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日本国憲法二四条解釈の検証 : 或いは「『家族』

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日本国憲法二四条解釈の検証 : 或いは「『家族』

の憲法学的研究」の一部として

その他のタイトル What is the Constitution of Japan Art. 24? : Is it one of the civil liberties, the social rights, the right to equality or anything else

?

著者 君塚 正臣

雑誌名 關西大學法學論集

52

1

ページ 1‑72

発行年 2002‑06‑19

URL http://hdl.handle.net/10112/00023538

(2)

一日本国憲法二四条の誕生

日マッカーサー草案の作成

口日本政府案の完成 曰帝国議会での審議

二憲法学における憲法二四条

日制度的保障とする立場

口人権ではあるが分類不能とする立場

曰自由権的に捉える立場 回社会権的に捉える立場 日本国憲法二四条解釈の検証

の一部として1

田平等権的に捉える立場

因平等権と幸福追求権の両方の特別規定のように捉える立湯

出﹁結社﹂の一場面として捉える立場

三民法学における憲法二四条

日戦前に民法学者としてデビューした世代

口戦前に生まれ︑戦後に民法学者となった世代

曰戦後生まれ世代

日本国憲法二四条解釈の検証

(3)

研究全体の方向を示唆することとしたい︒

日本国憲法には検討を重ねてこられた条文と︑そうでない条文がある︒さしずめ前者の代表はニ一条であろう︒こ

れは同条の重要性が高く︑なおかつそれを巡る事件が頻発してきた証拠であろう︒後者には︑大きく分けて二種類あ

るのではないかと推察する︒即ち︑今日意味がなく或いは解釈の余地が殆どなく︑検討を特に必要としない条項と︑

検討が必要であるにも拘わらず︑何故か十分な検討をされなかった条項である︒

日本国憲法二四条はこれまで︑それに関する多くの論稿が出されてきた類の条文ではない︒﹁戦前戦後を通じて︑

( 1)  

憲法学の視角より論じた家族(│法︶についての研究はほとんどない﹂のである︒人類にとって家族的人間関係

が不必要であるということはないであろうし︑これを巡る問題がなくなったわけではない︒また︑二四条は解釈の必

要もないほどに明快な規定であるとも思えない︒そして解釈が無意味な条項でもない︒同条は︑﹁家族法の憲法化

(2 ) 

の傾向に対しては︑憲法は元来統治に関する法ではないかという観点から︑批判的にみる見解も存する﹂ことなどに

より︑より多くの検討を要するにも拘わらず︑特に﹁本条の法的性格については︑従来︑十分な議論がなされてきた

(3 ) 

とはいえない﹂のである︒ではそれはそのままでよいのであろうか︒筆者は既に﹁家族﹂を憲法論として取り上げる

(4 ) 

べき必要性を説いてきたが︑本稿はその第一段階として︑憲法学及び民法学におけるこれまでの二四条の取扱いを検

討し︑その主張の実践の基礎とするものである︒まずは立憲過程及び当初の理解を確認した上で︑学説を整理し︑本

(4)

日本国憲法二四条に当たる条文は大日本帝国憲法︵以下︑明治憲法︶にはなかった︒では︑現行二四条はどのような

( 5)  

過程を経て憲法典に入れられたのであろうか︒まずはそれを確認したいと思う︒

マッカーサー草案の作成

明治憲法の見直し作業は一九四五年一0月四日の近衛文麿・マッカーサー会談でマッカーサーが憲法改正を示唆し︑

︱一日に︑近衛が内大臣府御用掛として憲法改正の準備に着手したことから始まる︒マッカーサーはその一︱日に︑

前々日首相になったばかりの幣原喜重郎にも同様の示唆を行い︑政府もまた二五日に松本悉治国務大臣を主任とする

憲法問題調査委員会の設置を発表した︒前者は同年︱一月二二日の近衛草案﹁憲法改正の大網﹂捧呈で終わる︒後者

による草案︵松本案︶とされるものが翌年二月一日に毎日新聞のスクープに遭うと︑マッカーサーは二月三日にいわ

ゆるマッカーサー・ノートを示して民政局に憲法草案の作成を指示し︑憲法草案作成のため︑運営委員会と八つの小

委員会を組織した︒ホイットニー准将は二月四日朝︑﹁我々の目的は︑彼らの憲法草案に対する方針を変えさせ︑こ

のようなリベラルな憲法を制定しなければならないという︑当方の要望を満たすよう進める﹂ことだと訓示したとい

(6 ) 

う︒このうち人権に関する小委員会は︑ピーター・ルースト陸軍中佐︑ハリー・ワイルズ︑ベアテ・シロタがメン

現在の憲法二四条につながる部分を執筆したのは︑シロタであった︒シロタが担当したのは︑シロタの言葉によれ

(5)

第一九条 Jの後には以下のような条項が続いていた︒

(9 )

1 0 )

 

ば﹁︿具体的な権利と機会﹀に関する﹂﹁人権条項の第三番目﹂であり︑﹁社会的権利および経済的権利﹂の一部と言

える部分であった︒シロタは︑ドイツ・ワイマール憲法︑北欧諸国の憲法・人権宣言︑アメリカ合衆国憲法︑ソ連憲

( 11 )

1 2 )

 

法などを参考にしながら︑﹁﹃男性も女性も人間として平等である﹄をキーワードに据え﹂てタイプを打っていった︒

現在の日本国憲法二四条となるものは︑近衛案にも松本案にもなく︑またマッカーサー・ノートにもなく︑人権に関

( 13 )  

する小委員会の第一次案の一八条から登場するのである︒補足すれば︑このような規定はこの時期までの政党や民間

( 14 )  

団体の憲法案にも殆どなかったのである︒この草案は二月七日に運営委員会に提出される︒

家庭は︑人類社会の基礎であり︑その伝統は︑善きにつけ悪しきにつけ国全体に浸透する︒それ故︑婚姻と家庭とは︑

法の保護を受ける︒婚姻と家庭において︑両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然であることは当然である︹との

