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DNA 鑑定による雪冤である 2015 年 10 月 24 日現在 アメリカのDNA 鑑定による雪冤者は330 人 ( うち死刑確定者は20 人 ) である またDNA 鑑定以外の手段を含めた雪冤者は 1680 人もいる このような状況が引き金となり 多くの制度改革が起こり イノセンス ( 無実 潔

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1 はじめに

本邦での再審請求には時間がかかる。再審請 求を行なうためには、証拠の検討から「明らか な新証拠」を発見し、それを裁判所へ説得的に 提示する必要がある。これには多くの人材と知 識が必要であるが、本邦ではそうした事情を鑑 みた人的、学術的な支援を、継続的に行なえる システムが乏しい。また、えん罪救済を行なう ための法学、心理学に関する専門知識について 体系的かつワンストップで提供できる機関はな いものの、裁判員裁判、取調べの録音録画、司 法取引など刑事司法において新たな制度からの 要請は大きい。こうした問題に対処する機関の 設立は急務である。一方、アメリカにおけるえ ん罪被害者の救済団体である「イノセンス・プ ロジェクト」(Innocence Project;以下、IP)は 既に多くの実績を得ている。そこで本ワークシ ョップでは、IPのアメリカにおける雪冤の実践、 本邦におけるIP設立に向けた取組みの報告をも とに、IPの本邦での展開の可能性について議論 を行った。

2 話題提供

報告1:イノセンス・プロジェクトがアメリカの刑事 司法に与えた衝撃 〈笹倉香奈〉 アメリカのIPでの実務に携わっていた経験を もとに、IPの概要とIPがアメリカの刑事司法に 与えた影響について報告した。アメリカでは、 従来、えん罪がないと信じられてきた。ラーニ ド・ハンド判事は1923年に「我々の裁判手続は、 有罪判決を言い渡されてしまった無実の人の亡 霊に常に脅かされている。しかし、そのような ことは現実には起こらない」と言い、また近年 もオコナー判事は1993年に「我々の社会は、刑 事裁判を高く信頼している。その主な理由のひ とつは、無実の者に有罪判決を言い渡してしま うことに対して、我々の憲法が比類なき水準の 保護を与えているということにある」と言って いる。 そ も そ も ア メ リ カ の 刑 事 裁 判 は、「 有 罪 guilty」か「有罪でないnot guilty」かを問うもの であり、「有罪かguilty」か「無罪かinnocent」を 問うものではない。「無実」自体が予定されてい ない概念であったともいえる。そのため「無実 であること」を理由とした再審制度は備わって おらず、えん罪が明らかになった人に対する刑 事補償制度も整えられていなかった。この状況 を大きく変えたのが、1990年代以降に相次いだ 法と心理,2016,16,1,55-61 法と心理学会第 16 回大会ワークショップ

「日本版のイノセンス・プロジェクト

(IP)」の可能性

日本版イノセンス・プロジェクトの設立に向けて

企画:山田早紀

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話題提供:笹倉香奈

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・指宿 信

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・稲葉光行

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指定討論:佐藤博史

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・浜田寿美男

(6) ⑴ 立命館大学立命館グローバル・イノベーション研究機構・ 研究員・供述心理学 ⑵ 甲南大学法学部・教授・刑事訴訟法 ⑶ 成城大学法学部・教授・刑事訴訟法 ⑷ 立命館大学政策科学部・教授・法情報学 ⑸ 新東京総合法律事務所・弁護士 ⑹ 立命館大学衣笠総合研究機構・客員教授・法心理学

