国際医療福祉大学 医療福祉学研究科博士課程
血行再建術前後の末梢動脈疾患における
最大歩行距離と下肢血行動態および身体機能との関連
平成 24 年度
保健医療学専攻・理学療法学分野・応用理学療法学領域
学籍番号 10S3073 湯口 聡
研究指導教員:丸山 仁司教授
要旨
本研究目的は末梢動脈疾患(PAD)症例の血行再建術前後における最大歩行距離(MWD)に影響を 与えている要因を明らかにすることである。課題1として、血行再建術前後において、MWDを制限し ている症状がどのように変化しているのかを評価し、併せてその症状とMWDや下肢血行動態の変化と の関連を検討した。その結果、手術前後でMWDを制限している症状が異なり、下肢血行動態、心肺機 能、骨格筋機能などが影響している可能性があった。課題2として、血行再建術前後において、MWD、
下肢血行動態(ABPI、RT)、循環反応(HRR)、下肢筋力の変化と術後MWDと身体機能の指標の関連 を検討した。その結果、血行再建術前後でMWD、ABPI、RT、HRRは改善を示したが、下肢筋力は改 善しなかった。また、術後MWDと下肢筋力のみに有意な相関を認めた。血行再建術後のPAD症例に おけるMWDは下肢筋力と関連し、下肢筋力が強い症例ほどMWDは長い傾向があった。
キーワード:末梢動脈疾患、血行再建術、最大歩行距離
Title
The relationship between maximum walking distance and lower limb hemodynamics and physical functions in patients with peripheral arterial disease before and after revascularization.
Author
Satoshi YUGUCHI
Abstract
The aim of this study is to clarify the factors affecting maximum walking distance(MWD) of patients with peripheral arterial disease(PAD) after revascularization.As first study ,we measured the change of symptom limiting MWD and considered the relation between the symptom and the change of MWD and lower limb hemodynamics before and after revascularization.In results, the symptom at the time of termination of walking was different before and after operation, it was possible that MWD was affected from circulation of lower limb,cardiac pulmonary,skeletal muscle and various factors.As second study,we measured the change of MWD and ankle brachial pressure index(ABPI),ABPI recovery time(RT),heart rate reserve(HRR) and leg muscle strength,and studied the relation between MWD and these parameters we measured before and after
revascularization.MWD,ABPI,RT,HRR improved significantly but leg muscle strength didn’t improve.MWD after operation was only correlation significantly with leg strength. In patients with PAD after revascularization,the MWD was associated with leg muscle strength,when leg muscle strength was higher, MWD was longer.
Keyword:Peripheral arterial disease, Revascularization ,Maximum walking distance
目次
第 1 章 はじめに
1-1 末梢動脈疾患について ……… 1
1-1-1 病態と疫学 1-1-2 診断 1-1-3 治療 1-2 間歇性跛行 ……… 9
1-2-1 評価法 1-2-2 代替法 1-3 末梢動脈疾患に対する運動療法 ……… 11
1-3-1 内科的治療における運動療法 1-3-2 血行再建術後における運動療法 1-3-3 本邦における運動療法の現状 1-4 先行研究の問題点と課題 ……… 15
1-5 本研究の目的 ……… 15
1-6 本研究の倫理的配慮 ……… 15
1-7 対象者の取り込み ……… 16
第 2 章 課題 1
2-1 はじめに ……… 172-2 目的 ……… 17
2-3 方法 ……… 17
2-3-1 対象 2-3-2 測定項目 2-3-3 手順 2-3-4 統計学的手法 2-4 結果 ……… 21
2-5 考察 ……… 24
第 3 章 課題 2
3-1 はじめに ……… 273-2 目的 ……… 27
3-3 方法 ……… 27 3-3-1 対象
3-3-2 測定項目
3-3-3 手順
3-3-4 統計学的手法
3-4 結果 ……… 33
3-5 考察 ……… 44
第 4 章 総括
……… 49第 5 章 謝辞
……… 52引用文献
……… 53添付資料
……… 581
第 1 章 はじめに
1-1 末梢動脈疾患について 1-1-1 病態と疫学
近年、末梢動脈疾患(peripheral arterial disease:PAD)は生活習慣病の増加に伴い急 増 し て い る 。PAD は 急 性 ・ 慢 性 閉 塞 性 疾 患 、 閉 塞 性 動 脈 硬 化 症 (arteriosclerosis
obliterans:ASO)、血管形成異常、塞栓症や血栓症からなる急性閉塞、血管損傷、糖尿病に
併発した病態等、さまざまな概念と疾患を含んだ総称であり、高血圧症、糖尿病、脂質異常 症等のさまざまなリスクファクターにより全身血管に発症するアテローム性動脈硬化症を 原因として、下肢主幹動脈の狭窄や閉塞により生じる末梢臓器(足,下腿筋群)血流障害と 定義されている 1)。PAD はその症候により重症度が分類され、広く汎用されているものに Fontaine分類があるが、その他にもRutherford分類がある(表1)。Fontaine分類Ⅰ度は 冷感やしびれ感といった症状があっても、間歇性跛行(Intermittent claudication:IC)と いった症状が無い状態である。多くの患者は症状を訴えないため、下肢の血流が不良である ことに気が付かない事が多く、医療機関を受診することはまれである。また、症状が無いた め軽症と思われる傾向があるが、間歇性跛行を自覚する前に足の微細の外傷により潰瘍を形 成し感染を併発して、重症虚血肢(Critical limb ischemia:CLI)へ進行してしまうことが ある。Fontaine分類Ⅱ度はICを主症状とする状態である。ICとは、ある距離を歩行する と虚血により下肢に疼痛が生じ歩行の継続が困難になるが、休憩すると10分以内に疼痛は 軽減する。患者は筋のだるさや痛み、あるいはこむら返りを訴え、部位は緋腹部に限局する ことが多いが、大腿部や臀部に及ぶこともある。ICはPAD症例の約3分の1に生じると されている3)。FontaineⅢ・Ⅳ度は安静時痛や潰瘍形成、壊死を生じている状態、前述した CLIの状態であり下肢の切断も考慮される重篤な状態である。
