キーツの未完の詩 : HyperionとThe fall of hyperionをめぐって
著者 大下 道
雑誌名 主流
号 27
ページ 68‑88
発行年 1965‑11‑03
権利 同志社英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016699
キ ー ツ の 未 完 の 詩
一
‑Hyperionと TheFaZZ of H:>ρ
erionをめぐって一一大 下 道
は じ め に
キーツが f
か
'PerionとThe Fall of去をyperionを書いたのは,キーツ の詩作のいわば後半期とも言うべき, 1818年9月から翌19年9月頃までの 一年である.この一年は, Gittingsの言う TheLiving Year円でありp2)
その終を Bateも TheClose of the Fertile Year円と呼んでいる.即 ちキーツの天才的詩人としての最後のひらめきの時とも考えられ,わずか 一年の聞に,多くの珠玉の作品一一有名な Odesや Isabella,Lamea, Eve of St. Agnesなどーーを二つの司yperionの外に書いたわけである.
しかしこの一年間の筆のすすみは必ずしも速くはなかった .Hyperion も未完成の断片となってしまわざるを得なかったしタ 8カ月かかってこれ を書きなおそうとした The Fall of正lyperionも書きあげられなかった のである.しかし,この二つの Hyρerionはキーツが詩人として真の活動 をした FertileYear"たる一年の始めと終りをしるしづけているし,ま た styleの点からみても,二つの頂点をあらわしている.キーツの詩作品 は大きく三つの時期にわけることができるが,それは, The Apprentice岨
shipと考えられる初期の詩,次に Intensityと Restraintの詩,最後に 第二の傾向をすてようとする詩である .Hyperionは Intensityと Re‑
straintの結晶として見ることができ,それを書き直そうとした TheFa!l of Hyperionは最後の段階でのキーツのこころみである.このようにこの 二 つ の 均perionは,キーツの詩において重要な位置をしめているように
キーツの未完の詩 69 みえる.だが,それらが未完にならざるを得なかったというのはどうして であろうか.この二つの詩とその挫折の理由をさぐることは,キーツの詩 を理解する一つの手がかりになるのではなかろうか.
1
Hyperionとその挫折HYlうerionは1818年9月から翌19年4月頃に警かれた.Keats ははじめ,
この詩を romance"として書こうと思っていたが,Paradise Lostの影 響をうけ,またその題材の広大さを考え,計画を変更し10巻になる blank verseの epicを書くことにした. しかも彼は,それまで読んで、きたギリ シャ神話からだけでなく,自分自身の想像力を駆使して新たなるものをつ
くりあげる意欲をもっていた.
Hyperion は,一つのテーマ即ち, 'tisthe eternal 1aw / That first in beauty should be first in might円 (BookII, 1. 1108‑209)で統一さ れている.このテーマのもとに,不完全な知識,野蛮な力をあらわず巨人 Titan族が,直感的理解力をもっ聴明なオリンパス神アポロにその権力を 譲らなければならなくなるいきさつ,即ち人智の発展進化が警かれている.
さてこの詩の筋を簡単に追ってみよう. Titan族の末弟 Saturnは,父 Coelusfこ代ってオリンパスで世界を治めていたが,自分の息子Jupiterと その他の神々に裏切られ,深い谷間へ追いやられてしまった. Book 1は, 倒れて昏睡している Saturnの周囲の静けさの描写ではじまる.
Deep in the shady sadness of a va1e
Far sunken from the healthy breath of morn, Far from the五erynoon, and eve's one star, Sat gray‑haired Saturn, quiet as a stone, Still as the silence round about his 1air; Forest on forest hung about his head
Like cloud on cloud. N 0 stir of air was there,
70 キーツの未完の詩
Not so much life as on a summer's day
Robs not one light seed from the f巴atheredgrass
,
But where the dead leaf feU
,
there did it rest. A stream went voiceless by,
still deadened more.By reason of his fal1en divinity
Spreading a shade; the Naiad 'mid her reeds
Pressed her cold五ngerc10ser to her lips. (Book 1 11. 1‑14) Saturnは,やってきた妻 Theaに目をあげ自分の怒りを語る.彼女はp
Titan族の集会を召集する.同じく Coelusの子 Hyperionはまだ Jupi‑ terに亡ぼされず,王位を維持していたが9 さし迫った運命を予感して不 安に心を痛める.そして,自分の兄弟たる Titan族の会合に赴く.
Book IIは,集まってうめき, 苦しんでいる Titan族を描き出す.
Theaに導かれた Saturnは,そのなやめる胸のうちを披躍する.すると 兄 Oceanusが, Titan族のさけがたい没落の意味を解きあかし,美しい ものがこの世を統べるのは eternallawなのだからと,同胞をなだめるの である.
