ン』と同様の、現代社会の資本主義的金まみれ消費絶対主義への皮肉な批判 意識が明瞭である。
以後も毎年、一本あるいは二本の作品を発表しているので、その他の作品 のタイトル、初演情報に合わせて、ごく簡単な紹介のみを以下に示す。 ・2009 年『明日ももう一日(Morgen ist auch noch mal ein Tag)』バーデ
ン・バーデン劇場初演。退職生活のサラリーマンの家庭内トラブルと悲哀。
・2009 年『不安定な事態(Die Unsicherheit der Sachlage)』ボーフム・シャ ウシュピールハウス劇場初演。ごくつぶしのホームレスの視点から見えて くる、現代消費社会の狂気。
・2010 年『無用の人々(Die Überflüssigen)』ベルリン・マキシム・ゴーリ キー劇場初演。無気力にさびれた町の活性化をめざす男の企画が、周囲の 無理解と抵抗で空回りしたあげくに、ほとんど自殺に近い事故死の結末。 ・2011 年『超新星爆発 ― 黄金の発生(Supernova – Wie Gold entsteht)』
マンハイム・ナショナル劇場初演。ドイツ南西部の黒い森地方で金鉱発見?
の騒動と借金まみれの顛末。
・2012 年『モノ(Das Ding)』ハンブルク・シャウシュピールハウス劇場初 演。ミュールハイム演劇祭観客賞受賞。後述。
・2013 年『わたしたちは野蛮人じゃない!(Wir sind keine Barbaren!)』 マインツ劇場初演。一人の難民を偶然に泊めたことで、顕在化してゆく中 産階級の夫婦の亀裂と危機。
・2013 年『お前(名前はノルメン)(Du〔 Normen 〕)』マンハイム劇場初 演。ノルメンと称する冷酷な企業家の人生を、「お前(Du)」という呼びか けの多彩なパースペクティヴと語りで描く。
それ以外にもドイツの演劇月刊誌「Die deutsche Bühne」に、2014 年か
らの毎号2 ページ見開きで、パトリック・バンヴァルトのコミックが掲載さ
れており、そのテクストがフィリップ・レーレであるので、以下に一部だけ を紹介する。10 演劇人自身の日常に対する皮肉な観察は、レーレの作品と共
本稿は 2015 年専修大学人文科学研究所共同研究「越境する現代・演劇」 (2015 年~2017 年)の研究助成を受けた成果の一部である。 1 ゲーテ『ファウスト』第二部、第一幕(森林太郎訳、岩波文庫、1985 年)360 頁。 2 Vgl. Theater heute. Nr. 3, 2011, S. 36. 以後、すでに 1810 年代には、金との兌換 原則の不適用に対する批判から、いわゆる重金主義論争が起きている。 3 ロナルド・ドーア『金融が乗っ取る世界経済』(中公新書、2011 年)15 頁参照。 4 たとえば、ネストロイ『一階と二階』、モリエール『守銭奴』、シェイクスピア『ヴェ ニスの商人』、プラウトゥス『黄金の壺』、アリストパネス『福の神』など。 5 たとえばゲルハルト・ハウプトマン『職工』1892 年、エルンスト・トラー『ヒンケ マン』1923 年、エーデン・フォン・ホルヴァート『カジミールとカロリーネ』1932 年、ベルトルト・ブレヒト『セチュアンの善人』1943 年、『屠殺場の聖ヨハンナ』1959 年、ハイナー・ミュラー『賃金を抑える者』1957 年、マックス・フリッシュ『ビーダー マンと放火犯たち』1958 年、ペーター・トゥリーニ『ねずみ狩り』1971 年、ライナー・ ヴェルナー・ファスビンダー『ゴミ、都市そして死』1981 年、ルネ・ポレシュ『餌食 としての都市』2001 年、ファルク・リヒター『エレクトロニック・シティ』2004 年、 カトリン・レグラ『私たちは眠らない』2004 年、ロルフ・ホーホフート『マッキンゼー が来る』2004 年、リミニ・プロトコル『カール・マルクス:資本論第一巻』2006 年、 エルフリーデ・イェリネク『商人の契約』2009 年、ローラント・シンメルプフェニッ ヒ『金龍亭』2009 年、エルフリーデ・イェリネク『光のない』2011 年、フィリップ・ レーレ『モノ』2012 年など。 6 デビュー作から第 5 作目の『無用の人々』までは、以下の作品集にまとめられてい
る。Philipp Löhle: Die Überflüssigen. Fünf Theaterstücke. Hrsg.v. Steffen Weihe, 2011, Theater der Zeit. 以下、『ゴスポディン』の同書からの引用は、文中に括弧で ページ数のみを示す。
7 例えば 2002 年のエルベ川の氾濫は、ドレスデンの有名なゼンパー・オペラ座が水浸
しの大被害にあった。直近の2013 年にもエルベ川が氾濫して、マグデブルクでは人形 劇場が被害。この年はドナウ川も氾濫して、パッサウの劇場が1 メートルも浸水し、 さらにハレではザール川も氾濫の被害で、ヘンデル・フェスティバルが中止。
