現 ―
著者 谷村 智輝
雑誌名 經濟學論叢
巻 58
号 2
ページ 79‑100
発行年 2006‑09‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011013
【論 説】
個別資本の再生産過程と産業編成
*―過剰資本の顕現―
谷 村 智 輝
1 は じ め に
筆者はこれまで,産業循環を自立的な個別資本の競争過程の見地から,利 潤率の循環的変動の過程として理論的に検討してきた.そこで,個別資本の 利潤率が,不況からの回復の過程での新技術導入を原因として上昇すること,
好況期における個別資本の順調な拡大再生産は,生産量の拡大を目指した規 模拡大競争の進展のなかで,一方では雇用労働者の貨幣賃金の上昇と他方で の利子率の上昇から,利潤率の低下を余儀なくさせることがポイントである.
この論文では,過剰資本が顕在化するプロセスについて,とくに好況期にお ける個別資本の競争と社会の産業編成に着目して因果的に検討したい.
周知のように,好況期の終焉・過剰資本の顕在化が,利潤率低下による資 本の絶対的過剰生産によって引き起こされる点を強調したのは,宇野(1965)
を端緒とする,いわゆる「資本過剰論」の系譜にある諸研究である.しかし,
資本過剰論に対しては,好況期における市場価格・実質賃金率の変動と利潤 率低下の理論的関連性1)を中心に,様々な面から批判的検討が加えられてい る.本稿では,利潤率の変動と実質賃金との関係性について筆者の見解を述
* 本論文の作成にあたって,平成16年度私立大学等経常費補助金特別補助高度化推進特別経費大学 院重点特別経費(研究科分)の助成を受けた.
1 )利潤率と実質賃金率の動態について,さしあたり置塩・伊藤(1987),星野(2001,2002),星 野(1998),伊藤誠・桜井毅・山口重克編(1985)を参照.
べることになろう.
産業循環は,産業における個別諸資本の再生産と競争を原因としてもたら される.過剰資本は,そうした再生産・競争の過程の結果として社会的拡が りをもって,すなわち一般的過剰生産としてあらわれることはいうまでもな い.そこで,個別資本の再生産過程の社会的編成を検討し,過剰資本の社会 的な顕在化について吟味することが本稿の主要な課題である.
以上のような問題に取り組むにあたって,この論文では,まず,個別資本の 再生産過程と社会の成立を,社会的総資本の再生産論の批判的検討によって,
明らかにしておく.そして景気の上昇局面における利潤率低下について,資本 過剰論を中心とした諸説を概括し批判的に検討しながら,利潤率低下がもたら されるプロセスを考察する.そのうえで,過剰資本を顕在化させる契機を,あ る産業における個別資本の再生産の競争過程とそれらの社会的連関から論じ たいと思う.すなわち,個別資本の再生産過程が,こうした産業編成なり社会 編成なりを規定していく関係に着目しながら,個別資本の再生産過程における 過剰資本の形成とそれが顕在化する社会的メカニズムを検討する.
2 個別資本の再生産過程と社会的再生産
2. 1 個別的資本の自立化と社会の成立上述したように,産業循環の検討にあたって筆者は,個別資本の再生産過 程と競争に焦点をあてようと思う.ところで,個別資本あるいはまたその自 立的再生産などという場合,Marxも述べているように,個別資本そのものは 社会的総資本の一断片にすぎない.つまりそれは,ひとりの資本家が資本家 全体の一個別的要素でしかないのと同様であり,結局,個別資本の変態やそ の回転は社会的総資本の循環のなかの一環に過ぎない.わが国の会社組織だ けでも,現在,約257万社にのぼるのであり2),そのうちの一個別企業の事業 活動の具体を取り上げて検討しようというのは方法上問題があるのは確かで
2 )『税務統計から見た法人企業の実態』(2005)による.
あるし,この論文でそうしたことに取り組もうとは思わない.産業循環は資 本主義経済の生活経路であり,社会的現象である.では,産業循環の検討に おいて,個別資本を分析対象とする意義やその積極的理由はどこにあるのか.
諸資本の運動の規定的動機は,自己増殖であり,自己の成長である.したがっ て,より大きな利潤の獲得が目的であり,その目的達成の尺度が利潤率にほか ならない.また,諸資本は利潤率に規定されつつ資本を蓄積し自己を再生産 していく.こうした蓄積・再生産過程において,資本の商品が生産されていく.
資本主義経済において,諸資本の再生産過程は,他の個別諸資本との競争と して行われざるをえない.このような再生産と競争をつうじて,諸産業が編 成され,諸市場(商品市場,労働市場,資金市場)が成立する.すなわち,個別 資本の再生産と相互の競争過程として資本主義経済が形づくられ,それ以外 に資本主義社会は存在しえない.諸資本の競争は動態的で不安定であるがゆ えに,社会そのものにも景気の上昇と下降という変動をもたらす.その結果,
こうした個別諸資本の競争的な資本蓄積・再生産過程の動態が,産業循環とし てあらわれるのである.産業循環が具体的にどのような様相を持つかは歴史 的かつ実証的分析の対象であるにせよ,資本主義経済であるかぎり,こうし た個別資本の再生産の相互作用が産業循環をもたらすと考えることができる.
