大麻 文化 科学考
1-10)(その 1 1 )
山 本 郁 男
*A Study on the Culture and Sciences of
the Cannabis and Marihuana
1-10)Ikuo Yamamoto
* Received October 26, 2000第11章 大麻主成分の毒性及び薬理作用
第1節 はじめに
既報3 - 5)のように,大麻を摂取すると幻覚作用を含む多種多様な薬理・毒作用を発現する。 それゆえ歴史的に宗教的な儀式や医療に用いられた。それが又今日,乱用薬物として大きな社 会問題ともなっている訳である3)。 大麻草中の6 0種を超えるカンナビノイド,そのうち主成分はテトラヒドロカンナビノール (T H C),カンナビジオール(C B D),カンナビノール(C B N)の3つである8)が,大麻の薬理・ 毒性の大部分はT H Cに起因することが明らかにされている(T a b l eⅠ)。Δ9- T H Cの作用は一口で 言えば興奮,鎮静,異常行動にあると言える1 1)。C B D,C B Nにも,さらにその他のカンナビノ イドにも何らかの作用があることは確かであるが不明な点も多い。最近,カンナビノイドの作 用にカンナビノイド受容体C B 1及びC B 2,内因性物質としてアナンダミドが発見され,一部の 作用はこの受容体を介して発現するものと考えられている1 2)。しかし,その多彩な薬理作用ゆ えに,発現機作については未解明な点が多い。 本章では大麻の毒理作用につき中枢作用,末梢作用及び他の薬物との相互作用を中心に述べる。第2節 大麻及びΔ
9-THCの毒性
第1項 大麻の急性毒性 マリファナやハシシュなど大麻製品の経口摂取による急性毒性は非常に弱いことが知られて ∼23 *薬 学 部いる。しかし,毒性の強さは投与経路により著しく異なり,大麻抽出物をマウスに投与した場 合の5 0%致死量(L D5 0)は経口で2 1 . 6 g / k g,皮下で1 1 . 0 g / k g,腹腔内で1 . 5 g / k g,静脈内では 0.18g/kgであるとの報告がある13)。 TableⅠ 大麻主成分の薬理毒性作用と活性本体の概要 ヒトにおいて,大量摂取による致死的なケースを報告した例は極めて少ない。自殺目的で多 量の大麻を吸煙し,4日間昏睡状態にあった2 0才のフランス人のケースより推定されたヒトの 致死量は,Δ9-THCに換算して体重1kgあたり70mg,すなわち体重70kgのヒトで約5gである13)。 ヒトの大麻摂取方法には大きく分けると喫煙と経口の2通りがあるが,作用は吸煙の方が経 口摂取より約3倍強い。F i g . 1にT H Cの摂取量と精神作用を吸煙と経口摂取とで比較した1 4)。吸 煙の場合,経口より約3∼5倍作用が強く現れる。 第2項 Δ9-THCの急性毒性 Δ9- T H Cは心臓に対して強い毒性を有しているため,大麻の急性毒性はΔ9- T H C含量と密接に 薬 理 作 用 大 麻 の 活 性 本 体 鎮痛・鎮静 鎮吐 運動失調 カタレプシー惹起 自発運動量抑制 脳神経ペプチドホルモン分泌阻害 脳波(脳電図)への影響 体温下降 ムリサイド 眼圧低下 アンフェタミンとの相乗作用 心臓血管作用 内分泌撹乱作用 他の中枢系薬物との相互作用 バルビツレート睡眠延長 抗痙攣 他の中枢系薬物との相互作用 角膜反射消失 ムスカリン作用 アトロピン様作用 その他 知覚変化と幻覚作用 Δ9-THC Δ8-THC CBD(一部Δ9-THC) 不明(一部Δ9-THC) Δ9-THC他
関連している。げっ歯類に対するΔ9- T H C静脈内投与の急性毒性はP h i l l i p sら1 5)によって詳細に 検討されている(T a b l eⅡ)。すなわち,マウスとラットに対する静脈内投与のL D5 0は各々約4 0 及び3 0 m g / k gであり,いずれも1 5分以内に死亡する。一方,腹腔内投与におけるL D5 0は静脈内 投与の約1 0∼2 0倍も必要であり,死亡するのは投与後1 0∼3 6時間も経ってからである。これ らの結果は,Δ9- T H Cが消化管あるいは腹腔経路において吸収後,その高い脂溶性のため体内 組織での蓄積が長時間にわたっているものと考えられる。マウス及びラットにおける死亡時の 毒性発現の徴候は,いずれも運動失調,過興奮性,正向反射消失,呼吸困難がみられ,最後に 呼吸が停止する。経口あるいは腹腔内投与においてはマウス及びラットで下痢,さらにラット では振せんと流涙が観察されている。また,死後直ちに行われた検死の結果,全ての動物の肺 に水腫とうっ血がみられた。なお,致死量投与において人工呼吸は一時的にしか効果がないこ とから,心機能障害が主要な死因であると考えられている13)。なお,生存した動物においては, 全ての徴候が2 4時間以内に消失する。また,ラットの場合経口投与で毒性に性差がみられ,雄 よりも雌の方がT H Cに対して耐性である。我々はT H Cの主代謝物であり,かつ活性代謝物であ る1 1 - h y d r o x y -Δ9- T H C(1 1 - O H -Δ9- T H C)の生成にラットの雄特異的に発現しているP 4 5 0 m a l e (C Y P 2 C 1 1)と呼ばれる酵素が関与していることを明らかにしている1 6)。このことから,性差は 薬物代謝酵素活性の差異に起因するのかもしれない。さらに,ラットの系統間でも毒性に違い がある。このように,THCに対する毒性は種,性さらには系統によって大きく異なる(TableⅡ)。 Fig.1 THCの摂取量と精神作用,吸煙と経口の比較
