博 士 ( 農 学 ) 櫻 木 ま ゆ み
学位論文題名
Seasonal migration and habitat selection of female sika deer in eastern Hokkaido ,Japan
(北海道東部におけるエゾシカのメスの 季節移動と生息環境選択に関する研究)
学位論文内容の要旨
移動(migration)は、自然界にお いて多くの動物に 共通してみられる現 象である。さまざまな移動様式 は、 環境の時間的・空 間的な変化を利用す るように進化してきた。移動様式の解明は、移動の生態的・
進化 的な維持機構を明 らかにする上でも、 また保護管理を行 う上でも不可欠な ものである。本研究で は、 北海道で分布を拡 大しつ,っあるエゾ シカの移動の生態的な意味と、移動と保護管理の関係につい て明 らかにするために 、移動個体と定住個 体の両方が出現す る越冬個体群にお いて、58頭のエゾシカ のメ スをラジオテレメ トリー法により追跡 した。
2000年 夏に 北 海道 東部にお いて、9頭 のエゾシカのメス をラジオテレメト リー法により追跡し た。日 中 の追 跡( 日 中追 跡) と24時 間を 通 して2時間 おき に 行っ た追 跡(24時 間追 跡) の 間でハビ タット 利 用を 比較 し た。8個体のハビタッ卜 利用は、日中追跡 と24時間追跡の問 で差はなかった。こ のこと は 、日 中追 跡 が24時間を通 したハビタット利 用を表していること を示唆する。24時 間追跡における6 個 体の ハビ タ ット 利用は、 日中と夜間で差は なかった。ー方、3個体は日 中よりも夜間に相対 的に開 けたハビ タットをより頻繁に 利用する傾向があ り、これは人間に よる攪乱を避けるこ とによると考え られた。8個体の夜 間の測定点のほと んどは、日中追跡に よって評価した行 動圏に含まれそぃ たが、1 個体の牧 草地における夜間の 測定点は、日中の 行動圏に含まれなかった。牧草地を利用する個体では、
日中追跡 だけでは行動圏が過 小評価される可能 性が示唆された。
1997年4月か ら1999年4月 まで の25ケ 月の 調 査期 間中 に 、53頭の エ ゾシ カの メ スの 追跡から4,430 の 測定 点 が得 られ た 。地 理情 報 シス テム(GIS)の デー タベ ー スとロジスティッ ク回帰モデルを用 い て、空 問的な環境特性( 積雪、植生、道路 など)とエゾシカの 季節的な分布の関 係を明らかにした。
Resource Selection Functions (RSF)を用いて、道東地域における夏期と冬期のエゾシカの生息適地の推 定を行 った。多くの追跡 個体は越冬地より も高標高の夏の行動 圏へ移動したが、 一部の個体は越冬地 よりも 低標高の夏の行動 圏へ移動した。冬 期には、エゾシカは 比較的積雪が少な く、針葉樹や針広混 交 林の 分 布す る中 標 高(200―400m) のハ ビタットを選択的 に利用した。一方、 夏期にはエゾシカ は 標高に かかわらず広く分 布したが、道路に 近いところや牧草地 ではあまり観察さ れなかった。エゾシ カの冬 期の生息適地は、 極めて限られたと ころに分布していた 。夏の行動圏から 冬の行動圏への移動 ―1220―
は、ラン ドスケープスケー ルにおける生息適地の分布の季節的な変化により説明できると考えられた。
し か し 、 冬 の 行 動 圏 か ら 夏 の 行 動 園 ー の 移 動 は 、 こ の ア プ ロ ー チ か らは 説 明で きな か った 。
4. 大型 草 食獣 にお い て、 移動 に 影響 する 主な要因は、 餌資源の獲得と捕食 の回避であると考 えられてい る。 北海 道 東部 のエ ゾ シカ のメ ス の越冬個 体群の中には定住 個体、北移動個体 、東移動個体の3つの 移動 タイ プ が出 現する。糞中窒素 含有量(FN)の分析 から、「北移動個体 と東移動個体が、 定住個体よ りも 夏期 に より 高質 の 餌を 採食 し てい る」 と いう 予測 を 検証した。2000年8月1−5日に、3地域(越 冬地、北部地域 、東部地域)の追跡 個体の夏の行動圏 (n 18) において、新鮮な 糞塊を採集した。FN と標高には有意 な正の相関がみられ たが、FNと越冬地 までの距離の間に 有意な相関はみられなかった。
