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はじめにこの保存誌は 文化庁から平成十九年度ふるさと文化財の森システム普及啓発事業(以下システム事業と呼ぶ)を受けて 森の郷なかなた産物組合が行ったものです システム事業は植物性資材の普及啓発事業を目的として行われており その一つとしてこの地域の伝統産業である楮を使った手漉き和紙についても取り組み

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Academic year: 2021

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※この表紙の絵柄は、塵取りした後の楮を無駄にすることなく集めて漉いた和紙 で、30年間土蔵に保存されていたものを写真撮影したものです。

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使

使

※若狭和紙の原料でもある楮(コウゾ)が生息する中名田地区の風景(昭和40年代)

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和 紙 の 歴 史 は 古 く 、 延 暦 ︵ 七 八 六 〜 八 〇 六 ︶ の 頃 、 福 井 県 小 浜 市 の 南 部 、 中 名 田 地 区 は 古 来 田 村 の 地 と 呼 ば れ 、 そ の 昔 、 坂 上 田 村 麻 呂 の 荘 園 で 、 そ の 家 来 大 膳 大 夫 高 階 行 宗 が 支 配 し て い ま し た 。 そ の 頃 に 和 紙 の 製 造 技 術 が 伝 わ っ た も の と 言 わ れ て い ま す 。 中 名 田 の 和 紙 生 産 起 源 は 必 ず し も 明 ら か で あ り ま せ ん が 、 養 老 律 令 ︵ 七 一 八 ︶ に 対 す る 施 行 細 則 と い わ れ る 古 代 法 典 ﹁ 延 喜 式 ﹂ ︵ 九 二 七 ︶ に 、 若 狭 年 料 別 貢 及 び 、 租 庸 調 、︵ そ よ う ち ょ う ︶ ※ 1 が 記 さ れ て い ま す 。 そ の 庸 と し て 納 入 を 課 せ ら れ た 作 物 に 紙 が 記 載 さ れ て お り 、 当 時 か ら 若 狭 和 紙 と し て 都 へ 運 ば れ 、 中 央 政 府 に 納 め ら れ た と 思 わ れ ま す 。 そ の 記 録 と し て 、 旧 記 ﹁ 若 狭 国 誌 ﹂ ︵ 一 七 四 九 ︶ に 名 田 荘 紙 に 厚 紙 を 漉 く と 記 さ れ て お り 、 厚 紙 を 漉 く 生 産 地 と し て 若 狭 郡 県 志 ︵ 一 六 八 〇 ︶ に 、 現 中 名 田 地 区 で あ る 田 村 ︵ 上 田 ・ 下 田 ︶ 、 和 多 田 村 、 三 重 村 深 野 を 記 載 さ れ て い ま す 。 そ の 製 品 に は 野 鄙 ︵ や ひ ︶ あ る い は 卑 俚 ︵ ひ り ︶ と あ り ま す 。 福 井 県 越 前 五 箇 製 紙 の 起 源 に は 、 継 体 天 皇 の 在 位 の こ ろ 、 泰 澄 大 師 が 奉 書 紙 の 起 源 と 記 載 さ れ て お り 、 泰 澄 大 師 は 小 浜 市 口 名 田 地 区 に あ る 谷 田 寺 の 開 基 で あ り 、 和 多 田 地 蔵 尊 像 が 同 大 師 の 一 刀 三 礼 の 自 刻 仏 で あ る と の 縁 起 か ら 泰 澄 大 師 が 当 地 区 に 授 け た と も 考 え ら れ ま す 。 ま た 、 ﹃ 若 狭 郡 県 志 ﹄ に よ る と 、 和 多 田 区 の ほ か に 、 今 富 地 区 の 湯 岡 区 、 名 田 庄 村 三 重 な ど で も 生 産 さ れ て い た と 記 録 さ れ て い ま す 。 小 浜 藩 主 、 酒 井 忠 勝 公 の 治 世 ︵ 一 六 三 四 〜 一 六 五 六 ︶ に 楮 、 三 椏 の 栽 培 を 奨 励 し た こ と に よ っ て 製 造 が 盛 ん に な っ た と 伝 え ら れ 、 家 内 手 工 業 と し て 発 達 し て き ま し た 。 明 治 初 期 の 社 会 転 換 期 を 無 事 に 切 り 抜 け 、 昭 和 初 期 の 最 盛 期 に は 、 中 名 田 地 区 で 二 百 五 十 戸 が 紙 を 漉 い て い ま し た 。 し か し 、 戦 後 の 社 会 転 換 の 影 響 を 受 け 、 今 で は 、 和 多 田 区 の 数 戸 が 伝 統 の 紙 漉 き 技 術 を 受 け 継 い で い ま す 。 ※1 租庸調、(そようちょう) 律令制度おける主要な税制。祖は口分田などの収穫物の一部。庸は労役。調は特産 1