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DNA鑑定による雪冤である。2015年10月24日 現在、アメリカのDNA鑑定による雪冤者は330 人(うち死刑確定者は20人)である。またDNA鑑 定以外の手段を含めた雪冤者は、1680人もいる。 このような状況が引き金となり、多くの制度改 革が起こり、「イノセンス(無実・潔白)革命  Innocence Revolution」と呼ばれる。このきっ かけになったのが「イノセンス・プロジェクト」 をはじめとする団体(「イノセンス団体」という) の活動であった。 イノセンス団体はえん罪被害者の救済を行な うための法的・事実的調査を行ない、えん罪を 晴らすための活動を無報酬で行なう団体である。 初期の団体はDNA鑑定を用いた雪冤活動を行 なっていたが、最近はDNA鑑定以外の手段を 用いたえん罪究明活動も行なっている。DNA 鑑定を活用したということがポイントである。 なぜならば、DNA鑑定をすることによって、 科学的に全くの無実を証明することができたか らである。このことから、社会に与えた影響も 大きかったといえる。第一号はバリー・シェッ クとピーター・ニューフェルドがニューヨーク 州のイェシバ大学カードーゾ・ロースクールに 設立した「イノセンス・プロジェクト」である。 その後、ノースウェスタン大学の「えん罪究明 センター Center on Wrongful Convictions」や ワシントン大学の「イノセンス・プロジェク ト・ ノ ー ス ウ ェ ス トInnocence Project Northwest」などが相次いで設立され、現在、 全米に60 ~ 70のイノセンス団体があるといわ れている。 個々のイノセンス団体は独立した組織であり、 ロースクールに設置されたもの、ジャーナリス ト専門学校に設置されたもの、法律事務所内に 設置されたもの、NPOなど様々な形態をとる。 活動資金としても、大学、法律事務所、篤志家 による寄付、連邦政府からの補助金等がある。 アメリカでは州ごとに制度が異なるため、多く の団体では、州内の事件のみ扱う。対象事件は DNA鑑定で雪冤ができる事件のみを扱ってい るところが多かったが、最近ではDNA鑑定以 外での雪冤を行なう団体も増えている。「無辜 の救済」を究極の目的であるとし、消極的実体 的真実の追究を焦点にしているのがイノセンス 団体の特徴である。 こうした個々のイノセンス団体の集合体が 「イノセンス・ネットワーク」である。毎年一回、 大会を開き、そこでは、最新のDNA鑑定など の科学的証拠に関するセッション、その他理論 的・実践的なセッションやワークショップを開 催する。この大会の特徴は、えん罪の被害者も 参加し、パブリック・スピーキングや就職面接 支援など社会復帰のためのワークショップなど に出席することである。イギリス、オランダ、 フランス、台湾、シンガポール、フィリピン、 中国などにもイノセンス団体が設立されており、 国際的なネットワークが広がっている。 イノセンス団体の活動はアメリカの司法制度 の改革をもたらした。イノセンス革命の特徴の 第一は、日常の刑事司法を最前線で担うアクタ ーが改革を主導していることである。アメリカ では1970年代に「デュー・プロセス革命」が起こ ったが、これは時の連邦最高裁が画期的な判決 (ミランダ判決、ブレイディ判決など)を出すこと で適正な刑事手続の観点から刑事司法を改革し ていったものである。一方、イノセンス革命の 担い手は、現場の弁護士や捜査機関、ジャーナ リストであるということが大きな特色である。 第二に、イノセンス革命によって、えん罪原因 の解明が進められた。そして、原因解明がなさ れることで実務の諸改革実現につながった。 では、アメリカにおけるえん罪原因にはどの ようなものがあるのか。ギャレット(2014)によ ると、初期の250件のDNA雪冤事件を分析した 結果、誤った目撃証言や科学鑑定、情報提供者 の証言、虚偽自白などがえん罪の原因であった という。これらの原因を排除するためには、目 撃証言であれば識別手続の改革、情報提供者の 証言であれば補強法則の採用など、虚偽自白で あれば取調べの録音録画などが必要になる。 科学鑑定については全米科学アカデミー National Academy of Sciences(NAS)が法科学に 関する調査を行い、『合衆国における法科学の 強化に向けて』という報告書を2009年にまとめ た。報告書は、DNA鑑定以外の科学鑑定方法 (火災鑑定、血清学鑑定、毛髪鑑定、歯痕鑑定、指

