• 検索結果がありません。

密教文化 Vol. 1993 No. 182 001佐藤 盛仁「法三宮眞寂撰「金剛頂護摩抄」に関する一考察 P1-36」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "密教文化 Vol. 1993 No. 182 001佐藤 盛仁「法三宮眞寂撰「金剛頂護摩抄」に関する一考察 P1-36」"

Copied!
36
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

-圓

て-佐

法 三 宮 眞 寂 親 王 ( 八 八 六-九 二 七) は、 第 五 九 代 宇 多 天 皇 の 第 三 皇 子 で あ り、 事 教 二 相 に 精 通 し、 ま た、 東 密 ば か り ( 1) で な く、 台 密 に も 詳 し く、 幅 広 い 方 面 に わ た っ て、 多 く の 著 作 を 残 し て い る。 こ の 眞 寂 の 著 作 の 一 つ に ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ が あ る。 こ の 護 摩 抄 は、 東 密 系 の 護 摩 に 関 す る 解 説 書 で あ る。 こ の 護 摩 抄 は、 護 摩 に 関 す る 経 軌 や、 先 徳 の 所 伝 を 引 用 す る 形 で 成 り 立 っ て い る。 こ れ ら の 引 用 文 は、 建 立 壇 場、 支 具 の 準 備 に 始 ま り、 供 養 法、 後 分 事 業 に 至 る ま で、 系 統 立 て て 分 類 さ れ て い る。 し た が っ て、 断 片 的 な も の が ほ と ん ど で あ る 平 安 前 期 の 護 摩 に 関 す る 書 の 中 に お い て は、 本 書 は 特 異 か つ 重 要 な も の と い え よ う。 本 書 に は、 現 在 そ の 所 在 を 確 認 で き な い 先 徳 の 著 作 も 含 ま れ て い る。 こ の こ と は、 平 安 初 期 の 護 摩 次 第 を 解 明 す る 上 で 大 き な 手 が か り を 与 え て く れ る だ け で な く、 わ が 国 に お け る 護 摩 の 歴 史 を 研 究 す る 上 に お い て 不 可 欠 の 資 料 で あ 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(2)

密 教 文 化 る と い え る。 そ こ で 本 稿 は、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 引 用 さ れ た 先 徳 の 護 摩 次 第 を 復 元 す る と と も に、 当 時 存 在 し た 護 摩 次 ( 2) 第 を 解 明 せ ん と す る も の で あ る。 中 で も 特 に、 抄 中 の 圓 行 の 引 用 文 と、 現 在 弘 法 大 師 作 と い わ れ る ﹃ 息 災 次 第 ﹄ と の ( 3) 関 係、 お よ び 大 師 の 回 説 を 實 恵 (七 八 六-八 四 七) が 筆 記 し た と い わ れ る、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ と の 関 係 を、 明 ら か に し た い。 一、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ の 真 偽 に つ い て ( 4) 今 回 使 用 し た テ キ ス ト は、 文 政 十 ( 一 八 二 七) 年 に、 豊 山 派 の 学 侶 龍 肝 に よ っ て 書 写 さ れ た、 ﹁ 仁 和 寺 本 ﹂ と、 大 通 ( 5) 寺 本 を 書 写 し た ﹁ 京 大 図 書 館 蔵 本 ﹂ と の 二 本 で あ る。 こ の う ち 前 者 を 底 本 と し、 後 者 を 校 合 本 と し て 用 い た。 脚 注 の ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ の 丁 数 は 仁 和 寺 本 の 丁 数 で あ る。 そ れ で は、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ が は た し て 眞 寂 の 真 撰 で あ る か 否 か を、 三 つ の 点 か ら 考 察 し て お き た い。 第 一 に、 眞 寂 の 著 作 目 録 か ら 見 て い く こ と に す る。 眞 寂 の 撰 述 書 は、 以 下 に 挙 げ る 五 つ の 資 料 の 中 に 認 め ら れ る。 ( 6) 五 つ の 資 料 を 年 代 順 に あ げ る と、 眞 寂 ( 八 八 六-九 二 七) 撰 の ﹃ 三 家 撰 集 目 録 ﹄、 祐 寳 ( 一 六 五 六-一 七 二 七) 撰 の ﹃ 傳 燈 ( 7) ( 8) ( 9) ( 10) 廣 録 ﹄、 ﹃ 釈 教 諸 師 製 作 目 録 ﹄ ( 不 明)、 ﹃ 諸 師 製 作 目 録 ﹄ ( 不 明)、 謙 順 ( 一 七 四 ○-一 八 一 二) 撰 の ﹃ 諸 宗 章 疏 録 ﹄ と な る。 筆 者 が こ こ に と り あ げ た ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ は、 こ れ ら 五 つ の 資 料 の 中 の、 眞 寂 の 撰 述 目 録 全 て に 記 録 さ れ、 か つ 現 存 す る こ と が 確 認 さ れ た こ と よ り、 眞 寂 の 真 撰 と し て の 信 頼 度 は か な り 高 い と い え る。 第 二 に、 抄 中 に 引 用 さ れ る 人 物 名 か ら 考 察 す る。 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 引 用 さ れ る 先 徳 は、 弘 法 大 師 ( 七 七 四-八 三 五)、 圓 行 (七 九 九-八 五 二)、 恵 運 (七 九 八-八 六 九)、 常 暁 ( ?-八 六 六) 宗 叡 ( 八 ○ 九-八 八 四)、 圓 行 ( 七 九 三-八 六 四)、 教

(3)

日 ( 圓 行 の 弟 子 に あ た る。 生 没 年 不 明。) の 七 名 で あ る。 こ れ ら の 七 名 の 人 物 は い ず れ も 眞 寂 以 前 に 活 躍 し た 人 物 で あ る。 この こ と よ り、 抄 中 の 人 物 名 を 見 る 限 り で は、﹁ 金 剛 頂 護 摩 抄﹂ が 眞 寂 の 著 作 で あ る こ と に 矛 盾 す る よ う な 問 題 点 は な い。 第 三 に、 後 世 の 著 書 に 引 用 さ れ る﹁ 金 剛 頂 護 摩 抄﹂ か ら 考 察 し て い く。 ま ず、 最 も 古 い も の は、 増 蓮 ( 一 〇 二 五 頃) の 作 と い わ れ る、 ﹃ 四 種 護 摩 砂 記 ﹄ に 引 用 さ れ る も の で あ る。 そ の 一 部 分 を 挙 げ る と、 ( 11) ﹁ 北 三 金 抄 下 云。 活 魯 草 謂 鳥 瓜 董 文 ﹂ ( 12) と あ る。 近 藤 泰 弘 氏 の ﹁ 法 三 宮 眞 寂 の 梵 漢 相 対 抄 に つ い て ﹂ に よ る と、 ﹁ 北 三 ﹂ は ﹁ 北 三 宮 ﹂ の 略 で あ り、 発 音 的 に は ﹁ 法 三 ﹂ と 一 致 す る 可 能 性 が 高 く、 ﹁ 北 ﹂ の 字 は、 眞 寂 の 御 在 所 の 観 音 院 が あ っ た 御 室 仁 和 寺 に ち な ん だ も の で は な い (13) か と 述 べ ら れ て い る。 ﹁ 金 抄 ﹂ の 内 容 も、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ と 一 致 す る。 こ れ に よ っ て、 ﹃ 北 三 ﹄ は 眞 寂 と 同 一 人 物 で あ り、 ﹁ 金 抄 ﹂ は ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ の こ と を 指 す と 考 え て よ い と 思 わ れ る。 ( 14) 次 に 古 い も の は、 心 覚 ( 一 二 七-二 八〇) の ﹃ 鵡 珠 砂 ﹄ 中 に 引 用 さ れ る も の で あ る。 こ の 中 の、 金 胎 の 護 摩 抄 の 引 用 文 と そ の 前 後 の 部 分 は、 明 ら か に 前 に 挙 げ た ﹃ 四 種 護 摩 紗 記 ﹄ か ら 引 用 さ れ た も の で あ る。 し か し、 ﹃ 鵡 珠 砂 ﹄ で は、 こ れ を 淳 祐 (八 九〇-九 五 三) の 著 書 か ら 引 用 し た も の で あ る と し て い る。 最 後 に 呆 宝 ( 一 三〇 六-一 三 六 二) の 著 し た、 ﹃ 護 摩 秘 要 抄 ﹄ に も、 ﹁ 法 三 金 抄 中 引 恵 運 記 云。 左 手 金 剛 拳 在 腰 左 側。 ( 15) 右 手 以 大 指 捻 無 名 指 甲 撰。 ( 略) ﹂ と あ る。 以 上 の よ う に、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ は、 か な り 古 い 時 代 の 著 作 に も、 眞 寂 の 撰 述 と し て 引 用 さ れ て い る こ と よ り 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(4)

密 教 文 化 眞 寂 の 真 撰 で あ る 可 能 性 は 非 常 に 高 い と い え る。 以 上 の 三 点 よ り、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ が 眞 寂 の 真 撰 で あ る と い う 可 能 性 が 非 常 に 高 い こ と が 分 か る。 以 上 よ り、 筆 者 は ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ が 眞 寂 の 真 撰 で あ る と い う 前 提 に 立 っ て、 以 下 の 考 察 を お こ な っ て い く こ と に す る。 二、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 中 の 圓 行 の 引 用 文 に つ い て 先 に 述 べ た よ う に、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 引 用 さ れ る 人 物 名 は、 圓 行、 恵 運、 常 暁、 宗 叡、 弘 法 大 師、 慈 覚 大 師、 教 日 の 七 名 で あ る。 こ の 内、 著 作 が 引 用 さ れ て い る 人 物 及 び そ の 著 作 数 を 挙 げ る と、 圓 行 ( 一 記)、 恵 運 ( 二 記)、 常 暁 ( 一 記)、 宗 叡 ( 三 記)、 教 日 ( 一 記) と な り、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ は 五 人 の 先 徳 の 八 つ の 著 作 で 構 成 さ れ て い る と い え る。 た だ し、 教 日 の 記 に は 作 壇 法 に 関 す る 記 述 な ど、 直 接 供 養 法 に 関 係 の な い 内 容 の 記 述 が あ る だ け で、 次 第 は 記 さ れ て い な い。 こ れ に よ っ て、 次 第 が 引 用 さ れ て い る 先 徳 は い ず れ も 東 密 系 の 入 唐 僧 で あ る こ と が 分 か る。 そ れ に も 関 わ ら ず、 弘 法 大 師 の も の は、 そ の 所 伝 の 護 摩 檀 の 壇 様 に つ い て の 引 用 が い く つ か あ る だ け で、 著 作 は 引 用 さ れ て い な い。 こ れ に よ っ て、 眞 寂 の 時 代 に は 回 決 は 別 と し て、 護 摩 に 関 す る 弘 法 大 師 の 著 作 が な か っ た の で は な い か と 言 う 仮 説 が 立 て ら れ る。 そ れ ぞ れ の 著 作 の 特 徴 及 び 比 較 は 別 の 機 会 に ゆ ず り、 本 稿 で は 特 に、 圓 行 の 引 用 文 を 中 心 に 考 察 を お こ な っ て い く こ と に す る。 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 中 に は 圓 行 の 次 第 と し て ﹁ 息 災 次 第 ﹂、 ﹁ 増 益 次 第 ﹂、 ﹁ 降 伏 次 第 ﹂、 ﹁ 敬 愛 次 第 ﹂ の 四 つ の 次 第 が 引 用