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︻ 江 戸 時 代 ︼ 中 名 田 地 区 の 製 紙 は 、 江 戸 時 代 若 狭 藩 主 酒 井 忠 勝 の 時 代 に お い て 楮 、 三 椏 の 栽 培 が 奨 励 さ れ 大 き く 躍 進 し ま し た 。 ま た 京 ・ 大 阪 か ら の 需 要 が 多 く 原 料 を 丹 後 な ど の 諸 国 か ら 購 入 し た と 記 さ れ て い ま す 。 ︻ 明 治 ︼ 明 治 二 十 二 年 中 名 田 村 政 発 足 後 、 明 治 三 十 三 年 村 議 に お い て 和 紙 原 料 の 栽 植 を 奨 励 し 補 助 す る こ と を 決 議 し 、 村 費 、 郡 費 の 補 助 を 得 て 製 紙 改 良 技 術 の 習 得 に つ と め る な ど 、 村 あ げ て 製 紙 業 の 振 興 に 取 り 組 ま れ ま し た 。 ︻ 大 正 ︼ 大 正 年 代 に 入 り 一 時 養 蚕 が 好 況 を 見 る や 製 紙 原 料 の 楮 畑 が 桑 園 に 変 わ り 、 越 前 五 箇 村 の 製 品 に 押 さ れ る な ど が あ り ま し た が 、 品 種 の 改 良 と そ の 増 産 に つ と め ま し た 。 大 正 十 年 末 に は 製 造 戸 数 は 三 百 四 戸 ︵ 総 戸 数 四 百 五 十 三 ︶ 、 職 工 数 一 千 九 十 五 人 ︵ 総 人 口 二 千 二 百 七 十 七 人 ︶ 、 と 中 名 田 地 区 の 基 幹 産 業 で し た 。 主 力 製 品 と し て は 、 半 紙 ︵ 障 子 張 用 ︶ 、 傘 紙 ︵ 傘 張 用 ︶ 、 帳 紙 ︵ 帳 簿 用 ︶ 、 漉 仙 花 ︵ 貯 米 其 他 包 米 ︶ 、 文 庫 紙 ︵ 呉 服 包 装 用 ︶ 、 合 羽 紙 ︵ 防 水 用 油 紙 ︶ が 上 げ ら れ ま す 。 ︻ 昭 和 初 期 ・ 戦 前 ・ 戦 中 ︼ 昭 和 の 初 頭 、 大 不 況 が 続 き 昭 和 十 三 年 に は 生 産 戸 数 二 百 五 、 従 業 員 数 四 百 三 十 九 人 と 半 減 。 半 紙 生 産 中 止 、 文 庫 紙 も 半 減 、 傘 紙 が 主 力 と な り ま し た 。 昭 和 十 六 年 、 太 平 洋 戦 争 勃 発 し 軍 の 統 制 よ り 原 料 、 薬 品 が 配 給 と な り 、 軍 納 紙 ︵ 鉄 砲 用 の 火 薬 包 み ︶ と し て 生 産 に 励 み ま し た 。 ※若狭和紙生産地 和多田集落 2

