民主社会と「知る権利」
著者
円谷 勝男
著者別名
K. Tuburaya
雑誌名
東洋法学
巻
31
号
1・2
ページ
267-306
発行年
1988-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00003568/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja民主社会と﹁知る権利﹂
圓 谷,勝 男
一 二 三 四 目 次 間題の所在 知る権利 アクセス権 情報公開制 問題の所在 日本国憲法は、一九四六︵昭和一二︶年二月三日に公布され、翌年五月三日から施行されて、既に四〇年の歳月 が流れた。人間の年齢に例えれば、いわゆる﹁不惑の年齢﹂に達したということである。しかしながら、憲法の歴史 は必ずしも平担でなかったし、また憲法の今日的状況はその歴史的極桔を背負って必ずしも不惑に達したといえな ︵1︶ ︵2V い。その代表的事例は、九条を中心とした、憲法の平和条項をめぐっての論争経過であることは周知の通りである。東洋法学 二六七
民主社会と﹁知る権利﹂ 二六八 一方、現憲法の基本的理念が、国民の意識に深く定着したと評価されていることも見逃すことはできまい。その指摘 ︵3︶ は、とりわけ憲法第三章の基本的人権に関わる事例で示されることは特筆すべぎであろう。憲法制定以来、急激に変 化する社会環境のなかで、人権問題が、多岐に渡って論議の対象になっている事実は、それを端的に物語っていると いえよう。これ等の現象をシビアにみてみれば、国民自らが、日常の市民生活の中で、人権の行使を何らかの形で直 接あるいは間接的に体験し、それを契機に、憲法上の人権の本質と重さを学習して、自らのものに体得した姿が浮上 するといえよう。このことの憲法的意味は、従来の憲法学が保障すると考えた、いわゆる自由権、社会権では包括で ︵4︶ きなく、その枠を越えた人権保障の国民的要請の動きでもあるともいえよう。換言すれば、いわば新しい時代に対応 した、﹁新しい人権﹂︵2の≦村蒔夢ω︶の要求でもある。この要求の多くは、具体的には憲法条項の解釈をめぐって、い わゆる憲法訴訟として提起され、それが結果的に、一つの判例として新しい第一歩を踏み出す。その意味では、憲法 の置かれた立場は、かつて、アメリカ合衆国最高裁判所長官であった、ヒュ⋮ズ ︵鵠罐箒ω︶判事が、いみじくも語 っているように、﹁われわれは憲法の下にある、けれども憲法とは、裁判官が、これが憲法だというものにほかなら ない﹂という側面をもっているといえる。この判例蓄積と学説の相互批判の中から数多くの新しい人権が発芽し成長 してきたと言ってよい。具体的には、環境権、平和的生存権、プライパシー権、学習権、そしていわゆる、﹁知る権 利﹂等を上げることができよう。これ等の権利は、いずれも七〇年代から八○年代にかけて主張され、今日では一定 の社会的市民権を得るまでに成長し、しかもそれを基礎にして、伝統的憲法体系の再構築を求めようとする動向があ ︵5︶ ることは注目されよう。本稿では、最後に上げた国民の﹁知る権利﹂に関わる動向を概観しながら、その権利の本質
を論究したいと考える。 この権利を歴史的にみてみると近代民主憲法の礎石とされる、一八世紀のフランスの﹃人および市民の権利宣言﹄ のなかで、﹁社会は、その行政のすべての公の職員に報告を求める権利を有する︵縣卿︶﹂という文言によって、いわば 自明の基本的人権として考えていたことはよく知られるところである。しかしながら、本格的にこの権利をとり上げ て生成されたのは、民主々義政治を展開したアメリカだといえよう。すでにアメリカでは、 一七八七年のフィラデ ルフィアの憲法制定会議においてこの権利は話題になっている。すなわち会議録の公開条項に、秘密とする例外規定 を設けるか否かをめぐって激しい論議が争われた時に、ある代表が﹁国民はその代理人たちが行ないつつあること、 もしくは行なったことを知る権利を有し、それは議事手続を秘密にする立法府の随意にまかせてはならない﹂ことが ︵6︶ 主張され、その原則が確立している。しかし、より現代的意義をもって語られたのは、一九五〇年代以後といえよ う。公開政治を求める市民の運動、さらに判例上での確認等がこの権利を成長させたが、とりわけ、前者の運動の中 核であったジャーナリストが、時の政府の抑圧に対Lそ、新聞の自由︵震oω珠冨&o簿︶を守る立場から、この権利を ︵7︶ 基礎において運動を展開したことが、この権利の前進に大きく寄与していることは見逃すことはできまい。 また、西ドイッも早くからこの権利を確認している。国家機密があいつぐなかで無謀な戦争を体験した反省から、 一九四九年の西ドイッ基本法︵ボン憲法︶の第五条一項は﹁各人は、言語、文書および図画をもって自由にその意見 を表明し、および流布し、および一般に近づくことのできる情報源から妨げられることなく知る権利を有する。出版 の自由およびラジオおよび映画による報道の自由は保障される。検閲は行なわれない。﹂と規定し、明確に﹁知る権利﹂
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民主社会と﹁知る権利﹂ 二七〇 ︵8︶ を憲法上の基本権として保障している。このような歴史の潮流にのって、国際連合の世界人権宣言第一九条は﹁すべ て人は、意見および表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由、 並びにあらゆる手段により、また国境を越えると否とにかかわりなく、情報および思想を求め、受け、かつ伝える自 由を含む﹂と規定し、さらに、国際人権規約B規約第一九条第二項は、﹁すべての人は、表現の自由についての権利 を有する。この権利には、臼頭、手書き、もしくは印刷・芸術の形態または自ら選択する他の方法により、国境との かかわりなく、あらゆる種類の情報および思想を求め、受け、かつ伝える自由を含む﹂と規定していることは周知の 通りである。これ等の趣旨は各国の知る権利の前進に一定の貢献をしているが、必ずしも前進の足並は一様でない。 ︵9︶ しかしながら、開かれた政府を標傍する国々が、年々多くなってきたことは、この権利が世界的に広がりつつある一 つの証しであることは否定できまい。また西欧諸国に比較して情報の管理が厳しいと一般的に理解されている社会主 ︵10︶ 義国でも、政治体制の枠内という限界があるがこの権利を保障しようとする動きがあり注目されるところである。 この点日本の場合は、この権利が法律的に論じられるようになったのは、正確には、いわゆる博多駅テレビフィル ム提出命令事件で、最高裁︵一九六九︶がこの権利に言及してからだといえよう。そして、いわゆる外務省秘密漏洩 事件を契機に、国民的立場で本格的に論じられるようになったが、事件の性格上、どちらかと言うと、いずれも、マ ︵簸﹀ スメデアの立場から報道の自由や取材の自由をアプ牌ーチして考察する例が多いのが特徴的であったといえよう。と りわけこれ等の理論展開の基礎になったのが、アメリカの社会学者ウイルバー・シュラムが提起した、マスコ、・・が果 たすべき社会的責任論を見逃すことはできないといえよう。彼は、マス・メデアと知る権利の関係を次のように整理
