小泉政権における財政再建の政策決定過程 : 緊縮財政から「歳出・歳入一体改革」へ
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(2) 74. (436). 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月). が可能であった要因として,とくに政治学の領. ている.その理由は,総選挙の前では,「抵抗. 域で指摘されているのが首相のリーダーシップ. 勢力」を阻止する必要があったのに対して,総. 論である.. 選挙以降には,それらの勢力が弱められたため,. 内山(2007)は内政と外交という 2 つの側面. 小泉首相が思い通りの政策の実行3)ができたと. から,小泉首相が一定のリーダーシップ行使に. いうものである.この時期の特徴として,財務. 成功したと結論づけている.内政面では,経済. 省など省庁の抵抗は依然として見られたのに対. 財政諮問会議の活用から,トップダウン方式の. し,自民党の政治家の抵抗がほとんど見られな. 予算編成が可能となり,削減には大きな抵抗が. かったと上川(2011)は言う.つまり,小泉が. 予測される分野でも,小泉は「聖域なき歳出削. 自民党内で圧倒的な影響力を持つようになった. 減」を掲げ,新自由主義の理念に基づく構造改. と意味する.. 革が戦略的に展開されたのである. 外交面では,. これらの先行研究を踏まえたうえで本稿の分. 小泉首相は対米協力の強化として自衛隊を海外. 析課題を整理しておこう.前述したように,就. に派遣したほか,靖国神社の参拝行動をめぐり,. 任当初から小泉首相自身は増税の意思をもって. アジアとの関係を悪化させた.両側面は対照的. いなかった.かつ,上川(2011)によれば,首. で,外交政策の戦略においてリーダーシップが. 相は財政赤字を削減すべきだという強い政策目. 不在であったと指摘されているが,その違いが. 標を有していた4).しかも,2005 年から首相の. 生じた理由として,経済政策の場合,司令塔と. リーダーシップが一層高まったのである.それ. しての経済財政諮問会議の存在や,竹中経財相. にもかかわらず,なぜ首相本人が排除してきた. が担う戦略の立案や実行ができたことが挙げら. 歳入改革,つまり増税案を財政再建政策に織り. れている.. 込んだ「歳出・歳入一体改革」の方針へと変化. また,小泉首相の人気と首相支配について,. したのだろうか.つまり,リーダーシップが増. 竹中治堅(2006)は,日本政治の歴史的転換と. したにも関わらず,小泉首相が当初考えていた. 合わせて論じている.その分析によれば,首相. 歳出削減のみによる財政再建という枠組みが崩. が大きな力を振るうことができたのは,1990. された理由である.従来の研究において明らか. 年代以降,政治の仕組み全体が大きく変わった. にされてこなかったこの点について,政策決定. ことにある2).選挙制度等の政治改革によって,. 過程を分析することで明らかにすることが本稿. 首相が自民党総裁として保持する権限の重みが. の課題となる.. 増す一方,行政改革のため,法律によって首相. そこで,以下では,第 2 節において,小泉政. に与えられている権限が拡大されたからだと理. 権期における歳出削減による財政再建策の全体. 由づけられている.. 像および歳出・歳入一体改革が検討される経緯. さらに,上川(2011)も内山(2007)や竹中. をとくに量的な側面から整理したうえで,第 3. 治堅(2006)と同様に,小泉首相のリーダーシッ. 節において,政策決定に関わる各アクターの主. プを肯定しており,3 名とも 2005 年の衆議院. 張を整理しながら政策決定への影響を分析す. 議員総選挙における大勝を受けて,首相のリー. る.. ダーシップが一層高まった点を共通して強調し . 2)こ れ は 1988 年 の リ ク ルート 賄賂事件 か ら, 1993 年の政変があり,それに伴う政治改革を指す. 政治改革 に つ い て は,後藤(2004),pp. 23─41 を 参照 .. . 3)具体的には,郵政民営化問題,診療報酬の削 減,行政改革,歳出削減 と そ の 後 の「歳出・歳入 一体改革」が挙げられた.詳細については,内山 (2007) ,pp. 196─197 を参照. 4)上川(2011) ,p. 125..
(3) 小泉政権における財政再建の政策決定過程(宋). 2.小泉財政構造改革における歳出の削減・抑制. (437). 75. 処理」 , 「徹底的な規制改革」 , 「国債発行 30 兆円 以下」を政策目標として明示し,再び財政構造. 本節では,まず,一般会計のデータを用いる. 改革を始動したのである8).. ことによって,財政構造改革の下での主要な歳. このように,1997 年の橋本財政構造改革は小. 出分野での削減・抑制の実態を分析する.. 渕政権の財政出動によって中断されたように見 えるが,実際には小泉財政構造改革はその延長. 2―1 小泉財政構造改革に至る経緯. で あ り,後藤(2004)が「第二幕 の 構造改革」. 周知のように, 「財政構造改革」そのものは. と呼ぶ所以である.. 小泉政権に独自のものではなく,1997 年の橋. では次に,一般会計において歳出の削減・抑. 5). 本政権 からすでに始まったものである.橋本. 制がどのように実施されたのかという点を見て. 内閣は,行政改革,財政構造改革,金融システ. いこう.. ム改革,社会保障構造改革,経済構造改革,教 育改革という 6 大改革を看板に掲げた.なかで. 2―2 財政構造改革の下で行われた削減・抑制. も,社会保障構造改革は,1 つの目玉として挙. 上記のような財政構造改革の下で,小泉政権. げ ら れ る.実際 に,1997 年 に は 医療制度改革. は,赤字財政を是正することを最大の課題とし. において,本人自己負担比率が引き上げられ,. て,「聖域なき歳出削減」を掲げた.その削減・. 1999 年には小渕政権の下で年金改革の給付が 2. 抑制の実態を把握するため,この節では一般会. 割削減という歳出抑制政策の動きがあった.ま. 計の当初予算と最終予算を通じて見ていく.. た,規制緩和 に ついて, 「大規模店舗法」の廃. 表 1 で確認できるように,小泉政権期を通じ. 止をはじめ, 「新農業基本法」が実施され,戦. て削減の幅が一番大きかったのは,公共事業関. 後の農業保護の中核としてきた農産物価格支持. 係費である.その削減は 2002 年度から顕著と. 制度が廃止された6).. なり,当初予算では,前年度に対し 11% の削. その後,景気後退の影響により,いったん財. 減となっている.その後 2003 年から 2006 年に. 政構造改革が中断され,小渕政権では不況対策. かけては,年間 3000 億円程度の削減が実施さ. を最優先課題として莫大な財政出動が行われ. れている.次に,文教および科学振興費につい. た.ただし,小渕政権において財政構造改革は. て,毎年度削減幅が増加していく傾向があり,. いったん中断されたように見えるが,一部の. 3000 億円から 4000 億円程度の削減が行われて. 「構造改革」領域について改革が進められたの. いる.さらに,地方交付税等について,削減が. である.例えば,地方分権一括法,中央省庁改. 顕著となったのは 2004 年からであり,これは. 革関係法,労働者派遣法と職業紹介法の規制緩. 三位一体改革の実施によるものである.社会保. 和,所得税・法人税の恒久減税,農業基本法の. 障関係費については,他の分野とは対照的に毎. 7). 廃止などがある .. 年度数パーセントの歳出増が維持されている.. 景気 は 1999 年 に は 緩 や か に 回復 し た が,. 社会保障関係費は歳出のなかで大きなシェア. 2000 年秋には再び低迷し始めた.その後に誕. を占めており,かつ国民の生活と密接に関連し. 生 し た 小泉政権 は, 「3 年以内 の 不良債権最終. ていることから,ここで社会保障関係費の推移 について詳しく見ていくことにしよう.表 1 で. . 5)橋本政権期とは,1995 年 9 月から 1998 年 7 月 である. 6)後藤(2004),p. 50. 7)後藤(2004),p. 54.. 見られたように,社会保障関係費は毎年度増加 . 8)詳細については,後藤(2004) ,pp. 73─83 を 参照されたい..
