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フォーラム「我がまちの地域包括ケアについて語ろう!」〜このまちでともに暮らし、ともに生きていこう〜

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Academic year: 2021

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(1)2015 年度(後期)指定公募② 「地域包括ケアを目的とした在宅医療推進のための 多職種研修会への助成」. 完了報告書. 【テーマ】. フォーラム 「我がまちの地域包括ケアについて語ろう!」 ~このまちでともに暮らし、ともに生きていこう~. 申 請 者 所属機関 提出年月日. 冨田眞紀子 特定非営利活動法人なかの里を紡ぐ会 2016 年 3 月 29 日.

(2) Ⅰ 開催趣旨. 「地域包括ケア」の推進が謳われる中、中野区では「緩和ケア」の啓発や「摂食嚥 下支援」、「在宅療養推進」など、多様な切り口による多職種連携や町会を単位とし た「地域支えあい」が進んでいる。一方、その目指すところの具体的な社会像が見 えにくいのも現状である。 そこで、当該フォーラムを通して、参加者が医療と繋がりながら暮らす多様な年 齢層の生活弱者の存在を知り、 「このまちでともに暮らし、ともに生きていく」ため の在宅医療・ケアの在り方について考えることにより、自分たちのまちの「地域包 括ケア」の方向性を具体化していく機会とする。 また、当該フォーラムを通して、参加者が多様な支えあいの活動に参加していく きっかけを創る。そして、区民と医療・介護・福祉の専門職など異業種が繋がって いくことにより、新たな発想による参加、協働のデザインが生まれていく可能性が 期待され、 「認知症支援のネットワークづくり」や「地域による子育て支援」など幅 広い分野にも波及していくことが考えられる。 この度のフォーラムの最後にミニコンサートを企画する目的は、音楽を通した場 の共有により、メインテーマの重くかつ厳しい課題について分かち合う機会を次に 繋げていくことにある。. Ⅱ 企画. 1.日. 時. 2016 年 3 月 12 日(土) 14:00~16:30(13:30 開場). 2.会. 場. 中野区医師会館. 3.内. 容. 1)テーマ. 3 階会議室. フォーラム「我がまちの地域包括ケアについて語ろう!」 ~このまちでともに暮らし、ともに生きていこう~. 2)構. 成. 第一部. パネルディスカッション. <パネリスト> ・高次脳機能障害者を家族に持つ区民の立場から. 田中一二三氏. ・在宅で医療的ケアが必要な重度心身障害児・者支援の立場から 特定非営利活動法人「なかのドリーム」理事. 山田医院. 院長. 山田正興氏. ・終末期療養者支援・地域包括ケア拠点づくりの立場から 特定非営利活動法人ホームホスピス武蔵野. 理事長. 特定非営利活動法人なかの里を紡ぐ会. 理事長 冨田眞紀子. 1. 嶋崎淑子氏.

(3) のがたクリニック. <座長>. 第二部. 院長. 渡辺幸康氏. ミニコンサート. LIEBE(ピアノ・ヴァイオリン・ソプラノ 2 名の女性 4 人の演奏ユニット). 3)対. 象. 区民、医師・歯科医師・薬剤師・看護師・ケアマネジャー・ヘルパーなどの医療・ 介護・福祉の専門職、民生委員、行政・社会福祉協議会の職員など. 4)定. 員. 150 名. Ⅲ 運営 区内のNPOや意識の高い区民と協働し、実行委員会方式で運営する。. 【共催】. 特定非営利活動法人. なかのドリーム(重度心身障害児・者支援分野). 特定非営利活動法人. ピクニックケア(介護保険・子どもの健全育成分野). 区民有志 【後援】. 中野区、中野区医師会、中野区社会福祉協議会、 中野区介護事業所連絡会. 介護支援専門員部会・訪問看護部会. 【実行委員会】 日時. 平成 28 年 1 月 13 日(水). 場所. のがたクリニック. 内容. 参加者の自己紹介、フォーラムの目的と内容・広報・予算・役割分担・. 参加人数. 14 名. 当日ボランティアの動員などについて協議 行事保険に加入すること、コンサート奏者に花束を贈呈することを決定。. Ⅳ 広報 ・チラシを 1500 部作成(別紙) ・主催者および共催者のネットワーク、中野区在宅医療・介護連携推進協議会在宅療 養部会、中野区医師会、中野区薬剤師会、中野区介護事業所連絡会主任介護支援専門 員連絡会、訪問看護部会、地域のネットワーク会議等を通じてチラシを配布 ・中野ボランティアセンターの機関誌掲載等を通じた広報 ・貴財団および当法人のホームページ、フェイスブックにて開催告知 ・区報アンテナ欄への掲載を申請したが、希望者多数により掲載見合わせ。. 2.