…'tis the eternal law
That nrst in beauty should be五rstin might:
Yea
,
by that law,
another race may drive Our conquerors to mourn as we do now.Have ye beheld the young God of the Seas
,
My dispossessor? Have ye seen his face? Have ye beheld his chariot, foamed along By noble winged creatures he hath made}
1 saw him on the calmed waters scud, With such a glow of beauty in his eyes
,
That it enforced me to bid s且dfarewel1
キーツの未完の詩 71
To a11 my empire: ... (Book II 1 .1228‑239) Oceanusの娘 Clym巴neもまた同じようにアポロの美しさを述べる.彼 女は若いアポロがうたうのを聞き,美しさに心をうばわれ,同時に自分た ちTitan族の運命をさとったのである.しかし Titan族の中で最も強い Enceladusは,彼らの言葉に憤慨し, Hyperionをたてて,再び戦うべき だと主張する.この時太陽の神Hyperionがあらわれる.しかし彼の打ち しおれた姿は,ただ Titan族の意気を恰沈させるだけで,その来るべき 亡びの運命を暗示してしまう.
さて, J. Middleton Murryは,この詩を評して次のように述べている@
There is no sadder poem in English than Hyperion; but its sadness is not the icy chil1 of intellectual despair, but the warm, rich, still sadness of a suffering heart determined to control its pain. It throbs, for all that its figures are giant and immortal, with 'the still, sad musIc of humanity.' Of humanity, indeed, for these divine figur巴sare lovely and human
,
their sufferings and anger are human4)
and their wisdom is humane.
このように ,HyperionのBookIIまでは,構想が雄大で, Hyperionを tragic figureとして中心にえがき epicとしての構成が見事に整ってい
る.
Book IIIは次の様にはじまる.
o
leave them,
Muse! 0 leave them to their woes;A solitary sorrow best befi.ts
Thy lips
,
and antheming a lonely grief. (Book III 1. 13‑6) そして "solitarysorrow" lonely grief"というモチーフを導入し て,アポロが朝まだきデロスの島をさまよっている様を描き出す.そこに,Titan族の女神で記憶の女神,詩神の母 Mnemosyneが現われる.彼女 はアポロに黄金の琴を贈り,彼に,自分は,
72 キーツの未完の詩 .
. hath forsaken old and sacred thrones For prophecies of thee, and for the sake
Of 10ve1iness new born. (Book III 11. 77‑79) であると,説明する.この 新しく生まれた美"とは, 汝円即ちアポ
ロのことであるが,アポロはまだ不安で悲しみに満ち,いっそうの知識を もとめている.彼は,問いかけてもだまっている Mnemosyneの姿から次 のことをさとりはじめる.
A wondrous 1esson in thy si1ent face: Know1edge enormouus makes a God of me.
Names, deeds, grey legends, dire events, rebellions, Majesties, sovran voices, agonies,
Creations and destroyings
,
all at oncePour into the wide hollows of my brain
,
And deify me, as if some b1ithe wine Or bright e1ixir peerless 1 had drunk
,
And so become immortal." .•. (Book III 11. 112‑120) そして彼は,死の苦悩とも言うべき決定的な strugg1eを経て,次のよ うに正月yperionは未完のままになってしまう.
Mnemosyne uphe1d
Her arms as one who prophecied
, •••
At 1ength Apollo shrieked; ... and 10! from all his 1imbsCe1estia1... (Book III 11. 133‑136) キ{ツがその構想をもちはじめたころ, The march of passion and endevour wi1l be indeviating"とまで書いているこの Hy
ρ
erwnが,どうして未完のままになってしまったのだろうか.まず、指摘されるのは,こ の詩の創作にたずさわるキーツの外的条件であろう. 彼 の 抱 負 に も か かわらず,ペンをとりはじめた秋と冬は,創作によき環境どころか,
キーツの未完の詩 73 hateful siege of contraries"にであわねばならなかった.それは新し い詩 trialof invention"にとっては9 苛酷であった.弟トムの看病を していたキーツは一日10行しか書けない日も多かった.そして9 トムの死 後 (12月1日以後〉には,ベンは一時とだえてしまい 2月14日の手紙で は,殆ど Hyperionを書く気になれないと告白している.その後わずかに 書いてはいたが,とうとう 4月20日には,断念してしまった.この間の事 情は伝記的に興味あることであるが,判yperionの挫折は,いうまでもな
し詩人の環境のみで説明しつくされるものでない.
Hyperi・onを読むとき9 次のような4つの疑問がおのずからおこってく る. 第一に Titan族をしりぞける新しい種族は一体何をもっているのだ ろうか.その力を内在する美は,どんなものか.アポロは,たしかに王権 をうばわれた Titan族より美しいであろう. 彼は詩人であり,神聖なう たい手である.キーツの意味したのは, Titan族を凌駕する美の強い力だ けが,真の詩人の力であるということであろうか.
