職務であることや,自分の努力を認めてもらえる場との回答があり,これらにつ いてはスポーツキャリアにおいて獲得された共通概念として B 氏や C 氏は回答してい た.つまり,彼らはスポーツキャリアで獲得された想像力(新しい価値を生み出す力) や発信力(自分の意見をわかりやすく伝える力)をもって現職に還元できるというの ではないかと考えたと解釈できるのかもしれない.また,現職選択に当たっては家族 等の意見をききながらも自分で主体性を持って行ってきた前提がある.⑤においては,
2 名から「語学力」が挙げられた.「語学力」については,経済産業省の大学生の「社 会人観」の把握と「社会人基礎力」の認知度向上実証に関する調査(2010)のなかで, 学生自身が自分に不足していると思う能力要素として 1 位(16.5%)にあるにもかか わらず,企業が学生に不足していると思う能力要素としては 0.4%と,学生と企業人 事担当者側でもっともギャップの存在する能力である.しかし,「語学力」が影響する 社会人基礎力にはコミュニケーションを介した能力要素が対応すると考えられ,働き かけ力や発信力,傾聴力,柔軟性が該当する.A 氏や C 氏のように職務上の必要性や 海外渡航経験があるからこそ表出された可能性も考えられ,「語学力」が働きかけ力や 発信力,傾聴力,柔軟性の能力要素に影響を及ぼして,セカンドキャリアへの付加的 能力となりうることが十分に考えられる. 質問項目⑥からは,スポーツキャリアで獲得された能力を知ることができる.3 氏 からは,有言実行,常に学ぶ姿勢,努力は裏切らないなどがあがった.有言実行は社 会人基礎力では確実に行動する「実行力」に対応し,常に学ぶ姿勢は「考え抜く力」 や「傾聴力」,「柔軟性」に対応するであろう.また,いずれも地道に継続して行う言 葉であり,精神的な「ストレス・コントロール力」にも対応しうると考えられる.経 済産業省の大学生の「社会人観」の把握と「社会人基礎力」の認知度向上実証に関す る調査(2010)では,企業人事担当者がみた自社で活躍している若手人材(ハイパフ ォーマー)が共通して持っている能力要素として,コミュニケ-ション力(20.9%), 人柄(明るさ・素直さ等)(20.2%),主体性(14.1%),粘り強さ(11.1%)を挙げて おり,スポーツキャリアで獲得された能力要素が社会で活躍できる能力要素と一致し ているようである.なかでも,就職によるセカンドキャリアへの移行には自らやるべ きことを見つける「主体性」が目立った一方で,理解者の存在等受容があるかどうか, 過去の栄光にすがらず寛容になれるかなど「発信力」や「柔軟性」の有無がキャリア 移行時のキーポイントと考えられた. 質問項目⑦は,指導者や組織からのセカンドキャリアへの付加的能力獲得へのアス リートへの働きかけの必要性について考えることができる.3 氏は 24~26 歳で競技を 引退しており,Wylleman ら(2004)によると,通常この時期の競技レベルは Mastery, 心理学的には Adulthood の時期であるものの,心理社会学的レベルでは,Partner や Coach が関与しているとされるため,指導者からの働きかけについてコメントを期待 したが,3 氏からは特に明確な回答は得られず,アスリートであっても多くの選択肢
があることを知らせておくべきという意見にとどまった.一方で 3 氏の場合には,就 職,現職への就任にあたり家族の影響は大きかったようである.母もオリンピアンで ある A 氏は「どんなにしんどくても母は甘い顔をしなかったが,今となっては母に感 謝している」と語っており職業選択時の「主体性」が形成されたと思われる. B 氏に は学業と両立し競技を続ける姉の存在があり,両親からは「ひとつそれだけになって はいけない」と教えられたという.C 氏はミュージカル観劇により俳優の道を選んだ 背景に音楽好きの兄の影響を挙げた. 質問項目⑧では,現在のアスリートへのセカンドキャリアに関するアドバイスが表 出された.「信念を持ってやること」や「初志貫徹」が挙げられた.これらは,自らや るべきことや目標を設定し行動をとることを意味し,社会人基礎力における主体性や 実行力に対応できると考える.3 氏から,セカンドキャリア構築にはアスリートが主 体性を持って実行するべきとの強いメッセージが感じられた. 質問項目⑨では,トップアスリートとしての理想の人生とそれを妨げる要因につい て質問された.