(4) 76. 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月). (438). 表 1 一般会計の当初予算における歳出の推移 (単位:億円) 2000 年 国債費. 2001 年 対前年比. 219,653 171,705. 文教および科学振興費. 65,222. 2002 年. 66,472. 対前年比. -22% 166,712 2%. 2003 年 対前年比. -3% 167,981. 66,998. 1%. 2004 年. 64,712. 対前年比. 1% 175,686 -3%. 2005 年. 61,330. 5% 184,421 -5%. 2006 年. 対前年比 57,235. 対前年比. 5% 187,616 -7%. 52,671. 2% -8%. 社会保障関係費. 167,666 175,552. 5% 182,795. 4% 189,907. 4% 197,970. 4% 203,808. 3% 205,739. 1%. 地方交付税等. 149,304 168,230. 13% 170,116. 1% 173,988. 2% 164,935. -5% 160,889. -2% 145,584. -10%. -3%. -4%. 公共事業関係費. 72,015. -4%. その他. 153,718 150,213. 94,307. 94,352. -2% 141,440. 0%. 84,239. -11%. -6% 140,332. 80,971. -4%. -1% 143,029. 78,159. 2% 140,632. 75,310. -2% 133,235. -5%. 歳出の合計. 849,870 826,524. -3% 812,300. -2% 817,891. 1% 821,109. 0% 822,295. 0% 796,860. -3%. (注)地方交付税等は地方特例交付金を含む.その他は恩給関係費,防衛関係費,経済協力費,エネルギー対策費,食料安定供 給関係費,産業投資特別会計へ繰入,その他事項経費,公共事業等予備費,予備費を指す.計算については,四捨五入を 用いている. 出所:財務省予算データから作成.. しているが,対前年度比の増加率は徐々に抑制. その結果,2002 年における 3000 億円の削減目. されていることがわかる.加えて,高齢化の進. 標に対し,そのほとんどが医療制度改革によっ. 9). 行や,当時の雇用問題 ,貧困問題などを考え. て賄われていることがわかる.そして,2003. れば,医療費や保険給付費が上昇することはむ. 年に年金物価スライドを用いた年金費用の抑制. しろ本来の姿であろう.そこで,その抑制の状. が始まり,2004 年に年金改革が本格的に行わ. 況を一層に明らかにするため,次に政策領域ご. れたのである.同様に,介護保険改革が始まっ. との抑制のあり方を確認しておこう.. たのは 2005 年だが,すでに 2003 年の時点でも,. 「骨太の方針」のなかで,財政構造改革の一. 介護報酬のマイナス改定がなされた結果が同表. 環として社会保障制度の全般的な見直しと明示. で確認できる.. されたのは,2004 年である.具体的には「持. さ ら に,毎年度 2200 億円 の 削減 は,小泉政. 続的安全・安心」の確立というタイトルが付け. 権後の安倍政権になっても引き続き目標とされ. られ, 「社会保障制度全般について,広く有識. たが,安倍政権期になって,削減できる分野が. 者の参加も得つつ, 一体的な見直しを開始する」. 狭まり,生活保護等の見直しで賄うことが試み. と宣言された.. られた.それでも目標の達成が厳しいと判断し. しかし,表 2 で見られるように,2004 年度. た 厚生労働省 は,薬価改定 や 後発医薬品 の 促. 以前 か ら 社会保障関係費 の 自然増 を 抑制 す る. 進,および政管健保の国庫負担見直しを検討対. 取り組みは始まっており,2002 年の医療制度. 象とした11).しかし,結果として政管健保への. 改革では,診療報酬が 1.3% 引き下げられた10).. 国庫負担の削減が実現せず,2008 年の削減額. . 9)2003 年の「国民生活白書」によると,2001 年 の時点でフリーターが 417 万人と記された.2004 年 春の労働調査を用い,さらに既婚女性も含めて完 全失業者と不安定雇用労働者を加えると 607 万人と な り,同年代 の 労働者数 の 30.2% を 占 め る.後藤 (2004) ,p. 55. 10)内山(2007),p. 75.. は 1000 億円ほど残されたままとなった. このように,2011 年までにプライマリーバ ランスを均衡するという目標のため,歳出の各 分野において,当初予算で厳しい削減・抑制が . 11)厚生労働大臣閣議後記者会見, 「朝日新聞」 2007 年 8 月 7 日..
(5) 小泉政権における財政再建の政策決定過程(宋). (439). 77. 表 2 社会保障改革下での社会保障関係費削減一覧 (単位:億円) 2002 年. 2003 年. 2004 年. 2005 年. 2006 年. 2007 年. 2008 年. 自然増試算. 9400. 9100. 9100. 1 兆 800. 8000. 7700. 7500. 削減目標. 3000. 2200. 2200. 2200. 2200. 2200. 2200. 医療制度改革. 970. 診療報酬改定. 1830. 年金物価スライド. 900 717 1150. 100. 介護保険制度改正. 660. 110. 420. 介護報酬改定. 300. 雇用保険制度改正・ 国庫負担見直し. 90. 改正 500. 国庫 1810. 生活保護老齢加算・ 母子加算見直し その他. 2390 100. 老齢 167 200. 250. 母子 420. 母子 50. 270 1490* 公立保育所 運営費 2320. 三位一体改革. 国民健康保 険国庫負担 と老人ホー ム等保護費 6300. 児童扶養手 当給付費負 担と介護給 付費負担 6707. 当初予算額. 18 兆 2795. 18 兆 9907. 19 兆 7970. 20 兆 3808. 20 兆 5739. 21 兆 1409. 21 兆 7824. 補正予算. 1 兆 4609. 6937. 5977. 4427. 2989. 2117. 1 兆 489. (注)1490* の 中 に は 後発医療品普及 220,政管健保国庫負担見直 し 1000,国民健康保険組合国庫補助見直 し 40,医療保険加 入資格適正化 230 の削減額を含む. 出所: 『立法と調査』 (2009)No. 289 p. 70, 財務省統計に基づき作成.. 図られた.この点を補正予算成立後の推移も合. ある.これは当初予算ベースでは 2003 年から. わせて検討することで歳出の全体像を確認して. ほぼ同じペースで削減が図られたことと大きく. おきたい.. 異なっている.その背景として,2004 年 7 月. 表 3 で示されるように,補正予算をかけた後. の洪水災害と同年 10 月の新潟中越地震が挙げ. の各分野の削減・抑制の動きは,時期の変動や. ら れ る が,実際 に 災害復旧等事業費 の 推移12). 分野ごとの調整があるものの,全体として当初. をみる際に,毎年度の補正予算が大体 2000 億. 予算の推移を概ね踏襲するものと言えるだろ. 円から 3000 億円程度であるところ,2004 年に. う.表 1 と合わせて再確認すると,たとえば,. は 8000 億円超にも及んでいる.社会保障関係. 公共事業関係費 は 当初予算 に お い て は,2002. 費については,対前年度比率がゼロの年もあり,. 年度から削減されているが,実際には 2000 年. 厳しく歳出増加の抑制を図っていると理解する. 度の補正額が高かったことを反映して,2001. ことができる.. 年度から減少しており,2003 年度にはその削 減額が最も大きく 1 兆 6673 億円に達している. 興味深いのは,2004 年度に 7% 増加した後に, 2005 年度から再び減少する傾向にあることで. . 12)2001 年 か ら 2006 年 の 災害復旧等事業費 に ついて,それぞれ 3090 億円,2042 億円,2125 億円, 8569 億円,3295 億円の補正予算が追加された..