しているが、この権利を理解する上で傾聴に値する指摘をしている。すなわち﹁マス・メデアは、大衆の知る権利を 代表して自由でなければならない。しかし、その権利の限界は何であろうか。たとえば、知る権利が、昔から大切に されでいる他の権利と衝突したときはどうなるかーー個人のプライバシーの権利、個人が正当な裁判を受ける権利、 政府が、大衆のために、必要だと考えたときに情報を出さないでおく権利だとか、また、メデアが自身の利益に役立 ︵1 2︶ たせるための情報をおさえる権利など﹂。 これ等の立場を踏えて、知る権利の本質が論究されてはいるが、前述した、いわゆる博多駅テレビフィルム提出命 令事件の最高裁判決前は、どちらかと言うと法律論として独自の権利性格追求がなされたというよりも、言論の自由 は、何よりも、この権利を最終的に確保されるところに重要な意味があるとする論理傾向が強いといえよう。例えば、 ︵1 3︶ この権利を早くから研究して、この権利の生成発展に貢献している伊藤正巳教授は、﹁現代における自由﹂︵一九六五 年︶﹂のなかで、精神の自由、とりわけ表現の自由の憲法的保障の機能の重点が、送り手の自由から受け手の自由に 移転してきていることを指摘した上で、﹁マス・メデアの場合、民衆がこの媒体を通じてあらゆる情報をうけ、あらゆ る意見に接触すること﹂、すなわち、﹁知る権利﹂が充足されることが、緊急の課題の一つであると提起しているのは それを物語っているといえよう。また、六〇年代から、この権利の解明に精力的に活躍されている清水英夫教授も、 一九六五年に発表した﹁現代的自由権としての書論の自由﹂のなかで、独占的マス・メデアの時代状況のもとで、一 般国民の言論の自由は、何よりも﹁知る権利﹂の確保に特徴づけられると指摘した上で、コ般大衆が支配的メデア から疎外され、送り手の立場に立ちえない以上、残されているのは選択の自由をいかに守るかにかかっている。だか
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民主社会と﹁知る権利し 二七二 ︵M︶ らこ気受け手の“知る権利”は現代自由権の要と言われる﹂として、この権利の重要性を考察しているが、必ずし も法的立場から、その性格なり概念を充分に追求したものとはいえない。 この権利が、法律的立場から本格的に論じられるようになったのは、前述したように、二つの事件が契機になって いるが、とりわけ後者の、いわゆる外務省秘密漏洩事件がこの権利を大きく前進さ瞳たといえる。一審判決︵一九七 四年︶、控訴審判決︵一九七六年︶、上告審判決︵一九七八年︶は、この権利を憲法的立場から検討を加える判旨が示 されている。本稿でも、本事件を一つの素材として、この権利の法的性格なり概念を解明したいと考える。また、こ の過程で明確化されてきた、情報にアプ羅ーチする、多種多様のいわゆるアクセス権にも言及したい。それと同時に、 この権利は国民の﹁知る権利﹂という表現をする例が多いがその場合、国民のという修飾をつける場合には、その権 利主体としては、公衆という立場にある者を予想していると考えられる。公権力の所持している情報へのアクセス権 をその場合は指すといえよう。その意味では、単たる理念論の段階から、具体的に国民各自の確たる権利の第一歩と して、情報公開制の制定が、地方自治体レベルで進行しているので、その現状も概観したい。民主主義国家において、 主権者である国民は、国政その他の情報を知る立場にあり、その知は、﹁力﹂として、国家を動かす最大のテ讐とし ︵1 5︶ て、この権利が重要な位置を占めることは誰れもが異論のないところである。その意味では、いわゆる国家機密法案 ︵1 6︶ ︵昭和六〇年︶が提出され、その動ぎに多くの疑問符が示されているのでそれとの関連性も解明したいのであるが、 それについては別の機会に考察したい。
ω 例えば、杉原泰雄﹁日本国憲法の四〇年と﹃総決算政治﹄﹂法律時報五九巻六号二六頁で﹁この四〇年間の憲法的政治は、分 野によって若干の違いはあるにしても、⋮⋮一貫して、﹃解釈改憲の政治﹄と﹃闘文改憲を求める政治﹄という二頭の馬にひ かれてぎた﹂と表現していることは、それを端的に物語っているといえよう。 ⑧ 拙稿﹁憲法の平和条項をめぐって﹂東洋法学第三〇巻一、二合併号二九一頁以下。 ㈲ 例えば、その動向を体系的に整理した代表的文献として、小林直樹﹃現代基本権の展開﹄五八頁以下。 ㈲ 和田英夫﹁人権の系譜と状況﹂﹃現代法と国家﹄、二六頁以下。同﹁戦後憲法と憲法学﹂思想一九八七年五月号九一頁以下で、 新しい人権が登場した背景として、二つの側からのインパクトを上げているが、その見解は妥当性があるといえよう。すなわ ちコつは、客観的には、一九六〇年代後半から七〇年代にかけての日本経済の高度成長を積秤とする社会の各領域にわたる 科学・技術の進歩、大量生産膣消費、交通・情報の発達であり、二つは、主観的には、これらに対応する市民の憲法感覚の定 着と権利意識の昂揚である﹂と。 ㈲ 上田勝美﹁﹃新しい人権﹄の憲法的考察﹂公法研究四〇号参照。松本昌悦﹃新しい人権と憲法問題﹄九頁以下。今井証三﹁日 本における人権の研究動向﹂長谷川正安編﹃現代人権論ー公法学研究ω﹄二七七頁以下。 ㈲ 芦部信善﹁民主国家における知る権利と国家機密﹂ジュリスト五〇七号一六頁参照。 ω 千葉雄次郎﹃知る権利﹄一八七頁以下参照。 ⑧石村善治﹁西ドイッにおける﹃知る権利﹄﹂法律時報一九七二年六月号四八頁以下参照。 ⑳ 例えば、朝日新聞情報公開取材班編﹃情報公開、世界の現状ー開かれた政府をー﹄参照。イッハク・ガルヌール編︵日本政 治総合研究所訳︶﹁民主主義諸国の現状﹂﹃国家秘密と知る権利﹄一四四頁以下。 ⑬ 竹森正孝﹁情報公開と個人情報保護ー社会主義諸国ー﹂比較法研究︵一九八六年号︶二四頁以下参照。同﹁ユー.識スラビ アの﹃人権﹄論f憲法上の﹃知る権利﹄規定をめぐってー﹂長谷川編前掲㈲二二頁以下。ユーゴスラビア憲法︵七四年︶で は、﹁知る権利﹂を次のように規定していることは注目されよう。憲法一六八条一項﹁市民は、彼らの生活と労働にとって関係 のある国内外の事情について、また社会に関係する問題について、つねに惜報を提供されている権利を保障される﹂。同二項
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二七三民主社会と﹁知る権利﹂ 二七四 ﹁新聞、ラジオ、テレビおよびその他の公共の情報伝達手段は、桂会にたいし真正かつ客観的に情報を伝達し、社会に利益を もたらす機関、団体および市民の意見および情報を公表する義務を負う﹂。同三項﹁人間または國体の権利もしくは利益に損害 をもたらす、公表された情報を訂正する権利は保障される﹂。 α⇒ 例えば、その代表的特集として、﹁国民の﹃知る権利﹄﹂法律時報四四巻七号。﹁知る権利と報道の自由﹂ジュリスト五〇七号 等。 0⇒ 崎山 正毅訳、﹃マス・コミュニケーショソと社会的責任﹄二〇頁以下。 ⑬ 伊藤正己﹁現代の自由﹂﹃現代法﹄②六四頁。 α㊥ 清水英夫﹃法とマスコミュニケーショソ﹄六四頁。 ㈲ 井出嘉憲﹁情報公開の制度化﹂法学セミ増刊﹃情報公開と現代﹄六頁以下参照。 飼 主として批判的立場ら編集された特集文献として﹁特集⋮国家秘密法の諸問題﹂自由と正義昭和六一年第二一号。﹁特集− 現代国家とスパイ等防止法案﹂法律時報五七巻一二号。﹁特集ー国家秘密法と民主主義﹂法律時報五九巻五号。 二 知る権利 新しい人権である、﹁知る権利﹂は多くの社会科学の分野で論議の対象になっているが、その法的概念は必ずしも 成熟した概念でなく、生成途上の一つの権利といえよう。しかしながら、この権利は﹁政治、経済、社会および文化 の諸領域で﹃情報﹄︵あるいは﹃知識﹄︶というものの占める比重が圧倒的に高まったことに応じて、そのような﹃情 ︵1︶ 報﹄に近づき、それを入手し利用する可能性を切り開くものとして登場した﹂という基本的認識ではどの分野の識者 も異論のないところである。このような前提に立ちながら、とりわけ憲法的位置づけとしては、民主政治の主権者で
