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社会学部紀要 135号/8.安田賞(河西)

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(1)

<(安田賞) 受賞論文> 精神障害の親をもつ「ヤング ケアラー」の語りにみる社会的排除 : 「ケアする 存在」と「ケアされる存在」のはざまで

著者 河西 優

雑誌名 関西学院大学社会学部紀要

号 135

ページ 129‑208

発行年 2020‑10‑31

URL http://hdl.handle.net/10236/00029137

(2)

目次

1.「ヤングケアラー」のもつ二面性と社会的排除 1.1 家族福祉の限界のなかで出現している「ヤング

ケアラー」

1.2 「子ども」であり「ケアラー」でもあるという 二面性と社会的排除

1.3 社会的に排除され、家族福祉からも排除される 精神障害者

2.社会的背景 2.1 家族福祉の限界

2.2 社会的な理由から長期入院する精神障害者 3.先行研究の批判的検討

3.1 「当事者」でもあり「介護者」でもある「ヤン グケアラー」

3.2 福祉学的研究の検討 3.3 社会学的研究の検討

3.3.1 子どもの「ケアする権利」は妥当なものか?

3.3.2 現代社会で排除される「ケアする子ども」

3.3.3 隠れた「ヤングケアラー」を「社会的排除」

の枠組みで捉え、可視化させる

3.4 経済、法、政治の領域において自ら声を上げに くい立場である「子ども」

4.対象

4.1 「子どもの会B」について 4.2 調査スケジュール 5.方法

6.本論

6.1 ケースレポート

6.1.1 「周囲に対して『取り繕って た』」──Aさ

ん(30代、男性、関東出身)

6.1.2 「母 と2人 の 生 活 を『守 ら な き ゃ』」──B さん(30代、女性、関西出身)

6.1.3 「『き ち ん と で き な い 母』が 恥 ず か し い」

──Cさん(20代、女性、関東出身)

6.2 テーマ別分析

6.2.1 ケアを担うなかで抱える「ケアラー」とし

ての生きづらさについて

6.2.2 病気の親との関係における「子ども」とし

ての生きづらさについて

6.2.3 子自身の抱える生きづらさについて

6.2.4 親の病気やケア役割に対する子の認識につ

いて

6.2.5 家族について

6.2.6 周囲の人々について

6.2.7 医療・福祉・学校教育について

7.結論

7.1 まとめ

7.2 課題と展望 8.参考文献 9.付録

9.1 情報提供シート

9.2 研究計画および調査倫理に関して

1.「ヤングケアラー」のもつ二面性と社

会的排除

本研究の主題は、精神障害の親をケアする子 の、「子ども」として、また「ケアラー」として の生きづらさの経験についての語りを通して、彼 らがどのような生きづらさを抱え、また社会にお いていかに排除されているかという社会的排除の しくみについて探求することである。

1.1 家族福祉の限界のなかで出現している「ヤ ングケアラー」

昨今、ケアする子ども・若者の存在が「ヤング ケアラー」という言葉を用いて問題視されてい る。「ヤングケアラー」とは、日本ケアラー連盟 のヤングケアラープロジェクトによれば、「家族 にケアを要する人がいる場合に、大人が担うよう なケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介 護、感情面のサポートなどを行っている、18歳

(安田賞)受賞論文

精神障害の親をもつ「ヤングケアラー」の語りにみる社会的排除:

「ケアする存在」と「ケアされる存在」のはざまで

河 西 優

**

October 2020 ― 129 ―

(3)

未満の子ども」(日本ケアラー連盟2018)と定義 されている。また、「若者ケアラー」は18歳〜30 歳代までのケアラーが想定されている(日本ケア

ラー連盟2018)。この定義では「ヤングケアラ

ー」は18歳未満の 子 ど も で あ る が、こ こ で は

「若者ケアラー」も含めての広義としての「ヤン グケアラー」を用いる1)。「ヤングケアラー」は 1980年代末からイギリスにおいて問題視されて きたが、日本においてクローズアップされてきた のはごく最近のことである。松崎実穂によれば、

「ヤングケアラー」がメディアやイベントを通じ て本格的に社会問題としてクローズアップされ始 めたのは2014年2月に入ってからである(松崎 2015 : 187-188)。2018年5月には一般に読みやす い新書の形で、澁谷智子の『ヤングケアラー──

介護を担う子ども・若者の現実』(2018)が出版 された。

こうした「ヤングケアラー」は、「子ども」と いう「ケアされる存在」でありながらも、「ケア ラー」という「ケアする存在」でもあるという二 面性をもっている。

なぜ、子どもや若者がケアの担い手になってい るのだろうか。それは、社会や家族のかたちが変 化してきたことによって、福祉を担うセーフティ ネットとしての家庭の機能が低下してきたからで ある。「ヤングケアラー」について研究している 澁谷によれば、平均寿命が延びたり、雇用の不安 定化などによって若者が完全に親から独立できる 年齢が押し上げられたりと、社会経済が変化した ことで、誰しもがケアを経験する時代になったに もかかわらず、共働き家庭やひとり親家庭の増加 にみることができるように家庭内では人員的にも 時間的にも余裕がなくなっており、そうした中で 必然的に起こる家庭内でのケアの分担に子どもが 組み込まれやすい状況となっているのである(澁 谷2018 : 6-14)。

そんな「ヤングケアラー」は、ケア役割を担う ことで学校生活や進路や友だちとの遊びといった 自身の生活、また自身の健康に支障をきたしてお

り、生きづらさを抱えていることが明らかにされ ている。たとえばそれは澁谷の『ヤングケアラー

──介護を担う子ども・若者の現実』(2018)の なかでの「ヤングケアラー」の体験にみることが できる。以下は、16歳〜20歳の5年間、祖母の 身の回りの世話を中心にケアを担ったBさんの 体験である。

祖母を一人で置いておくのが怖くて、Bさ んが学校を休んで家で祖母を見た。そのた め、Bさんの出席はギリギリだった(澁谷 2018 : 96)。だんだん疲れてきて、睡眠もと れないし、遊びにも行けないし、年相応にお しゃれもできない。そういう気持ちにもなら ないし、時間もなかった(澁谷2018 : 99)。

このように、子どもは自身の生活や健康に支障 をきたしており、ケア役割を担うことで生じる生 きづらさを抱えているのである。

セーフティネットとして機能しなくなった家庭 において、家族関係やケアラー自身の生活などに 問題が生じるということはこれまでの研究により 明らかにされている。たとえば春日キスヨは「変 わる家族と介護」(2010)で、高度経済成長期の、

