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『落窪物語』結婚三日目の夜の一考察

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Academic year: 2021

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『落窪物語』結婚三日目の夜の一考察

鹿

 

 

 

 

  はじめに   『 落 窪 物 語 』 に お い て、 姫 君 と 道 頼 の 結 婚 三 日 目 の 夜 に、 土 砂 降 りの中を道頼が姫君のもとを訪れる場面は、重要だといえる。なぜ、 この場面は重要なのだろうか。史的な観点からいえば、この場面を 含めた姫君と道頼の三日間の結婚の様子が、当時の婚姻儀礼を知る 上での貴重な資料となるためである。では、物語の流れの観点から いうとどうか。結婚三日目の夜は、土砂降りになったり、姫君が住 む屋敷に向かう途中で雑色どもに盗人の嫌疑をかけられるなど、道 頼が姫君のもとを訪れるのに困難な状況であった。これは、徐々に 関係が深まってきた二人に訪れた、初めての危機である。この危機 を回避したという点で、姫君と道頼の心が強固に結びついた最初と 位置付けられるのであ (1 ( る。   さて、土砂降りの中、なんとか姫君の住む屋敷に到着した道頼は、 姫君と対面し、二人で短連歌を詠み合う。 何ごとを思へるさまの袖ならむ(道頼) 身を知る雨の雫なるべし(姫君)  (巻一、上六九頁) 「 何 を 思 っ て あ な た の 袖 は 濡 れ て い る の で す か( な ぜ、 あ な た は 泣 い て い る の で す か )」 と い う 道 頼 の 問 い に 対 し、 姫 君 は「 身 を 知 る 雨 の 雫 」 に よ る も の だ と 答 え て い る。 な お、 『 落 窪 物 語 』 に お け る 短連歌の役割に関する説明は、別稿に譲りた (( ( い。   この短連歌が詠まれたときに姫君が泣いていたかどうかは不明だ が、少なくとも、道頼が姫君の前に現れるまでは、姫君は泣きなが ら臥していた。実は姫君が泣いていた理由に対して、道頼と語り手 とではまったく異なる考えを持っているのである。この考えの相違 が何を意味しているのか、特に姫君の心情に注目しながら、考察し てみたい。   姫君が泣く理由   それでは、姫君が泣いている理由を道頼と語り手がどう考えてい たか、詳しく見ていこう。まずは、当該場面の本文を抜粋してみた い。 女君は、今宵来ぬをつらしと思ふにはあらで、おほかた聞こえ 出でば、いかに北の方のたまはむ、世の中のすべて憂きこと思

