聖 憲作, 良尊鈔注 「病 中寓言
阿字観 鈔」 考(一) (森口)
聖
憲
作
、良
尊
鈔
注
「病
中
寓
言
阿
字
観
鈔
」考
(こ
は
じ
め
に
森
口
光
俊
私 蔵本
、 聖憲
作
、 良 尊鈔
注
「 病 中 寓 言阿
字
観
鈔 」 の テ キ ス ト に よ っ て 復 元 さ れ た 聖 憲作
「 病 中 寓 言阿
字
観
」 ( 「 大 綱 」 ) が 、後
に 時 代 を 経 て鈔
注 、科
文 さ れ る 歴史
を た ど っ て 、 真 言 に事
・ 教 二 相 、事
相 教 相 一 體 無 二 と いう
根
本
的構
格 の 下 、 特 化 さ れ な け れ ば な ら な か っ た阿
字観
法 ( 三 昧 ) に つ い て の考
察 を 課 題 と す る 。 聖 憲作
、良
尊
鈔
注 「 病 中 寓 言阿
字
観 鈔 」 書 き 下 し 、 聖 憲 作 「 病 中 寓 言阿 字
観
」 と そ の 展 開−
禅
と の 対話
の 問 題1
は別
稿 に 譲 る も の で あ る 。 院 政期
の 阿 字 観 に つ い て は 、 三 宝 院 成尊
( 一 〇 一 二 〜 一 〇 七 四 ) 「 ア 字 観法
則
」 、 勝覚
「 阿 字観
次
第
」 ( 一 〇 五 七 〜=
二 九 。 ( 北 尾 ) 、 覚鑁
上 人( 】 〇 九 五 ー=
四 三 ) の 、時
代 に お け る 浄 土 門 と の 応 対 ( 苫 米 地 ) 、 阿字
観
の 基 本 理 念 ( 栗 山 、 山 崎 ) を は じ め と す る実
修
次
第
、 阿字
効
能 等 が 報告
さ れ て い る 。 こ れ ら を う け た 粕谷
氏 は 、 教 相 の 学 僧 聖 憲 ( = 二 〇 七 〜 → 三 九 二 ) に 「 阿字
観
」 の あ る こ と に 注 目 し、 運 敞 師 「 結 網集
」所
載
の 同 書 、 「 六 地蔵
本
」 の指
摘
、 良 尊等
、 諸 注 鈔 に つ い て、伝
統
的
真
言 教学
の 阿字
観 と と も に、 煩悩
悉 く 仏 徳 に 展 ず る こ と を 強 調 す る特
色 を指
摘
す る 。先
行 す る 一29
一智山学報第五十九輯 貴 重 な
論
考
で あ る 。 瑜 公憲
師
と 云う
。興
教大
師 以降
、 教相
の 学、 連 綿 と し て 運 敞 師 に 至 る と いう
。瑜
憲 両師
に 「 阿字
観 」 が残
さ れ ても い る 。 瑜 公 「 阿 字 秘
釈
」 ( 「 観 秘 釈 」 ) は 阿 字観
を 臨終
の 至 要 と す る 。 天 台安
然 の義
を引
く も新
来 の 禅 門 に触
れ る こ と は な い 。 そ の著
「 真俗
雑
記 問 答鈔
」 に 「 禅法
真 言 浅 深事
」 等 、 顕 密 劣勝
二 二 点 の断
片
的 言 及 が あ る の み で あ る 。憲
師
「 病 中 寓 言阿
字
観 」 は 、 正 平 三年
〔 = 二 四 八 ・ 四 十 二 歳 ) に 成 書 さ れ た 。 彼 は 時 代 の真
言 密 教 の趨
勢
を直
観
し て い た 。 そ こ に 真 言教
徒 と し て の 「 塵 境即 ち
自
家 の 具 徳 、 煩悩
全 く
表
徳
の実
義
」 を 実際
と す る 確認
があ
っ た 。 し か し 禅 門 の趨
勢 と真
言 の 状 況 に つ い て の言
及 は 無 い 。 同 時代
、 東 寺 の呆
寶
は 「 開 心鈔
」 ( 貞 和 五 年 一 三 四 九 ) を著
し 、 王 法 仏法
・ 顕 密 仏 教 の 立場
か ら推
移 の 渦 中 に あ る 真 言密
教 を 弁論
し て い る 。 禅 門 の 夢窓
は 既 に そ の在
世
中 ( 康 永 三 年 = 二 四 四 ) 、 「夢
中 問答
」 を 出 版 し自
ら の 立 処 を 明 ら か に し た 。 聖 憲 の 「 阿 字 観 」 は時
を 経 て 天 正 五 年 、高
野 に お け る祐
宣
の 講 録 、慶
長 十 一年
成 書 の 頼 慶 、 元 和 二年
成
書
の 良 尊 等 に よ っ て鈔
注 、稿
刊
さ れ る 。 三 者 は 慶 長年
間
に 関係
し つ つ 、 そ れ ぞ れ の 立 場 か ら 家康
の 宗 政 に参
じ て い る 。 後 に 運 敞 師 は 、 聖 憲 の 阿字
観法
に つ い て 「末
学 邪 疾 之 鍼 貶 」 ( 結 網 集 ) と賛
し 、大
綱
全文
を収
め た 。 廃 仏毀
釈
を 経 た 国 家 神道
政体
の 明 治 大 正時
代、 権 田雷
斧
師 は 諸 所 に 聖 憲 の 「 阿字
観 」 を 講 じ た 。 一30
一 [1
]聖
憲
作
、良
尊
鈔
注
「病
中
寓
言
阿
字
観
鈔
」書
誌
、類
本
、関
係
諸
本
(1
) 私蔵
本 題 簽 欠刊 記 欠 。 元 和 二 天 丙 辰、 孟 穐 念 一
成
書 。 西南
院
末
葉 阿 闍梨
良尊
( 後 記 ) 仮表
紙
、 筆 題 「 阿 字 観 鈔 全 」 ( 裏 沙 門 承 賢 − 承 監 伝 持 所 蔵 名 ) 。 本文
に は 返 り 点 、 送り
仮
名 が聖 憲作, 良尊 鈔注 「病 中寓言 阿字観鈔」考( 一)(森口) あ る 。
大
正大
学
所蔵
番
号
( 一 四 四 / 四 二 八 ) 、表
紙
欠
に は、 「 万 治 三 庚 子 ( = ハ 六 〇 )年
孟
春
吉 旦 。 中村
五郎
右
衛
門校
板
」 と あ り 、 私蔵
本
の 「校
板
」 と考
え ら れ る の で 、 私 蔵本
は こ れ 以前
の 摺本
で あ る と 推 測 さ れ る 。 猶、大
正大
学 ( 旧 豊 山 大 学 所 蔵 本 ) の 内 の他
の 二 本 に も 刊 記 は な い 。 当 良 尊鈔
注本
の 題名
に つ い て、新
板
校 正 再治
本
に も 「 阿 字観
鈔
」 と あ る も 、 聖 憲 作 「 病 中 寓 言 阿字
観
」 の 鈔 注 で あ る こ と を 明 ら か にす
る た め に 、当