子どもが4人以上、息子家族と同居、嫁による介 護といった家族の福祉を基盤とする制度が、1990 年代以降の家族の変容に対応しきれなくなり、そ の結果様々な家族問題が生じているさまを描いて いる(春日2010 : 3-12)。つまり、セーフティネ ットとしての家庭の機能が低下してきたにもかか わらず、高度経済成長期の家族の福祉を基盤とす る制度が現行しているために、様々な家族問題が 生じているのである。ケアする子どもについても このような問題として捉えられる。

しかし、ここで留意すべき点がある。それはセ ーフティネットとして機能が低下した家庭内で家 族関係や自身の生活に様々な問題が生じるとき、

ケアをしている子どもに生じる問題は、子どもの もつ権利の侵害となっている可能性があるという ことである。その子どもがもつ権利とは、ケアさ れる権利である。たとえばそれは、「児童の権利

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1)澁谷は、「ヤングケアラー──介護を担う子ども・若者の現実」(2018)において、そのタイトルにみられるよう に、「子ども」「若者」を含めた広義の意味で「ヤングケアラー」という語を用いている。また、広義の意味で

「ヤングケアラー」を用いる際の注意点としてとしては、子どもと若者とでケアの責任や管轄する機関・財源が 変わることが挙げられる(澁谷2018 : 21-24)。

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に関する条約(子どもの権利条約)」にみること ができる。この条約では、18歳未満の子どもの、

①生存、②発達、③保護、④参加と大きく4つに わけての権利が定められている(日本ユニセフ協 会2018)。このように子どもは育ち保護される存 在だとすると、子どもがケアラーとなることで自 身の生活や健康に支障をきたし生きづらさを抱え るということは、子どもとしての権利が侵害され ているのだといえる。つまり、ケアする子どもは 子どもとしての権利を守られることなく「ケアラ ー」としてケア関係に組み込まれているのであ る。

1.2 「子ども」であり「ケアラー」でもあるとい う二面性と社会的排除

このことについては、上野千鶴子の「ケアの社 会学──当事者主権の福祉社会へ」(2011)を批 判的に見ることで明らかにすることができる。上 野によれば、「当事者ニーズが第一次的なニーズ であるのに対し、介護者のニーズはあくまで当事 者ニーズがあるからこそ発生した二次的なニー ズ」(上野2011 : 73)であり、当事者と介護者は 区別されている。

しかし、ケアを担う子どもはこの区別では捉え きれない存在である。なぜなら、ケアを担う子ど もは一次的なニーズをもつ「子ども」であり、ま た二次的なニーズをもつ「ケアラー」でもあると いう二面性をもった存在だからだ。この上野に対 する批判については後に詳述する。

これまでの「ヤングケアラー」研究は、ケアす る子どものもつ生きづらさを明らかにすること で、現代社会において彼らのもつ二面性が想定さ れていないことやケアに対して偏った見方がある こと、それゆえケアする子どもは社会的に排除さ れていることを明らかにした。

澁谷によれば、介護者支援の議論のなかでは介 護者=中高年以上の者が想定されており、子ども 家庭福祉においても貧困や虐待への関心の一方で ケアを行う子どもの存在が焦点化されていないと いう(澁谷2012 : 3)。実際に、厚生労働省によ

る平成29年度「家族介護者支援マニュアル」を みてみると、「ヤングケアラー」への支援の視点 も組み込まれてはいるが、支援については「ヤン グケアラー」以外の家族介護者も含めて枠組みの 段階にとどまっているため、具体的な方法などに ついては今後も検討する余地があるといえる(厚 生労働省2018)。また、他のケアラーに比べて自 らこうした情報にアクセスしにくい状況にある子 どもは、制度的に包摂されにくい状況にあるとい える。

これまでのこうした研究は、潜在化していたケ アする子どもの生きづらさを「ヤングケアラー」

という枠組みで捉えることによって、社会的な問 題として提起することを可能にした点で意義があ るといえる。だが同時に、それはあくまで研究者 によって一方的に付与された「名」であり、当事 者を含めた社会の共通認識として広まっているも のではない。

こうしたことをふまえて、本研究では、「ヤン グケアラー」の生きづらさがいかに社会問題とし てみえてこないのかということを考えてみたい。

そしてその際、「社会的排除」という概念を手が かりとしたいと思う。

「社会的排除」という概念については、たとえ ば岩田正美がつぎのように整理している。それ は、1980年代以降のグローバリゼーションとポ スト工業社会への変貌のなかでうまれた概念であ り、従来の福祉国家で対処されてきた「労働者の 貧困」などの特定の社会階級や集団の問題に収ま らないような、潜在化したさまざまな社会的不利 を複合的にとらえた概念である(岩田2008)。岩 田はこの概念の特徴をいくつか挙げているが2)、 筆者がなかでも取り上げたいのが『「参加」の欠 如』(岩田2008 : 22)である。岩田によれば、以 下のとおりである。

社会的排除という言葉は、それが行われる ことが普通であるとか望ましいと考えられる ような社会の諸活動への「参加」の欠如をス トレートに表現したものである。別の言い方 をすると、社会関係が危うくなったり、とき

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2)岩田によれば、つぎの5点がある。それは、①「参加」の欠如、②「原子化・個別化」された複合的な不利、③ 排除の主体を含んだプロセスとしての排除、④ジェントリフィケーションと地域移動を含んだ空間的排除、⑤

「古い福祉国家」の制度からの排除である(岩田2008 : 20-32)。

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には関係から切断されている、ということで ある。……関係の欠如は、同時に声やパワー の欠落でもあるといわれる……声やパワーの 発揮が可能であるような社会関係をほとんど もてない状況が、排除として問題にされるこ とになる(岩田2008 : 22-23)。

すなわち「社会的排除」は、社会的に不利な状 態におかれているにもかかわらず、そうした不利 を含めて自らの意思を表示できるような社会関係 をもつことができない人々の状態をさすのであ り、それゆえに潜在化した社会的不利を表面化さ せるための有効な概念だといえる。

こうした点は、「ヤングケアラー」にもあては まることである。「ヤングケアラー」とされる 人々も、自らが社会的に不利な状態におかれてい るにもかかわらず、なんらかの事情からその生き づらさを表面化させることができないでいるとい う点で、社会的に排除されている。したがって、

彼らの生きづらさを「社会的排除」という概念で とらえることは、それがいかに社会において潜在 化しているのかを問うことを可能とし、「ヤング ケアラー」の本質的な問題を可視化させる点で意 義があるといえる。

それでは、その本質的な問題とはどのようなも のであるか。

その問題をみていく際に、まずは、「ケアする 子ども」を「ヤングケアラー」として名づけるこ との現代的意義について確認したい。簡単に言う と、その意義とは「ケアする子ども」を「子ど も」の社会的排除の問題としてみることを可能に する点である。現代社会において「子ども」とい う存在は「ケアされる主体」だとされており、そ してそれゆえに「ケアする主体」である彼らは