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紋・掌紋の照合、銃器鑑定など)は「科学性に欠け る」とし、こうした鑑定が科学的根拠に基づい て行われているとはいえないと結論づけた。問 題点として、エラー率測定のための明確なシス テムが欠如していること、鑑定結果の報告書や 法廷への顕出方法について統一性がないことな どがあげられた。そこで、NASでは連邦政府 主導の法科学分野の強化のために司法省や捜査 機関から独立した新しい組織として「全米法科 学 機 構National Institute of Forensic Science」を 創設することを提言した。その後、実際に「全米 法科学委員会National Commission on Foren-sic Science」や「科学諸分野委員会機構Organi-zation of Scientific Area Committees」が立ち上 げられ、法科学鑑定分野に大きなインパクトを 与えた。 そのほか連邦政府は2004年に、有罪確定者に 対するDNA鑑定の権利保障や雪冤者への刑事 補償制度などを定めた「無実者保護法Innocence Protection Act」を制定した。また、公的なえん 罪究明委員会制度が州や郡ごとにつくられたり するなど、さまざまな変革が起こった。最近の アメリカで死刑判決、執行が減少しており、死 刑制度が衰退しているといわれる最大の原因の 一つもえん罪事件が多発しているという認識が 拡がったことにあるといわれている。 イノセンス運動は、個々のえん罪を訴える人 に対して無償で専門家の援助を与えられるよう な仕組みをつくった。しかしそれだけではなく、 そうした人たちが多数救済されることによって、 えん罪救済のための情報やノウハウの共有が可 能になり、経験の積み重ねによる効率的な事件 の救済ができるようになった。さらに誤判・え ん罪の原因の究明が進んだ。このようにイノセ ンス運動は個々の事件を越えて刑事司法全体へ インパクトを与え、大きな変革をもたらしたと いえる。 報告2:IPが日本に生まれたら?:現在の再審状況 へのインパクト 〈指宿 信〉 法律学の立場からこれまで、多くの再審事件 にかかわっている。ここではIPが現在の再審状 況にどのようなインパクトをもたらすのか、報 告を行う。 まずは「えん罪類型別のインパクト」、つまり どういった対象を助けられるかということであ るが、その典型として3つのタイプに分けられ る。1番目は「事実不在型」で、犯罪事実がそも そもないのに被疑者、被告人になった、あるい は他人の犯罪にまきこまれてしまったというタ イプである。前者は買収行為がなかった志布志 事件、後者は部下がやったことの責任を負わさ れた村木事件があてはまる。2番目は「犯罪性 争点型」で、事実はあるがそれに対する法的評 価が争点になっているというタイプである。多 くの性犯罪のように合意の有無を争うものや、 東住吉事件のように事実はあるがそれを事故と みるのか事件とみるのかという法的評価が分か れているような事件がこれにあてはまる。3番 目は「人違い型」で、事実はあるが犯人性が争点、 つまり別の人物が犯人であるというタイプであ る。直近の例でいうと、富山氷見事件、足利事 件、東電社員事件などがこれにあてはまるとい える。笹倉報告にあったように、IPはもともと DNA鑑定によって無実を明らかにしようとい う方法論であったことから、この「人違い型」の えん罪が中心的なターゲットになるだろう。さ らに、心理学による供述分析や目撃証言分析な ど他の方法論を用いることで、他の「事実不在 型」や「犯罪性争点型」にも対応することができ ると考えられる。このように対象をどのように 広げていくかということは今後の日本版IPの取 組みの課題のひとつである。 つぎに「証拠の明白性基準論へのインパクト」、 つまりどういった方法論で助けられるかである が、日本でDNA鑑定をつかった救済方法が導 入されていくとどうなるのか。これまでの日本 の再審請求の高い壁は、裁判所が二段階論をと ってきたことにある。新証拠を提出しても、そ れで無実が認められるわけではなく、確定判決 の旧証拠に対する新しい証拠のインパクト、つ まり旧証拠に対する弾劾効果に関する判断をク リアしなければならないという第一の関門があ る。それを乗り越えた上で、つぎに新旧証拠の 総合評価という第二の関門を突破しなければな

