不確実性を伴う負債の早期認識化 : IASB非金融負 債公開草案を中心に
著者 川本 和則
雑誌名 同志社商学
巻 58
号 6
ページ 106‑128
発行年 2007‑03‑15
権利 同志社大学商学会
ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007366
不確実性を伴う負債の早期認識化
──IASB非金融負債公開草案を中心に──
川 本 和 則
はじめに
蠢 IAS第37号における予測支払債務の会計
蠡 IASB『公開草案』における負債の早期認識化
蠱 不確実性を伴う負債の早期認識化を支える論理 おわりに
は じ め に
現在,アメリカの財務会計基準審議会(FASB)と国際会計基準審議会(IASB)のそ れぞれにおいて,資産や負債に関する不確実性の会計処理方法が検討されている。
周知のように,国際会計基準(IAS)および国際財務報告基準において,不確実性を 伴う資産や負債に関する処理を規定しているのは,IAS第
37
号『予測支払債務,偶発 債務および偶発資1
産』(以下,IAS第
37
号と略す)である。IASB
は2005
年6
月に,このIAS
第37
号を改訂する内容を含んだ公開草案『国際会 計基準第37
号予測支払債務,偶発債務および偶発資産,および国際会計基準第19
号従 業員給付,に対する修正提案』(以下,『公開草案』と略す)を公表した。この『公開草 案』の主たる内容は,IAS第37
号の改訂を通じて,不確実性を伴う資産や負債に対す る新しい会計処理方法を提案するものである。また,2005年
9
月にはFASB
がIASB
の『公開草案』の公表を受けるかたちで,コ メント招請書(Invitation to Comment)『不確実性を伴う資産および負債に関して選択さ れた問題』(以下,『コメント招請書』と略す)を公表した。『コメント招請書』によれ ば,近年のFASB
の基準書や解釈書において,資産や負債に関する不確実性の処理方 法が変化してきているという。さらにFASB
は,IASBの『公開草案』がそのようなア メリカにおける動きと同調するかたちで,不確実性を伴う資産や負債に関する処理方法────────────
1 加藤盛弘教授は,1995年に発行されたG 4+1の報告書において「その決裁の時期や金額が不確実な負 債」として定義づけられているprovisionsという用語が,資本項目としての準備金ではなく,近代会計 でいう引当金ともニュアンスが異なることを指摘され,その用語を「予測支払債務」と訳しておられる
(加藤盛弘『負債拡大の現代会計』森山書店,2006年,31ページ)。
IAS第37号におけるprovisionという用語も,G 4+1のものと同様に定義されており,近代会計に おける引当金とニュアンスが異なると考える。それゆえ,IAS第37号におけるprovisionという用語は
「引当金」と訳すのが一般的であるが,本稿では「予測支払債務」と訳している。
106(310)
を変更しようとするものであるとみてい
2
る。
これらの
FASB
の基準書などやIASB
の『公開草案』において,資産および負債に 関する不確実性の処理方法はいかに変更された(あるいは変更されようとしている)の であろうか。また,それらの変更は会計に対していかなる影響を与えるのであろうか。現在,アメリカだけではなく
IASB
においても,固定資産の減損会計などの非常に多 様な将来予測要素を内包する会計がつぎつぎと導入されつつあ3
る。そのような状況下に おいて,資産や負債に関する不確実性が会計にいかに導入されているのかという問題 は,重要な問題であると考える。
本稿はその問題を検討する一環として,上述の
IASB『公開草案』の内容とそれが果
たす役割について検討するものである。以下ではまず,現行のIAS
第37
号において,資産や負債に関する不確実性がいかに処理されているのかを検討しよう。
Ⅰ IAS 第 37 号における予測支払債務の会計
1
予測支払債務の認識と測定1998
年に公表された現行のIAS
第37
号『予測支払債務,偶発債務および偶発資産』は,その時期や金額が不確実な負債を予測支払債務(provision)であると定義し,不確 実性を伴う資産および負債に関する会計処理を規定してい
4
る。
IAS
第37
号は基本的にすべての不確実性を伴う項目に対して適用される。IAS第37
号は漓未履行契約,および滷他の基準で規定されている項目,には適用されない。ただ し,未履行契約であっても,その契約が不利な契約(onerous contract)であるとみなさ れる場合には,IAS第37
