第8章 東アジア通貨協力と「通貨主権」
序
第1節 問題の所在
1−1 問題の所在:通貨主権を巡る競合と協調 1−2国際公共財・ネットワーク結合としての通貨秩序 1−3 課題の設定
第2節 予備的考察:円ブロック構想の国際関係
2−1 考察の視座:(1)類縁性 (2)円ブロック構想と北支通貨工作 2−2 状況把握(知識:政策観の変容)
(1)中国幣制改革
(2)通貨工作
2−3 円ブロック政策の変容(政策選好)
2−4 予備的考察の結果
第3節 国際金融アーキテクチャーと通貨協力 3−1 国際公共財とネットワーク
(1)「Ⅰ. 円ブロック」、(2)「Ⅱ.アジア通貨危機後の通貨秩序」、
(3)「Ⅲ. 地域媒介通貨」、「Ⅳ. 通貨同盟」
3−2 アジア通貨危機後の国際公共財(知識:政策観)
3−3 円の主導的役割とアジア通貨化(認識:政策理論/概念モデル)
3−4 国内通貨金融政策の変容(意識:政策選好)
(1)為替政策と政策選好
(2)ASEAN・中国の反響
小括 「管理された分裂」の通貨制度と金融協力
序
本章の目的は、東アジアの地域形成の実相を、通貨制度の実態と金融協力の考察を通じて 明らかにすることである。戦前期の円ブロック構想について、東アジア地域の通貨問題との 外延的な類縁性を念頭に予備的考察を加えて、分析枠組みを措定する。これにより、ネット ワーク型公共財としての東アジア通貨制度とその政策協調の展開可能性について考察する。
バラッサ[Balassa 1961]1に代表される地域統合論の中では、通貨統合は、経済領域に おける地域統合の最終段階と性格づけられている。この理論は、対象を経済領域に限定し、
欧州経済統合を念頭にモデルを提示している。地域形成に作用する国際政治の力学は事実上、
捨象され、国際関係とは独立の領域として経済が統合するプロセスを説明する。しかし、欧 州通貨制度の統合の歩みは、米国主導の「埋め込まれた自由主義」(embedded liberalism)
[Ruggie
1983]
2の国際システムの下で始動し、その後のグローバルな資本市場の登場によ って、国境の内側に埋め込まれた自由主義が顕在化し国際経済を席巻する中で、一進一退を 繰り返し実現したものである。こうした現実の通貨協調が時間をかけて繰り返す制度的な振 幅は、経済合理性の因果関係のみによって説明できない。政治的要素を視点に付加する必要 があろう。東アジアの通貨制度における政治性を考察する本章の視点として次の2点をあげておきた い。第一に、国際関係と地域の相互関係の視点である。つまり、国家間秩序-地域秩序間の多 層的な構造の中で、通貨を巡る協調・協力と対立・競合の関係がいかに形成されてきたかに ついての考察である。第二が、通貨協力による地域形成の志向性である。欧州の独自の経験 則では、経済統合の最終局面で通貨同盟(単一通貨)が実現するのに対し、東アジア地域の 機能的協力は、通貨危機を発端に政府間の通貨金融協力から始動するなど、特殊な展開を見 せており、域内の為替政策協調を念頭に共通通貨単位の可能性について経済的諸条件の分析 など優れた論考がこれまでに蓄積されている3。しかし、地域経済を調整し地域レベルで最適 な通貨単位を目指そうとしているのか、あるいは現行の国際制度の下での許容できない状況
1 Balassa, B. 1961. The Theory of Economic Integration. London: George Allen & Unwin (邦訳、中島正信 訳 1963.『経済統合の理論』ダイヤモンド社)。
2 Ruggie, John Gerald. 1983. “ International Regimes, transaction , and change: embedded liberalism in post war economic order.” Krasner, Stephen D. ed. International Regimes. New York: Cornell.195-231.
3 最適通貨圏の理論をもとにした計量研究の成果は国内外に豊富に蓄積されている。本研究は最適通貨圏の 分析を目的としておらず、それらの主要な文献の多くを先行研究の考察から割愛した。とりあえず以下を参 照した。小川英治 2006.「東アジアにおける地域金融・通貨協力」『国際問題』553:7・8(電子版),13-21 頁。河合正弘 2005.「21世紀の国際通貨体制とアジア共通通貨の可能性」『日本経済研究センター会報』
932.6: 5-12頁。西村陽造2007.「アジア通貨単位(AMU)の意義と経常・資本取引での使用の可能性に
ついて」『International Economic and Financial Review 』国際通貨研究所。
にのみ協調体制をとることを目標としているのか、域内の政治的意図は不明である。
前者を欧州統合型の「築き上げられた統合」(managed integration)とすれば、後者の志 向するところは「管理された分裂」4(controlled disintegration)である。このうちどの方 位を、通貨協力に参画する東アジア諸国の政策認識・意識は志向しているのか。現時点で学 術研究の大半は、この政治的意図について明確な言及を避けつつ、市場の撹乱に相互に資金 を融通する東アジア地域金融協力と通貨制度の分析を手かげてきた。
したがって、欧州通貨統合モデルに直接、準拠した考察枠組みを設定するのではなく、以 下の構成で議論を進める。①1930年代日中戦争期に日本が構想した円ブロックのメカニズム と政策選好の変遷を整理し分析枠組みを提示(公共財として通貨ネットワークの結合)、②
ASEAN+3
の東アジア通貨協力と国際金融構造の議論、③東アジア金融協力を主導してきた 日本の政策選好の変容―の3点である。政治的要素を
ASEAN+3
金融協力と通貨制度5の説明変数として設定し、戦前戦後の比較 の視座から検討する試みである。これらの考察を通じて、東アジアの地域形成プロセスにお ける課題を明らかにしたい。
第1節 考察の枠組み
1−1 問題の所在
近代国家における通貨の外延を規定する政治・経済要素は多様である。国民国家の権利と されてきた「通貨主権」を国際政治学の概念として公式的に定義づけて説明変数として、地 域秩序と国際秩序の相互関係を特定することは難しい。国家が選択する通貨制度についての 理論の枠組みも、論者によって一定しないためである。
国際通貨秩序を巡る政策協調について体系的な議論も、
1970
年代のブレトンウッズ体制の 終焉から85
年のG5
(先進5カ国蔵相中央銀行総裁会議)プラザ合意をはさむ、米国の政治 経済力の停滞が鮮明になった時期に集中している。そうした中での「通貨主権」を前提にし た議論は、国際通貨秩序の中で主要な構成国である先進国を対象に繰り返されてきた。米ド4「管理された分裂」(controlled disintegration)の用語法については、速水優1982.『変動相場制10年―
海図なき航海』東洋経済新報社 197-200頁を参照。ハーシュ[Hirsch,Fred]と米連邦準備制度理事会理事長 のボルカー[Volker]]が用いた「管理された分裂」の本来の意味は、変動相場制の政策観を表現した言葉で 学術用語として厳密な意味はない。各国の制度内容の差をみとめた上で、市場が変動したときに必要に応じ て調整するという、共通の国際通貨制度が不在の状況下で、先進国の為替協調によって対応するものである。