(4) Ⅴ 開催結果 当日は時々小雨が降る寒さにもかかわらず、大勢の方々に参加していただいた。 1.当日の様子. 会場の全景. 開催に先立ち、被災地の真の復興を祈り黙祷. パネルディスカッション. 座長の渡辺幸康氏. ミニコンサート(LIEBEの皆様). 2.参加者数. 受付を担当したボランティアの皆様. 105 名. 3.参加者内訳. 参加者内訳 その他(学生・他区・ 取材など)16%. 行政 8% 介護従事者 20% 医療従事者 17%. 地域住民. 行政. 介護従事者. 医療従事者. 3. 地域住民. その他.

(5) 4.パネリストの発表要旨. 別紙参照. 5.パネルディスカッションでの意見 ・座長からの質問:それぞれの活動を始めた動機を教えてください。 田中氏:区内に高次脳機能障害の相談窓口がなかったので福祉関係者に相談して、 区に要望書を出した。その後、困っている人がたくさんいることを知り、 当事者同士、家族同士が助け合いたいと感じ、相談先の専門職と共にお 茶会を始めた。 山田氏:重度心身障害児を抱える母親たちの熱心さに押され、医療者として協力 していこうと思い、一緒にNPOを立ち上げた。 嶋崎氏:自身が母親をホスピスで看取り、救われた経験を持つ。自分が受けたホ スピスケアに近い「かあさんの家」に出会い、自分たちの地域に創りた いと考え、遺族会の仲間や医師らとともにNPOを立ち上げた。 冨田:地域包括支援センター勤務時代に一度入院してしまうと帰る場所を失って しまう高齢者や一人で孤独に亡くなっていく人にたくさん出会い、人に 寄り添う仕事に戻りたいと感じた。居場所としての「ホームホスピス」 に出会い感銘して、連携していた医師や看護師、ケアマネ、ヘルパー、 区民らとともにNPOを立ち上げた。 ・会場からの質問:活動の場所を探す苦労がありますか? 嶋崎氏:現在の場所が決まるまで 1 年くらい店舗も含めて探した。「趣旨には賛 成するが、うちの家は貸せない」と何度も言われ、とても辛かった。. 6.アンケート結果(回収 47 枚. 回収率 45%). 1)本日のフォーラムの感想 ・何となく生きている毎日にしっかりと生きていこうと改めて思った。 ・医療的ケアを施設で担当しており、もっと地域ケアを詳しく知りたいと思った。 ・地域連携の担当者です。退院後、在宅担当者への連携の重要性を再認識した。 ・音楽活動をされている人も地域包括ケアの一員だと感じた。 ・高次脳機能障害について友人と話し合ってみたい。 ・ 「生きること」の終末期には入りました。地域の中で他の方のために何ができるか 模索しています。同様意見2人。 ・ 「 『弱者』や『障害者』はこの地域の宝」という言葉を胸に刻むことが出来ました。 ・自分が担当している高次脳機能障害以外のことを知ることが出来、勉強になった。 ・重度心身障害児の母親です。日常の介護は子どもも大人も変わらず大変。子ども の成長とともに必要な介護を勉強することが必要と感じた。 4.

(6) ・人は誰かとかかわり合い生きてゆかなければならない。本当に自分の姿を見せれ ば皆助けてくれるということを学んだ。 ・生活の支えを必要としている人の存在を改めて認識した。 ・多岐にわたるテーマで勉強になった。 (それぞれ詳しく知りたい)同様意見 3 人。 ・地域で活動されている人が多く参加されており、共通の話題が出来た。 ・ 「ホームホスピスとは」ということをもう少し説明してもらえるとより理解できた。 ・地域づくりの活動を知る機会となった。 ・先人の方々の努力や熱い思いを知り、まちづくりが必要と感じた。同様意見3人 ・赤ちゃんから終末期まで、区の包括ケアと同じ理念なのになぜ切り口が違うのか? ・民間企業の立場で参加。地域に属する我々も必ず出来ることがあると感じた。 ・高次脳機能障害についてよくわかった。希望を捨てないで介護を続ける苦労は大 変だと感じた。 ・ホームホスピスのお話。日常を穏やかに過ごしている様子に感動した。中野にも 早く誕生してほしい。同様意見 4 人。 ・専門職もさることながら、多くの区民に知ってもらい、理解者、協力者を増やし ていく普及啓発活動を推進する必要があると感じた。 ・これからは高齢者が高齢者を見守る社会になっていくのがとても不安。 ・自分もNPOの活動にどのように関わることができるか?関心を持てた。. 2)今後希望するフォーラムのテーマ(複数回答) テーマ. 希望者数. ①介護予防・健康づくり. 7. ②認知症予防. 8. ③居場所づくり・支えあい. 16. ④子育て支援. 9. ⑤認知症のケアと支えあい. 14. ⑥遠距離介護. 8. ⑦高齢期の一人暮らし. 24. ⑧ホスピスケア・緩和ケア. 23. ⑨在宅医療. 15. ⑩介護者支援. 17. ⑪その他 ・中野区の地域包括ケアの全体像が知りたい ・グリーフケア ・死生観を育む 5. 各1.