(6) 78. 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月). (440). 表 3 一般会計の最終予算における歳出の推移 (単位:億円) 2000 年 国債費 文教および科学振興費. 2001 年 対前年比. 214,461 162,840 68,119. 2002 年. 66,488. 対前年比. -24% 160,605 -2%. 2003 年 対前年比. -1% 160,824. 68,859. 4%. 2004 年. 63,144. 対前年比. 0% 182,784 -8%. 2005 年. 62,301. 14% 196,203 -1%. 2006 年. 対前年比 57,790. 対前年比. 7% 189,151 -7%. 54,816. -4% -5%. 社会保障関係費. 177,613 191,779. 8% 197,403. 3% 196,845. -0% 203,947. 4% 208,235. 2% 208,728. 0%. 地方交付税等. 158,289 167,056. 6% 164,791. -1% 173,988. 6% 176,621. 2% 174,406. -1% 167,010. -4%. 公共事業関係費. 77,770. -3%. その他. 114,737. 164,482 176,299. 99,063. -14%. 7% 145,547. 99,679. -17% 141,589. 1%. 83,006. -17%. -3% 154,106. 89,027. 7%. 9% 150,261. 80,154. -10%. -2% 134,608. -10%. 歳出の合計. 897,701 863,525. -4% 836,884. -3% 819,396. -2% 868,786. 6% 867,049. -0% 832,083. -4%. (注)地方交付税等は地方特例交付金を含む.その他は恩給関係費,防衛関係費,経済協力費,エネルギー対策費,食料安定供 給関係費,産業投資特別会計へ繰入,その他の事項経費,公共事業等予備費,予備費を指す.計算については,四捨五入 を用いている. 出所:財務省予算データから作成.. これらの推移の中,2004 年度について,公. に,全体として 11.4 兆円から 14.3 兆円の削減. 共事業関係費の増加が災害による補正予算の影. が設定されている.それをプライマリーバラン. 響が大きいとはいえ,文教および科学振興費を. スの均衡に必要な要対応額13)から差し引くと,. 除いた他の分野で歳出の増加が確認できる.こ. およそ 2 兆円から 5 兆円程度が不足することに. れは後に述べる増税への議論と深く関連するた. なる.それについて,歳出改革案では,歳入改. め,ここでまず指摘しておきたい.. 革によって対応すると記されている.. 以上検証してきたように,緊縮財政による財. 同表から確認できるように,歳出・歳入一体. 政再建を実現するため,各歳出分野の削減・抑. 改革においても財政再建は歳出削減を中心に達. 制が顕著に見られる.そのなかでは,公共事業. 成することが目指されている.削減の中心は従. 関係費が最大のターゲットとなっていることが. 来通り,公共投資の抑制であり,この期間に 3.9. わかるが,国民生活にインパクトを大きく与え. 兆円から 5.6 兆円の削減目標が示されている.. る社会保障関係費まで厳しい抑制が図られたこ. 加えて,表においてはその他に含まれる文教お. とにも注意が必要である.ただし,歳出削減・. よび科学振興費のなかの ODA の削減も盛り込. 抑制 の み に 頼った 財政再建手法 は,2005 年総. まれている.. 選挙後の第 3 次小泉内閣改造を経て「歳出・歳. 社会保障 に 関 し て,5 年間 で 自然増 か ら 1.6. 入一体改革」へと変化することとなる.. 兆円の削減が示され,そのうち国の割当額が 1.1 兆円と示された.しかし,前述した一般会計に. 2―3 「歳出・歳入一体改革」の内容. おける社会保障関係費の 2200 億円の削減目標. 2005 年 10 月 31 日,小泉首相 の 再選 に よ り. を振り返ってみると(表 2),そもそも毎年度. 改造内閣 が 発足 し た.翌年 に は,2011 年度 の. 2200 億円 の 削減目標 が あって,そ れ を 5 年間. プライマリーバランスを黒字化するために,そ れまでの構造改革にめどをつける期間として, 今後 5 年間の歳出削減が「骨太の方針」に盛り 込まれた. その具体的な数値は表 4 で確認されるよう. . 13)要対応額とは,財政再建を達成するための 削減・抑制額を指す.つまり,プライマリーバラ ンスを均衡させるための努力額とも言える.要対 応額について,後述の政策決定過程において明ら かにする..
(7) 小泉政権における財政再建の政策決定過程(宋). (441). 79. 表 4 「歳出・歳入一体改革」における歳出改革の概要 (単位:兆円) 2006 年度. 2011 年度 自然体. 改革後. 削減額. 備 考. 社会保障. 31.1. 39.9. 38.3. 1.6. 人件費. 30.1. 35.0. 32.4. 2.6. 公共投資. 18.8. 21.7. 16.1~17.8. 5.6~3.9. 公共事業関係費 と 地方単独事業 (投資の経費)各▲ 3% ~▲ 1%. その他. 27.3. 31.6. 27.1~28.3. 4.5~3.3. 科学技術振興費+ 1.1%, 経済成長 の範囲 ODA ▲ 4% ~▲ 2%. 107.3. 128.2. 113.9~116.8. 14.3~11.4. 合計. 要対応額:16.5 (少なくとも 11.4 以上) 出所: 「経済財政運営と構造改革に関する基本方針 2006」より引用.. かけて実現していくという意味で,国の割当額. 一体として改革するという考えへの変化が見ら. は 1.1 兆円となっていると捉えられる.つまり,. れた.既に確認したように,歳出分野において. 1.6 兆円の削減目標の設定は具体的な根拠に基. 全般的に削減・抑制する点は一貫して変わらな. づくものではなく,2200 億円という数値から. かったことに対して,増税策については,歳出. 機械的に算出されたものにすぎないと言える.. 削減のように具体的な数値は示されていない.. しかし,その数値目標を実現するために,2004. さらに,税制全体の改革というより,消費税に. 年 に 年金改革,2005 年 に 介護保険改革,そ し. 焦点を絞ったことは後述の政策決定過程で確認. て 前述 の 医療制度 の 第二弾改革14)を 通 し て,. できる.. 社会保障関係費の抑制が図られた.. 以上論じてきたように,小泉内閣の「聖域な. 一方,歳入改革案は歳出改革案のような具体. き歳出削減」という財政構造改革の下,歳出の. 的な数値の提示はなく,税制改革の方針として不. みの財政再建という道が選ばれた時点で,各歳. 明のままであった.とはいえ, 「骨太方針 2006」. 出分野の削減・抑制という方向性が決まったの. には税制に関して,1 つの転換点が示されてい. である.表 3 を通して,厳しく削減・抑制が行. る.それは税体系全般にわたる抜本的かつ一体. われたことは明瞭であり,社会保障関係費につ. 的な改革が必要と加えられたことである.. いて,全体として削減していないようにみえ. このように,小泉政権における財政構造改革. るが,実際には,毎年 2200 億円の抑制が実施. では,歳出削減のみでプライマリーバランスを. された(表 2).その後,2005 年の第 3 次内閣. 均衡させるという当初の考えから,歳出と歳入. 改造の下,「骨太方針 2006」が出され,「歳出・. . 14)第二弾の医療制度改革は,2005 年から 2006 年にかけて進められ,主に医療費の適正化につい て 議論 さ れ た.そ の 結果,高齢者患者 の 自己負担 が 1 割引き上げられた(内山(2007) ,pp. 75─77). 総合 し て,医療制度 は,株式会社 の 医療機関経営 の解禁,保健診療と自由診療の自由組み合わせの 解禁,医療機関と保険者の直接契約の解禁という 新自由主義的な医療改革がなされた.詳細は二木 (2007)第 2 章を参照されたい.. 歳入一体改革」の方針が打ち出されたのである. しかしながら,表 3 で見られたように,引き続 き 各歳出部門 に お け る 削減・抑制 の 大勢 は 変 わっていないのである.とはいえ,ここで改め て強調したいのは, 「骨太の方針」という政府 案に「歳出・歳入一体改革」と明確に書かれた ということは,増税を織り込む財政再建手法へ の変化がみられたということである.したがっ.
