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南アジア研究 第9号 002安藤 和雄, 内田 晴夫「バングラデシュの氾濫原における乾季畑作と稲作農業」

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全文

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■論

文■

バ ングラデ シュの氾濫原 にお ける

乾季 畑作 と稲作 農 業

ジ ャ ム ナ 氾 濫 原 ド ッキ ン ・チ ャ ム リ ア 村 の 事 例 ● 安 藤 和 雄*・ 内 田 晴 夫** 1. は じめに バ ン グラ デ シュ の農 業 で は,総 作 付 面積 の約8割 を稲 作 が 占 め てい る.デ ル タ と熱帯 モ ンス ー ン気 候 とい う この国 の立 地 条件 を考 慮 した と して も,あ ま り に も稲 作 に偏 っ た食糧 生 産 で あ る と言 え る.特 に,近 年 の高 収 量 品種 ・地 下水 利 用 の ポ ン プ灌漑 ・化 学 肥 料 の普 及 が もた ら した乾 季 の 灌漑 稲 作 の拡 大 は,こ の傾 向 に一 層 の 拍 車 を か けて い る.1982/83∼92/93年 の10年 間 に乾 季 灌漑 稲 作 の栽 培 面 積 は倍 増 し,総 作 付 面 積3,385万 エ ー カ ー の17%,純 作 付 面 積 1,889万 エ ー カ ーの30%を 占め る に至 って い る[BBS1995:118-120].こ の乾 季 灌漑 稲 作 は休 閑地へ の導 入 のみ な らず,伝 統 的 な乾 季畑 作 物 で あ る豆 類 な ど の 一部 の ラ ビ作 物 に代 替 す る こ とで も栽 培 面積 を拡 大 して きた.そ の ため,健 全 な食 糧 自給 を 目指 す ため に,稲 以外 の畑作 物 の重 要性 を認 め,そ の栽培 を推 *  安 藤 和 雄 あ ん ど う か ず お,京 都 大 学 東 南 ア ジ ア 研 究 セ ン タ ー,栽 培 学,バ ン グ ラ デ シ ュ 農 村 地 域 研 究,主 要 論 文:(1)「 バ ン グ ラ デ シ ュ ・ハ オ ー ル 縁 辺 地 域 に お け る 乾 季 稲 作 と伝 統 的 灌漑 技 術―― ジ ャ ワ ー ル 村 に お け る 事 例 研 究―― 」,ア ジ ア 経 済,第32 巻2号,pp.18-33(共 著),1991.(2)「 マ タ ボ ー ル た ち と在 地 の 農 村 開 発―― バ ン グ ラ デ シ ュ,ド ッ キ ン チ ャ ム リ ア 村 に お け る ア ク シ ョ ン ・リ サ ー チ の 記 録 」,東 南 ア ジ ア 研 究,33巻1号,pp.39-65(共 著),1995. ** 内 田 晴 夫 う ち だ は る お,農 林 水 産 省 四 国 農 業 試 験 場,農 村 水 文 学,バ ン グ ラ デ シ ュ 地 域 研 究,主 要 論 文:(1)「 農 村 水 文 学―― バ ン グ ラ デ シ ュ の 農 村 イ ン フ ラ 整 備 へ の 新 し い ア プ ロ ー チ―― 」,東 南 ア ジ ア 研 究,第33巻1号,pp.66-81(共 著),1995.(2) 「バ ン グ ラ デ シ ュ の 河 岸 侵 食 問 題 と 『在 地 の 技 術 』」 ,農 業 土 木 学 会 誌,第64巻4号, PP.47-52(共 著),1996.

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バ ングラデシュの氾濫原 における乾季畑作 と稲作農業 43

奨 す べ く 「作 物 栽 培 の多 様 化」 が提 唱 され る こ と に もな っ た[BARC 1982: 1]

[Hossain 1991 : 311-333][world Bank 1994 : 1-2].一 方,1987/88年 の 大 洪水

以 降,堤 防 に よる大 規 模 な洪 水 対 策 事 業[内 田1997]の 是非 を め ぐって,「 氾 濫 原 農 業 の基 本 的特 徴」 を見 直 そ う とい う機 運 が 生 まれ,稲 の み に と らわ れ な いバ ン グ ラデ シ ュ農 業 の姿 を求 め る動 き も出 て きて い る[BARC 1989].こ れ らの議 論 を進 め るた め に は,バ ン グ ラデ シ ュ農 業 にお け る 「稲 作 」 と 「畑作 」 の 関係 を明 らか にす る こ とが まず 必 要 と な る. 本 稿 で は,バ ン グ ラデ シ ュの ジ ャム ナ氾 濫 原 に立 地 す る ドッキ ン ・チ ャム リ ア村(以 下D村 と記 す)に お け る作 付 体 系 の 変 容 に 関す る現 地 調査1)の結 果 を 報 告 す る.D村 は,タ ン ガ イ ル県(District)の 県 庁 所 在 地 か ら約9km離 れ た 地方 都 市 近郊 の ムス リム世 帯 の み の村 で,調 査 当 時(1986年)総 世 帯 数386戸, 総 人 口2,198人(一 世 帯 当 た り家族 数5.68人),総 世帯 所 有耕 地 面積355.5エ ー カー(一 世帯 当 た り1.2エ ー カ ー)で,耕 地 を持 た ない土 地 無 し農 家 は98世 帯, 耕 地所 有 が1.5エ ー カ ー以 下 の小 さ な農家 が225世 帯 で あ った.ま た,織 物 と ビ リ ・タバ コの 産業 が 盛 ん な地方 都 市 に近 い た め,世 帯 主 の主 な生業 が ビ リ ・ タバ コの葉 詰 め や 機織 りで あ る世 帯 が68戸 存在 してい た.D村 は非 農 業 部 門 の 就 業 機 会 と比 較 的大 きな人 口規 模 と面 積 を もっ て は い る が,農 業 経 営 的 に は,所 有 耕 地 面積 が 示 して い る よ うに,乾 季 灌 漑稲 作 が 導 入 され た 氾濫 原 の 一 般 的 な村 で あ る. 以 下,D村 にお け る耕 地 の立 地環 境 ・伝 統 的稲 作 と 「主 食」 の関係 ・作 付体 系 の 変容 につ い て検 討 し,氾 濫原 稲 作 農業 の 中で乾 季 畑作 物(ラ ビ作 物)が 歴 史 的 に どの よ うな位 置 を 占め て きた か を明 らか にす る.そ して,そ の役 割 が ア ウ ス稲,ア マ ン稲,ポ ロ稲 の主 要作 物 に比 較 して,決 して劣 る もので は な か った こ とを結 論 的 に述べ る. 2. ジ ャムナ 氾 濫 原 が 作 る乾 季 畑 作 適 地 (1)排 水 を促 す微 地 形 図1に 示 す よう に,D村 の地 形 は北 か ら南 東 にか けて 河道 跡 と思 われ る低 位 耕 地 の帯 で二 分 され てい る.こ の 帯 は乾 季 に も乾 くこ との ない ロ ンゲ ル ・ドホ と呼 ばれ る沼 を経 由 して隣村 まで 続 き,洪 水 は この低 位 耕 地 の帯 に集 まる よ う に して流 れ る.こ の帯 を挟 ん で南 北 に屋 敷 地 が あ り,西 側 に高位 耕 地,東 側 に は 中位 耕 地 が 広 が って い る.

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44 南 ア ジ ア研 究 第9号 (1997年) 雨 季 の7月 に な る と降 雨 と付 近 を流 れ るジ ャムナ 川 の分 流 で あ る ロバ ジ ョン 川(政 府 機 関 は プ ング リー 川 と も呼 んで い る)か ら溢 れ 出 た水 に よ り,D村 は水 面 下 に沈 み 始 め る.水 深 は8∼9月 に最 高 とな り,こ の 時期 に は高 み に盛 土 し て作 られ た屋 敷 地や 道路 を 除い て耕 地 は深 く湛水 し,最 も低 い耕 地 で は最 高水 深 は3mを 越 え る.こ の洪 水 に よ る湛水 も10月 に入 る と減 水 が始 ま り,高 位 耕 地 は この時期 に な る と洪 水 の 影響 下 か ら抜 け,降 雨 の み が耕 地 を湿 す よ う に な る.中 位耕 地 も畦 を切 っ て排水 に努 め れば,11月 の中 頃 には畑 作 の た めの 梨 (注) 農 民 か らの 聞 き取 りに よ り筆 者 らが作 図 した. 図1  ドッキ ン ・チ ャ ム リア村 の 地 形 図

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バ ングラデシュの氾濫 原における乾季畑作 と稲作 農業 45 入 れが で きる ほ どに な る.図1に 示 され る よう に,D村 で は この よう に比 較 的 排 水 条 件 に恵 まれ た 中位 耕 地が 最 も多 い.一 方,高 位 ・中位 耕 地 の水 が流 れ込 む低 位 耕地 で は排 水 が 困難 なた め,12月 下旬 まで梨 入 れが で きない こ と も珍 し くな い. (2) 水 分保 持 力 の高 い耕 地 土 壌 D村 にお け る乾 季畑 作 物 栽培 は基本 的 に天水 栽 培 で あ る.乾 季畑 作 物 が生 育 す る11∼3月 のD村 周 辺 の 月別 平 均 降 雨 量 は10∼30mmと 極 端 に少 な く2), 乾 季畑 作 物 は雨 季 の 間 に蓄 え られ た土 壌 水 分 に依 存 して生 長 す る こ とに な る. した が って 土壌 の 種類 が 乾季 畑 作 物栽 培 を支 え る重要 な条件 とな る.D村 の農 民 は土壌 をベ レ(砂),ベ レ ・ドア ー シ ュ(砂 質 ロー ム),ド アー シ ュ(ロ ー ム), (出所) 筆 者 ら の調 査 に よ る. (注) 図1に 同 じ. 図2 ドッキ ン ・チ ャ ム リ ア村 の 耕 地 土 壌 分 類 分布 図

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46 南 ア ジ ア研 究 第9号 (1997年)

ア タイ ラ(粘 土)に 分 類 してい るが,こ の基 準 に よれ ば 同村 の 耕 地 の6∼7割 は

ドア ー シ ュか ら成 り立 っ て い る こ と にな る(図2参 照).

