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地域防災戦略と東南海・南海地震

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<論 説>

地域防災戦略と東南海・南海地震

―防災情報の共有と事業継続計画に関する考察―

佐 藤 孝 治

1.はじめに

2.東南海・南海地震対策の現状 2.1.想定される東南海・南海地震 2.2.過去の被災状況

2.3.徳島県美波町における地域防災対策 2.4.地域防災対策の取り組みと情報共有 3.地域防災対策の課題

3.1.地方自治体の防災対策 3.2.市民の防災対策・意識改革 3.3.企業の危機管理対策

4.緊急時における事業継続計画(BCP)と企業の社会的評価 4.1.近年の地震災害から見えてきたこと

4.2.緊急時における事業継続計画

5.まとめ:地域防災対策の「見える化」戦略の必要性

1.はじめに

東南海・南海地震は,地震や津波による被害規模が西日本の多数の府県にまたがる大規模かつ 広域的な災害であり,中央防災会議においても首都直下地震と並んでその発生が懸念されてい る。2004年12月に発生したスマトラ島沖大地震は,M9.3を記録しており,22万人以上の死 者・行方不明者を出した。この津波による被害を拡大させた大きな要因として,インド洋には津 波を警告するための情報伝達ネットワークが整備されていなかったことがある。

津波警報システムが整備され,事前に少しでも早く津波が来ることを知っていたならば,被害 の発生をある程度軽減することができた可能性が大きい。大規模な津波になればなるほど,津波 の到達を確認してから避難するのでは間に合わなくなる。インド洋大津波は,事前の対策や情報 共有の重要性を改めて認識させた。

本稿の目的は,東南海・南海地震の発生によって大きな影響を受ける四国各県や紀伊半島にお けるフィールド調査を通じて明らかになった地域防災対策の現状や問題点の検討を行うこと,及 び企業にとって重要な事業継続と危機管理の意味を考えることである。本稿では,徳島県美波町 における地域防災対策に焦点を当てて検討を行った。

(2)

地域防災計画や津波ハザードマップを作成している地方自治体は多いが,美波町における防災 知識の普及,地域住民の一体感や共通認識を作り上げる様々な取り組みは,地域防災対策の「見 える化」の新たな動きとしてとらえることができる。「見える化」という手法は,これまでマー ケティングや地球温暖化対策などで使われてきたことはよく知られているが,地域防災対策との 関連で取り上げられることはなかったものである。

そこで本稿では,第一に,四国における地震災害の歴史を簡単に振り返り,徳島県美波町を中 心に今日取り組まれている地域防災対策の活動内容を検討する。第二に,今後発生が予想される 東南海・南海地震への対応における行政や市民の視点からの改善策や地域防災対策について考え る。第三に,災害など緊急時における事業継続計画(BCP)と企業の社会的評価について考察す る。最後に,地域防災の「見える化」を考える意義について問題提起する。

2.東南海・南海地震対策の現状

2.1.想定される東南海・南海地震

東南海・南海地震は,国の中央防災会議での検討においても21世紀前半に発生が予想されて いる紀伊半島沖,四国沖を震源とするM8クラスの巨大地震であり,東海,近畿(紀伊半島),四 国,九州などの広範な地域に非常に大きな被害を及ぼすとみられている。南海地震の今後30年 以内の発生確率は50% 程度と予想されている

首都直下地震や東海地震の危険性についてはたびたび取り上げられてきたが,現実的に憂慮さ

東南海+南海 (参考)

(参考)

東海+東南海+南海

6, 6, 2, 8, 1, 9, 2, 2,

7, 9, 4,

0, 0, 8, 3, 6, 9, 0, 6, 2, 1, 7, 7, 3, 0, 2, 8, 0, 0,

3兆 6兆 0兆

4兆 1兆 1兆

7兆 7兆 1兆

表―1 東海・東南海・南海地震,それぞれの被害想定(最大値)

(注)1 数字は概数。内訳と合計は必ずしも一致しない。

死者数は午前5時発生,全壊棟数は午後6時発生を想定。

東海;中央防災会議「東海地震対策専門調査会」平成15年3月18日公表

東南海+南海;中央防災会議「東南海,南海地震等に関する専門調査会」9月17日公表 東海+東南海+南海;同上

(出所)中央防災会議ウェブサイト,http://www.bo−sai.co.jp/tounankainankai.htm

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れるべき災害として,東海地震を含めて東南海・南海地震が同時期に発生した場合,西日本全域 に被害が波及する広域的な災害となる恐れがある。中央防災会議によれば,東南海・南海地震に よる犠牲者数は最大で約18,000人に達すると推定されていた

2010年4月,中央防災会議は,東海,東南海,南海地震の3つが同時に発生した場合の府県 別被害想定を発表した。それによると,死者数が,静岡県8,100人,高知県4,900人,和歌山県 4,600人,三重県2,600人,愛知県1,900人,徳島県1,300人,死者数の合計が約24,700人に なるという県別の被害想定を公表した。3つの地震が同時に発生した場合,静岡県における人 的被害,建物被害が非常に大きく,我が国の経済的な被害は実に81兆円に達することが明らか となった。

2.2.過去の被災状況

これまでに四国一帯を襲った地震災害について振り返ってみると,地震に伴って発生した津波 によって約100年から150年周期の間隔で繰り返し大きな被害を受けてきたことが分かる。過去 に発生した東南海・南海地震はそれぞれ単独でもM8.0〜8.5であり,1707年の宝永地震のよう に東海地震も含めて,3つの震源域で同時に地震が発生した場合には,M8.7の巨大地震となっ たものもある。以下,代表的な3つの地震津波による被害について見てみよう

第一に,正平の南海地震(1361年)は,M8.0〜8.5と推定される巨大地震であり,この地震に よって発生した津波によって摂津,阿波,土佐などの地域に大きな被害がもたらされた。特に,

阿波の雪(現徳島県美波町由岐地区)湊で家屋1,700戸余が流失し,60人余が死亡した。その時の 地震津波の犠牲者を供養するために建立されたのが,太平記にも記された日本最古の津波慰霊碑 の「康暦碑」である。この慰霊碑は,美波町東由岐の山中に立っている。