疫学については、無症状を含むPAD患者の約23%~65%に冠動脈疾患および脳血管疾患
2
を併発しているとされており、主要な死因は心血管疾患であるとされている4,5)。また、症 候性と無症候性の比率は1:3~1:4であることが判明している6)。また、米国における疫学研 究によれば、対象者の3~30%が無症候PADを有しており、70 歳以上に限れば 15%~20%
と報告されている7)。また、ICを有するPAD患者の5年生存率は約75%、CLI患者では
約 40%まで低下すると報告されている 8)。本邦における有病率に関しては確かな事は報告
されておらず把握は難しいが、食生活の欧米化や高齢化などを考慮すると、有病率は高いこ とが予測され、無症状や間歇性跛行といった比較的に軽症な状態から予防などの早期診断と 治療の介入が今後必要となることが推測される。
表1 ASOの分類と治療指針(文献2)より引用)
Fontaine分類 Rutherford分類
病期 症状 等級 分類 症状 治療指針
Ⅰ度 無症状 冷感,しびれ感
0 0 無症状 危険因子の除去 進展の予防
Ⅱ度 a b
間歇性跛行 軽度
中等度から重度
Ⅰ 1 2 3
間歇性跛行 軽度 中等度 重度
危険因子の除去 進展の予防 運動療法・薬物療法
侵襲的治療(血管内治療・外科的血行再建術)
Ⅲ度 安静時疼痛 Ⅱ 4 安静時疼痛 侵襲的治療(外科的血行再建術・血管内治療)
薬物療法
Ⅳ度 壊死・潰瘍 Ⅲ
Ⅳ 5 6
組織小欠損 組織大欠損
救肢的処置(外科的血行再建術・血管内治療・切断術)
薬物療法・血管新生療法・マゴット治療
3 1-1-2 診断
近年、下肢閉塞性動脈硬化症の診断・治療指針Ⅱ(Trans-Atlantic Inter-Society
ConcensusⅡ:TASCⅡ)が発表され、PADに対する診断・治療指針が示された。その中で、
診断から治療までのアルゴリズムは、下記(図1,2)に示すとおりである。臨床的な診断指 標として、足関節上腕血圧比(ankle-brachial pressure index:ABPI)が広く用いられてい る(図3)。ABPIは上肢と下肢の血圧比であり、下肢動脈の血管閉塞および狭窄を反映す る。正常値は1.0~1.3であり、0.9未満の場合に動脈閉塞の疑いありと判断する。ABPIが 低値となるほど重症とされ、0.5未満では動脈閉塞が複数あるとされている。また、ABPI は心血管イベント発症と強い関連があり、ABPIが0.1 低下すると心血管イベント発症の相 対的危険度が約10%上昇することが報告されている11)。足趾上腕血圧比(toe brachial pressure index:TBPI)は、糖尿病や腎不全および慢性維持透析患者などで動脈硬化が重度 もしくは石灰化を伴う場合にABPIが偽正常化や異常高値を示す場合があり、その際に足 関節より末梢側の石灰化が少ない足趾動脈で血圧を測定することで評価する方法であり、
0.6以上を正常と判断する。運動負荷ABPI回復時間(recovery time:RT)は、安静時の ABPIに運動負荷後のABPIの回復時間がどれくらい要するのかを測定する検査である。下 肢に動脈閉塞などの虚血がある場合、下肢の運動によりABPIは低下を示す。詳しくは1-2 の項で述べる。その他にも皮膚灌流圧(skin perfusion pressure:SPP)、経皮的酸素分圧
(transcutaneous oxygen tension:TcPO2)などがある。
4
図1 PAD診断のアルゴリズム(文献9)より引用)
・50~69歳で喫煙or糖尿病
・70歳以上
・労作時の下肢症状or身体機能の低下
・下肢血管検査の異常
・心血管系のリスク評価
運動後ABPI低下
≦0.9
血管検査
・TBIorVWF
・デュプレックス検査画像
・PVR
跛行症状
・ABPIトレッドミルテスト
>1.40
運動後ABPI正常:PADは否定
正常な結果:PADは否定 異常な結果 他の原因を評価
末梢動脈疾患(PAD)
足関節上腕血圧比(ABPI)の測定
0.91~1.40
5
図2 PADの全体的治療戦略(文献10)より引用)
リスクファクターの改善
・禁煙
・LDLコレステロール<70mg/dl
・HbA1c<7.0%
・BP<140/90mmHg
・糖尿病or腎疾患がある場合はBP<130/80mmHg
・抗血小板療法
末梢動脈疾患
QOLの制限or運動能力の低下がない
・機能低下について患者を監視する
QOLに影響を及ぼすような制限
・重度の運動制限の病歴 or
・トレッドミルパフォーマンスの低下 or
・質問票による機能の低下
跛行の内科的治療
・監視下運動or薬物療法 近位病変の疑い
症状の改善 症状は改善しないか悪化する
継続
病変部位の特定
・従来の血管撮影
・MRA or CTA
・超音波検査
・血行動態的部位診断
血行再建術
・血管内
・外科的
6
図3 ABPIと測定の実際
1-1-3 治療
治療指針については、薬物治療とトレッドミルを使用した歩行による運動療法をICに対 する初期治療として実施する事を高く推奨している。運動療法および薬物療法で効果がみら れなければ、下肢血行再建術といった次段階の治療方針を決定する。血行再建術には血管内 治 療 お よ び 外 科 的 治 療 が あ る 。 血 管 内 治 療 の 代 表 的 な も の に 経 皮 的 血 管 形 成 術
(percutaneous transluminal angioplasty:PTA)があり、バルーン血管形成術、ステント 留置術、ステントグラフト内挿入術、プラーク削減法などがある。外科的治療は自家静脈や 人工血管を用いたバイパス術、動脈内膜切除術などがあり、代表的な下肢バイパス術を表2 に示す。
右側ABPI=右側足関節収縮期血圧/上腕収縮期血圧(左または右)
左側ABPI=左側足関節収縮期血圧/上腕収縮期血圧(左または右)
7
表2 代表的な下肢バイパス術 文献12)より引用
1.大動脈‐腸骨動脈病変
術式 適応・方法 図 …バイパス
①大動脈‐大腿動脈バイパス術 Abdominal aorta (bi) femoral:
Ao-F,Ao-biF bypass
大動脈腸骨動脈領域全体にわたるび まん性疾患に対して行う,腎動脈下部 腹部大動脈から両大腿動脈までの両 側バイパス術である.病変の位置によ って大動脈‐両側大腿動脈バイパス としたり,病変が総腸骨動脈に限局し ていれば大動脈‐外腸骨動脈バイパ スとすることもある.
②大腿‐大腿動脈交差バイパス術,
腸骨‐大腿動脈バイパス術 Femoro femoral(Cross-over femoral):
F-F bypass Illio-femoral:
I-F bypass
一側の腸骨動脈狭窄や閉塞症例では,
健側の血流量が正常であればそこか ら患側に血液を導く交差バイパス術 が適応となる.本来の動脈が通らない ルートを通すので非解剖学的バイパ ス術といわれ,低侵襲であり,全身状 態の悪い症例に施行されることが多
い.TASCⅡではこの部位は血管内治
療が第一選択としている.