バ ング ラ デ シ ュの 耕作 土 壌 で あ るSilt loam , Silt clay , Clay の三 種 類 の うち,

水 分 保 持 力 が 最 も高 い の はSilt loamで あ る とい う分 析 結 果 が示 唆 す る よ う に [Brammer 1971:129-140],ロ ー ム に富 ん だ耕 地土 壌 は水 分 保持 力 が高 く,乾 季 の 天水 畑 作 栽 培 には 好都 合 で あ る.さ ら にD村 で は,こ の ロー ム に富 ん だ 耕 地が 比 較 的排 水 良好 な 中位 耕 地 とな っ てい る場 合 が多 い.雨 季 に は洪水 に よ り深 い湛 水 を受 け,土 壌 に水 分 を十 分保 存 す る こ とが で きる とい う好 条 件 が, D村 の乾 季 畑 作 を支 え て きた ので あ る. この よ うな乾 季 畑 作 物 栽 培 に好 適 な耕 地 の存 在 は,D村 の水 文環 境 が ロバ ジ ョン川 を通 じて世界 で も有 数 な流 域面 積 を持 つ ジ ャム ナ川 の 影響 下 にあ る こ と と深 く関係 してい る.雨 季 に繰 り返 され る洪水 は ジ ャム ナ川 か ら多 量 の 土砂 を運 び込 み,ロ ー ム に富 んだ耕 地 を形 成 したば か りで な く,自 ら耕 地 に水分 を 供 給 す る と同 時 に凹 凸 の発 達 した微 地形 を氾 濫原 上 に作 っ た ので あ る.直 線 距 離 で10km以 上 もD村 か ら離 れ て い る ジ ャ ムナ 川 で は あ るが,そ の 存在 が こ の村 の 乾 季畑 作 に与 え た影 響 は きわ め て大 きい. 3. 伝 統 農 業 に お ける作 物 栽 培 と 「主食 」 (1) 作 季 と作 物

D村 で は,ア ウ ス(Aus),ア マ ン(Aman),ラ ビ(Rabi),ポ ロ(Boro)の4つ

の作季 が用 い られ てい る.そ れ ぞれ の作 季 と耕 地 の湛水 状 況 を図3に,各 作季

で栽 培 され て きた作 物 名 を表1に 示 す.ポ ロ稲 が この村 に現 わ れ たの は1960

(出所) 図2に 同 じ.

(注) 湛水 位 の 変化 は,低 位 耕 地 の1987年 の 記録 を も とに模 式 的 に示 した.

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バ ングラデ シュの氾濫原 におけ る乾季畑作 と稲作農業 47 年代 以 降で あ り,広 く普 及 しだ す の は1970年 代 後 半 の改 良品 種 と灌 漑 を伴 っ た新 しい 乾季 稲 作 の導 入 以 降 で あ る.い わゆ る伝 統 農業 にお い て は,ポ ロ を除 く3つ の作 季 で作 物 栽培 が 行 わ れ てい た ので あ る.ポ ロ稲 が 導 入 され る まで の 伝 統 農 業 で は,「 主 食 」 で あ る米 の確 保 は ア ウス作 季 とアマ ン作 季 に行 わ れ た 稲 作 の み で あ った た め,現 在 と異 な り米 の 端 境 期 が 明 瞭 に存 在 してい た とい う.そ の期 間 は3∼7月 の ア ウス作 季 の 問 で,D村 で は この 間 に不足 す る米 を ラ ビ作 物(以 下,作 季 を明示 す るた め に乾季 畑作 物 を 「ラ ビ作 物」 と記 す)で 補 う こ と に よ って 「主 食」 を確 保 して き た と言 われ て い る.伝 統 農 業 にお い て は,「 主 食」 の確 保 の た め に ラ ビ作 物 が稲 作 同様 に重 要 で あ っ たの で あ る. D村 の作物 栽 培 の大 きな特 徴 は,ア ウス,ア マ ン,ポ ロの各作 季 が 稲作 中心 で作 物 の種 類 が 少 な い の に対 し,ラ ビ作 季 には豆 や 大 麦,雑 穀等 の畑作 物 の種 類 が 豊 富 な こ と(表1参 照)と,各 作 季 の期 間が 著 し く重 複 してい る こ とで あ る.こ の こ とは伝 統農 業 の 時代 か ら 「主 食 」 の安 定 的 な生 産 の た め に,作 季 の 重複 が 引 き起 こす作 付 競 合 を克 服 す るた めの 工夫 が な され て きた こ と を示 して い る.以 下,本 節 で は ラ ビ作 物 が 「主食 」 と して重 要 で あ った伝 統 農 業 に おい て,作 付競 合 を具体 的 に どの よう に乗 り越 え,米 の不足 を補 って い たか につ い て述 べ る. (2)伝 統 農業 に お け る作付 パ ター ン こ こで 取 り上 げ る伝 統 農 業 とは,農 民 の記憶 に も新 し く,現 在 で もそ の一 端 をか い 間見 る こ とが で きる1960年 頃 の もので あ る.こ の 頃,雨 季 に は ア ウス 稲,散 播 ア マ ン稲(深 水稲)及 び ジ ュー トが 栽 培 され,乾 季 に は ラ ビ作 物 を栽 培 す る とい った 土 地利 用 が ほ ぼ9割 の 耕 地 で 行 わ れ て い た.主 な作 季 の 組 合 せ は,低 位 耕 地 で は ア マ ン と ラ ビ,中 位 耕 地 で は ア ウス,ア マ ン とラ ビ,高 位 耕 地 で は ア ウス と ラ ビ,一 部 で ア ウス,ア マ ン とラ ビで あ った. 表1 で 示 した よ う に,ラ ビ作 季 に はエ ン ドウ,ガ ラス マ メ,ヒ ラマ メ,小 麦,大 麦,マ ス ター ド,サ ツ マ イモ に加 え,現 在 で は姿 を消 して しまっ た キ ビ の一 種 で あ るチ ナ(Panicum miliaceum以 下 キ ビ と記 す)や,ア ウ ス作 季 には ア ワ の一 種 で あ る カ ウ ン(Setaria italica以下 ア ワ と記 す)も 栽 培 さ れ てい た. これ らの 中で も特 に栽 培 面積 が 多 か っ たの は,ガ ラス マ メ,キ ビ,サ ッマ イモ で あ っ た. 作 付 パ ター ン につ いて み る と(表2参 照),低 位 耕 地 で は散播 アマ ン稲 の後作

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バ ングラデ シュの氾濫原 にお ける乾季畑作 と稲作農業 51 にエ ン ドウ,キ ビが,中 位 耕 地 で は ア ウス稲 と散 播 アマ ン稲 の 混播 栽 培 の後 作 に ガ ラス マ メが 栽 培 され た.ま た,一 部 の 中位 耕 地 で は散播 ア マ ン稲 とゴマ, ア ワ が 混 播栽 培 さ れ,乾 季 は休 耕 さ れ て い た.屋 敷 地 近 くの 高 位 耕 地 で は ジュ ー トの 後作 に ガ ラスマ メ,ヒ ラマ メ,大 麦,キ ビ,マ ス ター ド,サ ツマ イ モ が栽 培 され,屋 敷 地 か ら離 れ た高位 耕 地 で は ジ ュ ー トに代 わ って ア ウス稲 と 散播 アマ ン稲 が 混播 栽 培 され た.ま た,屋 敷 地近 くの低 位 耕 地 で は ジ ュー トと キ ビ とい う作 付 パ ター ン も行 わ れ てい たが,ま れ に ア ウス稲 が ジ ュ ー トの代 わ りに単 作 栽 培 さ れ る こ と もあ っ た. (3) 「混 作 」 と 「つ な ぎ作 」 が 支 えた作 物 栽 培 雨季 の主 要 作 物 で あ る ア ウス 稲,ア マ ン稲,ジ ュー トは,い ず れ も3∼4月 の 乾 季 の 終 り,雷 を伴 った にわ か 雨 をみ る頃 に播 種 され る.土 が 湿 り気 を帯 び,耕 起 に適 す る"ジ ョ"と 呼 ばれ る状 態 に な っ てか ら,「 畑」 状 態 に あ る本 田 の準 備 にか か る(以 下,湛 水 状 況 の具 体 的 な イ メー ジ を掴 み やす くす る ため, 「畑」 と 「水 田」 とい う表 現 で 耕地 を表 わす).二 頭 の牛 に引 かせ た梨 で耕 起 し た後,竹 で作 られ た梯 子 状 の モ イ と呼 ばれ る ま ぐわ を一頭 の 牛 に引 か せ,砕 土 す る.こ の一 連 の作 業 を数 日間 隔 で4∼5回 行 った後,播 種 作 業 とな る.播 種 直後,芽 の 出 る前 に 強雨 に会 う と極端 な出 芽不 揃 い とな り再 度播 種 せ ね ば な ら な い こ と もあ るた め,天 気 をに らみ なが ら播 種 日が 決定 され る.犁 で起 こ して で きた 「畑 」 の 凹 凸 に乾 い た種 籾 や ジ ュ ー トの種 子 が 手播 きに よ り散播 され, 覆土 の た め に再 び梨 で耕 起 してか らモ イが丹 念 にか け られ る.2∼3週 間後,除 草 と間引 きを兼 ね て二 頭 の牛 に引 かせ たナ ンギ ラ また は アス ラ と呼 ば れ る櫛 状 の ま ぐわ が 「畑」 に か け られ る.そ の後,作 物 が 大 き くな った 「畑」 で は ナ ン ギ ラ を入 れ る こ とが 困難 と な るた め,必 要 に応 じて手 取 り除 草 が1∼2度 行 わ れ る.や が て7月 にな る と湛水 が 始 ま り,耕 地 は 「畑 」 か ら 「水 田」 へ と変化 す る. ア ウス稲 とアマ ン稲 は,D村 で は重量 比3:1の 割 合 で混 ぜ 合 わせ て播 種 され る.7月 下旬 に な る と,ア マ ン稲 を残 しア ウ ス稲 だ け が鎌 で刈 り取 られ る.耕 地 の 湛水 の程 度 は年 変 異が 大 き く,ロ バ ジ ョン川 の氾 濫 が早 い年 には胸 まで水 につ か りなが らア ウス稲 が 収 穫 され るが,遅 い 年 に は 「畑 」 状 態 で収 穫 作 業 が 行 わ れ る耕 地 も珍 し くな い.基 本 的 にア ウス稲 は生育 のほ とん どの期 間 を 「畑」 で 過 ごす こ とに な るが,ア マ ン稲 は7月 か らの耕 地 の増水 と争 う よ うに草丈 を

