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沖 縄を め ぐ る 開発 のエ ピ ス テ ー メ ー の登 場

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Academic year: 2022

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(1)第2章 第1 節. 沖縄振興開発計画と 海洋博. 沖 縄を め ぐ る 開発 のエ ピ ス テ ー メ ー の登 場. (1)「国 益」 と 「県 益」 の 対立 第 1 章第 1 節「 全 国 総 合 開 発 計 画 の ま な ざ し と力 学 」で 見 て き た よ う に 、復 帰 直 後 に決 定された 沖 縄 振 興 開 発 計 画 は、62 年 の全 総 から 69 年 の 新 全 総へ と い た る< 国 土 開 発> の 流れ を う け て い る。 た だ し、その 開 発 路 線の 素地 は、復 帰 前 には お お よ そととの えられ て い た。す で に 1966 (昭 和 41)年、総理府 と通 産 省は 沖 縄 経 済 振 興 懇 談 会( 詳細 は 後述 )を 設置 し て、沖縄 財 界と 本土 財 界の 交流 ・ 情報交換 を 図っ てい た 。69 年 11 月の 日 米 共 同 声 明に よ っ て 沖 縄 返 還が 正式 に 決定 する 前 後か ら、 本 土 企 業が 本格的 に沖 縄 開 発 へ む け て動 き出 す 一方 で、 下 図の よ う に 様々 な主 体 によって 、 復 帰 後の 経 済 開 発の 構 想が 盛ん に 語ら れ始 め る。 1. 年. 月. 発表の主体. 沖 縄 開 発 に 関 する 主 な 構 想 ・ 計 画 ・ 調 査. 68 年 4 月. 琉球大学経済研究所. 沖 縄 経 済 開 発 の基 本 と 展 望. 69 年 7 月. 日本工業立地センター. 沖縄工業開発計画基礎調査(総理府委託). 69 年 9 月. 昭和同人会. 沖縄の総合開発政策. 69 年 9 月. 民社党. 沖縄経済・福祉開発構想. 69 年 10 月. 総理府. 沖 縄 経 済 振 興 の基 本 構 想. 69 年 10 月. 全日本労働総同盟. 沖 縄 経 済 開 発 の課 題 と 同 盟 の 見 解. 69 年 11 月. 沖縄経済開発研究所. 沖 縄 経 済 の 自 立に む か っ て. 69 年 11 月. 沖縄経営者協会. 本 土 復 帰 に 伴 う沖 縄 経 済 の 問 題 と 緊 急 対 策. 69 年 12 月. 琉球政府. 長期経済開発計画 の基本構想案. 70 年 3 月. 沖縄経済振興懇談会. 第 5 回沖縄経済振興懇談会共同声明. 70 年 3 月. 日本商工会議所. 沖 縄 経 済 振 興 に関 す る 要 望. 70 年 4 月. 日本経済調査協議会. 沖 縄 経 済 開 発 の基 本 方 向 ― 要 約 と 提 言. 70 年 5 月. 伊藤善市・坂本二郎ら. 沖 縄 の 経 済 開 発( 潮 新 書 ). 70 年 9 月. 琉球政府. 長期経済開発計画. 71 年 11 月. 琉球政府. 復 帰 措 置 に 関 する 建 議 書. 72 年 10 月. 経済企画庁. 新全総 第四部 沖縄開発の基本構想. 72 年 12 月. 沖縄開発庁. 沖縄振興開発計画. 「開 発 構 想 ブ ー ム」 と も言 え る よ う な こ れ ら 69〜70 年 の構 想群 が 登場 した 背 景に は、 や は り第 1 章 で 見た 全総 〜 新 全 総の < 国土開発 > の潮 流が 影 響し て い た。 そ し て、 こ れ ら にお お よ そ 共通 して 浮 かび 上が っ て き た沖 縄 開 発 の主 軸 は、産業基盤(イ ン フ ラ )の 整備 、 工 業 化、 観 光 開 発で あ る。 この 方向性 が、300 ページ を こ え る琉 球 政 府 の長 期 経 済 開 発 計 こ れ ら の 構想 に つ い て、 詳 細は 南 方 同 胞 援 護 会 編 、1970 や、 沖 縄 経 営 者 協 会 の発 行 誌『 経営 』6 9 年 11 月号な ど を参 照さ れ た い 。 1. 31.

(2) 画(70 年 9 月 )へ と 結実 する 。こ れ に基 づ い て 復 帰 後、72 年 10 月 31 日の 閣 議 決 定に よ って 、新 全 総の 中に 「 第 四 部 沖 縄 開 発 の基 本 構 想 」が 付け 加 えられる 。 復 帰 後の 沖 縄が 、 新 全 総の 開 発 路 線の 中 に、 正式 に 組み 込ま れ た わ け で あ る。 そ し て 、そ れ を よ り具体化 し た計 画と し て、 同年 12 月 に沖 縄 振 興 開 発 計 画 ( 以下 「沖 振 計」 と表 記) が 策定 され た 。 こ の よ う な 沖 振 計ま で の連続的 な プロセス を 見て く る と 、一 連の 順 調な 経路 を た どった よ う に見 え る。 だが そ の内 実は 、 非常 に複 雑 な政 治的 か け ひ きを は ら ん で い た 。 例 えば 、 こ れ ら一 連 の 開 発 構 想 が 進 むな か で 、「 沖縄 の 工 業 化= 企 業 誘 致」 と い う 発想 が定 着し つ つ あ っ た 。 そ の な か で 浮上 し て き た の は、「 本 土 資 本か 外資 か」と い う問 題で あ った 。す な わ ち 、沖 縄 進 出 を め ぐ っ て 、日 米 資 本 間の 対 立が 生じ て き て い た の で あ る。 琉球政府 と して は 69 年の 時点 で 、外 資 導 入 には 積 極 的 であった 。 沖 縄 工 業 連 合 会 も、 地元企業 と 競合 し な い 米アルミ 業 界の 誘致 に よ っ て雇 用 を創 出で き れば 、当 時 か な り進 行 していた 労 働 人 口の 流 出に 歯止 め を か け る こ と が で き 、 アメリカ 外 資と の共 存 共 栄 が で き ると 見て い た。 在 沖 縄 米 人 商 工 会 議 所 の方 も 、返還後 も 既得 権益 を 保持 し よ う と、 石油 ・ アルミ ・ 電 子 工 業 などの 立 地 申 請 を 出 した 。69 年 末 の時 点 で は、 ア メ リ カ資 本 の 申請 は 106 件、 約 2 億 3500 万 ドル に の ぼ っ た のに 対 して 、本 土 資 本 は 110 件、 約 943 万ドル に とどまっていた 。 2 ところが 、 こうした 動 きに 対し て ストップ を か け た の が 、米資本 の 日本進出 を 警戒 した 日本政府 ・ 通 産 省で あ っ た 。通 産 省は 本土 の 外資政策 を 沖縄 に適 用 し、 エ ネ ル ギ ー ・電 子 工業 につい て は 外 資 系 を認 めず 、石油 は 外資 を 50%以 内と す る な ど し て 、ア メ リ カ 資本 に 対し て強 い 規制 を か け てい っ た の で あ る。 対 照 的に 琉 球 政 府は 、 アメリカ 外 資 企 業の 進 出・ 事 業 拡 大に 対し て は、 か な り 歓迎 の態 .. 度で あ っ た 。特 に、 ア メ リ カ最 大 のアルミ 会 社ア ル コ ア の進 出 申 請 に つ い て は 「県 益 」 に つ な が る と して 、大 い に期 待し て いた 。と い う の も、 そ の時 点で は ま だ 、本 土 ア ル ミ企 業 が進 出す る 気配 が な か っ た か ら で もあ る。 と こ ろ が、 ア ル コ アの 沖 縄 進 出の 情 報を 知っ た 本土 ア ル ミ 企業 5 社 は、 その 日 本 市 場 参 入を 警 戒し て、 通 産 省 を通 じて 圧 力を か け た。 そ して 5 社 は共 同 出 資 で 、 「 沖 縄アルミ 」の設 立 を決 め る に 至る の で あ る。こ う し て 69 年末 ご ろ か ら は 急激 に、 沖 縄の 経 済 開 発に お い て は「 本土 と の一体化 」 の名 の も と に、 本 土 企 業の 沖 縄 進 出が 主軸 と な っ て い く のである 。 こ の よ う な 急激 な流 れ の変 化に 対 して 、シ ッ プ リ ー在 沖 米 人 商 工 会 議 所 会 頭 ( ブルーシ ール 社長 )はこう 言っ て い た 。 「 日本政府 や 関連 する 本 土 業 界が 反 対し て い る よ う だ が 、考 え て ほ し い の は 日本 の 資本 だ け で ど れ だ け 沖 縄が 開発 で き る か と い う こ と だ 。 沖縄 へ進 出 してくる 企 業に 対し て. か け込 み. だ と反 対 する 意見 も あ る よ う だ が、 日 本 市 場だけを 目. 標と し た も の で は な く 、東 南ア ジ ア諸 国へ の 拠点 と し て 地 理 的 条 件 が よ いか ら で あ る 。・・・ また 、沖 縄 は米 軍の 巨 大な 軍 事 基 地と な っ て い る が、 那 覇 軍 港の 解 放な ど将 来 は なキ ー ス ト ー ン. から. 経済的 な キ ー ス ト ー ン. に な る だ ろ う 。」 3. 軍事的. . .. . .. .. 確か にシ ッ プ リ ーが 言 うように 、 沖縄 の地 理 的 条 件を 活 用す る場 合 、軍事的 に も経済的 .. にも 、ア メ リ カ に と っ て は ア ジ ア 諸国 への 拠 点となる 利 点が 大き い 。こ の見 方 か ら す れ ば. 2 3. 福木 、1973 、p.224 。 この 件に つ い て よ り 詳細 は 、福 木の 書 を参 照さ れ た い 。 福木 、同 上、p.227。強調 は 多田 。. 32.