③腋窩‐大腿動脈バイパス術 Axillo (bi) femoral:
Ax-F,Ax-biF bypass
腋窩動脈を流入血管として使用し,グ ラフトは皮下を通して鼠径部に導き 大腿動脈と吻合する術式である.非解 剖学バイパス術であり,圧迫による閉 塞の可能性や,感染のリスクも伴う.
局所麻酔下での手術も可能であるが,
長期開存性に問題があるため,高度の 大動脈‐腸骨動脈病変を有し,かつ high riskや開腹困難などAo-biFバ イパスが難しい例に選択される.
8 2.大腿‐膝窩動脈病変
大腿‐膝上膝窩動脈バイパス術 Above-knee femoral popliteal:
F-P (AK) bypass
バイパス術で最も一般的で多く行わ れている術式で,鼠径部の大腿動脈か ら膝関節周囲の膝窩動脈にバイパス する方法である.人工血管が自家静脈 グラフトに近い許容できる開存成績 を示すため,人工血管を使用すること が多い.
3.膝下膝窩動脈以遠の病変(この領域では通常CLIが対象となり,救肢が目的となる)
①大腿‐膝下膝窩動脈バイパス術 Below-knee femoral popliteal:
F-P (BK) bypass
膝下膝窩動脈を末梢吻合部とする方 法で,膝関節を超える比較的長い距離 のバイパスとなり,人工血管での 5 年開存率は33%と非常に不良である ため,自家静脈グラフトが第一選択と なる.
②下腿動脈バイパス 下腿動脈は側副血行路の発達が悪い ため,その閉塞で容易に重症虚血化す る.CLIでは多発閉塞のため救肢目的 により末梢へより長いバイパスが必 要となる.前脛骨,後脛骨,腓骨動脈 中枢側や足背動脈,足底動脈も末梢吻 合部として選択される.
9 1-2 間歇性跛行(Intermittent claudication:IC)
1-2-1 評価法
ICとは、ある距離を歩行すると虚血により下肢に疼痛が生じ歩行の継続が困難になるが、
休憩すると10分以内に疼痛は軽減する。患者は筋のだるさや痛み、あるいはこむら返りを 訴え、部位は緋腹部に限局することが多いが、大腿部や臀部に及ぶこともある。IC はトレ ッドミルを用いて評価し、トレッドミル負荷強度を速度 2.4km/h、勾配 12%で行うのが一 般 的 で あ る ( 図 4)。 そ の 際 に 、IC が 出 現 し 始 め る 歩 行 距 離 (Initial claudication distance:ICD)や疼痛により歩行が困難となる最大の歩行距離(Absolute claudication distance:ACDもしくはMaximum walking distance:MWD)を評価する。トレッドミル 歩行が困難な場合は平地歩行により評価することも可能である。
また、ICは運動中に出現する症状であり、上記したABPIといった安静時の状態のみで は十分に下肢虚血の評価が出来ない。下肢の血流は単に動脈の狭窄や閉塞があってもそれを 代償する副側血行路などの影響を受けるためである。そのため、運動負荷 ABPI 回復時間
(recovery time:RT)を測定することで、歩行などの運動負荷により下肢虚血の変化を機能 的観点から評価することが重要である。一般的には、安静時の ABPI 測定後に、上記した トレッドミル負荷により歩行を行い、その後安静臥位にてABPIを一定間隔で連続測定し、
安静時まで回復する時間を測定する。各施設で運動負荷のプロトコールの違いはあるが、太 田ら13)は2.4km/h、勾配12%で40m歩行し、RTが13分以上であれば外科的治療を考慮 するとしている。正木ら14)は同様の負荷強度で3分間行い、RTが10分以上であれば外科 的治療を考慮するとされ、下肢虚血の程度の診断では確実性は高いとされている。
10
図4 トレッドミル負荷
1-2-2 代替法
上記したトレッドミル歩行による負荷は診断の確実性は高いが、歩行負荷により心血管イ ベントや転倒の危険性を危惧する報告もあり、代替法についても報告がある。鳥畠ら15)は、
背臥位で両足関節底屈運動を左右交互に行い、足部ペダルを押すことで下腿三頭筋に等張性 収縮による運動負荷がかかる機器を用いた検査方法を報告しており(図 5)、精査が安全か つ簡便であり、検査精度もトレッドミルを用いたものに匹敵すると報告している。
図5 負荷装置(フクダ電子社製:VSL-100)
11 1-3 末梢動脈疾患(PAD)に対する運動療法
1-3-1 内科的治療における運動療法
TASCⅡでは、運動療法はすべでのPAD 患者に対する初期治療の一環として、監視下運
動療法を利用できるようにするべきであるとされている。また、最も効果的なプログラムと しては、トレッドミルまたはトラック歩行を採用し、30分~60分間に跛行が起こるのに十 分な強度で行い、続いて安静にする。運動回数は通常週3回、3か月間行うとされ、推奨度 は[A]である。具体的な運動処方は、運動回数は週 3 回を基本とし、歩行時間は30 分から 始めその後は徐々に時間を増やし、最大1時間までとする。1回の運動療法でのトレッドミ ル負荷強度はスピードと勾配を変化させながら、歩行による痛みが起こる 3~5 分以内をめ どに行う。プログラムの目標としてはトレッドミル速度2.4km/h~3.2km/hとし、勾配も必 要に応じて増加する。歩行による痛みが中等度になった時点で、歩行を中断(休憩)する。
跛行出現時に中断すると、最適なトレーニング効果は現れない。中断後患者は痛みが治るま で安静にし、その後また中等度の痛みが生じるまで歩行する。この運動と安静の繰り返しを 30分以上行うとしている。Gardnerら16)は、運動療法のプログラム内容と間歇性跛行の改 善についてメタ解析を行った結果、運動時間は30分以上、週3回以上、6ヶ月以上継続し た症例で改善を認めていたと報告している(表 3)。運動療法が身体に及ぼす効果および歩 行能力・運動耐容能改善のメカニズムは図6,7に示すが、歩行効率、血管内皮機能および骨 格筋での代謝順応性の改善とされている。また、PAD に対する運動療法の効果は、単に歩 行能力や運動耐容能改善だけでなく、冠危険因子の改善を含む疾病管理としても有効な方法 と思われ、運動療法がPAD症例の生命予後を改善させる可能性も期待されている。以上の ように、保存療法における運動療法はその有効性は十分に証明されている。
12
表3 運動療法の効果に関する報告(文献16より引用,改変)
研究者 対象数 運動療法前MWD(m) 運動療法後MWD(m)
Larsen and lassen,1966 7 226.9±112.8 626.5±423.1
Skinner and strandness,1967 5 288.4±231.5 2495.3±285.2