第二に,安政南海地震(1854年)は,安政の東海地震が発生したわずか32時間後に発生した 南海道沖を震源とするM8.4の巨大地震であり,近畿から四国,九州東岸に至る広い地域に甚 大な被害をもたらした。被害の最も大きかった土佐では,推定波高5〜8mの大津波が沿岸地域 を襲った。安政南海地震による全国的な被害は全壊家屋20,000余戸,半壊家屋40,000余戸,焼 失家屋2,500余戸,流失家屋15,000余戸,死者約30,000人であったと推定されている。

第三に,第二次大戦直後の昭和21年に発生した昭和南海地震(1946年)は,M8.1と関東大震 災(M7.9)を上回る規模のものであった。特に地震の揺れが大きかったのは,和歌山・徳島・

高知・三重・愛知・岐阜の各県であったが,1944年の昭和東南海地震とともに,戦中・戦後の 混乱期であったために,被害の詳細がよく分からず,記録も余り現存していない。全国の推定被 害は,死傷者・行方不明6,603人,全半壊家屋35,105戸,焼失家屋2,598戸であった。

このように,四国や紀伊半島沖ではM8クラスの巨大地震は100〜150年程度の間隔で発生し てきた。21世紀前半に発生が予想される東南海地震や南海地震に対して,現在,国だけでな く,府県や市町村レベルでも様々な取り組みが進められているが,昭和東南海地震や昭和南海地

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震の津波による被害が人々の記憶の中に残っている現在,それら被災の記憶を地域防災活動の活 性化に結びつける必要がある。

また,これまでは,東海,東南海,南海地震が独立して個別に発生することを前提としてきた が,今後,国,地方自治体,企業はこれらの地震が同時に連動して,あるいは連続発生すること を前提とした防災計画を策定することが急務となる。

2.3.徳島県美波町における地域防災対策

①徳島県の防災対策・危機管理対策の取り組み

四国東部の徳島県は,風水害(台風の常襲地帯)や地震・津波(南海地震の発生による大きな被害)

などの災害に常に向き合ってきた。県の総合計画の中でも,防災対策や危機管理対策が重視され ている。2004年4月には,知事直轄の組織として防災局を設置したが,翌2005年4月には防災 局を危機管理局に改組した。南海地震対策としては,2006年3月に「徳島県地震防災対策行動 計画」を策定して,南海地震発生時の死者ゼロを基本目標とした。

同行動計画の重点項目として,◇県民防災力の強化,◇住宅・建築物の耐震化と土砂災害対 策,◇津波対策の推進,◇被災者の迅速な援助・救命対策,◇被災者の生活支援対策,があげら れている。その中での具体的な施策としては,県民防災意識の啓発,防災に関わる様々な訓練

(頭上訓練,総合防災訓練,三重・和歌山・徳島・高知4県共同津波避難訓練),市町村の防災体制の強化

(防災主管課の設置)などがある。

防災対策のポイントとして,1)行政のトップが明確に意思を示せば「防災対策」は進捗す る,2)住民に目に見える形で「広報する」,3)常に「啓発」しておかないと忘れられる,4)一 つの問題が解決すると次の問題が見つかる,という4点があげられているが,徳島県の防災対策 の特徴として,「劇場展示型」から「現地現物・住民参加型」への変更ということが強調されて いる。このことは,後述する同県美波町における地域防災対策の「見える化」という動きを考え る上で重要な点である。

②美波町の概況

徳島県南東部に位置している美波町(図―1参照)は,徳島市から約50km,車で約1時間20 分程度の距離にあり,2006年3月に旧由岐町と旧日佐和町が合併して新たに誕生した町であ る。同町の海岸部は,離島,海食崖,海食洞,多様な岩礁など,非常に変化に富んだリアス式海 岸を形成している。

そのため,古くから複雑な湾や入り江を利用した港が発達してきた。美波町由岐地区の由岐港 はその港湾の一つであり,歴史的にも海路が整備され海上交通の重要な拠点となってきた。陸上 交通の発展や経済環境の変化などもあり,海上交通は衰退したが,今日でも由岐港は漁業を中心 とした地域の産業経済の重要な拠点として存在し続けている。

しかし,美波町の人口は,7,964人(2009年11月推計)である。1980年の人口は11,864人で

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あったので,30年近くの間に27% も減少した。また,65歳以上人口割合は36.7%(2005年国勢 調査結果)となっており,典型的な過疎地域,少子・高齢化の進む町である。このような中で,

災害にどう向き合い,どのようにして持続可能な地域を築き上げていくかが緊急の課題となって いる

③地域防災意識の再検討

2006年に合併した美波町は,住民主体のまちづくりや防災計画を進めることを目標にしてい る。阪神・淡路大震災で明らかになったように,日常的な住民の関わり合いや相互協力は災害時 の大きな力になるものである。住民自らが防災に対する意識を日常的に持つことによって,広域 防災,危機管理に備える必要がある。

そこで,地域住民の意識形成・連携の前提になるのは,住民の自立性の向上と情報共有であ る。地域住民の連携のためには,自分たちの町で起こったことに対しては,町の様々な資源を もって基本的に対処するという強い意志がなければ成功しない可能性が大きい。地域住民の連携 の前提条件は,地域の住民同士による日常的な情報共有である。すなわち,地域住民の連携を実 現するには,基本的な情報の共有が必須である。例えば,どこに避難場所があるのか,そこまで の避難経路はどうなっているのか,という情報が事前に住民同士で共有されている必要がある。

このようなことを前提とせずに,いきなり地域住民の連携を打ち出しても実際の効果は小さい と思われる。地域の住民同士が情報を共有して,お互いに協力し,自主的に行動できる仕組みが

図―1 徳島県美波町の位値

(出所)美波町

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あることによって,防災意識の高いまちづくりも可能になる。

④避難場所の確保について

美波町では,南海地震が発生した場合,津波の第一波が約11〜12分で到来すると予測されて いることから,津波対策の住民避難場所の確保が重要である。避難場所として住宅地に近接した 高台の神社などの場所を提供できるように避難道や避難階段を整備することや,津波避難施設の 設置などによって,住民の避難可能率を向上させるように努めている。

津波避難タワー(通称タスカルタワー,写真―1参照)は町内に数ヶ所設置されているが,建設コス トを余りかけることなく設置できるものである。恵比寿浜地区の津波避難タワーの場合,建設事 業費は約960万円である。津波対策として迅速に避難できる人工の高台を準備できることが長所 である。津波避難タワーは,1)震度6強まで耐える強度,2)ドアは鍵がなくても手で壊して 中に入ることができる構造,3)収容人数は100人程度,4)主に海辺にいる人々のための避難場 所,5)一時的避難に有効,などの特徴があるが,一般住宅よりも高い構造物であるために,周 辺住宅のプライバシー問題が発生する可能性が懸念されている。

