経済と経営 45−2(2015.3)
論 文>
日本の企業統治における機関投資家の役割と課題
汪
志 平
はじめに 1990年代後半以降,日本の企業統治(コーポレートガバナンス)のあり方が再検討されるように なった。従来の日本企業は,株式持ち合いにより株主の発言力を弱め,株主が経営に関与すること を避けようとするのが一般的であった。機関投資家等株主もまた,積極的に経営関与する姿勢を見 せてきたとは言いがたい。 また,メインバンク論に代表されるように,経営危機に陥った場合には主に銀行が経営監視の役 割を果たすとされてきた。しかしながら,メインバンクの地位が相対的に低下し,代わりに企業統 治において期待される株主の役割が大きくなった。 さらに投資ファンドが台頭し,機関投資家も議決権行 などの手段によって,自らの利害を経営 に反映させようとすることが珍しくなくなった。日本企業においても,企業価値や株主価値を重視 した ROE と株価の向上を目指した効率的経営を求められてきた。2014年6月に閣議決定された 日 本再興戦略 の改訂版(図表1)も, コーポレートガバナンスの強化 を鍵としているため,日本 の企業統治を巡る議論が高まっている。 そこで,本稿は,まず株主構成が 1990年代半ば以降どのように推移し,国内外の機関投資家の所 有比率の変化状況を述べる。次に,機関投資家が大株主となることにより,日本の企業統治のあり 方にどのような影響を与えたのかを 察する。最後に,機関投資家が受け入れを相次いて表明した 日本版スチュワードシップ・コードの内容と実現への課題を検討する。 図表1 日本再興戦略∼改革に向けての 10の挑戦 1 日本の 稼ぐ力 を取り戻す ①コーポレートガバナンスの強化 ② 的・準 的資金の運用の在り方の見直し ③産業の新陳代謝とベンチャーの加速,成長資金の供給促進 ④成長志向型の法人税改革 ⑤イノベーションの推進とロボット改革 2 担い手を生み出す ⑥女性の なる活躍促進 ⑦働き方の改革 ⑧外国人材の活用 3 新たな成長エンジンと地域の支え手となる産業の育成 ⑨攻めの農林水産業の展開 ⑩ 康産業の活性化と質の高いヘルスサービスの提供 出所: 日本経済新聞 朝刊,2014年9月4日より作成。1.機関投資家の増大と日本企業の意識変化 機関投資家が存在感を増している様子は,日本企業の株主構成を見ると明らかである。図表2か らは,1990年代より外国人投資家の増加という株主構成の変化が見られる。図表2では,外国法人 となっているが,その多くは機関投資家である。それに伴い,株式市場において海外の機関投資家 の存在が注目されるようになっている。 海外の機関投資家の株式保有比率が増加した背景としては,事業法人や都市銀行を中心とする金 融機関の保有比率の低下が挙げられる。図表2を見ると,事業法人と都市銀行等の所有比率の低下 が顕著であり,事業法人は 1990年度の 30.1%から 2000年度は 21.8%,2010年度には 21.2%となっ ている。また都銀・地銀等は,1990年度の 15.7%から 2000年度に 10.1%,2010年度には 4.1%と なっている。 事業法人や都銀等が所有比率を低下させた要因としては,株価の低迷による株式の売却,また 2001年4月1日以降に始まる金融商品に対する時価会計の導入,2000年に日本 認会計士協会が 表した益出しクロス取引の禁止,2001年に成立した銀行等株式所有制限法等の制度変 が挙げられ る。こうした株式の売却により持ち合いの解消が進んだ。株式の持ち合いは,安定株主工作,取引 関係の強化といった日本の企業間関係に特徴的なものであった。 一方で,株式持ち合いの崩れを埋め合わせたのが,外国人投資家,特に機関投資家であった。外 国人投資家は,1990年の 4.7%から 2000年に 18.8%,2013年には 30.8%と比率を上昇させている。 図表2 主要投資部門別株式保有比率の推移(%) (注) 平成 16年度から平成 21年度までは,ジャスダック証券取引所上場会社 を含む。 出所:東京証券取引所 他(2014) 平成 25年度株式 布状況調査の調査結果について 。
外国人投資家の増加という株主構成の変化は,日本企業に意識変化を促し,それまでの株式や土 地の含み益に依存した拡大経営から,ROE(自己資本利益率,株主資本利益率)を意識した経営に シフトさせた。その理由としては,外国人投資家が ROE の高い企業に投資する傾向が強く,また ROE が株価を決定する要因であることが指摘されている。 さらに,株主 会での機関投資家の判断に大きな影響力を持つ議決権行 助言会社の最大手,米 インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)が新たに ROE を判断基準とし て導入している。過去5年の平 ROE が5%を下回る企業に対して,株主 会で経営トップの選任 案に反対票を投じることを機関投資家に推奨するというものである。 ISS の方針によって社長の選任案が直ちに否決に追い込まれるわけではないが,議決権行 助言 会社の方針は海外の機関投資家を中心に影響力が強く,日本企業はその動向に神経を うことにな る。例えば 2013年の株主 会で,キヤノンの御手洗冨士夫会長兼社長の選任議案への賛成率が 72% にとどまったのは,社外取締役がゼロの企業に多くの機関投資家が反対票を投じたためである。そ して 2014年,キヤノンは初めて社外取締役を選任した。 IR ジャパンによると,2014年5月にはカルパース(米カリフォルニア州職員退職年金基金)など 海外の有力機関投資家 20社が,トヨタ自動車など日本の主要企業 33社に,社外取締役の増員を求 める異例の書簡を送った。 独立性が高い社外取締役の比率を今後3年で3 の1以上に上げ,達成 できなければ 2017年度の 会で取締役選任議案への反対を検討する という内容であった。 2014年の株主 会までは,社外取締役など企業統治のあり方に注目が集まっていたが,2015年か らは,ガバナンスの形に加え,資本効率という 結果 に投資家の判断材料が移ることになる。 社団法人生命保険協会が行っている 株式価値向上に向けた取り組みについて(平成 24年度版) という上場企業および機関投資家に対する調査において,投資家が重視している経営指標として ROE が挙げられている。それに続いて, 利益額・利益の伸び率 , 配当性向 となっている。 それに対して,企業が最も重視している指標は, 利益額・利益の伸び率 であり,続いて 売上高 利益率 , ROE の順となっている。投資家と企業との間の意識にギャップが存在しているが,両 者とも ROE を高めるために重視すべきこととして 売上高純利益率の向上 を挙げている。 大株主として 信託口 の意義 近年の大株主の状況をみると,全体として機関投資家が最上位を占めるが,個別企業の有価証券 報告書の上位株主欄には, 日本マスター信託口 や 日本トラストティ信託口 といった名前が記 載されている。これらは資産管理専門銀行が受託して管理しているものである。つまり, 信託口 自身が株式を所有し,議決権を行 しているのではなく,誰かがこの銀行に管理を委託していると いうことである。 日本経済新聞社による日本の上場企業の株式保有 額が多い上位 10大株主の調査によると,2013 年3月末時点で,第1位が 日本トラスティ信託口 ,第2位が 日本マスター信託口 となってい る。 日本マスター信託口 は,日本マスタートラスト信託銀行が管理・運営しており, 日本トラス ティ信託口 は,日本トラスティ・サービス信託銀行が管理・運営している。これらは 資産管理 専門銀行 と呼ばれている。