TableⅡ Δ9 -THC1回投与後の急性毒性13) 第3項 亜急性毒性 Δ8- T H C及びΔ9-THC 50∼5 0 0 m g / k gあるいは大麻抽出物1 5 0∼1 , 5 0 0 m g / k gを連日経口投与した場 合,ラットにおいては二相性の毒性パターンがいずれの薬物処理群においても観察されている。 投与開始5∼1 0日までは1回投与後に見られるのと同様な一般的な抑制が観察される1 3)。しか し,抑制効果に対する耐性は次第に増加し,過敏性(h y p e r a c t i v i t y)が同時にみられ,毛づくろ 動物種・系統 投与経路 投与試料調製用溶媒 LD50(mg/kg) サル rhesus 静脈内 13%ゴマ油+1%Tween 80 128 rhesus 経口 ゴマ油 >1-2,000 イヌ mongrel 静脈内 5%血清アルブミン >24 beagle 静脈内 エタノール >40 ラット Holtzman 静脈内 10%Tween 80 29 Fischer 静脈内 7%ゴマ油+0.5%Tween 80 40 Sprague-Dawley 静脈内 5%血清アルブミン 100 Holtzman 腹腔内 10%Tween 80 372 Fischer 腹腔内 7%ゴマ油+0.5%Tween 80 670 Sprague-Dawley 腹腔内 5%血清アルブミン 430 Holtzman 経口 10%Tween 80 666 Fischer 経口 13%ゴマ油+1%Tween 80 800 Sprague-Dawley 経口 5%血清アルブミン >2,000 Wistar-Lewis 経口 97%ゴマ油+3%エタノール 1,160 Fischer 経口 ゴマ油 1,015 Fischer 経口 ゴマ油 1,270 マウス
albino Cox 静脈内 10%Tween 80 43 Swiss-Webster 静脈内 5%血清アルブミン 60 albino Cox 腹腔内 10%Tween 80 454 Swiss-Webster 腹腔内 5%血清アルブミン 168 Swiss 腹腔内 10%グリコール+1%Tween 80 270 albino Cox 経口 10%Tween 80 482 Swiss-Webster 経口 5%血清アルブミン 1,900 Swiss CD-1 経口 ゴマ油 2,000
い,振せん,詮索活動(m o v e m e n t),自発運動量及び攻撃性が増加する。また,処理ラットを 同一ケージ内で飼うと闘争行動がみられる。そして処理3∼4週間後に間代性及び強直性痙攣 が起こる。このような高用量を処理した動物は3ヶ月後には死亡するが,病理学的変化は,骨 髄,脾臓,副腎皮質,細精管においてみられる。なお,サルでは初期に抑制,耐性の増加がみ られ,過敏性(hyperactivity)はより多量投与(250mg/kg/day)において観察される。 第4項 細胞毒性13) サルモネラを用いるA m e s試験において,Δ9- T H C,1 1 - O H -Δ9- T H C,C B N及びC B Dは変異原性を 示さないが,大麻の煙は変異原性のあることが確認されている。また,大麻の煙を暴露すると 肺体外移植組織及びヒト繊維芽細胞に,有糸核分裂,D N A補体,染色体の数及び細胞増殖に異 常がみられ,これらの作用はタバコよりも強いことが明らかにされている。 第5項 発癌性 大麻の発癌性は,煙の分析,動物実験及び臨床報告によって現在示唆されている。 大麻の煙は,前述のように,変異原性を有しており,燃焼によって生じるタールを動物の皮 膚に塗ると,皮脂腺化生〔化生(m e t a p l a s i a)とは一旦分化しきった組織が,形態的にも機能 的にも他の組織の性状を帯びること〕1 7)及び腫瘍形成1 8)が見られる。また,強い発癌物質で あるベンゾ[a]ピレンは大麻タールの方がタバコタールよりも7 0%多く含まれている1 9)。げっ 歯類において大麻の煙の直接の暴露2 0)やヒト及びハムスターの肺体外移植組織への暴露2 1 , 2 2) の結果より,大麻の煙はタバコよりも発癌性が強いことが推察された。さらに,大麻が癌を引 き起こす証拠とはならないが,気管支生検の結果,タバコの大量喫煙者が齢をとった時に通常 観察される前癌変化の扁平化生が,大量大麻喫煙では若年で認められている。実際,大麻常習 者の舌,下唇あるいは首に癌が発生したという事例が報告されている(Fig.2-4)23)。 Fig.2 大麻常習者の舌に発生した癌23)
Fig.3 大麻常習者の下唇に発生した癌23) Fig.4 大麻常習者の首に発生した癌23) 第6項 肺毒性13) 大麻の肺毒性については,6∼1 5ヶ月間,1月当たり1 0 0 g以上の大麻を喫煙していた西ドイ ツ駐在の軍人3 1人に関する研究によって,気管支炎,鼻咽炎,副鼻腔炎及び喘息が起こること が報告されている。また,胸部X線及び喀痰分析の結果は正常であったが,肺機能検査では弱 い気道閉鎖が認められている。しかし,一方ではヘビーマリファナスモーカーとノンスモーカ ーに慢性気管支炎の発生に差は全く見られないと言う相反する報告もなされている。
第7項 胃腸症状 イヌとサルに大麻を大量経口投与すると嘔吐と下痢を引き起こす2 4)。しかしながら,慢性投 与はげっ歯類あるいは霊長類で顕著な胃腸管毒性はみられない25)という種差が知られている。 第8項 発達障害 マウスやラットに大麻あるいはΔ9- T H Cを長期間暴露すると,その後数ヶ月間学習能力の低 下が観察される26-28)。これは,Δ9-THCの中枢系海馬に対する作用の可能性が考えられている。 また,懐胎期間に大麻抽出物あるいはΔ9- T H Cを処理したラットから生まれた子の学習能力 が劣ることから,妊娠した実験動物への大麻抽出物やカンナビノイドの投与は,出生後の発達 段階に障害を与えることが明らかとなっている2 9 - 3 1)。また,L u t h r a3 1)は,Δ9- T H C(5∼ 1 0 m g / k g)を経口的に懐胎及び授乳中のラットへ投与するとその子の発達中の脳においてR N A, D N A及びタンパク質の有意な減少を引き起こすこと,これらの減少と学習及び記憶との関連が 示唆されている3 2 , 3 3)。さらに,D a l t e r i oらは,出産2あるいは4日前にカンナビノイドを投与さ れたマウスから生まれた子が成熟後脳内アミン(ドーパミン,ノルエピネフリン)が減少して いることを報告している34)。
第3節 THCの薬理作用