号が適用される。不利な契約とはその債務の履行に関する不 可避的な費用が,契約において受け取る経済便益を超過する状態になっている契約のこ とであ5
る。この適用範囲の広さゆえに,IAS第
37
号はIASB
において偶発事象会計一 般を規定するものであると考え6
る。
────────────
2 FASB, Invitation to Comment,Selected Issues Relating to Assets and Liabilities with Uncertainties,2005, pars.
1−24.『コメント招請書』は,http : //www.fasb.org/draft/itc_assets_liabilities_uncertainties.pdfにおいて公表 されている(2005年10月12日現在)。
3 例えば,加藤盛弘編著『現代会計の認識拡大』森山書店,2005年を参照されたい。
4 IASB, International Accounting Standard 37,Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets, 1998,
pars. 1 and 10.[企業会計基準委員会,財団法人財務会計基準機構監修,レクシスネクシス・ジャパン株
式会社訳「IAS第37号,引当金,偶発債務及び偶発資産」『国際会計基準審議会 国際財務報告基準書
(IFRSs)2004』所収,雄松堂,2005年,第1項および第10項。]IAS第37号の訳文は,同訳書を参考 にしている。IAS第37号に関する研究にはたとえば,山下寿文『偶発事象会計の国際的調和化−米国 基準・IAS・日本基準の比較−』同文舘,2000年,第2章がある。
5 Ibid.,pars. 1 and 10.(同訳書,第1項および第10項)
6 たとえば,FASBは,FASB財務会計基準ステイトメント第5号『偶発事象会計』をアメリカにおける 偶発事象会計に関する一般基準であると位置づけ,IAS第37号がステイトメント第5号に相当するも の(counterpart)であると主張している(FASB, Invitation to Comment, par. 12)。
不確実性を伴う負債の早期認識化(川本) (311)107
この
IAS
第37
号は不確実性を伴う資産と負債を,予測支払債務,偶発資産および偶 発債務に分類するものである。偶発資産とはその実体の支配下にない単一のあるいは複数の不確実な将来事象の発生
(あるいは発生しないこと)によってのみその存在が確認される過去事象から生じた,
可能性のある資産(possible assets)であ
7
る,と定義される。
つづいて,偶発債務とは漓その実体の支配下にない単一のあるいは複数の不確実な将 来事象の発生(あるいは発生しないこと)によってのみその存在が確認される過去事象 から生じた,可能性のある義務(possible obligation),あるいは滷過去事象から生じた 現在の義務のうち認識されないもの,であると定義される。偶発債務とされる現在の義 務が認識されない理由は,その項目が後述の予測支払債務の認識規準を満たさないから であ
8
る。
このように分類された将来事象項目のうち,予測支払債務は認識されるが,偶発資産 と偶発債務は認識されな
9
い。予測支払債務も偶発資産や偶発債務と同様に,不確実性を 伴う項目である。同じく不確実性を伴う将来事象項目のうち,なぜ予測支払債務だけが 認識されるのであろうか。IAS第
37
号自らが,IAS第37
号では予測支払債務と偶発債 務との区別を行10
うと述べているように,IAS第
37
号の関心の中心は,不確実な将来事 象項目を,予測支払債務(認識されるもの)と偶発資産および偶発債務(認識されない もの)とに区別するための規準の展開にあると考える。その予測支払債務の選別は,3つの要件からなる認識規準を用いて行われる。予測支 払債務は,(a)過去事象から生じた現在の義務(法的債務または解釈的債務)が存在す ること,(b)その義務を決済するために,経済便益を有する資源が流出する可能性がほ ぼ確実(probable)であること,および(c)その義務の金額に関して信頼しうる見積を 行いうること,という
3
つの条件をすべて満たした場合にのみ認識され11
る。
この認識規準の内容を,IAS第
37
号の主張にそくしてもう少しみてみよう。まず,上記の認識規準の
a
は,IASBの『財務諸表の作成および表示に関するフレームワー ク』(以下,概念フレームワークと略す)における負債の定義を満たすことを要求する 条件であると考える。IASB
の概念フレームワークにおいて,負債とは過去事象から発じた特定の企業の現 在の義務であり,これを履行するためには経済的便益を有する資源がその企業から流出 すると予想されるものをい12
う,と定義されている。
────────────
7 IASB, International Accounting Standard 37, par. 10.(前掲訳書,第10項)
8 Ibid.,pars. 10 and 12.(同訳書,第10項および第12項)
9 Ibid.,pars. 14, 27 and 31.(同訳書,第14項,第27項および第31項)
10 Ibid.,par. 13.(同訳書,第13項)
11 Ibid.,par. 14.(同訳書,第14項)
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
108(312)
IAS
第37
号はこの負債の定義を解釈し,予測支払債務の認識においてはまず,過去 事象の結果生じた現在の義務が存在することを要求している。その過去事象の結果生じ た現在の義務は,法的債務に限定されない。現在の義務には,実体がその義務を果たす ことに対する解釈的債務(constructive obligation)も含まれ13
る。
しかし,予測支払債務は過去事象の結果生じた現在の義務が存在するだけでは認識さ れない。予測支払債務が負債として認識されるためには,認識規準の
b
で要求されて いるように,その項目の発生の可能性がほぼ確実でなければならない。発生しない可能 性よりも発生する可能性の方が高い(more likely than not)場合,その発生の可能性は ほぼ確実であると判定され14
る。
このほぼ確実かどうかの判定は,個々の項目に対してだけ行われるわけではない。製 品保証の場合のように同種の債務が多数存在する場合,その債務に対して支払いが要求 される可能性の高さは,その債務全体において判定される。したがって,たとえ個々の 債務に関する発生の可能性が低くとも,同種債務を全体としてみれば,何らかの支出が 行われる可能性が高いと判定されることがあ
15
る。
このように,IAS第
37
号においては,たとえある項目が負債の定義を満たしていた としても,その項目の発生の可能性が高くなければ予測支払債務は認識されない。つづいて,その項目の金額が信頼性をもって見積もりうるかどうかの判定(認識規準
の
c)が要求される。
予測支払債務の金額は,現在の義務の履行に必要な支出に対する最善の見積額(best
estimate)で測定される。この最善の見積額とは,貸借対照表日にその債務を決済する
ため(あるいはその債務を第三者に譲渡するため)に,実体が合理的に支払うと予想さ れる金額であ16
る。