Alpert et al,1969 19 209.3±79.0 361.9±187.1
Ericsson et al,1970 7 273.0±196.0 537.0±370.0
Zetterquist,1970 9 320.0±21.0 >400
Holm et al,1973 6 320.0±106.7 693.3±200.0
Dahllof et al,1974 10 296.0±167.6 650.0±104.3
Dahllof et al,1976 23 318.0±37.0 725.0
Ekroth et al,1978 129 283.0±42.0 720.0±67
Clifford et al,1980 20 299.4±30.0 535.1±46.4
Ruell et al,1984 24 283.0±193.2 795.5±149.5
Rosetzsky et al,1985 79 133.0±190.5 401.0±112.1
Emst et al,1987 22 127.0±59.0 281.0±91.0
Jonason and ringqvist,1987 63 430.0±213.0 717.0±304.0
Carter et al,1989 56 590.0±30.0 1000.0±70.0
Lundgren et al,1989 21 183.0±110.0 459
Mannarino et al,1989 8 76.4±18.7 127.4±26.3
Rosfors et al,1989 25 575.0±345.0 924.0±460.0
Mannarino et al,1991 10 80.8±33.6 150.3±35.3
Feinberg et al,1992 19 205.1±94.3 1351.6±718.9
13
図6 運動療法の危険因子改善の作用機序(文献17)より引用)
図7 運動療法によるPADの運動耐容能改善機序(文献17)より引用)
歩行運動
・内臓脂肪減少
・HDL上昇
・トリグリセリド低下
・インスリン抵抗性の改善
・糖利用の促進
・アディポネクチン上昇
・筋肉組織でのリポ蛋白リ パーゼ活性の亢進
・副交感神経優位による 心拍出量の低下
・血管内皮機能改善
脂質代謝改善 糖代謝改善 降圧
運動療法
eNOS↑
NO↑
筋酵素活性↑
筋酸素取り込み能↑
PGl2↑ VEGF↑
血管内皮 前駆細胞↑
フリーラジカル↓
血管内皮機能↑ 炎症↓ 血管新生↑ 筋代謝↑ 血液流動性↑
運動耐容能改善
14 1-3-2 血行再建術後の運動療法
初期治療としての薬物療法および運動療法にて改善が認められない場合には診断・治療の アルゴリズムにあるように、血行再建術の適応が検討され、下肢血流の改善を行う方針とな る。血行再建術後の運動療法の効果についても幾つかの報告がある。Stephenら18)は血行 再建術後の症例を血行再建術のみの症例(グループⅠ)と血行再建術後に運動療法を実施し た症例(グループⅡ)とに分け、手術前後における MWDの改善を比較し、グループⅡは グループⅠに比べ、手術後の MWD は大きく増加したと報告している。また、Fredrik ら
19)はPAD症例をランダムに下肢バイパス術単独(手術群)と下肢バイパス術後に運動療法 を併用した群(手術+運動療法群)と運動療法単独(運動療法群)に分け、手術前後での MWDの改善を比較し、下肢バイパス術に運動療法を併用した方が他群よりも大きな改善が 得られたと報告している。以上のように、下肢血行再建術後における運動療法は MWD の 改善に有効であることが示唆されているが、本邦では運動療法に関してほとんど報告されて いない。
1-3-3 本邦における運動療法の現状
本邦では、PAD に対する治療、特に初期治療として推奨されている運動療法を実施して いる施設は極めて少ない現状がある。PAD の間歇性跛行に対しての運動療法は心大血管疾 患リハビリテ―ションの施設基準により保険診療が可能であるが、厚生労働省循環器病研究 委託事業後藤班による2004年に実施された調査によると、全国の調査可能であった 1059 施設中、心大血管疾患のリハビリテ―ションの認定がある施設はわずか69施設(6.5%)で
あった20-21)。また、土田ら22)は医学中央雑誌により文献検索を行った結果、11施設が抽出
され、その中でさらに心臓リハビリではなく、PAD に対する血管リハビリを実施している 施設を抽出した結果、わずか 7 施設であったと報告している。以上のように、本邦におい
てはTASCⅡに示されている初期治療として強く推奨される運動療法を実施できる、または
15 実施している施設は極めて少ないのが現状である。
1-4 先行研究の問題点と課題
当院は 2007 年より、上記した運動療法の効果を示す報告があることから、PAD 症例に 対して、血行再建術後にガイドラインで推奨されている歩行を中心とした運動療法を実施し ている。しかし、血行再建術後にICが改善するのに伴いMWDは改善されたが、歩行中に 息切れを生じる場合があり、手術前はICがMWDを制限していたが、術後は息切れが制限 となっている症例を経験することがある。また、ガイドラインで推奨されている歩行を中心 とした運動療法はトレッドミル歩行2.4km/h,勾配12%であるが、息切れの症状により推奨 されている運動療法を実施することが困難となり、先行研究で報告されているような効果を 得られない症例を経験する。先行研究では血行再建術後の運動療法は MWDを改善させる ことは報告されているが18-19)、手術後にMWDを制限している要因については検討されて おらず、その要因は明らかになっていない。しかし、PAD 患者の血行再建術後における歩 行を制限している要因を明らかにすることは、運動療法をより効果的に実施していくために は極めて重要であり、特に運動療法の実施に難渋する症例に対しても、個別性のある運動療 法を展開できる可能性があると思われる。
1-5 本研究目的
今後、PAD 症例に対する血行再建術後の運動療法を展開していくために、本研究目的は PAD症例の血行再建術前後のMWDや各身体機能の指標の変化を検討し、手術後のMWD に影響を与えている要因を明らかにすることである。
1-6 本研究の倫理的配慮
本研究は社会医療法人社団十全会心臓病センター榊原病院倫理委員会にて承認を得た後 に実施している。また、対象者には書面および口頭にて本研究の目的、方法、利益、リスク
16 などの説明を行い、同意を得ている。
1-7 対象者の取り込み
本研究の対象者は以下の①~③手順により取り込みを行っている。