(5)

さ れ て い る。 そ の 引 用 方 法 は、 ﹁ 息 災 次 第 ﹂ を 基 本 と し て、 他 の 三 次 第 は、 供 物 の 種 類 や 観 想 の 文 な ど、 ﹁ 息 災 次 第 ﹂ と 異 な る 部 分 の み を 挙 げ て い る。 こ こ で 問 題 と な る の は、 こ の ﹁ 息 災 次 第 ﹂ の 引 用 文 が、 現 在 弘 法 大 師 の 作 と 言 わ れ る ( 3) ( 4) ﹃ 息 災 次 第 ﹄ と 文 章 表 現 ま で が ほ と ん ど 同 一 だ と い う こ と で あ る。 ま た、 實 恵 の 記 と 言 わ れ る ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ も 表 現 は 異 な る が、 そ の 構 成 が よ く 似 て い る こ と で あ る。 以 下 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 及 び ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ と、 ﹃ 金 剛 護 摩 抄 ﹄ 中 の 圓 行 の 次 第 を 比 較 し、 そ の 関 係 を 明 ら か に し て み た い。 ( 16) そ の 際、 圓 行 の 回 決 と し て 現 存 し て い る ﹃ 露 巖 闇 梨 傳 ﹄ と の 比 較 も あ わ せ て 行 っ て い く こ と に す る ○ ま た、 先 に あ げ ( 17) た、 果 宝 の ﹃ 護 摩 秘 要 抄 ﹄ の 中 に は、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ か ら 引 用 し た 圓 行 の 次 第 以 外 に、 ﹁ 圓 行 云。 ﹂ で 始 ま る 独 立 し た 圓 行 の 説 が 引 用 さ れ て い る。 こ れ に つ い て も ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 中 の 圓 行 の 引 用 文 と 酷 似 し て い る の で、 こ れ と の 比 較 も 行 い た い。 そ れ で は ま ず、 文 章 表 現 を 比 較 す る た め に、 そ れ ぞ れ の 一 部 分 を 取 り 上 げ る こ と に す る。 こ こ で は ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 中 の 圓 行 の 次 第 ( 以 下、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と す る) の 内、 ﹁ 行 云。 次 乳 木 三 遍。 各 諦 眞 言 三 遍 而 投 之。 観 行 如 前。 投 乳 木 之 法 一 度 爾 取 三 枝 而 握 手 也。 以 頭 指 大 指 分 取 其 一 枝 而 投 之。 以 本 向 炉 回。 不 以 末 可 向 炉 回 也。 次 以 飯 投 之。 大 小 杓 各 三 遍。 次 五 穀 大 小 杓 各 三 遍。 次 花 投 之 三 遍。 次 丸 香 投 之 三 遍。 次 散 香 投 之 三 遍。 並 其 観 明 如 前。 ( 18) 次 諦 摩 尼 供 明。 ﹂ 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(6)

密 教 文 化 と い う 部 分 を 例 に と っ て 比 較 す る。 こ れ に 対 す る ﹃ 息 災 次 第 ﹂ の 文 で は、 ﹁次 乳 木 三 遍。 各 諦 眞 言 一 遍 而 投 之。 観 行 如 前。 投 乳 木 之 法 一 度 取 三 枝 而 握 手。 以 頭 指 大 指 取 其 一 枝 而 投 之。 以 本 向 燈 回。 不 以 末 可 向 燈 回 也。 次 以 飯 投 之。 大 小 杓 各 三 度。 次 五 穀 三 度 大 小 杓 各 供 之。 次 華 三 度。 次 丸 香 投 之 三 度。 次 散 香 投 之 三 遍。 並 其 観 明 如 前。 ( 19) 次 諦 摩 尼 供 明。 ﹂ と あ り、 き わ め て 類 似 し た 文 で あ る と い え る。 次 に ﹃ 護 摩 供 決 ﹄ に は、 ﹁ 次 乳 木 獄 三 度。 観 行 眞 言 如 上。 但 乳 木 取 三 枝 而 一 度 投。 以 右 手 握 三 枝。 以 風 空 分 取 其 一 枝 投 之。 如 是 一二 度 投 之。 其 投 法 以 本 向 燈 回。 不 得 以 末 可 向 燈 回。 次 以 小 杓 盛 満 飯 献 之 三 度。 観 行 眞 言 如 前 次 五 穀 投 小 三。 次 華 投 三 度。 次 丸 香 投 三 度。 次 散 香 投 之 三 度。 観 行 眞 言 皆 如 前 説。 ( 20) 次 諦 諦 尼 供 養 眞 言。 次 祈 願。 ﹂ と あ り、 こ れ も 大 小 杓 で な い 点 を 除 い て は、 そ の 内 容 は 同 じ で あ る と い え る。 次 に﹃ 塞 巖 閣 梨 傳 ﹄ で は、 ( 21) ﹁ 次 飯。 大 杓 三。 小 杓 亦 爾。 観 如 常。 次 五 穀 大 三 小 三 次 華 三 次 丸 三 次 散 三 次 摩 尼 供 次 定。 ﹂ と あ り、 こ れ も 表 現 は 異 な る が、 同一 の 内 容 で あ る と い え る。 最 後 に、 ﹃護 摩 秘 要 抄 ﹄ で は、 ﹁ 圓 行 云。 次 乳 木 三 遍。 各 諦 眞 言 三 遍 而 投 之。 観 行 如 前。 投 乳 木 之 法 一 度 爾 取 三 枝 而 握 手 也。 以 頭 指 大 指 分 取 其 一 枝 而 投 之。

(7)

以 本 向 塩 回。 不 以 末 可 向 燈 回 也。 次 以 飯 投 之。 大 小 杓 各 三 遍。 次 五 穀。 大 小 杓 各 三 遍。 次 花 投 之 三 遍。 次 丸 香 投 之 三 遍。 次 散 香 投 之 三 遍。 並 其 観 明 如 前。 (22) 次 謂 摩 尼 供 養。﹂ と あ り、 こ れ は ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ほ と ん ど 同 一 の 文 で あ る。 ま た、 大 師 の ﹃ 息 災 次 第 ﹄ は あ く ま で も 息 災 し か 説 い て い な い の で、 そ れ 以 外 の 記 述 に つ い て は ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と の 比 較 は で き な い。 し か し、 檜 尾 の ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に は 増 益、 敬 愛、 降 伏 の 記 述 が あ る の で、 代 表 し て 増 益 の 記 述 の 中 の 一 部 分 を 例 に と っ て ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と の 比 較 を 行 う こ と に す る。 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ が、 ﹁ 行 云。 増 益 次 第。 茅 草 並 油 諸 供 物。 一 切 唯 息 災 之 時 儲 置。 但 五 穀 中 以 梗 米 十 倍。 亦 更 儲 置 一 器。 一 時 料 一 升 以 下 五 合 以 上。 是 為 相 鷹 物。 想 梗 米 入。 自 尊 回 至 心 蓮 花 為 真 多 摩 尼 等 七 寳。 自 一 々 毛 孔 流 出 七 寳 雲 海。 供 養 蓋 虚 空 諸 ( 23) 佛 菩 薩 一 切 世 天 等。 而 両 落 我 彼 之 宅 中。 寳 生 為 本 尊。 或 虚 空 蔵 観 音 也。 ﹂ と す る 部 分 を、 ﹃護 摩 回 決 ﹄ で は、 ﹁ 茅 草 蛇 油 蘇 等 諸 供 物。 一 切 如 前 息 災 法。 但 五 穀 中 以 梗 米 十 倍。 又 別 一 器 盛 置 之 替 置 胡 麻。 一 時 一 升 以 下 五 合 以 上。 是 為 相 慮 物。 想 梗 米 従 本 尊 回 至 入 子 心 蓮 花 為 真 多 摩 尼 等 七 寳。 自 一 々 毛 孔 流 出 七 寳 雲 海。 供 養 蓋 虚 空 法 界 諸 佛 菩 ( 24) 薩 一 切 縁 覚 声 聞 世 天 等。 而 落 我 及 彼 之 宅 也。 寳 生 為 本 尊。 或 虚 空 蔵 観 音 也。 ﹂ と あ る。 こ れ は、 一 見 し て 分 か る よ う に、 ほ と ん ど 同 一 の 文 章 で あ る。 よ っ て 増 益 の 部 分 の 記 述 は 息 災 の 部 分 よ り も さ ら に 類 似 し て い る と い え る。 他 の 敬 愛、 降 伏 の 記 述 も、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ほ と ん ど 同 一 の 文 章 で あ る。 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(8)

