早稲田大学大学院法学研究科
2015年1月
博士学位申請論文審査報告書
論文題目「海洋法における普遍的管轄権の展開
― オーシャン・ガバナンスの視点から ― 」
申請者氏名 瀬 田 真
審査員
主査 早稲田大学教授 古谷 修一(国際法)
副査 早稲田大学教授 甲斐 克則(刑法、医事法)
早稲田大学教授 最上 敏樹
(国際法、国際機構論)瀬田 真氏 博士学位論文審査報告書
早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程に在学中の瀬田 真氏は、早稲田大学学位規則第7条 1項にもとづき、2014年10月20日、その論文「海洋法における普遍的管轄権の展開―オーシャ ン・ガバナンスの視点から―」を早稲田大学大学院法学研究科に提出し、博士(法学)(早稲田大 学)の学位を申請した。後記の審査員は、上記研究科の委嘱を受け、この論文を審査してきたが、
2015年1月30日、審査を終了したので、ここにその結果を報告する。
I. 本論文の構成と内容
(1)本論文の構成
本論文は、海洋における普遍的管轄権行使の現状を、海賊行為、海賊以外の海上暴力行為、船 舶起因汚染を素材として検討し、それぞれの理論的根拠と課題を析出しながら、これを「オーシ ャン・ガバナンス」の実現という共通する視点から再構成することを目的としており、「序章 海 洋の自由から海洋の管理へ」、「第一章 国際法における管轄権の法理と普遍的管轄権」、「第二章 海賊行為に対する普遍的管轄権の形成と理論的根拠」、「第三章 改正SUA条約における普遍的管 轄権の規定と理論的根拠」、「第四章 船舶起因汚染に対する普遍的管轄権の形成と理論的根拠」、
「第五章 UNCLOS体制における普遍的管轄権の展開とその限界」、「終章 海から陸を視る」に よって構成されている。
(2)本論文の内容
序章 海洋の自由から海洋の管理へ
序章は、本論文の背景となる海洋法が抱える問題状況を描き出すとともに、これに関連する先 行研究の問題点を指摘しながら、以下のように本論文の分析枠組みと検討課題を明らかにしてい る。
19 世紀前半に海洋が大きく公海と領海に区分されると、前者には旗国主義の原則が適用され、
後者には沿岸国の領域主権が認められることになった。こうした旗国と沿岸国が排他的に権限を 配分する海洋法の伝統的な枠組みは、20世紀に入り海洋法の法典化が進み、多様な規則が設けら れるようになっても、原則としては維持されたままであった。このことは、基本的に1982年に採 択された「海洋法に関する国際連合条約」(UNCLOS)についても当てはまる。
しかし、UNCLOSにおいては、旗国および沿岸国が担うべき義務は飛躍的に増加・多様化して
いることも事実である。同条約第94条2項は、旗国に対して登録名簿の保持および乗組員に対す る管轄権の行使を義務づけとともに、同条3項において船舶関係(構造、設備、堪航性)、船員関 係(配乗、労働条件、訓練)、航行の安全確保(信号、通信等)に関する措置をとることを求めて いる。さらに、同条5項は、こうした事項に関する措置を取るにあたって「一般的に受け入れら れている国際的な規則、手続及び慣行を遵守」することを求めているため、UNCLOS採択後に国 際海事機関(IMO)や国際労働機関(ILO)が種々の条約を採択することに応じて、実体的規則は 質量ともに増大することになっている。他方、沿岸国については、UNCLOSによって領海の幅員 が12カイリに拡大されたことにより、沿岸国が義務を負う地理的範囲が拡大したことはもちろん、
領海に関する危険通知義務や無害通航権に関する法令等の公表義務など義務内容の増大・多様化
も見られる。さらに、排他的経済水域(EEZ)の導入にともない、沿岸国は同水域に対する主権 的権利の保持に付随する多様な義務も負うこととなった。