(3) . .. .. . 日本 の場 合 は、 沖縄 の 「地 理 的 条 件」 を活 用 する 利益 は 、相対的 に は低 い。 少 なくとも ア .. .. . .. .. . メ リ カ本 土 と比 べ れ ば 、東 京で あ れ沖 縄で あ れ、 ア ジ ア への 距離 に そ れ ほ ど 大 きな 差は な い か ら で あ る。 琉 球 政 府と し て も 、こ う し た ア ジ ア戦 略 を も つア メ リ カ 資本 に よ り か か る 方が 、経 済 的な 比 較 優 位の 観点 か ら し て、 よ り確 実な 「 県益 」に つ な が る と 考 えるのは 、 自然 な こ と で あ っ た 。 もっとも 、 琉球政府 がこう 考え る 背景 には 、 沖縄返還 に 伴っ て基 地 雇 用 員の 大 量 解 雇が 問 題 化し て い た こ と も 、影 響し て い る 。シ ッ プ リ ーの 言 った「 軍事的 な キ ー ス ト ー ン ら. 経 済 的 なキ ー ス ト ー ン. か. へ 」 と い うア メ リ カ 側の 都 合よ い方 向 転 換 に、 琉 球 政 府が 自. ら身 を ゆ だ ね ざ る を え な か っ た こ と が わ か る 。そ し て そ れ自 体が 、 沖縄 の依 然 コ ロ ニ ア ル な状 況を 反 映し て い る 。 と こ ろ が 、 こ う し た 米 − 琉の コ ロ ニ ア ル な 関 係 継 続 の 流 れ に対 し て 割 って 入 っ た の が 、 通 産 省と 本 土 資 本で あ っ た 。も と も と は、 米資本 が活 発 な進 出の 動 きを 見せ る ま で は、 本 土資 本の 沖 縄 進 出は 沈 滞し て い た (これも 、 琉球政府 や 沖 縄 財 界 人 が外 資 導 入 に よ る工 業 化を「県 益 」として 歓 迎し た一 因 であった )。だが 、沖 縄 経 由 での 米資本 の日 本 市 場 進 出 に .. 脅威 を感 じ る や い な や 、通産省 と 本土 資本 は 「国 益 」 を 持ち 出し て 、これを 阻 止し よ う と し た の で あ る。 その 結 果、 本 土 側 の「 国益 」 と沖縄側 の 「県 益」 と の対 立が 生 じる こ と に なっ た。 そして 琉 球 政 府は 結局 、 通 産 省と 本 土 資 本の 圧 力に 押さ れ て、 本 土 資 本 誘 致を 主 軸と した 開 発を 進め て い く こ と に な る 。つ ま り 、 「県 益 」は「国 益 」の中 へと 包 摂さ れて し まっ た。 そ う し て琉 球 政 府 の長 期 経 済 開 発 計 画は 、あ く ま で 新 全 総 の枠 組み の 一環 と し て の性 質を 強 め る こ と に な っ たの で あ る 。 こ こ で興 味 深いのは 、 「 外資 」という 外圧 に 対抗 する 形 で、 「 国 益 」や「 本 土と の一体化 」 といった 名 目の も と に 、あ る種 の ナ シ ョ ナ リ ズ ム が立 ち 上が っ て き た点 で あ る 。し か も こ のナ シ ョ ナ リ ズ ムは 、 経済主義 と 分か ちが た く結 びつ い て い る。 そこに 、通 産 省と 本 土 企 業が 互い に 協同 し合 う 理由 が あ っ た 。こ れ に よ っ て 両者 は <開 発> の 次元 で 、 「沖 縄県 」と いう 新し い 国土空間 に 対し て、 ヘ ゲ モ ニ ー を 発揮 し て い く こ と に な る。 こ の よ う に 69 年か ら 70 年 に か け て は 、< 開発 > と い う一 見 中 立 的な 枠 組み のもとに 、 復 帰 後の 沖 縄という 場 所/ 市場 を め ぐ っ て 、 日・ 米・ 琉 それぞれ の 利益 と思 惑 が錯 綜し 合 っていた 。 <開 発> という 大 義 名 分の 内実 は あくまで 恣意的 な も の で あ り、 そ の内 実を め ぐ っ て、 象徴的 な闘 争 が行 わ れ て い た の で あ る。 そ し て その 結果 、 日本政府 と 本土企業 が 優位 に立 ち 、70〜72 年 の長 期 経 済 開 発 計 画 〜 新 全 総〜 沖振計 と い う 公式 の開 発 計 画 の路 線 にも 、大 きな 影 響を 与え て い っ た。すな わ ち具体的 に は、 (主 に 工 業 化と 観 光 開 発に 関 わる ) 本土企業 の 進出 と、 政 府による イ ン フ ラの 整 備が 、沖 縄 開 発 の主 軸 と な っ て い っ た わ け で ある 。 (2)沖 縄 経 済 振 興 懇 談 会 と大 阪 万博 へ の ま な ざ し さて 、こ う した 流れ の な か で、 海洋博 は ど の よ う な機 能 を果 た し て い く の だ ろ うか 。注 目す べ き は、70 年 3 月 19〜20 日 に大 阪で 開 か れ た、第 5 回 沖 縄 経 済 振 興 懇 談 会( 以下「 沖 経懇 」と 表 記) で あ る 。前 年 11 月の 日 米 共 同 声 明で 沖 縄 返 還が 決 ま っ た後 であり 、こ の 懇 談 会は 沖 縄の 経 済 開 発にむけ 、 か な り重 要 な実 質 的 意 味 合 い を も っ て い た 。 今村元義 は 、海洋博 の 真の 推 進 者 が、 この 沖経懇 で あ っ た こ と を 指 摘し て い る 。すでに 33.

(4) 70 年 1 月、通産 省 が沖 縄で の海 洋 博 開 催を 検討中 で あ る こ と を明 ら か に し た 。こ れ を き っ か け に海 洋 博 誘 致 論 が 盛り 上が り、3 月 の 沖 経 懇で 海洋博 が議 題 に の ぼっ た の で ある 4。66 年に 総 理 府 と通産省 の 主導 で立 ち 上げ ら れ た 沖 経 懇だ が 、復帰後 の 「青写真 を 描く 」本 格 的な 議論 が 行わ れ る の は、69〜70 年、沖 縄 返 還が 現実的 にな っ てか ら で あ る。そ し て そ の . . . .. . .. .. . .. .. . 議論 の主 軸 が、 本 土 企 業の 沖 縄 進 出と なる 。 課題 は、 本 土 企 業が 進 出し や す い 条件 を い か .. .. . に つ く る か で あ り、 そ の「 起 爆 剤 」として 、 海 洋 博が 構 想さ れ よ う と し て い た のである 。 第 5 回沖経懇 に は、本 土 側からは 日 本 商 工 会 議 所・ 経 済 団 体 連 合 会 ・日 本 経 営 者 団 体 連 盟・ 経 済 同 友 会・ 日 本 貿 易 会 の経 済 5団 体( 団長 ・永 野 重 雄、 以 下 86 名)、 沖縄側 か ら は 琉 球 商 工 会 議 所 ・琉 球 工 業 連 合 会 ・沖 縄 経 営 者 協 会の 経 済3 団体 ( 団長 ・国 場 幸 太 郎、 以 下 25 名)、さらには 日 本 政 府か ら 岩倉 総 理 府 総 務 副 長 官 、新 全 総を 作 成し た下 河 辺 淳 ・経 済 企 画 庁 調 査 官 5、そ の 他関 係 官 庁 担 当 官、琉 球 政 府か ら 屋 良 朝 苗 主 席、砂 川 通 産 局 長な ど が出 席し て い た 。こ れ らの そ う そ う た るメ ン バ ー から 、 この 会の 実質的 な重 要 性が う か が え よ う。 し か も、 この 会 が行 わ れ た 日時 と場 所(3/19・20、大阪 )に 注意 しよう 。ほ ん の数日前 の 3 月 14 日、 大阪 で 日 本 万 国 博 覧 会 が開 幕 し て い た の で あ る。 大 阪へ 向け て 、第 1章 で 見た よ う な 空前絶後 の 民 族 大 移 動 が、 始ま っ た ば か り の 段階 で あ っ た。 万博 と と も に、 大 阪は 一 躍 脚 光を 浴び 、 劇的 な変 貌 を と げ よ う と し て い た 。まさに そ のような 場 所で 、復 帰 後の 沖縄 の 経済開発 、 そ し て海 洋 博の 構想 が 語ら れ て い く。 明ら か に、 大 阪 万 博は 海 洋 博 の、 大 阪 開 発は 沖 縄 開 発の 、具 体 的で 直 接 的 なモデル と な っ て い た の で あ る 。 実際 、懇 談 会の 日程 2 日 間 の後 、翌 21 日 には 、万 国 博 覧 会 見 学も プ ロ グ ラ ム に 組み 込 ま れ て い た 。沖 縄の 政 界・ 財 界 人 た ち は そ こ で、 松 下 館 ・三 菱 未 来 館・ 日立 グ ル ー プ館 ・ 富士 グ ル ー プ パ ビ リ オ ン・三 井グ ル ー プ 館・住 友 童 話 館な ど 、 (の ち に海洋博 に も出 展す る こ と に な る )本 土 資 本 のパ ビ リ オ ン群 も視 察 す る こ と に な っ た。 お 祭り 博 覧 会 の空 間の な かで 、ス ペ ク タ ク ル化 さ れ た 形で 示さ れ たこれら 本 土 資 本の 力 は、沖 縄の 要人 たちの 眼に 、 圧 倒 的な 存在感 をも っ て映 った は ず で あ る 。 娯 楽 的な オ ブ ジ ェと し て形象化 さ れ たその 力 .. . .. .. . .. . . . .. .. . .. . は、 すぐ 目 の前 に あ る 視 覚 的 ・ 物質的 な事 実 と し て 、 示威的 な効 果 を発 揮す る 。本 土 資 本. 松下館. 三菱未来館. 今村 、1974 、p.53-5 4 。ち な み に、 沖 経 懇 は本 土と 沖 縄の 財 界 人 から 構成 され 、 当初 は復 帰 と同 時に 解消 さ れ る こ と に な っ て い た が 、 の ち に海 洋 博 開 催ま で 存続 す る こ と に な っ た。 5 下 河 辺は、本 会 議 で「 沖縄 の経 済 開 発 に つ い て」 、講 演を 行 った。彼 は こ の時 点 で す で に 、琉 球 政 府 の 長 期 経 済 開 発 計 画の 策 定 作 業に も 加わ っ て い た 。彼 の影 響 力 、そ し て 新 全総 の影 響 力の 大き さ は 、こ こ か ら も明 ら か で あ る 。 4. 34.