密 教 文 化 ﹃ 塞 巖 閣 梨 傳 ﹄ に は 息 災 以 外 の 記 述 は な い の で、 比 較 は で き な い。 以 上 の 比 較 を 見 て 分 か る よ う に、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と、 弘 法 大 師 作 と い わ れ る ﹃ 息 災 次 第 ﹄ と は 文 章 表 現 が 酷 似 し て い る の で、 も と も と は 同 一 作 者 の 手 に な る も の、 あ る い は 一 方 が 一 方 を 写 し た と い う こ と が 考 え ら れ る。 ま た、 檜 尾 の ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ も、 内 容 を 比 較 す る と、 か な り 似 て い る こ と が 分 か る。 特 に、 増 益、 降 伏、 敬 愛 の 記 述 に 関 し て は 文 章 表 現 ま で が 酷 似 し て い る。 こ れ に よ っ て ﹁ 護 摩 回 決 ﹄ も ま た、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 無 関 係 に 成 立 し た も の で は な い と い う こ と が 推 測 さ れ る。 こ こ で、 息 災 以 外 の 記 述 が よ く 似 て い る の は、 息 災 以 外 の 使 用 頻 度 が 低 か っ た か ら で あ る と 思 わ れ る。 つ ま り、 何 度 も 使 わ れ る 息 災 法 は、 改 良 が 加 え ら れ る 可 能 性 が 高 い け れ ど も、 そ れ ほ ど 利 用 さ れ て い な い も の は、 手 の 加 え ら れ 方 が 少 な い と 考 え ら れ る か ら で あ る。 以 上 よ り、 眞 寂 の ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 引 か れ る ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と、 現 在 弘 法 大 師 の 作 と 言 わ れ て い る ﹃ 息 災 次 第 ﹄ と は、 ほ と ん ど 同 一 の 内 容 で あ る と い う こ と が 分 か る。 ま た、 大 師 の 回 決 と 言 わ れ る 實 恵 の ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ も ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 無 関 係 に 成 立 し た も の で は な い と 考 え ら れ る。 三、 構 成 の 比 較 四、 内 容 の 比 較 次 に、 そ れ ぞ れ の 供 養 法 の 構 成 を 比 較 し て い く こ と に す る。 以 下 の 表 1 - A-D は、 そ れ ぞ れ ﹁ 圓 次 次 第 ﹂、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄、 ﹃ 塞 巖 闊 梨 傳 ﹄ の 実 際 に 供 養 法 と し て 行 わ れ る 部 分 を、 項 目 の み に ま と め た も の で あ る。 そ し て

(9)

表 B ・ C ・ D 中 の ※ 印 は 表 A の ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 比 較 し て 明 ら か に 異 な る 部 分 を 示 し、 △ 印 は 真 言 の 回 数 が 異 な る な ど 全 体 に 影 響 し な い 小 さ な 相 違 を 示 し た も の で あ る。 そ れ で は ま ず、 表 A の ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 表 B の ﹃ 息 災 次 第 ﹄ と の 比 較 を 行 っ て み る こ と に す る。 入 堂 か ら 五 段 目 ま で つ ま り 護 摩 に 関 す る 部 分 の 構 成 は、 両 者 の 説 は ほ と ん ど ま っ た く 同 じ で あ る と 言 っ て よ い。 し か し た だ 一 カ 所、 表 B 中 の ( ※ 1) の、 第 二 部 主 段 中 の 請 入 の 部 分 の 記 述 が 異 な っ て い る。 す な わ ち ﹃ 息 災 次 第 ﹄ が、 ﹁ 次 儘 中 観 鍵 字 為 毘 盧 遮 那 佛。 若 可 供 本 尊 相 替 之。 可 用 其 本 尊 種 子 亦 観 之。 又 一 切 此 時 替 之。 次 以 其 尊 明 加 持 一 華 投 燈 中 想 為 華 座。 大 日 尊 明 日 ( 25) 庵 嬉 目 曜 二 合 駄 都 鍵 娑 嬉 二 合 詞 二 遍 ﹂ と な っ て い る の に 対 し、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ で は、 ﹁ 次 燈 中 観 ・く 宇 為 毘 盧 遮 那 佛。 若 可 供 本 尊 者 相 替 之。 可 用 其 本 尊 種 子 亦 観 之。 又 一 切 此 時 替 之。 次 以 其 尊 明 加 持 一 花 投 燈 中 想 為 花 座。 大 目 尊 明 日 庵 縛 目 曜 二 合 駄 都 鍵 娑 囎 二 合 詞 二 反 ( 26) 次 以 彼 眞 言 加 持 花 投 炉 中 想 作 花 座 ﹂ と、 二 度 に わ た っ て 投 花 を 行 う と こ ろ で あ る。 こ の 部 分 が 唯 一 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 見 ら れ て ﹃ 息 災 次 第 ﹄ に 見 ら れ な い 部 分 で あ る。 現 在、 同 じ 段 中 に 二 度 も 請 入 の た め の 投 花 を 行 う 次 第 は 見 当 た ら な い こ と か ら、 あ る い は ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ の 写 誤 と も 考 え ら れ る。 し か し、 果 宝 の ﹃ 護 摩 秘 要 抄 ﹄ に も、 ﹁ 次 燈 中 観 ・ぐ 字 為 毘 盧 遮 那 佛。 若 可 供 本 尊 者 相 替 耳。 以 其 本 尊 種 子 亦 観 之。 一 切 此 時 替 之。 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(10)

密 教 文 化 表 1-A.﹃ 町 圓 行 次 第 ﹄

(11)

表 1-B. ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(12)

密 教 文 化 表 1-C. ﹃ 護 摩 口 決 ﹄

(13)

表 1-D. ﹃ 露 巌 闊 梨 傳 ﹄ 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(14)

密 教 文 化 次 以 其 尊 明 加 持 一 花 投 燈 中 想 為 花 座。 大 目 尊 明 日 庵 囎 日 曜 二 合 駄 都 鍵 娑 騨 二 合 詞 三 反 ( 27) 次 以 彼 眞 言 加 持 花。 投 炉 中 想 作 花 座。﹂ と、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ほ ぼ 同 文 が 見 ら れ る こ と か ら、 二 度 に わ た る 投 花 は も と も と ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に あ っ た も の と い え よ う。 こ の よ う に、 護 摩 に 関 す る 部 分 の 構 成 は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ﹃ 息 災 次 第 ﹄ と で た だ 一 つ の 異 な る 点 を 除 い て は 全 く 同 一 で あ る。 し か し、 護 摩 に 関 す る 部 分 が 終 わ っ て か ら は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ﹃ 息 災 次 第 ﹄ は 大 き な 違 い を 見 せ る。 そ れ は、 第 五 諸 天 段 が 終 わ っ た 後、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ で は、 ﹁ 次 前 略 念 諦 所 残 遍 数 若 可 諦 加 可 加 諦 耳。 ( 28) 次 如 常 法 字 観 月 輪 観。 加 持 次 第 如 常 念 諦 之 終。 ﹂ と、 簡 単 な 説 明 で 終 わ っ て い る の に 対 し、 ﹃息 災 次 第 ﹄ で は、 ﹁次 最 初 念 諦 之 時 所 略 之 残 亦 更 補 之。 月 輪 字 等 之 観 行 如 常。 若 未 至 期 目 不 可 解 界 擾 遣。 次 起 立 諦 本 尊 眞 言。 垂 手 向 外 順 漱 回。 毎 方 三 度。 想 漱 回 護 摩 焼 供 了。 且 散 念 請 本 尊 究 也。 呪 了 一 字 呪 五 六 十 遍 打 金 後。 次 神 分 如 前 或 最 初 行 云 云 次 四 智 讃 次 閲 伽 井 普 供 養 印 明 如 常。 次 三 力 偶 如 常 次 禮 佛 但 本 尊 数 度 禮 拝。 ( 29) 次 廻 向 次 五 悔 次 解 界 次 奉 送 如 常 次 護 身 結 界 次 四 禮 如 常 次 普 禮 起 座 出 了 ﹂ と、 後 供 養 が 詳 細 に 記 さ れ て い る。 こ の こ と か ら、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ﹁ 息 災 次 第 ﹄ の 関 係 を 考 察 し て み る と、 最 初 ﹃ 息

(15)

災 次 第 ﹄ に あ っ た も の が 簡 略 化 さ れ て ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に な っ た と 考 え る よ り も、 も と も と ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に は 存 在 し な か っ た 部 分 が 後 世 に 於 い て 具 体 的 な 修 法 を 行 う た め に 補 足 さ れ、 現 在 の ﹃息 災 次 第 ﹄ と な っ た と 考 え る 方 が 妥 当 で あ る。 つ ま り、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ が ﹃ 息 扱 次 第 ﹄ よ り も 先 に 成 立 し て い た と 考 え ら れ る わ け で あ る。 ま た、 ﹃ 塞 巖 闊 梨 傳 ﹄ で は ﹁ 次 前 念 諦 之 残 若 可 加 者 加 之。 月 輪 観 等 如 常 ( 30) 次 毎 出 道 場。 諦 本 尊 明。 垂 手 向 外 右 廻 之。 想 漱 燈 回。 毎 方 三 起 立 濯 了。 ﹂ と な っ て い て、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 近 い も の で あ る。 ま た、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ で は、 ﹁ 初 所 略 念 諦 之 残 数 遍 補 修 之 本 尊 加 持 也。 次 月 輪 字 輪 観 等 修 之。 已 後 作 法 如 常 次 第。 但 若 未 遂 期 日 不 解 界 撲 遣。 ( 31) 次 起 立 諦 本 尊 眞 言。 垂 手 向 外 順 漱 回 毎 方 三 度。 想 焼 盧 回。 ﹂ と あ り、 こ れ に つ い て も ﹃ 息 災 次 第 ﹄ よ り ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 近 い 形 で あ る と い え る。 つ ま り、 こ の 部 分 は、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ か ら の 発 展 と い う よ り も、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ か ら の 発 展 で あ る と い え る。 こ こ で 問 題 と な る の は、 實 恵 の 記 と い わ れ る ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ が、 大 師 の 作 と い わ れ る ﹃ 息 災 次 第 ﹄ よ り も、 圓 行 の 作 と い わ れ る ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ の 影 響 を 受 け て い る と い う こ と で あ り、 こ れ に よ っ て、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ が 實 恵 の 真 撰 で は な い と い う 可 能 性 が き わ め て 大 き く な る こ と で あ る。 以 上 の こ と よ り、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ と ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ の 構 成 を 比 較 し た 結 果 を ま と め て み る と、 1、 護 摩 に 関 す る 修 法 の 部 分 ( 入 堂 か ら 第 五 諸 天 段 ま で) は 第 二 段 に 於 け る 投 花 の 数 の 違 い 以 外 は 全 く 同 一 で あ る。 2、 護 摩 法 が 終 わ っ た 後 の 後 分 事 業 に 於 い て は、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ の 方 が 実 際 の 修 法 に 用 い ら れ る よ う に よ り 詳 細 に 記 さ れ て い る。 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(16)