アポロが渇望したものは,自分の存在の意義と目的とを知ることであっ た.この欲求が完全な知識の達成へと導くのである.C. D. Thorp己はこ の知識には二つの性質があることを指摘している.
First, to comprehend completely through disciplined imagination, second
,
to have reached a state in mental stature where all facts,
pleasant or otherwise
,
will appear in their proper perspective as subjects for contemplation,
and not as materials to excite the fears6)
and passions.
アポロが,今や達成したものは,書物や教訓によって得られる知識でも,
終始一貫した理屈でもなし直観的な知識である.従ってアポロが Mne‑
mosyneに彼の悲しみの原因を知らせてくれと訴えた時,この訴えは,不 死身の神の訴えではさらさらない.アポロはまさに,人間キーツ以外の何
ものでもないのである.そして,この苦しみに満ちた訴えは Ode to a
74 キーツの未完の詩
l¥Tightingaleに感じられる心の叫びを反映してはいないだろうか.
That 1 might drink
,
and leave the world unseen,
And with thee fade away into the forest dim:
Fade far away
,
dissolve and quite forgetWhat thou among the leaves hast never known, The weariness
,
the fever,
and the fretHere
,
where men sit and hear each other groan;Where palsy shal王esa few, sad, last gray hairs, Where youth grows pale
,
and spectre‑thin,
and dies;Where but to think is to be full of sorrow And leaden‑eyed despairs,
Where Beauty cannot keep her lustrous eyes, Or new Love pine at them beyond to‑morrow.
Ode to a Nightingale (2nd & 3rd Stanzas) そのためか aching ignorance"から知識へのめざめにいたるこの重 要な進展が,沈黙の神の前で催眠術にかかったようなさまで到達される.
即ち,キーツが詩で描きたかったのはp 理想美の化身で,古き神々に代わ る者として神格化されるアポロで,それは,死の苦悩とし、う非常な強烈さ をもって,提示されているのである.ところがこのように重大なことが,
わずかな行数の中に,収縮され,しかも突如として書かれているというの は,どうしたわけであろうか.このような形でクライマッグスがきてしま った以上9 一体,このさき,どんな風に物語がつづけられるであろうか.
J
,
M. Murryは, この箇所を次のような疑問を提示しながら解釈してい る.
Even if others cannot admit that complete identification of Keats with Apollo which is so necessary and p.alpable to me, they may be able to admit that a continuation of the first Hyperion was
キーツの未完の詩 75 impossible on purely objective grounds, though a purely objective criticism applied to the third book of the poem leads straight to unansw巴rablequestion. Why should Apollo, who was already a god, endure such agony inord巴rto become what he already was?
And if what he saw in the eyes of Mnemosyne gave him 'know帽
ledge enormous' that he had not beforε, then surely this new knowledge has a m巴aning. 1t is not all idle words. And if it has a meaning, then it can have a meaning only as some truth con.
7)
cerning the growth of the poetic nature.
第二に考えられるのは,こんなに大たんな主題をキーツがもってきたと き,被の読んだどの神話からも modelを見つけることができず,また授 の経験もそれに伴なわなかったのではないかということである.そこで,
キーツがもしこの詩を続けていたらどうなっていたかを想像してみたくな
. ; s .
Richard W oodhouseによると歩キーツの最初のプランは,すでに述 べたように,かなり鋲密なものであった.そして, 10巻の blank verse epicからなるこの詩は, 1"アポロによって Hyperionが王位を失うこと,それと共に, Neptuneによって Oceanusが,またJupiterにって Saturn が,それぞれ勢力を失なうこと,そして Saturnの再興のための Giantの 戦い,さらに今までのギリシャ・ローマ神話になかったさまざまな出来事 などがとりあっかわれる.これらの出来事はすべて詩人の創造物になるだ
8)
ろう.Jしかし, このようなプランは, 最初の二巻にすべて書きつくされ ている. Hyperionをのぞいて Titan族はすべて没落しているし,戦い も実際すでに終っている. もっとも, Enceladusは新しい戦いをのぞみ,
Hyperionはそれに同意しているように見えるけれども,もう意気情沈し たTitan族からは支持を得られないであろう.そこで結局この詩が途切れ ているところで,プランも終ってしまうと考えることができる.
第三に考えられるのは,よく言われるようにアポロの神格化がこの詩の
76 キーツの未完の詩
中心であるなら,それが達成されたとき,もはやキーツが語るべきことは,
何も残らないのではないかという点である.しかし,このアポロの神格化 だけがこの詩の中心ということには問題がある.はじめの二巻では,もっ
と大きな問題をとり扱っているように思われる.たとえアポロの神格化が どんなに重要であろうと,それはこの詩の基本問題の一部をなすに過ぎな いように思われる.果して,アポロの神格化への進展は,この詩に本当に 必要であったろうか.たしかにフアポロの出現は必要であるが少なくと も,第三巻のはじめでこう早く神格化してしまうべきであろうか.そこで Book 1と BookII読んできた者は,キーツがこの詩を書きつづけるこ とを断念してから,その後のヒントを与える意味で,これだけを書きつづ っておいたのではないかとさえ疑ってみたくなる.