美波町内に数ヶ所設置された津波避難タワーは,湾や入り江などに面した場所に建設されてい るため,津波第一波の到達予想時間11〜12分と,住戸から山側への避難可能時間とタスカルタ ワーへ避難する可能時間を考え合わせると,避難施設として効果的であるように見えるが,その 設置場所には問題もある。津波の到来が予想される時に,住民を海岸線の方向に避難・誘導する ことが前提とされていることは,人間の心理として津波から遠ざかろうとする心理を抑えて津波 に向かっていくことが果たして現実に成しうるものか,津波防災の観点からその有効性を十分に 検討する必要がある。なぜならば,美波町に設置された津波避難施設は今後全国的にも検討され ていく可能性が大きいからである。

津波からの避難は,基本的に海岸から離れる方向へ避難することが基本である。しかし,複雑 なリアス式海岸であり,海岸線と後背地の山間部の間にも住宅が密集しているため,有効活用で

写真―1 美波町恵比寿浜地区の津波避難タワー

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きる土地が限られているのも現実である。

写真―2は,津波の避難道として新たに整備されたものである。これは,頂上部分に以前から 津波避難場所として指定されていた神社があるが,避難路がとても狭く,また海側に避難道がな かったため,新たな避難道としての整備が行われたものである。調査した避難道はすべてその階 段や坂道が急峻であり,階段一段一段の幅が広く高齢者には使いづらいものである。避難ルート の整備・確保という点では一定の効果はあるものの,高齢化率の高い美波町のような町では,津 波の到来が予想される時に,高齢者がこのような避難道を使って早急に避難することは困難を極 めるだろうと予想される。

高齢者の避難には地域住民の協力,なかでも若者の働きかけが欠かせないのは確かである。し かし,過疎化の進んだ美波町のような地域は全国的にも多く,若者が都市圏に流出しているため に困難である。そのため,高齢者にとっては災害時に要援護者にならないように体力を維持する 努力も大切であるが,それにも限界があるだろう。

⑤防災倉庫の役割

一方,地区毎に設置された防災倉庫は,災害時の備蓄倉庫としての役割を担っており,町内会 などが作った自主防災組織が主体となって設置されている。

主な備蓄品は,1)チェーンソー,ハンマー,スコップ,バール,ノコギリなどの工具,2)食 糧(約400食分),ミネラルウォーター,3)鍋,やかん,トイレットペーパーなどの日用品,4)

毛布,布団,5)懐中電灯,ヘルメット,ラジオ,6)女性の生理用品,7)その他住民から寄付 されたもの,などがある。

備蓄品の中には非常に身近で,実用的なものが目立っている。これには阪神・淡路大震災の教 訓が活かされているのである。阪神・淡路大震災の時には,消防や自衛隊の到着前に住民が自主 的に身の回りにあるものを使って,がれきに閉じ込められた被災者を救ったという事例が数多く

写真―2 美波町由岐地区に設置された津波避難階段

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報告されている。その後,ハンマー,バール,ノコギリなどが自治体の働きかけで防災道具とし て備蓄されるようになった。これは多くの方々が亡くなって初めて分かったことで,災害の教訓 が活かされている事例である。

また,2ヶ月に一度備蓄品の点検が行われ,定期的に補充や講習会などで実用する試みも行わ れている。しかし,全ての備蓄倉庫に十分な備蓄品が備わっているとは言えないのが現状であ り,使用されていない空の倉庫もあるということがフィールド調査の際に報告されていた。

2.4.地域防災対策の取り組みと情報共有

①防災知識の普及について

防災のためには,避難場所を知っておく他に,防災についての予備知識も必要である。美波町 では,防災講座や防災フォーラムなどを実施して住民の防災意識の向上を図り,防災に対する共 通認識が持てるように働きかけを行ってきた。

それに伴い,家具の転倒防止を自主防災組織が先頭に立って支援したり,津波の浸水高を示す テープを誰がいつどこで見てもわかるように至るところに設置し,防災情報の共有化を図り,住 民の防災啓発を行っている。これは地域防災の「見える化」の努力であると言うこともできるだ ろう(写真―4参照)。

その他にも,美波町では高齢者が災害要援護者にならないための対策として,「安全な避難の ためには日頃から健康でいることが重要である」という考えのもとに,高齢者の健康教室や自主 防災組織で,体操を日々の日課として実施するなどの実践的な取り組みが行われている

一方,地域防災に関する独自の取り組みを進めている高知県西南部に位置する黒潮町(人口 13,343人,住民基本台帳2009年11月現在)は,2006年3月,旧大方町と旧佐賀町が合併して誕生し

た町である。黒潮町では,学校教育の現場における防災教育の一環として,小学校の子どもたち が作成した津波防災のポスターを町の中で避難誘導のために活用している(写真―5)。黒潮町にお ける行政,地域住民,学校教育現場が一体となったこのような取り組みも地域防災対策の「見え

写真―3 防災倉庫の外観及び倉庫の中

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る化」の動きとして評価されることである。

②防災ツーリズムについて

美波町では過疎化や少子高齢化対策にも視野を広げた興味深い取り組みも行われている。それ が「防災ツーリズム」と「ぼうさいAMOUR(アムール=愛する人)」という取り組みである。

「防災ツーリズム」とは,将来発生する東南海・南海地震に備えて,徳島県の高校生が防災学 習を通じて交流するというイベント事業である。この事業に関しては,『防災ツーリズムマップ

(暫定版)』という地図がまちおこしのウェブサイトで公開されている(図―2参照)。

これは,タイトルにある通り,防災をキーワードとしたツーリズムを紹介・案内する地図であ り,これまでに美波町由岐地区では,徳島県の高校生以外にも他県の高校生を招き,修学旅行と して,防災をテーマにしたツーリズムを行ってきた。

このツーリズムでは,擬以高齢者体験,津波避難場所までの経路整備,炊き出し訓練などの防 災学習の交流を通じて,実際の地域での防災福祉の現状や課題などを探りながら,解決方法を見 出すことによって,地域住民および参加者の防災意識の高揚を図り,地域の防災福祉を推進する ことを目的としている。数日間という短期間ではあるが,過去の南海地震の歴史を地元の高齢

写真―4 防災知識の普及活動の事例

#

!"