稿
で は聖 憲
作
、良
尊 鈔 注 「 病 中 寓 言阿 字
観
鈔
」 と し た 。 以 下 の資
料
は大
正 大学
、 頼 慶 著 に つ い て は 大 谷大
学
の許
可 を得
た も の で あ る 。 (2
) 類本
1
.大
正 大 学所
蔵
( 一 四 四 / 四 二 八 ) 、表
紙 題簽
欠
、 私 蔵 本 と 同板
の 訂板
。 万 治 三庚
子
( 一 六 六 〇 )年
孟春
吉
旦 。 中 村 五 郎 右衛
門
校
板 。31
次
の 再治
本
と も 異 な る文
字 の 改 訂 が あ る 。 外 二 本 、 旧 曲 豆山
大
学 蔵 本 ( 一 四 八 / 五 七、 五 八 )刊
記欠
。2
新 板 校 正 「 阿
字
観鈔
」 再 治本
。 大 正大
学 蔵本
( 一 四 八 / 五 六 ) 聖憲
「 阿 字 観 」 ( 大 綱 ) 全文
と し て 別 出 せ ず 、本
門 中 に大
字
に て表
示 。 上 下 巻 に 分 け な い 。 初 め に 良尊
の鈔
序 、次
に病
中寓
言
( 聖 憲 の 序 ) 、 本文
良
尊 「 阿 字観
鈔
」 、後
記 。 寛文
十 三葵
丑 歳 ( 一 ⊥ ハ 七 三 ) 六 月 日 。 中 村 七 兵衛
板 行 本
文
に は 返 り 点 、 送 り仮
名 が あ る 。 ( 寛 文 十 年 書 籍 目 録 に よ る 本 あ り 「 国 書 」 ) (3
) 異 本1
. 「 ア字
観 秘伝
鈔 」祐
宜 著 ( 一 五 三 六 〜 = ハ 一 二 )大
正 大学
蔵 本 ( 一 四 八 / 六 四 )智 山学報第五十九輯 祐 宜 講 義
本
、和
文 写 本 。 ( 聖 憲 鈔 の 嚆 矢 を な す か ) 天 正 五 丁 丑 ( 一 五 七 七 ) 十 一 月 日 、於
高 野山
諸 国 之衆
依 所 望 。記
之 。祐
宜 四 十 二 歳 。 此 の 書 は 根来
中 性院
の第
四代
祖 師 聖 憲 の 作 な り 。1
大徹
な る 一 人 の 禅 者有
り1
正 平 三 暦
秋
の 月 云 々 。 惣持
寺 下向
の 砌 、 早 々 に 記 す 、 本 国 下 野 の住
長善
〔 実 名 ) 、 祐 宣春
秋 四 十 二 、1
天 正 五 年 閏 七月
二 十 日 、 慈 父 * 忌 の命
日 に あ た っ て 之 を 記 す 。 聖 憲 「 大綱
」 に随
っ て解
説
を加
え 、 阿 吽 の 二 義 、 本有
の 立場
よ り 説 明 し 、 特 に 禅 語録
の 用 語 に よ っ て 説 こ う と す る の で は な い 。 末尾
は 地獄
の 説 相等
、詳
説
す る 。 衆 僧 の 意 に 応 じ た 一 期 の大
事
と し て の当
書
の 意 図 が 此 の 説 明 に あ ヘ へ る 。 「 大 綱 」 本 文 に 、先
に 「 心 王 、 心 所 」 と あ り 、後
に 「 心 首 」 と あ る 。 祐 宜 写 本 に 、 自身
が と 思 わ れ る 「 心首
」 が あ る 。 他 の鈔
注 も 「 心 首 」 に 従 っ て い る 。 只 管 の 語 に つ き ( 解 に 作 為 の 無 理 が あ る ) 、 十 牛 図 の 第 一尋
牛
の 句 に触
れ る が 、 此 の 展 開 と真
言
宗 旨 ( 秘 蔵 宝 鍵 ) と の 同 異 に触
れ る べ き と こ ろ で あ る 。 聖憲
師
の大
綱 が 禅 語 を引
く と こ ろ 、 他 意 は 無 い と し て 言う
、 大徹
な る 一 人 の 禅者
は、師
の舎
弟
で あ り 、 互 い に師
と な り弟
子 と なり
し て 相 互 に そ の 秘極
を教
授
し あ っ た の で あ る と 。後
に 、 智 山 運敞
僧 正 の 「 結網
集
」 に禅
者 、 或 謂う
、憲
公 の親
族
な り と あ る の は 祐 宜 初 出 に よ る か 。勧
学
会 ・大
蔵會
展観
目 録 に当
書
名 あ り 。 智 山 全 書解
題 所収
「 智 山 学 匠略
伝
」 に欠
。 国 書 総 目録
に 智積
院蔵
とあ
る 。当
良 尊鈔
注 本 に 附 せ ら れ る 血脈
に 、 私 に記
し た よう
に 、 良 尊 ( 後 に 西 南 院 ) は 智積
院 第 二 世 祐宜
が晋
山 以前
に 「 中 性 院 流 」 を授
法 し た良
尊
そ の 人 であ
る と考
え る が 、 一 疑 点 も あ る 。 「結
網
集
」 に は 、 良尊
に よ る 祐 宜 の 授法
等
は 何 も 述 べ て い な い 。 一32
一2
. 「 阿 字観
要鈔
」 聖 憲 。 写 、 一 冊 。 金 剛 三昧
院 ( 「 大 綱 本 」 か 。 国 書 総 目 録 、 以 下 国 書 掲 載 本 未 見 )聖憲作 , 良尊鈔注 「病 中寓言 阿字観 鈔」 考 (一) (森口)
3
. 「 阿字
観
病
中 寓言
鈔
」 聖 憲著
、 頼慶
註 。慶
長 十 五 年 成書
。大 谷 大 学
許
可 。蔵
書
番
号
3032
. 二 冊 ・ 二 巻 。刊
記 。 御本
云慶 長 十 一
年
夷
則
十 二 日 於東
国 下 総佐
倉恵
光
院 逗 留 中草
之 。同 十 五
年
林 鐘 上旬
之 日於
駿府
惣持
院 閑 居 聖書
了 。 桑 門頼
慶四 十 八
歳
。承
応 癸 巳 仲 夏吉
旦寺
町 誓願
寺
前西 村 又 左 衛 門
新
板
刊行
。頼
慶
( 一 五 六 二 〜 一 六 一 〇 ) 、高
野山
遍 照光
院
の 学 僧 。 慶 長年
間 活 躍 : 浄 土 と の宗
論
( 「 貞 安 問 答 」 、 慶 長 六 年、 日 蓮 宗 貞 安 と も 、 高 野 春 秋 )等
、 慶 長 十 五 年( 一 六 一 〇 ) 六月
成 書 、 慶 長 十 五年
十 月 不 遇 のう
ち に 示寂
、年
四 十 九 ( 密 教 大 辞 典 。 真 言 宗 全 書 解 題 ) 。 頼 慶 は 良尊
と 密 接 な 関 係 に あ る 。当
書
は 二 冊 、 上 下 二 巻 よ り な っ て い る 。書