「子ども」でありながらもそうした社会から排除 されているのである。この点については、フィリ ップ・アリエスの「〈子供〉の誕生──アンシァ ン・レジーム期の子供と家族生活」(1980)を参 照しながら後に詳述することとする。すなわち

「ヤングケアラー」の問題は、より深くみていく と「ケアする『子ども』」の社会的排除の問題で もあるのだ。

以上のことをふまえて本研究では、「ヤングケ アラー」のもつ「子ども」であり「ケアラー」で

もあるという二面性に注意を払いながら、彼らの 生きづらさの経験の語りを通して、どのような生 きづらさがあり、またそれがいかにみえなくなっ ているのかという社会的排除のしくみについて探 求することを課題とする。

結論からいうと、彼らは「子ども」であり「ケ アラー」でもあるという生きづらさを抱えながら も、そのどちらの生きづらさにおいても社会で声 をあげられない存在として社会的に排除されてい る。

まず、彼らの生きづらさに注目すると、「ケア ラー」としては家事や「感情的な」親へのケアな どの重いケア責任がある。また「子ども」として は、「母親」や「父親」に対して「ケアされる主 体」としてのニーズを表明するも、それが満たさ れないままに複雑な「自立」へと駆り立てられて いくことがある。こうした生きづらさは、彼ら自 身の特性やアイデンティティ、親との関係などに も長期的な影響を及ぼし続けている。

だが、そのような生きづらさを抱える彼らの存 在は社会にはみえていない。そのことの大きな要 因の一つとして、彼らが自身のもつ二面性のどち らにおいても「当事者」になれないことがある。

そしてその背後には、さまざまな社会的要因によ って、彼らが「当事者」としてのニーズを表面化 させられるような社会関係をもてないことがあ る。

まず、「ケアラー」としての側面に注目すると、

彼らのケア経験は「当たり前」で個人的なものと して捉えられ、社会的な責任に還元できるものだ と思われていない。その背後には、社会的なステ ィグマや病気・障害への無理解、「自然」なもの としての性別役割分業などがある。

そして、「子ども」としての側面に注目すると、

彼らが「自立」の過程で自らのニーズを抑え込ん でしまうが、それだけでなく、彼らを取り巻く

「大人」の権力によってもニーズを抑え込まれて しまっている。そしてそこには、社会において

「子ども」が「責任主体たれない」とされている ことがある。

こうしたことから、今後の課題となる社会的包 摂に向けては、彼らの個人的問題を社会的な問題 へと広げていくために、「子ども」としても「ケ

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アラー」としても「ニーズ」をひきだすような社 会関係をつくっていくことが求められる。その 際、「ケア」や「病気」「障害」など以外にも彼ら の経験を語る枠組みを増やしていくことが求めら れると同時に、彼らをとりまく「大人」が「子ど も」に対してもつ権力性に自覚的になる必要があ る。

1.3 社会的に排除され、家族福祉からも排除さ れる精神障害者

調査は、精神障害者の親をケアする子どもの立 場である4名を対象に、半構造化インタビューに よって行われた。

今回、精神障害を対象とした背景には、筆者自 身の実体験がある。筆者は統合失調症の母親をも ち、これまでそのケアを担ってきた「ヤングケア ラー」の当事者である。ケアは筆者が小学校高学 年の頃に始まり、大学生である現在まで約10年 にわたって続いている。

母親は2度の長期入院を経験し、現在は母方の 実家にてケアや経済的なサポートをうけている。

ケアの担い手はキーパーソンである祖母を中心 に3)、祖父、叔父(母の弟)、叔母(母の妹)、筆 者の5人である。ちなみに、父は母と離婚こそし ていないものの、夫婦間の不仲から約15年にわ たって別居しており、現在父は経済的なサポート のみを行っている。このように、母のケアやサポ ートにかんしては、それぞれ担う内容や程度の差 はあるものの、分担できているといえる。

「子ども」の立場である筆者も、母親と同様に この全員からのケアやサポートをうけているが、

なかでも母方の家族の存在に救われているよう に思う。救われているというのは、母方の実家 で暮らすことにより、自身の生活に割くことので きる時間を多くもてるようになったからである。

それまでは、幼い頃の両親の別居をきっかけに病 気の母親と二人で暮らし続け、そのケアによって

自身の生活を思うように送ることができなかっ た4)

筆者が母方の実家に住むようになったのは、中 学を卒業してからである。そのきっかけは、母方 の家族の協力によって母の入院が決定したことだ った。筆者にとって中学時代は、病状の悪化した 母と二人きりで過ごした、人生で最も「地獄」の 日々であった。その当時は、訳のわからない独り 言を言う母の様子をみて、その理解のできなさに 抵抗を感じ、自らが不安定な感情であり続けた。

また、家事をすることができなくなった母のもと でいわゆる「ネグレクト」のような状態におかれ ていたと同時に、必要以上に周囲を警戒する母か ら行動のすべてを「監視」され、「自由」を制限 され続けていた。いつまでそんな日々が続くのか わからない絶望のなか、周囲の大人の誰かが自ら を救い出してくれることを待つしかなかった。だ が、そんななか、筆者は電話を通じて母方の祖母 や叔母にそうした辛さをたびたび打ち明けてい た。この二人とは筆者が幼い頃より日常的に交流 していたため、話しやすかったのだ。そして、そ うした母方の家族へのこまめな連絡が、結果的に 母の入院へとつながったのだった。この入院をき っかけに、筆者は母方の実家へと移り住むことと なり、中学卒業以後、母の拘束から「解放」され て自らの行動の「自由」を手にすることができ た。

だが、そのような「解放」の後にも時々思うこ とがある。それは、「もしあの時に連絡していな ければ」、「連絡をしていても母を入院させること ができなければ」、「そもそも母方の家族との交流 もなければ」などと「最悪の状態」を想定するこ とである。それはすなわち、筆者の場合には、母 方の家族の存在が母の入院や「子ども」である自 らの生活の保障につながったといえるが、そうで なければ母子ともに孤立した状態におかれていた ままだったのではないかということだ。

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3)実のところ、祖母はケアをしてくれるという意味で筆者にとって「母」のような存在であった。だが、そんな祖 母は残念ながら今年の春に急逝してしまったため、筆者にとって「母」がいなくなったと同時に、母の今後のケ ア体制にも変化が起きていくことが予想される。

4)筆者は一人っ子であり、一人でケアを担わざるを得なかった。ただし、きょうだいがいるからといって、必ずし もケアを分担することができるとは限らない。たとえばそれは、後のケースレポートにおけるCさんの体験に みることができる。