密 教 文 化 こ れ よ り、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ は ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ を も と に、 実 際 の 修 法 に 際 し て 足 り な い 部 分 を 補 足 し て 増 広 し た も の と 考 え ら れ る。 次 に、 表 C の 檜 尾 の ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ と の 比 較 を 行 っ て み る こ と に す る。 こ れ に 関 し て は、 表 A の ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 同 様 の 構 成 を と り つ つ も、 そ の 内 容 に 改 良 を 加 え た り、 新 し い も の を 付 加 し た も の に な っ て い る。 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に あ っ て ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に な い 項 目 は 一 つ も な い。 最 も 変 化 し た と い え る の は、 第 二 本 尊 壇 中 に、 三 摩 践 多 法 と い わ れ る、 成 就 物 を 加 持 す る 方 法 を 組 み 込 ん で い る こ と で あ る。 ま た、 表 の 一 番 上 の 段 に あ る 洒 水 の 部 分 ( * 2) で、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ で は、 ( 32) ﹁次 以 洒 洗 水 取 茅 草 漉 散 壇 並 契 上 油 乳 木 諸 物 左 右 之 方 諸 物 等 及 以 外 等。 ﹂ と、 洒 水 に 茅 草 を 使 用 し て い る の に 対 し、 ﹃護 摩 回 決 ﹄ で は、 ﹁次 取 散 杖 以 洒 洗 水 漉 壇 井 契 上 油 乳 木 等 諸 物。 左 右 方 諸 物 等。 及 外 等。 須 先 取 散 杖 擁 其 水。 ( 33) 次 諦 ・て 字 加 持 廿 一 反。 次 論 ・ぐ 字 加 持 十 一 反。 然 後 濯 之。 先 漉 頂。 次 壇。 次 左 右 方 供 物。 ﹂ と、 散 杖 を 使 用 し て 洒 水 を 行 っ て い る。 さ ら に ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に は、 そ の 後 に ・て ・ぐ 加 持 が 記 さ れ て い る こ と に よ り、 現 在 使 わ れ て い る 次 第 の 形 に 近 い も の に な っ て い る こ と が 分 か る。 ( 34) ま た、 護 身 法 を 説 い て い る と こ ろ ( * 3) で、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ で は、 三 金 観 を 用 い て い る の に 対 し、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ で は、 ( 35) 浄 三 業 を 用 い て い る。 周 知 の 通 り 現 在 多 く 使 わ れ て い る の は 浄 三 業 で あ る。 こ れ に よ っ て も、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ が 現 在 の 次 第 に 近 い 形 と な っ て い る。 他 に も、 櫨 回 加 持 の 所 ( * 4) で、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ が、

(17)

( 36) ﹁ 次 結 三 胎 印 當 燈 回 加 持 百 八 遍 吉 里 吉 羅 眞 言。 若 有 杵 者 右 手 取 之 抽 郷 以 後 加 持 之。 ﹂ と す る の に 対 し、 ﹃護 摩 回 決 ﹄ で は、 ( 37) ﹁ 次 取 三 胎 當 燈 回 加 持 百 八 用 枳 里 枳 羅 明。 若 無 杵 用 印。 ﹂ と い う よ う に、 三 胎 の 重 要 度 が 増 し て い る。 こ れ に つ い て も、 現 在 の 形 に 近 づ い て い る と い え る。 以 上 の こ と よ り、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ を 基 に し て、 そ れ に 改 良、 発 展 が 加 え ら れ て 成 立 し た も の で は な い か と 考 え ら れ る。 ま た 先 に 述 べ た よ う に、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ 中 の 息 災 法 の 記 述 が ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 比 べ て 変 化 し て い る の に 対 し て、 増 益、 敬 愛、 降 伏 の 記 述 は ほ と ん ど 同 一 の 文 章 で あ る と い う こ と は ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ と ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ の 起 源 が 同 じ で あ る と い う 考 え を 裏 付 け て い る と い え る。 こ れ ら の こ と よ り、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ の 成 立 年 代 は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ 以 降 で あ る と 考 え ら れ、 そ の 結 果、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ は 實 恵 の 真 撰 で は な い と い う 可 能 性 が 強 く な る。 つ ま り、 大 師 の 回 決 で は な い と い う 可 能 性 が 強 く な る わ け で あ る。 最 後 に、 表 D の ﹃ 塞 巖 闇 梨 傳 ﹄ と の 構 成 の 比 較 を 行 う こ と に す る。 入 堂 か ら 第 四 段 目 ま で は、 細 か い 相 違 は あ る が、 ( 38) ほ と ん ど 同 じ と い っ て よ い。 し か し、 五 段 目 が、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ で は、 十 二 天 七 曜 二 十 八 宿 を 供 養 し て い る の に 対 し て、 ( 39) ( 40) ( 41) ﹃ 露 巖 閣 梨 傳 ﹄ で は 十 天 の 供 養 を 詳 細 に 記 し て い る と い う 大 き な 違 い が あ る。 ﹃ 息 災 次 第 ﹄、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄、 ﹃ 護 摩 秘 要 抄 ﹄ 中 の 圓 行 の 引 用 文 は ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 同 様 に 十 二 天 七 曜 二 十 八 宿 を 供 養 し て お り、 ま た、 供 養 の 内 容 を 説 い て い な い こ と よ り、 同 一 系 統 の も の で あ る と い え る。 こ こ で 表 D を 見 て み る と、 第 五 段 の 構 成 が、 第 一 段 か ら 第 三 段 の 中 の 構 成 と 類 似 し て い る こ と が 分 か る。 特 に 第 三 諸 尊 段 の 内 容 と よ く 似 て い る と い え る。 こ の こ と よ り、 第 五 段 の 内 容 は、 実 際 の 修 法 を 行 う た め に 初 段 か ら 第 四 段 を 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(18)

密 教 文 化 参 考 に 補 足 さ れ た も の だ と 考 え る こ と が で き る。 こ の よ う に、 第 五 諸 天 段 に 於 い て は、﹁ 圓 行 次 第﹂ と の 違 い は あ る が、﹁ 塞 巖 闇 梨 傳﹂ に は﹁ 圓 行 次 第﹂、﹁ 息 災 次 第﹂、 ﹁ 護 摩 口 決﹂、﹁ 護 摩 秘 要 抄﹂ 中 の 圓 行 の 説 全 て に 共 通 し、 他 の 先 徳 の 次 第 に は み ら れ な い 特 徴 的 な 部 分 が あ る。 そ の 部 分 と は、 第 二 本 尊 壇 に 於 け る 諸 物 の 供 養 の 方 法 で、 ﹁ 次 乳 木 三 杓 投 火。 観 明 如 常 次 五 穀。 大 三 小 三 次 華 三 次 丸 三 次 散 三 次 摩 尼 供 次 乳 木 以 外 油 等。 五 穀 華 香 推 絵 尊 合 十 天 等 爾 分 置。 次 分 本 尊 料 油 等 大 小 杓 合 也。 物 蓋 為 供 之。 数 不 限 次 乳 木。 依 数 蓋 之。 不 可 為 飴 尊 残。 次 飯。 大 小 杓 互 交 如 常。 次 第 供 之。 不 限 数。 次 五 穀。 大 小 互 交 次 第 供 之。 無 限。 次 華 丸 散 香 次 第 供 之。 無 限。 ( 42 ) 以 上 観 如 前。 明 此 大 目 尊 明 也。 加 祈 願 已 上 供 養 儀 式 ﹂ と い う も の で あ る。 こ れ を 簡 単 に 説 明 す る と、 飯、 五 穀 等 の 供 物 を、 一 度 本 尊 に 供 養 し た 後、 三 段 以 降 の 供 物 を 確 保 し、 残 っ た 供 物 を も う 一 度 本 尊 に 供 養 す る と い う も の で あ る。 こ の よ う な、 本 尊 に 二 度 供 養 す る 方 法 は﹁ 圓 行 次 第﹂ ( 43 ) の 中 に も、 同 様 に 存 在 し、 同 じ よ う に、﹁ 息 災 次 第﹂、﹁ 護 摩 口 決﹂、﹁ 護 摩 秘 要 抄﹂ 中 の 圓 行 の 説 に お い て も 見 ら れ る

(19)

も の で あ る。 し か し、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 中 の 他 の 先 徳 ( 恵 運、 常 暁、 宗 叡) の 著 書 を 見 て も、 こ の 方 法 は 見 あ た ら な い。 よ っ て、 こ れ は 同 一 の 系 統 の も の と 考 え て 良 い と 思 わ れ る。 以 上 の こ と よ り、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ﹃ 露 巌 閣 梨 傳 ﹄ と の 関 係 を ま と め て み る と、 構 成 面 に お い て は ﹂ ほ ぼ 同 様 の 構 成 を 取 っ て い る と い え る。 大 き く 異 な る の は、 第 五 段 に 関 す る 記 述 が、 ﹁圓 行 次 第 ﹂ で は 簡 略 に 記 さ れ て い る の に 対 し、 ﹃ 簸 巌 闊 梨 傳 ﹄ で は 詳 細 に 記 さ れ て い る こ と で あ る。 更 に、 五 段 目 の 主 尊 が ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に お い て は、 ﹁ 十 二 天 七 曜 二 十 八 宿 ﹂ で あ る の に 対 し、 ﹃ 露 巖 闊 梨 傳 ﹄ の 方 は ﹁ 十 天 ﹂ で あ る。 こ れ は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ の 記 述 が 余 り に 簡 単 で あ る た め、 後 世 に な っ て、 実 際 に 修 法 を 行 う こ と を 目 的 と し て 手 が 加 え ら れ、 そ の 際 に 十 天 の 供 養 法 が 組 み 込 ま れ た た め で あ る と 考 え ら れ る。 こ の よ う な 違 い は あ る が、 第 二 本 尊 段 の 諸 物 の 供 養 法 に お い て は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に 共 通 す る 独 特 の 方 法 が 用 い ら れ て い る。 こ れ に よ っ て 圓 行 の 回 決 と い わ れ て い る ﹃ 塞 巖 闊 梨 傳 ﹄ も ま た、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 関 係 が 深 い こ と が 分 か る。 こ こ ま で、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ ﹃ 露 巌 闊 梨 傳 ﹄ の 三 記 を 構 成 上 か ら 比 較 し た わ け で あ る が、 こ の 結 果 分 か っ た こ と は、 い ず れ の 三 記 と も ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 同 じ 系 統 の 構 成 で あ る と い う こ と で あ る。 ま ず、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ に 於 い て は 先 の 文 章 表 現 の 比 較 に 引 き 続 き、 構 成 に 置 い て も ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 非 常 に 類 似 し て い る。 異 な る と こ ろ は、 護 摩 に 関 す る 供 養 法 が 終 わ っ た 後、 後 分 事 業 が 次 第 形 式 に 詳 細 に 付 加 さ れ て い る こ と で あ る。 こ れ に よ っ て、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 補 足 が 行 わ れ て 成 立 し た も の で あ る と 考 え ら れ る。 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(20)