誌 、 私 蔵 本良
尊
註
鈔
と 同 じく
上 下 、 「 大 綱 」 の 全 文 を 十 一 節 に 分 か ち 掲 げ 、 下 巻 最後
に 、 「 正 平 三 歴 云 々 、桑
門隠
士 聖 憲 四 十 二 歳 」 と し、良
尊
同
の 血 脈 を 附 し て い る 。 上巻
は 良 尊 と 同様
、 阿字
の 教 学 的 解 説 と 巧 能 を説
く
。 第 一 、 二 節 を 上 巻 に 配す
る も そ の結
構
を 一 に す る 。 共 通 の 引 用 禅 語 文等
を 見 る 。は じ め に 、 「 凡 そ 阿 字
観
と は 衆 生自
心 の 常 覚 を 開見
す る の 要 門 、諸
仏 本有
の真
智 を 炳 現 す る の直
道 な り 」 二 表 ) と 述 べ る 。良
尊
は 「 三 点 事 」 に 関 す る 問 題 を意
識 す る と こ ろ で な い が 、 頼 慶 は 当 世 阿闍
梨 の こ と と し て 「 狂 乱 の 基 い なり
、何
ぞ 火 坑 を道
は ん や 」 ( 一 = 裏 ) と いう
。 阿字
義
、 「不
生 」 の 遮 情 門 ・ 四 家 大 乗 、 禅 、 浄 土 に わ た る説
明 を特
色 とす
る 。表
徳
の 「本
不 生 」 を 、次
第
を 追 っ て 要 文 に よ り解
説 す る 。4
. 「 阿字
観
鈔
」 ( 寓 言 鈔 、 病 中 寓 言 ) 亮汰
( 豊 山 化 主 一 亠 ハ ニ一了
一 六 八 〇 )科
注大
正 大学
蔵
本
( 一 四 八 / 五 五 。 「 阿 字 義 鈔 」 と 合 冊 ) 万治
元年
( 一 六 五 八 ) 夏 科 注焉
。 三条
通 瀬 戸物
町 、 金 屋 八 郎 兵 衛 ( 刊 ) 。 一 一智 山学報 第五 十九輯
科
文 と 達意
咀嚼
に 優 れ た師
で あ る と 言 わ れ る 。亮
汰
師 が 誰 を対
象
と し て 当 書 を も の さ れ た か を 考え
さ え ら れ る 。 「 大 綱 」 ( わ ず か 原 稿 四 枚 ) に つ い て の 科 文 と 、摘
出禅
語 に 真 言 本旨
を 配 す る 。 公 式 的 で あ ろ う 解説
であ
る 。 最 も 、真
言
者
と し て は 、良
尊
外 の 如 く 阿 字 効能
を始
と す る重
々 た る 教学
的
解
説 を 必 要 と は し な い はず
の も の で は あ る 。 師 に対
す
る 私 の 思 い 込 み で あ る が 、 大 慧書
を 引 く こ と 五箇
所 、 聖憲
の 心 、 大 慧 の 心 も 伝 え 得 て い な い 。 初学
の 者 に ご自
分
の言
葉
で 索励
さ れ る べ き で あ っ た 。 「 万境
に お い て自
由自
在 な り 」 と は 、無
門 関 に 云う
、 面前
に 立 つ 者 は 復 た 是 れ何
人 ぞ 。 伝燈
録
に 云 う、 百 千 法 門 は 同 じ く 方 寸 に帰
す 。 永嘉
禄
集
に 云 う、 方寸
は 肉 團心
な り 。 碧 眼 に 云う
、 立 ち 所 に 成 仏 す る底
の 人 、 自 然 に 人 を 殺 し 眼貶
せ ず 。 ま さ に 自由
自
在
分 あ ら ん 。 と 注 さ れ る 。5
. 「 病 中 寓 言 阿 字観
節
解 」 華 海著
延
寶
六 戊午
年
( 一 六 七 入 ) 刊 識 語 に言
う 。 こ こ に 海 師 、観
を 瑜 伽 の 月 に 澄 し、慧
を禅
那 の水
に 磨 い て節
解 の 一篇
為
る 。憲
師 ・ 病 中 寓 言 ( を )解
説 す る をも
っ て 、 予披
閲
を 請 う 云 々 。 戊午
秋 九 月穀
日 。海
西沙
門抱
拙
子
識 。 書林
前 川 宇右
衛 門行
刊
道
範
( 覚 海 の 弟 子 ) 著 「 道 範消
息
」 に華
海
は 「 消 息 阿字
観
序 」 を 書 い て い る 。 「維
れ時
に 戊午
の 歳季
秋
の 一 日、 沙 門 釈 の華
海 題 す 」 ( 成 書 ) と 言う
。 出版
書
林 も 同 じ で あ る 。 刊記
、延
寶 六 戊午
年
霜 月 吉 辰 。大
正大
学
( 旧 豊 山 大 学 蔵 書 ) 六 冊 が 蔵 さ れ る 。 こ の 華 海 の 科 注 の 書 は 、時
代 の 曲 豆 山 の ( 明 治 、 大 正 時 代 か )学
僧
た ち に よ っ て 、 克 明 な朱
注
が 残 さ れ て い る ( 一 四 八 / 四 九 、 五 〇、 五 一 、 二 〇 七 ) 。内
一 本 ( 一 四 八 / 五 〇 ) に は 、 著 者 華 海 ( 同 名 異 人 ) に 朱書
、 智 山 の所
化 と 有 る 。 な お 、 天 台学
部蔵
一 冊 ( ] 四 八 / 二 → 八 ) があ
る 。 序 に言
う 。 一 顆 の 阿 珠、 光 を 頒 っ て 四 と 成 る 。 謂 く 、本
有 ・修
生 ・ 義 理 ・ 観 門 な り 。 仏祖
、 散 説 し て該
括
せず
。請
う法
眼
を 以 っ て看
取
せ よ 。 或 る 問 う て 曰 く 、 其 の観
門 の 阿 、如
何
と 。 一34
一聖憲作, 良尊鈔注 「病中寓言
阿字 観鈔」 考 ( 一) (森口)
檜
尾 の 口 決 に 曰く
、観
法
の 時 は別
に義
理 を 思惟
せ ざ れ 。 唯 、 其 の 形 色 、 法 の如
く 歴然
と し て 之 を観
よ 。 曰 く如
何き ょ う れ ん が 之 を 観 ぜ ん 。
凡
そ観
行 の 門、 別 に 用 心 無 し 。 唯 だ 六 賊 を拘
攣
し て 阿 閣 に 縲 せ ん こ と を要
す 。其
れ 、 眼 に字
相 を 視 、 口 に音
響 を 記 し 、耳
に聆
き、 心 に 思 う 。 鼻 ( 端 ) を 守 り、身
に印
し て、 畢竟
、 象 罔 を し て 其 の 玄珠
を 索 め よ矣
。ま れ お お ぼ う か つ 因 み に 問
う
。今
、 此 の 註 脚 を 閲 す る に 密 言 罕 に し て禅
話
聾 く、辞
説 蕪蔓
に し て義