5 ASEAN+3地域枠組みによる通貨スワップ取極めについての考察、最適通貨論の理論枠組みに基づく東ア
ジア共通通貨単位についての経済研究、政策提言は豊富である。
ルを基軸通貨として受容し独自の通貨圏を持たない東アジア諸国の通貨は、国際通貨秩序の メーンの対象として扱われることは少なく、東アジア地域の通貨秩序についての政治的側面 の考察は、限られた範囲にとどまっている。
ストレンジ[Strange 1988]6は、通貨を国際政治の構造的パワーを構成する一要素とし て捉え、キンドルバーガー[Kindleberger
1986]
7、ギルピン[Gilpin 1981、1987]8、コ ヘーン[Keohane1984]
9など新現実主義の系譜を引く論者は、覇権的な国家によって提供さ れる国際通貨秩序を国際公共財と定義した。一連の先行研究の中での考察は、国家間の影響 力であるパワーの国家間分布から、米国を中心にした国際通貨秩序の形成と変容について分 析している。制度面の管理形態に注視すれば、これらの議論の中心を占める国際公共財としての国際通 貨秩序は、第二次世界大戦後の「米国の「私有財」的」10な性格を備えていたと解釈するこ とも可能であり、考察の主眼も、覇権国である米国が「私有財」としての性格を持つ米ドル 中心の国際通貨秩序を維持するコストに置かれていた11。しかし、Strange が、各主体の信 条(belief)・理念(idea)を含む知識構造(structure of knowledge)12を、世界経済の構造 的パワーのひとつとして仮構したように、覇権概念を中核に据えて軍事・経済的な影響力と
6 Strange, Susan. 1988. State and Market. New York: Continuum.ストレンジは、世界の政治経済構造を 形づくり、決定する力を構造的パワー(structural power)と定義し、その基本的な源泉として、安全保障 (secrity structure)、生産(production structure)、金融(通貨による信用: financial structure)、知識 (kowolege strucrure)を挙げている。この構造を基礎とする二次的な構造的パワーとして貿易やエネルギー、
経済的厚生、輸送システムを論じている。
7 Kindleberger, Charles P. 1986. “International Public Goods without International Government.” The American Economic Review 76.1:1-13.; ― 1973.The World in Depression 1929-1939. California:
University of California Press (邦訳、石崎昭彦・木村一朗 1982.『大不況下の世界 1929−1939』東京 大学出版会)。
8 Gilpin, Robert. 1976. The Political economy of International Relations. New York: Free Press,65-80.を 参照。国家と市場の相互作用を、国際関係の変化と関連づけ、1970年代以降の米国経済の相対的衰退局面 における国際政治経済の変動メカニズムを「覇権安定論」として理論体系化した。その中では、覇権国の存在 は、自由主義的経済秩序の規範、ルールを達成するために必要であり、自由主義的経済という「公共財」を 提供するために、他国より大きなコストを負担する主体として位置づけた。その代表的事例が、ナポレオン 戦争から第一次大戦後まで存続したパックス・ブリタニカ(英国による平和)、第二次大戦後の米国中心の 国際政治経済秩序をあげている。
9 Kindleberger、Gilpinの両者は、覇権国の存在を公共財供給のための必要条件とする「覇権安定論」を主
張した。それに対し、Keohaneは「覇権安定論」に修正を加え、覇権国の存在を、決定要因とはせずに、
「米国の覇権後」の世界を想定し、国際レジームを介した非覇権国との政策協調によって、国際公共財の持 続的供給の可能性を説明しようとした。しかし、いずれの理論的枠組みにおいても、覇権国の凋落と戦後国 際秩序の関係が中心的なテーマとされていた。Keohaneの1980年代初期のレジームの代表的論考として は以下を参照。Keohane, Robert. 1984. After Hegemony: Cooperation and Discord in the World Political Economy. New Jersey: Princeton University.
10 鴨武彦 1990. 『国際安全保障の構想』岩波書店、79-114頁。
11 Russet, Bruce M. “ The Mysterious Case Vanishing Hegemony, or Is Mark Twain Really Dead?” International Organization, 39.2:216.
12Strange. op.cit. 121-38. 国際政治経済の知識構造は、安全保障、生産、金融といった他の構造と連携をと ることによって、国際構造を形作る構造的なパワーを発揮する。
コスト構造といった物的関係のみから、公共財の供給のダイナミズムをとらえることはでき ない。覇権的な国家にとって「私有財」的な通貨秩序が、非覇権国にとっての「公共財」と して受容されるための正当性という社会認識上の視点が必要不可欠であろう。
とくに、
90
年代以降、金融資本市場がグローバルに一体性を強めながら拡大を遂げる状況 下で、一方で国際通貨秩序は通貨危機の断続的発生とともに変動を繰り返し、他方では欧州 単一通貨をはじめ地域的な通貨制度を模索する動きが広がりつつある。このうち後者の地域 的な通貨制度の構築を目指す動きを、グローバルな現象から切り離し、域内外の支配的な国 家が提供する公共財のネットワークとして性格規定することは困難である。したがって、東アジアにおける国際通貨制度をめぐる対立・競合・協調関係については、
次の分析の2点を視点すべきものと考える。
(1)公共財の内容と運営の実態についての問題、(2)国際公共財に対応した地域の政策 選択の推移についてである。
とくに(2)は、国際秩序が流動的な状況下での地域的対応の探求であり、地域内諸国に メンバーを限定した新たなグループ財13を構築し、提供する取組みでもある。しかし、国内 に流通する通貨は、当該国によって価値が保証され、非競合的かつ非排他的に利用される。
同一の通貨でも、国境の外で流通する場合、多国間の明示的・黙示的な合意を前提とし国際・
地域通貨秩序を介して、他国通貨と競合することになる。それぞれの国民通貨に求められる 政治的、経済的要件も、国境の内外で変わってくる。同時に、金融資本市場がグローバル化 するのに伴い、国際・国内の境界は不明瞭なものとなり、制度・機能の両面において国際・
地域・国内の連動は一段と顕著になってきた。
このため、
(a)
国際公共財としての国際通貨制度、(b)