ある国民は、その主権者にふさわしい行動をとるためには、国政に関する情報を最大限に収集する権利を有してお り、具体的には、憲法二一条の表現の自由のなかに主として内包していると理解されている。これ等の発想は判例動 向にも流れている思想であるといえる。 この権利について、最高裁が最初に言及したのは、博多駅テレビフイルム提出命令事件︵欄湘晒細垂昏弔一蘇咽醐媚倣翼︶で ︵2︶ あることは前述したところである。判旨では、﹁報道機関の報道は民主主義社会において、国民が国政に関与するに つき、重要な判断の資料を提供し国民の﹃知る権利﹄に奉仕するものである﹂と提起した上で、﹁報道のための取材 の自由も憲法一二条の精神に照らして、十分に尊重に値する﹂とした。このように、報道の自由のなかに、取材の自 由も憲法上ふくまれていることを示唆しながら、報道機関が最終的には、主権者である国民の﹃知る権利﹄に奉仕す べきものであり、その意味では両者は表裏一体の関係にあると位置づけた。単に判例は、初めて﹁知る権利﹂という 用語を判旨の上で使用したという意味だけでなく、主権者として憲法上の諸権利行使の上で最大限に保障されなけれ ︵3︶ ばならない権利という立場で位置づけたものとして、多くの評価をうけているところである。 このように、国政上の主権者として関与する立場から、資料収集にアプ羅ーチする権利が重要であることは今日異 論のないところであるが、その観念は二世紀前に既に主張されていたところである。アメリカの憲法会議で報道の自 由や知る権利が話題になったことは、既述したところであるが、とりわけ国政に関する情報の請求権としての知る権 利を具体的に肯定したのは、合衆国憲法制定者の一人であるマディソンの有名な次の言葉といえよう。すなわち﹁民衆 が報道をもたず、もしくは情報獲得する手段を持たないで、民衆の政府だと認識するのは、あたかも道化芝居か悲劇
東洋法学 二七五
民主社会と﹁知る権利﹂ 二七六 の序幕かのどちらかであり、その両面であろう。知識を有する者が永久に無知な者を支配してやまない。そして自分 ︵4︶ で自ら統治しようと意識する民衆は、知識が与える力によって、自らを知的に装備しなければならないのである﹂。 しかしながら、より本格的かつ現代的に、論議されるようになったのは、第二次大戦後、国際報道の面において、言 論の管理が厳しいことへの批判が一つの契機となって、いわゆる﹁知る運動﹂のス醤ーガンとしてこの権利が提示さ ︵5︶ れて普及していったといわれる。結果的にこの運動は、いわゆる○も窪鼠8鉱昌αRω瞥簿暮oを結実さ蛙、一九六六年に は﹁情報の自由に関する法律﹂の制定をみるに至った。 今日では、このような流れによって憲法上この権利を規定しているアメリカ憲法第一修正がそれであり、そして西 ドイッ基本法第五条にも、この権利条項が設けられていることは前述したところであるが、しかし、日本では憲法二 一条にそれに該当する文言が表示されていない。従って、憲法判例ないし学説の解釈発展のなかで発芽し成長してき たといえる。周知のように、憲法二一条は、言論・出版その他の表現の自由を保障しているが、本条に﹁知る権利﹂ が含まれているかどうかは議論があったが、前述の最高裁の判決を契機として、憲法一二条が最終的にめざすものが この権利の保障であり、その意味から、報道の自由のなかには、取材の自由、編集の自由、そして伝達の自由等の内 容も含むと今臼理解されているところである。 ﹁知る自由﹂という言葉自体は、この判決以前にも判例の上で使用されていたことは興味ふかいところである。そ の事例は、在監者の文書図画閲覧等禁止処分に対する大阪地裁判決︵劒伽雛疵瀞凧期一驚調爾︶である。すなわち判旨は、日 本国憲法の個人主義と民主政治を基本に置いて、すべて﹁国民には知る自由と権利がある。知る自由は、思想の自
由、表現の自由につらなっており、⋮⋮国民の重大な基本的人権に属することは多言を要しない⋮⋮国民は新聞その 他の印刷物を読む自由⋮⋮ラジオを聴く自由を有する。この閲読聴取の自由に対する制限は特別権力関係のもとにお いても合理的理由のない限り加えるべきでない﹂と結論づけている。昭和三〇年代の前半において、既に﹁知る自由﹂ を民主政治との関連で捉えていることは注目されるが、其の後の情報社会の到来のなかで、その権利をいっそう明瞭 化した判例をみることもできる。すなわち京都府学連事件︵鯨趨轍徽糊㈱醐κ碑匙親難︶において、﹁民主制社会は、民衆の話す 自由のみならず、民衆の聴く自由、知る自由、反対する自由が完全に保障されることによってはじめて成立するので ある。ところが現代社会において、大部分の民衆にとっては、印刷︵新聞、雑誌等︶、電波︵テレビ、ラジオ等︶など 大規模且つ最も有効な思想伝達の手段であるマスコミュニケーショソは、実際上ほとんどこれを駆使することができ ず、したがって、これらの者にとっては、自らの思想を主体的に表明する手段として、集会、集団行動、集団示威運 動は極めて重要な役割を果たすものであり、また、代議政治のもとでは、その正常な運営上、選挙権を補う参政権的 要素を有する﹂。事件の性格上、知る権利について深く言及していないが、情報社会の到来のなかで、主権者が情報か ら疎外されている断面を鋭く指摘いることは今日にも通ずるところである。 このような流れのなかで、﹁知る権利﹂を文字通り、国民と民主政治との関連で明確に説いたのが、外務省秘密漏洩 事件の第一審判決︵糠鯨地糊粥締細勧薯髄;期︶であるといえよう。すなわち判決はこの点について次のように説明してい る。﹁国民主権の原理に立脚し、国政が、国民の厳粛な信託にょることを定める日本国憲法下にあっては国民は絶え ず国政に関する事項を知り、又これに関する他人の意見を知ることによって自らも国政に関する意見を形成し、ある
東洋法学
二七七民主社会と﹁知る権利﹂ 二七八 いはその過誤を正し、この意見を公共的討論の場で表現することによって国政を監視し、これを支持又は批判するこ とを通して国政に参加する権利と責任を全うすることができるのである。このような国政に関する事項についての知 る自由、又は意思表明の自由は民主主義の基本原則から導かれる当然の帰結である﹂として、国民の知る自由、換言 すれば、国民の﹁知る権利﹂が、いかに国政参加に重要な意味をもっているかを強調している。また、それと同時に 知る権利は、国政に関する意見形成上でも不可欠に保障されていなければならない権利であり、そして、それを基礎 づけるものは報道機関であり、その意味で、報道の自由、ひいては取材の自由は重要な鍵をにぎるとしている。この ︵6︶ ような判旨は、現代社会における公器としての報導機関を正しく把握したものとして高く評価をされたのは当然とい えよう。さらに注目すべぎことは、この考え方を基盤にして、国家機密に接近する際に犯罪行為に該当するような取 材活動があった場合でも、﹁報道記者の取材行為が⋮⋮報道機関の⋮⋮公共的使命を全うする目的⋮⋮手段方法⋮ その行為によってもたらされる利益がその行為の結果損われる利益と均衡⋮⋮総合考慮して、当該行為が全体として なお法秩序の精神に照らして是認でぎると認められる場合には、当該行為は正当である﹂と結論ずけたが、知る権利 ︵7︶ は、現代的観点で考えるならば実質的には主としてジャーナリスの職務上の活動によって保障されるので妥当な判断 といえよう。 このような判例の動きを契機に、学説上も﹁知る権利﹂を探究する動きは活発であるが、法律的にいかなる内容を もっているか、そして権利としていかなる法的性格ないし構成であるのか、そしてその権利保障の態様はいかなるも ︵8︶ のか等は必ずしも明瞭になっていないのが現状である。しかしながら、この権利は、情報が主として﹁送り手﹂に着