ところが、近年の便宜置籍船の増加、海運国における裸用船契約の際のフラッグ・インおよび フラッグ・アウトの制度の導入などよって、船舶と旗国の関係は希薄化する傾向を強めている。
また、沿岸国についても、旧植民地が独立し主権国家の統治の実質が多様化すると、その海洋管 理能力の差が顕著となってきている。ソマリア沖やマラッカ・シンガポール海峡周辺海域におけ る海賊行為の頻発に代表されるように、沿岸国が自らの領海内における外国船舶の安全な航行を 確保できない状況が現出しているのである。このように遵守しなければならない実体的規則が増 加・多様化する一方で、その担い手として期待される旗国・沿岸国はともに遵守確保を担う能力 を疑問視されてきており、新たな枠組みの構築が必要とされている。
しかしながら、海洋法に関する先行研究は、依然として旗国と沿岸国の間の権限配分に焦点を あて、それ以外の国の役割にはさほど注意を払ってこなかった。そこで、本論文は旗国・沿岸国 以外の第三国が普遍主義に基づいて行使する管轄権(普遍的管轄権)について、その発展を跡付 けるとともに、理論的根拠の検討を行う。その際、「海洋を一体のものとして統合的に管理する」
オーシャン・ガバナンスの視点を導入し、従来は個別に検討されることが多かった海賊行為、海 賊以外の海上暴力行為、船舶起因汚染に関する普遍的管轄権の行使について、理論的根拠の共通 項を抽出することを主眼とする。
第一章 国際法における管轄権の法理と普遍的管轄権
第一章は、次章以降で展開される普遍的管轄権の議論の前提として、国際法における管轄権の 法理一般、とりわけ管轄権の作用上の分類と適用基準について論じる。
管轄権の作用上の分類としては、1987年に作成された第三リステイトメントの定義にしたがい、
「人の行為、関係、身分または物における人の利益に対して自国の法を適用可能にする」立法管 轄権、「自国の法令を遵守するように仕向け、若しくは強制し、またはその不遵守を処罰する」執 行管轄権、「人または物を、自国の裁判所または行政審判機関の下に服させる」司法管轄権の区分 を基本とする。ただし、立法管轄権については、「自国の法を適用可能にする」ことの意味につい て、二つの見解が存在すると指摘する。第一は法の観念的な適用、換言すれば、法に効力を持た せる権限を立法管轄権と考える見解(観念的適用説)、第二は法に効力を持たせることに加えて、
逮捕や裁判といった場面における法の特定の適用まで含む見解(特定的適用説)である。しかし、
特定的適用説では、本論文で後に検討する「海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する 条約に対する 2005 年議定書」(改定議定書)および「船舶による汚染の防止のための国際条約」
(MARPOL条約)が規定するように、非旗国が執行管轄権を行使することは許容されるが、司法
管轄権の行使までは認められない状況について、両者を峻別して説明することが困難になる。そ のため、本論文では観念的適用説の理解に基づき立法管轄権の用語を用いるとする。
さらに、管轄権の適用基準について、属地主義とそれ以外の「域外適用」に大別できるが、域 内外を区分する基準についても、権限が行使された場所を基準に域内か否かを決定する「権限行 使地基準」と管轄権行使の対象となる事案が領域と結びつく場合に属地主義と考える「事案関連 地基準」とが存在すると述べる。両者は立法、執行、司法のそれぞれの管轄権について区別が曖 昧なまま使用されているが、本論文では三つのいずれの管轄権についても、事案関連地基準で統
一して分析を行うとする。
次に、普遍的管轄権の定義については学説上も曖昧な点が残されているが、本論文において普 遍的管轄権とは、「事案といかなる関連も有さない国家が特定の事案に対して行使する管轄権(立 法・執行・司法のいずれかまたはそれらの組み合わせ)」を意味するものとして用いる。同管轄権 については、国際共同体の利益を侵害する犯罪の不処罰を防止すると同時に、行使の濫用を防ぐ 観点から、対象となる事案を厳格に絞り込む必要があり、これを決定する基準として、第一に犯 罪が国際共同体の利益に係わる性質を有するかという「犯罪の性質」基準、第二に普遍的管轄権 を用いることにより問題となる犯罪を効率的に処罰することができるかという「処罰の効率性」