「努力が報われる」,「ゼロからでも地道にしっかりやっていく」,「やれ ば無駄にならない」,「職人,自分のやることを極める」,「自己表現の場」との回答が 得られた.これらの言葉から社会人基礎力に直接的に対応させるのは困難かもしれな いが,「主体性」と「実行力」を持って取り組み,「創造力」を生かし,「ストレス・コ ントロール力」をもって対処できることと解釈した.経済産業省の社会人基礎力に関 する緊急調査(2006)では,「求める人材像」と社会人基礎力との関係において,企業 が求める人材像について,企業規模に関わらず,「主体性」,「実行力」,「創造力」が高 い割合で求められていることを指摘している.また,日本オリンピック委員会ゴール ドプラン委員会セカンドキャリアプロジェクト(2006)では,企業がアスリートを採用 する上で期待することとして,目標へのコミット(77%),向上心(74%),自発的行 動力(65%),コミュニケーション能力(64%)としている.目標へのコミットは「実 行力」に,自発的行動力は「主体性」に対応できる.このように,アスリートの理想 の人生を歩むことは,企業が求める人材像とも一致する可能性があると考えられた. 一方で妨げるものとしては,理解者をつくることや受容があるかどうか,栄光にすが らず自分に寛容になるかどうかが挙げられた.これを解決するための社会人基礎力と しては,他人に働きかけ巻き込む「働きかけ力」や自分の意見をわかりやすく伝える 「発信力」,相手の意見を丁寧に聞く「傾聴力」,意見の違いや多々場の違いを理解す
る「柔軟性」,「状況把握力」などが対応すると考えられた. 質問項目⑩で 3 氏が互いに評価していたものは,基礎力のうち「主体性」や「働き かけ力」,「発信力」,「傾聴力」,「柔軟性」に相当すると考えられ,3 氏がスポーツキ ャリアで獲得された能力を生かし,障害を越えて理想に近い人生を歩みながら現職と 向き合っていることが想像された. 4.まとめ 典型的なセカンドキャリア構築を果たしたアスリートへのインタビュー調査からは, スポーツキャリアで得られた実行力やストレス・コントロール力を活かし,主体性を もって職業を選択し,同時に発信力や柔軟性を整備していくことが,セカンドキャリ アへのひとつの方向性ではないかと考えられた. Ⅲ モータースポーツアスリートに対するインタビュー調査 1.目 的 企業側の要求する能力がスポーツキャリアにおいて比較的獲得されやすいと考えら れるアスリートの社会人基礎力を検討すること 2.方 法 機縁法により研究に同意したモータースポーツアスリートを対象として,インタビ ュー前に事前に経済産業省が提唱する社会人基礎力の評価シートで自己評価をしても らい(36 設問に対し 1~5 点で採点,満点 180 点),この結果を参考に自身が PR でき る上位 3 つの力を選択し,アスリート経験に基づいたエピソードを記入した後,企業 側人事担当者との評価結果に基づくインタビュー調査を行うことにより,スポーツが 培う付加的能力の獲得状況について検証した. なお研究は,筑波大学体育系研究倫理委員会の承認を経て(課題番号第体 24-82 号), 対象者に口頭及び書面での説明をし,書面での同意を得て行われた. 3.結 果 D 氏は 21 歳女性,モータースポーツ競技歴 15 年,全日本ランキング入賞者である. 社会基礎力自己評価得点は 123 点(内訳は前に踏み出す力 28 点,考え抜く力 28 点,
チームで働く力 67 点),上位項目は順にストレス・コントロール力,発信力,規律性, 創造力,下位項目は計画力,柔軟性であった.自己 PR できる基礎力として,ストレス を感じない性格,大人と関わる競技環境,ものづくりが好きであることから,ストレ ス・コントロール力,規律性,創造力を選択回答した.インタビューでは,発信力を 自分からの単方向性のものでなく双方向性ととらえる見方もあると気づいたとのこと であった.スポーツにより得られた力としては,創造力を単にものづくりという視点 でなく競技中の周囲からのアドバイスにより先読みする力として得られたこと,競技 特性として競技をやりたいひとのみが集まる環境があり,選手契約による職業人とし ての自覚を得たこと,スポンサーとしてサポートしてもらうための企画書作成や企業 との折衝に関わる自己アピール力が培われていることなどが示された.