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52  南アジア研 究 第9号 (1997年) 伸 ば し,水 が 退 き始 め る10月 に 入 っ て 穂 を つ け,11月 に な っ て か ら 「畑 」 に 戻 っ た 耕 地 で 収 穫 さ れ る. ジ ュ ー トの 中 で も栽 培 面 積 の 多 い デ シ ・パ ッ トは,6月 の 雨 季 の 本 格 的 な 雨 の 到 来 と と も に急 速 に 大 き く な り,7月 に 入 り耕 地 が 冠 水 す る 頃 に は 人 間 の 背 丈 を越 え る ほ ど に な る.早 い 田 で は7月 の 上 旬 に 収 穫 が 始 ま り,種 子 生 産 用 を 除 い て8月 上 旬 ま で に 収 穫 が 終 わ る.収 穫 後2週 間 ほ ど水 に漬 け 腐 らせ た 後, 腰 ま で 水 に つ か り な が ら,繊 維 を 採 る た め に 茎 の 表 皮 剥 作 業 が 行 わ れ る. 乾 季 に 入 っ た10月 下 旬,水 が 退 き"ジ ョ"の 状 態 と な っ た ジ ュ ー ト収 穫 後 の 高 位 耕 地 で は マ ス タ ー ド,ヒ ラ マ メ,小 麦,大 麦,キ ビ の 栽 培 の た め に,稲 や ジ ュ ー トと 同 じ方 法 で 耕 起 と 播 種 が 行 わ れ る.マ ス タ ー ド(品 種 名 マ ギ ー, Brassica Campestris sub-species Napus variety torias.), ヒ ラ マ メ,大 麦 は 混

播 され る こ と も珍 し くない.冷 涼 で雑 草 の発 生 が少 ない た めか ナ ンギ ラ に よる 機 械 的 な無差 別 除 草 はせ ず,必 要 に応 じて手取 り除草 が行 われ る.サ ツマ イ モ も栽培 され,本 田準備 の後 に,短 く切 っ た葉付 きの茎 が植 え付 け られ る.マ ス ター ドとヒ ラマ メは1∼2月 に,大 麦,キ ビ,サ ツマ イモ は3月 に収 穫 され る. 一 方 ,高 位 耕 地 の ア ウス稲 と散 播 アマ ン稲 の混 播 栽培 田で は,10月 下旬,「 畑」 状 態 で登 熟 中 の散 播 アマ ン稲 の上 か らガ ラス マ メの 種 子 が ば ら播 か れ る(こ の よ うな栽 培 方法 を リ レー ・ク ロ ッピ ング ま たは 「つ な ぎ作 」 とい う).こ の時, マ ス タ ー ドの 中 で も人 の 腰 ま で の 高 さ に な る ラ イ ・シ ョ リ ッ シ ャ(Brassica juncea)の 種 子 が,ガ ラ ス マ メ や エ ン ド ウ と し ば し ば 混 播 さ れ る.ガ ラ ス マ メ や ライ ・シ ョリ ッシ ャは,散 播 アマ ン稲 の刈 り取 り時 には雑 草 の よ うに地面 を 覆 って い る が,そ の後 旺 盛 に生 育 して3月 に収 穫 され る. 中位耕 地 で の ガ ラス マ メ とライ ・シ ョリ ッシ ャの栽 培 方法 も高位 耕 地 の そ れ と変 わ る こ とは ない が,水 の退 きが1∼2週 間遅 い た め播 種 も遅 れ る.低 位 耕 地 で はエ ン ドウが11月 に散 播 アマ ン稲 の上 か らば ら播 き され,キ ビ は散播 ア マ ン稲 の収 穫 後 に本 田耕起 されて12月 に直播 され るが,い ず れ も収穫 は3∼4 月 に行 わ れ る.散 播 アマ ン稲 とゴマ,ア ワ は2∼3月 に本 田耕 起 後 混 播 さ れ, ア ワ は4∼5月 に,ゴ マ は5∼6月 に収穫 され る. 以 上 の よ うに,伝 統 農 業 にお い て は,「 主 食 」 を確 保 す る た め に一 年 を通 し て作 物 が 栽 培 さ れ て い る.い わ ば 「通 年 の作 物 栽 培 」 を実 践 して い る の で あ る.そ れ を支 え たの が,作 季 の 重複 で 起 こる作付 競 合 を避 け る ため の 「つ な ぎ 作 」 や 「混 作」 で あ る.そ して こ の 「畑 作 技 術 」 の展 開 を可 能 に した の が,

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バングラデシュの氾濫原における乾季畑作と稲作農業  53 「畑 」 か ら 「水 田」 ,そ して 「畑」 へ と耕地 を連 続 的 に変 化 させ る氾濫 原 の水 文 環 境 で あ った こ とは言 うまで も ない. (4)米 不 足 を補 って い た食 用 畑 作 物 伝 統 農 業 に お け る稲 の収 穫 期 は雨 季 の7∼8月 と乾 季 が 始 まっ た ばか りの11 ∼12月 に集 中す るが,ア ウス稲 の 栽 培期 間 に当 た る3∼7月 の 間が 米 の不 足 期 間,端 境期 に相 当 してい た.ラ ビ作 物 の利用 につ い て は豆 類 が ダ ール と呼 ばれ る豆 汁 や,小 麦 が ル テ ィ と呼 ばれ る イン ド ・パ ン に焼 か れ る こ とが 一般 に知 ら れ て い るが,こ れ 以外 に もD村 で は端境 期 や洪 水 被 害 にあ って米 が 不 足 した 時,ラ ビ作 物 が 「主食 」 を補 っ てい た とい う.改 良品種 ポ ロ稲 が導 入 され てか らは急 速 に減 少 した が,キ ビ,小 麦,大 麦,ア ワ,ジ ャガ イモ等 の ラ ビ作 物 が 伝 統 的 に栽培 さ れ,特 に キ ビ と小 麦 を端 境 期 に食 用 と した.洪 水 に よ って ア ウ ス稲 と深 水 ア マ ン稲 が被 害 を受 け た時 な どは,貧 困層 の み な らず金 持 ち までが 食料 不 足 に悩 ま され た とい う.英 領 末期 か らパ キ ス タ ン初 期 にか け て の人 口 は 現在 と較 べ て少 なか ったが,そ れで も洪水 の被 害 に よ って食 料 難 に陥 って い た の で あ る.現 在 は改 良 品種 ポ ロ稲 の普 及 に よ り,食 料 不足 の深 刻 さは影 をひ そ め てい る. 古 老 に よれ ば,D村 の村 人 は 中農 と貧 農 に分 か れ,中 農 は さ ら に上位 ・中 位・下 位 の三 つ に 区分 で きる とい う.こ の 区分 に したが い,表3を 参照 しなが ら,英 領 末 期 の 米 の不 足 時 の 「主 食」 事 情 を次 に述 べ る. 1)米 の端境期の 「主食」 i)上 位 中 農層 籾 米 を貯 蔵 で きた の で食料 不 足 に悩 む こ とは少 な く,家 族 消費 に要 す る分 以 上 の米 と ラ ビ作 物 は売 却 も可能 で あ っ たが,米 の端境 期 や 洪水 の被 害 を受 けた 時 な どに は ラ ビ作 物 を 「主 食」 と して 用 い た.1セ ー ル(1セ ー ル=約1キ ロ) の米 に1ボ ア(1ボ ア=1/4セ ー ル)の キ ビ を混 ぜ 合 わせ た炊 き込 み ご飯 や小 麦 のパ ン(ル テ ィ)な どが主 で あ るが,大 麦 の粉 に塩 と水 を加 えて食 べ た りも して い た.端 境 期 に は月 に2∼4日 はキ ビ入 りご飯 を食べ,ご くまれ には キ ビ と乳 で作 っ たジ ャウ(粥 の よ うな もの)を 食べ る こ とが あ った.ま た この他 に もガ ラ ス マ メ,ヒ ラマ メ,ケ ツ ル ァズ キ,エ ン ドウ,ヒ ヨコマ メ を使 っ た豆 の炊 き込 み ご飯 も食 べ て い た とい う.