しかしながら,諸資本の再生産と社会の成立との間のこのような因果的関連 は,従来の研究において必ずしも明示的に展開されているわけではない.
資本主義的商品経済の基本的特質として,Marxが『資本論』の商品論で強 調しているように,自立的で互いに独立した私的労働の生産物としての商品 が分業にもとづいて生産され,それらが市場をつうじて社会的に交換・分配 されることがあげられる.私的労働の生産物としての商品が交換されること で,社会が再生産されるということである.「市場」は確かに重要である.と いうのも,資本−資本であれ,資本−雇用労働者であれ,およそ経済主体相 互の関係は,いずれも「市場」 資本財市場,労働市場と賃金財市場 を媒介にしているからである.こうして,社会的総資本の再生産分析(再生産
表式論)においては,社会の総生産物の流通に着眼することで,総産出物が市 場をつうじて経済主体間にどう分配されているかが問題とされ,商品流通と 階級関係の再生産とが主要問題となってきた.つまり,社会的総資本の再生 産が商品の生産と分配を通じた資本関係の再生産として論じられるのである.
ところで,社会的に分配される商品は,個々の諸資本によって生産され供 給される.労働力商品は直接生産されるのではないが,労働力は,資本に雇 用されることによって獲得した貨幣賃金でそれ自身資本の商品である生活手 段を獲得しこれを消費することで再生産される.それによって雇用労働者の 再生産は,社会的な商品交換関係の一分肢となる.しかしながら,生産手段(資 本財)であれ生活手段(賃金財)であれ,商品はそれに先立つ生産の結果とし て市場に現れる.商品生産はこれに先行する個別諸資本の蓄積・再生産に規 定されるのであり,それが資本主義経済を商品経済一般から区別するもので ある.しかも,個別諸資本の蓄積・再生産は,価値増殖(利潤率)に規定され る.こうした文脈では,社会の再生産について,個別資本の再生産が「原因」
となり商品生産とその分配は,「結果」となる.需給関係が「結果」であるな らば,再生産の変化をもたらす諸要因は,需給関係そのものから引き出すこ とはできないのではないか.
従来,産業循環の理論的解明にあたって,社会が均衡成長経路を進行する 条件の分析および不均衡成長経路における社会の需給ギャップの累積性と 反転の必然性が検討されてきた.富塚(1975:初版1962)や置塩(1976:初版
1967)以来,「均衡蓄積軌道モデル」を利用した産業循環へのこのようなアプ
ローチは,「再生産表式分析の動学化」3)といわれるように,Marx再生産表式 論に分析の基礎をおいている.そこで,こうした問題の所在を再生産表式論 の構造から確認しよう.
再生産表式論は,商品資本の循環(W……W)に基づく.ここで,終点のW は,価値増殖してW 'となっているが,貨幣に再転化して増殖された資本価
3 ) 富塚(1990)を参照.
値とはなっていないためにこの過程は未完であり,それ自身反復する過程と とらえられる.またW 'は,資本価値と剰余価値の循環を含んでおり,したがっ て市場での総生産物の交換,社会的総資本の絡み合いが問題となりうる.し かし,これは資本の投入−産出という因果的観点から見れば,つねに「結果」
を前提にしている.上述したように,個別資本の再生産・蓄積の結果が前提 となって次期の商品資本が生産される.再生産表式論は,需給関係をつうじ た資本関係の再生産において社会の再生産を問題としている.再生産表式論 では,所与の部門Ⅰの蓄積率に対応して部門Ⅰの蓄積総額が決まり,それに 従属的に部門Ⅱの蓄積率が決められて,社会の蓄積総額が決まる.したがって,
ここでは,商品生産の原因をなす蓄積・再生産が,商品の分配関係に従属的 なかたちで導入されており,資本蓄積率が「独立変数」となってはいない.
以上のような理解が正しいならば,われわれの分析対象は,再生産表式論 的な市場均衡の動態分析ではなく,利潤率に規定された諸資本の再生産過程 そのものの分析を出発点とし,それらの相互作用を検討することが不可欠と なろう.産業循環を,自立した私的企業相互の競争,それをつうじた再生産 の動態から説明したい.そこで,運動主体として個別資本を措定する必要が ある.「資本主義」は諸経済活動が資本にもとづいている,つまり「資本を中 心とした社会」であり,われわれは「主体としての資本」そのものを検討す る必要があるのであり,それは産出商品の分配関係に置き換えられるもので はない.以上のようなことから,この論文では資本主義の運動主体として個 別資本を措定し,彼らの蓄積・再生産に関する自立的決定に焦点を当て,再 生産と競争の過程を直接分析しようというのである.
2. 2 個別資本の主体性・自立性
個別資本の運動目的は,価値増殖すなわち自己成長であり,このために諸 資本はそれぞれの事業活動を行う.したがってより大きな利潤の獲得が再生 産過程の規定的動機であり,この目的の達成を目指して資本蓄積する.個別
資本は,どのような産業部門に,何を,どれだけ,どのように投資するか,
主体的・自立的に決定する.再生産表式論での諸資本が,社会の総生産物の 分配に従属的に資本蓄積するのに対して,ここでの個別資本は,運動の主体 であり,それを規定するのは,個別資本の価値増殖率=利潤率でありその期 待であると考えられる.