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成蹊國文 第四十八号 ((015) ひ乱れて、うち泣きて臥し給へり。あこき、思ひ設けける効な げ に 思 ひ て、 御 前 に 寄 り 臥 し た れ ば、 ふ と 起 き て、 「 な ど、 御 格 子 の 鳴 る 」 と て 寄 り た れ ば、 「 上 げ よ 」 と の た ま ふ 声 に 驚 き て引き上げたれば、入りおはしたるさま、しほるばかりなり。 徒歩よりおはしたなめりと思ふに、めでたくあはれなること二 つ な く て、 「 い か で、 か く は 濡 れ さ せ 給 へ る ぞ 」 と 聞 こ ゆ れ ば、 「 惟 成 が 勘 当 重 し と わ び つ る が 苦 し さ に、 括 り を 脛 に 上 げ て 来 つるに、倒れて、土つきにたり」とて脱ぎ給へば、女君の御衣 を 取 り て 着 せ 奉 り て、 「 干 し 侍 ら む 」 と 聞 こ ゆ れ ば、 脱 ぎ 給 ひ つ。 女 の 臥 し 給 へ る 所 に 寄 り 給 ひ て、 「 か く ば か り あ は れ に て 来たりとて、ふと掻き抱き給はばこそあらめ」とて掻い探り給 ふ に、 1 袖 の 少 し 濡 れ た る を、 男 君、 来 ざ り つ る を 思 ひ け る も、 あはれにて、 何ごとを思へるさまの袖ならむ とのたまへば、女君、 身を知る雨の雫なるべし と の た ま へ ば、 「 2 今 宵 は、 身 を 知 る な ら ば、 い と か ば か り に こそ」とて臥し給ひぬ。 (巻一、上六八~六九頁) 姫君と道頼結婚三日目の夜、道頼は激しい雨のせいで、姫君のもと へ向かうことを躊躇っていた。しかし、帯刀のもとに来たあこきか らの手紙を読んで、今晩が結婚三日目の夜だと再認識した道頼は、 帯刀とともに徒歩で姫君のもとへ向かうことを決心する。その道中、 盗人に間違えられ、汚物の中に座らされるという災難にあうものの、 なんとか姫君のもとに到着する。これは、やっとの思いで姫君のも とに到着した道頼が、姫君と対面し、和歌を詠み合う場面である。   ここで詠まれている和歌は、道頼が前句の五七五を詠みかけ、姫 君が付句の七七を答える形式の、短連歌になっている。前句・付句 のどちらにも、掛詞や縁語は見当たらない。姫君の付句にある「身 を知る雨」であるが、この表現は在原業平の和歌 かずかずに思ひ思はず問ひがたみ身をしる雨はふりぞまされる  (『伊勢物語』一〇七段、 『古今集』恋四) の引用だと考えられる。当該場面より少し前、結婚三日目の激しい 雨 を 姫 君 と あ こ き が 嘆 く 場 面 で 姫 君 が 呟 い た「 降 り ぞ ま さ れ る 」 (巻一、上六五頁)が根拠である。   と こ ろ で、 「 か ず か ず に ……」 が 詠 ま れ て い る『 伊 勢 物 語 』 一 〇 七段とは、どのような物語なのだろうか。次に本文を記してみたい。 むかし、あてなる男ありけり。その男のもとなりける人を、内 記にありける藤原の敏行といふ人よばひけり。されど若ければ、 文もをさをさしからず、ことばもいひしらず、いはむや歌はよ まざりければ、かのあるじなる人、案をかきて、書かせてやり けり。めでまどひにけり。……男、文おこせたり。得てのちの こ と な り け り。 「 雨 の ふ り ぬ べ き に な む 見 わ づ ら ひ は べ る。 身 さいはひあらば、この雨はふらじ」といへりければ、例の男、 女にかはりてよみてやらす。 かずかずに思ひ思はず問ひがたみ身をしる雨はふりぞまさ れる

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とよみてやれりければ、みのもかさも取りあへで、しとどにぬ れてまどひ来にけり。 身分の高い男のもとにいる若い女に、藤原敏行という男が求愛する 話 で あ る。 「 か ず か ず に ……」 は、 今 に も 雨 が 降 り 出 し そ う な の で、 女のもとに行こうかどうか迷っているという、敏行からの手紙を読 んだ身分の高い男が、女に代わって詠んだ和歌である。この和歌を 見た敏行は、雨の中をあわてて女のもとへ向かったのだった。   この『伊勢物語』一〇七段を念頭に置きつつ、道頼が姫君の泣い ている理由をどのように思ったか、考えてみよう。姫君の付句の直 後に道頼は、 「今宵は、身を知るならば、いとかばかりにこそ」 (傍 線 部 () と 述 べ て い る。 こ の 箇 所 を 訳 す と、 「 今 夜 は、 も し 自 分 ( 姫 君 ) が 私( 道 頼 ) に 愛 さ れ て い る か ど う か を 知 る と い う な ら ば、 私のこのような行動(激しい雨の中をやってきたこと)から分かる でしょう」となろう。付句中の「身を知る雨」を、業平の和歌から の 引 用 だ と 考 え、 「 自 分( 道 頼 ) に 愛 さ れ て い る か い な い か を 知 る 雨 」 の よ う に 受 け 取 っ た と 考 え ら れ る。 ま た、 「 袖 の 少 し 濡 れ た る を、 男 君、 来 ざ り つ る を 思 ひ け る も、 あ は れ に て 」( 傍 線 部 1) か ら、道頼は、自分が来ないことを悲しんで姫君が泣いていたのだ、 と思っていたことが分かるのである。   それでは、語り手は姫君が泣いている理由を、どのように考えて い る の だ ろ う か。 こ こ で、 先 ほ ど の 本 文 の 波 線 部 を 見 て ほ し い。 「 女 君 は、 今 宵 来 ぬ を つ ら し と 思 ふ に は あ ら で、 お ほ か た 聞 こ え 出 でば、いかに北の方のたまはむ、世の中のすべて憂きこと思ひ乱れ て、 う ち 泣 き て 臥 し 給 へ り。 」 と 述 べ て い る。 つ ま り、 道 頼 が 来 な いことをつらいと思って泣いているのではなく、道頼との恋愛が北 の方に漏れてしまったら、どんなに北の方に叱られるであろう、そ のことがつらいと思って泣いているのだと、考えているのである。   このように道頼と語り手は、姫君が泣いている理由に対してまっ たく異なる考えを持っている。この相違について考察するまえに、 姫君の心情の推移を物語冒頭から追っていき、姫君が泣いている理 由に迫ってみたい。   姫君の発言・和歌   姫君の心情の推移を追うための材料として、姫君の発言・和歌を 用いることとする。地の文では語り手の推測や曲解が入っている可 能性もあるが、姫君自身が発した言葉・和歌は、姫君の心情をもっ とも反映していると考えられるからである(もちろん、常に本音を 語 っ て い る と は 限 ら な い け れ ど も )。 物 語 冒 頭 か ら 当 該 場 面 ま で の 姫君の発言・和歌はさほど多くはないため、次にすべてを抜き出し てみよう。なお、和歌は手紙に書かれたものも含まれている。   ①日に添へてうさのみまさる世の中に心づくしの身をいかにせむ (巻一、上一六頁)   ②世の中にいかであらじと思へどもかなはぬものは憂き身なりけ り(巻一、上一八頁)   ③(三の君に召されていることは、本意ではなく悲しいと泣いて い る あ こ き に 対 し て )「 何 か。 同 じ 所 に 住 ま む 限 り は、 同 じ こ