① 研究期間2008年11月1日~2010年2月31日、2011年12月1日~2012年7月31 日までにPADに対する下肢血行再建術を施行した症例220件
② ①のうち、Fontaine分類Ⅱの症例112件
③ ②の症例のうち、以下の項目を満たす者
・手術日の2日前の入院し、リハビリテ―ション処方がある。
・本研究に同意が得られる。
・手術前・退院時に研究の測定項目が評価可能である。
・手術後のリハビリプログラムを退院時まで実施可能である(拒否や合併症等により実 施困難である症例は除外)。
17
第 2 章 課題 1
2-1 はじめに
血行再建術前後において、術前はICがMWDの制限要因であった症例が術後は息切れが MWDの制限要因になっている症例を経験することがある。しかし、実際にどの程度の症例 にその現象が認められるかを検討した報告は少ない。
2-2 目的
血行再建術前後における MWD 歩行時の下肢の疼痛や息切れなどの症状がどのように変 化しているのかを評価し、併せてその症状と MWD や下肢血行動態の変化との関連を検討 することである。
2-3 方法 2-3-1 対象
2008年11月から2010年2月までに当院にて待機的に血行再建術を施行した、薬物療法 および非監視型運動療法で改善が認められなかったFontaine分類Ⅱ度のPAD症例10名、
13 肢 と し た 。 術 式 の 内 訳 は 経 皮 的 血 管 拡 張 術 (percutaneous transluminal angioplasty:PTA)が3名、下肢バイパス術が7名であり(表Ⅰ)、各対象の基礎情報は表
Ⅱに示す。手術前より自力歩行が不可能、もしくは手術後に重篤な合併症がある症例は除外 した。すべての対象者には、手術前に口頭にて本研究の目的、方法、利益、リスクなどを説 明し同意を得た。
18 表Ⅰ 対象
性別(男/女) 8/2 名
平均年齢 70.9±7.4 歳 Body mass index(BMI) 22.3±2.6 kg/m2
糖尿病 5 名
高血圧 8 名
脂質異常症 6 名
合併症・既往
陳旧性心筋梗塞 3 名
狭心症 6 名
冠動脈バイパス術後 3 名
脊柱管狭窄症 1 名
平均左室駆出率 60.3±15.0 % 術式
PTA 3 名
総腸骨動脈 2 名
両浅大腿動脈 1 名
パイパス術 7 名
大腿-大腿 1 名 大腿-膝窩 5 名 両大腿-膝窩 1 名
19
表Ⅱ 各対象のパラメーター
症例 性 年齢 合併症 EF
血液・生化学データ Hb
(g/dl)
Cr (mg/dl)
TP (g/dl)
TG (mg/dl)
HDL (mg/dl)
LDL (mg/dl)
HbA1c (%)
A M 63 HT,HL 64 13.6 0.82 6.7 69 77 83 6.0
B M 67 DM,HT,HL
OMI,LCS 72 13.7 0.86 6.7 101 39 91 6.1
C M 85 AP 63 13.2 0.9 6.0 100 40 101 5.8
D M 76 HT,HL,
AP,CABG 54 10.4 0.92 6.0 102 42 90 5.6
E F 64 DM,HT,
HL,OMI 32 11.0 1.18 5.8 144 60 69 6.9
F M 65 DM,AP,
CABG 67 12.7 0.92 5.8 138 50 147 6.4
G M 70 DM,HT,AP 66 10.2 1.19 6.5 120 40 98 5.5
H F 73 HT,AP 70 11.2 0.82 5.8 107 52 91 6.0
I M 66 HT,HL,AP 78 11.0 0.92 6.2 106 42 92 5.8
J M 80 DM,HT,HL,
OMI,CABG 37 14.0 0.78 6.0 142 51 87 5.6
*DM:糖尿病,HT:高血圧,HL:脂質異常,OMI:陳旧性心筋梗塞,AP:狭心症 CABG:冠動脈バイパス術,LCS:腰部脊柱管狭窄症
20 2-3-2 測定項目
手術前日および手術後退院時において、下記項目を測定した。
・下肢血行動態:ABPI、RT
・MWD
・歩行終了直後に歩行を中断した理由
2-3-3 手順
ABPIおよびABPI回復時間はABPI測定器(フクダ電子社製VS-1500)、負荷装置(フ クダ電子社製 VSL-100)を用いて測定した。負荷装置は背臥位で両足関節底屈運動を左右 交互に行い、足部ペダルを押すことで下腿三頭筋に等張性収縮による運動負荷がかかる構造 になっており、強度は弱(6.3±0.6kgf)と強(8.4±0.8kgf)の二つの設定が可能となってい る。通常、ABPI回復時間の測定にはトレッドミル歩行が運動負荷として広く用いられてい るが、マンシェット着脱の煩雑さや心・脳血管事故の危険性などの問題も指摘されている。
本研究の負荷装置による測定は、精査が安全かつ簡便であり、心血管イベントの発生や検査 精度もトレッドミルを用いたものに匹敵するとされている 15)。測定手順は、背臥位の状態 で安静時 ABPI を測定、その後負荷装置の強度は弱を用い、両足関節底屈運動を左右交互 に各 100 回実施した。また、途中で足関節底屈運動が下肢の疼痛や疲労によりペダルが十 分に押すことができない、もしくは症例による中止要請があった場合は可能であった回数ま で実施した。負荷終了直後から1分毎にABPIを測定し、安静時のABPI値まで回復する 時間を1分毎に最大10分まで連続測定した。ABPI回復時間は安静時のABPI値の90%以 上まで回復する時間と定義し、下肢血行動態が不良で ABPI が測定不能である場合は検定 から除外した。また、ABPIが測定不能である場合は測定不能、ABPI回復時間が 10分を 超える場合は測定値を10分とした。
MWDは実施前にバイタルサインの確認後、心電図モニターを装着し実施した。平地10m 間隔に目印を置き、通常の歩行速度でその目印を往復歩行した。歩行の中止基準は心電図上
21
虚血性(ST上昇もしくは2mm以上の低下)の変化や新しい不整脈の出現もしくは増加、
胸痛の出現、チアノーゼやめまいなどの理学所見の出現、症例による中断要請がある場合と した。また、歩行を中断した理由・症状を MWD終了直後に検者により自由回答にて問診 した。
手術後の理学療法は手術翌日より下肢関節可動域練習および座位や立位などの離床練習 を開始し、平地歩行が独歩にて可能となった段階で監視型運動療法にてトレッドミル歩行を 行うスケジュールで進めた。トレッドミル歩行のプロトコールは速度0.8km/h、勾配0%よ り開始し、2.4km/h、勾配12%を目標とした。また、トレッドミルは3~5分でICが出現 するように速度および勾配を調整し、ICが中等度出現するまで行う方法23)とした。また、