最後の点は9 キーツが多くのものをこの詩の中に結合させようとしたと きに出てきた形式上の問題である.即ち ,Hyperionという企は romantic poetryの行き方と逆を行くものになりかねないのである.一般に roman‑
ticな創作は,個人的なものであるが,Hyperionは, tragic characterを もった epicであり epicの客観性をもってはじまるのである. また romantic poetryのスタイルの理想は, spontaneityにあるが,HYlりerion はむしろ言葉一つ一つにおいても,手法においても,高度にこった作品な のである.そしてそのスタイルの規範は,キーツにとって最も高められた 模範としての ParadiseLostにあった.キーツは ParadiseLostをモデ ノレにして9 広大な構想のもとに, Book 1と BookIIを非常な努力をも って書きあげた.しかし BookIIIにおいて,アポロへ重点をかえるため に,新たな段階へすすんで行ったとき9 彼はp 美しきもの,センチメγタ ルなものをこえて,新しい困難な高台へとJ思い切って歩をすすめたのであ
る.しかし,彼はこの方向へ向うに充分なスタイルをいまだっくり上げて いなかった.そこで,スタイルの上からもこの BookIIIは,すっかり変 った感じを与えながら, Book 1. Book IIにみられる elaborateで,し
キーツの未完の詩 77 かも充実した感じがなしむしろ下り坂になっているのである.もとより キーツ自身にとっても ,Hyperionを断念することは傷手であった.
II The Fall of Hyperionとその挫折
キーツが1819年4月に Hyperionを断念したとき,彼はすでにそれを新 たに書きかえる構想をもっていた.キーツはこの構想によって TheFal! of Hyperionを8月頃からぽつぽつ書きはじめ 9月になって集中的に事 をすすめたが,この詩もまた9月21日に中断されてしまった.
キーツはintensityとrestraintを詩のモットーとしてきたが,Hyperion とその直後に書かれた Odesを最高潮として,この目標をすっかり棄てて しまったように見える.けれども,彼にとって,それに代るものがあった わけではなし後に残るものは,一種の不安定さであった.しかし一方,
それまで理想的でややもすると固定化しがちであったキーツの人聞をみる 眼が,弾力性をもち,自分自身をもその中へ入り込ませた見方になってき たのを,この変化をとおして知ることができる.即ち詩人は,この具体的,
実際的な世の中で,自分の想像力を駆使すべきであることを, この The Fall (以下 TheFall of Hyperionは TheFallと略する〉において説い ている .The Fallを書く時までに,キーツは,詩人が,人間の悲しみや 苦悩を想像によって抽象的にとらえるだけでは充分でなしもっと実際的,
具体的な世界,悲しみをもった人も喜びにみちた人もともに住んでいる現 実の世界を,そのまま受入れなければならないのだという結論に達してい る.従って詩人の使命とその自覚ということがヲこの詩のテーマとなって いる.
期待,希望,意欲にみちて書きはじめられた Hyperionが挫折したため,
キーツは,何とかして,新しい試みをもってこれを書き改めたいと願った.
The FaZZの筋を簡単に追いつっこの点をみてみよう.
まずこの詩は,没落した Titan族の女神monetaが詩人に解きあかす
78 キーツの未完の詩
visionという,自伝的・回想的な形で書かれている.
Fanatics have their dreams, wherewith they weave A paradise for a sect; the savage too
From forth the loftiest fashion of his sleep Guesses at Heaven ...
Since every man whose soul is not a clod Hath visions, and would speak, if he had loved, And been well nurtured in his mother tongue.
(The Fall Canto 1, 11. 1‑15) この書き出しにもみられるように ,Hyperionとは全く異って Latinの 語源をもつものが多く,従ってシラブ、ノレの多い語が使われていて,やわら
9)
かいひびきを与えている.
次の数十行は(11.19‑52),この頃キーツが書いたいくつかの詩を反映し ている.feastの描写は TheEve of St. Agnesや Lamiaから細いす苗写 をとってきている.また詩人のみた trellisvines, and bells and larger blooms円のあずまやは ,Ode to Psycheで約束された心の庭を連想させ
る.Ode to Nightingaんからは, coolvessel"からの fulldraught円 といった表現をとっている.