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54 南 ア ジ ア研 究  第9号  (1997年) ii) 中 位 中 農 層 一 年 の う ち7∼8ヶ 月 は 米 の み の ご飯 を 食 べ る こ と が で き た が ,不 足 期 間 に は 米 と キ ビ を 半 々 ず つ 混 ぜ た 炊 き込 み ご飯 を ダ ー ル と と も に食 べ た り,1ボ ア の 米,3ボ ア の キ ビ及 び1.5ボ ア の 豆 を混 ぜ た ケ チ ュ リ(お じや の よ う な も の) や ジ ャ ガ イ モ とス イ レ ン(シ ャ プ ラShapra)の 茎 な ど に1ボ ア の 米 を混 ぜ た ケ チ ュ リ(豆 類 を 入 れ な い もの を村 で は ブ ナ.ケ チ ュ リ と も言 う が,本 稿 で は こ れ も ケ チ ュ リ と し た)も 作 っ て い た.ま た 米 と小 麦 そ れ ぞ れ0.5セ ー ル に1ボ ア の キ ビ を混 ぜ て炊 い た キ ビ ご 飯 も 食 べ て い た.米 の 不 足 月 に彼 ら は こ れ ら の 料 理 を10∼15日 間 食 べ て い た が,困 窮 時 に は1日 の 食 事 回 数 を 減 ら し て 対 処 して い た.D村 で は 食 事 は4度 と る こ と が 普 通 で あ っ た が,そ れ を3度 に し た の で あ る.こ の 他 に も 「主 食 」 を確 保 す る た め に,蒸 し た ガ ラ ス マ メ,米 と豆 類 で 作 っ た ケ チ ュ リ,ガ ラ ス マ メ に米 の 粉 を加 え て 作 っ た チ ョ プ リ と 呼 ば れ る 料 理,煮 た り焼 い た り した サ ツ マ イ モ,大 麦 の 粉,小 麦 の 粉,ア ワ と ガ ラ ス マ メ で 作 っ た ケ チ ュ リ な ど を 食 べ て い た と い う. iii) 下 位 中 農 層 料 理 内 容 は 上 位 中 農 層 と そ れ ほ ど異 な る こ と は な か っ た が,米 の 使 用 量 が 少 な くな っ て い る.米 と キ ビ を1:4の 割 合 で 混 ぜ た も の に 豆 類 と 魚 を加 え た ケ チ ュ リ,キ ビ と サ ツ マ イ モ を 小 さ く切 っ て 作 っ た ア ル ー ・ブ ジ ュ リ を米 と混 ぜ て 作 っ た ケ チ ュ リ,1ボ ア の 米 に2ボ ア の ア ル ー ・ブ ジ ュ リ と ス イ レ ン を 加 え 表3英 領 末 期 ドッキ ン ・チ ャム リア村 の米 の 端 境 期 及 び 飢 饉 時 の 米代 用 食 (注)  1)  バ ー ト:ご 飯,ケ チ ュ リ:お じ や,1 seer=0.93kg. 2)  中位 中 農層 の古 老 に記憶 を た どっ て もら っ たの で,特 に下 位 中 農層 や貧 農 層 の 頻度 が多 少 オ ー バ ー に な って い る と も考 え られ る.と い うの も,キ ビは 貧 しい者 が 食 べ る とい う 偏 見 が 強 い か らで あ る.

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バ ングラデ シュの氾濫原 にお ける乾季畑作 と稲作農業  55 て 作 っ た ケ チ ュ リ,時 に は1/2ボ ア の 米 に1/2セ ー ル の キ ビ 及 び ケ ツ ル ア ズ キ を 加 え て 作 っ た ケ チ ュ リ を食 べ て い た.こ の 他 に1/2セ ー ル ず つ の キ ビ と 大 麦 に ス イ レ ン や サ ツ マ イ モ で 作 る ブ ナ ・ケ チ ュ リや,ア ワ か ら作 っ た ジ ャ ウ も食 べ た.困 窮 時 に は1日 の 食 事 回 数 を1∼2回 に 減 ら し,こ の よ う な 状 態 を 月 に 3週 間 も続 け た. iv)  貧 農 層 キ ビ,魚,野 菜 だ け を 食 べ,米 だ け の 飯 は 月 に2∼4日 程 度 だ っ た.1ポ ア の キ ビ,2ボ ア の 小 麦 とサ ツ マ イ モ を小 さ く切 っ た ア ル ー ・ブ ジ ュ リで 作 っ た ケ チ ュ リ や,2ボ ア の キ ビ,1/2ボ ア の ケ ツ ル ア ズ キ と ア ル ー ・ブ ジ ュ リ か ら 作 っ た ケ チ ュ リ を 食 べ て い た.ま た,2ボ ア の キ ビ に1ボ ア の 小 麦 ・ア ル ー ・ ブ ジ ュ リ及 び ス イ レ ン で 料 理 す る ケ チ ュ リ も食 べ て い た.特 に 困 窮 時 に は,ゲ

チ ュ(Gechu, Aponogeton natans Engl. & Krause),ゴ ボ ラ(Gobra, Echinocloa crus-galli L.),ガ イ チ ャ(Gaicha, Paspalum scrobiculatum L.ま た はEleusine indica L.),シ ヤ プ ラ(Shapra, Nymphaea nouchali Burm. f.),コ チ ュ ー

(Kochuサ ト イ モ の 類),ク リ ア・カ タ(Khuria Kata, Amaranthus spinous)3)

な どの 雑 草 の種 や葉 茎 の よ うに普 段 は あ ま り食 用 と しな い植 物 を食 べ な け れば な らなか っ た.こ の他 に1年 中,ア ワを ジ ャ ウに料 理 して なん とか食 い つ ない で い た とい う.英 領 末期 には彼 らは キ ビ をハ ッ ト(定期 市)か ら購 入 して い た が,現 在 で は手 に入 れ る こ とが 困難 に な って い る. 2)洪 水被害 による米の不足時の 「主食」 英領 末 期,雨 季 の稲 作 が 壊 滅 的打 撃 を受 け る と米 の値 段 が 高騰 し,村 人 の生 活 は厳 しい もの と なっ た.他 に方 法 が な けれ ば 自分 の 家 の トタ ンや耕 起 に必 要 な役 牛 を売 っ た り,ま た財 産 を抵 当 に入 れ た りして生 活 の ため の金 策 に走 る こ とに な る.こ の よ うな状 況 下 で農 民 は僅 かの 米 しか購 入 しない代 わ りに多 量 の ラ ビ作 物 をハ ッ トか ら購 入 し,洪 水 の 退 い た後 に この ラ ビ作 物 の 栽 培 を始 め る.食 料 が 不足 して い る 間 は中農 層 はご飯 の 回 数 を減 らす こ と にな り,多 くは 1日 に1度 の米 の飯 以 外 は,ラ ビ作 物 も し くは他 の雑 穀 を主 食 と して い た.大 規 模 な食 料 不 足 の ため に この 階 層 の 人 々 は しば しば他 所 へ の移 住 を行 っ てお り,ア ッサ ム地 方 へ の 移 住 も多 く見 られ た とい う. 中農層 が 洪水 被 害 に よる食料 不 足 の 時 に食 べ て い た料 理 は端境 期 とそ れ ほ ど 変 わ らない が,次 の よ うな ものが 挙 げ られ る.米,ケ シ ャ リ ・ダー ル,サ ツマ

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56  南アジア研究 第9号 (1997年) イモ を2:1:1の 割合 で 混ぜ て作 っ た米 の ケチ ュ リ,キ ビ とガ ラスマ メ を3:1の 割合 に混 ぜ,こ れ に少 々の サ ツマ イモ を加 えて作 っ たキ ビのケ チ ュ リ,キ ビ と ガ ラス マ メ,ヒ ラマ メ,を ウ(ユ ウ ガ オ の一 種)を2:1の 割 合 で混 ぜ た ケ チ ュ リ,2:1:1の 割 合 で米,ガ ラス マ メ,バ ナ ナ の茎 の芯 を混 ぜ た ケ チ ュ リ,ガ ラ ス マ メ と米粉 を3:1の 割合 で 混ぜ て料 理 したチ ョプ リや ア ワ飯 な どで あ る.ま た この他 にはエ ン ドウや ガ ラスマ メの葉,蒸 した これ らの豆 の サ ヤ,小 麦 と大 麦 の粉,サ ツマ イモ を煮 た り焼 い た りした もの,エ ン ドウや ガ ラス マ メ を煎 っ た もの等 も次 の 収 穫 まで 食べ 続 け て い た とい う. 洪水 の後 に飢 饉 が起 きる と,肉 体 労働 者 と して の仕事 もな く,他 の収 入 の道 も閉 ざ され る ため貧 困層 は極 端 な窮 乏 に陥 った.し ば しば貧 困層 は金 持 ち か ら 援 助 金 を も らった り も して1日1回 は食べ 長 らえ て きた が,何 日間 か は断食 す る こ ともあ っ た.こ の 階層 が飢 饉 の 問 に食 べ て い たの は上 位 中農層 か ら も らっ た マ ール(お もゆ),ジ ュ ム ・コチ ュ(ヤ マ イ モの 一種)の 炊 き込 み ご飯,ガ ラス マ メの ケ チ ュ リ,ス イ レンの茎 と大 麦 の粉 を水 で溶 か してつ ぶ した もの,蒸 し サ ツマ イモ,さ らに端 境期 と同様 に普 段 は食用 に しな い作 物 や雑 草 の 葉茎 や種 子 を食 べ て い た.労 働 者 と して働 くこ とが で き,ど うに か食 い つ な ぐこ とが で きる よ うに な った場 合 で も彼 らの 多 くは キ ビ飯 や キ ビ と豆 で作 っ た ケチ ュ リを 食 べ て い た とい う. 以 上 詳 し くみ て きた よ うに,端 境 期 や洪 水 の被 害 を受 け た時 の米 の 不 足 は, 主 と して ラ ビ作 物 に よっ て キ ビ飯 や ケ チ ュ リ とい う形 で補 わ れ て い たの で あ る.米 の端 境期 の 「主 食」 を ま とめ た表3に 明 らか な よう に,こ れ らの ラ ビ作 物 は 自給 農 民 や貧 しい農民 に とって特 に重 要 であ った.こ の 階層 の人 々 に とっ て は,ラ ビ作 物 が一 年 の あ る時 期 の 「主 食」 であ った と言 って も過 言 で は なか ろ う.英 領 末期,雑 穀 や 豆 類 な どの ラ ビ作 物 は,「 主 食」 にお い て もま さ に稲 との複 合 を形 成 して い た ので あ る4). 4. 氾 濫 原 農 業 と乾季 作 (1) 主 要 作 物 栽 培 の歴 史 的変 遷 図4に 示 されて い る よ うに英 領 末期 か らパ キス タ ン前 期 にか け て は,単 作 に よ る深水 アマ ン稲,混 播 栽 培 に よる ア ウス稲 と深水 アマ ン稲,及 びジ ュ ー トが 雨 季 の主 要 な栽 培 作 物 で あ った.一 部 で は ア ウス稲 に代 わ っ て,ゴ マ が深 水 ア マ ン稲 と混播 栽 培 され る こ とも珍 し くはな か った.こ の 当 時 は前 節 で も述 べ た