(注)矢印は過去の津波の浸水高を示すもの

写真―5 高知県黒潮町の小学生のポスターによる避難誘導

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者たちと振り返り,避難場所の整備作業などの実体験をすることで防災意識を高めることは,地 域防災対策としてだけでなく,世代間コミュニケーションを促進する上でも有意義である。

また,全国的に見ても,グリーンツーリズムで地域活性化を図っている地域はかなりあるが,

「防災ツーリズム」という新たな取り組みの事例は美波町以外には見られないようである。地域 で行われている外部の教育機関などと協力した取り組みが注目されることになれば,防災を介し た参加体験型の観光として注目され,今後公的な支援策も見込まれる可能性がある。

③「ぼうさいAMOUR」について

「ぼうさいAMOUR」は,過疎化・少子化の中で,「防災」をキーワードに まじめな出逢い 系 と称する交流促進事業である。若い男女の出逢いの場づくりと,若者の防災意識の向上を目 的に,防災訓練などを通じて交流するものである。第一回目では,県内から24人の独身の男女 が集い,防災訓練や炊き出しによる食事会などを行い,4組のカップルが成立した

また,雇用面では近年,地元での雇用創出が難しく,若者の仕事がないという状況が続き,そ れが過疎化に繋がってきただけに,「防災ツーリズム」とともに,若者を定住化させ町を元気に するための地域活性化策としても意義がある。

全国的に見ても,若者たちの出逢いの場を地方自治体がセットするという動きは出てきている が,防災と若者の出逢いをリンクさせた「ぼうさいAMOUR」は,他の過疎地域でも参考になる 取り組みである。ひとり暮らしをしている人が多い地域では,どうしても周辺住民との交流が希 薄になりがちであるが,この取り組みを通して,住民同士の交流が深まり,防災に関する知識を 獲得することができれば,被災時における互いの安否確認や共に救援活動を行うことも容易にな ると考えられる。

④世代間の連携の重要性

美波町における防災の取り組みの中で,悩みの種は高齢者中心の活動になってしまっており,

図―2 美波町の防災ツーリズムマップ

(出所)美波町ホームページ

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若者が少ないという現状である。阪神・淡路大震災の際は,震災発生後1ヶ月の間に1日当たり 約2万人のボランティアが被災地で活動を行ったという記録があり,その参加者の6割前後がボ ランティア未体験,5割以上が20代以下という若年層であった。また,被災地域外からの参加 者が6割強を占め,団体に所属せず個人での参加が5割以上を占めていた

阪神・淡路大震災では,行政機関による消火や救援活動が難航する中で,消防活動において,

被害の広域化,多発化する火災に対し,地域住民が連携してバケツリレーなどの消火活動を行っ たのはよく知られている。その中心には若者たちの姿があった。救助隊が来るまでの間,あるい は来ても救助が行き届かない場合には,住民同士による人命救助活動は欠かせないものである。

そのような事態に,体力のある若者たちの存在は大きな助けになるが,過疎地域としての悩みは 極めて深刻である。

地震大国であり,高齢社会でもある日本では,神戸,福岡,新潟,宮城,岩手など様々な地域 で,大規模な地震災害を経験した中高年層が数多くいる。彼らの被災経験を,災害を経験したこ とのない若い世代に伝え,情報伝達の連鎖を繰り返すことで経験の伝承を行っていく必要があ る。そのためにも,被災時の具体的な対応策や体験談を学校教育の場などで高齢者と若い世代の 交流を通して伝えることが大切である。

3.地域防災対策の課題

3.1.地方自治体の防災対策

地方自治体は,国のように大規模かつ広域的な防災対策を行うことはできないが,地域の特性 を良く理解しているので,地域にあった様々な対策を柔軟に行うことが可能である。

危機管理対策の水準向上・計画実施のためには,まず危機の伝承による情報の共有が必要であ る。そして,より重要な点は,事業継続計画の策定により,業務の継続性や地域の持続可能性を 高めることである。

高寄昇三著『阪神大震災と自治体の対応』では,「自治体の危機管理において考えなければな らないのは,危機管理責任の所在・水準,危機管理対策の水準向上・計画実施のために何をすべ きなのか」ということであると指摘している

第一の危機管理責任の所在と責任については,同書の中で,首藤信彦東海大学教授が「震災対 策を行わず,備蓄を持たず,必要な消防車を揃えず,防災を基盤とする都市計画を立てなかった 自治体で被害が発生すれば,それは『未必の故意』として刑法上の処罰を受けるべきであろ う」,「少ない防災予算に併せて被害想定を操作するという犯罪的な行為を,科学分析の名のもと に実行している,政府,自治体,コンサルタント全員の責任である」と述べているが,法律に よって震災対策を行うことを強制し,また,その対策を住民がチェックすることで正しい対策に 向かわせると同時に,住民の防災意識を高めるという2つの意義がある。

第二の危機管理対策の水準向上・計画実施のために何をすべきかについては,「まず危機の伝

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承が必要である」ことを強調している。これは,被災時に経験を活かすという意義の他に情報の 共有により危機意識を高める意味がある。そして,より重要な点は,内部体制の強化・確立であ る。地方自治体によっては,「消防・警察など安全の専門部門を拡充することはあっても,全体 の都市の安全をチェックするスタッフが欠如している」と指摘されているように,高層ビルの 耐震強度やアスベスト,原子力発電所など,安全性について述べることがタブーのように扱われ ており,防災のための情報の共有といっても様々な障害が存在するのが現状である。

また,平常時に危機管理は軽視される傾向にある。しかし,平常時であればこそ,緊急時に対 する備えが必要であり,きちんと危機管理対策が取られているかどうかをチェックする部門も必 要である。それによって住民の危機管理に対する理解が深まるという相乗効果も生まれる。

3.2.市民の防災対策・意識改革

市民が行わなければならない防災対策は,まず日頃からの準備である。国や地方自治体が地域 で防災倉庫などの準備を行っていても,実際に人々が使いこなすことができなければ余り意味の ないものになる。防災倉庫については,備蓄品を住民自らが必要なものを考え,提供していくこ とが重要である。

美波町は,徳島文理大学や徳島新聞社と共同で,若者を対象に防災に興味を持ってくれるよう に,地震と津波から避難するまでの短編映画を制作したが,この内容は徳島文理大学のウェブサ イトで公開されている。その内容は,コミカルなストーリーものとして企画されており,なぜ津 波や地震が恐ろしいのか,どのように避難すれば良いのかを真剣に考えるための防災入門的な内 容として,子どもたちにとっても分かりやすいものになっている。ウェブ上で公開された動画 は,防災に興味を持ち,防災の知識を得るという住民同士の情報共有による防災教育面でも評価 できるものである。