(5) が復帰後 の 沖縄開発 の 主役 と な る こ と を、 沖縄側 の出 席 者たちに 承 認・ 受容 さ せ、 また 期 待さ せ る に は充 分な イ ン パ ク ト を 、視 覚的 に 与え た で あ ろ う 。 また 企業 パ ビ リ オ ン 群 だ け で な く 、国 際 博 覧 会を 開催 す る こ と自 体 への 魅力 も 、沖 縄の 要人 た ち は 実感 した 。 大阪万博 の 人気 や開 発 効 果 を直 接 ま の あ た り に し て、 沖 縄で も同 じ よ う な博 覧 会を 開催 で き れ ば、 相 当の 経 済 効 果が 見込 め るだ ろ う と 、現実的 な 期待 を高 め たの で あ る 。 明 治 以 来 、 政 府が た び た び博 覧 会 を 開催 し 、 そこに 民 間 人 ・企 業 を 参 加さ せ る よ う な 、 博 覧 会を 起爆剤 に し た 政府主導 型 の殖 産 興 業・産 業 振 興 の あ り方 6が 、大 阪 万 博 でも 繰り 返 さ れ て い た 。それが さらに 復 帰 後 の沖 縄に も 、海洋博 として 導入 さ れ よ う と し て い た の で ある 。復 帰 後の 沖 縄 社 会の 方向 づ け と い う 意 味で 、沖 縄 側の 出 席 者 た ち が大 阪 万 博 を視 察 した 意味 は 大き い。 彼 らは 大阪 万 博を ま な ざ す こ と を 通 して 、復 帰 後( =近 未 来) の沖 縄 開発 を ま な ざ し て い た の で あ る 。 そ し て繰 り 返し に な る が、 その 大 阪 万 博の 近 くで 行わ れ た第 5回 沖経懇 の焦 点 は、 本 土 企 業の 沖 縄 進 出であり 7、 海 洋 博の 開 催 誘 致な の で あ っ た 。 (3)総 合 的な 開発 装 置と し て の 海 洋 博 では 、懇 談 会そ の も の の中 では 、海 洋 博 に つ い て ど の よ う な 議 論が 行わ れ た の だ ろ う か 。 第 5 回沖経懇 で は本会議 の 他に 、復 帰 後の 沖 縄 開 発に 関 して ①第 1 次 産 業、② 新 産 業 誘 致 と開 発 、③ 第 3 次 産 業 、④ 総 合 経 済 開 発 、⑤既 存 企 業 対 策 、⑥財 政・金 融 、を 議 題とする 、 6 つの 分 科 会が 開 か れ た。 こ の な か で 観 光 開 発は 第 3 分 科 会に 、 海 洋 博は 第 4 分 科 会に 組 み入 れ ら れ て い た。 そこで まず 、第 4 分 科 会に 注 目してみ よ う。 第 4 分 科 会の プ ロ グ ラ ム は 、次 の よ う な構 成に な っ て い た 。 第 4 分 科 会 (総 合 経 済 開 発 ) 1. 沖 縄 経 済 開 発の 基 本 方 向 (1)臨 海 工 業 地 帯 の 建設 (2)産 業 開 発 事 業 団 方 式 に よ る 経済開発 2. 復 帰 記 念 三 大 事 業 (1)国 際 海 洋 開 発 博 覧 会 開 催 (イ )全 島( 先 島を 含む ) 一周道路 の 整備舗装 (ロ )埋 立 造 成 事 業 (2)南 北 文 化 セ ン タ ーの 設立 に つ い て (3)原 子 力 発 電 所 の 建設 沖縄 の総 合 的な 経 済 開 発という 大 テ ー マの も と に 、経 済 開 発 の基 本 方 向 と、 復 帰 記念三 大 事 業と い う二 つの 議 題が セ ッ ト に さ れ、 後 者の 中に 海洋博 が入 っ て い たわ け で あ る。 沖 縄 側の 有村喬 ・那 覇 商 工 会 議 所 副 会 頭は 、 海 洋 博の 提 言に あ た っ て ま ず、 海 洋 開 発が 70 年代 の重 要 課 題 と な っ て い る こ と 、通 産 省が 沖縄 復 帰 記 念と 地 域 開 発 促 進 と い う 、二 重 博 覧 会の 歴史 に つ い て の 詳 細は 吉見 、1992 を参 照 。ま た、 本 論 第 3 章 も参 照。 も っ と も 、本 土 企 業 の沖 縄 進 出 に対 し て は 、懇 談 会の な か で特 に 沖 縄 側か ら 、疑 問や 心 配の 声も 上 が っ て い た 。 例え ば、 第 2 分 科 会 「新 産 業 誘 致と 開発 」 では 米 外 資 の参 入を 認 め る べ き と の意 見 が 出 て 、 先述 の県 益 と国 益の 対 立が 生じ て い た し、第 5 分 科 会「 既 存 企 業 対 策」では 、沖 縄 企 業 の 99.9 %を占 め る中 小 企 業 が 、本 土 企 業 の進 出に よ っ て 打撃 を 受け る問 題 への 対策 が 話し 合わ れ た 。と は い え 、こ れ ら の問 題が あ っ た か ら こ そ、 本 土 企 業の 進出 を 円滑 に進 め る た め の 準備 が 行わ れ た の だ と も言 え よ う 。 6 7. 35.

(6) の効 果を 考 えて 海 洋 博 を構 想し て い る こ と 、 な ど の認 識 から 入る 。 その 上で 、 海 洋 博 推 進 の理 由に つ い て は 、復 帰 記 念 や沖 縄の 歴史的 国 際 性 といった 要 因に 加え 、次の よ う に 言う 。 「沖 縄は 東 南アジア と 本土 の中 間 に位 置す る 島国 で あ り 、亜 熱 帯 特 有 の美 しい 自然美 の ほ か に、海洋学者 の 興味 を そ そ る に 十分 な サ ン ゴ礁、熱帯魚、海 中 生 物を 豊 富に 有し 、 特に 八 重 山 群 島 沖の 尖 閣 列 島 海 底 には 、世界有数 の 石油資源 が 埋蔵 さ れ て い る と い う 自然 的 条 件 を備 え て い る の で、 海 洋 万 博の 開 催に は最 適 で あ り ま す 。」 「アジア に 近い 」沖 縄 の地理的 な 位置 や、 < 亜 熱 帯> 特 有の 自然 を 前面 に押 し 出し 、そ . . . .. . こに 美的 ・ 学 術 的・ 経済的 な資 源 性 、 稀 少 性 を見 出し て い る 。そ し て そ れ ら の 諸 条 件か ら して 、沖 縄 が海洋博 の 開催 に適 してい る、 とする の で あ る。 その 後 、次 の よ う に続 ける 。 . .. . .. .. . .. 「さらに 、最 も重 要 な理 由と し て は 、海 洋 万 博 の開 催を 契 機として 本 土と の交 流 が一 そ う緊 密に 促 進さ れ、 また 社 会 施 設、 観光施設 が 整備充実 さ れ る ほ か に、 海 洋 万 博に 使 用された 諸施設 は、 万 博 終 了 後 も恒久的 に 海 洋 開 発 研 究センタ ー と し て、 地 域 経 済 開 発に 大き な 波 及 的 効 果 を及 ぼ す こ と が 考え ら れ ま す 。」 8 有村 が海 洋 博の 沖 縄 開 催を 盛ん に アピール す る の も、 やはり 海 洋 博 そ の も の よ り も 、そ こ か ら波 及 する 諸々 の 開発効果 を 、最 も期 待 していた か らで あ っ た 。「 本 土と の交 流 」も 、 海 洋 博を 契 機に 促進 さ れ る と言 う が、 こ れ は 実 質 的に は 、本 土 企 業 の沖 縄 進 出 や観光客 の 増加 の こ と を指 して い る。イ ン フ ラも 整 備さ れ る し 、万 博 の跡 地 利 用 も期 待で きると 言う 。 沖 縄 側が こ れ だ け海 洋 博の 誘致 を アピール す る背 景に は 、やはり 基 地 経 済を 脱 却し 、そ れに 代わ る 自立経済 を 確立 する という 課題 が あ っ た。 だ がそ れ以 外 にも 有村 は 、そ れ ま で の奄 美や 小笠原 に対 す る経済援 助 が、 投 資 額 の わ り に は 開発効果 が 現れ て い な い こ と へ の 懸念 を語 っ て い る 。そ こ で 、海洋博 に よ っ て復 帰 記 念( =祝 祭 性 )と 経 済 開 発(= 実質性 ) を結 び合 わ せ ら れ れ ば (→ 第3 章 )、 よ り大規模 で 総 合 的な 開 発を 行う こ と が 可能 になる 、 と考 えた の で あ る 。しかも そ の現実的 な モ デ ルと し て、オ リ ン ピ ッ ク を開 いた 東 京が あり 、 万博 を開 い た大 阪が あった 。つ ま り、 沖縄 の 要人 た ち に と っ て海 洋 博を 誘致 す る ことは 、 開発路線 として 東京 や 大阪 に続 く こ と で あ り 、奄 美や 小笠原 とは 別 の道 を た ど ろ う と す る こ と な の で あ っ た。 一方 、本 土 側の 福 島 八 朗・ 三 井 物 産 副 社 長 は 、沖縄側 の 発言 に対 し て基本的 に 賛意 を示 すコ メ ン ト のなかで 、 次の よ う に 述べ て い る 。 「海 洋 博 覧 会の 内容 を 、レ ジ ャ ー を中 心に し た観 光 本 位 にするか 、 あるいは 産 業 開発本 位に す る か、 一 概に 断定 で き か ね る と存 じ ま す が、 私の 考 え と し ま し て は 、 両 方の 要 素をまあ 併 用す る。 た だ し、 重 点の 置き 方 と し ま し て は、 沖縄経済 の 長 期 的、 総 合 的 建設 の視 野 か ら い き ま し て 決め る べ き も の で あ り ま す の で、むしろ 産 業 開 発 面 に重 点 を置 い た ほ う が 適当 で は な い か と 考えます 。」 9 こ の発 言 は 、 沖 縄 開 発 に お け る 海 洋 博の 位 置 づけを 、 明 確 に表 現 し て い る 。 海 洋 博は 、 単に 観 光 開 発の た め だ け に 行わ れ る の で は な か っ た。 よ り包括的 ・ 総 合 的な 沖 縄の 産 業 開 発、 経 済 開 発を 指向 す る も の で 、 観光開発 もその 一環 として 位置 づ け ら れ た わ け で あ る 。 この 発 言 者 が、 ま さ に 海洋 博で 活 躍し た総 合 商 社 ・三 井 物 産 の副 社 長で あ っ た こ と は、 非. 8 9. 二つ の引 用と も 、沖 縄 経 済 振 興 懇 談 会 、1970a、p.249。強 調は 多田 。 同上 、p.254-255 。. 36.

