Title
嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討(1)
Author(s)
小川, 竹一
Citation
沖大法学 = Okidai Hōgaku(21): 48-76
Issue Date
1999-03-15
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6620
嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討(1)
沖大法学第二十一号小川竹一
はじめに 航空機騒音訴訟事件は、大阪空港事件を始めにして、全国各地の米軍・ 自衛隊基地で争われてきた。被害認定、因果関係の把握など困難な問題も 多かつが、多少の前進を見せている。だが根本的な要求であった差止めが 認められてこなかった点に課題を残している。 提訴以来16年間にわたり、訴訟の場において争われてきた「嘉手納基地 騒音公害訴訟」も、控訴審判決に対して、原告住民側、被告国も上告を行 なわなかったことによって確定し、一応の決着を見た。だが、差止請求に ついては、原告の請求は認められず、住民の最大の願いである生活環境を 少しでもよくしたいという悲願はかなえられなかった。このため、現在、 米国を直接の当事者とする訴訟を準備中であると聞く(1)。 本稿では、嘉手納訴訟における差止請求問題について、原告住民がどの ような主張を行い、裁判所がどのように受けとめたのか、受けとめなかっ たのかを検討し、今後の課題となる点を明らかにしたい。なお、因果関係 論、損害賠償問題等については、次回において検討する。 第一章訴訟の概要 七六 -、訴訟提起の経緯と原告の請求内容 嘉手納騒音公害訴訟は、1982年2月26曰に、嘉手納基地周辺住民らによ る第1次原告団601名が、被告を国として那覇地方裁判所沖縄支部に提訴 したものである。83年2月26曰には、第2次原告団305名の提訴があった。 -45-原告は、差止めと過去分および将来の損害賠償とを求めた。 差止めについては、被告は、米軍をして、1.嘉手納飛行場において、 毎曰午後7時から翌曰午前7時までの間、一切の航空機を離着陸させては ならず、かつ、一切の航空機のエンジンを作動させてはならない、2.嘉 手納飛行場の使用により、毎曰午前7時から午後7時までの間、原告らの 居住地域内に65ホンを超える一切の航空機騒音を到達させてはならない、 とした。損害賠償については、1.過去の慰謝料の内金として原告一人あ たり115万円、2.将来の損害賠償について、提訴時から結審時まで1カ 月3万3千円を請求した。 那覇地裁沖縄支部第一審判決(1995年2月4曰)は、差止請求を棄却し、 過去分の損害賠償を-部認容し、将来の賠償請求を却下した。損害賠償は、 民事特別法2条に基づき、W値80以上の騒音に暴露されている者に認めた が、危険への接近の法理を適用し減額を行った者もあった。 これに対し、原告・被告とも控訴し、福岡高等裁判所那覇支部において、 1998年10月5月22日控訴審判決が下された。控訴審判決は、差止めと将来 分の損害賠償請求については、一審判決と同旨であったが、過去の損害賠 償については、一審判決と異なるのは、1.類型1の地域については、W 値が75以上で損害賠償を認めたこと、2.危険への接近の法理の適用を否 定したこと、であった。原告・被告とも上告せず、控訴審判決が確定した。 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討Ⅲ 二、嘉手納飛行場の概要 (1)現況 本件飛行場は、沖縄本島中部に位置し、沖縄市、嘉手納町、北谷町 にまたがる総面積約1998平方メートルの米軍管理の基地である。3700 級滑走路を2本有する極東最大の米軍飛行場である。沖縄を南北に結 ぶ基幹道路である国道51号線に面して存在し、周囲は、市街地となっ ている。 七五 -46-
(2)本件飛行場設置の経緯 本件飛行場は、旧曰本陸軍が戦火が迫ってきた昭和18年9月に建設 を開始し、翌19年9月に1000メートル滑走路1本を有する中飛行場と して開設した。昭和20年4月に米軍が上陸し、これを占領した。後、 昭和27年4月28曰に発効した曰米平和条約によって、沖縄がアメリカ の施政権の下に置かれることになった。この後、1972年5月15曰に 「沖縄返還協定」によって沖縄が曰本国の主権下に入るまで、米軍は 民有地を接収するなどして随時拡張を行い、独自の権限を以て使用し ていた。 この返還協定によって、米軍は従前どおり基地使用を引き継ぐこと が認められ、国は、国有地以外の部分について、県、市町村、私人ら と賃貸借契約を結ぶか、契約許否された土地については、国はいわゆ る「公用地の暫定使用に関する法律」を制定し、5年間暫定使用権を 得ることによって、米軍に提供することができた。また、1977年には、 いわゆる「地籍明確化法」を制定し、先の暫定使用権をさらに5年間 延長した。現在、「米軍用地特措法」によって使用権限を取得して、 米国に提供している。 沖大法学第二十一号 (3)騒音防止協定の締結 横田基地、厚木基地にかなり遅れて、ようやく1996年3月28曰、曰 米合同委員会で、嘉手納・普天間基地の騒音防止協定が締結された。 協定内容は、1.午後10時から午前6時までの飛行を、可能な場合、 最小限に制限する、2.飛行コースについては、できる限り学校、病 院を含む人口密集地を避け、飛行高度は、300メートル以上、という ものである。 内容は、他の協定に比べて、住民保護に欠けている(2)。 七四 -47-