ここで9 詩人は,さまよえる蜜蜂の transparentjuice"をのんだが,
これは思いがけず強い効力を発して気絶しでしまう.その後気がついたと き,翼を得たように立上りあたりを見廻すがもはや,木々もあずまやも見 あたらず,寺院を見出すのである.詩人は裏の方へ日を向けるがもう門は 閉ざされている.それから詩人は西のかなたの大きな像の足もとに祭壇を 見出す.また祭壇の神聖な火をつかさどっている女祭司の姿も見つけ,彼 女からmessageを聞くのである.詩人はこれをきいて祭壇の階段をのぼろ うと近づいて行く.突然身をさいなむような冷たさが足もとから吹きつけ,
キーツの未完の詩 79 のどの動脈をしめつけられるような死の苦しみを味わう.ところが,階段 の一ばん下の段に足をかけるや,生命力が足もとからおこってくるように 感じられ,思わず足をはやめる.
ここでキーツはこの前後80行程の聞に(11.72‑150), どの詩にも見られ なかった宗教的・儀式的な imageryや調子を多く使っている. 例えば,
strange vessels"や Robes" holyjewelries円などという言葉は,
宗教的儀式を暗示するものである.また詩人が階段を喜んでのぼって行く ときの様子は
As once fair angels on a 1adder flew
From the green turf to Heaven一 Ho1yPower円
Cried 1
,
approaching near the horned shrine (11. 135‑37) であり,この 1adder円はヤコブの梯子を, hornedshrine"はエホノミ の祭壇でいけにえをつきさす角を連想させる. また Hyperionにおける Mnemosyneは Goddessbenign"で,アポロに贈ったものは黄金の琴 であったが,The Fallの Monetaは HolyPower円 HolyProphet‑ ess"で, Priestess"であり,詩人が言葉を発するだけでも冒漬だと恐 れるような神聖な祭壇をつかさどっている.このように,この TheP;αII では,ユ夕、、ヤ教,キリスト教やギリシh ローマの雰囲気がまじりあって あらわれて居り,エジプトやド、ルイド教の雰囲気ずらうかがわれるところ が興味深い.この後,キーツが詩人としての生活ーをはじめたときからの主題である 詩人の使命日という問題に関する対話が始まる.
None can usurp this height円 returnedthat shade
,
But those to whom the miseries of the world
Are misery
,
and will not 1et them rest.月 (Canto1,
11. 147‑149)" ・
. .. sure a poet lS a sage80 キーツの未完の詩
A
humanist, physician to a11 men."The poet and the dreamer are distinct, Diverse, sheer opposite, antipodes.
The one pours out a balm upon the world, The other vexes it.円
(11. 189‑190)
(11. 199‑202) ここで詩人は自分の対話をしている相手 Holy Priestessが誰であるかを 告げられる.そして,この Monetaは詩人に Hyperionの没落の運命を 予言するのである,そしてこの詩はそのまま途切れている.
多くのことがこの詩を書きすすめるのを不可能にしたであろう. 9月の はじめの頃にキーツをおそった個人的なさまざまな心労(アメリカヘ移住 した弟の失敗のための金策など〉を考慮に入れないとしても,彼が The Fallで書いてきたものは,もう HYlうerionを再びもち出す可能性をはるか にこえて進展してしまっていた.
没落した Titan族の物語は ,Hyperionの Book1と Book
n
にお いて,客観的で epicの荘厳さをもって書かれてきて, Book IIIにいたっ て,もっと特殊化したもっと究極的,内的な目的に方向が変わった.そし てここに ,Hyperionでの問題点があり9 それが挫折を導くことにもなっ ていた. ところがこの The Fallでは反対のことが起っている. その書き初めから,新しし詩人の使命と自覚ということをどう扱うかが問題に なっている.彼はさまざまな imageryや要素を導入しながら, はじめの H~戸rion の糸をたくやり入れようとした.そしてまさに Hyperion 自身を 導入しようとしたところでこの詩も中断されてしまった.
このように未完に終った TheFallはHyperionにかわる新しい試みと して書かれたのではあったが,実は,前の Hyperionがつきまとい,彼を なやましつづけたのである.ある意味ではこの点がこの詩の挫折の原因と も考えられる.この問題をミルトンの影響をめぐって ,Hyperionと比較
キーツの未完の詩 しながら,次章でさらに考察してみよう.