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家族の病気や障害によって結果的に子どもが抱 えることになる生きづらさは、「虐待」や「ネグ レクト」などの言葉ではとらえられず、周囲によ って「問題」として扱われなければいつまでも見 過ごされたままではないだろうか。本研究では、

「ヤングケアラー」という言葉によってそうした 子どもの状態を問題化しているが、当事者も含 め、社会において未だその名は知られていない。

筆者は一昨年、澁谷の著(2018)との偶然的な出 会いにより「ヤングケアラー」という言葉を知る こととなったが、それまでは自らの状態に社会的 な「名」が与えられるとは思いもよらなかった。

なぜなら、ただ不安定な親のそばにいること自体 が「感情面でのケア」だといえるとは思ってもみ なかったからである。精神障害の場合には、意図 的なケアを行わずとも、ただ一緒に生活するなか で声をかけたり話をきいて感情をうけとめたりす ることが結果的にケアになることもあるために、

余計にそのケアを担う人々は「ケアラー」として の自覚を持ちにくいように思う。筆者の場合、そ の「名」は知らずとも、たまたま母方の家族によ って救われることとなった。だが、「名」が知ら れていないなかで、そうした子どもの状態を「問 題だ」として彼らを救い出す大人がいない場合は どうだろうか。

筆者はこうした問題意識から、他の当事者の経 験を知りたいと思い、本研究のテーマ設定をする に至った。そして、本格的に研究に取り組む前 に、まずは当事者として同じような立場におかれ た人々と出会ってみたいと思い、「子どもの会B」

という自助グループに足を運ぶこととなったので ある。当会に参加してまず驚いたのは、その経験 の多様さであった。一口に「ヤングケアラー」と いう言葉で括ることのできないこれらの経験を、

会で語りあうことによってだけでなく、密な個人 とのやり取りを通してより深く知りたいと思うよ うになった。そしてこうした筆者の思いを当会の 世話役や幹部、参加者に伝えたところ、彼らから の共感と協力を得られ、インタビュー調査の実現 に至ったのである。

親のもつ病気・障害のなかでも精神障害を対象 とした背景にはこうした筆者の実体験があるが、

そこから敷衍していえるのは、以下のような社会 に共通する問題である。

第一には、精神障害が長らく社会において偏見

・差別や無理解の対象となっており、本人だけで なく、そのケアをする家族もまたそうしたスティ グマを内面化していることから、特に社会的に排 除されやすいことである。だが、精神障害はもは や五大疾病に含まれるほど一般的なものとなって おり、また新たに雇用義務の対象にも加わってい ることから、今後ますます社会的包摂が必要とさ れるといえる。こうした点において、今回、精神 障害者の社会的排除を探求することは意義がある といえる。

そして第二には、精神障害者の社会的入院の問 題があるいま、問題解消のための地域移行の方針 がとられており、そうした方針が限界を迎える家 族福祉とジレンマの関係にあることだ。このこと については2章で詳述しているが、このまま地域 移行の方針をとられ続けると、すでに限界を迎え ている家族福祉に更なる負担がかかり、子どもも またその負担の影響を被ってしまう恐れがあると いえる。こうしたことから、家族福祉の限界の一 例としてケアする子どもをとりあげることは、地 域移行の方針の見直しにつながる可能性があり、

意義があるといえる。

2.社会的背景

2.1 家族福祉の限界

「ヤングケアラー」について論じる前に、その 社会的背景である家族福祉の限界について述べて おきたい。

戦後の日本において、長らく人々の福祉を支え てきたのは「家族」と「企業」だった。国は、戦 後の焼け野原から立ち直るために経済政策を重点 的に行い、それによって高度経済成長が実現し た5)。またこの時期の福祉は、「標準家族」に基 づくものだった。それはすなわち、「夫はサラリ

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5)野田秀孝によれば、「1950年代は、第2次世界大戦の荒廃から抜け出し、1960年代の高度経済成長に向かって経 済優先の政策を推進する時期であった」(野田2009 : 148)とある。

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ー マ ン、妻 は 専 業 主 婦 の 核 家 族」(松 信2012 : 223)である。サラリーマンである夫は、働くこ とで家族を養えるだけの給料を受け取ることがで きたのであり、また、専業主婦である妻は、家庭 において子どもや夫の「ケア」することが「当た り前」になっていた。こうした妻による「ケア」

には、一家の「嫁」として夫の親の介護をするこ とも含まれていた6)。このように、高度経済成長 期の福祉は「家族」と「企業」から成り立ってい たのである。

だが、そのような福祉のあり方は、経済成長の 終わりとともにみられた経済や社会のさまざまな 変化によって限界を迎えることとなった。

ま ず、そ の き っ か け と し て 挙 げ ら れ る の が 1973年のオイルショックである。これをきっか けに日本経済は低成長期に入り、しだいに押し寄 せるグローバル化の波とともに1990年代からは 企業福祉の削減が行われた7)

そうしたなか、さまざまな社会の変化により、

家族福祉も限界を迎えることとなった。その大き な社会変化としてここで挙げたいのは、誰もがケ アやサポートを受けることが当たり前の時代にな ったことである。たとえば渋谷は、平均寿命・健 康寿命の延びや雇用の不安定化、若者の高学歴 化、晩婚化・未婚化などを例に、高齢者も若者も 問わず、誰しもがケアやサポートを受ける時代に なったことを指摘している(澁谷2018 : 6-7)。だ が、同時に家庭のケアの担い手は余裕をなくして いる。渋谷は、ひとり親家庭や共働き家庭の増加 など家族のあり方が変化してきたことによって、

家庭内でのケアは人員的にも時間的にも余裕をな

くしていることを指摘する(渋谷2018 : 7-12)。

こうしたことは、高度経済成長期にみられたよ うな「嫁」一人による介護の終わりをも意味して おり、そうした余裕のないケア分担のなかに誰か が組み込まれることをも意味する。つまり、新た なケアラーの出現である。そこには、これまでに ケアを担ってこなかった人々である男性(夫・息 子)や子どもなどが含まれている。

だが、家族による福祉は余裕をなくしている一 方で、制度の根幹にある考えは、依然として「家 族」を「福祉における含み資産」8)としてみなし ており、セーフティネットとしての家庭の機能を 自明視している9)

そして、このように変化する家族と変化しない 制度のもとで、新たなケアラーをめぐるさまざま な家族問題が生じている。こうした問題は2010 年代よりクローズアップされており、その例とし ては春日の『変わる家族と介護』(2010)や、平 山亮の『迫りくる「息子介護」の時代──28人 の現場から』(2014)などが挙げられる。本稿で 参考としている渋谷の『ヤングケアラー──介護 を担う子ども・若者の時代』(2018)もこうした 文脈に位置づけられるといえる。