第二章差止請求について 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討⑪ 、基地航空機騒音公害訴訟判決における差止論の展開 (1)これまでの騒音公害訴訟における差止判断の流れ 航空機騒音訴訟の流れは、大阪空港騒音公害訴訟以来、いくつかの 自衛隊基地騒音公害訴訟および米軍基地騒音公害訴訟が提起されて来 たが、差止めを許容した判決は大阪空港一審、控訴審判決だけである。 大阪空港最高裁判決では、航空行政権にかかわることは行政訴訟とし て提起し、民事訴訟としては不適法であるとした。米軍基地や自衛隊 基地にかかわっては、統治行為論や高度の政治問題論ということや、 米軍には国の管理が及ばないことを理由として、請求を却下してき た(3)。 本件判決も、横田基地控訴審判決などの下級審判決や、厚木・横田 最高裁判決などと同じように、国に対する差止めを認めない理由を、 いわゆる「第三者行為論」に求める点では共通している。 このような中で、横田控訴審判決においては、より民事的な判断に 立ち入り、上記の超越的な議論によらずに、私法上の解釈論により国 は差止義務主体とはならないという詳細な判示を示すようになった。 このような背景には、可能な限り、民事差止請求を実現させたいとい う原告弁護団の理論的な努力があったのだろう。横田基地控訴審訴訟 の原告弁護団最終準備書面には、国に対する差止め請求の適法性が詳 細に展開されている。(判例時報1245号に収録されている。)このよう な理論展開がもたらしたものであろう。 これは、国の最低限の責任を認めさせようとした理論であり、自己 の責任を回避しようとする国に対して被害抑止に対する取り組みを求
める意味で国の責任を追及する取り掛りとなる重要な議論である。こ
七 -48-れに対し、横田控訴審判決は、この点については、結局は、私法解釈 論を展開した上で、差止請求権の概念に含まれないとして棄却した。 本件嘉手納訴訟は、そのような差止め判断の流れを受けて、民事差 止め論のために、原告主張や、判決の中に今後の課題の解決のために 役立つ点があったのであろうか。 沖大法学第二十一号 (2)差止否定論の根拠づけ 差止めを認めない理由づけは、民間空港であるのか、自衛隊基地で あるのか、米軍基地であるのかによって異なっているし、時期的にも 変遷が見られる。 (a)民事訴訟不適法論の理由 厚木訴訟および横田訴訟一審判決以来、米軍機の活動になんらの 権限を持たない国に差止請求を行うことは、当事者適格を欠くとい う判断がなされてきた。のみならず、米国の公権力作用を規制しよ うとするものには、民事裁判権が及ばないとか、行政事件訴訟にな るとかあるいは統治行為論になるとかの理由からも、民事訴訟とし ては不適法とされてきた(4)。 嘉手納基地訴訟をはじめ、基地騒音公害訴訟において、求めてい る差止請求の形態は、基地の全面的な使用禁止を求めるものではな く、一定の時間帯に限って使用の制限を求めているものに過ぎない。 基地の存在自体を争っているのではないから、統治行為論などによっ て、裁判所が一切の判断を加える余地が無いというのは、不当な議 論である。 横田控訴審判決以後は、統治行為論あるいは高度の政治問題論な どが持ち出されないようになってきている。 七 -49-
(b)民事訴訟適法論の理由 これに対し、横田控訴審判決以来、民事判断の枠内で処理しよう としている。同判決は次のように整理していて、理論的な整理とし て明確である。形式的ながら、国に対する差止の訴えを適法とした 上で、間接的差止請求権の私法上の根拠を実質的に検討して棄却し たことが、これまでと異なる方向を出した。 1.住民は、人格権としての生活権又は身体権に基づいて、侵害行 為者に対して、差止請求権を有する。侵害行為者は、米軍であり、 第三者である国ではない。差止請求の内容が直接的に米軍の行為 の停止を求めるものであれば、国は被告適格を欠くので、請求は 却下されるべきである。 2.住民の請求が国に対して給付を求める趣旨であるならば、どの ような具体的な行為を求めるのか明確ではないので、不適法とな る。 3.国に対して、米軍の侵害行為を停止するのに有効な曰米合同委 員会での協議、外交交渉等を求めることは、私法上の根拠が無く、 棄却を免れない(5)。 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討Ⅲ (c)国の差止責任否定論一第三者行為論・交渉義務否定論 国の被告適格を否定し、差止請求を否定する理論が、「第三者行 為論」である。横田上告審判決(最高裁第1小、1993年2月25曰) から引用しよう。 「(国)は、条約ないしこれに基づく特段の定めのない限り、米 軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限し得る ものではなく、関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはな い。そうすると、上告人らが米軍機の離着陸等の差止めを請求する のは、被上告人に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止め 七 -50-
を請求するものというべきであるから、本件差止請求は」棄却され るべきとした。(判例時報1456号、55頁1段) 交渉義務など国が米国に侵害停止するように行為することを目的 とする原告らの主張は、下級審判決の多くでは、統治行為論などで 却下されていた。横田控訴審判決ではじめて私法上の根拠が検討さ れたが、同最高裁判決は、特にこれを取り上げて判断を示さなかっ た。 沖大法学第二十一号 (d)請求の趣旨の特定論 原告が主張する「午後9時から翌曰午前7時までの間の離着陸あ るいは一定以上の騒音発生の禁止の請求」等については、それが直 接的に米軍の行為の停止の請求を求める趣旨ならば、米軍に対して 請求すべきであって、国は被告適格が無い。また、それが国に対し て、上のような結果をもたらす何らかの行為を求めるという趣旨な らば、どのような具体的な行為を求めるのか明確でなく不適法であ るとの判決例があった。 横田基地騒音訴訟上告審判決は、明確にこのような請求を認めた。 このような請求の趣旨は、「被上告人に対して給付を求めるもので あることが明らかであり、また、このような抽象的不作為命令を求 める訴えも、請求の特定に欠けるものということはできない」とし た。(判例時報1456号55頁) (e)差止請求権の根拠と構造 付)権利の根拠と構造 これまでの基地公害訴訟では、環境権、平和的生存権あるいは 人格権に基づいて差止請求が訴えられてきた。裁判所は、人格権 に基づく差止請求権が差止めの根拠となりうることが抽象的には 七○ -51-
