国際家族法における諸原則の相互関係《国際家族法
研究会報告(第27回)》
著者名(日)
徐 瑞静
雑誌名
東洋法学
巻
55
号
3
ページ
245-250
発行年
2012-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000858/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止《 国際家族法研究会報告(第 27回)》
国際家族法における諸原則の相互関係
徐 瑞静 一 はじめに 本報告においては、国際私法、とりわけ、国際家族法にお ける利益考慮として、当事者利益保護との関連において、当 事者意思を尊重する当事者自治と、密接関連性の原則、両性 平等の原則、弱者利益保護の理念、さらに、いくつかの国際 私法総則との間の適用上の優劣関係について、若干の考察を 行った結果を報告することとしたい。その基本的な観点は、 今 日、 私 法 関 係 に お い て 広 く 確 立 し て い る 私 的 自 治 の 原 則 が、渉外私法関係の判断において、いかなる範囲まで活かさ れることができるか、また、その限界の設定はいかにあるべ きかということである。 二 当事者自治の動向 まず、準拠法選定の次元における私的自治、すなわち、当 事者自治の許容性ないしその範囲についてである。渉外的要 素 を 有 す る 私 法 関 係 に つ い て、 国 際 私 法 の 強 行 性 を 顧 慮 し て、その抵触法的処理を当事者意思により回避することがで きない場合であっても、当事者の意思を連結点として、法廷 地法に依らしめることにより、事実上、抵触法的処理を行わ な か っ た と 同 様 の 結 果 を 導 く こ と が 可 能 で あ る。 実 際、 現 在、当事者自治を許容する諸外国の立法例、および、日本の 国際私法規則については、広い私法領域において見ることが できるところである。そして、その場合に注目されるべきこ とは、例えば、契約や不法行為のような一定の範囲の私法関 係について、当事者の意思により、抵触法的処理を回避する ことが許されない場合であっても、準拠法選定の次元におけ る当事者自治として、法廷地法によらしめることができると い う こ と で あ る。 し か も、 身 分 法 関 係 や 物 権 法 関 係 の よ う に、社会秩序への強い影響から、強行法規が妥当すると考え られてきた私法関係の領域についても、近時の諸国立法にお いては、国際私法の次元における私的自治ないし当事者自治 の立場が、益々、有力になっているという事実を否定するこ とができない。かつて、殆ど、夫婦財産制についてのみ制限 的に当事者自治が許容されていた身分法関係においては、条 約や諸国国内立法において、相続を始めとして、離婚、婚姻 の 身 分 的 効 力、 氏 名 等 に ま で、 当 事 者 自 治 が 拡 大 さ れ て お り、さらに、拡大化の勢いを増していることが看取される。 因みに、財産法関係については、契約における当事者自治の 原則は、不法行為や物権にまで、その範囲を拡大している。 そして、信託や仲裁のように、契約類似の法律関係にも確実 に波及している。三 国際家族法における諸原則の相互関係 一方、今日、密接関連性の原則、弱者利益の保護の理念、 両性平等の原則も、増々、多くの支持をえており、当事者自 治とそれらとの抵触が生じる場合については、その調整が必 要であり、当事者自治は後退せざるをえない場合もある。し かし、密接関連性の原則との関係においていえば、当事者に とって、当事者利益を確保することが最密接関連法の適用に 優るものである。そのため、多くの場合に、当事者自治は密 接関連性の原則を凌駕するが、一定の場合には、最密接関連 法 上 の 判 断 基 準 が 優 先 す べ き こ と も 否 定 で き な い。 す な わ ち、労働契約における労働者保護や消費者契約における消費 者保護のように、弱者利益の保護の理念が支配するような法 律関係の場合においてである。弱者利益の保護は、今日の福 祉国家ないし人権尊重社会において、最も優先されるべき観 点である。しかし、当事者自治は、それに反しない範囲にお いてできる限り許容されるべき国際私法上の原則であり、ま た、当事者自治の原則が弱者利益の保護の顧慮につながる場 合があることも考えられる。すなわち、弱者の意思に従った 準拠法選択の許容という形をもって、両者は調和を保持する ことが可能であろう。 両性平等の原則との関連においても、当事者自治の原則は 両立することができる。たとえ、当事者自治の結果、夫婦の いずれか一方の属人法の選択がなされた場合であっても、そ れをもって直ちに両性平等の原則に反すると断じることは妥 当ではない。