2.2 社会的な理由から長期入院する精神障害者 前節では、家族福祉の限界についてみてきた が、それは今回対象とする精神障害者のケアにお いてもみられる問題である。ここでは、「社会的 入院」の問題について概観したいと思う。

わが国では、精神障害者の社会的入院が問題と なっている10)。「社会的入院」とは、加藤真規子

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6)この時代について春日は、『高度経済成長期の、子どもを4人以上持ち、結婚した息子夫婦と同居し、介護が必 要となれば嫁がそれを担うことを「あたりまえ」とする人が多かった時代』(春日2010 : 7)と表現している。

7)岩間暁子らによれば、「1990年代から始まった長期不況……そして経済のグローバル化による国際競争の激化を 背景に、企業はよりいっそうの労働コストの削減を迫られた」(岩間ほか2015 : 178)とある。これは、いわゆ る「就職氷河期世代」の問題とも関連している。

8)昭和53年版の「厚生白書」のなかにみられる言葉であり、高齢者福祉において家族介護者を自明視していると いえる(厚生労働省1978)。

9)春日によれば、「2000年に開始の介護保険制度でも、この点は、基本的に変わっていないと言えるだろう」(春 日2010 : 7)とある。

10)平成26年患者調査によると、「精神及び行動の障害」の推計入院患者数は全体の入院患者1318.8千人のうち

265.5千人とおよそ20% を占めており、傷病分類のなかで最も大きい数字である(厚生労働省 2014)。また平

成24年精神・障害保健課調の資料をもとにした推計では、平成23年の精神病床への新規入院者39.7万人のう ち1年未満で退院した者は34.6万人であるのに対して、平成24年時点で1年以上入院している者は19.7万人と なっている(厚生労働省 2014)。このように入院患者全体のなかでも精神疾患の患者は多く、しかも1年以上 の長期入院者が多いという現状がある。

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(9)

によると「医学的治療の観点からすでに入院の必 要がなく、在宅での療養が可能となっているにも かかわらず、偏見・差別や地域社会での受け入れ 先がないなど社会的な理由で退院できずに入院生 活を余儀なくされている状態」(加藤2017 : 66)

である。

こうした問題を受けて厚生労働省は、社会的入 院を解消させるための地域移行の方向性をうちだ した11)。しかし、この改革の成果はあまり芳しく ないものであり、依然として長期入院精神障害者 の地域移行は課題となっている12)

なぜ、精神障害者の社会的入院は解消されない のだろうか。その理由としては様々に検討される べきものがあるだろうが、ここではそのなかでも 特に、退院後の地域生活を支える家族が課題とな っていることに焦点をあてたいと思う。特定非営 利法人政策21は、岩手県における精神障害者の 地域移行支援の取り組みについて、県内の市町村 を対象にアンケート調査を行うことで、その成果 を評価し課題を明らかにした。そこでは、地域移 行・地域生活支援の課題はどういったものかとい うことに関して、①本人、②医療・福祉支援体制 等、③地域のそれぞれについて尋ねている。この うち、③地域の項目では「家族の受入や協力体 制」が88.0% で最も多く、ついで「患者家族の 高齢化」が72.0% となっており、地域のなかで も特に、退院後のケアを担うとされている家族に 関して課題だと感じられていることがわかる(特 定非営利法人政策21 2016)。

すなわち、現状では、退院後において家族を中 心とした地域でのケアが難しいといえる。だが、

それにもかかわらず社会的入院を解消させようと いう方針はとられ続けている。

このジレンマについてはさまざまに考えるべき ことがあるだろう。だが、一つ挙げるならば、こ のままそうした方針がとられ続けると、すでに限 界を迎えている家族に対してさらに負荷をかける ことになり、問題の噴出につながる可能性が懸念 されるということがある。

ここから、社会的入院を解消させるためには、

まず家族福祉の限界という問題をなんらかのかた ちで解消させなければならないといえるのではな いだろうか。本稿では、家族福祉の新たな担い手 である「ヤングケアラー」に焦点を当てるが、そ うしたことはこのような問題を考えるうえでも意 義のあることだといえる。

3.先行研究の批判的検討

本章では、ケアを論じた社会学の文献と「ヤン グケアラー」についての先行研究、そのなかでも 福祉学と社会学の文献の検討を行う。またそうす ることで、本研究において、①ケアする子どもの 問題を社会的なものと考え、②彼らの「子ども」

であり「ケアラー」であるという二面性と彼らの 生きづらさの経験を手がかりにして、その背後に ある社会的排除のしくみを探っていくということ について論じる。

3.1 「当事者」でもあり「介護者」でもある「ヤ ングケアラー」

はじめに、「ケア」について論じた上野の研究 を検討することで、本研究における対象について の理解を示したい。上野は、自身と中西正司の共 著『当事者主権』(2003)によって「誰が当事者 か?」という問いをめぐる「当事者インフレ」が

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11)平成16年の「精神保健医療福祉の改革ビジョン」である。ここでは、「入院医療中心から地域生活中心へ」とい うスローガンのもと、精神疾患に対する認知度をあげることによる国民意識の変革や、病院内での機能分化など による早期退院の促進といった精神医療体系の再編、市町村による相談支援や施設での就労自立支援などといっ た地域生活支援体系の再編の方向をとることが挙げられている。また10年後(2014年)を目標として、受入条 件が整えば退院可能な約7万人の解消が目指されている(厚生労働省2011)。

12)2014年に厚生労働省が発表した「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策の今後の方向性」では、

改革ビジョンに基づいて様々な施策を行った結果として、1年以上の長期入院精神障害者が約20万人と入院中 の精神障害者全体の約3分の2であることや、そのうち毎年約5万人が退院している一方で、新たに毎年約5万 人が1年以上の長期入院に移行していること、また減少傾向である長期入院精神障害者数のなかでも65歳以上 は増加傾向となっていることや死亡による退院が増加傾向となっているという現状が挙げられている(厚生労働 省2014)。

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引き起こされたこと13)に対して、「ケアの社会学

──当事者主権の福祉社会へ」(2011)のなかで 以下のように応えている。

上野によれば、「当事者ニーズが第一次的なニ ーズであるのに対し、介護者のニーズはあくまで 当事者ニーズがあるからこそ発生した二次的なニ ー ズ14)」(上 野2011 : 73)で あ り、「当 事 者」と

「介護者」は区別されるものとなっている。この 考えに従えば、「ケアラー」としての子どもは

「介護者」という二次的な存在となる。

しかし、ケアする子どもは、介護者(保護者)