(8) 80. (442). 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月). て,以下ではこの変化について,小泉首相自身. 限の合意を形成し,議論を強力にまとめていく. の行動と発言の変化を含め,各アクターの政策. という形で運営された16).. 提言および主張に注目しながら, 「歳出・歳入. このように,首相の意向を背景に,明確な基. 一体改革」にいたるプロセスを検討する.. 軸を持って運営させるという点は,諮問会議の. 3.緊縮財政から「歳出・歳入一体改革」への 政策決定過程 . 大きな特徴であった.小泉内閣発足後,諮問会 議は改革の司令塔として位置づけられ,「骨太 の方針」においても積極的な役割が与えられる. 小泉首相 の リーダーシップ の 発揮 に つ い て,. ようになった.. 先行研究でしばしば指摘されたのは経済財政諮. 従来,内閣が重要な政策を立案する際には,. 問会議(以下,諮問会議)の活用である.かつ,. 慣行として与党の自民党や関係省庁との間で十. トップダウン方式の「首相支配」が実現できた. 分な調整が行われていた.つまり,下から合意. のもこの諮問会議の運用とされている.そこ. を積み上げていくというボトムアップ方式であ. で,前節で整理した歳出削減・抑制をめぐる政. る.それに対し,小泉首相は「それぞれの言い. 策が,どのような過程を経て決定に至ったの. 分を聞いたら改革はできない」とし,従来のボ. か,またそこから「歳出・歳入一体改革」へと. トムアップ方式からトップダウン方式に変えよ. 変化したのはなぜかという点について,小泉政. うとする姿勢を示した.したがって,政府・与. 権期の諮問会議を軸として検証していくことに. 党政策の懇談会が何度か開かれ,意見を出す機. する.. 会が設けられたが,首相は,懇談会は「意見を 聴く場であって,意見を反映させる場ではない」. 3―1 初 期 の 経済財政諮問会議(2001 年から 2002 年). として自民党の要望をほとんど受け入れなかっ た.関係省庁も原案に対し意見を出す機会が与. 諮問会議とは,経済財政政策に関し,民間有. えられたが,その意見はほとんど最終案に反映. 識者の意見を政策形成に反映させつつ,内閣総. されなかった17).. 理大臣がそのリーダーシップを十分に発揮する. 小泉首相は日本の構造改革を訴え,国民の支. ことを目的として,2001 年 1 月 6 日の省庁再. 持を多く得るために,まず自民党との対抗関係. 編とともに,内閣府に設置された.小泉政権発. を作る姿勢をとった18).そして,諮問会議とい. 足当初の会議の運営は首相から竹中経済財政担. う場を利用し,その対抗関係を明確にしていっ. 当大臣,民間議員,特命チーム15)という一本の. た.さらに,首相主導を一層徹底するため,首. 基軸が形成されることにより,事務局主導では. 相と政策志向が近い竹中平蔵が経済財政担当相. なく,とはいえ議員の自由な意見交換の場でも. に任命された.竹中氏は諮問会議で「裏会議で. なく,一定の目的を持った首相のスタッフが議. の戦力作成」,「民間四議員共通の主張」,「総理. 論を主導し,反対意見を受けとめながら,最小. の一言」という「三点セット」を利用しようと 考えた19).その結果,こうした「三点セット」. . 15)民間議員の活動が重要になると,その補佐 機構も重要になってくる.2002 年 5 月から大臣指 名による「特命チーム」が作られた.特命チームは 当初 3 名,後に 7 名の非常に少ない数のグループ で,本間議員が事務局長役として常勤に近い形でそ れを率いた.民間議員とは,東京大学教授吉川洋, 大阪大学教授本間正明,ト ヨ タ 自動車会長奥田碩, ウシオ電機会長牛尾治朗を指す.. . 16)大田(2006) . 17)竹中治堅(2006) ,p. 106. 18) 大嶽(2006) ,p. 3 および上川(2011) ,p. 131. 19)竹中平蔵(2006)によれば,一般に諮問会 議は公に行う前に徹底した裏方での会議が行われ る.裏会議で充実した政策議論を行うことによっ て,民間 4 議員が共通した意見として集約するこ.