目して考察された従来の傾向から、﹁受け手﹂側の﹁知る自由﹂︵聴く自由、読む自由、見る自由︶をいかに確保する ︵9︶ かという論議のなかから急速に発展した権利であることは異論のないところである。すなわち、従来の伝統的観念と して、いわゆる﹁思想の自由市場﹂は、送り手と受け手の相互交換性の機能が正常に稼動するという前提の上に成立 していたが、情報機関の驚異的な発展と独占化が進行するなかで、送り手と受け手の分離現象を生み、その観念の修 正が迫られてくることになった。国家権力の介入を排して表現の自由権︵話す自由、書く自由︶を保障すれば、万民 平等に情報が開放されるという従来の信仰がくずれ、聴くそして読む側からもその権利の態様の本質を理解しようと いう動きのなかから発生してきたといえよう。いわば、これ等の動ぎは、憲法二一条の表現の自由の表現行為の反射 的自由としての、二次的、受動的立場から転化して、積極的な情報収集の主体たる受け手の独自の権利構築の理論化 のスタートだといえよう。 こうした見解は、昭和四十年代前半の判例にもみられることがでぎる。いわゆるサド﹁悪徳の栄え﹂事件最高裁判 決︵鯛鄭﹄調螢○ ○朋ヨヨ獄酷廷︶における、色川裁判官の反対意見はそれを示した代表的事例である。すなわち﹁表現の自 由は他者への伝達を前提とするものであって、読み、聴ぎ、そして見る自由を抜きにした表現の自由は無意味である﹂ と判断して、﹁報道及び思想を求め、これを入手する自由は、出版、頒布等の自由と表裏一体、相互補完の関係にあ る﹂と説示している。 次にこの権利が主張される内容とその根拠を概観すると、前述した外務省秘密漏洩事件の一審判決で示された﹁民 主政治のなかの主観者として政治に参加する情報を得る権利﹂として位置づけられることもできるが、しかしながら
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民主社会と﹁知る権利し 二八○ この権利を現象的に認識すれば﹁表現行為と表裏一体としての表現を享受でぎる﹂側面をも所有している。そして別 の視点からみれば、人格形成や自由と幸福を追求する権利の本源的権利であるとも考えられよう。基本的かつ総合的 ︵憩︶ には﹁すべての基本的人権の前提をなす、あるいは国民の憲法上の権利に内在的に、もしくは黙示的に含まれている﹂ ︵難︶ 権利と理解するのが妥当といえよう。また、法的性質を考えるならば、あくまでも個人的要素に本質的基盤がある が、その機能的側面から考えれば、民主主義的要素に力点があると理解しなければならないといえよう。 いずれにしろこの権利は、多面的かつ複合的性格を内包している権利といえるが、憲法上のその根拠を考えるなら ば、表現の自由︵霧ハ︶と国民主権に立脚して展開される民主主義原理に求めることができよう。このような広範囲な 内容を含むところから実質的意味づけについては、論者によってその憲法上の根拠が異なるのも一つの特徴的なこと である。前文、一五条一項にそれを求めて﹁主権者たる国民は、⋮⋮国政に関する十分な情報と知識を得なければな ︵12︶ らない﹂とする説や、また一方で﹁憲法が明文の規定をおくと否とにかかわらず、民主主義憲法のもとでは、国民は ︵捻︶ 国政について積極的に知る権利を有する﹂と考える説もある。さらに、憲法一三条の人間としての幸福追求の権利に 含まれるとしながらも、﹁しかしたしかに、﹃国民の知る権利﹄の固有で中心的な内容は、国民主権主義にもとづく国 ︵14︶ 民の参政権の前提として、主権者国民が国政情報を知る権利を持つということであると考えられる﹂とする説が、ご く自然であり妥当であるといえよう。 次に、民主政と表現の自由との密接不可分性を論処にして、この権利を広義においては、表現の自由全般を支える 基礎的原理ないし理念と理解し、狭義では政府情報に対する積極的な開示請求権を意味し、それ等は﹁憲法一二条に
︵焉︶ よって保障されている﹂という見解にも注目しなければならない。 その他に、憲法二五条の﹁健康で文化的な最低限度の生活を営む権利﹂は、単に物質的生存権を保障したのみでは なく、そこで生活の基礎的知識や情報のごとき、いわゆる精神的文化要素も含まれていることを考えれば、その面で ︵16︶ は社会権的性格をもつともいえるし、また、人格形成のために学習する側面からこの権利を考えるならば、教育を受 ︵η︶ ける権利︵餐ハ︶や学間の自由権︵麓二︶も有力な憲法上の根拠となると理解することもできよう。 このような学説の動きを整理してみると、憲法的には、表現の自由の現代的な発想形態の一つであるが、その内容 の側面としては、個人権的、参政権的、自由権的、そして社会権的性格という多面的かつ複合的内容をもつ権利とし て構成されているといえよう。その意味ではまさに憲法上、いわば﹁縦わりで組みこまれている基本的人権リストの ︵β︶ なかに、知る権利は横断して保障されている﹂ということができょう。そして、対公権力との関係で考えるならば、 国家が所有する情報を公開かつ請求できる権利を当然に含み、そしてその意味からすれば、国民が情報を入手すると ぎ、それを公権力が妨害干渉してはならないし、むしろ積極的に国民生活に関わる情報サービスをする義務が法的に 課蛭られていると理解することがでぎよう。しかしながら、国家の情報提供義務について、法律が制定されていない ︵B︶ 場合に、知る権利の侵害を理由に立法不作為違憲確認の訴えを提起でぎるかどうかは微妙であるともいえよう。 わが国では、戦前国家秘密等を保護する制度として、刑法八五条、出版法一条、新聞紙法二〇条、さらに軍機保護 法等が存在し、 ﹁秘密﹂の漏示が禁止されたばかりか、それを探知したり、これに接近しようとする行為等も禁じら ︵2 0︶ れていたが、戦後は新しい憲法の下にいずれも廃止され、一般的な国家秘密法は存在しないのは周知の通りである。
東洋法学 二八一