グループ財(地域公共財)としての地 域通貨秩序、(c)国内通貨−という各通貨秩序と制度的な性格分類を、地理的範囲のみに頼り
ながら確定することが難しくなり、(a)(b)(c)は相互に関係し、伝統的な「通貨主権」概 念の変容をもたらしている。従来、国民通貨の基礎理論は、通貨発行権を国家主権の本質的な構成要素と定義したジョ ン・ボタンの国家論に通底する貨幣国定説14に源流を求めることができる。貨幣国定説では、
通貨の成立における国家と中央銀行の役割を重視している。それに対し、貨幣を社会的構成
13 国際制度をグループ財として公共財(集合財)と区別した定義についてはKindleberger. op.cit.を参照。
14 曽野和明、神田秀樹2004.「21世紀における通貨主権」IMES Discussion Paper Series 2004-J25。両氏 の貨幣論の分類では、「国定説」と、政治とは独立の中央銀行制度による貨幣価値の国内安定メカニズムを 重視する「貨幣制度論」の二つが存在する。本章では、貨幣が流通する境域に考察の主眼を置くため、この 両者を同一範疇の理論とみなした。
物とみなす循環貨幣論15では、通貨は、役割が社会に認められて初めて流通する。
世界政府、世界中央銀行が存在しない国際通貨秩序の下では、国定説と循環論の双方の側 面を併せ持ちながら、複数の国際通貨16が、多国間協調と競合の中で並存してきた。したが って、(2)に掲げた国際通貨制度の政策選択の問題では、通貨に対する国内外の信認が、政 治・軍事力とともに、国際通貨秩序の重要な要件になってくる。とくに、国境を越えて流通 する国際通貨を巡る国家間関係では、国家権力の下に統一的に掌握される国内通貨に隠蔽さ れていた政治性が、対立・競合関係の中で露出してくる。その過程では、通貨発行権として の通貨主権を維持するか、侵食されるかを議論することは、通貨をめぐる国際関係の本質で はない。言い換えれば、国際通貨の発行国の通貨政策についての知識(政策観)・認識(政策 モデル)・意識(政策選好)が、国際・地域内で受容されるか否かで、通貨をめぐる対立と協 調の行方を左右する。したがって、通貨主権という既成の概念枠を拡大し、通貨に関連する 主権的権利をそれぞれの主体が、地域形成の中でいかに行使してきたが重要な焦点であり、
本章での東アジアの通貨制度の変容について考察する重要な視点でもある。
東アジアにおいても、1997年の通貨危機が例示するとおり、国家と市場の役割は変容し、
それに伴い国内政策と域内通貨秩序、国際金融構造の相互関係が変動期に直面している。ア ジアが独自に通貨秩序の構築を目指した事例は、
1930
年代の日中関係下で日本の政治工作に よって中国北部(北支)を分離する政策手段として浮上した「円ブロック」構想にまで遡る。アジアを舞台とする国際通貨秩序の変動期についての唯一の先行事例である「円ブロック」
を、公共財・ネットワークの視角を加えて分析し、本章の予備的考察をする。そのため(1)、
(2)の視点に対し、まず、ネットワーク型の公共財・グループ財(地域公共財)という公 共財同士の相互接続の政治経済的な諸相を分類し、変容を遂げる「通貨主権」と東アジア通
15 循環説の代表的論考としては、岩井克人1998. 『貨幣論』筑摩書房を参照。「…貨幣という存在は、みず からの存在の根拠をみずからでつくりだしている存在である。…無限の循環論法によって宙吊り的に支えら れているにすぎない。貨幣が貨幣として流通しているのは、それが貨幣として流通しているからでしかない。
…それは、モノとモノとの直接的な交換の可能性を支配するひとびとの主観的な欲望の構造や、ひとつのモ ノを貨幣として指名する共同体や君主や国家の権威には還元しえない、“何か”なのである」[岩井1998:
104] 。
16 国際通貨とは、一国・地域を越えて、国際的に利用される通貨をいう。通貨は一般的に「附表8−1 国 際通貨の機能」(有吉章編2004(1973)『図説 国際金融』財経詳法社、9頁から引用)が示す3つの基本 機能を備え、国際的にこれらの基本機能を満たす通貨を国際通貨と本章では定義する。また基軸通貨は、国 際経済でもっとも使用頻度の高い国際通貨を意味する。
附表8-1 国際通貨の機能
価値基準 支払手段 価値保蔵手段
民間部門 表示通貨 取引通貨 資産通貨
通貨当局 基準通貨 介入通貨 準備通貨
貨協力の考察枠組みを検討したい。その上で第二節では予備的考察として「円ブロック」構 想について検討を加えることにする。
1−2 国際公共財・ネットワーク結合としての通貨秩序
ここで、分析概念としての公共財の定義を明確にし、国際社会単位としての地域との関係 を整理しておきたい。
公共財は一般に市場で供給されないために政府が便益を供給する財を意味する17。公共財 の伝統的な解釈では、財の利用形態について、(ⅰ)非排他性、(ⅱ)非競合性という2つの 基礎的要素で分類・定義される。(ⅰ)の「非排他性」とは、利用面における公平性である。
具体的には、その社会のメンバーであれば誰もが差別的な扱いを受けずに利用できる財の性 格を意味する。(ⅱ)の「非競合性」とは、集団内の個人が利用しても、財の価値が変動し、
他者の利用に支障を来たすことのないような財の性格であり、価値の安定性と言い換えるこ とができよう。すなわち、(ⅰ)と(ⅱ)は、誰もが公共財を安定的に利用でき、何人も公共 財の便益から排除されることはない性格をいう。
さらに本章では第三の要素として、財の供給量に着目した属性の(ⅲ)「結合性」に注目す る。特定のメンバーがその財を消費していても、他の人の利用を妨げないように、供給量を 維持することである18。非排他性、非競合性、そしてこの結合性を備えた集合財を「(純)公 共財」と定義する。
国際社会の考察に公共財の概念を用いる場合、目にみえる財・サービスに限定せず、制度・
秩序にまで適用範囲が拡大されてきた。通貨制度はその代表的事例である。たとえば、国際 公共財(
international public goods
)概念を国際通貨金融秩序の議論に初めて導入したKindleberger
[1986]は、利他主義(altruism)を排した自己利益の探求のみを目的とする 市場メカニズムの枠組みの中で、公共財の特殊性を整理している19。その中で、メンバー特 定のクラブ財(club goods)を、公共財とは異なる集合財概念として分類した。政策的な意図によって形成される地域秩序の分析に、公共財・クラブ財の概念を援用する ためには、排他性、競合性、結合性といった公共財の基本要素に加えて、政治的な関係を含
17 公共財(集合財)の一般的定義とその重要性については、以下を参照。Olson, Mancur.1965. The Logic of Collective Action. Cambridge; Harvard University Press. マンサー・オルソン(依田博他訳)1983.『集 合行為論:公共財と集団理論』ミネルヴァ書房。山本吉宣 1996.『国際的相互依存』東京大学出版会。を参 照。
18 公共財の非排他性・非競合性については、山本 前掲書を参照。灯台の例が端的にこれらの概念を説明し ている。灯台の光を利用した船に、灯台の費用を負担しないとしても、光を見るなとはいえない。また、ど こかの船が利用したから、他の船が灯台の光を利用できなくなることもない。