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︻ 昭 和 ・ 戦 後 ︼ 戦 後 の イ ン フ レ と 紙 不 足 、 昭 和 二 十 五 年 朝 鮮 戦 争 に よ る 特 需 景 気 、 物 品 税 、 取 引 高 税 が 廃 止 と な り 、 販 路 も 小 浜 の 問 屋 か ら 広 範 囲 に 個 人 取 引 が で き る よ う に な り ま し た 。 し か も 単 価 は 日 一 日 と 値 上 が り し 一 時 好 況 と な り ま し た が 、 昭 和 二 十 八 年 九 月 台 風 十 三 号 が 当 地 を 襲 い 、 大 水 害 と な り 村 全 体 に 損 害 を も た ら し 、 大 半 が 復 旧 に 当 た り 生 産 が 沈 滞 し ま し た 。 昭 和 三 十 年 、 国 の 法 律 で 農 山 漁 村 振 興 事 業 が 掲 げ ら れ 、 小 浜 市 は 若 狭 和 紙 の 振 興 政 策 と し て 、 小 浜 市 の 口 名 田 地 区 ・ 加 斗 地 区 は 原 料 の 楮 植 え 付 け 、 中 名 田 地 区 は 共 同 作 業 場 の 設 立 と 簀 桁 ※ 2 ︵ す け た ︶ の 改 良 に 取 り 組 み 、 そ の 事 務 所 を 農 協 内 に 、 共 同 作 業 所 を 山 左 近 に 作 り 、 簀 桁 は 小 判 か ら 四 つ 判 を 取 り 入 れ 、 鉄 板 乾 燥 機 を 導 入 ︵ 十 二 台 ︶ し て 生 産 向 上 と 技 術 開 発 を 行 い 、 こ の 事 業 に 七 十 六 人 が 参 加 し ま し た 。 戦 後 経 済 の 高 度 成 長 で 産 業 構 造 の 変 革 に よ り 紙 の 生 産 方 法 も 機 械 化 さ れ 、 生 産 の 主 力 で あ っ た 傘 紙 は こ う も り 傘 の 進 出 に よ り 需 要 が 減 退 し 、 ペ ー パ ー 紙 ︵ 紙 や す り ︶ へ 切 り 替 わ り ま し た 。 そ の 後 ペ ー パ ー 紙 も 安 価 な 機 械 紙 が 主 流 と な り 、 手 漉 き の 和 紙 の 需 要 が 減 り 、 将 来 の 不 安 か ら 生 産 者 が 少 な く な っ て 行 き ま し た 。 ︻ 現 在 ︼ 長 い 歴 史 を 持 つ 伝 統 産 業 の 若 狭 和 紙 を 継 ぐ 方 々 も 減 り 、 今 で は 若 狭 和 紙 を 漉 く 方 が 三 名 、 和 紙 工 芸 型 絵 染 ・ 友 禅 染 ※ 八 頁 参 照 に 一 名 、 和 紙 を 使 っ た つ む ぎ 織 り 工 芸 に 一 名 と な っ て い ま す 。 主 な 和 紙 の 用 途 は 、 ち ょ う ち ん 紙 、 賞 状 紙 ︵ 厚 生 省 納 入 ︶ 、 白 紙 、 染 紙 ︵ 友 禅 、 絞 り 、 板 じ め 、 ぼ か し ︶ な ど で す 。 伝 統 的 な 地 域 産 業 を 見 直 そ う と 中 名 田 小 学 校 で は 、 平 成 七 年 度 に 卒 業 を 向 か え る 生 徒 達 が 地 元 生 産 者 か ら 手 漉 き 和 紙 に つ い て 学 び 、 自 ら 漉 い た 和 紙 が 卒 業 証 書 に な っ て い ま す 。 そ の 輪 が 広 が り 市 内 の 小 学 生 も 、 平 成 十 五 年 度 よ り 卒 業 証 書 は 同 様 に 行 っ て い ま す 。 又 、 高 校 生 も 和 紙 漉 き の 体 験 を し て い ま す 。 昭和十四年十月月若狭和紙工業組合 昭和十五年四月若狭和紙手漉和紙工業組合と改称 昭和十八年福井県手漉和紙統制組合に統合 昭和二十二年福井県手漉和紙工業組合(中名田に事務所を設置) 昭和二十四年福井県手漉和紙工業組合を脱退し個人生産が主となる 和多田地区生産者十数名有志で若狭手漉和紙生産組合 昭和五十四年六月 十名にて協同組合 現在組合なし 【和紙生産組合の経過】 ※2 簀桁 竹ひごなどを使って編まれた簀に桁を取り付けたもので和紙を漉く時に 必要な道具です。簀桁のサイズによって和紙のサイズが決まります。 3