基準が挙げられると論じる。国際共同体の利益を侵害するという犯罪の性質から処罰の必要性が 生じ、普遍的管轄権を行使することで処罰が効率的に行われる場合にのみ、同管轄権の行使が許 容されるという考慮から、本論文では、同管轄権に服するためには、二つの基準をそれぞれ満た す必要があると考える。
第二章 海賊行為に対する普遍的管轄権の形成と理論的根拠
第二章では、海賊行為について普遍的管轄権が認められるに至った歴史的形成過程、ジェノサ イドに対する同管轄権の理論的根拠との比較、さらに海賊行為に対して認められる海上警察権と 司法管轄権の関係について、奴隷貿易と比較しながら検討する。
海賊行為に対する普遍的管轄権は、すでに18世紀において慣習法上認められていたと考えられ るが、その後海洋法の何度かの法典化の作業を経ても、実質的な内容はほとんど形を変えること なく、最終的にUNCLOSに承継されることになった。海賊行為に普遍的管轄権が認められる根拠 として、これが国際共同体の利益を侵害するものであるという点に疑問が呈されることがある。
海賊は犯罪内容からすれば強盗に過ぎず、重大・残虐であるが故に国際共同体の利益を害すると 評価することが難しいからである。しかし、公海が各国の共有物としての性格を有し、物資輸送 を含めた船舶の移動にとって不可欠の存在であることを考慮すれば、国際共同体の利益は犯罪の 重大性や残虐性に基づく道徳的な利益に限定されず、むしろ公海を航行する自由というすべての 国家が共有する実利的な利益をも含めて考えることは可能であると論じる。海賊行為に対する普 遍的管轄権を道徳的な利益の侵害と結びつける考え方はアイヒマン事件を契機としており、それ ゆえにジェノサイドに対する同管轄権の行使と並列に論じられてきたが、これを脱却する必要が あると指摘する。
海賊行為が重大・残虐という性格を有するものであるが故に普遍的管轄権が認められるとすれ ば、同管轄権に服するのはそうした性格を持つ犯罪に限定され、他の犯罪に拡大する可能性は低 いものとなる。しかし、海賊が重大性・残虐性という観点から切り離され、公海における航行の 自由という国際共同体の実利的利益と関係するが故に同管轄権が認められるのであれば、他の通 常犯罪に対しても拡張する可能性があると言える。このように、同管轄権の理論的根拠を他の通 常犯罪に拡張可能なものとして評価することは、海洋の統合的管理を目指すオーシャン・ガバナ ンスの視点から見て重要であると論じる。事実、近年ソマリア沖海賊に対応して、安全保障理事 会が一連の決議によって、ソマリア領海・領土内に及ぶ警察活動を第三国に許容する措置をとっ たことは、安保理がオーシャン・ガバナンスの視点から海洋を一体のものとして捉えない限り、
効果的な取り締まりを期待できないとの認識を有していたことを示している。
もっとも、このような措置については、国内法において当該管轄権を担保しない限り、具体的 なものとならない。そうした点で、日本が2009年に「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関 する法律」(海賊対処法)を制定し、自国内水・領海と公海を区別せずに、同一の法の適用を確保 しようとしたことを、オーシャン・ガバナンスの視点から高く評価できるとする。他方、同法は 他国の内水・領海内における行為については、適用対象の海賊行為に含んでおらず、その点でフ ランスの「海賊への対処及び海上国家警察権の行使に関する2011年1月5日の法律第13号」と 比較すると、国際法の合法性と連動した形でのガバナンスの実施という点で課題を抱えていると 指摘する。