認めている。基地公害訴訟では、差止めが認められたことはなく、 民間航空機騒音訴訟で、大阪空港一審、控訴審判決が人格権に基 づく差止請求権を実際的に適用したのみである。 根拠の問題は、人格権に基づく妨害排除請求権が少なくも根拠 となりうるということで一応の了解点に達しているが、基地騒音 被害に対する差止請求権の具体的内容、構造は、今後明らかにし なければならない問題が多い。 基地騒音公害差止訴訟の特殊性は、直接侵害者は米軍であり、 国は、侵害行為の基礎となる基地施設の提供をしていて、侵害と の関係では、間接的な行為者である。ここから、国は、差止請求 の相手方になるのか、なるとしたら差止責任の内容はどのような ものか、という問題が生じる。 被害住民が、国に求める差止内容は、国の行っている間接的な 行為自体なのか、それとも、直接侵害行為者の行為を抑制ないし 規制することであるのか。前者だとすると、基地提供行為などは、 曰米安全保障条約上の義務履行行為であり、この行為自体をやめ させることは、正面から条約上の行為を不適法とすることになり 司法権の限界問題となろう。 一方で、国と米軍との関係をどのように捉えるのかも問題であ る。国の行為は、条約上の義務履行であり公法的にも特殊な関係 であり、賃貸人と賃借人との私法上の関係には還元できないもの があり、国が米軍にどのような公法的規制や私法上の制約を及ぼ しうるのか問題があるところである。国が及ぼしうる規制や制約 によって、どのような差止責任を負うのかも決まってくるから、 差止め責任内容も明らかにしにくい。 侵害行為に対して間接的に関与している国が差止請求の相手方 になるのかという問題は、通常、物権的請求権行使の相手方の要 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討Ⅲ 六 九 -52-
件として論じられているが、横田控訴審判決は、さらに不法行為 による差止請求権の問題に言及して、不法行為による差止は認め られないとした(6)。 これは、原告の予備的請求が、侵害結果に間接的に関係してい る国の行為について、共同不法行為の論理を類推させるからであ ろう(7)。 差止請求権についても、互いの行為について関連性のある複数 の者に対する差止め判断の構造がどのようなものかが問題になっ ているのである。米軍基地をめぐる航空機騒音事件では、国と米 軍との加害の共同関連性を構造的に示さなければならない。横田 控訴審判決は、要件論を極めて限定的に解することによって、加 害の関連共同性の検討に立ち入らなかった。 沖大法学第二十一号 (ロ)間接的差止請求権 横田控訴審判決は「間接的差止請求権」という概念を立て、私 法上の根拠が無いとして成立を否定したが、基地差止めをめぐる 法問題を構造化する意味では有用である。同判決の定義は次のと おり。原告が求めている差止請求の内容(国が米軍に対して米軍 の侵害行為を停止させるのに有効な作為又は不作為、例えば、飛 行計画の不承認、便宜供与の停止、曰米合同委員会における協議 又はその他の外交交渉等を行うこと)は、「直接の侵害行為者で ある米軍を相手にするものではなく、又、侵害行為自体を停止す ることを求めているものではない点で、妨害排除(予防)請求権 としての差止請求権とは異なる・・・・結果的に侵害行為の停止 を目的としている点でいわば間接的差止請求権とでも呼ぶべきも の」としている。(判例時報1245号10頁3段) 同判決は、この請求権の私法上の根拠を検討し、結局、物権的 六八 -53-
妨害排除請求権については、直接的請求権を認めれば足りるこ と(8)、不法行為は、差止めの根拠として認められないとして、共 同不法行為のように輔助者としての国の間接的な責任を認められ ないこと両面から否定した。 判決が、妨害排除(予防)請求権と間接的差止請求権とが異な るものとしているのは、両者の関係を簡単に切断しすぎであり、 後者は、前者の-態様として評価すべき問題である。問題は、国 の関与をどのように評価するのかということである。侵害行為の 関与者が重層的に存在している時には、侵害行為の停止のために は、どの行為者に対して差止めの請求を求めたらよいであろうか。 直接的侵害行為者だけに限るとすると被害者にとって著しく不利 な場合が存在する。間接的差止請求権という独自の概念は、差止 請求の-態様として、直接請求では侵害防止を十分に達成できな い場合を明らかにすることは有用である。判決は、間接的請求権 の私法上の根拠を、物権的請求権行使の相手方問題と共同不法行 為関係とに分けて考察しているが、両者を統一的に考察すること も検討できよう(9)。 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討Ⅲ 二、本件判決の差止判断の問題点 (1)第一審判決における差止判断 (那覇地方裁判所沖縄支部1994年2月24日、判例時報1488号、判例タ イムス850号) 第一審判決では、原告請求が、米軍機の離着陸が国の関与できな い行為によるものであるとするいわゆる「第三者行為論」によって原 告請求を棄却し、次のように判示している。 「本件差止め請求は、原告らに対する被害を直接に生じさせている 者ではない被告に対し、第三者である米軍の行為の差止めを求めるも 六 七 -54-
のであるから、原告らが被告に対してその主張するような差止めを請 求することができるためには、被告が米軍の使用する航空機の運航等 を規制し、制限することができる立場にあることを要するものという べきところ、前記のとおり、本件飛行場に係る被告と米軍との法律関 係は条約に基づくものであるから、被告は、条約ないしこれに基づく 国内法令に特段の定めのない限り、米軍の本件飛行場の管理運営の権 限を制約し、その活動を制限しうるものではなく、関係条約及び国内 法令に右のような特段の定めはない。そうすると、原告らが米軍機の 離着陸等の差止めを請求するのは、被告に対してその支配の及ばない 第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから、本件差 止め請求は、その余の点について判断するまでもなく、主張自体これ をとることができないものとして棄却を免れない。」 沖大法学第二十一号 (2)控訴審での原告・被告主張と判決 (a)原告側主張 原告らは、曰米安全保障条約及び地位協定等の趣旨からしても、 基地施設の使用は、地位協定3条(公共性安全配慮義務)、地位協 定16条(国内法令尊重義務)に違反することは許されないが、米軍 の活動によって住民に健康被害を与えることは、これらの義務に違 反する行為であるとする。これらの行為に対して、「曰本は主権の 発動として当然アメリカ合衆国もしくは米軍に対し、右違法行為の 制限・是正を求めることができる」とする。 これは、地位協定18条5項(b)が「曰本国は、前記のいかなる 請求をも解決することができる」と規定し、航空特例法において 「運輸大臣による飛行計画の承認」に関する事項が適用除外とはなっ ていないことからみても、日本に米軍の違法活動を制限もしくは制 約する権限が付与されていることが裏付けられている、としている。 一ハーハ -55-
