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ペルー鉱業を巡る争議の動向ペルー鉱業を巡る争議の動向
西川 信康
ペルーでは、鉱業を巡る争議が後を絶たず、大きな社会・政治問題化しており、一部では、その影響で鉱業活動 が一時的に停止する等、好調な鉱業投資に水を差す動きが拡大している。また、最近の争議の傾向として、地元住 民による反鉱山運動や労使対立に留まらず、カノン税や鉱山労働者への利益配当の配分問題を巡る地方対地方、住 民対鉱山労働者といったペルー人同士の内部抗争に発展する等、ペルーの鉱業争議は、ますます複雑化、混迷化の 様相を呈している。本稿では、ペルーの公的仲裁機関であるオンブズマン(Defensoria del Pueblo)*による調査報告書の中から、最
近のペルー国内の争議の現況、特に鉱業分野を取り巻く争議の実情と特徴を概観するとともに、最近発生した既得 権を巡るペルー人同士の内部抗争の実例とペルー政府の対応等を紹介する。
1. ペルー国内の争議の概況
オ ン ブ ズ マ ン レ ポ ー ト(Reporte de Conflictos Sociales 7 月 31 日号)によると、2008 年 7 月時点で オンブズマンに登録されている全国の争議件数は、 147 件(うち、顕在状態のものが 97 件、近い将来発 生が予見されるもの(潜在状態)が 50 件)で、この うち、7 月に新規に発生した争議は 16 件、潜在状態 から再び顕在化した争議が 1 件、顕在状態から潜在状 態へと沈静化した争議が 5 件、解決された争議が 1 件 となっている。また、これとは別に、7 月に一時的に 発生した争議(オンブズマンでは、軽度と見なし未登 録)は 74 件で、これを併せると 7 月時点の争議総数 は 221 件となる。 図 1 は、この 1 年間の争議総数とオンブズマンに登 録された争議件数の推移を示したものである。全体の 争議件数は、1 年前と比較すると、約 2.5 倍に拡大し ており、特に 2008 年 4 月以降、増加傾向が顕著となっ ている。 争議の発生要因としては、全争議 221 件中、社会環 境争議が 86 件と約 4 割を占め、次に郡・区行政を巡 る争議が 49 件、労働争議が 31 件、中央政府行政を巡 る争議が 21 件 と続いている(図 2)。 0 50 100 150 200 250 07/7 07/8 07/9 07/10 07/11 07/12 08/1 08/2 08/3 08/4 08/5 08/6 08/7 総数 オンブズマン登録数 図 1. この 1 年間の争議件数の推移 社会環境 86件(39%) 郡・区行政 49件(22%) 労働問題 31件(14%) 中央政府行政 21件(10%) 県政府行政 12件(5%) コミュニティ間 9件(4%) コカ違法栽培 3件(1%) 選挙 6件(3%) 領域 4件(2%) 図 2. 争議要因 リマ事務所 所長*オンブズマン(Defensoria del Pueblo)
1993 年憲法により設立された独立監査機関であり、憲法が国民や共同体に対して保障する権利の保護、行政の監査、市民への支援サービス提供等を 行う。オンブズマンの代表は国会の 3 分の 2 以上の賛成をもって選出され、任期は 5 年間。
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ペルー鉱業を巡る争議の動向 (426) 次に、県別の争議分布を見ると、争議はペルー全県 で確認されており、最も多く争議が発生しているのは Lima 県(28 件)で、次いで Cajamarca 県と Ayacucho 県(両県とも 18 件)、Puno 県(16 件)、Junin 県(14 件)、Ancash 県(13 件)の順となる(図 3)。 争議件数上位 3 県の発生要因を見ると(図 4)、Lima 県では労働争議が半分を占めている一方、Cajamarca 県と Ayacucho 県では、労働争議はわずかで社会環境 争議が最も多く、都市部と地方とでは争議の性格が構 造的に異なっていることが分かる。 また、オンブズマンに登録されている顕在状態の争 議 97 件の段階を分析したところ、初期段階 15 件、悪 化 31 件、暴動・物理的被害 1 件、沈静化 21 件、対話 中 29 件となっている(図 5)。 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%Lima Cajamarca Ayacucho