第三章 改正SUA条約における普遍的管轄権の規定と理論的根拠
第三章では、海賊行為とはみなされない暴力行為を規制する SUA条約および改正SUA条約を 対象とし、両条約が規定する「引渡しか訴追か」の方式に基づく司法管轄権の行使を普遍主義と 代理主義の観点から論じる。さらに、改正議定書が新たに導入した海上警察権の法構造について、
非旗国が管轄権を行使する際の「4時間ルール」を中心に分析が行われる。
はじめに、SUA条約がカバーする犯罪の範囲が、各国の担保法の解釈適用を通じて、同条約採 択の発端となったアキレ・ラウル号事件に類似する海上テロリズムを超えて、船員間の殺人事件、
環境活動家の破壊活動、領海内での武装強盗など、幅広い海上での暴力行為に拡張されているこ とを指摘する。さらに、改正SUA条約は船舶を武器として用いる行為や大量破壊兵器(WMD) を対象に含むことから、同条約が多様な海上暴力行為を規制している点を明らかにする。
こうした検討を踏まえて、SUA条約第6条4項が規定する容疑者所在国の司法管轄権について、
これを普遍主義に基づくと考える見解と代理主義に基づくとする見解があることを指摘し、結論 として前者の見解が説得的であるとする。そのうえで、同条約の対象海域が領海まで含むことか ら、その保護法益は海洋航行そのものであるとし、そこで普遍的管轄権が認められるようになっ た背景には、「海洋を一体のものとして」管理するオーシャン・ガバナンスの視点があると述べる。
さらに、2010年に発効した改正議定書が定める「4時間ルール」を詳細に検討したうえで、同 議定書は旗国の同意を必要とするという原則を維持しつつも、事前の同意を用いるシステムを構 築することにより、非旗国による執行管轄権行使の可能性を拡張したと評価する。また、同ルー ルの適用に続く司法管轄権の行使について、犯罪行為にいかなる連関も持たない国家であっても、
旗国の同意を得て容疑者を自国に連行して容疑者所在国となった場合には、第6条4項に基づき 司法管轄権を行使することができるという見解を支持する。他方で、「4時間ルール」に基づく非 旗国による海上警察権の行使は、オプト・イン方式により旗国の同意が確認されたうえで、さら に拿捕・没収・逮捕・訴追といった措置について個別の同意を必要とすることから、普遍主義よ りもむしろ代理主義に基づくものと考える方が適切であると論じる。
結論として、公海上で完結することを前提とする海賊行為と異なり、改正SUA条約の場合には、
領海沿岸国のみが連関性を有する事案に対してまで普遍的管轄権の行使が許容されており、海洋 を一体のものとして捉える視点が強く打ち出されている。しかも海賊行為については同管轄権の 行使は裁量的であるのに対し、改正SUA条約においてはその行使が義務づけられており、その点 で管理の色彩がより強まることが期待されると指摘する。
第四章 船舶起因汚染に対する普遍的管轄権の形成と理論的根拠
第四章では、船舶起因汚染に対する普遍的管轄権と称される寄港国管轄権について、MARPOL
条約からUNCLOSに至る歴史的展開を考察したうえで、同管轄権の適用基準と理論的根拠を考察
する。
まず、海賊およびそれ以外の海上暴力行為に関する前章までの検討を踏まえると、普遍的管轄 権がジェノサイドのような重大性・残額性を必ずしも必要とせず、むしろ海洋交通に関する国際 共同体の利益を基礎とするのであれば、暴力行為から離れた文脈においても普遍的管轄権が認め られうるのであり、船舶起因汚染に対する管轄権はそうした事象の最初の例として位置づけられ るとする。
そのうえで、次のように歴史的な展開の検討が行われる。船舶起因汚染を規律する条約として 初めて締結されたOILPOL条約は、船舶が油記録簿を備え付けることを義務づけ、寄港国が当該 記録簿を検査する権限を規定した。しかし、排出違反に関して処罰を行うことができるのは、あ くまで旗国のみに留まっていた。続いて、MARPOL 条約(1978 年議定書により修正された