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バ ン グ ラ デ シ ュ の氾 濫 原 にお け る乾 季 畑 作 と稲 作 農 業  57 I. 英 国領 末 期 ∼ パ キ ス タ ン前 期 II. パ キ ス タ ン後 期 III. バ ング ラデ シュ 初期 IV. 現 在(1988年) 通 り,米 の不 足 を補 う意 味 で も乾 季 に はキ ビの栽 培 が 多 か っ たが(図5参 照), パ キス タン時代 も後 期 に入 る と,雨 季 には ア ウス稲 の栽 培面 積 が 深水 アマ ン稲 との 混播 栽 培 とい う形 で拡 大 して くる(図4参 照).こ の雨 季 の作 付 の変 化 と対 (出所) 図2に 同 じ. (注) 英 国 領 末期 及 びパ キス タ ン後 期 の作 付 分 布 に つ い て は,古 老 に推 定 して も らい,そ れ を作 図 した.現 在 の作 付 分 布 図 に つ い て は,一 筆毎 の栽 培 作 物 を調 査 補 助 員 に確 認 して もら い 作 成 し た. 図4 ド ッ キ ン ・チ ャ ム リ ア 村 の 主 要 雨 季 作 物(ア ウ ス 稲, ジ ュ ー ト,ア マ ン 稲)作 付 分 布 の 変 遷

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58  南 ア ジ ア研 究 第9号(1997年) I. 英 国 領末 期 ∼ パ キ ス タ ン初期 の ラ ビ作 II. パ キ ス タ ン後 期 の ラ ビ作 III. 現 在(1988年)の ラ ビ 季 IV. 現 在(1988年)の ポ ロ季 (出所) 図2に 同 じ. (注) 英 国 領 末期 及 びパ キ ス タ ン後 期 の作 付 分 布 につ い て は,古 老 に推 定 して も らい,そ れ を作 図 した.現 在 の作 付 分 布 図 に つ い て は,一 筆 毎 の 栽 培作 物 を調 査 補 助 員 に確 認 して も らい 作 成 した. 図5  ド ッ キ ン ・チ ャ ム リ ア 村 の 主 要 乾 季 作 物(ラ ビ,ポ ロ)作 付 分 布 の 変 遷

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バ ン グ ラ デ シ ュ の氾 濫 原 にお け る乾 季 畑 作 と稲 作 農 業  59 応 す る よう に乾 季 に はキ ビや マ ス ター ドの栽 培 面積 が 減 少 し,代 わ っ て ガ ラス マ メの栽 培 が拡 大 して くる.こ の変 化 を誘発 した ものの 一 つ と して,微 地 形 の 変 化 が挙 げ られ る. 1910小11年 の 地籍 調 査(Cadastal Survey)に よ りD村 の微 地 形 を復 元 す る と 図6と な る.現 在 高位 耕 地 とな っ てい る西 側 の耕 地(図1参 照)は,当 時 はむ し ろ低 み の 耕 地(ナ マ)で あ っ た こ とが分 か る.こ の微 地 形 の変 化 は毎 年 洪 水 に よ って運 ば れ る土 砂 の堆 積 に よ っ た もの で あ ろ うが,古 老 は,特 に1961年 の 洪 水 が 大 き く影 響 して い る と指 摘 す る.こ の ロバ ジ ョン川 か らの洪 水 に よっ て,D村 の西 隣 のモ ヘ ラ村 を通 っ て ロバ ジ ョン川 か ら直 接D村 へ 流 れ込 む モ ヘ ラ ・カー ル(水 路)が 作 られ た.現 在 で は この カー ル は村 人達 の 手 で埋 め られ て しまっ て い るが,洪 水 の年 か ら4∼5年 の 間,ロ バ ジ ョ ン川 か ら砂 とシ ル ト が 大 量 に運 び 込 まれ,現 在 見 る よ う な砂 質 土 壌 の高 位 耕 地 が 形 成 さ れ た とい う. 洪水 に よ り比 高 の 高 まっ た耕地 で は,水 深 との 関係 で ア ウス 稲 の栽 培 が 可能 (出所) 図2に 同 じ.

(注) 地 籍 図(Mouza Map)の 各 筆 を地 籍 台 帳(Kotian)の 分 類 に従 って 区 分 した.

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60  南 ア ジ ア研 究 第9号(1997年) とな った とい う.ま た この時 期,D村 で は牛 乳 生産 が 盛 ん に なる.現 在 で こそ 活 動 を停 止 して い るが,こ の時 期 にD村 で は牛 乳 組 合 が 設 立 され,乳 牛 の餌 を確 保 す る た め に乾 季 の ガ ラスマ メ 生産 が 拡大 した と言 われ て い る.こ の ガ ラ ス マ メ の種 子 は豆 汁用 に も用 い られ て い た.キ ビ は栽 培 期 間 が ガ ラス マ メ と まっ た く競 合 して い る こ と と 「主 食」 の確 保 の た め にア ウス 稲 が キ ビ に代 替 し た こ とで,必 要 性 が相 対 的 に低 下 した キ ビの栽 培 はそ の後 減 少 し続 け る こ とに な る.D村 に深 管 井 戸 灌 瀧 が導 入 され る1976年 直 前 まで ア ウ ス稲 の 栽培 面 積 は拡 大 し続 け,最 終 的 に はジ ュ ー トの作 付 耕 地 を除 きほ ぼ全 耕 地 で,ア ウス稲 とアマ ン稲 の混播 栽 培 が行 われ る よ うに なっ た(図4参 照).改 良 品種 を用 い た 新 しい ポ ロ稲 栽 培 が 導 入 され る まで は,D村 で は ア ウス 稲 と深 水 ア マ ン稲 の 「二 期 作 」 に ガ ラ ス マ メ をつ な ぎ作 で 加 え た多 毛 作 が 指 向 さ れ て きた の で あ る5). 1961年 の洪 水 を契 機 に ア ウス稲 とガ ラ スマ メ の栽 培 が 拡 大 した が,一 方 で は在 来 種 の ク ナ イル ・ポ ロ を用 いた ポ ロ稲 作 が,ロ ンゲ ル ・ドホ周 辺 で 行 わ れ る よ うにな っ た.こ れ は この年 の洪水 が ア ウス稲 ばか りで な く,深 水 アマ ン稲 に も大 きな被 害 を与 え た か ら だ と言 わ れ て い る(表4参 照)6).こ の伝 統 的 ポ ロ 稲 作 は,シ ェ ウ テ ィ と呼 ば れ るス イ ング ・バ ス ケ ッ トや ドン と呼 ば れ る船型 の 揚 水 器 に よっ て ロ ンゲ ル ・ドホ の水 を灌概 用水 と して,そ れ まで乾 季 に も雨季 に も休 耕 され てい た最 も低 い耕 地 で 行 わ れ た.こ の限 られ た耕 地 か ら拡 大 す る こ とは なか っ たが,1989年 の 乾季 に もこれ らの 耕 地 で は1961年 当時 の 栽培 方 法 に よっ て ポ ロ稲 栽 培 が行 わ れ て い た. 1975年 か ら始 ま った深 管 井 戸 灌漑 に よる乾 季 稲作 は,そ の後1980年 代 に入 り,浅 管井 戸 が 個 人 ベ ー ス でD村 に導 入 され る よ うに な る と急 速 にそ の面 積 を拡 大 して い くこ とに な った.そ して 現在 で は,漏 水 が激 しい砂 質高 位 耕 地以 外 の耕 地 すべ てで行 わ れ る よ うにな っ た(図5参 照).改 良 品種 を用 い た ポ ロ稲 の 移植 は1∼2月 にか けて行 わ れ るが,収 穫 が5∼6月 で あ る ため にア ウス稲 と 競 合す る こ とに な る.ま た,ア ウス 稲 とアマ ン稲 の混播 栽 培 にお い て,ア ウス 稲 は洪水 や雨 の被 害 に会 う確 率 が23%と 高 い ばか りか(表4参 照),収 量 にお い て も深水 アマ ン稲 の約1小2,改 良品種 ポ ロ稲 の1/3∼1/4で ビガ ー(1ビ ガー は 約1/3エ ー カー,1エ ー カー は約40ア ー ル)当 り平年 で4マ ウ ン ド(1マ ウ ン ド は約37kg)前 後 と低 い(表5参 照).こ の こ とが農 民 にア ウス稲 に代 わ っ て改 良 品種 ポ ロ稲 の栽 培 を選択 させ て い るの で あ るが,改 良品種 ポ ロ稲 の収 量 は ラ ビ