によって保護される権利を持っているという点に おいて「当事者」でもないだろうか。たとえばそ れは、国連が1990年に発効し、日本が1994年に 批准した「児童の権利に関する条約(子どもの権 利条約)」にみることができる。この条約では、

18歳未満の子どもの、①生きる権利(生存)、② 育つ権利(発達)、③守られる権利(保護)、④参 加する権利(参加)と大きく4つにわけての権利 が定められている(日本ユニセフ協会2018)。こ のことから、子どもは育ち保護される権利を持っ た存在であることがわかる。そのように考える と、ケアする子どもは「子ども」として、一次的 な「当事者」としてケアに組み込まれる存在でも あるのではないだろうか。このことは、以下に挙 げる「ケア」の定義と「当事者」の定義にみるこ とができる。

上野は、ケアを論じるにあたってメアリー・デ イリーの Care Work 〔2001〕の定義を採用して いる。上野によれば、ケアとは「依存的な存在で ある成人または子どもの身体的かつ情緒的な要求 を、それが担われ、遂行される規範的・経済的・

社会的枠組のもとにおいて、満たすことに関わる 行為と関係」(上野2011 : 39)と定義される。ま た上野は、「当 事 者」を「ニ ー ズ の 帰 属 す る 主 体」、『ニーズにおいて文字通りの「必要」がある 点で、社会的不利益をこうむっているために、

「社会的弱者」となった人々のこと』(上野2011 : 68)と定義している。このことから、ケアする子 どもは「ケアラー」であると同時に、依存的な存 在である「子ども」としてケアに組み込まれる存 在であり、その意味での「当事者」であると考え ることができる。

つまり、ケアする子どもは「子ども」であり

「ケアラー」であるという、「一次的なニーズを持 つ当事者」であり「二次的なニーズを持つ介護 者」でもあるという二面性を持っているのであ り、本研究ではケアする子どもをこのように捉え ることとする。このことをふまえたうえで、次節 にて先行研究を批判的に検討する。

3.2 福祉学的研究の検討

まず、福祉学の視点で「ヤングケアラー」を論 じた文献について検討する。横山恵子と蔭山正子 による『精神障がいのある親に育てられた子ども の語り──困難の理解とリカバリーへの支援』

(2017)では、福祉学の視点から、精神障がいの ある親に育てられた子どもの立場の9名に対して のインタビューを通して、子どもがライフサイク ルに応じて様々な困難に遭遇してきたことを明ら かにしている。

ここでは、福祉学の視点から現行の支援に対し ての実践的な検討がなされている。たとえば、第 2章の「精神障がいのある親をもつ子どもへの支 援のあり方」では、母子保健・児童相談所・精神 科医療・保育園・学校・生活保護のそれぞれにお ける支援が検討され、子どもだけでなく家族全体 への支援が必要であることが述べられている(横 山・蔭山編2018 : 142-202)。

このように子どもを含めた家族への支援が必要 であることはいうまでもない。だが、この問題は 彼らへの支援によって果たして解決できるのだろ うか。筆者は解決できないものと考える。なぜな ら、この問題は彼らをとりまく社会のなかで生み

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13)上野は、ケアを「受け手と与え手のあいだの相互行為」とする立場をとっているが、そのように考えると「要介 護当事者に加えて家族介護当事者、ケアワーカーや専門家の当事者性……」などと、世の中に「当事者でない者 は誰もいない」ということも可能になるということである(上野2011 : 70-73)。

14)上野は、当事者ニーズの例として高齢の要介護当事者が在宅を望んでいることを挙げており、介護者ニーズの例 として家族介護者が当事者に対して少しでも家から出ていってほしいと望むことを挙げている(上野2011 : 78)。

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出されている問題であり、社会にもアプローチし なければ根本的な解決にはつながらないからだ。

社会のなかで生み出されている問題だとわかる例 として、社会的スティグマがある。横山と蔭山に よれば、「精神障がいのある親が自身の社会的ス ティグマから、親自身の病気を他人に言わないよ う親が子どもに指導している場合が多いようで す。この時、世帯には保護者や児童の相談意思は 生じにくく、結果として実質的な支援には至らな い こ と が 多 く あ り ま す」(横 山・蔭 山 編2018 : 154)とある。

このことから、問題は社会のなかで生み出され ているものであり、個人への支援には限界がある ことがわかる。よって、本研究ではケアする子ど もの問題を社会的なものとして考えることとす る。

3.3 社会学的研究の検討

以下では、社会学の視点で「ヤングケアラー」

について研究した2つの文献の検討を行う。

3.3.1 子どもの「ケアする権利」は妥当なもの

か?

まず1つ目は、澁谷による「子どもがケアを担 うとき──ヤングケアラーになった人/ならなか った人の語りと理論的考察」(2012)である。こ こでは、小学生〜高校生の時期に親が病気を発症 し、数年のうちに親の病気が早い展開を見せたと いう子ども、そのなかでもヤングケアリング経験 をもつ人の語りともたない人の語りを通して、① 家族のケア役割調整がはかられるタイミングと、

②子どもにかかるケア負担を軽減させている要因 についての分析が行われている。

この論考の最後には、「ケアしない権利15)」と

「ケアする権利16)」という森川美絵(2008)の概 念を子どもに応用することで、「ケアラー」とし ての子どもそのものについて問う視点が組み込ま

れている。

「子どものケアしない権利」は、子どもがケア 役割を担うことで抱える生きづらさを考えると意 義のあるものだといえるが、ここで注意すべきは

「子どものケアする権利」についてである。澁谷 は、ケアする子どもが、ケアを受けている相手と 深く関わり共に時間を過ごす機会として、ケアに 肯定的な意味を見出す場合もあるということを根 拠として、「子どものケアする権利」に言及して いる(澁谷2012 : 18)。

「ケアする権利」自体は、ケアを受けているも のにケア主体となることが開かれていない社会に 対しての対抗的な概念であり、ケアに対する偏っ た見方を変えていく可能性があるといえる。しか し、それを子どもに応用したとき、それでもなお 存在する彼らの「子ども」としての生きづらさ17)

をどのように考えればよいのだろうか。

このような筆者の考えを裏付けるものとして、

渋谷の挙げている事例についての妥当性が疑わし いことがある。

澁谷は、「ケアする権利」に言及する際の事例 として、インタビュー対象のBさんのケア経験 への肯定的な意味づけを挙げている。だが、ここ には注意すべき点があるのではないだろうか。澁 谷はBさんについて、「ケア責任がなければ大学 受験をしていたかもしれないと語りつつも、母と 濃密に過ごしたその時期は大切な時間だったと感 じており、概ねケア経験をプラスのものと捉えて いた」(澁谷2012 : 18)と述べている。