当事者双方のいずれの属人法にも選択の可能性 が認められるならば、あながち、不平等であるとはいえない と思われるからである。むしろ、実質的判断において、両性 平等の原則に反する場合における公序則の発動の可能性の留 保のもとに、抵触法の次元においては、当事者自治の原則は 貫かれても良いであろう。その場合、果たして、いかに公序 概念を構成すべきかという問題こそが、当事者自治の原則の 保障とも関連する重要な課題として残されているというべき である。また、公序則を発動した結果としての補充法の選定 においても、再び、当事者意思の尊重に留意すべきで余地が 認められる。 四 国際私法総則と私的自治の関係 以上において、当事者自治の原則を中心として、密接関連 性の原則、弱者利益の保護の理念、両性平等の原則との関連 において、それらの優先関係および調整ないし調和について ごく簡略に論及されたが、それら以外の国際私法上の基本原 則との関連についても、さらに、検討されるべき課題は残さ れている。そこで、とくに、国際私法上の基本原則が規則化 されているものが多い国際私法総則との関連において、それ らの優劣問題について、簡略に言及しておくこととしたい。 ま ず、 法 律 関 係 の 性 質 決 定 の 問 題 と の 関 連 に お い て で あ る。何らかの渉外私法問題の抵触法的解決において、そのた
めの準拠法選定規則の適用の前提となる法律関係の性質決定 をめぐっては、学説上、法廷地法説、準拠法説、国際私法独 自説の三つの立場が唱えられてきたが、現在、日本において は、 国 際 私 法 独 自 説 が 通 説 と さ れ て い る (山 田 鐐 一『国 際 私 法(第 三 版) 』(有 斐 閣、 二 〇 〇 四 年) 四 九 頁 以 下、 と く に 五 一 頁 以下、溜池良夫『国際私法講義(第三版) 』(有斐閣、二〇〇五年) 一 二 九 頁 以 下、 と く に 一 三 三 頁 以 下、 木 棚 照 一 = 松 岡 博 = 渡 辺 惺 之『国 際 私 法 概 論(第 五 版) 』(有 斐 閣、 二 〇 〇 七 年) 三 五 頁 以 下、 と く に 三 六 頁 以 下(木 棚) 、 澤 木 敬 郎 = 道 垣 内 正 人『国 際 私 法 入 門(第 六 版) 』(有 斐 閣、 二 〇 〇 五 年) 二 一 頁 以 下、 と く に 二 二 頁 以 下、 櫻 田 嘉 章『国 際 私 法(第 五 版) 』(有 斐 閣、 二 〇 〇 五 年) 六 七 頁 以 下、 と く に 六 九 頁 等 参 照) 。 裁 判 例 と し て は、 具 体的に性質決定しているものは少なくないが (澤木=道垣内・ 前 掲 書 二 二 頁 以 下 参 照) 、 い ず れ の 立 場 に 拠 っ た か を 明 ら か に したものとしては、わずかに、法廷地法説の立場に拠るべき こ と を 明 言 し た 京 都 地 方 裁 判 所 昭 和 三 一 年 七 月 七 日 判 決 (下 民集七巻七号一七八四頁) が見られるのみである。国際私法独 自説が通説であるとされているが、性質決定の具体的な基準 と し て は、 必 ず し も 確 立 し て い る と は い え な い (山 田・ 前 掲 書 五 三 頁 以 下、 溜 池・ 前 掲 書 一 三 五 頁 以 下、 木 棚 = 松 岡 = 渡 辺・ 前 掲 書 三 七 頁 以 下(木 棚) 、 櫻 田・ 前 掲 書 六 九 頁 以 下 参 照) 。 裁 判 実務においては、法廷地実質法上の概念に従っているのが現 実 で あ る (澤 木 = 道 垣 内・ 前 掲 書 二 三 頁 参 照) 。 ま た、 同 一 の 法律関係がいくつかの性質を有する場合もある。いずれにせ よ、今後、確定的な性質決定ができない場合、すなわち、当 面の法律関係の準拠抵触規定が不明な場合には、当事者自治 の立場から解決される余地もあるのではないか。すなわち、 性質決定において、当事者の意思の尊重が重要な決定基準と なりうるものと考えられる。 次に、先決問題との関連においてである。継起的法律関係 において、何らかの身分関係の成否が別個の身分関係の有効 性に懸かっているような場合、当面の問題である本問題に対 し て、 そ の 前 提 条 件 と な る 問 題 は 先 決 問 題 と 呼 ば れ、 そ し て、通常、その問題の有効性についての判断の基準となる準 拠法をいかに選定すべきであるかが、国際私法上における先 決問題の問題である。