(7) 常に 興 味 深 い。 先に 見た と お り 、第 4 分科会 の な か で海洋博 の 問題 は便 宜 上、 議題 と し て は「 沖縄経済 開発 の基 本 方 向 」と 区 別さ れ て い た。 と は い え、 実際 に は海洋博 そ れ自 体が 、 沖縄 の経 済 開発 に基 本 的な 方向 づ けをする 、 開発装置 と し て の役 割 を与 え ら れ て い くの で あ っ た。 だ からこそ 海洋博 は、 こ の分科会 の テ ー マ「 総 合 経 済 開 発 」の 中に 入 っていた 。 海 洋 博と い う巨 大イ ベ ン ト を通 し て、 本 土 企 業が 沖縄 に 進出 す る と と も に、 政 府は 関 連 公 共 事 業と し てイ ン フ ラ 整備 を実 施 する 。そ の 開発規模 は 巨額 で広 範 囲に 及ぶ た め、 ま さ に 総 合 的な 経 済 開 発が 実 現す る と さ れる の で あ っ た 。 10 (4)観 光 開 発 ・イ ン フ ラ 整備 ・ 海 洋 博 海 洋 博が 観 光 開 発の み に特 化す る ので は な く 、よ り総 合 的な 開発 を 指向 す る も の と し て 位置 づけら れ た こ と が わ か っ た 。 実際 、観 光 開 発 は運 輸 振 興 と と も に、第 3 分科会 (第 3 次産 業) の 中に 入れ ら れ、 海 洋 博 とは 別の 位 置に 分類 されて いた 。 では 、観 光 開 発 に つ い ては 沖 経 懇 で ど の よ う な議 論が 行 わ れ たの か 、こ れ に つ い て も見 て お く こ と に し よ う。 観光開発 に つ い て沖 縄 側からは 、 渡 名 喜 守 定 ・沖 縄 観 光 開 発 事 業 団 理 事 長か ら 、詳 細な 基 調 報 告が 行 われた 。 11彼は 、 復 帰 後 の沖 縄 開 発に お け る 観 光 産 業 の位 置 づ け に つ い て 、 次の よ う に 述べ る。 「いまや 復 帰が 2 年 後に 実 現し、 基 地も 当 然 縮 小を 予想 さ れ、基 地 関 係 収 入 の 漸減 が事 実と な っ て 現れ よ う と し て い る 。これに 代 わりうる 産 業として 、石 油 関 連 産 業 、畜 産 振興 、ア ル ミ工 業 その 他第 1 次 、第 2 次 産 業 の振 興が 叫 ば れ て お り ま す が、こ れ ら の 産業 が い ま た だ ち に ス タ ー トす る と し て も 、た だ ち に経 済 効 果 を期 待す る こ と は で き ず、 数年 あるいは 10 数年 を 要す る も の と思 わ れ る 。しかし 観 光 産 業は 、前 に 述べ ま .. . .. .. . .. .. し た よ う に 開発 が進 み、諸 施 策 が強 力に 実 現すれば 、5 年後 には 観光客 50 万人 、観 光 収入 1 億ド ル 、また 10 年後 には 200 万人、3 億 ド ルの 目 標 達 成も 決し て不 可 能で は ご ざ い ま せ ん。観 光 立 県こ そ 沖縄 の自 立 経 済 達 成 の 唯一 の道 で あ る と申 し て も 過言 で は な い 。」 復帰 を契 機 と し た基 地 経 済 か ら の 脱却 手段 ・ 自立経済 の 構築手段 として 、畜 産 や工 業の 振興 が講 じ ら れ て は い る が 、それらの 効 果が 実際 に 現れ る に は 時間 が か か る。そ れ よりも 、 す で に開 発 中の 観光 に 強力 な施 策 を投 入し た 方が 、観 光 客の 確実 な 増加 が見 込 め、 即 効 性 があると い うの で あ る 。そ う し て 彼は 、 「観 光 立 県 」を 明 確に 打ち 出 した 。た だ し、こ の「 自 立 経 済達 成 の唯 一の 道 」を 行く た め に は、 何 が必 要だ ろ うか 。 「これを 達 成す る た め に は 、前 に も述 べ ま し た よ う に 、 国と し て の 強力 な、 政治的 、財 政的援助 が 必要 で あ り、また 沖縄側 に お い て も 、総 合 観 光 施 策 を す み や か に打 ち出 し 、 文脈 や使 われ 方 は異 な る が 、第 4 分 科 会 で産 業 開 発 事 業 団 を設 立す る 必要 が主 張 さ れ る際 に も、次 の よ う な形 で 、万 博は 地 域 経 済 開 発 に ひ と つ の 方向 づ け を 与え て い る 。「 沖 縄 経 済の 自 立 的 発 展 を迅 速 か . .. . .. .. . .. .. . .. .. つ効 果 的 に 実現 す る た め に は 、万 国 博 覧 会 施 設の 建 設 過 程に み る よ う に 、整 合 性 を と も な っ た総 合 開 発 計画 に則 し て、集 中 的 、重 点 的に 経 済が 離陸 す る た め に 必 要な 始 発 的 条 件 の整 備 が急 務で あ る か ら で あ る。」( 沖 縄 経 済 振 興 懇 談 会、1970b、第 4 分 科 会 、p.5 )こ の発 言 は 、博 覧 会 空 間そ の も の が 、地 域 開 発 のモ デ ル と な っ て い る 事態 を、 典 型 的 に表 し て い る。 11 6 9 年か ら 総 理 府 主 催 で 3 度 に わ た る沖 縄 観 光 会 議 が 開か れ、 今 後の 沖 縄 観 光の ビ ジ ョ ン が 話し 合わ れ た と い う。 その 結 果、沖 縄 側か ら の ① 海の 自 然 美 を生 かす 観 光、② 亜 熱 帯 の気 候・ 自然 を 資源 と す る 保 養 観 光 、③平 和 公 園 、と い う 3 点 の 観 光 基 本 構 想 に そ っ て 、す で に 開 発が 進め ら れ て い る 、と述 べた 。 10. 37.

(8) 東洋 にお け るハワイ 、ま た香 港 にかわる 観光地 と し て の地 歩を 確 立す べ き で あ る 。 そ して 、観光上 プラス に な る な ら、 他県並 み扱 い で は な く 、復 帰 後もある 期 間 特別県 と する 高度 な 政 治 的 配 慮 が必 要で あ り、こ の 点に 関し 、沖 縄 経 済 振 興 懇 談 会 と し て、 本 土 政 府に 強 力に 働き か け ら れ る よ う要 望い た し ま す 。」 12 観光立県 に 必要 な の は 、本 土 政 府 の政治的 ・ 財 政 的 援 助 で あ る 。「 東洋 に お け るハワイ 」 と し ての 地 位を 確立 す る た め に 、 他 県 並み ど こ ろ か そ れ 以上 の政 治 的 配 慮を 、 沖 経 懇と し ても 求め て い こ う、 と 言う の で あ る。 渡 名 喜は 特 に、 沖 縄 本 島 近 海の 慶 良 間 諸 島 が もつ 、観 光 美の 魅力 を 強調 する 。 そ こ に本 土 政 府や 民 間 大 手 企 業 の力 を結 集 し、10 年計画 で 開発 して 、「世 界 の慶良間 」 に し た い と 言う 。そ の た め に も 、 海 洋 博を 慶良間 に誘 致 し た い、 と 述べ て い る 。ここを 海洋博 の拠 点 に す る こ と に よ っ て 巨 額の 投資 を 呼び 込み 、 景 観 美の す ぐ れ た沖 縄 を つ く り た い、 と考 え たのである。 ( 先 述し た よ う に )総合的 な 経済開発 の 装置 と し て 位置 づ け ら れ た 海 洋 博 だが 、 観光開発 の 個 別 的な 文 脈の 中で も 、や は り重 要な 起爆剤 と し て 考え ら れ て い た わ け で あ る 。 こうした 沖縄側 の主 張 をうけて 、 討論 の中 で 中 心 的な 話 題と な っ た の は 、イ ン フ ラ 整備 の問 題で あ っ た 。児 玉 忠 康 ・分 科 会 長 (日 本 郵 船 株 式 会 社 会 長) は 、観 光 開 発 を め ぐ っ て 多く の論 点 が錯 綜し て い る 状況 に 対し て、 議 論の 交 通 整 理を 図る 。 そうして 、 政府 の援 助 を求 め る と し て も 、 「 い く ら 政府 でも 、資金 には 限 度がある 」と し て 、参加者 た ち を た し な める 。そ し て沖 縄と し て は 、特 に 何に 重点 を 置きたい のかを 明確 にした 方が よ い、 と言 う のである 。 具 体 的に は 、道 路・ 空 港・ 港湾 と い っ たイ ン フ ラ ス ト ラ ク チ ャ ー ( 基盤施設 ) を ま ず考 え る の も、 一 つの 方法 だ 、と 指摘 し た。 そ こ に同 意 して 発言 し た の が、 宇 都 宮 寛・ 運 輸 省 大 臣 官 房観 光 部 計 画 課 課 長 で あ っ た 。 「観 光 問 題 と い う の は 、直 接そ の プロパー の 観 光 地 施 設 と い う も の は も ち ろ ん 重要 です けれども 、観 光 基 盤 施 設 と い う も の を ま ず 充実 し て い く、 急が ば回 れ の議 論で 、そ う い っ た も の を先 に充 実 し た ほ う が 、逆 に 早道 に な る と い う こ と が か な り あ る の じ ゃ な い か と思 わ れ ま す 。」 13 児玉 と宇 都 宮の 発言 からは 、復 帰 時の 観 光 開 発の 焦点 が 、イ ンフ ラ 整備 に集 約 されてい った 流れ が 、よ く表 れ て い る。 特 に宇都宮 は 一見 、沖 縄 側に 対し て よ り 具 体 的 な選 択を 促 . .. . .. .. . .. .. . .. .. . . . .. . す体 裁を と っ て は い る が、 その 実 、本 土 政 府 (運輸省 ) と し てイ ン フ ラ 整備 に 最 も 重点 を .. .. . .. .. . . . .. . 置く 方針 を アピール し た 意味合 い の方 が、 大 き か っ た で あ ろ う。 実際 この 時 点で 、道 路 ・船 舶・ 港 湾・ 空港 と い っ た交 通 の未整備 は 、沖 縄の 観 光振 興に と っ て最 大 の障 壁と な っ て お り 、 離島地域 は 特に そ う で あ っ た。 だから 、こ れ ら の イ ン フ ラ整 備が 観 光 開 発に と っ て も急 務 と な っ て い た わ け だ が 、こ こ に お い て 、海 洋 博と 観光 開 発は 大い に 重な り合 っ て く る。 そ も そ も海 洋 博そ の も の が、 数 百 万 人 規 模の 観光客 を見 込 んだ 一 大 観 光イ ベ ン ト で あ り、 そ れ ら の観 光 基 盤 の整 備 を必 要と し て い た。 だ か ら その 関 連 公 共 事 業 も、 道路 を は じ め と す る交 通の 整 備に 最も 予 算が 配分 さ れ た の は 、 必 然 的な 流 れ で あ っ た と い え よ う 。海洋博 は 、のちの 観 光リ ゾ ー ト としての 沖 縄に 必要 な 諸 要 素を 、 先取 り し て 一気 に実 現 す る た め の 起 爆 剤と し て、 機能 し た の で あ る 。確 かに 、 海 洋 博は 観. 12 13. 二つ の引 用と も 、沖 縄 経 済 振 興 懇 談 会 、1970a、p.188。強 調は 多田 。 同上 、p.206。強 調は 多田 。. 38.

