Ⅰ 国家補償(承前) 1 1 国家賠償(承前) 2 (2)国家賠償法 1 条:公権力の行使に関する国家賠償(塩野・Ⅱ302 頁以下,宇賀・Ⅱ391 頁以下,LQ276 頁以下) 3 4 ○成立要件(国賠 1 条 1 項) 5 ・主体に関する要件……「国又は公共団体の」「公権力の行使に当る」「公務員」 6 ・職務関連性……「その職務を行うについて」 7 ・違法性および故意過失……「故意又は過失によつて」「違法に」 8 ※現実には故意による国賠責任はほとんど問題とならないので,以下では過失に絞って論じる 9 ・損害の発生 10 ・因果関係 11 12 Cf. 民法上の不法行為の成立要件(民法 709 条) 13 ・故意過失 14 ・権利(または法律上保護される利益)侵害 15 ・損害の発生 16 ・因果関係 17 18 ①違法性および過失 19 20 国家賠償法 1 条 1 項では違法性が要件とされており,民法 709 条では権利侵害が要件とされていることを, 21 どのように考えるべきか? 22 23 (ⅰ)立法者意思 24 25 ○民法学説の展開 26 民法(平成 16 年法律 147 号による改正前のもの) 第七百九条 故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス 民法(平成 16 年法律 147 号による改正後のもの) (不法行為による損害賠償) 第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損 害を賠償する責任を負う。 27 ●権利侵害から違法性へ1 28 ・“権利”概念の拡大・希釈……桃中軒雲右衛門事件(大判大正 3・7・4)と大学湯事件(大判大正 14・11・28) 29 ⇒権利侵害は違法性の徴憑に過ぎない・違法性こそが不法行為の成立要件である(末川博・我妻栄) 30 ・現在の学説……過失一元論(平井宜雄),違法性一元論(前田達明),権利侵害要件維持論(星野英一)等 31 ⇒平成 16 年改正で「権利」に加えて「法律上保護される利益」が付加される 32 33 ○国家賠償法解釈の変遷 34 ・国賠法立法当時(1947 年)は,“権利侵害=違法性”と解する民法学説が通説 35 →学説の公定化として,権利侵害の要件に代えて違法性の要件を明文化 36 ・したがって,立法者は,民法 709 条の要件と国家賠償法 1 条 1 項の要件とに差異を設ける意図はなかった 37 ⇔しかし,法の解釈は立法者の意図通りになされるとは限らない 38 ・現在では,国賠 1 条 1 項の違法性要件には,民法 709 条の権利侵害要件とは比べ物にならない重要性が認めら 39 れている 40 ←法治国原理担保制度(違法な行政活動に対する救済)としての国家賠償制度の一側面 41 42 1 道垣内弘人「民法 709 条の現代語化と要件論」法学教室 291 号(2004 年)57 頁以下,窪田・不法行為 80~89 頁,潮 見・不法行為 15~23 頁。
(ⅱ)国家賠償法における違法性と過失(塩野・Ⅱ313 頁以下,宇賀・Ⅱ402 頁以下,LQ280 頁以下)2 1 (a)違法性 2 【基本問題】 行政活動は,どのような場合に,国家賠償法上......「違法」の評価を受けうるか? 3 =国家賠償法上の違法性は,行政法Ⅰで学んだ行政活動の違法性(行政作用法上の違法性,取消訴訟の審理 4 対象となる違法性)と同じものと理解してよいのだろうか? それとも,独自の意義が与えられているのだろうか? 5 6 ○学説 7 ① 公権力発動要件欠如説 8 =行政活動(公権力の発動)の根拠法令によって定められた要件が欠如しているにもかかわらず行政活動が行 9 われた場合に,違法になるという説 10 →この学説によれば,国賠法上の違法性は,行政作用法上の違法性と一致することになる。 11 ⇒違法性同一説(違法一元説) 12 13 ② 職務行為基準説(職務義務違反説) 14 =公務員が行政活動を行うに際して職務上尽くすべき注意義務に違反した場合に,違法になるという説 15 →この学説によれば,国賠法上の違法性は,行政作用法上の違法性とは必ずしも一致しない。 