解
尤 も 寡 な し 。 な ん ぞ剖
割
を 闕 く や 。記
主已 に
寓
言
す
れ ば 予 も 亦 、 此 れ に依
り た り 。尚
し青
松 の 宜 し く 援 く る べ き を事
と し て 、 詞 藻 の 応 に揀
ぶ み ろ う べ き を瞻
ず
。 子 、若
し筆
華 を 弄 せ ん と 欲 っ せ ば 文 苑 に徘
徊
し 、 詩 圃 に 逍遥
せ ん に は し か ず矣
。 且 つ 斯 の書
の作
意
、 も と本
教判
に (併
) し て 阿字
を 決 せ ん と に は 匪 ず 。強
い て 之 を憙
ま ば、経
論
の 広 き に依
れ 。 経 論 の 広き
も 亦 、切
に慧
解
を 逞 し ふ せ ん に は 匪 ず 。只
修
悟
、 之 が 緊 切 な り 。 所 謂以 心
伝
心 にあ
り 。 文 は糟
粕
−
云 々 。 「内
容
」 「 七 門 を 分 別 す 。1
本 節 :大
日経
に 曰 く 、 云何
が真
言
教
法
、 謂 く 、 阿字
門 一 切 諸 法 本 不 生 の故
に 。疏
第
七 、十
一 取 意 。雑
問
答
。2
観修
故
: 供 養法
次
第 に 曰 く 。3
音
声故
:皆
阿声
あ り 。4
相義
故
: 吽字
義 、 秘 蔵 記 に 曰 く 。若
し 阿字
を 見 れ ば則
ち法
性 の空
無
を 知 る 。 是 を 阿字
の字
相 と 為 す 。5
軌法
故 :檜
尾 口決
、 無 畏 禅 要 に受
学 せ よ 。6
観
想
:師
に 随 い て 面授
す
べ し 。7
釈
文故
: 初 め に題
額 。 一 、 「病
中 寓言
」 、 二 は本
文 を分
っ て 四 つ 。初
め に は 勧 力 。 … L 。5
軌法
故
に は 「檜
尾 口決
に 云う
、 天井
方強
不迫
、不
暗 不 明 、 坐暗
、起
妄
念 、 明 心散
乱 」 等 と あ っ て、 当 「節
解
」 は実
修的
意
図
を強
調
す る 。良
尊鈔
注
は観
法 を 述 べ な い 。6
7
「 阿字
観節
解
昨夢
鈔
」 円融
。 元 禄 十=
= ハ 九 八 ) 刊 ( 国 書 総 目 録 所 載 ) 。権
田 雷斧
「 聖憲
尊
師
阿 字観
の法
話
」 明 治 二 十 六年
「密
厳
教報
」 所載
( 著 作 集 第 + 六 巻 ) 。 一 35 一智 山学報第五十 九輯 聖
憲
「 阿字
観
」大
綱
の 全文
を 十 一 節 に 分 っ て 掲載
。病
中寓
言 、観
法
法
則
、 座法
等
より
解 説 す る 。 「 正 平 三 歴秋
之始
月
云 々 」 の結
語 を載
せ る 。 聖憲
「大
綱
」本
に よ っ て い る と考
え ら れ る 。 「 阿字
観 物 語 」 な ど の稿
も あ る ( 「 新 興 」 著 作 集 巻 + 七 所 収 ) 。 開 山 興教
大師
の 阿 字十
義
等
を多
く 引 く 。 前方
便
に護
身
法
等
の 次代
、 檜 尾 の記
に よ る 座 法 を述
べ る 。時
代
に お け る 雷斧
の指
導的
、 求 道的
学
識 ・実
践 的活
動 は 超 出 し て い る 。 (4
)関
係
書
1
. 「道
範
消息
」道
範
( 一 一 七 八 ー 一 二 五 二 )著
。 仮名
法
語 集日
本
古 典文
学
大系
岩 波 、 外 所
収
。華
海
は 「消
息
阿 字観
序 」 を 書 い て い る 。 そ の成
書 の 時 を 言う
。 「 維 れ時
に 戊午
の 歳季
秋 の 一 日 、沙
門釈
の華
海
題
す 」延
宝 戊午
年
霜月
吉
辰書
林前
川宇
右 衛 門板
。 阿字
不
生 の観
、 出 入 息即
阿 字 の 不断
念
誦
の 観 を勧
め 、真
言
、 禅 門 、 共 通 の 根 本 的要
義
を指
摘 し て い る 。 「我
等
が善
悪
の 一念
い ま だ 起 こ ら ざ る 以 前 は 、本
来
無
始
の 性、 円 明常
住
の 阿字
の本
源
な り 。 此 れ を 仏 心 宗 ( 禅 宗 の 古 称 ) に は 父 母未
生前
と 云 、 天 地 未 分 の 位 を 本来
の 面 目 と 断 じ て 、 千 聖 も傳
え ざ る と こ ろ なり
云 々 」 と言
う
。 国 書 総 目録
に 「 阿字
観
消息
抄 」花
海
著 が あ る 。花
海
は 華 海 ? 「 道範
消
息
」 の序
と は 別 に抄
をも
の し て い る 可能
性 は あ る ( 元 禄 十 一 年 書 籍 目 録 と あ る ) 。 良尊
は 「 阿字
観 鈔 」 に 二箇
所、 覚海
法 橋 の 門 下 、 道 範 を 引 く 。 一36
一2
. 「 阿字
秘釈
」 三 巻 頼 瑜( 一 二 二 六 ー = 二 〇 四 ) 。 大 正 大学
蔵 本 ( 一 四 八 / 六 五 )金
剛
仏子
頼瑜
生 年 五 十 七 歳 。刊
記正 応 二
年
癸
巳 。 暮 秋 吉 辰 。 七 郎 衛 門 開 版 。聖憲作, 良尊鈔注 「病中寓言
阿字観鈔」 考(一) (森口)
大
須真
福 寺蔵
書
、 正 中 二 ( 一 三 二 四 ) 年、 武 州高
幡 不動
堂 、儀
海 写 「 阿字
観 秘釈
」 あ り ( 高 橋 ) 。 国書
総
目録
所 載 : 「 阿字
観
秘釈
」 二 冊 、 ( 別 ) 阿 字 秘釈
。真
福
寺、 文 和 二 、能
信 書 写 、 奥 書 と あ る 。大
正大
学 蔵 本へ 「
阿
字
秘釈
」 に よ れ ば観
法
が記
述 さ れ て い る の で 「観
秘釈
」 は 同書
。 「 阿 字 秘釈
」 ( 「 観 秘 釈 」 ) は 阿 字観
を臨
終
の 至要
と す る 。 当 書 に は 天台
安然
の義
を引
く も、 当来
の 禅 に 触 れ る こ と は な い 。事
教 二相
の 分 か れ て い る様
子 を 示 す 言 が あ る 。 「 問 う 。 我等
如
き 者 は 、若
し く は 一座
の行
法
を 修 し 、若
し く は 一 念 の観
法
を 凝 ら す 。世
間 の 勝 利 、尚
し無
し 。 況 や出