スポーツキャ リアとして本人は「負けず嫌い」を挙げ,負けず嫌いが競技継続の原動力となってい ると答えた.企業側人事担当者からは質問に対して自分の言葉で的確に返答できる会 話力があがった. 4.考 察 ベネッセによるこどものスポーツ活動にかかる費用の調査(2009)では,23 種のス ポーツにおいて月 1600 円~10100 円であり,最も回答者の多かったスイミングでは月 6100 円であった.一方,スポーツ活動に要する経費が最も大きいと思われるスポーツ としてモータースポーツは典型例と考えられる.例えば全日本ラリーの場合, 8 戦出 場するための必要経費は 5000000~24000000 円とも言われている.このようなスポー ツではスポンサー契約など企業との商業的関係性が比較的高いと思われ,スポーツが 培う付加的能力の獲得において,企業側の要求する能力が比較的獲得されやすいので はないかと考えた.そこで,スポーツ種目としては,スポーツ活動に要する経費が最 も大きく,スポンサー契約など企業との商業的関連性が比較的高いため,企業側の要 求する能力が比較的獲得されやすいのではないかと考えられるモータースポーツを選 択した. さらに,他のスポーツ種目のスポーツキャリアや一般人との比較を可能にするため, 就職活動期の大学生を対象年齢として選択した.この条件を満たす対象者として D 氏 が抽出されたため,D 氏に対しインタビュー調査の依頼を行った. インタビュー調査前の社会人基礎力自己評価得点は 123 点であった.平尾ら(2010)
による大学生の調査では,対象大学生のキャリア支援プログラム前後での社会人基礎 力を測定している.その結果から換算される得点はプログラム支援前で 103 点(うち 前に踏み出す力 27 点,考え抜く力 23 点,チームで働く力 52 点)となった.また,渡 辺ら(2011)が新卒入社した 1 年目社員 2298 名を対象に行った社会人基礎力評価の結 果から換算される平均得点は 122 点(うち前に踏み出す力 30 点,考え抜く力 27 点, チームで働く力 65 点)であった.比較データに乏しいが,D 氏の得点は大学生として は標準以上の得点と考えられた. そして,発信力,規律性,ストレス・コントロール力といったチームで働く力で高 い得点が認められた.これらはスポーツキャリアにおいて獲得された能力ととらえら れるが,モータースポーツの特徴として,クラブに所属して活動する者が多く,競技 会ではチームとして参戦するため,モータースポーツとしての特性が出た可能性があ ると考えられる. 一方,前述のように企業が求める人材像としての「主体性」,「実行力」は低めの得 点となっていた.企業側人事担当者からは質問に対して自分の言葉で的確に返答でき る会話力が高く評価されたことも含め,自己評価と企業側の評価に若干の不一致が認 められたことは,他の一般大学生と同様,D 氏が未就職の大学生であることがその一 因となっているとも考えられる. インタビューでは,「負けず嫌い」がスポーツキャリア継続の要因として挙げられた. 「負けず嫌い」を社会人基礎力にあてはめるのは困難であるが,「負けず嫌い」が「主 体性」や「実行力」,「課題発見力」や「創造力」などに陽性に働くことがアスリート にとって重要であろう.また,陽性に働くよう周囲からサポートするとともに,先述 のオリンピアンインタビューでの回答のように,理解者の存在等受容があるかどうか, 過去の栄光にすがらず寛容になれるかもポイントであるかもしれない. 5.まとめ モータースポーツアスリートにおいては企業との職業的関連性のなかで,スポーツ キャリア形成過程において必然的に社会人基礎力が形成されていると考えられた.ス ポーツにおける職業的関連性の強化も,セカンドキャリア構築にむけた付加的能力の 獲得における一つの方法である可能性が考えられた. Ⅳ 研究の限界と今後の課題