I I I
二 つ の fか
perionの 比 較 一一一ミルトンの影響を中心に一一81
キーツが,The Fall of 1:
か
'jJerion:A Dreamをして ,Hyperionを書 き変えたとき,彼は,ミノレトンの影響,とくに ParadiseLostの影響からの がれようとしたのだと言われる.そこでこの二つのHyperionをミノレトン の影響を中心に, styleの点からと構成及び内容の点から比較してみよう.(1)
まず styleについて,キーツのをめぐる Bateの研究を手がかりに?二 三の点を指摘してみよう.キーツは手紙で 1have given up Hyperion
~there were too many Miltonic inversion in it一円と書いている.名 詞と形容詞の倒置(例えば palacebright円のように〉は正Typerionに
おいては14行に一回位の割合ででてくるが,The F'allには33行に一回の割 でしか出てこない.また主語と動詞の倒置(例えば Theresaw she円の ように〉は, 52行に一回の割で Hyperionに出てくるが,The Fa!lでは 全体でわずか三回である.また Hyperionでは rhythmとpausingの点 でも特にキーツは9 ミルトγに近づこうと努力したところが随所にうかが われる.Caesura (pause. ,blank verseで書かれた英詩において伝統 的に使われてきたものであるが9 これまでの習慣に反し,キーツは1:そy‑ perionにおいてこの Ca己suraの位置を,中央より後の第6シラフツレの後
にたびたびおいた.これもミルトンを大へん忠実にまねた一例であり,こ の用法は ,RαradiseLostでは全行の27%, Hyperionでは295詰をしめて いる .Hyperionから一例をあげよう.
But where the dead leaf fell, (X) there did it rest. A stream went voiceless by, (X) still deaden'd more… Had stood a pigmy's height; (X) shぜ'wouldhav巴ta'en
82 キーツの未完の詩
Achil1es by the hair, (X) and bent his neck
…
(Hyperion Book 1, 11. 10‑11, 28~29) (X)は Caesura 詩の一行をよむのに,前半と後半を大体,同じ速度でよむのが, 18世紀 の{頃向であったから, Caesuraが後半にきておれば9 後半を,多少ともゆ っくり読むことになり,従って, airof gravity and solemnity"の効 果をあげることになる. これは, ミルトンが好んで使い. Samue1 J ohn‑
sonが pentameterの詩でもっともノーブ、ノレだ、と考えたものであるe と ころが TheFallでは Miltonicと考えられるこの額向がなくなり, 古 い形である第4シラフゃルの後に Caesuraをおいている.
Guesses at Heaven: CX) pity these have not Trac'd upon vellum (X) or wild Indian leaf.
(The Fall Canto 1, 11. 4‑5) もっとも 1王yperionにおいても, ミルトンは好んで使ったが,キーツ は意識的にさけた用法もある. the broken 1ineである.即ち, ミルトン のParadiseIρstでは全行のうち,たった28%だけが,一行に何の切れ目 もなくひと流れになっているが,あとは全部,行の中間で終止符やコンマ などがでてきて切れている. 例えば最初の10行を比較してみても Par,α司
dise Lostでは 9行目にはじめて,一行だけ unbroken1in巴があるだけ である.ところが Hyperionにおいては 6行までが unbrokenであり,
全体では43.4%である. このように, 正lyperionでは, ミノレトンの手法を つぶさに学びそれに大いに刺激された跡が顕著である.従って, ミノレトン 特有の手法もよく使われており Hyperionは, 非常に慎重で, ゆたかな styleで書かれている.それに比べて ,The Fallにおいては,むしろこう いった意識的で,高度にこった手法はみられず, ミルトンの手法は姿を
i
隠 し,Hyperionとそれにつづく TheEve of St. Agnesにみられる手法と は異なった方向を,キーツがとったことを示している. Miltonic Inver国 :sIons"はその例であるが,The Fal!では先に示した Caesuraの位置と
キーツの未完の詩 83 共に,その Caesuraの種類 (feminineか mascu日neか),用語における 母音の配置の技巧 (mosaicof assonance)等々からみても ,Hyperionの}
高度に技巧的な手法とは全くちがったもっとのびやかな静かな詩法をつか っていることが感じられる.
(2)
次に構成と内容をみてみよう.キーツが,The Fallを新しく書き初めι るときに ,HYlうerzonの epicformをやめて, もっと個人的なもっと寓 意的な形式, 即ち visionの形式をつかった.この変化は徹底的で,彼が 前の Hyperionでの epicの構成には満足していないことをよくあらわし
ている. 町yperionでの衰退して行く神々と,その神々の会合の描写は,
全般的にみて ParadiseLostの最初の二巻の内容とほぼ平行的なすすみ方 をしている ParadiseLostの第一巻では,地獄に堕ちた Satanが火の もえたつ湖上に回をさまし,一味徒党を呼び集め, Pandemoniumの建設 をはかる.第二巻では, Pandemoniumにおける会議で新世界侵略をもっ て神に復讐すべきだという決議がなされ, Satanは地獄の門衛 Sinと Deathをたぶらかして内外にでて,単身でこんとん界をかけり行くのであ る.ところがミルトンば,以後徐々に彼のテーマである人間の没落を導入 して行くのに,キーツは前にも述べたように,突如 BookIIIで,彼の詩 人についての考えの神化であるアポロを,人間の運命及び苦悩を通して,
強烈にしかも現実的に持ち出した.このように大いに主観的でしかも個人 的な悲劇美の概念をキーツが新しく求めようとする気持は epicの構成 にはあわないものとなっている.そこで,The Fallにおいては, epic形 式で書くことをやめ9 はっきりと allegoryとして書き,第一人称で語れ Cantosにわけることにした.このことから,キーツが TheFal!におい ては, ミルトンを教師として模倣することをやめて,新たにラダンテを模 倣したのだとも言われている.たしかにキーツは TheFaZZを書く数カ月 前から,ダ、ンテの Purgatorioに心をうばわれていた.もっとも彼は,ダ
84 キーツの未完の詩
ンテの DivineComedyを何度もよんでいたが,それは HenryCaryの blank verseで書かれた英訳で ,The lnfernoまでであった.ところが The Fallを書く前から PUl‑・gatorioを読み始めたのである.そこで,
Gittingsは,Hyperionと,The FallとのスタイルのちがL、を ,The ln司 fernoとPurgatorioのちがいだと言っている. というのは Caryが翻 訳した時代が大分異なっており, この二つの翻訳の styleがちがうから である.しかしキーツはわずかながらイタリヤ語も勉強しており,キーツ がダ、ンテの styleの flavorをうまくとらえているという批評家もいる.