世 の 悉 地 、何
ぞ有
ら ん 。是
故
、行
法
日 に 随 っ て 退
転
し 、観
念追 っ て 懈
怠
な り 。若
し尓
ら ば 、何
な る 心 に住
し悉
地
を得
べ き や 」 ( 下巻
十 八 紙 表末
) 。 問 ・答
体 に よ っ て 当 書 は構
成
さ れ る 。蓮
蔵院
大
納
言 公 雅 の懇
請
に よ っ て 成 る と 言う
〔 秘 密 辞 林 ) 。 巻 上序
。夫
れ 阿字
と は従
凡
入 仏 の 正 門、 如実
知 自 心 の直
道 な り 。高
く 法 界 の 頂 に居
し て 、 既 に 諸 仏 の能
生 た り 。深
く 生海
の源
を窮
め たり
、 豈 に 衆 行 の 所帰
に あ ら ざ ら ん や矣
。所
以 に 、 八 識 八 不 の説
は 圓 明 を有
空 の 雲 に隠
し 、 十如
、十
玄 の談
は 猶 し素
光 を微
細 の 霧 に 隔 つ 。真
言 秘 教独
り
立 し て 以 っ て 宗 と為
し 、 理 仏智
身共
に 嘆 じ て要
と為
し、覚
月 五智
の 光 に 戯 れ、雙
圓 の水
を 照 ら し 、 心 蓮 八 葉 の蘂
さ 六 大 の 風 に開
く 。3
. 「科
阿 字檜
尾禅
策
」 全恵 照
著
( 私 蔵 本 ) 惟時
延宝
五 丁 巳 ( 一 六 七 七 )雪 月 十 日 、 臨 五
更
而 投毫
畢
。洛
陽東
山 禅 観 比 丘 恵 照 。各
宗
学林
書
肆 御 用達
山 城 屋文
政堂
藤 井
佐
兵
衛
板
行 。恵
照 は 「阿
字 秘 釈 」 、 瑜 、 瑜師
、師
と 云 い 、多
く を 秘釈
に よ っ て い る 。華
海
より
観 法法
則
、 実 習 に 詳 し い 。良
尊 と 同 じく
小島
の 記 と す る 八蓮
弁
の 説 を引
く 。 三神
栄
昇
は 「智
山 全 書 解 題 」 、学
匠
略
伝
に恵
照 ( 一 六 二 八 〜 一 七 〇 八 )著
作
と し て 、 「 阿 字檜
尾記
授
要
鈔
」 二巻
、 「 阿字
檜 尾 禅策
」 一巻
、 「無
畏
禅 要安
心鈔
」 二 巻 を録
す
。 権 田 雷斧
師
の教
導
一 一智 山学 報第五十九輯 の 下 に
あ
っ た豊
山 小 林 正 盛 は当
書
講
義
本
「 秘密
禅
」 ( 大 正 + 五 年 著 、 昭 和 二 年 刊 ) を 出版
し 、平
成
四年
、福
田亮
成
氏等
に よ っ て再
刊
さ れ て い る 。 注 目 す べ き は 正盛
の 言 、 「 密 教 の根
本
義
は 、 こ の 秘密
禅
と ( を )味
識 し 、体
験
す る の で な く て は 、真
言 秘密
の真
諦
に触
る る を ( こ と ) 難 く 、 み な 相似
の 密 教 と な り 、 商 品化
し た り真
言 秘密
の 法 と な る の で あ る 」 と は真
言 宗史
上 の 初 出 か 。 [H
]良
尊
鈔
注
「病
中
寓
言
阿
字
観
鈔
」に
よ
る
、聖
憲
作
「病
中
寓
言
阿
字
観
」 の書
き
下
し
復
元
と
意
図
内
容
(1
) 「病
中寓
言
」 に憲
師
病
中
偶
言 と あ る 。禅
話
に寓
せ て密
意 を示
す 、 自 謙 の 題 目 を案
ず と言
う
。 こ れ はも
と も と 「 阿 字 観 」 (大
綱
) に 附 せ ら れ た 序 で あり
、 ま た、鈔
末
の 「 正 平 三暦
( 一 三 四 八)穐
の 初月
。 予 、 病 気 に 因 り 偃息
」 云 々 の文
も こ の 大 綱 に附
せ ら れ た も の と考
え ら れ る 。 聖 憲自
身
が 「 観門
の大
綱 」 と 言う
。国
書
総
目録
に は 「 阿字
観鈔
」 の 項 目 に 、 聖 憲著
、良
尊
注 とあ
る 。良
尊
鈔
注
本
に は 送 り が 附 さ れ て い る 。 そ の 外 、夫
れ 、我
れ 、 吾 れ、 是 れ 等 、漢
字
を い か し て 送 り を付
し 、 「 自身
即
毘盧
遮 那 」 の 如 く 半 画 を置
い た 。 一38
一 「病
中
寓 言 」 ( 阿 字 観 序 ) 禅話
に寓
て 密意
を示
し 、自
謙
の 題 目 を案
ず
。病
中 と は 、 自有
り 他有
り 。 寓言
と は 、 物 に寓
て 懐 を 述 ぶ る義
。 源 と荘
子 に起
こ れ り 。百
年
胡 蝶 の夢
、 周 鮒 、肆
に 就 く の 譬 え、 是 れ皆
な 寓 言 な り 。病
中
の 自他
と は 、若
し 自 己 に 約 せ ば 、我
れ未
だ 生 死 を脱
れ ざ れ ば 四苦
八苦
の大
病
の 人 、 無 明煩
悩
の 床 に臥
す 。 是 れ法
執
の病
を成
す
と いう
釈 経 の 意 な り 。 未 だ自
身
の 病 を療
ぜ ず し て 、 他 人 に 薬 を與
え ん こ と 、無
益 の 至 り と卑
下 す 。若
し 利 他 に約
せ ば 、 一 切衆
生 の如
き は、本
来阿 字 不 生 の 無 病 の 人 な り 。 し か れ ど も 生 死
無
常
の 三毒
の病
を 受 く 。吾
れ 、 彼 の病
苦
を濟
は ん と病
む大
慈聖憲作, 良尊鈔注 「病 中寓言 阿字観 鈔」 考 ( 一) (森口)
大
悲 の病
な り 。猶
し 子 の病
は 親 の病
の 如 し 。維
摩
経
に は 、 衆 生 を 饒 益 す る に 、其
の方
便 を 以 っ て身
に病
有
る こ と を 現 す と 説 き 、義
疏 に は 、彼
の病
す で に滅
せ ば 、吾
が 病 も 亦 た 滅 し な ん と 云 々 。 古詩
に 云 う 。 猶 し病
中 の 禅 に 坐す
と 云 々 。「 阿
字
観
」 ( 大 綱 )阿 字 の 一 刀 を 八
識
の 田 中 に 下 し て 、 生 死 ま た 斬り
涅槃
ま た斬
る 。 生 死涅
槃
は 猶 し 昨 の夢
の 如 し矣
。 か く の如
く 、 阿 字 の 一 刀 に 運 用自
在
な る 則 は 、 面 前 に 臨 む 者 の悉
く収
め て 、自
己 の 方寸
に帰