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らない、という2段構えで再審請求を判断する という手法を日本の裁判所はとっているため、 なかなか再審が開かれないという側面があった。 そこにDNA鑑定がもちこまれると、これまで の再審は大きく変わる。他人のDNA型が検出 されたとなれば、旧証拠への弾劾効果は絶大で 第一関門は簡単に突破でき、第二関門の新旧証 拠の総合評価へダイレクトに進むことができる。 つまり、これまでの二段階での審査を一段階に 変えるほどのインパクトがあるといえる。 最後に「えん罪解明・誤判対策問題へのイン パクト」であるが、まず、誤判原因の解明の展 開が起こる。何が誤判を生み出したのか、どう やってえん罪が生まれたのかを検討させる好機 になる。また、原因論に基づく効果的対策を検 討させる好機となり誤判対策の推進にもつなが るだろう。さらに、イギリスの「刑事再審委員 会」のように、公的にえん罪救済を行う独立機 関の設立、そして民間機関の協調・競争が生ま れることにもなるだろう。そして、証拠へのア クセス権の改革ももたらされる可能性がある。 アメリカでは有罪判決後に生体証拠へアクセス する権利や証拠保管を義務付ける法律を制定し ている。日本には証拠の保管・保存に関する法 律的な義務がなく、善意に委ねられた状況であ る。こうした証拠へのアクセス権にも大きなイ ンパクトがあることを期待している。 報告3:日本版イノセンス・プロジェクト立上げに向 けて 〈稲葉光行〉 日本版IP立上げの背景と取り組みについて紹 介したい。もともと情報工学の研究をしていた が、法心理関係のプロジェクトや日本版IPにか かわるようになってショックを受けたのは、多 くのえん罪事件で無罪が確定し、中には死刑確 定後に無罪が確定した事件もあるという日本の えん罪事件にかかわる状況である。また日本の 刑事司法とくに取調べの問題にも供述調書が逐 語録ではなかったり、長期勾留されたりなど驚 くものがあった。こうした状況に対して何とか できないかということから日本版IPの取組みを 開始した。 現在、法心理関係のプロジェクトでは、供述 変遷の視覚化を行うツールの開発を行っている。 複数人の供述変遷を三次元的に表示するシステ ムやテキストマイニングを用いて供述の特徴を 探るなどの研究を行い、意見書の提出などを行 っている。このように供述にかかわる研究等を 行っていたが、知合いの弁護人から、控訴審段 階の強姦事件について被害者の供述に関する意 見書を求められた。この事件では検出された唾 液から元被告人のDNAが検出されていて第一 審では有罪判決を受けていた。プロジェクト関 連の研究会で検討を行い、被害者の携帯電話の 通信記録の不自然な点や被害者供述の体験性を 検討した心理学者が意見書を提出した。その後、 DNA再鑑定によって被告人とは異なる第三者 のDNAが検出されたことから、無罪が確定し た。この事件にかかわって、最終的にはDNA 鑑定が大きな威力をもつが、その前の段階で通 信記録分析や供述鑑定などその他の学術的検討 を組み合わせることでえん罪救済が可能ではな いかという感触を得た。折りしも、アメリカに IPというえん罪救済団体があることを知り、日 本での設立を目指すべく、アメリカの2つのIP で視察を行った。すでに笹倉報告にあったが、 ニューヨークのIPにはえん罪を救済する部門、 政策提言を行う部門、出所後の生活を支援する 部門など多くの部門があり、多くの協力専門家 がいて、豊富な資金をもとにNPOとして活動 してることに驚いたが、同時に初めからこの規 模で行うことは難しいと感じた。つぎに訪れた カリフォルニアのIPは、ロースクールのゼミが IPとして活動するという形態であった。ゼミの 学生がケース報告を行い、弁護士資格を持った 教員がアドバイス等を行うという形であったの で、こうした形式であれば可能であると考えた。 しかし、ゼミ形式での科目化には高いハードル があったため、まずは大学内に窓口を設置して、 専門家のネットワークをつくることとした。具 体的には司法実務家や心理学者、法学者、情報 学者などが中心組織を形成して、DNA鑑定部 門をはじめとして、供述鑑定部門、科学鑑定部 門をもうける。それぞれの専門家との協力ネッ トワークを構築しながらえん罪救済支援を行う

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ことを考えている。また対象としては、犯人 性・犯罪性を争う事件についてDNA鑑定をは じめとして客観的証拠で立証可能性があるかど うかを議論し支援できるかどうか検討するとい う流れを予定している。日本版IPはまだまだ準 備段階であるので、ご支援、ご意見を頂戴した い。