一方,被災後の対策として参考にすべきことは,阪神・淡路大震災での被災者同士によるコ ミュニティ支援事業である。特定非営利活動法人コミュニティ・サポートセンター神戸(CS神 戸)による『CS神戸のあゆみ コミュニティ・エンパワーメント―自立と共生を求めて―』で は,阪神・淡路大震災による被災後,仮設住宅に住んでいる人の中には,何か仕事をしたいとい う人が多くいたことが明らかにされている。機器の修理であればできる,運転ならできる,パ ソコンだったらできるという人々,女性ではミシンならばできる,お針仕事ならできるという 人々など,同じようなことができる人々が集まりグループ化し,小規模なコミュニティ・ビジネ スによる支援事業が行われた。

これはCS神戸の支援があって初めて可能になった支援事業であるが,被災後のリアクション として,住民が自分のできることで支援事業を行ったことは高く評価されるべきことであるし,

これからの災害にもその事例が活かされる必要がある。

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3.3.企業の危機管理対策

防災対策として企業レベルで注目を集めるようになってきたものに事業継続計画がある。我が 国における事業継続計画の普及率はまだ低いものの,地震対策や新型インフルエンザなどの感染 症対策として,近年注目を浴びるようになってきた。

事業継続計画には様々な種類の計画がある。それは,企業が行う事業活動とは様々な要素が重 なりあって実現されているものだからである。その中で最も基本的なものが本社のバックアップ 機能を持つ施設を作る事業継続計画である。国内外に事業所を持つ大企業で,全てのデータを集 計し指令を出す本社が被災し,中枢管理機能や情報機能が麻痺した場合,国内外の事業所が機能 しなくなってしまう。それを防ぐために,本社と同じ機能を持つ施設を別の地域に作っておくこ とで,どこで災害が起こっても,本社機能が麻痺することがないようにするのである。

また,企業はインフラやライフラインなどの被害についても考慮に入れておく必要がある。被 災地域で企業活動を継続させなければならない場合,あるいは被災地域からの物流機能を維持す る必要がある場合,情報伝達手段,交通網などのインフラが必要である。阪神・淡路大震災当日 の阪神地区での出社率は17% 程度で,引き続く数日間でも50% 程度で,被災地域で企業活動,

復旧活動をしようとしても人手が足りないという事態に陥った。また,情報伝達手段を失ったこ とにより,被災地以外に本社機能をおく企業においては,現地の被災状況,支援要請の内容が把 握できずに被害を拡大させてしまったという例もある。そのため,本社機能を持つ施設を別に 作るだけという中途半端な事業継続計画では,かえって被害が拡大することもあり得る。

大地震が起こればインフラやライフラインの損壊を免れることはあり得ない。そのため,企業 は災害に対する危機管理として,インフラなどの外部資源が被害に遭った状況から如何にして企 業活動を復旧させるかを,経営者が主体になって考えなければならない。この危機管理と,被災 後に発生する火災や余震による二次災害を防止することができれば,企業の被害は最小限に抑え ることができる。

企業活動の復旧は,そのまま被災者への支援活動に繋げることが可能である。たとえばある企 業が被災後の道路,鉄道など交通網の確保を実現したとすれば,遠距離通勤の帰宅難民への帰宅 ルートの提供や支援物資の用意などをすることができる。また,情報伝達手段の確保ができれ ば,病院・消防署・警察の連携や救援要請も迅速に行うことができる。企業の事業内容によって は直接,被災者の支援を行うことも可能であろう。企業が備えるべき危機管理や被災時の対応に は,企業の経済的損失を減少させるだけでなく,企業の社会的評価の向上や被災者の支援という 面でも意義がある。企業の事業継続計画については,以下の第4章でさらに考察する。

4.緊急時における事業継続計画(BCP)と企業の社会的評価 4.1.近年の地震災害から見えてきたこと

①新潟県中越沖地震の衝撃

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2007年7月16日午前10時過ぎに発生した新潟県中越沖地震は,地域社会に深刻な被害をも たらすとともに,柏崎刈羽原子力発電所の被災という形で,日本の原子力行政に大きな動揺を与 え,国際原子力機関(IAEA)による調査という事態にもなった。

同時に,中越沖地震は,自動車部品メーカー大手リケンの操業停止により,国内の自動車メー カー6社の事実上の生産休止という事態を生み出した。トヨタ自動車などの自動車メーカーは在 庫を極限まで持たないというカンバン方式によって経済効率を最大限に高め,収益を拡大させる 経営戦略を採ってきたが,今回の中越沖地震のような自然災害などによって,部品調達のネット ワークが切れてしまうと,効率的なシステムの弱点が露呈する。

1995年に発生した阪神・淡路大震災の際にも,住友電工伊丹工場の被災により,自動車用電 子部品の生産が停止し,トヨタ自動車の車両工場の生産が全国で一時的に止まったことは有名な エピソードであるが,今回のリケンの操業停止のような産業全体に大きな影響を与えるものでは なかった。巨大な産業ピラミッドの頂点にある完成車メーカーの大半が生産休止を余儀なくされ る事態が,日本の経済活動に与える影響は前代未聞のものであった

そこで,トヨタ自動車などの自動車メーカーは,数百人規模の人員を被災したリケンに派遣し て,生産再開に向けて全面協力した。その結果,週明けには生産再開の目途が立った。リケンが 高いシェアを持つ自動車部品は,エンジン関連のピストンリングと変速機部品のシールリングで あるが,トヨタ自動車は内製する変速機向けに部品を調達するなど,ほぼすべての完成車メー カーがリケン製部品を採用している。

変速機大手のジヤトコは主力3工場の生産休止に続いて,7月19日から5工場の生産を順次 停止させることにより同社の変速機生産の9割強が停止した。自動車各社は同様の製品を生産す る部品メーカーに肩代わり生産を要請した。このように,部品メーカーの増産余力を大手自動車 メーカーが奪い合う状況も生まれ,各社が必要量を確保できる保証はないのが現実であった。 その結果,日本自動車工業会が発表した7月の国内自動車生産は,約87万5000台と12年振り の低水準となった。

