2004年度から東日本旅客鉄道株式会社と共同で開発を 進めてきたネットワーク信号制御システムを2007年2月から武 蔵野線市川大野駅で使用開始した。 このシステムは汎用ネットワーク技術を適用して,従来から 課題となっていた現場配線の施工性を高めることを目的とし ている。従来のシステムは機器室の連動装置からメタルケー ブルで直接信号設備に制御電圧を印加していたため,各設 備の制御点数に応じたケーブルを布設する必要があった。こ のシステムは信号設備に小形制御端末を内蔵して,この端 末と機器室の論理装置を光回線で結ぶことで,ケーブル本 数の削減をめざしたものである。 1.はじめに 現代の鉄道は単に人や貨物を運ぶための輸送手段にとど まらず,「エキナカ」(駅構内の商業スペース)に代表される快 適で便利な生活空間や,車内へのブロードバンド環境,デジ タル広告などの提供による快適移動空間の実現,さらには地 球温暖化対策として,環境に配慮したハイブリッド車両など, 全国に張り巡らされた輸送網と多くの設備を使いながら,生 活と環境に密着したトータルシステムの実現に貢献している。 しかしながら,一方ではこの鉄道インフラを支える基盤技術は ますます高度で複雑化している。鉄道の安全・安定輸送を支 える根幹製品の一つである信号システムは日々変わりゆく高 メタルケーブル (最大2 km)が 数百本 ネットワーク化 配線を80%削減 ・ネットワーク異常対応 →高安全・高稼働率を 確保するプロトコル ・小型/耐環境性の高い フェイルセーフな小形 制御端末 中継信号機用 小形制御端末 機器室 ネットワーク信号制御システム 論理装置 機器室 従来システム 電子連動装置 図1 ネットワーク信号制御システムの課題とその対応 ネットワーク信号制御システムは鉄道業界で課題となっていたケーブル配線数の削減や,工事期間の短縮を解決するために開発したシステムである。この開発では, ネットワークの安全性・稼働率を確保するためのプロトコルと,現場に配置するコントローラ(小形制御端末)の小型化/耐環境性が課題となった。 38 Vol.89 No.11 844-845 2007.11 多様なニーズに応える鉄道システム―環境負荷が低く,安全・快適な公共交通をめざして―
ネットワーク技術による省配線新連動システム
「ネットワーク信号制御システム」
A New-Cable Installation Saving-Interlocking System Applied with IP Network Technology
国藤 隆
Takashi Kunifuji糟谷 直大
Naohiro Kasuya渡部 悌
Dai Watanabe39 度情報化社会に対応しつつ,永久不変な保安の原理・原則 を守ることを要求される。市場に合わせて変化させつつ守る べきは守るという,ある意味では相反する二つの課題をクリア することがこれからの信号システムには求められる。 日立製作所は,鉄道総合インテグレータとしてこの課題を 解決するために,東日本旅客鉄道株式会社と共同でネット ワーク信号制御システムの開発を行ってきた。 ここでは,信号システムが抱えるさまざまな課題とニーズを 克服するためにどのような技術的ハードルを乗り越えて実用化 に至ったかについて述べる(図1参照)。 2.ネットワーク信号システムの開発コンセプト 2.1信号システムが抱える課題 信号システムは,転てつ機や信号機,踏切などを制御して 列車を安全に運行させるための保安装置である。転てつ機 や信号機を制御する連動装置は信号システムの代表的なも のであるが,大規模な駅になると進路数は数百進路,制御対 象の設備は数百台規模で構成される。 連動装置や電源装置などの関係機器類は線路沿線に設 けられた信号機器室に設置され,そこから各設備ごとに信号 線,電源線が引き回されることになる。このケーブル数は設備 の種類によって異なるが,1設備当たり数本から10本弱必要 となり,これを機器室から設備まで数百メートルにわたって布 設するため,駅構内に布設するケーブルの総延長は数十km に及ぶ場合もある。連動装置を新設,もしくは更新する場合, この膨大なケーブルをシステム側と設備側で1対1に正しく接 続する必要があるが,特に装置を更新する場合には稼働中 設備からのケーブルのつなぎ替えを終電から初電までの数時 間で一気に行わなければならない。あらかじめつなぎ替え可 能な部分は事前に行っておくが,膨大な配線の接続作業を 数時間で行うため多くの作業者が同時に作業を行うことにな る。これが作業ミスや不測の事故を誘発する原因ともなり,そ れは即,列車運行に多大な影響を与えることになってしまう。 2.2ネットワーク信号制御システムの開発コンセプト 鉄道を取り巻くさまざまな環境や設備が高度情報化に適用 しつつある中で,信号システムはこれまで必ずしも技術革新 に追随してきたとは言い切れない一面を持つ。これは信号シ ステムが高い信頼性と安全性を要求される保安装置であるが ゆえに,核となる部分は専用のハードウェアと十分に実績を積 んだソフトウェアから構成されており,一般技術,汎用技術の 革新スピードには対応しきれないことが背景にある。今回開発 したネットワーク信号制御システムは上記のような技術的課題 を解決するとともに,製品単体の性能向上のみならず,現地 での施工や保守も含めたトータルで顧客の要求を満たすこと をコンセプトとして開発を行った。