というのも,諸資本の自立性は,利潤率の相違にあらわれているからであ る.市場価格,個別費用価格,投下資本が利潤率の構成要素であるから,利 潤率の特殊性は,費用価格と資本構成にあらわれている.ところで,資本蓄 積と利潤率の関係,期待利潤率の導入,こうした理解は,従来の見解と大き く変わらないと見えるだろう.しかし重要なことは,個別資本の投資にあたっ て,期待利潤率は自己決定しうるということである.現実的にいって,いか なる資本も,投資に際してどのような利潤率が見込めるかを考えると同時に,
どのようにすれば利潤率が高まるかを考える.
一般に,資本主義経済の成立は,商品交換の社会的拡がりであり労働力の 商品化にもとづくとされる.しかし,主体としての資本の自立化,つまり利 潤率の主体的操作の可能性という点に着目するなら,労働力商品の成立以上 に機械制大工業すなわち機械による機械の生産,機械による資本の再生産の 成立が決定的に重要である.これによって,手工業的な労働,人の手からの 解放がもたらされることになり,商品経済と分業が発展するだけでなく,資 本の運動の自己決定が保証されることとなった.さらには,それとともに「信 用」も発達してきた.
機械制大工業の成立が資本の利潤率の主体的操作を可能とした一方で,諸 資本の競争をももたらした.諸資本は,利潤率の可能性をみずから開拓し,
それに応じて資本蓄積する主体である.利潤率を高める可能性に応じて,資 本蓄積の素材的内容とその量,すなわち費用価格と資本構成が決定される.
こうしたことが資本の再生産の自立性であり,それを可能にしたのが,機械 制大工業の成立なのである.また,利潤率の主体的操作,費用価格と資本構
成の相違そのものは,個別資本を他の個別資本とを区別するものであると同 時に,諸資本間の競争の契機である.
資本主義的商品経済が存立するのは,私的自立的個人が主体となることは もちろんだが,資本の再生産過程が社会を規定するという関係の成立がより 核心をなす.再生産に関する諸資本の自立的決定が,諸資本相互の競争をつ うじて行われつつ,この自立的決定の相互連関によってひとつの「社会」が 創りあげられる.競争は過度に資本蓄積を増進させて過剰資本に結びつく.
そこで産業循環をつうじて諸資本は再生産されることになる.
したがって,主体としての個別資本の自立化は,「利潤率(価値増殖率)の 可能性」の自己創出とこれに密接に関わる機械の採用,さらに投資の独立性 にあらわれる.
そこで,われわれは社会的総資本の再生産にかわって,産業循環を利潤率 の変動に依拠した個別諸資本の自立的再生産過程とその相互連関から解明し たい.この論文では,第一に,個別資本の再生産過程に着目するにあたって の基本的な問題意識とわれわれの立脚点を簡単に振りかえる.つぎに,個別 的資本の再生産過程が再生産の「需要連関」をつうじて社会の産業編成を形 作ると考えられることを明らかにする.その上で,個別的資本の再生産過程 に規定される社会の産業編成と産業循環過程とくに過剰資本の顕在化との関 連,といった点について論じたい.個別資本の再生産過程が競争的に進行し て産業循環が現象する.過剰資本が顕在化することは,個別資本の再生産過 程そのものの検討をふまえつつ,社会的産業編成から検討される.
3 個別資本の競争・再生産過程と社会の産業編成
3. 1 個別資本の再生産過程と競争個別資本は,価値増殖運動の自立的運動主体であり,競争の主体でもある.
個別資本は,自己をある特定の「産業」に投下し,みずからを再生産する.
ある資本は自己を投下し議場を営む場所を自ら確定するが,それが「産業」
である.「個別資本の再生産過程」は,たとえば大野(1998)で展開されたモ デルである4).資本投下が原因となって,商品が生産され,それらが販売され た後に結果として資本が産出される.「資本の投下」と「資本の産出」の連続が 個別資本の再生産過程である5).投下資本(K)は,資本構成にしたがって生産 手段と雇用労働者とにわかれ「資本の再生産のための需要」となる.資本の成 長という面からいえば,再生産のための需要は,補填需要と蓄積需要(=新投資 需要)とに分けられる.この資本投下にもとづいて個別資本の事業が展開され,
その結果資本が産出される(X)6).今期の資本投下と前期の産出資本 すなわ ち再生産過程 を媒介するのが今期の資本蓄積率(f)にほかならないが,資 本蓄積率は,純産出資本(総産出資本と投下資本との差額)のうち次期に資本投下 される比率であることから,時間を加味してつぎのように表現できる.
ここでgは個別資本の成長率,rは利潤率である.成長率が,前期と今期の産 出量の比較ではなく投下資本で比較されているのは,資本の再生産を問題に するからである.つまり,1期間でどれだけ資本が増殖されたかが問題となっ ている.
ともあれ,上式から,
g=f r
が導かれる.この式を「蓄積の基本方程式」と呼ぶ7).これは,再生産過程の 自己目的である自己の成長が,資本蓄積率と利潤率によって決まるという資 本の再生産の基本的な関係をあらわしている.上式に見られるように,利潤
4 )その他,大野(2003)を参照.もちろん,本報告における問題点はすべて筆者にある.
5 )ここで,商品の投下(投入)と商品の産出ではないことに主眼がある.