16 ⇒違法性相対説(違法二元説) 17 18 ○判例 19 ※最高裁判例は,公権力発動要件欠如説を採った(ように見える)ものと,職務行為基準説を採った(ように見え 20 る)ものとが混在しており,理解が困難 21 22 *最判平成 3・7・9 民集 45 巻 6 号 1049 頁(判例集 158 事件)(監獄法事件) 23 ・(旧)監獄法に基づく接見不許可処分が違法と主張して,国家賠償請求 24 →(旧)監獄法施行規則 120 条・124 条が,監獄法の委任の趣旨を超えて無効 25 「そうだとすれば、規則一二〇条(及び一二四条)は、結局、被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度 26 において、法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものと断ぜざるを得ない。」 27 「以上によって本件をみるのに、原審の確定した事実関係によれば、被上告人と幹とが接見したとしても、(ア) 28 被上告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれが生ずるとも、(イ)監獄内の規律又は秩序が乱されるおそれが生 29 ずるとも認められないというのであるから、所長は、法四五条の趣旨に従い、被上告人と幹との接見を許可すべき 30 であったといわなければならない。ところが、所長は、本件処分をし、これを許可しなかったのであるから、本件処... 31 分は法四五条に反する違法なものといわなければならない..........................。」 32 ⇒本件処分は,その根拠法令である監獄法 45 条に反することを理由として違法と判示しているのだから,公権力 33 発動要件欠如説を採っていると見られる(過失については後述) 34 35 *最判平成 5・3・11 百選Ⅱ221 事件(奈良民商事件) 36 ・更正処分は,処分要件が欠如しており,行政作用法上は違法(取消訴訟が提起されれば取り消される→実際 37 に取消訴訟が提起され一部認容されている) 38 ・しかし,国家賠償法上は,税務署長が職務上尽すべき注意義務を尽している限り,違法の評価を受けない 39 ⇒職務行為基準説を採っていると見られる 40 (百選の判旨(ⅰ)と(ⅱ)の間に次の判旨が入る) 41 「ところで、所得税法は、納税義務者が自ら納付すべき所得税の課税標準及び税額を計算し、自己の納税義務 42 の具体的内容を確認した上、その結果を申告して、これを納税するという申告納税制度を採用し、納税義務者に 43 課税標準である所得金額の基礎を正確に申告することを義務付けており(所得税法一二〇条参照)、本件のよう 44 な事業所得についていえば、納税義務者はその収入金額及び必要経費を正確に申告することが義務付けられて 45 いるのである。それらの具体的内容は、納税義務者自身の最もよく知るところであるからである。そして、納税義務 46 者において売上原価その他の必要経費に係る資料を整えておくことはさして困難ではなく、資料等によって必要経 47 費を明らかにすることも容易であり、しかも、必要経費は所得算定の上での減算要素であって納税義務者に有利 48 2 北村和生「国家賠償における違法と過失」争点 78 頁以下,同「国家補償の概念と国家賠償法における違法性」公法研 究 67 号(2005 年)252 頁以下,神橋一彦「行政救済法における違法性」磯部力ほか編『行政法の新構想Ⅲ』(2008 年) 237 頁以下,福永実「国賠法 1 条の違法性」法学教室 360 号(2010 年)36 頁以下。