(9) 小泉政権における財政再建の政策決定過程(宋). (443). 81. の下,最初の「骨太の方針」策定はトップダウ. 要求があり,経済財政担当大臣の竹中氏もそれ. ン方式によって実現されたと考えられる.. に同調していた.当時の経済同友会代表幹事の. 2001 年 8 月 3 日 の 諮問会議 で は,ま ず,小. 小林陽太郎は「実効税率 40.87% から 35% 程度. 泉首相は国債発行額を 30 兆円以下に抑えるこ. 23) まで引き下げることが必要」 と強く法人税等. とを軸に「骨太の方針」通りに予算を決める. の引き下げを求めている.これについて,政府. という意向をもっていた.林正和主計局長は,. 税制調査会は異なる見解を持っており,政府税. 30 兆円枠を実現するには 3 兆円の歳出削減が. 制調査会会長の石弘光は「研究開発なり設備投. 必要だと説明し,概算要求基準の段階でまず 1. 24) 資をやったほうが,はるかに効果がある」 と. 兆 5000 億円を削り,年末の予算編成でさらに. していた.諮問会議民間議員の奥田碩は,小林. 1 兆 5000 億円を削るという段階的な取り組み. と同様に,「長期的・中期的に考えれば法人税. を提示した.財務省はこの枠組みの下で,従来. の引き下げが経済活性化の大きい要因」と主張. 通り自民党の政調会長や族議員と調整しながら. した.そして,竹中氏と他の民間議員らは従来. 予算を策定しようとしていた20).一方,諮問会. の租税原則である「中立」に代わって「成長」. 議では民間議員が重点分野で 2 兆円を増やし,. を前面に出し,「簡素・成長・公平」という新. その他の分野で 5 兆円を削減するという方針を. たな三原則を提供した25).すなわち,経済活性. とるべきとの意見を示していた.この予算編成. 化のために「改革還元型減税」を求め,成長重. の調整について,小泉は諮問会議の方針で行う. 視の税制改革を望んでいた.諮問会議民間議員. ことを指示した.これを受け 2001 年 8 月 10 日. の奥田氏は 2002 年 5 月 28 日に,日本経団連26). に,公共投資関係費と一般政策経費を前年度比. 初代会長に就任したが,就任の記者会見で「法. 10% 減とし,重点分野には「構造改革特別要求」. 人税の 5% 引き下げが適当」と表明した.. 21). 枠を決める概算要求基準が閣議決定された .. しかし,2002 年 10 月 11 日の諮問会議で,財. このように,小泉内閣は当初の歳出削減・抑. 務大臣 の 塩川 は「法人課税 に つ い て,21 世紀. 制のプロセスにおいて,諮問会議の場を通して. のわが国を支える戦略分野の成長を支援するこ. 決定しようとする姿勢を見せた. さらに言えば,. とにより,研究開発・投資減税などを中心に重. 諮問会議の場で歳出削減・抑制の議論を行うこ. 点的に行う」と述べ,政府税調と同じ考えを示. とにより,官邸主導を一層高め,構造改革を推. した.同年 10 月 17 日の諮問会議で,石氏は「経. 進することを意図したのである.その手段とし. 済活性化と言った時に,どうしても戦略的には. て,諮問会議では,竹中氏や 4 人の民間議員が. 法人税が問題になり,その具体的仕組みとして. 起用されたが,とくに財界人. 22). の存在が注目. される. 小泉内閣が発足した直後,財界による減税の . とができる.また,民間 4 議員が事前に意思統一 してから諮問会議に臨むというスタイルが事実上 確立された(pp. 255─258). 20)上川(2011),p. 127. 21)内山(2007),pp. 48─50. 22)本稿では,経団連や経済同友会,および経 済産業界を含めた広い範囲として財界という用語 を使用する.主な主体は,経団連の会長,経済同 友会の代表幹事といった日本の企業を代表する経 済団体とその団体のトップである.. 法人税率でやるか,研究開発投資みたいな政策 . 23) 「インタビュー 政府のデフレ対策に筋道 が通っていない理由は何だと考えますか」 『財界』 (2002 年 3 月 26 日) . 24)2002 年 9 月 20 日の第 27 回経済財政諮問会 議議事録,次の奥田氏の発言も同様. 25)竹中治堅(2006) . 26)日本経済団体連合会 は , 2002 年 5 月 に 経団 連と日経連が統合して発足した総合経済団体であ る.会員数は 1609 社・団体等に上り,日本の代表 的な企業が 1295 社,製造業やサービス業等の主要 な 業種別全国団体 129 団体,地方別経済団体 47 団 体などから構成されている(いずれも 2009 年 5 月 28 日現在) ..
(10) 82. (444). 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月). 減税でやるかという議論がある.6 月の段階で. 労働者を受け入れること,③経済再構築のため. 総理からはっきり研究開発減税・投資減税の指. の「MADE BY JAPAN」戦略を目指すこと,. 示があった」と発言した.そこで,日本経団連. ④「環境立国」を目指す戦略である.この「奥. や経済産業省は法人税率の引き下げを当面断念. 田ビジョン」は奥田のみの考えではなく,経済. しなければならなくなったのである. その結果,. 三団体の共同意見によるものだと言う29). 「奥. 2003 年度税制改正では,総額 1 兆 2000 億円の. 田ビジョン」の核心に注目すると,最終章の「改. 企業減税が実現されたのである27).. 革の実現のために─日本経団連はこう動く」が. このように,初期の諮問会議は財界の提言に. 重要となる.そこで「政治との新たな協力関係. より,経済活性化のために,法人税の減税をめ. の確立」が宣言され,「政策本位の政党政治を. ぐって議論が行われた.そして,歳出削減・抑. 実現する」ことを目標に,「経済の現場の声を. 制による財政再建を徹底的に実行するため,小. 反映した具体的な提言を行い…与野党の政策と. 泉首相は諮問会議という公の場で予算編成を行. 実績を評価した上で,企業・団体が資金協力の. うことを決定し,党内の反論について「無視」. 際に参考となるガイドラインを作成し…経済界. するような態度をとった.いわゆる「抵抗勢力」. の考えに共鳴し行動する政治家を支援する」と. への対抗である.. 踏み込んだ主張がなされた.. ここに財政再建に関連した諮問会議での政策. 財界が政策決定に影響力を行使したいという. 決定の特徴づけをしておきたい.予算編成にお. ことは言うまでもないが,ここで奥田ビジョン. いては財政再建のために,緊縮財政の手法が用. と前述した 2002 年 10 月の諮問会議での議論を. いられたが,企業に対しては政策減税が実施さ. 合わせて,留意する必要がある.つまり,当初. れたということである.つまり,歳出の削減・. の諮問会議では,奥田氏は法人税の減税を要求. 抑制が行われながら,財政赤字を拡大させる政. した結果,政策減税による対応がなされたにも. 策減税が実施されたということは,諮問会議と. かかわらず,数ヶ月後に消費税の増税案を提言. いう政策決定の場での財界の影響力の高さを示. したのである.これは,竹中氏の言葉を借りれ. していると言える.. ば,財務省・与党の動きに乗せられたという30).. . 理由は,財務省が経済産業省を入れ込んで増税. 3―2 過度期の経済財政諮問会議(2003 年から. の意を伝えたため,経済産業省が財界に働きか. 2004 年). けたと指摘されている.確かに,その後,政府・. 2003 年 1 月 1 日,前述 し た 財界 の 意向 に 変. 自民党も消費税増税論が相次ぎ,「政・官・財」. 化が見られた.日本経団連は「活力と魅力溢れ. から消費税率の引き上げの声が強まったことを. る日本をめざして」というタイトルで,政治・. 踏まえれば,そのような動きを推察することが. 経済・社会体制のあるべき姿を描いた「奥田ビ. できる.. 28). ジョン」 を 発表 し た.そ の 具体的 な 内容 は,. このように,奥田ビジョンによる財界の増税. ① 2004 年度から毎年 1% ずつ消費税を引き上. 提言が見られたが,その提言の背後には,歳出. げ,2014 年度以降は 16% に固定する増税構造,. 分野における徹底的な削減・抑制が前提となっ. ②少子化による労働力不足を補うための外国人. ていることが以下の発言から読み取れる.「財 政再建については,今年初めに消費税引き上げ. . 27)川北(2011),p. 119. 28)以下の「奥田ビジョン」に関する記述も同 様に, 「ザ・サンクチュアリ/奥田日本経団連─小泉 「丸投げ」もうこりごり」 『選択』 (2003 年 2 月 1 日) .. を提言した.もちろん,歳出カットの徹底が消 . 29)毎日新聞(2003 年 1 月 6 日) . 30)竹中平蔵(2006) ,p. 289..