さ ざ る と 云う
こ と な し 。 万 境 に お い て 自 由 自 在 なり
。此 れ よ り 、
永
く他
の奴
と 作 る こ と を休
む 。 此 の時
、善
悪 の 心 処悉 く
心
王 の勢
力 を 承 て 、 各自
位 に安
住
し各
々 に内
證 三昧
に 入 り て 、普
門 応 現 の 一 解 脱 門 と 作 る 。 此 の 巨 益 を得
る は 、 万 縁 を放
下 し て 阿 字 を 挙 ぐ る 一念
の 力 の致
す
と こ ろ な り 。修
行 は 、 た だ覇
柄勁
き こ と を 要 す 。如
何 が 覇柄
勁 き こ と を
得
ん 。 客 と酬
対
の 処、 喫飯
着 衣 の 処 、痾
屎
送 尿 の 処 、 喜 怒 哀楽
の処
、 此 の ご と く 一 切 の 時 に於
い て 、 た だ 一個
の 阿字
を挙
げ よ 。之 を 思
う
こ と 此 れ に 在 り 。 十 二 時 中 、 切 に 忘 了 す る こ と な か れ 。 是 の如
く 成 し も て 去 か ば 、 覇 柄自 か ら
勁
か ら ん の み 。た だ 恨 む ら く は 、 今 時 、
瑜
伽 者 と 称す
る族
、 自身
即 毘 盧 遮 那 、 金 剛 薩 唾 な り と
説
く を 聞 き て 、 只管
に実
解
無
う
し て即
ち 謂 く 、塵
境
廃 遣
す
る こ と を須
い ず 、即
自 家 の功
徳 な り 。煩
悩對
治
す
る こ と を須
い ず、 即内
證
三昧
な り 。断
證 の 門 は権
教 の所
談
、 遮情
の観
は 顕乗
の 謂情
な り と 。 塵 境心
首
を 繋 縛 し 、愛
憎自 性 を 染 汗 す る こ と を 知 ら ず 。
終
日 、境
縁 を 遂 っ て違
順 の念
を 起 こ し 、 念 に 随 い て 種 々 の 業 を造
り 、 業 に 因 っ て 非愛
の 果 を受
く 。 一39
一智 山学報 第五十九輯 一 息
纔 に
転
ず る 時 、情
欲 を 逞 し く し て 、 表 徳 の実
談 に誇
る と い え ど も 、眼
光忽
に 地 に 落 つ る時
、 魂神
去 っ て 閻 羅 の 人 の
駆
使 を 被 り 、 所造
の業
を遣
責
さ る 。 此 の 時 に当
た っ て 、 自身
遮 那 の観
ま た 立 た ず 。自
身
薩 堙 の 技 ま た盡
き
ぬ 矣 。 只 だ 、 獄 鬼 に 向 か い て膝
を 屈 し 手 を 合 わ せ 、 頭 を叩
き て 哀 れ み を 乞 わ ん こ と 更 に 以 っ て 疑 い な し 。此
れ 即 ち 、 法 門 に実
解 無 う し て 徒 に 虚頭
を学
び 、 情 欲 を恣 に
す
る故
な り 。如
何 が業
縁
に 引 か れ ざ る こ と を得
ん 。 万 境 来 っ て 侵す
時
、 強 に 力 を盡
く し て 廃遣
す
る こ と を 須 い ざ れ 。 ま た 、認
着
す る こ と を得
ざ れ 。 た だ 】 個 の愛
憎
の 念 の 上 に頻
に 阿字
を挙
げ
よ 。斯
の如
く し て 日 積 も り月
久 し く し て、自
然 に境
縁 に お い て自
由 の 分 あ り 。 此 の時
、 塵 境即
自
家
の具
徳 、煩
悩全 く
表
徳
の 実義
な り 。 上 上根
智
の 人 、 一 超 に 如来
地 に 直 入す
る を 除 非 す 。自
余
の浅
根
、 専 ら こ れ に 馮 り て 用 心 せ よ と の み 。 正平
三 暦 、 穐 の 初 月 。 予 、病
気
に 因 り て 偃息
す 。 一 人 の禅
者 有 り 。 来 た っ て 病 を 問う
の次
い で 、 阿字
観
の義
を尋
ぬ 。 固 辞 す る こ と あ た わず
、 彼 の 禅者
の 耳 に 順 ぜ ん が た め に 、 屡 し ば禅
録 の 語 を 加え
て観
門 の大
綱 を示
す の み 。桑 門 隠 士 聖 憲 四
十
二歳
。 正 平 は 後 村 上 年 号、 貞 和 は 光 明 院 季 号 な り 。 日 本 一 朝 に 両 の 年 号 有 り 。 正 平 の 三 暦 は 貞 和 四 年 に 当 る な り 。 一40
一 (2
) 聖 憲 ( 一 三 〇 七 ー 一 三 九 二 ) の 「大
綱
」 は 正平
三年
( 一 三 四 入 ・ 四 十 二 歳 ) 、 成 書 さ れ た 。 聖 憲 、 字 は定
林 、華
海
。根
来 中 性 院 の第
四 代 。 中性
院 増喜
に 随 い 密 教 を 学 び 、 頼 瑜 の 不 二 説、 加持
門 、 新義
学
説
を大
成 し て 「大
疏 百条
第
三 重 」 、 「 釈 論第
三 重 」 が あり
新義
末
徒
の 必 須 の書
と さ れ る 。 聖 憲 の 行 業 の 記 録 は 乏 し い と いう
。 こ の 「 大 綱 」 は 彼 の 著 作類
の 初期
に も の さ れ て い る 。 そ の後
、 新義
学 説 の 大 成 に向
か っ た と考
え ら れ る ( 勝 又 ) 。 聖憲
と 同時
代
の 人、 東寺
の 呆寶
( 一 三 〇 六 〜 一 三 六 二 。 良 尊 「 鈔 」 に 引 く ) は、 道範
と 学 説 と系
統 を 同 じ く し 不 二 門 説聖 憲作 ,良尊鈔注 「病中寓言 阿字観鈔」考(一) (森口) を 唱 道 し た 。 そ の 著 「
開
心鈔
」 は 、禅
門 の 密教
批
判
( 虎 関 師 錬 。 千 葉 ) に 答 え、 密教
を弁
論 し て 、 当 時 の密
教 の 様相
、 問題
を 知 り う る 。 「楞
伽 経報
身
顕 密 分 別事
」等
も あ る 。両 者 の
時
代 は 南 北 朝対
立 の さ な か で あ る 。対
立発
端
の 原因
は 、 後 宇多
法
王 の 真 言付
法
相承
へ の介
入 問 題 に あ る と いう
。 時代
の 禅 の 趨 勢 、大
覚
寺
統
文観
( 弘 真 ) 、醍
醐 三 宝 院 賢俊
の 在 り よう
も
見
聞 し て い る は ず で あ る ( 栂 尾 ) 。鎌
