社会法判例一 病院ストと第三者にたいするピケの
正当性―順天堂大学病院事件―
著者
門田 信男
雑誌名
東洋法学
巻
13
号
2
ページ
89-103
発行年
1970-01
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006127/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja社会法
判例
病院ストと第三者にたいするピケの正当性ー順天堂大学病院事件!
︵聡議藤醗課塙囎誰聖講轟二︶ 労民集一九巻五号一三六〇頁 ︻事実︼ 昭和三五年からはじまった﹁病院スト﹂は、﹁赤旗をふる白衣の天使﹂とか﹁天使たちの人問宣言﹂とかよばれ、病院に働らく労 働者が、ナイチンゲールの精神の名をかむされて、どんなにまで人間から疎外され、残酷なまで搾取され、権力と資本により収奪 されているかを、われわれのまえに提起した。疎外・搾取・収奪を徹底的に貫徹するために、ナイチンゲ⋮ル精神を最大限に効果 的に宣伝するというにとどまらず、劣悪な労働条件と封建的な労務人事管理、身分的支配従属関係を根とする医療労働者の生活を 掌握する権力構造とその実体をおしすすめるために利用し、また利用されていることを暴露した。大学紛争が医学部を核として激 化したことも故なしとしない。 ここにとりあげる順天堂大学病院事件は、順天堂教職組︵組合︶をふくむ全国一二五組合、三〇〇の病院、三五、OOO人の医療 労働者が参加した、かつてその例をみない規模と大きさをもつ医療労働者の統一闘争にさいし、拠点としての中核的役割をはたし た組合にたいし、組合攻撃でこたえた解雇事件である。 昭和三五年五月、東京地方医療労働組舎連合会︵医労連︶は、第コ回定期大会において、最低賃金一万円保障、一律三、OOO 円の賃金増額、年末手当︵最低︶基本給のニヵ月分支給を求める統一要求を決定した。これをうけて組合は、秋統一闘争に参加し、 病院ストと第三者にたいするピケの正当性 八九東洋法学 九〇 一一月九臓Y︵被申請人、控訴人彗学校法人︶にたいし、基本給として一律三、OOO円の賃金増額、二月実施、最低賃金中卒者 初任給一万円の保障、年未手当として基本給のニヵ月分プラス一律三、OOO円の要求を提出した。一一月一四βより二一月二一日 までに一〇回の団交がなされた。その間、五回団交では、同目スト権が確立されたことへの報復として、四回団交の回答を撤回し て一回団交の回答に戻し、六回団交では再び四回団交の回答をしている。スト突入後、一〇回団交まで三回にわたり団交を拒否し、 一二月二二βより翌年二月エ臓の間に一〇回にわたる団交申入をすべて拒否した。 二月二八購、スト権の確立がなされ、医労連は二九臓に.組合が一二月一〇臓以降要求貫徹まで連照または少時間ストを行う 旨の労調法三七条にもとづく争議予告の手続をとった。ストは.コ一月ニニ欝より三六年二月三灘まで一〇波におよび.二.三時間 ないし半礒ストを反覆した。その間.Yは医療事業の特殊性と公共性から医療労働者に争議権なしとし.憲法二八条の保障する労 働者権を真向から否認し.組合の囹結麟治と団結活動にたいしありとあらゆる手段を用いて攻撃を加えた。組合員数は三五年一二 月初頃四閥四名から翌年二月初頃二〇六名になるにいたった。 Yは組合の争議行為違法の責任をX︵申請人、被控訴人碁組合委員長・副委員長︶の解雇に転嫁した。Yの主張はほぽ考えられう るすべての事項にわたっている。控訴申立理由としては、新たに圃交拒否.組合とその活動を非難する書論の自由、チ鳳クオフ中 止の正当性を主張し、一審で主張するところの事業の公益性にもとづく争議行為の制約は必然であり、かつ政治闘争としての争議R 的、平和義務、労調法三七条の遠反の主張については、沈黙している。なお、一審判決︵臓鯨購糊論翻鴻摯炬餅か聾︶の批評については. 