Moneta はダンテの Beatriceに影響されたと考えられるし,詩人が階段 をのぼろうとする葛藤の様子はダンテが Purgatoryの廻り階段を苦労し てのぼって行く様子を,想いおこさせるという意味で,キーツの TheFall
もpurgatorialであると言えるかもしれない.しかしそれだからと言って,
キーツがミルトンを排除したと考えてしまうのは,まちがっている.この 作品をかいている間に彼は手紙でミルトンを一度ならず,ていねいにしか も尊敬と感嘆の念をもって読んでいると言っている.しかし,このことは,
vlslOnとして TheFallを書いた時には, ミルトンの影響をのがれるため だったという見解が強くなって,みのがされ勝ちであった.しかしたとえ キーツがミルトンの影響を排除しようとしたとしても,彼はただミルトン から離れようとしたというより,自分自身の形式と styleを見つけ出そう
と望んでいたのである. そして epicとは異なった新しい背景のもとに The Fallを書いたのである .Hyperionと TheFallとの相違は,単に ミルトンの影響の多少にあるのではない .The Fallを書く時になって,
キーツはミルトンを批判もしたが,より深く阻唱し ,Paradise Lostは, より自然に同化されていたように思われる .The Fallではミルトン独特 の修辞法や eplcの手法などをただうのみに模倣するのをやめて, もっ と深い意味でしかもより高度なレベルで, ミルトンのテーマがキーツの visionの構成に織り込まれているのである.例えば,The Fallにおいて
キーツの未完の詩 85 は詩人が夢で美しい庭園を通っていくが,この描写は簡潔で,しかも静か な美しさをあらわしている.その雰囲気は, ミルトンの ParadiseLostに おけるエデンの園の状景を想いおこさせる.即ち花とその香りにかこまれ たあずまやは,ア夕、、ムとイヴの 自ouretsdeck't and fragrant swells"
をもった木蔭のあずまやを思い出させる.そこで詩人は9 果物を食べ,神 秘の飲み物を飲み,翼を得たように,立上って行くまでは死んだように気 絶してしまうのである. RαradiseLostにおいても,イヴはエデンの園で 不吉な夢をみて, その夢の中で果物をたべ, その後で彼女も丁度 sunk
down"し眠りに落入ってしまったとアダムにその不安を告げるのであ る.
このように, いたるところで細かい描写や, その用語の中に Paradise Lostとの類似やその影響が見られるが, それと同時に9 キーツは独自の 境地を聞いている. 詩人とは何ぞや円という聞いを提示して,詩人の使 命という問題に展開していったのである.これはキーツが詩というものを 書きはじめた時から,終始問題にしていた点である .Sle
φ
and Poetryで うたったように, Floraand Old Pan" (1. 102)の領域である感覚美の 世界を過ぎて, the agonies, the strife / Of human hearts" (11. 124‑125)を知ること, 即ち人聞の心の深い苦悩を知ることである. またそれ はキーツが手紙で表現した theinfant or thoughtless chamber"から 出て burdenof mystery"に心をわずらわすにいたる変化と同じ経過を たどるのである .The Fa!lにおける同じような発展は9 ただ immaturity から maturityへとかわるだけでなく,無知から経験を経て責任をもっ生 涯へと進んで行くことである.即ちこの詩での庭園から寺院,そして祭壇 までは,詩人の理想の達成への三つの段階をあらわしていると考えられる.