予測支払債務の測定が多数の要素(large population of items)を含む場合,その金額 はすべての可能性のある結果を,それらの結果に対する可能性でウェイト付けすること によって見積もられ
17
る。
たとえば,ある実体は販売後
6
ヶ月以内に明らかになった製品の欠陥に対して,保証 を行っている。もし販売した製品に生ずる欠陥がすべてささいなものであるとすれば,その修理費は
100
万になると予想される。また,それらの欠陥がすべて重大なものであ────────────
12 IASB,Framework for the Preparation and Presentation of Financial Statements, 1989, par. 49.(企業会計基 準委員会,財団法人財務会計基準機構監修,レクシスネクシス・ジャパン株式会社訳「財務諸表の作成 及び表示に関するフレームワーク」『国際会計基準審議会 国際財務報告基準書(IFRSs)2004』所収,
雄松堂,2005年,第49項)。なお,訳文については,同上訳を参考にした。
13 IASB, International Accounting Standard 37, par. 17.(前掲IAS第37号訳書,第17項)
14 Ibid.,par. 23.(同訳書,第23項)
15 Ibid.,par. 24.(同訳書,第24項)
16 Ibid.,pars. 36−37.(同訳書,第36−37項)
17 Ibid.,par. 39.(同訳書,第39項)
不確実性を伴う負債の早期認識化(川本) (313)109
るとすれば,その修理費の予想額は
400
万になる。この製品保証に関する発生の可能性 は,製品保証全体として査定された。その結果,次年度(the coming year)において欠 陥が生ずる可能性は,欠陥が生じない場合が75%,ささいな欠陥が生ずる場合が 20
%,および重大な欠陥が生ずる場合が
5%,と推測された。この場合の修理費に対する
予測支払債務の額はつぎのように計算され18
る。
(0×75%)+(100万×20%)+(400万×5%)=40万
この期待値を用いた方法に加えて,IAS第
37
号は単一の債務に対する最善の見積額 として,最も可能性の高い金額を用いることも認めてい19
る。
IAS
第37
号においては,これらの2
つの方法のいずれもが,最善の見積方法である と位置づけられている。また,予測支払債務は税引前の金額で測定される。さらに,予測支払債務の帳簿価額 は貸借対照表日ごとに再検討され,その時点の最善の見積額となるように修正される。
予測支払債務に関して経済便益が流出する可能性が低くなった場合には,その予測支払 債務は戻し入れられ
20
る。
また,上述のように,偶発資産は認識されない。しかし,予測支払債務の決済に必要 な支出の全額またはその一部に対して,その他の団体による補頡を予測しうる場合があ る。その補頡を受けることが事実上確実(virtually certain)であれば,その補頡は別の 資産として認識される。補頡に関して認識される金額は,予測支払債務の額を超えては ならな
21
い。このように,資産の認識においても,その項目の発生の可能性が重視されて いる。
つぎに,予測支払債務の認識および測定に関する規準が,個別問題に対していかに適 用されるのかを検討しよう。
2
認識・測定規準の個別問題への適用(1)認識・測定規準の個別問題への適用
IAS
第37
号は上述の認識および測定に関する規準を,将来の営業損失,不利な契 約,およびリストラクチャリングに対して適用する例を示すとともに,その付録C
に おいて,その他の個別問題に適用するさいのやや具体的な例も示している。それらの個 別問題は,つぎのとおりであ22
る。
────────────
18 Ibid.,par. 39.(同訳書,第39項)
19 Ibid.,par. 40.(同訳書,第40項)
20 Ibid.,pars. 41 and 59.(同訳書,第41項および第59項)
21 Ibid.,par. 53.(同訳書,第53項)
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
110(314)
・製品保証(warranties)
・土壌汚染−制定されることが事実上確実な(virtually certain)な法律
・土壌汚染と解釈的債務
・海底油田(offshore oilfield)
・払い戻しの方針(refunds policy)
・事業部の閉鎖−貸借対照表日前に実施されていない場合
・事業部の閉鎖−貸借対照表日前に伝達と実施が行われている場合
・排煙濾過装置の設置に対する法的要請
・法人税制度の変更による従業員の再教育
・不利な契約
・単一の保証
・訴訟
・修繕と整備
・改装コスト−法的要請がないケース
・改装コスト−法的要請があるケース
ここでは,これらの例示のうち,漓現在の義務が存在しないケース,滷法的な債務が 存在するケース,および澆解釈的債務が存在するケース,の
3
つのケースをみてみよ う。なお,これらのすべてのケースにおいて,信頼しうる見積が可能である(すなわ ち,上述の認識規準のc
が満たされている)と仮定されてい23
る。
(2)将来の営業損失(future operating losses)
将来の営業損失に対する予測支払債務は認識すべきではないとされる。なぜなら,将 来の営業損失に対する予測支払債務は負債の定義に合致せず,上述の予測支払債務の認 識規準も満たさないからであ
24
る。
この例においては,上述の認識規準のうち,負債の定義を満たすことを要求する規準
(規準
a)を満たさない項目の認識は,認められないという立場が明らかにされている。
つぎに,負債の定義を満たすケースにおいて,上述の認識規準がいかに適用されてい るのかを検討しよう。
(3)製品保証
上述のように,たとえある項目が負債の定義を満たしていても,その項目の発生の可 能性が高くなければ予測支払債務は認識されない。ここでは,そのような
IAS
第37
号 の立場が,法的な債務を伴う製品保証に対していかに適用されているのかをみてみよ────────────
22 Ibid.,pars. 63−83 and Appendix C.(同訳書,第63−83項および付録C)
23 Ibid.,Appendix C.(同訳書,付録C)
24 Ibid.,pars. 63−64.(同訳書,第63−64項)
不確実性を伴う負債の早期認識化(川本) (315)111
う。
ある製造業者は製品の販売日から
3
年以内に明らかになった製造上の欠陥を修理(あ るいは取り替え)によって償うことを保証してい25
る。
このケースにおいても,現在の義務を生じさせる過去事象が存在するかどうかが,ま ず検討される。
この場合の過去事象は,製品保証付きの製品の販売である。なぜなら,その製品の販 売が製品保証に対する法的な債務を発生させるからであ
26
る。それゆえ,この製品保証債 務は,過去事象の結果として生じた現在の義務であるとみなされる(すなわち,認識規 準の
a
を満たしたとみなされる)。つづいて,その項目の発生の可能性が査定される。この実体の過去の経験上,製品保 証全体において何らかの請求がなされる可能性は,請求されない可能性よりも高いと予 測される。それゆえ,その製品保証債務は「ほぼ確実」の規準(認識規準の
b)を満た
していると解釈され27