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水 が き れ い で 豊 富 な 中 名 田 地 区 で 生 ま れ た ﹁ 若 狭 和 紙 ﹂ は 、 楮 ︵ コ ウ ゾ ︶ が 主 原 料 と し て 作 ら れ 、 柔 ら か み と 光 沢 が あ り 、 更 に 純 良 で 頑 丈 な の が 特 徴 で す 。 楮 は 、 ク ワ 科 の 落 葉 低 木 で す 。 成 木 は 一 年 で 2 m か ら 3 m 余 に な り ま す 。 約 1 0 ㎝ か ら 2 0 ㎝ と 繊 維 が 長 く 、 強 度 を 要 求 さ れ る 若 狭 和 紙 に は 最 適 な 原 料 で す 。 中 名 田 地 区 で は 、 各 家 に 楮 畑 ︵ 紙 畑 と 呼 ば れ て い た ︶ を も う け 栽 培 ・ 収 穫 し て い ま し た 。 若 狭 和 紙 に 於 け る 、 原 料 の 処 理 は 楮 を 約 1 m 程 に 切 り そ ろ え 、 大 釜 に 立 て 入 れ 、 釜 状 の 蓋 を 被 せ 蒸 し ま す 。 蒸 し 上 が っ た 楮 の 皮 を は ぎ 、 傷 や 黒 皮 を 丁 寧 に 除 去 し 清 流 で 洗 い 、 干 し 乾 燥 保 存 し ま す 。 現 在 で は 、 そ の 楮 も 国 内 で は 栃 木 ・ 高 知 ・ 島 根 県 が 主 な 生 産 地 と な り 、 タ イ な ど か ら の 海 外 産 楮 も 大 量 に 輸 入 さ れ る よ う に な り ま し た 。 中 名 田 地 区 で も 栽 培 が 無 く な り 、 原 料 を 高 知 県 産 や 輸 入 品 を 仕 入 れ 和 紙 生 産 を し て い ま す 。 ま た 、 も う 一 つ の 原 料 と し て 、 若 狭 和 紙 を 生 産 す る の に 欠 か せ な い の は 、 寒 の 水 と 言 わ れ る 山 か ら の 清 ら か な 水 で す 。 雪 が 降 る 寒 い 時 期 に 生 産 す る 若 狭 和 紙 は 、 き め 細 や か な 仕 上 が り と 光 沢 を 生 み 出 し ま す 。 ※若狭和紙の原料である楮(コウゾ)と後方には天日干しの風景(昭和40年代) 4

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原 料 で あ る 楮 を 刈 り 取 り 一 定 の 長 さ に 切 り そ ろ え ま す 。 大 釜 に 立 て 入 れ 、 釜 状 の 蓋 を 被 せ 蒸 し ま す 。

蒸 し た 楮 の 皮 を 剥 ぎ 取 り 、 ︵ 蒸 し た 楮 を す ば や く 皮 を 剥 ぐ ︶ 表 面 の 黒 皮 を 刃 物 で 削 ぎ 落 と し ま す 。 ︵ 皮 の 表 面 を 取 り 除 く ︶

楮 を 水 中 に 付 け 置 き し て ほ ぐ し 、 水 に 溶 け る 甘 皮 部 分 を 洗 い 取 り 、 白 皮 を 天 日 乾 燥 し 保 存 し ま す 。 現 在 は 高 知 県 産 等 の 材 料 を 使 用 し て い ま す 。

乾 燥 さ れ た 白 皮 を 、 水 の 中 に 一 昼 夜 浸 け 戻 し 、 一 本 づ つ 黒 点 ・ チ リ な ど を 取 り 除 き 、 水 洗 い を し ま す 。

大 き な 釜 に 白 皮 を 入 れ て 、 ソ ー ダ 灰 又 は 、 苛 性 ソ ー ダ な ど の ア ル カ リ 性 溶 液 を 加 え 三 時 間 程 度 煮 込 み 、 繊 維 を ほ ぐ れ や す く し ま す 。 昔 は カ シ の 木 の 灰 を 使 っ て い ま し た 。 苛 性 ソ ー ダ で 煮 熟 し 、 晒 す と 、 塵 と 呼 ば れ る 不 純 物 は ほ と ん ど 消 え ま す が 、 ソ ー ダ 灰 を 使 用 し ま す と 塵 が 残 り 、 後 で 手 で 取 り 除 く こ と に な り ま す 。 ※ 保 存 さ れ て い た 白 皮 は 一 旦 水 に 一 昼 夜 浸 け て ほ ぐ し た 後 煮 ま す 。