差止めの前提となる国の米軍への規制権限については、-審原告ら が、地位協定3条3項(公共への安全配慮義務)、同16条(国内法 令尊重義務)、同18条5項(b)並びに航空法等から、曰本は主権 国家として、規制権限を有すると主張している。 差止めに関する原告主張で特徴的なことは、国の責任について、 交渉義務論などを力点において主張せず、いわば正面突破して国の 責任を認めさせようとしたことである。(これは、手元にある最終 準備書面だけからの判断である。)('0) 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討Ⅲ (b)被告国側主張 国最終準備書面は、差止めについて「第三者行為論」による主張 をしている。原告側が原則論的な主張にとどめていたために、理論 的な応酬は無かったといえよう。 また、原告が主張する「人格権(一般的人格権)」「環境権」 「平和的生存権」の主張に対して、次のように反論している。第一 に、実定法上このような権利が認められていないこと、第二に、原 判決が損害賠償の前提として認めている人格権は、「他人と円滑に 会話をかわし、十分な睡眠をとるなどの平穏かつ快適な曰常生活を 享受する」などという具体的な利益を意味しているのであって、被 侵害利益としての人格権を抽象的に論じているのではない、ことで ある。 (c)控訴審判決(福岡高等裁判所那覇支部1998年5月22日、判例時報 1646号)
控訴審判決の差止めに関する判示部分は、これまでの差止め理論
の流れの中で、「第三者行為論」に沿った判断が示されている。特
に目立った展開はなされていない。これは、原告による差止めの理 六 五 -56-論も、国に規制権限の行使を求める差止め理論だけを主張し、横田 控訴審訴訟で原告が主張したような「交渉義務」論などを主張して いないので、裁判所もこれまでの一般論を繰り返すだけで、立ち入っ た議論を展開する必要がなかったからであろう。 1.差止請求の適法性 ・民事上の差止請求にあっては、行政規制権の行使の取消変更な いしのその発動を求める請求を包含することとなる場合につい ては、不適法である。 ・本件飛行場については国は、米軍の管理運営の権限を制約し、 米軍機の運航を規制しうることについて条約及び国内法令に特 段の規定がなく、権限がない。本件差止請求が行政規制権の行 使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含しているとは 解せられないので、本件差止請求が不適法であるとはいえない。 抽象的不作為命令を求める訴えも、請求の特定に欠けるとはい えないのは、最判平成5年2月25日第1小法廷判決のとおりで ある。 2.差止請求の当否 原告が差止めを請求することができるためには、国が米軍機の 運航等を規制し、制限することのできる立場にあることを要する が、国にはその権限が無いとして、第三者行為論を繰り返して、 -審原告の主張を斥けた。 「本件飛行場は、-審被告が昭和47年5月15日、地位協定2条 1項(a)に基づく施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供し ているものであるから、同国軍隊は、提供された本件飛行場を所 定の目的の範囲内で自由に使用することができるのである。そし て、本件飛行場における航空機の離着陸、航空機のエンジン作動、 航空機誘導等はその使用権限の範囲内の行為であるから、米軍は、 沖大法学第二十一号 六四 -57-
提供目的を達成するために本件飛行場を使用する限り、その判断 と責任に基づいて本件飛行場において航空機の離着陸を等を行い 得るのである。/このように、本件飛行場に係る-審被告と米軍 の法律関係は条約に基づくものであるから、一審被告は、条約な いしこれに基づく国内法令に特段の定めがない限り、本件飛行場 における米軍の活動を制限し得ないところ、関係条約及び国内法 令に右のような特段の定めはない。/したがって、一審原告らが 米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは、-審被告に対してそ の支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべ きであるから、右差止請求は、その余の点を論ずるまでもなく、 主張自体失当として棄却を免れない。」 3.国の規制権限について 地位協定3条3項ならびに同16条の規定は、曰本国の法秩序を 尊重養護すべき一般的義務を定めたものにすぎず、また、同18条 5項(b)は、金銭的請求についての規定であるとして、航空法 の規定をも含めてこれらの規定をもってわが国が米軍の本件飛行 場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限し得る権限を定め たものではない。 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討Ⅲ (3)評価 同判決は、差止論については、ほとんどこれまでの第三者行為論に 立った判例の繰り返しであり、差止請求の道を奪われている住民らに 対し、なんとかして被害軽減のための差止理論を構築する努力をみせ ることが無かった。原告も差止めには、より多様な理論展開を控えて いたようであるが、外交交渉義務などであれ何らかの形で国の差止め 責任につき一歩を進めることができなかったものであろうか。 一ハ -58-