19 Kindleberger. 1986. op.cit.
む非経済的な要素に配慮をする必要がある。クラブ財を国際社会の単位としてみた場合の参 加メンバーは、距離の近隣、民族、機能、関与するイシューなど多様な方法で特定され、そ の結合関係には、合理的な便益だけではなく、互酬、贈与、支配・従属といった政治的、社 会的関係が織り込まれてくる20。
本章が考察対象とする東アジアの通貨秩序では、とくに地域内の国家間の政治的、社会的 関係によって構成されるクラブ財が、地域秩序の分析概念に相当する21。国際レジーム論の 中では、公共財は、メンバー同士の互いの差異よりも、同質性や上述の非排他性、非競合性 が重要視されるが、ドル基軸という国際秩序の下での東アジアと通貨制度の実際では、地域 というグループ財の内なる他者、地域の外なる他者という二重の他者との関係で成立してい る。したがって、地域内外の二重の結合関係は、地域形成を決定する重要な要因のひとつと して位置づけ、分析の対象も制度・秩序を主導する国家と地域内外の関係が中心になる。
本節で提示した「通貨主権」の変容プロセスに対応する3つの制度分類、
(a)国際通貨制度、
(b)地域通貨秩序、(c)国内通貨を、公共財の要素である(1)非排他性、
(2)非競合性で分 類し配置したのが、表8−1のマトリックス(「集合財・通貨制度の分類」)である。国民通貨は本来、国境によって管理と流通範囲が限定され、排他性と競合性が明確であり、
この集合財の分類でいえば、純粋な(c)私有財に該当する。グローバルな通貨秩序は、排他 性・競合性をもたない場合は、(a)国際公共財(純公共財)と定義され、メンバーを特定の 地域に限定し排他性を有するものは(b)クラブ財に該当する。このように同一の通貨であ っても、いくつかの財の性格を併せもつ。
本章で考察の枠組みとする領域は、網掛け部分の(a)(b)(c)であり、排他性はないが 競合性のないコモンズ(
commons
)は、秩序不在の混沌状況を意味する22。20 Kindleberger. Ibid.
21 Camdessus, Michel. 1999.“International Financial and Monetary Stability: A Global Public Goods ?”
International Monetary Fund<http://www.imf.org/np/speeches/1999/052899.htm>(2008年8月19日取 得). Camdessusは、国際通貨、国際通貨制度を「グローバル公共財」と定義し、グローバル公共財を供給 する国家の国内通貨と国内通貨政策もグローバル公共財として位置づけているが、この場合、国内と国際市 場の関係や国家間関係に働く政治的要素を見落とす可能性が大である。
22 コモンズ(共有地)については次の2つの論考を参照。Rapoport, Anatol. 1988. “Experiments with N-person Social Traps 2: Tragedy of the Commons.” The Journal of Conflict Resolution 32.3: 473-88.;
Hardin, Garret. 1968. “Tragedy of the Commons.” Science 162: 1243-48. Rapoport、HardinのTragedy of the Commons(共有地の悲劇)理論によれば、共同利用の牧草地の寓話が示すとおり、利用者を制限しな い非排他的なコモンズの牧草を、農民が競い合って家畜を連れてくることにより、牧草が再生不能な状況に まで食べ尽くされるというtragedy(悲劇)に陥る。当事者の行為が他人に負の外部効果をもたらす例であ り、家畜数の制限など負の外部効果を内部化する対応が必要になる。ゼロ和ゲームで説明される国際レジー ム及び国際レジームが提供する集合財が共有地の概念に相当し、たとえば地球環境が代表的事例である。本 章で扱う通貨秩序は、ネットワークの構造をとり、利用者(メンバー)と範囲が拡大することによって、プ ラスの外部性が働く公共財・グループ財であり、共有地的な財は議論の対象から除外することにした。
出典:筆者作成
ただし、現実の国際制度は、(a)(b)(c)23のような純粋な理論的分類に沿って明確に分 別し特定することは難しい。国際関係の実際では、国家を含めあらゆる国際行為体が相互依 存状況の下、独立した主体間の関係を前提条件に、理念上のモデルのように排他性・競合性 によって明瞭に分類定義できるとは限らない。とくに通貨の場合は、国際公共財、クラブ財、
私有財として需給関係に多重的に関わってくる。したがって、前述した公共財の要素である
「結合性」に視点を移し通貨の供給(構築)主体に着目すれば、マトリックスの矢印が示す とおり、(a)
(b)
(c)は相互に関係し合っている。すなわち、矢印で表示されるネットワー クの接続構造を考察することにより、地域と公共財の政治的性格が確認できるはずである。
1−3 課題の設定
非地理的な空間としての地域についての議論は、第1、2章でも考察したとおり、地域に 関わる主体の意思を象徴する地域主義を基準にして、いかに最適な社会単位を確定するかと いう議論でもある。最適通貨圏や市場統合で議論される効率性を追求した最適単位と、国家 間の力によって確定する勢力圏、同一の帰属意識によって確定する社会単位。それぞれが準 拠する結合の基本原理が異なり、地理的範囲はもちろんのこと、単位によってかならずしも 境界(boundary)は一致しない。では、通貨をめぐる境域内外の関係を決定づける政策動機 はどこに見出すべきか。
この問いに対し、本節では、東アジア通貨秩序をめぐる国家間関係を考察する枠組みとし
23 新現実主義の国際政治理論の対象となる通貨は、(c)の国民通貨の領域に該当する。国際関係を安定さ せるために、各国間で「通貨主権」の排他性を相互承認することが前提となり、覇権国の力と利益の関係で 国際通貨制度が論じられる。この場合、覇権国が衰退した場合も存続する国際通貨秩序の「慣性」を十分に 説明できない。
図8−1 国際公共財の相互関係
て、第1章で提示した「因果性と相補性」の分析アプローチに準拠し、1930 年代の日中戦争 期における通貨制度・戦略の推移と、
1997
年アジア通貨危機後の通貨制度と金融協力につい て、主に日本のとった政策認識・政策意識の連環と東アジア地域内の反響を中心に分析する。第1章でも言及したように、既存の国際関係理論は、パワーを基本的な説明変数にし、自 己利益の極大化という国家目的と、国家がとるべき政策の選好を所与とみなす新現実主義と 新自由主義のほか、制度・秩序とともに主体の目的・選好も変化すると見る構成主義に大別 される。本章では、いずれの視点がより実証分析に妥当な議論であるかを論証するために、
分析枠組みをいずれか一方に特定することが趣旨でない。一方の理論に特化し、あらかじめ 分析枠組みに設定することは、説明する事象の範囲を限定する可能性があるためである。国 際通貨をめぐる対立と協調の関係の背景には、パワーと利益、規範認識以外にも多様な源泉 があると思われる。むしろ、第1章で方法論について考察したように、地域形成の実相に接 近するためには、理論形式から逸脱した事象をいかに捕捉するかが、課題になってくる24。
ASEAN+3
地域金融協力の東アジア諸国通貨を取り巻く国際環境は流動的であり、国際秩 序の変動期という視点に立てば、1930
年代戦間期の国際通貨秩序と現在の東アジア地域秩序 との間に、多くの類縁性が認められる。まず、両者の類縁性を念頭に、戦前の歴史的事例に ネットワーク構造と政策認識の変容を中心に、予備的考察を加えることにより、両時代に共 通する目的と、通貨制度と政策選好の特性を明らかにすることが、重要な課題と思われる。本章では、通貨秩序をめぐる戦略・政策の変容の過程を分析し、通貨秩序を通じた地域空 間形成のネットワーク的特徴を明らかにする。具体的には、第1章の分析枠組みに従って、
国際関係における国家の意思決定の過程を次のように分類する25。
1) 知識:情勢判断(状況把握)が準拠する政策理念・知識の考察(考え方・哲学)
24 国際関係論・地域研究における方法論及び分析アプローチについての複線的な推論形式について重要性は、
内山融 2007.「方法論 事例分析という方法」『レヴァイアサンLeviathan』第40号190-95頁。多賀秀敏 2004.「社会現象へのアプローチのヒントと基本的ドリル:比較と分類」『早稲田社会科学総合研究』第5 巻第1号。George, Alexander L., and Andrew Bennet. 2004. Case Studies and Theory Development in the Social Sciences. Cambridge: MIT Press.を参照。