民主社会と﹁知る権利﹂ 二八二 しかしながら、前述した外務省秘密漏洩事件で問われたように、公務員の地位にある者︵鯉歴雌伽濁コ騒卿︶は、﹁職務上知 ることができた秘密を漏らしてはならない﹂と規定して、いわゆる秘密保守義務を課している。また、その秘密を知 るが為に、公務員を﹁そそのかし又はそのほう助をした者﹂を処罰する規定も定められている。これ等の規定は、憲 ︵21︶ 法二一条の趣旨からいって、その立法過程、さらには内容等から合憲性を疑問視する見解が多い。とりわけ、私的利 益でなく公共的立場から、国民の﹁知る権利﹂を守るために、情報を報道機関に提供した行為に対してまで刑事罰を ︵22︶ 加えることは、現代社会における報道の機能の面から適切でないという批判はその一つである。ここでいう、国公法 一〇〇条の﹁職務上知ることがでぎた秘密﹂の意義については、形式秘説と実質秘説さらにその折衷説があるが、最 ︵23︶ 近の判例、学説は実質秘説を採用する傾向が強い。外務省秘密漏洩事件一審判決でも、﹁実質的にも保護に値すると 客観的に認められる事項、すなわち、通常の知識経験を有する多数の者にいまだ知られておらず︵非公知性︶秘密の 必要性を具備している事項﹂であると判定して、いわゆる実質秘説を採用している。従来から、一般的には最高裁判 例に基づいて、﹁国家機関が単なる事項につき形式的に秘密の指定をしただけでは足りず⋮⋮非公知の事項であって、 実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるもの﹂︵磯灘コ肺物灘糠鰯糊郷罷簿景二﹄聾九︶と定義され理解され ていたが、外務省秘密漏洩事件の二審判決︵陳糊縞鰍鯛㈱烹た麟購鍋に酌︶によって、さらに﹁秘密指定がなされた知識、文書 又は物質のうち⋮⋮刑罰をもって保護するに足りる価値ないし必要性を備えた﹂いわゆる実質秘であることを要する とつけ加えたことは注目されよう。そして、同事件最高裁決定︵灘麹陥難葺議塑年蜘聯セ馳は、秘密の判定は﹁司法判断に 服する﹂こととした。実質秘の判定基準について具体的に何も示さなかったこと、さらに本件で問われた外交事件に
関して﹁会談の具体的内容﹂を一般的に実質秘とみるような見解を示した判旨には批判が多い。その代表的見解は、 ﹁民主国家においては、国政情報の公開原則︵国民の﹃知る権利﹄︶の例外にすぎない以上、秘密保護の必要性は厳 ︵24︶ 格でなければならない﹂という指摘であり、この見解は妥当性があるといえよう。その点で一審判決は高く評価され よう。すなわち、﹁秘密の必要性﹂は、国公法の立法趣旨を考えるべきだとして、同法一条一項の﹁国民に対して公 務の民主的且つ能率的な運営を保障する﹂目的に適合しなければならないことを指摘した上で、民主主義国家では、 ﹁公務は原則として国民による不断の監視と公共的討論の場での批判又は支持とを受けつつ行なわれるみが建前であ る﹂とした。そしてその趣旨から基本的には、公務の公開を原則的に認め、秘密保護の必要性の認められるのは﹁当 該事項が漏示されるならば公民の民主的且つ能率的な運営を保障し得なくなる危険が存在する﹂場合にのみ限定され るとしたことは注目されよう。そして具体的には次の四つに限定している。 e公共的討論や国民的監視になじまない場合︵例えば国民のプライバシーに関する事項等︶、⇔公開されると行政 の目的が喪失しまうに至る事項︵逮捕状の発付又は競争入札価格等︶、㊧公共的討論や国民的監視によるコントρー ルは事後的に行なう機会を残しつつ公務遂行中にはその能率的、効果的な遂行を一時優先させる事項︵行政内部での 非公開委員会等︶、⑳その他右に準ずる場合。これ等四つに限定したが、さらに﹁公務の内容それ自体が違法であって 当該公務の民主的運営ということ自体が無意味である﹂場合には、秘密保護義務は考えられないと結論づけている。 いずれにしろ、この判旨の見解に立った場合、非公知の事実であって、しかも判旨が示した四つに該当したときに だけに限って、公務員はその秘密を守る義務を負うことになる。また、国民の情報を﹁知る権利﹂の立場からすると、
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二八三民主社会と﹁知る権利﹂ 二八四 右記該当以外はすべて正当な報道、取材の自由の対象となり、知る権利を行使できる領域と考えることができる。そ の意味では、国家秘密や官庁秘密に対して明瞭性を欠いていた従来の立場から一つのガイドラインを示し一歩も二歩 も、国民の﹁知る権利﹂を前進させた判旨といえよう。民主主義の観点や公務の公開原則の上に立って限定しようと ︵25︶ したこの判旨は、国民の﹁知る権利﹂の前に立ちはだかる厚い﹁秘密﹂の壁を打ち破る一つの有力な理論とされる評 価は妥当といえよう。 oD 奥平康弘﹃知る権利﹄二頁。 ⑧提出を命ぜられたテレビ四社が、最高裁に提出した特別抗告申立書では、次のように述べていることは注目されよう。すなわ ち﹁報道は事実を正しく伝え知らせることであるが、報道の自由は、憲法が標榜する民主主義社会の基盤をなすものとして憲 法上特に重要な地位にあるものといわねばならない。けだし国権のあらゆる発動はすべて国民に由来し、国民がこの権能を選 挙その他の場において発動するためには、国家や社会に関するあらゆる正確な情報を持っていなければならないからである。 従って報道機関の有する報道の自由は、報道を受取る国民の側からすれば、国民がその諸々の権利の発動の基盤として自由な 判断を形成するために不可欠な、いわば国民の﹃知る権利﹄としてとらえられている。このように報道機関のもつ報道の自由 は国民の﹃知る権利﹄と表裏一体をなしているので、報道機関が公器として体する責任は重大であり、民主主義を貫く立場か らは報道の自由はこのような公羅の持つ特権として最大限の尊重を受けなけれぽならない﹂︵石村善治、斉藤文男編﹃問われた 報道の自由﹄二五〇頁以下︶。 ㈲ 例えば、﹁表現の自由、報道の自由を国厩主権の原理にもとづいて、主権者たる国民の︽憲法上の諸権限行使のための必要 かっ不可欠︾なものとする把握じたいは、重要であり積極的に支持されなければならない﹂という指摘はその代表的見解であ る。︵奥平康弘﹁﹃知る権利﹄の法的構成﹂ジュリスト四四九号四七頁︶。
㈲ Uo糞勺Φ簿ぴoが鼠器ω置o島餌圓働類︵おミ︶悼おo o ㈲ 千葉雄次郎﹁新聞人の﹃知る権利﹄運動﹂﹃知る権利!現代の新聞自由﹄一八七頁以下参照。 ㈲ 奥平前掲OP一四四頁以下。同﹁情報の自由にかんする法律﹂法律時報一九七二年六月号六一頁以下。清水英夫﹁人民の知る 権利﹂自由人権協会編﹃現代の人格権﹄九三頁以下。 6う 伊藤正巳 ﹁躍家の秘密と報道の自由﹂ジュリスト五五八号九七頁。 ⑧ 一つの見解として︵千葉前掲⑤一九一頁︶、この権利を主張する前提条件として、e国民に政府の行動について知らせるこ とを前提とする民主政治の存在、⇔表現の自由に対する憲法上の保障、㊧ある場合には法律に規定された法的権利の存在、⑳ 法の禁止していない行為は個人の自由であるとの自由主義的法律制度並びに法律思想の存在を必要とし、これ等に照らして現 実の事態に不満足であることが、﹁知る権利﹂の主張を生むものであるという指摘は妥当といえよう。 ⑨ 芦部信喜﹁表現の自由﹂清宮.佐藤編﹃憲法講座2﹄一四二頁以下。阪本昌成﹁﹃知る権利﹄の意昧とその実現﹂ジュリスト 八八四号二〇七頁以下。 ⑯ 平松毅﹁知る権利の展開﹂法律時報四四巻七号五六頁。 ⑬ 芦部信喜ミ知る権利﹄の理論﹂﹃講座!現代の社会とマスマ・三ニケーションー③言論の自由﹄二二頁。この点で、J・ウ イギンズによれば、この権利は次の五つが含むと整理している。e情報を入手する権利、⇔事前の抑制なしに印刷する権利、 ㊧デュー・プ・セスによらないで報復をうける、というおそれなしに印刷する権利、⑳マ・三ニケーシ3ソに必須の施設と資 料に近づく権利、㊨法律のもとで活動する政府または法律を無視して活動する市民による干渉なしに、情報を広める権利︵芦 部信喜﹁現代における言論・出版﹂東大社研編﹃基本的人権の研究OD﹄二三八頁。 ⑫ 石村善治﹁知る権利と情報公開﹂公法研究四三号二一頁。 ㈲ 橋本公亘﹃日本国憲法﹄四一六頁。 ⑯ 兼子仁﹁情報公開と行政の改革﹂公法研究四三号七五頁。 ㈲ 佐藤幸治﹃現代法律学講座5憲法﹄三五三頁以下。尚佐藤教授は、この趣旨からいうとこの権利は次の四点を含んだものと