13,35,36) 大麻(マリファナ)の主成分Δ9- T H Cは中枢及び自律神経系に主として作用を及ぼし,心臓 血管及び神経分泌機能の変化を招く。C B Dは抗痙攣作用や薬物代謝酵素阻害作用,従来作用が ないと考えられていたC B Nにも若干の中枢作用がその活性代謝物に認められるなどカンナビノ イドとしての薬理・毒作用には今後の研究に待つことが多い。 第1項 一般薬理作用 THC 6∼1 0 m g / k gをラットの腹腔内に投与すると,自発運動は抑制され,腹部を床につけた ままゆっくりと動き回ったりあるいは背を丸めてうずくまるようになる。また,激しく物を嗅 ぎまわるなど同じ行動を飽くことなく繰り返す常同行動や,刺激を加えると激しい鳴き声を発 するなど,被刺激性が著明に増大するものや,後ずさりして歩く(walking back)とか,後足を 軸にして方向転換する(p i v o t)ものもみられる3 7)。さらに,L u t h r aらは5週間あるいはそれ以 上の期間大麻の煙に暴露されたラットの6 0%に「ポップコーン効果(popcorn effect)」と呼ば れる,突然垂直にジャンプする行動が見られることを報告している3 8)。この効果は,子宮内で 慢性的に暴露され,そして生後3 0日にT H C少量を単回投与した若い動物にも観察される3 8)。こ のように,正常ラットでは決してみられないような異常行動も発現する。 実験動物に幻覚症状の有無は断定できないが,このような異常行動時に恐らくヒトと同様な 精神作用が発現しているものと考えられる。第2項 中枢作用 1)鎮痛・鎮静作用 既述のように4 , 5),大麻は「印度大麻」として日本薬局方の第一局から第五局まで「鎮静, 睡眠薬」として収載されていた。その作用本体はΔ9- T H Cであるが,モルヒネと比較して作用 は弱く,マウスのテイルフリック試験あるいはホットプレート試験において評価した場合,腹 腔内投与で5 0%有効量が1 0∼8 0 m g / k gと大量の投与が必要である3 9)。しかし,T H Cの活性代謝物 1 1 - h y d r o x y - T H Cはモルヒネに匹敵する作用を有している4 0 - 4 2)。なお,大麻抽出物の鎮痛作用は 内在性鎮痛活性ペプチドのエンドルフィンを介することが示唆されている43)。 2)鎮吐作用 Δ9- T H Cは癌化学療法による嘔気に対し鎮吐作用を有しており,その強度はメトクロプラミ ドと同程度である。したがって,欧米においてはΔ9- T H Cや合成カンナビノイドであるナビロ ン(N a b i l o n e)が末期癌患者の制癌剤投与時に起こる悪心を抑制する目的で経口的に利用され ている。カンナビノイドをリード化合物とする創薬については次章以下で述べる予定である。 3)運動失調作用 イヌに大麻抽出物あるいはΔ9- T H C(0 . 5∼1m g / k g)を投与するとdog ataxiaと呼ばれる典型的 な運動失調3 9)の他に歩行困難,悪心及び嘔吐がみられる。また,ネコはΔ9-THC 2m g / k gの投 与で,初期に自発運動の増加,後に抑制がみられるが,投与量を1 0倍(2 0 m g / k g)にすると運 動失調,筋弛緩,さらに明白な自発運動の抑制を引き起こす1 3)。F i g . 5は,血中濃度がT H Cとし て30μg / m Lの大麻摂取者の写真であるが,ベルトを緩め全身の力が抜けた様な状態になってい る。また,陶酔状態なのか夢見ごこちのけだるい表情が伺える44)。 Fig.5 大麻中毒者44) 4)カタレプシー惹起作用 T H Cを動物に投与した場合,最も少量で発現するのがカタレプシー惹起作用である。カタレ プシーというのは強硬症とも呼ばれ,受動的に与えられた不自然な姿勢を保ち,自らの意志で
旧に復そうとしない状態をいう。臨床的には緊張病性昏迷,ヒステリー,催眠状態などによく みられる症状であり,その成因は意志の被影響性亢進とされているが,他に錐体外路系の神経 病的障害によっておこるカタレプシーもある。Δ9- T H C投与によりカタレプシーを惹起したマ ウスの写真をF i g . 6に示す。この写真のように両前肢を鉄棒にかけさせても,正常な動物では1 秒と同じ姿勢を保つことはできないのに対し,カタレプシー惹起動物では写真のような姿勢を いつまでも保つ。しかし,T H C投与時には音,光,接触などの外来刺激に対して動物が過敏と なり,鉄棒に両前肢をかけさせようとする際,鳴き声をあげ鉄棒に咬みついたりする。慣れな いと指を咬まれることもあるが,一旦その姿勢に落着くと刺激を加えないかぎりいつまでもそ の姿勢を保持するのが特徴である。なお,抗精神病薬の大量投与もカタレプシーを惹起するが 非常におとなしくなりT H Cの場合とは全く様相を異にすることから,両者の作用機構が異なる ことが推測される。 T H Cによるカタレプシー惹起の機構は完全には明らかにされていないが,おそらく扁桃核− 視床下部系におけるドーパミン系の活動が低下し,その結果コリン系の活動の亢進が起こり, 惹起されるのではないかと考えられている45,46)。 Fig.6 Δ9-THC投与によりカタレプシーを惹起したマウス 5)自発運動及び行動に対する作用 げっ歯類,イヌ及びサルを用いた研究において,大麻あるいはΔ9- T H Cの用量と行動に対す る反応は二相性を示すことが明らかとなっている1 3)。すなわち,低用量では,機能亢進及び感 覚過敏(特に音と視覚刺激に対して)となる。一方,高用量では,運動失調,運動性減弱,睡 眠あるいは昏睡が現れる。したがって,動物の行動に対する大麻あるいはΔ9- T H Cの作用の解 釈には注意が必要である。 ラットにΔ9- T H C(2m g / k g)を腹腔内に単回投与すると,最初興奮を引き起こし自発運動量 が増加した後に抑制が続く4 7)。また,1 0∼2 0 m g / k gでは自発運動の抑制がみられる。しかし, 運動失調及び弛緩を引き起こしているラットのなかでも,外来の刺激に対して攻撃的に反応す るものもいる48)。 大麻の行動に対する作用は投与量と投与の頻度によっても変わる。Δ9- T H Cの単回投与は, ラット及びマウスにおいて攻撃行動を減少させる傾向がある。しかし,大量の連続投与はラッ
トにおいて攻撃性及び闘争行動を高める4 9)。この様なΔ9- T H Cによって発現する攻撃的行動は, 藤原及び植木によって詳細に検討されている3 7)。すなわち,ラットにT H Cを投与すると,刺激