密 教 文 化 次 に、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ は ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ を 基 に し て そ れ ぞ れ の 項 目 に 改 良 が 加 え ら れ、 ま た、 新 し い 項 目 が 付 加 さ れ て 成 立 し た も の で あ る と 考 え ら れ る。 こ こ で も っ と も 興 味 深 い 点 は、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ が、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ の 影 響 で は な く、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ の 影 響 を 受 け て い る と こ ろ で あ る。 こ れ に よ っ て、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ の 成 立 年 代 が 圓 行 以 降 と な り、 こ れ が 實 恵 の 真 撰 で は な い と い う 説 が 成 り 立 つ こ と に な る。 最 後 に ﹃ 露 巖 闊 梨 傳 ﹄ も ま た、 直 接 に ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ の 影 響 を 受 け て お り、 こ れ が 圓 行 の 回 伝 の 流 れ を 引 く も の と 考 え て、 間 違 い な い と い え る。

(21)

四、 内 容 の 比 較 次 に、 こ れ ら の 次 第、 回 決 等 に 説 か れ て い る 真 言 や 種 字 な ど、 内 容 に 関 す る 比 較 を 行 い た い。 以 下 の 表 2 は、 そ れ ぞ れ の 中 に 出 て く る 真 言、 真 言 の 加 句、 種 字 等 を 比 較 し た も の で あ る。 表 中 に お い て は、 そ れ ぞ れ を 比 較 し 易 い よ う に、 真 言 を カ タ カ ナ で 記 し て あ る。 本 文 中 に 引 用 す る 場 合 は、 そ の 音 写 を 記 す。 こ こ で は、 こ の 表 を 使 っ て、 そ れ ぞ れ の 文 中 に 引 用 さ れ る 真 言 と、 そ の 典 拠 と な る 儀 軌 と の 関 係 を 考 察 し て い く。 こ れ を 見 て 分 か る よ う に、 真 言 に つ い て も、 四 つ の 次 第、 回 決 は、 非 常 に よ く 似 て い る と い え る。 そ れ で は 細 か い 部 分 に つ い て 比 較 を し て い く。 ま ず 第 一 に、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に あ る、 同 じ 項 目 を 比 較 し た と き、 印 相 や 真 言 の 数 は 記 さ れ て い る に も か か わ ら ず、 実 際 の 真 言 が、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄、 も し く は ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に は 有 り、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に は な い、 と い う 項 目 が 三 カ 所 あ る。 そ れ は、 表 中 の ( * 1) の 漉 浄 真 言、 ( * 2) の 瀬 回 真 言、 ( * 3) の 掲 磨 加 持 真 言 の 三 つ で あ る。 ま ず、 ( * 1) の 洒 浄 真 言 は ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ で は、 ( 44) ﹁ 次 結 洒 洗 印 加 持 香 水 一 百 八 遍。 或 廿 一 遍 ﹂ と、 真 言 は 記 さ れ て い な い。 こ れ に 対 し て ﹃ 息 災 次 第 ﹄ で は、 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(22)

密 教 文 化 表 2. 眞 言、 種 字 等 の 比 較

(23)

法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(24)

密 教 文 化 ﹁ 次 結 漉 洗 印 加 持 香 水 一 百 八 遍。 又 二 十 一 遍 三 詰 印 ( 45) 阿 密 哩 帝 噂 襲 託 ﹂ と、 ﹁ ア ミ リ テ イ ウ ン バ ッ タ ﹂ の 真 言 が 記 さ れ て い る。 ま た ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ で は、 ﹁ 次 濯 浄 印。 右 手 水 空 捻。 三 輪 直 申 如 三 股 形。 仰 當 水 上 加 持 廿 一 反 ( 46) 庵 枳 哩 枳 哩 囎 目 羅 畔 嚢 旺 ﹂ と、 ﹁ オ ン キ リ キ リ バ ザ ラ ウ ン バ ッ タ ﹂ の 真 言 が 記 さ れ て い る。 ﹁ ア ミ リ テ イ ウ ン バ ッ タ ﹂ の 方 は、 ﹃ 金 剛 頂 楡 伽 護 摩 儀 軌 ﹄ ( 以 下、 ﹃ 喩 伽 護 摩 儀 軌 ﹄ と す る。) 中 に、 ﹁ 漉 浄 印。 禅 捻 檀 甲。 三 度 堅 開。 眞 言 日

(25)

( 47) 庵 阿 蜜 哩 哺 二 合 噂 嚢 旺﹂ と あ る こ と か ら、 ﹃ 喩 伽 護 摩 儀 軌 ﹄ を 典 拠 と し て い る こ と が 分 か る。 こ れ に 対 し て、 ﹁ オ ン キ リ キ リ バ ザ ラ ウ ン バ ッ タ ﹂ の 方 は、 ﹃ 建 立 曼 茶 羅 護 摩 儀 軌 ﹄ ( 以 下、 ﹃ 建 立 護 摩 儀 軌 ﹄ と す る) 中 に、 ﹁ 以 吉 哩 明 王 結 護 加 諸 物 慧 羽 空 押 地 野 蝕 波 羅 蜜 遍 漉 以 香 水 眞 言 日 (4 8) 庵 吉 哩 吉 哩 嬉 日 羅 二 合 畔 津 旺 ﹂ と あ る こ と か ら ﹃ 建 立 護 摩 儀 軌 ﹄ を 典 拠 と し て い る こ と が 分 か る。 同 様 に ( * 2) の ﹁ 加 持 漱 回 香 水 の 真 言 ﹂ 及 び ( * 3) の 賜 磨 加 持 真 言 に つ い て も、 真 言 を 比 較 し、 そ の 典 拠 を ま と め る と、 以 下 の 表 3 の 様 に な る。 表 3 こ の 表 を 見 る と、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 記 さ れ て い な い 真 言 は、﹁ 息 災 次 第﹂ は﹁ 喩 伽 護 摩 儀 軌﹂ と 同 一 で、﹁ 護 摩 回 決﹂ 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(26)

密 教 文 化 は ﹃ 建 立 護 摩 儀 軌 ﹄ と 同 一 で あ る こ と が 分 か る。 こ れ に よ っ て、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に み ら れ な い 真 言 の 典 ハ 拠 は、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ ( 58) が ﹁ 喩 伽 護 摩 儀 軌﹂ で、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ が ﹃ 建 立 護 摩 儀 軌 ﹄ で あ る と 思 わ れ る。 こ の よ う な、 三 つ の 次 第 等 に よ っ て 真 言 の 違 い が あ る 理 由 は、 先 の 構 成 の 比 較 か ら 得 た 結 論 同 様、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ が 最 初 に 成 立 し た た め で あ る と 考 え る と 簡 単 に 説 明 で き る。 つ ま り、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 真 言 が 記 さ れ て い な か っ た こ と に よ り、 後 に ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 及 び ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ を 作 成 す る 際 に、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 記 さ れ て い な い 真 言 を 補 足 し た と 考 え ら れ、 そ の 際 に そ れ ぞ れ の 典 拠 と な る 儀 軌 が 異 な っ た た め で あ る と 考 え ら れ る か ら で あ る。 こ の こ と か ら も、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ が ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 及 び ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ の 原 型 で あ る こ と が 裏 付 け ら れ る。 次 に、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 記 さ れ て い る 真 言 で、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ や ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ と 異 な る も の を 見 て い く。 ま ず 最 初 に、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ と 異 な る 真 言 で あ る が、 こ れ は た だ 一 つ し か な い。 そ れ は、 表 7 中 の ( * 4) に あ る、 滅 悪 趣 の 真 言 で あ る。 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に あ る、 滅 悪 趣 の 真 言 は、 ﹁ 行 云。 ( 中 略) 次 勧 請 滅 悪 趣 菩 薩 置 燈 中。 印 左 手 作 拳 托 左 股 側。 右 手 申 讐 如 打 物 勢。 眞 言。 ( 59) 嚢 莫 三 慢 多 勃 駄 南 阿 毘 字 多 羅 帝 薩 垣 多 貧 ﹂ と な っ て い る。 こ れ は ﹃ 大 日 経 ﹄ の ﹁ 密 印 品 ﹂ 中 に 説 か れ る、 ﹁ 如 前 督 智 手。 而 上 挙 之。 是 除 悪 趣 印。 彼 眞 言 日 ( 60) 南 慶 三 曼 多 勃 駄 哺 阿 弊 達 曜 檸 薩 唾 駄 敦 渉 詞 ﹂ と い う 除 一 切 悪 趣 菩 薩 の 眞 言 と 同 じ で あ る。 こ れ に 対 し、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ の 方 は

(27)