中越沖地震が自動車産業に与えた教訓としては,リケンの復旧のために,自動車メーカー全 12社を含め取引先30社以上から,延べ1万人以上の応援が現地に入ったことがあげられる。リ ケンの経営トップは,今回の操業停止から学んだこととして,カンバン方式を維持しつつ,モノ づくりの基本強化と危機管理の両立が重要であることを強調している

新潟県中越沖地震による原発の運転停止や自動車部品メーカーリケンの操業停止などは,自然 災害が産業経済や市民生活に深刻な影響を与えた典型的な事例である。

②大都市の脆弱性を露わにした千葉県北西部地震

一方,2005年7月23日(土)午後4時35分に発生した千葉県北西部地震は,千葉市付近直 下を震源として発生した地震であり,地震の規模はM6.0とそれほど大きくなかったが,JR 線,私鉄,地下鉄など公共交通機関の麻痺,首都高速道路の全面閉鎖,エレベーターの運転停止

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及びエレベーターへの閉じ込めなど,市民生活に多大な影響をもたらした。幸いなことに死者は 出なかったが,JR線だけで約1,200本が運休し,44万人の足に影響が出た

地震が発生したのは土曜日夕方であり,中程度の規模の地震であったが,千葉県北西部地震で は首都圏の鉄道が瞬時に麻痺した。この地震が平日に発生していれば,それほど大きな地震でな くても,首都圏における公共交通の麻痺によって大量の帰宅難民が生まれる可能性があることを 如実に示した。

この地震で注目すべきは,東京都区内の鉄道事業者によって運転再開に相当の差が出たことで ある。JR東日本や東京メトロが運転再開に最大4時間を要したのに対して都営地下鉄は僅か3 分から15分程度で徐行運転を開始した。これは,運転規制の方法が鉄道事業者ごとで大きな開 きがあったばかりでなく,各々の鉄道事業者によって地震データと地震対策マニュアルが全く統 一を欠いてバラバラであったために,運転再開までに要した時間は鉄道事業者によって極端な差 が生じたのである。

一方,高速道路としては東関東自動車道,館山自動車道,東京湾アクアライン,京葉道路を点 検のために一時通行止めにし,首都高速道路では16ヶ所で一時入り口を閉鎖した。一般道路は 特に異状が認められず,鉄道のマヒによって各駅ターミナルのバス停留所やタクシー乗り場に長 蛇の列ができた程度であった。空港などでは地震発生による発着遅れが生じた以外には施設・設 備の損懐や障害はなく,欠航は生じなかった。また海事・港湾関係も同様に特に被害は認められ なかった。

千葉県北西部地震では,公共交通機関が麻痺した以外に注目すべき出来事としては,東京・千 葉・埼玉・神奈川で地震時管制運転装置を備えたエレベーター総数の約44% に相当する約 64,000台のエレベーターに停止などの障害が発生したことである。これら約64,000台のエレ ベーターの点検や復旧作業には約24時間を要し,乗客の閉じ込めは78台(内73台は地震時管制運 転装置付),救出要請46件,故障・損傷は44台(内19台は脱線)に及んだ。閉じ込めからの救出 時間は,通報を受けてから最大170分,平均は約50分弱であった。しかも管理人や乗客が保 守会社へ電話または非常ボタンでコールしようとしても電話回線の輻輳により通じない場合も多 かった。近年の業務用ビル,居住用ビルの高層化に伴って,建物の振動の問題とともにエレベー ターの問題も浮上してきた。

千葉県北西部地震により首都圏の公共交通機関の運行停止や高速道路の通行停止,エレベー ターの自動運転停止や閉じ込めなど多方面に影響が生じたが,首都圏における公共交通機関の停 止は,大量の帰宅難民を発生させ,中枢管理機能を麻痺させてしまうという一極集中による都市 の脆弱性を改めて認識させた。

4.2.緊急時における事業継続計画

①事業継続計画とは何か

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戦後の日本は,高度経済成長を経て,経済大国,技術大国として経済的な繁栄を謳歌してき た。しかし,1995年1月17日早朝に発生した阪神・淡路大震災によって,6,430人の尊い命が 奪われるとともに,神戸や周辺都市は壊滅的な打撃を受けた。

電気,ガス,上下水道,電話などのライフラインは全面的に機能停止し,被害を受けた建物 16万棟以上,被害総額9兆6,000億円(兵庫県調べ)という戦後最大の被害が記録された。地震に よる直接的な被害だけでなく,経済活動の攪乱による直接・間接の影響も極めて深刻で,港湾・

工場などの施設・設備の損傷などによる生産・物流の停滞は経済活動にも大きな打撃を与えた。

これは,1923年9月1日に発生した関東大震災以来のものであったが,人口が密集し,経 済・社会的な機能が集中した大都市で発生した自然災害によって,都市住民の生活が根底から破 壊されるだけでなく,経済・社会・文化・行政などあらゆる面で成立していた都市を支える様々 なシステムが一瞬にして機能停止することが明らかになった。

しかしながら,阪神・淡路大震災の被害実態を通して,首都直下型地震の被害を想像するのは 容易なことではない。中央防災会議などによって,首都直下型地震の被害想定が明らかにされて いるが,戦後60年間に人口の集中,産業経済活動の集積などの様々な要因によって,首都圏で は国内だけでなく,世界的に見てもどの大都市圏とも比較できないほどに過密・集中が進んだた めに,首都圏における直下型地震の被害の姿は私たちの想像をはるかに超えたものになると予測 されている。

阪神・淡路大震災の被害実態に関して,関西経済同友会の報告書『緊急提言 大規模災害時の 危機管理体制の構築に向けて:阪神淡路大震災の教訓』では,「人やモノが集中する都市での直 下型地震は,その集中度のゆえにもたらされた被害もまた甚大であった。多くの人や組織やモノ が有機的につながり合い,支え合って,都市は一つの大きなシステムを形作っている。そこに発 生した大地震は,一つのシステムの崩壊が他のシステムの停止を招き,それは連鎖的に拡大して 複合的で大規模な被害と機能停止の同時多発となり,都市の広範なるシステムダウンを導くに 至った」と述べ,国民の生命や財産の保護のためには,「今回の大震災を,日本全体に蔓延する 危機意識の欠如に対する重大な警告であり,安全保障に対する貴重な教訓としてとらえ直し,歴 史的に位置付け,そこから生まれる反省を将来に生かす」ことを強調した。