予測 した よ うに 、高 標 高(300m以 上) の夏の行動圏 に移動する北移動個 体は、定住個体よ りも高質の 餌を 採食 し てい た。 し かし 予測 に 反して、 低標高(300m以下)の夏の行 動圏に移動する東 移動個体の 採食 する 餌 の質 は、定住個体と同 程度であった。近 年の狩猟による個体 数管理計画によっ て、東移動 個 体 は 、 高 質 の 餌 で あ る 牧 草 を 以 前 ほ ど 利 用 で き な く な っ て き て い る 可 能 性 が 考 え ら れ た 。
5.北 海道 東 部に おい て 、10頭のエゾシカの メスの移動個体の 移動経路への執着性 について明らかに した (1997年4月 一2001年5月 )。6個体 は、 移 動経 路を 年 によ って も 季節 によ っ ても 変え な かった。3 個 体は 秋と 春 で移 動経 路を変 えたが、それぞれの 移動経路を年によ っては変えなかっ た。1個体 の移 動 経路は不規則にみえ たが、基本的には 年や季節によって 変わらなかった。こ れらの結果は、移 動す る エゾシカのメスが移 動経路に執着する ことを示している 。また、エゾシカの メスの冬の行動圏 に対 す る執着性は、夏の行 動圏に対する執着 性よりも低かった 。一部の個体はいく っかの年に越冬地 を変 え たが、それらの行動 圏は移動経路上に 分布した。一部の 個体は、季節や年に よって移動経路を 変え た が、異なる移動経路 間でその植生に有 意な差はなかった 。このことは、ニれ らの個体が植生の 違い に よって移動経路を変 えているわけでは ないことを示唆し ている。亅組の母親 と仔どもの動きは 、仔 ど もが移動経路を学習 する能カを持つこ と、また、仔ども が伝統的な移動経路 を利用しっづける こと を 示唆 した 。
6.約120年 前 に絶 滅を 免 れた 阿寒 の エゾ シカ 個体群が分 布域を拡大する過 程で、白糠丘陵の越 冬地の外 に分散した個体 は、その場所では越 冬することができ ず、越冬のために 白糠丘陵に移動し、 季節移動 個体が出現した と考えられた。白糠 丘陵の個体群はこ のような分散と移 動を繰り返しながら 、北部の 高標高の山岳地 域と東部の低標高の 平野地域に分布域 を拡大してきたと 考えられた。この個 体群にお けるいくっかの 季節移動様式の出現 と維持には、生息 適地の分布の季節 的な変化と、移動す ることに よる高質の餌の 獲得が影響している と考えられた。こ のような環境要因 と同様に、社会的な 学習や伝 統が重 要な意味を持つ可 能性についても議論 した。また、エゾシカは北海道の重要な生物資源であり、
保全していく必 要がある。本研究で 得られた知見に基 づき、エゾシカ個 体群の保全と管理に ついて、
以 下の よ うな ぃく っかの 提言を行った。O道東地域の エゾシカ個体群の 存続にとって白糠丘 陵は極め て重要であり、 保全していく必要が ある。◎エゾシカ の越冬地への執着 性は夏の行動圏への 執着性よ りも低いことか ら、新たな越冬環境 をっくるニとによ り、冬期のェゾシ カの分布の集中を避 け、樹皮 剥ぎなどの森林 への被害を減らせる 可能性がある。◎ エゾシカが移動経 路に高い執着性を示 すことか ら、移 動経路の環境を保 全する必要がある。
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学位論 文審査の要旨
学位論文題名
Seasonal migration and habitat selection of female sika deer in eastern Hokkaido ,Japan
(北海道東部におけるエゾシカのメスの 季節移動と生息環境選択に関する研究)
本 研 究 は92 ベ ージ の 英 文論 文 で 、引 用 文 献173 を 含み、7 章で構 成され ている。 他 に参考論文6 編が添えられている。
大型哺乳類の移動様式の解明は、移動の生態的・進化的な維持機構を明らかにする上で も、また保護管理を行う上でも不可欠なものである。本研究では、北海道で分布を拡大し つっあるエゾシカの移動の生態的な意味と、移動と保護管理の関係について明らかにする ために、移動個体と定住個体の両方が出現する越冬個体群において、58 頭のエゾシカのメ スをラジオテレメトリー法により追跡した。