な課税要件事実である。そうしてみれば、税務署長がその把握した収入金額に基づき更正をしようとする場合、客 1 観的資料等により申告書記載の必要経費の金額を上回る金額を具体的に把握し得るなどの特段の事情がなく、 2 また、納税義務者において税務署長の行う調査に協力せず、資料等によって申告書記載の必要経費が過少であ 3 ることを明らかにしない以上、申告書記載の金額を採用して必要経費を認定することは何ら違法ではないというべ 4 きである。」 5 6 ○公権力発動要件欠如説と職務行為基準説の異同3 7 *違法とは,行政活動により生じた結果(権利侵害)が,当該行政活動を規律する法規範に照らして許されない 8 状態をいう。公権力発動要件欠如説と職務行為基準説との違いは,行政活動を規律する法規範の性質に基 9 づく違いだ,と整理できるのではないか。 10 ・法規範の規定する要件を充足すれば,行政が権利侵害を適法になしうる場合(不利益処分の名宛人の権 11 利侵害など):適法要件を定める法規範(根拠規範および手続規範)への違反があったかどうかを見る=公 12 権力発動要件欠如説 13 ※当該行政活動が,私人の権利利益侵害を予定している場合,それには必ず根拠となる法律の規定 14 があるはず(∵侵害留保原理) 15 ・行政活動による権利侵害を適法化する法規範が存在しない場合(事故など):不法行為法の一般的考え 16 方に戻り,そのような権利侵害を発生させない注意義務への違反があったかどうかを見る=職務行為基準 17 説 18 ※当該行政活動が,もともと私人の権利侵害を予定したものではないのに,たまたま権利侵害という結 19 果が生じてしまった場合がこれに当たる 20 →たまたま生じた権利侵害には根拠となる法律の規定は存在しないであろうから,当該行政活動を行う 21 うえで公務員が遵守すべき職務上の義務を,解釈により導き出す必要がある 22 23 *監獄法事件の場合 24 ・未決拘禁者は一般市民としての自由を保障される 25 →監獄法の定める要件を充足すれば,一般市民としての自由として保障される面会の権利を適法に制限するこ 26 とができる(監獄法自身が一定の権利侵害の発生を予定している) 27 ⇒国賠法上の違法性も,監獄法の定める要件を充足していたかどうかによって判断される 28 29 *奈良民商事件の場合(参照,阿部・Ⅱ499 頁) 30 ・原告の被った損害は,所得税法違反の更正処分による精神的損害と得意先喪失による営業損害(過大な税 31 額を賦課徴収されたことによる損害ではない!) 32 →所得税法に違反する更正処分により過大な税額が賦課徴収され,その損害の賠償を求めていた場合には, 33 適法に税金を賦課徴収するための所得税法の要件を充足せずに行われた更正処分を国賠法上も違法と判 34 断していた可能性がある 35 ←→しかし,いくら所得税法の要件を充足しても,納税者に精神的損害や営業損害を与えることは適法化されな 36 い(所得税法は,更正処分により精神的損害や営業損害を発生させることを予定しているわけではない) 37 ⇒そのため,税務署長(あるいはその補助機関である税務署職員)が職務上尽くすべき義務を尽くしたかどうかと 38 いう観点から違法性判断を行ったのではないか(一般の不法行為法の枠組み) 39 40 ※ただし,最高裁における公権力発動要件欠如説と職務行為基準説の使い分けを以上のような枠組みですべ 41 て説明できるかどうかはわからない。近時の判例にも,行政処分の違法に基づく国賠請求で職務行為基準説 42 を適用したものがある。 43 *最判平成 20・2・19 民集 62 巻 2 号 445 頁(メイプルソープ事件):輸入禁制品該当通知処分の違法性 44 45 ●なお,職務行為基準説のように違法性を注意義務違反と捉えると,過失との区別が微妙になる 46 ⇒過失とは? 47 48 3 以下は,神橋・前掲論文,同「「職務行為基準説」に関する理論的考察」立教法学 80 号(2010 年)1 頁以下,小早川光 郎「課税処分と国家賠償」藤田宙靖博士東北大学退職記念『行政法の思考様式』(2008 年)421 頁以下,山本隆司「国家 賠償(4)」法学教室 356 号(2010 年)114 頁以下などに示唆を受けた試論であり,学説上はまったく一般的とはいえない。