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バ ン グ ラデ シュ の 氾 濫 原 にお け る 乾 季 畑 作 と稲 作 農 業  61 (出所) 筆 者 らに よる ドッキ ン・チ ャ ム リ ア村 の 古 老 か ら の聞 き取 り調 査 の 結 果 で あ る. (注) i=害 虫,f=洪 水,d=日 照 り,r=降 雨,w=雑 草(ホ テ イ ア オ イ),p=病 気,nf=洪 水 位 の 不 足. 1) 5月5日 ま で降 雨 が無 い ため に ア ウス ・アマ ン稲 の播 種 が 遅 れ,洪 水 害 に あ った もの. 2) シ ャオ ラ ・ポ カ ま た は レダ ・ポ カ と呼 ば れ る 害 虫(稲 を かみ 切 る虫.Spodotera litura) と言 わ れ る が 定 か で は な い. 表4  ド ッ キ ン ・チ ャ ム リ ア 村 に お け る61年 間(1928∼1989)の 作 物 被 害 歴

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62  南 ア ジ ア研 究 第9号(1997年) 3) メ ン ダ ・ポ カ と呼 ば れ る ア ブ ラ ム シ の類.マ ス タ ー ドに被 害 を与 え る. 4) メ イ ズ ・ポ カ また は マ ズ ラ ・ポ カ と呼 ば れ る 害 虫.メ イチ ュ ウの 類. 5) チ ェ ンガ と呼 ば れ る 害 虫. 6) IR8(高 収 量 品種)は 当 初 深 管 井 戸(DTW)で 灌 漑 され た.移 植 が 遅 れ た た め洪 水 害 を受 け,収 穫 で きな か っ た. 7) ア イ ダ ・ロ グ病 と呼 ば れ,こ れ にか か る と稲 は生 長 が 止 ま る.農 民 は ウ ィル ス性 の病 気 と言 う. 8) 稲 の 生 長 が 増 水 の 早 さに 追 い つ か ず,移 植 深 水 ア マ ン稲 が 大 被 害 を受 け た. 9) マ ス ター ドが 大 きな 被 害 を受 け た. 10) ポ ロ稲 栽 培 は1976年 か ら広 範 囲 に行 わ れ る よ うに な った. 11) 洪 水 と雨 に よる被 害 発 生確 率=(洪 水 と雨 の被 害 頻 度 小合 計 年)×100. 作 物 の収 量 と較 べ て も2∼4倍 もあ る.さ らに灌 漑水 の購 入 代 金 は,収 穫 後 に 収穫 物 の1小4を ポ ン プ主 に納 め れ ば よ く,灌 漑 経 費 を現 金 と して調 達 す る必 要 が な い.こ の 制 度 も改 良 品種 ポ ロ稲 栽培 の飛 躍 的 な拡 大 の 一 因 とな っ てい る. また,改 良 品種 ポ ロ稲 栽 培 は,ラ ビ作 物一 ア ウス稲 の作 付 パ ター ン と も作 付 競 合 を起 こ して い る上,灌 漑 水 の購 入 費 を差 し引 い た ポ ロ稲 の 収 量 を3小4と 見 積 っ て も,ア ウス稲 とラ ビ作 物 の 合計 収 量 を上 回 って い る.さ らに は ア ウス稲 の不 安 定 な収 量 を回避 で きる こ とか ら,改 良 品種 ポ ロ稲 の 栽培 が ラ ビ作 物 一 ア ウス稲 の作 付 に代 わ って選 択 さ れて い るの で あ る. 改 良 品種 ポ ロ稲 収 穫 後 の5∼6月 に 開始 され る深 水 アマ ン稲 の作 付 は,伝 統 的 な作付 適 期 とさ れて い る3∼4月 よ りも1∼2ヶ 月以 上遅 れ る.時 には 早 い降 雨 に よる湛 水 の た め に乾 田 で の 直播 が 困 難 とな り,作 付 が 見 送 られ る こ と も あ った とい う.雨 季 の初 め の雨 を登 熟 期 に利 用 で きれ ば灌 漑経 費 が 節 約 で きる とい う理 由 か ら灌漑 ポ ン プの 始動 が例 年 遅 れ,ま た改 良品 種 ポ ロ稲 は12月 末 か ら1月 にか けて の低 温 の た め に生育 が 停 滞 す る と言 わ れて い る こ と も手 伝 っ て,改 良 品種 ポ ロ稲 の植 え付 け を1ヶ 月 以 上 も早 め る の は困 難 で あ る と農 民 は 信 じて い る.そ の ため 深水 アマ ン稲 の作付 は どう して も遅 れ気 味 に なる が,こ れ に対 処 す る た め に1986年 頃 か ら深 水 アマ ン稲 の苗 を作 る こ とで初 期 生 育 を カバ ー し,移 植 す る栽 培 方 法 が と られ る よ うに な っ たの で あ る. D村 の 作付 体 系 の変 化 を考 え る上 で1961年 の洪 水 とな らん で 重 要 な の は, 1987,88年 の連 続 した 洪水 で あ る.1987年 の 雨 季 の終 りに は多 くの深 水 アマ ン稲 の作 付 耕 地 は休 耕 地 の よ うで あ った.こ の年 の洪 水 が深 水 アマ ン稲 に大被 害 を与 えた ので あ る.し か しこれ ら洪水 の被 害 を受 け た耕 地で は,11月 に な っ て洪水 が退 く と と もにマ ス ター ドの 中で も生 育 期 間が2∼3ケ 月 と短 い マ ギ ー

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バ ン グ ラ デ シ ュ の 氾濫 原 に お け る乾 季 畑 作 と稲 作 農 業  63 品種 が耕 起 後播 種 され た.深 水 ア マ ン稲 が大 凶作 で あ った こ とで 改 良品種 ポ ロ 稲 栽 培 の肥料 代 等 の 当 てが な くな り,深 水 アマ ン稲 の代 わ りにマ ス タ ー ドを応 急 的 に作 付 した ので あ る7).こ の 傾 向 は1987年 以 上 の規模 でD村 の雨 季 作 に 被 害 を与 え た翌 年 の大 洪 水 で も同様 で あ った(図5参 照).そ れ以 降,雨 季 の深 (出 所) 筆 者 らに よ る ド ッキ ン ・チ ャム リア 村 の 農 民 か らの 聞 き取 り調 査 の 結 果 で あ る. (注) 1) (a)は1989年 の大 雨. 2) (b)は1988年 の 大 雨. 3) (c)は1988年 の大 雨 と ア ブ ラ ム シ(メ ン ダ ・ポ カ). 4) *は ア ウス 稲 と アマ ン稲 の 混 播 栽 培 を表 す. 5) **は 改 良 品 種 を表 す. 6) ***:ラ ビ作物 に お け る 品種 は作 物 を 示 す. 7) 1モ ン ドは約37kg.1ビ ガー は1/3エ ー カ ー(1エ ー カー は約40a) . 表5  ドッ キ ン ・チ ャム リア村 に お け る平 年 ・災 害 年 の 推 定 平均 収 量

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64 南 ア ジ ア研 究 第9号(1997年) 水 アマ ン稲 収穫 後 か ら改 良品種 ポ ロ稲 の移 植 が行 われ る までの2ヶ 月 間 を利用 してマ ギ ー ・マ ス タ ー ドを栽培 す る とい う作付 体 系 が 定 着 す る こ と にな っ た. こ こ に高 い収 量性 を持 った改 良 品種 ポ ロ稲 とマ ス ター ドの 組合 せ とい う乾 季作 にお け る二 毛作 が 出現 し,そ れ に雨 季 の 深水 アマ ン稲 を加 え た多 毛作 が編 み 出 され る こ と にな った の で あ る8). D村 で は換 金作 物 と して ジ ュー トが 昔 か ら栽培 され て きたが,ジ ュー ト繊 維 の価 格 下 落 に伴 って改 良 品種 ポ ロ稲 と作付 競 合 を起 こす ジ ュー ト栽 培 は年 々減 少 す る傾 向 に あ る.ジ ュー トを栽 培 す る 目的 は,主 産物 で あ る繊 維 を取 る よ り もむ しろ 自家 用 の燃 料 や 家 の壁 に使 え る材料 とな る副産 物 の ジ ュ ー トの茎 の芯 (パ ー ト ・シ ョ ラ)が 占 め る利 益 の ほ うが 大 きい か らと言 わ れ る ほ どに な った. 除草 作 業 や収 穫 ・調 製作 業 にほ とん ど手 間 をか けず にジ ュ ー ト繊 維 に匹敵 す る 利 益 が 上 げ られ るマ ス ター ドは,今 後 と も重 要 な換 金作 物 となっ て い くこ とで あ ろ う. (2) 氾 濫原 農 業 を支 え る乾 季作 1961年 の洪水 後 に ポ ロ稲 栽 培 が盛 ん にな っ た例 や1987年 の 洪水 後 に はマ ス ター ドが 広 く栽 培 され る よ う にな った例 を見 て も分 か る よ うに,洪 水 は新 しい 作 物,あ る い は新 しい作 付 体 系 が導 入 され る重 要 な契 機 と な る.洪 水 は ま た, 作 物 の栽 培 環境 を徐 々 に変 え,つ い には作 付 体 系 そ の もの を も変 化 させ る.そ の よい例 が 洪水 に よ って で きた カ ー ルで 運 ばれ た土 砂 が 耕地 の比 高 を高 め,ア ウス稲 と深 水 ア マ ン稲 の混 播 栽培 が 可 能 とな っ た こ とで あ る.洪 水 は氾 濫 原 に 立 地 す る農村 の農 業 を変 容 させ る重 要 な 要 因 と言 え る. D村 にお け る ラ ビ作 物 は英 領期 か ら多種 に渡 っ てい たが,そ れ らの作 物 はい ず れ も無 灌 漑 で栽 培 され て い た.中 で もキ ビが 主 食穀 物 と して栽 培 され て いた が,大 麦,豆 類,マ ス ター ドの 混作 や 深 水 ア マ ン稲 の つ な ぎ作 と して豆 類 が 栽 培 され る の は ご く一般 的で あ っ た.人 口爆発 が起 きる1950年 以前 の19世 紀 か ら20世 紀 初 頭 に か け て,稲 以外 の作 物 と稲 を組 み合 わせ た多 毛作 に よ り,土 地生 産 性 を高 め る集 約化 技 術 が農 民 に よ りす で に実践 さ れて い た ので あ る.D 村 の よ うな氾 濫 原 の農 村 で は,ア ウス稲,ア マ ン稲 と と もに人 口 を養 い,家 畜 の餌 を提供 す る上 で も貢 献 して きた雑 穀,豆 類 な どの ラ ビ作 物 は,決 して稲 作 に劣 る存在 で はな か った の であ る.D村 で は 同 じ乾 季 で も,ラ ビ作 季 とポ ロ作 季 を異 な る もの と見 る農民 の意 識 が この こ と を端 的 に示 してい る.