庭園の自然を感覚的に喜んだ詩人は,寺院においては,芸術や文化の美し さを感じる.東の門は閉ざされているが,それはもう庭園の世界(無知の 世界〉へ後戻りすることは出来ないということを象徴しているかのようで
86 キーツの未完の詩
ある.ここでも,アダムとイヴが,智慧の実をたべたためにinnocenc巴を失 い,同時に神の祝福をも失ってしまうときに,楽園の門が閉ざされるとい う場面を思い浮べることができる. ところが,ここでキーツとミルトンは,
全く反対の精神的方向を示していることに気づくのである.即ち,キーツ にとって,自然の美に固まれた庭園で感覚的にだけ喜んでいる世界は,い わば無知の世界で,詩人としては,そこにだけとどまっていてはいけない 世界なのである.そして,その庭園を過ぎて,寺院へ入り祭壇をのぼって 行くときに,あの Endymionでキーツの表現した 幸福の梯子"をのぼ るように,詩人としての真の使命感にめざめるのである.そこに描かれた 世界は,たしかにキーツの詩人としての自覚が結晶されたとも言うべきも ので,人類愛,社会愛までも持つ この世の不幸が自分にとって不幸であ り,心安らかにしていられない人 h 死に至るまで同胞を愛するもの,世 の中の苦悩を心から感じるものだけ円 (TheFall Canto 1, 1. 1148‑149, 1. 156)が近づきうる世界なのである.この思想はそれ自体paganではない が, ミノレトンの示した方向とは逆になる. ミルトンにおいては,楽園での アダムとイヴこそが,神の祝福をうけたもので, innocenceがけがれのな い祝福されるものであり, tree of know1edgeの実をとってたべたア夕、、ム とイヴは,神の祝福を失い.再びこの楽園に帰ることができないのである.
即ち,単なる人智の発展は,そのまま神に祝福されるべきではないことが 明ちかにされている.
キーツ自身は, innocenc巴を失った詩人に対して9 あたかも購罪のよう に,詩人が祭壇の階段をのぼる苦悩を描いていたのかもしれない. そ し て,その苦悩を経てはじめて,真の詩人としての自覚にめざめるという段 階に至らせることによってミルトンと反対の方向をとったことを,あまり paganなひびきにならないようにしているとみることはできないだろう か.
キーツの未完の詩 87
お わ り に
キーツは弟トムを看病しつつ Hyperi仰 を 書 き ,, The Fallを書いてい るときには,弟ジョージ夫妻のため,金策に奔走しなければならなかった,
一方彼自身の健康もすでにおかされはじめていたし,またさまざまな個人 的な問題になやまされていた.このような外的条件は二つの Hyperi仰 の,
中断に深く関係していることはいうまでもない.
しかしわたくしは,二つの Hyperionの挫折の原因が,詩自体に存在し ていたことを指摘してきた.即ち9 キーツは
R タ
perionの大きな題材と雄 大な構成にあったstyleを作り出し得なかったこと,また二つの Hyperion を通じて,結局ミルトンの影響が大きすぎ,さらに TheFallにおいてミ ルトンと反対の方向をとろうとしたとき,自分の経験に裏付けられた道を 見つけることができなかったことなどである.Hyperion は IntensityとRestraintを目標とした詩の A new leve .I of writing"を画するものであったがタそれを書き直した TheFallは 次 の l巴velへの移行を示している.しかしこれは,さらに新しい段階の頂点 に至ることなく中断されたのであった.
注
1) Robert Gittings, John Keats (London: Heinemann, 1954)
2) Cf. WaIt巴rJackson Bate, John Keats (Cambridge, Mass: Harvard Univ.
Press, 1963) pp. 563‑605.
3) Cf. WaIter Jackson Bate, The Stylistic Development of Keats (New York;
Noble Offset Printers, Inc勺 1958)pp. 66‑91, pp. 171‑182.
4) John Middleton Murry, Keats and Shakes}う 仰 向 (OxfordUniv. Press, 1951) p. 96.
5) Letter to Haydon, January 23, 1818.
6) C. D. Thorpe, The Jvlind of John Keats (Oxford Univ. Press, 1926) p. 140砂
7) J. M. Murry, op. cit., p. 92. 8) W. J. Bate, John K.ωts, p. 405.
88 キーツの未完の詩
9) W. J. Bate, Stylisti.ヒDeveゐopment,p. 177. 10) W. J. Bate, John Keats, p. 591.
11) W. J. Bat,巴Siりlisti・cDevelopment, pp.72‑82, p.179.同じことが彼の John Keatsの pp.409‑417にもかかれている.
12) R. Gittings, op. cit., p. 179. 13) W. J. Bate, John Keats, p. 588.
14) Letter to B巴njaminBailey, Aug. 14, 1819.同じようなことを10日後にJ.H.
Reynolds宛にもかいている.
15) Letter to John H. Reynolds, May 3, 1818. 16) L巴tterto John Taylor, Jan. 30, 1818. 17) Cf. W. J. Bate, John K.ωts, p. 388‑417.