歩行後はICが改善するまで休憩し、改善後に同様の方法を繰り返し、計 15分間を目標に 実施した。
以上より、手術前後における歩行時の症状の変化を比較し、併せてABPI、ABPI回復時 間、MWDの変化との関連を検討した。
2-3-4 統計学的手法
統計解析ソフトはStat View(ver5.0)を用い、ABPI、RT、MWDの手術前後の比較は
Wilcoxonの符号付き順位検定を用いた。また、手術前後でMWDを制限する症状別のMWD
改善率をMann-WhitneyのU検定を用いて比較した。いずれの検定も危険率は5%未満を
もって有意とした。
2-4 結果
手術前と手術後退院時(平均日数:31.5±41.5日)においてABPI は0.57(0.97-0.00)
から0.90(1.10-0.36)へ、RTは7(10-1)分から1(5-0)分へと有意に改善を示したが、
MWDは125(500-47)mから225(520-60)m(改善率87.5%)であり、有意な改善を 示さなかった(表Ⅲ)。歩行の中断理由は、手術前は下肢疼痛 7 名(70%)、下肢疼痛と息
22
切れ2名(20%)、下肢疼痛と不整脈(心房細動の出現)1名(10%)であったが、手術後 は下肢疼痛4名(40%)、下肢疼痛と息切れ2名(20%)、胸部痛1名(10%)、息切れ3名
(30%)と手術前はICが多かったが、手術後は息切れや胸部痛などの症状が多くなった(表
Ⅳ)。また、MWDが改善した症例は8名(80%)、悪化した症例は2名(20%)であり、
悪化した症例CとIは手術後の歩行の中断理由が胸部痛、息切れと手術前と異なった。
術後に息切れを生じた症例(D 群)と生じなかった(N 群)として、MWD 改善率を比 較すると、D群は20(75~-50)%、N群は150(420~33)%と両群の間に有意差を認め た(表Ⅴ)。
表Ⅲ 手術前後のABPI、RT、MWDの変化
症例 術側
ABPI RT(分) MWD(m)
術前 術後 術前 術後 術前 術後 改善率(%)
A 左 0.57 1.03 8 1 300 400 33
B 右 0.44 1.04 7 1 50 60 20
C 右 0.67 0.95 7 0 320 250 -22
D 左 0.56 0.99 1 1 100 160 60
E 右 0.44 0.36 6 4
47 120 155
左 0.51 0.36 8 5
F
右 0.86 0.79 10 4
100 520 420
左 0.97 0.86 5 1
G 右 0.66 0.67 4 1
150 200 33
左 0.89 0.87 3 1
H 左 0.63 1.06 5 0 80 140 75
I 左 0.47 1.1 7 0 500 250 -50
J 左 測定不能 0.9 10 0 200 500 150
Median (max~min)
0.57 (0.97~0.00)
0.90*
(1.10~0.36)
7
(10~1)
1**
(5~0)
125
(500~47)
225
(520-60)
46.7
(420~-50)
*:p<0.05,**p<0.01:手術前後の比較
23
表Ⅳ 手術前後における歩行の中断理由の相違とMWD改善率
症例 手術前 手術後 症状の変化 MWD 改善率
(%)
A 下肢痛 下肢痛 不変 33
B 下肢痛 息切れ 変化 20
C 不整脈・下肢痛 胸部痛 変化 -22
D 下肢痛 息切れ 変化 60.0
E 息切れ・下肢痛 息切れ・下肢痛 不変 155
F 下肢痛 下肢痛 不変 420
G 下肢痛 下肢痛 不変 33
H 息切れ・下肢痛 息切れ 変化 75
I 下肢痛 息切れ・下肢痛 変化 -50
J 下肢痛 下肢痛 不変 150
計 下肢痛 7 名(70%) 下肢痛 4 名(40%) 変化 5 名(50%) 88±134
下肢痛と息切れ 2 名(20%) 下肢痛と息切れ 2 名(20%) 不変 5 名(50%)
下肢痛と不整脈 1 名(10%) 胸部痛 1 名(10%)
息切れ 3 名(30%)
表Ⅴ 息切れ群(D群)と息切れなし群(N群)のMWD改善率の比較
D 群 N 群 p
MWD 改善率(%) 20
(75~-50)
150
(420~33) 0.04
24 2-5 考察
今回の我々のデータと先行研究のものを比較してみると、下肢血行再建術後の運動療法の 効果についてStephen、Fredrikらの報告18-19)では、手術前後でのMWDの改善は血行再 建術のみの群は3.8%の増加に対し、運動療法併用群では175.4%の増加が得られた。また、
手術のみ、手術と運動療法併用群、運動療法のみ群の手術前MWDはそれぞれ209±20m、
180±20m、183±22mであったが、手術後は361±73m、474±81m、276±66mと下肢 バイパス術に運動療法を併用した方が大きな改善があったと報告している。今回、我々の検 討では MWD の改善は手術前に比べ、先行研究ほどの改善は得られなかった。Stephen、
Fredrikらの先行研究での PAD 症例は、FontaineⅡ度であり狭心症が 15%~35%、陳旧 性心筋梗塞が15%~50%を合併し、術式は膝より中枢部でのバイパス術後を対象としてい る。運動療法は手術後4週~6週より週2回の頻度で開始し、トレッドミルによる歩行を速 度2.0mile/h(3.2km/h)、勾配10%の強度で30分間実施する方法である。また、MWDは 10週間から6ヶ月間の運動療法後の改善を報告している。今回、我々が行った検討ではPAD 症例の重症度はほぼ同様だが、狭心症が6名(60%)、陳旧性心筋梗塞が3名(30%)、冠 動脈バイパス術後 3 名(30%)と先行研究の対象に比較して心疾患の既往が多く、術式は バイパス術に比べ侵襲の低いPTA後の症例を含んでいる。また、運動療法は手術後翌日か ら関節可動域練習や離床練習を開始し、平地歩行が独歩にて自立した後にトレッドミルによ る歩行練習を開始する方法である。トレッドミルの強度は速度0.8km/h、勾配0%より開始 し、2.4km/h、勾配12%を目標に、3~5分でICが出現するように速度および勾配を調整 している。また、ICが中等度出現するまで歩行後、休憩することを繰り返し、15分間実施 する方法であり、実施期間も約 1 ケ月での検討である。以上の事から、我々の検討による MWDが先行研究ほどの改善が得られなかった理由に、PADの重症度は同様で術式はPTA を含んでいることから手術侵襲による影響は比較的低いと思われるが、心疾患の既往が比較 的多く身体機能が低かった可能性がある。また、手術後の運動療法は先行研究よりも術後早
25