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二八五民主社会と﹁知る権利﹂ 二八六 して整理している。e情報受領権、⇔妨害なく情報収集ができる情報収集権、㊧公衆の知る権利、⑳国家に対する情報開示権 ︵同﹁外交秘密と﹃知る権利﹄判例時報八九六号一ニハ頁︶。 ㈲ 芦部信喜﹃現代人権論﹄三八三頁。須崎実﹁知る権利﹂阪南論集社会科学編第ニニ巻第一号四八頁以下。 αの 寿田章輔﹁知る権利1その人権的性格にっいての私論﹂成城法学第コ一号三頁以下。 ㈱奥平康弘﹁現代社会と知る権利﹂石村・奥平編﹃知る権利fマスコミと法﹂二一頁。芦部信喜﹁報道の自由︵総括︶﹂比較法 研究三三号八九頁。石村善治﹁知る権利と情報公開﹂公法研究四三号一〇二頁以下で、取材の自由のような自由権的な情報収 集権や情報公開請求権を整理して、広義の知る権利としているが、これに対して、清水英夫﹁知る権利の法的、社会的構造し 自由と正義一九七一年一〇月号二頁以下では、いわゆる﹁知る権利という概念は、ぞ・ーニケーション一般について成立する のではなく、受け手が国民一般であるような特殊なコミュニケーションの場合においてだ、ということになろう﹂と指摘して いるが、その理解は有力研究者でも多少異なっているのは注目される。 ㈲ 大須賀明藁隠法上の不作為﹂早稲田法学四四巻一、二号合併号一四五頁参照。 ㈲奥平康弘﹁情報の自由な流れ﹂﹃憲法﹄六五頁。 ㈱ 有倉遼吉﹁国公法一〇〇条、一〇九条、一一一条﹂法律時報四四巻七号一六頁。 ⑫⇒ 伊藤正巳﹁﹃報道の自由﹄と公権力﹂﹃講座前掲⑳﹄七六頁。 ㈲小林孝輔﹁国家秘密と国民の知る権利﹂法学セミナー昭和四七年二一月号耐〇三頁以下参照。 ㈱ 斉藤文男﹁国家秘密と取材の自由﹂ジュリスト別冊憲法判例百選−八三頁。 ㈲ 石村善治門知る権利﹂﹃体系憲法判例研究皿有倉還暦記念﹄一九三頁。
三 アクセス権 近代憲法の、古典的自由権の中核である﹁言論の自由﹂及び﹁表現の自由﹂の現代的機能形態の一つとして、﹁知る 権利﹂が包含されていると理解されてきていることは前述したところである。そして、この権利が発芽し成長してき た社会的背景として、いわゆる、﹁思想の自由市場︵導霞寄8一餌80ユ留器︶﹂が、本来的に機能しなくなった、一つ の打開策として主張されてきたといえる。すなわち、伝統的観念である﹁思想の自由市場﹂論は、商品市場における と同様に、自由であれば真理が発見されるという神話の上に形成されていたが、メデア産業の急激な発展は各国とも その産業分野の独占化、寡占化を進行させた結果、情報の流通が広く、かつたくましく自由に開かれるという社会的 条件が欠落してきて、かつて、ホームズ判事が、アブラム事件で述べた﹁思想が市場の自由競争において承認をかち ︵1︶ うるカ、それこそが真理を定める最良の基準なのだ﹂という考え方は修正を迫られてぎたのである。つまり、国家に よる干渉を排除しさえすれば、諸思想の自由な競争がなされ、その結果、虚偽を排し、真理をもたらすという従来の 考えは非現実的になってぎたのである。今やどこの国でも、メデア産業は、第四の権力と称されるように成長し、か つ社会的に多大なる影響力を持ちながら、企業の独占等の弊害として、一方で、﹁受け手﹂側との分離現象を顕在化さ ︵2︶ せ、マス・メデアから受け手を疎外する現象を発生させている。マス・メデアの社会的責任を論じた、ウイルバー・ ︵3︶ シュラムは﹁独占はコミュニケーの自由の敵である﹂と語り、さらに新聞社に関わる、反トラスト法違反事件で、ア メリカ連邦最高裁判所をして、﹁出版する自由は、特定の人々のための自由ではなく、すべての人々にとっての自由を 東 洋 法 学 二八七
民主社会と﹁知る権利﹂ 二八八 意味する。出版の自由は憲法によって保障されているが、しかし他人を出版からしめだすために自由を保障されてい ︵4︶ ない﹂といわせめたのは、マス・メデアの置かれた立場を端的に示した判旨といえよう。 このような﹁思想の自由市場﹂の閉塞的状況を打開する方策として、アメリカの法学者.ハβソが﹁プレスヘのアク セスー修正第一条にもとづく新たな権利﹂を発表して、﹁われわれの憲法理論は、表現の自由に関するβマソティック な観念、すなわち﹃思想の市場﹄に自由にアクセスできるという信仰のとりこになっている﹂と伝統的表現の自由理 論の非現実性を批判して、マス・メデアヘのアクセスの保障を中心にした、現代的な新しい表現の自由論を提唱した ことは有名である。その理論では、主としてプレスヘのアクセス権の保障を説いているが、具体的方策として、裁判 所にょる執行や立法による解決、さらにアクセス権を保障する行政措置等も提案している。そして最後に﹁少なくと も、もっとも恣意的事例では、立法とは別にアクセス権の救済方法を構築することが、裁判所に対して許されている というのが著者の立場である。もし、そのような革新が、司法的に抵抗されるとすれば、私は、我々の憲法は、恣意 的な紙面の拒否を禁止し、それによってさまざまな意見の表明のために効果的フォ⋮ラムを確保するように、注意ぶ ︵5︶ かく立案されたアクセス権法を正当と認めるべぎである﹂ことを提唱している。すなわち、バ導ソにょれば、思想の 自由論を修正化するなかで、情報社会の主権者である読者や視聴者の表現の自由の実質的権利を回復するために、修 正第一条の中に、アクセス権の承認を迫ったといえよう。彼の提唱とともに、六〇年代後半から、放送をめぐる市民 ︵6︶ 運動の高揚もこの権利確立に結びついていることも見逃すことはでぎまい。むしろ市民運動こそ、この権利を現実化 する主たる担い手であったといえよう。具体的には、六〇年代に始まった公民権運動や、七〇年代のベトナム反戦運
動、さらに消費者運動等の、いわゆる市民運動の発展するなかで、バ・ンの提唱した、メデアヘのアクセス権が主張 ︵7︶ され、その一部が法廷にまで持ちこまれて、法的にも新しい人権として承認されている。とりわけ、市民運動のなか ︵8︶ で、放送メデアヘのアクセスを要求するときにポイントになった手がかりは、いわゆる﹁公平の原則﹂であった。一 つは、公共性を有する争点については対立する諸意見に討論の時間を保障すること、二つは、公平な取り扱いがなさ れるべきことを放送事業者に義務づける番組基準を設けること等であり、この原則は一九五九年の通信法一部改正に ょって法的根拠が与えられている。さらに裁判でも、この権利が確認されたことは注目されよう。 ︵9﹀ 一九六九年の、レッド・ライオン放送局事件で連邦最高裁判所は、﹁至上なのは、視聴者の権利であって、放送事業 者の権利でない⋮⋮政府自体にょるあるいは私人である被免許者によるものであれ、思想の市場の独占化を助成する ことではなく、むしろ究極的には真理が勝利するであろう思想の自由市場を維持することこそが、修正第一条の目的﹂ でありそして、﹁公的事がらに関する言論は、自己表現以上のものであり、それは自治の本質である﹂とした上で、本 件において特に重視されなければならないのは、﹁社会的、政治的、審美的、道徳的およびその他の思想や経験への 適切なアクセスを受ける公衆の権利︵90N蒔窪9浮①窯亀08冨8一く①鶏詩乞o鋤8①ωω8⋮⋮︶であるとして、 新しい権利に着目した。この立場から連邦議会、さらにはFCC︵①連邦通信委員会︶においても、この権利を合憲的 に縮減することはでぎないと指摘している。この判決にみられるように、連邦最高裁が、言論の自由がおかれた現代 的側面を踏まえて、実質的に国民にその権利を保障するには、アクセス権がいかに重要であるかを承認したといえ ︵1 0︶ ようっこの判決を一つの契機に、一定の範囲におけるアクセス権の憲法的保障の発展がみられたが、この権利を導入