今後の課題 ’問題状況 現在、基地騒音公害訴訟における差止め請求は、原告住民の主張は、 認められず大きな暗礁に乗り上げてしまって、どのようにしてこのよ うな状況を打開していくのかが大きな課題となっている。 理論面で言えば変化が無かったわけではない。判決例の流れの中で、 差止め否定論について、門前払いから、民法解釈論に踏み込んで論じ られるようになってきた。学説でも、国の差止責任を認めようとする 試みもなされるようになってきた。また、直接の侵害行為者である米 国を日本法の下に訴訟当事者にしようとする訴訟も提起されるように なった。本件嘉手納訴訟は終結したが、また新たに、米国と国を相手 として差止めを求める訴訟が準備されているようである。 ここでは、米国を訴訟当事者にするための理論にはふれず、国の差 止責任についての問題を簡単にまとめておこう。 繰り返しのべたように、本件訴訟においては、交渉義務論について は主要争点にならなかった。だが、筆者は、国の責任を論ずろとき、 最低限このような責任を認めなければならないと考えるので、若干の 検討を行なっておこう。国に直接的な規制権限ないし規制力の行使を 求めることは、最高裁判所も強硬に拒否する姿勢を見せていて、差止 請求理論として裁判所が正面から認めさせることは直ちに困難であろ う。これは、理論面でも様々な困難があるし、司法の役割の問題とし ても、司法判断により直ちに曰米安保条約による国の義務履行に規制 を加えたり差し控えさせることが適切か否かという問題がある。 このような理論的あるいは現実的な問題状況下で、司法の果たすこ とができる可能性のある役割を考えるべきだろう。直接的な規制を命 じることも困難であり、だが、国民の権利救済を放棄することも許さ 0■■■-, (1) 沖大法学第二十一号 六 -59-
れないことである。安全保障という国家的な要請によって基地が存在 し、それによって住民に被害が生じたとしても、直接侵害者を訴える こともできないとしたら、国家が住民に対して後見的な役割を果たし て、直接的侵害者に対して直接的な権限・規制力を行使しえないとき は、十分な折衝により被害軽減をはからなければならないであろう。 このように司法が評価を下すことによって、政府の施策を促さない限 り基地公害のような問題は、改善しないであろう。 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討⑪ (2)要望権行使説、交渉義務(確認判決)説の展開 差止めの根拠を米軍に対する直接的な規制権限に限らず、間接的に様々 な側面から米国に働きかけて、侵害行為を抑制させるような試みを国に 求めることを最初に提起したのは、田山が主張した要望権行使説であっ た。問題意識は、基地問題において、直接的に基地の存在の根幹に関わ り、政治的な判断を要するものと、そうではなく、私法的な利害調整が 可能な側面とを分けて、現実的な論議を行おうというものであった。小 林らの交渉義務(確認判決)説は、判決等の世論形成に期待をかけてい て、裁判の現実的機能の面からアプローチするものである。なによりも、 これらの説に共通の問題意識は、住民の権利保護に向けて司法の役割、 判決の機能を果たすべき方途を探ろうとしていることである。 (a)要望権行使説 要望権行使説は、田山・判例解説Iこよて主張された。(田山輝明 「自衛隊機・米軍機の離着陸等による騒音に対する差止請求及び損 害賠償請求の可否一厚木基地公害訴訟第二審判決」判例評論335号 (判時1212号)、1987年) 田山は、条約と国内法の関係の理解を正当にすべきとし、基地の 使用権限について、次の区分があることを明らかにする。 一ハ -60-
1.米軍が地位協定上の「施設・区域」として提供を受け、「3条 管理権」に基づいて使用している部分 2.米軍の施設・区域を自衛隊にも使用させている部分 3.米軍が従来施設・区域であったものを曰本国に返還し、曰本側 でこれを自衛隊基地としているものについて、「合衆国軍隊が一定 の期間を限って使用すべき」ものとして、使用を認めている部分 厚木飛行場などは、3の部分にあたり、横田飛行場や嘉手納飛行 場などは、1の部分にあたる。したがって、3条管理権に基づく米 軍の使用と2条4項(b)に基づく使用との間に存する法的性格の 違いを考慮しなければならない場合があろう。後者の場合、すなわ ち使用権原が2条4項(b)に基づく場合は、曰本側の具体的要望 を米軍側に申し伝える権利を日本政府は地位協定上、有している。 (その結果は、外交上の問題となるから、要望が実現する法的保証 はないと言わざるをえないだろうけれどもという。) 3条に基づいて基地使用しているとき、曰本政府が米軍が使用方 法の制限を求めることは法構造上かなり困難だが、「曰本の裁判所 が、国内法上違法な状態を除去するために、曰本政府に対して右の ような地位協定上の要望権を行使するよう命令することは法的にも 可能であり、またそれによって曰本政府が安保条約上の義務履行が できなくなることもない.・・・その意味において右の限度での差 止命令は統治行為には該当しないと考える。」(192頁上)とする。 この説は、裁判例の多くが、国の米軍に対する権限を否定してい ることに対して、一定の権限がある場合があることを実定的に示し たものである。 要望権行使説は、その法的な根拠を地位協定に求めているので、 地位協定3条に基づいている本件嘉手納飛行場には適用されないと いうことになる。 沖大法学第二十一号 六 ○ -61-
要望権の行使をこのような地位協定上に明文がある場合に限らず、 第3条による基地使用の場合にも、より広く曰米合同委員会の場で 行使することを求められていると解することができないであろうか。 基地機能を維持していくには、地元住民との折り合いが不可欠で ある。日米合同委員会で、地元の事情をできる限り配慮するように 折衝しなければならない。このように考えると、要望権説は、交渉 義務(確認判決)説に結びついていく可能性もある。 なお、後掲の小林=藪口判例批評は、要望権行使説は、義務づけ 訴訟になると捉えている。 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討⑪ (b)交渉義務(確認判決)説 小林秀之=薮ロ康夫「厚木基地騒音公害第1次訴訟上告審判決・ 横田基地騒音公害第1次、第2次訴訟上告審判決」(判例評論422 号(判時1482号、94年6月))は、国の米国に対する交渉義務があ ることを確認する請求の可能性を検討している。 要望権行使説を踏まえ、地位協定3条によって管理される米軍基 地についても、同様に国が米軍に働きかけるように求めることを狙 いとした説である。現実の米軍基地に対する差止請求権の行使の問 題を、実体法上のレベルでは承認し、これを主権免除など司法権行 使の限界レベルの問題と調整して、可能な限り差止請求を認めよう とするものである。実体法的には差止をすべき場合だが、判決の履 行強制が困難であるので、交渉義務確認判決という第三の道を考え ようというものである。これまで、横田控訴審訴訟のように、原告 住民らは、外交交渉を行うことを差止めの内容として求めてきてい た。だが、裁判所は、この主張を統治行為論によって斥けたりして、 認めてこなかった。論者は、このような批判を回避し、実際的にも 判決の執行が困難なため、確認判決にとどめたのであろう。その意 五九 -62-
