財政決定における選好顕示理論の生成
山之内 光 躬
一
現代財政理論の特徴の一つは︑その理論構築のなかに︑精緻な公共財の経済理論が組み込まれたこと︑そして︑ノ
ソ・マーケットの領域を形成する公共財に対する︑社会の構成メンバ:の選好顕示という︑伝統理論に見られなかっ
たアプローチが取られていることであろう︒
現代理論におけるこれらの接近は︑経済分析のツールの進化とともにますます精緻化を進め︑この理論は︑ゲーム
理論などと結合してさらに華麗な装いを凝らすことになった︒だが︑これら現代理論のほとんどは︑たとえば︑ナッ
シュ均衡のモデルなどをも含めて︑根底的には︑リンダールによって定式化された公共財の経済分析を出発点にして
いるといってよかろう︒公共財に関するいわゆるリンダールのモデルの定式化は︑ 一九一九年にルンドで出版され
た︑﹃課税の公平性﹄︵ミ恥Oミ象ミ︑窓ミ駄ミ切§§ミ§領︶の第一部︑第四章﹁実証的解﹂︵℃oω三ぐ︒ピα鈴昌α身︶︵c︒︶
早稲田社会科学研究 第46号 93(H5)。3
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において展開されたものである︒彼はここで単純な図表と代数式を用いて︑いわゆる彼の﹁均衡解﹂を定式化したの
である︒ 一九六〇年代以降の多くの公共財に関する理論モデルは︑このリンダールのモデルを出発点にしたのであ
り︑多かれ少なかれ︑そのヴァリエーションであったといえよう︒
一八七〇年代の限界革命以降︑経済学はその理論構築の作業工程において︑最大限に政治的要因を排除しながら︑
ポリティカル・エコノミーからエコノミクスへ脱皮しようと努力してきた︒財政学の経済学化もこの過程で進捗す
る︒財政過程は極めて政治的側面を濃厚に有するだけに︑財政学は長く行政的︑制度的側面を中心に展開されてきて
いた︒しかし︑経済分析の実証的な手法が発展してくるとともに︑その波は財政学の分野にも及ばずにはいなかっ
た︒租税問題を始めとして︑財政論へ経済分析の新しいツールが適用されていった︒そして︑公共財の選好顕示に関
する現代理論も︑このような経済分析の発展経路に沿ったものにほかならなかったのである︒
すでにジョン・ネヴィル・ケインズ︵一・7﹁・一く①鴇昌①ω︶は︑一八九一年の︑﹃経済学の範囲と方法﹄︵刈︶で︑実証的科
学を規範的科学︑さらに技術︵﹀溝︶と区別して︑ ﹁独立の実証経済学を認知すること﹂の重要性を説いていた︒そ
の後︑ ﹁限界効用逓減の法則﹂の命題は︑ ﹁科学的経済学のいかなる学説によっても︑実際全く是認され得ない﹂
(一
lW
吹@一ω刈⁝bo◎α︶というし・ロビソズ︵﹇ざ旨巴O●即︒げびぎω︶が︑﹁経済学は︑確かめられる事実を取扱う︒倫理学は︑
価値判断と義務とを取扱う︒この二つの研究分野は論議の同一の平面にない︒実証的研究の一般法則と規範的研究の
一般法則との間には︑いかなる巧妙さをもってしても擬装することのできない︑そして空間または時間におけるいか
なる並置をもってしても架橋することのできない︑こゆぺからざる論理的障壁があるのである﹂︵一b9 一oo嚇§一Qo︶と
述べたとき︑彼は根底的には︑純粋理論としての実証的経済学の意義の問題に触れたのであった︒さらに︑ ﹁実証経
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財政決定におげる選好顕示理諭の生成
済学は︑どんな自然科学とも正確に同じ意味で︽客観的︾科学であるか︑もしくはありうる﹂︵①会ム︶と考える︑
プリ!ドマンは﹃実証的経済学の方法論﹄︵o︶で︑実証的経済学が理論構築の作業工程で扱う︑仮説と予測︑そのテ
ストについて︑すぐれた見解を呈示した︒
このように一九世紀末から二〇世紀の半ばにかけて︑経済学者の側で︑経済学の純粋理論化︑ ﹁科学としての経済
学﹂を追究する傾向が加速的に強まったのであった︒この傾向は︑その後︑計量経済学的手法の発展とともに一層の
拍車が掛かった︒たしかに︑この過程で︑経済理論も︑その応用としての財政理論もまた︑その論理的精緻さと厳密
性をいっそう高めていったことに柳かの異論もない︒
だが︑他方︑カール・ポパ!︵生餌﹁一 閃・℃O口噂O﹁︶によって提出された︵μ一︶︑﹁科学性﹂の判定基準としての︑﹁反証
可能性﹂︵貯一翼h冨げ薫黛︶のテストが適用された場合はどうなるか︒﹁実証的解﹂としてのりンダール解が︑果たして
どの程度まで︑ポッパリアソ・テストとしての﹁反証可能性﹂に堪えら・れるであろうか︒効用分析を始めとして︑現
代厚生経済理論の大部分は︑反証可能性テストの網の目から覧れ落ちてしまうだろう甫・L否︑むしろ︑実証的経済理論
の分野でも︑緩やかな意味においてさえ︑この﹁反証可能性﹂のテストを通過できるものの数は︑たかだか知れたも
のであろう︒
もちろんわれわれは︑ここで︑実証経済分析の意義を否定したり︑また︑ ﹁反証可能な﹂経済理論や財政理論の構
築への努力を︑柳かも過小評価したりするものではない︒だが︑財政学のように︑特別︑政治的要因や制度的側面︑
はたまた利害集団を始めとした社会的要因を︑本来︑不可分のものとして内包している研究対象について︑ ﹁反証可
能性﹂に不適合な要因をすべて排除していったときどうなるか︒ポリティカル・エコノミーの側面を欠落させたま
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ま︑有意味な結果を期待することができるのか︒ 84 むしろ︑経済分析の﹁科学性﹂への過度の思い込みにより︑本来の意味における﹁ポリティカル・エコノミー﹂の 1
側面が軽視されてはならない︒さらに加えれば︑たとえば︑ボールディング︵内・国評︼WO二一◎一口σq︶が︑﹃科学としての経
済学﹄︵bQ︶の中で提示した﹁政治科学としての経済学﹂︵b︒島9︒箕蔭︶のようなポリティカル・エコノミーの新たな構
築が︑実証理論の定式化と並んで不可欠であることを︑ここでは︑指摘しておきたいのである︒
その点では︑リンダール自らが︑その定式化において依拠したという︵δ二謡︶︑その師ヴィクセルの財政理論は︑
すぐれて財政の﹁ポリティカル・エコノミー﹂を展開したものにほかならなかった︒公共財に対する国民の選好表示
の問題を︑はじめて財政論に持ち込んだ彼は︑議会制民主主義の発展という社会の現実の中で︑常に実行可能性を念
頭において︑財政過程における決定方式を提示してみせたのである︒ シュンペーター︵匂・︸ωoげ⊆ヨ娼08層︶によりそ