東洋法学九巻四号一二二頁を参照されたい。 内判協昌 一 コ般に労働組合がストライキに当り、その実効を減殺する行為をなすおそれがある老の事業施設への入構を阻止するため、 組合の統制下にピケッティングを実施することは、ストライキの効果を確保するため必要な手段であって、争議権の行使として法 的に保障されているところである。しかし、 ストライキの効果を確保するという目的の故に一切の態様のピケッティングが無制約 的に是認されると解すべきではない。まず、人の生命、身体の安全を脅すような行為はピケッティングとしてもこれをなしえない
ことは条理上当然である。さらに、事業施設に入構することが相手方の権利行使もしくは法的利益享受のため不可欠の前提をなす 場含あるいは相手方が入構の自由を保有する場合⋮⋮争議権の行使も相手方のかかる立場と矛盾しない限度においてのみ許容され るものというべきであり、争議権を有する労働組合と一定の法的立場に立つ相手方の利益調整の見地からすれば、右のような相手 方に対するピケッティングは口頭または文書による平和的説得⋮⋮相手方をして理性に基く自主的判断と自由な意思によって事業 施設内への入構を断念させる態様のものに限られると解すべきである。したがって、暴力の行使を伴う如きピケッティソグを﹃労 働組合の正当な行為﹄となしえないことは勿論、表面上説得と称するものも、当該事情のもとにおいて実質的には相手方の判断の 自由を奪い、自由意思を制圧する効果を生ずる行為あるいは人垣を作ったリスクラムを組んだりして相手方の入構を阻止する行為 は許されないと解すべきである。﹂ 二 一審判決の見解を批判して、﹁当裁判所の採らないところである﹂という。すなわち、平和的説得の﹁限度を超える争議権の 行使を認めることは、労使関係外の第三者に不当に不利益を転嫁し、またはその自由を制約し、第三者の基本的人権を侵害するこ ととなり、憲法二八条は、かかる所存までも保障したものとは到底解されないからである。﹂組合のピケにより﹁第三者たる外来患. 老、面会人、インタ⋮ン生、学生、非組合員たる医師、職制者の医院内への入構が相当程度阻害され、 ことに外来患者および面会 人に対する入構阻止は条理上到底許容しえない。≒組合をして過激な争議手段に走らしめる一原因﹂が、年未手当の仮払の差別的取 扱、チェックオフ中止の通告、度重なる団交拒否によるにせよ、﹁使用者が不当労働行為の禁止に反するような行為に出た場合にも、 組合側としては、法の定める手続に従って救済を求めるべきであり、使用者側の違法行為に対抗して不法癒争議手段に訴えること は許されない⋮⋮これを到底﹃労働組合の正当な行為﹄と評価することはできない。﹂ 三 ﹁年末手当の支給、賃金増額の要求を交渉争項とする組合との団体交渉において⋮⋮労働者に対し十分な経理的根拠を説明し、 かつ、経理的に可能な相当限度まで譲歩した回答を提示したうえ、労働者側に対し、その要求の合理的事由を具体的に開示するよ う求めた場合には、労働者側は先ずもって右の求めに応ずべきである。しかるに、労働者側がかたくなに臼己の要求を譲るべから ざるものとし、使用者に対し、右事由を開示することなく、再度団体交渉の申入に及んだ場合に、使用者が労働者側に妥結の誠意 がないものとし、右申入を拒否したからといってこれを不当と断ずることはできない。﹂ 病院ストと第三者にたいするピケの正当性 九一