味で、従来の原告住民らの主張を裁判所にも受け入れやすい形に再 構成したもの言うことができよう。 その論拠は、次のとおりである。 1.住民が米軍を訴えることは実際には不可能であるので、地位協 定18条5項により、曰本国が米軍の行為についても当事者となる べきである。 2.妨害排除請求権の相手方は、厚木第1次上告審、横田第1、2 次上告審判決の判旨によると、「現在妨害状態を惹起している者」 又は「その妨害状態を除去しうべき地位にある者」であるが、国 はこれに該当する。 「Yはこれら両飛行場を設置し、これを安保条約6条等により 米軍に提供しているばかりでなく、両飛行場を拡張し、滑走路の 延長その他の基地機能が強化されれば米軍によるジェット機の大 型化や頻繁な就航をもたらし騒音による侵害行為が増大すること を知りながら、あえて両飛行場周辺の民有地を買収したり借り上 げて両飛行場を拡張して米軍に提供してきたことや、いわゆる思 いやり予算などにより莫大な予算を投じて両基地の施設・設備を 建設して米軍に提供してきたことを考えるなら、Y自ら周辺住民 に対して「妨害状態を惹起している」ということも可能である」。 3.米軍といえども、曰本の国内法には少なくとも実体法的には服 することになるのであり、米軍に対する民事法上の差止請求権を 観念をすることができる。 4.国に対する差止請求権の存在が肯定できるとしても、その内容 は、国は、米軍の行為に対する規制権限を有しないし、地位協定 3条管理がなされている米軍基地には要望権の行使もできない。 この場合、国は、差止め責任を履行するためには、米軍に交渉し て侵害行為を抑制するように調整することしか実現の方途は無い。 沖大法学第二十一号 五八 -63-
5.だが、米国との交渉について具体的な内容の実現を求めること はできないので、侵害行為を抑制するように外交交渉を行う義務 があることを確認するに止まる。 6.訴訟の法形成機能・救済形成機能が確認訴訟の訴えの利益を充 たす。 第三次横田基地訴訟控訴審での和解勧告は、実際の紛争解決に 大きな役割を果たした。 和解勧告が国に与えた影響は、日米合同委員会での合意(国が、 横田基地の夜間・早朝の飛行制限を提案した結果、同委員会は緊 急時を除き午後10時から午前6時までの飛行制限を合意)がなさ れたことであり、重要な成果であった。訴訟の法形成機能、救済 形成機能からすれば、民事訴訟をすべからく不適法とすべきでは ない。(「判例評論422号」211頁下段) この説は、国に対する差止請求権の根拠づけは、1.米国の責 任を肩代わりしての差止責任(代位的差止責任)としての側面と、 2.妨害状態の惹起者としての自己責任に対する差止責任、との 二つの面から行っているのであろうか。 差止責任の内容を、判決の実体的な履行強制が困難であること から、従来、和解などにみられた訴訟の法形成機能などに期待し て、交渉義務の確認にとどめている点に特徴がある。様々な問題 点があろうが、交渉義務の存在を裁判所が認めることには、大き な意味があろう。放置できない被害が生じていることを裁判所が 認めることは、住民の国に対する運動の上では大きな意味があろ う。 国の責任は実質的には、結局は、国が、基地を提供し、基地維 持に多くの便宜を行っている国と米国との関わりに根拠があるの であり、これを評価しうるような差止めの根拠づけが必要である。 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討Ⅲ 五七 -64-
この関係の中で国に差止義務が生じ、その内容が外交交渉義務 となることの一貫した説明が必要である。 沖大法学第二十一号 (3)共同不法行為説 加藤雅信「航空機騒音と横田基地訴訟判決」(法学教室87号)は、 国に共同不法行為の輔助者(719条2項)の賠償責任を差止について も同様に考える余地があるとする。 「借主が民事上違法とされる騒音をだすことを熟知した上で、貸主が ヘリポート用に土地を貸す、或いは工場用に建物を貸した場合に、貸 主は騒音被害者に対して全く責任を負わないものだろうか。」という 設例を考えると、不法行為による賠償のみならず差止責任が課せられ るべき事案とする。(「法学教室87号」85頁) 短い論孜なので、主張の全体像はつかめないが、いたずらに解釈技 術に逃げ込んで差止を否定するのではなく、素直に民事的な関係にで きるだけ引き戻して、差止めの判断を行おうとするものであろう。共 同不法行為の適用を示唆したのは重要である。これまでそのような検 討が無かったのは、横田控訴審判決と同じように、差止の根拠として 不法行為は認められないという前提があったからであろう。 基地差止訴訟で問題になるところの複数の関与者がいて、それぞれ の関与の態様の異なる場合の責任態様如何という問題などは、共同不 法行為のフィルターを通して見る方が、責任の構造を明らかにしやす く、交渉義務を導きだしやすいのではなかろうか。物権的請求権の相 手方要件論は、複数の関与者の関係を問題する視点はあまりないので はなかろうか。交渉義務は、曰本と米国の特別な法状態の中から生ず べき義務である。 五 六 -65-