同報告書では,緊急提言として,1)災害時即応体制の確立,2)自衛隊の役割の見直し,3)

コミュニティーの一員としての企業の役割,4)危機意識に目覚めた逞しい市民,5)被災者への 情報提供,6)内外のボランティアへの対応,7)交通規制と輸送ルートの確保,という7項目を 取り上げた。これらの提言項目のうち,「災害時即応体制の確立」「コミュニティーの一員として の企業の役割」は,緊急時における事業継続計画を検討する上でも重要な問題提起であった。

すなわち,提言1「災害時即応体制の確立」では,阪神・淡路大震災における問題の所在とし て,◇被災情報の収集が遅れ,被災規模の的確な把握ができなかったこと,◇これにより行政が 早期に適切な対策を講じることができなかったこと,◇さらに非常事態においては日常活用して

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いない組織は全く機能しなかったこと,を取り上げた。その上で,災害発生時における即応体制 として,平時機能と非常時機能を兼ね備えた組織による,情報収集・対応体制の確立ということ を提言している

提言3「コミュニティーの一員としての企業の役割」では,阪神・淡路大震災の教訓として,

◇企業が本来の産業活動を継続あるいは早期に機能回復できることが,被災者,地域の立ち上が りに極めて有意義であったこと,◇各企業は,改めて,自社およびグループ企業のみならず,販 売・調達等の関係会社,および同業他社を含めた危機管理体制を見直すこと,◇震災時の活動事 例を集約し,得られた教訓を水平展開することにより,他企業だけでなく,自治体,国等の防災 対策にも活かしていくこと,◇大災害に対しては,企業は行政,個人とともに,相互補完的な立 場としてそのポテンシャリティーを最大限に発揮するために,新たな企業理念を再構築すべきこ と,などを強調した

阪神・淡路大震災から約3ヶ月でまとめられた関西経済同友会の緊急提言は,時間的な制約が あるにも拘わらず,大規模災害が発生した時の危機管理体制の構築を考える上での貴重な問題提 起であった。大規模災害時への即応体制として,行政や企業の役割・機能について問題提起され たことが,今日実現しているとは言えないのが実情である。

②事業継続計画と企業の社会的評価

1990年以降に発生した大規模地震としては,阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地 震以外にも,釧路沖地震(1993年),鳥取県西部地震(2000年),宮城県北部地震(2003年),十勝 沖地震(2003年),新潟県中越地震(2004年),新潟県中越沖地震(2007年)などがある。今後,首 都直下型地震,東海地震・東南海地震・南海地震などの広範な地域に被害をもたらし,経済的損 失も大きいと予測される地震の発生も懸念されている。特に,首都直下型地震が発生した場合,

中央防災会議は,最大1万2,000人の死者,112兆円の被害額が生じる見込みと発表した。

他の先進工業国では,地震やハリケーンなどの自然災害やテロ攻撃などへの対応策として,危 機管理の手法が取り入れられてきた。我が国においても,関西経済同友会の報告書に明らかにさ れたように,危機管理体制の構築が強く求められている。近年の大規模地震の頻発やインドネシ ア・スマトラ島沖巨大地震の発生,SARSや鳥インフルエンザなどの大規模感染症の発生リスク のために,企業の防災意識や事業継続に対する関心が高まってきた。

なぜならば,大規模地震の到来などに備えて,事業を継続させていくことは企業の使命であ り,災害に備えることが,「製品の品質管理」「環境問題」「コンプライアンス」などと同様に,

企業価値を高めるという考え方も生まれてきた。すなわち,企業は社会的に有意義な財・サー ビスを提供しており,企業が存続していくことこそが社会的使命と考えられるようになってき た。財・サービスの提供を中断せず,いかに継続させるかは企業経営のあり方そのものに係わる ことであり,また,企業が存続することで地域の雇用も保たれ,地域の商店街などを活性化させ る役割なども果たしており,そのため,災害等が起こってからではなく,発生する前から準備し

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ておくことは企業の使命とも言えるからである

企業が危機管理の一環として防災投資を実行し,不測の事態が発生したときに,できるだけ業 務を中断することなく,通常業務に復帰できるよう平時から戦略的にプランを準備しておく『事 業継続計画(Business Continuity Plan: BCP)』を作成することによって社会的評価を受けることが 求められるようになってきている。一方,長期的な視点から企業経営を見ていくためにCSR(社 会的責任),危機管理(リスクマネジメント),環境マネジメント,知的資本など多様な角度から企 業価値を測るアプローチも出てきている

このような観点から,『震災クライシス・マネジメントとその実践』では,「将来,予想される 東海,東南海,南海地震などによって,その地域の企業は事前に備える必要性は高まっていま す。その備えも耐震設計の建築物などのハード的なものから,防災組織や地域との関わりなどソ フト的なものまで広がっており,企業もこうした視点から防災を考えることが必要となっていま す」と,ハード的な対策とソフト的な対策の融合が強調されている。

このような動きを受けて,近年,政府も危機管理のための事業継続計画策定に向けたガイドラ インなどを発表している。内閣府の民間と市場の力を活かした防災力向上に関する専門調査会が 発表した『事業継続ガイドライン第一版:わが国企業の減災と災害対応の向上のために』は,

わが国における災害時の危機管理や事業継続計画を考える上で一つの到達点となるものである。

これは,「わが国企業に対して事業継続の取り組みの概要及び効果を示し,防災のための社会的 意義や取引における重要性の増大,自社の受けるメリット等を踏まえて企業が自主的に判断する ことを促すもの」として位置づけている。

同報告書では,企業にとって事業継続の位置づけとして,「災害や事故で被害を受けても,取 引先等の利害関係者から,重要業務が中断しないこと,中断しても可能な限り短い期間で再開す ること」が望まれるとともに,「重要業務中断に伴う顧客の他社への流出,マーケットシェアの 低下,企業評価の低下などから企業を守る経営レベルの戦略的課題」としている。このような 事業継続を追求する事業継続計画に対する取り組みは,欧米で先行している。しかし,欧米にお ける事業継続計画の内容は,わが国における防災対策と同じような部分が多くあるものの,基本 的な発想やアプローチの仕方がかなり異なっている。

従来の防災対策と比較して,事業継続計画の取り組みの特徴としては,「緊急時の経営や意思 決定,管理などのマネジメント手法の一つに位置づけられ,指揮命令系統の維持,情報の発信・