6 )Xは,実現利潤のひとつの表現である.しかし,ここで注意したいのは,個別資本の再生産過 程にとって,生産物が全て売れる=実現されるとかあるいはどれだけ実現するかということその ものが最も重要なのではない.今期の産出資本と次期の投下資本とを結びつけるのは,自己増殖 の可能性したがって利潤率の可能性がまず問題となるのであり,たんにどれだけ売れるかという ことそれ自体ではない.このことを区別するために産出資本の概念は有意義である.
7 )この点についての詳論は,大野(1998)第4章,また谷村(2002)を参照のこと.
f= Xt-1−Kt-1
Kt−Kt-1
(Xt-1−Kt-1)/Kt-1
(Kt−Kt-1)/Kt-1
= r
=g
率は,前期の利潤率rt-1である.したがって前期利潤率が前期から今期にかけ ての成長率を基礎づける.しかし個別資本は,前期利潤率だけでなく今期の 期待利潤率に依拠して,資本投下を決定する.期待利潤率を前提にして資本 を投下し,その結果として資本を産出する.したがって,期待利潤率の形成,
つまり,どのようにして前期以上に利潤率を高めるかということが個別資本 にとって重要な問題となる.
ところで,期待利潤率を導入する場合,しばしば過去の実現利潤率が用いら れる.しかし,われわれはこのような考えをとらない.なぜならば,利潤率を 主体的に高めるということが,こうした操作によって問題にされなくなるから である.期待利潤率が過去の利潤率とまったく関連がないというのではない.
「利潤率を高められるかどうか」は,過去すなわち前期の利潤率との比較から 行われよう.したがって,第一に前期実現利潤率よりも期待利潤率が高いとき 資本投下がなされ,再生産のための需要が形成されることになる.第二に,前 期実現利潤率と今期の期待利潤率が等しければ,規模の拡大が志向されよう.
これに対して第三に,前期実現利潤率に比して期待利潤率が低い場合蓄積は控 えられ,したがって資本の再生産の需要が減退することになるだろう.
期待利潤率の主体的操作は,つぎのことを含む.すなわち,個別資本の再 生産過程では,今期の資本産出と次期の資本投下には,実現問題(生産物価値 がどれだけ実現したか,つまり生産物がどれだけ売れたか)それのみが問題になる とはいえない,ということである.仮に生産物がすべて売れなくとも,期待 利潤率が見込めるなら資本投下がなされる.次期の資本投下にみあう利潤率 を可能とする資本財と雇用労働者の組み合わせが入手可能であるなら,その かぎりで資本は投下されうる.こうして期待利潤率が,個別資本の再生産過 程を根拠づけている.
さて本稿では,期待利潤率の主体的創出,すなわち資本は「利潤率を主体 的に高める」ことを強調してきた.それは,具体的にどのようになされるのか.
この点について,費用低減的新技術導入に着眼する.
いま,生産手段価格と雇用労働者の賃金に着目して,旧生産技術と新生産 技術とをそれぞれ(c1,v1)(c2,v2)と表す.また,新機械は旧機械より高価(c2
>c1)で生産性も高いと仮定する.費用価格を低下させる新技術が導入される 場合,v1−v2>c2−c1>0から, である8).したがって費用基準の新 技術導入によって,個別資本の利潤率と資本構成は,ともに高まる.
一般的にいって産業循環は,資本主義経済の内的法則の現象形態であるとと らえられるが,この内的諸法則を媒介するのが諸資本の競争の作用であるとい うことが,競争に関する通説的理解であろう9).しかし,個別資本の再生産過 程ではこうした抽象的規定として競争をとらえるのではない.個別資本の再生 産過程それ自身を競争の過程としてとらえうることが,この分析の眼目である.
では,個別資本の再生産過程において競争はどのようにとらえられるのか.
上述したように,個別資本の再生産過程において,利潤率そして蓄積率は,
資本投下にあたって個別資本の自己決定にもとづき,みずからが主体的に決 めることができる要因である.上記「蓄積の基本方程式」に依拠して考えると,
自己の成長という目的にとって,利潤率の操作と資本蓄積率の操作が規定要 因となっていた.諸資本の競争も,基本的にこれらをめぐって行われると考 えることができる.すなわち,個別資本の競争は,資本構成・利潤率を高め ることに主眼をおいた競争と資本蓄積率をめぐる競争すなわち規模拡大競争 とにわけることができる.
利潤率を高めることは,上述した費用基準に基づく新技術の導入であった.
これによって特殊例外的な資本の利潤率と資本構成は高まる.既存の資本の利 潤率は,新技術を導入した特殊例外的な資本の利潤率に比べて低くなっている.
マイナスの特別利潤を巡る競争によって,新技術の導入と普及が当該産業部門 で強制される.こうした部門内競争をつうじて,ある産業に標準的な利潤率・
資本構成はともに高まる.この産業の他の諸資本も追随的に新技術を導入して v2
c2
>v1
c1
8 )この展開については,大野(1992)第5章を参考とした.
9 )「競争」の一般的規定としてMarx, Grundrisse,S.459,S.599.を参照.
いく.これによって利潤率を高める可能性が小さくなり,資本蓄積率を拡大し ていく競争が支配的となる.すなわち,規模拡大競争の展開である.