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成蹊國文 第四十八号 ((015) とと見てむ。衣などの見苦しかりつるに、なかなかうれしとな む見る」 (巻一、上一九頁)   ④「母君、我を引かへ給へ。いとわびし」 (巻一、上二一頁)   ⑤(④の直後に)我につゆあはれをかけば立ち返りともにを消え よ憂き離れなむ(巻一、上二二頁)   ⑥( あ こ き か ら 道 頼 の 手 紙 を 渡 さ れ て )「 何 し に。 上 も、 聞 い 給 ひては、 『よし』とはのたまひてむや」 (巻一、上二四頁)   ⑦( 道 頼 か ら の 手 紙 を 読 ん で 姫 君 が )「 絵 や 聞 こ え つ る 」 と の た まへば、 (あこき) 「帯刀がもとに、しかしか言ひて侍りつるを、 御覧じつけけるに侍るめり」と言へば、 (姫君) 「うたて、心な と見えられたるやうにこそ。人に知られぬ人は、有心なるこそ よけれ」とて……(巻一、上三四頁)   ⑧( 姫 君 の そ ば に い る と 言 う あ こ き に 対 し て )「 な ほ、 は や。 恐 ろしさは目馴れたれば」 (巻一、上三八頁)   ⑨なべて世の憂くなる時は身隠さむ巌の中の住みか求めて(巻一、 上三九頁)   ⑩(道頼からの詠みかけ「君がかく泣き明かすだに悲しきにいと 恨めしき鳥の声かな」に対して)人心憂きには鳥にたぐへつつ 泣くよりほかの声は聞かせじ(巻一、上四四頁)   ⑪( 「 私 が 少 将 を 姫 君 の も と へ 手 引 き し た の だ と お 思 い な の で し ょ う 」 と 拗 ね る あ こ き に 対 し て 姫 君 が )「 そ こ に 知 り た ら む とも思はず。いとあさましう、思ひもかけぬことなれば、いと 心憂く思ふうちに、いといみじげなる袴、ありさまにて見えぬ るこそ、いと言はむ方なくわびしけれ。故上おはせましかば、 何ごとにつけても、かく憂き目見せましや」とて、いみじう泣 き 給 へ ば ……( 姫 君 )「 そ れ こ そ は、 ま し て。 か く 異 や う に あ らむ人を見て、心とまりて思ふ人はありなむや。ものの聞こえ あ ら ば、 北 の 方、 い か に の た ま は む。 『 我 が 言 は ざ ら む 人 の こ と を だ に し た ら ば、 こ こ に も 置 い た ら じ 』 と の た ま ひ し も の を」 (巻一、上四六~四七頁)   ⑫( 道 頼 の 二 度 目 の 訪 問 に 際 し )「 心 地 悪 し 」 と て、 た だ 臥 し に 臥しぬ。 (巻一、上五一頁)   ⑬(道頼から届いた和歌「よそにてはなほわが恋をます鏡添へる 影とはいかでならまし」の返事として)身を去らぬ影と見えて は真澄鏡はかなくうつることぞ悲しき(巻一、上五九頁)   ⑭(あこきに餅を見せられて) 「餅は、何の料に請ひつるぞ」 (巻 一、上六〇頁)   ⑮(道頼からの手紙の返事として)世にふるをうき身と思ふわが 袖の濡れ始めける宵の雨かな(巻一、上六三頁)   ⑯(道頼と姫君の結婚三日目の夜、大雨が降るのを嘆いて、あこ きが) 「愛敬なの雨や」と腹立てば、君、恥づかしけれど、 「な ど、かくは言ふぞ」とのたまへば、 (あこき) 「なほ、よろしう 降れかし。折憎くもおぼえ侍るかな」と言へば、 (姫君) 「降り ぞまされる」と、忍びやかに言はれてぞ、いかに思ふらむと恥 づかしうて(巻一、上六五頁)   ⑰(道頼からの詠みかけ「何ごとを思へるさまの袖ならむ」に対