考え︺に基礎をおき︑親の強制ではなく相互の合意に基づき︑かつ男性支配ではなく︹両性︺の協力に基づくべきことをここ

に定める︒これらの原理に反する法律は廃止され︑それに代わって︑配偶者の選択︑財産権︑相続︑本居の選択︑離婚および

( 15 )  

家庭に関するその他の事項を︑個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立って定める法律が制定さるべきである︒

妊婦及び乳児の保育にあたっている母親は︑結婚しているか否かを問わず︑国の保護を受け︑彼女達が必要とする公

嫡出でない子は︑法律上不利に扱われることなく︑その心身の発達および社会的成長に関して︑嫡出子と同じ機会を与えら

0夫婦の生存中は両者の明示の同意がなければ︑その家族に養子を迎えることはできない︒

養子に対し︑家族の他の構成員に不利益となるような優遇措置を与えてはならない︒ 第一八条

(6)

( 16 )  

第ニ︱条すべての子供は︑生まれた環境にかかわらず均等にチャンスが与えられる︒

そのために︑無料で万人共通の義務教育を︑八年制の公立小学校を通じて与えられる︒

中級︑それ以上の教育は︑資格に合格した生徒は無料で受けることができる︒

( 17 )  

国は才能ある生徒に対して援助することができる︒

第二二条私立の教育機関は︑カリキュラム︑設備︑教員の水準に関する限り︑公的な教育機関に劣らないように運営される︒

第二三条すぺての公立︑私立学校では民主主義︑自由︑平等と正義︑社会的責務を教育する義務を負う︒教育内容において︑

( 18 )  

平和的進歩が最も重要視され︑また真理の遵守︑科学知識とその探求が求められる︒

( 19 )  

これらをつながりで見れば︑全体にニュー・ディーラー的な性格と国の保護の必要性が目立っている︒また規定が

非常に細かいこともわかる︒シロタは後に︑曖昧な表現では日本の男性官僚に都合よく解釈される危険があるので︑

( 20 )  

明確にしようとしたと述ぺている︒人権条項は全部で四一条になり︑草稿は分厚くなった︒

( 21 )  

二月八日の運営委員会との会合では︑運営委員会のケーディス大佐が早々にその分厚さに溜息をついた︒特にシロ

タの執筆部分にはほぼ全面的な削除を求めた︒これに対し︑ピーター・ルーストは︑社会保障に関する規定を入れる

ことはこの頃のヨーロッパの憲法では一般的になってきており︑婦人が動産のごとく扱われている日本では︑国民の

( 22 )  

福祉に国家が責任を負うことを謳っておくことは特に必要である︑と反撃した︒しかし︑スウォープ中佐︵立法権に

関する小委員会所属︶が︑このような詳細な規定は︑国会が法律を制定しない限り事態が改善されない以上無用であり︑

またこのような規定を挿入することを民政局が強く主張すれば日本政府は草案の受入れを拒む恐れもあるとして反対︑

日本国憲法二四条解釈の検証

(7)

( 23 )  

ワイルズがそれに反論するなど︑激論が続いて妥協点が見出せない事態に陥った︒最終的にはホイットニー民政局長

が結論を下した︒社会立法に関する細かい点は省略した方がよいが︑社会保障制度を設けるという一般的な規定は置

く方がよいというのである︒この結果︑

( 24 )  

こととなったのである︒

0日には地方行政部分以外の全草案がマッカーサーに届けられ︑起草作業は︱二日の運営委員会の最終検討

( 25 )  

会で終わる︒人権条項はここで三一条になった︒二月一三日にはその草案を吉田茂外務大臣と松本に手渡され︑以後︑

この草案を基本にして憲法改正作業が進行することになる︒人権に関する小委員会第一次案一八条は︑結局以下のよ

うに整理された︒

第二十三条

家族ハ人類社会ノ基底ニシテ其ノ伝統ハ善カレ悪シカレ国民二滲透ス婚姻ハ男女両性ノ法律上及社会上ノ争フ可カ

ラサル平等ノ上二存シ両親ノ強要ノ代リニ相互同意ノ上二基礎ツケラレ且男性支配ノ代リニ協力二依リ維持セラルヘシ此等ノ

原則二反スル諸法律ハ廃止セラレ配偶ノ選択︑財産権︑相続︑住所ノ選定︑離婚並二婚姻及家族二関スル其ノ他ノ事項ヲ個人

( 2 6 )  

ノ威厳及両性ノ本質的平等二立脚スル他法律ヲ以テ之二代フヘシ

( 27 )  

一八条から二二条までが主に精神的自由の規定であり︑二四条以下には社会権規定や︑財産権の制

限を﹁公共ノ利益﹂︵二九条︶のために可能とする条項が続く形になったのである︒

日本政府案の完成

この草案の二三条は︑﹁別段の法律的意味が認められず︑また︑体裁の上でも日本流の法文の形になじまないとい 一八条は残ることになったが︑

0条などは全面的にカットされる

̲.,̲̲ 

(8)

( 2 8 )  

う気持から﹂三月二日の日本案には加えられなかった︒代わりにここでは以下の条文が加えられた︒

第三十七条婚姻ハ男女相互ノ合意二基キテノミ成立シ︑且夫婦ガ同等ノ権利ヲ有スルコトヲ基本トシ相互ノ協力二依リ維持セ

( 29 )  

︳︱‑月四日から五日にかけての日本政府と

GHQ

1 0

時間超の逐条審議の中︑

を指摘された日本側は︑

条︵第十章至上法︶の﹁此ノ憲法並二之二基キ制定セラルル法律及条約ハ国民ノ至上法ニシテ其ノ規定二反スル公ノ

法律若ハ命令及詔勅若ハ其ノ他ノ政治上ノ行為又ハ其ノ部分ハ法律上ノ効カヲ有セサルヘシ﹂によってカバーされる

( 3 0 )  