の独創性を高く評価された︵一ω㊤軽①⁝ 同ゆO圃︶ヴィクセルの学位論文︑﹁財政理論研究﹂︵5︶は︑特に本稿の考察の地平
に繋がるブキャナン︵一.冒燭bd諸藩き碧︶らの個人主義財政論に理論構築の重要な原点を提供したといわれる︒同時に
また︑それとは別の角度から︑この研究が︑マスグレイヴ︵幻・︾・竃信ωoq同㊤︿O︶ら現代の著名な財政学者にも︑その理
論形成の上で大きな教訓を残したこと︵δ◎oもQ︶も指摘されねぽならない︒
ここでは︑財政のすぐれたポリティカル・エコノミーとしての︑ヴィクセルの﹁公正課税の新しい原則﹂ ︵Oげ臼
①ぎ口2$℃ユ嵩ぢ自Φ﹃σq臼Φo鐸Φ遅しd①ω8器歪pσq︶を克明に追いながら︑それが現代理論における公共財の選好顕示
理論の構築に提供した原点を確認しておくことにする︒
しばしば︑われおれは︑独創的な現代理論が︑その発想の手がかりを一冊の古典の中に求めていることを知ってい
財政決定における選好顕示理論の生成
る︒しかも︑その中にただ一片の︑未だ誰も気付かなかった︑未加工の原石を掘り上げ︑それを研磨することによっ
て見事にソフィス洗イケイトされた︑精緻な理論を構築してみせる卓抜な能力にしぼしば遭遇する︒ フリードマン
は︑かつて︑ ﹁仮説の構築は︑霊感︑直感︑発明のような創造的な事業である︒その本質は身近な資料のなかになん
らかの新しいものを洞察することである︒その過程は︑心理学的な範疇において議論されるべきことであって︑論理
学の範疇で議論されるべきことではなく︑自伝や伝記で研究されるべきことであって︑科学的方法に関する論文で研
究されるべきことではない︒またそれは︑行動原理や事例によって促進されるべきことであって︑三段論法もしくは
定理によって助長されることではないのである﹂︵o&⁝念︶と書いた︒
だから︑一つの卓越した現代理論が︑ある古典の中にその着想の原点をもつというとき︑それはその古典の全体像
などではなく︑単に一.片の章句である場合も少なくない︒したがって︑毒る理論が受けている特定の先人からの影響
は︑単なるその引用数やそのページ数のみで判定するこ乏はできないであろう︒
したがって︑ここでは︑ヴィクセルの課税理論についで︑直接∵その一﹁構造﹂や︑﹁本質﹂︵邑を解明しようと意図
しているのではない︒もちろんそのような研究の必要性と価値を︑㌧珈かたりとも過小評価するものではない︒だが︑
いま︑筆者にとっては︑ある理論構築の原点を探索するという作業が︑とりわけ興味を引くものであり︑ここでも︑
現代個人主義財政理論の原点を探る楽しい旅を続けたいと思う︒しかし︑この考察が︑過去の学説に対する懐古的興
味による︑審美的鑑賞を目的としたものでは決してないことも︑断っておかなければならない︒
1
186
二
ヴィクセルがその明晰な財政論の考察のなかで︑単一決定主体を暗黙のうちに想定した伝統的財政学の基礎前提を
退けて︑現実の議会制度における財政決定過程の手続きに照応した財政理論の構築を説いた背景には︑議会制民主主
義の方向を指向するという︑一九世紀のヨーロッパにおける政治社会の環境があった︒
比較的完成された形で︑普通選挙制が実現されるのは︑ずっと後の時期になるのだが︑少なくとも︑選挙権の配
分︑制限基準の緩和・撤廃が︑徐々に進捗していったのが︑一九世紀の後半であった︒イギリスでは︑一八三二年以
降︑たびたびの選挙法の改正によって︑次第に選挙権が拡大されてきたが︑これらは普通選挙権獲得のための労働運
動と密接に結びついたものであった︒さらにフランスでも︑二月革命による第二共和制のもとで普通選挙権が認めら
れていたし︑またこの時期アメリカでも︑選挙権に関する財産制限の撤廃が次第に拡大していた︒いずれにせよ︑こ
のような一連の運動は︑一九世紀における各国の政治史の重要な局面を形成してきたのであった︒
このような政治社会の新しい展開を可能ならしめた条件として︑ヴィクセルは次のような当時の社会動向を挙げて
いる︵軽罰目O︶︒ 一つは︑当時進展しつつあった国民教育の普及であり︑これが極貧層の政治生活への参加を可能に
したこと︑第二は︑新聞等の定期刊行物の急速な発達であり︑これがまた︑過去にその類例を見ない程に︑大衆の政
治問題に対する関心を強めることになった︒つまり︑普遍的な教育の普及と︑近代社会の情報伝達手段の発達が︑政
治の大衆化を推進したというわけである︒
財政決定における選好顕示理論の生成
ヴィクセルは︑一九世紀後半の諸国は︑必然的に平和的な諸関係を求め︑それを育成していこうとする状況を着実
に醸成しているものと見た︒亡の洞察が果たして正しかったかどうかは︑その後の歴史が説明するところであるが︑
一八八○年代の後半に英︑仏︑独︑填などに遊学した彼の眼には︑恐らく世界はそのように写ったのであろう︒その
理由として︑彼は︑この時期における︑諸国の国内的︑国際的な商工業ならびに学術上のめざましい発展を挙げた︒
つまり渦これらの発展は諸国民の持続的な平和を促進するはずだし︑また平和そのものの持続が︑産業や学術上の諸
関係が存立するための基本条件であると考えたからである︒そして︑これまで戦争や侵略と結びついてきた︑社会の
階級組織の古い構造は︑もはや新しい社会状況には整合ぜず︑不要のものとして後退すると予測したのである︒
一方では︑洗練された知性の士︑高潔な人格の人という賛辞を送られながら︵一一Woo①Qo ⁝ μ銘〜︶︑同時に他方では︑屈
折した︑ ﹁ほぼ精神分裂症に近い経済学者﹂︵ ⁝§︶とも評されたヴメクセルにしては︑かなりオプティミスティッ
クな時代診断ではあるが︑シュンベ﹁藩.ターも指摘するとおり︵お鱒︒㌫二8G・︶︑この一八七〇年から二〇世紀の始め
にかけての時期は︑ 一方においては漸増する富と比較的平和訟状態が不自由のない財政八8醤8暮岱一〇︐旨9︒ロ8︶を
可能にしていたという︑比較的明るい時代背景があったからであろう︒
それでは︑当時の︑このような政治経済社会の新しい展開の帰結とはいかなるものであったか︒ヴィクセルは︑こ
のような運動から生起してくるのは︑法的平等の要求であり︑可能な限り大きな自由であり︑さらに経済的繁栄と︑
すべての国民の平和的協力であると指摘する︒彼にとっては︑このような動向は︑何にも替え難く好ましいものであ
った︒だからこそ︑﹁この動きが︑平和に対して敵対的な︑後ろ暗い寡頭政治の圧制を排除して︑議会の偶発的な多