(11) 小泉政権における財政再建の政策決定過程(宋). (445). 83. 費税を引き上げることが大前提になる. しかし,. の『骨太の方針』に反映したい.今後の歳出改革,. それでも社会保障コストを賄いきれない可能性. あるいは税制改革について政策の選択肢を整理. 31). が強いため,消費税を引き上げるしかない」. して,この諮問会議の場で総理に見ていただく. と奥田氏はまず歳出削減・抑制が重要であるこ. というようなことをやりたい」と述べた.その. とをはっきり明示した.つまり,財界は消費税. 後,谷垣財務大臣34)は「税調 や 財政審 の 両方. 増税を要求したが,歳出削減・抑制を中心とし. ともそうしていただくようにお願いをしている. た財政再建手法を批判しているわけではない.. ところだが,この形で作って骨太に議論をする. これは,その後各アクターの増税提言と相まっ. ことは大変ありがたい」と賛同の意見を述べて. て「歳出・歳入一体改革」に影響を与えていく. いる.これらの意見に対して,竹中氏は首相へ. ことになる.. の意見表明を試みたが,受け入れられなかった.. 一方,2003 年 の 党内 で は,自民党政調会長. こ の 諮問会議 の 場 で「歳出・歳入一体改革」. の麻生太郎が元国土庁長官亀井久興と連携し,. という言葉は初めて政府文書として登場した.. 総合経済調査会を新設した.これは自民党の態. 吉川氏の発言からわかるように,まだ構想の段. 勢を大きく変化させ, 「骨太の方針」を総合的. 階に留まっており,具体的な内容が示されたわ. に討議する党側の本格的な「受け皿」を意味す. けではなかったが,増税を含む財政再建という. 32). るものであった .これまでは個別の政策方針. 方向性が案として示された点は,従来の政策方. について,党内からの反論があっても小泉首相. 針から見て非常に大きな変化だと言える.一方,. は無視する姿勢をみせた.これが小泉首相の. 小泉自身は任期中に消費税を引き上げないと公. 「首相支配」の浸透による 1 つの手法であるこ. 約した以上,消費税の増税を封印するしかな. とは前述した通りである.党内の反論が政策に. かった.と は い え,2005 年 に な る と,小泉自. 反映されないことから,自民党は 「骨太の方針」. 身の行動や発言には明らかに変化が見える.以. を検討する場を作って,そこで党内の意思の反. 下では,その観点から諮問会議の転機を分析し. 33). 映を図ろうとした .これは自民党による官邸. ていく.. 主導というトップダウンの政策決定に対する対 抗の象徴だと言える. 財界から消費税増税案の提出,自民党内での. 3―3 経 済 財 政 諮 問 会 議 の 転 機( 2005 年から 2006 年). 総合経済調査会の新設など,従来の諮問会議に. 2005 年 9 月,第 3 次小泉内閣の改造により,. おける政策内容や政策決定方式に一定の修正や. 小泉首相 は 竹中氏 を 経済財政担当大臣 か ら 外. 変更を求める声が出てくることとなるが,2004. し,政調会長で無派閥の与謝野馨を経済財政担. 年 10 月 5 日の第 25 回諮問会議では,民間議員. 当大臣に命じた.これには,与謝野氏の起用に. の吉川洋から歳出・歳入の一体改革の考えが提. より自民党内の反発を抑えながら,首相のトッ. 出される.吉川氏は「財政再建のため,歳出・. プダウンを受け止める役割をもたせるという政. 歳入を一体的に改革する必要があり,ぜひ来年. 治的な意図があった35).そこで,新しい諮問会. . 31)『財界』(2003 年 10 月 21 日). 32)清水(2005),p. 282. 33)実際 に,2003 年 6 月 19 日,竹中氏 は 総合 経済調査会 に 出席 し,「骨太方針 2003 」の 原案 を 説明したが,自民党側の各部会から反論が相次ぎ 40 ヵ所の修正が求められたのである.清水(2005), pp. 282─283.. 議は議長の小泉首相のほか,与謝野氏,谷垣氏, 竹中氏,官房長官の安倍氏,中川経済産業相が . 34)第 2 次小泉内閣 と 第 3 次小泉内閣 に お い て は(2003 年から 2006 年) ,谷垣禎一が財務大臣であ る. 35)詳細は清水(2007) ,pp. 102─104 を参照..
(12) 84. (446). 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月). 常勤メンバーとなった.. 治的に増税による反発が避けられないことや,. 改造された直後の諮問会議において,小泉首. 消費税の逆進性の問題などの税制上の問題点が. 相は党による協調を以下のように要求した.. 強調され,歳出改革の進み具合により判断する という姿勢が固められたが,消費税の増税につ. 「新メンバーで初めての諮問会議だが,元々与謝野議員. いては,歳出削減との優先順位をめぐって,自. は自民党の政調会長をやっていた.諮問会議には党も. 民党内で見解の相違がみられた39).. 抵抗 し て い た が,政調会長 が 大事 な メ ン バーに な り,. 一方,小泉首相自身 は 2005 年 12 月 19 日 の. 中川議員も政調会長になった.抵抗勢力もだいぶ減っ. 記者会見において, 「税の話はしっかり議論す. てきており,諮問会議と党が一体となって改革を続行. ればいい」と発言した40).この発言からは微妙. していかなければならない」「次の首相はなったら半年. な態度の変化がうかがえる.すなわち,それま. 後に参院選があるのだから,自民党は改革党になった. では消費税は決して増税しないという態度で. と思われるぐらい政調会長と一緒になってやっていた. あったが,議論をしても構わないというように. 36) だきたい」 .. 若干の変化が見られた.小泉首相のこの発言に 対して,奥田氏は雑誌のインタビューで次のよ. その後,党の税制調査会長の柳澤伯夫は与謝. うに語った.「現状のままで行けば日本の社会. 野氏からの一任を受け, 「中間取りまとめ」を. 保障制度はパンクする.そうならないためにも. 小泉首相に報告した.この「中間取りまとめ」. 大幅な歳出カットが大前提で,なおかつ 1 年に. は後に諮問会議で「歳出・歳入一体改革」への. 1% ずつ消費税を引き上げていかないと日本の. 37). 議論を牽引することとなる . 「中間取りまと. 経済・財政は破綻する」と増税の根拠を示し,. め」の内容をみると,増税が避けられないとし. 奥田氏自身が参加している諮問会議について,. ながらも,増税のみに依存することもできない. 自身の発言が通らないとの不満を示した.その. とも指摘されている.その根拠は,欧州諸国で. ため,政府と財界の関係について, 「協調の構. の財政改革の成功例では,収支改善が歳出削減. 造」を上手く作っていく必要があると主張した.. と負担増の組み合わせで行われ,逆に失敗例で. この奥田氏の指摘を踏まえると,党側の意見. は, 負担増のみに頼っていたとの分析であった.. が徐々に諮問会議において中心的な役割を担う. ここに想定する歳出削減と増税の比率までは明. ようになってきたことがわかる.この政治的な. 記されていないが,歳出削減に重点を置いたこ. バランスの変化について,最も厳しく批判した. とが想定される.ただし,自民党内においても. のは竹中平蔵氏である.竹中氏は「この半年く. 増税の必要性を指摘する動きがみられるように. らい,政策決定の状況が変わってきている.改. なったという点では重要な変化ととらえること. 革のエンジンは党になり,諮問会議がエンジン. ができる.. ではなく,アリーナになってしまった.いろん. さ ら に,与党 の 2006 年度税制改革大綱では 社会保障給付 の 安定的な財源を確保するため に,消費税をその財源としてより明確に位置付 けることや,給付と財源の対応関係の適合性を 検討するという意向が示された38).しかし,政 . 36)2005 年 11 月 9 日の第 17 回経済財政諮問会 議議事録. 37)清水(2007),pp. 37─38.. . 38)与党の 2006 年度税制改正大綱において「2007 年度を目途に…消費税を含む税体系の抜本的改革 を実現させるべく,取り込んでいく」ことが指摘 された.また,2006 年第 17 回の経済財政諮問会議 でも, 「社会保障の安定財源を確保するため,消費 税を社会保障財政として明確に位置付けることに ついて,選択肢の 1 つとして検討すべき」と合意 された. 39) 「日本経済新聞」2006 年 1 月 1 日. 40) 「朝日新聞」2005 年 12 月 19 日..