スポーツキャリアとの関連性が低いとも考えられる職業において現在活躍されてい る元オリンピアンへのインタビュー調査,およびモータースポーツアスリートに対す るインタビュー調査によって,スポーツキャリア形成過程におけるアスリートの能力 のなかで,職業社会にも通用する能力を抽出すること,および職業社会にも通用する 付加的能力とは何かを明らかにしていくことを試みた.4 名という限られた人数での 検討であり普遍化には今後のさらなる検討が必要であるが,4 氏に共通していること は,スポーツキャリア形成過程において,少なくとも一定の社会人基礎力を有してお り,セカンドキャリア(モータースポーツではスポンサー契約取得にあたり)につい ては主体性を持って取り組む姿勢が目立っていたことであった.従って,大規模な教 育システムを構築するよりも,獲得された社会人基礎力が何かを気づかせ,主体性を 持って職業選択し,引退後に生かせるように促すような,スポーツキャリアのなかで の点検システムが有用ではないかと感じた.一方で,社会人基礎力を指標としたスポ ーツ競技別の特徴についてはまだ検討されているとはいえない.本多ら(2012)は,社 会人基礎力は大学への在学年数によって向上される能力ではなく, 各学年によって多 様を極める状況, たとえばカリキュラム構成や運動部活動状況, 各種イベントなどに よって変化する能力であることを示唆しているが,スポーツ競技では活動状況やイベ ント参加状況にそれぞれ特徴があることから,スポーツ競技によっては獲得される社 会人基礎力が異なる可能性があるため,セカンドキャリア支援システム構築にむけて, この検討も今後の課題と考えられる. 文 献 平尾元彦,藤井文武,宮崎結花(2010)社会人基礎力の育成と自己目標管理-山口大学 における CHECK-MANIFESTO-ACTION ループの試み-,大学教育 7:35-46. 本多芙美子,金高宏文,竹下俊一(2012)鹿屋体育大学生の社会人基礎力に関する研究 ―性,学年,専攻課程による比較―,鹿屋体育大学学術研究紀要 44:1-6. 経済産業省:社会人基礎力.http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.htm(参 照日 2013 年 3 月 1 日) 経済産業省(2006)社会人基礎力に関する緊急調査. http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/2008chosa.pdf(参照日 2013 年 3 月 1 日)
経済産業省(2010)平成21年度就職支援体制調査事業 大学生の「社会人観」の把握 と「社会人基礎力」の認知度向上実証に関する調査. http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/shakaijinkan.pdf(参照日 2013 年 3 月 1 日) 文部科学省(2010)スポーツ立国戦略-スポーツコミュニティ・ニッポン. http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/rikkoku/1297182.htm(参照日 2013 年 3 月 1 日) 日本オリンピック委員会ゴールドプラン委員会セカンドキャリアプロジェクト(2006) キャリアトランジション Vol.4 日本オリンピック委員会:東京,p2 ベネッセ教育研究開発センター:子どものスポーツ・芸術・学習活動 データブック. http://benesse.jp/berd/center/open/report/kyoikuhi/databook/index.html(参照 日 2013 年 3 月 1 日) 日本総合研究所:管理監督者層の人事労務管理マネジメント 「管理監督者」をめぐる 最近の動向.http://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/service/pdf/288_2.pdf(参 照日 2013 年 3 月 1 日) 日本水泳連盟:公益財団法人としての新たなスタート 日本水泳連盟2020年に向け ての構想.http://www.swim.or.jp/11_committee/pdf/1206271.pdf 笹川スポーツ財団:青少年のスポーツライフ・データ 2012. http://www.ssf.or.jp/research/sldata/data_child.html(参照日 2013 年 3 月 1 日) 渡辺かおり,山田香,内藤淳(2011)企業における若年層の社会人基礎力の年次変化に 関する考察,RMSmessage23:36-41.
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