まず、2000 年夏に北海道東部において、 9 頭のエゾシカのメスをラジオテレメトリー法 により 追跡した 。日中 の追跡(日中追跡)と24 時間を通して 2 時間おきに行った追跡(24 時間追跡)の間でハピタット利用を比較した。6 個体のハビタット利用は、日中と夜間で差 はなかった。 3 個体は日中よりも夜間に相対的に開けたハピタットをより頻繁に利用する傾 向があった。一方、 1 個体の牧草地における夜間の測定点は、日中の行動圏に含まれなかっ た。牧草地を利用する個体では、日中追跡だけでは行動圏が過小評価される可能性がある。
次 に 、 1997 年 4 月 から 1999 年 4 月までに おいて 、地理情 報システ ム(GIS) のデータ ベ ースとロジスティック回帰モデルを用いて、空間的な環境特性(積雪、植生、道路など)
とエゾシカの季節的な分布の関係を明らかにした。多くの追跡個体は越冬地よりも高標高 の夏の行動圏へ移動したが、一部の個体は越冬地よりも低標高の夏の行動圏へ移動した。
冬期には、エゾシカは比較的積雪が少なく、針葉樹や針広混交林の分布する中標高(200 − 400 m) のハピタットを選択的に利用した。一方、夏期にはエゾシカは標高にかかわらず広 く分布したが、道路に近いところや牧草地ではあまり観察されなかった。工ゾシカの冬期 の生息適地は、極めて限られたところに分布していた。夏の行動圏から冬の行動圏への移 ―1222 ―
司 裕
隆 豊
光
川 藤
藤 貫
前 齋
齊 綿
授 授
授 授
教 教
教 教
助 助
査 査
査 査
主 副
副 副
動は、ランドスケープスケールにおける生息適地の分布の季節的な変化により説明できる が、冬 の行動圏 から夏 の行動圏への移動は、このアプ口ーチからは説明できなかった。
また、工ゾシカのメスの越冬個体群の中には定住個体、北移動個体、東移動個体の3 つ の移動夕イプが出現する。糞中窒素含有量(FN) の分析から、「北移動個体と東移動個体が、
定住個体よりも夏期により高質の餌を採食している」という予測を検証した。2000 年8 月 1 ― 5 日に、 3 地域(越冬地、北部地域、東部地域)の追跡個体の夏の行動圏( n 〓18 )にお いて、 新鮮な糞 塊を採 集した。FN と標高には有意な正の相関がみられたが、FN と越冬地 までの距離の間に有意な相関はみられなかった。予測したように、高標高(300m 以上)の 夏の行動圏に移動する北移動個体は、定住個体よりも高質の餌を採食していた。一方、低 標高(300m 以下)の夏の行動圏に移動する東移動個体の採食する餌の質は、定住個体と同 程度であった。近年の狩猟による個体数管理計画によって、東移動個体は、高質の餌であ る 牧 草 を 以 前 ほ ど 利 用 で き な く な っ て き て い る 可 能 性 が 考 え ら れ た 。 10 頭のエゾシカのメスの移動個体の移動経路への執着性について明らかにした。6 個体 は、移動経路を年・季節によっても変えなかった。3 個体は秋と春で移動経路を変えたが、
それぞれの移動経路を年によっては変えなかった。1 個体の移動経路は不規則にみえたが、
基本的には年や季節によって変わらなかった。これらの結果は、工ゾシカのメスが移動経 路に執着することを示している。また、冬の行動圏に対する執着性は、夏の行動圏に対す る執着性よりも低かった。一組の母親と仔どもの動きは、仔どもが移動経路を学習する能 カ を 持 つ こ と 、 仔 ど も が 伝 統 的 な 移 動 経 路 を 利 用 し っ づ け る こ と を 示 唆 し た 。 約 120 年前に絶減を免れた阿寒のエゾシカ個体群が分布域を拡大する過程で、白糠丘陵 の越冬地の外に分散した個体は、その場所では越冬することができず、越冬のために白糠 丘陵に移動し、季節移動個体が出現したと考えられた。白糠丘陵の個体群はこのような分 散と移動を繰り返しながら、北部の高標高の山岳地域と東部の低標高の平野地域に分布域 を拡大してきたと考えられた。本研究で得られた知見に基づき、工ゾシカ個体群の保全と 管理について、いくっかの提言を行った。
以上のように本研究では、北海道東部地方のェゾシカのメスにおける、移動に関する要 因を生態学的に明らかにしようとしたものであり、得られた成果は学術的に貴重なもので あり、その保全のための基礎資料としても高く評価される。よって審査員一同は、櫻木ま ゆ み が 博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る に 充 分 な 資 格 を 有 す る も の と 認 め た 。
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