ことを指摘した︒また︑同草案の内容が﹁広範囲にわたりすぎる﹂︑﹁日本の歴史・法にそぐわない﹂とも反論した︒

す︒このまま通しませんか﹂と発言し︑ 日本案では女性の権利条項が消滅していることについては︑ケーディスが︑﹁シロタが確固たる信念で書いたもので

( 31 )  

マッカーサー草案の二三条の復活を呼びかけた︒その結果︑日本案三七条は

二二条に移され︑マッカーサー草案の﹁配偶ノ選択︑財産権﹂は﹁個人ノ威厳及両性ノ本質的平等二立脚スル﹂法律

( 32 )  

の制定を求める部分を取り入れることになった︒結果︑三月五日案は以下のようになった︒

第二十二条

マッカーサー草案との大きな違い

マッカーサー草案二三条の﹁此等ノ原則二反スル諸法律ハ廃止セラレ﹂以下の部分は同九〇

婚姻ハ男女相互ノ合意二基キテノミ成立シ︑且夫婦ガ同等ノ権利ヲ有スルコトヲ基本トシ相互ノ協力二依リ維持セ

配偶ノ選択︑財産権︑相続︑住所ノ選定︑離婚並二婚姻及家族二関スル其ノ他ノ事項二関シ個人ノ威厳及両性ノ本質的平等

( 3 3 )  

この条文は再び︑諸自由権規定のあと︑社会権規定の前に置かれたことになる︒

日本国憲法二四条解釈の検証

(9)

( 34 )  

この第二項の﹁個人ノ威厳﹂は三月六日要網段階で﹁個人ノ権威﹂に変更された︒

第二十二条

配偶ノ選択︑財産権︑相続︑住所ノ選定︑離婚並二婚姻及家族二関スル其ノ他ノ事項二関シ個人ノ権威及両性ノ本質的平等

( 3 5 )  

公表の後︑要網は法文化される︒法制局はその後︑三月二四日付の﹁要網二関スル問題﹂をまとめるが︑この二二

( 36 )  

条については︑﹁相続順位ノ問題アリ︑家督相続制ノ解消ヲ要スルコトトナラズヤ﹂という記載がある︒そして

G H

Qとの間で要綱訂正の交渉が進んだが︑三月一︱

1 0

日付の第一回︑四月九日の第二回及び四月︱二日の第三回のものに

( 37 )  

は同条については問題点が挙げられていない︒

憲法口語化の建議を受けて︑口語体の案が作られ︑四月一七日には法制局から﹁憲法改正案の文体等の形式に関す

( 38 )

3 9 )

 

る説明﹂がなされたが︑そこに至る途上︑同条は内容上特に修正を受けなかった︒結果︑四月二二日の憲法改正草案

では以下のようになった︒この条項については一七日の発表でもそのままであった︒

第二十二条 第五二巻婚姻ハ両性双方ノ合意二基キテノミ成立シ且夫婦ガ同等ノ権利ヲ有スルコトヲ基本トシ相互ノ協力二依リ維持セラ婚姻は︑両性の合意に基いてのみ成立し︑夫婦が同等の権利を有することを基本として︑相互の協力により︑維持

配偶者の選択︑財産権︑相続︑住所の選定︑離婚拉びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては︑法律は︑個人の権

( 40 )  

( 41 )  

同案は同日枢密院に下付され︑四月二二日に諮詢案に対する第一回の審査委員会が開かれている︒幣原首相の説明

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(10)

の後︑質疑に入ったが︑二ニ条については五月四日に林頼三郎顧問官が質問している︒林の﹁第二二条は︑家族制度 を廃止する趣旨か﹂という質問に対し︑佐藤達夫法制局次長が﹁個人主義の原則に立つことになるが︑家を正面から

否定することにはならない︒﹃本質的平等﹄

であっても平面的平等ではない﹂と答え︑林が松本大臣の︑婚姻につい ては﹁若年の間は同意を要することにしても差し支えないと思う﹂という説明に対して︑婚姻の﹁届出はもちろん問 題ないと思うが︑親とか戸主とかいうものが︑その効力に影響を及ぼすのはいけないと思う﹂と発言︑これに松本が

﹁意思能力の問題として︑若年の者について︑補充的に同意をすることは別のことと思う﹂と述べ︑激しい応酬がな

( 42 )  

されている︒同条は︑﹁両性の合意に基いてのみ﹂の部分が﹁両性の合意のみに基いて﹂と微修正された︒美濃部達 吉以外の委員の賛成をもって︑改正草案は若干の修正のみを施され︑六月二日の枢密院審査委員会での審議は終了し

( 43 )  

た︒六月八日︑枢密院本会議は第二読会以下を省略して起立採決を行い︑美濃部を除く賛成多数で委員会報告の通り

( 44 )  

可決されたのである︒

帝国議会での審議

五月二二日に成立した第一次吉田茂内閣は︑六月一九日に金森徳次郎を憲法関係担当の国務大臣として迎え入れた︒

また︑貴族院では大量の公職追放の欠員補充がなされ︑金森︑佐々木惣一などの勅選議員が任命された︒そして︑四

0日の衆議院総選挙の結果の議席が確定し︑憲法改正を主テーマとする第九

0回帝国議会は一九四六年六月二〇

( 45 )  

日に始まるのである︒そしてその中で︑改正草案二二条は人権条項の中で﹁議会でもっとも論議を呼んだ条項﹂と

なったのである︒

(11)

開会直後の六月二六日の衆議院本会議において︑原夫次郎の質問に対し︑吉田茂首相は︑改正案二二条は﹁これは

個人の権威と両性の本質的平等に立脚する旨を制定して居って︑その目指す所は所謂封建的遺制と考えらるる︑或は

封建的遺制と解せらるるものを払拭することが主眼であります︒随って戸主権︑家族︑相続等の否認は致しませぬ︒

随ってその主眼の下に主として規定されて居るのであります︒日本の家族制度︑日本の家督相続等は日本固有の一種

( 46 )  

の良風美俗であります﹂と述べ︑家族制度の改正は意図していない旨の答弁をしていた︒だが︑このような答弁は議

( 47 )  