期に実施しているものの、強度・時間および実施期間が少ないことが影響している可能性が ある。これにより、血管内皮機能の改善、虚血部位の再灌流、筋代謝改善、有酸素運動能低 下の改善など24)といった運動療法の効果が十分得られなかった可能性があり、運動療法の 強度・時間および頻度については今後さらに検討が必要であると思われる。
一方で、注目すべき点は歩行の中断理由が手術前はICが全例にあったのに対し、手術後 は息切れや胸部痛などの症状により歩行を中断する症例が全体の 60%と多くなり、手術前 後で異なっていることである。先行研究では歩行を制限している要因について Fredrik ら
19)は歩行距離が大きく改善した症例は心肺機能に起因する症状により歩行が制限されてい たと述べているが、どのような症状であったかはあまり言及されていない。
PADの病態や身体機能についての報告によると、PAD症例では冠動脈疾患および脳血管 疾患の合併が多いとされている 4-5)。また、PAD の運動耐容能については、村瀬ら 25)が FontaineⅡ度のPAD 症例8名と生活習慣病症例(control群)8名に対し、自転車エルゴ メーターによる心肺運動負荷試験を実施し、最高酸素摂取量を比較した結果、control 群は 23.8±7.0ml/kg/minに対し、PAD 症例は14.5±2.1ml/kg/min で有意に低値であったと報 告している。また、Stephenら26)はPAD症例10名に対し、同様に心肺運動負荷試験を行 い、予測最高酸素摂取量よりも有意に低値であったと報告している。下肢の運動機能につい ては、Maryら27 )がPAD症例109名と非PAD症例870名とで下肢伸展筋力を比較してお り、PAD 症例は有意に下肢伸展筋力が低値であったと報告している。今回、我々の対象で は心疾患の合併、既往は10名中9名(90%)存在し、手術後の歩行中に息切れや胸部痛を 生じた症例は狭心症が3名(30%)、陳旧性心筋梗塞が2名(20%)、CABGの既往が1名
(10%)であった。以上の事を踏まえると、今回の検討では、手術後に歩行を制限している 症状に息切れを併発している対象は MWD の改善率が低く、手術前より心疾患の合併が多 いことも影響し、心肺機能や下肢骨格筋機能が先行研究の対象よりも低い状態であった可能 性が考えられた。よって、手術後に MWD が先行研究ほどの改善が得られなかった理由と
26
して、手術前に比べ手術後でABPI の上昇や ABPI回復時間の短縮があることから下肢血 行動態が回復したことでICは改善したが、手術前より心肺機能が低い状態であり、これに より息切れや胸部痛といった症状が出現した症例が多く、MWDの改善が大きく得られなか った可能性があると考えられた。また、手術後に下肢疼痛を生じた症例も存在しており、こ れはABPIや ABPI回復時間が手術前と比べ改善してはいるが、正常化していない例につ いては術後にICが残存している可能性がある。一方、正常化している症例では下肢血行動 態は回復したものの、下肢筋力などの骨格筋機能の低下により症状が出現している可能性が ある。そして、手術後の腫脹・浮腫が残存している症例も 2 名(20%)存在し、これらも 影響を与えていると推測される。また、1名(10%)に腰部脊柱管狭窄症があり、ABPI回 復時間が改善し MWD は増加しているものの手術前後で歩行中の疼痛が不変であった症例 も存在し、腰部脊柱管狭窄症によるICを合併していると推測される。以上のことを踏まえ ると、PADに対する下肢血行再建術後のMWDには下肢血行動態によるICだけでなく、
手術前の心肺機能および下肢骨格筋機能など様々な要因が影響していると思われる。よって、
下肢血行再建術後は心肺機能や下肢骨格筋機能を測定し、症例によってどの要因で MWD が制限されているか評価し、運動療法を実施する必要があると思われる。
今回、PAD に対する下肢血行再建術前後では歩行時の症状が変化する症例がおり、手術 後に歩行を制限する症状に息切れを併発する症例はMWDの改善率が低くかった。よって、
手術後の歩行を制限する症状や MWDの改善には下肢血行動態、心肺機能や下肢骨格筋機 能など様々な要因が影響していると推測される。よって、MWDの制限要因を把握し運動療 法を行う必要があり、その身体機能や障害像および運動療法の方法についてさらに検討が必 要であると思われる。
27
第 3 章 課題 2
3-1 はじめに
課題1において、血行再建術前後のMWDに影響を与えている症状を検討した。その結 果、血行再建術前後でMWDを制限している症状が異なり、特に術後のMWDを制限して いる症状に息切れを生じる症例は、術後のMWD改善率は低い傾向があった。術後のMWD には下肢血行動態や心肺機能、下肢骨格筋機能など様々な要因が関与している可能性があっ たが、血行再建術後の MWDと下肢血行動態や身体機能の指標との関連は検討されていな い。
3-2 目的
PAD の血行再建術前後において、MWDおよび歩行を中断した理由、下肢血行動態、運 動時の循環反応、下肢筋力といった身体機能の指標を測定し、術前後における各項目の変化、
および術後のMWDと各身体機能の指標との関連を検討することである。
3-3 方法 3-3-1 対象
2011年12月から2012年7月までに当院にて待機的に血行再建術を施行した、薬物療法 および非監視型運動療法で改善が認められなかったFontaine分類Ⅱ度のPAD症例11名と した。術式の内訳はPTAが4名、下肢バイパス術が5名、血管内膜切除パッチ形成術が2 名であった(表a)。各対象者の基礎情報は表bに示す。手術前より自力歩行が不可能、も しくは手術後に重篤な合併症がある症例は除外した。すべての対象者には、手術前に口頭に て本研究の目的、方法、利益、リスクなどを説明し同意を得た。
28 表 a 対象
性別(男/女) 10/1 名
平均年齢 72.0±9.1 歳
BMI 24.6±3.1 kg/m2
糖尿病 6 名
高血圧 8 名
脂質異常症 6 名
合併症・既往
陳旧性心筋梗塞 1 名
狭心症 4 名
冠動脈バイパス術後 2 名
脳血管障害 2 名
慢性腎臓病 1 名
脊柱管狭窄症 1 名
平均左室駆出率 64.4±7.6 %
術式
PTA(総腸骨動脈) 4 名
パイパス術 5 名
腋窩-大腿 1 名
腸骨-大腿 1 名
大腿-大腿 1 名
大腿-膝窩 2 名
血管内膜切除パッチ形成術
(総腸骨動脈領域) 2 名
29
表b 各対象の基礎情報
症例 性 年齢 合併症 EF
血液・生化学データ Hb
(g/dl)
Cr (mg/dl)
TP (g/dl)
TG (mg/dl)
HDL (mg/dl)
LDL (mg/dl)