日本には3つの資産管理専門銀行が存在する。日本マスタートラスト信託銀行は,三菱 UFJ 信託 銀行,日本生命保険,明治安田生命保険,農中信託銀行の共同出資で,2005年5月に設立されてい る。日本トラスティ・サービス信託銀行は,三井住友トラスト・ホールディングスとりそな銀行の 共同出資によって,2000年6月に設立されている。資産管理サービス信託銀行は,みずほフィナン シャルグループ,第一生命保険,朝日生命保険,明治安田生命保険,富国生命保険の共同出資で 2001 年1月に設立されている。 これら専門銀行は,年金基金, 的年金,投資信託, 的機関などから委託された大規模な資産 を預かり,保管や管理業務を行っている。 的機関とは, 銀行等保有株式取得機構 などである。 取得機構は,銀行が保有する持ち合い株の受け皿として,2002年1月 30日に設立された機関であ る。買い取りは 2017年3月 31日まで,買い取った株式は 2027年3月末までに処 すると設定され ている。 個々の企業の大株主リストを見れば,その変化がよくわかる。かつて日本の金融機関による自己 勘定による保有が多かったが,いまや信託による所有,つまり機関投資家による所有が圧倒的に多 く,また外国人投資家による所有も見られる。ここでは,トヨタ自動車の 10大株主を,1990年と 2008 年と 2014年で比較してみよう(図表3)。 直近の 2014年度トヨタの大株主リストを見ると,日本トラスティ信託,日本マスター信託,資産 管理サービス信託のような国内の名義株主や,SSBT(ステート・ストリート・バンク&トラスト) といった海外の名義株主が出ている。これらは実際に年金や投資信託が所有しているものであり, 自己勘定による所有ではなく,機関投資家としての所有である。 2.機関投資家が企業統治に与える影響 一般の個人投資家に比べて,機関投資家は情報収集によるモニタリング能力があり,一定の株式 を保有することで企業に影響力を及ぼすことできる。米国では,1980年代後半には, ウォール・ス 図表3 トヨタ自動車の 10大株主の推移 1990年6月 2008年3月 2014年3月 1 三和銀行 4.98 自社(自己株口) 8.6 日本トラスティ信託 9.90 2 太陽神戸三井銀行 4.98 日本マスター信託 6.2 豊田自動織機 6.67 3 東海銀行 4.98 日本トラスティ信託 6.2 日本マスター信託 5.43 4 豊田自動織機 4.62 豊田自動織機 5.8 SSBT(みずほ) 3.83 5 日本生命保険 3.68 日本生命保険 3.8 日本生命保険 3.65 6 日本長期信用銀行 3.12 ヒーロー&カンパニー 3.5 バンク オブ ニューヨーク 2.49 7 大正海上火災 2.46 資産管理サービス信託 3.0 資産管理サービス信託 2.11 8 大和銀行 2.44 SSBT 2.8 デンソー 2.08 9 第一生命 2.24 東京海上日動火災 2.4 三井住友海上火災 1.97 10 三井信託銀行 2.17 三井住友海上火災 1.8 SSBT(HSBC) 1.65 注:SSBT=ステート・ストリート・バンク&トラスト 出所: 会社四季報 1990年版・2008年版,およびトヨタの HP より作成。
トリート・ルール (投資先企業の経営に関して不満があれば,その企業の株式を売却する)から, 議決権行 による 物言う株主 へと企業統治の流れが大きく変化した。それに対して,日本の企 業統治は伝統的に銀行中心であった。高度経済成長期には銀行中心のガバナンスが一定の機能を果 たしたが,その後の銀行離れにより有効性は低下した。1990年代の前半のバブル経済期に過剰な投 資が起きたのは,まさに企業統治の空白状態があったためである。 企業統治は,不祥事の防止という観点で話題になることが多いが,最近となって,長期的な株式 価値の向上のためのガバナンスであることが強調されている。具体的には,投資先企業に対するモ ニタリングやアドバイスを行うことで, 資産利益率(ROA)や株主資本利益率(ROE)の改善を 目指すといったことである。機関投資家の企業統治における役割には,大きく 直接効果 と 間 接効果 の2つがある。 直接効果 とは,不採算部門からの撤退や,不適切な多角化,M&A,過剰な内部留保・余剰資 金に対する警鐘など,財務政策に直接働きかけるものである。これに対して 間接効果 とは,ガ バナンスのあり方そのものを改善しようとするものである。たとえば,米国などの機関投資家が世 界中で運用することによって,社外取締役が増えたり,最高経営責任者(CEO)と取締役会議長の 兼任が減ったりといったように,ガバナンスが改善される企業が,世界中に増えていく。 機関投資家の増加は,日本の企業行動に実質的な影響を与えている。宮島(2003)等の実証 析 によれば,機関投資家の持株比率が高い企業ほど,90年代末からの取締役会の規模の縮小,執行役 員制の導入,独立取締役の採用などの一連の改革や情報 開に積極的であった。また,海外投資家 の持株比率が高い企業ほど,売り上げの変化に対応した雇用の調整のスピードが速く,成長戦略と してM&A(合併・買収)を選択する確率が高い。 機関投資家は企業の配当政策の決定にも影響を与えたため,配当偏重の傾向を生み出したとも指 摘される。しかし宮島(2011)によれば,実際には 2000年代以降,配当額の増加と並行して,内部 留保も増えており,配当性向の上昇はわずかである。むしろ注目すべきは,高い機関投資家比率が 配当の利益弾力性を引き上げていることであり,機関投資家の増加は企業に近視眼的な経営を強い ているわけではない。 また,外国人投資家が増えると,企業が当期の目標利益や配当を維持するために,R&D(研究 開発)支出を圧縮する危険が指摘される。しかし早稲田大学の蟻川靖浩,河西卓弥と宮島英昭が試 みた実証 析によれば,機関投資家の持株比率が高い企業で,R&D支出が当期のキャッシュフロー (資金収支)の増減に強く影響を受けたという証拠はない。 一方,小林(2007)は外国人・年金・上位 10大株主を取り上げ,企業の経営効率性や企業活動を 示す変数をこれらの持株比率に回帰させた。その結果,外国人投資家の持株比率が高いほど ROE や ROA といった効率性の指標は大きく,また設備投資にも積極的であり,配当性向も高いことが明ら かになった。 現在,機関投資家の行動が企業経営に影響を及ぼす要素として重要になってきている。日本でも 1990年代末から,受託者責任を重視した 物言う 機関投資家が,議決権行 を表明する例が増え ている。例えば,株主 会において,業績の悪化した企業の経営者の選任・解任への関与や利益処 に関する増配の要求を行う。また,TOB などの企業買収に,機関投資家が関与する事例が増えて いる。