数決によって︑それに劣らず抑圧的な専制政治に取り替えるというだけなら︑それは運動の本来の目的ではなかった
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はずだし︑また当初から鼓舞してきた精神と矛盾するもの﹂であった︵δ二一一︶︒われわれは︑ここで︑改めて︑ヴ ーイクセルが議会の多数決という決定方式を無条件に信頼しているのではないこと︑寡頭政治に匹敵する圧制のよう
な︑悪しき結果をもたらす可能性すらあるという警告をしていることに︑細心の注意を払っておこう︒この警告こそ
が︑彼の議会政治における多数決方式の再吟味に連結していくからである︒
いずれにせよ︑ヴィクセルの時代には︑政治的には議会主義が一段と進捗し︑個人の自由︑つまり文明社会の﹁財
産﹂としての﹁移転の自由︑営業の自由︑宗教︑研究︑出版の自由﹂が保証されるような社会状況が展開されてきた
のであったが︑ここでヴィクセルの関心は︑人々が議会で集合的な決定をする場合に︑どうやって決めればよいのか
という問題の核心に移っていくのである︒
三
さて︑通常の立法の分野でわれわれが絶えず遭遇するのは︑相互に排斥し合う二つの選択対象があって︑第三の選
択肢が︑ほとんど問題にならないような状況であるという︒つまり︑これは︑ある社会行動の可否が問われるような
場合であって︑賛否の見解が二分されているようなとき︑明らかに解の可能性は二通りしかない︒すなわち﹁少数派
の意思は多数派に屈して︑彼らの意思に従うか︑さもなければ︑その逆かのどちらかである﹂︵6ニニ︶︒しかし︑
このようなケースは︑多くは︑直接人々の利害が相互に対立する領域に属するというよりも︑むしろ︑見解上の相違
に関するフィールドを形成するから↓多数派の意思にまりて結上が導出される方が︑一.般的には︑害悪が小さいだろ
財政決定における選好顕示理論の生成
うとヴィクセルは考えた︒ ﹁したがって︑この領域では︑単純多数決による議決︵巳︒切︒ω9巳島貯ωの§σqα震︒ゴ
︒ぎ富6ず︒竃巴︒鼻9︶が︑ルールでなければならないように思われる﹂︵6闘=肖︶︒
しかし︑単純多数決の方法は︑理想的な結果の導出を保証する方式では決してない︒それは︑︑ミル︵︸●ω.客一一﹁︶
が︑﹁代議政体論﹂︵O︶において︑はじめて議会政治の問題として提示した﹁多数の暴政﹂︵昌鑓ロ団ohヨεoユ蔓︶に
繋がる危険性をはらんでいる︒だから︑﹁事実︑最も進歩した諸国でも︑時として︑特に重要な問題の決定について
は︑たとえば︑条件付き多数決の要求︑議会の二つの組織に相互の拒否権を認めること︑あるいは行政部に拒否権を
認めるといった︑単純多数決の弊害に対する特別の予防措置がとられてきた︒けれども︑ヴィクセルによれば︑これ
らの措置は明らかに少数派の利益を保護するためのものなどではなく︑いってみれば︑各方面からの要請に応えて︑
政治生活︵ω齢鑓琶量この安定性を採証するためのものにほかならなかったのである︒
確かに︑単純多数決ルールの採用とそれがもたらす弊害の予防策の導入は︑︑.一つのディレンマにほがならなかっ
た︒ところが︑ヴィクセルによれば︑ ﹁租税立法ならびに租税承認の分野窓はや上述のデ擁レンマ・は内ほとんどの場
合全く存在しなかった﹂︒しかるに︑﹁奇妙なことに︑憲法や財政学の教師の誰4人どして由.−この重要な違いに一言す
ら言及してこなかった﹂︵嶺二§︶のであった︒この違いは︑財政学者の理論上共通する立場に起因するものである
という︒つまり︑そもそも公共支出の決定は︑﹁差し当たり︑費用充当の手段を度外視するならば﹂︑﹁社会全体にと
って有益な活動を目指すものである﹂ということ︑だから︑ ﹁さらに加えて︑経費そのものは︑すべての階級にとっ
て例外無く承認される﹂という想定に基づいていることボ要求されるという︒
ヴィクセルは︑ここでは︑純粋公共財に類するものを取り上げているのだが︑社会全体のうちで︑大きな部分にし
189
ろ小さな部分にしろ︑ ﹁立案された国家活動に無関心であるか︑あるいはそれどころか︑それに敵対しているような
場合には﹂︑これらは︑もはや︑﹁言葉の真の意味における集合的欲求には算入し得ない﹂ものであって︑仮に︑この
ような国家活動が許容されるとしても︑これらは﹁差し当たっては︑私的イニシャティヴに委ね﹂られるべきものな
のであった︒ ﹁というのは︑もし誰かが︑自分の大切な利益を助長しないばかりか︑恐らく︑それに真っ向から反す
るような方策の費用を賄うのに動員されるならぽ︑それは誰の目からみても不公正なものと写るのだから﹂︵δ毒忌︶︒
このようにヴィクセルは︑社会全体に便益をもたらす公共財の供給は︑その給付費用の配分の問題を考慮にいれな
い限りでは︑社会のすべての構成員に承認されるだろうというところから出発する︒だが︑このとき︑費用の負担配
分というもう一つの側面が導入されたときにどうなるか︒実は︑ヴィクセル財政論の独創性の一つは︑財政決定のこ
の地平にその慧眼を定めたことにある︒
この二つの側面への架橋は︑当然︑当該国家活動から予想される便益と︑そのために負担する費用の比較吟味を要
求する︒だが︑ある特定の公共財の供給を決定するとき︑国民の各層が︑それぞれの予想便益︑費用負担の妥当性を
評価するという問題は︑一意的に定義できるようなものでは決してない︒その判断は︑彼らの資産状態︑それに関連し
た私的欲求の強度の差異︑当該集合的欲求に対する選好の違い等によって当然異なってくる︒したがって︑このとき︑
この判断に大きく影響を与えるはずの︑﹁費用の配分についての提案﹂︵巳︒げ8げω一畠昏々︒<臼8一一旨oqαo﹁国︒ω8昌︶
こそが︑ヴィクセルが最も重視すべき要因にほかならなかった︒
では︑すべての支出提案に対して︑ある既定の租税負担方式を︑唯一の適正な負担ルールとして対応させるなら︑
結果はどうなるか︒ある別の﹂租税負担方式と対応させたなら︑容易に決定に至るまうな支出提案が︑単純多数決すら
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財政決定における選好頭示理論の生成
獲得できないという事態が出来し得るだろう︒こう予測したヴィクセルは︑このような財政決定方式の中には︑紛れ
もなく︑人々のある集団の利益を隔着したり︑あるいはこれを無視したりする行為が殆ど常に含まれていると確信す
るのである︵δ鱒=ω︶︒
この問題は︑実は財政民主主義の発展過程では︑無視することのできない重要なテーマを形成するはずなのだが︑