(7) Ⅵ 研修会を終えての感想. フォーラムを振り返りいくつかの反省点と学び・成果を報告いたします。 先ず、反省点の一点目はテーマの表現です。 「我がまちの地域包括ケアを語ろう!」は 「地域包括ケア」という言葉がまだまだ馴染みのない中で少々インパクトに欠けたか もしれません。多様な年齢層、多様な病や障害を抱える人の存在を知り、同じ地域で ともに暮らし、ともに生きていくという趣旨を表すためには、サブテーマをメインに 据え、具体的な表現にした方が効果的であったと考えます。 二点目は多様なパネリストを迎えたことについてです。本来の「地域包括ケア」、 「ソ ーシャルインクルージョン」を考え、社会像をイメージする企画でしたが、パネリス トの話が拡散しがちであり、アンケートからもそれぞれ重要なので一つ一つを深く知 りたいという意見が数件ありました。これは「地域包括ケア」自体の捉え方が様々で あることも要因かもしれません。もう少し論点を絞っての発表依頼が必要でした。 三点目は広報の在り方です。可能な限りのネットワークを駆使して広報に努めまし たが、広く区民に周知してほしいという意見も数件あり、今後の課題です。 一方、今回の大きな学び・成果は以下の三点です。 一点目は医療・介護・福祉の専門職が住民と共に連携し、地域づくりの活動に取り 組んでいることを共有できたことです。中野区においては専門職同士の連携は比較的 歴史がありますが、今後はそれが人々の暮らしに近づいていくことが重要と考えます。 専門職同士のネットワークと住民同士の支えあいが繋がって始めて、「地域包括ケア」 が育まれるものと思います。今回のフォーラムはその橋渡しを問題提起できました。 二点目は在宅医療の場では当事者も家族も支援者もそれぞれが出来ることを模索し、 助け合うこと、 「支援する側」、 「支援受ける側」という一方通行の関係ではないことを 共有できました。支援者も気負わず、人として向き合い、かかわることの大切さを学 びました。 三点目は「穏やかに前向きに生きている」人の存在を知って心が温まることにより、 「他者のために自分も何か出来ないか?」と考える人が出てきたことです。少なくと も、参加者は目に見えにくい高次脳機能障害者の存在やヘルプカードを知り、重度心 身障害児の家族の負担感と想いに心を馳せ、終末期になったらどのように暮らそうか と考えるきっかけを与えたものと察します。 この度の反省と学びを大切にし、今後も誰もが人生の最期まで安心して暮らすこと ができる地域を目指して活動して参りたいと思います。. 末筆ではありますが、この度のフォーラムの開催にあたり助成いただきました 公益財団法人. 在宅医療助成. 勇美記念財団に心より感謝申し上げます。 6.