(b)過失 1 2 ○前提:不法行為法上の過失理解(窪田・不法行為 43~50 頁) 3 ・過失を主観的な心理状態(緊張の欠如)と理解する立場(主観説)から,客観的な注意義務違反と理解する立 4 場へと学説(客観説)が変遷しており,判例もこの立場とされる 5 →国賠法に関する判例・学説も,基本的に客観説と思われる 6 ⇒しかし,過失を客観的な注意義務違反と理解すると,行為規範違反と理解された違法性との区別がつかなくな 7 るのではないか?(窪田・不法行為 89 頁) 8 9 ○国賠法における違法性と過失の区別 10 ・違法性:結果(権利侵害)の発生が一定の法規範(行政活動の根拠規範または行為規範)に照らして許されるも 11 のであったかどうか 12 ・過失:公務員が結果の発生を避けることができたか,また,避けるべきであったか 13 ・結果を予見できたか(予見可能性) 14 ・結果を回避する手段をとりえたか(結果回避可能性) 15 ・結果を回避することを期待できたか(期待可能性) 16 17 *最判平成 3・7・9(監獄法事件)(前出) 18 「思うに、規則一二〇条(及び一二四条)が被勾留者と幼年者との接見を許さないとする限度において法五〇条 19 の委任の範囲を超えた無効のものであるということ自体は、重大な点で法律に違反するものといわざるを得ない。 20 しかし、規則一二〇条(及び一二四条)は明治四一年に公布されて以来長きにわたって施行されてきたものであっ 21 て(もっとも、規則一二四条は、昭和六年司法省令第九号及び昭和四一年法務省令第四七号によって若干の改 22 正が行われた。)、本件処分当時までの間、これらの規定の有効性につき、実務上特に疑いを差し挟む解釈をさ 23 れたことも裁判上とりたてて問題とされたこともなく、裁判上これが特に論議された本件においても第一、二審がそ 24 の有効性を肯定していることはさきにみたとおりである。そうだとすると、規則一二〇条(及び一二四条)が右の限 25 度において法五〇条の委任の範囲を超えることが当該法令の執行者にとって容易に理解可能であったということ 26 はできないのであって、このことは国家公務員として法令に従ってその職務を遂行すべき義務を負う監獄の長にと 27 っても同様であり、監獄の長が本件処分当時右のようなことを予見し、又は予見すべきであったということはできな 28 い。 29 本件の場合、原審の確定した事実関係によれば、所長は、規則一二〇条に従い本件処分をし、被上告人と幹と 30 の接見を許可しなかったというのであるが、右に説示したところによれば、所長が右の接見を許可しなかったこと 31 につき国家賠償法一条一項にいう「過失」があったということはできない。」 32 ・監獄法の定める要件を充足しないで(監獄法の委任の範囲を逸脱する施行規則に基づいて)行われた石けん不 33 許可処分により面会の権利が侵害されたことは違法だが,拘置所長はそのことを予見できなかった(結果の発生を 34 避けることができなかった=過失なし) 35 36 ○法令解釈の誤りの違法性と過失 37 ・ある法令について,解釈 A と解釈 B の複数の解釈が可能であり,判例・学説とも一致がない 38 ・公務員は,解釈 A こそが正しい解釈と考えて,処分を行ったが,裁判所は,解釈 B が正しいと判断 39 →解釈 A に基づいてされた処分は,根拠法令に照らしてみると違法 40 41 *最判平成 16・1・15 百選Ⅱ222 事件 42 ・国民健康保険法の解釈を誤って処分をしたことは違法(公権力発動要件欠如説) 43 ←保険証の不交付は,国民健康保険制度からの排除を意味するが,それは国保法の要件に基づいてのみ適法 44 に行いうる。したがって,国保法の要件を満たしていなかった場合,国賠法上も違法となる。 45 ・しかし,過失がない 46 ←判例・実務上解釈が分かれており,そのいずれにも相当の根拠がある場合,そのうちのいずれが正しい(と後 47 で裁判所に判断される)解釈であるかの判断を公務員に求めることはできない(期待可能性・結果回避可能性 48 がない) 49 50