倉 末 か ら 、 こ の 時 代 に か け て 禅 家 の 武 門 と の対
応
と活
動、 そ の体
制 は 着実
に 進 展 し た 。夢
窓 疎 石 ( 一 二 七 五 〜 一 三 五 一 ) は、 建 武 二 ( 一 三 三 六 )年
、 国 師号
を受
け た 。 = 二 四 二 年 、幕
府
は 五 山 十刹
の 制 を定
め、 一 三 四 五年
五 山版
が 刊行
さ れ た 。 夢 窓 は 既 に そ の 在 世 中 ( 康 永 三 年 一 三 四 四 ) 「 夢 中 問答
」 を 出版
し て い る 。聖 憲 は、 内 外 の 時 代 の
趨
勢
を 直観
し て い た 。 先 に浄
土 門 に 対 し 、 新 た に 禅 門 に 対 す る 。 禅 と の 対応
と し て、 聖憲
の 「 阿 字 観 」 は 、 三 度 に し て宗
祖 の 原 点 ・始
本 に 還 え ろ う と い う こ と で あ っ た 。 無 明煩
悩 の 断 尽、 即身
成 仏、 三密
瑜 伽、 一 切衆
生利
益 、諸
願成
就 か ら 、 現身
往
生、 浄 土 に 遊 び 仏 道 を 成 就 す る こ と 等 へ 。 さ ら に 即身
成 仏 の 具 体 、表
徳 の 実 義 、禅
語 に よ る 万境
に お い て 自由
自
在 な り 、自
然
に 境 縁 に お い て自
由
分 あ り と いう
こ と の発
見 で あ り 「自
謙 の 題 目 を 案ず
」 と いう
認 識 で あ る 。「 た だ 一 個
愛
憎 の念
の 上 に 頻 に 阿字
を 挙げ
よ 。 修行
は 、 た だ 覇柄
勁
き こ と を要
す 」 こ と 。 「自
然
に 境 縁 に お い て 自 由 分 あ り 。 此 の時
、 塵 境即 自 家 の 具
徳
、 煩悩
全 く
表
徳 の実
義 と な る 」 こ と 。墓
言 口宗
徒 と し て の 主体
的 、自
己 の確
立 、 そ の索
励
を表
明 し た 。 禅 語 に 寓 よ せ る こ と に よ る 言 葉 の直
截
明 晰 と緊
張
、要
を え て、 簡 。観
法
の 内実
、真
言僧
と し て各
個
に お け る 生 の具
体
、 「 表徳
」 と し て の行
動 の 実 際 を 提 示 し、 切 り開
い た 。「 阿 字 の 一 刀 に 運
用
自
在
な る 則 は、 面前
に 臨 む者
の 悉 く 収 め て 、 自 己 の方
寸
に 帰 さ ざ る と 云う
こ と な し 。 万境
に お い て自
由
自
在 なり
」 、 こ れ ら は爾
来 、真
言 の 「如
実
知
自
心 」 ・ 即 身 成 仏 ・ 三密
瑜 伽、 遮情
表
徳
、 方 便 究 竟等
、 一 41 一智 山学報 第五 十九 輯 「 遊 歩 大
空
位
」 の 行 境 が 、個
々 人 の 生 に お け る 社 会 的 、 文化
的 実 際 と し て は把
捉
さ れ得
て い な い こ と の確
認 で あ っ た 。 「 未 だ自
身
の病
を 療 ぜ ず し て 、他
人 に 薬 を 與 え ん こ と無
益 の 至 り と卑
下 す 」 の 言葉
は い か に も 真 摯 で あ る 。 「昨
の夢
の如
き
、 生 死 ま た斬
り 涅槃
ま た斬
る 」 と こ ろ に 、 「 生 死 即 涅槃
、 煩悩
即
菩
提 、煩
悩
對
治
せ ず、 即 内 證 三 昧 」 あり
と いう
。他
人 に 薬 を 與 え る 以 前 の真
言
宗徒
の 生 、求
道 の 問 題 で あ る 。 聖 憲 に と っ て は 、 対 禅 の 時代
相 応 と し て 、 こ の 禅 語 に こ と よ せ た 「 阿 字観
」 に よ る自
己 実 現 が 、自
宗
徒 の策
励
と し て も の さ れ な け れ ば な ら な か っ た 。 聖 憲 の 時 代意
識
が こ れ を書
か せ た の で あ る 。 (3
)呆
寶 は 「開
心鈔
」 に真
言
宗
義
、 並 び に禅
密
対 弁 の 論 三十
篇
を 集 め 、真
言密
教 の 真 価 を 詳 述 す る 。 上巻
、 「本
分極
不
門
」 「末
世 相応
門 」 「護
国済
世
門 」 「 證 道 唯密
門 」等
に 時代
の 真 言宗
の 具 体 を 述 べ る 。 紙 面 の都
合
上 、 夢窓
の指
摘 に 関 わ る 言 及 の み を抜
く 。 「末
世相
応 門 」 に呆
寶 言う
。若
し 此 の巧
度
方 便力
に あ らず
ば、 い か で 彼 の 末 世無
福
の 人 を 済 は ん や 。 何 に 況 や当
時 の如
き お や 。兵
戈
競 い起
こ り 国 を 侵 し 民 を 損 ず 。 如来
の 記 す る と こ ろ 闘諍
堅 固 。 正 に 此 の 時 に 当 た っ て 、 仏 そ の 災 を 除 く た め に仁
王 護 国等
の 数 部 の 経軌
を 説 く 。東
寺 一 門 、独
り密
家 の 正嫡
、 野 沢 両 流 お の お の其
の 秘 法 を伝
修
す
。 し か し て 当 世 の體
を 為 す 。禅
宗 、 日 を追
っ て 興 り 、 密宗
、 年 を累
ね て 衰う
。 法 、時
に合
せず
、 何 の 勝利
か 有 ら ん 。 亡 国 の瑞
相 、法
滅
の先
兆 、 宣 く先
規 を検
み し 、 以 っ て 将 来 を知
る べ き の み 。 「 護 国 済 世 門 」 に 。 問う
、或
る 禅 者 云う
。 禅 院 、 三 時 の 勤 行 を 専 ら と し て 四 海 の 静 謐 を 祈 る 。当
に 知 る べ し朝
家 の 護持
、 偏 に 禅宗
に在
り 。若
し 此 れ に し て 験 無 く ん ば 、 た と ひ 大法
秘 法 を 行 ず と い へ ど も 、敢
て そ の 益 有 る べ か ら ず 云 々 。 こ の こ と そ の 謂 、 有 ら ん や如
何
。 一 42 一「 證
道
唯密
門 」 に 。 問 う 、或
る禅
者
云 う 。 出 離解
脱
を 為 す を 以 っ て禅
宗
、最
要
と 為 す 。 世 間 の祈