(13) 小泉政権における財政再建の政策決定過程(宋). (447). 85. な意見がぶつかるアリーナになっている」 「今. 対応額算出の前提条件として 3% 以上の経済成. 回の歳出・歳入と言った改革にしても当初は財. 長率が求められた.その根拠としては,『シン. 務省べったり,とにかく大幅増税したいという. クタンク 2005・日本』44)が実質成長率 3% 可能. 財務省の意思がスケスケのペーパーが民間議員. 論を唱え,IT 革新の経済成長が主な手法とし. から出てきた.それに対して,私は,それはお. て推進したことがあげられる.つまり,「労働. かしいということを言い続けた.そうしたら結. 者の教育水準の向上による労働の質の向上を明. 局,諮問会議で決められなくて,その議論が党. 示的にモデル化し,労働の質が毎年 0.5% 改善. に丸投げされた.諮問会議は,単にそれぞれの. することにより就業者の数が毎年 0.5% 減少し. 省庁のバイアスのかかった提案を持ち寄る場所. 45) てもその経済成長への影響を相殺できる」 と. になった」41)と不満を表した.. いう想定を前提にしていた.. このように,2005 年の内閣改造や諮問会議. また,谷垣財務相はテレビ番組で,消費税の. メンバーの変更をきっかけに,当初吉川氏が提. 見直し論に関して「税率を 2 桁に引き上げる前. 言した「歳出・歳入一体改革」に関して,その. に,2005・2006 年で基礎年金の国庫負担引上げ. 後に自民党から柳澤氏の報告があり, 「歳出・. の財源を見つけないといけないし,定率減税縮. 歳入一体改革」が次第に諮問会議の焦点に浮上. 小・廃止等所得税体系見直しの議論を先行させ. してきたのである.加えて,財界,財務省と党. 46) るべきだ」 と述べる場面があったため,日本経. 内において,増税への議論が広まっていった結. 団連専務理事の中村芳夫も税制改革について「対. 果,消費税の増税議論が盛んになった.. 応策として消費税の早期引き上げと歳出抑制を. この事態の推移に対して,2006 年 5 月 23 日,. 組み合わせるケースが最も現実的であり,経済. 小泉は「私は消費税という言葉も増税という言. 力の悪影響を最小限に留める観点から,消費税. 葉も 記者会見 や 国会答弁で一度も使っていな. を引き上げ広く薄く負担を求める.また,国境. い.増収措置をどう図るかは国民的な議論にな. 税調整によって,国際競争力も損なわずに済み,. 42). る」 と発言し,増税の是非については自らの 判断を下さない姿勢を見せた.これは,増税は 行わないとしていた当初の姿勢からすれば大き な変化と言える. し た がって, 「歳出・歳入一体改革」が「骨 太方針 2006」に 織 り 込 ま れ て い く 過程 で は, さまざまなアクターの影響が作用している.そ の結果,小泉首相は歳出の具体値の検討を党に 一任し,要対応額から足りない分を税で賄うと いう方針を打ち出したのである. 政調会長の中川氏は大幅な歳出削減が党内に 拒まれる懸念があると感じながら,大幅な増税 も望んでいなかった.そのため,景気回復を理 由に当初民間議員が出した 20 兆円の要対応額 を 16.5 兆円 に 下方修正 し た43).そ の 際 に,要 . 41)『AERA』2006 年 7 月 31 日号. 42)「朝日新聞」2006 年 6 月 13 日.. 逆に経済活性化を図る上では,法人実効税率の . 43)要対応額 に つ い て,第 3 回経済財政諮問会 議の中で既に議論された問題であり,民間議員が 出された 20 兆円の試算は名目成長率が 3.2% とい う前提があった.仮に 4% の名目成長率が前提され ても 19 兆円の要対応額が必要と示された.修正に 関 し て,内閣府 は 2006 年 5 月 26 日 に 厚生労働省 が発表した「社会保障の給付と負担の見直し」と いう最新推計を採用し,1.5 兆円が過大化されると 判断した.その後,財務省は 2005 年度税収実績が 予測を 6.8% 上回ったと発表し,法人税も 1 兆円程 度の増収が見込まれるという見解を示した. 44)2005 年は自民党の立党 50 周年でもあるこ とから,新しい政策形成システムとして『シンク タンク 2005・日本』が始まった.自民党議員も入っ ているが,主に財界における政策研究と政策提言 が行われている. 45)熊坂侑三・篠崎彰彦「潜在成長率 3% 日本 経済の可能性と戦略」2006 年 5 月 31 日『シンクタ ン ク 2005・日本』http://www.tt2005.jp/modules/ overview/index.php?id=10. 46) 『日本経済新聞』 (2006 年 9 月 27 日) ..