MARPOL73/78)の制定を議論したロンドン会議においては、環境保護のために寄港国の権限を強
化すべきとするアメリカ、カナダ、オランダ等が寄港国の司法管轄権行使を認める規定の導入を 提案した。しかし、結局この提案は退けられ、違反する排出の寄港国による調査権限だけが認め られることとなったが、それは寄港国に執行管轄権を与えたものと考えることができる。こうし た発展の延長線上で、UNCLOS第218条において、寄港国は他の国の同意を必要とせずに、司法 管轄権を行使できることとなった。
こうした寄港国管轄権については、属地主義に基づいて説明する考え方があり、これには①権 限行使地基準に基づく理論、②排出に対する規制を入港条件とみなす理論、③油記録簿の管理違 反が自国水域において為されたとする理論、④効果理論などが主張されている。本論文は、EUや アメリカの実行を詳細に分析したうえで、いずれの見解も適当ではないと結論する。さらに、寄 港国管轄権が非締約国を旗国とする船舶にも認められる点をとらえて、同意に基づく代理主義と して説明することも難しいと評価し、結論的に寄港国管轄は普遍主義に基づく管轄権であると指 摘する。
便宜置籍船舶が世界の登録船舶の総トン数の約40%となり、旗国から検査等を受けることがな い船舶が増加するなかで、国際的に定められた環境規制等を実施するうえで、旗国以外の国家に よる取り締まりが不可欠になっている。そうしたなかで、寄港国管轄権は、海洋環境の保護とい う国際共同体の実利的な利益を体現するものと評価する。他方、容疑船舶を公海や領海において 臨検・拿捕するのではなく、寄港した国が取り締まるとする寄港国管轄権の考え方は、航行の自 由を保障する観点と環境保護の観点のバランスを確保するものであると論じる。
また、現在寄港国管轄権については、9つの地域的な了解覚書が締結され、それによって行使 されることになっている。これらの了解覚書は、「海上における人命の安全のための国際条約」
(SOLAS条約)や「船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約」(STCW条約)
など、MARPOL条約以外の条約が定める実体的規則の遵守確保を目的とする寄港国による検査の
手続を定めている。こうした動きは、個別に締結された条約を運用段階において統合する試みで あり、統合的管理を志向するオーシャン・ガバナンスの観点から高く評価できると結論する。
第五章 UNCLOS体制における普遍的管轄権の展開:オーシャン・ガバナンスの視点から 第五章では、これまでの検討からオーシャン・ガバナンスの視点に立った普遍的管轄権の発展 があることを踏まえながらも、それが決して十分な状況でないことを指摘する。そのうえで、
UNCLOS の枠内での発展の可能性とその限界、さらに UNCLOS を超えた展開の方向について考
察が行われる。
UNCLOS 体制下では、旗国主義について規定した第 92 条の文言や、同条約が参照規則を規定
していることから、新たな普遍的司法管轄権は既存の旗国や沿岸国の権限と併存し得る。しかし、
UNCLOS体制においては、規範が具体化し、強制紛争解決制度が設けられているため、国家の一
方的な管轄権の行使によって法がさらに発展していく可能性は、従来ほど高くはないと指摘する。
このため、UNCLOS体制における普遍的管轄権の更なる発展については、国家間の合意がより重 要な役割を果たすと論じる。