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バ ン グラ デ シ ュ の 氾 濫 原 にお け る 乾 季 畑 作 と稲 作 農 業  65 D村 の農 民 は ア ウス稲 の栽 培 を犠牲 に して改 良 品種 ポ ロ稲 の栽培 を行 って は きたが,近 年 のマ ス タ ー ド栽 培 の増大 が 物 語 っ てい る よ うに,常 に ラ ビ作 物 の 栽 培 を指 向 してい る と言 え る.そ の理 由の 一 つ と して表4に 示 されて い る よう に,ラ ビ作 物 の 生 産が 安 定 して い る こ とが 挙 げ られ よ う.先 に述 べ た よ うに ア ウ ス稲 や深 水 アマ ン稲 は洪水 と日照 りの害 を強 く受 け る.一 般 的 に乾季 灌漑 稲 作 は安 定 的で あ る と信 じ られて い るが,D村 の 近年 にお け る改 良 品種 ポ ロ稲 の 被 害 件 数 は決 して少 な くな い.ア ウス稲 や 深水 アマ ン稲 の洪水 害 の よ うに壊 滅 的 な被 害 を受 けな い まで も,雨 季初 期 の 大 雨 に よ る湛 水 被 害 を受 けや す いの で あ る.し たが って,栽 培 が容 易 で か つ安 定 してい るラ ビ作 物 を作 付体 系 に取 り 込 もう とす るの は農 民 に とっ て当然 の こ とで あ ろ う.そ して そ れ を可 能 に して きたの は,乾 季 に も適 度 に湿 り気 を保 持 す る土 壌 と良好 な排 水 性 を作 り出 して い る氾 濫 原 の水 文環 境 な ので あ る. バ ン グ ラデ シュ は稲 作 の卓 越 す る熱 帯 モ ンス ー ンの デ ル タ上 に位 置す る.こ の よ うな背 景 か ら,バ ング ラ デ シュ農 業 に関す る これ まで の研 究 は主 と して稲 作 に重 点 を当 て て行 わ れ て きた.し か しD村 の事 例 が示 してい る よ う に,乾 季 作物,中 で もラ ビ作物 こ そが,氾 濫 原 農業 にお け る作 物生 産 の 多様 性 を演 出 す る重 要 な役 割 を歴 史 的 に も担 って きた の で あ る. 6. お わ りに 稲 作 に捉 わ れ な い視 点 か らD村 の作 物 栽培 を検 討 してみ る と,む しろ ラ ビ 作 物 の存 在 が際 だ って い る こ とが分 か る.歴 史 的 に見 て も,ラ ビ作 物 は 自給 農 民 に よって 生 きてい くた めの切 札 と して使 われ て きた.伝 統 農 業 にお ける米 の 「主 食」 を補 っ た雑 穀 や 豆 類 ,近 代 的灌 漑 稲作 を支 え る た めの 「換 金作 物 」 と な っ てい るマ ス ター ドな どの ラ ビ作物 は,単 に栽 培 面積 の多 寡 で は計 りきれ な い不 可 欠 な存 在 とな っ てい る.か つ て 「主 食」 を確 保 す る ため の稲 と ラ ビ作 物 の 「作 物複 合 」 を可能 に した多 毛作 の発 想 が,今 日で は 「換 金作 物」 と しての ラ ビ作 物 と稲 との 「作 物 複 合 」 を も実 現 して い る の で あ る.こ の よ うなD村 の事 例 か ら,バ ング ラデ シュ の氾 濫原 農 業 の特 徴 は,稲 作 と畑 作 が 個 々独 立 に 存 在 して い るの で は な く,不 可 分 の もの と して機 能 してい る こ とにあ る と指摘 で き る.す なわ ち,バ ング ラ デ シュ の氾 濫原 農 業 の根 幹 には,多 毛作 の栽 培技 術 が あ っ た と換 言 で きる.ま た,D村 の氾 濫原 農 業 は新 た な多 毛 作 の 時代 を迎 えて い る と捉 え る こ と もで きる.米 の増 産 に ともな う稲 の連 作 とい う作 付体 系

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66  南 ア ジ ア研 究 第9号(1997年)

の 画 一 化 に対 し,自 給 作 物 と換 金 作 物 を結 合 さ せ た 稲 の 二 期 作 とマ ス タ ー ドの 三 毛 作 を 作 り上 げ る こ と に 成 功 し た こ と が そ の こ と を 端 的 に示 して い る.歴 史 的 に 多 毛 作 を育 ん で き た 農 民 の 「在 地 の 知 恵 」 の 所 以 で あ る.

1852年2月 に行 わ れ たRevenue Surveyで は,D村 に お け る 主 要 な冬 季 作 物(Winter crop),雨 季 作 物(Rainy crop),春 季 作 物(Spring crop)が,そ れ ぞ れ ア ウ ス 稲,ア マ ン 稲,チ ナ(キ ビ)と 記 録 さ れ て い る[Chakrabarty and Ando 1989:29-31].こ の 調 査 の 行 な わ れ た 時 期 を 考 え れ ば 調 査 官 は お そ ら く多 くの 畑 で キ ビが 作 付 られ て い た の を見 た と 思 わ れ る が,こ の 記 録 は 当 時 も キ ビ 飯 や ケ チ ュ リ を必 要 と した 自給 農 民 が 多 か っ た こ と を 示 唆 して い る.そ し て19世 紀 後 半 の 農 業 資 料 に は,旧 ダ ッ カ 県 で は 耕 地 の 約1割 で キ ビが 栽 培 さ れ て い た と 記 録 さ れ て い る[Sen 1889:37].こ れ ら の 記 録 か ら,ベ ン ガ ル ・デ ル タ で は 19世 紀 の 早 い 時 期 か ら 人 口 が 多 く,デ ル タ 開 拓 が 早 か っ た の も,稲 作 に加 え ラ ビ作 物 を 持 ち え た 自 給 農 民 が デ ル タ 開 発 を 主 体 的 に 担 っ て き た か ら と想 像 で き る.「 作 物 の 多 様 化 」 「氾 濫 原 農 業 の 基 本 的 特 徴 」 と い う バ ン グ ラ デ シ ュ 農 業 が 抱 え る 今 日 的 課 題 と と も に,「 ベ ン ガ ル ・デ ル タ の 開 発 史 に お け る 農 業 の 役 割 」 に 迫 る有 効 な 視 点 を,「 稲 に 隠 れ た ラ ビ作 物 」 が 提 供 し て い る と言 う こ と が で き る.ベ ン ガ ル ・デ ル タ の 稲 作 を 「多 毛 作 の 中 の 稲 作 」 と見 る と[安 藤 ・内 田 1993:34-36],ラ ビ作 物 が 稲 以 上 に ベ ン ガ ル ・デ ル タ に お け る 稲 作 農 業 の 発 展 の 過 去 と未 来 を 解 く 「キ ー ・ク ロ ッ プ 」 で あ る よ う に 思 え て く る の で あ る. 注 1) 国 際 協 力 事 業 団 に よ る 研 究 協 力 事 業 「バ ン グ ラ デ シ ュ 農 業 ・農 村 開 発 基 礎 調 査(バ ン グ ラ デ シ ュ 農 業 ・農 村 発 展 の た め の 日本 一 バ ン グ ラ デ シ ュ 共 同 研 究)」 の 一 部 と し て1986∼89年 に か け て 実 施 さ れ た.聞 き 取 り や 質 問 票 を 用 い て の 調 査 で ド ッ キ ン ・チ ャ ム リ ア 村 の 同 プ ロ ジ ェ ク ト主 任 調 査 補 助 員 で あ っ た ア ッケ ル ・ア リ 氏 を 始

め,多 く の 調 査 員 と村 人 の 協 力 を得 た.BARCのHuman Resources Develdpment

ProgrammeのWinrock Internationalの プ ロ グ ラ ム ・ リ ー ダ ー一(当 時)Bruse

Currey氏 に は,「 氾 濫 原 農 業 に 関 す る セ ミ ナ ー(1989年,BARCで 開 催)」 へ の 出

席 や 資 料 入 手 の 便 を 図 っ て い た だ い た.記 して 感 謝 の 意 を 表 わ し た い.