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(9) 2016/3/27. そもそも高次脳機能障害って何?. 我がまちの 地域包括ケアについて語ろう!. 原因 脳卒中(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血等)、心筋梗塞、 水難事故などによる低酸素脳症  突然の交通事故や転倒・転落などによる脳外傷  感染症など  さまざまな原因で脳が損傷することによって生じる障害  後天的脳損傷が原因の後遺症  . ~このまちでともに暮らし、ともに生きていこう~ -高次脳機能障害者を家族に持つ区民の立場から-. 田中一二三. どんな症状があるの? . 損傷された部位によって一人ひとり違う!. . 少し前のことを覚えていない(記憶障害) 気が散り、集中力がない(注意障害) やる気がないように見える(自発性の低下) 順序立てて作業が出来ない(遂行機能障害) 感情のコントロールが難しい 自分には障害がないと感じている(病識の欠如) 等々. 夫の病気の経緯~発症から退院、在宅介護開始~ .       . 「目に見えない病」…外見からはわかりにくい障害 認知症との違い 医学的な概念で捉えれば認知症は高次脳機能障害に含まれる。 後天的という点では同じ。 認知症はゆっくりと進行していく。 高次脳機能障害は回復していく部分がある。.  .     . . 20xx年x月 自宅で倒れ、救急搬送。 小脳梗塞の診断(小脳の2/3が損傷) 飲み込みが全くできないため、初期より気管切開、胃ろう造設 20xx年x月、介助で歩行ができるようになり退院。在宅介護開始。 退院前にたん吸引の指導を受け、吸引器を準備。 気管切開をしているため会話が出来ない(人工鼻装着) 食事は胃ろうからの流動食注入 退院前にカンファレンスを行い、訪問看護と訪問リハビリを受ける ことに。 通院で嚥下と会話のリハビリを継続。. 24時間緊張が続く介護と相談相手. 出来るだけ外出を心掛けた. . 気管切開口から大量の唾液とたんが出る。半日で200mlも! 窒息の危険  夜間も2時間おきの吸引  緊張した毎日。どんどん疲弊していく。. . . . 日々精一杯で誰かに電話をして、話そうとは考えが及ばない。 内に籠り、孤独になりがち。  身近にいたのは週に3回来て頂いた 訪問看護師さんと理学療法士さん  帰り際の玄関先でいろいろと相談することで、 気持ちを外向きに変えることができた。  . 幸いなことに夫は外に出たいタイプであった。 散歩は一番のリハビリ。とにかく出かけるようにした。. しかし、いつ、喉が詰まるかわからない。 外出時は吸引器とコミュニケーションボードを持ち、極々近所 から。  訪問リハビリにより 坂を下れる、エレベーターに乗れる、バスや電車に乗れる ようになる。少しづつ行動範囲が拡がる。  恰好を恥ずかしいと思う余裕がなかったことがかえって幸い  嚥下だけは改善せず、食事は胃ろうからの経管栄養が続く。  . 1.

(10) 2016/3/27. 外食をしてみよう! 気持ちに少しづつ余裕がでてくる。  外出先で飲食店に入ってみよう!  飲食店は通常一人一品注文であるが、夫は食べられない。  お店の人に聞いた「夫は障害があって食べられないです がいいですか?」  「大丈夫ですよ。どうぞ!」 断れたことは一度もない。  身内に病気をされた方がいる方から「良くなられたわね」、 「頑張ったわね」と励まされた。  ご近所の方も見ていた。 「本当に良くなってこられたね」と声をかけて頂いた。  些細な事だが「孤独じゃないんだ」と思うきっかけに。. その後の経緯 ~時々入院、少しづつ回復~ 年 月. 経 過. 受けたサービス. . 自身・家族の障害のことを話す、開いていく 勇気をもって話してみる努力を! 結構大丈夫!  先ずは自身の周りに理解を求めてみる。  ヘルパーに依頼、デイサービスを利用するなどにより介護者 は当事者と離れる時間を作る。  介護者自身が話せる相手、場所を少しづつ増やしていく。  実際には余裕のない家族がたくさん  当事者のケアはしてくれるが介護者のケアは誰もしてくれない  だからこそ身近な相談相手・場所がとても大切。  医療・介護の専門職の皆様、ご近所の皆様、どうぞ、よろしく お願いいたします!. 20xx年8月. 12月 20xx年4月 12月. 公的な専門相談窓口 中野区高次脳機能障害相談窓口. 中野区障害者福祉会館に通所. 障害者手帳の申請 自立機能訓練. 気管切開を閉じる 胃ろうを閉じ、口から食べられるようになる. 20xx年1月. 最後の退院。. 20xx年10月 ~. 就労に向けて、国立障害者リハビリテーショ ンセンター入寮。週末に自宅に帰る日々。. 就労移行支援. まとめ~高次脳機能障害者の家族をもつ立場から 地域で安心して生活していくために必要と感じること.  . 訪問看護 スピーチカニューレに変更し、1年ぶりに会話 訪問リハビリ 病院で嚥下と会話の が出来るようになる リハビリ(ST).  . 気軽に相談できる場所があること 正確な支援の情報があり、安定したサービスを受けられるこ と. 当事者、介護者自身も抱えている障害と暮らしにくさ、支援 してもらいたい内容を周りに伝え、理解してもらう努力を行う。  そして「孤独ではない」と思える、開かれた環境を創っていく。 . 最後に. 場所:中野区障害者地域自立生活支援センターつむぎ スマイルなかの5階 社会福祉協議会の入ったビル  電話:03-3389-2375  先ずはお電話でお問い合わせを! . . 支援内容 ・個別相談(要予約) ・グループリハビリテーション ・高次脳機能障害者家族の集まり「お茶会」も同時開催 ※東京都福祉保健局ホームページより抜粋. 2.