(9) 光 開 発だ け で な く、 よ り総合的 な 経済開発 を ね ら い と す る と さ れ ていた 。し か し、 その 観 点か ら整 備 さ れ た産 業 基 盤 と し て の交 通は 、結局 は 観光 に と っ て も 命綱 と な る の で あ っ た 。 こ こ に お い て 、前 章 の 最 後で 抽 出 し た、 開 発 の エ ピ ス テ ー メ ー 、( 交 通 に お け る ) 速度 と移 動の エ ピ ス テ ー メ ー、 観光 の エ ピ ス テ ー メ ー と い う 3つ のエ ピ ス テ ー メ ー と、 それ ら の起爆剤 と し て の巨 大 国 際 イ ベ ン ト・ 海 洋 博 が、 そ ろ っ て登 場し て い る 。そ れ ら は 互い に 密接 に関 わ り合 い な が ら、 復 帰 後 の沖 縄の 経 済 社 会の リ ア リ テ ィ を 、新 たに 構 築し よ う と していた の で あ る。. 第2 節. 開 発 資 源としての <沖 縄 >の 発見. (1)長 期 経 済 開 発 計 画に お け る <沖 縄> の 自己 へ の ま な ざ し 以上 で見 てきた 第5 回 沖 経 懇を 契 機に して 、 沖縄 の開 発 計 画 は ま す ま す 現 実 味 を増 して 練り 上げ ら れ て い く 。同 70 年 9 月の 長 期 経 済 開 発 計 画 (琉 球 政 府 )〜72 年 10 月の新 全 総へ の組 み 込み (経 済 企 画 庁) 〜 同年 12 月 の沖 縄 振 興 開 発 計 画 ( 沖 縄 開発 庁 )という 、 一連 の公 式 的な 開 発 計 画が と と の っ て い く の で あ る( 前 掲の 表 参 照 )。 こうした プ ロ セ スの な か で 沖 縄 振 興 開 発 計 画 と海洋博 は 、ど の よ う に具体的 に 連動 し合 っ て い く の だ ろ う か 。 だがその 前 に、 こ れ ら の公式的 な 開発計画 に お い て、 < 沖縄 >そ の も の が ど の よ う に特 徴 づけられ 、 方向 づ け ら れて い く の かに つ い て も、 先に 見 て お く必 要 が あ る 。特 に 、70 年の長 期 経 済 開 発 計 画の 発 表 主 体は 琉 球 政 府である 。復 帰 後 の開 発に む けて 沖 縄 側 は、 <自 己 >に 対し て い か な る ま な ざ し を 向 け て い っ た の だ ろ う か 。開 発 計 画 と い う形 式 のなかで 、 ど の よ う に 自ら を客 体 化し 、具 体 的に ど う い う特 徴を 前 面に 押し 出 .. . して いっ た の だ ろ う か 。開 発 計 画 に示 さ れ た 沖縄 の自 己 理 解 ・自 己 定 義 は ま さ に、 公 式 上 . の ア イ デ ン テ ィ フ ィ ケ ー シ ョ ン そ の も の で あ り、そ の後 の沖 縄 の特 徴づ け 、方 向 づ け に大 き な影 響を 与 え る も の で あ っ た。 そして 実際 、 こ れ に続 く 本土政府 の 新 全 総と 沖振計 に お け る< 沖縄 > へ の ま な ざ し も 、こ の 計画 に基 づいて 構築 さ れている の で あ る。 .. . もっとも 、 この <沖 縄 >の 自己 へ の ま な ざ し は、 す で に 純粋 な 「 ウ チ ナ ン チ ュ 」や 「県 民」 の も の で は あ り え な い 。と い う の も、 こ の計 画 策 定 のプ ロ セ ス で は す で に 、新 全総 を 作成 した キ ー パ ー ソ ン・下 河 辺 淳 を は じ め、20 人 もの 中 央 官 僚た ち が助 言 指 導 者として 来 沖し 、色 濃 い影 響を 落 と し てい た から で あ る 。だから 、 実際 の と こ ろ琉 球 政 府 は、 本 土 政 府による 新全総 の< 国 土 開 発> の ま な ざ し を 内部 に取 り 込み 、そ の 影響 の も と に、 <沖 縄 >の 自 己 像 を作 り上 げ た に す ぎ な い 。だ が そ れ が、 「 県民自 ら主 体 性を 持ち 、英 知と 総力 を 結集 して 推 進」し 、 「 全県民 の創 造 的 精 神と 自 立 意 識の 高 揚を は か る」 14べ き も の と し て 提 示さ れ た と こ ろ にこ そ 、本 計 画の 重要性 と問 題 性がある 。 「 県民 」の「 主体 性 」の発 揮と い う の は あ く ま で 、新全 総の < 開発 >と い うフ レ ー ム に は め込 まれた 中で の こ と な の で あ る 。 そ し て こ の <開 発> の エ ピ ス テ ー メ ー が、 沖 縄の リ ア リ テ ィ を全 空 間 的 ・包 括 的に 覆っ て いくことになる のであった 。 さて 、そ の 第1 部「 基 本 構 想」 で は「 本県 の 特性 」に つ い て 、次 の 8項 目が 挙 げられて いる 。. 14. 琉 球 政 府 、1970、p.1 。. 39.

(10) (1) 地 理 的 条 件 の有利性 (2) 自 然 的 条 件 の有利性 (3) 進 取 性と 国 際 性 豊か な 県民気質 (4) 豊富 な労 働 力 (5) 国 際 交 流 協 力 面 の優 位 性 (6) 豊か な民 俗 文 化 (7) 台風 ひん 発 の不利性 (8) 離 島 群を か か え る不 利 性 15. .. . .. . これらの 諸 特性 は あ く ま で 、沖 縄 の「 開発 の 可 能 性 」 を 確認 す る た め に 挙げ ら れ た も の で あ るこ と に注 意し よ う。(1)〜(6)はポ ジ テ ィ ブ な 要素 で あ り 、(7)(8)はネ ガ テ ィ ブ な要 素 で あ る 。以 下で は キ ー ワ ー ド を拾 い上 げ な が ら 、主 要な 論 点を 抽出 しよう( →付録 1 参 照)。 (1)地理的条件 で は、「 本 県 」= 沖 縄が「 わが 国 」=日 本の「 最南端 」に あ り 、「 本土 と東 南アジア 地 域と の ほ ぼ 中央 」に あ る こ と が 、 「南 の玄 関 」としての 開 発 価 値を も つ こ と を 確 認し て い る 。「 太平洋 地域 に お け る交 通 通 信 の要 」、運 輸 ・貿 易の 基 地と し て の 沖縄 の開 発 可 能 性で あ る。 こうした 沖 縄の 特異 な 地 理 的 位 置 は、 そ れ こ そ歴史的 に み れ ば、 太 平 洋 戦 争 で は本 土の 「防波堤 」 と し て活 用 され 、戦 後 は米 軍の アジア に お け る拠 点と し て活 用さ れ て き た当 の も の で あ る 。しかし 、 当 計 画の こ こ で は、 そ の こ と に は 全く 言及 しない 。む し ろ、 そ う し .. . . . .. .. . .. . たネ ガ テ ィ ブな 歴 史 性 を断 ち切 り 、純 粋 な空 間 的 観 点か ら と ら え返 す と こ ろ に 特徴 がある 。 そ し て、 交 通・ 通信 ・ 運輸 ・貿 易 の中 継の 要 所と し て の <開 発> の 観点 から 、 <沖 縄> の 空間 を読 み か え て い る の で あ る 。 開発 のエ ピ ス テ ー メ ー は、 単に 経 済 開 発を 行 う だ け で な く、 過去 の 歴史 との 連続性 を断 ち 切り 、現 在 から 未来 に か け て、 そ の地 域に 新 たな 文脈 と 方 向 性を 指 示す る と い う、 社会 開 発の 機能 も 合わ せ も っ て い る の で あ る 。 (2)自 然 的 条 件 で は、「 本 県」 が 「わ が 国」 に お け る 「 唯一 の 亜 熱 帯 地 域」 で あ る こ と が 自覚 されて い る 。そ の 特有 の気 候 を生 か し た 亜 熱 帯 植 物 や畜 産な ど によって 、 農業開発 の 可 能 性が あ る と す る 。 また 、「南 国 特 有 の青 い空 」「色 調 豊か な海 原 」「 珊瑚礁 」「熱帯魚 」 ... な ど に美 的 な ま な ざ し が向 け ら れ 、こ れ ら の「自 然 景 観 」が 、 「国 民 の レ ク リ ェ ー シ ョ ン の 場」 と し て 、観 光 開 発 に適 し て い る と さ れ る 。だ が同 時 に沿 岸 地 域 は、 埋 立 地 造 成 や臨 海 工業立地 、 また 水 産 業 にも 適す る と さ れ た 。 ここでは 沖 縄の <自 然 >が 、美 的 な ま な ざ し に よ っ て 再帰的 ・自 覚 的に と ら え ら れ て い る。 す で に こ の ま な ざ し は 、そ う し た 自 然 環 境に 包ま れ て住 むよ う な、 ヴ ァ ナ キ ュ ラー な 生 活 者の 視 点からは 遠 く離 れ て い る。 <亜 熱 帯> <南 国 >< 青い 空 >< 青い 海 >< 珊 瑚 礁 >な どが 自覚的 ・言 説 的に 語ら れ る と き、 こ れ ら の< 自 然> は あ く ま で 、開 発 可 能 性の 観 . . .. 点か ら 、経 済 的 に利 用 可 能 な <資 源 >と し て 、客 体 的に と ら え ら れ て い るの で あ る。 16そ してその 瞬 間、 こ れ ら の< 自然 > はすでに 、 あ り の ま ま の自 然で は な く な っ て い る 。 観 光 開 発 は 、「 自 然 景 観 」 を美 的 な 対 象と し て 、 人 工 的 に 再 構成 す る 作 業で あ る 。 <開 発> の ま な ざ し が そ の 自然景観 に 入り 込む と き、 その 空 間・ 風景 は 開発 の< 対 象= 客体 >. 15 16. 琉 球 政 府 、1970、同上 、p.4 -6 。 この 点に つ い て よ り 詳細 に は、 第 4 章で 再び 取 り上 げる 。. 40.