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して)身を知る雨の雫なるべし(巻一、上六九頁)   道頼の存在を知るまで(⑤まで)は、北の方に虐められている境 遇を嘆くことが多かった。独詠歌すべてに「憂し」が使われている ことが、特徴的である。道頼の初めての手紙をあこきから渡された とき、姫君は北の方を気にし、手紙、そして道頼には、まったく関 心 を 示 し て い な い( ⑥ )。 物 語 は こ こ か ら、 道 頼 の 求 婚 を 一 切 無 視 する姫君の様子を描いていく。姫君から一切返事が無いことに業を 煮やした道頼は、中納言一家が石山詣でに出かけ、屋敷に姫君とあ こきが残る日があることを知り、姫君のもとに忍び込む。姫君と一 夜を共にした道頼は、姫君に歌を詠みかけ、今度は返事をするよう に促す。それに対し姫君は、初めて返事をする(⑩) 。   道頼と一夜を共にして以来、徐々に姫君の態度に変化が現れる。 当初は「こんな風変りな私を見て、思いをかけてくれる人などいる は ず が な い 」( ⑪ ) と 語 り、 道 頼 の 二 度 目 の 訪 問 に 際 し て も「 気 分 が 悪 い 」( ⑫ ) と 言 っ て、 自 ら 身 な り を 整 え よ う と は し な か っ た。 しかしながら、二度目の逢瀬の後に届いた道頼からの和歌には返歌 をし(⑬) 、その後も道頼に対して歌を詠むようになる(⑮、⑰) 。 さらに、結婚三日目の夜に大雨が降るのをあこきと嘆く場面では、 「降りぞまされる」と言っている(⑯) 。この「降りぞまされる」は、 先掲の業平の和歌「かずかずに……」からの引用であり、姫君は雨 の 中 を 道 頼 に 来 て ほ し い と 思 っ て い る と 言 え そ う で あ る。 ま た、 「 降 り ぞ ま さ れ る 」 を 思 わ ず 口 に 出 し て し ま っ て、 あ こ き が ど う 思 うか気にして恥ずかしく思っていることからも、姫君が少なからず 道頼のことを想っていることを、自覚しつつあると考えられるので ある。   次に、和歌に注目してみよう。先ほども述べたとおり、姫君は道 頼 の 存 在 を 知 る ま で は、 「 憂 し 」 を 使 っ て 北 の 方 に 虐 め ら れ て い る 自 分 の 境 遇 を 嘆 く 和 歌 ば か り を 独 詠 し て い た( ①、 ②、 ⑤ )。 道 頼 が 姫 君 の も と へ 忍 び 込 む 直 前 も、 同 様 の 和 歌 を 詠 ん で い る( ⑨ )。 道頼と結婚初日・二日目の夜を過ごした、その翌朝に道頼から詠み かけられた(ただし、二日目の場合は文による)和歌に対しては、 ⑩ で は「 泣 く 」「 鳥 」「 声 」 を、 ⑬ で は「 ま す 鏡 」「 影 」 を 呼 応 さ せ ている。なお⑬の和歌に関して、新編日本古典文学全集では、道頼 か ら の 贈 歌 と 同 様 に「 ま す 鏡 」 の「 ま す 」 に「 ( 恋 心 が ) 増 す 」 を 掛 け て、 「 あ な た は 私 の 身 か ら 離 れ な い 影 と 思 わ れ て、 私 の 恋 心 は 増しますけれども、真澄鏡というものは人の姿をはかなく映すもの であり、あなたの心もほかの女性にはかなく移っていくのが悲しい ことです (3 ( よ」と、姫君が道頼に恋心を抱いている前提で、その恋心 を前面に押し出すような現代語訳がされている。⑬の和歌が詠まれ た段階で、姫君が道頼に対し、これほどまでに強い恋心を表明する と は 考 え に く い。 例 え ば、 「 私 の 身 を 離 れ な い 影 と 見 ら れ る の で は、 鏡に影が写るように、あなたのお心もはかなく移るのだと思って悲 しくなりま (4 ( す」などと訳すのが穏当である。しかしながら、文に書 かれた和歌に対して、一切返歌せずに無視をしてきた姫君が初めて 返歌したことから、ある程度の恋心を抱いていると考えられるだろ う。そして三日目の夜、大雨のために姫君のもとへ行けそうにない