(11) NPO法人ホームホスピス武蔵野 HP:yuauriha-hhm.wix.com/yuzuriha. 2016/3/12. 「ホームホスピス」をご存知ですか?. このまちでともに暮らし、 ともに生きていこう!. ホスピスの理念に沿って、病いや障がいがあっても 最期まで個人の尊厳をもって、その人らしく暮らせる「家」. ~「ホームホスピス楪」の実践を通して~  . NPO法人ホームホスピス武蔵野 理事長 嶋崎叔子 NPO法人なかの里を紡ぐ会 理事長 冨田眞紀子.   . 「ホームホスピス」という言葉の意味 . ・単に家を意味するのではなく、家族の生活やだんらんの. . 「ホームホスピス」とはどんなところ?. 「ホーム」(home)とは? イメージ。そこに住む人々が安らぎを感じる居場所 ・地域、こころの故郷(里). 「ホスピス」とは? ・日本にはがんの終末期の方が入る病棟(建物)して導入 ・ 「おもてなし」という意味のhospitality(ホスピタリティ)を語源 ・中世ヨーロッパの教会が巡礼者のために宿を用意し、 無償で世話や看護をしたことが始まり. 12年前の2004年に宮崎県宮崎市で始まる。 「かあさんの家」(認定NPO法人ホームホスピス宮崎) その後、久留米、熊本、神戸、尼崎と徐々に西から東に拡がる。 (27年12月時点、23地域32軒) 東京には2軒 2015年 (一社)全国ホームホスピス協会設立 商標登録.        . 生活の名残がある既存の住宅(戸建て・マンション)を活用 5人程度の住人がともに暮らす 対象:がんに限らずあらゆる病いや障害をもって生きていく 上で困難に直面している人と家族 ヘルパーが365日24時間、傍にいて暮らしをサポート 住人同士、家族、スタッフが繋がり、支え合う暮らし。 医療(訪問診療、訪問看護・リハビリ)としっかり連携 日々の生活と住人一人ひとりの「人生の物語」を大切に 地域と繋がりをもち、開かれた運営. 住み慣れた地域の中で、温かいおもてなしを受けながら その人らしく暮らす「第二のわが家」. 楪の由来 楪の木は、初夏に新しい葉が生え てから古い葉が落ちていきます。 「後は頼んだよ」と新葉に託し譲 るように散っていくことから「譲 る葉」ー「ゆずりは」と呼ばれる ようになったそうです。. 私はホスピスで 母を看取りました。. 私たち人類も多くのものを譲り受け て、この世に生まれ、また次の時代 に譲っていくという営みを繰り返し てきました。. 1.

(12) NPO法人ホームホスピス武蔵野 HP:yuauriha-hhm.wix.com/yuzuriha. 2016/3/12. その後、ホスピスケアを受けた人々が集う遺族会を通し いろいろなお話を伺いました。 その中で、どんなに辛くても、寂しくても 同じ思いの人がいると思えることで 人は生きていくことができることを知りました。 そして、その仲間や同じ志を持つ新しい仲間と共に 宮崎にある「かあさんの家」のような家を 作ることにしました。. 私の思い ホームホスピスを通して・・・. 人々の「暮らし」と「いのち」を その最期まで支えていくことを目指し ホスピスでうけた「おもてなしのこころ」を 世の中にバトンタッチしていこうと思っています。. ホームホスピスは 一人ひとりの価値観や 生まれ育った環境はちがっても 楽しさ、さびしさ、切なさを共に感じられる ところです。. 人の最期を看取る場面が 穏やかであればあるほど 残された人々のその後の気持ちは 和らぐと思います。. そしてまた 住人も、家族も、スタッフも、医師や看護師、ボランティアも 大きな家族のような関係を 紡いでいき その中で互いに助け合い 互いに豊かになっていくところです。. 人は一人として 同じ顔や性格でないのと同じように 病気や障害も、その人の個性として みんなが堂々と 胸を張って暮らせる街になれば いいなと思います。. 2.

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