企業も株主としての機関投資家の声を無視できない状況にある。ガバナンスが十 でない企業に 対しては,機関投資家が投資を見合わせたり,投資額を減額させたりする。企業にとっては資本市 場からの資金調達コストが上昇するので,ガバナンスを改善することが企業ンインセンティブとな る。 これまで国内の機関投資家,中でも生命保険会社は,株主 会において企業の議案にほとんど異 議を唱えてこなかった。それは投資収益の獲得以上に企業間関係を重視し,投資先企業との取引関 係を維持することが重要であったからである。反対意見の表明に消極的な理由は,それにより取引 に悪影響を与えることを避けるためである。 しかし 1990年代後半になると,外国人投資家による日本企業に対する議決権の行 が行われ,こ うした動きに国内の機関投資家も同調するようになった。その背景には,企業統治や受託者責任の えがある。機関投資家は委託者の資産を運用し,運用収益を上げ,それを還元することをその役 割としている。この役割を果たすために,機関投資家は議決権を行 し,業績が低迷している企業 に対し,経営の改善を求め,場合によっては経営者を 替させるということを行うようになった。 特にアメリカの機関投資家の影響を受け,独自に株主議決権の行 に関するガイドラインを作成し た機関投資家は,積極的に議決権を行 している。 たとえば,2001年度の株主 会において 否 の意思表示をした外国人機関投資家は,回答企業 数 2013社のうち,461社(22.9%)を占めた。 否 の指示のあった議案について,特に多かったも のは 退任取締役および監査役の退職慰労金議案 (58.4%), 取締役および監査役選任議案 (33.2%), 利益処 (損失処理)案 (23.6%)である。 その後の 2008年度の株主 会において,企業の提案に対して 否 の意思表示をした外国人投資 家は,回答企業数 1962社のうち 1175社(59.5%)を占めている。 否 の指示のあった議案につい て,特に多かったものは, 取締役選任議案 (751社,63.9%), 監査役選任議案 (627社,53.4%), 剰余金の処 (315社,26.8%)である。 金融庁が 2009年6月に 表した 我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ 報 告によれば,市場を通じて上場会社のガバナンスを向上させるために,投資家による的確な経営監 視に期待を寄せる。そのためには,機関投資家に対して,受託者責任に基づく適切な議決権行 を 要請する。 市場における監視の下で議決権が的確に行 されるためには,機関投資家の議決権行 における 判断基準となる議決権行 方針やガイドラインが適切に作成され, 表されることが必要である。 また,機関投資家が実際の議決権行 の結果を 表することは,機関投資家が適切に議決権を行 しているか否かを客観的に評価し,透明性を高めることにつながる。日本では,企業年金連合会等 の一部の 的性質の高い年金基金において,議決権行 結果を自主的に開示してきた。このような 開示を,機関投資家全体にまで拡大し,議決権行 を通じたガバナンスの向上を目指すこととする。 投資信託協会ではすでに 2003年以降,議決権行 方針の作成と開示に関する業界ルールが策定さ れている。議決権行 結果の 表に関しては,2010年3月に自主規則を策定した。 日本投資顧問業協会は,議決権行 方針の作成と 表に関しては 2009年 12月,議決権行 結果 の 表に関しては 2010年1月,自主規則を策定した。 信託協会は,議決権行 方針の作成と 表および議決権行 結果の 表に関して,加盟各社に対
して協会通達を発出し,加盟している主要な信託銀行が対応を行っている。 したがって,2010年以降,日本の主要な機関投資家(投資信託,投資顧問,信託銀行)では,議 決権行 方針および行 結果に関する情報が 表されている。これらは,各機関投資家のウェブサ イト等で閲覧することが可能である。また,議決権行 結果に関しては,各協会は,それぞれ加盟 各社から情報を収集し,集計結果を 表している。 議決権行 結果の 表に関しては,ほとんどすべての機関投資家において,全体の賛成・反対の 比率にとどまらず,議案の種類ごとに賛成・反対の比率を開示している。ただし,個別企業の個別 議案ごとの行 結果の開示に関しては,日本では企業と投資家との信頼関係に影響を及ぼす恐れが あるとの理解が定着している。 このような企業統治における機関投資家の役割を一層強化し,日本市場の魅力を高めるために, 金融庁に設置された有識者検討会において,2013年から日本版スチュワードシップ・コードの検討 が行われた。そして,2014年2月に 責任ある機関投資家 の諸原則 (日本版スチュワードシッ プ・コード) を 表した(詳細は後述)。 国内の機関投資家の行動変化 国内の機関投資家の行動変化の例として,銀行等保有株式取得機構の議決権行 状況を見よう。 取得機構の基本的な え方として,下記の3点が明示されている(銀行等保有株式取得機構ホーム ページ http://www.bspc.jp/giketsu.html)。 ①議決権の行 は,機構の経済的利益を増大することを目的として行われること。 ②株主の利益を最大にするような企業経営が行われるよう議決権を行 すること。 ③企業活動に関する適時かつ適切な情報開示が促進されるよう議決権を行 すること。 図表4からわかるように,2005年4月∼2006年3月の結果を見ると,投資先の企業経営への関 与・介入には極めて消極的であり,サイレントパートナーとしての位置づけと えられるが,その 後は議決権行 を積極的に行っている。とりわけ社外取締役の選任案件に対し,取得機構による反 対(一部反対含む)の割合が非常に高い。 株式持ち合いの解消によって株式を保有した銀行等保有株式取得機構は,企業に一定の影響を与 えていると えられる。取得機構は一定の基準で議決権行 を行っており,過去の安定株主確保の ための株式持ち合いのように,取得機構が株式を保有している会社は,株主を無視した経営を行う 図表4 銀行等保有株式取得機構の議決権行 の状況 反対(一部反対含む)の割合 株主 会の全議案 社外取締役に関する議案 2005年4月∼2006年3月 0.2% 0.0% 2006年4月∼2007年3月 15.7% 51.8% 2007年4月∼2008年3月 18.3% 61.0% 出所:鳥居陽介(2014)表2より作成。原資料は 参議院議員大久保勉君提出日本銀行,預 金保険機構,および銀行等保有株式取得機構が保有する株式の議決権の行 に関する 質問に対する答弁書