﹁ 次 勧 請 滅 悪 趣 菩 薩 置 燧 中。 印 左 手 作 拳 托 左 股 側。 右 手 申 曹 如 打 物 勢。 眞 言 日。 ( 61) 鋸 命 特 惜 娑 難 阿 毘 庚 陀 羅 据 薩 埋 駄 敦 ﹂ と、 帰 命 の 句 ( ノ ウ マ ク サ ン マ ン ダ ボ ダ ナ ン) の 下 に、 ﹁ 特 憎 娑 難 ﹂ と い う こ の 菩 薩 の 種 字 が 組 み 込 ま れ て い る。 菩 薩 の 種 字 は、 ﹃ 大 日 経 ﹄ で は ﹁ 普 通 真 言 蔵 品 ﹂ に、 ﹁ 除 一 切 悪 趣 眞 言 日 ( 62) 南 慶 三 曼 多 勃 駄 哺 特 憎 二 合 娑 難 ﹂ と 挙 げ ら れ て お り、 ﹃ 大 日 経 ﹄ の 中 で は 一 つ の 真 言 に ま と め ら れ て は い な い。 こ の よ う な、 種 字 を 真 言 に 組 み 込 む 典 拠 は、 法 全 の 著 し た ﹃ 大 毘 盧 遮 那 成 仏 神 変 加 持 経 蓮 華 胎 蔵 菩 提 瞳 標 幟 普 通 真 言 蔵 広 大 成 就 楡 伽 ﹄ ( 以 下、 略 称 を 用 い、 ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ と す る) 及 び ﹃ 大 毘 盧 遮 那 成 仏 神 変 加 持 経 蓮 華 胎 蔵 悲 生 曼 茶 羅 広 大 成 就 儀 軌 供 養 方 便 会 ﹄ ( 以 下 ﹃ 玄 法 寺 儀 軌 ﹄ と す る) が 最 初 で あ る。 ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ に は、 ﹁ 除 一 切 悪 趣 眞 言 日 梵 薩 縛 播 野 惹 詞 襲 莫 穆 満 多 没 駄 哺 引 特 惜 二 合 娑 難 阿 毘 庚 二 合 達 曜 据 墨 也 薩 恒 囎 二 合 駄 敦 衆 生 界 也。 一 切 衆 生 無 始 無 明 覆 故。 常 在 三 悪 ( 53) 中、 尊 者 以 五 力 願 學 之 令 清 昇。 令 一 切 衆 生 得 出 三 界 也。 ﹂ と あ り、 ﹁ 玄 法 寺 儀 軌 ﹄ に は、 ﹁ 除 一 切 悪 趣 眞 言 日 薩 縛 鉢 野 惹 都 ( 64) 襲 莫 三 満 多 没 駄 哺 引 特 憎 二 合 娑 難 阿 毘 庚 二 合 達 囎 据 墨 也 薩 恒 騨 二 合 駄 敦 娑 騨 詞 ﹂ と な っ て い る。 こ れ を 見 て 分 か る よ う に、 ﹃ 玄 法 寺 儀 軌 ﹄ も ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ と 同 様、 種 字 を 組 み 込 ん で い る が、 こ ち 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(28)

密 教 文 化 ら の 方 に は 真 言 の 終 り に ﹁ 娑 講 ﹂ が 付 い て い る の で、 ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ の 方 が よ り 近 い 形 で あ る と い え る。 ま た、 真 言 の 音 写 は、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ と ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ と は、 非 常 に 類 似 し て い る の で、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ の 滅 悪 趣 の 真 言 の 典 拠 は ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ と 考 え て よ い と 思 わ れ る。 こ こ で 大 き な 問 題 点 は ﹃ 玄 法 寺 儀 軌 ﹄ が 八 四 一-八 四 六 年、 ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ が 八 四 七-八 五 九 年 の 間 に 作 ら れ た と い う こ と で あ る。 も し ﹃ 息 災 次 第 ﹄ の 滅 悪 趣 真 言 に 種 字 を 組 み 込 む と い う 典 拠 が、 ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ も し く は ﹃ 玄 法 寺 儀 軌 ﹄ に あ る と す る な ら ば、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ は 弘 法 大 師 以 後 に 作 成 さ れ た と い う こ と に な る。 そ れ ば か り か、 圓 行 以 降 に 作 成 さ れ た と い う 可 能 性 も 出 て く る。 圓 行 ( 七 九 九-八 五 二) の 入 唐 は 八 三 八-八 三 九 年 で、 こ れ ら の 両 儀 軌 が 成 立 す る 前 に 帰 朝 し て い る こ と よ り、 こ れ ら を 請 来 す る こ と は 不 可 能 で あ る。 ま た 日 本 へ は、 ﹃ 玄 法 寺 儀 軌 ﹄ が 八 四 七 年 に 園 仁 に よ っ て 請 来 さ れ、 ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ が、 宗 叡 に よ っ て 八 六 五 年 に 請 来 さ れ て い る こ と よ り、 圓 行 は、 自 分 で は こ の 両 儀 軌 を 請 来 す る こ と は な く、 帰 朝 し て 八 年 後 に 初 め て 圓 仁 の 持 ち 帰 っ た ﹃ 玄 法 寺 儀 軌 ﹄ を 見 る 可 能 性 が 出 て く る わ け で あ る。 ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ は 圓 行 の 寂 し た 後 の 請 来 で あ る た め、 圓 行 が 見 る こ と は 不 可 能 で あ る。 よ っ て、 ﹃ 圓 行 次 第 ﹄ に 種 字 が 組 み 込 ま れ て い な い こ と は、 興 味 深 い 点 で あ る。 次 に、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に 出 て く る 滅 悪 趣 真 言 は、 ﹁ 次 勧 請 滅 悪 趣 菩 薩 置 燈 中。 其 印 法 左 手 作 金 剛 拳 托 左 股 側。 右 手 申 曹 如 打 物 勢。 申 五 指 向 於 外。 精 高 墾 過 右 肩。 ( 65) 嚢 莫 三 慢 多 勃 駄 南 阿 毘 宇 多 羅 帝 薩 垣 多 食 娑 鱒 二 合 賀 引 ﹂ と な っ て お り、 こ れ に は 菩 薩 の 種 字 は 組 み 込 ま れ て い な い。 真 言 の 音 写 は ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 近 い も の と な っ て い る。 こ ( 66) こ で も、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ は ﹃ 息 災 次 第 ﹄ の 影 響 で は な く、 直 接 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ の 影 響 を 受 け て い る と い う こ と が わ か る。

(29)

そ の 次 に、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に お け る 真 言 の 相 違 を 比 較 し て み る。 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ で は、 真 言 に つ い て は 大 き な 違 い は み ら れ な い。 但 し、 た だ 一 つ 興 味 深 い 点 は、 表 2 中 の ( * 5) の 油 麻 真 言 で あ る。 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に は、 ﹁ 次 油 麻 千 八 十 遍 焼 之。 明 日 ( 67) 庵 薩 嬉 播 螂 河 嚢 縛 日 羅 二 合 耶 弱 噂 鍵 斜 某 甲 消 除 災 難 扇 底 娼 羅 娑 嬉 二 合 詞 此 舎 那 眞 言 ﹂ と い う 真 言 が 記 さ れ て い る が、 こ れ は ﹃ 喩 伽 護 摩 儀 軌 ﹄ 中 の、 ﹁ 息 災 法。 五 穀 中 須 十 倍 加 油 麻。 木 用 百 八 或 五 十 四 或 二 十 一。 真 言 日 ( 68) 庵 薩 嬉 播 婆 螂 詞 嚢 縛 日 羅 二 合 耶 娑 囎 二 合 引 詞 ﹂ と い う 部 分 を 典 拠 と し て い る。 こ れ に 対 し て ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ は、 ﹁ 次 焼 油 麻 百 入 反。 亦 千 入 十 反 也。 一 焼 一 諦 眞 言。 本 儀 軌 中 説 息 災 眞 言。 是 大 日 尊 眞 言 也。 若 以 佗 尊 為 本 尊 可 諦 其 尊 眞 言 也。 ( 中 略) ( 69) 眞 言 終 加 四 明 ム 甲 井 消 除 災 難 扇 底 掲 羅 娑 鱒 二 合 詞 句。 ﹂ と、 真 言 が 省 略 さ れ て い る。 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ 中 の 真 言 は、 引 用 文 の 終 わ り に ﹁ 此 舎 那 真 言 ﹂ と 記 さ れ て い る こ と よ り、 大 日 尊 の 真 言 と し て 扱 わ れ て い る こ と が 分 か る が、 現 在 の 加 持 物 の 真 言 は、 同 じ 大 日 真 言 で も ﹁ オ ン バ ザ ラ ダ ト バ ン ﹂ に 加 句 を 加 え る も の が ほ と ん ど で あ る。 以 上 の よ う に、 油 麻 の 真 言 は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 見 ら れ る 真 言 が 明 記 さ れ な く な っ た あ た り か ら、 現 在 の 真 言 を 用 い る よ う に 変 化 し て い っ た も の で は な い か と 考 え ら れ る。 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(30)

密 教 文 化 以 上 の こ と よ り、 こ こ で 明 ら か に な っ た こ と を ま と め る と、 以 下 の 三 点 に な る。 1、 構 成 の 比 較 の 時 同 様、 真 言 に つ い て も こ れ ら 四 つ の 次 第、 回 決 は、 非 常 に よ く 似 て い る。 2、 同 じ 項 目 の 内、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 記 さ れ ず、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 及 び ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に 記 さ れ て い る 真 言 が あ る。 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ に 記 さ れ て い る も の は ﹃ 喩 伽 護 摩 儀 軌 ﹄ の 系 統 を 受 け、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に 記 さ れ て い る も の は ﹃ 建 立 曼 茶 羅 護 摩 儀 軌 ﹄ の 系 統 を 引 い て い る。 こ れ ら の 違 い は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 記 さ れ て い な い 真 言 を 補 充 し た 際 に 生 じ た も の と 思 わ れ る。 3、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 中 に あ る 滅 悪 趣 菩 薩 の 真 言 は、 ﹃ 青 龍 寺 儀 軌 ﹄ を 典 拠 と し て い る と 思 わ れ る。 そ の 結 果、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ の 成 立 は、 少 な く と も 圓 行 の 活 躍 し て い た 時 代 以 降 で あ る。 こ れ ら の こ と よ り、 真 言 の 比 較 か ら 考 察 し て も、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 及 び ﹃護 摩 回 決 ﹄ は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ を 原 型 と し て 成 立 し て い る と い う こ と が 明 ら か で あ る。 こ れ は 構 成 の 比 較 で 導 か れ た 結 論 を 裏 付 け る 結 果 に な る。 さ ら に、 滅 悪 趣 真 言 の 比 較 で は、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ は 歴 史 的 に も、 空 海 の 時 代 に 成 立 し 得 な い と い う 事 実 も 明 ら か に な っ た。 こ れ に よ っ て、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 及 び ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ が そ れ ぞ れ 空 海 及 び 實 恵 の 真 撰 で は な い と い え る。 結 び 以 上、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 及 び ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ を 比 較 し た 結 果 明 ら か に な っ た こ と を ま と め る と、 以 下 の よ う に な る。