煮 上 が り 艶 の 出 た 白 皮 を 水 洗 い し 、 ア ル カ リ 成 分 を 抜 き 、 擦 れ 合 っ た 傷 や 作 業 中 に 混 入 し た 塵 な ど を 丁 寧 に 除 去 し ま す 。 場 合 に よ っ て は 漂 白 剤 で 漂 白 を し ま す 。 6

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塵 取 り が 終 わ っ た 材 料 は 、 ま だ 硬 い た め 打 解 機 に よ り 白 皮 の 繊 維 を 柔 ら か く 解 き ほ ぐ し ま す 。 打 解 機 が 導 入 さ れ る 前 は 、 カ シ や ケ ヤ キ な ど の 打 ち 棒 で 、 板 や 石 の 台 の 上 に 置 い た 白 皮 を 叩 く 非 常 に 厳 し い 作 業 が 行 わ れ て い ま し た 。

ホ ー レ ン ダ ー ・ ビ ー タ ー に 白 皮 と 水 を 入 れ 細 か く 繊 維 を ほ ぐ す 事 に よ り 未 離 解 繊 維 の な い 均 質 な 原 料 に な り ま す 。 ホ ー レ ン ダ ー ・ ビ ー タ ー は 、 ロ ー ル 歯 と 承 歯 ︵ う け ば ︶ が あ り 、 歯 と 歯 の 狭 い 隙 間 を 原 料 が 通 過 す る 際 に こ す れ あ っ て 繊 維 を 細 か く 分 散 し ま す 。

ビ ー タ ー に か け て 出 来 た も の に ネ リ ※ と な る 材 料 を 加 え 、 撹 拌 器 付 き の 漉 き 舟 で 撹 拌 し ま す 。 紙 料 を 簀 桁 ︵ す け た ︶ の 上 に 溜 め 、 緩 や か に 縦 横 に 揺 り 動 か し 、 余 分 な 紙 料 を 簀 の 目 か ら 落 と し 厚 み を 均 一 に 漉 き ま す 。 一 枚 漉 く の に 二 分 程 度 で 、 手 際 さ と 技 術 の い る 作 業 で す 。 漉 き 舟 か ら 簀 を 上 げ て 、 紙 床 ( し と ) 台 で 簀 を 外 し 、 紙 を 積 み 重 ね て 行 き ま す 。 ※ ネ リ の 役 割 一 般 的 に ネ リ と な る 材 料 に は ﹁ ト ロ ロ ア オ イ ﹂ が あ り ま す 。 ト ロ ロ ア オ イ の 根 を 谷 水 に 晒 し 木 槌 で 叩 き ま す 。 そ れ を 濾 し て 、 紙 料 に 加 え ま ぜ ま す 。 こ の 練 性 が 簀 ︵ す き ︶ か ら の 水 落 ち を 遅 く し 、 繊 維 を 均 一 に し っ か り と 絡 ま せ ま す 。 ま た 、 積 み 重 ね た 和 紙 が 引 っ 付 か な い 役 目 も し ま す 。 ホーレンダー・ビーター ビーター処理が終わった原料 紙床台で簀を外す作業 山から湧き出る寒の水 7

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紙 床 台 に 積 ま れ た 紙 は 六 割 方 が 水 分 で す 。 ジ ャ ッ キ 式 の 圧 搾 機 に か け て 徐 々 に 水 を 絞 り 、 厚 み を 均 一 に し 緊 縮 性 に 富 ん だ 腰 の あ る 紙 と な り ま す 。 昔 は 天 秤 式 ジ ャ ッ キ に て 重 さ を 調 整 す る 方 法 が と ら れ て い ま し た 。