ことはできないと えられる。 機関投資家が 表している議決権行 の方針を見てみると,役員報酬に関して明確に議決権行 の判断基準を設けているものが数多く見られた。 日本企業の役員報酬は,基本報酬や退職慰労金といった固定報酬と,賞与やストック・オプショ ンといった変動型報酬の大きく2つに けられる。日本の上場企業における固定報酬の比率は,約 7割に達しており,欧米の約3割に対して倍以上の開きがある。 このような固定報酬比率の高い従来の役員報酬体系に対して,コーポレートガバナンス強化の観 点から,中長期的な企業価値向上および業績向上のインセンティブとして適切に機能する新たな報 酬体系の構築が喫緊の課題となってきている。 議決権行 の方針をみると,機関投資家は,業績連動の比重や報酬算定プロセスの適正化を重視 している傾向が窺える。特に固定報酬である退職慰労金制度については,在任年数の影響が強く, 業績との連動性も不透明であるとして批判が強まってきている。 図表5は日本版スチュワードシップ・コードを受入れた投信・投資顧問 47機関の 2014年5・6 月株主 会における議決権行 結果をもとに,各議案に対する反対比率を整理したものである。こ れをみると, 退職慰労金支給議案 に対する反対比率は,他の議案に比べて突出して高いことがわ かる。その反対比率は約 34%に上り, 取締役選任議案 に比べて2倍以上の開きがあった。なお, 議決権行 の方針をもとに賛否判断基準を整理したところ,大きく5つに けられた(図表6)。 図表6を見れば かるように,赤字決算・債務超過・業績不振の企業の退職慰労金支給議案へは 精査する,とした機関投資家が一番多かった。なかには3期連続赤字でかつ無配当の企業に対する 支給議案には反対票を投じると厳密に定めているものもあった。 不祥事を起こした企業や,株主価値の毀損の恐れがある場合も,約3割近い機関投資家が慰労金 議案に対して精査する姿勢を示している。在任期間については,主に投信・投資顧問が判断基準と して挙げており,多くは在任期間2年未満の役員に対する慰労金支給議案には反対するというもの 図表5 2014年5∼6月株主 会議案に対する反対比率 (注) コードを受け入れた投信・投資顧問 47機関が 表している議決権行 結果。 出所:原田裕太(2014)。
であった。一方で,原則賛成と表明している機関投資家はわずかに5%であった。 この結果から,現在,機関投資家は退職慰労金制度に対して大変厳しい目でみていることが明ら かとなった。 退職慰労金制度に対する風当たりが強まる中で,その代替案として企業で導入が進むのが株式報 酬型ストック・オプション制度である。これは対象者に企業の株式を無償支給した場合とほぼ同水 準のキャピタルゲインを与えるスキームである。大和 研調べによると,2013年6月時点で導入し ている企業は,上場企業 3,542社中 299社に上る。 この制度は業績連動型報酬という側面から,株主と経営者との利害関係を一致させ,企業価値の 向上にコミットさせることができるということで,機関投資家からの理解が得られやすいとされる。 一方で新株予約権の発行による株の希薄化を懸念する声も多い。 付与対象者については,業績向上のインセンティブ報酬という側面から,取締役や執行役に対す る付与とすべきというものであった。また,企業経営を監督する立場にある社外取締役や監査役へ の付与や顧問やアドバイザーといった第三者への付与には慎重な意見が多かった。このように見て みると,退職慰労金制度に比べて制度設計を重視している判断基準であるといえよう。 3.機関投資家のあるべき姿 日本版スチュワードシップ・コード スチュワードシップ・コード(stewardship code)とは,2010年に英国で制定されたもので,機 関投資家が顧客・受益者と投資先企業の双方を視野に入れ,機関投資家としての責任を果たすに当 たり有用と えられる諸原則を定めるものである。具体的には,受託者責任を果たすための方針, 利益相反管理の方針などの 表や,投資先企業のモニタリングなどを機関投資家に求めている。 遵 守か説明か (Comply or Explain)に基づくソフトローであり,遵守義務はないが,コードを遵守 しない場合には,なぜ遵守しないのかを説明する必要がある。 2014年2月 26日, 責任ある機関投資家 の諸原則 (日本版スチュワードシップ・コード)が, 金融庁主催の有識者検討会で承認された。日本版スチュワードシップ・コード(以下,コード)の 諸原則で主に求められているのは,投資先企業の状況把握, 設的な対話,議決権行 ,顧客・受 益者への報告である(図表7)。 コードの原型は,2010年に英国でまとめられた スチュワードシップ・コード である。したがっ て,日本版スチュワードシップ・コードの大半は,英国のものと同一である。 れば,英国では 1992 図表6 退職慰労金支給議案に対する賛否判断基準別の機関投資家が占める割合 賛否判断基準 割合 赤字決算,債務超過,業績不振,株価低迷,ROE 低迷か 33% 株主価値の毀損の恐れがあるか 28% 企業および対象者が不祥事を起こしているか 26% 金額決定のプロセスや在任期間が適切か 9% 原則賛成 5% (注) コードを受け入れた 83機関が 表している議決権行 方針より整理。 出所:原田裕太(2014)より作成。
年に キャドバリー委員会 でコーポレートガバナンスの改革提言が行われており,車の両輪は整 えられている。米国でも既に 1988年に エイボンレター によって,機関投資家の代表格である年 金の議決権行 は受託者責任に含まれると明示されている。今回の日本版スチュワードシップ・コー ドの制定は,これらから周回遅れの感は否めない。 コード と呼ばれていることからもわかるように, ルール ではなく, 原則 である。つまり, 法的拘束力のない,いわば紳士協定である。機関投資家が置かれた立場は様々であるが,関係者が その趣旨・精神を共有した上で,この大原則に基づいて,各自がその趣旨・精神に照らして,自主 的に適切な活動をすることが期待されている。 コードは,7つの原則からなる。原則1は,機関投資家の自主的な活動について,明確な方針を 策定すべきというものである。これは 自らの受託者責任をどう果たすのか という立場を対外的 に明示することになるため,ある意味では,押しつけられた ルール を形式的に遵守することに 慣れた日本の機関投資家にとっては,かえって厳しいテストになるであろう。 原則2は,利益相反についての管理の厳格化である。日本においては,利益相反取引が横行し, 投資家や受益者の利益を害しているケースが後を絶たない。利益相反取引は原則として全面的に禁 じられるべきであるが,もし機関投資家が受益者との間で利益相反があって,受益者の利益に わ ない意思決定をするのであれば,それはどうしてなのかを説明すべきである。