この要点には︑ヴィクセルの﹁知る限りでは︑これまで租税理論家の側から︑一度も適切な注目を払われることはな
かった﹂︵5二お︶︒つまり︑伝統的租税理論の中では︑このような固定的な︑既定の租税分配方式︑そしてまた︑支
出承認とは切り離された租税分配が︑財政決定に導入される必然性が何処にあるのかについては︑理論的︑実際的観
点を問わず︑全く呈示されてこなかったことをヴィクセルは鋭く衝いたのである︒
だが︑実際には︑立案された支出を賄うために︑その費用を各階層に配分する仕方は︑もちろん選択的な多数の方
法があるはずである︒だから︑ ﹁当該支出が︑.︑総移で費用を上回る効用を約束するものである限り︑ドそれはすべての
政党に︑紛れもなく有利なものとして現れるに違いない響そしでそめ限りでFは︑.全員同意ですら可決され得るよう
な︑そんな費用の配分を取り決めることが︑ここでは︑理論上︑そしてまたほぼ実際上も常に可能なのである﹂◎﹃
お︶︒このように確信するヴィクセルにとっては︑かかる費用配分の取り決めが達成できないような国家活動は︑そ
れに要する費用に見合うだけの効用を保証しないことになり︑当該支出提案は容認できないものとして拒否されるこ
とになる︒
このような財政上の決定方式が︑公正の観点から果たして最善のものであるかどうかは︑ヴィクセルもまた︑差し
当たり︑未確定のままであるという︒ ﹁完全競争が有効な資源配分を達成すると証明するものはどれも︑所得配分の
191
当否を教えてくれはしない︑ということを十分に悟っていた最初の経済学者だった﹂︵一⁝bコΦQo︶ヴィクセルにとって
は︑公正な結果を定義することは困難な作業であった︒計数的な表現が困難な﹁便益﹂についていうなら︑﹁結局は︑
各々はわが身だけを弁護することができる﹂のだから︑たとえぽ︑ ﹁甲がたまたま乙よりもいくらか大きな利益を手
に入れているかどうかは︑すべてのものが利益を得ておりさえずれば︑したがって︑このような基本的な観点から
は︑誰も︑欺隔により損失を被っているとは見なし得ないなら︑比較的平首なことだろう﹂︵岡㎝ 目HQ◎1心︶︒
ヴィクセルのこの推論の中に︑われわれは︑後のパレート最適に関連する概念が︑すでに含まれているのを認める
ことができる︒ここには︑パレート的改善の経路が明確に描かれている︒このフィールドは︑いわゆる社会的な合意
領域であるから︑以前の厚生状態よりも︑現在の厚生状態の方が社会的に好ましいものとして︑社会的合意が達成さ
れると考えられているからである︒ヴィクセルはパレートの社会的最適の謙虚な定義さえも︑﹁競争価格解をもたらす
通常の所得分配に依存せざるを得ないことを⁝⁝強調した︑事実上唯一人の注目すべき経済学者であった﹂︵困⁝bQ㊤Qo︶︒
パレートがこの概念を定式化したのは︑彼の﹃一般社会学概論﹄ ︵寄§ミ︒ミ8らミ轟ミ晦§恥§童日OH①︶であった
が︑使用言語はほとんどラテン系の言語でドイツ語は読めなかったという︵ミbo目︶パレートが︑ヴィクセルから直接
影響を受けているとは考えられない︒しかし︑パレート経済学はまさにワルラス流といわれるが︵一ωQo①O⁝一Qo一国︶︑そ
のワルラスには︑ヴィクセルが多くの刺激を与えている︵四脚bっO◎o︶︒だが︑この同時代の二人の経済学者の研究上の交
流は認められない︒
いずれにせよ︑ヴィクセルにとっては︑﹁決定の全員同意ならびに完全な自発性︵匹一Φ国ぎω謡昌巳oq閃Φ犀二月磨く巳①
宰虫二二αq閃①搾α興bdΦωo匡熔ε︒o︶は︑結局︑租税配分の不公正に対する︑唯一の確実にして明白な保証なのであって﹂
192
︵δ二一軽︶このような準則が︑少なくとも近似的にでも実現されない限り︑﹁課税の公正に関する議論全体は︑事実︑
空中に漂うことになる﹂のである︒
この︑財政決定についての全員同意︑ならびに自発性の原則に︑実は︑ヴィクセルの財政に関する基本的な態度が
凝集されているといえるのではないか︒ヴィクセルにとって︑財政は︑社会のさまざまな階級︵集団︶の利害とは関
係のない︑信頼に足る﹁政府の理性﹂によって決定され︑運営されていくものなどでは決してないのである︒特に議
会制民主主義の進展しつつある社会では︑社会の諸々の階層を代表する議会の中で︑それぞれの選好が交差しなが
ら︑決定が導出されるからである︒
四 財政次定におげる選好顕示理論の生成
もちろん︑ヴィクセルは︑人々が純粋に利己的な動機のみに支配されて行動すると考えているのでは決してない︒
だが︑人々の行動は︑利他的動機にも支配されており︑政党や国民階層も︑しばしば公共的連帯心や隣人愛等に支え
られて︑自分の直接的な利益には連結しない︑あるいは︑自分の利益を上回るような支出をすべき分野があることを
認めながらも︑ヴィクセルには︑このことと︑その費用参加に強制されることとは﹁全く別の問題﹂なのであった︒
彼にとって︑﹁強制はそれ自体一つの害悪﹂にほかならないのであり︑﹁強制の行使﹂が正当化され得るのは︑まさし
く︑紛れもない必然性が存在する場合のみである︒ 93 一 ヴィクセルは財政過程における強制性の問題に︑殊の外強い関心を寄せたのであった︒集合性というフィールドの
中では︑強制性の要因は︑基本的には避け得ないものであれば︑それがもたらす弊害を回避するためにはどうする 94か︒これがヴィクセルの重要な課題であった︒彼が︑租税承認の自発性の原則を提示せざるを得なかったのも︑まさ 一
しくこの観点からにほかならなかった︒
現実に︑社会生活にとって大いに有益な国家活動が︑強硬な反対に合い採択されない理由は︑一つには費用負担に
関する不信︑あるいは不満があるためであるという︒だから︑ ﹁各々が︑自ら︑そしてその同志が議会の代表を通じ
て賛同したよりも︑より大きな費用を負担させられることは決してないことを意識する途端に﹂︵一〇二δ︶︑憤灌やる
方なき反対の大部分は直ちに消失すると推測するヴィクセルは︑ここで彼の定式化の重要な局面に到達する︒
ヴィクセルが﹁租税承認の自発性と全員同意の原則﹂ ︵審ω℃﹃貯N首に①﹁閃﹁色乱一一凶oq腎①騨§鳥固房鶴ヨ巳σq閃︒搾亀︒﹁
ω8器﹁冨≦三貫⊆轟︶と呼ぼうとした原則を︑実際に実行するためには︑どのような条件が要求されるのか︒このと
き︑とりわけ必要なのは︑ ﹁たとえその資金を︑新しい租税によって調達するにしても︑あるいは︑たとえば何か既
存のある租税の期待される増収に割り当てるにしても︑いかなる支出も︑それを賄う資金について︑同時的に決定を