(31)

ま ず そ れ ぞ れ の 文 章 表 現 を 比 較 し た。 こ れ に よ る と、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ﹃ 息 災 次 第 ﹄ と で は、 そ の 大 部 分 が 同 じ 文 章 で あ っ た。 ま た、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ で は、 息 災 の 部 分 で は、 文 章 表 現 は 異 な る が、 対 応 す る 部 分 は 同 じ 内 容 で あ っ た。 ま た、 増 益、 降 伏、 敬 愛 の 部 分 で は 文 章 表 現 が ほ と ん ど 同 一 で あ っ た。 次 に 供 養 法 の 構 成 を 比 較 し た。 こ れ に よ る と、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ﹃ 息 災 次 第 ﹄ で は、 入 堂 か ら 第 五 諸 天 段 ま で の 構 成 は 一 カ 所 の 重 複 を 除 き 全 く 同 一 で あ っ た。 し か し、 護 摩 に 関 す る 供 養 法 が 終 わ っ た 後、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ に は 後 分 事 業 に 関 す る 項 目 が あ る が、 こ れ は 後 に ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 付 加 し た も の で あ る と 思 わ れ た。 ま た、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ と の 関 係 で は、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ が ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ を 改 良 し、 発 展 さ せ た も の で あ る と 考 え ら れ た。 ま た、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ に は、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ に み ら れ る 後 分 事 業 の 項 目 が な い こ と よ り、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ か ら の 発 展 で は あ る が ﹃ 息 災 次 第 ﹄ か ら の 発 展 で は な い と 考 え ら れ た。 こ れ に よ っ て、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 及 び ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ は ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ を 原 型 と し て 発 展 し た も の で あ る と 言 え る。 最 後 に、 真 言 や 種 字 な ど、 内 容 に つ い て 比 較 を 行 っ た。 こ の 結 果、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 及 び ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ は、 や は り ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ を 原 型 と し て 発 展 し た も の で あ る と い う 相 対 的 結 論 に 加 え、 歴 史 的 に も、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 中 の 滅 悪 趣 真 言 の 音 写 か ら、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ の 成 立 は 圓 行 の 時 代 以 降 で あ る と い う 結 論 を 得 る こ と が で き た。 こ れ ら の こ と よ り、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ は 弘 法 大 師 の 真 撰 で は な く、 ﹃ 護 摩 回 決 ﹄ も 實 恵 の 真 撰 で は な い と い う こ と が 明 ら か に な っ た。 そ し て、 こ れ ら 三 つ の 次 第、 回 決 の 関 係 は、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ の 内、 息 災 の 部 分 に 補 足 が 加 え ら れ て で き た も の が ﹃ 息 災 次 第 ﹄ で、 ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ に 改 良 が 加 え ら れ、 発 展 し て よ り 現 在 の 形 に 近 く な っ た も の が ﹁ 護 摩 回 決 ﹄ で あ る と い え る。 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(32)

密 教 文 化 こ の 結 論 は、 あ く ま で も ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ を 通 し た 上 で の 結 論 で あ る。 そ し て、 大 師 作 と し て 伝 え ら れ て き た 護 摩 に 関 す る 著 作 の う ち、 積 極 的 に 大 師 の 真 撰 説 を 否 定 で き た の は、 ﹁ 息 災 次 第 ﹄ の み で あ る。 つ ま り、 そ れ 以 外 の 著 作 に つ い て は、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 引 用 さ れ て い な い と い う こ と か ら、 や は り こ れ ら も 大 師 作 と す る こ と は 疑 わ し い と 言 わ ざ る を え な い。 こ れ ら の 護 摩 に 関 す る 大 師 の 著 作 に つ い て の 真 偽 問 題 の 解 決 に は、 よ り 広 い 範 囲 に わ た る 考 察 が 必 要 で あ る。 ま た、 著 作 を 著 す と い う こ と と、 実 際 に 護 摩 法 を 修 す と い う こ と は 別 の 問 題 で あ る。 弘 法 大 師 の 伝 記 の 資 料 か ら は ﹁ 護 摩 法 ﹂、 ﹁ 息 災 法 ﹂ を 修 し た と す る 記 述 が 多 く み ら れ る。 筆 者 は ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に そ の 著 作 が な い か ら と い っ て、 大 師 が 護 摩 法 を 修 し た こ と は 否 定 し て い る わ け で は な い。 今 後 も、 こ れ ら の 課 題 に 取 り 組 み、 こ れ か ら 新 し い 発 見 が 得 ら れ る よ う、 努 力 し て い き た い。 参 考. 眞 寂 に つ い て 真 寂 親 王 は、 仁 和 二 ( 八 八 六) 年 に 寛 平 法 王 ( 宇 多 天 皇) の 第 三 王 子 と し て 誕 生 し、 俗 名 を ﹁ 斉 世 ﹂ ( は る と き、 せ ( 70) ( 71) い せ い、 と き よ な ど と 呼 ぶ) と 言 っ た。 真 寂 の 母 親 は、 参 議 広 相 の 娘、 女 御 橘 義 子 で あ る。 真 寂 は 昌 泰 元 ( 八 九 八) 年 ( 72) ( 73) 十 一 月 に 元 服 し、 後 に 菅 原 道 真 の 娘 と 結 婚 す る。 そ し て 延 喜 元 ( 九〇 一) 年、 宇 多 法 皇 に つ い て 仁 和 寺 で 得 度 し、 神 ( 74) 護 寺 寂 照 に 受 明 灌 頂 を 受 け、 真 寂 と 号 す る。 ま た 真 寂 は、 延 喜 六 ( 九〇 六) 年 に、 益 信 が 寂 し た 後 に 圓 城 寺 に 住 し、 ( 75) こ れ に よ っ て ﹁ 圓 城 寺 宮 ﹂、 ﹁ 圓 堂 宮 ﹂ と も 呼 ば れ る よ う に な る。 さ ら に、 延 喜 八 ( 九〇 八) 年 五 月 三 日、 東 寺 灌 頂 院 ( 76) に お い て 宇 多 天 皇 よ り 伝 法 灌 頂 を 受 け、 宗 叡 の 伝 を こ と ご と く 受 け 継 い だ と 言 わ れ る。 そ し て 延 長 五 (九 二 七) 年 九

(33)

( 77) 月 十 日 に 四 十 二 歳 に て 寂 す。 ( 78) ( 79) 真 寂 の 灌 頂 受 法 に つ い て は、 伝 記、 血 脈 等 の 資 料 か ら さ ま ざ ま な 説 が あ げ ら れ る。 そ の 中 で も ﹃ 撮 避 曜 抄 ﹄ に よ る と、 真 寂 は、 合 計 七 度 の 灌 頂 を 受 け た こ と に な っ て い る。 し か し、 現 在 の と こ ろ、 事 実 で あ ろ う と 推 測 で き る の は、 延 喜 元 年 の 受 明 灌 頂 と、 延 喜 八 年 の 伝 法 灌 頂 の み で あ る。 と は い え、 真 寂 の 東 密、 台 密 に わ た る 幅 広 い 知 識 を 考 慮 し た 場 合、 真 寂 が 上 に み て き た 以 外 に も い く つ か の 灌 頂 を 受 け た と い う こ と は、 大 い に 考 え ら れ る こ と で あ る。 註 ( 1) 拙 稿 ﹁ 法 三 宮 眞 寂 親 王 の ﹁ 金 胎 護 摩 抄 ﹂ に つ い て ﹂ ( 密 教 学 会 報 第 三 ○ 号 ・ 平 成 三 年 三 月) 参 照 ( 2) ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 二 ・ 六 九 一 頁-七 ○ 四 頁 ( 3) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 四 三 頁-三 六 二 頁 ( 4) 仁 和 寺 塔 中 九 六 箱 ( 5) 二 本 の 書 誌 を 紹 介 し て お く と、 仁 和 寺 本 は 三 冊 か ら な り、 袋 綴 装 で 表 紙 は な い。 文 字 数 は 半 丁 あ た り 七 行、 一 行 あ た り 約 十 二 文 字、 丁 数 は 上 巻 六 九 丁、 中 巻 一 一 八 丁、 下 巻 七 一 丁、 合 計 二 五 八 丁 あ る。 ま た、 奥 書 に、 ﹁ 文 政 十 年 冬。 以 弘 基 僧 正 遺 本。 令 他 書 窺 之 了。 龍 肝 ﹂ と 記 さ れ て い る こ と よ り、 本 書 は 文 政 十 ( 一 八 二 七) 年 に 龍 肝 な る 人 物 が、 弘 基 ( 智 山 派 第 三 十 世。 一 七 五 二-一 八 二 二) の 遺 本 を 誰 か に 書 写 さ せ た も の で あ る こ と が 分 か る。 次 に 京 大 図 書 館 蔵 本 の 書 誌 を 紹 介 す る。 京 大 図 書 館 蔵 本 は、 袋 綴 装 で 表 紙 は な い。 文 字 数 は 半 丁 あ た り 十 行、 一 行 あ た り 約 二 十 文 字、 丁 数 は 上 巻 三 十 六 丁、 中 巻 五 十 三 丁、 下 巻 三 十 五 丁、 合 計 百 二 十 四 丁 で あ る。 ま た、 奥 書 は な い が、 仁 和 寺 本 と 写 本 の 傾 向 が よ く 似 て い る。 そ の 上、 大 通 寺 に は、 先 に 述 べ た、 弘 基 僧 正 の 遺 本 が 多 く 残 さ れ て い る こ と よ り、 京 大 図 書 館 蔵 本 も 弘 基 僧 正 の 写 本 の 流 れ を 引 く 可 能 性 が 高 い と 思 わ れ る。 ( 6) ﹃ 続 群 書 類 従 ﹄ 二 八 下 ( 7) ﹃ 続 真 言 宗 全 書 ﹄ 三 三 ・ 二 六 二 頁 上-下 ( 8) ﹃ 大 日 本 仏 教 全 書 ﹄ 仏 教 書 籍 目 録 第 二 ・ 三 五 九 頁 下-三 六〇 頁 上 ( 9) ( 同) 三 二 五 頁 下-三 二 六 頁 下 ( 10) ﹃ 大 日 本 仏 教 全 書 ﹄ 仏 教 書 籍 目 録 第 一 ・ 一 六 四 頁 上-一 六 五 頁 上 ( 11) ﹃ 真 言 宗 全 書 ﹄ 二 六 ・ 一〇 七 頁 上 ( 12) ﹃ 国 文 目 白 ﹄ 二 三 ( 昭 和 五 九 年 三 月) 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(34)

