西表島研究 2009 [研究紹介]
西表島西部の水田に定着した特定外来生物ボタンウキクサ
北野 忠1)・水谷 晃2)・河野裕美2),3) 東海大学 1) 教養学部人間環境学科,2) 沖縄地域研究センター,3) 海洋研究所 1.はじめに 湖沼,河川,干潟,マングローブやサン ゴ礁,または水田などの水域は,一般的に “湿地環境”と称され,多様な生物にとっ て生息場を提供する.なかでも水田は,人 が形成した二次的湿地環境という点で特異 的であり,西表島西部では扇状地を中心に 形成されてきた.その歴史は,少なくとも 15 世紀後半には水稲農耕が活発に行われて おり,さらに 17 世紀には納税のために水田 耕作の割合が増加したと考えられている (安斉 2007).それ以前は,おそらく亜熱 帯低地林やマングローブ後背林で覆われて いたはずであるが,この水田面積の拡大に より,淡水湿地性の魚類,両性・爬虫類, 昆虫類あるいはそれらを食す鳥類など, 様々な生物群が生息場を獲得し,複雑な生 態系を作り上げてきたと考えられる.一方 で,農法や水稲栽培者数などの変化により, 特に水管理様式や水田面積は常に変化し, 特に近年では圃場整備や機械化に伴う一時 的な乾田化や,栽培者の減少に伴う放棄水 田の乾燥草地化が生じるなど,生物の生息 場としての機能低下も指摘されるようにな ってきた.この様な背景のなか,筆者らは 水田およびその周辺を含めた環境と,ゲン ゴロウ類を中心とした水生昆虫類や水鳥類 の長期的なモニタリング調査を継続してお り,その成果については学会報告している (北野ほか 2010,水谷ほか 2010). その調査の過程で,西表島西部の水田 2 ヶ所において,外来植物であるボタンウキ クサPistia stratiotes(写真 1)を確認し た.本種の定着は,ゲンゴロウ類のみなら 写真 1 ボタンウキクサ.西表島研究 2009 ず西表島の陸水域に生息する多くの水生生 物に対して,また農業に対しても影響を及 ぼすと考えられることから,ここに生息状 況を紹介する. 2.ボタンウキクサとは ボタンウキクサは別名ウォーターレタス とも呼ばれる南アフリカ原産の多年草であ り,ロゼット状に葉を広げて水面に浮遊す る.日本には 1920 年代から観賞用に導入さ れた.また,近年はホームセンターや園芸 店での定番商品として極めて安価で販売さ れ,観賞用やビオトープ用などに利用され たほか,水質浄化への利用も試みられたこ とがある. 本種は,温度・光・栄養の 3 条件が揃う と急激に増殖する.そのため,遺棄された 個体や,流出した個体が各地で野生化し, 沖縄や小笠原では 1980 年代,関東地方以西 では 1990 年ころから定着が確認されてい る. 本種が繁茂すると,水中の酸素や光が不 足して他の植物が生育できなくなったり, 魚介類に影響を及ぼしたりする.このほか, 水路の通水障害を引き起こしたり,イネと の間で主に養分を巡って競合したりするな ど,農業に係わる被害も知られている(竹 松・一前 1997,角野 2002,自然環境研究セ ンター2008). このため,外来種の中でも生態系や人間 活動への影響が特に大きい「侵略的外来種」 への社会的関心を喚起するために作成され た日本の侵略的外来種ワースト 100 に選定 された(村上・鷲谷 2002).さらに,2006 年 2 月には「特定外来生物による生態系等 に係る被害の防止に関する法律(以下,外 来生物法)」に基づく「特定外来生物」に指 定されたことから,現在は学術研究などの 特別な目的以外での栽培,保管,運搬が禁 止されている(自然環境研究センター2008). 3.西表島での生息状況 沖縄県には 1980 年代に野生化したこと が明らかとなっているものの,西表島への 侵入時期についての文献等での記録は見当 たらなかった.島内で 1981 年から 1987 年 にかけて行われた調査では,ボタンウキク サは確認されていないことから(大滝 1989), 西表島への侵入時期は比較的新しいものと 推定される.以下に,筆者らが確認した西 表島西部の水田におけるボタンウキクサの 生息状況について紹介する. ミナプシ水田:具体的な侵入時期は不明 であるが,当地では 2007 年 11 月には少数 の株を確認している.2008 年 11 月に当地 で稲作をされていた森山良治氏とお会いし た際,「近頃この水草が増えて困る」という 旨の話をされていたので,この地域への侵 入は比較的最近のことであると思われる. 2008 年 11 月(写真 2-A)には,応急的な 駆除活動を行ったが(写真 2-B),根絶に は至らず,2010 年 9 月にも生息が確認され た(写真 2-C).特に,水田脇の水路には 水面を覆い尽くすほどに繁茂していた(写 真 2-D).さらに本種は浮葉性の水草であ るが,湿った場所があれば土に根を下ろし, 生育する様子も観察された(写真 2-E). なお,この水路には,在来種であるミズ オオバコOttelia alismoides(写真 2-F) が少なくとも 2008 年 11 月までは自生して いたが,2010 年 9 月には確認することがで きなかった.