下すことなしには︑決して投票されてはならない﹂︵6二騙︶ということであった︒
この原則は︑後に︑ブキャナンが民主主義過程の財政理論の独自の定式化を提示したとき︑ ﹁財政決定過程におけ
る租税と支出の間の架橋﹂︵円ゴobd二鳥σq①切①箸8昌円①×鋤昌島国×窟民諄ξ①白岩①霊の︒巴∪8互8勺﹁08︒︒ω︶︵︒︒︒︒︒︒−
Oごりα山8︶を展開する︑重要な出発点を提供したのであった︒伝統的財政論における︑租税と支出の間にあるべき
架橋の欠落は︑個人的な選択という要因が入ってくるときには︑ぜひとも埋められなければならないギャップであっ
たかちである︒
財政決定における選好顕示理論の生成
しかし︑本来︑支出の承認という側面とそれを賄うための費用の調達方法という側面は︑密接に繋がっているので
あり︑この﹁論理的関係﹂が︑現実の財政過程において︑支出と費用調達という予算上の二つの側面の関連づけを不
可避にさせてきたことも事実である︒大きな財政改革が立案されるとき︑近い将来について︑継続的に採用されるべ
き租税計画がしばしぼ起草されるのであるが︑このとき︑ ﹁評判がもう一つ疑わしいような新しい支出に直面して︑
政府ならびに議会の側で︑人々の心情を宥和するために︑特にある租税負担力︑たとえば︑富裕階級の肩に掛かるこ
とになる等の税引によって費用を賄おうとする︑多かれ少なかれ︑厳粛な約束が発表される﹂︵嵩=①︶のである︒
ところが︑問題なのは︑ ﹁このような方策は︑不幸にして憲法上の拘束力をもたない︒財政計画は︑必ずしも後で
それに従う必要はない︒約束が守られるのは︑恐らく︑一般的注意が他の対象に向かうまでのこと﹂であり︑その後
は︑﹁気付かれないように︑再び古い道がとられるのである﹂︵δ二朱︶︒財政過程におげるこのような︑ 一種の﹁フ
ィスカル.イリュージョン﹂を利用する術策は︑古くから財政運営上の常套手段であったから・ヴィクセルは・どの
国の政治史の中でもこのことは具体的に例証できるはずだし︑スウェーデンの財政制度を考察した︑﹃財政理論研究﹄
の第三部でも︑その実例には決して事欠かないという︒
ところが︑ヴィクセルの原則が要求するように︑ ﹁特定の公共支出を承認する場合の必要条件として︑問題の費用
の配分が議決されなければならないとすれ憾︑いうまでもなく︑事態は全く異なったものになる﹂︒しかもヴィクセ
ルにとっては︑この原則が明示的に導入されたシステム︵○凌三口晦︶に︑ ﹁克服し難い実践上の困難が︑行く手に立
ち塞がっているなどと主張することは困難﹂なのだ︵δ韓一一①︶と︑確信をもってその実行可能性を説くのである︒
さて︑いま︑立目心証決定の相対的全員同意︵巳Φ﹃9四旨くΦ昌国ぎω薄日aσq犀Φどというルールのもとで︑この原則を実
工95
修正動議
A
修正動議
A
案
環 ・
主
投票
h i十k
f
9c十d
e
b
租税の種類(単一の三種またはその組合わせ)
a
行ずることにしよう︒この場合︑厳密には︑絶対的全員同意の原則
によるのが理想であろうが︑このルールは︑ただ一票の反対投票で
決定に至らないという状況を常にもたらすため︑現実的な実践過程
では断念せざるを得ないとヴィクセルも考える︒まず︑単純なケ
ースについてヴィクセルが呈示するのは次のようなものであった
︵6二H①1刈︶︒
いま政府あるいは議会における特定の一党が︑ある新規の国家活
動︑または既存の活動の拡大を提案するとき︑当該動議は︑憲法に
基づいて︑費用の配分に関する一つまたは複数の選択的提案と組み
合わされる︒このとき︑議会におけるその他の党派は︑場合によっ
ては︑支出水準そのものに関する主要法案︑ならびにこれと組み合
わされる費用調達の好ましい方法の双方について︑彼らの修正案を
提出する︒これらの提案は︑一部は組み合わされたり︑また一部は
相互に排除し合う提案として︑たとえぽ︑次のような図式に従って
採決されることになる︒
投票が実施されたとき︑ある組み合わせ︵たとえぽ︑図に示され
ているような︑−主要議案Aと租税eの組み合わせ︑あるいは修正動
196
財政決定における選好顕示理論の生成 難と租税凶凄との組み合わせ︶が必要な条件付きの多数︑たとえぽ︑投票数の四分の三︑六分の五︑.あるいは場
合によっては十分の九の賛成を確保することができれば︑それが勝利を得ることになる︒複数の組み合わせが︑条件
付きの多数を獲得した場合は︑たとえば投票の相対的多数のような方法で決定することができよう︒どの組み合わせ
も必要な多数票を得られないなら︑今回の動議はすべて潰れたことになる︒
もし︑図式のような提案が現実の予算の議決過程で採用されるならば︑投票の技術的なプロセスはかなり冗長なも
のになるが︑それを回避するために︑慣行のものよりもずっと弾力的な投票方法が必要なことをヴィクセル自身も認
めている︒
いずれにせよ︑財政決定における︑支出サイドと費用負担のサイドを結び付けるという︑伝統的財政論に欠落して
いた架橋を復元しまのという提言は︑ヴィクセルの財政理論の核心の部分を構成するものである︒もちろん︑この方
式が︑今日の予算上の原則や制度とそのまま整合するものでは決してな.い︒しかし︑われわれが︑言葉の真め意味に
おける民主主義という地平で財政決定の問題を定式化しようとするとき︑彼が提示してみせたものは︑公共財の選好
顕示の定式化にとって間違いなく重要な理論構築上の量妻な原点を構成し窯勧みといえよう︒
五
さまざまな財政支出の中で︑特定の支出項目が議会の採決の対象とはならない場合︑
って生じた支出として︑議会が否決することができないときはどうなるか︒ つまり︑過去の国の債務によ 柳
この種の支出は︑新たに効用を創出するものではなく︑過去の債務処理のための義務的支出であるため︑ここでは
課税を便益と負担の対応というレベルで論じることはできないだろう︒つまり︑ ﹁議決は常に肯定的結果を伴わなけ
れぽならないから﹂︑この種の支出を賄うためにどのような調達方式をとるかについて投票することになれば︑﹁議決
は︑恐らく︑単純多数決に従ったものになるほかはあり得ない﹂のだが︑このとき︑ ﹁当該負担の配分における多数
決は︑公正ならびに公平感︵Oo旨三①コα①﹁O①お︒ゴ岱ぬ閃⑦罫¢コbd≡凶σq閃①謬︶によって導かれることが望ましい﹂︵5
=︒︒︶ことに変わりはない︒しかし︑このケースでは︑負担配分について一般論としての︑より詳細な言明はできない
というのがヴィクセルの見解であった︒