たとえば,保険契約 者の資金を預かる生命保険会社が,ある企業の株式を保有しているとき,それは営業上の観点から 政策的に株を保有しているにすぎず,相手先企業の企業価値を向上させるという目的ではない場合 などが,典型的なケースであろう。 それ以外にも,銀行が経営不振の融資資先企業の株を保有する場合に,債権保全と株主利益の間 で,より深刻な利益相反が発生し得る。たとえば,銀行は,株主向けの配当に回すカネがあれば返 済に回してほしいはずであり,株主利益に反する増資を実施して融資の返済に充当することさえも あり得る。そして,何よりも,いわゆる 株式の持ち合い によって,企業との間で相互の安定株 主作りをしてきた金融機関にとっては,その説明責任が問われることになる。 原則3と4は,機関投資家が,投資先企業の状況を的確に把握し,また当該企業との対話を積極 的に行なうということである。ここで問題になるのが,その対話の中で,インサイダー情報の授受 が行われてしまう可能性である。これについては, 当該対話において未 表の重要事実を受領する ことについては,基本的には慎重に えるべきである とされており,また,仮に受領する場合に 図表7 日本版スチュワードシップ・コードの要点 原則1 スチュワードシップ責任を果たす方針策定と 表 原則2 管理すべき利益相反について方針策定と 表 原則3 スチュワードシップ責任を果たすための当該企業の情報の的確な把握 原則4 投資先企業との 設的対話に努める 原則5 議決権行 と結果の 表,明確な方針 原則6 顧客・受益者に対する定期的な報告 原則7 スチュワードシップ活動に伴う判断の実力を備える 出所:金融庁(http://www.fsa.go.jp/news/25/singi/20140227-2/04.pdf)を基に作成。
は, インサイダー取引規制に抵触することを防止するための措置を講じた上で,当該企業との対話 に臨むべきである とされている。 原則5と6は,機関投資家が自ら定めた議決権行 基準とそれを含め,投資先の企業価値向上を 促す活動方針について,顧客や受益者などに明確に示すべきということである。これについても, 機関投資家は今までにない説明責任を負わされることになる。 原則7は,機関投資家に,こうした各原則を実行するために必要な体制整備を求めるものである。 年金受給者に対する重い受託者責任を負っているにもかかわらず,年金基金の運営体制がお粗末で あるがゆえに,数々の不祥事を含め,受給者が不利益を蒙っている。年金基金に限らず,機関投資 家が受益者に対する忠実義務・善管注意義務を果たすに相応しい体制を持つことは当然である。 今回の提言では,各機関投資家に対し,コードの受け入れ表明及びその具体的方針など, コード の各原則に基づく 表項目(実施しない原則がある場合には,その理由の説明を含む)を自らのウェ ブサイトで 表することや,それを毎年見直すことなどを求めている。 このように機関投資家は,日本版スチュワードシップ・コードについて, 遵守か説明か を迫ら れることになった。すでに 的年金を運用する GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)などの コードの受入れを表明した機関投資家は,2014年 12月9日現在 175社となった(図表8)。 機関投資家には,信託銀行や投信・投資顧問のような アセット・マネージャー と,年金基金 や保険会社のような アセット・オーナー がある。アセット・オーナーは,自ら運用を行うケー スとアセット・マネージャーへ運用委託しているケースがある。GPIF や国家 務員共済組合連合会 などのアセット・オーナーは,自ら日本版スチュワードシップ・コードを受入れ表明するとともに, 運用委託先のアセット・マネージャーに対しても,スチュワードシップ責任を果たすことを求めて いる。このような背景からも日本版スチュワードシップ・コードは,機関投資家に広く浸透してき ているようである。 注意すべきことは,コードを 表する際,金融庁はコードの対応において 形式主義 にならな いように,という機関投資家向けのメッセージを同時に発表している。一部の運用会社で,これま での議決権行 においても形式的な評価である box-ticking approach(外形的・機械的な手法。例 えば,社外取締役××名,配当性向○○%等のチェックだけで,判断を行うこと)が見受けられる 図表8 受入れ表明をした機関投資家の業態別 類 (2014年 12月9日現在) 信託銀行等 6 投信・投資顧問会社等 122 生命保険会社 17 損害保険会社 6 年金基金等 19 その他(議決権行 助言会社他) 7 合 計 175 出所:金融庁(http://www.fsa.go.jp/news/26/sonota/20141209-1.html)より作成。
という認識から, 企業の持続的成長への投資家の関与 として相応しい対応を求めたのである。 4.日本版スチュワードシップ・コード実現への課題 日本版スチュワードシップ・コードの取り組みを企業の持続的成長に繫げるカギとなるのは,保 有銘柄数が多く,議決権行 や対話を重視する資産運用会社が,如何にその質的向上を実現できる かにあると言える。機関投資家がスチュワードシップ責任を果たすためには,これまで以上に企業 との対話(エンゲージメント)が重要になる。 コードの原則7では, 機関投資家は,投資先企業の持続的成長に資するよう,投資先企業やその 事業環境等に関する深い理解に基づき,当該企業との対話やスチュワードシップ活動に伴う判断を 適切に行うための実力を備えるべきである となっている。判断を適切に行う実力を備えることを 機関投資家に求めているが,これを十 に備えられない株主が多ければ,企業の持続的成長に繫が らない決議となる危険もある。 資産運用会社は投資信託を運用し,年金基金の受託運用も行うなど,1千銘柄前後の企業に対し, 議決権行 や対話を行っている。すでに様々な機関投資家がコードの受入れを表明したが,資産運 用会社は投資先企業の成長のために議決権行 や対話の高度化を試みたくても,なかなか実現しに くい様々な課題を抱えている。 ① 株主 会の集中問題 毎年6月下旬になると,上場企業の株主 会の集中が話題になる。株主 会で権利行 できる株 主を確定するために基準日制度を採用している会社においては,基準日から3カ月以内に株主 会 を開催しなければならないが,実務上は,ほとんどの会社で決算期末日を基準日として設定する。 そのため,3月 31日が決算期末の場合,6月 30日までに株主 会を開催しなければならない。日 本の上場会社の 80%以上の会計年度が4月から3月末であるので,6月後半に株主 会を開催する 会社が集中することになる。 東証によると,1995年6月下旬のピーク日に集中率が 96.2%を記録したが,その後各社はピーク 日を避けるなど開催日の 散化を推進し,ここ数年は 40%台で推移していた。