その他 中央政府行政 労働問題 郡・区行政 社会環境 図 4. 上位 3 県の争議要因 初期 15 悪化 31 暴動 1 沈静化 21 対話中 29 停滞 0 顕在状態 潜在状態 図 5. 段階別争議件数 図 3. 県別争議件数(数字は件数、括弧の数字は顕在化している争議件数)
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ペルー鉱業を巡る争議の動向2. 鉱業関連争議の動向
鉱業関連の争議は、全体の争議 221 件の 35%にあ たる 77 件となっている。なお、このうちオンブズマ ンに登録されている鉱業関連争議は 65 件である。 鉱業関連争議の発生要因別では、社会環境争議が 66 件、労働争議が 10 件、中央政府行政に関する争議 1 件となっており、社会環境を巡る争議が支配的であ る(図 6)。 一方、社会環境争議を産業分野別で見ると(図 7)、 鉱業関連が 66 件と社会環境争議全体の約 8 割を占め、 次いで炭化水素関連が 3 件、発電所関連が 3 件となっ ている。その他の分野は、畜産関連、廃棄物処理関連、 森林伐採関連等である。 社会環境争議の県別分布状況(図 8)については、 最も発生件数が多い県が Cajamarca 県(11 件)で、次 いで Ancash 県、Cusco 県、Junin 県(それぞれ 8 件) となっており、全体の 60%がこれら 4 県と Ayacucho、 Pasco、Puno を加えた 7 県に偏在している。 鉱業関連 66件(78%) 発電所関連 3件(3%) 炭化水素関連 3件(3%) その他 14件(16%) 図 7. 社会環境争議の内訳 鉱業関連 77件(35%) その他 144件(65%) 社会環境 66件 (86%) 労働問題 10件 (13%) 中央政府 1件(1%) 図 6. 鉱業関連争議が占める割合 Cajamarca 11件(13%) Ancash 8件(9%) Cusco 8件(9%) Junin 8件(9%) Ayacucho 7件(8%) Pasco 5件(6%) Puno 5件(6%) その他 34件(40%) 図 8. 社会環境争議の県別件数 争議が発生している代表的な鉱山や探鉱開発プロ ジ ェ ク ト と し て は、Cajamarca 県 の Yanacocha、La Zanja、Michiquillay、Ancash 県の Antamina、Cusco 県 の Tintaya、Junin 県の Toromocho、Pasco 県の Cerro de Pasco、Moquegua 県の Cuajone、Ilo、Tacna 県の Toquepara、Piura 県の Rio Blanco、Lambayeque 県の La Granja 等で、主要な鉱山や鉱山開発プロジェクト が含まれている(表 1)。 社会環境争議 86 件のうち、オンブズマンに登録さ れている 75 件について、その原因をみると(図 9)、 最大の原因は「環境汚染」で 28 件、2 番目の原因は 「環境汚染への危惧」で 26 件となっており、全体の約 7 割が環境汚染問題に端を発している。次いで、「プ ロジェクト不履行」が 11 件で、これは主に鉱山会社 が地域住民らに対してコミットした社会プロジェクト が実行されていないことへの不満によるものである。 さらに、地域経済発展への支援要求 9 件、鉱山会社等 に対する利益還元 9 件と続いている。なお、これらは 単独の要因ではなく、複数の要因が重複しているケー スが少なくないと指摘されている。 社会環境争議の中で、オンブズマンに登録されてい る鉱業関連争議 61 件の生産段階別比率は、操業段階 が 59%、探査段階が 39%、製錬段階が 2%となって いる(図 10)。 一方、鉱山の規模別では、大規模・中規模鉱山が 79%、小規模・零細鉱山が 21%となっている(図 11)。 また、違法鉱業を巡る争議は、1 年前の 4 件から 9 件 に増加しており、貧困度の高い地域に集中している 他、環境汚染や土地争議等との関連性が高い。2008.11 金属資源レポート 22