主な開発コンセプトは以下の とおりである。 (1)システム機器と設備をつなぐケーブル数を大幅に減らす こと (2)配線誤りによる障害をできるだけ回避できること (3)施工性,保守性が十分に考慮されていること (4)最新かつ汎用性のある情報技術を採用すること (5)安全性,信頼性は従来装置と同等以上であること 3.システム構成と課題 このシステムは,連動部や論理部(FCP)などの論理装置 (以下,論理部と言う。)間に保安装置専用のS-LAN(Signal-Local Area Network)を使用し,線路沿線に配置する小形制 御端末(FC:Field Controller)と論理部間には現場配線に適 した汎用ネットワークの観点からE-PON(Ethernet-Passive Optical Network)を採用した。このシステムの構成を図2に 示す。 これにより,現場設備(信号機など)は光ケーブル接続とな るため,従来と比較して,ケーブル削減および配線誤りの障 害回避が大幅に可能になるが,技術的に以下のような課題 があった。 (1)線路沿線に配置する小形制御端末の小型化と耐環境性 (2)汎用ネットワークを使用した保安装置の安全性の確保 Feature Article 進路設定(RCS) 信号機器室 連動部 S-LAN 論理部(FCP) 論理部(FCP) E-PON E-PON 転てつ機 転てつ機 信号機 ATS-S 出発反応灯 FC FC FC FC
注:略語説明ほか RCS(Real Time Control Server),S-LAN(Signal-Local Area Net-work),FCP(Field Object Controlled Processor)
E-PON(Ethernet*
-Passive Optical Network)
FC(Field Controller),ATS-S(Automatic Train Stop-Signal) * Ethernetは,米国Xerox Corp.の商品名称である。
図2 ネットワーク信号制御システムのシステム構成
このシステムは汎用ネットワーク(E-PON)と小形制御端末(FC)を用いて現場 機器(信号機など)を制御するものである。
40 Vol.89 No.11 846-847 2007.11 多様なニーズに応える鉄道システム―環境負荷が低く,安全・快適な公共交通をめざして― 4.システムの技術的特徴 4.1小形制御端末の小型化 小形制御端末は,信号機や器具箱の限られたスペースに 収容するため制御対象の見直し,小型高効率電源の採用, 新開発LSI(Large Scale Integration)の採用などの小型化,お よび耐環境性対策を実施した。 (1)制御対象の見直し 従来の電子連動装置では広範な信号機に対応するために 広範囲な制御電圧・電流への対応を要し,大型の回路素子 が必要であり,小型化の障害となっていた。 小形制御端末は信号機本体に内蔵されるために制御対象 を限定可能であり,LED(Light Emitting Diode)信号灯専用 とすることで回路素子の小型化を図った。 (2)小型・高効率電源の採用 小形制御端末の電源装置は小型・低発熱を達成する必要 があったために電源メーカーと共同して,最新の高効率方式 を採用した小型専用電源を開発した。 専用電源は温度環境に対する余裕度を確保するために十 分なディレーティング(温度変動に対する出力補償)を確保可 能な容量とした。 (3)新開発LSIの採用 小形制御端末は信号保安設備を制御する装置であること から安全性の確保が必須であり,従来は2個のMPU(Micro Processing Unit)を搭載して両者の動作を照合論理でバスサ イクルごとに比較チェックし,一方のMPUが異常となっても不 一致を検出して安全側に遷移させて停止する機能によって安 全性を確保していたが,部品の占有スペースは大きく小型化 への障害となっていた。 今回の開発では2個のMPUとメモリなどの周辺デバイスお よびフェイルセーフ論理をワンチップに搭載した新開発のLSI 〔フェイルセーフCPU(Central Processing Unit)〕を採用して小
型化を図った。 これによりCPU部の実装占有スペースは従来比80%もの 削減を達成した。 フェイルセーフCPU概略ブロック図を図3に,小形制御端 末の例として中継信号機用小形制御端末を図4にそれぞれ 示す。 4.2環境対策 小形制御端末は信号機や器具箱などに収容し,線路沿線 に設置されることから耐環境性の向上が重点課題となった。 (1)ノイズ・振動・衝撃への対処 クリアすべき環境条件として信号機器に適用されているJIS規 格,および国際規格IEC62236-4を適用して小形制御端末を設 計し,各規格を満足していることを評価試験で確認実施した。 (2)雷インパルス対策 小形制御端末は信号機,器具箱に内蔵するため,電源線 から侵入する雷インパルス対策が必須であり,従来用いられ てきた保安器に代えてメンテナンスフリー化が可能な耐雷トラ ンスを専門メーカーと共同で開発し,インパルス耐圧30 kVの 耐雷性能を確保した。 5.汎用ネットワーク適用の信頼性と安全性 5.1信 頼 性 汎用ネットワーク採用にあたっては信頼性と安全性の観点 から,以下の2点が要求される。 (1)ネットワークを含むシステム稼働率についても従来の信号 保安装置と同等以上であること (2)想定しうるネットワーク障害(機器故障・伝送エラー・遅延 など)が発生した場合でも,小形制御端末の制御が危険とな らないこと,またこの端末からの表示情報伝送が論理部に対 して安全側に処理されること システム稼動率を確保するために,論理部・小形制御端 図4 中継信号機用小形制御端末 小形制御端末は信号機本体に内蔵するため,信号機内部のすき間に合わせ た専用構造とし,信号機内部に実装した(a)。筐(きょう)体のふたを開けた状態 を(b)に示す。 外部共通バス A系外部バス B系外部バス フェイルセーフ 照合論理 CPU-A系 CPU-B系 SRAM-B系 SRAM-A系 IF IF IF