に対して過敏な反応を示し,棒に咬みついたり,仲間同士闘争を起こしたり,マウスを入れ てやるとこれを咬み殺して喰ってしまうムリサイド(mouse-killing behavior; muricide)と呼ばれ る著しい攻撃性を示すラットがみられる(F i g . 7)。この攻撃性の発現は動物の飼育環境(群飼 育か単独飼育)や実験条件によって顕著に左右される。T H Cは群飼育ラットに単回投与ではむ しろおとなしくなり,ムリサイドは決して発現しないのに対し,単独飼育では特異な攻撃性 を誘発し,絶食条件はさらにこれを助長する。また,T H Cによって誘発されるラットの棒に対 する攻撃性は群飼育するとみられないことから飼育条件に強く依存するのに対し,ムリサイ ドは飼育条件によって変化するものと不変のものに分けられる。T H Cによるムリサイド発現に は脳内セロトニンの減少が最も重要な役割を演じ,その他に一時的な腹側被蓋野から側座核 に続くA 1 0快楽中枢におけるカテコールアミン,特にドーパミンやアセチルコリンの増減が何 らかの役割を果たしているものと考えられている。これらの動物実験,特に群居毒性に関し て植木は興味ある推考を試みている。かつてスキタイ文化を形成したスキタイ人は,テント の中で大麻を石の上で燃やし,その煙を吸い士気発揚後に蛮刀をふりかざし,馬に乗り,他 民族を攻撃したという。このようなヒトにおける行動が上述のラットのムリサイドとよく似 てはいないかという説である。 Fig.7 Δ9 -THC投与によりムリサイドを発現したラット78) 6)脳神経ペプチドホルモン分泌に対する影響 Δ9- T H Cは,下垂体からの黄体ホルモン(L H),卵胞刺激ホルモン(F S H)及びプロラクチン 分泌を阻害する。この作用は視床下部由来の神経ペプチドであるゴナドトロピン放出ホルモ ン(G n R H)に対するΔ9- T H Cの作用に起因する。このことは,Δ9- T H C投与によって低下したL H 及びF S Hの濃度がG n R Hの投与により元に戻ることで明らかにされた5 0)。また,T H Cによるラッ
トの排卵抑制はG n R Hの投与によって回復することができる5 1 , 5 2)。同様に雄あるいは雌サルに Δ9- T H Cを投与すると,下垂体から分泌されるプロラクチンが顕著(8 4%)に減少するが,プ ロラクチン分泌を促進する視床下部性神経ペプチドのチロトロピン放出ホルモン(T R H)投与 によって元に戻る5 0)。しかし,雌サルにT H Cを慢性的に暴露すると周期性のある性ホルモン F S H,L H及びプロラクチンの分泌パターンが正常に回復することから,視床下部性神経ペプチ ドに対するΔ9-THCの効果は急性現象であり,耐性の獲得を示すものである。 近年,ホルモン分泌に対する神経内分泌の調節に中枢系のカンナビノイド受容体(C B 1)が 関与することが示唆されている5 3)。さらに,Δ9- T H CによるL Hの遊離阻害の機構の1つにセロ トニン5 - H T1 A受容体活性化が関与することも明らかにされた5 4)。これら一連の大麻主成分のホ ルモン作用の事実から著者は大麻成分は内分泌撹乱化学物質群に入れられるのではないかと考 えている55)。 7)抗痙攣作用
抗痙攣作用の研究は,1 9 4 7年にLoewe and Goodman5 6)が,大麻抽出物に抗痙攣作用があるこ
とを見出したことに始まる。Δ9- T H Cはラット及びマウスの電撃ショック痙攣に対して抑制作 用を示すものの作用は弱く,マウスにおけるE D5 0は腹腔内投与で 5 4 m g / k gと比較的高用量が必 要である5 7)。しかし,Δ9- T H Cは抗てんかん薬であるジフェニルヒダントインのように,スト リキニーネあるいはペンチレンテトラゾールによって引き起こされる薬物誘発痙攣に対する抑 制作用は認められない5 7 , 5 8)。一方,Δ9- T H Cには痙攣作用のあることが知られている5 9)。このよ うに矛盾する痙攣と抗痙攣作用を併せ持つことは,Δ9- T H Cの最も特異な性質の1つであり, 大麻の薬理作用の二面性を表している。 T H Cと異なりC B Dの抗痙攣作用はよく知られている1 3)。I z q u i e r d oらはジフェニルヒダントイ ン及びミソリンとC B Dとを比較した研究において,C B Dは求心経路刺激によって引き起こされ る海馬の発作を抑制する最も効果的な薬物であることを明らかにした6 0)。また,他の抗痙攣薬 との比較は,C B Dがほとんど行動の抑制を引き起こさない投与量で同等のあるいはより強い作 用を有することを示した。さらに,C o n s r o eらは,ラットを用いた最大電撃ショック及び聴覚 原生痙攣(audiogenic seizure)試験において,大麻主成分であるT H C,C B D,C B Nのうち,C B D が最も強い抗痙攣作用を有することを明らかにしている6 1)。また,C B Dは実験動物のみならず ヒトのてんかん発作にも有効であることから,臨床応用に関する研究も行われている。 8)脳波に対する作用 Δ9- T H Cを投与すると覚醒時に通常見られるα波の周波数が減少,遅いα波(slow alpha a c t i v i t y)と呼ばれるものが出現し,その振幅は大きくなる(F i g . 8)1 3)。臨床的には,遅いα波 が広汎に現れるときには,脳全体の軽度の機能低下が疑われる。しかし,逆にα波が減少し, 速波のβ波が増加するという報告もある。一方,てんかんなどに発現する異常脳波の棘・徐波 複合(spike and wave complex)や睡眠時に現れる紡錘波(spindle)なども発現することから,Δ9
-T H Cの痙攣惹起作用は視床皮質の放電(thalamocortical discharge)を誘導することによると考え られる。また,ネコ,ラット及びサルにT H Cを長期間摂取させた場合,海馬から得られる脳波 に異常がみられ,この異常脳波は長期間持続的に認められる。
Fig.8 Δ9 -THC投与前後の脳波 9)体温下降作用 大麻抽出物あるいはΔ9- T H Cをラットやマウスに投与すると体温は下降する6 2)。ただし,体 温に対する作用にも二相性があり,低用量では体温上昇,高用量では用量依存的な体温下降作 用がみられる。H o l t z m a nら(1 9 6 9)は,Δ9- T H Cを腹腔内投与した場合の投与量と体温下降作用 の関係についてマウスを用いて検討しており,1 0 m g / k gで2∼3℃,5 0 m g / k gで3∼5℃, 5 0 0 m g / k gでは5∼6℃体温が下降することを報告した6 3)。また,2 0 0 m g / k gの単回投与において 体温下降作用は投与後5∼1 0分に認められ,その作用は2 4時間持続する。体温下降作用の感受 性には種差が認められており,マウスが最も感受性が高く続いてハムスター,ラットの順であ る。また,T H C以外にC B D及びC B Nも弱いながら体温下降作用を有している。この原因として ドーパミン作動性が推察される。 T H Cの体温下降作用には末梢作用と中枢作用の両方の機構が関与する。