8 Alexander Altmann: Bunte Farce mit Knalleffekten. In: Tz München vom 1.12.
2008.
9 Christine Diller: In: Münchner Merkur vom 1.12. 2008.
14 作者レーレ氏への個人的な質問に対する返答。ただし「無為」という点では、ゴン
チャロフの『オブローモフ』の連想がすぐに出てくるだろう。
15 宮廷的な大仰で不自然な演技に対抗して、市民的態度に即したリアリティ演技が要
請される歴史的な背景については、以下を参照。Andreas Kotte: Theatergeschichte. 2013. Böhlau Verlag. S. 264ff. また市民的な市場経済の維持のためには、市場におけ る商品(物)と、売り手と買い手(者)とのそれぞれの「信頼性・真正性 Authentizität」 が保証されなければならない。それがリアリズム表現を要請する経済的な基盤である と いう 点に 関し ては 、以 下の 特に第 1 章第3項 Authentizität を参照。Bernd Stegemann : Kritik des Theaters. 2.Auflage, 2014, Theater der Zeit, S. 41ff.
16 “verbindliche, normative Glaubensaussage.” Duden. Das große Wörterbuch der
deutschen Sprache in zehn Bänden, Bd. 2, 1999, S. 838.
17 “Es kommt darauf an, dass einer es wagt, ganz er selbst, ein einzelner Mensch,
dieser bestimmte einzelne Mensch zu sein.” ただしキルケゴールの場合、そのあと に続くのが「つまり神の前にただひとり、そのおそるべき緊張の中で、そのおそるべ き責任と共に。」となるので、むしろキリスト教的な「信仰」の実存に焦点が置かれて いる。
18 Andreas Beck: Vorwort. In: Die Überflüssigen. S. 7.
19 2015 年 5 月 17 日、東京ドイツ文化センター図書館において、「フィリップ・レー レ『モノ』朗読とディスカッション」が開催。三名の日本人俳優による作品の一部朗 読、レーレ氏と寺尾とのトーク、ハンブルク初演の様子の紹介などが行われた。続い て6 月 13 日と 14 日、大阪AI・HALLにて、寺尾格訳、村上慎太郎演出(夕暮れ 社 弱男ユニット)で本邦初のリーディング上演。上演に合わせて、5 月 18 日から 6 月10 日まで、「『モノ』を読む&演劇ワークショップ」が5 回連続で開催。参加者が共 同で討議しながら、作品の意味や上演可能性を自由に探る試みであった。ドイツでの 同様のワークショップ経験をベースにした田中孝弥の企画・進行で行われ、第4 回目 と5 回目には作者のレーレ自身も参加して、意義深い交流の経験となった。 20 無農薬有機栽培による、いわゆるオーガニックコットンは、大量の殺虫剤使用によ る健康被害への反省から、1990 年ごろから始まる。環境保護の観点から、世界的に広 がりつつある。朝日新聞2915 年 11 月 28 日「今さら聞けないオーガニックコットン」 参照。 21「筋もまた、行為の再現であるかぎり、統一ある行為、しかも一つの全体としての行 為を再現するものでなければならない。」アリストテレス『詩学』(松本仁助、岡道男 訳、岩波文庫、1997 年)42 頁。 22「鞘」との対応での「ナイフ」は、もちろん「ペニス」の意味である。Küpper, Heinz:
Illustriertes Lexikon der deutschen Umgangssprache. Bd.5. Stuttgart (Klett), 1984, S. 1895.
23 以下の Wacholderbeeren(ネズ)の項目を参照。Küpper, a.a.O. Bd.8, S. 3033. 24 「アリストテレスの『詩学』からみると、ドラマとは、人間存在の錯綜的なカオス