る。
上述のように,信頼しうる測定が可能であると仮定されているので,この製品保証債 務は認識規準を満たしている。それゆえ,貸借対照表日前に販売された製品の保証に関 する予測支払債務は,最善の見積額で認識され
28
る。
この製品保証の例においては,予測支払債務の認識の是非は認識規準にもとづいて判 定されるのであり,単に法的債務が存在すること自体によって,自動的に予測支払債務 が認識されるわけではないことが明らかにされている。
(4)払い戻しの方針
つづいて,解釈的債務に対する予測支払債務の認識について検討しよう。
ある小売店では不満を持つ顧客に対して,たとえ法的な義務が無い場合でもその代金 を払い戻す方針をとっている。その払い戻しの方針は広く(generally)知られてい
29
ると する。
この小売店は払い戻しに対する法的な債務を負っていない。しかし,IAS第
37
号は この小売店にとって,現在の義務を発生させる過去事象が生じていると主張する。この 場合の過去事象は商品の販売という事象である。なぜなら,その小売店のこれまでの行 動は,顧客に払い戻しが行われることに対する妥当な期待を抱かせる。その結果,払い 戻しに対する解釈的債務が生じてい30
るというのである。それゆえ,認識規準の
a
が満────────────
25 Ibid.,Appendix C, Example 1.(同訳書,付録C例1)
26 Ibid.,Appendix C, Example 1.(同訳書,付録C例1)
27 Ibid.,Appendix C, Example 1.(同訳書,付録C例1)
28 Ibid.,Appendix C, Example 1.(同訳書,付録C例1)
29 Ibid.,Appendix C, Example 4.(同訳書,付録C例4)
30 Ibid.,Appendix C, Example 4.(同訳書,付録C例4)
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
112(316)
たされたと解釈される。
このケースにおいても上述の製品保証の場合と同様に,販売された商品を全体として みれば,何らかの払い戻し請求が生じる可能性が高いと考えられるので,その解釈的債 務に関して経済便益が流出することはほぼ確実であるとみなされる。したがって,払い 戻しに対する予測支払債務が最善の見積額で認識され
31
る。
この例においては,予測支払債務が法的債務に限定されないこと,および解釈的債務 の認識においても,法的債務の場合と同様のプロセスで認識規準が適用されることが明 らかにされている。
これまで検討してきたように,IAS第
37
号は不確実な将来負債事象のうち,当期の 負債とみなしうる項目を選別するための規準を展開している。この
IAS
第37
号における選別規準を修正せんとするものが,IASB『公開草案』で ある。つぎにその内容を検討していこう。Ⅱ IASB『公開草案』における負債の早期認識化
1
非金融負債の認識2005
年6
月,IASB は公開草案『国際会計基準第37
号予測支払債務,偶発債務およ び偶発資産,および国際会計基準第19
号従業員給付,に対する修正提案』(以下,『公 開草案』と略す)を公表した。この『公開草案』はノーウォーク合意の短期収斂プロジェクトなどの一環として発行 されたものであり,IAS第
37
号のすべてとIAS
第19
号の一部を修正するものであ32
る。
IASB
はこの『公開草案』が,アメリカのFASB
の財務会計基準ステイトメント第146
号『退去および処分活動に関する費用の会計』,解釈書第45
号『他者の負債に関する間 接的保証を含む保証人の会計および保証に関する開示要件』および解釈書第47
号『条 件付の資産除却債務の会計』における認識要件との実質的な収斂を達成するものである としてい33
る。
現行の
IAS
第37
号と同様に,『公開草案』も不確実な将来事象のなかから,当期の────────────
31 Ibid.,Appendix C, Example 4.(同訳書,付録C例4)
32 IASB, Exposure Draft of Proposed,Amendments to IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets and IAS 19 Employee Benefits,2005, Introduction, pars. 3−4.[企業会計基準委員会訳『IAS第37号 修正案 公開草案 引当金,偶発負債及び偶発資産 IAS第19号修正案 公開草案 従業員給付』第 3−4項。この翻訳はhttp : //www.asb.org.or.jp/j_iasb/ed/20050630_2.pdfにおいて公表されている(2006年 2月22日現在)。]本稿における『公開草案』の訳文は,一部,同上訳を参考にしている。また,『公開 草案』に関する研究には,たとえば,山下寿文「引当金会計の新展開−引当金から非金融負債へ」『企 業会計』2006年2月号がある。
33 Ibid.,Introduction, pars. 3−4.(同訳書,第3−4項)
不確実性を伴う負債の早期認識化(川本) (317)113
財務諸表に計上しうる項目を選別するための規準を展開するものであると考える。
しかし,『公開草案』は「ほぼ確実」の規準の適用方法において,IAS第
37
号とは異 なっている。以下ではその変更点を中心に,IAS第37
号の改訂案部分を検討していこ う。上述のように,現行の
IAS
第37
号においては,予測支払債務をその時期や金額が不 確実な負債であると定義していた。『公開草案』はその予測支払債務という概念を廃止 して,非金融負債(non-financial liabilities)という概念を導入してい34
る。
この非金融負債とは予測支払債務を内包する非常に幅広い概念であり,IAS第
32
号『金融商品:開示と表示』における金融負債以外の負債であると定義されている。この
『公開草案』は基本的にすべての非金融負債項目に対して適用される。『公開草案』は,
漓未履行契約,および滷他の基準で規定されている項目,には適用されない。なお,現
行の
IAS
第37
号における場合と同様に,未履行契約であっても,その契約が不利な契 約であるとみなされる場合には,『公開草案』が適用され35
る。
それゆえ,この『公開草案』がそのまま改訂版
IAS
第37
号として採用されたなら ば,改訂版IAS
第37
号は現行のIAS
第37
号よりも広範囲の負債に適用されることに なろう。その意味で,『公開草案』は負債に関する一般基準を提示するものであると考 える。非金融負債は,漓IASBの概念フレームワークにおける負債の定義を満たしているこ と,および滷その項目の測定が信頼しうること,という
2
つの条件を満たした場合にの み認識される。また,債務が決済された場合などには,非金融負債の認識が取り消され36
る。この認識規準の内容を『公開草案』の主張にそくしてもう少し詳しくみてみよう。
まず,非金融負債は負債の定義を満たす場合にのみ認識され
37
る。それゆえ非金融負債 の認識においては,負債の定義の解釈が重要な問題となる。
『公開草案』は現行の
IAS
第37