3 指定討論

司法実務家からみたIP 〈佐藤博史〉 足利事件とIPの関係について説明したあと、 日本版IPと既存の組織について関連を話したい と思う。IPは1992年に設立されたが、同じ年、 『法律時報』で「DNA鑑定と刑事弁護」という論 稿のなかで足利事件のDNA鑑定についてレポ ートをしたことがある(雑誌の公刊は1993年)。 当時、本人も法廷で自白していて弁護人も認め ていたため、自白事件でDNA鑑定が使われて いることを報告した。この論文の最後に私はこ う書いていた。「なお、DNA鑑定は弁護側の無 罪証拠にもなりうることが、諸外国の例からも 容易に想像される。したがってDNA鑑定の証 拠能力、証明力を考えれば、DNA鑑定が常に 検察側の証拠として登場するわけではないこと に注意する必要がある」。足利事件でこのとき は、DNA鑑定は検察側の証拠として使われて いたが、この文言は実は、私自身に対するメッ セージであったことに気づく。それから私が足 利 事 件 に 取 り 組 ん で か ら、 雑 誌『AERA』に 「DNA神話の崩壊」として、DNA鑑定について 争われているという記事を出たが、これは1994 年のことで、まだまだ足利事件の無実が証明さ れるのには時間がかかった。私の足利事件に関 する最初のレポートは1995年の「DNA鑑定に惑 わされて自白の吟味を怠った」というタイトル の論文だった。これは笹倉報告にあった、自白 とDNA鑑定の関係を示唆するものであったこ とにも気がつく。また指宿報告にあったIPの文 献であるが、これはIP創設者のBarry Scheck らが執筆した『Actual Innocence』という本で、 私はこの本を2000年の出版直後に入手した。足 利事件の上告審でも「アメリカではIPがあって、 いまやDNA鑑定は無実の証拠に使われている」 ということアピールしたが、最高裁はそれにつ いて歯牙にもかけず、DNA再鑑定を命じるこ ともなかった。このように日本の刑事裁判での DNA鑑定の歴史は足利事件と平行している。 笹倉報告にあったようにアメリカでは330人の 雪冤に成功している一方、日本においてDNA 鑑定で無実を証明できたのは足利事件と東電社 員事件の2件しかない。その上、この2件とも DNA鑑定がえん罪の原因になっているのであ る。日本ではDNA鑑定の使用方法を誤ってい るにもかかわらず、それを正すこともしないと いう状況にあるといえる。こうした日本の誤っ たDNA鑑定の使用状況に対してどのように変 革を与えていくかが日本版IPの課題である。さ らに、足利事件のインパクトとして重要なのは、 無実の人が法廷でも自白しているということで ある。法と心理学会は設立してから十数年たつ が、供述証拠を法廷でどのように扱うべきかと いうことを議論してきた。DNA鑑定が「イノセ ンス革命」とされたのは、えん罪原因のなかに 自白や目撃者などの供述証拠がいかに危ういも のであるかということを明らかにしたことにも ある。DNA鑑定での雪冤を通じて、これまで われわれが信頼してきた証拠や鑑定をもう一度 見直す契機になった。これは「足利事件の衝撃」 といえるが、残念なことにそれは徹底されてい ない。こうした見直しを推進する組織となるこ とを期待したい。また、既存の日弁連で再審請 求を支援する組織はあるが、通常審について支 援できる組織はない。そこに光を当てられるの が日本版IPであると思う。日弁連の組織にも多 くの事件で救済を求められているが支援開始は 難しいことが多い。そうした声にも力を貸して いける組織を目指して欲しい。 心理学者からみたIP 〈浜田寿美男〉 私が刑事事件に初めてかかわったのは1974年 に起きた甲山事件である。これが1978年に裁判 になって、知的障害の子どもの目撃供述の問題 を発達心理学の立場から検討するということで、