員たちを説得できるものではなかった︒北浦圭太郎の質問に対し︑金森国務相は︑﹁家族制度︑相続制度にも相当の

変化のあることは予見出来まするけれども︑既に前に総理より御説明を申上げました通り︑これに依って直に戸主権

( 48 )  

とか親権とか云うものがなくなると云う前提は執って居りませぬ﹂と答弁し︑吉田に同調した︒当初︑政府は改正草

案二二条は明治民法的家族制度自体を廃止する結果になるとは考えなかったようである︒

続いて︑六月二八日の衆議院委員会でも︑安倍俊吾の質問に木村篤太郎司法大臣は︑﹁離婚後の女子を扶養する規

定を憲法草案に設けたらどうかと云うことでありまするが︑斯くの如きは憲法実施後に改訂せらるべき民法に於て十

( 49 )  

分にこれを規定すればその点は足るだろうと思います﹂と答弁した︒続いて︑七月五日の衆議院委員会で︑三浦寅之

助の質問に金森国務相は︑二ニ条は﹁根本に於て平等であると云うことを基礎とし︑又人間そのものの人格の尊重と

云うことを基にして考え︑故なく存在して居る封建制度風の遺物をも綺麗に掃除して︑現代の人々が満足するように

もって行かねばならぬ︑斯う云う風に考えて居ります︒ただこれを如何に具体化して行くかと云うことは︑これから

( 5 0 )  

の問題であ﹂ると答弁した︒金森は︑男女の責務はそれぞれ異なるという考えには反対しないが︑封建的遺物共々そ

( 51 )  

れが何であるかは明らかにしなかったのである︒ 関法

10

(10  

(12)

(

)

  ( 5 2 )  

ところが︑その翌日から政府見解は微妙に変化を始める︒七月六日の衆議院委員会で︑加藤シヅエの質問に木村司

法相は︑﹁現行民法は封建的色彩を持って居ると云う非難を蒙るのは何処にあるかと申しますと︑要するに︑余りに

戸主権並に夫権が強かったと云う点にあると申して宜かろう﹂ことを認め︑﹁新憲法草案実施の暁に至りましてはこ

れらの点に対しては十分考慮しなければ相成らぬと思います︒﹂﹁制度の問題と致しましては︑今申し上げました通り︑

( 53 )  

封建的色彩のあるものはどうしても抹殺して行く﹂と答弁するに至った︒即ち︑法律問題は社会的道徳的問題と別で

( 54 )  

あり︑法制度としての家族制度は憲法により廃棄されることを示していくのである︒七月八日の衆議院委員会でも︑

同じく加藤の質問に木村司法相は︑﹁一夫一婦制の原則は︑私個人の考えでありますが︑これは全く世界通有の一大

( 5 5 )  

原則だと思います︒どうしても一夫一婦でなければ相成らぬと考えて居ります﹂と答弁し︑それまでの答弁とスタン

七月一七日の衆議院委員会で︑天野久の質問に木村司法相は︑﹁従来戸主権が余りに強過ぎ︑或は親権が余りに尊

重され過ぎた封建的残滓が非常に多かったのであります︒この憲法に於きましては︑原則として個人の権威︑両性の

基本的平等と云うことを織込みまして︑出来る限り従来の家族制度の欠点たる封建的傾向を除外しようとしたのであ

( 56 )  

ります﹂と答弁し︑更に家族制度については﹁法制審議会に於て折角立案中であ﹂ることを付け加えた︒七月三0

の衆議院小委員会での森戸辰男の質問に対する金森国務相の答弁もまた︑﹁戸主が不当に強い権力を持っていたため

( 57 )  

に︑﹃家﹄の構成員にその意に反してさまざまな制約が課せられたような制度は︑すべて排除したいと思います﹂と

いうものであった︒ここで草案二二条が何であるかは︑審議上決せられたのである︒

( 5 8 )  

衆議院の審議により︑第二項の﹁個人の権威﹂は﹁個人の尊厳﹂に修正される︒また︑その前の条文が加除された

(13)

第五二巻

関係で︑草案の二二条は二四条となり︑現在の日本国憲法となるのである︒審議は貴族院に移ることになる︒

八月二七日の貴族院本会議で︑牧野英一の質問に木村司法相は︑﹁今度の改正憲法に於て︑個人の尊厳と両性の本

質的平等と云うものから立脚致しまして︑所謂戸主を中心とする家族制度を無くしようとした所以であります﹂と答

( 59 )  

弁した︒九月一八日の貴族院委員会ではこの﹁個人の尊厳﹂についての法律的意味を問う質問が大河内輝耕により出

された︒そして︑大河内は続けて︑戸主権を全て廃止するのかという質問を行っている︒これに対して金森国務相は︑

﹁現在まだこの問題の全部が調査研究中であ﹂るとしながらも︑﹁現在の戸主権の中に於きまして︑住所の指定とか︑

婚姻の同意とか云うことに付きまして︑可なり現代の常識に照して︑面白くない規定があるのであります︒そう云う

︵ 濁

ものに付ては︑大体の行き道として異論なくこれを廃めたら宜し﹂と答弁した︒木村司法相は︑﹁家族制度は︑この

憲法の建前と致しましては︑所謂戸主を中心とする家族制度と云うものは︑これは廃止されることは当然である﹂と

( 61 )  

明快に答弁した︒法制審議会の民法改正作業が進展するに伴い︑憲法二四条についての答弁も︑旧来の家族制度は全

廃するものであるというはっきりした答弁が多くなったのである︒

この翌日︑牧野英一が貴族院委員会で再び質問を行っているが︑木村司法相は︑﹁この憲法二十四条は︑申す迄も

なく日本の家族制度を正面から廃止しようと云う意思のないことは極めて明瞭であります﹂と始めながら︑戸主中心

( 62 )  