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ペルー鉱業を巡る争議の動向 (428) 1 2 4 6 9 9 11 26 28 0 5 10 15 20 25 30 基金管理への疑惑 市街地汚染 不法占拠 土地抗争 利益還元・補償要求 地域発展支援要求 プロジェクト不履行 環境汚染への危惧 環境汚染 図 9. 社会環境争議の原因 探査段階 39% 操業段階 59% 製錬段階 2% 図 10. 鉱業関連争議の段階別比率 大規模鉱山 43% 中規模鉱山 36% 小規模鉱山 7% 零細鉱山 14% 図 11. 鉱業関連争議の鉱山規模別比率 鉱業サイト(県名) 社会環境争議の内容 対応状況 Antamina 鉱山 (Ancash) 鉱山による約束の不履行と環境汚染の可能性を指摘 する住民が抗議表明 7 月 24 日に対話協議を実施し、鉱山による道路修復 計画書が住民らへ提出され、8 月 5 日に再度協議の 予定 Las Bambas 銅プロジェクト (Apurimac) 周辺地域住民らが、同プロジェクトの信託基金管理 委員会の再編成を要求 住民らは、コミュニティ代表に対する Xstrata キャン プ地占拠による逮捕令の取り消しを対話の条件とし ており、7 月 18 日に予定されていた交渉は未実施 La Zanja 金プロジェクト (Cajamarca) 周辺地区住民らが環境汚染を理由にプロジェクトへ 反対 7 月 3 日に住民総会が開催され、同プロジェクトの 環境影響評価が可決されたが、多数の住民が総会へ の出席を阻まれたことが発覚 Michiquillay 銅プロジェクト (Cajamarca) 周辺住民は、過去の操業を原因とする鉱害対策と補 償、周辺地域の社会プロジェクトを要求 7 月中、交渉は実施されなかった Yanacocha 鉱山 (Cajamarca) Quishuar 地区住民らが、Yanacocha の操業による 水質汚染に対して抗議 鉱山労働者に対する危害が加えられたため 6 月 3 日 より操業が停止していたが、住民側による対話の呼 びかけにより再開 Tintaya 鉱山 (Cusco) 同鉱山周辺の不法採掘者らが、鉱山に対して採掘権を要求 7 月中、交渉は実施されなかった Toromocho 銅プロジェクト (Junin) Morococha 村住民らが、村の移転に関する条件等に ついて話し合いを要求 7 月 14 日に 2 度目の協議会が開かれたが、その後予 定されていた 8 月 1 日の協議会はキャンセルされた Cajone 鉱山 (Moquegua) Ilo 郡・Ilo 区住民や市民団体らが、鉱山に対して鉱 山操業及び環境汚染に対する補償を要求 7 月 22 日に対話を実施、8 月 29 日に次回協議予定 Cerro de Pasco 鉱山 (Pasco) 同鉱山の露天拡張に対して Chaupimarca 村住民らが 反対 対話なし Chaupimarca 村移転が検討されている Rio Blanco 銅プロジェクト (Piura) Majaz による鉱業活動の違法性及び環境汚染に抗議 する住民による反鉱山運動 対話なし 住民らと鉱山の間で発生した暴力事件に関して検察 局が捜査中 Toquepara 鉱山 (Tacna) Candarave 郡及び市民団体が、同鉱山への水資源利 用を原因とする Callazas 川水量減少に抗議 対話なし 7 月 21 日に協議が実施されたが合意に至らず次回協 議日も決定されなかった 表 1. 主な鉱業関連争議の概要(2008 年 7 月時点)レポート
ペルー鉱業を巡る争議の動向3. 鉱業既得権を巡る最近の争議の実例と政
府の対応