こうした競争を産循環との関連から見れば,利潤率を高める競争が支配す るのは,不況期においてであろう.というのも,不況局面は,諸資本が資本 投下の困難に直面しているからである.個別資本の再生産過程は,資本投下 がその出発点である.資本投下は,期待利潤率に規定されることから,期待 利潤率の形成が再生産過程のカギである.不況期では資本の再生産は停滞し ており,雇用労働者への需要も小さく,したがって商品も過剰であり市場価 格も低下している.競争的経済を考えると,市場価格が個々の資本にとって 所与であるため,期待利潤率を上昇させるには,すぐれた機械による費用価 格の低減によるほかはない.産業循環を内発的に始動させる規定因は,自己 の利潤率を主体的に高め資本投下の可能性を与える新技術の導入である.新 技術導入に産業循環の開始の契機を見る見解は少なくない.例えば,廣田
(1996)は,産業循環の開始点の確定が産業循環という運動の内的規定因を確 定することを意味し,規定因として特別利潤の獲得のための新技術導入に着 眼して,回復局面を循環の起点においている10).その主旨は本稿と基本的に 同じであるが,本稿において,特別利潤が特別剰余価値論に見られる生産性 上昇による商品価値低下によるのではないことを強調したい.この点につい て廣田(1996)は必ずしも明確ではないが,筆者は,新技術導入の原因を資本 投下の可能性の創出(投下資本の節約)においているのであり,単に商品価値 の低下(安く売れること)に求めているのではない.
さて,不況期における利潤率を高める競争に対して,後にも述べるように 蓄積率をめぐる規模拡大競争は,好況期での競争の展開である11).われわれ
10 ) 循環の起点問題に加えて,廣田(1996)は,置塩説に代表されるような「生産物の価値と生産
手段の価値」の同時決定を批判し,実質賃金と利潤率とが必ずしも相反しない可能性を指摘して いる.実質賃金の規定について後に述べるさいの参考となる.
11 ) 競争に関連して付言しておくなら,『資本論』での競争は,異部門間競争と同一部門内競争に分
かれるが,前者の一般的利潤率の成立を巡る異部門間での資本配分競争である.他方,部門内競 争は,それら異部門間競争の前提としての特殊的利潤率の成立を説いている.しかも,それは特 別剰余価値論に依拠している.特別剰余価値論は,結果としての商品価値低下が問題になっている.
は過剰資本の顕現を明らかにすることが最終目的であり,それゆえ好況期の 資本蓄積がいかに過剰資本をもたらすかを問題とする.しかしながら,行論 の都合上,好況期の再生産と競争を述べる前に個別資本の再生産過程と産業 編成の基本的構図を提示しておくことにしたい.
3. 2 個別資本の再生産の需要連関
個別資本の再生産過程の進行にとっては,再生産のための需要が充足され るかどうかが問題となる.その一方,必ずしも産出商品の実現問題が中心と はいえない.個別資本の期待利潤率に見合った技術・素材が必ず充足される かどうかは,個別資本にとっては解決しうる問題ではない.そこでここでは,
再生産のための需要が充たされることを前提にしよう.
再生産過程の出発点である資本Kの投下は,再生産のための需要を意味す る.個別資本の資本投下の開始は,補填と新投資の蓄積需要の形成である.
これによって,資本の再生産は,他の部門の資本との関係をつくりだす.再 生産のための需要は,その資本構成に応じて,一方では原材料および機械設 備といった資本財に,他方では雇用労働者に分かれる.雇用労働者に対する 需要は,彼らの貨幣賃金の支出をつうじて賃金財に対する需要となる.これ によって雇用労働者も再生産される.こうして,資本の生産物としての商品 が市場をつうじて分配されるのだが,社会にある種々の生産物が個別資本の 再生産過程と需要構成によって,諸産業として編成されることになる.つまり,
個別資本の再生生産過程とその再生産のための需要が,社会の産業を資本財 産業と賃金財産業に編成するのである.そして再生産のための需要そのもの は,期待利潤率によって規定される.
ここで社会の2大部門各々で,「産業としてしての資本」すなわちひとつの産 業の代表的資本を考えよう.また資本家の消費や労働者の貯蓄は捨象しよう12).
12 )蓄積の基本方程式において,資本蓄積率は個別資本が主体的に決める変数である.しかし,こ こでは,再生産のための需要の流れを基本的に考察するために,資本家消費と労働者貯蓄を捨象 する.
まず,賃金財産業で再生産の需要の流れをみると,この需要は,①資本財に 対する需要,②賃金材の雇用労働者に対する需要,③資本財の雇用労働者に対 する需要,④両部門の雇用労働者の賃金による自分自身に対する需要にわけら れる.賃金財産業の再生産のための需要は,自分以外の他の部門・市場(すな わち資本財部門と両部門の雇用労働者の貨幣賃金)を経由して,「自己回帰」13)して いる.これに対して資本財産業の場合は,自己の再生産のための需要の一部 が自らに対する需要となる点で賃金材の場合と異なる.自己の産出物が再び 自己に投下される.そこで,資本財産業は独立化しうる.Marx派の恐慌・産 業循環論では,「蓄積のための蓄積」とか「第Ⅰ部門の自立性」といった点が 強調されてきたことが想起される.しかしこのことは,同時に,社会の需要 連関から見れば,資本財産業は,それ自身で社会の需要連関を完結し編成し えないともいえるだろう.言い換えれば,賃金財産業の需要の自己回帰性から,
賃金財産業が社会の産業の主軸であると考えることができる.最後に強調し たい点は,以上のような意味で両部門の社会的位置づけは異なるとはいえ,「再 生産のための需要」が社会を編成するということである.