三 角 型 の 加 熱 乾 燥 機 に 薪 を 焼 べ 、 天 板 を 一 定 の 温 度 に し 、 紙 床 か ら 一 枚 づ つ 湿 っ て い る 紙 を 剥 が し 、 三 角 型 の 加 熱 乾 燥 機 に 貼 り 、 馬 刷 毛 に よ り 皺 を 伸 ば し 水 分 を 蒸 発 さ せ 乾 燥 し ま す 。 こ の 乾 燥 作 業 も 昔 は 、 イ チ ョ ウ や マ ツ な ど の 紙 板 と 呼 ば れ る 干 し 板 に 一 枚 づ つ 貼 付 け 天 日 で 乾 燥 さ れ て い ま し た 。

乾 燥 し 仕 上 が っ た 和 紙 を 一 枚 一 枚 検 査 し ま す 。

和 紙 工 芸 型 絵 染 ・ 友 禅 染 は 、 着 物 を 染 め る 際 の 型 染 友 禅 を 若 狭 和 紙 に 利 用 し た も の で す 。 和 紙 に 型 紙 を 置 き 、 の り 置 き を し て 、 地 色 を 引 き 、 さ し 型 で 他 の 色 を 何 度 も 重 ね 、 最 後 に 水 洗 い 乾 燥 さ せ た も の で す 。 柄 の 種 類 は 着 物 同 様 豊 富 に あ り ま す 。 若 狭 和 紙 型 絵 染 ・ 友 禅 紙 は 、 和 紙 人 形 な ど の 工 芸 品 に 使 わ れ て い ま す 。 こ の 染 め の 技 術 が 今 日 の 若 狭 和 紙 の 伝 統 と 生 産 を 支 え て 来 た の で す 。 ︻ 糊 ( の り ) 置 き ・ 地 色 ( じ い ろ ) 引 き ︼ 和 紙 の 上 に 型 紙 を 置 き 、 染 め な い 部 分 に の り を 擦 り 込 み 、 色 が つ か な い よ う に し ま す 。 天 日 乾 燥 し 、 刷 毛 で 全 体 に 顔 料 を 塗 り 乾 燥 さ せ ま す 。 ︻ 色 差 し ・ 水 洗 い ︼ 下 地 の 模 様 に あ わ せ た 、 穴 が 開 い た 型 紙 を あ て 、 刷 毛 を 使 い 小 さ な 模 様 に 色 を 差 し て 再 度 乾 燥 。 最 後 は 糊 成 分 を 洗 い 流 し 模 様 を だ し 天 日 干 し 乾 燥 し ま す 。 水 洗 い し て も 破 け な い の が 若 狭 和 紙 の 特 徴 で す 。 馬刷毛 色差し 糊置き台 糊拭い 色差し後 8