25 第1章でも紹介したとおり、国際現象を主観的認識、客観的認識の二分法の尺度で観察する場合、現実の 現象を十分に捕捉できない。認識の形式を知識・認識・意識の三要素に分解するアプローチについては、多 賀秀敏 2007.「Shift of Scheme from linear to spiral」早稲田大学21世紀COE『現代アジア学の創生』シ ンポジウム配布資料、未定稿から示唆を得たものである。また、実証研究への具体的な枠組みへの応用では、
大畠英樹. 2005.「「テポドン問題」と三国間協調−日韓比較」大畠英樹・文正仁編『日韓国際政治学の新 地平: 安全保障と国際協力』慶応義塾大学出版会の中で用いられている「対外政策三過程モデル」の分析を 参考にした。同モデルでは、特定状況下の対外政策決定過程の中で、国家の「目的文脈の構築」(政策決定 過程)を、「脅威についての認知」(状況認識)−「目的の選択」−「手段の選択」という3つのプロセス に分解している。本章では、通貨・金融という経済領域における政治的対立・協調関係を分析するために、
認識の形式を要素分解した。
2) 認識:政策目的の設定に対応する理論・概念モデルの考察(問題に関する説明変数 の設定の仕方、政策効果に対する認識)、
3) 意識:2)の認識にもとづく政策選好の変化についての考察(政策目標の優先順位 のつけ方・政策視野の変動)
国際関係の中で国家の行動を決定づける意思的な要素の1)〜3)は相互に連関しており、
連環するように連続し、国際関係は直線的に進化するのとは異なり、非線形にらせん状の軌 跡をたどる。機能的側面にのみ焦点をあて原因−結果のみを分析する場合、国際関係の停滞 や反転・復活として観察されることもある。しかし、現実には一点に停止することも反転す ることもなく、つねに新しい国際現象と結びつき変動している。したがって、国家間関係の 中での政策決定に基づく行動を1)〜3)に分解し、過程追跡型の事例研究の考察結果を総 合することで、国際通貨秩序の中で変動する地域形成の意図的側面を解釈する。具体的には、
政策主体には実務・政策立案担当者、政策を論じる者が考えられるが、本章では、国際関係 及び
ASEAN+3
地域枠組みの中の、国家単位の認識の形式として、一連の過程を追跡する。先ず、情勢(環境)判断する。この情勢判断には、現象を捉える政策主体の「考え方」が含 まれる。信念・信条体系及び環境に対する政策観ともいえる一般的知識が、状況把握の内容 を左右する。
第二に、状況把握に基づき、目的と合致した状態を作り出そうと情報の選別過程に入る。
目的を達成するための選別作業は、政策主体が予め設定した国際関係の概念モデルに照応さ せながら、政策認識を獲得する作業である。状況把握と概念モデルの調整の中で、通貨制度 や地域協力の政策認識は固定されることはなく、変動する。
第三に、こうして得られた政策認識は優先順序がつけられ、政策選択の具体的な傾向(政 策選好)が確定する。
国家間の通貨・金融政策をめぐる協調や対立関係という力学的な関係は、これらの認識形 式の連環のうちどの要素での異同に由来するものか。換言すれば、知識の土台ともいうべき 政策観の違いから対立を助長しているのか、あるいは知識・認識・意識のそれぞれのレベル の枝葉末節のズレに由来する対立・競合関係なのかは、これらの連関する関係を過程追跡の 中で検証することで明らかになるはずである。
したがって、実際の政策と協調関係に反映されている認識・意識形式の相互の関連に分析 の射程を置き、まず第2節で日中戦争期の円ブロック構想について予備的考察を加えて、分 析枠組みとしての国際通貨秩序(公共財)のネットワークの構造的特徴と本章の論点を整理
する。その上で第3節において、ASEAN+3通貨協力について比較考察する。とくに、1)
〜3)に分類される政治経済現象の政策意図の連関の中で、通貨秩序を巡る対立・協調関係 をとらえることで、国際通貨と国家のかかわりを概観する。これにより、ASEAN+3通貨金 融協力を新たな地域秩序の形成と関連づけ、地域協力に内包されている政治的含意について 検討する。
以上の分析枠組みに基づき、各国通貨と公共財(グループ財)の結合関係に分析の視座を 置き、以下3点の問題について考察する。
(ⅰ)円ブロック構想における状況把握と政策(認識・意識)の乖離
自国通貨の国内安定と対外的安定を両立させることは、国家と市場、国際通貨秩序の 問題に帰結する。経済的合理性を欠く円ブロック構築のための北支通貨工作は、民心把 握(社会的受容性)と政策協調に挫折し、その結果、軍事的手段の行使に傾斜した事例 である。予備的考察として、日中戦争期の円ブロック構想が具体化していく過程での知 識・認識・意識の連関を検証する。この検討結果から現行の国際通貨秩序の課題を整理 し、地域秩序(国際公共財・グループ財)としての東アジア通貨協力についての分析枠 組みを提示する。
(ⅱ)アジア通貨協力と円の国際関係
東アジア通貨危機を発端とする東アジア金融協力に対し、日本は「円の国際化」構想 を協力の延長線上に置き、東アジアの国際通貨制度の再編成と国際通貨化のための手段 として金融協力を位置づけていた。しかし、制度面の充実化が進む東アジア金融協力は、
国際資本市場の撹乱への対応を目的とし、各国はそれぞれの主権的権利26としての「通貨 主権」の維持を固執し、東アジア独自の通貨制度を展望する段階にまで協力関係が深化 を遂げていない。つまり、東アジア独自の地域通貨秩序を模索する政策認識の存在を、
これまでの協調関係の中に確認することが、分析の焦点のひとつになる。(ⅰ)の予備的 考察結果をもとに、東アジア金融協力の知識・認識・意識の連鎖を分析する。
(ⅲ)国際通貨秩序(国際公共財)と東アジア金融協力(クラブ財)の関係
結論としての次の3点について明らかにしたい。第一に、日本、中国及び
ASEAN
諸 国の金融協力は、自国の「通貨主権」を制約することなく、国際金融秩序との自国市場 の統合を第一の目標にしていること。第二に、米ドル中心の国際通貨制度への依存体質26 「主権的権利」については、前章の脚注30、31を参照。
を見直すための政策意識が地域内で共有されていないこと。第三に、中国、ASEAN の 政策選好は、日本の通貨政策との間にズレが存在し、ASEAN+3 の地域金融協力は通貨 統合の軌道とは異質であること。この3つの因果メカニズムを分析する。これにより、
東アジア通貨協力の研究において、従来、十分な検討がされてこなかった国際政治学的 視点から現状を分析し、東アジア地域金融協力の特異性と一般性の双方を明らかにした い。
第 2 節 予備的考察:円ブロック構想の国際関係
2−1 考察の視座
(1)類縁性
アジアで独自に構想された地域通貨圏の先駆的事例は、日中戦争下の「円ブロック」の形 成と「北支分離工作」にまで遡る。「北支分離工作」は、日本・満洲を主体とする日満ブロッ クに、中国華北部(現在の河北省)を政治工作によって吸収・統合する試みであった。この 中で、相手国経済を自国通貨圏に包摂しようとした世界の通貨史上、稀有の通貨工作が展開 された。
日本と中国が激しく対立した北支分離に連動した通貨工作の背景には、第一次世界大戦と その後に国際経済を襲った世界恐慌後の経済状況があった。政治経済の動揺は、国際経済秩 序のアンカーともいえる国際金本位制と、欧州の勢力均衡を崩壊させ、英国の覇権の後退と 米国の相対的地位上昇を鮮明にした。そうした中で、
1930
年代の国際関係に、英、仏、米の 各通貨を中心に各地域ブロックが台頭し、分断の構図が出来上がった。とりわけ国際金本位 制崩壊後の英米仏の先進諸国群は、高率関税の導入のほか自国通貨価値を引き下げによる、排他的な地域統合策を展開した。
戦間期のこうした国際秩序の変動期にあって、通貨圏を巡る日中対立では、それぞれが自 国通貨価値の維持・向上を競い合い、中国大陸を舞台に地理的な勢力圏の確定を目指すとい う特異な通貨戦の様相を呈していた。自国中心の排他的経済ブロックの形成を目的に、内向 的な行動パターンをとった英米仏とは異なり、通貨の国際的信認の指標でもある通貨の対外 価値の安定を競い合う構図としてとらえられていた27。国民政府の下で国家統合を目指す中
27 日本の通貨工作の日本側文献資料としては以下を用いた。朝鮮銀行史協会編1987.『朝鮮銀行史』東洋経 済新報社。多田井喜生1983.「占領地通貨工作」『続・現代史資料11』みすず書店。南満州鉄道調査課1937.