《再生産のための需要連関》
(矢印:資本投下による需要の流れ)
3. 3 産業循環と資本過剰の顕在化
以下では,資本過剰が顕在化するプロセスを検討する.そこで,不況期か
13 )大野(1998)を参照.
ら過剰資本が顕在化する過程を産業循環にそくして述べることからはじめる.
不況期は再生産の開始の困難に直面している時期であり,資本投下の可能 性が模索されている.蓄積需要の充足を前提とすると,特殊例外的な資本に よる新技術導入と産業部門内の他の資本の追随の結果,当該産業の部門利潤 率は高まり,資本構成も高まる.現実的には,新技術導入には改良や規模拡 大がともなう一方,必要資本量の増大で小資本の淘汰が起こるであろうが,
それはいま捨象しておく.新技術の普及・一般化によって利潤率を高めるこ とができない事態に行き着くとき,部門利潤率は一定の水準に落ち着く.
なお,新しい機械の採用は,労働者との代替であるため,相対的過剰人口 が形成される.これは賃金財に対する需要を減少させるため,実現問題を考 えるとこうした新技術導入が回復に結びつかないと考えられる.しかし,こ の新技術導入は利潤率が高まり投資需要が形成され,他部門に対する需要連 関を形成する.相対的過剰人口の形成は,むしろ,回復期において貨幣賃金 率を急上昇させず安定的に推移させる.したがって利潤率を高める作用をす る.その一方で新技術導入にあたって,この時期の低利子率は,新技術導入 を促進させ資金需要を生み出す.しかし,費用低減に主眼があるため,他人 資金に対する需要には大きな制約があるといえよう.なぜならば利子は費用 価格の一要素であり,企業利得が資本にとって問題となるからである.
さて,新技術の普及進展から利潤率を高められないという状況の下では,
産業の部門利潤率と期待利潤率は等しい.そこで,生産規模の拡張が個別資 本の成長にとって唯一の契機となる.すなわち,上述した「蓄積の基本方程式」
g=f r における資本蓄積率の増大,規模拡大競争の展開が競争の主軸となる.
費用価格低減のための競争の結果として,規模拡大競争が展開される.
このとき,産業は好況局面にあるといえる.この時点で,利潤率は高まっ ている.規模拡大競争から利潤も増大し,蓄積率も大きい.したがって資本 財需要,雇用労働者に対する需要も大きい.必然的に賃金財需要も大きい.
この規模拡大競争は,質的な変化をともなわない量的拡大であるだけに盲
目的である.資本蓄積率を上昇させることが成長を達成する際の唯一の手段 となる.したがって,獲得した利潤をすべて蓄積することが資本にとってひ とつの限界となるが,この限界は他人資金の充用によって突破される.他人 資金の充用と信用制度の利用は,個別資本の資本蓄積に対する制限を突破す る契機であり,競争を促進させる.こうして,信用制度の基礎の上に諸資本 の競争と産業循環が成立する.
規模拡大競争によって,生産量の増大が不可避である.しかし,供給量の 増大は,他の産業における個別資本の再生産のための需要によって吸収され るなら,市場価格を低下させず,むしろ上昇させる.一方,利子率の増大圧 力の一方で,実現利潤量の増大から銀行への貨幣環流が順調であるため,貨 幣市場で利子率が急速に拡大するのでもない.
規模拡大競争の進展は,資本財と労働者に対する需要の増大である.原材 料を含めて資本財に対する需要には規模拡大競争によって増大した生産量の 増加が対応しうる.そこで,利潤率を低下させる圧力としての費用価格の主 要な上昇は,貨幣賃金率に関して生じるといえよう.もっとも,貨幣賃金率 の上昇は,賃金財に対する需要を形成するから,すぐさま利潤率の低下を帰 結させるのではないことはいうまでもない.しかし,増大した賃金財は,結局,
雇用労働者の消費に結びつかねばならず,労働者の雇用によって限界づけら れる.規模拡大競争の展開は賃金財に需給ギャップが生じれば,市場価格は 低下し利潤率も低下する14).
ところで,資本過剰論は,賃金騰貴による利潤率の低下にもとづく資本の絶 対的過剰生産を景気反転の柱としている.そこで利潤率低下と実質賃金との関 連が問題にされてきた.この点に関して,置塩・伊藤(1987)において伊藤説 では,①好況期の需要の増大に対して供給が即応しえないような商品(原材料・
農産物)の価格高騰,②資本構成の低い産業の価格上昇,③投機的在庫投資の
14 )実質賃金率と貨幣賃金率との関係特に好況期のそれは,困難な問題としてこれまで多くの研究 が費やされてきた.それに関連して,崔(1993)の実証分析が参考になる.好況末期には供給能 力の増強が需要を上回り,実現率が低下していることが実証的に検討されている.