末梢作用としては酸 素消費の減少を伴う熱産生系の抑制があり,中枢作用は視床下部あるいは中脳の温度感受性領 域に対する作用である。特に,T H Cによる体温下降作用は三環系抗うつ薬のイミプラミン6 4), クロミプラミン6 5)やH - 1受容体拮抗薬のクロルフェニラミン,フェニルヒドラミン6 6)によっ て拮抗されることから,その作用にはセロトニンの関与が示唆されている。 10)眼圧低下作用 大麻の眼圧低下作用は,大麻の慢性大量投与の影響をみる際に偶然見い出された。眼圧は喫 煙後3 0分に,1 1人の被験者中9人において4 5%程度の低下が認められた6 7)。その強さは喫煙量 と関係なく,最大の効果は1 9 m gのΔ9- T H Cを含んだマリファナタバコ1本を吸煙した時に認め られている。この作用は,眼圧が高くなる緑内障の患者に対しても有効であることから,治療 薬としての研究も行われている68)。 なお,CBDは行動に対する活性は殆ど有していないが,THCの効果に拮抗する69)。
第3項 末梢作用 1)心臓血管に対する作用 In vitroにおいて大麻抽出物あるいはΔ9- T H Cは,血管,小腸あるいは子宮の平滑筋収縮に対 し抑制作用を示す1 3)。また,Δ9- T H Cは2×1 0- 6∼1 0- 5Mの濃度で心臓の収縮力と冠状動脈流量を 減少させ,脈拍数の増加を引き起こす。C B Dは作用が弱いものの同じ濃度で脈拍,収縮力と冠 状動脈の流量を増加させる。しかし,C B Nはほとんどこれらの作用を示さない。なお,C B Dあ るいはC B NをT H Cと同時投与すると,T H Cの作用に拮抗する1 3)。このように同一植物中に相反 する成分が混在することは,茶葉中にカフェインという興奮物質,テアニンという鎮静物質を 含むものと似て興味深い。 In vivoではΔ9-THC単回投与の心臓血管に対する主要な作用は,ほとんどの動物において徐脈, 心臓反射減少及び低血圧症であり,結果として心臓血管搏出量及び大脳血液流量の減少を通常 引き起こす。これらの試験は,麻酔したネコ7 0),イヌ7 1),ラット7 0)などで行われている。な お,Δ9-THCによって引き起こされる徐脈は,アトロピンによって拮抗される70)。 大麻のヒトに対する最も顕著な効果は頻脈であり,全ての投与経路で観察される。Δ9- T H C だけを静脈内あるいは経口投与したときも,大麻製品と同様な脈拍数増加を引き起こす1 3)。振 拍数の増加はΔ9- T H Cの用量依存的で,その発現と作用の持続時間はΔ9- T H Cの血中濃度に相関 している。なお,β-アドレナリン受容体遮断薬であるプロプラノロールは,T H Cによって引 き起こされた頻脈を抑制する。また,この脈拍数の増加には耐性が発現することが知られてい る。 最近,心臓疾患をもつヒトが大麻吸煙によりかなり高率で死亡したという報告がある72)。 2)雄の生殖機能に及ぼす影響 Δ9- T H Cあるいは大麻抽出物の投与は,ハト,げっ歯類及びイヌの睾丸を萎縮させる1 3)。ま た,7 7日間大麻抽出物(1 5及び7 5 m g / k g)を経口投与した成熟ラットにおいて有意な前立腺, 貯精嚢及び副睾丸重量の減少が認められている。さらに,副睾丸における乏精液症(精液の量 の少ないもの)もみられるが,睾丸機能及びその臓器重量は処理中止後3 0日に対照レベルに回 復する。精子の奇形がΔ9- T H C(5∼10mg/kg, i.p.)あるいはC B D(1 0∼2 5 m g / k g)で5日間処理 したマウス7 3)及び7 5日間大麻の煙に暴露されたラット7 4)で報告されている。また,C B D(3 0 ∼3 0 0 m g経口)は,アカゲザルの睾丸の大きさ及び精子形成を減少する7 5)。このように,大麻 は多くの動物の生殖及び発達に有意な影響を及ぼす。 これらの形態学的変化は,睾丸機能を制御する視床下部―下垂体系を介したカンナビノイド の間接作用と睾丸細胞に対する直接作用による。 ヒトに関しては,男性の大麻使用者にみられるインポテンツについてのものが多いが,実験 動物において報告されているような大麻喫煙と雄性生殖機能の変化を関連付ける臨床研究は非 常に少ない。しかし,精子数や精子能動性(固有運動性,随意に動き得る能力)の減少及び異 常な形(非卵形,n o n - o v o i d)の精子の増加は大麻利用者に一様に認められている(F i g . 9)7 6)。 一方,血中テストステロン濃度は大麻喫煙あるいはΔ9- T H Cの投与により減少するという報告 と,変化しないという報告がある。これはテストステロンのみならずL H,F S Hあるいはプロラ
クチンに対しても同じである。このように,ヒトの種々のホルモンの分泌に与える大麻の影響 に関して,統一した結論はなく大麻の毒性研究の今後に待つことが多い13)。 Fig.9 大麻吸煙のヒト精子に及ぼす影響74) 上図:タバコ喫煙し,少量のアルコールも摂取するヒトより得られた正常な形の精子 下図:大麻常用者より得られた異常(非卵形)及び未熟な形の精子 3)雌の生殖機能に及ぼす影響 大麻粗抽出物あるいはΔ9- T H Cはマウスあるいはラットに対して,発情期サイクルの停止及 び卵巣の大きさ及び原始卵の有意な減少7 7)と子宮及び卵巣重量の減少7 8)を引き起こすが,処 置中止後回復することができる。 雌におけるこのような変化は,カンナビノイドがL H分泌を阻害することから5 1 , 7 9),機構の一 部として卵巣のエストロゲン分泌の減少を引き起こすことによるものと考えられる。
第4節 相互作用