それでは︑議会の採決の対象とはならない支出とはどのようなものか︒まず想起されるのが︑公債の元利償還金で
あろう︒国家は︑契約上の取り決めとして︑債権所有者の権利を保護しなければならない︒だから︑債務の履行やそ
の範囲について提議ができるのは︑ ﹁現存の所有権への直接的な介入が︑どうしても不可欠であるような事態﹂にな
ったときに限られるわけである︒社会のある特定の階層︑ある特定の地域等に明白に帰属する特定の利益と︑国債の
発行によって賄われた特定の国家活動との関係が︑明確に確認できるような場合は例外であるが︑一般的には︑公債
の元利償還に関する負担配分については︑利益原則の適用が困難であることを認めながらも︑ヴィクセルは︑ ﹁立案
された支出の費用調達のための選択的手段︑つまり︑公債か︵直接︶税かが決定されるならぽ︑そして︑公債の場合
には公債利子の将来の調達方法が指定されるならば︑利益原則がますます厳密に遵守されるべきであろう﹂︵一㎝二一〇︶
と︑あくまで公債発行時における利子負担の指定に固執するのである︒
このことは︑ヴィク曳ル自身の︑﹁国家の起債ほ︑⁝⁝それ自体ほとんど常に︑所有階級の経済的利益を仕舞い込
198
財政決定における選好顕示理論の生成
むものであるから︑ここでは実際に︑非所有階級の保護のために︑特別の予防措置がますます必要になろう﹂という
言説とともに︑彼が根底的には︑非所有階級の利益︑少数派の利益にとりわけ関心をもっていたということと︑決し
て無関係ではないだろう︒
さて︑その他の公共経費もまた︑通常は法的義務あるいは道徳的義務の要素を含んでいるのだが︑ヴィクセルの眼
には︑一般的にいって︑これらの義務は︑ ﹁日常説明されているよりも遥かに絶対的なものではないし︑またずっと
︸時的な意味しかも・っていない﹂ものと写るのである︒たとえば︑ある特定の国家活動が時代的役割を終えて︑廃止
さ.れるのが最も望ましいような場合︑もしここで問題があるとすれば︑この活動に関与していた公務員への相応の補
償だけだろうという9国家の﹁使命﹂︵7﹁一差一〇ロ︶とか︑ ﹁後の世代﹂︵含蓄竃①一一︶とかに対する︑国家の純粋に理想
的な﹁義務辱︵<06一隊めげゆ⊆昌αqO昌︶はここでは無視することができると彼は考える︒つまり︑﹁もし︑国民全体に︑こ
のような任務に対して関心を持たせることに成功しないなち西そのよ吻な義務の履行ほ3常弔うまくいっていみいめ
だ﹂︵δ=o︶から︒ヴィクセルは︑強い熱意をも0受︑続けて説幡て叢るし︒㌦﹁騙係の国家給村を特に願っているよう
な国民階層は︑課税の分野でもまた︑彼らの信条を行為で示してもちいたいゆそうでなければ︑彼らの企ての無私公
平性は︑常に疑わしいものになろう﹂と︒
このヴィクセルの言葉こそ︑利害対立が表層化し︑ますます激しく交錯する現代の財政過程に対しても︑これ以上
ない︑まさに正鵠を得た警句ではないか︒財政は︑まさしく﹁理性が支配する﹂禁欲的な行動領域などでは断じてな
いという︑伝統理論には見られない認識が︑この言説の背後には横たわっているのだ︒
このように見てくると︑憲法に明示さるべき少数の支出項目は例外として︑ヴィクセルにとっては︑国家支出の残
199
りのすべてのものは︑ ﹁租税承認の相対的全員同意の原則﹂を適用することが可能なものであった︒ヴィクセルは︑ ooここで︑﹁課税の公正が︑財政理論家の論文や著作とは別のところがら見つけ出されるべきならば﹂︑ほとんどの支出 2
はこの原則に従って処理されなければならないと︑伝統的財政理論の公正原則の不毛性に触れながら︑租税承認の原
則の正当性を訴えるのである︒
承認されるべき新規の支出と︑それを補うために新たに調達すべき租税という形で︑財政決定が進行する場合は︑
このような﹁原則﹂を適用していくのに大きな困難はないが︑これが︑既存の支出と租税収入の削減という選択だっ
たらどうなるか︒現実の予算制度では︑統一性の原則のもとに多数の基金別予算は回避されて︑個々の支出項目と収
入項目との問の対応関係は断たれているために︑ある支出を廃止した場合︑どの租税を廃止すべきかの決定は︑困難
な作業にならざるを得ない︒
このようなケースに対して︑ヴィクセルは︑次のような一つの単純な解決法を呈示している︵崩二巴︒O︶︒まず︑一定
の収入カテゴリーに対して︑各個別的支出ないしは支出グループを指定することによって︑歳入予算と歳出予算の暫
定的な区分を︑単純多数決による議決によって試みる︒この指定区分ができたとき︑以後︑議会の︑たとえば︑構成
メンバ:総数の十分の一︑六分の一︑あるいは四分置一といった一定部分に︑任意の各租税グループの拒否︑あるい
はそれらの金額の削減を要求する権利が認められてよい︒したがって︑その租税に費用の調達が指定されている国家
活動は︑全面的にかあるいは部分的に廃止を通告することができるわけである︒この場合はもちろん︑適正な廃止通
告期間が憲法に明示されなければならない︒このとき︑反対する政党をも説得し得るような当該租税の別の負担配分
を取り決めるかどうか︑あるいは当該国家活動が廃止されるかどうか︑さらにまた︑その縮小提案を受け入れるかど
財政決定における選好顕示理論の生成
うかは︑議会の他の構成員の選択によることになる︒
ある租税方式を別の租税方式に置き換えるような単純な租税改正には︑上述の範囲の多数決があれぽ︑提案は容易
に決定に至るであろう︒だが︑ ﹁税制改正は︑単純多数決でもって実施され得るものであってはならない︒そうでな
ければ︑少数派の利益が︑最悪の方法でまたもや侵害されることになるからである﹂︵峯一b︒O︶とここでもヴィクセ
ルは少数派の利益に細心の配慮を忘れないのである︒他方︑少数派︑多数派にかかわらず︑ある党派が︑特定の租税
について過重な負担をしていることに気付くならば︑彼らはもっと正当な負担配分を求めて︑その租税を拒否し︑そ
れに対応している既定の公共サービスの廃止を通告することになるかも知れないが︑現実にそうなれば︑この公共サ
ービスは廃止されて︑﹁問題の集合的欲求が︑民間活動の領域に委ねられねぽならないという危険を冒すことになる﹂
︵昂二b︒目︶という指摘も忘れてはいない︒
もっとも︑支出額が固定されている公債利子のような義務的な支出に.ついては例外であって︑これらの支出は中止
することはできないから︑これらを賄うための租税を︑少数派の側で拒否することは︑なおさらのこと考えられな