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民主社会と﹁知る権利﹂ 二九〇 することによって起る問題等を理由に、必ずしもその後行政、司法機関、さらにはメデア側からも好意的判断を示し ていない。 近代国家における国民が主権者であるかぎり、国政に関わる公的情報を知る権利があることは当然である。しかし マス・メデアの発展した現代国家では、大多数の情報はそれを通じて流されるのが通例である。知る権利が主として 政府に対する請求権を意味するに対して、アクセス権は、マス・メデアを、できるだけ開かれたものにしようとする 受け手側の能動的権利概念といえよう。このような積極的理念をもったこの権利は、一定の社会的支持を得、さらに 法的にはメデアに対する﹁接近利用権﹂として語られているが、法的形成は足ぶみしているのが現状であり、その意 ︵麓︶ 味では試練に立っているアクセス権といえよう。 アクセス権は、アメリカで発展してきた法概念であるが、同じような社会的状況を持つ日本でも、急速に関心がも たれ、とりわけメデア関係者を中心として折りにふれ語られているが、必ずしも法的概念を踏まえた論議とはいえな い。この権利を語る場合には、特定的なケ⋮スと、広く一般的なそれを別個に考える必要があると思われるが、前者 のヶ⋮スとして、いわゆるサンケイ新聞広告事件があるのでそれを取り上げたい。この事件は周知のように、自民党 の意見広告契機に、名誉を駿損されたとして共産党が、サンケイ新聞社に反論掲載を要求し、双方が、いわゆる﹁反 論権﹂をめぐって激しく争ったケースである。第一審の東京地裁︵獺㈱羅に砕枕塑碓即判︶は、﹁憲法第一二条にょる言論の 自由の保障は、ある言論の相手方の言論の自由をも当然に保障しており﹂それを考えると、﹁言論の自由は概念上反論 の自由をも含んでいる﹂と説示し、その立場からいうと、﹁攻撃の方法、内容等の特殊性に応じて十分に効果的な反論
を行なう権利を有している﹂と認めた。従って﹁反論権を厳格な要件の下に制度化してもこれを憲法違反﹂といえな い。また、民法七二三条の﹁適当ナル処分﹂には反論文の掲載もふくまれると解し、一般的には将来の立法作業によ って、名誉駿損に対する救済手段という限定された範囲内では今後の裁判所の具体的判断のなかで保障されうる余地 があることを認めている。 ここで問題になった、いわゆる反論権は、フランス出版法を母法と考えられているが、そこでは﹁責任者︵発行監 督者︶は新聞紙または定期刊行物で指名または指示されたすべてのものの反論を受領後三臼以内に掲載しなければな らない﹂︵能二︶と規定されている。この思想は西欧諸国でも採用されて制度化が進み、さらに国際連合の﹁国際的訂 正権︵ぼ富毎鋤銘豊巴菊蒔窪90箕8&9︶に関する協定﹂にもみられることは周知の通りである。日本では、戦前 の新聞紙法一七条に﹁正誤表、弁駁﹂掲載義務が定められていたが、戦後廃止された。現行法制下においては、放送 法四条一項に﹁放送又は取消の放送﹂の定めがあるが、新聞等には反論文の掲載を義務づける規定がないところから 本件のような訴訟が発生したのである。一審判決では、﹁反論文掲載請求権﹂、いわゆる反論権の根拠を分類して、O 言論の自由に基づくもの、⇔人格権と条理とに基づくもの、㊧不法行為に基づくものの三点に分けて論じているが、 特にe、⇔に示された、いわゆる名誉穀損に基づかなくともこの権利が発生するとしたことは注目されよう。前述し た西欧諸国では、主としてこの認識によって権利発生を認めるのが一般的であり、その意味では本来的な﹁反論権﹂ ︵駕︶ に言及した判例として評価されるところである。 これに対して、控訴審の東京高裁︵解師紐妬麻統朋駐酌ヨ酬﹀は、﹁ここで主張されている反論権は、かなり特殊技術的な色
東洋法学 二九一﹃
民主社会と﹁知る権利﹂ 二九二 彩の濃いものであり、したがって、特段の立法を待たないで、かかる権利の存在を認めることはでぎないといわざる を得ない﹂として、原判決よりも反論権に対し慎重な判断を示している。また、最高裁︵饗亦網漁赫肛砕朋至菰鄭︶も﹁反 論権を認める法の明文規定はなく、また反論権制度が認められると、新聞側の表現の自由を間接的に侵す危険も多分 にある﹂と判示して、反論権に好意的判断を示さなかった。アクセス権が関心をもって語られているさなか、ある意 味では残念であるが、この権利を認めると、言論、表現の自由を束縛し、ひいては、新聞の活動を委縮させるおそれ ︵13︶ が多分にあるとする一般的見解に立脚した判決といえよう。 アクセス権の理念は、現代国家において重要な意義を持つことは誰れも異論のないところである。特にマス・メデ アに対する、多様な意見に効果的な発表の機会を与え、その結果として、より活発で広範な意見交換をメデアの中に 実現しようという発想からぎているところから、国民の主体的活動が保障される意味からも重要である。具体的には、 マス・メデアヘの市民参加一般、さらには、その限定的な態様である運営参加、さらには、編集参加等を含む可能性 ︵M︶ があると考えられるが、編集権等との問題があり、容易でないが、真に国民の自由と民主主義を守る公器という立場 から編集権を考えるならば、一定の解決される方策が見い出せるといえよう。多元的価値観の交錯する現代社会にあ って、この権利の前進は容易でないが、いろいろな意味での国民主権確立の一つのキーワードであることはたしかと いえよう。 いずれにしろ、多様かつ多面的側面をもっている権利であるので、その概念も多義的であるが、一般的には現在の ところ狭義においては取消︵撤回︶記事掲載請求、あるいは不法行為としての名誉穀損に対する救済方法との反論権
を指し、広義の意味では、不法行為にょる名誉殿損の成立を要件としない反論権や有料の意見広告をふくめて、国民 ︵蔦︶ が何らかの手段でメデアを利用して自分の意思を伝達、表明できることを指しているといえよう。また、時間的推移 によってアクセス権を考えるのも有効と思われる。すなわち、メデアの公表前の事前的アクセス権と公表後の事後的 アクセス権になるが、とりわけ前者について公権力がメデアにその権利を発動すれば、事前の抑制の一態様として違 ︵お︶ 憲性の推定をうけることは当然である。その点で、後者の場合は、編集の目的に対してどの程度の萎縮効果を与えた ︵η︶ かが、一つの大きな問題になるといえよう。そして、この権利の多義的性格から、法的根拠も必ずしも明瞭化されて いないが、メデアに対するアクセス権を考えた場合には、憲法一二条一項の規定に求めることができよう。本条では、 ﹁⋮⋮表現の自由は、これを保障する﹂という文言になっているが、その意昧するところは、単に伝統的考え方であ る国家による侵害からの自由という側面ばかりでなく、憲法の基本原則である国民主権、さらには現代的言論状況の なかで、その主体である国民の知る自由を積極的に保障するために国家は能動的にあらゆる手段を講じなければなら ︵B︶ ないからである。 このように見てくると前述した﹁知る権利﹂が、受け手に即した観点から情報提供を得ようとする側面をもってい るのに対し、アクセス権は、いわばマス・メデアの世界に自己を﹁送り手﹂に転化させようとする観点から、情報社 ︵19︶ 会の主体的思想形成の主権者的理論ともいえよう。メデアに対して、自分の立場を反映させようという、いわゆる反 論権等はその代表的例といえよう。この点で、西ドイッの﹁報道機関の情報権﹂というものは、マス・メデアの動き ︵20︶ を媒体として、国民に間接的にこの権利を認めたものと考えているが、日本の場合実定法上それという規定がない。