号と同様に,負債の不可欠の特徴を実体が過去事象 から生じた現在の義務を負っていることであると解釈する。過去事象の結果生じた現在 の義務は,実体がその決済をほとんど避けえない場合に生じているとみなされる。この 過去事象から生じた現在の義務は,法的債務に限定されない。現在の義務には解釈的債 務も含まれ38
る。
さらに『公開草案』は不確実性を伴う項目について,つぎのように主張している。単
────────────
34 Ibid.,Summary of Main Changes(IAS 37).(同訳書,主要な変更の要約(IAS第37号))
35 Ibid., Summary of Main Changes(IAS 37)and pars. 2−10.(同訳書,主要な変更の要約(IAS第37号)
および第2−10項)
36 Ibid.,pars. 11 and 51.(同訳書,第11項および第51項)
37 Ibid.,par. 12.(同訳書,第12項)
38 Ibid.,pars. 13−15.(同訳書,第13−15項)
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
114(318)
一のあるいは複数の不確実な将来事象の発生(あるいは発生しないこと)に関して,そ の負債の決済に必要な金額が不確かであったとしても,その実体が負債を負っている場 合がある。そのようなケースにおいて,実体は過去事象の結果として,無条件債務(un-
conditional obligation)と条件付債務(conditional obligation)という 2
種類の債務を負っ ているとみなされ39
る。
この
2
種類の債務のうち,無条件債務こそが負債であると解釈される。『公開草案』によれば,ある項目が無条件債務部分を有しているならば,その項目の不確実性に関わ りなく,非金融負債が認識される。その項目に関する不確実性(条件付債務部分)は,
測定において反映され
40
る。
たとえば製品保証を行っている実体は,修理が依頼されたならばそれに応じるという 条件付債務を負うと同時に,条件付債務を履行するために待機する(stand ready)とい う無条件債務も負っている。この製品保証項目は無条件債務部分を内包しているので,
現在の義務が存在しているとみなされる。それゆえ,その項目に関して信頼しうる測定 を行いうる限り,製品保証に関する非金融負債が条件付債務部分も含めて認識される。
修理が依頼されるかもしれないという条件付債務に関する不確実性は,非金融負債の測 定において考慮され
41
る。
これまで検討してきたように,非金融負債の認識においては,ある項目が負債の定義 を満たしているか(現在の義務が存在するか)がまず判定される。その点では『公開草 案』も
IAS
第37
号も同じである。異なるのは,現在の義務とはなにかという解釈と,その解釈に基づく不確実性の処理方法である。
『公開草案』は
IASB
の概念フレームワークにその理論的根拠を求めつつ,認識に関 して検討される負債は条件付債務ではないとする。認識において検討される負債とは,条件付債務の履行に対して待機するという無条件債務であ
42
る。
この無条件債務こそが現在の義務であるという解釈を前提にして,『公開草案』は
「ほぼ確実」という可能性の規準の適用方法について検討している。『公開草案』によれ ば,「ほぼ確実」という可能性の規準は,財務諸表の構成要素の定義を満たす項目を認 識するかどうかを判定するための規準である。そのことは,負債の認識において,可能 性の規準は無条件債務部分についてのみ適用されるべきであるという解釈につなが
43
る。
そのような解釈にもとづけば,現行の
IAS
第37
号における「ほぼ確実」の規準の適 用方法は,不適切な方法であるとみなされる。IAS第37
号は予測支払債務の認識の判────────────
39 Ibid.,par. 22.(同訳書,第22項)
40 Ibid.,par. 23.(同訳書,第23項)
41 Ibid.,pars. 24−25.(同訳書,第24−25項)
42 Ibid.,pars. BC 41−BC 42.(同訳書においては,「結論の根拠」部分は翻訳されていない。)
43 Ibid.,Summary of Main Changes(IAS 37)and par. BC 47.(同訳書,主要な変更の要約(IAS第37号)) 不確実性を伴う負債の早期認識化(川本) (319)115
定において,「ほぼ確実」の規準を負債ではない条件付債務にまで適用していた。たと えば製品保証の場合,修理などの請求が生じる可能性(条件付債務部分)が,認識の判 定において使用される。それゆえ,現行の
IAS
第37
号の認識方法は,IASBの概念フ レームワークと矛盾する不適切な方法であるというのであ44
る。
このように,無条件債務の負債性と条件付債務の負債概念からの排除を主張すること は,「ほぼ確実」の規準の査定をうける負債の範囲を無条件債務に限定する機能を果た すと考える。
つぎに,その無条件債務の発生の可能性がいかに判定されるのかを検討しよう。『公 開草案』は無条件債務が存在するすべてのケースにおいて可能性の規準は満たされてい るので,可能性に関する認識規準を文言上残す必要はないとしてい
45
る。
このことは,「ほぼ確実」の規準の適用停止を意味するものではないと考える。上述 のように,製品保証を行うことによって,実体は修理に応じるために待機するという無 条件債務を負っていると解釈される。この無条件債務の決済に必要な資源の流出とは,
契約期間にわたって「待機する」という用役の提供であり,修理費用などではない,と
『公開草案』はみてい
46
る。
修理請求などに対して待機するという用役の提供こそが無条件債務の決済に必要な資 源の流出とみなされるのであるから,すでに製品保証を行い,修理請求を受け付けるた めに待機しているということによって,その用役の提供は「ほぼ確実」の規準を満たす と解釈されるのだろう。このような解釈によって,無条件債務を内包する項目が「ほぼ 確実」の規準を満たす項目であると位置づけられていると考える。
そのことは,論理上,負債として認識されるすべての項目が可能性の規準による査定 を受けているという解釈につながるだろう。それゆえ,『公開草案』においても「ほぼ 確実」という可能性の規準は,非金融負債の認識を支える重要な概念として機能してい ると考える。
それでは,『公開草案』と現行の
IAS
第37
号における可能性の規準の適用方法は,どこが異なるのであろうか。それは,可能性の規準を適用する範囲であると考える。上 述のように,『公開草案』は条件付債務の負債性を否定することによって,「ほぼ確実」
の規準の適用範囲を無条件債務に限定した。
このような可能性の規準の適用範囲の変更は,会計にいかなる変化をもたらすのであ ろうか。その変化の意味を検討するポイントは,IAS第
37
号において偶発事象項目(とくに偶発債務)とされていた項目にあると考える。
────────────
44 Ibid.,Summary of Main Changes(IAS 37)and par. BC 47.(同訳書,主要な変更の要約(IAS第37号)) 45 Ibid.,Summary of Main Changes(IAS 37)and par. BC 47.(同訳書,主要な変更の要約(IAS第37号)) 46 Ibid.,Summary of Main Changes(IAS 37)and pars. BC 41−BC 47.