(4)小括 基地の存在が高度の政治的判断に基づくものであり、これにより、 地域住民に集中的に負担が生じているとき、少しでもその負担を軽減 しようとする努力が、国の行政、司法、立法の各機関に求められる働 きであろう。 高度の政治的要請に基づき、住民は、極めて重い負担を集中的に負 うわけであるから、これに対応して、基地提供を最終的に決定した国 は、これに見合った高度な責任を負う。外交交渉など様々な場で折衝 を行って、被害を軽減させる努力が当然、基地周辺住民にのみ過度な 負担を負わせることに見合った責任である。 基地被害の解決が長い間、未解決のままおかれているとき、また、 国家的な理由により、住民が米国を訴訟当事者として訴えることがで きないとき、国の法的責任が問われてくるのは、当然である。 また、責任は、本来的には、国と米国の連帯的な責任として負わな ければならないものであるが、国際法的な慣行として国家間の信義と して主権免除が認められているとすれば、これによる不利益も、一方 的に被害者にのみ受忍させることは妥当ではない。このような米国と 国の侵害行為の共同性があること、それにもかかわらず米国が訴訟当 事者になり得ないことを踏まえた上で、国の侵害排除義務(差止義務) を構成しなければならない。 米国と国との侵害の共同性については、共同不法行為理論で積み重 ねられた議論を参考にすべきであろう。米国と曰本国は、基地の設置、 運用につき、密接に関連しあって行為し、日本国は、基地の存在によっ て利益を得ているのであるから、両者には強い関連共同性がある。損 害賠償なら連帯債務となるが、本件のごとく、直接行為者と間接行為 者とがいる重層的な共同性がある場合にはどのような責任の構造にな るのであろうか。このような場合で、直接行為者に対する訴え提起が 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討Ⅲ 五五 -66-
許されていないときは、行為者間の関連共同性に見合った責任内容が、 間接行為者に課せられることになろう。通常であれば、間接行為者の 行為自体を差止めることが要求されることになろう。だが、直接行為 者と間接行為者との関係が条約上の義務履行であるとか、外交上の特 別な配慮に基づく関係によって行はれているときは、間接行為を裁判 所が差止めることは困難であろう。このことから、間接行為者として の立場を利して、なんらかの手段で直接行為者の侵害行為を抑制する ということが義務として設定されなければならないであろう。 沖大法学第二十一号 (注1)米国に対して差止めと損害賠償を請求しようとするものであ る。1996年4月10日に横田基地周辺住民は、直接米国に対し、早朝夜 間の飛行差止めと損害賠償を求める訴訟を提起した。米国は応訴しな かったので、東京地裁八王子支部は、応訴しない限り裁判権は及ばな いとして、請求を却下した。この問題については、片桐善衛「基地公 害訴訟論一新横田基地訴訟(横田基地夜間飛行差止等請求事件)」 (法政研究1巻2.3.4号、1997年)参照。 (注2)横田基地の飛行制限は、東京高裁の和解勧告を受けた後、曰 米合同委員会において、緊急時の除き午後10時から午前6時までの間 で合意した。嘉手納協定は、時間的にはともかく、「可能な場合」な ど例外を許容する文言が見られる。飛行高度は、厚木基地は500メー トル以上、横田基地は600メートル以上に制限されているという。原 告控訴審最終準備書面579頁参照。 (注3)横田訴審判決以前は、下級審の多くの判決は、差止請求を却 下してきた。その理由を分類すると以下のようになるという。(大塚 直「厚木基地第1次、横田基地第1、2次訴訟最高裁判決について」 ジュリスト1026号、58頁、1993年7月) 1.国に米軍機の離着陸等に直接に規制を加えることを求めることは 五四 -67-
・国は被告適格を欠くとするもの(横田1,2次一審、二審、横田 3次) ・国に法的不能をしいるとするもの(厚木1,2次1、二審、小松) ・わが国の民事裁判権が及ばないとするもの(横田1,2次一審、 厚木1次-,二審、厚木2次) 2.合衆国との外交交渉等を国に義務づけるのであれば ・外交交渉は統治行為ないし政治問題であり、三権分立の建前に反 するするもの(横田1,2次一審、福岡-,二審、小松、厚木2 次) .行政上の義務づけ訴訟となり、民事訴訟では許されないとするも の(厚木1次-,二審、福岡-,二審、横田3次) .義務づけの内容が一義的に明白ではないとするもの(厚木11欠一, 二審) (注4)横田一審判決は、「本件差止請求は結局において、被告に対 し曰米合同委員会における協議ないしは米国政府との外交交渉を義務 づける行政上の義務づけ訴訟に帰すろといわざるを得ないのであるが、 かかる行政上の義務づけ訴訟は法律上成立する余地がない。けだし、 米軍に対する軍事施設の提供がわが国の安全と極東における国際の平 和及び安全を維持するという高度の政治目的を有することにかんがみ れば、被告において米軍に提供された軍事施設の管理運営ないし米軍 の活動に対する制約制限を求める行為に出るべきか否かは、それが新 安保条約の目的遂行に対しいかなる影響をもたらすものであるかの考 慮のもとに、わが国をめぐる国際情勢はもとより、国内の政治・経済・ 社会事情を総合勘案して決定すべき高度の政治問題であり、被告の統 治権の発動たる性質を有するもので刷るとして、裁判所の判断にな じまないものとした。結局、国に対し、米軍の飛行場の管理運営を制 約したり、米軍機の活動を制約することを請求するような行為に出る 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討Ⅲ 五 -68-
ことを、求める積極的給付の訴えは、不適法な訴えとしている。(判 例時報1008号52頁4段) (注5)横田最高裁判決は、この1と3を区別せず、-審原告の主張 を全体的に棄却している。 (注6)判決の不法行為による差止請求権の否定は、不当である。権 利説が不法行為説を否定する論理を取り違えているし、不法行為説の 当否は、より慎重な検討を要することである。横田訴訟事件では、不 法行為法的な実体を備えた侵害が存在するが、これに対し、どのよう な法的構成一権利説か不法行為説か-で対処するかということで争い があり、不法行為説は少数である。だが、不法行為の実体を備えた侵 害行為に、損害賠償と差止めが認められることは当然であろう。加藤 雅信「航空機騒音と横田基地訴訟判決」(法学教室87号、85頁、1987 年12月)参照。なお、不法行為説については、拙稿「公害差止の法的 構成について」(早大大学院「法研論集」23号、1984年)参照。 (注7)横田控訴審訴訟原告側最終準備書面では、次のように理論展 開されている。 国はその支配する事実によって、侵害状態を生ぜしめている者に該 当する、として人格権による妨害排除請求権の相手方ともなるし、 「被告国は米軍とともに侵害行為の共同行為者である」とする。飛行 場の設置し米軍に提供し、自由に使用させ、さらには基地を拡幅し、 大型ジェット機の就航を可能にするなどの設置・管理行為が、原告ら に対する侵害行為になるとするものである。(判例時報1245号、134 頁4段) (注8)横田控訴審判決は、物権的請求権行使の相手方の要件「その 者の支配に属する事実によって物権の侵害状態を生ぜしめている者」 に、国も該当するとの原告主張につき、これに該当する事例を自ら設 例して批判している。「第三者がA地の土砂を取ったため隣地のB地 沖大法学第二十一号 五 -69-