HbA1c (%)
A M 61 HL,AP 72 14.3 0.71 7.0 200 46 50 5.6
B M 67 DM,HL,
CABG 73 13.3 0.7 6.5 104 44 62 5.3
C M 71 DM,HT,AP 49 12.1 0.97 6.8 153 30 122 5.9
D M 62 DM,AP,CKD,
CABG 57 12.4 4.7 6.3 145 48 100 9.1
E M 77 DM,HT 72 10.9 1.06 5.3 66 62 93 6.1
F M 84 DM,HT,HL 72 10 1.05 6.6 90 31 92 6.3
G M 69 DM,HT,CKD 64 11.6 4.8 6.1 167 44 101 6.4
H M 88 HT,HL,OMI,
CABG 61 12.2 0.9 7.0 94 66 120 5.8
I F 75 HT,HL,AP 62 12.0 0.77 5.8 95 60 102 5.0
J M 77 HT,HL 66 13.5 1.09 4.2 46 53 76 5.9
K M 61 HT 60 13.6 0.9 6.8 98 44 104 5.4
*CKD:慢性腎臓病
30 3-3-2 測定項目
手術前および手術後において、下記項目を測定した。
・MWD
・歩行を中断した理由・症状
・下肢血行動態:ABPI、RT
・下肢筋力:大腿四頭筋、下腿三頭筋
・循環反応:Heart rate reserve(HRR:(220-年齢)-運動時Heart rate(HR))
3-3-3 手順
ABPIとRTはABPI測定器(Colin社製FormPWV/ABI)、負荷方法はトレッドミル(フ クダ電子社製MAT-6000C)を用いて測定した。初めに安静時ABPI を測定した後、12誘 導心電図を装着し、医師の監視下にてトレッドミル歩行を速度 2.4km/h,12%勾配の強度に て 10 分間を最大(400m)として、症候限界性にて実施した。トレッドミル歩行の中止基 準は、心電図上虚血性(ST上昇もしくは2mm以上の低下)の変化や新しい不整脈の出現 もしくは増加、胸痛の出現、チアノーゼやめまいなどの理学所見の出現、症例による中断要 請がある場合とした。トレッドミル歩行にて可能であった歩行時間から MWD を算出し、
同時に歩行終了直前のHRよりHRRを算出した。また、歩行を中断した理由・症状を自由 回答にて問診し、上限 10 分間のトレッドミル歩行が可能であった症例は症状なしとした。
トレッドミル歩行終了後、直ちにABPIの測定を行い、RTを求めた。RTは負荷終了直後 から2分毎にABPIを測定し、安静時のABPI値まで回復する時間を最大20分まで連続測 定した。RTは安静時のABPI値の90%以上まで回復する時間と定義し、下肢血行動態が不 良でABPIが測定不能である場合は検定から除外した。また、RTが20分を超える場合は 測定値を20分とした。
RTを測定した後、初めに大腿四頭筋の筋力を測定し、次いで下腿三頭筋の筋力を測定し
31
た。大腿四頭筋の筋力はベッド上に座位となり、膝関節90度屈曲位から膝関節伸展の等尺 性収縮を最大努力にて実施した。測定機器はハンドヘルドダイナノメーター(アニマ社製:
μ-tas F-1)を用い、左右各2回測定した最大値を測定値とした(図a)。下腿三頭筋の測定 は片脚立位となり、左右交互に足関節底屈を行い、最大20回まで反復し可能であった回数 を測定した(図 b)。測定途中に症例により中止要請があった場合、または足関節底屈が不 十分と検者が判断した場合は実施不可能と判断し、その回数を測定値とした。
手術後の理学療法は手術翌日より下肢関節可動域練習および座位や立位などの離床練習 を開始し、平地歩行が独歩にて可能となった段階で監視型運動療法にてトレッドミル歩行を 行うスケジュールで進めた。トレッドミル歩行のプロトコールは速度0.8km/h、勾配0%よ り開始し、2.4km/h、勾配12%を目標とした。また、トレッドミルは3~5分でICが出現 するように速度および勾配を調整し、ICが中等度出現するまで行う方法23)とした。また、
歩行後はICが改善するまで休憩し、改善後に同様の方法を繰り返し、計 15分間を目標に 実施した。
32
図a 筋力測定機器(左図)と大腿四頭筋筋力測定(右図)
図b 下腿三頭筋筋力測定
33 3-3-4 統計学的手法
統計解析ソフトはStat View(ver5.0)を用い、血行再建術前後のMWDとABPI・RT、HRR、
大腿四頭筋筋力・下腿三頭筋筋力の比較は Wilcoxon の符号付き順位検定を用いた。また、
術前・術後の MWD と ABPI・RT、HRR、大腿四頭筋筋力・下腿三頭筋筋力との関連は
spearmanの順位相関係数にて検討した。また、手術後の歩行を中断した理由・症状に息切
れを併発した者(息切れ群:D 群)としなかった者(息切れなし群:N 群)に分け、心疾 患の有無・MWD 改善率・ABPI・RT・HRR・下肢筋力をカイ2乗検定、Mann-Whitney のU検定を用いて比較し、危険率は5%をもって有意とした。
3-4 結果
血行再建術前後の各指標の変化は表 c,d に示す。MWD は 122m(400m-80m)から 246m(400m-90m)へ、ABPIは 0.7(1.25-0.46)から1.0(1.26-0.73)へ、RT は14分(20分-5 分)から6分(20分-1分)へ、HRRは30(70-8)から38(67-14)であり有意差を認めた。
大腿四頭筋筋力は術側 281N(656N-122N)から 293N(515N-156N)へ、非術側 287N
(642N-181N)から289N(567N-178N)へ、下腿三頭筋筋力は術側18回(20回-10回)
から20回(20回-8回)へ、非術側20回(20回-5回)から20回(20回-3回)へと有意 差を認めなかった。
術前後の MWD と各身体機能の指標との関連については、手術前ではどの指標にも有意 な相関を認めなかった(図c,d,e,f,g,h,i)。手術後では、ABPI(r=-0.53)、RT(r=-0.42)、
HHR(r=-0.32)には有意な相関を認めなかった(図j,k,l)。下肢筋力との関連では、術側
の下腿三頭筋(r=0.37)には相関を認めなかったが(図o)、大腿四頭筋筋力の術側(r=
0.56)、非術側(r=0.64)、非術側の下腿三頭筋筋力(r=0.62)に有意な相関を認めた(図
m,n,p)。
手術前後の歩行を制限している理由・症状は表eに示す。手術前は全例下肢痛が歩行制限 の症状であるが、2 名(18%)に息切れの併発を認めた。手術後は下肢痛 3名(28%)で