密 教 文 化 ( 13) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 下 ・ 六 五 丁 左 に あ る。 ( 14) ﹃ 真 言 宗 全 書 ﹄ 三 六 ・ 二 四 五 頁 下 ( 15) ﹃ 真 言 宗 全 書 ﹄ 二 六 ・ 三 一 六 頁 下 ( 16) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 下 ・ 三 六 一 頁-三 六 七 頁 ( 17) ﹃ 真 言 宗 全 書 ﹄ 二 六 ・ 一 五 三 頁-四 ○ 一 頁 ( 18) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 三 七 丁 右-左 ( 19) ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 二 ・ 六 九 四 頁-六 九 五 頁 ( 20) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 五 ○ 頁 ( 21) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 下 ・ 三 六 三 頁 ( 22) ﹃ 真 言 宗 全 書 ﹄ 二 六 ・ 三 四 八 頁 下 ( 23) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 六 三 丁 右-左 ( 24) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 五 七 頁 ( 25) ﹃金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 四 六 丁 左-四 七 丁 右 ( 26) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 四 六 丁 左-四 七 丁 右 ( 27) ﹃ 真 言 宗 全 書 ﹄ 二 六 ・ 三 五 九 頁 上-下 ( 28) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 下 ・ 三 二 丁 左 ( 29) ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 二 ・ 七 ○ 一 頁-七 ○ 二 頁 ( 30) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 下 ・ 三 六 七 頁 ( 31) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 五 六 頁 ( 32) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 四 丁 左-五 丁 右 ( 33) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 四 六 頁 ( 34) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 一 丁 右 ( 35) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 四 六 頁 ( 36) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 五 丁 左 ( 37) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 四 七 頁 ( 38) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 下 ・ 二 七 丁 左 ( 39) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 下 ・ 三 六 六 頁-三 六 七 頁 ( 40) ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 二 ・ 七 ○ 一 頁 ( 41) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 五 六 頁 ( 42) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 下 ・ 三 六 四 頁-三 六 五 頁 ( 43) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 五 一 丁 左-五 三 丁 右 ( 44) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 四 丁 左 ( 45) ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 二 ・ 六 九 三 頁 ( 46) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 四 六 頁 ( 47) ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 十 八 ・ 九 二 一 頁 下 ( 48) ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 十 八 ・ 九 百 三 十 二 頁 上 ( 49) ﹃金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 四 丁 左-五 丁 右 ( 50) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 五 丁 右 ( 51) ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 二 ・ 六 九 三 頁 ( 52) ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 二 ・ 六 九 三 頁 ( 53) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 四 六 頁 ( 54) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 四 六 頁 ( 55) ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 十 八 ・ 九 二 一 頁 下 ( 56) ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 十 八 ・ 九 二 一 頁 下 ( 57) ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 十 八 ・ 九 三 二 頁 中 ( 58) ﹃ 烏 鋼 渋 摩 儀 軌 ﹄ に も ﹃ 護 摩 口 決 ﹄ と 完 全 に は 一 致 し

(35)

な い が、 同 じ 眞 言、 あ る い は 類 似 し た 眞 言 が あ る の で、 現 在 の 段 階 で は ﹃ 建 立 曼 奈 羅 護 摩 儀 軌 ﹄ を ﹃ 護 摩 口 決 ﹄ の 眞 言 の 典 ハ拠 と 断 定 す る こ と は で き な い。 ( 59) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 下 ・ 一 六 丁 左-一 七 丁 右 ( 60) ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 十 八 ・ 二 七 頁 中-下 (61) ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 二 ・ 七 ○ 一 頁 ( 62) ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 十 八 ・ ・ 十 六 頁 下 ( 63) ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 十 八 ・ 一 五 五 頁 中 ( 64) ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 十 八 ・ 一 一 七 頁 上 ( 65) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 五 五 頁 ( 66) こ の ﹁ 特 憎 娑 難 ﹂ と い う 種 字 が、 ﹃ 息 災 次 第 ﹄ の 写 本 上 に い つ か ら あ ら わ れ る か を 調 べ る た め に、 高 野 山 大 学 の 弘 法 大 師 著 作 研 究 会 の ﹃ 息 災 次 第 ﹄ の 写 真 を 利 用 さ せ て 頂 き 校 合 を 行 っ た。 校 合 し た 写 本 は、 高 山 寺 本 (院 政 期)、 宝 寿 院 本 ( 鎌 倉 末 期)、 金 剛 三 昧 院 本 ( 一 七 六 二)、 三 宝 院 本 ( 一 八 一 四)、 真 別 処 本 ( 不 明) の 五 本 で あ る。 高 山 寺 本 に 関 し て は、 傷 み が ひ ど く、 後 半 の 部 分 が 散 逸 し て い た。 こ れ ら に よ る と、 ﹁ 大 師 作 ﹂ と い う 意 味 の 記 返 は、 五 本 と も、 表 題、 内 題、 奥 書、 の い ず れ か に 見 ら れ る。 ま た、 圓 行 の 引 用 文 に み ら れ な い、 後 補 と 思 わ れ る 部 分 及 び 滅 悪 趣 の 眞 言 の ﹁ 特 惜 娑 難 ﹂ の 種 字 は、 傷 み の た め 確 認 の で き な い 高 山 寺 本 を 除 い た 四 本 全 て に あ る。 こ れ ら の こ と よ り、 現 在 の 形 に な っ た の は、 鎌 倉 末 期 以 前 で、 大 師 作 と い わ れ る よ う に な っ た の は、 院 政 期 以 前 で あ る こ と が 分 か る。 し か し、 大 師 作 と い わ れ る よ う に な っ た 時 期 と、 後 補 と 思 わ れ る 部 分 が 加 わ っ た 時 期、 そ れ に 滅 悪 趣 眞 言 に 種 字 が 組 み 込 ま れ た 時 期 と い う、 こ の 三 つ の 時 期 の ど れ が 一 番 早 か っ た の か、 あ る い は 同 じ 時 期 に そ う な っ た の か、 と い う 疑 問 は 解 決 で き な か っ た。 ( 67) ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ 巻 中 ・ 五 九 丁 右 ( 68) ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 十 八 ・ 九 二 一 頁 中 ( 69) ﹃ 弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 ﹄ 上 ・ 三 五 三 頁 ( 70) ﹃ 血 脈 類 聚 記 ﹄ (﹃ 真 言 宗 全 書 ﹄ 三 九 ・ 五 五 頁 上) ( 71) ﹃ 本 朝 皇 胤 紹 運 録 ﹄ ( ﹃ 群 書 類 従 ﹄ 四 ・ 四 四 頁) ( 72) ﹃ 日 本 紀 略 ﹄ (﹃ 国 史 大 系 ﹄ 十 一 ・ 四 頁) ( 73) ﹃ 菅 原 氏 系 図 ﹄ (﹃ 群 書 類 従 ﹄ 四 ・ 二 三 九 頁) ( 74) ﹃ 血 脈 類 聚 記 ﹄ (﹃ 真 言 宗 全 書 ﹄ 三 九 ・ 六 九 頁 上) ( 75) ﹃ 血 脈 類 聚 記 ﹄ 第 三 ( ﹃ 真 言 宗 全 書 ﹄ 三 九 ・ 五 八 頁 下) ( 76) ﹃ 傳 燈 廣 録 ﹄ 澤 巻 第 三 ( ﹃ 続 真 言 宗 全 書 ﹄ 三 三 ・ 二 六 一 頁 下) ( 77) ﹃ 貞 信 公 記 ﹄ ( ﹃ 続 々 群 書 類 従 ﹄ 第 五 ・ 二 ハ 四 頁 下) ( 78) 眞 寂 の 灌 頂 受 法 に つ い て は、 武 内 孝 善 氏 ﹁ 寛 平 法 皇 御 作 次 第 の 研 究 ・ 四 ﹂ (﹃ 密 教 学 会 報 ﹄ 第 三 〇 号 平 成 三 年 三 月)、 近 藤 泰 弘 氏 ﹁ 法 三 宮 眞 寂 の 梵 漢 相 対 抄 に つ い て ﹂ ( ﹃ 国 文 目 白 ﹄ 二 三 昭 和 五 九 年 三 月) に お い て 考 察 が な さ 法 三 宮 眞 寂 撰 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ に 関 す る 一 考 察

(36)

密 教 文 化 れ て い る。 ( 79) ﹃ 大 日 本 仏 教 全 書 ﹄ (名) 五 二 ・ 三 九 九 頁 下-四〇〇 頁 下 < キ ー ワ ー ド> 法 三 宮、 眞 寂、 ﹃ 金 剛 頂 護 摩 抄 ﹄ ﹃ 息 災 次 第 ﹄ 圓 行

表 B ・ C ・ D 中 の ※ 印 は 表 A の ﹁ 圓 行 次 第 ﹂ と 比 較 し て 明 ら か に 異 な る 部 分 を 示 し、 △ 印 は 真 言 の 回 数 が 異 な る な ど全体に影響しない小さな相違を示したものである。それではまず、表Aの﹁圓行次第﹂と表Bの﹃息災次第﹄との比較を行ってみることにする。入堂から五段目ま でつまり護摩に関する部分の構成は、両者の説はほとんどまったく同じであると言ってよい。しかしただ一カ所、表B中の(※1)の、第二部主段中の請入の部分の記述が異なっ
表 1- A.﹃ 町 圓 行 次 第 ﹄
表 1- B. ﹃ 息 災 次 第 ﹄
表 1- C. ﹃ 護 摩 口 決 ﹄
+3

参照

関連したドキュメント

 介護問題研究は、介護者の負担軽減を目的とし、負担 に影響する要因やストレスを追究するが、普遍的結論を

((.; ders, Meinungsverschiedenheiten zwischen minderjähriger Mutter und Vormund, JAmt

Zeuner, Wolf-Rainer, Die Höhe des Schadensersatzes bei schuldhafter Nichtverzinsung der vom Mieter gezahlten Kaution, ZMR, 1((0,

[r]

[r]

被告とAの合意に基づいて恒常的に行われていた好意同乗に関しては、被

[r]

[r]