3-1. 鉱業カノン税配分を巡る争い (1)鉱業カノン税の問題点と改正議論 鉱業カノン税とは、鉱山会社が納める所得税のう ち、その 50%を鉱山地域が存在する地方に還元され る制度で(地方の配分比率は図 12 を参照)、毎年 7 月 に交付額が明らかとなる。ここ数年、金属価格の高騰 による鉱山会社の業績拡大により、カノン税は鰻登り に上昇しており、2008 年においても昨年度を 4.5%上 回る 4,436 百万 N.Soles(約 1,584 百万 US $)と、伸び 率は大きく落ち込んだものの、依然、高水準を維持し ている(図 13)。 カノン税を巡っては、従前より、配分先が鉱山の存 在する地域や県に限定されること(例えば、図 14 に 示すように、2007 年のカノン税交付額は上位 5 県で 全体の約 3/4 を占める)による地域格差の助長、ま た、地方自治体の行政能力の不足、さらに地元住民の 裨益感の欠如等運用面での問題が指摘されていた。こ うした問題を改善するため、カノン税を鉱山地域以外 の貧しい県にも再分配すべきとの考えやカノン税の一 部を地元住民に直接現金支給する等といった制度改革 案が議論されてきた。しかしながら、他県への再配分 問題に関しては、鉱山地域の県や地方議員による猛反 発を受け、また、地元住民への直接支給については、 地方の持続的発展というカノン税の目的から外れると ともに、支給を受ける家庭と受けない家庭との間の格 差や不公平感が生まれ、新たな対立を生むとの批判を 受け、改正に向けた国会内での議論は、事実上、棚上 げ状態となっていた。 こうした中、今年 6 月に、カノン税配分を巡る新た な対立が表面化した。 (2)Moquegua(モケグア)県におけるカノン税の 適切な配分を求めた抗議行動 6 月 11 日、カノン税の配分を巡って、ペルー南部 の Moquegua 県で、2 万人規模の抗議行動が発生し、 大きな社会問題となった。 この抗議行動は、Southern Copper 社が操業してい る Moquegua 県の Cuajone 鉱山とその南部に隣接す る Tacna( タ ク ナ ) 県 の Toquepara 鉱 山 に お け る 2007 年 の 銅 鉱 山 生 産 量( 金 属 量 ) が、 そ れ ぞ れ、 187,090t、172,570t とほぼ同量であったにも拘わらず、 政 府 が 示 し た 2008 年 の カ ノ ン 税 の 交 付 額 は、 Moquegua 県:225 百 万 N.Soles( 約 80 百 万 US $)、 Tacna 県:715 百万 N.Soles(約 255 百万 US $) と大 きな開きがあるとして、Moquegua 県政府が適正な配 分を求めて起されたものである。なお、政府は、この 計算の根拠として、金属量ではなく粗鉱量に基づいて 算出したと説明している。 抗議行動の参加者は 2 万人に達し、Tacna 県との県 境に位置する橋やパン・アメリカンハイウェイを封鎖 し、投石や車両放火等抗議運動が激化し、デモ鎮圧に 出動した警察との衝突で約 80 名の負傷者が出た他、 一時、警察官約 60 名が Moquegua 市内の教会に軟禁 さ れ る 事 態 と な っ た。 さ ら に デ モ 隊 は、Southern Copper 社の鉱山施設の一部襲撃や鉱山アクセス道路 の封鎖等を行ったため、一時的に供給不安が広がり、 銅の国際価格にも影響を与えた。 両県境でデモ隊によって唯一の道路アクセスを阻ま れた Tacna 県では、食糧不足によって食料価格が高 騰した他、Tacna・Moquegua 両県で学校の休校や観光 客が足止めを食らう等、多方面に影響が出た。Tacna 商工会議所によれば、本暴動によって両県の経済的損 鉱山地区の ある郡 25% 鉱山地区以 外の郡 40% 鉱山地区 10% 県政府 (含、大学) 25% 図 12. カノン税の配分比率 0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600 1,800 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 百万US$ 図 13. カノン税交付額の推移 ANCASH 32% TACNA 14% CAJAMARCA 10% MOQUEGUA 9% PASCO 8% LA LIBERTAD 6% CUSCO 6% JUNIN 2% LIMA 4% その他 6% AREQUIPA 3% 図 14. 2007 年県別のカノン税配分比率2008.11 金属資源レポート 24