これは、Bさんが当時を振り返って語っている ものである。ケア経験を終えた今、過去の経験に 対してプラスの意味づけをしているとしても、ケ アを経験している最中の過去にはマイナスの意味 づけをしていたかもしれない。

「ヤングケアラー」については、ケアの負担の ために学校を退学し就職活動が上手くいかないな

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15)「ケアしない権利」とは、「家族の外部に、障害をもつ者の具体的な支援を確保しそのアクセスを保障すること」

(森川2008 : 51)である。

16)「ケアする権利」とは、「ケアすること」を市民権という視点で捉えることで、全ての市民がその人をケアするこ とを要求できるようにするというものであり、「ケアする主体」の問い直しを迫る概念である(森川2008 : 50)。

17)ここでいう「子ども」としての生きづらさとは、彼ら自身が「ケア」を必要とする一次的ニーズをもつ存在であ ることからくるものである。

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ど、自身のキャリアに影響がでることも指摘され ている(松崎2015 : 189)。ここか ら は、子 ど も が「子ども」として教育を受けることができない ことによって、その後のキャリアをうまく積んで いくことができないなどの生きづらさを抱えてい ることがわかる。そして、そうした「(元)ヤン グケアラー」は、過去のケア経験に対して否定的 な意味づけをする可能性も充分に考えられるので はないだろうか。

だが、Bさんの場合には自身のキャリアを積ん でいくことができたのであり18)、そうしたことが 結果的に過去のケア経験への肯定的な意味づけに つながっているとも考えられる。

この点において、Bさんのようなケースを例に

「子どものケア経験への肯定的な意味づけ」を主 張し、それを根拠に「ケアする権利」を主張する ことの妥当性が問われるといえる。

こうしたことからいえるのは、仮に「ケアする 権利」を主張するにしても、まずは彼らの否定的 な意味づけをも含めた「子ども」としての生きづ らさについてより深く検討する必要があるのでは ないかということだ。そして、そうすることによ って、彼らのそうした生きづらさを生み出さない ようなケアの場を構想する必要があるといえる。

また澁谷は、「家族ケアを行なう子どもという 存在は、親が子どもをケアし、非障害者が障害者 をケアするとされてきた、従来のケアの方向性を 問う」(澁谷2012 : 2)という重要な指摘をして いるが、ここにおいても注意すべき点がある。

それは、「ヤングケアラー」という視点を用い て「子どもをケアされる主体とみなす社会の偏っ た見方」を指摘することが、「子どもはケアする 主体になりうるのだ」という積極的なメッセージ として捉えられ、子どもが「ケアラー」であるこ とを自明のものとしていこうという流れにもつな がりかねないということである。つまり、「ヤン グケアラー」という枠組みを使うにあたって、子 どもの「ケアラー」としての側面を強調すること は、同時に彼らがケアをするなかで抱える「子ど も」としての生きづらさを見逃すこととなり、ケ

アを担うことそのものについては問われない可能 性があるということだ。

3.3.2 現代社会で排除される「ケアする子ども」

つづいて、この澁谷のケアの方向性についての 指摘を発展させ、福祉制度にとどまらず若い介護 者の社会的排除の構造について検討する必要があ ると述べた松崎の研究をみていく。松崎の『メデ ィアにみる「家族を介護する若者」──日本にお ける社会問題化を考える』(2015)では、メディ アにおける「家族を介護する若者」の語られ方を 通して、若者がどのような主体として現れている かについての考察がなされている。

メディアでは「家族を介護する若者」につい て、①「ライフコース選択の機会における困難」

(松 崎2015 : 188)と、②友 人・学 校・福 祉 制 度 な ど か ら の「孤 独 や 孤 立 と い う 困 難」(松 崎 2015 : 191)という語られ方がなされている。

松崎は、前者についての分析として、介護のた めに自身のキャリア形成において困難を抱えた主 体として若者が語られていること、そのなかでも キャリア上の困難を克服したか克服しようとして いる主体として語られるのは男性のみであり、女 性に関しては介護を終えた後のキャリアについて 語られないというジェンダー差異があることを明 らかにする(松崎2015 : 188-190)。また、後者の 若者が抱える「孤独や孤立という困難」について は、「若者が介護を引き受けているからこそ与え られるスティグマと社会的排除の存在を示してお り、それは介護に対する社会の認識や対応そのも のを問うものである」(松崎2015 : 191)という ことが明らかにされている。

これらの分析のうえで松崎は、前述した澁谷の 論点と同じくケアに対する社会の偏った見方につ いて、福祉制度にとどまらず、若い介護者の社会 的排除の構造についてさらなる検討の必要がある こと、例えば社会における介護に対する規範的意 識と若者に対する役割期待との不和や、それに基 づくスティグマ、学校をはじめとしたシステムか らの排除について考察を深める必要があることを 示唆する(松崎2015 : 192)。

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18)たとえば、プロフィールの「現在の仕事と家族」についてみてみると「高校教員で育児休暇中。夫と乳児(息 子)」(澁谷2012 : 9)とあるように、彼女は職も家庭も持っている。

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(13)

これらのことから松崎の研究では、子ども・若 者が「ケアラー」となることで生きづらさを抱え ていること、またそのような生きづらさが社会的 排除の構造の中で生み出されていることについて 明らかにされているといえる。

以上の両者の研究は、潜在化していたケアする 子どもの生きづらさを「ヤングケアラー」と名付 けることによって、社会的な問題として提起して いる点で意義があるといえる。ただし、それはあ くまで研究者によって一方的に付与されたカテゴ リーを通して問題化されているものであり、当事 者を含め社会における問題意識として浮上してい るものではない。したがって、先行研究に対して はつぎのような批判をすることができるだろう。

まず1点目は、「ヤングケアラー」が自明のも のとしてまだ認識されていない社会において、そ の存在を発見することができないということであ る。つまり、こうした視点は「ヤングケアラー」

であると認識される人々への対応や支援にはつな がっていくが、隠れた「ヤングケアラー」の発見 にはつながらないということである。

つぎに2点目は、「ケアラー」であることを強 調することによって、「子ども」であることから くる生きづらさについては深く問われない可能性 があることだ。しかし、強調しておかなければな らないのは、「ヤングケアラー」となることで彼 らが「子ども」でいられなくなること、そしてそ れが後の人生につながってゆくということであ る。

このうちの2点目については、「子ども」の社 会的排除の問題だといえる。現代社会において、

「ヤングケアラー」は「子ども」ではいられない 生きづらさを抱えた存在なのである。このこと は、「ヤングケアラー」という語の意義であると もいえ、それは「ケアする子ども」を問題化する 視点自体を相対化することで明らかにできる。