『北支那通貨金融方策』南満州鉄道。満州中央銀行史研究会 1988.『満州中央銀行史』。満洲中央銀行調査 課編『最近の支那金融財政資料』上巻。戦時中の通貨工作についての経済研究としては、今村忠男 1939.
国と、日満支の地域ブロックを目指し中国に対峙した日本、という図式の中で、双方が、政 治目標を達成するための手段として通貨を選択した結果、通貨戦に発展した。結論をいえば、
日中戦争期の円ブロックは、中国国民政府によって
35
年11
月誕生した統一通貨・法幣の前 に、通貨圏としての効力を発揮することなく、短期間のうちに挫折を余儀なくされた構想で ある。97
年のアジア通貨危機後に、地域的枠組みを設定し制度的条件の整備を進めながらも、停滞を余儀なくされた「円の国際化」と類似の結末でもある。
ただし、98年以降の
ASEAN+3
通貨金融協力を、30年代の円ブロック構想を巡る通貨工 作に仮託し、現代のリージョナリズムの現状に考察を加える場合、類縁する問題群の中から 共通の概念を措定すると同時に、両者間の差異にも留意する必要がある。両時代は国際管理 通貨制であり、旧制度が崩壊後も、旧来の基軸通貨が国際通貨としての通用力を発揮しつづ けていたが、以下の相違点に留意しておきたい。
(ⅰ)
1990
年代末の日本が展開したアジア通貨外交の目的は、力による経済圏の創設では なく、地域協調を主導し円の国際通貨としての地位を確立することに力点がおかれて いたこと。(ⅱ)
ASEAN+3
の機能的協力は、30
年代の円ブロック構想のように、日本独自の地域理 念を掲げた地域主義の実践と異なり、東アジア金融協力に参加する各国は、経済的自 由主義を普遍主義的な行動原理として標榜してきたこと。(ⅲ)現代の外国為替取引は、金融資本市場のグローバル化の中で金融商品取引の性格を 強めている28。国際貿易の支払・貯蓄手段の供給を、覇権国が掌握していた時代と異 なり、資本市場取引が拡大していること。
(ⅳ)日中間に軍事対立の可能性は少なく、北支通貨工作と現代の東アジア地域協力の間 の国際政治に大きな差異が存在する。
『支那新通貨工作論』商工行政社及び宮下忠雄 1944.『支那戦時通貨問題一斑』日本評論社を参照した。と くに今村、宮下の論考では、中国幣制改革についての情勢判断を、①国民政府の貨幣、②中国民衆の貨幣、
③英国の植民地貨幣、という「法幣の三重性格」[宮下 1944: 33]を前提に分析し、③の「敵性貨幣」と しての特徴を強調する、当時の日本軍部の見解と一致する結論を導いている点で共通する。
また、米国調査機関による日中通貨戦当時の情勢分析レポートとして以下を参照。
Boody, Elizabeth. 1937. “Politics and the Yen.” Far Eastern Survey 6.11:117-122.; Hunsberger, Warren S. 1938. “The Yen Bloc in Japan’s Expansion Program.” Far Eastern Survey 7.22:252-58.; Lieu D. K.
1939. “The Sino- Japanese Currency War.” Pacific Affairs 12.4:413-26.; Stein, Guenther. 1939. “The Yen and the Sword.” Pacific Affairs 12.1:5-19. 中国側の情勢を分析したレポートとしては以下を参照。Wu, Leonard T.K. 1935. “China’s Monetary Dilemma,” Far Eastern Survey 4.24:190-94.; ―1938. “The War and western Interests in North China,” Far Eastern Survey 6.17:189-96.