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特別弁護人として裁判に関与し、以来、この世 界にどっぷり浸かって、抜けられなくなってい る。なかでも、自白などの供述の問題をやって きたということで、DNA鑑定などの物的証拠 で無実の証明をしようとするIPとは正反対のこ とをやってきたようにみえるかもしれないが、 じつはそうではない。 自白は、任意性を欠くことがなければ証拠能 力を認められ、そのうえで信用性の有無が問わ れて、信用性もあるとなれば、有罪証拠として 事実認定の大きな核となる。したがって、自白 については、裁判においてそれが有罪証拠とし て使えるかどうかを争うだけで、無実方向での 証拠になるわけではない。つまり、「任意性が ない」あるいは「信用性がない」ので証拠として 排除される、「だから無罪だ」ということで扱わ れることが一般である。しかし、これまでいろ いろな事件で自白分析をやってきたなかで、じ つは自白もまた無実方向の証拠になりうると考 えるようになった。じっさい、膨大な量の自白 調書という言語データを与えられたとき、解か なければならない問題は、その言語データを発 した当人が、実際の犯人であるか、無実の人間 であるかどちらかということで、非常にはっき りしている。犯人なのか無実の人なのかを判別 するという二択問題で、手がかりとしてこれほ ど大量の言語データを与えられたならば、それ を解くのは難しいことではないはず、そういう 非常に素朴な発想で考えてきた。つまり「やっ てない人間がしゃべった」のならば、自白その もののなかにその無実の痕跡が刻み込まれてい る。そういう思いを込めて、袴田事件の自白分 析については『自白が無実を証明する』というタ イトルで本にもした。DNA鑑定が無実証拠に なるように、自白もまた無実証拠になりうると いう発想である。 刑事訴訟法のなかで「事実の認定は、証拠に よる」と規定されている。これは当たり前のこ とだが、しかし、捜査の実際を見れば、この 「証拠による」というところの「証拠」を採取する とき、そこには事前の事実の想定が働いている。 たとえば自白という証拠について言えば、それ を採取する以前の段階で、取調官の側には目の 前の被疑者が犯人であるという想定があらかじ めあって、その想定をもとに断固たる取調べを 行い、結果として厳しい取調べに耐えられなく なったその人から自白が出る。そのうえで自白 には何らかの補強証拠がなければ、これを有罪 の証拠にできないが、その補強証拠もまた事前 の想定に沿って引き出されることがある。そう なると捜査の過程のなかに働いていた事前の想 定に左右されて自白やその補強証拠が引き出さ れ、その自白や補強証拠によって事実の認定が 行われるという循環論になってしまう。そうし た循環を断つためにも、自白を有罪-無実を判 別するためのデータと見なすことで、自白の分 析自体がDNA鑑定と同じように無実を明かす ことにもなるわけで、これを日本版IPのもう一 つの観点として位置づけることができるのでは ないかと思っている。 もともとIPにおいては、DNA鑑定によって 無実を証明するというようなケースが典型で、 日本の場合で言えば、たとえば足利事件がそこ に該当する。そこではDNA鑑定が決定的な証 拠となって有罪が確定していたが、その決定的 証拠の再鑑定で先の鑑定の間違いが証明されて、 再審のうえで無罪になった。つまり、それまで の決定的な証拠がつぶれれば無実が証明できる。 ところが、名張事件のように極めて弱い証拠構 造で、様々な「証拠」を積み上げて有罪とされて いる場合、一つの証拠をつぶしても別の一つが 持ち上げられるというかたちで、もぐらたたき のようになって、なかなか無罪が勝ち取れない。 ほんらい無実の証明は不要であるはずなのだが、 実際には、まるで無実の証明をしなければ再審 開始が行われないかのように思われている現実 がある。そうしたなかにあるからこそDNA鑑 定などによるIPは画期的な意味をもつのだが、 その一方で自白もまた一つのデータとして無実 の証拠として利用できる。そのことを理論的に 展開していくことで、日本版IPのもう一つの可 能性を開くことができるかもしれない。DNA 鑑定などの科学鑑定でスッキリとえん罪を救済 できる事件を拾い上げていく試みをまずは念頭 におきながら、それと並行して、自白などの供 述についても、新たなえん罪救済方法を構想し

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ていくことが必要だと考えている。 引用文献

Dwyer, J., Neufeld, P., & Scheck, B.(2003). Actual innocence:When Justice Goes Wrong and How to Make it Right. New York:New American Library. ( ド ワ イ ヤ ー , J.・ ニ ュ ー フ ェ ル ド, P.・ シェック, B. 西村 邦雄(訳)指宿 信(監訳) (2009).無実を探せ!イノセンス・プロジェ クト─DNA鑑定で冤罪を晴らした人々─  現代人文社)

Garrett, B.(2011).Convicting the innocent:

where criminal prosecutions go wrong. Cambridge:Harvard University Press. (ギャレット, B. 笹倉 香奈・豊崎 七絵・本庄 武・徳永 光(訳)(2014).冤罪を生む構造  日本評論社) 日弁連えん罪原因究明第三者機関ワーキンググ ループ(編著)指宿 信(監修)(2012).えん罪 原因を調査せよ─国会に第三者機関の設置 を─ 勁草書房 笹倉 香奈(2016).日本版イノセンス・プロジェク トの設立をめぐって─新たな冤罪事件支援 の試み─ 世界, 883, 229.

参照

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