「ケアする子ども」というのは、そもそも突然 登場したものではない。「ヤングケアラー」とし て問題化されるより前にも、より正確にいえば近 代化するより前にも「ケアする子ども」は存在し た。その「ケアする子ども」とは、奉公人であ る。子どもはある程度の年齢になると、よその家 へと奉公人として働きに出ていたのであり、奉公

先での家事労働や主人の仕事の手伝いや礼儀作法 などあらゆることを実地で経験することを通じて 一人前の大人となるとみなされていた。それはた とえば、アリエスの『〈子供〉の誕生──アンシ ァン・レジーム期の子供と家族生活』(1980)に 見ることができる。以下は、中世における「子ど も」についての、アリエスによる指摘である。

価値と知識の伝達、より一般的にいって子 供の社会化は、家族によって保証されていた のでも、監督されていたのでもなかった。子 供たちはすぐに両親からひき離され、数世紀 間にわたって教育はそのおかげで子供ないし 若い大人が大人たちと混在する徒弟修業によ って保証されていたのだといえる(アリエス 1980 : 1)。

つまり、中世において「子ども」は、他人への ケアを含めて大人に混ざって働くことで一人前に なることができると考えられていたのである。こ のように、昔は「ケアする子ども」というのは自 明のものとして存在していた。そしてその背景に あるものとしてアリエスは、「子供期に相当する 期間は、『小さな大人』がひとりで自分の用を足 すにはいたらない期間、最もか弱い状態で過ごす 期 間 に 切 り つ め ら れ て い た」(ア リ エ ス1980 : 1)、「今日、日常的な表現で『あいつ』(gars)と 言われるような感覚で、子供という言葉が使われ ていた」(アリエス1980 : 122)というように今 日にみられるほど「子供期」が長くなかったこ と、今日とは異なり「子供」は「小さな大人」だ とみなされていたことがあるという。

しかし、「ケアする子ども」は自明の存在でな くなっていく。その理由として、端的にいえば近 代化によるシステムの変化、家庭の機能の変化と 教育の場の変化が挙げられる。アリエスによれ ば、17世紀末以来から「教育の手段として、学 校が徒弟修業に代った。……子供は大人たちから 分離されていき、世間に放り出されるに先立って 一種の隔離状態のもとにひきはなされた。この隔 離状態とは学校であり、学院である」(アリエス 1980 : 3)とある。また、このような背景にある ものとしてアリエスは、家族は個人が生き抜いて いくための合理的な機能を持つ場から、それまで にはなかった感情教育の場へと変化したことを指

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摘しており、そこにおいて今日のような愛し保護 され、教育される「子供」観が出てきたことを指 摘する(アリエス1980 : 2-3)。

つまり、かつて「小さな大人」とみなされてい た人々は、近代化によるシステムの変化によって

「子供」とみなされ、守られ教育されるもの、す なわち「ケアされるもの」として自明のものとな った。

しかし裏返して言えば、このように「子ども」

を「ケアされるもの」だとみなす社会において、

「ケアする主体」としての子どもはみえにくくな ったのであり、みえたとしても社会には包摂され にくいのである。なぜなら、「ケアする主体」と しての子どもを前提としない社会だからである。

それはたとえば、「ヤングケアラー」が不登校に なっていくプロセスについての以下の語りにみら れる。祖父の介護のために大学院を中退したC さんは、「たとえば遅刻をしてしまうとか、欠席 をしてしまうとか。……最初は『仕方ないよね』。

だけども、そのうち『またか』で、『いい加減に し ろ!』と な っ て い く の で」(澁 谷2018 : 114)

と語っている。ここからは、学校が「ヤングケア ラー」を包摂するようなシステムになっていない ことがわかる。

つまり、現代社会のシステムにおいて、ケア主 体としての子どもは自明のものでなくなったがゆ えに、イレギュラーなものとして社会から排除さ れる存在なのであり、ここに「ヤングケアラー」

の視点の意義があるといえる。

3.3.3 隠れた「ヤングケアラー」を「社会的排

除」の枠組みで捉え、可視化させる こうしたことから本稿では、隠れた「ヤングケ アラー」の存在を可視化させる必要があると考 え、「ケアラー」としての生きづらさだけでなく

「子ども」としての生きづらさにも焦点をあてる こととする。そして、その際に「社会的排除」と いう概念を用いることによって、彼らの生きづら さがいかに社会において問題化されえないのかと いうことついて深く探ることとする。

「社会的排除」にともなう生きづらさは「ヤン グケアラー」に限ったことではない。「ヤングケ アラー」の場合は、「ケアラー」でありながらも

「ケアラー」でいられない生きづらさ、「子ども」

でありながらも「子ども」でいられない生きづら さであるといえる。しかし、「『○○』であり『○

○』でいられない生きづらさ」というのは、例え ば「『親』でありながらも『親』でいられない生 きづらさ」というように様々なカテゴリーにあて はまることである。よって、「ヤングケアラー」

を通して問題提起できることは、現代社会におい て普遍的にみられる「社会的排除」の問題を考え るにあたっても意義のあることだといえる。

3.4 経済、法、政治の領域において自ら声を挙 げにくい立場である「子ども」

さいごに、本稿において「ヤングケアラー」と いう視点を用いて「子ども」を語ることの意味に ついて示しておきたいと思う。これは、元森絵里 子(2009)による指摘を受けてのことである。

元森によれば、「子ども」について語られるこ とはよくあることだが、そこでは「子ども」を

(「大人」と区別される存在として)自明のものと して語られており、「子ども」というカテゴリー そのものについて問う視点は組み込まれないとい う(元森2009 : 1-17)。

そのうえで元森は、「子ども」についての大人 の言説と「子ども」自身の語りを戦前・戦後・現 在と比較しその変化を示した。この分析の結果と して元森は、「大人」が「子ども」を一方的に語 るという関係性にはないこと、そうでありながら も「子ども」/「大人」の区分は重要視され、「子 ども」の側も一方的に「大人」によってまなざさ れる対象としての「子ども」であることを自明の ものとしていることを明らかにしており、その意 味で「子ども」は構築的な概念としての擬制(フ ィクション)であると主張している(元森2009 : 229)。

そして、そうであるにもかかわらず「子ども」

がなぜ語られるかということについて元森はつぎ のように指摘している。

現代において「子ども」というフィクショ ンとそれに処遇する学校などの制度=場が消 し去れないものとして存在しているのは、

「子ども」が重要だからでも、社会の鍵だか らでもないということである。消し去れない 最終ラインは、経済、法、政治という領域と

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