そこで、今後どのような観点から合意がなされ、普遍的管轄権をどのように発展させていくべ きかについて、オーシャン・ガバナンスの視点から検討される。まず、第二章から四章までの検 討で明らかになった普遍的司法管轄権の理論的根拠の共通項である、海洋を管理するうえでの取 締り・抑止の効率性という視点から分析すると、経済的観点から見て、現行海洋法における管轄 権の配分は必ずしも最善とは言えないと指摘する。なぜなら、現行海洋法は、UNCLOSが先進国 と途上国との妥協で締結されたこともあり、国家平等の原則を強く意識しており、同原則を効率 性に優先しているからである。
そのうえで、効率性を追求する上での障壁となる国家平等の原則を、どのように乗り越えるべ きかが検討される。その結果、国家平等の原則が個人の平等の延長線上に捉えられてきたことを 指摘し、「海を利用する人」を重視する人間中心主義の観点に基づいて個人の平等性が確保される のであれば、国家の平等を制限する形での普遍的管轄権の行使も許容されうると論じる。すなわ ち、管理義務を果たしている旗国・沿岸国の下で活動する個人と、義務を十全に果たしていない 旗国・沿岸国の下で活動する個人との間の不平等を解消する観点から、後者の個人に対して第三 国が普遍的管轄権を行使し、個人の平等を確保することは正当化されうる。もっとも、人間中心 主義的な観点からすれば、普遍的管轄権はあくまでも最終手段として許容されるものであり、そ の点で旗国・沿岸国・容疑者の国籍国の管轄権を補完する形で運用されなければならないと結論 する。
終章 海から陸を視る
終章では、これまでの考察をまとめたうえで、限られた資源を有効活用するために海洋管理の 効率化を追求するとなれば、国家の軛を離れた「人のためのオーシャン・ガバナンス」を志向す る必要があり、普遍的管轄権の発展はその中で検討されなければならないと強調する。
そのうえで、一方で個人の不平等を是正しながら、他方で普遍的管轄権の濫用を防止する観点 からより望ましいのは、国際機関による一元的な遵守確保を実現することであるとする。そして、
オーシャン・ガバナンスの視点からこうした機関の究極的なあるべき姿を描くとすれば、司法管 轄権を担う国際海事裁判所と執行管轄権を担う世界規模での海上警察機関の設置であると述べる。
こうした機関を設置・運用するうえで多くの課題があることも指摘しながら、他方で国際的な海 上警察機構に派遣される各国海軍や海上警察機関の人員の相互理解が深まり、国家間の信頼が高
まれば、陸の警察活動に関する国際法の形成にも資する可能性があると論じる。普遍的管轄権だ けをとっても、「海から海を見る」オーシャン・ガバナンスの視点は陸に対しても影響を及ぼし、
「海から陸を視る」視点として、海洋法の枠内のとどまらず、陸の国際法における同管轄権の研 究に資することも考えられると指摘して、論文は締め括られる。
II. 本論文の評価
本論文の評価として、第一に指摘すべき点は、海洋法が抱える課題に関する的確な現状認識に 基づき、先行研究が個別に論じてきた海賊行為、改正SUA条約における海上暴力行為、船舶起因 汚染を統合的に検討し、これらに対する旗国・沿岸国以外の第三国による管轄権行使を普遍的管 轄権の問題と捉え、その共通要素を析出しようと試みた点である。海洋法における普遍的管轄権 の問題は、海賊行為について語られることが一般的であり、それ以外の海上暴力行為に関する規 制はソマリア沖海賊などを事例として、安保理決議による第三国管轄権の他国領海への例外的な 拡張として論じられることが多かった。一方、SUA条約における「引渡しか訴追か」方式による 容疑者所在国の管轄権行使は、その他のテロ関係条約とまとめて論じられることが多く、必ずし も海洋法上の問題として議論されてきたわけではない。さらに、船舶起因汚染については、環境 保護の文脈から普遍的管轄権に類似する管轄権行使として従来から議論されてはきたが、それが 伝統的な海賊行為に対する普遍的管轄権とどのような関係にあるのかは検討されてこなかった。