すなわち、通説によれば、先決問題の 本質は連結問題であるということになるが、簡明に言えば、 そ の 準 拠 法 を 選 定 す る 国 際 私 法 (抵 触 法) は 法 廷 地 国 際 私 法 か、それとも、本問題準拠法所属国国際私法か、という形で 争われている。一般に、一国における渉外私法問題には、当 該 国 の 国 際 私 法 (法 廷 地 国 際 私 法) が 強 行 的 に 適 用 さ れ る べ きであるとする法廷地法説に対して、先決問題は本問題の適 用の過程ないしその結果において生起する問題であるから、 それについても、本問題準拠法が所属する国の法体系内にお ける抵触法的処理のための規則 (本問題準拠法所属国国際私法) が 適 用 さ れ る べ き で あ る と す る 準 拠 法 説 が 対 立 し て い る。
一九三〇年代から論じ始められたこの問題は、一九八〇年代 に台頭した折衷説、すなわち、法廷地法説も準拠法説も、い ずれも一律的に適用すべき立場とはせず、具体的な事例との 兼ね合いにおいて、より望ましい結果をもたらす方の解決方 法によるとする立場により、理論的な面の後退は否定できな いとしても、ひとまず、解決の糸口が見い出されている。現 在、いずれの立場を原則とし、いずれの立場を例外とするか の見解の相違は見られるにせよ、折衷説が多くの支持をえる 立 場 と な っ て い る と 見 ら れ る (山 田・ 前 掲 書 一 六 三 頁、 木 棚 = 松 岡 = 渡 辺・ 前 掲 書 八 二 頁(木 棚) 等 参 照) 。 以 上 の よ う に、 日 本には、国際私法上における先決問題の問題について、学説 上、折衷説が有力な立場になっているにせよ、法廷地法説と 準拠法説のいずれを原則とするかについても見解は統一され ていない状況であり、いまだ確たる内容を有する折衷説が通 説として確立しているとはいえないであろう。また、多くの 先例は法廷地法説の立場に立っており、同じく、法廷地法説 を 支 持 す る 学 説 が 根 強 い こ と も 否 定 で き な い (溜 池・ 前 掲 書 二 三 二 頁、 櫻 田・ 前 掲 書 一 三 二 頁、 澤 木 = 道 垣 内・ 前 掲 書 二 六 頁 以 下 等 参 照) 。 従 っ て、 日 本 の 国 際 私 法 に お い て、 今 な お、 先決問題について何らかの確立した実定規則が存在している とは言えないであろう。このような場合には、法律関係のい かんにより、より保護されるべき当事者の意思に従い、法廷 地法説と準拠法説とのいずれに依拠するかを決定することも 検討されるべき余地があるのではないであろうか。折衷説に おける判断基準を当事者意思に求めるということである。 さ ら に、 適 応 問 題 な い し 調 整 問 題 と の 関 連 に お い て で あ る。何らかの同一の事実関係に関わる法律関係が、いくつか の異なる側面から異なる準拠法へ連結されたため、それらの 法秩序間において矛盾ないし不調和が生じることがある。そ れ ら の 矛 盾 な い し 不 調 和 を い か に 適 応 な い し 調 整 す べ き か が、この問題である。しかし、この問題の解決においては、 複 数 の 準 拠 法 の 間 の 矛 盾 や 不 調 和 が 様 々 な 場 合 に 生 じ る た め、この問題自体を統一的に体系化することがそもそも困難 で あ る と さ れ る (溜 池・ 前 掲 書 二 三 五 頁 参 照) 。 そ の 解 決 方 法 と し て、 例 え ば、 抵 触 規 定 の 解 釈・ 適 用 の 段 階 に お け る 操 作、および、準拠法として指定された実質法の解釈・適用の 段階における操作が考えられるが、適応問題の解決について は一般的な基準はなく、実定法として依拠することができる 規則は存在しないというのが、日本学説の共通した認識であ ろ う (山 田・ 前 掲 書 一 六 六 頁、 木 棚 = 松 岡 = 渡 辺・ 前 掲 書 八 三 頁 (木 棚) 等 参 照) 。 具 体 的 に は、 抵 触 法 の 次 元 と 準 拠 実 質 法 の 次 元 と に 分 け て 処 理 す る こ と が 考 え ら れ て い る が (澤 木 = 道 垣 内・ 前 掲 書 二 八 頁 以 下 参 照) 、 そ の 他、 規 範 の 重 複、 規 範 の 欠 缺、 規 範 の 矛 盾 の 場 合 に 分 け て 検 討 す る 学 説 も あ る (櫻 田・ 前 掲 書 一 三 四 頁 以 下 参 照) 。 よ り 具 体 的 に は、 こ の 問 題 の 本質を個別的な場合に応じた利益衡量の問題であるとして、