(11) と し て設 定 され 、開 発 の< 主体 > か ら は明 確 に区 別さ れ る。 開発 の エ ピ ス テ ー メ ー は こ の よ う に、 開 発に お け る <主 体> と <客 体= 対 象> を、 明 確に 分離 す る作 用を も っ て い る の で あ る。 本 開 発 計 画 に お い ては 、 琉球政府 は 暗黙 の う ち に、 沖縄 の 空間 (= 国 土 空 間) を 県民 の身 体 か ら ひ き は が し 、コ ン ト ロ ー ル の 客体 =対 象 と し て、 加 工を 施す 作 業を 行お う とし て い た の で あ る 。 そ れ で は 、「 県 民」 に 対 し ては 、 開 発 計 画 の な か でど の よ う な ま な ざ し が向 け ら れ た の だ ろ う か。(3)「進 取 性 と国 際 性 豊 か な県 民 気 質」 で は 、「 県 民 気 質 」な る も の が 、 歴史 の 引用 を通 し て語 ら れ て い る 。15〜16 世紀 の琉 球 王 国 時 代 、アジア に お い て国 際 貿 易 のセ ン ター 的 役 割 を果 た し た こ と や、20 世紀 には 戦 前か ら他 県 に先 駆け て 海外移民 を 多 数 送り 出 し、 ハ ワ イ な ど で新 天 地を 開拓 し た こ と、 ま た今 日で も 県民 の多 く がア メ リ カ 人を は じ め と す る外 国 人と 接触 し 、国 際 交 流 を経 験し て い る こと 17が 挙げ ら れ て い る 。こ れ らか ら「 県 .. 人の 進取 、 勤勉 の気 性 と温 和な 気 質」 や「 国際性 」を 確 認し 、こ う し た 県 民 気 質を 「一 大 .. .. .. . .. .. . .. .. . .. . . . .. 資源 」と し て、「 わが 国の 国 際 交 流 協 力 の場 と し て 県土 を 開 発 する 」際 に 、「 十 分に 活用 発 揮」 す べ き だ、 と い う の で あ る 。 ウ チ ナ ン チ ュ( =沖 縄 の人 )の 「 人の 温か さ 」や 「国 際 性」 は、 今 日で も「 県 民 気 質」 と し て取 り 上げ ら れ る こ と が多 い。2000 年 の九 州・沖縄 サ ミ ッ トで は、明ら か に こ う し た イメージ が 、政治的 に 活用 さ れ て い た 。す で に 70 年の 時点 で、 本 開 発 計 画 の な か に、 こ う し た「 ウ チ ナ ン チ ュ 気質 」が 開 発に 活 用 可 能な 資源 として 、再 帰 的に 構築 さ れ て い た の で あ る。. . .. . .. .. . また 、そ う し た 県民 の 人 材 力は 質 的に す ぐ れ て い る だ け で な く、 量 的な 面で も 、 約 100. 万の 人口 に 生 産 年 齢 人 口が 63 万 人と 、豊 富 な労働力 を 備え て い る と指 摘す る の が (4)であ る。今後 の「 技 術 革 新」や「 産 業 開 発」に有 利 な、「高 度 な人 間 能 力 の開 発」の 条件 が と と の っ て い る こ と を指 摘 している 。 こ の よ う に(3)(4) では 、「県 民」 という <人 間 >そ の も の が、 開 発 可 能 性 の観 点 からまな ざされ、 「 国 際 性 豊か なウ チ ナ ン チ ュ 」と し て 、新 たにその 特 徴を 設定 さ れ て い る 。この 人 的 特 徴は 、(1)の地 理 的 条 件 で沖 縄 が国際的 な 中継地点 と設 定 さ れ た こ と と、対 応づ け ら れ て い る。 も ち ろ ん そ れ ま で も、 ウ チ ナ ン チ ュ の国際性 と い っ た こ と に つ い て は 、歴 史を も ち出 す こ と に よ っ て 繰 り返 し語 ら れ て き た 。 だ が こ こ で は、 新 全 総 の< 国 土 開 発> の路 線 のなかに 、 そうした 「 県民気質 」 が組 み込 ま れ た こ と に こそ 、新 し さ が あ る 。 この 開発 の エ ピ ス テ ー メ ー に お い て は 、< 県 民= 人間 > そ の も の が 、< 資源 > と し て客 体 =対象化 さ れていく 。 結局 、沖 縄 の地 理 的 位 置も 自然 も 人間 も、 国 土( =県 土 )の 経 済 的 な開 発に 貢 献す るフ ァ ク タ ーと し て、 <開 発 >の ま な ざ し に よ っ て コロニー 化 され 、総 動 員さ せ ら れ て い くの で あ る 。 (5)の国 際 交 流 協 力 面 で は、 具体的 に は 熱 帯 農 業 研 究 セ ン タ ー 、パ イ ロ ッ ト 訓練 飛 行 場 、 国 際 会 議 場 、青 年 訓 練 センター 、 熱帯医学 、 海洋開発 の 研究機関 などの 設置 が 語ら れ て い る 。こ れ ら の 施設 は 、(1)(2) の 地 理 的・ 自 然 的 有 利 性 を 、 技術 的 ・ 文化的 に 活 用 し よ う と す る も の で あ る 。す な わ ち 、「アジア 」「太 平 洋」「 海洋 」と い う沖 縄の 地 理 的 位 置 や 、「 亜 熱帯 」と い う気 候 条 件 を明 確な テーマ と し て 打ち 出し ながら 、沖 縄 が「 国 際 交 流」 の拠 点. 17. こ れ は も ち ろ ん 米 軍 統 治 に よ る も の だ が、 そ の こ と に つ い て は 一 切ふ れ て い な い 。. 41.