28 市場メカニズムの制度的基礎である通貨が、グローバル規模の金融・資本取引の自由化と市場統合により、
「金融商品化」するとの見解は一般に定着している。平勝広 2001. 「国際通貨制度への「市場メカニズム の浸透」」『グローバル市場経済化の諸相』ミネルヴァ書房を参照。
(ⅴ)東アジア通貨金融協力に、ASEAN地域主義が深く関与し中心的な役割を果たして きたこと。
(2)円ブロック構想と北支通貨工作
日中全面戦争の発端のひとつなった北支分離政策とともに、日本の通貨工作と円圏の創設 が失敗に終わった政治経済的要因はなにか。
中国の法幣は、当時の基軸通貨国・英米による支援の中でも通貨価値の下落が進行した。
にもかかわらず、円系通貨である中国連合準備銀行券(以下、連銀券)は中国法幣の価値を さらに下回り、
1937
年の盧溝橋事件によって戦端が開かれた日中戦争突入以前に通貨として の機能を喪失していた。その後の連銀券の中国社会への浸透も限定的な範囲にとどまり、独 自経済圏の創設という本来目的とは離れて、軍票的な偽幣として1945
年の敗戦まで一貫し て打歩(プレミアム)が増大し続けた。中国幣制改革に対抗した日本の通貨工作に関する第二次大戦後の先行研究では、桑野仁29、 多田井喜井30、小林英夫31、柴田善雅32らの日本側一次資料を記述した経済史研究の実績があ る。これらの戦時下の東亜についての分析では、日中戦争期の国際関係の中での通貨工作に 対象を限定するのではなく、日本軍占領地域の全般に対する「軍事行動への便宜」[柴田
1999:6]を研究対象にしている。これらの先行研究では、日本軍の通貨工作が挫折した要因
として、軍事力を中心に通貨通用力と関連付けて2つの側面において限界を指摘している点 で共通の視点を提供している。具体的には、第一に、日本の軍事的占領地域が、「点と線」の 形態にとどまり、軍事行動の限界についての指摘である33。第二の限界は、円系通貨に外貨 転換可能性がなく、英米の支援を受けて国家統合と貿易拡大を目指す国民政府の法幣と比較 して通貨通用力が劣勢にあったことである。本節の予備的考察では、日本が円系通貨の抱えていた限界をいかに克服したかについて
「ⅰ)知識、ⅱ)認識、ⅲ)政策意識(政策選好)」の連環を過程追跡するとともに、既存の 国際通貨金融秩序に対抗し構想した通貨圏の公共財的ネットワークの構造的欠陥に明確にす る。
円ブロックの分析対象は、北支分離工作に連動した北支通貨工作とその工作地域とする。
29 桑野仁1965.『戦時金融工作史論』法政大学出版局。
30 多田井喜生 1997.『大陸を渡った円の興亡』東洋経済新報社。多田井喜生2002.『朝鮮銀行』PHP新書。
31 小林英夫1975.『「大東亜共栄圏」の形成と崩壊』御茶ノ水書房。他の通貨史研究とは分析の主眼が異な
り、大東亜共栄圏全般の展開過程を記述分析した研究である。
32 柴田善雅 1999.『占領地通貨金融政策の展開』日本経済評論社。
33 中国民衆の反日機運と「辺区」における通貨政策については、東亜研究所1944.『資料乙第八十六号A 支 那占領地経済の発展』及び小林 前掲書122-26頁を参照。
日本は
37
年7月の日中戦争突入後の41
年12
月、対米開戦に踏み切り、アジア全域に戦線 が拡大した。中国の経済活動が全国的に寸断された41
年以降の大東亜共栄圏下の日中通貨 戦は、政治経済的な戦略に基づく通貨工作が挫折した後の軍事行動の一環とみなされるため である34。地理的に近接する東北アジアの開発を眼目とする地域主義的な目標は後退し、対 米開戦後に具体化していく大東亜共栄圏構想下の軍事的支配地域の経済は、日本の戦力強化 の観点からのみ考量されていた。また、満洲、北支は独自の円系通貨制度によって地域経済 の中国からの分離を目指したが、それ以外の地域は日中戦争の当初段階から、軍用手票(軍 票)35と日本銀行券を併用する形態を採用していた点で、実質的に円ブロックの対象とはい えず、戦域拡大にともなう軍事的便宜以外の政策意識は希薄である。本章では、現代の東アジア地域形成を念頭に置き、円ブロック構想の中核となった北支通 貨工作を予備的考察の対象とし、展開期間については
37
年7月の盧溝橋事件をはさみ、Ⅰ 期;35年10
月の中国幣制改革への対抗、Ⅱ期;①自主的協力工作(37年7月〜)、②中国 連合準備銀行発足期(38年2月〜)−に時期区分する。Ⅰ期からⅡ期①に至る期間が、政治 的な「通貨工作」を展開し挫折を余儀なくされた時期に相当し、Ⅱ期②の連銀発足以降は、占領地経済に対する軍事的便宜の提供に通貨制度が変質していく期間である。このⅡ期の① から②への過渡期を中心に、政策認識・意識の変容の過程について整理する。
2−2 状況把握
(1)中国幣制改革
中国は
1935
年11
月、英国大蔵省顧問、リース・ロス卿の指導36の下、銀本位制を廃止し、34 通貨謀略の詳細については、『続・現代史資料』1xxvii-1xxixを参照。盧溝橋事件以降、北支に中国連合 準備銀行、中南支に華商銀行、中央儲備銀行、蒙疆銀行を相次ぎ発足させる。このうち、中南支では中国国 民政府の抵抗により、中国通貨の法幣と日本軍軍用手票(軍票)に軍費支払いに頼らざるを得なかった。と くに1939年以降は陸軍の通貨謀略専門機関「杉機関」を発足し、法幣の偽造に着手し、開戦後は香港で接 収した法幣原版により法幣を増刷し物資収買に投入し法幣価値の下落の誘導を試みている。こうした軍事作 戦の一環としての謀略と、本稿の政治的手段を駆使する通貨工作を峻別した。
35 1937年10月21日の「軍票発行ニ関スル閣議決定」以降、中南支では軍票と日本銀行券による軍費支払
い方式を、上記の植民地中央銀行約一年間、正式採用した。しかし、「日本円購買力ノ根本的減少」により、
軍票の使用はその後も継続している。日中事変勃発後の軍票の経緯については、支那派遣軍総司令部「支那 事変軍票史」1943年(『日本金融資料 昭和編 第30巻』付録特別資料、大蔵省印刷局、1971年に所収)
を参照。
36 リース・ロスの対支財政支援及び幣制改革案と日本への支援要請内容については、外務省亜細亜局の報告 資料「英国ノ対支財政援助問題「「リース・ロス」ノ渡支)」1946年6月1日(『続・現代史資料 11』
63-66頁に所収)を参照。リース・ロスの提案と中国での交渉経過は、外務省(有吉大使)の広田外相宛電
信文(1935年10月19日、11月5日)から読みとれる。「(中国幣制改革のために)借款ヲ供与スルコ トニ付少クトモ日米の協力是非ト認メオリ」として、リース・ロス提案の総額1000万ポンドの対支借款に 対し、日本の支援を求めている。それに対し、「新制度ニ依リ英支協調シテ日本ヲ排除ストノ日本国民ノ感 想ハ両国ノ政治経済関係ニ頗ル面白カラザル影響ヲ及ボスベキ旨ヲ指摘」し、日本の権益への懸念を表明し ている。
管理通貨制度の導入を目的とする統一幣制改革「幣制緊急令」37を施行した。その背景には、
世界恐慌後の不況局面で米国が
33
年に実施した銀買上政策38に伴う、銀貨高騰による中国国 内の急激な信用収縮があった。この結果、国内物価の下落と輸出価格の上昇に拍車がかかり、中国経済は危機的状況に追い込まれていた 39。米国は
36
年2