図表9から確認でき るように,2006年には全体の 56.3%が集中日に株主 会を開催していたが,2010年以降は集中日開 催の会社は 40%台前半にとどまっている。なお,直近の 2014年 会が最も集中するのは6月 27日 で,東証上場企業 2375社のうち,38.7%に相当する 918社が開いた。海外投資家には奇異に映る特 定の1日に 会開催が集中するという慣行が崩れつつあると言えよう。 一方で,集中日を含む週に株主 会を開催した会社の比率はいまなお高い状況にある。図表9を 見てわかるように,集中週の開催比率はここ数年間にほとんど下がっていない。直近の 2014年は3 月期決算の東証上場企業のうち,8割強の2千社弱が6月下旬に株主 会を開いた。 集中することにより2つの問題がある。1つは 会の議案を添付した招集通知の発送日から開催 日までの期間が2∼3週間と短い企業が多く,開催日も集中しているため,機関投資家が議案を精 査できないことである。実際に 2010年以降は,平 19日前に招集通知が発送されている。 機関投資家については,実際に自己名義で株式を保有して株主 会に出席する投資家は,いわゆ
る アクティビスト と呼ばれる投資家を除いてはほとんどおらず,株主 会開催日の5営業日前 までに資産管理機関に対して,議決権の指図を行うことが一般的である。他方で,実際には招集通 知が届いた会社から招集通知を早期に取得できれば,議決権行 の指図の判断を開始することが可 能となり,機関投資家における指図業務の 散化が進み,判断に十 な時間を確保することにつな がる。 図表 11は,機関投資家による上場会社に対する議決権行 の流れを概観したものである。発行会 社サイドから発送された招集通知は,名簿上の株主である資産管理機関において 別され,運用受 託機関(投資顧問会社等の運用会社)に対して転送される。6月は,株主 会が集中する時期であ り,資産管理機関における事務作業も繁忙を極める。そのため,発行会社サイドから招集通知が発 送された後,実際に議決権行 の判断を行う運用会社の手元に招集通知が届くまでには,郵送や事 務処理などで数日かかる場合もありうる。 年金基金等の資金スポンサーの中には議決権行 についても,運用受託機関に一任している場合 が多いが,中には議決権行 に関する基準を設けて,これにしたがって運用受託機関に具体的な行 を求める年金基金もある。そして,運用受託機関は,事後的に議決権行 結果について年金基金 に対して報告を行う。このような運用受託機関と年金基金等の資金スポンサーが上場会社の実質株 主となる。 実質株主が議決権行 の判断を行い,その指図を資産管理機関に返送する期限は,株主 会会日 の5営業日前程度が一般的である。そうすると,仮に会社が法定期限である株主 会の2週間前に 招集通知を発送した場合,実質株主が招集通知を受領して議決権の指図の締め切りまでの間,議案 の検討に要することができる時間はわずか数日に過ぎない。このように,機関投資家は,大変限ら 図表9 株主 会の集中日と集中週の開催比率および招集通知の発送日程 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 招集通知 作成日 17.9 日前 18.1 日前 18.4 日前 18.4 日前 19.0 日前 19.2 日前 19.3 日前 19.2 日前 集中日の 開催比率 56.3% 06/6/29 53.5% 07/6.28 49.1% 08/6/27 50.3% 09/6/26 43.7% 10/6/29 41.7% 11/6/29 41.7% 12/6/28 41.2% 13/6/27 集中週の 開催比率 77.3% 78.8% 86.7% 87.4% 45.0% 56.9% 72.9% 75.5% (注) 東証1部上場会社(3月決算会社)を対象 出所:上田亮子(2014)図表 46を基に作成。 図表 10 招集通知・ 告から株主 会までの期間 日 本 2週間以上 米 国 10日以上 60日以内(デラウェア州法) カナダ 21日以上 60日以内 英 国 21日以上(上場会社は 20営業日前) ドイツ 30日以上 出所: 日経産業新聞 2014年 12月4日
れた時間の中で議決権行 を行っている実情がある。 もう1つは基準日から開催日までの期間が3カ月弱と長すぎることである。この期間が長いほど, 会前に株を売る投資家が増えやすい。議決権と配当の受領権を得た後に株を売却したら,企業の 将来への関心がなくなり,配当が多ければ多いほどよいと えて議決権を行 するようになる。他 人の財布からカネを引き出すようなもので, 会での意思決定が企業価値を損ないかねない。 どうすれば改善できるか。基準日は各企業が定款で決めており,株主 会の承認があれば変 で きる。たとえば,議決権の基準日を5月末, 会開催日を7月の中下旬,配当受領権の基準日を開 催日の4日以上後にする。開催日を遅らせることで投資家が議案を検討する期間を長くできる。紙 の招集通知を発送する前にウェブサイトで開示することを合わせて推進すれば有効である。また, 今は 会開催後に有価証券報告書を出す企業が多いが,開催日を後にずらせば投資家が有報を読ん でから議決権を行 することも可能になる。基準日から開催日までの期間も現行より短くでき,配 当の基準日時点では配当額が決まっていないという不透明さも解消できる。改革による利点,欠点 を 析し,比較・検討する必要がある。投資家が議案の検討にかける時間を長くすることで,意思 決定の質が上がるかどうかが重要なポイントになる。 ② 株主 会に向けての投資先企業の情報収集 時期の集中だけではない。株主や役員の情報,当該企業の関係者であるかどうかといった非財務 情報は,数字を判断材料のインプットとするものと異なり,文章を解釈して判断しなければならな いことが多い。昨今では,M&Aや買収防衛策,あるいは株主提案など,定例の議案以外に,個別 の判断を必要とする議案が増えている。 株主 会の招集通知が届くと,最新の情報により上述の作業を行うことになるが,関連する情報 が各所に 散し,確実な情報入手が困難な場合もある。機関投資家等がこのような作業を限られた 時間の中で行うことから,情報が不十 で異なる結論となることも えられる。その場合,株主全 図表 11 日本における機関投資家による議決権行 の流れ 出所:上田亮子(2014)図表 48。