本論文は、そうした三つの事象が、旗国・沿岸国の義務履行能力の脆弱性という現代海洋法が抱 える課題への対応として発生していると指摘するとともに、これらを同一の分析枠組みから検討 することにより、普遍的管轄権が行使される理論的根拠の共通要素を抽出するという明確な問題 意識のもとで執筆されており、実際にその目的は相当程度に達成されていると考えられる。こう した点で、本論文は意欲的な挑戦であると同時に、鋭い着眼点を持つ研究と評価できる。
加えて、三つの事象を並列的に考察することによって、公海上における海賊船舶の拿捕や改正 議定書における「4時間ルール」を同じ俎上に乗せて論じ、その結果として、普遍的管轄権の議 論を海上における警察行動(執行管轄権の行使)の問題へと拡張することにも成功している。従 来の普遍的管轄権に関する研究は、司法的管轄権の問題として議論されることが一般的であった が、本論文はこの点でも新たな地平を開いたと評価できる。
第二に、上記の統合的な分析を可能としたのは、これを支える「オーシャン・ガバナンス」と いう新たな分析枠組みを設定したことにあり、その点で本論文が雄大な構想力を背景としている と評価できる。オーシャン・ガバナンスという概念そのものは、すでに国内外において使用され るようになっており、これに基づく研究もなされていることは事実である。しかし、本論文でも 指摘されているように、概念の定義は論者によって相当に異なるものであり、それが海洋法にお いて果たしている(あるいは果たしうる)役割についても、依然として漠然としていることは否 定できない。そうした中で、本論文は「海洋を一体のものとして統合的に管理する」視点と位置 づけ、これを一貫した分析枠組みとして三つの事象に当てはめている。これによって、すぐれて 論理的整合性のとれた論文に仕上がっただけでなく、事象の表層だけでなく、その深層にある海 洋法全体の大きな動きを捉えることに成功していると評価できる。
さらに、本論文には、オーシャン・ガバナンス以外にも、独創的なアイデア・概念が多く盛り 込まれている。たとえば、普遍的管轄権の基盤となる国際共同体の利益について、ジェノサイド
から発想される「行為の重大・残虐な性格」といった道徳的利益だけでなく、「海洋管理の実利的 な利益」の存在を提唱する点、UNCLOSが基盤とする「国家の平等」に対峙する概念として「個 人の平等」「人間中心主義」を論じる点、また従来の海洋法が「陸からの視点」(国家間の管轄権 配分という視点)を持つのに対して、これからは「海からの視点」(海洋の統合的な管理の視点)
が重要であるとする点など、いずれも新規性に富んだ着想であり、この点でも瀬田氏が豊かな学 問的構想力を備えることが窺える。
第三の特徴として、上記のような大きな構想が、着実な実証的分析によって裏打ちされている ことが挙げられる。たとえば、海賊に対する普遍的管轄権の歴史的発展を詳細に分析する一方で、
ソマリア沖海賊に関する一連の安保理決議や対応する国内法など最新の動向についても同様に丁 寧な検討が行われており、全体的に見ても、結論を導き出すために依拠されて文献・資料の豊富 さは特筆すべきである。また、船舶起因汚染に関連する EU とアメリカの実行に関する検討は、
EU指令と欧州司法裁判所の判例、アメリカ国内法と判例を緻密に分析しており、この問題に関す る国内的規制の研究としても価値が高いと評価できる。
最後に、本論文においては前提的な議論に過ぎないが、第1章で展開された管轄権の一般理論 に関する議論も特筆すべきである。従来、属地主義に基づく管轄権行使と域外での管轄権行使を 区別する基準は、ほとんど議論されてこなかった。実際、立法管轄権は域外で行使できるが、執 行・司法管轄権は属地性の原則に服するとの理解が、深い検討を経ずに流布していたように思わ れる。しかし、本論文は、こうした理解が権限行使地基準と事案関連地基準の混乱した適用によ り発生していることを鮮明に描き出し、事案関連地基準から統一的に見れば、執行・司法管轄権 についても域外行使される事案を想定することは可能であり、普遍的管轄権もそうした事例とし て位置づけられると指摘する。この議論はきわめて説得的であり、国家管轄権に関する教科書レ ベルの説明に修正を迫る可能性さえ内在させるものとして、国際法学に対する貢献は大きいと評 することができる。