い︒しかし︑既定のものであれ︑後に合意されたものであれ︑少数派の意思に反して︑これらの支出を賄うための調
達方式が変更されるようなことがあってはならないのだ︒ ﹁場合によっては提案されることになる租税の変更︵Φぎ①
ω8ロ︒蒔︒ヨ詔旨鉾凶8︶は︑したがって︑ここでもまた︑条件付き多数決︵ρ§ま三①二①竃εo昏似件g︶の助けを借り
てはじめて実施することができるだろう﹂︵一㎝這一︶︒ここでもヴィクセルは︑少数派の利益が抑圧されるような決定
ルールの採用は︑あくまで拒否しなければならないのである︒
201
202
山
ノ\
ヴィクセルが︑予算の支出と収入の二つのサイドに架橋を試みることの必要性を説き︑財政決定に関するル:ルに
ついて描いたシェーマは︑伝統的な財政理論の側からみれぽ︑確かに異様に写るものであったろう︒だが︑それにも
かかわらず︑ ﹁それは︑公正な租税配分ならびに具体的な租税額の適正な水準という二重の問題を︑最終的に解決す
る唯一のもの﹂︵笛韓Hトっ一︶と︑ヴィクセルは確信をもって断言するのである︒
もちろんここで描いてみせたシステムが︑租税配分の問題に対して理想的な完全解を提示し得るものでないことを
認めた上で︑ヴィクセルは︑それがこのような解に至る過程での障害になったりはしないこと︑そして︑少数派の租
税拒否権︵盆ωω8器署Φ暑Φ即興=轟ωお︒算ユ霞上阪︒葺讐Φ昌︶によって敷かれた限界内で︑コ般的には︑租税配分
のさまざまな計画が︑なお広い活動の余地を見いだすであろうしし︑何かある計画が﹁公正﹂とか﹁簡素﹂といった
基準によって︑﹁それが納税老あるいはその代表者の︑相対的全員同意を享受することになる限り﹂︑選ばれるだろう
ということに力点を置いている︒つまり︑ヴィクセルは︑このシステムの概念上の完全解について︑その到達への厳
密な経路を︑抽象的な理論レベルで定式化することよりも︑むしろ︑日常の地平で︑たとえ近似的であっても理想に
接近し得る︑すぐれて現実的な道筋を求めたのであった︒かくて︑この決定ルールについて︑ヴィクセルは︑自ら確
信をもって︑ ﹁これが︑そしてこれのみが︑結局は︑意図された目的が︑実際にも達成されることになる︑明白な︑
直裁の︑しかし信頼に足る保証⁝⁝さまざまな租税理論が決して成し遂げなかったもの⁝⁝を形成するのである﹂
財政決定における選好顕示理論の生成
︵5二卜︒一︶と明言したのである︒
ここでヴィクセルが提示したシステムは︑上下を問わず︑政治的に無防備な階層の利益を保護する傾向があるとい
う︒たとえ名目的な普通選挙権や平等選挙権が実現されていても︑国民の下層階層がその数に照応した議会のメンバ
ーを有することなどは︑当時としてはほとんど何処にもなかったのであるが︑特にそのような政治的状況では︑彼の
シェーマは︑恐らく﹁非所有の人々を租税の過重負担から保護するのに︑とりわけ役立つであろうし︑それ故に︑事
実︑少数に対して多数を防御することを意味する﹂︵δ二b︒卜︒︶という︒
このように︑ヴィクセルの﹁租税承認と相対的多数決のルール﹂の背後にも︑明らかに︑国民の下層︑あるいは非
所有階層の利益への配慮が横たわっていることが認められる︒社会の弱者に対する彼のこのような態度は︑次のよう
な事情と無関係では決してなかったのであろう︒一八九〇年代のスウェ.iデンでは︑婦人の選挙権は認められなかっ
たばかりでなく︑都市労働者︑小作人︑農業労働者︑その他選挙権に付された︑かなり高い財産資格をもたない人た
ちにも許されていなかった︒ヴィクセルは選挙権についてのすべての財産制限の撤廃を主張し︑さらに︑一定最低年
齢以上の︑社会のすべてのメンバーにそれを拡張することを主張した︵=二呂一Φ︶のであった︒しかし︑彼はそこに
留まるのでは決してない︒つまり︑ ﹁状況は変わり得るもの﹂だからである︒国民の下層階級が最終的に︑﹁立法権﹂
や﹁租税承認権﹂を獲得するようになったとき︑社会が直面しなけれぽならない﹁危険性﹂についても彼は指摘して
いる︒ すなわち︑ ﹁下層階級は︑これまで権力を手にしてきた階級と同様に︑没自利的に行動するなどということはない 03 2だろう︒言い換えれば︑彼らは︑租税の大部分を所有階級に負わせ︑そして恐らく︑同時に︑今後は彼ら自身は︑そ
の費用の支払にほんの僅かだけを貢献するような支出の承認で︑大変投げやりで浪費的に振る舞う結果︑国の可動資
本はやがて無益に浪費され︑そのために進歩の原動力は破壊されてしまうという危険性である﹂︵H㎝這卜Q︶︒そして︑
この危険性は﹁気軽に否定されたり︑あるいは拒絶さるべきものではない﹂のである︒特に︑ヴィクセル自身をも含
めて︑次第に進歩していく民主主義の発展それ自体に大きな価値を見いだし︑あらゆる疑念にもかかわらず︑全力で
その発展の助長を求める人々は︑ことさらにこのような危険性を軽視してはならないという︒
このような主張の中に︑われわれはヴィクセルが当時の労働運動に深い理解を示す単なる思想家に留まっているの
ではなく︑本格的な経済学者としての本領を見いだすのである︒いずれにせよ︑このようなシステムの﹁乱用﹂に対
する﹁疑いもなく最善の︑まさしく︑唯一確実な保証が︑全員同意の原則と租税承認の自発性の原則の中に横たわっ
ている﹂︵嶺二卜︒b︒︶のであった︒
だから︑民主主義の要求が高まってくる過程で︑暗い予想をしながらも︑渋々それに屈服している人々は︑むしろ
この原則を租税立法の中で成立させるように大いに努めるべきである︒﹁新しい支配者たち︵象︒昌Φロ︒昌野臥9爵9︒げ臼︶
は︑憲法ですでに具体的に規定されているのでない限り︑あの自制︵ω①ぎωけ︒ぎω︒訂9︐昌ざ昌σq︶を自発的に︑自らに課
すだろうというようなことは︑ほとんど期待できない﹂︵一q μbobo一ω︶からである︒ヴィクセルは︑この原則の確立に
は時間的余裕のないことを警告する︒つまり世界至るところで︑政治的憂事所有の重点が︑絶えず下方へ移動する傾
向があることから︑政治的バランスが回転する日も近い︒しかもこれは︑偶発的なものではなく︑決して阻止できな
い動向なのだからと︒
われわれは︑このヴィクセルの当時の政治的動向の予測に対しては︑特別の関心をもってはいない︒むしろ︑何に
204
財政決定における選好顕示理論の生成
もまして︑彼の言説の中で遭遇した重要な指摘を看過してはならないだろう︒それは︑政策策定に関する行動の﹁憲
法上の制限﹂に関するヴィクセルの発言である︒実は︑個人主義財政論の現代理論︑あるいは︑公共選択論の中で見