月、中国現銀を特別価格で購 入する中米銀協定(第一次)を締結し、英国指導の幣制改革後の中国経済の支援に乗り出し た40。中国国民政府は、中米銀協定にもとづく銀売却代金を在外正貨(外貨準備)として米 国内に開設した為替安定資金に充当し、続く第二次〜四次追加協定41では、法幣をドルにリ ンクさせる方策を選択した42。日本の軍部、政府の中国幣制改革に対する状況把握は、①英米による対中支配、②中国統 一幣制が日本の中国権益を脅かす、という2点に要約できる。日本のこれら状況把握は、
後述する円ブロックによる中国新幣制の駆逐という通貨工作の展開と挫折に投影されていく。
とくに、第一の「英米による対中支配」については、中国幣制改革を自主的な国民統合とみ なすことはなく、国民通貨制度としての肯定的評価を拒否し、英国が中国経済をスターリン グポンド圏に包摂していく植民地政策とする見方が日本に支配的であった43。一方で中国幣 制改革を英米帝国主義による植民地支配の延長線でとらえ、他方で日本主導の東北アジア
37 1935年11月3日に中国国民政府財務部が宣言した銀本位制の廃止と法幣による統一的な管理通貨制度の
導入を骨子とする「幣制改革」について、とくに英米日との間の国際関係及び中国経済との関連についての 先行研究としては以下を参照。野沢豊編1981.『中国の幣制改革と国際関係』東京大学出版会に編集された 論考集ほか、中国の国内政治経済と通貨の関連に焦点をあてた研究として、城山智子 2006.「1930年代の 中国と国際通貨システム: 1935年の幣制改革の対外的・国内的意義と影響に関する一考察」『国際政治』
146:88-102頁。
38「米国は、この英国の貨幣植民地に割り込んだ。米支が銀貨の崩落阻止を共同目標として接近した。(中 略)結局支那の幣制改革は、英米支の合作に間違いない」(前掲『支那占領地経済の発展』東亜研究所、
482頁)。米支銀協定についての当時の政府・軍部の評価では、中国の英スターリングポンド圏への編入に 対し、米国のけん制目的が指摘されている。多田井 2002.前掲書ほかの戦後の中国幣制改革研究では、日本 軍部の法幣排撃策が激化し、英国の対支借款が具体化の見通しがない中で、第一次米中銀協定を締結し1オ ンス=0.65ドルの銀貨で総量5000万オンスの買い上げを実施した経緯が明らかにされている。幣制改革
「幣制緊急令」については、滝田賢治1981.「ルーズベルト政権と米中銀協定」野沢豊編『中国幣制改革と 国際関係』東京大学出版会、165-97頁および斉藤叫 1981.「アメリカ銀政策の展開と中国」同上書、127-65 頁を参照。
39 米国の銀政策の中国経済への影響については『続現代史資料11』xvi-xviii頁を参照。これによると、米 国の1933年銀買上げ政策により、それまで銀安に連動した為替相場で安定していた中国経済は一転、苦境 に陥る。銀本位制の中国の対外為替相場が、国際収支の慢性的赤字基調により、国際的な銀価高騰に追随で きなかったためである。この結果、中国から巨額の銀が流出し、国内金融の収縮が顕著になっていった。
40 桑野 前掲書、
41 米中銀協定の交渉過程及びについては、滝田 前掲書165-97頁、斉藤 前傾書154-56頁を参照。
42 滝田 同上書181頁。
43 中国幣制改革が経済制度の問題に収まらず、国際政治上の対立の構図として捉える見方は米露の報道批評 にも散見できる。たとえば当時のイズヴェスチア紙によれば「本件ノ成否ニ就キ問題トナルハ、改革ノ背後 ニ英米資本ノ確固タル財政的援助アリヤ否ヤノ点デアルガ、コレナクシテ改革ハ全然ニ失敗ニ終ワリ、支那 ノ混乱状態ハ益々深刻ヲ加へ、其ノ結果独リ日本ノ対米進出ヲ早ムルニ至リ、斯シテ英米ノ政治的地位ノ動 揺並ニ列強間利害衝突ノ先鋭化ヲ招来スルデアロウ」(満洲中央銀行調査課編『最近の支那金融財政資料』
上巻、48-49頁)。
(「日満支」)の連携を、帝国主義、植民地主義を行動原理にした地域ブロックと一線を画す 経済開発構想として位置づけており、自己矛盾を内包した状況把握であった。
「今次南京政府ガ突如断行セシ銀ノ国有及ビ幣制ノ改革ハ、一部為政者ノ利益ノ為、支那一般民衆ノ利福 ヲ蹂躙スルモノニシテ、ソノ影響スル所、日満両帝国ト密接ナル関係ヲ有スル北支地方ヲ経済的ニ枯渇セシ
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
メ、更ニ進ンンデ満州国ノ経済的基礎ヲ脅威スルモノナルコトハ、既往ノ各種状況ニヨリテ明ラカナル所ナ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
リ、
。コトニソノ背後ニ英国ノ強力ナル支援アルニ於イテハ、支那ニ於ケル英国ノ支配ヲ強化シ、多年ノ国是、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
タル東洋ノ永遠ノ確立ノ基礎ヲ危ウクスルモノト云ワザルベカラズ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
」(関参一 第七六二号、発信者・関東軍 司令官、参謀長宛、傍点は筆者)44
中国幣制改革と、日本の権益に対する英国の脅威を結びつける上記の電信文(35年
11
月12
日)の内容が、日本軍部の状況把握を象徴している。「国是タル東洋ノ永遠ノ確立ノ基礎」、、、、、、、、、、、、、、、、を目指す、、、、
という地域観の中に、北支分離工作の正当性の根拠を求めており、地域主義と結び つく、こうした独自の政策観に支えられた主張は、日中の全面戦争突入後、日本側の支配的 見地として各界の言説に応用され、浸透していくことになる45。
中国が銀本位制から離脱し、管理通貨(法幣)制度に移行したことは、外国為替を介して 英、米への経済的依存を公式に求めたことを意味する。同時に新法制に併せ、米国から自国 通貨維持のための安定基金財政で資金支援を得たことは、ポンド・ドル両建て方式をとるこ とによって、法幣を英米双方の通貨に中立的にリンクさせる為替制度の採用と同じ意味を持 つ46。たしかに、中国法幣が外貨交換性を確保し、国際支払いを当時の国際金融市場に依存 させることは、基軸通貨国である英国スターリングポンド圏への実質的な参入と見做してい た。しかし、中国の幣制統一の実態が、英米の財政的援助に依存していたとはいえ、ポンド、
米ドルいずれの本位制についても制度の中には明文化されていない47。中国幣制の経済面の 特質は、国有銀を発行準備とする国際的信認を得た管理通貨制(法制)であり、中央銀行制 度の導入による国内経済の統合が目的であった。それに対し日本の通貨工作は、北支経済を
44 『続・現代史資料』前掲77頁
45 当時の日本軍部の政策観は、蝋山政道の東亜協同体論の言説とよく符合する。蝋山の開発主義と協同体論 については、第1章脚注84参照。日本の中国大陸経営について「本来西欧帝国主義的ではなくして、防衛 又は開発の為の地域主義」として、朝鮮併合、満洲国建設を肯定し、「民族協和」と、開発と地域主義を一 体化した「東亜協同体の理論」を提示した。蝋山政道 1938.「東亜協同体の理論」(『東亜と世界』改造社、
3-40頁に所収)を参照。
46 中国幣制改革は管理通貨制の導入であり、制度的には英米通貨のいずれも正貨準備にしていないためリン ク制には該当しない。ただし、英、米の財政支援の下に発足し、通貨価値の安定を英米に依存する方策をと ったことは、実質的なリンク制を意味した。
47 “China’s Monetary Dilemma, ”Far Eastern Survey. 1935 12.4.