西表島研究 2009
写真 2 ボタンウキクサが野生化して定着したミナプシ水田.
A.繁茂(2008 年 11 月 8 日) B.応急的な駆除後(2008 年 11 月 8 日)
C.再発生(2010 年 9 月 13 日) D.水路でも繁茂(2010 年 9 月 13 日)
西表島研究 2009 祖納の水田:筆者らは 2009 年 9 月に確認 した(写真 3-A).当地においても応急的 な駆除活動を行ったが(写真 3-B,C),根 絶には至らず,2010 年 9 月にも生息が確認 された(写真 3-D). 4.今後の課題 前述したとおり,本種は水中への日光を 遮るとともに,水中の酸素を減らすことか ら,生態系を一変させる植物として知られ, 外来生物法により特定外来生物に指定され ている(自然環境研究センター2008).現在 我々が研究対象としているゲンゴロウ類の 生息に対し,ボタンウキクサが与える影響 についての詳細な報告はないが,琉球列島 の他の島において,本種が繁茂する池では ゲンゴロウ類をはじめとする水生昆虫は個 体数,種数ともに極めて少ない傾向があっ た(北野 未発表).またゲンゴロウ類では ないが,実際にミナプシ水田のボタンウキ クサが繁茂する水路では,在来植物のミズ オオバコが確認できなくなったことから, 水辺生態系に対する影響は大きいものと推 察される.このため,西表島における水辺 写真 3 ボタンウキクサが野生化して定着した祖納水田. A.繁茂(2009 年 9 月 10 日) B.応急的な駆除後(2009 年 9 月 10 日) C.駆除したボタンウキクサ(2009 年 9 月 10 日) D.再発生(2010 年 9 月 13 日)
西表島研究 2009 生態系保全のためにも,早急に駆除するべ きである.なお,本種は湿った土の上でも 生育が可能なことから,浮遊している株だ けではなく,周囲の畦にある株も注意深く 探す必要がある.また,小さな小株からも 爆発的に繁殖するため,定期的な活動によ り完全に駆除することが重要である. また,島内の各水域で詳細に生息状況を 調査するとともに,本種がこれ以上他の水 域に侵入しないよう,モニタリング調査を 行っていくことも必要である. このほか,西表島内では,民宿や飲食店 の庭にある鉢で今もなお本種を育てている 例が見受けられる.本種は外来生物法の特 定外来生物に指定されていることから,厳 密にいえば本種の飼育は禁止されている. しかし,オオヒキガエルBufo marinusやシ ロ ア ゴ ガ エ ル Polypedates leucomystax leucomystax など,他の特定外来生物に比 べると指定種としての認識は低いように思 われる.いずれにせよ,野外に逸出すれば 生態系に大きな影響を及ぼすこと,一度大 量に繁殖してしまうと駆除する際に膨大な コストと人手がかかってしまうことから, 今後は地元の方に本種を育てないようご理 解いただくための啓発活動も必要になって くるものと思われる.なお,この際には, 特定外来生物ではないが本種と同じ浮葉性 植物で,西表島にもすでに侵入し,水辺生 態系に同様の悪影響を及ぼすとされるホテ イアオイEichhornia crassipesも合わせて 行うことが効果的であろう. 筆者らは,今後も西表島内でゲンゴロウ 類の生息状況に関しての調査を継続する予 定であるが,同時にボタンウキクサの生息 状況や,可能な限りの駆除活動を継続して いきたいと考えている. 5.