(c)学説の評価 1 2 ○公権力発動要件欠如説を採る場合も,職務行為基準説を採る場合も,国賠責任が成立するためには 3 ①根拠法令違反(要件欠如) 4 ②注意義務違反 5 のいずれの要素も必要。 6 ・公権力発動要件欠如説は,①=違法性,②=過失と分けて判断する(違法・過失二元的判断) 7 ・職務行為基準説は,①の要素を②に採り込んで,両方をまとめて違法性として判断する(違法一元的判断4) 8 ※職務行為基準説を採る場合でも,判例は「なお,過失があることは明らかである」などと付言しており,過失 9 要件が消滅してしまうわけではない。ただし,②の要素まで採り込んで違法性ありとされたのに,過失がない 10 ということは,通常は考えられない。 11 ⇒両説の違いは説明の仕方の違いという面も多く,決して矛盾するものではない。 12 13 ○公権力発動要件欠如説を支持する学説 14 ・公権力発動要件欠如説のほうが,違法性と故意過失とを別個の要件として規定する国家賠償法 1 条 1 項の条 15 文に適合的 16 ・職務行為基準説では,国家賠償責任が否定された場合に,①と②のいずれの要素が欠けていたのかを知るこ 17 とが難しい 18 →公権力発動要件欠如説に基づいて違法性が認定されれば,国家賠償責任が否定されてもその後の制度改 19 革等につながる可能性もある(cf. 旧監獄法施行規則) 20 =法治国原理担保機能・適法性維持機能 21 ※ただし,これに対しては,「違法性の有無はともかく過失がないから請求棄却」という判決を禁止できないと 22 いう反論がある 23 ・行政作用法と国家賠償法とで違法の意味が異なるのは望ましくなく,公権力発動要件欠如説の方が,法分野を 24 横断した考察を可能にする 25 ⇒以上から,行政法学説上は公権力発動要件欠如説の支持が根強い。 26 27 ○もっとも, 28 ・ケースによっては,両説の違いが鮮明に表れないこともある(第三者の法益侵害や規制権限不行使など) 29 ・民法と同じ枠組みで判断されるケース(学校事故など)では,違法性が独自の意義をもたず,過失=注意義務 30 違反の有無のみによって判断されることもある(過失一元的判断) 31 32 ⇒したがって,以上の理論枠組みを一応頭に入れたうえで,さらに個々の事例を分析する必要がある 33 34 4 ここでいう「違法・過失二元的判断」と「違法一元的判断」とは,違法性同一説の意味での違法一元説,違法性相対説 の意味での違法二元説とはまったく異なるものである。詳しくは,宇賀・Ⅱ421~422 頁などを参照。大橋・Ⅱ344 頁以下は, ここでいう「違法・過失二元的判断」を「違法性二元説」,「違法一元的判断」を「違法性一元説」と呼んでおり,注意が必 要。
Case study 1 1957(昭和 32)年に制定された原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下「原爆医療法」という)は,1945(昭和 2 20)年 8 月に原子爆弾が投下された当時に広島市もしくは長崎市の区域内またはこれらに隣接する区域内に在った者 3 で,同法に基づき被爆者手帳の交付を受けたものを「被爆者」と定義し,1968(昭和 43)年に制定された原子爆弾被爆 4 者に対する特別措置に関する法律(以下「原爆特別措置法」といい,原爆医療法と併せて「原爆二法」という)は,原爆医 5 療法に規定する「被爆者」に対し,その健康状態に応じて健康管理手当等を支給すると定めていた(その後,原爆二法 6 を統合する形で原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律が制定されているが,制度の骨子は変わっていない)。な 7 お,原爆二法においては,その適用対象者を日本国籍を有する者に限定する国籍条項や,日本国内への居住を要件と 8 する居住条項は規定されていなかったが,1974(昭和 49)年,当時の厚生省公衆衛生局長は,通達(402 号通達)を発 9 出し,原爆特別措置法は日本国内に居住関係を有する「被爆者」に対してのみ適用されるものであるから,「被爆者」が 10 我が国の領域を越えて居住地を移した場合には,当該「被爆者」には同法は適用されず,同法に基づく健康管理手当 11 等の受給権は失権の取扱いとなるものと定めるに至った(以下,この取扱いを「失権取扱い」という)。 