東洋 法学 九二 四 昭和三五年四月大学岡窓会︵会長は理事長︶が従業員に配布した文書の裏面に組合脱退届がガリ版劉で印捌されていたこと、 同窓会幹部が組舎役員に会見を求め、賃金増額要求の撤懸を求めたこと、神経科部長懸田教授︵法人側団交委員︶がXに委員長辞任 を勧告したことは、いずれもYの意を体してなしたと認めうる疎明資料を欠く。Y発行の二月一六欝付﹁順天堂だより﹂は﹁要求 が組合員のやむにやまれぬ総意から発したものか、それとも外部への義理合上でたものか、組合幹部自身の都合によるものか云々し は、﹁Yが抱いた疑間を卒直に従業員に訴えることを根本趣旨とするものと認められるのであって争議状態にある当事者に認められ る言論自由の範囲を超えるものということはできない。﹂ 五 組合が﹁要求貫徹﹂と記載した赤色リボンを組合員に着用させたことにたいし.yは組合にたいしては通告書.組合員にたい しては﹁学内一ユ⋮ス﹂臨時号にて.労調法違反あるいは正常な組合活動の範囲を逸脱すると非難したことにつき、労調法七条にあ たらないから同法三七条遠反の有無を論ずる前提を欠き、かつ正常な組合活動の篤麟を逸脱したものともいえないが.﹁Yが前記の ような晃解の下に.これを非難したことをもって.労働者の団結.組合活動に対する偏晃に由来し、正当な組合活動に対していいが かりをつけて威嚇したものと認めることは許されず.かえって、Yの前記非難は使用者に許された言論の範囲に属すると解するのを 相当とする。﹂ 組合のビラ配布にたいするYの非難について、組合弾、籏の事実や理事の中傷など真実にもとづかない文書をふくみ、正当な組合活 動と評価でぎないから、右非難は同じく使用者に許された言論の範囲に属する。 Yの組舎員家族にあてた年賀状につき、争議の争点、回答を要約し、っいで組合幹部の独断的態度に不信をいだき脱邊が続出して いると非難し、Yを信頼されたい旨の記載について、﹁右年賀状の文面は必ずしもYの組舎切崩の意図を肯認させるに足りるものと は認め難い.﹂ 六 大会、団交中の待機のためYの許可をえて講義室を使用し、時間超過の必要から使用継続の申入を拒否されたにかかわらず 使胴し、Yに釈闘書を提出しなかったこと、そのためYの不許可にかかわらず、大会のため講義室を三時間にわたり使用したことに つき、﹁Yの事業の公益性をもあわせて掛酎すれば、Yが施設の安全保持の見地から許可を与えなかったのは相当の理由があるとい うべぎである。されば、従来組合の施設利用申請が拒否された事例がなかったかどうかを問うまでもなく、マの不許可措置を施設
管理権の濫用であるとするXの主張は採用できない。﹂ 七 ﹁組合結成以来の労働慣行を一挙に覆えしてチェックオフを一方的に中止したこどはそれが組合財政に影響を及ぼす性質の菟 のである以上、組合の運営に対する不当な介入であるといわざるをえない。﹂ ︻研 究︼ 判示七をのぞいて、他の判断に賛成でぎない。 幽 ① 法はすぐれて歴史的なものであり、階級的な性格をもつものである。労働者は、どのように生ぎ、生きよ うとするかにかかわりなく、彼の私的所有するものを商品化するほかなく、労働者であること自体みずからを疎外す る。第二は、資本の生産過程にくみこまれることは、みずからの意思でなく資本の意思にしたがって労働する疎外で ある。第三は、労働生産物の所有帰属が生産手段所有者にある。しかも、労働者は、生活資料の生産に必要な労働者 時間以上に労働時間を延長して剰余価値︵H絶対的剰余価値︶、生活資料の生産に要する労働時間短縮によってえら れる剰余労働時間の延長による剰余価値︵目相対的剰余価値︶の生産をおこなう。資本の生産過程にくみいれられて おこなう労働者の労働は、みずからの生活に要する資料目賃金にとどまらず、剰余価値の生産、すなわち資本による 労働の搾取につかえる。資本は労働搾取をおこなうだげでなく、さらに生活資料から収奪する。 資本と政治権力の支配と抑圧のもとに、疎外・搾取・収奪をうける労働者の人間性への回復のわずかながらの解放 “市民革命で手にした自由の形骸化への反抗によりえた第二の市民革命による自由は、それ自体、歴史的にして階級 的性格を有する。憲法二五条以下の規定はこのことを承認する。かような実質的自由の実現としての性格を有する労 病院ストと第三者にたいするピケの正当性 九三