2) バ ン グ ラ デ シ ュ 水 資 源 開 発 公 社(Bangladesh Water Development Board:BWDB)

タ ン ガ イ ル 支 所 で 観 測 さ れ た1965∼87年 の 間 の 日 降 雨 量 の 集 計 を も と に し た. 3) 雑 草 等 の 学 名 に つ い て は,Mamun[1989]を 参 照 し た. 4) 米 と 雑 穀 ・豆 と の 複 合 形 態 に よ る 「主 食 」 は,D村 で は 過 去 の 出 来 事 と な っ て し ま っ た が,バ ン グ ラ デ シ ュ の 北 西 部 や 西 部 地 域 の 一 部 地 域 で は 現 在 で も認 め る こ と が で き る.こ れ ら の 地 域 で は 現 在 で も 雑 穀 の 栽 培 が 盛 ん で あ り,筆 者 は 雑 穀 が 米 と と も に 「主 食 」 の 一 部 と な っ て い た こ と を 現 地 で 聞 き 取 っ て い る.こ の よ う にD 村 で 見 ら れ た 伝 統 農 業 に お け る 畑 作 物 と 稲 が 形 成 して い た 「主 食 」 は,D村 の み

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バ ングラデシュの氾濫原 にお ける乾季畑作 と稲作農業  67 に特 有 の現 象 で は な く,お そ ら くバ ン グラ デ シ ュで は広 く一般 に行 わ れ てい た 「農 耕 文化 基 本複 合 」 の 一 つ であ る と考 える こ とが で きる.こ の農 耕 文化 基 本 複 合 につ い て,中 尾 は次 の よ うに説 明 して い る. 「この よ うに全 体 性 を もっ た文 化 の うち ,例 え ば農 業 に 関係 した要 素 だ け を取 り 出 してみ よ う.そ れ には作 物 の 品種 あ り,そ の 技術 あ り,加 工 技 術 あ り,宗 教 儀 礼 あ り,農 地 制度 あ りとい っ た よ うに,か な り異 質 な もの が必 ず 集 まっ て,そ れ らが 相 互 にか らみ あ った 一 つ のか た ま りとみ られ る。 そ れ を言葉 と して は い さ さか もの もの しい 表 現 だが,"農 耕 文 化 複 合"と 呼 ぶ 習慣 に な っ て い る.複 合 とい うの は "コ ンプ レ ック ス"の 訳 語 で あ る .こ の農耕文化複合の うち,種 か ら胃までの問題 は 一部 分 を形 成 す る だ けだ が,い ちば ん基 本 的 な部分 だ か ら,こ こで は仮 に"農 耕 文化 基 本 複 合"と 呼 んで お くこ と に し よ う.ア グ リカ ルチ ャー ・ベ ー シ ッ ク ・コ ン プ レ ック ス とい っ た ほ どの意 味 で あ る」[中 尾1973(966):13]. 5)  ア ウス 稲 と深 水 アマ ン稲 の 混播 栽 培 は洪 水 被 害 に対 す る危 険分 散 とい う見 方 が今 日 で も根 強 い.し か しD村 の 作 物 被 害 の 記 録 が 示 し て い る よ う に(表3参 照),D村 で ア ウ ス 稲 と 深 水 ア マ ン 稲 の 混 播 栽 培 が 卓 越 し て い た1974年 以 前 に 洪 水 被 害 に あ っ た の は ア ウ ス 稲 が13度,深 水 ア マ ン 稲 が6度 と,ア ウ ス 稲 が 圧 倒 的 に 多 か っ た.さ ら に 深 水 ア マ ン稲 が 洪 水 被 害 を 受 け た6度 の う ち,5度 ま で が ア ウ ス 稲 も 同 時 に 被 害 を 受 け て い る の で あ る.こ のD村 の 事 例 か ら も,ア ウ ス 稲 と深 水 ア マ ン 稲 の 混 播 栽 培 は,洪 水 被 害 の 危 険 分 散 と い う よ り も 米 の 多 収 を ね ら っ た 「二 期 作 」 で あ っ た と い う 見 方 が 説 得 力 を 持 つ[安 藤1984]. 6)  19世 紀 末 の 英 領 期,現 在 の 西 ベ ン ガ ル ・バ ル ド ワ ン 地 方(Burdwan Division)の

ポ ロ 稲 栽 培 を 伝 え る 公 式 書 簡(No.2732 LR, date Dacca, the 11th January, 1889. From W. R. Larminie, ESQ, Commissioner of the Dacca Division to The Director of Department of Land Records and Agriculture, Bengal)に 添 付 さ れ た 資 料(Ex-tracts from Appendix II to the First Annual Report of the Agricultural Depart-ment, Bengal)に よ れ ば,バ ル ド ワ ン 地 方 の ポ ロ 稲 の 栽 培 面 積 は 多 く は な い が,フ グ リ ー(Hoogly)や ミ ドナ プ ー ル(Midnapore)で は 特 に,ア マ ン 稲 が 洪 水 の 被 害 に あ っ た 時 に 重 要 と な る と報 告 さ れ て い る.ベ ン ガ ル ・デ ル タ の 伝 統 稲 作 に お い て は,ア マ ン 稲 の 洪 水 被 害 を補 う と い う性 格 が ポ ロ 稲 栽 培 に は 強 か っ た の で は な い か と推 察 さ れ る.バ ン グ ラ デ シ ュ の 東 北 部 ハ オ ー ル の 縁 辺 に 立 地 す る ジ ャ ワ ー ル 村 で は 伝 統 農 業 の 中 で ポ ロ 稲 作 が 拡 大 し た が,こ れ も基 本 的 に は ア マ ン 稲 が 洪 水 被 害 に あ っ た こ と に 端 を 発 し た も の で あ っ た[安 藤 ・内 田1992]. 7)  1987年,88年 の 洪 水 時 に ラ ビ 作 物 の 栽 培 が 増 加 し た の は,D村 に 限 ら れ た 対 応 で は な か っ た[内 田 ・安 藤1992]. 8)  乾 季 作 に お け る 「二 毛 作 」 の 試 み は,近 年 の バ ン グ ラ デ シ ュ に お け る稲 作 農 業 の 変 容 方 向 と し て 注 目 す べ き で あ ろ う.D村 以 外 に も,先 の 注6)で 取 り上 げ た ジ ャ ワ ー ル 村 の 乾 季 稲 作 の 展 開 方 向 と し て の 報 告 も あ る[内 田.安 藤1994]. 参 考 文 献 安藤 和 雄1984「 バ ング ラ デ シュ の ア ウス稲 ・アマ ン稲 の混播 栽 培 」,『農 耕 の技 術 』7, pp.84-98. 安 藤和 雄 ・田中 耕 司他1990「 ベ ン ガル デ ル タ低 地 部 の作 付 体 系―― 技 術 変 容 と作 付 展 開 の 地 域 間 比 較―― 」,『東 南 ア ジ ア研 究 』28(3), pp.24-40. 安藤 和 雄 ・内 田 晴夫1991「 バ ング ラデ シュ ・ハ オー ル縁 辺 地 域 にお け る乾 季稲 作 と伝 統 灌 漑 技 術―― ジ ャ ワー ル 村 にお け る事 例研 究―― 」,『ア ジ ア経 済 』32(2), pp.

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68 南 ア ジ ア研 究 第9号(997年) 18-33.

安 藤 和 雄 ・内 田 晴 夫1993「 伝 統 稲 作 農 業 の 特 色 」,臼 田 雅 之 他(編)『 も っ と知 り た い

バ ン グ ラ デ シ ュ 』,弘 文 堂, pp.20-36.

BARC(Bangladesh Agricultural Research Council)1982 A Stmtegy for Crop Diversi-fication in Bangladesh, Dhaka.

•\•\ 1989 "A Policy Brief on Floodplain Agriculture", Dhaka.

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Brammer, H. 1971 Soil Survey Project Bangladesh Soil Resources, UNDP/FAO, Rome.

Chakraborty, Ratan Lal; and Ando, Kazuo 1989 "Revenue Survey of Bangladesh: A Source Study of Rural History", Presented at the Nineth Biannual Conference of Bangladesh History Association, Dhaka, 29-31 December, 1989, Dhaka.

Hossain, Mosharaff 1991 Agriculture in Bangladesh•\•\performance Problems and Prospects•\•\, University Press Limited, Dhaka.

Mamun, Abdullah Al 1989 Agro-ecological studies in Bangladesh Morphology and

Growth Characteristics of Common Weeds of Three Selected Villages in The Eastern Part of Bangladesh, JSARD Publication No. 14, JICA, Dhaka.

中 尾 佐 助1973(1966)『 栽 培 植 物 と 農 耕 の 起 源 』,岩 波 書 店.

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内 田 晴 夫1997「 バ ン グ ラ デ シ ュ の 洪 水 対 策 事 業FAPを め ぐ っ て 」『 日 本 熱 帯 生 態 字 会 ニ ュ ー ズ レ タ ー 』No.26, pp.1-3. 内 田 晴 夫 ・安 藤 和 雄1992「 バ ン グ ラ デ シ ュ の 低 平 地 に お け る 動 的 水 文 環 境 へ の 適 応 農 業 」,『 農 業 土 木 学 会 誌 』60(5), pp.1-6. 内 田 晴 夫 ・安 藤 和 雄1994「 バ ン グ ラ デ シ ュ ・ジ ャ ワ ー ル 村 の 乾 季 稲 作 水 田 の 特 性 と 灌 漑 」,『 農 業 土 木 学 会 誌 』62(1), pp.35-40.

World Bank 1994 Bangladesh Agricultural Diversification: Issues and Prospects Volume I: Main Report (Draft), Dhaka.

参照

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