もっとも、本論文にも改善されるべき問題点がないわけではない。まず、概念の整理を詳細に しようと試みた結果と思われるが、類似する用語法が異なる概念レベルで使用されており、読者 にとっては一見しただけでは理解が困難な点が見られる。たとえば、管轄権一般に関する「作用 上の基準」と「適用基準」は同じ「基準」という言葉を使いながら、異なる位相の問題を議論し ている(英語では、前者がtypes of jurisdiction、後者がbases of jurisdictionと異なる内容であるこ とは鮮明である)。また、普遍的管轄権の理論的根拠の一つとされる「効率性」についても、これ が「処罰」「管理」「資源利用」などの多重的な目的において使用されており、整理が必要である と考えられる。
さらに、より実質に関する問題として、以下のような点が指摘できる。本論文は、海上暴力行 為や船舶起因汚染と比較する対象としてジェノサイドを措定し、後者が持つ抑止・処罰すること の「道徳的利益」と対比する形で、前者の規制を「実利的利益」と位置づけている。道徳的利益 を専ら評価する従来の議論の問題点を指摘し、実利的利益という視点から国際共同体の利益の存 在を導き出す視点は、先に本論文の肯定的側面として評価したとおりであるが、はたして比較検 討の対象としてジェノサイドだけを取り出すことで十分であるのかは検討の余地があろう。たと えば、ジェノサイドと同様に普遍的管轄権が認められる戦争犯罪は、確かに抑止・処罰すること の道徳的利益を基盤としているが、他方で戦争目的から外れる人的・物的目標を攻撃しないとす
る規範の根幹には、軍事的必要性を超えた攻撃を抑制することによって、戦争の災禍を限定する という「実利的利益」も存在するように思われる。その点では、道義的利益と実利的利益は相互 排他的であるのかといった踏み込んだ議論もありえるだろう。行為の重大性と規制することの実 利性の複合的な考量から普遍的管轄権を基礎づける着想も、筆者の問題意識の先に想定できるの であり、この点に関する分析がほしいところである。
また、第5章で展開される効率性の追求が人間中心主義の発想をもたらすとする議論は、一応 の論理的な説得性を持っており、その点で筆者の豊かな構想力とそれを文章化する高い執筆力を 示しているが、本質的に効率性の追求と人間中心主義の実現が両立しえるものかは、更なる検討 を必要とするものであろう。
しかし、これらの問題点は、本論文の独創性と学問的価値を減じるものではない。いずれの点 も、構想されたアイデアが新規性を持つが故に指摘される問題であり、従来の枠組みを超えて普 遍的管轄権の存在意義の究明に果敢に挑戦し、新たな視点をもたらしたことは、むしろ氏の高い 学問的能力と今後の可能性を示すものである。上記の問題点は、今後の検討課題として更なる研 究が期待される点と言えるだろう。本論文も指摘するように、普遍的管轄権に関する研究は、現 在ある法(lex lata)について実証的に分析される部分があるとともに、あるべき法(lex ferenda) を提示する営為とも言える。本論文が、海洋法と国家管轄権の一般理論の両者にまたがる分野に 発展の方向性を示し、今後の包括的研究に明確な道筋をつけたことは高く評価されるべきである。
III. 結論
以上の審査の結果、後記の審査員は、全員一致をもって、本論文の執筆者が博士(法学)(早稲 田大学)の学位を受けるに値するものと認める。
2015年1月30日
審査員
主査 早稲田大学教授 古谷 修一(国際法)
副査 早稲田大学教授 甲斐 克則(刑法、医事法)
早稲田大学教授 最上 敏樹(国際法、国際機構論)