主義は﹁非常な不合理が伴って居る﹂とし︑﹁これ迄の戸主中心主義の家族制度は廃止する﹂ことを繰り返している︒

牧野は更に抵抗を見せ︑﹁この憲法の精神に合うような家族制度の大原則を︑私は婚姻と相並んで書きたい︒例えば

斯う云う訳であります︒﹁相互の協力により﹄と云う原則がここに書いてございますが︑﹂同様に﹁扶養の義務の規定

を書き直そうと云うような考えを持って居るのでありまして︑今は戸主の婚姻に対する承諾の義務がありますけれど 関法

(14)

も︑これは扶養の義務とか︑相続とかに誠に影響のあることで︑民主的な平和的の家の制度を維持しながら家族生活

( 6 3 )  

を大切にすると云う趣旨の下に立案が出来る﹂︑と草案の修正を迫った︒しかし木村司法相は︑﹁民法で十分なる規定

を設ければ敢て不都合はなかろう﹂とし︑﹁一応政府当局と致しましては︑この案で十分であると云うことだけを申

︵ 迫

し上げたし﹂と一蹴したのである︒

10

月二日には貴族院小委員会で︑田所美治がやはり草案の修正を求めている︒﹁皆さんが︑本質に於ては︑どな

たも御異存はないことと思う根本義であります家族生活に関する規定を︑何処かへ御加えを願いたい︑文字は︑家族

制度と申しますか︑親子の生活と申しますと︑戸主︑家族の関係で︑今問題になって居ります民法の改正の条項で︑

戸主権が云々と云うことに関係して居ると︑そう云う意味ではないのでありまして︑親子の情が︑即ち孝になる︒子

( 65 )  

供の親に対する孝︑それが及ぼして忠になる︒これが根本主義でございますから︑何処かへ御入れ願いたい﹂という

ものであった︒田所は翌日の委員会でも同様の質問を行った︒﹁皆さんの御賛同を得まして︑第一項で﹃家族生活は

これを尊重する﹄︑もっと好い言葉があればどうぞ御直しを願いたいのでありますが︑それを御加えを願いたいので

( 66 )  

あります︒﹂これに対し︑金森国務相は﹁道徳的な規定とか︑或は将来の変化を多少予想し得るような規定は遠慮致

して居ります︒二十四条に両性の平等と云うことを置きましたが︑これは所謂中世的なる遺風を摘除するに必要なる

( 67 )  

意味に於きまして︑これを入れました訳であります﹂などと答弁し︑これに否定的な考えを示した︒田所の修正提案

は採決され︑起立者少数で否決された︒このため︑現行憲法二四条はほぼ原案のまま成文として帝国議会を通過した

(

 

(15)

日本国憲法二四条は当初社会権的条文群の一部として起草された︒しかし︑その条項は草案段階までに削られ︑帝

国議会の審議の中では︑それとは逆の︑明治民法的な家族制度を守ろうとする激しい抵抗に遭い︑政府答弁ではこの 条文の意味は曖昧にされてきた︒このため︑同条の趣旨は明確なものになり得ず︑最大公約数的なものとして︑ひと えに反封建主義・家族制度廃棄を宣言するものとして考えられてきたのである︒その点の確認が精一杯であり︑女性 議員らの質問により原則が確認されなければそれすらも揺らぎかねない危うい状況にあった︒その結果︑起草段階で 予定されていた国家による女性や子どもの保護というより︑国家の不介入︑個人の尊重に基づく﹁家族﹂の自律に任

( 68 )  

される方向が相対的に強まっていった︒また︑﹁婚姻﹂に始まる夫婦・親子関係を起点とする﹁家庭﹂の法的保障と

( 69 )  

いう色彩︑先進的・個人主義的な﹁家族﹂観は明文から消えてしまった︒﹁家族﹂構成員がその中で自律性をもった 人間となるため︑その阻害要因を国が除去するという姿勢は薄れ︑かといって明治民法も否定されたため︑消去法的

( 70 )  

に︑公私分離と性役割を前提とする近代家族を肯定的に捉えるものになっていったのである︒

0月二四日には民法改正要網が内閣の臨時法制調

査会を通過した︒しかしその公布は憲法施行に間に合わず︑﹁日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法

( 71 )  

律︵昭和二二年法七四号︶﹂が作られ︑改めて一九四七年︱二月二二日の国会で民法改正がなされている︒これにより︑

法律の上での戸主権や家督相続を伴う家族制度︑妻の無能力制度などは廃止されたのである︒以上の理解からすれば︑

憲法二四条とリンクした法制整備が速やかになされたことになる︒別の言い方をすれば︑以上の憲法二四条理解を超

える民法改正は︑このときなされなかったことにもなるのである︒ 日本国憲法に二四条が入ることが確定した直後︑

関法

(16)

慣行を支配し続ける素地を与えたのである︒

一 五

しかし︑明治﹁民法上の家は︑民法制定当時においても必ずしも一般国民の家族生活に立脚して定められたものと はいえなかったし︑又その後の社会状態の変化は︑わが国の家族生活をますます小家族化させたので︑民法上の家族

( 72 )  

一層現実から遊離して︑むしろ戸籍簿上に形を残す程度になっていたともいえる﹂との指摘もある︒そうだ とすれば︑憲法二四条の有無に拘わらず︑既にこの時点で民法改正は可能かつ必要だったのではないかという疑問も

なくはない︒しかし︑第九0

回帝国議会において︑議員たちが︑政府よりも憲法︱一四条の意味を敏感に察知し︑家族 制度が変質するのかをしつこいほどに質問し続けたことは︑﹁家族﹂が単なる実定法制度でないことを改めて認識さ せる︒矢面に立った金森・木村の両大臣は︑最後は︑家族制度の法体系は変わらざるを得ないが︑伝統的価値や社会

( 73 )  

習慣は存続するという答弁に撤し︑いわば法制度としての家族制度の廃止のみが現行二四条の趣旨であるという印象

( 74 )  

を与えたのである︒逆に言えば︑旧来の﹁家族﹂が︑目立って否定されないものは今日でも︑陰に陽に日本の国法や

一九六一年の憲法調査会第一委員会報告においても︑二四条は家族制度

( 7 5 )  