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働者権は、労働者が人間らしく生きるために人間らしく働らく権利であり、人問らしく働らくことにより人間らしく 生きる生存の権利である。市民的自由が、政治権力と資本U支配階級の手にとりもどされ、自由がしだいになしくず しにされてきたことにたいする無産者階級の反抗と闘争が、後者の権利を生みだした。被支配者が、生存の権利主体 としてこれを支え運動することは、生存権を現実のものとして実現することにとどまらず、同時に市民的自由を定着 させることになる、 市民的自由と生存権は.これを実質的になしくずし否認しつづけることを体する政治権力と資本の側から語りうべ きものではない.国家をして法を語らしめてはならない。国家の名において法を語るものに法を学ぶ主体と資格はな い、自由と権利を規定する法は人間性を真向から否認する支配階級と権力を規制するにある。人間性と個人の尊厳に 根っこをおいた法の生成と発展から.自由や権利は語りかけらるべきであり.これを平面的.形式的に調和的に解す る姿勢は、権力や資本をして語らしめるなにものでもない。市民的自由と生存権は、同一平面における衝突調和の世 界にはなく、たとえ形式的法現象と映るにしても、その底では相関的補充的弁証法的発展において理解すべぎであ る。 ② 団結の必然性は資本主義社会の内在的矛盾のあらわれである。団結の存立と目的はこの矛盾により規定される。 政治権力と資本は、みずからの利に反すると考えるときはいつにても、団結活動のみならず団結の存立基盤に攻撃を かける。労働者権の否認は、市民的自由の形骸化を生みだす。その否認方法は、巧妙に市民的自由を正面に掲げるこ とにより行い、ついで利用した市民的﹁自由﹂を平等な所有の自由、平等な契約の自由の資本所有者の﹁自由﹂に転嫁することで、その意図を達成する。 争議行為は、資本の生産過程における疎外と搾取、収奪にむけられた、労働者集団の行動である。労働力商品の価 値は、労働力の使用価値処分による労働の価格目貨幣により表示され、剰余価値の生産は資本の所有するところとな る。さらに、賃金は資本と政治権力による収奪をうける。対使用者との間で展開される争議行為は、かかる商品交換 過程と生産過程における矛盾への抵抗である。東京中郵事件にみる最高裁大法廷判決などにいうがごとき、単純の労 務集団停止につきるものではない。商品の価値と価格の格差をでぎるだけ縮め、人間らしく働らく条件と賃金による 人間らしい生活を求めるために、資本に経済上の損害を最大限に加える目的のもとに、ストはうたれる。経済上の損 害を与えずして、ストの目的や主張の貫徹ははかれない。かような消極的、積極的要素をくるむ争議行為は、使用者 をして労働商品市場から排除・遮断して、その活動を停止または麻痺させることにあるといわねばならない。 ③ ピケはストをなりたたせる場をつくりだすための不可欠な前提条件である。語源としては、スト破りにたいす る見張りとか歩哨とか監視という意味として用いられる。わが国で一般にみられる方法は人垣やスクラムであるが、 もちろんこれにつきるわけではない。ピケとよばれる行為の多様さは攻撃の多様さによる。何々組、臨時警備員、人 夫などの名称でピケライソ突破がみられ、学生アルバイトや取引先の出入商品やその従業員、第二組合員などによる スト破り、さらには親切にその先導をつとめる警察官の介入など、ピケラインにたちあらわれる攻撃はするどく、露 骨で、多様である。攻撃が多様である以上、防衛の方法も多様にならざるをえない。攻撃の多様さが防衛の方法の多 様さを生みださざるをえないわけである︵欄州郷勅燭號灘旺瀕難鍵遭詫鰭黛鱗︶。ストを実効あらしめるためにとられるピ 病院ストと第三者にたいするピケの正当性 九五