活発化をあげて,好況期の物価騰貴を論じ,賃金と原材料費の上昇による利 潤率低下を指摘している.これに対して置塩説では,好況期に実質賃金は低下 し,したがって利潤率は低下するどころか上昇するという.そのポイントはつ ぎの点である.①生産性を不変とした場合,貨幣賃金率の上昇以上に市場価格 が騰貴すると利潤率は低下しないため,実質賃金率の変動を見なければならな い,③実質賃金率が上昇しても生産性がそれ以上に上昇するかぎり利潤率は低 下しない.資本過剰論の系譜に属する諸説も指摘するように,賃金財価格上昇 は労働力の不足によるコスト上昇の一方で,貨幣賃金の上昇による需要の増大 があることによる.こうした両面の作用から,貨幣賃金の上昇が市場価格の上 昇を必ず上回るとは断定できないと考えられよう15).
実質賃金は,取得した貨幣賃金を賃金財の市場価格で評価したものにほか ならない.つまり実質賃金は,単位あたり労働時間に雇用労働者が受け取る 賃金財の量である.したがって,実質賃金を規定する要因は,貨幣賃金と賃 金財の市場価格である.個別資本の再生産にとって,実質賃金はどのような 意味を持つのか.
因果的にいって,貨幣賃金は資本投下の時点で決まる.これは資本財とと もに個別資本の費用価格に参入される.逆に,実質賃金の算定に用いられる 市場価格は,商品の再生産における分配の結果として成立する.個別資本の 再生産過程において,資本投下と産出を因果的に考えると,このような実質 賃金の変動を問題にすること自身,適切であるとはいえない.というのも,
問題は資本投下と再生産のための需要の形成・充足だからである.個々の資 本の再生産過程と再生産の需要にとって,期待利潤率の形成が問題となる.
ここで貨幣賃金の大きさは再生産にきわめて重要な要因であるといえるが,
諸資本が実質賃金を問題にすることはないといわねばならない.貨幣賃金が 資本投下という意味で再生産の原因をなすのに対して,実質賃金は,商品の 社会的分配の結果を表現しているにすぎない.実質賃金は,商品の分配関係
15 ) 資本過剰論における好況期の物価騰貴に関して伊藤・桜井・山口編(1985)の諸論文,とくに
和仁「宇野理論における恐慌論研究の展開」さらに,安井(1983)を参照.
にもとづいている.これはまた,物価騰貴と実質賃金率の利潤率に与える影 響を問題にする際,一般的利潤率が検討されることにも関連している.一般 的利潤率は社会における資本の配分競争の展開であって,競争を起動させる ものではない.
貨幣賃金は,規模拡大によって雇用労働者に対する需要が増大し上昇して いく.その一方,好況末期では,規模拡大競争の進展による他人資金の利用 増大で利子率が上昇していくことになろう.利子率の上昇は,同量の利潤量 であれば,利子費用の増大と企業利得の減少を意味するため,利潤率低下圧 力となる.また低下する利潤率の一方での利子率の上昇は,資産市場での投 機を活発化して,実物経済に負のインパクトをもたらす16).
実現利潤率の低下がいま問題である.規模拡大競争の帰結として,これま での産業での個別資本の再生産の競争が,市場での競争を帰結させることに なるのである.社会の産業編成の主軸である賃金財産業において需給ギャッ プが生じ,市場価格の下落と,賃金・利子費用の増大圧力による実現利潤率 低下が好況を終焉させる.
市場価格の低下圧力と費用価格の上昇によって,現在の技術水準にもとづ いて一定の利潤率を期待できない事態が現れる.これによって再生産のため の需要は減退する一方,再生産過程を維持するために,利潤量確保のための 競争が展開される.これが費用価格回収を目的とした薄利多売による価格低 下競争である.価格低下競争はそれ自身再生産のための需要を生み出さない.
そしてよりいっそう実現利潤率を低下させる.しかも,費用回収が目的であ るがために,より急速で激しいものとなる.これによって費用価格高騰と市 場価格下落によって実現利潤率の下落が急速に進む.その結果,利潤率=ゼロ,
企業利得=ゼロの事態に至る.
過熱局面での競争の性格は,「価格競争」である.市場価格低下と費用価 格上昇によって実現利潤率が低下していく場合,現存の生産編成では利潤率
16 )好況期の蓄積・再生産に関するより詳細な展開は,谷村(2002),(2004)を参照されたい.
を見込めない事態が現れる.こうした企業の再生産のための需要は減少する.
再生産過程の維持のために,費用価格回収は不可欠である.個別資本は低下 していく市場価格のもとで,自己の商品価格を低下させることで利潤の絶対 的総量の減少を防ぐ.これが価格競争の展開である.こうした価格低下競争 は市場価格をよりいっそう低下させる.それに応じて,実現利潤率もよりいっ そう低下する.これによって過熱局面が収縮の過程へと転化する.産業での 個別資本の再生産過程の運動は,最終的に市場で清算される.
ここに至っては,支払い手段のための資金需要もまた生じるであろう.こ れは実現利潤と関連がない.そこで利潤率と独立に変動しうる.低下する利 潤率の一方で,利子率の上昇がもたらされる.その結果,利子率と利潤率と が衝突し,過剰資本が顕在化する.企業利得=ゼロであり,利潤率ゼロとなり,
資本は無化している.利潤を生み出さない過剰な資本の顕在化である.