体からの関与は質的に劣化し,投資先企業の価値向上に結び付かずコストの負担だけが残ることに なる。 本来,機関投資家は議決権行 において,議案の検討にこそ十 な時間を割くべきであり,情報 収集に追われてその余裕がなくなっているとすると,本末転倒と言える。 英国では 1995年以降,コード導入の広がりと共に,当初は自ら議決権行 に取り組んだ小型の年 金基金は,徐々に情報収集力と対話能力の高い運用会社へ議決権行 を委託し,それを監視する役 割に徹するケースが増えた。議決権行 を行う機関投資家の多くは,基礎的な情報収集作業を外部 サービスにアウトソースし,海外株など自らヒアリングできない場合はリサーチサービスを活用し ている。企業に代行インタビューを行い,詳細なレポートを提供するサービスもある。これらのサー ビスにより,全体効率化されるだけでなく,本来実施すべき深い 析や企業との対話により時間を 割くことができる。 現状では,一部の投資家だけが入念な調査をもとに投資先企業と対話ができても,他の株主が理 解していなければ企業価値向上の実現には結びつかない。しかし多くの株主に質の高い理解が 等 に迅速に広まるような情報の供給は不足している。 運用会社では一般的に,投資先企業の業績やガバナンスの状況が良く経営にも問題がないとみら れる場合は関与を行わない。業績の不調,経営体制の突然の変 など重要なサインが,開示情報等 によるスクリーニングで抽出された会社に対してのみ面談を求めることになる。 スクリーニングの際に注目するものとして,ガバナンスの向上に寄与する独立取締役の質や,成 長への推進役となる取締役へのインセンティブとしての報酬体系などが含まれる場合がある。その 際,判断をより客観的で一貫性のあるものにするため,様々な情報を収集しようとすると,多くの 困難に直面してしまう。 例えば,取締役の独立性の質の判断には,企業の利害関係者を特定する必要がある。役員の独立 性を確認するために,メインバンクや取引先の情報を参 にするが,昨今 メインバンク という 開示は行われない場合もあり,借入一覧など複数の資料から利害関係の大きい銀行はどこか特定を 行っている。また,法的な記載要件が明確でない部 は表現が曖昧であったり省略されたりするた め,情報の正確性を期すには他に記載がないか様々な開示書類を探すことになる。これらの作業に かける時間によって収集情報の質も変わり,その結果,判断の質も影響を受ける可能性がある。 コードを先に導入している英国では,企業の情報収集について大きく違う点が2つある。1つは 株主 会議案が完成する前に,企業は議案のドラフトを投資家に送付し,事前に意見聴取を行う。 もう1つは,株主 会は決算の発表後,決算日から4∼5ヶ月後となっている。いずれも日本で取 り入れることができれば,情報収集の時間を大幅に確保できる。積極的な対応が行われれば,投資 家が情報収集や行 の判断に余裕をもって当たることができるようになるであろう。 ③ 運用会社間での連携 議決権行 や対話を通じ,企業の成長とその結果である投資リターン拡大という効果を得るには, 運用業界全体が判断のレベルを高める必要がある。そのために運用会社同士が連携することが望ま しいが,それが難しい点である。 質の低い議決権行 が多くなれば企業への影響は弱まる。また,対話の回数だけを競う運用者が
増えると,企業側の面談の時間配 の問題で十 な対話が阻害される。企業が運用会社ごとに対話 で異なることを言い,議案完成後に当該企業の経営姿勢の問題などが表面化した場合,対話が無駄 になる。 こうした課題に対し,英国ではコレクティブ・エンゲージメントが多く用いられている。株主 会のシーズン中は毎週,40∼50人の投資家で電話会議を行うケースもある。ここで共有される情報 は行 の内容ではなく,企業の基本的な状況に関するものである。行 内容は話さないが,企業状 況の理解については各社同じレベルに深めることが可能になる。 残念ながら日本ではこのような連携は難しい。理由はいくつかあるが,運用銘柄を 表しない慣 習もその1つと言われている。海外では 募投信でなくても運用銘柄を 開し,保有者が誰である か明確にする制度や,自主的に開示する慣習がある。米国では1億ドル以上運用する機関投資家に 四半期ごとに保有銘柄の開示を義務付けている。また,EU の年金基金は株主 会前に実質株主であ ることを自主的に開示している。 日本でも,企業の状況について理解を深め,業界全体で効果を向上させるために,投資家同士の 連携は重要であろう。 ④ 情報開示に関わるインフラの環境整備 金融庁では 2014年より,有価証券報告書等の電子開示システム EDINET(Electronic Disclosure for Investors NETwork)に提出される有価証券報告書や臨時報告書などの書式を全文 XBRL (eXtensible Business Reporting Language)とする対応を行っている。コード導入にあわせ,定 量 析やシステム的な判定ができるよう,例えば,数値以外の情報の数量的な記載や識別子の付与 といった,データ化に向いた表記の導入などに取り組むことが えられる。 現在は,XBRL で編集されていても非財務的な情報についてはデータとして扱うことができる部 は限られている。より利 性の高いデータとするには,例えば,有価証券報告書に記載される役 員名のローマ字化,統一コードの付与などが想定される。これらの情報が記載されることで,役員 の兼務状況等を効率的に把握することができるようになる。外国人投資家も同じタイミングで情報 を取得し,内容を把握することができる。開示と同時に全株主に情報が渡りやすくなれば,議決権 行 に向けた検討時間確保とその質的向上の一助となるであろう。 現在,株主 会議案は有価証券報告書提出以降,PDF の添付ファイルとして EDINET に提出さ れている。しかし,株主 会招集通知も作成と同時に,EDINET 登録を可能とし,PDF だけでなく, XBRL でも受け付けることになれば,機関投資家の利 性が高まることに加え,リサーチ会社等も サービスを拡充しやすくなる可能性がある。 現在は支援サービス業にとって,情報収集は作業時間の制約とともにコストの壁が高い。まずは 金融庁などの情報インフラが整備されれば,それらの活性化も期待できる。機関投資家が企業価値 向上に向けた本質的な検討・議論ができるよう,情報開示に関わる環境改善への取り組みは,最も 優先されるべきと言えよう。
おわりに これまで日本の機関投資家は, 物言わぬ株主 であるのがいわば当たり前であり,極論すれば, 企業と機関投資家の 馴れ合い で物事を進めてきた感が強い。株主 会でも,議案に対しては, 会を開く以前に, 友好的な 機関投資家の賛成票が集まっているので,企業経営者たちは何らの 心配もなく議事を進行することができた。日本版スチュワードシップ・コードは,そういう日本的 慣習を打破し,企業経営者に少しは緊張感を持たせることができる。 ただし,機関投資家が企業統治に重要な意味を持つ企業が限られている点を確認しておく必要が あろう。宮島(2014)によれば,海外機関投資家の投資対象は規模の大きい企業に限られ,現時点 ではその下限は時価 額 2000億円といわれる。したがって,コードによって対話が進展するのは, 事実上こうした時価 額上位 350社程度にとどまる。今後,機関投資家による投資先企業のモニター が日本の企業統治で重要性を高めていく上では,国内機関投資家を中心に,投資のユニバースの拡 大,小型株ファンドが進むことが条件となろう。 