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成蹊國文 第四十八号 ((015) という道頼からの手紙に対して、和歌のみを返したものが⑮である。 内容は、この世に生きることをつらいと思っている姫君の袖が、雨 が降って道頼が来ない今夜、涙で初めて濡れた、というもので、道 頼が来ないから涙で袖が濡れた、と解釈できる。この和歌を踏まえ ると、次に道頼と詠み合った短連歌の付句「身を知る雨の雫なるべ し 」 も、 「 私 が 愛 さ れ て い る か い な い か を 知 っ て い る 雨 の 雫、 す な わち、涙で濡れたのでしょ (5 ( う」と、解釈できそうである。   以上のように、姫君の発言・和歌を見てくると、姫君が道頼を慕 う気持ちが微かながらも感じられ、道頼が雨の中を姫君のもとへ向 かわなかったことが、姫君が泣いている理由に多少なりとも影響し ていそうだといえる。少なくとも、語り手が「今宵来ぬをつらしと 思ふにはあらで」と断言していることには、違和感がある。   語り手に断言させる理由   それでは、なぜ作者は語り手に「今宵来ぬをつらしと思ふにはあ らで」と断言させたのだろうか。また、このような記述をすること によって、物語にどのような影響を及ぼすのであろうか。なお、こ の 節 で は「 語 り 手 」 と い う 言 葉 を 何 度 も 用 い る こ と に な る が、 『 落 窪 物 語 』 の 語 り 手 に つ い て、 三 谷 邦 明 氏 は「 特 に 注 意 す べ き は、 「 語 り 手 」 と し て の 阿 漕 で、 多 く の 落 窪 物 語 の 情 報・ 出 来 事 は 彼 女 を 通 じ て 獲 得 し た と い う 設 定 で、 落 窪 物 語 は 叙 述 さ れ て い る の で あ (( ( る」と述べ、吉岡曠氏は「落窪物語の語り手は、物語世界の同時 代者として設定されているという点で、必ずしも物語世界の外部的 存在とは言いがたい。一方、物語世界に具体的な定位置を占めてい ないという点で、まったく内部的存在であるとも言いがたい。いわ ば内部と外部との中間に位置していると言ってよ (( ( い」と述べている。 本稿では、 「語り手が何者か」ではなく、 「なぜ作者はそのように語 り手に語らせたのか」を論考していくため、語り手が何者なのかを 詳しく考察することは控えたい。   さ て、 作 者 が な ぜ 語 り 手 に「 今 宵 来 ぬ を つ ら し と 思 ふ に は あ ら で」と断言させたのか、考えていこう。結婚三日目の夜に、道頼が 大雨のために来ないことを姫君とあこきが嘆く場面で、姫君は「降 りぞまされる」と呟いている。また、その後道頼が大雨の中をやっ てきて、姫君と道頼が対面して短連歌を詠み合う場面では、姫君は 「 身 を 知 る 雨 」 を 用 い て 付 句 を 詠 ん で い る。 第 二 節 で 述 べ た よ う に、 「 降 り ぞ ま さ れ る 」 と「 身 を 知 る 雨 」 は と も に 業 平 の 和 歌「 か ず か ずに思ひ思はず問ひがたみ身をしる雨はふりぞまされる」から引用 されたものなので、この二つの語句は同じ意味を表しているといえ る。 し か し な が ら、 こ れ ら の 言 葉 の 発 し 方 は 異 な っ て い る。 「 降 り ぞ ま さ れ る 」 は「 忍 び や か に 言 は れ て 」、 つ ま り、 密 か に 思 わ ず 呟 い て し ま っ て お り、 ま た、 そ れ を あ こ き に 聞 か れ て し ま っ て「 ( あ こきガ)いかに思ふらむと恥づかしう」思っている。一方で「身を 知る雨」は、短連歌の付句として、道頼に対して自分の意思で「身 を知る雨の雫なるべし」と詠んでいる。思わず呟いてしまって恥ず かしく思った言葉と、自分の意思で発言した言葉。この対照的とも いえる状態で発せられた二つの言葉が、語り手の「女君は、今宵来