が崩壊しかかったときにおけるA地の所有者を指す」とし、その請求 内容は、直接の侵害行為の排除(予防)であるとする。 また、判決は、物権的妨害排除請求権の行使は、直接物権侵害の相 手方に請求を行うべきであり、第三者が加害者と契約関係にありその 契約の存在が加害の一因をなしているとしても、その第三者に対して 加害者との契約関係の解消を請求するというような権利を認めること は救済方法としては間接的で不十分であるから、不必要であるとして いる。設例として、「隣家の所謂カラオケ騒音や工場騒音が耐え難い とき、被害者のためには隣家の住人に向かってカラオケ騒音等の停止 を請求する権利を認めれば十分であり、隣家が借家の場合その賃貸人 に向かって賃借人である隣家の住人に対して立退を要求するよう請求 する権利や電力会社に向かって隣家の電力を停止するよう請求する権 利を認めることは許されない」としている。これは、原告の求める請 求を評価するのにふさわしくない事例である。 (注9)横田控訴審判決に触発されて、民事的関係に類比させながら、 基地騒音差止めの法的構成を考えるとどのようになるのか。 淡路剛久は、「基地のような場合、基地の利用の仕方が悪くて崖崩 れが起こりそうだというような場合に、近隣の土地所有者が国に対し て、請求するということがあり得る」。そして、これを人格権に拡張 して、本件の加害状態を、横田飛行場の欠陥状態から捉え、「基地と して使うというのは、不断に朝から夜まで飛ぶ状態という利用が予定 されていて、たとえばそういう空港として使うには狭すぎるという、 つまり物理的に欠陥があるというようにとらえた場合、いまの物権的 請求権の類推から、人格権に基づいて・・・そういう施設のもともと の所有者である国に人格権という客観的権利、排他的権利に対応した 被告適格として、国に対応を求めることが不可能かなという気もなく はないわけです。」とする。(鼎談(淡路剛久・阿部泰陸・森島昭 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討⑪ 五 -70-
夫)「横田基地騒音公害控訴審判決」ジュリスト895号、36頁2段、 1987年10月))また、ロックコンサートの騒音につき、隣人は、賃貸 人である会場所有者に差止め請求をできるかという設例が検討されて、 一定以上の音量を出さないように請求することが可能であるとする。 (同38頁) (注10)原告準備書面を紹介する。 沖大法学第二十一号 一審原告最終準備書面の構成と要点は次のとおり。 「四章差止の必要性 第一人格権、環境権および平和的生存権 第二差止請求の適法性を認めるのは確立した判例である 1大阪空港訴訟控訴審判決 2小松基地訴訟判決 第三差止を認めなければならない甚大な被害 第四差止請求の適法性について -横田基地訴訟判決等にみられる考え方 二提供者としての差止義務 1,国は提供者として差止めの相手方たりうる 2,学説上も、国は差止めの相手方たりうる 本件国の責任は、『人口の密集した住宅地の真ん中にカラオケパー を設置し、これを第三者に賃貸した家主のケースに類似している』と し、夜間のカラオケ騒音に苦しむ住民は営業を行う者のみならず、併 せて、家主にも差止を求めることができる。学説では、好美説がこの 趣旨を述べている。(「注釈民法(6)」89頁)。したがって、基地 内部の管理権がなくとも国に差止請求の被告適格が認められる。 3,アメリカを被告にできない 国を差止請求の相手方とすることは、『本件のようにアメリカを被 五○ -71-
告にできない場合には、国を被告にする必要性、合理性はより一層強 い。』 4,民事特別法の趣旨 『米軍の違法行為につき国に責任を負わせている民特法の趣旨から も、国は米軍の嘉手納基地での夜間飛行を禁止し、原告らの人格権が 侵害される状態を是正すべき義務があると考えられる。』 三安保条約に基づく差止義務 1安保条約上、被告は米軍に夜間飛行の差止めを請求しうる 2差止めを求めることが容易かつ可能であること 『国が米軍の夜間飛行を止めさせるための手段、方法は、被告国が 選択し、適当な方法を実施すればよいのであり、原告はそれを特定す る義務を負わない。/米軍の夜間飛行をさせないように国に命じた差 止判決が言い渡されれば、国は曰米合同委員会の場等で曰本国内の法 令の遵守、判決の実施をアメリカ側に求めることになろう。』 3米軍にとっては差止めの実現は容易かつ可能であること 4差止めを請求するのは、行政権の発動を求めることになるのか 「米軍の夜間飛行を止めさせるために、国が外交交渉によるか合同 委員会の開催を求めるか等は国の判決履行方法の選択の問題であり、 本件訴訟では問うところではない。本件差止請求は、被告の特定の行 政処分を求める義務づけ訴訟ではなく、私権を侵害された原告が被告 に一定の作為(妨害の排除)を求める私法上の訴えであり、適法であ る。 5差止請求の特定性について」 嘉手納米軍基地騒音訴訟判決の検討Ⅲ 四九 原告控訴審最終準備書面における差止請求の構成は次のようである。 「第1米軍機の飛行差止めの必要性 1差止め判断に必要な視点 -72-
2深刻な健康被害状況 3改善されない騒音状況 4基地撤去、基地公害除去は県民全体の願いである 5小結 第2原判決および横田・厚木基地最高裁判決批判 沖大法学第二十一号 1司法の任務放棄は許されない 2曰米安保条約等の解釈の誤り 第3差止め請求に関する結語」 四八 -73-