13) 大麻は前述のように多彩な薬理作用を有するため,カンナビノイドと多くの中枢性薬物との 間で複雑な相互作用をすることが推測され,その線に沿った多数の論文が報告されているが, 個々の薬物との相互作用について統一的な見解が出ているものは少ない。薬物ごとの相互作用 をまとめると以下のようになる80)。第1項 催眠薬及び麻酔薬 L o e w e8 1)によって大麻抽出物のバルビツレート睡眠延長作用が見出されて以来,大麻成分と 薬物の相互作用ではバルビツレートに関して最も多く報告されている。マウス及びラットを用 いた実験結果から,C B D又はT H Cがチオペンタール,ペントバルビタール,へキソバルビター ル,バルビタール等による睡眠を延長することが明らかになっている。ヒトにおいても,大麻 の喫煙はセコバルビタールの作用を強めることが報告され,また,C B Dはへキソバルビタール のクリアランス,見掛けの分布容積を低下させることが報告されている。このうち,ペントバ ルビタールとへキソバルビタールについては,THCよりもCBDの睡眠延長作用の方が強い。 著者らもマウスを用いた実験で,T H Cはペントバルビタール,アモバルビタール,フェノバ ルビタールの睡眠を著しく延長し,さらにバルビツレート系以外の催眠薬及び麻酔薬(メタカ ロン,グルテチシド,エーテルなど)の作用も増強する。一方,C B Dはペントバルビタールや アモバルビタールの睡眠を強く延長し,代謝を受け難いフェノバルビタールやバルビタールの 睡眠には影響しないことを明らかにしている8 0)。従ってC B Dの作用は代謝酵素の不活性化が増 強要因と考えられる。 これらの結果はT H Cのバルビツレート睡眠延長作用が中枢系への直接的な抑制によることを 示すのに対し,C B Dは肝薬物代謝酵素の阻害の結果1 6),一部のバルビツレートのみの作用を増 強する。 C B Nについては,弱いながらペントバルビタール睡眠延長作用を有するという報告と,T H C のペントバルビタール睡眠延長作用に対して拮抗作用を有するとの報告がある。 第2項 アルコール(エタノール) マリファナパーティーなどでアルコールとの同時摂取が考えられ,パーティー後の帰宅途中 に自動車事故を起こした単独運転者の血中濃度の報告がある。事故の原因として,大麻とアル コールとの相互作用が推察されている。アルコールの併用は,ヒトの行動に対して反射速度82), 視覚8 3 , 8 4),認識8 3)及び運動機能8 4)等の相加的低下を引き起こす。これらのことは,アルコー ルによるヒトの運転能力の低下作用が大麻によりさらに強まることを示すものであり,両者の 併用は極めて危険性が高いと言える。特に車間距離の誤認が大事故につながっていると考えら れている。 実験動物における電気ショックによる痙攣に対してエタノール及びT H Cは抗痙攣作用を示す が同時投与するとその作用はより増強される。また,T H Cはエタノールの代謝には何ら影響を 与えず,エタノールの中枢抑制作用を強めるが,C B Dはエタノールの中枢抑制作用及び体内代 謝に対して何ら影響を与えない。著者らはマウスに対するエタノールの中枢抑制作用を,T H C は増強するが,C B Dは何ら影響しないことを明らかにしている。その他,T H Cはエタノールの 内分泌機能低下作用を増強し,ゴナドトロピン,テストステロンの低下を惹起する40)。
第3項 モルヒネ T H Cはモルヒネ耐性のマウス,ラット並びにモルモットにおいて,モルヒネ拮抗薬であるナ ロキソン投与による禁断症状発現を抑制する。また,T H C及びC B Dをモルヒネと同時にマウス, ラットに投与すると,ナロキソンによる禁断症状発現の指標であるj u m p i n gを抑制する。さら に,T H Cを連続投与したラットにナロキソンを投与するとモルヒネ摂取時に見られる禁断症状 が発現する。このことは,T H Cとモルヒネの中枢における作用部位が一部重複することを示唆 している8 0)。しかしながら,ナロキソンは T H C及びモルヒネ耐性ラットに対して,それぞれ自 発運動量の減少及び増加と異なる影響を与える。このように,T H Cとモルヒネの相互作用は極 めて複雑である。 また,C B Nはモルヒネの作用に対して何ら影響を与えないが,T H Cによるモルヒネの禁断症 状発現減弱作用を増強する85)という。 著者らも,マウスにおけるモルヒネとΔ8- T H C及び活性代謝物 8β,9β- E H H Cの体温下降作用 に対して,部分的な交叉耐性が獲得されることを明らかにした8 0)。これらの結果からも,T H C とモルヒネの作用部位が一部共通であることが推察される。 第4項 覚醒剤 既に大麻成分のうち,T H Cは用量依存性の興奮及び抑制の二相性の作用を示すことを記述し たが,中枢興奮薬であるアンフェタミン,メタンフェタミンに対しても作用増強と拮抗の二相 性の相互作用を示すことが知られている。P h i l l i p sら8 6)はメタンフェタミンのマウス自発運動 量増加作用に対して,THC 25及び5 0 m g / k g投与では増加,1 0 0 m g / k gでは拮抗作用を示すことを 明らかにしていることから,このような相反する結果は,主にこれら薬物の用量に依存してい るものと思われる。また,H a t t e n d o r fら8 7)はT H Cとアンフェタミンとの相互作用は薬理指標に よっても異なることを示し,ラットにおけるT H Cの1 0 m g / k g腹腔内投与は,アンフェタミンの 食欲低下や常同行動を増加させるが,体温上昇は低下させることを示した。 著者ら8 8)も大麻抽出物,Δ9- T H C及び1 1 - h y d r o x y -Δ8- T H Cとメタンフェタミンとの相互作用に ついて,マウスを用いて検討した結果,メタンフェタミンによる自発運動量増加作用に対して 拮抗的に作用した。また,Δ9- T H C及び1 1 - h y d r o x y -Δ8- T H Cはメタンフェタミンの毒性を有意に 増強した。しかしながら,これらカンナビノイドを一週間連続投与した耐性マウスでは,メタ ンフェタミンの自発運動量増加作用及び毒性にコントロール群との間で顕著な差異は認められ なかった。 第5項 コカイン コカインの乱用は世界的に大きな問題になっており,大麻との併用の問題も懸念されるとこ ろであるが,相互作用に関する知見は多くはない。 コカインは心臓血管系に作用するが,T H Cはその作用を増強する。一方,コカインの作用の うち,卵巣摘出ラットにおける血中L H及びプロラクチンの上昇,マウスにおける遅延的過敏