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ぬをつらしと思ふにはあらで……」の一文を挟んで対峙しているの である。この並びは、姫君の人物像を複雑なものにしている。どの ように複雑にしているのだろうか。   その前にまず、読者について考えてみたい。もし「女君は、今宵 来ぬをつらしと思ふにはあらで……」の一文がなかったなら、読者 は姫君が泣いている理由をどのように考えるであろうか。おそらく 大半の読者が、道頼が来なくてつらいから、と考えるであろう。そ れは、多くの読者が『落窪物語』の当該場面までを、姫君と道頼の 恋愛の展開に注目しながら読むためである。特に、屋敷に姫君とあ こきが残り、姫君のもとに道頼が忍び込む結婚一日目の場面から、 結婚三日目の当該場面までは、中納言一家の様子が一切触れられて おらず、二人の恋愛に注目しやすくなっている。中でも読者が夢中 に な る の が、 結 婚 三 日 目 の 当 該 場 面 だ ろ う。 「 降 り ぞ ま さ れ る 」 の 呟きを見た読者は、当然、あこきと同様に姫君もこの大雨を、つま りは道頼が来ないことを嘆いていると思いながら、物語を読み進め る の で あ る。 「 女 君 は、 今 宵 来 ぬ を つ ら し と 思 ふ に は あ ら で ……」 の一文がなかったならば、読者の姫君像は「降りぞまされる」とい う呟きを境に、北の方に虐められている境遇を嘆く姫君から、道頼 との恋に生きる姫君へと、移行していくであろう。   一方で、語り手は当該場面まで、この物語をどのように語ってい るのだろうか。語り手は読者のように二人の恋愛に肩入れすること な く、 淡 々 と 物 語 を 語 っ て い る よ う に 思 わ れ る。 「 今 宵 来 ぬ を つ ら しと思ふにはあらで、おほかた聞こえ出でば、いかに北の方のたま はむ、世の中のすべて憂きこと思ひ乱れて」の発言から考えると、 むしろ、姫君と北の方の関係性のほうに注目しているようなのであ る。他方読者は、姫君と道頼の関係性(恋愛)のほうに注目して物 語を読み進めていく。両者の物語に対する着目点は、微妙に異なっ ているように思われる。   道 頼 が 来 な い こ と が つ ら く て 泣 い て い る と 思 っ て い る 読 者 は、 「 女 君 は、 今 宵 来 ぬ を つ ら し と 思 ふ に は あ ら で 」 で 不 意 を 打 た れ、 「 お ほ か た 聞 こ え 出 で ば、 い か に 北 の 方 の た ま は む、 世 の 中 の す べ て憂きこと思ひ乱れて、うち泣きて臥し給へり」で、姫君が北の方 に虐められることが怖くて泣いている可能性があることに気づく。 先 ほ ど、 「 女 君 は、 今 宵 来 ぬ を つ ら し と 思 ふ に は あ ら で ……」 の 一 文がなかったならば、読者の姫君像は、北の方に虐められている境 遇を嘆く姫君から、道頼との恋に生きる姫君へ移行するであろう、 と 述 べ た が、 こ の よ う な 単 純 な 移 行 を、 「 今 宵 来 ぬ を つ ら し と 思 ふ にはあらで……」が阻んでいるのである。   思 い 起 こ し て み れ ば 姫 君 は、 第 三 節 に 掲 げ た ⑥ で「 上 も、 ( 道 頼 ト ノ 文 通 ヲ ) 聞 い 給 ひ て は、 『 よ し 』 と は の た ま ひ て む や 」 と 言 い、 ま た ⑪ で も「 も の の 聞 こ え あ ら ば、 北 の 方、 い か に の た ま は む。 『 我 が 言 は ざ ら む 人 の こ と を だ に し た ら ば、 こ こ に も 置 い た ら じ 』 とのたまひしものを」と言っているように、北の方を怖れ、道頼へ の関心を封じ込めようとしていた。   姫君と北の方の関係性のほうに注目している語り手は、結婚三日 目の夜も姫君は相変わらず北の方を怖れており、道頼への思いは封