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九六 ケは防衛的行動であり、団体行動権行使としての歴史的形態である。 労働者はピケラインにいのちをかける。その突破を許すことは、ストの終焉を意味するだけでなく、団結それ自体 を危くするおそれさえある。過去いくたの貴重な経験が物語り、労働者はこのことをはだでかみしめている。労働者 がさいごの武器であるストに訴えて、使摺者との力の対抗関係で主張の貫徹を不可能にさせられることは、秩序形成 手段を奪いとられることを意味する。争議権の承認ということは、争議権の侵害にたいし、労働者がみずからの力量 でこれを回復することを許容しており.そのためにする力の行使は正当化される︵搾9・捧ご段ω窪⑱葺B舞欝募伽 もδ 簿鶏臓欝蟹ぎお欝wも 毒・轟︶。すなわち.具体的な侵害行為の形態や前後の事情など綜合して判断するほかないが.争 議権そのものを否認せんとするあらわな行為にたいして.それ相当の手段をもって対抗することができるのは当然で あり.そのことをもって非難されるいわれはない。 ストライカーはピケラインにたちあらわれるものを敵として意識する。前面に姿をみせるものには、就労を繕的と するものもあろうし、争議組合の団結力の破壊や争議切りくづしを目的とするものもあろう。また、スト破り・ピケ 破りのために雇われたものから、労働者権それ自体の攻撃を意図する市民である場合もあろう。ストとピケは一体不 可分の関係にある。﹁ピケットは戦闘において戦闘部隊を防衛する前哨として、労働争議の一部を構成する﹂ ︵9・寅 鋤る樋ρる零芦島田.ピケッティング・浅井教授還暦記念﹁労働争議法論﹂一〇七頁︶ものであり、団体行動権として保障 された労働者の権利行使として性格づけられ、位置づけられる。 右のように、ピケは、ストをなりたたしめ、ストの実効を担保する不可欠な要件を構成する以上、団体行動権の行使それ自体であるし、かつスト権繕団体行動権のうちにあって、スト防衛権として構成し理論づけられる。 二 右の見解にてらしてみるとき、本判決にたずさわる裁判官の憲法認識と判断には、うすらざむいひえびえとし た暗い夜を想起する。労働者権の歴史的権利性について一片の認識なく、霞を喰って生きる﹁聖職観﹂から、教育・ 医療に従事する労働者の労働者性に背をむけて、労働者権を市民的自由と同一平面における衝突の調和をとなえ、形 式的市民的自由の優先をとおして、労働者の生存にとって根源的権利である労働者権をないがしらにする。 ① その点を判示一の展開からみれば、ω﹁一般に労働組合がストにあたり、その実効を滅殺する行為をなすおそ ヤ し ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ペ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ゆ マ ヤ ヤ れがある者の事業施設への入構を阻止するため、組合の統制下にピケを実施することは、ストの効果を確保するため ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ペ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ ヤ 必要な手段であって、争議権の行使として法的に保障されている﹂︵傍点筆者、以下同じ。︶が、@﹁争議権を有する労 ヤ マ 働組合と一定の法的立場に立つ相手方の利益調整の見地からすれば﹂、の﹁相手方に対するピケはP頭または文書に ヤ ヤ ヤ よる平和的説得、すなわち、組合の主張その他争議の実情を訴え、事理を説ぎ、相手方をして理性に基く自主的判断 と自由な意思によって事業施設内への入構を断念させる態様のものに限られる﹂、﹁実質的には相手方の判断の自由を 奪い、自由意思を制圧する効果を生ずる行為あるいは人垣を作ったりスクラムを組んだりして相手方の入構を阻止す る行為は許されないと解すべきである﹂という。かように論旨を分解してその展開を跡づけると、ωはたんなる枕詞 で、@は媒介役としての役割を営み、のにおいてωとはまったくちがったレールにふみいれさせられることをしる。 私はこの点に関して、先の一2および3において、 ﹁禍なるかな法律家﹂の論ずる魔術のまやかしにつき、若干の指 摘をした。 病院ストと第三者にたいするピケの正当性 九七