性に対してT H Cは拮抗する。また,コカインはT H Cによる徐脈,体温下降作用を減弱する。こ れらの相互作用についてはコカインの代謝への影響ではないかとされている。 第6項 フェンサイクリジン80) 米国では,フェンサイクリジンは以前から混合薬として麻薬使用者の間でもてはやされてい て,よくマリファナに混ぜて使用されていた。この相互作用については,P r y o rらがラットに おいて,T H Cがフェンサイクリジンによる自発運動量低下作用及び条件回避反応の抑制作用を 増強することを報告している。Thompson and Winsauerはフェンサイクリジンのサルにおける分 裂作用をTHCが強めること,Murray and Craigmillはフェンサイクリジンによるマウス及びラット の正向反射消失及びオペラント行動の抑制作用をTHCが増強することを示した。 一方,フェンサイクリジンもT H Cと同様に二相性の作用を有するが,フェンサイクリジンの マウス自発運動量増加作用に対して,THC及びCBDは拮抗する。 第7項 向精神薬 T H Cは抗精神病薬クロルプロマジンの体温下降作用を増強する8 0)。著者ら8 9)もクロルプロマ ジンとΔ8- T H Cとの間で体温下降作用に交叉耐性の形成を認めたが,活性代謝物1 1 - h y d r o x y -Δ8 -T H Cにおいてはより強い耐性が形成されることを見出した。また,セロトニンの拮抗薬シナン セリンを用いた実験から,T H Cの体温下降作用に対する耐性獲得にセロトニンの関与が示唆さ れている90)。 第8項 抗痙攣薬 T H C及びC B Dはバルビツレートの抗痙攣作用を増強する。また,C o n s r o e6 1)及びC h e s h e rら9 1) はT H CあるいはC B Dがフェニトインの電気ショックに対する抗痙攣作用を強めることを報告し ている。さらに,C o n s r o eらはC B Dがエトスクシミドの毒性を増強することを見出し,これは C B Dによる代謝阻害作用では説明できないことを示している。彼らはT H Cにより痙攣を惹起す るウサギを用いた実験で,種々の抗痙攣薬が T H Cに対して拮抗作用を有することも明らかにし た。したがって,カンナビノイドと抗痙攣薬との相互作用は中枢を介してのものと考えられて いる。 第9項 カンナビノイド カンナビノイド間の相互作用については,T H Cの作用に対するC B D及びC B Nの影響が良く検 討されている。 K a r n i o lらはC B DがT H Cによるマウスカタレプシー及びウサギ角膜反射消失作用に対して拮抗 することを明らかにした。同様なC B Dの拮抗作用は,サルの行動変化,ラット,ウサギの体温 下降作用,ラット,ハトの常同行動,ヒトの心機能に及ぼす影響及び多幸感が報告されている。
一方,T H Cによるマウス鎮痛作用,ラットなわ登り,ラット体温下降作用及びカタレプシー等 では逆にC B Dによる増強作用の例がある。しかし,ヒトにおける行動実験,T H Cの体内動態, 生理的昂揚等については顕著な相互作用が見られていない。C B NについてはC B Dほど検討され ていないが,T H Cの運動抑制作用,睡眠延長作用について拮抗作用が認められている。また, THCによる痙攣誘発ウサギに対する作用には両カンナビノイド間で交叉耐性がみられる。 このように,カンナビノイド間でも相互作用がみられることからも,大麻の作用の複雑さが 窺い知れる。
第5節 その他
角膜反射消失,ムスカリン作用及びアトロピン作用等が報告されているが今後の研究に待つ ことが多い。第6節 ヒトに対する大麻の知覚変化と幻覚作用
ヒトの主観的な知覚に対する大麻の効果は,有史以来知られている。多くの場合意識が変化 し,夢幻的陶酔状態となり,非現実感,多幸感,空間及び時間感覚の歪曲などがみられる。精 神薬理学の創始者と呼ばれるフランスの精神科医J.J. Moreau(1 9 4 5)は自らハシシュ( T H Cと して35mg相当の大麻樹脂)を服用し,貴重な体験を報告している。これによれば“One will feel happy and gay, and one might have a few fits of uncontrol laughter”(幸せと喜びを感じ,発作的な制 御不可能な笑いに陥る)と記し,さらに必ずしもこの順序で発現するとは限らないが大麻の幻 覚作用をTableⅢの様な8段階に分類している14)。 大麻の幻覚を図形や色彩でみると幻視の世界がさらに理解される。S i e g e lによれば,大麻を 摂取すると初めはまぶしい爆発や鮮やかな色彩の図形が見え,後には精密な情景が次々と現れ る(F i g . 1 0)9 2)。初期の色彩や図形は視神経や大脳の視覚皮質での電気刺激であり,情景幻視は 脳に記憶されていたイメージの表出だという。K lu¨v e rによればこれらの幻視には格子組,クモ の巣,トンネル,らせん型の4つの定型があるという。これらの定型は多種,多様,複雑な組 合せとなり,さらに色彩を帯びる。色彩は最初は青色がかっているが,用量が増加すると赤味 を帯びる。 Δ9- T H Cの主観的及び認識変化(精神作用)は,用量依存的に現れ,その効果はC B Dの同時投 与によって軽減されるものの大麻抽出物の摂取によって引き起こされる作用と同じである。ま た,芸術的な感覚を鋭くするといわれている。特に音に対して敏感になるという。これが音楽 関係者に吹聴されて乱用されているきらいがあるが,あくまで主観的である。また,F i g . 1 1は ヒトにΔ9- T H Cを投与する前,中毒時及び回復後に絵を描かせたものであるが,中毒時に描か れた絵は意味不明であったり,極端に簡略されたものになっている。これは,大麻中毒時には 正確でかつ持続的な作業を行う協調性が低下するために,随意運動を系統的に行うことができ なくなることによる93)。これはクモを用いた実験でも同様な結果が得られているので興味深い。 すなわち,大麻を投与されたクモが巣を作ると,根気が続かなくてあたかも「どうでもいいや」 というような中途半端な隙間が沢山空いたものができあがる(Fig.12)94)。TableⅢ 大麻の幻覚作用の8つの段階 Fig.10 大麻の幻覚症状の1つ。格子―トンネル定型幻視,基調は青であるがTHCの 投与量増加,時間の経過により赤色となる傾向がある90)●●●●● H o l l i s t e rは合成T H Cを用いた研究により,陶酔感,眠気(大量では深い睡眠),時間感覚の変 化,視覚の歪曲,離人症,集中力の低下,夢想状態及び攻撃性の低下が知覚あるいは心理的変 化として現れることを見出している。また,一人でマリファナを使用した場合リラックスし, わずかに眠くなる傾向がみられるのに対し,使用者がグループの中で用いた時には高揚感,多 幸感さらに精神的な満足感を伴い,鎮静効果は全く無いと報告している。このような使用状況 による効果の違いのためか,多くの場合大麻は「マリファナパーティー」というかたちで乱用 精 神 状 態 多幸感 興奮,思考の分裂 時間と空間感覚の錯誤 聴感覚の鋭敏化,音楽への効果 固定観念 情緒不安定 衝動的行動 幻視,幻聴 段階 内 容 全身で感ずる喜び。心の安らぎを伴う幸福感, 満足感。快楽主義者,億万長者,常勝の賭博師, 大成功者になったような気分。 異常観。夢と現実の倒錯。現在・過去・未来の 混乱。最近のことが思い出せない。 実際の時間より長く感じる。身体浮揚感。近く のものが遠くに見える。物体の歪み。 音楽による想像の進展。喜怒哀楽の顕在化。周 囲が騒がしく感じる。 妄想の発現。忘れていたことを思い出す。 決断力,思考力の低下。無気力,無関心かと思 うと逆に突発的な判断を示す。集中力の低下。 開けた窓を見るとそこから飛び降りたいという 様な感情発現。過度の興奮により頭の中が混乱。 挑発的,暴力的,無責任な行動,行為に走る。 興奮状態が極度に達し,恐怖状態に陥る。爆発 的な色彩。幾何学的図形。