(12) と な る こ と を、物 質 的 に具現化 し よ う と す る も の で あ る 。(3) では 人 材に よ っ て 国際交流 へ の貢 献を 示 そ う とし た の と 、パ ラ レ ル な動 き で あ る。 こ う し た沖 縄 特 有 のテ ー マ群 を、 ハ コ モ ノ施 設 において 物質的 に体 現 す る こ と は 、< 沖縄 > イメージ を 物 質 的に 客体化 ・実 体 化す る、 象徴的 /物 質 的な 錬 金 術 としての 側 面を も っ て い る 。 さて 、以 上 のような 沖 縄 特 有と さ れ る 地理 ・ 自然 ・人 材 ・施 設に 、 より 具 体 的 な内 実を 与え る も の は何 だ ろ う か。それは 、<文 化> である 。(6)では 、沖 縄 固 有 の「 豊 かな 民 俗 文 化」が 称 揚される 。「沖 縄の 風 土と 歴史 は、独特 の 文 化 財、民芸 、舞 踊、民謡 などの 民 俗 文 化を 産み 出 し、 島 嶼 文 化を 形成 す る な ど豊 か な人 文 資 源 を有 し て い る。 こ れ ら は観 光お よ び学究面 に お い て大 き な魅 力あ る 資源 で あ る 。」 だ が こ れ も 開発 可 能 性 の観 点か ら 、生 活の な か で 「生 き ら れ る文 化 」か ら、 観 賞や 研究 のために 「 見せ る文 化 」「 見 ら れ る文 化 」へ の変 質 を迫 っ て い る こ と に 注 意しよう 。「魅 力 ある 資源 」 と し て、 やはり <開 発 >の ま な ざ し に よっ て コロニー 化 さ れ る と き 、< 文化 > は生活者 に 根付 いた 身 体 感 覚か ら は ぎ と ら れ て、 博 物 館 的な 空間 の 中に 客 体 化 され 、ス ペ クタクル 化 さ れ る。 そして 諸々 の <民 俗 文 化 >は 、観 光 客や 研 究 者 の ま な ざ し に視覚的 な 満足 を与 え るような 、 <沖 縄ら し さ> の演 出 装 置 の一 つ と化 す の で あ る 。 以上 が、開 発 可 能 性 の 観点 から 活 用できる 、沖 縄 県が も つ長 所と さ れ た 。一 方 、(7) 台風 に よ る被 害 の多 さと 、(8)離島群 におけ る距 離 の隔 たり は 、沖縄県 の 不利 な特 徴 と し て挙 げ られ た。 しかし こ れ ら の特 徴も 、 ま さ に交 通 や電 気・ 水 道な どの 生 活 環 境( イ ン フ ラ) を .. . .. .. . 整備 ・充 実 させるこ と に よ っ て 、 克服 で き る と し た。 す な わ ち、 長 所が 開 発 可 能 性 と し て .. .. . .. .. . .. . ま な ざ さ れ たの に対 し て、 短所 は 開発 を必 要 と す る条 件 と し て ま な ざ さ れ た 。 そ れ に よ っ て、 む し ろ <開 発> を 積 極 的に 正当化 する 諸要因 と し て 、位 置づ け ら れ た わ け で あ る。 以上 を整 理 す る と 、(1) 地理 、(2)自然 、(3) 人 材 、(4) 労 働 力 、(5) 施設 、(6)文化 、(7)台風、 (8)離島、といった 沖 縄の 諸 特 性 が、< 開 発> の可 能 性や 必 要 性 の観 点か ら、新 たに 枠づ け ら れ た。 こ う し た琉 球 政 府 に よ る <沖 縄> の 自 己 像の 確 立はそれ 自 体、 新 全 総 の< 国 土 開 発> の ま な ざ し に よ っ て媒 介さ れ て い た。 こ れ ら の一 見 自 明 な< 沖 縄> の諸 特 性は 、開 発 のエ ピ ス テ ー メ ーに 適合的 な形 へ とコ ロ ニ ー 化さ れ 、パ ッ ケ ー ジ化 さ れ て い く こ と に な る 。 ところで 、 経済学者 ・ 宮本憲一 はこの 長 期 経 済 開 発 計 画 を、 無 批 判 に本 土の 拠 点 開発方 式を 後追 い し て い る と し て 、手 厳 しく 批判 し た。本 計画 に対 し て彼 は、大 田 昌 秀の 言 う「 沖 縄の 心 」 ( =平 和 ・人 権・自 治)を引 用 し、この「 沖縄 の心 」に立 脚 して 、よ り 地方自治 の 原則 に基 づいた 開発 を 行う べ き で あ る と主 張 した 。そ の 具 体 的 提 案 と し て彼 は 、久 場 政 彦 琉 球 大 学 教 授と 共同 で 、「 沖 縄 経 済開 発 の原 則」 を 発表 した 。 18 さ し あ た り こ こ で は 、 彼 の主 張 の 具体的 な 内 容 に は ふ れ な い が 、 こ こ で興 味 深 いのは 、 琉球政府 が 新 全 総の < 国土開発 > の ま な ざ し に身 を ゆ だ ね る 形で 、 開発計画 を 立て た の に 対し て、 本 土 研 究 者 の 宮本 の方 が 、逆 に「 沖 縄の 心」 を 強調 して 、 内 発 的 発 展 論を 主張 し .. .. .. たこ と で あ る。 両者 の <沖 縄− 本 土> 関係 に お い ては 、 立つ 位置 と 主張 との 間 に、 ベ ク ト ル上 のね じ れ が 生じ て い た 。だが 、こうした 本 土 研 究 者 の 熱い ま な ざ し と は別 の と ころで 、. 『世 界』7 0 年 6 月 号、 岩 波 書 店、p.178 -200。また 宮 本 編 、1979、p.33 -4 2 や、 宮 本、1973 、1989 な ど も参 照 。ま た「 沖 縄の 心」 に つ い て は 、 大田 、1972 な ど を参 照 さ れ た い 。 宮本 は、 本 土で は拠 点 開 発 方 式 が 明ら か に 失 敗し て い る 事実 が 、沖 縄で は 充分 に認 識 さ れ て い な い こ と を 知り 、沖 縄に 積 極 的 な介 入を 試 み た が、 結 局こ う し た 開 発 路 線 を 変え る こ と は で き な か っ た 。 18. 42.

(13) 琉球政府 として は、 財 政や 時間 の 面で 余裕 が な か っ た 事 情が 大き く は た ら い て い た 。だ か ら、 新全総 路 線 への 経 済 的 同 化 という 選択 以 外に は、 道 が見 え な く な っ て い た のである 。 もっとも 、 屋良朝苗 ・ 琉 球 政 府 主 席は 、71 年 11 月の 『 復帰措置 に 関す る建 議 書』 で、 い っ た ん は 軌道修正 を 試み た。 本 土 政 府の 復 帰 政 策に 違和感 を表 し 、先 の開 発 計 画 の基 本 的 修 正を 主 張し た の で あ る 。こ れ に対 して 宮 本は 、 「復 帰 政 策 の あ る べ き 道を 明 確に 示し た 歴 史 的 建 白 書」として 、高く 評 価し た 。 19しかし 、「 時す で にお そし 」で あ っ た 。こ の建 議 書の 意志 は 充分 に く み と ら れ ず 、 結局 、新 全 総〜 沖 振 計 の開 発 路 線 は、 ほぼ 予定通 り推 進 されていくのである 。 (2)新 全 総の な か の <沖 縄> 以上 の長 期 経 済 開 発 計 画を 基礎 にして、72 年 の沖 縄 復 帰 後、新 全 総の な か に「 第 四 部 沖 縄 開 発の 基 本 構 想」が付 け加 え ら れ る( →付 録 2)。新全総 は、全 国 土を 7 ブ ロ ッ ク に分 け ていたが(→ 第 1 章 )、沖 縄は 独立 した 8 番 目 のブ ロ ッ ク と し て、新 たに 位置 づ け られた 。 新 全 総に お い て 、沖 縄 は全国土 の な か で ど の よ う な位 置 づ け を与 え ら れ た の だ ろ う か。 そ の一 部 、 「 沖縄 の 全国 に お け る位 置づ け と開 発の 基 本 方 向 」という 見 出し の箇 所 を引 用し て み よ う。 20 「沖 縄の 全 国に お け る 位 置 付け と 開発 の基 本 方 向 沖縄 は第 二 次 世 界 大 戦 の太 平 洋 地 域に お け る 最後 に し て 最大 の激 戦 地となり 、沖縄 県民 は言 語 に絶 する 悲 惨な 犠牲 を 払い、 しかも 戦後 、長 期に わ た る 本土 と の隔 絶が 続 いた 。 こ の よ う な 特殊 な環 境 の も と に お い て 、沖 縄は 、県 民の 主体的 な努 力 によって 、一 応の 発展 を 遂げ て き た が、壊 滅 的な 戦禍 と 長期 に わ た る本 土と の 隔絶、 地 方 財 政の ぜ い弱 性、 社 会 資 本 整 備の 立 ち遅 れ、 広大 な軍 事 基 地 の存 在、 多 くの 島し ょ に分 散し た 地形 、台 風 常 襲 地 帯で あ る こ と等 の諸 要 因に よ っ て 今日 ま で そ の発 展に 多 くの 制約 を 受け、 本 土と の間 に 著し い格 差 を生 ず る と と も に、 基地経済 に 依存 した 不安定 な経 済 体質 を形 成 す る に い た っ た 。」 こ の箇 所 で は まず 冒 頭 で 、沖 縄 戦 へ の歴 史 認 識 に立 ち 返 っ てい る 。「 太平洋 地 域 におけ る最 後に し て最 大の 激戦地 」と し て の 沖縄 である 。県 民 は「 悲惨 な 犠牲 」を 払 った 上に 、 戦後 も本 土 との 隔絶 が 続き 、広 大 な軍 事 基 地 や島 しょ 性 、台 風な ど の諸要因 の た め に発 展 が遅 れ、 本 土と の間 に 大き な格 差 が生 じ た こ と を 指摘 し て い る。 ところが ここで 、次 の 段落 から 大 きく ロ ジ ッ クが 変わ る こ と に注 意 し よ う。 「一 方、 沖縄 は、 わ が国 の最 南 端に あ っ て、 本 土と 東南 アジア 諸国 と の ほ ぼ中 央 に位 置 し、 国 際 交 流に お い て 有利 な地 理 的 条 件を 有 している 。 また 、大 小 70 余の 島 し ょ と 南北 400 キ ロ メ ー ト ル東 西 1,000 キ ロ メ ー ト ルに 及 ぶ広 大な 海 域か ら な る わ が 国 唯 一 の亜 熱 帯 海 洋 地 域で あ っ て 、 豊 かな 太陽 エ ネ ル ギ ー 、豊 富 な海 洋 資 源、 多彩 な 観 光 資 源等 の自 然 的 条 件に 恵 ま れ て い る 。」 冒 頭の 「 一 方 、」と い う 接続詞 は 、 沖 縄の 暗 い 歴史的 過 去 か ら目 を 転 じ 、そ の 独 特 の地. 19 20. 宮本 、1979 、p.41。 以下 の引 用は 、 経 済 企 画 庁 編、1973 『新 全 国 総 合 開 発 計 画 (増 補 )』、p.80-81 。 強調 は多 田 。. 43.