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成蹊國文 第四十八号 ((015) じ込めている、と語る。姫君と道頼の関係性(恋愛)のほうに注目 し て い る 読 者 は、 「 降 り ぞ ま さ れ る 」 と い う 呟 き を 重 視 し、 北 の 方 への怖れを克服して道頼への思いを解き放ちつつあるように考えて いたが、語り手の発言はそれを否定するのである。読者の考えが間 違っているのだろうか。   先ほど、業平の和歌から引用された「降りぞまされる」と「身を 知る雨」が、対照的ともいえる状態で発せられ、語り手の「女君は、 今宵来ぬをつらしと思ふにはあらで……」の一文を挟んで対峙して おり、この並びが姫君の人物像を複雑なものにしていると述べた。 姫君の人物像を複雑にしているとはどういうことなのか、見ていこ う。   「 降 り ぞ ま さ れ る 」 を 思 わ ず 呟 い て し ま っ た こ と に よ っ て、 姫 君 は 道 頼 を 慕 う 気 持 ち が あ る こ と を 自 覚 し た の で あ ろ う。 「 身 を 知 る 雨の雫なるべし」は、そのような気持ちを自覚した上での発言だっ たと思われる。恋愛を知らなかった姫君が道頼と出逢い、無自覚の 中で道頼を慕う気持ちが徐々に育まれていく。この過程を経て、無 自覚だった気持ち ―― 大雨の中を道頼に来てほしい ―― に気づき、 さ ら に、 そ の 気 持 ち を 道 頼 に 吐 露 す る。 姫 君 は「 降 り ぞ ま さ れ る 」 と呟く前に、雨で姫君のもとへ向かえないという道頼からの手紙に 対 し て「 世 に ふ る を う き 身 と 思 ふ わ が 袖 の 濡 れ 始 め け る 宵 の 雨 か な」 (第三節の⑮)と返している。この歌は、 「身を知る雨」と同様 の意味 ―― 道頼が大雨の中を来てくれないことを悲しく思う ―― で あるが、それぞれを詠んだときの姫君の心境は異なっている。常に 本 音 を 和 歌 に 託 す と は 限 ら な い た め、 「 世 に ふ る を ……」 歌 を 詠 ん だとき、それがどの程度姫君の本音だったかは分からない。しかし 少なくとも、道頼を慕う気持ちを自覚した上で口にする「身を知る 雨の雫なるべし」の方が、道頼が大雨の中を来てくれないことを本 当に悲しく思っていたといえるだろう。しかも、道頼が詠みかけた のは短連歌の前句であり、姫君は即座に付句を詠まなくてはならな か っ た。 そ の 状 況 か ら 見 て も、 「 身 を 知 る 雨 の 雫 な る べ し 」 が 思 わ ず出てしまった本音である可能性が高いのである。   「 世 に ふ る を ……」 歌 と「 身 を 知 る 雨 の 雫 な る べ し 」 に つ い て、 実は「憂し」からも姫君の感情を読み取ることができる。ここで、 姫君と「憂し」の関係について触れておこう。姫君という人物を表 す上で欠かせない言葉が「憂し」である。第三節で述べたように、 北の方に虐められている境遇を「憂し」を使った独詠歌で嘆き、ま た、 「 人 心 憂 き に は 鳥 に た ぐ へ つ つ 泣 く よ り ほ か の 声 は 聞 か せ じ 」 ( 第 三 節 の ⑩ ) の よ う に、 道 頼 へ の 返 歌 に も「 憂 し 」 を 使 う、 ま さ に「 憂 し 」 の 女 性 と い え る。 そ ん な 姫 君 が、 「 世 に ふ る を ……」 で は「憂し(うき) 」を使っているのにも関わらず、 「身を知る雨の雫 な る べ し 」 で は「 憂 し 」 を 使 っ て い な い。 「 身 を 知 る 雨 の 雫 な る べ し」で「憂し」を使わなかった理由として、道頼が来てくれたから、 ということが挙げられる。道頼が来てくれた嬉しさのため、付句を 詠 ん だ 瞬 間 は、 「 憂 し 」 の 感 情 が な か っ た の か も し れ な い。 言 い か えると、このときは北の方のことが頭になかった、となるのである。 常 に 北 の 方 を 意 識 し、 「 世 に ふ る を ……」 を 詠 ん だ と き に も 北 の 方