また,株主が投資対象企業の持続的成長に関与する仕組みを り出すためには,株主の長期保有 のコミットメントが不可欠である。しかし,投資顧問会社の基本的なビジネスモデルは, 散投資 によるリスクの削減にあり,長期保有にはコミットしないことを特徴としている。平 保有期間が 1年程度といわれるアクティブ運用を中心とする機関に,企業の中・長期の成長を 慮した対話を 求めることは難しい。さらに,国際 散投資の一環として日本市場に関心を持つ海外機関投資家も, 経営政策の矯正をも含む,対話に強い関心を持つ可能性は低い。従って,コードの運用によって, 対話が画期的に進展するといった過大な期待をかけることは禁物である。 外部株主の長期のコミットを促進するためには,種類株式などの新な仕組みの設計も重要な検討 課題となる。保有期間についての登録制を導入し,長期に保有される株式に,普通株より大きな議 決権を与える方法は検討に値する。これにより,企業の長期的利益に関心を持つ株主の投資先企業 に対するモニターのインセンティブを引き上げる一方,発行企業は長期に経営にコミットした株主 を確保できる。長期の株式保有にコミットする生命保険会社が, 物言う株主 の側面を徐々に強め ていくことも重要である。 会社法改正に続いて,2014年9月からは,日本型コーポレートガバナンス・コードの検討が始ま り,今後の統治構造に関する基本的な え方を原則の形でまとめる取り組みが進められている。2015 年の6月ぐらいまでには,車の両輪のように制度がそろうことになる。それまでに,スチュワード シップ・コードのベストプラクティスも見えてくるであろう。 参 文献> 安東泰志 日本版スチュワードシップコードは本当に企業経営を変えられるか ダイヤモンドオンライン (http://diamond.jp/articles/-/50215)2014年3月 17日 岩澤誠一郎(2014) 世の中に機関投資家が存在する本当の理由 証券経済学会年報 第 49号 上田亮子(2014) 日本版スチュワードシップ・コードと今後の課題∼英国からの示唆∼ 資本市場リサー チ 31号 上田亮子(2014) 我が国におけるコーポレート・ガバナンスをめぐる.現状等に関する調査 金融庁金融 研究センター ディスカッションペーパー DP2014-5,2014年7月
太田珠美(2014) 日本版スチュワードシップ・コードが 企業に与える影響 証券アナリストジャーナ ル 2014年8月号 大村敬一・首藤恵・増子信(2001) 機関投資家の役割とコーポレート・ガバナンス フィナンシャル・ レビュー 2001年 12月号 木村福哉・清田耕造(2003) 日本企業における外資比率と企業経営 コーポレートガバナンスの経済 析 花崎・寺西編,東京大学出版会 所収 金融庁(2014) 責任ある機関投資家 の諸原則 日本版スチュワードシップ・コード ∼投資と対話を通 じて企業の持続的成長を促すために∼(http://www.fsa.go.jp/news/25/singi/20140227-2/04.pdf) 小林毅(2007) 機関投資家がコーポレートガバナンスに与える影響 中京大学経済学論叢 第 18号 坂本恒夫・ 村勝弘編(2009) 日本的財務経営 中央経済社 代田純(2002) 日本の株式市場と外国人投資家 東洋経済新報社 鳥居陽介(2014) 大株主としての 信託口 の意義 銀行等保有株式取得機構による株式保有とその 影響 証券経済学会年報 第 49号 春日俊介 機関投資家の受託者責任と議決権行 の関係 金融庁金融研究センター ディスカッションペー パー DP2014-3,2014年7月 原田裕太(2014) 議決権行 方針からみた機関投資家のスチュワードシップ責任 大和 研コンサルティ ング(http://www.dir.co.jp/consulting/insight/personnel/20141119 009149.html)2014年 11月 19日 馬場大治(2000) 日本的コーポレートガバナンスの変貌と企業経営 甲南経営研究 第 41巻1・2号 藤田利之(2001) 外国人株主の議決権行 商事法務研究会 古川達也(2013) 2013年株主 会の議決権行 結果 析∼機関投資家の動向を中心に∼ 資本市場リサー チ 29号 宮島英昭(2014) 企業統治改革の視点 経済産業研究所,2014年9月 29日 (http://www.rieti.go.jp/jp/special/special report/077.html) 宮島英昭(2011) 企業統治,重み増す機関投資家 日経産業新聞 2011年9月 26日朝刊 宮島英昭(2003) 多様化する日本企業の統治構造 高まる機関投資家への期待とガバナンス評価の試 み 経済産業ジャーナル 2003年7月号。 三和裕美子(2003) わが国機関投資家の株主議決権行 経営研究 第 53巻第4号 三井千絵 日本版スチュワードシップ・コード 資産運用会社が向き合う課題 金融 IT フォーカス 2014 年 11月号 三井千絵 日本版スチュワードシップ・コード推進に不可欠な情報環境整備 金融 IT フォーカス 2014 年4月号 三井千絵 機関投資家と企業のコミュニケーションの重要性 金融 IT フォーカス 2011年5月号 水野満・三和裕美子(2014) 日仏両国のコーポレート・ガバナンス比較 察 機関投資家の役割と企 業価値 証券経済学会年報 第 49号 水野満(2011) 機関投資家のコーポレート・ガバナンスに対する影響と企業業績 証券経済学会年報 第 46号 武藤泰明(2005) ファンド資本主義とは何か 東洋経済新報社 米澤康博・橋本基美(2002) 新たな局面を迎えたわが国機関投資家による議決権行 証券アナリスト ジャーナル 2002年5月号 ヒト,組織,ルールの3大改革 GPIF 再生への隘路 日経ビジネス 2014年6月 23日号 ROE 5%未満の社長に NO 日経ビジネス 2014年 11月 10日号 モノ言う株主 は敵か味方か ファンドが迫る新・対話経営 日経ビジネス 2014年 12月 22日号 株主 会改革の処方箋(上) 基準日 変え集中開催回避 日経産業新聞 2014年 12月4日 本気で定着させるための,日本版スチュワードシップ・コード導入のポイント 東洋経済オンライン (http://toyokeizai.net/articles/-/49162)
Gillan, S. and L. T. Starks (2003), Corporate Governance, Corporate Ownership, and the Role of Institutional Investors:A Global Perspective , Journal of Applied Finance 13 (2)
Lewellen, J. (2011), Institutional Investors and the Limits of Arbitrage , Journal of Financial Economics 102 (1)