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
116(320)
上述のように,現行の
IAS
第37
号は偶発債務を,可能性のある義務,あるいは認識 規準を満たさない現在の義務であると定義し,その認識を禁止していた。この現在の義 務であるとみなされる偶発債務は,その義務が予測支払債務の認識規準を満たさないが ために認識されないものであった。『公開草案』は極端にまれなケースを除いて,負債の信頼しうる測定額を決定しうる とみてい
47
る。したがって『公開草案』の主張に基づけば,IAS第
37
号において偶発債 務が認識されないケースは,その項目が現在の義務ではない(負債の定義を満たさな い)場合と,その項目が可能性の規準を満たさない場合にしぼられる。このうち,負債の定義を満たさない項目は『公開草案』においても認識されない。し かし,可能性の規準を満たさない項目については,IAS第
37
号と『公開草案』でその 処理方法が異なる。『公開草案』のもとでは,現行の
IAS
第37
号において発生の可能性が低いために認 識されない項目であっても,その項目が無条件債務部分を有しているならば,負債とし て認識されうる。さらに,その項目は負債の定義を満たすことによって,「ほぼ確実」の規準をも満たしたと位置づけられる。そのことは,現行の規定では認識されない項目 を,発生の可能性がほぼ確実な項目として現行の
IAS
第37
号によるよりも早期に認識 することにつながる。それゆえ,『公開草案』は将来負債項目の認識(および認識の早 期化)を支え,促進することに機能すると考える。さらに,『公開草案』は将来資産項目の認識を早期化しうる可能性も示唆している。
『公開草案』は上述の無条件債務および条件付債務と同様の概念である無条件の権利と 条件付の権利という
2
概念に基づいて,資産を無条件の権利であるとみている。それゆ え,現行の規定では偶発資産であるとして認識されなかった項目のうち,無条件の権利 を内包する(資産の定義を満たす)項目が,IAS第38
号『無形資産』の適用対象にな りうると主張してい48
る。
『公開草案』は資産の認識に関して,非金融負債の決済に対する補頡を受けうる場合 を検討している。現行の
IAS
第37
号と同様に,『公開草案』においても,補頡を受け うる場合には資産を認識する。しかし,その論拠は異なっている。補頡に関する資産の 認識の是非は,上述の無条件の権利概念を用いて判定される。その項目の測定が信頼し うる限り,第三者からの補頡を受けることに対する無条件の権利部分を内包する項目 は,その項目に関する不確実性に関わりなく認識される。補頡に対する資産の金額は,非金融負債の金額を超過してはならな
49
い。
────────────
47 Ibid.,par. 28.(同訳書,第28項)
48 Ibid.,Summary of Main Changes(IAS 37).(同訳書,主要な変更の要約(IAS第37号)) 49 Ibid.,pars. 46−47.(同訳書,第46−47項)
不確実性を伴う負債の早期認識化(川本) (321)117
これまでみてきたように,『公開草案』はその項目の不確実性を認識において考慮し ない。そのことを明確にするために『公開草案』は,偶発債務および偶発資産という用 語を削除するとしてい
50
る。
このように『公開草案』においても
IAS
第37
号と同様に,将来事象項目のうち,当 期に計上される項目を選別するための規準が展開されている。その規準は資産および負 債の両者を,IAS第37
号よりも早期に認識することを支えるものである。さらに,改訂版
IAS
第37
号の『非金融負債』というタイトル案が示すように,その 早期認識の論理化は負債の側に対して積極的に行われている。それゆえ,『公開草案』は
IAS
第37
号における規準よりも多くの負債項目を,より 早期に認識することを支えるものであると考えられる。つぎに,非金融負債の測定方法が
IAS
第37
号といかに異なるのかをみてみよう。2
非金融負債の測定非金融負債は,貸借対照表日に実体が現在の義務を決済するために(あるいは第三者 に譲渡するために)合理的に支払うと予想される金額で測定され
51
る。
契約上の証拠やその他の市場の証拠が存在する場合,非金融負債はそれらの証拠を用 いて測定される。しかし,多くの場合において,観察可能な市場の証拠は存在しない。
そのような場合,非金融負債は見積を用いて測定せねばならな
52
い。
現行の
IAS
第37
号において,予測支払債務は最善の見積額で測定される。IAS第37
号はその最善の見積額の見積方法として,予想される結果をそれぞれの結果の可能性で ウェイトづけして求めた期待値を用いる方法と,最も可能性の高い金額を用いる方法と の2
つを認めていた。それに対して,『公開草案』は最も可能性の高い金額による測定を適切ではないと主 張して,期待キャッシュ・フロー・アプローチ(expected cash flow approach)による測 定を推奨している。期待キャッシュ・フロー・アプローチとは,多様なキャッシュ・フ ローに関して予想される結果を,それらの結果の可能性によってウェイト付けする方法 であ
53
る。
この期待キャッシュ・フロー・アプローチにおける非金融負債の測定方法をみてみよ
54
う。
────────────
50 Ibid.,Summary of Main Changes(IAS 37).(同訳書,主要な変更の要約(IAS第37号)) 51 Ibid.,par. 29.(同訳書,第29項)
52 Ibid.,pars. 27 and 30.(同訳書,第27項および第30項)
53 Ibid.,Summary of Main Changes(IAS 37)and par. 31.(同訳書,主要な変更の要約(IAS第37号)およ び第31項)
54 Ibid., Example 17.(同訳書,設例17)この設例は『公開草案』における設例17の要約である。IASBは
たとえばIAS第36号『資産の減損』において,貨幣額を示す単位として「通貨単位(currency units : ! 同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
118(322)
ある実体は沖合に油田採掘装置(見積耐用年数
10
年)を設置している。法律 上,実体はその装置を耐用年数終了時に除去せねばならない。装置の除去などに必 要なキャッシュ・フロー(インフレーションの影響を含む)の幅とその幅に対する 可能性の見積は,つぎのとおりである。見積キャッシュ・フローとその可能性
キャッシュ・フローの見積 可能性の評価 期待キャッシュ・フロー
CU % CU
200,000 25 50,000
225,000 50 112,500
275,000 25 68,750
期待キャッシュ・フロー 231,250
実体は装置の除去費用が予想よりもかさむリスクなどの,その義務に固有の不確 実性と予測不可能な状況を反映するために,キャッシュ・フローが
5% 増加すると