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大 江 重 雄 若 狭 和 紙 漉 き 師 ・ 和 紙 歴 六 十 余 年 幼 少 の こ ろ か ら 和 紙 職 人 で も あ る 父 の 背 中 を 見 な が ら 育 つ 。 冬 の 寒 い 時 期 は 山 か ら 流 れ る 寒 の 水 は 冷 た く 、 厳 し い 作 業 で あ っ た 事 を 思 い 返 し な が ら も 地 場 の 伝 統 で も あ る 若 狭 和 紙 と 関 わ り 伝 統 と 文 化 を 自 ら 絶 や さ ぬ よ う 一 枚 一 枚 丁 寧 に 作 り 続 け て い る 。 次 の 後 継 者 が い な い 事 に 一 抹 の 寂 し さ が あ る が 、 若 狭 和 紙 の 手 触 り 風 合 い を 出 来 る 限 り 作 り 続 け た い と 願 う 和 紙 漉 き 師 で あ る 。 大 江 章 若 狭 和 紙 漉 き 師 ・ 和 紙 歴 五 十 五 年 大 江 ふ さ え 若 狭 和 紙 漉 き 師 ・ 和 紙 歴 五 十 三 年 和 紙 漉 き を 初 め て 五 十 年 以 上 を 経 て 、 家 庭 内 で 出 来 る 反 面 、 年 中 無 休 で 和 紙 生 産 に 携 わ っ て 来 た 。 章 さ ん は 生 産 す る 事 も 大 変 で あ っ た が 、 販 売 や 仕 入 れ を に も 苦 労 し た 時 代 が あ り 、 主 に 漉 き を 担 当 し て い た 、 ふ さ え さ ん は 和 紙 の 厚 み な ど 均 一 に す る 事 に 苦 労 し た が 、 二 人 と も 和 紙 造 り の 情 熱 を 失 わ ず 今 日 ま で 生 産 。 手 作 り の 和 紙 を 少 し で も 多 く の 人 に 使 っ て 欲 し い と 願 い 、 夫 婦 で 和 紙 造 り に 携 わ る 和 紙 漉 き 師 で あ る 。 芝 三 津 男 若 狭 和 紙 漉 き 師 ・ 若 狭 和 紙 の 家 代 表 ・ 和 紙 歴 三 十 年 若 狭 和 紙 の 家 や ホ ー ム ペ ー ジ な ど で 全 国 各 地 に 若 狭 和 紙 の 伝 統 と 文 化 を 伝 え る た め 、 和 紙 漉 き と 染 色 加 工 販 売 を 担 う 。 地 産 の 原 料 で 自 然 製 造 に て 手 間 を 惜 し ま ず 和 紙 製 造 が 理 想 と 考 え 、 日 々 、 和 紙 と 向 き 合 い 新 し い ア イ デ ア を 模 索 。 和 紙 を 特 別 な 紙 と せ ず 、 身 近 に 生 活 の 中 で 使 っ て 欲 し い と 願 う 。 ま た 伝 統 文 化 を 伝 え る た め に 、 学 校 や 公 共 施 設 ・ 若 狭 和 紙 の 家 に て 和 紙 漉 き 体 験 な ど を 教 え る 。 小 堂 清 之 和 紙 工 芸 型 絵 染 ・ 友 禅 染 師 ・ 和 紙 歴 三 十 五 年 中 名 田 に 生 ま れ 若 狭 和 紙 と 共 に 育 ち 、 若 狭 和 紙 の 生 産 用 途 を 大 き く 変 え た 、 和 紙 工 芸 型 絵 染 ・ 友 禅 染 を 昭 和 四 十 一 年 に 生 産 を 販 売 開 始 。 全 国 に 名 を 広 め た 。 シ ル ク ス ク リ ー ン 印 版 な ど の 出 現 に よ り 苦 労 も あ っ た が 、 和 紙 工 芸 型 絵 染 ・ 友 禅 染 を 守 り 続 け て い る 。 現 在 、 生 産 の 殆 ど は 東 京 や 京 都 方 面 へ の 出 荷 と な る 和 紙 染 を 少 し で も 長 く 伝 え て 行 き た い と 願 い 生 産 し て い る 地 場 唯 一 の 和 紙 工 芸 型 絵 染 ・ 友 禅 染 元 で あ る 。 仲 野 と よ 子 和 紙 つ む ぎ 織 師 ・ 和 紙 歴 二 十 四 年 昭 和 五 十 年 に 西 陣 織 の 職 に 就 き 、 そ の 技 術 を も と に 十 年 後 、 和 紙 織 を 考 案 。 三 年 後 の 昭 和 六 十 三 年 に ﹁ 和 紙 つ む ぎ ﹂ と し て 製 品 販 売 を 開 始 。 丈 夫 で 柔 ら か く 温 か な 感 触 の あ る 若 狭 和 紙 と 織 り と の 融 合 に よ っ て 織 り 上 げ ま す 。 こ の 地 の み に 存 在 す る 紙 布 ﹁ 和 紙 つ む ぎ ﹂ を 広 く 通 用 出 来 た ら と 日 々 工 夫 を 加 え 制 作 。 若 狭 和 紙 に 出 会 え た 事 を 感 謝 し 、 和 紙 に は 漉 い た 人 の 心 が 漉 き 込 ま れ 、 織 物 に は 織 る 人 の 心 が 織 り 込 ま れ 、 そ の 心 を 粗 末 に せ ず 大 切 に 使 っ て 欲 し い と 願 う 唯 一 の 和 紙 つ む ぎ 師 で あ る 。 10

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若 狭 和 紙 保 存 誌 を 編 集 制 作 に あ た り 、 多 く の 方 々 に 協 力 を 頂 き あ り が と う ご ざ い ま し た 。 又 、 こ の 編 集 に あ た り 若 狭 和 紙 に た

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