(14) 86. 横浜国際社会科学研究 第 17 巻第 3 号(2012 年 9 月). (448). 47) 引き下げも重要な検討課題だ」 と指摘した.. 一方,大幅増税の阻止という観点から,中川. 4.おわりに. 氏と竹中氏の意見は一致していた.中川氏は与. 以上,検討してきたことを簡潔にまとめよう,. 謝野氏と同様に増税よりも歳出削減に重点を置. 本稿では,当初歳出削減・抑制のみの財政再建. く考えを持っていた.とはいえ,中川氏は要対. から,歳入と一体になった財政再建へ変化する. 応額を先に出すことに危険を感じていた.要対. ことになった要因について,政策決定過程にお. 応額が先に設定されると,歳出削減額が党内の. ける各アクターの主張と影響に焦点を当て分析. 反対で積み上がらない場合,増税幅が大きくな. を行った.. ると考えたからである.その反面,要対応額の. 小泉財政構造改革の枠組みの中では財政再建. 目安を設定すれば,増税幅を縮めるには歳出削. が重要な課題として出された.そして,小泉首. 減額を積み上げろと党に要求できるかもしれな. 相は増税しないと公約したことにより,当初は. い.そこで,竹中氏は歳出に深く切り込むと,. 緊縮財政による財政再建の手法が堅持されてい. 党の反発が激しくなることを考慮して,過去 5. た.その方針の下で,一般会計における各分野. 年間の削減ペースを維持することを大原則とし. の厳しい削減・抑制が行われ,なかでも,公共. て考えた48).. 事業関係費は最も重要なターゲットとして位置. 結果的に諮問会議の転機におけるメンバーの. づけられた.ただし,歳出に占める役割の高い. 変更は「歳出・歳入一体改革」の政府案の作成. 社会保障関係費についても,自然増による歳出. に大きく影響を与えたが,増税を要求するアク. の増加を削減するという形で厳しい抑制が図ら. ターが増えるなか,歳出・歳入一体改革への道. れ,毎年 2200 億円削減の達成のために,厚生. が漸進的に明瞭になっていくのである. 加えて,. 労働省はあらゆる分野で抑制を実施していた.. 一般会計の当初予算(表 1)と最終予算(表 3). これらの歳出分野での削減・抑制を中心としな. の推移を考えれば,2004 年と 2005 年は各分野. がら,全体としても歳出削減のみによる財政再. の削減・抑制が厳しくなってきたことが読み取. 建が実施されていった.. れる.2004 年には災害の要因が大きいとは言っ. 財界は当初,法人税率の引き下げを強く主張. ても,公共事業関係費を除く他の部門の削減が. し,その主張は一部の政策減税という形で実現. 当初予算より増加しており,かつ 2005 年もそ. されることとなった.しかし,2003 年 1 月に. の状況が続くのである.つまり,当初のような. 発表された「奥田ビジョン」に端的に見られる. 歳出削減が進まないことで,歳出削減のみに依. ように,今後の社会保障費用を賄う必要から,. 拠したプライマリーバランスの黒字化を実現す. 消費税増税を求める動きがみられるようにな. るという目標の達成が困難になる状況で,増税. る.ただし,同じ増税の主張であっても,諮問. を含めた財政再建へと考えが変化した要因と考. 会議に対する影響力は,財界よりも自民党の方. えられる.それが小泉自身も歳出削減のみでプ. が強くなるようになる.. ライマリーバランスを達成するのが難しいと国. 従来,小泉首相から「抵抗勢力」として位置. 会で認めた. 49). もう 1 つの要因であろう.. づけられ,政策決定に対する影響力を制限され ていた自民党議員は,総合経済調査会を新設し, 諮問会議の政策に対する様々な修正要求を求め. . 47)『日本経済新聞』(2004 年 9 月 22 日). 48)清水(2007),pp. 261─263 を参照. 49)清水(2007),p. 261.. るという形で政策決定における影響力を高めて いった.さらに,その後の第 3 次内閣改造にお いて,竹中氏が経済財政担当大臣から退き,与 謝野氏に交代することで,党の影響力がさらに.
(15) 小泉政権における財政再建の政策決定過程(宋). 高まっていくこととなる.その過程で,民間議 員の吉川洋によって初めて発表される「歳出・ 歳入一体改革」の構想は,党税調の「中間とり まとめ」においてより具体的な政策提案となり, 最終的 に「骨太方針 2006」で「歳出・歳入一 体改革」が明記されることとなったのである. 政策決定過程におけるアクターの影響力に加 え,2001 年から開始された歳出削減が,震災 復旧などの突発的な事象を含みながら,2004 年から 05 年にかけて予定通りに進まず,むし ろ歳出増加が見られた点は,歳出削減のみに依 拠した財政再建策の実行可能性への疑問と,首 相自身の方針の転換につながる要因になったと 評価できるだろう. 2005 年 の 総選挙以降,首相 の リーダーシッ プが一層高まったという政治学の先行研究にお ける評価を踏まえれば,この時期に首相が財政 再建に関する政策方針を転換することは一見矛 盾するように思われる.しかし,上川が指摘す るように,首相のリーダーシップの発揮は政策 領域によって異なるだけでなく,財政再建とい う政策課題においては,そもそも歳出削減・抑 制のみに依拠して財政再建を達成するという政 策目標の設定のあり方自体が実現困難なもので あったと言えるだろう. 参考文献 飯島勲『小泉官邸秘録』日本経済新聞社,2006 年. 池上直己・J. C. キャン ベ ル『日本 の 医療』中公 新書,1996 年. 内山融『小泉政権』中央公論新社,2007 年. 大田弘子『経済財政諮問会議の戦い』東洋経済新 報社,2006 年. 大嶽秀夫『日本型 ポ ピュリ ズ ム』中央公論新社, 2003 年. ────『小泉純一郎 ポピュリズムの研究』東 洋経済新報社,2006 年. 大里慶子「限界を迎える社会保障費の抑制方針」 『立法と調査』289 号,2009 年. 上川龍之進「2005 年総選挙以前 に お け る 小泉政 権下での予算編成 ⑴,⑵ 完成─官邸主導の 予算編成はどこまで実現していたのか」『阪. (449). 87. 大法学』59 ⑸(通号 263) ,2010 年 1 月,pp. 6─49. ────「経済政策提言 と 小泉政権 の 経済政策」 『阪 大 法 学』 第 59 巻, 通 巻 第 261・262 号, 第 3・4 号,2009 年 11 月. ────『小泉改革の政治学─小泉純一郎は本当 に「強い首相」だったのか』東洋経済新報社, 2011 年. 川北隆雄『財界の正体』講談社現代新書,2011 年. 権丈善一『医療年金問題の考え方─再分配政策の 政治経済学』慶應義塾大学出版会,2006 年. 小西砂千夫「公共事業 小泉首相の本気度が問わ れる局面」 『エコノミスト』2004 年 4 月 12 号. 後藤道夫編『日本の時代史 28 岐路に立つ日本』 吉川弘文館,2004 年. 塩田潮『危機の政権』東洋経済新報社,2007 年. 清水真人『官邸主導 小泉純一郎の革命』日本経 済新聞社,2005 年. ────『経済財政戦記─官邸主導小泉から安倍 へ』日本経済新聞出版社,2007 年. 神野直彦『三位一体改革と地方税財政─到達点と 今後の課題』学陽書房,2006 年. 島崎謙治『日本の医療制度と政策』東京大学出版 会,2001 年. 盛山和夫『年金問題 の 正 し い 考 え 方』中公新書 (1901) ,2007 年. 竹中治堅『首相支配─日本政治の変貌』中央公論 新社,2006 年. 竹中平蔵『構造改革 の 真実 竹中平蔵大臣日誌』 日本経済新聞出版社,2006 年. 西岡幸泰「小泉内閣「骨太方針」の逆立ちした経 済社会観─小泉「改革」が拠って立つ,経済 社会のとらえ方」 『社会保障』 (33) ,2001 年. 二木立『医療改革─危機 か ら 希望 へ』勁草書房, 2007 年. 日本経済新聞政治部『政治破壊 小泉改革とは何 か』日本経済新聞社,2001 年. 林宜嗣『財政危機の経済学』日本評論社,1997 年. 山口二郎『大蔵官僚支配の終焉』岩波書店,1987 年. (雑誌・新聞関係) 『AERA』 ,2006 年 7 月 31 日号. 『朝日新聞』 ,2005 年 12 月 19 日,2006 年 6 月 13 日, 2007 年 8 月 7 日. 『財界』 ,2002 年 3 月 26 日,2003 年 10 月 21 日, 2002 年 6 月 25 日,2005 年 10 月 18 日. 『週刊東洋経済』 ,2003 年 5 月 10 日. 『選択』 ,2003 年 2 月 1 日. 『日本経済新聞』 ,2004 年 9 月 22 日,2004 年 9 月 27 日,2006 年 1 月 1 日. 『毎日新聞』 ,2003 年 1 月 6 日,2010 年 3 月 4 日..
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