疇 を為
す を 以 っ て密
宗
、最
妙
と な す 云 々 。 此 の こ と如
何 。( 又、 ) 問
う
。衆
を 厭 い 世 を 遁 れ 山林
に ト 居 す る 。 名 を 忘 れ利
を 捨 て 思 い を 出 離 に 懸 け る 、是
れ 道 者 の 體 なり
。 而 れ ど も真
言
師 の如
き は官
位 に 進 み車
馬
を 飛 ば し て 、 国 家 の護
持
を 号 し 、朝
廷
に仕
う
る を 業 と なす
。 か っ て道
心者
の體
に あ ら ず 。 人 以 っ て法
を推
す
に密
教
、定
ん で 證 道 の直
路
に あ ら ざ る か 。如
何 。 聖 憲作 ,良尊鈔注 「病中寓言 阿字観 鈔」 考(一) (森口)夢
窓 の 「 加持
祈
疇
の真
意 」 ( 「 夢 中 問 答 」 上 巻 十 五 ) 三点
の 一 、夢
窓自
門 へ の 言 及 をあ
げ る 。「 禅
宗
を信
じ 玉 へ る 人 の 、 さ せ る 天 下 の大
事
に も あ ら ぬ 事 に 、禅
院 へ 御 祈 り せ よ と 仰 せ ら る Σ事
は 禅 法破
滅
の因
縁 な り 。若
し 爾 ら ば 罪業
を ばう
け 玉 ふ共
御 祈 り と は な る べ か らず
。 然 ら ば 則 ち 禅 僧 に は 座 禅 工夫
を 専 ら に し て 、祖
宗
を 紹 隆 せ よ と 仰 せ ら れ て 、 我 が御
身
も 又 行 道 の 用 心 を も 僧 に御
た つ ね あ り て、 真実
に 祖 師 の宗
旨
を 悟 ら ん と 、御
志 を だ に はげ
ま さ れ ば 、 三寶
も定
め て愛
憐
し 諸 佛 も亦
納受
し玉
ふ べ し 。若
し し か ら ば た と ひ 悟道
得
法
ま で は な く共
、 世 間 の 御 祈り
に な る 程 の益
は か な ら ず あ る べ き を や 。( 蒙 古 来 襲 以 来 い つ の 時 か 、 檀 那 の 禅 門 )
世
間
を ば 重 く仏
法 を ば 軽 く信
じ 玉 ひ し故
に 、 さ し て 天 下 の大
事
な ら ぬ こ と ま で も 御 祈 り せ よ と 、 ひ ま な く 禅 院 へ も仰
せ ら れ し 程 に 、寺
」 に い つ と 無 く祈
濤
の牌
を か け て 、衆
僧経
を よ み、 だ ら に を み つ るを
所
作
と し て 、 座 禅 工夫
退 転す
。 面 々 に 又 小 檀 那 あ り て 、各
祈 り を あ つ ら え ら る 。僧
家
も亦
我 が身
の名
利 を 思う
人 は、 こ れ を 大事
と祈
る と て 、 一 大事
を ば わ す れ たり
。 禅法
破 滅 の因
縁 に あ らず
や L 。真
言 の大
義
で あ る 行 願 ・ 勝義
二 二 摩 地 、 三句
の 方便
究 竟 に あ っ て 、化
他 の美
名
の も と加
持
祈
禧
の 「特
化
」 、 が あ っ た 。求
道 の根
本
・自
己実
現 を 、後
を 先 に す る こ と の時
代 の体
勢
が あ っ た 。 聖 憲 は 「未
だ自
身
の病
を療
ぜず
し て 、 他 人 に薬
を與
え ん こ と 無益
の 至 り 」 と 言 い 、 呆 寶 は 、真
言 破滅
の現
状 を指
摘 し弁
論
し た 。夢
窓 は自
ら の破
滅 の 原因
一43
一智 山学報 第五十 九輯
を
指
摘 し た 。聖 憲 は こ れ ら を 知 る と こ ろ で あ っ た
ー
は ず で あ る 。根
来 中性
院第
四 代 を継
ぐ学
頭
、指
導
者
で あ る 。 頼 瑜 に 続 い て大
師
教 学 の厳
密化
の 研究
に努
め た と いう
。 そ こ か ら何
を考
え 、 ど の よ う な行
動 を と っ た の か が わ か ら な い 。 根来
集
団
の行
人 、 ・ 大衆
と の関
係 、 運営
に か か わ っ て 問 題 に答
え る と こ ろ い か な る も の であ
っ た か 。大
綱
は 大綱
で あ る 。 そ の 至 要 の具
体
が 、 聖憲
に よ っ て 示 さ れ 、根
来 中性
院
教 団 を 超 え て 、 真言
宗徒
の ど の レ ベ ル の者
に 、 ど の よう
な 生き
様
と し て伝
え
ら れ た の か は 明 ら か で は な い 。 [皿
凵良
尊
鈔
注
「病
中
寓
言
阿
字
観
鈔
」 の意
図
、内
容
(
1
) 良 尊 は、 聖憲
作
「 病 中寓
言 」 で あ る 「 阿字
観
」 ( 大 綱 ) と 、 そ の後
記 に よ っ て 「 大 綱 」 の 全文
を 十 一節
に分
かち
掲
げ 、 「 阿字
観
鈔
、 上 下 」 惣 、 別 と し て鈔
注
を 成 し た 。良
尊 後 記 に言
う
。真
言 の 「 雛 僧 来 た り て 云 は く 、 阿字
観
の鈔
、先
記 巨多
に し て 攤 く に倦
し と 云 々 」 「 嬰学
の悃
望
を辞
し 難 き に依
っ て 、古
筆
の 万 乙 を抜
く 」 と 。当
鈔
注 は、 問 ・答
・ 疑 を 骨 子 と し て構
成 さ れ る 。 一44
一 「 阿字
観
鈔
序 」南 山 野
衲
良尊
夫
れ 、 鑽 れ ば い よ い よ 堅 し、 金剛
不 壊 の 阿 。仰
が ば 弥 高 し 、 本 初 不 生 の 理 。仏
仏 同 道 、 こ れ を 父 と し こ れ を母
とす
。有
情非
情
、 彼 を命
と し彼
を體
と す 。 説者
も 無 言 、観
者
も
無 見 な り 。無
見 の見
は 扇 防 の 薬 、無
言 の 言 は毒
鼓
の声
。 た だ 冒 地 の 得 が た き に あ ら ず、 此 の 教 に 遇う
こ と の易
か ら ざ れ ば な り 。 所 以 に 四 果 独 一 は内
庫
を化
城 の偽
り
に閉
じ 、 八 識 、 八 不 は 円明
を有
空 の 雲 に蔵
す 。十
如
、十
玄 は 素光
を 微 細 の霧
に 隔 つ 。 然 れ ば 即 ち奚
の 政 ご と か 、其
れ為 る し も 政 ご と