12 大韓民国の国民 X は,第二次世界大戦中に朝鮮半島から広島市に強制連行され,1945(昭和 20)年 8 月 6 日に広 13 島市に投下された原子爆弾により被爆し,戦後,日本国内で被爆者手帳の交付を受けて健康管理手当等を受給してい 14 たが,その後日本を出国して韓国に転居したところ,前記 402 号通達の定める失権取扱いに従って,原爆医療法上の 15 「被爆者」たる地位を失い,健康管理手当等の支給を打ち切られることになった。 16 そこで,X は,前記 402 号通達の定める失権取扱いは原爆二法に違反する違法なものであると主張して,国を被告と 17 し,国家賠償法 1 条 1 項に基づき,違法な失権取扱いによって内心の静謐を侵害されたとして,精神的損害に対する慰 18 謝料の支払いを求める訴訟を提起した(失権取扱いがなければ受給できるはずであった健康管理手当等相当額につい 19 ては,別途給付訴訟により解決済みである)。402 号通達の定める失権取扱いが原爆二法の解釈を誤ったものであるこ 20 とを前提として,国が国家賠償法 1 条 1 項に基づく責任を負うかどうかにつき,次の(1)(2)のそれぞれの場合につい 21 て,検討しなさい。 22 (1)原爆二法の立法過程等における政府委員等の答弁は,在外「被爆者」には原爆二法が適用されないことで一貫 23 しており,立法者の意思もそのとおりであった。 24 (2)402 号通達の発出直前に,下級審判決において,原爆医療法が適用されるための要件として被爆者が日本国内 25 に居住関係を有することが要求されているものと解することはできず,したがって,日本国内に不法入国した在韓被爆 26 者についても同法の適用があるとする司法判断が示されていた。 27 (最判平成 19・11・1 民集 61 巻 8 号 2733 頁〔重判解平 19 行政法 2 事件〕をベースにした設例)5 28 29 〔復習〕(⇒行政法Ⅰ) 30 ・通達とは何か。402 号通達はいかなる性質を持つ通達に分類されるか。 31 32 〔解答のポイント〕 33 ・「402 号通達の定める失権取扱いが原爆二法の解釈を誤ったものである」(=行政作用法上は違法である)とい 34 う点は,本問では前提とされているので,この点を論じる必要はない。(行政法総論の問題では,原爆二法の仕 35 組み・条文を詳細に示したうえで,この点の検討が求められることもある。402 号通達の失権取扱いがどうして解 36 釈を誤ったものであるかについては,前掲最判平成 19・11・1 を参照。) 37 ・402 号通達の定める失権取扱いが,行政作用法上違法であるからといって,直ちに国家賠償責任が成立するわ 38 けではない。国家賠償法 1 条 1 項の定める要件がすべて満たされるかを検討する必要がある。本問では,主体 39 に関する要件および職務関連性については問題がなさそうだし,故意があるとも思えないので,違法性および 40 過失の有無について検討を加えることになる。(「X の請求は認められるか」という設問であれば,損害賠償の範 41 囲や慰謝料請求の可否についても検討する必要があるが,「国が国家賠償法 1 条 1 項に基づく責任を負うか」 42 という設問なので,さしあたりは国賠責任の成立要件についてのみ検討すれば足りる。) 43 ・誤った法令解釈に基づいて行政活動が行われた場合,国家賠償法 1 条 1 項の違法性の有無を検討するにあた 44 って,いかなる判断枠組みが採られるべきかが問題となるが,考慮されるべき要素は実はそれほど変わらない。 45 ・職務行為基準説による場合は,法令解釈を誤ったことについて注意義務違反が必要。 46 ・公権力発動要件欠如説による場合は,法令解釈の誤りが違法性を構成するとしても,それに加えて過失が 47 必要。 48 ⇒いずれにしても,通達を発出した公務員に注意義務違反があったといえるかどうかを,与えられた事実関係か 49 ら(場合によっては事実を補いつつ)分析することが,最大のポイントとなる。(1)(2)の示す事実は,それぞれど 50 のような意味を持つものだろうか。 51 5 山本隆司「国家賠償(3)」法学教室 355 号(2010 年)84 頁以下。