最も重要性が低い利益を犠牲にし、最も重要な利益を保護す べ き と 唱 え る 学 説 も あ る (木 棚 = 松 岡 = 渡 辺・ 前 掲 書 八 三 頁 以 下(木 棚) 参 照) 。 要 す る に、 こ の 問 題 に つ い て は、 学 説 の 一 致が見られるまでには至っておらず、日本の国際私法におけ る 明 確 な 実 定 規 則 は 存 在 し な い と い う こ と が で き る。 し か し、利益衡量の問題として処理するとしたならば、何が最も 当事者にとって良い解決であるかという当事者利益の考慮に おいては、当事者の意思に委ねることが適切であろう。その 意味において、ここにも私的自治の原則ないし当事者自治の 原則が関与する余地がある。 以上の他、直接的適用規定とか、一般例外条項との関連に おいても、私的自治の原則ないし当事者自治の原則による支 配 の 優 先 が 検 討 さ れ る べ き 余 地 が 残 さ れ て い る と 考 え ら れ る。しかし、それらについては、ここにおいては論及しない ことにする。 五 若干の考察 今日、益々、世界諸国の人的、法的交流が隆盛になるに従 い、それらの者の間、そして、諸国間において、多くの点に おいて共通性を保有することになり、引いては、法律の面に お け る 差 異 も、 遅 か れ、 早 か れ、 減 少 す る こ と が 推 測 さ れ る。とくに、財産法関係のように、取引の安全性および迅速 性が共通の指導理念となる領域において、条約や地域的連帯 を背景として、急速に統一化へ向けて進展することは、欧州 連合にも見られるように、必ずしも困難なことではない。そ れに対して、婚姻や家庭に関する法律関係については、伝統 的慣習や宗教の理由で、法の統一は、かなり困難であると考 えられがちであった。しかし、欧米諸国を中心として、普遍 化し、定着しつつある弱者利益の保護や両性平等の理念の強 化とともに、人格権の尊重の一端としての当事者意思の尊重 という共通の指導理念により、家族法関係においても、やは り、欧州化であるにせよ、徐々に、統一化へ向けて進むこと に間違いはないであろう。 その場合に、私的自治の原則ないし当事者自治の原則は、 弱者利益の保護のための一定の解決が不可避的に要請される 範囲以外において、渉外私法関係を規律するための最も優先 すべき規則となるであろう。あるいは、前述のように、弱者 利益の保護を弱者本人の意思に委ねるという場合には、弱者 を主体とした当事者自治の原則として、両者の理念は融合し て調和することも考えられる。その意味において、弱者利益 の保護の理念は決して当事者自治と相容れないものでなく、 それぞれがそれぞれの領分においてその役目を果たすことが 望まれるものである。より具体的にいえば、当事者利益にせ よ、秩序利益にせよ、一定の実質的利益の確保が求められる 場合には、裁判官に対して、択一的連結による準拠法の選定 を要求することになるであろう。そして、そうでない場合に は、より広い視野からいえば、私的自治の原則ないし当事者
自治の原則に基づく解決方法が、多くの場合に、密接関連性 の原則を凌いで、基本的に妥当して、渉外私法関係の解決そ のものが、当事者によって望まれる方法をもって行われるべ きことになるであろう。事実、今日の国際私法ないし国際家 族法は、そのような方向へ向けて進展しているように思われ る。 六 おわりに 最後に、当事者自治の原則の隆盛化の一つの証左として、 諸国立法例の中でも、最も新しい包括的な国際私法立法であ る二〇一〇年の「中華人民共和国渉外民事関係法律適用法」 は、その総則規定である第三条に、当事者による準拠法の選 択 を 一 般 原 則 と す る こ と を 謳 っ て い る (笠 原 俊 宏「中 華 人 民 共和国の新しい国際私法 『渉外民事関係法律適用法』 の解説 (四) 戸 籍 時 報 六 七 一 号 五 七 頁 以 下 参 照) 。 同 条 は、 同 法 中 の 各 論 規 定における当事者自治の規則と相俟って、当事者自治の原則 が抵触規定の補充規定としての役割を果たすことを明言する 画期的な規定として注目されてよいであろう。しかも、中国 国際私法の上記の規定は、決して中国のみに止まるものでは なく、諸国における国際私法の今後の趨勢を反映した規定と して、極めて象徴的な存在であるといっても過言ではないよ うに思われる。かつて、国際私法規則は、実質的判断を伴う 択一的連結の規則と、それ以外の当事者自治の規則に収斂さ れることになるのであろうということが指摘されたことがあ る (笠原俊宏『国際家族法新論(補訂版) 』(文眞堂、二〇一〇年) 九 四 頁、 一 一 〇 頁 参 照) 。 今、 ま さ に、 そ の こ と が 現 実 に な ろ うとしている。 (じょ・ずいせい 東洋大学大学院博士後期課程)