注:略語説明 CPU(Central Processing Unit)
SRAM(Static Random Access Memory),IF(Interface)
図3 フェイルセーフCPUの概略ブロック
マイクロコンピュータおよび周辺回路を二重化し,バスサイクルごとのフェイル セーフ照合論理による比較によってフェイルセーフ性を担保する構成をワンチップ 化した。
41 末・ネットワーク装置・通信路はすべて二重化構成とし,システ ム寿命に対しては100年以上という十分なMTBF(Mean Time Between Failure:平均故障間隔)を確保した。 また,ネットワークの過渡的な障害(伝送エラー・遅延など) についても信号保安の周期制御を継続するために,二重化 ネットワーク,および小形制御端末動作が平行動作する構成 としてリアルタイム制御を実現した。 5.2安 全 性 論理部および小形制御端末間の通信は,汎用ネットワーク で発生しうる障害を対策したフェイルセーフ通信が要求される ことから,論理部とこの端末はフェイルセーフ性を保障する前 述した装置構成とし,通信プロトコルとして,ネットワーク障害 に対して安全側制御を保障する手法を新たに開発した。 従来の保安用通信装置と異なる汎用ネットワークにおいて 考慮すべき主な障害は,送信アドレスの正当性および通信遅 延である。両者とも通信インタフェースのメモリ故障などにより 発生しうるものであり,このエラーを見逃した場合は制御が危 険側となる可能性がある。 送信アドレスの正当性については,電文内にアドレス情報 を付加しフェイルセーフ装置が冗長符号を生成付加すること により,受信側でその正当性をチェック可能である。 伝送遅延障害については,原理的には通信時に論理部お よび全小形制御端末間で共通のタイムスタンプ情報を交換す ることで対策可能であるが,多数の端末間に絶対時刻情報 を保持すること,および再起動ごとの端末間の時刻合わせを 短期間に実施することは困難である。そこでこのシステムでは, 電文返信のタイムアウト監視および電文中の通番情報の論理 部と小形制御端末間で相互通信して確認するというプロトコ ルを導入することによって,上記の問題を解決している。この 手法によって新たに受信した電文は直前に受信した正当な 電文から一定時間以内に送信されたことが保障される。これ により,ネットワーク上で著しい遅延(ハブのバッファエラーなど) があった場合でも安全に障害を検知することが可能である。 なお,このシステムの安全性定量評価では1,000設備規模 のシステムにおいても従来の電子連動装置と同様の安全性を 実現している。 6.おわりに ここでは,今回開発したネットワーク信号制御システムで適 用した新規ハードウェアとソフトウェア技術,および保安装置と しての安全性への取り組み内容について述べた。 ネットワーク信号制御システムは2005年4月から2006年12月 まで東日本旅客鉄道株式会社の常磐線土浦駅でモニタラン 試験を実施して,実用上問題がないことを検証した後,2007 年2月に武蔵野線市川大野駅で使用を開始し,現在,安定 稼働中である。 信号機などの現場機器をネットワークで直接制御する連動 装置は世界初であり,鉄道業界で以前から課題であったケー ブル配線数の削減や工事期間の短縮も実現したことで,今 後,2号駅以降の導入拡大に向けた量産化に取り組んでいく。 1)岩崎,外:市川大野駅のネットワーク信号における小形制御端末(FC)の開 発,社団法人日本鉄道技術協会,サイバネティクス(2007年) 参考文献 執筆者紹介 国藤 隆 1992年東日本旅客鉄道株式会社入社,JR東日本研究開 発センター 先端鉄道システム開発センター 所属 現在,ネットワーク信号制御システムの開発業務に従事 情報処理学会会員 Feature Article 早乙女 弘 1982年日立製作所入社,電機グループ 水戸交通システ ム本部 信号システム設計部 所属 現在,新型信号システム設計の取りまとめに従事 糟谷 直大 1987年日立製作所入社,電機グループ 水戸交通システ ム本部 信号システム設計部 所属 現在,信号システム設計の取りまとめに従事 前田 徹 1981年日立エンジニアリング株式会社入社,日立製作所 電機グループ 水戸交通システム本部 交通システム開発 センタ 所属 現在,鉄道信号保安システム開発取りまとめに従事 渡部 悌 1987年日立製作所入社,日立研究所 情報制御研究セン タ 鉄道情報制御ユニット 所属 現在,鉄道信号保安システムの次世代アーキテクチャの研 究開発に従事 電気学会会員,情報制御学会会員