復活の是非を巡って激しい論争されているのである︒そしてまた︑﹁家族﹂法制を巡る政治的対立は現在でも案外根

( 76 )  

深いものである︒

結局︑日本国憲法二四条は様々な家族観の大妥協により︑その内容は曖昧となり︑旧家族制度の阻止という以外︑

取り立ててその内容を明示できる者がないまま推移していくことになるのである︒このため︑憲法二四条の解釈論は なす意味がなく︑新しい親族・相続法は憲法二四条の精神を活かしているという漠然とした説明の後︑個々の民法条 文の合憲性は疑う余地もないとしてその解釈に進めばよいという風土が生まれたように思われるのである︒

(17)

第一に︑憲法二四条を法的権利とは見倣さずに︑いわゆる制度的保障と解する立場がある︒例えば︑田上譲治は︑

﹁婚姻及び家族生活は︑私的自治の範囲に属するから︑これについて自由権及び受益権のように︑行政権の不作為又

は作為を請求する人権を要せず︑﹂﹁要するに﹂憲法二四﹁条は︑立法及び法解釈の原則に止まる﹂ものであり︑法制

( 79 )  

の保障であるが﹁権利の保障ではない﹂との立場を明らかにしたのである︒

橋本公亘もまた︑二四条は︑家族生活において﹁家﹂観念を打破し︑﹁平等原則がこの分野でも完全に実現できる

( 80 )  

ようにするため︑とくに﹂設けたものと解している︒但し︑それに加えて︑﹁憲法が︑婚姻︑離婚︑相続に関する法

ではこのような経緯で誕生した憲法二四条を憲法学界はどのように受けとめたのであろうか︒そこで次に︑主な憲

法学説が二四条をどのように捉えてきたかを検証する︒憲法の定める人権体系・分類に多大な影響を与えたのはイエ

リネックであるが︑二四条の規定は︑﹁珍しく個人というよりはより多く︑家族制度のありようにかかわっており︑

( 77 )  

その点でユニークなもの﹂であり︑イエリネック流の理解をしようとすれば︑分類に困ることが必定なものでであっ

た︒そしてまた︑公法学者にとって︑公法である憲法が家族法の基本原理を規定することへの困惑する気持ちがあっ

( 7 8 )  

たであろうことは想像できるのである︒このような二重の問題により︑二四条の理解は混迷し︑多様を極めてきたと

制度的保障とする立場 言っても過言ではないのである︒

憲法学における憲法二四条

一 六

(18)

一 七

制を制度的に保障したもの﹂であり︑﹁婚姻および家族に関する事項について原則規範を定めたものであ﹂るとして

( 81 )  

いる︒これは︑﹁家族﹂が制度的保障でもあることを述べたものと解されよう︒

長尾一紘はこの考え方を更に進める︒二四条については︑大きくは﹁個別的平等条項﹂の中で説明はしている︒し

かしそこでは︑同条は﹁婚姻および家族についての制度的保障の規定である﹂との説明はあるが︑この条文の権利性

( 8 2 )  

に触れる記述は見当らない︒しかも︑﹁憲法の諸規定︑とりわけ基本権規定のなかには︑直接個々人に﹃権利﹄とし

( 8 3 )  

ての基本権を保障するのではなく︑特定の﹃制度﹄自体を客観的に保障する規定がある︒これを制度的保障という﹂

という説明があり︑﹁検閲の禁止﹂﹁通信の秘密﹂と並んで︑﹁婚姻および家族に関する制度の保障﹂もその範疇に加

( 84 )  

えるべきだと述べるのである︒長尾によれば︑二四条は明らかに権利規定ではないことになろう︒実際︑非嫡出子の

相続分差別のみは﹁合理的理由が乏しい﹂とするものの︑それ以外の諸問題については軒並み合憲論を打ち出してい

( 85 )  

だが︑このような立場は当初から問題視された︒﹁憲法原則に反する家族法が存在するということは︑国が憲法の

命じる義務違反をしているのであるが︑この義務違反を矯正することができないならば︑憲法に規定した制度的保障

( 86 )  

や法制の保障は︑絵に描いた餅と等しく︑実効のないものである﹂のであるし︑特に一項が夫婦の﹁権利﹂を保障し

ているという文言とも合致しない︒二項についても︑﹁法律が﹂﹁個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して﹂﹁制定

されねばならない﹂とあることは︑裏を返せば︑そうでない立法は違憲であることを指すのではないだろうか︒また︑

制度的保障概念を特定の人権と密接に関連する定型的制度の保障と解するならば︑二四条全体を制度的保障と考える

ことは矛盾を来たすものなのである︒

(19)

第五二巻一号

言うまでもないが︑﹁﹃何が何でも憲法に持ち込んでいく﹂のは実定法の議論としては愚かしく︑むしろ誤りであ

紅﹂が︑﹁好むと好まざるとにかかわらず︑わが国は憲法を根拠にして法体系ができている︒それを無視して勝手に

( 8 8 )  

議論するのはおかしな話であ﹂って﹁﹃問題は立法政策の領域に属し︑違憲とはいえない﹂などと気楽にいうなかれ﹂

なのである︒仮に︑二五条がプログラム規定であるという解釈があるように︑﹁権利﹂等の文言があっても権利性が

否定される条文があるということもあるとの解釈を是認しても︑財政的担保なくして社会保障が不可能だとされるよ

うな二五条独自の事情は二四条にはない︒何れにせよ︑二四条の人権性を否定する見解は問題が多く︑実際に有力な

多くの憲法学説は二四条も人権規定であると解する︒しかしその性格付けは多様である︒伝統的な公法学説に従え

ば従うほど︑この条文の性格は︑立憲過程でそれが曖昧にされたこともあって︑わからなくなる︒結局︑この問題に

﹁わからない﹂という素直な解答を出した学説が存在する︒

その典型は宮沢俊義であろう︒宮沢は︑日本国憲法三章の人権規定は﹁かならずしも厳格にではないが︑だいたい

( 8 9 )  