われわれは先に再生産の需要連関にもとづいて賃金財産業の主導性を見た.
賃金財産業が社会編成の軸になることは,賃金財産業の過剰が社会的再生産 を麻痺させると考えられる.賃金財産業は労働者の再生産のための需要量に 制約されている.労働者の需要自身は,個別資本の再生産のための需要が規 定する.こうしたことから,資本過剰と労働者の過剰との併存が理解できよう.
ともあれ,不況からの回復を主導した産業における個別資本の競争の展開 が,規模拡大に基礎づけられる好況期の資本蓄積・競争の展開をもたらし,
その結果,費用価格上昇と市場価格低下に対応する薄利多売的価格競争を帰 結させ,より一層の市場価格・実現利潤率の低下がもたらされ,最後に相対 的な利潤率ゼロ=過剰資本の顕在化が帰結される.産業での個別資本の競争 の結果として,市場での競争が引き起こされるのである.言い換えれば,個 別資本の再生産過程が原因をなし,市場は結果である.
4 お わ り に
本稿では,まず,社会の成立を個別資本の競争・再生産過程から分析する 必要性を提起した.自立した個別資本の蓄積・再生産過程の相互連関として 社会が編成されるととらえることで,資本主義社会は資本を中心とした社会 であることの真の意味を理解することができる.重要な問題は,商品の社会 的再生産からの接近では,資本の利潤率・蓄積率の動態に真に迫ることはで きず,したがって産業循環を十分に行うことができないということである.
個別資本は再生産と競争の主体である.この自立化は,いわゆる機械制大 工業の成立による.この個別資本の再生産・競争を規定するのは,蓄積の基 本方程式である.個別資本の自立性,独立性は,まず,資本投下の可能性を みずから創出するということにあらわれる.すなわち,利潤率をみずから高 めるということである.こうした競争の進展のなかで,好況がもたらされる と同時に,競争は利潤率を高める費用低減競争から規模拡大競争へと転化し ていく.規模拡大競争の展開は,商品生産量の拡大,市場価格の低下をもた らす一方で,雇用労働者の賃金と利子率の上昇が引き起こされる.これらは 利潤率低下をもたらす要因であるが,ここで賃金騰貴は貨幣賃金の騰貴であ る.これに対して,既存の研究はもっぱら実質賃金の変動を問題にしてきた.
これは,資本投下と資本算出という個別資本の再生産過程の進行という観点 から不十分なだけでなく,実質賃金が結局,ある一時点の商品の分配関係か ら導出されるという点で限界を持っていると筆者は考える.
つぎに,産業の社会的編成は,諸資本の蓄積需要の形成によって規定され る.これは再生産の出発点が資本投下にあり,それが社会編成の動因となる ことから必然である.これは,社会的再生産の蓄積需要連関であるが,既存 研究は商品の生産・供給から社会の成立を見ていたこととコントラストをな す.本稿ではさらに,蓄積需要連関から過剰資本の顕現を検討した.結論は,
賃金財生産部門の主導性である.賃金財生産部門の蓄積需要連関は自己回帰
的であるため,一般的過剰生産のメカニズムとして,この部門での資本過剰 が主要な原因をなすことが考察された.
とはいえ,本稿にはいまだ数々の問題が横たわっている.特に,個別資本 の再生産過程の基礎の上で,剰余価値・利潤の形成,利潤率・蓄積率の具体 的定式化とそれらの動態についての詳しい展開が残されたままである.本稿 では,商品の再生産から主体としての個別資本の再生産への転換を主張して いるのであり,これら諸問題の検討は不可欠であるといえよう.また,本稿 のなかでとりあげた利潤率,市場価格,賃金の変動について実証的に検証す ることが必要であろう.
ところで,現在,わが国の経済も1990年代からつづいてきた長期不況か らようやく抜けだし,2002年初頭よりの景気上昇は,戦後最長となるとの予 測が支配的である.その一方で格差社会の進行が問題となっている.これは,
結局,リストラと合理化投資による企業のコスト削減,過剰資本の解消にも とづき,ハイテク分野と外需を中心に,設備投資の拡大に拠るところが大き いといえよう.しかし他面,諸資本の再生産と競争は,資本主義のグローバ リゼーションにおいて展開されている.したがって,産業循環の変容や資本 蓄積の長期的な動態の問題17)を含め,こうした資本主義のグローバリゼーショ ンに個別資本の再生産過程分析がどう適応しうるのか検討する必要がある.
これら諸問題の検討は,他日を期したい.
17 )栗田(2005)を参照.
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The Doshisha University Economic Review Vol.58 No.2
Abstract
Tomoki TANIMURA, Reproduction Process of Individual Capitals and Formation of Industries: A Study on Actualization of Excess Capital on Industrial Cycle
This paper studies the process in which excess capitals or over-accumulated capitals are actualized, then lead to depression. For the solution of this problem, it is required to make inquiries into the reproduction and competition process of individual capitals and the formation of industries in society.
I have come to the conclusions as follows: In the end of boom, wage and interest rate rise while market prices decline. They all strain the profit rate and make capital over-accumulation. The key of formation of industries depends on reproduction process of individual capitals in consumer goods industry. Excess capitals of that industry lead to depression.