られる︑財政運営上に関する憲法的制限の理論定式化︑ゲームのルールとしての財政制度に関する理論構築等の試み
は︑ヴィクセルのこの警句にその源泉を持つと考えられるからである︒ハイエクのケインズ主義に対する﹁理性の乱
用﹂といったすぐれて適切な批判︑あるいは﹁政策過程の理性﹂の憲法上のコントロールという︑現代の財政政策過
程の最大の課題も︑根底的には︑ヴィクセルが最初に鍬を入れた︑しかもその後財政学者の誰もが︑半世紀以上にも
わたって看過してきた土壌のものだったのである︒
さて︑ここで提議された着想が︑何時か承認されるなら︑それは結局は比例代表選挙制に繋がっていくだろうとヴ
ィクセルは予測する︒彼は︑さまざまな方向で公共生活の健全化を目指した選挙制度改革を提案した︑ ﹁明敏な精神
の持ち主﹂ミルの功績︵り︶に︑高い賛辞を惜しまない︒だが︑議会の内部で一般的な権限事項を︑すべて単純多数決
によって決定する限りでは︑決定過程ではほとんど無力な個々の弱小政党にとっては︑彼らが︑ ﹁多かれ少なかれ︑
同じ意見を持つ構成員によって代表されているかどうかは︑比較的項末のことであろう﹂︵一〇二b︒ω︶︒︑・・ルが力点を置
いた︑国民の多数の支持者を結集し得る見解は︑議会においても擁護され得るという状況は︑たしかに重要ではある
が︑政治的な議論が主として議会の建物の外で行われているような時代では︑その利点は結局のところ︑ある程度相
対的なものになるとヴィクセルは考えたのである︒
ところが︑租税立法の分野において︑自らに帰属する効用を上回るような負担を要求する︑すべての公共支出に対
する拒否権を少数派が持っているときは︑事情は一変する︒このとき︑ ﹁誰もが︑議会では︑自分達の見解に与する
205
が故に投票した人によって代表されるべきであり︑重要な問題について︑その見解が自分自身のものとは恐らく真っ
向から違背し︑故に投票日には反対票を投じたような人によって代表さるべきではないという︑それ自体全く当然の
要求が︑正しく理解できるものとなり︑完全に認知されることになるだろう﹂︵H窃這心︶︒当時さまざまな言語で比例
代表選挙制についての提案がでてきていたが︑ヴィクセルは︑これらの提案は扱措いて︑彼が提示した方式は︑確信
を持って︑満足のいく解決が可能であると断言するのである︒しかし︑各方面からの提案が求めている﹁システム
は︑先に議論された︑租税承認の相対的全員同意の原則に完全に一致する﹂ものであり︑ ﹁これら二つの方策は︑⁝
⁝個人的自由の価値を認識することと︑その最大の行使という共通の基本的見解の上に立っているのだ﹂︵5二b︒心︶
と彼がここで描いて見せたシェーマが︑当時の自由と平等を求める社会の︑大きなうねりと密接な関係があったこと
を示唆している︒
206
われわれは︑ヴィクセルの﹁租税承認の全員同意と自発性の原則﹂の考察を通じて︑現代の精緻な﹁公共財の理
論﹂や﹁個人主義現代財政論﹂が︑そこから掬い上げた教訓を︑理論構築上の発想や枠組として︑見事に加工してい
った経路を指摘することができる︒たとえぽ︑﹁国家の課税権の憲法上の制限﹂といった現代理論の定式化の着想も︑
一見したところでは無関係な︑ヴィクセルの言説の中に埋もれていた一片の原石に過ぎなかった︒さらにまた︑予算
における支出サイドと収入サイドの架橋という理論作業は︑直接的にはリンダール・モデルを経て︑ ﹁公共財の選好
顕示理論﹂の現代理論の重要な枠組を提供したのであった︒
集団が意思決定に到達するルールとしての︑ヴィクセルの全員同意の原則は︑パレートの最適性に関連した概念で
財政決定における選好顕示理論の生成
あった︒ブキャナンは︑ ﹁パレート最適性は政治的選択の用語にひきなおせば︑ヴィクセルの全員同意となる﹂とい
う︵心二こ口①o︶︒この定義はやや厳密性に欠けるが︑いずれにせよ︑ヴィクセルの﹁原則﹂の説明には︑紛れもな
く︑パレート最適の概念が含まれている︒だが︑ ﹁ヴィクセルとパレートはほぼ同時代の人であったが︑お互いに独
立的に研究をした︒厚生基準を開発したパレートの天才は正当に認識されてきた︒経済学におけるオーソドックスな
効率性概念に政治的ルールを結びつけたヴィクセルの天才には︑まだ正当な評価が与︑兄られていない﹂︵駆⁝Hα①⁝一⑩A︶1一︶
のは︑シュンペーターの指摘するように︑ ﹁彼の思想の深さと独創性とが現に見られるところ以上に明快には浮かび
でていないとすれば︑それは専ら彼の敬愛すべき謙遜と彼の見事な誠実に由来する﹂︵一Q◎qo①ω⁝一〇〇b◎bQ︶のであろう︒
だから︑ヴィクセルの言説の各所にみられる︑自らの着想の独創性の主張も︑シュンペーターをして﹁彼以上に洗
練された知性の士︑また彼以上に高潔な性格の人が︑かつてわれわれの分野に光彩を添えたことがあったであろう
か﹂︵一げ置︒︶と賛辞を送らしめたヴィクセルとしては︑自説の自画自賛などでは断じてなく︑それは︑伝統的財政学に
対する彼の厳しい告発として受け取るべぎものであろう︒
参考文献︵−︶雷三白o§肺肉§§韓二薯著き︑§⁝ぎミミミ§肺こミト帖§亀ミミミ匂ミN80§牒hら︒識§門司帖恥ミ
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︵9︶護月旨●ωご9誠§ミ蛛§功§ミ§§ミ§9ミ§ミ§諭し︒︒①ド
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︵11︶ 勺8罵お国.図..↓譜ぎミ甚ミ雪止ミミ︒︒ミ●︵H㊤零︶お8・︵久野収・市井三郎訳﹁歴史主義の貧困﹂中央公論社 一九
八二︶
︵12︶ 図︒びげ言ωピ︒輝︾識肉鴇遷§き恥きミ鳶§匙盟麦角§ミミ肉8§ミ苛多望§♪︵一りωb︒︶60︒軽.︵辻 六兵衛訳﹁経済学の
本質と意義﹂東洋経済新報社 一九八一︶
︵13︶ω島二四憎Φけ︒﹂一・︾・轟き遷ミ肉§§苛﹄費¢論おα幽.︵東畑精︸訳﹁経済分析の歴史﹂岩波書店 一九九二︶
︵14︶ ¢ξ噛ρO二穿§︒ミ詩b8蝋画ミ恥ミさミミ苛鳶ミしO①O.
︵15︶ヨ︒訂①戸国・り笥ぎ蓋§︒ミ§ミ§怖§§魯§題3冬婁b§ミ︑§吋§職肉ミ隷§恥⑦ミ恥ミ禽§偽⑦き§駄§3︵μ︒︒8y
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︵16︶ 池田浩史 ヴィクセル課税理論の構造と本質︵東京国際大学論叢 経済学部編 第三号 一九九〇︶
︵17︶ 松島敦茂﹁経済から社会へーパレートの生涯と思想I﹂みすず書房 一九八五