論理的・体系的に構成されている﹂とした上で︑人権を大きく︑﹁法の下の平等﹂を含む自由権︑社会権︑﹁能動的関

( 90 )  

係における権利﹂の﹁だいたい以上三種に区分することができる﹂とし︑これに従って著述を進めているが︑﹁家族

( 91 )  

生活における個人の尊厳と両性の平等﹂については︑基本書の中では孤立した︱つの章で取り上げている︒

まず︑﹁個人の尊厳と両性の平等に立脚する家庭こそ︑民主社会のもっとも重要な生活単位であり︑﹂﹁憲法は︑そ 口人権ではあるが分類不能とする立場 ものとはならなかったのである︒

(20)

一 九

( 92 )  

れをどこまでも守ろうとする﹂ものであると指摘する︒そればかりか︑﹁十分に近代化しない社会に見られるような

( 93 )  

家族制度は︑平等な個人の価値に立脚していませんから︑個人主義に反﹂する﹁封建的﹂なものと断じ︑﹁現に︑多

くの西洋人と日本人との生活をくらべてみた場合︑どちらがほんとうの家庭生活をより多く尊重しているか︒答えは︑

︵ 虹

きわめて明瞭です﹂として︑同条の目的を専ら﹁家﹂制度の廃止にあるとしたのである︒

そして宮沢は︑憲法二四条の規定に基づいて民法の根本的改正がなされたことについては早速︑﹁民法に関する著

( 9 5 )  

書にゆずる﹂と述べるにとどめ︑それでもなお残る憲法問題を取り上げている︒戸籍筆頭者に﹁その戸籍上の結合体

の代表者のような地位が認められている﹂ことなど︑個人単位ではない戸籍制度に﹁問題がないこともない﹂として

( 96 )

9 7

)  

いるが︑未成年者の婚姻における父母の同意や非嫡出子の相続分差別などについては憲法上是認されるとしている︒

﹁家﹂制度がなくなった今日︑宮沢にとって違憲の民法の条文は殆どなかったのである︒

比較的宮沢に近い扱いをしているのが覚道豊治である︒覚道は︑基本的人権を包括的基本的人権と個別的基本的人

権に区分し︑後者を講学上︑﹁身体の自由に関する権利﹂﹁精神活動に関する権利﹂﹁経済生活に関する権利﹂﹁婚姻お

よび家族生活に関する権利﹂﹁政治生活に関する権利﹂﹁裁判に関する権利﹂に分類した︒これは憲法上の権利の性質

というよりも︑その登場する場面毎の整理だと言えなくもない︒そして実際︑﹁婚姻および家族生活に関する権利﹂

( 98 )  

は︑婚姻その他における﹁自由と平等﹂の問題として説明しているのである︒このほか︑二四条について特に触れな

( 99 )  

い学説•著書もある。

以上は︑憲法二四条の分類についての当惑を率直に表したものだと言えよう︒だが︑宮沢説が伝統的枠組に適さな

いからといって実定人権規定を分類不能とするのは主客転倒の誹りを免れない︒寧ろ︑日本国憲法に適合的な人権体

(21)

第五二巻

0)

系を見出すべきであろう︒また︑人権の性格が不明のままであれは︑その保護範囲も不明確となり︑今日的には司法 審査基準や合憲性判断基準もよくわからないままとなる危険があろう︒より直裁には︑それは学問的に坐りが悪い印 象を与えた︒こういった理由からか︑この立場もあまり採用されることはなかった︒即ち︑多くの学説は︑この新奇 な条文をなんとか従来の枠組の中の何れかに分類することをしようとしたのである︒

明確に人権分類を行った学説の最初の方向は︑憲法二四条を大きく自由権と捉えるものである︒日本国憲法施行直 後に刊行された﹃註解日本国憲法﹄は︑二四﹁条は︑家族生活における個人の尊厳と両性の本質的平等を要求し︑封 建的家族制度における家のため︑男子のための拘束から︑個人特に婦人を解放することを目的とする︒この点で︑第 一三条の個人尊重及ぴ第一四条の法の下の平等の︑私法上の身分関係︑家族生活関係における発現にほかなら﹂ず︑

﹁それだけにまた本条は︑国民にとって消極的な自由権的人権を保障するに過ぎない︒この意味で︑次条以下が積極

( J O l )  

的な生存権的人権の確認であるのと対立する﹂として︑二四条を︑社会権ではない︑あくまでも自由権的権利と捉え

( 1 0 2 )  

ていた︒そして︑﹁個人の尊厳に反するものとして︑まず問題になるのは︑従来の民法の家の制度である﹂として︑

やはり憲法二四条の焦点が家制度の廃絶にあることを強調している︒しかし逆に︑新民法の規定は包括的に承認した

感が強い︒﹁例えば︑婚姻年齢の差異︵新七三一条︶︑女子の再婚禁止期間︵同七三三条︶﹂のように︑﹁男女の生理的肉

( 1 0 3 )  

体的差異に基いて︑当然生ずる区別は︑本質的平等を害するわけではない﹂とされたし︑﹁改正民法は︑嫡出子と嫡

出でない子との間に︑相続分の差等を設けているが︵同九

0

0条四号但書︶︑これは︑本条の婚姻尊重の態度から︑嫡

曰自由権的に捉える立場

関法

一 号

0

(22)

( 1 0 4 )  

出ということが︑身分関係にも差異を生じさせるものとして︑是認される﹂などとしていたのであった︒

このほか︑俵静夫も︑二四条は﹁封建的な家族制度から個人︑とくに婦人を解放し︑婚姻と家族生活における個人

の尊厳と両性の本質的平等を確保しようとするのが︑その趣旨とするところであるので︑これを自由権の範疇に属せ

しめた所以である﹂とする︒渡辺宗太郎は︑﹁自由権﹂の一っとして﹁家族生活の平等に関する自由権﹂という項目

( l o o )  