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ここでは、ωピケは﹁争議権の行使として法的に保障されている﹂が、利益調整の見地から、の﹁平和的説得﹂に かぎられるとは、なにをいわんとしているのであろうか。争議組合をとりまく状況はきびしい。スト破りの可能性は はなはだ多く、これらのスト破りを説得により容易にピケラインからたち帰えらせうるものではない。ピケラインに 顔をむけてくれるものには、はじめから説得に応ずる気持はなく、集団的に突破しようとするものが多いのが現状で ある。言論や表現の自由というーピケについて声高く語るものが他において看過しふみにじる奇珍なー美しい言 葉で色どられた平和的説得によって.彼らがピケラインからおとなしくたち去るわけがない。きびしい社会の矛盾を 尖鋭的に縮図に示すピケライγにおいて. ﹁今βは就労しないでほしい﹂.﹁今鷺は争議中だから他の店で買物をし ていただきたい﹂、﹁午後から診療するから少し待ってほしい﹂といってみたところで、 ﹁なにがなんでも就労する、 この店で買うのは俺の自由だ、私は病気なんだぞ﹂と。もとより説得に応ずる意思のない人たちの自由な意思を尊重 して、ピケをとかなければならないのが、 いわゆる平和的説得論である︵最高裁判・朝臓新聞西部本社事件.昭二七・一 〇・二二民集六巻九号八五七頁。その後、三友炭鉱事件︵最高裁判・昭三一・一二・一一刑集一〇巻一二号一六〇五頁︶では、﹁諸 般の事情﹂を考慮して若干の判断基準を拡張したが、岡じ﹁諸般の事情﹂を考慮して、原審無罪の判決を破棄した羽幌炭鉱事件︵最 高裁判・昭三三・五・二八刑集一二巻一〇号二二五〇頁︶以降、いずれも正当な範囲を逸脱したものとされている。︶。 スト破り は、言論・表現の自由の名において擁護され、ピケライソにたつ労働者は言論・表現の自由の名において非難される。 言論・表現の自由の歪曲と利用が、裁判権力において貫徹されているなかで、言論・表現の自由の悲劇は進行する。 憲法∼コ条をより実質的に自由たらしめるものが憲法二八条である。ピケはストと表裏一体をなし、スト防衛権として位置づけられる。ピケは、↑0﹁争議権の行使として法的に保障されている﹂以上、その正当性判断の基準は憲法 二八条の団体行動権の歴史的権利性からひきだされる、ことはいまさらあらためていうまでもない。憲法二一条を歪 曲するいわゆるの平和的説得論なるものは、とうてい﹁解釈論﹂とはいえず、欺購以外のなにものでもないソ﹂とは、 ←O i@ーのの論理展開の破綻で判旨みずからが表現している。 ② 判示一にたち、外来患者との関係で、医師法、医療法から論ずる点は看過でぎない。医師法一九条は、医師に 公的な義務を課し、職務執行の義務づけを介して、国民“患者に自己の選択した医師の診療を受ける利益を保障した と解し、ついで医療法をとりあげ、病院の社会公益的機能を強調して、 ﹁患者が診療を受ける目的で病院に入構しよ うとするのをピケによって阻止する如ぎは条理上断じて許されない﹂と、語気するどく非難する。 医師法一九条は、医師の労働者性を否定し、争議権剥奪の根拠となるとでも解しているのであろうか。従属的関係 にある医師は労働者であり、当然に争議権は保障される。医師法、医療法などは医療機関における労働者の争議権を 制約する根拠にはならないこと、新潟精神病院事件︵最高裁三小判・照一充・八・四旬報別冊五三四号︶にあきらかなと ころである。