されるのであろう。 Fig.11 Δ9 -THC投与前,中毒時及び回復後の絵91) Fig.12 Δ9 -THC投与したクモの巣 これらの知覚変化は,使用される製品中の活性物質(殆どがΔ9- T H C)の投与量,摂取の経 路(吸煙か経口摂取か),これまでの大麻の摂取の経験及び薬物に対する耐性の有無など多く の因子によって影響される。また,Δ9- T H Cあるいは他のカンナビノイドの血中濃度に影響す る薬物代謝酵素(シトクロムP 4 5 0)の活性の強さと活性代謝物の生成量も重要である。すな わち,酵素を誘導あるいは抑制する他の薬物の摂取はΔ9- T H C代謝及びその薬理学的活性を変 える。さらに,気分(m o o d)及び摂取を行う者の期待感は,薬物摂取場所の状況(s e t t i n g)と 同様大麻の反応に影響する。このように,大麻の作用は個人差が大きく,一元的に様態の記述 は難しい。しかし,多くの使用者によって報告されている,大麻の最も一貫した主観的効果は, 快い気持(感覚)と“e u p h o r e a(多幸症,快意状態)”として呼ばれたり,「ハイ」としてアメ
リカ人の間で呼ばれている気分の陽性変化である。しかし,大麻によって引き起こされる「ハ イ」の状態は,大麻の主要な効果であるけれども,幾つかの因子によって影響され,ヒステリ ックなめまい,パニック感(恐慌),不安,動悸,見られたり,騙されたような感覚を持つ一 時的な妄想症(偏執症)などの不快な症状もみられる場合もある。一度バッドトリップをして も2 - 3度でグッドトリップになることもある。また,覚せい剤やL S Dと同様に大麻の乱用を止め ても,心因的な刺激によって「フラッシュバック(もえあがり現象)」と呼ばれ精神作用の再 燃を起こすことがある。著者の見聞では,印度滞在中大麻常用者であったものが帰国後大狂乱 に陥ったというようにフラッシュバックは大麻の毒性研究において今後の課題であろう。また, 大麻を中止すると動因喪失症候群(amotivational syndrome)といっていつまでも残遺症状とし て残り,感情の平板化,不感状態,三無感覚,精神反応の遅鈍などが起こる。また,大麻常用 者においても次第に無感情になってゆき,いわゆる無意欲症候群を起こすことが知られてい る。 このように,大麻の乱用が社会問題となるのは,上記の様な幻覚を含めた精神症状を呈する ことにより,適切で適応性のある行動をとる能力が大幅に減少するためである。タレントであ る大橋巨泉氏がマリファナ(大麻)は大したことは無いと書いているが,大麻の恐ろしさを知 らないとんでもない話である。
第7節 おわりに
大麻は多彩な薬理毒性を有しており,その多くがT H Cによることが明らかとなっているが, 活性代謝物の生成を考慮すると多くの化合物が複雑にからみあっているものと推察される。ま た,この多彩な作用ゆえに多くの中枢系作用薬との間で相互作用も見られる。このうち,バル ビツレートに代表される催眠薬及び麻酔薬の作用をT H Cが著しく増強する。また,大麻はアル コールと共に摂取されることが多く,特に自動車の運転能力が両薬物の併用時に顕著に低下す ることを考え併せると,これら薬物の併用は極めて危険性が高いと言える。さらに,カンナビ ノイド間でも相互作用が見られ,大麻中の成分比によっても相互作用の方向が逆転することも ある。したがって,その他の中枢性作用薬についても,大麻成分の作用は用量,時間経過等に よって大きく異なることから,予期せぬ副作用を惹起することも考えられる。 特に指摘しておきたいことは,いわゆる知識人,著名人,芸能人や最近では中高生が大麻を 入口として乱用薬物の階段を急激にのぼっている社会風潮は厳しく戒めなければならない。 以上述べたように大麻の薬理・毒性発現にカンナビノイド受容体の関与も明らかになりつつ あるが,まだ未解明の部分も少なくない。今後,広範な研究とその研究の成果を通して乱用薬 物として大麻の防止という国家的,全世界的な共通目的が達成されるものと考えられる。 謝 辞 本研究は,渡辺和人助教授,松永民秀講師,木村敏行講師並びに恩師吉村英敏九州大学名誉 教授の他,多くの協力者によって遂行され,現在も続行中のものである。ここに感謝する。参考文献 1)山本郁男,「大麻文化科学考(その1)」大麻の文化,北陸大学紀要,14, 1 (1990). 2)山本郁男,「大麻文化科学考(その2)」続大麻の文化,北陸大学紀要,15, 1 (1990). 3)山本郁男,「大麻文化科学考(その3)」大麻と法律,北陸大学紀要,16, 1 (1990). 4)山本郁男,「大麻文化科学考(その4)」漢方薬としての大麻,北陸大学紀要,17, 1 (1990). 5)山本郁男,「大麻文化科学考(その5)」日本薬局方と大麻,北陸大学紀要,18, 1 (1990). 6)山本郁男,「大麻文化科学考(その6)」大麻の植物学,北陸大学紀要,19, 1 (1990). 7)山本郁男,「大麻文化科学考(その7)」大麻の栽培,育種,北陸大学紀要,20, 9 (1990). 8)山本郁男,「大麻文化科学考(その8)」大麻の成分,北陸大学紀要,21, 1 (1990). 9)山本郁男,「大麻文化科学考(その9)」大麻の鑑定と分析,北陸大学紀要,22, 1 (1990). 10)山本郁男,「大麻文化科学考(その1 0)」カンナビノイドの立体化学と合成,北陸大学紀要,2 3, 1 (1990). 11)山本郁男,薬学雑誌, 106, 537 (1986).
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