を立て︑二四条を解説した︒渡辺は︑﹁国家に対して︑女性は男性との共同生活において︑性別のためにする差別扱

( 1 0 7 )  

をされない自由をもつことを保障されねばならない﹂と述べる︒このほかにも二四条を︑社会権ではなく︑より一般

的な意味で自由権的に捉えていた学説はあったのである︒

これに対して︑踏み込んで︑二四条を経済的・社会的自由権と解する立場もあった︒和田英夫は︑﹁家族生活にお

ける個人の尊厳と両性の平等﹂を︑﹁居住・移転及び職業選択等の自由﹂﹁財産権﹂と並ぶ﹁社会経済生活の自由権﹂

の一部と考えていな︒和田は︑﹁憲法二四条は︑一三条の個人の尊重と一四条の法の下の平等という憲法の原則規定

を家族生活の中に具体化したものであり︑とくに︑私生活における一個人としての平等をば︑封建的・家父長主義

( 1 1 0 )  

的・男尊女卑的家族制度の徹底的廃絶﹂﹁の方向に向って︑実現しようとしたものであ﹂り︑﹁現代の社会の家族生活

( l l l )

︵ 血

は︑原則として︑国民生活とりわけ消費経済生活の単位をなすことにかんがみ︑﹂ここで解説しているのである︒

小林直樹は︑﹁家族生活における基本原理﹂という項目を﹁市民の経済・社会的自由権﹂の中の﹁市民法的諸権利﹂

( 1 1 3 )  

一っとして挙げている︒居住・移転・職業選択の自由とプライバシーの権利と並んで取り上げており︑所有権につい

ては別の項目を立ち上げているとはいえ︑経済的自由権の一側面として考えているとしてよいであろう︒小林は︑

﹁体系的な分類という見地からいうと︑﹂ここに分類することは﹁異論を生じるところであろう﹂としつつも︑﹁近代

日本国憲法二四条解釈の検証

)

(23)

第五二巻一号

︵ 山

的市民法の憲法的基礎を示した意味がある﹂ことからここに分類したとする︒そして︑やはり二四条は﹁何よりも前

近代的な日本の家族制度の批判とその近代化あるいは自由主義化の意義をもつといえるが︑その反面︑もう一歩進ん

( 1 1 5 )  

で新しい家族関係を支えるための国家的配慮までは示していない﹂としたのである︒

一項の力点が﹁夫婦が同等の権利を有する﹂ことにあると思われるのをはじめ︑二項の文言も︑

立法が﹁個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して﹂なされなければならないことを定めており︑自由権的表現は相

対的に少ない︒また二四条は︑﹁婚姻関係すなわち夫または妻の権利義務を︑合意によって自由に定めることができ

る︑という意味に解することはできない﹂し︑憲法は﹁いくつかの原則を定め︑このような原則に従って夫婦生活が

( 1 1 6 )  

営まれていくことを国が保障した﹂ものではないか︑という批判もある︒憲法制定過程を見ても︑家族が国家からの

自由を享受することは︑何れの立場からもあまり強調されて来なかった︒更に︑仮に自由権であるとすれば︑それが

精神的自由なのか経済的自由なのか身体的自由なのか等が問題になるところであるが︑この立場に立つ学説はあまり

その点を明確にしていない︒このため︑特に司法審査に際してこの条規をどう取り扱うべきかについて︑教示を与え

ないという難点がある︒そして︑和田英夫や小林直樹のように経済的自由権と捉える立場にしても︑当該問題を経済

問題と解してよいのか︑緩やかな司法審査基準が妥当する結果になってもよいのか︑などの問題を有する︒また︑こ

の後に述べる社会権説と立場の違いがはっきりしない面もあろう︒これらの立場もまた︑有力化することはなかった

(24)

憲法二四条は︑当然のことであるが︑二五条の直前にある︒そこで︑﹁二四条の家族規定を第二五条以下の生存権

( 1 1 7 )  

ないし社会権規定と関連づけて読むと︑憲法は家族を積極的に保護する責務を国家に課しているように思える﹂とい

うことになる︒また︑起草段階の理解からすれば︑それも首肯できる︒シロタの回顧が公表される前から︑二四条を

( 1 1 9 )  

国務請求権や社会権として解する学説があることは︑偶然とも言えないところがある︒

まず︑佐々木惣一は︑二四条全体﹁を一言にしていうと︑国家は家族生活を合理的に定めなくてはならぬ︒国民は

( 1 2 0 )  

これを要求するの権利を有し︑国家はこれを為すの義務を有する﹂として︑﹁家族生活の合理性に関する国務要求権﹂

という説明を行った︒但し︑佐々木にとって﹁国務要求権﹂の下にはこれや﹁国家行動への希望に関する国務要求

権﹂などと並んで﹁人格の保持向上﹂という項目があり︑その中には﹁平等﹂も含まれているのであるから︑今日考

えられている国務請求権と同じように解して分類したのかは微妙である︒

男女平等の先駆的研究者である和田鶴蔵は︑その著書の中で︑二四条は﹁婚姻の成立については︑﹃両性の合意の

みに基く﹂ことが︑規定されているのであるから︑何人との間に合意に達しようとも︑国家の関知しないところであ

り︑国は決して干渉をしてはならないものであり︑第三者が合意による成立を妨げるときは︑国はこの妨害を排除す

( 1 2 1 )  

る責任があるものであるから︑自由権であるということができる﹂として︑﹁婚姻成立の自由権﹂を定めたと主張す

る︒そして次に︑﹁国は婚姻関係の原則を示し︑この原則の支配するような近代夫婦と近代家庭を︑国民が営むこと

のできる権利を保障したものであると把握しなければならない﹂として︑ここに﹁国民の国務要求権﹂が含まれると

( 1 2 2 )

1 2 3 )

 

する︒更に同条を﹁婚姻及び両性の本質的平等﹂を法的保障・権利保障するものでもあるとしており︑同条は自由権

回社会権的に捉える立場

参照

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