裁判官ともなれば、 ﹁自己の選択した医師の診療﹂をなんら障害もなく、拒否されることなく﹁利益﹂ を享受しているのであろうか。 ﹁医師が右義務に違反した場合、私法上、不法行為に基く損害賠償義務を生ずる﹂と 法理上とくにせよ、争議権剥奪の論拠の真剣さには頭が下る。医療費増額のため、医師会が一斉休診という実力行使 をなし、プレヅシャー・グループとして存在しているのを、どう解されるか。 第二に、組合の上部団体である医労連は、労調法三七条にもとづき争議予告をなし、かつピケにより非組合員の入 病院ストと第三老にたいするピケの正当性 九九
東洋法学 一〇〇 構を阻止せず、入院患者に支障を与えていない。しかも、ストは長くて半櫛であり、急患措置も講じている。病院の 社会公益的機能は否定しないが、これを強調するあまり、労調法三七条の趣旨を没却することは許されない。同条は、 公益事業における抜打争議により国民の臼常生活に不測の損害を与えることを防止する趣旨であり、スト禁止規定で はない。組合に若干のゆぎすぎ手落があったとしても、それはのちに指摘するようなYの反組合的宣伝、行動による ところ大である、 三 先の一3において.攻撃が多様である以上.防衛の方法も多様にならざるをえない。攻撃の多様さが防衛の方 法の多様さを生みださざるをえないとのべた、判示二は.この点の理解をまったく欠ぎ.Yの露骨な反組合的行動な いし態度を意識的に阻却する。 ①判示二は、スト当時における労使関係を静的個別的に分解し.争議の流動的立体像をくみたてる一片の姿勢も うかがえない。これが一審判決と基本的にことなり、それがため、第三者にたいするピケの正当性で完全に背をむけ あう結果をもたらしている。 原審の要旨は、ストにたいする一般市民の理解水準.労使関係の現状からして、ストに随伴するピケが第三者を対 象とし、あるいはいわゆる平和的説得以上の積極性を有するからといって、一般にストを違法視するのは、当を得て ないとする。労使関係の現状を四点にわける。↑ り第一波スト直前に非組合員のみに年末一時金の仮払をし、一二月二 二β以降すべて団交を拒否し、年賀状による組合幹部との離間を策する文書の郵送をなし、大量の脱退者をだしたこ と、@﹁Yは、各波スト時中医院正面の懸垂幕により、平常どおり医療業務をおこなっている旨を公衆に明示し、正
面広場にバリケードを設け、栄養課門以外の出入口を閉鎖して、組合員の院内立入を阻止し、苦清処理班を組織して 積極的に患者の院内導入を図るなど、組合員の事実上のpックアウト、ピケ隊の説得に対する妨害等の対策を実施し た﹂こと、の組合磯各波スト実施の過程において、大量の脱退者をふくむ非組合員の正常業務への就労を妨害した 事跡はまったく認められず、◎ピケ活動の主眼は、第三者にたいする宣伝、団結の誇示することにあり、Yの医療機 能を麻痺させることを極力回避し、 ﹁平和的説得の範囲を越えるものがあったとしても、この一享をもって本件スト を違法と断ずるのは、相当でない﹂,という。本件においては、@ー◎について沈黙をまもる。 なお、九、一〇波ストにおける学生、インターンらとの正面坂道通行においてのトラブルの原因についても、沈黙 がまもれている部分がある。 ﹁インターン生、学生に対するピケも平和的説得の範囲に止まるべきこと喋々を要しな い﹂と、医師法一一条をもちだし論ずる。原審に認定する﹁大学生課長石塚司農夫から﹃学生は堂々と正面から入 れ﹄と云われたこともあり、正面からの立入回避することは結果的に組合側に協力することになると考えるに至った こと﹂が原因であり、 ﹁栄養課門は学生らのため自由に解放されており、同門から入構することによっても受講に格 別の不便、支障を生じないと認められる以上、暴行、脅迫等を伴うことなしに正面入臼からの通行を阻止したピケ活 動をもって、違法といえないことは明らかである﹂点につき、なにゆえに無視したか理解に苦しむ。いな、ここに二 審判決の態度がうかがえるのであろう。 ②使用者が団結と団結侵害という不当労働行為にでた場合においても、 ﹁組合側としては、法の定める手続に従 って救済を求める﹂べぎであるという。判示二に論ずるがごとき裁判官が、 ﹁法の定める手続﹂による訴の提起にた 病院ストと第三老にたいするピケの正当性 一〇一