見積もった。さらに,実体は貨幣の時間価値に関する現在の評価を反映した割引率を
6% と見積もった。
実体はその義務の当初測定額をつぎのように見積もった。
CU CU
期待キャッシュ・フロー 231,250
リスク調整 11,563
242,813 6パーセントの利率を10年間用いた現在価値 135,586
この非金融負債の測定においては,条件付債務部分に関する不確実性が考慮される。
たとえば,製品保証の場合,修理などの請求が生じる確率,およびそれらの請求に応じ るために必要となるキャッシュ・フローの金額やタイミングが考慮され
55
る。
また,非金融負債は税引前の金額で測定される。さらに,非金融負債の帳簿価額は貸 借対照表日ごとに再検討され,その時点における現在の義務を決済したり第三者に譲渡 したりするために合理的に支払う金額を示すように修正され
56
る。
つぎに,このような非金融負債会計の規定が,いかにして個別問題に適用されるのか
────────────
! CU)」を用いている。この非金融負債の測定の例におけるCUという単位も,IAS第36号におけるも のと同様の意味で用いられていると考える(IASB, International Accounting Standard 36,Impairment of As-
sets, 1998, par. 78. 企業会計基準委員会,財団法人財務会計基準機構監修,レクシスネクシス・ジャパ
ン株式会社訳「IAS第36号 資産の減損」前掲訳書所収,第78項)。 55 IASB, Exposure Draft of Proposed, par. 33.(前掲『公開草案』訳書,第33項)
56 Ibid.,pars. 29 and 43.(同訳書,第29項および第43項)
不確実性を伴う負債の早期認識化(川本) (323)119
を検討していこう。
3
認識・測定規準の個別問題への適用(1)個別問題への適用
『公開草案』は上述の非金融負債会計の規定を,将来の営業損失,不利な契約,およ びリストラクチャリングに対して適用した例を本文で示すと同時に,付録に相当する部 分において,その他の個別問題に適用するさいのやや具体的な設例も示している。それ らの個別問題はつぎのとおりであ
57
る。
・係争中の訴訟
・潜在的な訴訟
・土壌汚染−実質的に制定された法律
・土壌汚染と解釈的債務
・延長された製品保証
・延長された製品保証−非解釈的債務
・単一の保証
・海底油田
・偶発的なアスベスト除去義務(contingent asbestos removal obligation)
・複合されたいくつかの負債
・払い戻しの方針
・新立法
1
・新立法
2
・事業部の閉鎖
・不利な契約
・排煙濾過装置の設置に対する法的要請
・法人税制の変更に伴う従業員の再教育
・修繕と整備
・改装コスト−法的な要請がないケース
・改装コスト−法的な要請があるケース
・自家保険
・解体義務の測定
・製品保証の開示
・解体義務の開示
・開示の免除
────────────
57 Ibid.,pars. 52−66 and Illustrative Examples.(同訳書,第52−66項および設例)
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
120(324)
ここでは,これらの例示のうち,漓現在の義務が存在しないケース,滷法的な債務が 存在するケース,澆解釈的債務が存在するケース,および潺解釈的債務が存在しないケ ース,の
4
つのケースをみてみよう。なお,これらのすべてのケースにおいて,信頼しうる測定が可能であると仮定されて い
58
る。
(2)将来の営業損失
将来の営業損失に対する非金融負債は認識されない。なぜなら,将来の営業損失に関 しては,過去事象から生じる現在の義務が存在せず,それゆえ,将来の営業損失に対す る項目が負債の定義を満たさないからであ
59
る。
この例においては,現在の義務に関する認識要件を満たさない項目が認識されないこ とが明らかにされている。
つぎに,法的な債務が存在するケースを検討しよう。
(3)偶発的なアスベスト除去義務
ある実体が取得した工場には,アスベストが含まれている。その工場の取得日後に新 法が制定され,工場の大修繕や取り壊しを行う場合には,特定の方法でアスベストを除 去せねばならなくなった。大修繕や取り壊しをしない限り,アスベストの除去は要求さ れない。実体は将来において工場の使用を中止するための複数の選択肢(工場の取り壊 し,売却,および放置など)をもってい
60
る。
アスベストの除去は工場の大修繕や取り壊しにさいしてのみ要求されるので,アスベ ストの除去義務の履行は偶発的なものにみえる。しかし,法律の制定によって,実体は 現在の義務を負うとみなされる。たとえ工場の処分をどのように決めたとしても,実体 はいずれアスベストの除去義務を履行するか,その義務を他者に引き受けてもらわねば ならない。それゆえ,いつ,どのような方法でアスベストの除去義務を履行するかに関 わりなく,実体はその義務の履行や譲渡に対する無条件債務を負っているという。たと えば,実体が工場を放置することによって除去義務の履行を延期したとしても,いずれ はアスベストを除去せねばならないので,実体の義務は無くならない。さらに,大修繕 や取り壊しを行う前に工場を売却できるという実体の能力も,その除去義務を消滅させ ない。なぜなら,工場の売却価額はその除去義務を考慮して決定されるだろうから,工 場の売却は除去義務を譲渡する行為であり,義務を消滅させるものではないと解釈され るからである。したがって,新法が効力をもった時点で,アスベストの除去義務に対し て非金融負債が認識され
61
る。
────────────
58 Ibid.,Illustrative Examples.(同訳書,設例)
59 Ibid.,pars. 52−53.(同訳書,第52−53項)
60 Ibid.,Example 7.(同訳書,設例7)
61 Ibid.,Example 7.(同訳書,設例7)
不確実性を伴う負債の早期認識化(川本) (325)121
この例においては,法的債務の履行に対して多様な選択肢が存在する場合において,
無条件債務の存在を判定する方法が示されている。たとえ偶発的なものに思える項目で あっても,無条件債務部分が存在するならば非金融負債が認識されることが明らかにさ れている。
この例においても,その項目が無条件債務を内包しているならば,その項目の不確実 性に関わりなく非金融負債を認識するという立場が貫かれている。
(4)払い戻しの方針
つづいて,解釈的債務に対して非金融負債の認識規準がいかに適用されるのかを検討 しよう。
ある小売店では,たとえ法的な義務がなくとも,不満をもつ顧客に対してその代金を 払い戻す方針をとっている。この払い戻し方針は,一般に広く知られてい
62
る。
この小売店の払い戻し方針は広く知られており,顧客が払い戻しの実行を合理的に期 待しうる状況であることから,この小売店は払い戻しに対して待機するという解釈的債 務を負っているとみなされる。この解釈的債務は,過去事象(製品の販売)から生じた 現在の義務であるので,非金融負債が認識される。この解釈的債務の測定においては,