共有,災害時の経営判断の重要性など,危機管理や緊急時対応の要素を含んでいる」としたよ うに,ハード面での対応でなくソフト面での対応を重視したものとなっている。一方,欧米にお ける事業継続計画のすべてをモデルとするのではなく,災害リスクに対する現実的アプローチ,

既存資源の活用や知恵の出し合い,地域との連携,防災対策の取り込みなど,当面可能な部分か らの取り組みを進めるべきことが強調されている。

内閣府の報告書によれば,日本企業の防災対策は諸外国に比べて先進的と評価されているが,

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重要業務を中断させないという経営戦略である事業継続の面ではかなり遅れていることは否定で きない。内閣府の事業継続計画ガイドラインの検討過程で,次のようなことが論点となった。 1)企業が自らの事業継続を重要な目標として追求することを奨励するとはいえ,まず災害時に

は生命の安全確保を考えることが大切。

2)事業継続計画において,想定されるリスクとしてテロなどの人為的なものを重要視している 欧米に比べ,わが国は自然災害を中心としている。…わが国企業は,欧米の事業継続計画をそ のまま模倣するのではなく,わが国の事情に合ったものを策定すること。

3)本ガイドラインは民間企業を主な対象とし,サプライチェーンを意識しつつ企業が協調して 取り組む必要性・有効性を強調しているが,事業継続計画が実効性あるものとするためには行 政側の理解と適切な対応も必要。

ここで明らかにされた論点を見ると,危機管理や事業継続について欧米とわが国では発想の大 きな違いがあることが分かる。事業継続計画とともに求められるものとして,生命の安全確保,

二次災害の防止,地域貢献,地域との共生などがあげられるのは当然としても,なぜ事業継続が 必要であるのかという点で考えなければいけないことがある。それは,企業活動の停止がわが国 経済や世界にどのような影響をもたらすかということである。

内閣府の事業継続ガイドラインは,「経済の国際化が進み企業活動の停止が世界的に影響を及 ぼしかねない状況下では,企業部門も,災害時にも事業が継続でき,かつ,重要業務の操業レベ ルを早急に災害前に近づけられるよう,事前の備えを行うことの重要性が一層高まっている。ま た,地域に目を移せば,被災地の雇用やサプライチェーンを確保する上でも『災害に強い企業』

が望まれている。一方,近年,企業が計画的・組織的に災害への備えを行っていることが,取引 先の企業や市場から高く評価されてきている。…中でも,欧米企業も重視している事業継続の取 り組みを企業が推進することが,企業価値を高める観点から有効である」ことを強調してい る。

このように,事業継続計画という概念は,企業の社会的責任や企業評価を検討する上で極めて 重要なものであり,企業が地震津波などの自然災害や新型インフルエンザなどのパンデミックへ の対応にどのように取り組むのかを評価するためにも注視していく必要がある。

5.まとめ:地域防災対策の「見える化」戦略の必要性

徳島県美波町を中心とした四国や紀伊半島におけるフィールド調査を通して改めて住民の意識 が防災に強く結びついていることを実感させられた。地方自治体と住民の距離が近く,住民の声 が届きやすい体制が整えられていることは,迅速な行動に結びつきやすく,情報共有にも大きく 貢献している。

美波町における「防災ツーリズム」や「ぼうさいAMOUR」といった取り組みは他に前例がな く,先進的なものであり,防災に対する意識が希薄になりつつある若者を取り込むという成果も

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生まれている。昭和南海地震で被災した高齢者が存命のうちに,その教訓を風化させないために も,防災教育といった次世代に語り継ぐことの重要さが一般にも理解されている。

美波町や黒潮町におけるこのような地域防災対策の「見える化」の取り組みは,そのこと自体 が格別に意識されて行われてきた訳でないことは明らかである。地震津波などの自然災害が発 生した場合,減災ということが最も重要な課題であることは言うまでもないが,防災知識の普及 や行政と子どもたちを含む地域住民の一体感や共通認識を作り上げることも重要な課題である。

「見える化」戦略というものは,経営におけるマーケティング手法や地球温暖化対策の二酸化 炭素削減の手法として考えられることが多かったが,美波町などの地域防災対策の取り組みを検 討してみて,今後,地域防災対策の中でも情報共有のための戦略的な手法として取り入れていく 必要があるのではないだろうか

具体的には,地域防災対策の「見える化」のために,マーケティング的な手法の応用がどの程 度可能であるのか検討し,大都市圏や地方圏など客観的条件の違いにより区分して応用策を検討 していく必要がある。遠藤功著『見える化:強い企業をつくる「見える」仕組み』によれば,

見える化の本質は,問題を見えるようにすることであり,問題を発見するためには,情報共有の 仕組みが大事であることを強調している。そのためには,「見る」ではなく,「見える」が重要で あり,見えるということは広い意味での情報共有であることを指摘している。

情報共有というコンセプトを媒介として,「地域防災対策」と「見える化」の間には共通の接 点がある。人間の社会と文化を研究する上で用いる調査手法のひとつの形態として人類学の手法 にエスノグラフィーというものがあるが,この手法が防災対策の中に取り入れられて,災害エス ノグラフィーという手法が確立されている。

防災対策は,被害抑止と被害軽減の2種類によって構成される。林春男・重川希志依によれ ば,「被害抑止とは,異常な外力に対して被害を出さないようにするための備えである。被害軽 減とは,万が一被害が発生しても,被害連鎖を断ちきり早期の復旧を可能にするための備え」で あり,「現状では,災害が発生した後,その社会が一体どのような経験を経て,どのように立ち 直るのかについて,明らかにされたとはいいがたい。そこで,災害過程についての理解がいまだ 不十分ならば,災害過程についての科学的記述の集積を行う必要がある。……それを災害エスノ グラフィー(Disaster Ethnography)」と定義している。

このように,一見して防災工学とは異質なエスノグラフィーが災害研究の中に取り入れられ て,災害エスノグラフィーという新たな分野が確立されたが,情報共有などの防災工学の課題を 考えていく上で,「見える化」という手法を応用するのはそれほど突飛な考え方ではないだろ う。地域防災対策の中に「見える化」という手法を取り入れていくことで,災害リスクの軽減の ために,問題の見える化,状況の見える化,住民の見える化,知恵の見える化(ナレッジ・マネジ メント),自治体運営の見える化などの新しい視点の導入が可能であり,地域防災対策の検討を 進める機会が拡がるだろう。行政にとっての見える化,住民にとっての見える化などの課題は今

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