(14) 理的 ・自 然 的諸条件 の ポ ジ テ ィ ブ な面 へと 、 視点 を切 り 替え る機 能 を果 た し て い る 。沖 縄 の歴史的 な 負の 側面 が 断ち 切ら れ 、それに 代 わる 形で 沖 縄の 自然 の 諸 条 件が 、 開発 の< 資 . .. . .. .. . .. .. 源> と し て 注目 さ れ て い る の で あ る。 こ う し た歴 史 的 様 相か ら空 間 的 様 相へ の 視点 の移 行 は 、先 の 長 期 経 済 開 発 計 画に も 見 られた ロ ジ ッ ク〔(1)と(2)〕で あ る 。新 全 総 に お け る 開 発の エ ピ ス テ ー メ ー は 明らかに 、 過去 のネ ガ テ ィ ブな < 戦争 >< 基 地> から 、 現在 〜未 来 のポ ジ テ ィ ブな <開 発 >へ と、 沖 縄に お い て 中 心 的・ 支配的 な座 を 占め て き た リ ア リ テ ィ に対 して 、 読みかえ と 更新 を行 お うとする 意 志を 含ん で い た の で あ る。 もっとも 、復 帰 後も 、沖縄 に お け る基 地 のリ ア リ テ ィや そ れ に 対す る日 本 政 府 の態 度は 、 .. .. . .. .. . .. .. . .. .. . 基 本 的に は な ん ら変 わ る こ と が な い。 だが 、 少な く と も 経 済 企 画 庁 に よ る こ の 新 全 総の な .. . か で は 、 軍 事 政 策に つ い て は一 切 言 及 せ ず に 、沖 縄に 対 して 、純 粋 な< 開発 > の ま な ざ し へと 特化・専 門 化し て い く こ と こ そ が 重要 な の で あ っ た。新 全 総 は、後の 箇所 でこう 言う 。 「こ れ ら の す ぐ れ た 特 性を 十分 に 生か す こ と に よ っ て 、 自 立 的 発 展 の 基礎条件 を 整備 し 、 基地経済 からの 脱却 を 図り 、平和経済 へ の移 行を 積極的 に推 進 し な け れ ば な ら な い 。」 この 言明 は 、米 軍 統 治 時 代 に主 流 であった 基 地 依 存 経 済 を脱 却し 、 そ れ に代 わ る方向性 と し て、 新全総 に基 づ く開 発 路 線 によって 、 沖縄 の「 自 立 的 発 展 」 を目 指そ う と し た の で ある 。し か も、 その 方向性 が「 平 和 経 済」 と 名付 け ら れ て い る。 ここで <開 発 >は 、< 平 和> と結 び つ け ら れ る こ と に よ っ て、 い っ そ う の 正 当 性 を与 え ら れ る。 新 全 総 の沖 縄へ の 導入 が 、「 基 地 経 済からの 脱 却」 と い う 課題 とリ ン クさ せ ら れ てい る の で あ る 。 とはいえ 、 この 場合 の 「基 地 経 済 か ら の脱 却 」と は、 実 は基 地そ の も の の温 存 (および 基地問題 の 隠蔽 )と も 両立 し う る も の であ っ た。 つ ま り 国 策 上、 基 地そ の も の か ら は脱 却 できない 。 し か し、 だ か ら こ そ 基 地の リ ア リ テ ィ と は ま た別 のと こ ろ に 、も う ひ と つ の リ アリティ を 立ち 上げ る 必要 が あ っ た。 そ れ が <開 発> である 。す な わ ち 、基 地 そ の も の で は な く「 基 地 経 済」 か ら脱 却す る た め に、 新 しい 経済 の <開 発> が 行わ れ た の で あ る。 以 後、 沖縄 の 空間 の な か で、 基地 と 開発 が互 い にフ ェ ン ス を隔 てて 、 そ れ ぞ れ の パ ラ レ ル ワ ー ル ドを 構 成し て い く 。そ う い う リ ア リ テ ィ の二重性 が 、立 ち上 が っ て い っ た の で あ る 。 沖縄 におい て は 、新 全 総の <開 発 >の 知は 、 そうした 独 特の 機能 を も果 たし て い く の で あ った 。 さて 、一 つ 前の 引用 に 戻る こ と に し よ う 。「 わが 国 の最南端 」「本 土 と東 南ア ジ ア諸 国と のほ ぼ中 央 」 「 広 大な 海域 」といった 空 間 的 位 置 に 照準 を定 め 、そ の位 置 が「 国 際 交 流に 有 利な 地理的 条 件」をもつ と い う。ま た、「亜熱帯 」特 有 の自 然 的 条 件に、資源性・稀少性 を 見出 し て い る。 つ ま り こ の あ た り は、 先の 長 期 経 済 開 発 計 画 で琉 球 政 府 が列 挙 した <沖 縄 >の 自 己 認 識を 、そ の ま ま 引き 継 いで 使っ て い る の で あ る。 ところで 、 復 帰 時に 沖 縄が 新 全 総 の中 に組 み 込ま れ る と き、 九州 ブ ロ ッ クの 中 に入 るの で な く、 独立 した 8 番目 のブ ロ ッ ク とし て、 沖 縄ブ ロ ッ ク が創 設さ れ た。 こ れ は、 もし 福 岡を 中 核 都 市とする 九 州ブ ロ ッ ク の中 に入 れ ば、 沖縄 は は る か南 の 辺境 と し て の配 置に 置 か れ て し ま い、 そ れ は 沖縄 に と っ て不利益 が 大き く な る と い う、 空 間 配 置の 政治学 が は た ら い て い た の で あ る 。 沖縄 ブ ロ ッ クが 独立 し て立 ち上 げ ら れ る た め に は 、< 日 本の 最 南 端 >< 貿易 の 中 継 点> < 国際交流 の 結 節 点> < 広大 な海 域 >< 亜 熱 帯 >などの 特 徴を 強調 す ることによって 、 「日 本の 中 でも 独特 の 個性 を も つ 地域 」と し て、他ブ ロ ッ ク との 差異化 ・ 個 性 化を 図 っていく 必 要が あ っ た 。 44.

(15) し か もこ の 差 異 化・ 個性化 はあ く まで 、< 国 土 空 間> という 均 質 的 ・抽象的 な 、日 本の ナ シ ョ ナ ル な空 間の 中 へと 沖縄 が 再 編 制さ れ 、統 合さ れ て い くプ ロ セ ス を前 提 と す る も の . .. . であった 。 新 全 総の も と で の< 開 発> は、 こ の よ う な ナ シ ョ ナ ル な 統合 を、 経済的 に 実 現 する 機能 を 果た し て い た。 だ か ら 沖縄 ブ ロ ッ クの 差 異 化 ・個性化 も 、あ く ま で ナ シ ョ ナ ル な観 点か ら 意義 の あ る よ う な、 開 発 可 能 性 という 視点 を 求め ら れ て い く の で あ る。 沖縄 の <自 然> < 亜 熱 帯> 、 そ し て< 海 >も 、そ う し た 視点 か ら< 国土 > と し て再 帰 的に と ら え られ 、< 開 発> の対 象 と し て位 置 づ け られ て い っ た。 それでは 、「沖 縄 県 民 」(= 国民 ) に対 し て は 、新全総 は ど の よ う な ま な ざ し を 向けたの だろうか 。 「さらに 、過 去、 数 度に わ た る 困難 な歴 史 的 試 練に 耐 え つ つ、 つ ね に 新た な発 展 を遂 げ て き た沖 縄 県 民 の積 極 的か つ創 造 性 豊 かな 気 風と 、そ の も と に 培わ れ て き た 文 化は そ の恵 ま れ た 自然環境 と 一体 と な っ て、 沖縄 の 魅力 ある 特 性を 形成 し て い る 。」 「 沖 縄 県 民 」 の「 気 風 」 や「 文 化 」 が 、「 自 然 環 境」 と 一 体 と な っ て 、 沖縄 の 特 性 を形 成し て い る と い う。これも 、長 期 経 済 開 発 計 画の 視点〔(3)と(6)〕を そ の ま ま 使 っている 。 県民 が過 去 の歴 史 的 試 練に 耐え て き た こ と を 、 「 気 風」に 帰す る点 は 大い に疑 問 の残 る と こ ろ だ が、 と も か く そ う し た 「気 風 」を も人 的 資 源 と し て 、沖 縄の 開 発 可 能 性 の 観点 か ら と らえ 、< 国 民> と し て の再編制 を 図っ て い る こ と に な る 。 さて 、そ れ で は 具 体 的 に、 新 全 総 は沖 縄ブ ロ ッ ク に対 し て、 い か な る開 発を 実 施しよう と し た の だ ろ う か。 基 地 経 済か ら 脱却 し、 平 和 経 済・ 自 立 的 発 展 を 進め る た め に、 ど の よ うな 開発 を 目指 した の だろうか 。 その 主要 な 手段 は や は り、 新 全 総 の根 幹を な すネ ッ ト ワ ーク 形成 、 すなわち 交 通・ 通 信 網 の整 備で あった 。 「沖 縄 開 発 の基 本 方 向 を踏 まえ 、 その 積極 的 な開 発を 進 め る た め に は、 まず 、 本土の 7 大都市圏 と 沖縄 を相 互 に結 び、 さ ら に、 沖縄 を経 て 東南 ア ジ ア をはじめ 広く 海 外 諸 国 に至 る新 た な航 空、 海 運、 通信 の ネ ッ ト ワ ー クを 整備 す る必 要が あ る。」 新 全 総は 、日 本 列 島 全 体 が一 つ の都 市の よ う に な る よ う、東 京 を中 心に 7 大 中 核 都 市を 結ぶ ル ー ト を、 先 行 的に 整 備し て き た( →第 1 章)。こ こ に沖 縄が 組 み込 ま れ た た め 、「 ま ず、 本土 の 7 大 都 市 圏と 沖縄 を相 互 に結 ぶ」 と い う 発想 に つ な が っ た。 重視 さ れ たのは 必 然的 に 、空 と 海の 交通 である 。また 、 「 日本 の 南の 玄関 」として 特徴 づ け ら れ た 沖 縄は 、海 外へ のネ ッ ト ワ ー ク の 整備 も視 野 に入 れ ら れ た。 一 方、 県 内 の 交通 は 、 本 島と 主 要 島 (宮 古 島 ・ 石 垣 島 )、 主要島 と 離 島 を結 ぶ 交 通 体 系 や、 本 島の 南 北 を結 ぶ 道路 の 整備 が 、先 行 課 題と さ れ た 。 21交通 の 整備 の 詳細 に つ い て は 後述 す る こ と に し て 、 ここでは 、 ネ ッ ト ワ ー ク形 成と い う新全総 の 基本姿勢 が 、沖 縄で も 貫か れ た こ と を 確認 し て お く こ と に し よ う 。 (3)沖 縄 振 興 開 発 計 画に お け る 全 体 性の 確 保: <知 > の権 力 装 置 以上 の新 全 総・ 沖 縄 版 (72 年 10 月) に続 い て、 また 沖 縄 振 興 開 発 特 別 措 置 法 に基 づく 形で 、沖 縄 振 興 開 発 計 画(同 12 月 、以下「 沖 振 計 」)が 策定 された 。計画 の期 間 は 、1972. 21. 戦後 の沖 縄に は な か っ た 鉄 軌 道 の導 入 に つ い て は 特に ふ れ ら れ ず 、「新 しい 交通 シ ス テ ムの 導 入に つ い て も検 討 する 。」と 述べ ら れ る に と ど ま っ た。. 45.

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