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のことが頭にあった姫君が、このときは北の方のことが頭になかっ たとしたら。それは、北の方を怖れ、道頼を慕う気持ちを封じ込め ようとしていた姫君の、恋愛面での成長だといえるのではないだろ うか。   だとすれば、 「女君は、今宵来ぬをつらしと思ふにはあらで……」 という語り手の発言が間違っていたのだろうか。姫君は北の方への 怖れを克服し、北の方の支配から脱して、道頼との恋に生きる決心 をしたのだろうか。実は、そうでもないのである。姫君は、その後 も北の方を怒らせないように気を遣いつづける。道頼への思慕を肯 定しながら、北の方にも従いつづけるのである。この二つは本来矛 盾しているのだが、姫君の中では不思議なことに共存しているのだ。 ここに、複雑で魅力的な姫君像が立ち現れてくるのである。   『 落 窪 物 語 』 の 中 で、 虐 め 役 と い う 個 性 が あ る 北 の 方 や 活 き 活 き とした動きのある道頼・あこき・帯刀に比べると、姫君は一見地味 でつまらなく、北の方に虐められる境遇を嘆いてばかりで、どこか 単調な人物である。しかしながら物語を深く読みこんでみると、姫 君の成長 ―― 特に、恋愛面においての ―― に気づくことができる。 この姫君の成長が、姫君像を豊かなものにし、複雑にしているので ある。   おわりに   最後に、姫君が泣いている理由を、道頼・語り手がそれぞれどの ように考えているか、改めてまとめておこう。   まず道頼の場合である。姫君を愛する道頼は、大雨の中を様々な 困難に遭いながらも姫君のもとへやって来た得意気な気持ちから、 「 今 宵 は、 身 を 知 る な ら ば、 い と か ば か り に こ そ 」、 つ ま り、 「 自 分 ( 道 頼 ) が 来 な い と 思 っ て 泣 い て い た 」 と 考 え て い る。 一 方 で 語 り 手 は、 「 お ほ か た 聞 こ え 出 で ば、 い か に 北 の 方 の た ま は む、 世 の 中 のすべて憂きこと思ひ乱れて」泣いていると考え、断言している。 道頼・語り手の考え方の相違、とりわけ、語り手が「今宵来ぬをつ らしと思ふにはあらで」と断言することは、姫君像を複雑なものに し、 よ り 人 間 ら し く 描 く 上 で、 重 要 だ と い え る。 『 落 窪 物 語 』 に お いて、姫君と道頼の結婚三日目の夜に、土砂降りの中を道頼が姫君 のもとを訪れる場面は、史的な観点や物語の流れの観点の上で重要 だと、本稿の冒頭で述べた。史的な観点からの重要性、物語の流れ の観点からの重要性に続き、人物の造形という面での重要性を導く こ と が で き た と 思 う。 数 多 の 重 要 性 を 含 ん だ 当 該 場 面 が『 落 窪 物 語』の核としてどっしりと君臨しているからこそ、千年以上の時を 経 て も、 『 落 窪 物 語 』 と い う 姿 を 現 在 に 遺 す こ と が で き て い る の だ ろう。 注 1   拙稿「 『落窪物語』における短連歌」 (『成蹊國文』四十五号、二〇一二 年三月)九三頁。 2   注 1論文、九二~九六頁。 3   『 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集   落 窪 物 語   堤 中 納 言 物 語 』( 三 谷 栄 一、 三 谷 邦明、稲賀敬二校注・訳、小学館、二〇〇〇年九月)五六頁。

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成蹊國文 第四十八号 ((015) 4   『 新 版   落 窪 物 語   上   現 代 語 訳 付 き 』 の 現 代 語 訳( 二 八 二 ~ 二 八 三 頁)を引用した。 5   注 4書、二九四頁。 (   三 谷 邦 明「 源 氏 物 語 と 語 り 手 た ち ― 物 語 文 学 と 被 差 別 あ る い は 源 氏 物 語 に お け る〈 語 り 〉 の 文 学 史 的 位 相 」( 『 日 本 文 学 史 を 読 む 』 第 二 巻、 有 精堂編集部編、有精堂出版、一九九一年五月)一五六頁。 (   吉岡曠「落窪物語の語り手」 (『論叢王朝文学』 、上村悦子編、笠間書院、 一九七八年一二月)三六四頁。 ※『 落 窪 物 語 』 の 引 用 は、 『 新 版   落 窪 物 語   上   現 代 語 訳 付 き 』( 室 城 秀 之 訳 注、 角 川 文 庫、 二 〇 〇 四 年 ) に 拠 り、 そ の 頁 数 を 記 し た。 ま た『 伊 勢 物 語 』 の 引 用 は、 『 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集   竹 取 物 語   伊 勢 物 語   大 和 物 語   平中物語』 (小学館、一九九四年)に拠った。 (しかのや・ゆうき   本学文学部助手)

参照

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