貸借対照表日までに請求される払い戻しの件数,時期,および金額に対する予測が用い られる。また,払い戻しに関して収益が生じるならば,IAS第
18
号『収益』にしたが って収益が報告され63
る。
この例においては,払い戻しに関する不確実性に関わりなく,非金融負債が認識され ることが明らかにされている。その認識において問題とされるのは,この実体が顧客か らの払い戻し請求に応じるために待機せねばならないという無条件債務を負っているか どうかである。このように,非金融負債が法的債務に限定されないことが明らかにされ ている。
それでは,顧客に広く知られていない方針の場合,解釈的債務の存在はいかにして判 定されるのであろうか。つぎにその問題を考察しよう。
(5)延長された製品保証 漓契約期間中の製品保証
ある製造業者はその製品の購入者に対して,製品保証を延長するサービスを提供(sells
extended product warranties)している。製造業者は販売日から 3
年以内に明らかになっ た製造上の欠陥の修理や取り替えに対して,契約上の義務を負ってい64
る。
この製造業者は契約期間中に修理などの用役を提供するために待機することに対する
────────────
62 Ibid.,Example 9.(同訳書,設例9)
63 Ibid.,Example 9.(同訳書,設例9)
64 Ibid.,Example 4 A.(同訳書,設例4 A)
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
122(326)
無条件債務を負っているとみなされる。この現在の義務を生じさせた過去事象は,製品 保証サービスの提供である。この製品保証項目は無条件債務部分を内包しているので,
修理依頼が行われる可能性に関わりなく,非金融負債が認識され
65
る。
また,その非金融負債の測定においては認識の判定時に考慮されなかった条件付債務 部分の不確実性が考慮される。
貸借対照表日において市場の証拠が存在しない場合,実体はつぎのような要素を考慮 する。すなわち,漓貸借対照表日までに提供された製品保証に対する請求件数の見積
(この見積において,実体は可能性のある請求件数に関する種々のシナリオを見積も り,そのシナリオのそれぞれをそれらの可能性でウェイト付けする),滷見積もられた 請求数に応じるためのキャッシュ・フロー,澆そのキャッシュ・フローのタイミング,
およびその債務に関するリスクと不確実性,である。実体が料金と引き替えに製品保証 を発行するならば,IAS第
18
号『収益』にしたがって,収益が認識され66
る。
この例においても,非金融負債の認識において重要視されるのは,法的な債務が存在 するかどうかではなく,その項目に無条件債務部分が内在しているかどうかであること が明確にされている。
また,その項目に関する不確実性(条件付債務部分)が認識においては考慮されず,
期待キャッシュ・フロー・アプローチを用いた測定において考慮されることが明らかに されている。
滷契約満了後における製品保証
つづいて,契約満了後における製品保証について検討しよう。この例は下記の条件が 追加されていることを除いて,上述の漓の場合と条件は変わらない。この例において は,実体が顧客の評判を維持するために,販売日から
5
年目までに明らかになった欠陥 に対しても,頻繁に修理依頼などに応じている。しかし,そのことは一般に知られてい な67
い。
この例においては,3年間という契約期間が満了しているために,4年目以後の請求 に対する法的な債務は存在しない。それゆえ,問題は契約満了後において,無条件債務 である解釈的債務が存在するかどうかである。『公開草案』は,契約満了後における解 釈的債務は存在しないと主張している。その理由はつぎのとおりである。まず,たとえ 実体が
4
年目以後の請求に頻繁に応じていたとしても,その方針は広く知られていな い。さらに,この実体は契約期間の満了後に行われた請求に応じるかどうかに関して裁 量権を持っているので,顧客は修理請求に応じてもらえるということを合理的に期待で────────────
65 Ibid.,Example 4 A.(同訳書,設例4 A)
66 Ibid.,Example 4 A.(同訳書,設例4 A)
67 Ibid.,Example 4 B.(同訳書,設例4 B)
不確実性を伴う負債の早期認識化(川本) (327)123
きないとみなされ
68
る。
この例においては,無条件債務の存在が単に契約期間が満了しているかどうかという 法的な形式で判定されるのではなく,個々の項目の内容に応じて判断せねばならないこ とが示されている。たとえば,この例において,実体が
4
年目以後の請求にも応じるこ とが広く知られていると判断されたならば,上述の払い戻し方針の例と同様に,無条件 債務が存在すると判定される可能性がある。これまで検討してきた
4
つの例においては,漓非金融負債の認識規準が将来負債項目 のうち,当期の非金融負債とされる項目を選別するための規準として機能しているこ と,および滷その規準の適用に関する判断が非金融負債会計において大きな意味を持っ ていること,が明らかにされていた。Ⅲ 不確実性を伴う負債の早期認識化を支える論理
これまで検討してきた
IAS
第37
号および『公開草案』は,不確実性を伴う将来事象 項目のうち一定の基準を満たすものを,当期の財務諸表に計上することを論理化するも のであった。また,IAS第37
号および『公開草案』の中心的検討項目が負債項目であ ることから,その論理化は当期に認識される負債項目の選別に対して,より積極的に行 われていたと考える。まず,IAS第
37
号は現在の義務,発生の可能性,および金額の見積という3
つの認 識要件を用いて将来事象項目を,予測支払債務,偶発資産,および偶発債務という3
種 類に分類していた。予測支払債務会計においては,上述の
3
つの要件に関する判断や解釈が非常に重要な 意味を持っている。なぜなら,それらの判断や解釈の内容によって,不確実な将来事象 項目が当期の財務諸表に計上される項目(予測支払債務)と,財務諸表に計上されない 項目(偶発資産・偶発債務)とに区別されるからである。それゆえ,予測支払債務会計は漓不確実性を伴う予測支払債務を会計に導入するこ と,滷非常に多様な判断を用いること,および澆その判断が適切に行われること,とい う
3
点に対する合意を獲得することなしには成立しない会計であると考える。この予測支払債務会計の理論的正当性は主に,IASBの概念フレームワークによって 支えられていると考える。
予測支払債務会計は認識規準を用いて,不確実な将来事象のなかから予測支払債務
(当期に認識される負債)を選別する会計である。その認識規準はまず,不確実性を伴
────────────
68 Ibid.,Example 4 B.(同訳書,設例4 B)
同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
124(328)