謝辞 ボタンウキクサの生息状況についてお話 を伺った森山良治氏にお礼申し上げる. 6.業績 論文発表 1) 北野 忠・唐真盛人・水谷 晃・崎原 健・ 河野裕美(2010)西表島における大型ゲン ゴロウ類の生息状況. 沖縄生物学会誌,48, 113-120. 2) 水谷 晃・村越未來・唐真盛人・木村賢 史・北野 忠・河野裕美(2010)西表島西 部の湿地環境における水鳥類相とその季節 的消長.沖縄生物学会誌,48,121-139. 学会発表 1)唐真盛人・水谷 晃・崎原 健・北野 忠・ 河野裕美(2010)西表島に生息する小型ゲ ンゴロウ類 ―各種の湿地環境別における 生息状況―.第 57 回日本生態学会大会,東 京大学,2010 年 3 月 17 日,387. 2)北野 忠・唐真盛人・浜田康正・水谷 晃・ 崎原 健・河野裕美(2010)八重山諸島にお ける止水性ミズスマシ類の生息状況.沖縄 生物学会第 47 回大会,名桜大学,2010 年 5 月 29 日,19. 3) 唐真盛人・水谷 晃・崎原 健・河野裕 美・北野 忠・内田晴久(2009) 西表島に おける水田環境の変遷とゲンゴロウ類の生 息状況の関わり.第 56 回日本生態学会,ポ スター発表(PC1-369),岩手県立大学,2009 年 3 月 17-21 日. 4) 唐真盛人・水谷 晃・北野 忠・崎原 健・河野裕美(2009)西表島の人工的湿地
西表島研究 2009 に生息するゲンゴロウ類 -Ⅲ.小型種の 生息状況-.沖縄生物学会第 46 回大会,講 演要旨集 p.18,名桜大学,2009 年 5 月 30 日. 5) 水谷 晃・村越未來・小菅丈治・木村賢 史・河野裕美(2009)西表島西部の河口干 潟におけるシギ・チドリ類相と餌生物およ び底生生物と底質との関係.沖縄生物学会 第 46 回大会,講演要旨集 p.11,名桜大学, 2009 年 5 月 30 日. 7.引用文献 安斉英介(2007)第 1 節 西表島西部の村 落と環境からみた網取遺跡.“網取遺跡・カ トゥラ貝塚の研究”,東海大学文学部歴史学 科考古学第 1 研究室・東海大学海洋学部海 洋文明学科・東海大学沖縄地域研究センタ ー(編),205-219. 大滝末男(1989)沖縄島・石垣島・西表島 の水草について.水草研究会報,37,17-24. 角野康郎(2002)ボタンウキクサ.外来種 ハンドブック(日本生態学会編),地人書館, p202. 自然環境研究センター(2008)日本の外来 生物.自然環境研究センター編,平凡社, pp419-420. 竹松哲夫・一前宣正(1996)ボタンウキク サ.世界の雑草Ⅲ 単子葉類,全国農村教育 協会,pp112-117. 村上興正・鷲谷いずみ(2002)日本の侵略 的外来種ワースト 100.外来種ハンドブッ ク(日本生態学会編),地人書館,pp362-363. 8.研究助成 1)2007 年度東海大学沖縄地域研究センタ ー研究教育助成(沖セ 07-004,代表 北野 忠)八重山諸島の湿地における生物環境に 関する研究. 2)2008 年度東海大学沖縄地域研究センタ ー研究教育助成(沖セ 08-004,代表 北野 忠)八重山諸島の湿地における生物環境に 関する研究(特に水生甲虫類の生活史と水 鳥類の採餌場選択). 3)2009 年度東海大学沖縄地域研究センタ ー研究教育助成(沖セ 09-005,代表 北野 忠)八重山諸島の湿地における生物環境に 関する研究 -特に水生甲虫類および水鳥 類の生態と保全-.