策洋法学
一〇二 いし、判示三ないし六の判断と同一の観点に立脚して判示しないという保障がどこにみいだされるというのであろう か。 労働者権の侵害にたいし、権利主体たる労働者と組合がみずからの力と組織で守り排除しないで、何人が労働者権 を擁護し、発展させるのであろうか。市民的自由や権利を侵されて眠りけるとき、政治権力がすすんで眠りを覚まし てくれたことを寡聞にして知らない。憲法前文.二条、二一条.九七条はこの疑間の提起にこたえるものであり、 逆に九九条を裁判官に提起したい。Yの労働者権侵害にたいする組合の活動を.これまでみてきた批判からして. ﹁到底﹃労働組合の正当な行為﹄と評価することができない﹂か.理解に苦しむ。 ③ とはいえ.理解に苦しむことはないというべぎであろう。なぜなら.一連の思考発展に位置すると解するな ら。 二六年師走の三越スト事件︵東京地決・昭二九・二二西労民集五巻一号八二頁︶では、 ﹁顧客は本来当該労使間の紛争 について全く関係のない第三者であるから⋮⋮平和的説得にでることはできない⋮⋮通行票を発行して⋮⋮本来の出 入目をすべてピケによって遮断し、顧客を特定の場所に来させて、組合員がその目的を調査した上入店させるような 事自体⋮⋮既に正当といい難いばかりでなく⋮⋮顧客の権利を侵害する﹂ものとされ、東京証券取引所争議︵昭二九。 一〇・二六︶の当日の労働大臣の談話では、﹁第三者の入場阻止は許されない。スキャップの雇人目体は適法である﹂ という。これをうけて直ちにだされた労働次官通達︵昭二九。二・六省発四一号︶は、﹁従業員以外の出入商人、顧客 等の第三者に対するピケについては、当該争議行為についての理解と協力を穏和に要請し得るに止まり、これらの者の出入や正当な業務を妨害することは許されないことは、いうまでもない﹂とする。同じ見解にたつものに福岡地域 の岩田屋百貨店事件の判決︵昭三六・五・一九労民集一二巻三号三四七頁︶がある。 第三者といえども、ストが行なわれている経営のなかに入ろうとするかぎり、争議権行使の反射的結果として蒙る ある種の不便や不利を甘受し、ピケを尊重することは、市民としての当然の義務である。第三者たる市民が、使用者 と一定の目的の取引をしようとする場合には、争議権行使を妨害しないよう争議組合のある種の統制に服してなすべ きである。争議権行使を不当に妨害するとぎには、市民としての第三者たる性格を失い、スト破りに転落する。かよ うな意味において、第三者たる市民といえども、労働者権を尊重すべきことは国民としての憲法上の義務であり、市 民的自由の行使においても、争議時には争議組合によるある種の統制に服すべき受認の義務を負うといえる。かかる 意味において、市民的自由が労働者権にすべて優先すると一面的一方的に断定することはできない。 四 判示一および二について、若干の批判を加えた。判示三以下は主題の直接の対象でないし、かつ間題であるだ けに、別の機会に譲りたい。非組合との差別的取扱、組合非難と使用者の言論の自由、団交拒否などの不当労働行為、 施設管理権と組合活動の関係についての判旨は、無産労働者がこれまでどんなに苦難の道を歩んでぎたか、現に生き ているか、労働者権承認の歴史的意味にうといというより、権力の僕としての忠実な技術論なるがゆえに、そして判 例の推移のなかでもかならずしもそうでないだけに、あらためて機会をえて論証してみたいと考えていゐ。 ︵本学教授 門田信男︶ 病院ストと第三者にたいするピケの正当性 一〇三