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民主社会と﹁知る権利﹂ 二九四 しかしながら、憲法が示す国民主権や表現の自由権を考えると当然そこには包含されて理解しても無理がないといえ よう。その意味では、開かれた行政をめざして、各地方公共団体で進められている、いわゆる情報公開制の歩みは、 知る権利とアクセス権の具体的実践化の先駆的試行として注目されるところである。 GD ︾ぴ篤欝のく,d鼠8儀ω欝融の”舘Od●ψ臼9①o。○︵おお︶ ③ 日高六郎編﹃マス・コミニュケ⋮ション入門﹄一九三頁以下で、資本主義社会における形式的平等と実質的不平等という原 則が言論のジャンルでもみごとに現出したことを分析している。これ等の現実を踏えて、渡辺教授は言論市場における送り手 と受け手との分裂・固定化にともない二つの問題が生じることを指摘している。すなわち﹁その一つは、送り手の権利と区別 される意味での受け手の権利の保障という問題であり、他の一つは、言論市場において受け手の立場に立っ大衆を送り手の側 に立たせるためのあらたな表現手段としての大衆行動の権利の保障という問題である﹂︵渡辺洋三﹃現代法の構造﹄七五頁以 下。 ③ ウイルバー・ジュラム︵崎山正毅訳︶7スコミュニケーションと鮭会的責任﹄一七一頁。﹁かつて誰でもが容易に新聞を発 行することができ、多数紙が言論・報道市場で自由に競争していた時代には、それらを盗由に放任しておくことが、すなわち 思想・情報の多様性を保障する道であった﹂︵広瀬英彦﹁市民的権利としての﹃言論・表現の自由﹄﹂新聞研究一九七四年四月 号八四頁︶ ㈲ ︾ωω8禦&簑8ω∼d艮鼠αω鐙審即ω8鍔ω﹂︵一総㎝︶。アメリカの新聞独占の実態については、浦部法穂﹁新聞独占と 表現の自由;アメリカの﹃新聞保全法﹄をめぐって﹂神戸法学二三巻三・四号一二二頁以下。 ㈲切毘O戸︾8①霧8昏O筥霧ωi︾2①≦旨馨︾ぢ窪αきo嘗園蒔窪・o 。O頃緯<・ダヵ象レ竃ン零・ 。︵一〇零︶。バβソの修正第一 条における積極的意図と目的を分析した文献として、山降和秀﹁表現の自由とマスメデアヘの﹃接近の権利﹄﹂岡山法学綱二巻 三・四号三四一頁以下。
⑥ 清水英夫﹃雷論法研究ー憲法二十一条と現代﹄五三頁。堀部教授によると、アメリカでこの権利が主張される社会的要因は 主として次の五点であるとされる。e民主制における思想・情報などの多様性の要求、⇔思想・情報などの﹁送り手﹂と﹁受 け手﹂の分離現象の顕著化、㊧巨大・独占マス・メデアの絶大な影響力、画少数︵マイノリティ︶グル⋮プの意見の効果的. 大量的伝播の確保要求、飼ワン・ぺーパー・シティの一般化︵堀部政男﹃アクセス権﹄五七頁以下︶。 ω 山灘和秀﹁アクセス権と表現の自由﹂ジュリスト増刊第五号﹃現代のマスコミ﹄六三頁以下参照。 ㈲ 石坂悦男﹁アメウカの放送における﹃公平の原則﹄∼その形成と機能﹂放送学研究第二五号一三〇頁で、﹁﹃公平の原則︵夢Φ 逗霞霧ωU8島器︶﹄は、公衆にとって重要な論争的問題︵9馨8冷邑o二ω鶏窃︶の公平な放送と反論時問の提供︵反論権” 村蒔鐸8諾覧矯︶の保障という方法で、放送事業者の側からではなく視聴者・国民の側から放送における︿公衆の利便﹀の実現 を意図した規制としてぎわめて注目に値する。それは、かつて現代における言論の自由の危機について最も組織的な検討を加 えた﹃プレスの自由委員会︵↓冨8ぢ旨霧臼畠坤①。a讐oP冨属窃ω︶﹄がその必要性を指摘した﹃表現︵プレスの︶の手 段をもたないほとんど忘れられた大衆の話す権利︵盛o巴簿o馨汐茜o窪露触乾毬ω9ω冨磐Φ諺︶の擁護﹄を目的としたもの﹂ と整理している。 ⑨男亀舞窪犀o鼠8馨甘αqO9<。男Oρじ 。O㎝d●ψω零︵お8︶ ⑬ ﹂・A・バβソ、溝水・堀部訳﹃アクセス権ー誰のための言論の自由か﹄一六〇頁以下。 αり この権利確立のために精力的に研究されている清水教授は、法的性格と法的保障をどのようにみるかは、決して簡単でない とした上で、次のように整理していることはこの権利を理解するとき一定の示唆を与えているといえよう。すなわち、一般に、 法的権利を考える場合、当然のことながら、﹁①誰が②誰に対して③どのような法的根拠で④何を求めるか⋮−マス・メデアヘ のアクセス権の場合、①の﹃誰が﹄は一般視聴者、新聞読者ということになるが、権利主体として漢然としすぎている。⋮⋮ ②の﹃誰れに対して﹄であるが、これはマス・メデアとは何かをはっぎりさせねばならぬ、という難問を含んでいる。政府等 公的機関の発行物や免許事業である放送局の場合は明確であるが、自由設立が建前の新聞や雑誌になると、限界があいまいに なってくる。③の﹃法的根拠﹄は、憲法論上の最大の難点だ、といえよう。⋮⋮④の請求権の内容であるが、⋮⋮純粋にアク 東洋 法 学 二九五
民主社会と﹁知る権利﹂ 二九六 セス権かどうかにこだわらず列挙してみると、①一方的批判・攻撃に対する反論請求、②意見広告の掲載︵放送︶要求、③一 方的見解の意見広告に対する反論講求、④自己の商品の広告の掲載︵放送︶請求、⑤商品広告への反論請求、⑥パブリック・ アクセス・タイムの要求、⑦投書欄の拡大と採用の民主化要求などが考えられる。これらの請求に対しては、メデア側は編集 権ないし編集裁量権の問題であり、放送法等の義務を除いては言論の自由の問題であるとして否定的な態度に出ると思われ る﹂︵清水前掲︵6︶六〇頁︶。 働 石村善治﹁サyケイ新聞意見広告訴訟第一審判決﹂ジュリス昭和五二年重要判例解説二〇頁。山口和秀﹁意見広告と反論文 掲載請求権ーサソケイ新聞事件﹂ジュリスト別冊憲法判例百選−八四頁。 ⑬ 朝日新聞一九八七年四月二七日朝刊記事。清水英夫﹁サソケイ新聞意見広告事件最高裁判決f反論権をめぐる法的・社会的 間題点﹂ジュリスト八九一号一〇四頁以下。 αφ 堀部政男﹃アクセス権とは何かーマス・メデアと言言の自由﹄六七頁。 ⑯ 芦部信喜編﹃憲法狂人権ω﹄五四五頁以下。幾代通﹁新聞と反論権・アクセス権﹂アメジカ法一九七六年ー二号一九五頁。 この点で坂本教授の分類はより具体的説明で傾聴に値するといえよう。すなわち、e名誉穀損された者、または独禁法にいう 不公正な取引によって被害をうけた者に対する救済手段︵器讐o畠︶のひとつとして、反論文や撤回記事の掲載を請求する権 利、⇔公選による公務員の特定候補者が、他の候補者がマス・メデアを利用したこと︵たとえば、無料の政見放送とか有料の 意見広告掲載︶を理由に、その利用を請求する権利、㊧マス・メデアに現われた記事によって、品位、人格等を攻撃された、 とか、誤った印象を視聴者に与えた、と主張する個人または団体が、同一のマス・メデアを利用して反論することを請求する 権利、画公的に重大な争点を含む事柄に関し、自己の意見の伝播をマス・メデアに講求する権利︵坂本昌成﹁プレスの自由と アクセス権﹂﹃情報公開と表現の自由﹄二二六頁以下︶。 ⑯ 前掲芦部編㈲四八五頁。 ⑳ この点で、公権力にょる行為が、表現行為への侵害を構成するに至らなくとも、表現行為に抑止的影響を与えるならぽ違憲 とする説︵前掲坂本⑯⋮四二頁以下︶は妥当性があろう。